【掌編】人生のスパイス |
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※下品な描写が非常に多いです。 ※暴力描写もあります。 ※ご注意ください。 その日は、朝から、何かがおかしかったんだ。 大便の色をした顔が、玄関の扉を覗いた。 それは、知らない男だった。 男は、排便された帰りだった。 顔中、クソまみれだった。 「なあ、ぼうず」 ○ 「もう、やめてあげてください」 悲鳴に近い女の叫び声。 届いた男は、しかし、大便を続けた。 風の冷たい冬の朝に、熱を持った男は言う。 「何人たりとも、俺を代弁させねえぞ」 男のする大便は、寝そべっている、別の男の顔へ残らず落ちる。 ○ 顔中が大便まみれの男が玄関にいる。 僕は、立ちふさがるように立っている。 「大便まみれになっちまったのさ」 男は話す。 「風呂を貸しちゃあくれねえか」 風呂で、大便を落とそうというのだ。 「いっ、いやだっ」 「なんだと?」 僕は、なんとか拒否する。 僕の体は、震えている。 「だってそれは、僕の大便じゃないからっ」 発した声は、自分で思っていたよりも小さい。 男はこたえた。 「お前のじゃないが、お前の親父の大便だ」 ○ 大便なんて、やめてあげてよ。 僕は泣きながら訴えていた。 記憶の中の父は髪の毛が豊富にあって、男性的な生気を盛んに感じさせる。 僕は幼くて、母は裸だった。 だけど母の顔は大便まみれで、僕は母の素顔を思い出すこともできない。 「よく見ておけ」 父は豊富に大便をする。 「お前もいつか、こうする時が来る」 父の目は、僕を見ていた。 父は母の顔に大便を落とす。 ○ 「いやだ!」 きっと僕が叫んだから、男はいくらか驚いた。 「僕はそんな大便は知らないよ! うちから出てって!」 「そうか。……本当に、いいんだな?」 顔が大便の男は、僕にそう問うた。 「出ていけ!」 僕の叫びは、己を振り切るためだったかもしれない。 だから、男は、いなくなった。 ○ 僕は高校生になった。 「何、考えてるの……? 無理。無理よ。ありえない」 僕の恋人は、その瞬間、僕の恋人ではなくなり、そして、きっと永遠の失望とともに、僕の目の前から姿を消した。 それだけのことなのだ。顔に排便してくれるよう頼むということは。 「くふっ」 涙が出た。 あの日……中学受験の三日前に、僕の家を訪れた、排便色の顔面の男のことを思い出す。 僕がクソまみれになれないのは、アイツの呪いのせいだ。風呂を貸さなかったぐらいで。なんてやつ。 今度、僕を待っているのは、大学受験。 また失敗する。 今度は、中学受験の比ではない。 大学受験は、人生で重要な岐路だ。 「誰か、僕の顔に、ウンコをしてはくれないかー!」 僕は、街へ躍り出て、叫んでいた。 ○ 「どうして、あんなことしたの」 警察官は僕の目の前にいて、僕の学生証に視線を落としている。 「受験生か。……最近、眠れてる?」 僕は正直に答える。 「眠れません」 「そうか」 僕は今、きっと、ドラマで見たことのある、取り調べを受けている。 街中で叫んだからだ。 ここは、取調室なのだ。 取調室の扉が開く。 もう一人、警察の制服を着た人が、外から扉を開けたからだ。 「来なさい」 僕は、取り調べしていた警察官のあとについて、部屋を出た。 ○ ものすごい蒸気と熱が、僕の全身を打つ。 「ここは、ボイラー室なんだ」 警察官は平気そうに、僕の先を進む。 「ウンコも、一瞬で蒸発する」 その発言の意味もわからず、僕は警察官に追従する。 ここでは、警察官がルールだ。 ○ 暗室で、警察官がモニターに映した映像の最初の一コマを見て、僕はそれが母だとわかった。 「母さんだ」 映像は静止していた。 再生すれば、きっと、母が動き出す。 「母さん」 どうして、警察署に、こんな映像が? 「この映像を見たい?」 警察官が僕に尋ねた。 思い出せなかった母の顔が映っている。 会えなかった母の映像が、ここにある。 だけど僕の体は、汗が噴き出すばかりで、一言も返事をしなかった。 「……そうか」 警察官が、映像を消した。 ○ 大学受験に失敗した僕は、滑り止めで受験した医大へ行った。 僕は勉強ができたから医者になる。 失敗続きの人生の末路は、人間の体を治すことだった。 「先生、ありがとうございます。本当にありがとう」 僕以外の医者では治せない病気を治療した患者の家族は、涙ながら僕に感謝した。 患者本人はそれとは違う。 時には、本質的な手紙を受け取ることもある。 僕に治療された患者は、こうしたためた。 『あなたは、私の神聖で大切な死を、奪った』 僕はどんな病気も治療する。 患者がどれだけ死を覚悟していても、関係ない。 そうだ。 死を奪われる苦しみを、味わうがいい。 僕に与えられる顔面大便は、あの日、あの男の呪いが奪っていった。 呪いは伝染する。 僕は人々から、死を奪う。 人はそうやって人に呪いを移しながら生きていく。 ○ 齢をとると、手術をするのが、段々と難しくなる。 そう思った。 僕は、いずれ、手術ができなくなる。 そう思ったから、僕はある日から、健康な患者を手術し、わざと殺すことにした。 僕は死を与える。 それが明るみになった時、法律は、僕を極刑に処す。 「被告を、大便まみれの刑に処す」 「やめろォォォォォオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 執行官たちが、僕を取り囲んだ。 執行官たちが、肛門を出す。 「やめろ!!!!! やめてくれぇぇぇえええ!!!!! 顔中大便まみれの刑だなんて、そんな残酷なぁぁぁぁあああ!!!!!! お前たち、地獄に堕ちるぞぉぉぉおおおおい!!!!!!」 僕は叫び過ぎて、この時、肋骨が一本折れた。 「大便しないでくれえええええええええええええええ!!!!!!!!!」 ついに大便されるこの歓喜を前にして、大声を出すのは、我慢できなかった。 待ちわびた大便が、僕に与えられる。 「ウンコが来るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううんんんんんんんんん!!!!!!!!! むりむりむりむりむりむりむりむりむりむり!!!!!!!!!!!!!!」 ○ 「この映像を見たい?」 あの日、警察官に問われた僕が、うなずいた。 「はい。見たいです」 「……そうか。なら、見なさい」 警察官が、映像を再生した。 母が動き出す。 「やめろ!」 最初は、父の声だった。 「うるせえー!」 母が、腕を振った。 父が視界から消えた。 ゴンという音が、鈍く届いた。 母は、金属の工具を手に握っていた。 映像は、誰かの視界をそのまま映したみたいなものだった。 揺れる映像の隅に、一瞬、父の姿が映った。 すでに、大量の血を流していた。 「痛い、痛い! お母さん、やめて! お母さん! 痛いよ!」 子どもの声。 子どもは、髪の毛をつかまれていた。 「こうされるのが嫌なら、自分で仰向けになるんだ!」 僕は、裸だった。 母も、裸だった。 視界を埋め尽くすのは、母の肛門だった。 父の目は僕のほうを向いていた。 「どこに真実があるんだと思う? 子どもの頃の記憶なんて、人は簡単に、改ざんしてしまうんだ。ましてそれが、顔中糞まみれになる記憶なら、なおさらだ」 警察官が言った。 そうか。 父さんは、死んだんだ。 母さんが殴ったから。 そして、大便をされたのは、僕だった。 あの日は、朝から何かがおかしかった。 父方の祖父母の家で過ごした、中学受験の三日前の日。 家を訪れた男がいた。 『これは、お前の親父の糞だ』。 しかし父さんはあの時、すでにこの世界の住人ではない。 あの男が顔中に帯びた、あの大便は、誰の大便なんだ? お前はどこで、父さんの大便を浴びれた? ○ 「いーーーーーーーーひひひひひ!!!!! いーーーーーーーひひひひひひひ!!!!!!!」 故意に患者を誤診し、手術と称して大勢殺した殺人鬼は、大便まみれの刑に処され、笑っていた。 僕は、男に大便をする、刑務官の一人だった。 「ひひひひひ!!!」 笑う男のことが、僕にはまるで、自分のことのようにわかるみたいだった。 ○ あの日は、寒い冬の朝だった。 少し霧がかかっている街を、僕が、歩いていた。 僕は悲鳴をあげた。 早朝の薄暗い路地裏の、その光景を偶然、見てしまったから。 僕には、僕の悲鳴が聞こえていた。 だけど構わず、僕は排便する。 大便は地面に寝そべる別の僕の顔に、余さず落ちる。 僕は僕を愛した。 僕たちはセックスし、子どもを産んだ。 僕は僕をレンチで殴った。 僕は僕に大便をした。 「誰にも、俺のことを代弁なんかさせねえぞ」 顔中クソまみれの僕は吠える。 その言葉も、きっと僕はどこかで聞いていた。 ○ 「最近、眠れてる?」 取調室で、警察官は僕に尋ねる。 僕は、嘘を答える。 「はい。よく眠れています」 「……そうか」 警察官はこたえる。 僕は小さな声で言う。 「……あの」 警察官は、何も言わない。 「……あの、反省しています」 警察官は、何も言わない。 「どうして、街中であんなことを叫んだのか、わからないんです」 僕は続けた。 「思い出しました。僕には、父親がいません」 僕は続けた。 「僕の昔住んでいた家を、調べてください。死体があります」 「……家の住所はわかる?」 「はい」 僕は、警察官に住所を伝えた。 「僕は……さっき、街中で叫んだ時だけじゃなくて、ずっと、ずっと、どうかしていたんです。……反省しています」 「そうか」 警察官が、ようやくこたえた。 「海外の大学を、受験するんだね」 「はい」 「頑張りなさい」 「……はい」 僕の頬が、熱くなる。 僕は、立ち上がる。 警察官が僕を見上げている。 僕は、裸だ。 僕は取調室の床に、寝そべる。 「してください。僕の顔にウンコを」 ここでは、警察官がルールだ。 |
点滅信号 2023年12月31日 23時54分28秒 公開 ■この作品の著作権は 点滅信号 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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