【掌編】年越狂詩曲(ラプソディ) |
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年末年始と言えば誰もかれもが浮かれるものと相場は決まっているのだが、物事には必ず例外があるわけで、高校受験を控えた受験生の身となれば、僕も謂わゆる件《くだん》の例外に属していた。 そんなわけで、例年なら冬休みの宿題やら大掃除やらをさっさと済ませて、先生も走る年末の賑わいを横目にゆっくりしているところなのだけれど、今年に限っては、大晦日まで塾の特別授業を受けていたわけである。 とは言ってもそこは日本人、古《いにしえ》より盆と正月は休むと魂に刻んだ民族である。年も押し迫った十二月三十一日の夕方に「元旦だけは休んで、餅でも食って、授業の続きは二日からで」との塾講師殿のお言葉には、涙がちょちょぎれる思いを感じたのだった。 あー、早く受験終わらないかなぁ。 受験生特有の哀愁を背中に纏いつつ、連日の塾通いで重くなった足を引きずって家に帰ると、そこに親愛なる我が父母《ちちはは》の姿は無く、代わりにお姉ちゃんがリビングのコタツでみかんをもにゅもにゅと食べていた。 「和樹(もにゅ)おそーい(もにゅ)お姉ちゃん待ちくたびれちゃった(もにゅもにゅ)」 食べるか、もにゅるか、どっちかにしなさい。 「だって、コタツに入ったらみかんを食べないと一酸化炭素中毒になるってネットで見たから」 そんないい加減なサイトは見てはいけません! で、父さんと母さんは? 「お手紙預かってるよ」 はいと言って差し出されたみかん汁のついた封筒を受け取る。 開けてみると、中には「旅に出る」とだけ書かれた便箋と、一万円札が一枚入っていた。 なんだこれは。 「えとね、パパとママと四人で温泉に行くって」 ほー、お姉ちゃんちのパパさんとママさんと、うちの父さんと母さんとで、連れだって年末年始はのんびり温泉ですか。受験生の息子を置いてきぼりにして! 「和樹のことは、私が面倒見るから安心してって」 コタツの上に散乱したみかんの皮を見るに、「面倒かける」の間違いじゃないかな? 「ほら、私、和樹のお姉ちゃんだから!」 はいはい。一個年上だもんね。お姉ちゃんだね。 「私、お姉ちゃんだから!(もにゅ)」 だから、思い出したようにみかんをもにゅるなよ。 さてさて、懸命なる読者諸兄には既にお気づきと思うが、僕とお姉ちゃんは血を分けた本当の姉弟ではない。家が隣同士のいわゆる幼馴染というやつだ。 お姉ちゃんとは一歳違いだけど、幼稚園から、小、中と同じ学校で、たまたま近所に同学年の子供がいないのもあって、今年の春お姉ちゃんが高校に進学しても家族ぐるみの付き合いが続いている。 そんなわけで、うちの両親と、お姉ちゃんちのご両親が四人で連れだって旅行に行くというのも今回が初めてというわけではないのだけれど、高校受験を控えた息子に諭吉一枚残して出かけるってのはいかがなものだろう。 しかも、それを知るのが出かけた後って、急に行けなくなった知人の代わりに行くことになったとか、よんどころない事情でもあったのかな? うちの親もお姉ちゃんとこのご両親も、頼まれたら断れないタイプだもんな。人がいいにもほどがある。 「和樹には内緒にしてたみたいだよ」 前言撤回。あいつら、僕が文句言うのを見越してやがったな! 「サプライズ?」 絶対違うね! まあ、温泉に行くったって受験生の息子を残してるわけだから一泊か二泊で帰ってくるだろうけど。 「なんか、溜った有給休暇消化しないとだから、二週間行ってくるって」 湯治かよ! 「大丈夫、大丈夫。ウチのパパとママもいっしょだし」 そっちよりも、二週間一万円生活にチャレンジするこっちの心配して欲しいよ。日割りにしたら、一日千円も使えないじゃん。 で、どこの温泉に行くって? 「うーん、どこだっけなぁ。聞いたんだけど」 おいおい、しっかりしてよ。 「飛行機に乗るって言ってたから、北海道か九州じゃない?」 アバウトさが、日本縦断してる! 「思い出した! 『わいは』よ! わいは温泉!」 それ温泉じゃねーよ! 「でも、この時期に旅行って言ったら温泉じゃない?」 いや、違うし。 「水着新調してたから、やっぱ温泉だよ。ジャグジー完備の」 絶対違うじゃん! 「あ、あと、火山観てくるって言ってたから、九州あたりの温泉じゃないかな」 はい、常夏の島決定。 まあ、行き先が知れたところで、今ごろ犯人グループは機上の人。文句を言っても始まらない。 取り敢えず、塾から背負ったままだったノートやら参考書やらの入ったバッグを自分の部屋に置いて、部屋着に着替えてリビングに戻る。 「和樹ーッ、年越しのお蕎麦もうすぐ出来るから、コタツの上片付けて」 着替えてる僅かな間に、もう準備が出来るなんて手際がいいな。お姉ちゃんそんな料理得意だっけな? と思いつつ、食べ散らかしたミカンの皮をまとめて捨て、コタツの上を濡れ布巾で拭く。 ちょうど拭き終わったところで、キッチンからブンメイノリキの音がチンと鳴った。 あ、レンチンのお蕎麦なのね。どおりで速いはずだよ。 「出来たよー。持ってくから、コタツで待ってて」 まあ、作ってもらっておいて、感謝こそすれ文句をいう筋合いでもあるまい。 感謝感謝。 で、目の前に出された丼《どんぶり》を見ると、ほっかほかのお蕎麦の上に、刻んだネギと、色どりのほうれん草(たぶん冷凍)と、器からはみ出しそうなほどのトンカツが、鎮座ましましていた。 「お惣菜屋さんでお蕎麦に乗せる天ぷら買おうと思ったんだけど、みんな考えることは同じなんだね。スッゴイ並んでてさ。ふと、隣のお肉屋さん見たら、トンカツが揚げたてで、美味しそうだったから、買ってきちゃった♡」 そりゃ、天ぷらもトンカツも同じ揚げ物だけど。 「『テキにカツ』で受験生には縁起がいいでしょ?」 テキはどこに行ったんだよ! 「敵前逃亡?」 それ銃殺だかんね! 敵前逃亡は銃殺刑だかんね! でも、まあ、立ち食いだと『コロッケそば』は定番メニューだし、似たようなもんか。 「このトンカツ、美味しそうでしょ。お肉屋さんのオススメだっただから」 確かに、おっきくて、ぶ厚いロースカツだね。トンカツ蕎麦ってのは聞いたことないけど、これはこれでアリかも。 そんじゃ、のびないうちにいただきまー――って、まさに食べようとしているときだった。 「ごめんごめん、これ忘れてた」 てなこと言って、僕の丼にドバドバと濃口とんかつソースをかけるお姉ちゃん。 カツから溢れたソースがカツオ出汁の効いた醤油ベースの蕎麦つゆと混じり合う。 なんてことすんだよー! 「あれ? 和樹、ウスター派だった?」 そうじゃなくて、とんかつソースがあったかいお蕎麦のつゆと混じりあって、えも言われぬ匂いを漂わせてるじゃないか! 「大丈夫、大丈夫。美味しいよ、きっと」 きっとってなんだよ! きっとって! んなこと言うなら、お姉ちゃんのにもとんかつソースかけたげるよ! 「ほら、私、トンカツには何もかけない派だから」 言うが速いか、ズゾゾと蕎麦をすすり上げるお姉ちゃん。 ずりーよ。 そんなこんなで、年越し蕎麦も食べ終わり(美味しくいただいてくれるスタッフはいないので、なんとか自分で食べました)後片付けも終って、さて、勉強を始めようかと立ち上がると、 「どこ行くの?」 自分の部屋で勉強するんだけど、なにか? 「大晦日の夜にまで勉強するとか、病気なの? 中三病?」 人のこと中二病みたく言うなよ。受験生だから勉強するの! 「勉強なら、コタツですればいいじゃない」 コタツに入ってると眠くなるから、自分の部屋でやるよ。 「えー、ここでやってよ。お姉ちゃんひとりでテレビ観るのつまんなーい」 勉強してる横でテレビ観るとか、気が散るんですけど。 「お願い、大人しくしてるから」 そう言って上目遣いで僕を見る。 あー、もう、ずりーよ、それ。お姉ちゃんにそんな顔されたら断れないじゃん! 仕方がないのでコタツの上に勉強道具を並べる。 「ねーねー、和樹、なに観る?」 なんでもいいけど、勉強するから静かにしてね。 「お笑いは?」 お姉ちゃんがバカ笑いしてうるさいから却下。 「格闘技は?」 お姉ちゃんがエキサイトして「いけー!」とか「やれー!」とか騒がしいから却下。 「ドラマは?」 お姉ちゃんが「え? なに? どゆこと?」とか「今、なんて言ったの?」とかいちいち鬱陶しいから却下。 「じゃあ、歌番組は?」 うん、まあ、それならいいか。大晦日と言えば、歌番組だし。 それに、お姉ちゃんの必殺技「演歌を聞くと寝る」が炸裂するのも期待できるしね。 なんてことを思った五分前の自分を責めたい。 「和樹、見て見て! 『Sumow Man』かっこいいよ!」 はいはい。かっこいいかっこいい。 ジャ○ーズだからね。 「和樹、和樹! 『柿乃木坂』の衣装カワイイ!」 はいはい。可愛い可愛い。 アイドル、アイドル。 「キャー! 『BLT』、イケメン!」 はいはい。イケメンイケメンって、演歌はどーしたーーーー! ジャ○系やら、なんとか坂やら、韓流やらのアイドルはいいから、演歌を出せ! そして、お姉ちゃんを寝かせろ! 大晦日の日本の風物詩的歌番組のくせに、若者に媚びすぎだろ! 「もう、うるさいなぁ。静かにしてよ、和樹。テレビ観てるんだから」 あー、そーですか。すみませんね! お姉ちゃんも静かにテレビ観ててくれると助かるんですけどね! 「和樹、さっきから問題集のページが進んでないんだけど、難しくて解けないの?」 アイドルが出るたびにお姉ちゃんがわーきゃー言ったり、歌ったり踊ったりするから、気が散ってはかどらないんだよ! 「和樹、お姉ちゃんの高校受けるんでしょ?」 そうだけど。 「お姉ちゃんが、勉強見てあげようか?」 だれが? 「お姉ちゃんが」 なにするって? 「勉強見てあげる」 なに驚天動地が廃藩置県するみたいなこと言ってるんだよ。 「いいから見せて見せて」 でも、今やってるの数学だよ? お姉ちゃん、数学はぱーぷーじゃん。 「ダイジョブ、ダイジョブ」 心なし返事がカタコトなんだけど。 「ゆーて、中学校の算数でしょ? ラクショー、ラクショー」 まぁ、そこまで言うのならって、お姉ちゃんの顔を立てるつもりで、比較的簡単な問題を見せたんだけど。 「え? なに? この問題」 あー、やっぱり。 「『図の面積を求めろ』なんて、これだけの情報でどうやって推理すればいいのよ」 推理ってなんだよ。 「ひょっとして、落丁? 『読者への挑戦』の前に容疑者リストとかヒントのページが抜けてない?」 んなわけないでしょ! 「じゃあ、どうやって求めるのよ」 しょうがないなぁ、お姉ちゃんは。いい? ここに補助線を引くじゃん。 「ふむふむ」 すると、ここに三角形ができるでしょ? 「なるほどなるほど」 で、ここが底辺で。 「て、底辺!?」 三角形の面積を求める公式に当てはめて、底辺かける―― 「今、底辺って言った?」 言ったけど、それがなにか? 「お、お姉ちゃん、底辺じゃないからね!」 はぁ? 「期末の数学、クラスにまだ下がいたんだからね!」 なにを言っているんだ、ちみは。 「熱出て休んだ子より上だったんだから!」 底辺じゃん! 実質底辺じゃん! 「でも、ちゃんと赤点は回避してるよ」 まあ、お姉ちゃんのここ一番の集中力は目をみはるものはあるからな。 「ほとんど勘だけどね」 訂正。お姉ちゃんのここ一番の強運は目をみはるものがあるからな。 「私のことはいいのよ。ちょっと模試の結果見せてよ」 お姉ちゃんってば、都合が悪くなると誤魔化すんだから。いいけどさ。 なんて文句を言いつつ素直に模試の結果を見せる僕って、マジいい子。 「AAA判定って見たことないんだけど、なに? 誤植?」 うーん……A判定の上の上かな? 「やればできる子だって思ってたけど、和樹、すごいじゃない!」 まあね。 「やっぱし、私の育て方に間違いはなかったのね」 お姉ちゃんに育ててもらった覚えはないけどね。 「でも、こんなにできるんだったら、なんでうちの高校受けるの? もっと上の学校もあるのに」 「制服のセーラー服が可愛かったから」 僕の返事に大きな目をパチパチッと2回瞬きするお姉ちゃん。 ここはツッコミを入れるとこなんだけど、お姉ちゃんがそんなことするはずもなく。 「和樹絶対似合うよ!」 ああ、お姉ちゃんてば、最強のボケ殺しなんだから。 「持ってくるから、ちょっと私の制服着てみ」 着ないからね! 「絶対可愛いのに」 絶対着ないってば! 「ひょっとして、セーラー服を着るのは合格してから派?」 そんな派閥に入った覚えはない! 「ちぇ、つまんないのー」 頼むからそこでおとなしくおっちんしてて! (※注:「おっちん」福井弁で「座る」の意の幼児語。参考文献「千歳くんはラムネ瓶なか」) などと言っている間に、テレビからコブシの効いた演歌の歌声が聞こえてきた。 いいぞ! お姉ちゃんを寝かせろ! 「つまんないから、お風呂入ろーっと」 せっかく魔法カード『演歌』が発動したのに風呂に入るだとー!? まぁ、お姉ちゃんがお風呂に入っている間は、勉強が進められるからいいか。やっと勉強に身が入るよ。 と、ほっとしたのも束の間。 「和樹ー」 なんだよ。 「いっしょに入る?」 入りません。 「背中流してあげるよ?」 入りません! 「シャンプーしてあげるよ?」 入りません!! 「和樹、シャンプー苦手だもんね」 いつの話だよ! 「流すから目つぶっててって言ったら><←こんな風に一生懸命つぶっちゃってさ」 あー、そんなこともありましたね! もう、とっととお風呂に入ってよ! 「はーい」 そう言って浴室に消えるお姉ちゃん。 ふー、やっと静かになったよ。 さて、今のうちに勉強進めよう。 て、思ったのはいいけれど、ここでまさかの罠《トラップ》カード『コタツの誘惑』発動。なんと、和樹は眠ってしまった! 深い眠りの中で、和樹は夢を見た。 夢の中で、川の向こうからお姉ちゃんがおいでおいでしていた。 「和樹ー」 あ、お姉ちゃんが呼んでる。 「和樹ー」 でも、これ絶対行っちゃいけないやつだよね。 「和樹ってば」 てか、なんでお姉ちゃんあっちにいるんだ??? 「かーずーきー」 まったくお姉ちゃんてば、わけわかんないよ………… お姉ちゃんってば………… お姉ちゃ………… おね………… 和樹が眠ってしまってから、何ターン経っただろう。 「和樹ー、バスタオルとってー」 和樹は眠っている。 「私のパンツ落ちてなかった? うささんのヤツ」 和樹は眠っている。 「和樹、寝てるの?」 和樹は眠っている。 「和樹、寝てるんだ♪」 和樹は眠ってる(汗)。 3ターン後。 和樹は目を覚ました! すると、目の前にお姉ちゃんの顔があった。 起き抜けに、ぱっちりとした眼《まなこ》にくりんとしたまつ毛、湯上がりでほんのり赤くなった頬に、桜色した形のいい唇のドアップを目の当たりにして、驚かないことがあろうか(いやない)。 反射的に身を起こすと、当然の帰結として、ありさんとありさんのごとく、おでことおでこがコッツンコするのは自明の理だった。 「いったーい。和樹、なにすんのよ」 それはこっちのセリフだよ! 起き抜けにお姉ちゃんの顔がドアップになってたらびっくらこくだろ! 「ひどいわ、和樹。お姉ちゃんの顔がびっくりするぐらいヒドイだなんて。しくしく」 などと、ウソ泣きするお姉ちゃん。 いや、顔がヒドイとか言ってねーし。 「じゃあ、カワイイ?」 うん、まぁ。 「そんなんじゃなくて、はっきり言って」 ああ、お姉ちゃんはカワイイよ。 「どのくらい?」 町内一? 「ちょうない?」 じゃあ、日本一? 「そんなもん?」 わかったよ、世界一だよ! お姉ちゃんは世界一カワイイよ! こんちくしょうめ! 「もう、和樹ったら。いくらなんでもそんなにカワイイわけないじゃない」 そう宣って、くねくねするお姉ちゃん。 自分で言わせておいて、なんで照れてんだよ。 「ホント、和樹ってば、お姉ちゃん大好きっ子なんだから♡」 はいはい。わかったわかった。疲れたから風呂入るね。 「あの、和樹」 なんだよ。 「受験、受かるといいね」 アリガト。 そのつもりだけど、そう思うなら勉強の邪魔しないでね。 「あ、それから。お風呂場の鏡見ない方がいいよ。後ろにオバケが立ってるの見えるから」 なんだよそれ。お姉ちゃんって、たまにしょーもない子供騙しのウソつくんだよな。そんなんだから彼氏の一人もできないんだよ。 なんて思いつつ、お姉ちゃんの忠告? を無視して鏡を見ると、僕のおでこに『合格祈願』の文字が書かれていた。 やりやがったな! あの女《あま》! 起き抜けに顔がドアップだったのは、これを書いていやがったからか! と思ったところで、さっきのお姉ちゃんの言葉を思い出す。 「受験、受かるといいね」 きっとあれは本当の気持ち。 おぎゃーと生まれてからずっと一緒に過ごしてきた僕だからわかるお姉ちゃんの本気の本音。 まったく、お姉ちゃんには敵わないや。 悪気はないんだから怒れないよ。 そして、2時間後。 「和樹、初詣行くんだから、速く用意して! 除夜の鐘鳴っちゃうよ!」 わかったよ。今、着付けしてるところだから。 「お姉ちゃんなんか、とっくに着物着終わってるんだから」 帯結んであげたの僕だけどね。 「出かける準備万端だから!」 僕んちとお姉ちゃんちでは、二家族《ふたかぞく》揃って和服で初詣に行くのが毎年の恒例行事だった。 そんなわけで、和服の着方も自分で着れるぐらいには覚えたわけだ。 今年はお姉ちゃんと二人だけだけどね。 「だいたい、和樹がいつまでもお風呂に入ってるから時間無くなっちゃったのよ」 おでこの『合格祈願』を消してたからだよ! 「あんまり長風呂だったから、真っ赤になってたじゃない。おでことか」 いくら擦っても落ちなかったからね! お姉ちゃんが油性マジックで書くから! そんなわけで、僕は和服におでこまで隠れるニット帽という、ミスマッチな格好で初詣に出かけることになったわけだけど、なぜかお姉ちゃんは上機嫌だった。 「和樹、やっとお姉ちゃんがあげた帽子かぶってくれたんだね」 おでこの『合格祈願』を隠すのになんかないかと探してきたんだけど、お姉ちゃんがくれたんだっけ? 「前にクリスマスにプレゼントしたヤツ」 思い出した。 僕が小四、お姉ちゃんが小五のとき、クラスで編み物が流行ったとかで、試しに編んだニット帽をクリスマスにもらったんだ。 もらった時には僕には大き過ぎてぶかぶかで、タンスの奥に仕舞い込んであったんだった。 「やっぱり、その色、似合うね!」 和服にはミスマッチだけどね! そうこうしているうちに、お目当ての神社にきたわけだけど。 「すごいいっぱいの人だね」 地元の神社とはいえ、そこそこ有名な初詣スポットだからね。毎年のことだけど。 「和樹、迷子にならないよう、お姉ちゃんが手つないであげるね」 迷子になるのは、だいたいお姉ちゃんだけどね。 僕はお姉ちゃんと手を繋ぎ、うんざりするほど長いお参りの列に並んだ。 そして、賽銭箱へと続く列の半分ぐらいまで進んだところで、除夜の鐘が聞こえた。 「新年だ!」 明けたね。 お参りの列の中、僕らはあけましておめでとうの挨拶を交わした。 これも毎年繰り返した年中行事なわけだけど、今年は二人だけなので、ちょっと変な感じだ。 これはこれでいいけどね。 そしていよいよ賽銭箱の前に着くと、僕らは揃ってお賽銭を投げ入れ、ニ礼ニ拍一礼してから長々と神様へのお願いをした。お、今の僕とお姉ちゃん、シンクロ率120%ぐらいかな? 僕は全国の受験生と同じく合格を祈願する。差し当たってのお願いといえば、これだからね。 で、お姉ちゃんは何をお願いしたの? 「和樹が受験に合格するようにって」 初詣で、僕のことをお願いしてくれるだなんて。お姉ちゃん……。 「あと、和樹が出店で売ってた今川焼き買ってくれますようにと、たこ焼きも買ってくれますようにと、あ、その前に寒いから甘酒であったまりたいと……」 お願いのレベルが食べ物と同じかよ! 「和樹、お詣りも済ませたし、甘酒飲んであったまるよ!」 繋いだ手をお姉ちゃんが引っ張る。 はい、はい。売ってるお店行こうね。 まったくもう、お姉ちゃんってば、自分勝手で目が離せないんだから。せっかく和服着て可愛くしてるんだし、もうちょっとおしとやかにしてればいいのに。 でも、真っ先に僕の合格祈願をしてくれただなんて、さすが僕のお姉ちゃんだ。食べ物と同レベルだったけど。 僕がお姉ちゃんが通う高校を志望校にした理由。 制服のセーラー服が可愛かったから。 「和樹、あっちのお店で甘酒売ってるよ!」 それは、初めてお姉ちゃんのセーラー服姿を見たとき、すごい似合ってて、すごい可愛いくて、すごい眩しくて、 「お姉ちゃん、そんな引っぱんないでよ!」 だから、 「ほら、和樹、速く!」 お姉ちゃんの可愛いセーラー服姿を、 「もう、お姉ちゃんってば、しょうがないなぁ」 一番近くで見ていたかったからなんだ。 了 |
へろりん 2023年12月30日 09時05分15秒 公開 ■この作品の著作権は へろりん さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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