使い魔、子猫の奮戦記 |
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吾輩は使い魔である。名は失った。 はるかな昔に、英雄伝説に語られる大魔法使いがいた。かの大魔法使いに造られた使い魔、それが吾輩である。 かつて吾輩は、大魔法使いの命令に従って、夜の闇にまぎれ、敵の軍勢を滅ぼす力を何度もふるった。しかし、それは過去の夢だ。いまさら昔のことを語っても、むなしいだけだ。 大魔法使いが世を去って久しい。主人を失って、吾輩は魔力を手に入れる手段を絶たれた。 それから永い時が流れた。吾輩を滅ぼそうとする者たちから逃れながら、これまで魔力の浪費をできるだけ抑えてきた。だが、ついに限界に達してしまった。 残る魔力は、もはや無い。かつては虎よりも巨大だった身体は子猫ほどの大きさに縮み、黒曜石のような光沢をおびた漆黒の体毛も、今ではわずかにセピアがかった白い毛並みに変じている。やせ細ったこの身は、滅びの時を待つばかり。夏のまばゆい朝日を浴びれば、魔力のつきた使い魔の体は、ひとたまりもなく砕け散るだろう。 吾輩がこの世を去る場所は、都会の一画に造られた小さな公園であった。茜色の空が明るさを増してくるにつれて、鮮やかな色の遊具や花壇の花々が、闇の中から現われてきた。 ああ、吾輩は暗視の力も失っていたのか。だが、今日は滅するには良い日かもしれないな。すさまじい闘争につぐ闘争の日々の果てに、こんなにも穏やかな日を迎えることができようとは。せめて最後の時をうつむくことなく受けとめよう。 吾輩は弱り切った体に鞭うって立ち上がり、ビルの谷間から上りはじめた朝日に向かい、胸を反らせて尾をピンと立てた。 最後の時は、訪れなかった。 「おまえ、腹がすいてるのか?」 朝日を遮る者がいた。年端も行かぬ少年だった。公園を通り抜けようとしていたようだ。 吾輩と少年の目が合った。吾輩は無駄と感じつつも少年に念話を送った。 『このままでは吾輩は消えて無くなる。もし汝(なんじ)が望むなら、吾輩は契約を結び、汝の使い魔となろう』 それから、この時代に使い魔と契約する儀式を知る者は、もはやいないことに思い至る。吾輩は思わずつぶやいた。 『すまぬ。無駄な事を述べたな』 しかし、少年は手を差しのべて吾輩の体を持ち上げた。 「いますぐ何か食べさせないと、午後までとても保たないな」 少年は通学カバンからサンドイッチを取り出した。 『吾輩には食する事ができぬぞ』 そんな吾輩の念話を無視して、少年はつぶやいた。 「食べる体力もなさそうか。そういえば、初めてエサをやるときには、ツバをつけると良いって誰かが言ってたな……」 少年はサンドイッチを齧ると、牛乳パックにストローを刺してミルクを口に含み、数回噛み砕いた。 「即席の離乳食だけど、食えるかい?」 吾輩は、食事を舐め取りながら、少年の指に牙をたてた。 「イテテ、そんなに焦るなよ。ああ、血が出ちゃったじゃないか」 少年は血のついた指をなめた。そして、それでも吾輩を離さなかった。 乳と卵と肉を媒介とし、術者の鮮血と使い魔の唾を混ぜ、それを互いの体内に取り込み身体と同化させる。そのあいだ、術者と使い魔は接触を保ちつづけて、魂の交流をはかる。 あり得ないような幸運によって、吾輩は新たな主人と契約を結ぶことができた! 体内に力が満ちてくる。失われていた感覚が甦ってくる。 吾輩は奇跡に深く感謝した。 『さあ、あなた様の使い魔となったからには、この命をかけてご命令に従いますぞ!』 新たにご主人となられた方のお考えが漏れてくる。真の名を山口悟(サトル)とおっしゃられるのであるか。 (なるほど。名は体をあらわすとはよく言ったものだ。ご存じないにもかかわらず、やり方を悟って、契約の儀式を執り行ってくだされたのですな) 中学二年生で、恐怖症と言ってもいいくらい女性との付き合いが苦手……、なのであらせられるのか。 「食べるかい?」 ご主人は、吾輩に食事を与えてくださった。ご主人とその従者のみが与えることのできる魔力の元となる食事であった。 数百年ぶりのことだった。 吾輩はサンドイッチにむしゃぶりついた。 「すごい勢いで食べるなあ。そんなにお腹が空いていたのかい」 『今なら、水牛でも丸呑みにしてご覧にいれますぞ!』 ご主人は公園の時計を見た。 「早めに家を出たのに、もうこんな時間か」 ご主人は、通学カバンのフタを閉じると、早足で歩き始めた。 『お供つかまつりまする』 吾輩も早足でご主人の後を追った。 公園からさほど離れていない場所に学校はあった。ご主人は校門の前で振り返ると、吾輩に命じられた。 「校内は動物の持ち込みが禁止なんだ。だから、ついて来るのはここまでにしてね?」 『使い魔なら校内に入っても支障ないとは思いますが、ご命令とあればここで待ちますぞ』 吾輩は、了解したという意志を示して、小さくうなずいた。 「ニャア」 と、小声で鳴いてみせる。 「お前、かしこいな」 吾輩はご主人からお褒めの言葉を賜った。 半日余りのあいだ、吾輩は校門の塀の上にのぼって、木々のこずえの葉のざわめきに耳を澄ませ、ゆったりと大空を移動してゆく雲や、ときおり飛んでくる蝶をながめながらすごした 昔の記憶が次々と心に浮かぶ。 吾輩の第一形態は、黒鋼の魔獣であった。 鉄の鎧を着た敵を、鎧ごと叩き潰し、咬み砕く。敵の将軍が、手足を鎧ごと咬み潰され、胴をおおう分厚い鎧が紙のようにひしゃげるのを見て、泣いて降伏したこともあった。 第二形態は、暗黒の魔獣であった。 九つある首をどこまでも伸ばして、敵の喉笛を次々と食い破る。喰いちぎった首をくわえて次の獲物を狙っていたら、首だけが空中を飛んでいると勘違いされて、敵兵たちが潰走したこともあった。 第三形態は、地獄の魔獣であった。 戦場に潜んで敵が攻めよせるのを待ち、一時にすべての敵を喰らいつくす。鎧の中に骨を丸ごと残した方が、残された敵の恐怖は強かった。さらに、肉をしゃぶり取った血だらけの骨を鎧や衣服の中に残した方がより効果があることを学んだ。 それが吾輩の戦い方であった。 最後の戦いとなったときに、大魔法使い様は、吾輩に最終形態を与えてくださらなかった。 「魔法はイメージの具現化なのだよ。まだ、わたしはお前の最終形態を明確にイメージできていない。 いま無理に最終形態をとれば、お前は混沌の魔獣となって、敵も味方もすべてを滅ぼす厄災となるだろう」 吾輩は念話で応えた。 『かまいませぬ。大魔法使い様と共にゆきて共に滅びましょうぞ』 「そうはいかぬ。お前はわたしの最高傑作なのだ。そして、いまだ完成には至ってはおらぬ。 新たな主人を得て、お前にふさわしき最終形態へと到るがよい」 こうして吾輩は主人と名を失った。 名を失うとともに、吾輩は深い眠りに落ちていった。目覚めた時には、大魔法使い様も吾輩たちの戦いも、すべてが伝説となっていた。 それからは、吾輩を滅ぼそうとする敵から必死に逃れる日々がつづいた。だが、吾輩を滅ぼそうとする者どもは、吾輩が殺したおびただしい敵たちの亡霊が見せた幻影であったかもしれない。 水面を求めて必死に浮びあがろうとする子猫のように、さまざまな過去の記憶が吾輩の心に浮かんでくる。吾輩は、愛しく懐かしい過去の思い出を一つ一つ、子猫を水の深みに押しやって溺れさせるように、記憶の底へと沈めていった。 太陽が西にかたむき、まぶしい光が和らいで、真っ白だった雲が黄金の輝きを放ち始めたころに、生徒たちが校舎から一斉に解き放たれた。そして、その中に混じって、新たなご主人が校舎からお出ましになられた。 二人の従者を連れていらっしゃるようだ。 (女性恐怖症にもかかわらず、二人の女性を従者としておられるのか。さすがはご主人であらせられる) 従者たちの言葉が聞こえてくる。 「当番に遅れたから、でまかせを言ってたのじゃないでしょうね!」 「本当だとしても、もうどこかに行ってしまってるかもしれないわよ?」 吾輩は塀から飛び降り、ご主人を出迎えに走った。 「いるじゃないの!」 ぽっちゃりとした体形の従者がうれしそうに叫んだ。 「子猫なのにスラリとしてとても優雅ね。シャム猫かしら。上品な灰色の毛並みが素敵だわ」 もう一人のほっそりとした従者がつづけた。まだ少女の年齢であるにもかかわらず、スタイルが抜群である。ふむ、この香りはひょっとして、化粧しておるのか? 「小さいのに気品があるわね。あら、右と左で目の色が違うわ。サファイアとエメラルドのオッドアイかあ。すごく神秘的じゃないの!」 二人目の従者は、細かいところまでとてもよく気がつく少女であった。 タイプは違うが、お二人とも飛び切りの美少女である。さすがはご主人、すぐれた審美眼をお持ちのようだ。 ご主人が吾輩を持ち上げ顔をつけてくださった。 (くすぐったいですな) 「待っててくれたのか。お前は本当に賢いなあ」 『お褒めの言葉を賜り光栄でございます』 吾輩は、「ニャア」と、鳴いた。 「ねえ、ねえ、悟君。抱かせて、抱かせて、抱かせて!」 ぽっちゃりとした従者がご主人にせがんだ。 ご主人のお考えが漏れてくる。従者の名は山崎桜(サクラ)。その名の通り華やかな性格で、誰にでも優しく、無類の猫好きだ。ご主人は好意をお持ちだが、今はまだ一方的なご関係らしい。 ご主人とその想い人か。そうであるならば、お二人の仲を取り持つのが使い魔である吾輩の使命であろう。 吾輩はそう心に刻んだ。 ご主人が桜様に告げられる。 「気を付けて抱いてね。エサをやるとき指を噛まれたから」 『あれは契約のため。ご主人の想い人を相手に、そんな野蛮な振る舞いは致しませぬぞ』 「大丈夫よお。噛まれても、引っかかれても、この子ならぜ~んぶ許しちゃうから!」 ……、以前に仕えていた大魔法使いも女性とのお付き合いが皆無であったため、断定することができませぬが、桜様にはそのような性癖がお有りなのでございますか……? 「私に噛みついたり引掻いたりしたら、レジの紙袋に押し込んで思いっきり蹴っ飛ばすからね!」 ほっそりとした従者が言った。 ご主人のお考えが、恐怖とともに伝わってくる。 従者の名は、山根良子。同級生に仲の良いカップルがいると割って入り、彼氏を奪ったあげく捨てることを繰りかえしている。 このため同級生からは「ワル子」とか、「性悪山猫」と呼ばれている。『やまね(良)こ』ですか。なるほど。 ご主人に対していつもツンツンしており、ご主人は特に苦手としていらっしゃる。 (ふむ、桜様との仲を取り持つうえで、障害となりそうですな。ご主人が心を強く持って誘惑に打ち勝てれば良いのですが) しかし、吾輩の脳裏にはご主人があっさりと誘惑に負ける姿が、いくつも、いくつも、ありありと浮かんでは消えた。 (ご主人は素直で性格が良すぎますからなあ。これは、吾輩が頑張らねば。使い魔として使命感に燃えますぞ) 「公園で飢え死にしかけてたんだ」 ご主人が従者たちに吾輩の事を紹介してくださった。 「へえ~、そんなことがあったんだ。だけどこの子は毛並みが良いわね。死にかけだったとは思えないわ」 桜様はそう言って吾輩を抱き上げた。 「うわあ、気持ちいい。すてきな毛並みねぇ」 『吾輩は使い魔なれば、当然のことでございまする』 「肉球に触ってもいいかしら。わあ、ぷにょぷにょして気持ちいいわァ」 桜様に抱かれたまま、吾輩たちは公園に向かった。 吾輩の脳裏に、かつて後宮の美女たちに取り入って、国を傾ける陰謀に加担したときの事が思い浮かんだ。 快楽によって人を操ることができる。 使い魔は、快楽によっても、苦痛によっても、錯乱をもたらすことによっても、人を操ることができる。できて当然なのである。 そんなことを考えているうちに公園に着いた。ご主人はベンチに腰かけると通学カバンを開けた。 「まだ腹ペコだよな。さあ、購買で買った魚肉ソーセージだぜ。食うか?」 ご主人はカケラを小さくちぎり取った。それを吾輩の前に置く。 吾輩は軽くジャンプして、ご主人が持つソーセージの本体の方に齧りついた。 「ほんとにお腹がすいてたのね。あら、あら、凄い食べっぷり」 吾輩は桜様を感心させながら、たちまち魚肉ソーセージをたいらげた。 「こんな小さな体なのに、よく入ったわね」 『ふっ、まだまだ食べれますぞ』 「おや、また子猫を拾ったのか?」 そのとき、さわやかな笑顔をうかべた若者が通りかかった。なかなかのイケメンである。 ふむ。ご主人の同級生で、村山明(アキラ)と申すのか。桜様に対してひどくなれなれしい態度であるな。 「悟君が見つけたのよ~」 桜様もこの者にはすっかり気を許していらっしゃるご様子。これは、気をつけるべき相手に相違あるまい。 そのとき、吾輩は背中に強烈な寒気を感じた。全身の毛が逆立ちシッポがビリビリと震えている。 村山明と一緒に歩いてきたのは、貧相でいかにもネクラそうな男だった。その周囲に闇をまとっているがごとき独特の雰囲気をもっている。 ふむ、その名を黒沢秋夫と申すのか。だが、この者は人間ではありえないほど強大な暗黒の魔力を放っている。吸血鬼、それもおそらくは真祖であろう。日の光を避けるようすがないことからも、間違いあるまい。 残念ながら、今の吾輩ではまったく歯がたたぬ。吾輩は吸血鬼の真祖とおぼしき黒沢秋夫の興味を引かぬように、できるだけ無視するよう努めた。 「お前の猫じゃないなら、構いすぎるなよ」 村山明は桜様にそう言うと、手を振って、黒沢秋夫とともにそのまま通り過ぎていった。 ふう……。 ご主人は、まるで何事も無かったかのようなご様子であった。あれほど強大な力をもつ吸血鬼に気がつかないはずがないから、お二人の従者に心配を掛けまいとご配慮なされておるのであろう。 吾輩も何事もなかったかのように振舞わねばなるまい。 吾輩は、使い魔の身でありながら少々注意が足りなかったようだった。敵の接近に気づくのが遅れた。 「おおい、ネコがいるぞ~!」 幼稚園児の群れがあらわれた。 幼稚園児は、いまだ社会常識を有することがないために、傍若無人な振る舞いにおよぶことが少なからずあると聞く。 また、幼き者は魔を見破る眼を持つことがしばしばある。 まずいな。 吾輩はできるだけ子猫らしく振舞うことにした。桜様の手から抜け出し、不自然にならぬように気遣いながら迎え撃つ態勢をとる。 それでも吾輩には油断があったようだった。 幼稚園児たちは吾輩を狙って狩りの輪をつくっている。前から掴みかかってくる園児に気を取られているうちに、不覚にも尻尾をつかまれた。そのまま振り回される。 冗談ではない。目がまわる。 「大丈夫よ、ネコは受け身が上手だから……」 性悪山猫が園児たちをあおる。 吾輩は、そのまま地面にたたきつけられた。 「なんでぇ、ネコのくせに受け身がとれないでやんの!」 『うるさい、野蛮人どもめ。目が回っていては受け身などとれぬ。ならば貴様らを口にくわえて振り回し、地面に叩きつけてやろうか』 吾輩がそう思っている間にも、園児たちはふたたび狩りの輪を狭めてくる。 まずい。 『ご主人、ご無礼いたしますぞ』 念話で謝り、吾輩はご主人の腕にのり肩へと駆け登った。ヒラリと頭の上に避難する。 ここにいれば汝らの魔手も吾輩には届くまい。 「あら、見事な体さばきね。凄いわ~」 桜様が手をたたいてくださった。 吾輩の技が受けたようだ。 桜様が吾輩を抱き上げてくださる。 「ちょっと、ケガしてるじゃないの。ダメよ、あなたたち!」 『吾輩は使い魔でございます。この程度の傷など、すぐに治りますぞ』 「チェッ、つまんねえの」 幼稚園のワルガキたちは、捨て台詞を残して立ち去っていった。 ご主人と桜様は、幼稚園児たちを見送った。それから、互いの目が合った。 桜様はためらってから、恥ずかしそうにご主人に告げた。 「あの、よかったらだけど、悟君の家でその子猫を手当してあげてもいい?」 「もちろん!」 「ニャア!」 吾輩たちの返事がきれいにハモった。 『桜様は、従者にふさわしい、優れた癒し手となられるに違いありますまい』 桜様はほほ笑んだ。真夏の太陽のようにまばゆい笑顔であった。 「まだ食べたりないようね、家にハムがあるから持ってゆくわよ」 桜様の言葉に、ご主人がけげんそうに尋ねた。 「ボクの家の場所、知ってるの?」 桜様は一瞬、言いよどんだ。 「……ええ、知ってるわ。たまたまだけどね」 ご主人は笑顔で応える。 「それじゃあ、家で待ってるよ」 桜様は、名残惜しげに吾輩から手を離された。 ご主人からイメージの欠片が心に届く。 これまで、ご主人は同級生の女の子と言葉を交わそうとなさらなかった。桜様はご主人が初めて自分から話しかけた特別な方なのだった。 カップル破壊者として有名な性悪山猫は、ギラつく眼差しでずっとお二人を睨んでいた。お二人の仲を裂くためご主人のご自宅を襲うつもりでいることに間違いないだろう。 こうして公園で三人はいったん別れた。 ご主人のご自宅は、下町のアパートとよばれる集合住宅の一階にあった。こじんまりとしており、2LDKと呼ばれるそうであった。 吾輩の知る集合住宅とは、かなり造りが異なっている。鉄などの貴重な素材を贅沢に使用して強化されており、大きな窓にガラスが惜しげもなく使われている。 なによりも、敵の攻撃を想定しておらぬように思われた。おそらく、ご主人の御威光によって、長年にわたり敵に侵攻されることがなかったためであろう。 最初にご主人のご自宅を訪れたのは桜様であった。パステル調のピンクでコーディネートなされている。白いブラウスの上に、首元だけを細いリボンで止めたボレロを着ていらっしゃる。若さあふれる着こなしであられた。 「ボーンレスハムを持ってきちゃった」 『てへっ』、とハートマークが付きそうな甘いお言葉であった。 「最初はツバをつけてから食べさせるといいらしいよ」 ボーンレスハムを通じて、吾輩は桜様とのあいだに使い魔と従者の契りを結んだ。こうして吾輩は桜様の与えてくださる食物を食べることが可能になった。そこで吾輩は、残りのボーンレスハムを一気に喰らった。 桜様は、唖然とされた。 「嘘でしょう。この小さな体のどこにあれだけの大きさのボーンレスハムが収まるというの?」 「こいつは、とにかくたくさん食べるよ」 ご主人は何事もないかのようにおっしゃられた。 たっぷり食べたおかげで体内に魔力が満ちてくる。心なしか毛皮の黒さが回復したように思える。 『ご主人、第一の形態をとる準備が整いましたが、いかがいたしましょうか』 「桜さん、何か好きな物はあるの?」 「そうね、キュウバンかな」 キュウバンですと??? 「村山明君が自宅で聞かせてくれる旧版のレコード曲が大好きなの」 同級生の村山明殿でございますか。さきほど公園で出会ったイケメンですな。 村山明殿のご自宅で一緒にレコードを聞いている? かなり親密なご関係ではありませぬか。 これは、吾輩がなんとかしなければ…… そう考えた瞬間に、ご主人は力ある言葉を唱えられた。 「吸盤!」 いや、確かにそれもキュウバンではございますが、…… 吾輩の肉球がパックリと割れて中から吸盤が盛りあがった。そのまま毛皮がクルリと剥ける。吾輩は吸盤だらけのプニプニした生き物へと姿を変えた。そのまま桜様の玉のお肌にチュパチュパと吸いつく。 「だめよ、そんなに吸いついちゃあ。うわわわ、すんごく気持ちいいわァ!」 桜様は恍惚として目を閉じていらっしゃる。吾輩が変身したことに気づいていないらしい。でも、第一の形態は桜様にはたいへんご好評であった。 「どれどれ?」 ご主人も吾輩に手を伸ばされた。 こわごわ、といった風に見えるのは、吾輩の思い過ごしですよな。 チュパ、チュパ、チュパ。 「本当だ。凄く気持ちいいね」 チュパ、チュパ。 「肉球って、軟式のテニスボールみたいに弾力があるんだね」 ご主人。 それは違います。 そのテニスボールは桜様の胸についているのでございますぞ。 「気持ちいいわァ!」 桜様が嫌でなければ、吾輩はかまいませぬが? 「ああっ! なんて気持ちいいのかしら。 ところで、この猫の名前はなんと言うの?」 桜様、ナイスなご質問ですぞ。 吾輩には、まだ名前がない。ご主人から『真(まこと)の名』をたまわっておりませぬ。 使い魔にとって『真の名』はきわめて重要であります。『真の名』を唱えられると、使い魔は相手がだれであろうと、命令に従うことを強制されてしまいます。 敵に悟られることのない良き名を選んでくだされ。 「この格好なら……、タコだよな」 ぷふぁァァァ。タコですと! 半分ネコではないですか。 これは……、真の名をわざとありがちな名前と重ねて、かえって敵に悟られにくくするという高等戦術なのでございますな。 使い魔たる吾輩が、ついに真の名を与えられた。吾輩は、厳粛な気持ちで居住まいを正し、ネコを被った。くるりと毛皮で覆われる。 ま、前が見えぬ! 「えらい恰好をしてるなあ」 ご主人は、桜様のブラウスの中に頭を突っ込んでジタバタしている吾輩を優しく取り出してくださった。 桜様はブラウスの中をのぞきながらおっしゃられた。 「チュパチュパされたところが跡になっちゃった。キスマークみたいで恥ずかしいなあ」 「キスマーク?」 ご主人の口から言葉がもれた。 『桜様はキスマークをご存知なのですかな? して、そのお相手とは……』 一瞬、吾輩の心に浮かんだ疑問は、たちまちのうちに消え去ってしまった。 桜様はスリスリと吾輩の背中をなでてくださる。吾輩を愛でてくださるのか、愛情のこもった手つきであらせられた。 「フニャ~」 思わず猫なで声がでた。 ご主人が桜様に尋ねられる。 「してほしいと思っていることはあるの?」 桜様は顔をふせた。耳が赤くなっている。 「キュウコンだけど、中学生じゃあ、まだ早いわよね」 キュウコンですと? つまり桜様は求婚されることを願っているのででございますか。 ひょっとして、お相手は同級生の村山明殿ですかな。 「球根!」 『ご、ご主人! それは力ある言葉ではありませぬか。いま、それを唱えたら……』 体が縮まった。 吾輩は、グラジオラスの球根のような姿に変身した。 『こ、これが吾輩の第二の形態でありますか。しかし、これでは身動きができませぬぞ』 玄関の扉が開いて、誰かが入ってきたようだった。だが、吾輩にはそれを見ることが困難である。 (そうか、眼を出せばよいのだ) 吾輩は、球根のてっぺんから少しだけ芽を伸ばし、その先に目立たないように小さな眼を生じさせた。 自分で言うのもなんであるが、カタツムリのような姿であった。移動速度が一時間にゼロセンチメートルのカタツムリであるな。 「せっかくレディが訪問してあげたのだから、誰かが出迎えてくれても良くありません?」 勝手に扉をあけて上がりこんできたのは、性悪山猫だった。 身にまとった漆黒のドレスは、ボリュームのあるスカートが印象的であった。絹を使った本繻子(サテン)であろうか、いかにも高級そうな艶のある布地がふんだんに使われている。 ヒラヒラとしたフリルの装飾が過剰なほどにあしらわれ、ウエストはきつく絞られて背中で大きなリボンとなっている。 髪をまとめるヘッドドレスには、黒い薔薇の花があしらわれており、チョーカーの紅い宝玉がアクセントとなっている。 口元を彩るルージュの口紅が妙に艶めかしかった。 これがゴスロリと呼ばれるファッション。ご主人をもってしても実際に眼になさるのは初めてであらせられるのか。たしかゴシックロリータは、基本となる礼服の一つであったはず。 世が世ならば、性悪山猫がこのゴスロリファッションで社交界デビューをはたし、豪華な夜会に出席すれば、やんごとなき貴族の御曹司たちがこぞって歓待に努めたであろうな。 だが、凛とした表情で胸をはり、見下すようにマスターと桜様をご覧になっていらっしゃるのに、なぜか不安げに見えるのは、吾輩の気のせいであろうか? 「なんだか凄く良い香りだね。上流階級のお嬢様みたいだ」 香水まで使っておるのか。 まだ中学生であろうに。 カップル破壊者の二つ名は伊達では無いようだ。 手ごわい! 吾輩は戦慄した。 吾輩の変身が解けて、もとの子猫の姿になった。 性悪山猫が吾輩に気づいた。 「あら、そこにいたのね。さて、なにか食べるかな?」 桜様が説明する。 「この子すごいのよ。いまボーンレスハムをまるごと一本、食べちゃったの」 「え? そんな風には見えないなあ」 「そうなのよ~。あんなに大きな塊が、いったいどこに収まったのか不思議なの」 性悪山猫は、袋を取りだして開けた。 「ポテトチップは食べるかしら」 『まだ使い魔と従者の契りを済ませておらぬゆえ、吾輩には食することができませぬぞ』 「最初はツバをつけるといいみたい」 桜様の取り成しで、吾輩は性悪山猫とのあいだにも使い魔と従者の契りを結んだ。 (これがポテトチップであるか。なかなか美味であるな) ……と言うよりも、止めることができなくなるのであった。 性悪山猫が愚痴を言った。 「みんなで食べようと思って持ってきたのに」 『吾輩が全部いただいた。申し訳ない』 ご主人がとりなしてくださった。 「飲み物を用意するよ」 「手伝うわ」 ご主人と桜様は部屋から出ていかれた。 「そんなに意地汚いなら、こいつも食べるかな?」 性悪山猫は、ご主人の机の上から平たい立方体を取り上げた。鈍い銀色の光を放っている。それを吾輩の目の前でゆっくりとゆらす。 パクン! 「こ、このバカ猫、携帯電話を食べちゃった?」 『食べてはいけない物なら、食べさせないで欲しいですな』 携帯電話とか申すものは、吾輩の体内でゆっくりと吸収・同化されていった。 なんということだ。 吾輩の感覚が限りなく拡大してゆく。 これは、あたかも世界全体の様子が分かるようではないか。 地球は丸かった。 それが実感できた。 それにしても、世界とはかくも広大なものであったのか! さらに、その存在すら想像のはるか外にあった膨大な知識が、いまは自在に活用できる。 『ご主人、お役にたてる力を手に入れましたぞ。これが吾輩の第三の形態となりまする。今後は吾輩を電子魔獣タコちゃんとお呼びくだされ』 ご主人に関する情報にもアクセスできる。 ふむ、ふむ。 この携帯電話を使えばチック・タックとかいうシステムで、同級生の皆と会話ができるのでございますな。 桜様が皆のアドレスを教えてくださっている。しかし、ご主人は一度も会話をしておられず、同級生のだれからも、いまだに連絡がきていない。 つくづくご主人は孤高の人であらせられますなあ。そう言えば、ご主人と吾輩とは、いまだに念話をかわしておりませぬな。 むむ、なるほど、なるほど。 ご主人はコミ障なのでございますか。 それも念話にも支障をきたすという、至高のコミ障なのでございますな。 心配はいりませぬ。 ご主人の苦手とする事柄を補佐するために使い魔は存在しておりまする。吾輩がお手伝い致しますぞ。 吾輩は電脳空間を大きく拡張して精神世界へと接触させた。ご主人と吾輩、さらに従者たる桜様や性悪山猫との間にも、緊密な精神的接触が発生する。念話が可能になる。 さらに互いの知識や経験、記憶や考えなどを、いつでも自在に知ることが可能となった。 これは……、幼稚園のときの思い出でございますな。 ある日のことでした。うららかな陽射しをあびて、園児たちは園庭で遊んでいます。幼稚園児のときも、桜様はとても可愛くあらせられました。そんな桜様を、ご主人を始め、数人の男の子たちがとりまいて眺めています。入園してまだ日が浅く、声を掛けることにためらいがあるようでした。その中には、まだ吸血鬼になっていない黒沢秋夫君もいました。この頃からすでに、根暗で引っ込み思案なようすです。 桜様の後ろを村山明君が駆け抜けました。 「天誅(てんちゅう)!」、という掛け声とともにスカートが大きく跳ね上がります。桜様は、あわててスカートを押さえます。後ろを見わたし、中をのぞいた者がいなかったことを確認します。それから、ご主人をはじめとする男の子たちが、スカートの中を見たかったという欲望もあらわなギラついた眼差しで自分を見つめていることに気がつきます。 「男の子って、みんないやらしいのね」 園児の村山明君は、すべり台にもたれかかって、「自分は見ていません」といった感じの爽やかな笑顔を桜様に向けています。その笑顔につられて、桜様のお顔にも笑みがうかびました。スカートめくりという『遊び』を一緒にしているという共通の認識ができあがったようです。 『タコちゃん:ふ~む。村山明殿は桜様が自分に注意を向けていない時にだけスカートめくりをしている。気づくようにわざと足音をたてて近づくことが多い。桜様が気づけばやらない。けして力任せにはしていない。 こうして桜様は村山明殿をつねに意識するようになった。お二人の仲は幼稚園時代から始まっていたのですな。 ご主人との仲を取り持とうにも、予想以上に手ごわいではありませぬか……』 園児のご主人が、そろり、そろりと桜様に近づいてゆきます。他の園児たちは、興味と期待が入り混じった顔で、真剣にそれを見守っています。 ご主人は、「カンチョー」、という掛け声とともに、スカートをめくろうとします。 まずいですぞ、ご主人。その方向からではスカートの中が皆に見えてしまいますぞ。 後ろ回し蹴りが一閃して、ご主人は後方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられました。側頭部にまともに蹴りが入っていました。 桜様は、ご主人を蹴り飛ばしてから、自分がしでかした事態に気がつき、真っ青になっています。そんな桜様を村山明君がなぐさめます。 鼻血をたらし、眼をむいて気絶しているご主人に、園児の山根良子ちゃんが近づいてきました。いかにも心配そうです。性悪山猫の面影など、まったくありません。 「だいじょうぶ?」 心配そうに声をかけます。 すると、ご主人は目をみひらき、山根良子ちゃんを目にすると、恐怖の表情をうかべて、絶叫しながら逃げ去ってしまいました。 山根良子ちゃんは、思いもかけない展開に、ひどく傷ついた様子です。 時が流れてゆきます。 桜様がご主人を地面に叩きつけたのは、塾にかよって習っていたバレーの技をとっさに応用したものでした。桜様はこれを深く反省して、その後は誰にも優しくふるまうことを心がけました。ご主人と接するときには、とくに気をつかいました。 今回のことで、山根良子ちゃんは心に深い傷を負いました。自分に自信が持てなくなってしまったのです。 山根良子ちゃんは、自信を取り戻そうと努力に努力を重ね、もともとの美貌に加えて中学生ばなれしたお化粧の腕前、抜群のスタイルに洗練された衣装を身に着け、深い洞察力に気の利いた会話術を駆使して、男の子を誘惑するようになりました。 同じクラスにカップルがいれば、彼氏を奪うようになったのです。 でも、奪った直後には自分の方が上だったという達成感にひたれるものの、自分に自信が持てないため、結局は奪ったあげくに捨てることを繰りかえすカップル破壊者となったのでした。 ご主人は、この体験がトラウマとなって、コミュニケーションに大きな障害を抱えるようになりました。幼稚園で桜様や山根良子様と一緒だったことは、すっかり忘れてしまいました。また、極度の女性恐怖症となったために、女性との交際経験がまったくありません。 こうして、久しぶりに同級生となった桜様は、ご主人が初めて自分から話しかけることができた特別の相手となったのです。 なるほど、人に歴史ありとは良く言ったものですな。 性悪山猫の考えが念話で伝わってくる。 『山猫:そうだったのかあ。あのとき悟君が逃げ出したのは、誤解だったんだ。すっかり忘れていたわ』 『桜:ショックが大きすぎたから、その時の事を無理に忘れたのね』 『タコちゃん:理由を忘れたために、消すことのできない劣等感が生まれたのですな』 『山猫:ようやく分かった。自分は悟君ごときにすら嫌われている。いつもそう思ってしまうから、いくら彼氏を奪っても、どうしても劣等感から逃れることができなかったのね』 性悪山猫は、憑きものが落ちたように晴れ晴れとした表情になられた。あるべき姿の山根良子様に立ち戻られたようである。 ご主人のお考えが垂れ流される。 『悟:キスマーク、キスマーク、キスマーク……』 『山猫:あいかわらず、うっとおしいわねえ。ところで桜ちゃん、誰にキスマークを付けられたの? 予想はついてるけど』 『桜:自分で付けたの。村山明君にキスしてもらったらどんな感じかな? と思って……』 『山猫:自分で自分の胸にキスができるの! うらやましいわね。私がそんなことをしたら、たぶん首を捻挫するわよ』 『悟:キス、キス、キス……』 『山猫:ああ、うっとおしい! 桜ちゃんのファーストキスはいつなの?』 『桜:小学校2年生のとき。私があんまりビックリしたから、あれから村山明君はキスしようとしなくなったわ』 『山猫:事故だったからノーカウントと思っているの?』 『桜:大切な約束だと思ってる。村山明君に好きな人ができたらしかたないけど、私はずっと一緒にいたいと思い続けているわ』 『山猫:そして、互いに尊敬しあい、理解し合い、将来の相手にふさわしい自分になろうと努力をつづけているのね。 付けこもうとしても、二人には付けこむ隙がまったく無いのよ』 『桜:そうだといいけれど……』 『山猫:村山明君もきっとあなたの事を大切に思っている。だから、あなたを傷つけないように、今は近づこうとしていないのよ』 『桜:そう思いたいわ。でも、村山明君は、女の子たちに凄くモテるから……』 『山猫:親しそうにしても、最後はいつもあなたの所に戻ってくるじゃないの。ベッタリじゃないから割りこめないし。 うらやましいわ』 『悟:もてたい、もてたい、もてたい。 美少女、美少女、美少女……』 念話によって深い精神の交流が生じていた。 吾輩は、濃厚な相互理解の心地よさにひたりすぎて、尻尾が発する警告に気がつくのが遅れた。使い魔にあるまじき失態だった。 山猫様の声が聞こえた。 「は~い、どなたですか?」 それに続いて、ドアを開ける音がした。ご主人が居間から声をかける。 「どうぞ。お入りください」 『タコちゃん:こ、この気配は。しまった!』 吾輩が気づいたのは、玄関のドアが開いたあとだった。 周囲からの物音が聞えなくなり、静寂があたりを支配する。闇の気配が近づいてくる。部屋の灯りが暗くなる。通路から暗黒があふれだしてくる。 強大な魔力を暴力的に放ちながら、黒沢秋夫が部屋へと入ってきた。間違いない。吸血鬼の真祖がご主人の部屋へと降臨したのであった。 「ワハハハ、俺様を自分から招き入れるとは、愚かさもここに極まったな。勝手に入ることはできたが、とりあえず礼を言っておこうか、愚昧なる者どもよ」 吸血鬼は、黒い学生服の長袖を首のあたりで縛り、マントのように背中にたらしている。いまは夏服の季節なのに、わざわざ暑苦しい恰好をして、ご苦労なことであった。 邪悪に輝く深紅色の瞳が、血色の悪い肌の色をきわだたせている。 『桜:いつもの黒沢秋夫君とは雰囲気が違いすぎるわ』 桜様が尋ねる。 「あなたは、誰なの?」 「ほほう、俺様の力の凄さに気づいたようだな、山崎桜よ。 見た目が可愛いだけでなく、クズどもの中では多少ましとみえる。褒めてやろう」 『桜:あんたなんかに褒められたくないわよ』 「ムシケラどもよ、俺様の本来の力がどれほどのものか、とくと見せてやろう。ありがたく思え。 俺様の真の力を知って、恐れおののき、崇めたてまつるがよい」 山猫様がふらふらと後からついてきた。無表情で虚ろな目をしている。行動を支配されているのであろう。間違いあるまい。 「性悪山猫だけでなく、山崎桜まで自宅に連れ込んでいたとはな。俺様を差し置いて、生意気がすぎるぞ、山口悟よ」 吸血鬼は偉そうに言ったが、うらやましそうな顔つきだった。 『悟:ぼくが呼んだのじゃないのだけどね』 吸血鬼は傲慢に言い放った。 「山崎桜と性悪山猫には、偉大なる俺様の下僕となる栄誉を与えてやろう。山口悟は、ゴミにふさわしく、すぐに使い潰してやる」 山猫様の念話が届いた。 『山猫:こいつは、幼稚園に入った時からずっと彼女がいなかったはずよ。男の子と女の子が仲良く話してるのを隠れて見てるだけだった。これまでは根暗で引っ込み思案。それなのに、どうしたの? すっかり別人じゃないの』 『タコちゃん:黒沢秋夫は、吸血鬼の真祖となっておりまする』 『山猫:吸血鬼? 真祖? ついてこいと黒沢秋夫に言われたら、体が勝手に動いてる。いったいどうなってるの?』 『タコちゃん:黒沢秋夫は、吸血鬼の真祖でございます。邪眼によって行動の自由を奪ったに相違ありますまい。さいわい精神までは支配されていないのですな』 『山猫:なんですって! 黒沢ごときが、この私を従わせた? うぬぬ、その罪、万死に値するわ。 殺してやる、殺してやる、殺してやる。 吸血鬼なら殺しても甦るから、百万回殺してやるわ!』 魔法は、イメージの具現化。これほど強い思いを抱いておれば、現実に影響を与える可能性があるとは存じます。しかし、…… 『タコちゃん:相手は吸血鬼の真祖。そう簡単には行きませぬぞ』 だが実行できたら、黒沢秋夫は『百万回山猫様に殺される吸血鬼』となるのであるかな。 それにしても、この者は吸血鬼の真祖としても桁違いに強大な魔力を有している。いかなる手段でこれほどの魔力を得たのであろうか? 吸血鬼は、いったん横を向いてから、皆の方に向き直った。学生服がふわりと持ちあがり、マントのようにたなびく。格好よく見えるように鏡の前で何度も練習したようであった。そして、全員に向かって指を突きつける。 「俺様は、これまで慎み深い態度をよそおってきた。村山明と山崎桜がとても仲が良さそうにイチャイチャ話していれば、それを物陰からじっと見ているだけで済ませてきた。 二人の邪魔をしないという深遠な配慮をほどこしてやっていたのだ。 決して俺様が根暗で引っ込み思案だったからではないのだぞ!」 山猫様がツッコミをいれる。 『山猫:根暗で引っ込み思案だという自覚はあるようね』 吸血鬼は、かまわず続けた。 「俺様は、これまでは海のように広い寛大な心で、貴様たちがつかのまの逢瀬を楽しむことを許してきただけなのだ」 吸血鬼は、いかにも悔しそうに顔を歪めて叫んだ。 「決して、決して、決して、うらやましくなんかなかったのだぞ!」 吸血鬼の魔力が、爆発的に増加した。それとともに、吸血鬼の表情は徐々に落ち着いていった。 『タコちゃん:なんだか、既視感がありますな』 吸血鬼は、血を渇望する表情になった。異常に発達した犬歯をむき出して、邪悪な笑みを浮かべる。そして、ズボンのバンドに挟んでいた真っ黒な本を取りだした。表紙には金色の文字で、『あなたも真祖になれる。吸血鬼入門マニュアル』、と書かれている。 本には見覚えがあった。インターネット上で一万五千三百円で販売されている。かつて大魔法使い様が書いた本の、写本の、写本の、写本。かなり劣化が進んだ本であった。 しかし、さすがは吾輩を創造した大魔法使い様だけのことはある。劣化した本でも、ちゃあんと真祖になることができたようだ。 あの本を使ったのであれば、膨大な暗黒の魔力を得た手段は見当がつく。 おそらく吸血鬼は、自らのどす黒い欲望、根暗な想い、さらに、恨みやそねみ、嫉妬心や劣等感などの負の感情を贄(にえ)として捧げたに違いあるまい。 うちに秘めた昏き想いを、ひたすら魔力に変えて、比類なく強大な力となす。 日頃と比べて妙に饒舌なのは、溜まりに溜まった昏き想いを魔力に変換して、すべて失ってしまったから。おそらく、そのせいであろう。吸血鬼ハイの状態である。 「吸血鬼は太陽の光を浴びれば塵となって消滅する。深遠な真理にまったく縁のない貴様らのような愚民どもは、そう信じているに違いあるまい。 だが、俺様は現に陽光の元を歩くことができている。 吸血鬼である俺様が太陽の光を浴びても消滅しないのはなぜか。貴様たちの貧弱な頭脳では、その理由を思いつくことなどできはしまい」 『タコちゃん:真祖だから、ではないのであるか?』 「市販されているUVカット99%の男性化粧品は、なかなか性能がよかったのだ。しかも顔色がよさそうに見える。このように便利なアイテムを発見し使用した吸血鬼は、俺様が初めてであろう。俺様の深き知恵の偉大さにひれ伏すがよい」 『タコちゃん:それを自慢するか? あきれてひっくり返りそうですな』 『山猫:通販の魔術書に、男性化粧品ですって。自分の力では、ないじゃないの!』 桜様は、吸血鬼の言葉にひどく驚いていた。 「桜:それで顔色が、よさそうなの? 本当は、よほどひどいのね」 「顔がひどいは気の毒だよ。事実だけどね」 ご主人が、吸血鬼の傷をさらにえぐる。 吸血鬼は、深く傷ついた表情で黒い本のしおりの挟まった頁を開いた。そして、いかにも邪悪そうに、ニタリと嗤った。 「俺様に隠れて男女で逢瀬を楽しむことなど許されるはずがない。 山崎桜と性悪山猫の両名は、これからは正しい主(あるじ)に仕え、その高貴なる命令に身も心も捧げて従う幸運をさずけてやろう。その境遇を心から有難く思い、魂の底から歓喜するがよい。 それに、俺様もこれほどの魔力を得たのだから、高位の呪文を試してみたくなったことだし……」 吸血鬼の瞳がクリムゾンの光を放った。 邪眼を使ったに相違あるまいと思われた。 「だれが、あなたなんかに……」 桜様のお言葉が、途中で途切れる。 ご主人と桜様の瞳から光が失われる。 お二人とも行動を束縛されてしまったようだ。 何かできることはないか。 吾輩は第三の形態を活性化し、肉体に同化した携帯電話の機能を高速で検索した。 (そうか、吾輩は電子魔獣タコちゃんになったので、思考を加速できるのか。ありがたい) 撮影機能。鏡や写真に映らないことで吸血鬼の正体をあばける。しかし、撃退には結びつかない。 照明機能。紫外線を強化すれば、通常の吸血鬼には効果がありそうだ。しかし、太陽の下をあゆむことが可能な真祖を相手にするには不充分であろう。 おや、こんな機能があるのか。応用すれば使えるかもしれぬな。 ふむ、試してみるか。 吾輩は尻尾の先をプラグに変えてコンセントに差し込んだ。なんと、体内に吸収した電気が魔力へと変換されてゆく。予想外のことであった。 いったん、魔力への変換をとめて、体内に電気を蓄える。 「喰らえ、電子魔獣の発する雷電の威力を味わうがよい!」 『自分から真の名であるタコちゃんを名乗るような失敗はいたしませぬぞ』 パチ、パチ、パチ。 吾輩の渾身の電撃攻撃は、気の抜けた拍手のような音とともに、数条の蒼白き稲妻となって吸血鬼に降りそそいだ。 吸血鬼は吾輩の方を見てニヤリとした。 「ほう、本物の子猫かと思っていたが、疲労回復アイテムだったのか。どおりで小さいのに成獣の形をしている。なかなか良くできたデザインだな」 (なぜだ。なぜ効果がない!) ご主人が念話で理由を教えてくださった。 行動は制限されているが、心までは支配されていないようだ。 『悟:携帯電話を充電するときの電圧はせいぜい六ボルトくらいまで。下敷きで猫の毛皮をこすると、十万から三十万ボルトの電圧が得られるよ』 『タコちゃん:しまった。 吾輩自身の体でおこす電気の方が強力だったのか』 ご主人がさらに推測してくださった。 『悟:フランケンシュタインの怪物は、死体に雷の電気を流したら動きだした。動く死体だから、ぼくはアンデッドだと思う。世間では生き返ったと認識されてるけどね。 吸血鬼は不死者すなわちアンデッドの王だ。だから、適量の電撃は吸血鬼の活動を高めるだろう。 ”疲労回復アイテム”と言ってたから、この推測は当たってると思うよ』 『タコちゃん:そうだったのですか。では、吸血鬼を倒すには、どのようにすればよろしいのでしょうか?』 ご主人が返事をくだされた。 『悟:吸血鬼などという非科学的な存在に思考を傾けるのは、貴重な知的資源の無駄でしかない、と思うよ』 『タコちゃん:我らは現に吸血鬼の脅威にさらされておりますぞ。対策を考えてくだされ!』 ご主人が解答してくださった。 『悟:ありふれた知識だけど、吸血鬼が苦手とするのは、聖水と十字架だね』 『山猫:非キリスト教徒の吸血鬼には効果を期待できそうにないわね』 ご主人がさらにお答えになる。 『悟:銀の弾丸という手もある』 『桜:狼男には効くようだけど、吸血鬼にも本当に効くの?』 『山猫:吸血鬼に撃ちこむには、拳銃が必要だから、銃刀法違反になるわ。却下!』 ご主人の英知に限界などなかった。 『悟:白木の杭を心臓に打ちこめば吸血鬼を滅ぼすことができる。でも白木の杭は、この状況では手に入らないだろうし……』 『桜:台所にコンビニの古い割り箸があったわ。爪楊枝が付いていたけれど、あれは白木の杭にならないかしら』 『タコちゃん:なるほど! それは素晴らしいアイデアですな。 ならば、吾輩が爪楊枝をくわえて吸血鬼の心臓をプチッと一突きいたしますぞ』 『山猫:プチッと吸血鬼に潰されるわよ。爪楊枝で吸血鬼の真祖が倒せるわけないでしょう。 それに、割り箸があるなら、鉛筆削りで尖らせれば、白木の杭になるわよ』 『タコちゃん:おおっ! 割り箸で作った白木の杭で吸血鬼の真祖を倒すのですな』 『山猫:無理よ。それに、割り箸で倒される吸血鬼の真祖なんて見たくないし』 『悟:倒せるとしても、ぼくは倒したくないな。吸血鬼になってしまったようだけれど、同級生だからね』 『桜:なるほど……。悟君は根っからの平和主義者なのね。ご主人がそういう考えだと、使い魔の行動はかなり制約されるでしょうね。 なら、別の方法を考えないといけないわね』 山猫様が口を開いた。 『山猫:私は大魔法使いに考え方が近いみたい。私が主人なら、第一形態のチュパチュパタコちゃんを戦闘型に進化させて戦うわ。 吸血蛸サボテンに変化させれば、吸血鬼と戦って勝てると思う。タコちゃんは使い魔だから、体に血が流れていないのでしょう?』 『タコちゃん:たしかに。流れては、おりませぬな』 『悟:え? え? え? 吸血蛸サボテン? 全然イメージできないよ』 『山猫:第二形態の球根タコちゃんも、猫蛇草から猫蛇之樹に成長させれば暗黒の魔獣と同じように戦えるわよ。移動することはできないけれど』 『悟:猫と蛇が軒にいるの? 嫌いな人なら恐がるだろうね』 山猫様は、愕然とされた。 『山猫:概念どころか名称すら受け入れることができないのか』 『桜:悟君は戦うことを考えられないのね』 山猫様は、覚悟を決めた表情をなさった。 『山猫:使い魔は主人の考えをうけて行動する。悟君が主人だから、吸血蛸サボテンになって戦うのはとても無理なのね』 桜様が疑問を口になさった。 『桜:でも、第三形態には山根さんが導いたのでしょう? 山根さんが指揮したら?』 『山猫:山猫でいいわよ』 それから山猫様は、噛んで含めるように説明した。 『山猫:電子魔獣タコちゃんが誕生するきっかけは、私が作った。でも、この形態は悟君が求めていたものなの。 悟君の本性は知りたがりなのよ』 『悟:ぼくは尻たかりじゃないよ!』 『桜:スカートめくりをしたでしょうが』 ご主人は、弁明なさった。 『悟:してないよ。する前に蹴り倒されたから。それに、幼稚園の時の事じゃないか』 山猫様が、状況を補足なさった。 『山猫:悟君は、何にでも興味を持っていた。だから、アリンコの行列をじっと見ていたり、ダンゴ虫をポケットに入れたりしていた。 スカートの中も、周りの皆がとても見たがってたから、どうなってるのかを知りたくなっただけなのよ』 『桜:ダンゴ虫を見るような目で私のお尻を見られるのは嫌だなあ』 山猫様は、結論を要約なさった。 『山猫:電子魔獣タコちゃんは、世界中の情報を効率よく的確に教えてくれる。知りたがりの悟君にとっては、理想的な秘書であり相棒なの』 『桜:なるほど~。だからきっかけを作ったのが山猫さんでも、電子魔獣タコちゃんになれたのか。 ところで、いまさらだけど、私たちはこんなにのんびりと雑談していていいの?』 『タコちゃん:大丈夫でございます。吾輩の能力によって皆様は電脳空間に霊体を移されております。電脳空間で百万秒を費やすと現実空間では一秒が経過いたします』 山猫様は異論をとなえた。 『山猫:電脳空間に霊体なんて言うと違和感が半端ないのだけど』 『タコちゃん:電脳空間に皆様をシミュレートした人工知能(AI)を作成して判断や思考を行わせております。必要最低限の情報だけを脳に伝えることで、超高速思考による脳への負荷を防止しておるのです』 『悟:考える時間だけはたっぷりあるのだね』 『タコちゃん:さようでございます』 『桜:人間一人の思考をシミュレートするには、超高性能コンピュータと膨大なメモリーが必要だと思うのだけど』 『タコちゃん:さすがは桜様、適確なご指摘ですな。資源としては、インターネットに接続されているが、現在は作業していないコンピュータを並列処理で随時借用しております。 コマンド入力やソフトのインストールがコンピュータの性能に追いついていないため、インターネット上には膨大な余剰資源がございます。 そこで、皆様の外見や表情、声なども、必要以上に精密に再現しているしだいです』 山猫様の精緻なアバターの表情に、憤然とした怒りの感情が、きわめてリアルに表現された。 『山猫:吸血鬼対策に集中しなさいよ』 『タコちゃん:時間も能力も過剰に余っているから、余計なことをしていても、対策をたてる妨げにはなっておりませぬ。 ちなみに、いまのところ役に立ちそうな方法がないので、伝えるべき情報がないから、脳にはまったく負荷はありません』 ご主人のアバターが、実物とまったく違いのない精密さで、肩をすくめた。 『悟:いいんだか、わるいんだか』 山猫様の怒りの表情がさらに強まった。 『山猫:悪いに決まってるでしょ! 脳が焼き切れてでも対策をあみだすべきよ』 精緻に再現された桜様のアバターが、首をかしげながら言った。 『桜:吸血鬼だからと対策を考えても、いい方法がないのね。それじゃあ、黒沢秋夫君の弱点を探すのはどうかしら』 『タコちゃん:じつは気になっておるのですが、なぜ黒沢秋夫殿は、あれほどの魔力を持ちながら、皆様の心を操ろうとしないのでしょうか』 『桜:心を操るために必要な条件は、なに?』 山猫様の表情が、ひどく真剣になった。 『山猫:……分かっちゃったわ。 心を変えるためには、まず相手がどんな心なのか知っておく必要があるの』 桜様は、驚きの表情になった。 『桜:え? どうして?』 『山猫:彼氏の心を変えるためには、何がどのくらい好きか、何が嫌いか、何に興味があるかなど、心の在りようを知る必要がある。 長く付き合っている彼女よりも深く彼氏の心を理解しなければ、彼氏の心を強く掴むことはできない。カップル破壊者には、なれないのよ』 『桜:うわあっつ、専門家が言うと説得力があるわ』 桜様の表情は、いまの感情を実に的確に表現していた。人工知能(AI)のシミュレートは完璧であった。 『タコちゃん:山猫様が鍛え獲得した洞察力を使えば、彼氏の心を読心術と同じくらいの深さで理解できるのですな』 『山猫:黒沢秋夫は、他人を表面的にしか見ていない。表面的にしか理解していない。相手の心など理解できないし、理解しようともしない。 相手の実力が見えてないから、全ての他人を根拠なく見下すことができる。 自分から努力して相手と同じ高みに至ろうとはしない。自分よりも上の相手をけなして引き下ろそうとする。 成果を上げる実力もやる気もないから、他人の成果を横取りする。失敗は他人のせいにする。 見た目が可愛い娘なら誰でもいいし、すぐに目移りしてしまう』 桜様は、山猫様を恐れるような表情になっていた。 『桜:カップル破壊者の本気の分析ね。鋭い。鋭すぎて、なんだか寒気がするわ』 山猫様は胸をはり、傲慢な表情になった。精緻に再現されたゴスロリファッションにぴったりの表情であった。 『山猫:魔法の本も、他人の成果を横取りしているだけよ。 こいつは単純だから、わあ、凄い力。さすがは黒沢秋夫君ね。どこで手に入れたの? へえ、よく見つけたわね。やっぱり黒沢君は天才ね! と、いった調子で誉めてやれば、好意を引きだすことが簡単にできるわよ』 桜様は、心から納得された表情になった。 『桜:たしかに! あとで村山明君で試してみようっと』 『タコちゃん:すぐに下心を見抜かれそうですな』 山猫様は、ニヤリと笑った。小悪魔的な笑みであった。 『山猫:相手の好意を得ることができたら、次には表情や身体の徴候、言葉の抑揚などで感情の変化をとらえ、さらに細かく相手の心を読んで、心を掴んでゆくのよ』 『タコちゃん:相手の心をシミュレートし、それを元に相手の好む行動や態度をとるのですな。 もはや、読心術と魅了の術ではないですか』 『山猫:ついでだから、カップルを破壊するテクニックを教えてあげるわね。心を理解したら、彼氏に新たな趣味や特技、才能のどれかを目覚めさせるの』 山猫様は、すこし自慢げであった。 『タコちゃん:たとえば彼氏の持っていた才能を開花させるのですか。山猫様は彼氏の可能性まで把握なさるのですな』 桜様は、山猫様の心を念話で読み、心から納得された表情になった。 『桜:なるほど~。たしかに自分では気がついていなかった能力が目覚めてゆくのは快感だものね。彼氏は能力を伸ばすのに夢中になるわけね』 山猫様は、得意げな表情であった。 『山猫:それから、開発された能力を生かして、彼女の前でいつもとは違う彼氏を演じさせる。新しい能力を披露するときは、誰でも嬉しそうにするものよ。それを彼女に、いかにも二人して楽しんでいるように見せつけるの。そうすると彼女は、私とはあんな事をしたことなかった。あんなに嬉しそうじゃなかった。あんな彼氏は知らなかった。しかも、山猫なんかと仲良くやっちゃって、と感じるわけね』 『桜:あらあら、破滅の予感がするわね』 山猫様は、どうだ! といった表情で周囲を見わたした。 『山猫:ここまでくれば、あんなヤツは私の彼氏じゃない、と感じさせることができる。彼氏にしてみれば、自分の能力を引きだすのを私が手伝っているから、彼女が私を悪く言うとつい反論してしまう。 双方を気まずくさせて、分かれさせるのは、もう難しくないわよ。ついでに、彼女に悪いからと言っておけば、悪い感情を持たれずに彼氏を捨てられるわよ』 『タコちゃん:まさに操心の術ですな』 『山猫:恋に恋してのぼせているなら、現実を見せつけて、水を差して冷ますのが難しくないのよ』 皆は、納得して深くうなずいている。 『タコちゃん:なるほど、素晴らしい。しかし、いまは三人とも動きを封じられております。残念ながら黒沢秋夫殿を操ることは、誰にも実行することができませぬぞ』 全員の顔に、失望の色が浮かんだ。 『桜:う~ん、このアプローチではだめか~』 『山猫:ところでタコちゃん、時間だけは充分にあるのよね』 『タコちゃん:はい、ございます』 山猫様は、ひどく真剣であった。 『山猫:大事な事だから、いま言うわ。このあとに伝える機会があるとは限らないから』 『タコちゃん:なんでございますか?』 『山猫:あなたの心をのぞかせてもらったの。大魔法使いはあなたの事を、いまだ完成には至ってはおらぬ、と言っていたのよね』 『タコちゃん:はい。吾輩が至らぬばかりに最後の戦いに加わることができませんでした』 『山猫:たぶん違うわよ。大魔法使いはあなたを殺戮の道具として造った。しかし、あなたは道具には無いものを持ってしまった』 『タコちゃん:え? いったい何でありまするか』 『山猫:自分でもうすうす気がついているのでしょう? 私はさっき、あなたの心をのぞかせてもらった、と言ったのよ。あなたには心がある。自我があるのよ』 『タコちゃん:吾輩は使い魔ですぞ。ただの道具にすぎぬ吾輩が、自我を持つなど、ありえませぬ』 『山猫:でも、自我を持ってしまった。だからあなたは最高傑作なのよ。大魔法使いの最後の表情を見て、何を考えているか分かってしまったわ』 『タコちゃん:吾輩の至らなさ……、でございますか?』 山猫様は、深い理解をこめた表情で、少し寂しげな笑みを浮かべていた。 『山猫:いいえ、大魔法使いはこう考えていたの。いままで有難う、かけがえのない友にして相棒よ。ここは、わたしに任せて未来(さき)にゆけ!』 吾輩の目から、熱い液体がとめどなく流れ落ちた。涙であるはずはなかった。 使い魔は、泣いたりしないのだから。 『桜:大魔法使いにとって、あなたは自分の子供のようなものだったのかしら』 桜様は、吾輩を抱きしめてくださっていた。 『悟:大魔法使いはボッチだったから、タコちゃん以外に友だちがいなかったのだね』 なんだか、良い雰囲気が台無しですな。 『山猫:いずれにしろ、最終形態を決めるのは悟君なのよ。第三形態は私が決めたから、悟君は、今度決める最終形態が三度目ということになるわね』 桜様は、満面の笑みを浮かべた。太陽の元で咲き誇る花のように明るい笑顔だった。 『桜:三度目の正直というわ。大丈夫。きっと素晴らしい最終形態にしてもらえるわよ』 ご主人は、頭を掻きながらおっしゃられた。 『悟:二度あることは三度あるとも言うな。また、うっかり力ある言葉を唱えてしまったりして……』 山猫様は、とても気の毒そうな表情でおっしゃられた。 『山猫:仏の顔も三度までと言うわね。今度は絶望するしかない結果になったりして』 吾輩は、得られるはずの最終形態を、大きな不安とわずかな期待をもって待つことになった。 『山猫:ところで、吸血鬼を倒す方法だけど』 『タコちゃん:それが本題でありましたな』 『悟:可能な方法は、ニンニクだね。ニンニクがあれば吸血鬼を撃退できる。スーパーで買えるから、いい方法だと思うよ。ただし、吸血鬼の活動を停止させるには、口の中にニンニクの塊を入れておく必要があるらしい』 『タコちゃん:なるほど。口の中にニンニクの塊を入れておけば、目覚めるたびに、あまりの臭さにすぐ気を失うから、ずっと活動を停止できるのですな』 桜様が、不思議そうな表情を浮かべられた。 『桜:なぜニンニクに効果があるの?』 ご主人は、真面目な表情で真剣に答えた。 『悟:ニンニクを食べると精力がつく。ヒットポイントが回復するわけだね。 アンデッドに回復魔法をかけるとダメージを与えることができる。だから、ニンニクで吸血鬼にダメージを与えられる……、なのかな?』 桜様は、すこし驚いた表情を浮かべられた。 『桜:悟君って本当は凄いのね。これまでのイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちてゆくような気がするわ』 『タコちゃん:ニンニクなら、とりあえず何とかなりますぞ』 吾輩は、移動速度ゼロセンチメートルの第二の形態に移行した。多少動けた所で吸血鬼の真祖を相手にしては効果などあるまい。動けなくてもかまわぬという判断だ。 部屋の中に、いかにもうまそうなガーリック・ステーキの香りが満ちる。 『桜:おいしそうな匂いね』 『山猫:お腹が空くわ』 「ぐわあああ。何だ、この悪臭は!」 吸血鬼の絶叫が部屋に響いた。 『タコちゃん:嗅覚が良すぎるのも善し悪しであるな。なんじ、ケダモノ並みの嗅覚を持つ吸血鬼よ』 即座に、ご主人が指摘なさる。 『悟:イヌの嗅覚は、一般には人間よりも優れている。だけど、ニンニクに対する嗅覚は、人間の方がイヌの一千倍ほど敏感だよ』 『タコちゃん:なんと! さらに、吸血鬼の方が人間よりもニンニクの臭いにはるかに敏感であるとすると…… イヌよりも人間の方が上位である。ならば、吸血鬼は人間よりも上位の生物ということになるのですかな?』 ご主人が解答してくださった。 『悟:臭覚を根拠に生物学的に上位か下位かを論じても意味などないと思うよ。そもそも吸血鬼はアンデッド、死に切っていない動く死体だから、”いきもの”ではないしね』 『タコちゃん:たしかに、その通りですな。 それよりも、ガーリック・ステーキを食べることができぬとは、人生の大きな楽しみを失くしたということにほかならぬぞ。 吸血鬼、敗れたり!』 『悟:いまさらだけど、ニンニクやタマネギは根茎だよ。球根じゃないのだけどね』 『タコちゃん:かまいませぬ。 魔法はイメージの具現化でございます。 吾輩がニンニクは球根だと信じていれば、問題なくニンニクに変身できるし、変身すれば火をとおさなくともガーリック・ステーキの香りをだせるのです。 僭越ながら、科学的な見解によって魔力や魔法の限界を定めようとなさるのは非常識でございますぞ』 『悟:あはは、勉強になるなあ』 遅まきながら、吾輩はご主人と支障なく念話ができるようになったことに気がついた。 ご主人は、コミ障となった原因にたどり着いたおかげで、コミュニケーション障害を克服なされたようであった。 めでたし、めでたし。 吸血鬼がわめく。 「おのれ、力が入らぬ。気が遠くなる。逃げ出したくなる。だが、この魔法だけは完成させてみせるぞ」 『タコちゃん:このニンニク臭に耐えるとは、吸血鬼にしては根性があるようだな。 使い魔は、苦痛によって人をあやつることができる。だが、吸血鬼の真祖が相手では、嫌がらせくらいしかできぬのが無念であるな』 吸血鬼は、マニュアルを見ながら桜様と山猫様に呪文をかけようとした。 「さて、俺様に隷属する呪文をかけさせてもらうとするか。俺様に従うことのできる栄光に心を震わせるがよい。 俺様は、精神まで捻じ曲げようとは思わない。心まで蹂躙するのは紳士的でないからな」 『山猫:他人の心を理解しないから、心を操ることができないだけでしょ』 吸血鬼には念話が通じない。 「山崎桜には村山明の目の前で、好き好き大好き黒沢秋夫君、あなたをとっても愛してる、と叫びながら俺様に抱きついてもらうとするか」 『桜:そんなことをやらされたら。恥ずかしくて死んでしまうわよ!』 「性悪山猫には、つねに俺に付き従って身の回りの世話をし、パンツの洗濯でもしてもらおうか」 『悟:身の回りの世話にしもの後始末だって? お前は介護老人かよ』 『山猫:ゲスの極みね。死ね!』 『タコちゃん:凄まじい悪臭に悩まされながらも、美少女二人を隷属させようとするか。そのスケベ根性は、敵ながらなかなか見上げたもの。 だが、なにか反撃の方法はございませぬか。 たしか、何か方法があったはず。 いまは亡き大魔法使い様! どうすれば…… …… …… ……』 吾輩は、大魔法使い様に心から祈った。 時間は十分にあった。しかし、思考はただ空回りをするだけであった。 無情にも時は過ぎてゆき、吸血鬼はついに呪文を唱えた。 「これ以後、汝は汝の存在がつづくかぎり、我が命令をすべて無条件に受け入れ、全身全霊をささげてその実現に努めよ」 こ、この呪文は…… 吸血鬼の体から膨大な魔力が放出され、三人を包みこんだ。 ご主人と桜様それに山猫様が平板な声で言葉を繰りかえす。 「これ以後、汝は汝の存在がつづくかぎり、我が命令をすべて無条件に受け入れ、全身全霊をささげてその実現に努めよ!」 膨大な魔力が、吸血鬼に襲い掛かり、きわめて強力な制約となって、その心と体を呪縛してゆく。 吸血鬼は驚愕した。絶叫した。 「何だ、何が起きてる! 魔法の暴走か? 通販で購入したから、欠陥品の魔道書を売りつけられたのか。それなら詐欺ではないか。 ええい、訴えてやる。訴えてやる!」 邪眼の効果が切れて、山猫様の呪縛が解けた。 「うるさい、黙れ」 山猫様が静かに言葉を紡ぐと、吸血鬼は沈黙した。口をパクパクさせているが、声はまったく出ない。 吸血鬼は、抗議するように両手を大きく振りまわした。 山猫様がつぶやく。 「目障りだ。動くな」 吸血鬼は、不自然な姿勢のまま、動きを止めた。 邪眼による束縛は、見つめるのを止めれば効果のつづく時間がそれほど長くない。恒久的に従属させるためには、隷属の魔法をかける必要がある。 ただ、強力な魔法ほど実施には注意が必要になる。 吸血鬼が唱えたのは、『こんな間違いをしないように』、と注意を喚起する目的で大魔法使い様が記載した間違った呪文の例だった。 間違った呪文の例を具体的にいくつもあげて注意をしていたにもかかわらず、呪文を間違える者はあとを絶たなかった。 そのたびに大魔法使い様は、 「あれほど丁寧に説明したのに、いまだに間違える者がおるとは、最近の若い者の粗忽さは、まことになげかわしいのう。 ほっ、ほっ、ほっ」 と、威厳ある態度で重々しくおっしゃられていたものであった。 『山猫:間違った呪文を具体的に書いたりするから、皆が間違えるのじゃないの?』 大魔法使い様の執筆された本では、その行が大切であることを強調するために、何度も何度も上書きされている。 もともと、ほとんど空白を作らずに書き込むことからブラックレターともよばれる力ある言葉、ゴシック体で書かれているゆえに、解読には多大な労力と注意を要するものの、真書の内容は完全無欠であった。 『桜様:しかも悪文、悪筆だったのね』 そうこうするうちに、ご主人と桜様の邪眼の効果も切れたようだった。 ご主人が、『吸血鬼入門マニュアル』を手に取っておっしゃられた。 「この本はレプリカです。充分に内容を再現できていないので、魔道書としては使用しないでください、と書いてあるよ」 桜様が続ける。 「なあんだ。注意書きを守らないから失敗したのね。自業自得じゃないの」 黒沢秋夫は恨めしそうな目つきでこちらを見ていた。 『タコちゃん:黒沢秋夫は自分の失敗を他人のせいにするであろう。山猫様の読心術は、まさに正確無比でございましたな』 いまさらのように大魔法使い様のお言葉が思い出される。 「野蛮人は自分の事しか考えぬ。そのため、自分勝手な振る舞いのせいで、いずれ自滅するものじゃよ。 文明人は相手の事を思いはかることができる。思いはかって、手を差し延べるか、つけこむかは、状況によるがな」 『タコちゃん:まことに大魔法使い様のおっしゃられる通りでございました。お教えいただいた偉大なる真理を肝に銘じまする』 吾輩の記憶では、この魔法の持続期間には、制約がない。吸血鬼ならば魔力を完全に失って滅するまで、永劫に効果が続くはずだ。 山猫様が命ずる。 「あなたは吸血鬼ね。吸血は禁止。人の血を吸ってはだめよ」 吸血鬼の瞳が大きく見開かれる。 山猫様は吾輩を通じて、必要な知識を自在に知ることができる。すでに邪眼の効果を実際に防ぐことのできる呪いの方法もご存知となっていらっしゃる。効果が切れた時点で、吸血鬼が山猫様に打ち勝つ可能性は皆無となっていたのだった。 「吸血鬼は地脈から霊力を得ることができるのだから、それで何とかしなさい」 吸血鬼の瞳が、絶望の色に染まった。 身動きできないまま、がっくりとうなだれるのが感じとれた。 「きちんと制服を着なさい」 山猫様が吸血鬼をにらんで言い放つ。 吸血鬼は、学生服を着直した。詰襟もしっかりとはめている。 「私が何か命じたら、返事することを許すわ。 『承(うけたまわ)りました。お嬢様』 それ以外の返事は無しよ」 吸血鬼は、即答した。 「承りました。お嬢様」 「私が何か言ったら、同意する言葉を許すわ。 『まことにその通りでございます。お嬢様』 いま言った言葉以外は無しよ。 あなたには、ちょうど良いでしょう?」 吸血鬼は、軽く会釈しながら即答した。 「まことにその通りでございます。お嬢様」 「私に仕え、私に命令され、私のそばにいることができるのは、あなたにとって、素晴らしいご褒美じゃないの?」 吸血鬼は、深々と頭をさげて答えた。 「まことにその通りでございます。お嬢様」 『タコちゃん:この返事は、案外こやつの本音かもしれぬな』 山猫様は、ご主人と桜様に向き直った。 「こいつは私がもらってゆくけど、良いかしら」 桜様は即答した。 「ええ、かまわないわよ」 ご主人が続ける。 「うん、いいよ。でも気を付けてね」 『タコちゃん:吸血鬼を使役するのは、悪魔を支配するのと同じくらいの注意が必要でございます。しかし、山猫様ならば問題なく使役できると存じます』 『山猫:ありがとう。気を付けるわ』 黒きゴシックロリータをまとった山猫様、山根良子様は、自信に満ちあふれていた。吸血鬼を従えるその姿には、夜の女王とでも呼ぶべき風格が感じられた。 いまや、山根良子様は無慈悲な夜の女王であらせられるのか。 山根良子様が続ける。 「大掃除なんかで必要になったら言ってね」 吸血鬼の真祖が、まるっきり便利家電並みの扱いであるな。魔法の誤用は、まことに恐ろしいものだ。 恐ろしゅうて やがて悲しき 吸血鬼 吸血鬼は血を吸うから蚊と同じく夏の季語でよいのかな。それとも、ハロウインに出没するから晩秋であろうか? 季語、吸血鬼では、該当する季節がないようであった。すると、これはおそらく川柳ということになるのであろう。 それから、山崎桜様と山根良子様、お二人の美少女は肩を並べてご主人を見つめられた。 こ、これは…… 吾輩は、どなたとの仲を取り持てばよいのであろうか。 ご主人は、山崎桜様に心を寄せていらっしゃる。 山崎桜様は、どなたにもお優しい。また、従者として優れた癒し手になられる可能性が高い。 ただ、村山明殿に心を寄せていらっしゃる。 ふむ。村山明殿を誰にも知られることなく亡き者とする必要があるかもしれぬな。 『桜:心の声がダダ漏れよ、電子魔獣タコちゃん!』 山根良子様は、吸血鬼を執事(バトラー)のように後ろに従えていらっしゃる。女王の風格をただよわせていらっしゃる。 まさに、ご主人の従者にふさわしい。 山根良子様がカップル破壊者となったのは、ご主人に拒絶されたと誤解なされたためであった。いまや誤解は解けて障害はなくなっている。 いままでは激しくツンツンなさっていたが、ご主人が優しいお言葉をおかけになれば、きっと盛大にデレますぞ。 『山猫:デ、デレたりなんか、しないんだからね!』 ご主人、吾輩が選ぶべきお方は、どなたでございますか? ご主人は唖然とした顔で、いずれ劣らぬ美少女のお二人を見つめていらっしゃった。 ご主人の口から言葉がこぼれる。 「美少女!」 「ご、ご主人、それは力ある言葉ではございませぬか! 吾輩の変身は、次が最後。次が最終形態となるのでございますぞ。それなのに、…… 美少女…… ……、こ、こんな姿になってしまったわたくしが、御主人様にお仕えさせていただいても、よろしいのでございましょうか?」 山崎桜様、山根良子様。お二人の美少女は肩をならべて、唖然とした表情でわたくしをご覧になっていらっしゃいます。 山根良子様がお尋ねになられました。 「あなたは、誰なの?」 わたくしは、山根良子様の目を見つめながら、お答えいたしました。 「山口悟様に命を救われた使い魔でございます。お許しをえて、御主人様にお仕えできる身分を与えていただきました」 御主人様が思わず口をはさまれました。 「えっ、そうなの? 知らなかったなあ」 「そうなのでございますわよ? 御主人様」 山根良子様は、わたくしをじっと見つめていらっしゃいます。 「サファイアとエメラルドのオッドアイ。たしかに、あの子猫と同じ目をしてるわね。 現代版の子猫の恩返しということなの?」 しばらく、沈黙が続きました。 山根良子様が言葉を紡がれました。 「それにしても、凄まじい美少女ね。髪をまとめるのはフリルつきのカチューシャで、薄いピンクのエプロンに褐色がかったダークグレーのメイド服かあ。 十九世紀英国の正式なデザインじゃないの」 「良くご存知でいらっしゃいますね」 山根良子様は、服装に深い造詣をお持ちの方。その方がわたくしの服装を誉めてくださった。わたくしは、嬉しくなって思わず微笑みました。 「ぼくとずっと一緒にいてくれるの?」 すこし不安そうなお顔で御主人様がお尋ねになられます。 「はい、命あるかぎりお仕えさせていただきますわ」 「それじゃあ、ずっと一緒にいてね」 「はい!」 そう答えてから、わたくしは御主人様がわたくしに思いを寄せてくださっていることにようやく気がつきました。 お二人のどちらでもなく。 わたくしを選んでくださった! とてつもない喜びがわきあがり、心を満たしました。わたくしは思わず御主人様に抱きついておりました。 ありがとうございます。もう、けして離れませんよ。 |
朱鷺(とき) 2023年08月12日 18時37分43秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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