サプライズクイズ

Rev.01 枚数: 16 枚( 6,163 文字)

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その0・プロローグ
「自己満足ならwebでやれっつーの」
 編集者はオフィスチェアに身体を預けながら、笑顔で受け取った原稿をぞんざいに机の上に放り投げた。
 先ほど持ち込まれた漫画原稿はデジタル化が主流となったこの時代にあって、紙とインクで描かれたアナログなものだった。
 昭和の香りを感じさせる古風な絵柄に、トーンの代わりに斜線で中間色を表現する手法。物語自体も新味に欠け、ファンタジーなのにオリジナリティー溢れる特殊能力も魅力的なヒロインも存在しない。写植で打ち変えられるとはいえ字も汚く、なにより許されないのがストーリーの破綻だ。
「こんなんで、俺様の時間を浪費させるなよ」
 雑誌掲載するほどの価値はない。そう断じながらも原稿を受け取ったのは編集部としての方針――ひとえに編集長からの命令である。
「どの新人が次のヒットを生み出すかは予測できない。だからひとつひとつの原稿を大切に扱え」
 方針には「他社にヒットさせる要因をあたえるな」という裏があるのではと穿った見方もできるが、そのあたりを追求する者はいない。
「せめてちょっとくらい色気があればな」
 持ち込んできたのは若い女。熟女好みの編集者には彼女の作風も外見も守備範囲外だ。せめてもう少し好みに寄っていれば、その成長を支えようと思えたかもしれない。いまさら言っても詮無きことだが……。
「だいたい連絡先を聞かれなかった時点で気づけってーの」
 掲載が決まったとしても、それがわからなければ連絡のとりようがない。
 その程度のことに気づけない相手の未熟さを嘲笑しながらも、編集は彼女の原稿をデスクの奥の引き出しにしまい込もうとしていた……。


その1・野山(のやま)トナレの日常

 わたしゃ、踊~り手、お腹の小虫~♪
  上~手に、リンボダンス、踊ってみましょ~♪

 パパパンパンパン、パパパンパンパン♪
  パパパンパンパン、パパパンパンパン♪
 いか~がですぅ♪

 乙女の腹に不法滞在している虫たちが陽気なサンバを刻みだす。
 虫とはいえ、さすが私のお腹を選ぶだけあって、なかなかセンスが光らせている。

 私――野山トナレは漫画家の端くれである。
 どのくらい端くれかといえば、なんとか雑誌デビューできたものの続かず、他の雑誌社へ飛び込みで営業かけなきゃ仕事をもらえる可能性すらないレベル。
 だからと言って、意外に可愛い顔立ちを舐めてもらっては困る。
 本日飛び込みで入った編集部では、漫画を褒めてもらい「原稿を預かってもよいですか?」と聞かれたほどだ。
 編集者が漫画家の原稿を預かる。
 それは雑誌に載せる際の前置きである。ようするに見込みがあるのだ。
 そして漫画が掲載されれば原稿料が入る。そうなれば貧困のすべてが解消。ガスや電気のある生活に返り咲けるのだ。食べ物だって仮想昆虫以外を摂取できるようになる。
 問題は、その返事がいつになるかわからないことなんだけど……。
「お腹すいた」
 安アパートの古びた畳の上でうめく。夏の日差しがジリジリと不健康な乙女を健康的に焼いていく。
 電気止められちゃってるんだし、パソコン売っちゃおうかな? スペックはそこそこあるので、少々古くてもちゃんと売れるはず。
 そうすれば一時的にでも飢えはしのげて、虫たちの舞台からも解放される。
 でもそれをしてしまえば、デジタル専門の私は漫画家を廃業しなければならない。
 それだけはどうしても避けたい……なんとなく。
 ――だったらバイトでもはじめる?
 清水寺からクラブスタート決める覚悟で考えるけど無理むりムリmuri。あたしみたいな社会不適合者を雇ってくれるところなんてあるハズない。
 引き籠もりに力仕事なんて出来ないし、コンビニのレジ打ちを覚える自信もない。というかコンビニバイトってなにげに仕事の範囲広いよね?
 そもそも接客なんて、コミュ障にとって死亡フラグでしかないだろう。
 となると、残されるのはなんだ?
 なにならできる?
 壁際に置かれた鏡に映り込んだ自分をみつめる。
 手入れはされていないけど、素材としては悪くないと思う。
 スクールカーストのトップには立てなくとも、そこそこ上に立てそうなんじゃないかな? すでに学生じゃなくて、学校に通ってた時から底辺だったけど……。
「やっぱり風俗堕ち」
 きっとそこでも使い物にならなくて、最後は内臓を摘出されてポイされてしまうのだ。脳内であぶない未来がドンドン展開されていく。
「せめて初めてのお客さんは優しい人がいいなぁ……」
 涙ながらに考えていると、着信を知らせるメロディーが携帯から響いた。

..その2・三途川(みとのかわ)ワタル
 私――野山トナレは、とある出版社の編集部にいる。
 エアコンの効いたオフィスは快適で、ここは何処のジャブローなのだろうかとボケてしまいそう。
 それをしなかった理由は世界観だ。
 何故だか私前に、ヤ●ザ柄なヤ●ザさんが座っている。いやヤミ金のウシ●マくんに似ているから、ヤ●ザではなさそうだ。
 30代の男性で、筋肉質というか、岩でもくり抜いたかのようにゴツゴツしている。もっとミケランジェロとか見習えよと指導したくなってしまう。
 さりげなく小指を観察すると、ちゃんと生えている。どうやら足抜けはしていないらしい。
 だが、一般人と異なる空気がまるで隠せていない。
 まさか私は少女漫画の編集部にきたつもりで、秋●書店に迷い込んでしまったのだろうか?
 どちらにしろジャンルがまったくかぶってないけど。私の漫画、可愛い女の子同士が百合百合する心温まる物語だから!

「初めまして、三途川(みとのかわ)ワタルと申します」
 手渡された名刺には、編集部名と編集者という肩書きが入っている。サブジョブというやつだろうか。あるいは世を忍ぶ仮の姿。
 三途川編集が言うには、本来、飛び込みでやってきた漫画家の担当というのは、そのとき担当した編集者が行うものらしい。
 ただ今回は、そのときの担当の都合がどうしてもつけられなかったとのことだ。そこで私の漫画を気に入ってくれた彼が私の担当についてくれることになったというサプライズである。そんなサプライズいらねーよ。
「意外と可愛いじゃないか」
 前編集からなにを聞いたのか、小さくこぼれた言葉を、私の耳は目ざとく拾い上げた。
 これは漫画目当てというのは建前で実は可愛い私が目当てなんじゃないだろうか。
 いや、初対面だし、私の顔も知らない風だった。
 ということは理由は別に?
 実は探していたのは漫画家ではなく、風俗に売り出すための若い女?
 容姿を期待してなかったということは、若ければ誰でもよかった?
 ――あるいは必要なのは臓器なのかもしれない。
 そんなことを恐れていると、ウシ●マくん……もとい、三途川編集は頭をさげた。
「うちの者が失礼をしまして申し訳ありません」
「失礼?」
 なんのことか思い当たる節はない。
 前の編集者さんも漫画をベタ褒めしてくれたし、こうして良いご縁(?)を結んでもくれた。
「いえ、聞けば名刺も渡さず、連絡先の確認もしていなかったとか」
 そういえば、そうだった。
 ということは、三途川編集は彼の同僚、もしくは先輩ということになるのかな?
 いや問題はそこじゃない。
 飛び込みでやってきた編集部には初対面の相手しかいない。そういうとこを選んだのだから当然だ。
 ――では、どうやって私の連絡先を探り当てたのか?
 疑問を察したのだろう、三途川編集がその答えを教えてくれる。
 原稿裏にちゃんと連絡先が書いてあり、助かったと。
「そういうわけでしたか」
 そんなものを書いた覚えはないけど、こうして連絡がついたということは書いたんだろう。
 原稿完成直後はハイになっていることが多く、プロット時に改名したキャラクターが元の名前のままで掲載されてしまったり、脱いだ制服を着ているコマが混ざっていたりするもの。
 覚えのないうちに、連絡先を書き込むくらいのことは奇行にも入らない。
 そう納得し、漫画についての話へと移った。

 三途川編集は私の漫画を――登場人物の掘り下げ方をいたく気に入ってくれたらしい。
 前回、編集者から褒められたところとちがうし、ずいぶんとマニアックなところが注目されたものだなと思う。
 普通の読者なんて、美少女の露出やパンツの見え方にしか興味もたないのに。
 私さえ良ければ、雑誌掲載を検討させてもらえないだろうかと話された。

 キター!
 マジですか!?
 風俗堕ち回避!
 脳内で小トナレたちが祝杯をあげている。

「しかし、いまのままでは編集長を説得できないかもしれません」
 つまり、うまい話には裏があるというやつか……。
「やはりAVデビューですか?
 その話題で本を売るんですね?」
 たずねる私に三途川編集は「は?」と間の抜けた顔をみせた。
 私の名推理を冗句と受け流すと、改めて要求を切り出す。
 要は、原稿を修正してほしいということだった。そうすれば編集長の許可もおりるだろうと。
「勿論です」
 もともと一発OKが出るとは思っていなかったのだ。チャンスのためなら修正くらいいくらでもしよう。
 三途川さんは、了承する私の前にアナログな原稿を広げると、あれやこれやと修正指示をとばしだす。
 それは少しどころの騒ぎではなく、全部描き直しと言っていいほどの修正量だ。
 ――台詞はもっと少なく厳選して。
 ――ここは見せ場だから大ゴマで。
 ――その分、ここの部分を削ってほしい。
 ――できればデジタル入稿がありがたい。
 更には絵柄も今風に変えて欲しいとまで言ってきた。
 吉野家の特盛りよりも豪華な要求に、私はウンウンと笑顔でうなずいていく。
 初めて見る、他人の生原稿を前にしたままで……。


その3・山崎(やまさき)スバル

 牛丼一筋80年♪
  やったねパパ、明日はホームランだ♪

 すでに一筋ではなくなったなと、私は昭和のCMを脳内展開させつつ思う。
 やはり牛丼チェーンのナンバーワンは吉野家だ。
 他のチェーン店にも良いところはあるし、好みによって評価がわかれるのも仕方ないことだろう。
 それでも私は吉野家の並牛(税込み448円)こそがナンバーワンであると強く押したい。
 限界まで薄切りにされ、美女のヴェールよりも透明感のある牛肉。もうすこし向こう側を隠してもいいんじゃないかと思う。だが、その分柔らかく食べられるし、肉そのものの味は損なわれていない。
 店の迷惑にならない程度の紅生姜を添えて貪り食す。無料で使いたい放題とはいえ、大量に入れて美味くなるものでもないし、お店の迷惑にもなるので自粛。そもそも紅生姜そのものは美味いと思ってないし。
「それでも入れてしまうから不思議なんだよな」
 こんど吉野家の七不思議というネタで短編でも書いてみようかしら? 七不思議というほどネタは出てこないだろうけど……。

 私――野山トナレは吉野家のカウンター席でひとり幸せを噛みしめていた。
 人類(ひと)は空腹を満たすだけで、こんなにも幸せになれるんだ。知らなかった。
 まだ私の漫画は雑誌に掲載されていないどころか、修正に手をつけてもいない。
 にもかかわらず収入があったのには理由がある。
 ヤ●ザ外見な三途川ワタル編集から漫画の掲載料を前借りしたのである。
 電気がなければパソコンは動かない。そうなれば修正のしようがないのである。
 ただし直すべき原稿は、初見の他人の原稿。
 ぶっちゃけ良心に痛むところはある。少しは。それでも弱肉強食は世の理(ことわり)。欺される方が悪いのだ。
 でも要求された修正は山ほどあるし、好みでもない原稿を全面差し替えするのだから、これは当然の対価なのである。
 あたしの手はそこまで早くないし、集中力もそんなには続かない。ぶっちゃけ、いきなりクライマックスといったレベルの難易度をこなすにはこの程度の前借りは認められて当然なのである。
 己にそう言い聞かせると、Tポイントカードを提示してレジを済ませる。そして次回から使える割り引きクーポンを手に、自宅を目指すのだった。
「あっ、その前にコンビニで電気代払ってこないと……」

   ■

「うう、久々のお肉が消化できなかったかな」
 緊急避難した公園のトイレからようやく抜け出せた。
 そういえば、飢えた相手に飯をたべさせられちゃったら、死んだなんて話があったな。
 どこで聞いた話か思い出せないけど……平野耕太のドリフターズで読んだんだけど、元ネタはなんだったかな?
 それはともかく、今度こそコンビニにいかないと。ついでに水道代も止められる前に払ってしまおうか。
 そんなことを考えつつ、コンビニへのショートカットにと木々の間を抜けると、台に乗った少女をみつけた。
 近くに立つ木には輪を作った縄が欠けてあり、少女の首はその輪を通っている。
「自殺しちゃ駄目!」
 私の声に驚いた少女は足を滑らせ、そのまま首を吊ってしまう。
 キュッと絞まる首。顔色が変わる。
 体重が軽いのが幸いした。非力な私でも軽量な少女を救い出すことに成功した。
「いったいなにがあったの?」
 子どもが自殺など尋常ではない。イジメであろうかと話を聞いてみる。
 すると少女は山崎スバルという名で、立派な大人であると主張している。おっぱいはペタンコだのでいささか疑わしいけど。
 スバルは貧乏らしい。
 頭もよくないらしい。
 でも貧乏であり続けるのはいやなので、一念発起して漫画を描いたということだった。
 そしてそれを編集部に持ち込んだとという。
 初めて会った編集者から漫画をベタ褒めしてもらった。掲載を考えると原稿を預かってもらったにもかかわらず、そのまま連絡がこないとのことだ。原稿を預けてしまったので、他社への持ち込みもできず、もう一度描く紙もインクもない。
「可愛そうに……」
 私はちゃんと連絡をもらえた。けれどスバルのように音沙汰がないまま放置される漫画家の話なんて珍しくもない。
 思いっきり、彼女に感情移入する。
 自分も貧乏だけど、いまなら臨時収入がある。それで彼女にも食事をおごることにした。
「でも無料ってわけじゃないわよ」
「身体ですね。でもあたしおっぱい小さいから満足させられるか……」
 スバルはそういうけど、服の上から観測できるスバルのおっぱいは絶壁である。小さいは間違いで『ない』というのが正しい。
 それでも優しい私は、自分の満たされた腹……もとい、豊かな胸にそれを押しと留める。
「うんうん、そうじゃないわ。私も漫画を描いているの。でも納期が厳しいからスバルにそれを手伝って欲しいの」
「プロの方なんですか!?」
 憧れの眼差しを浴びつつ「まぁね♪」と応える。
 そして彼女から快諾を受ける。
 スバルはデジタルを使ったことがないらしい。故に道具をとりにいくために一度帰宅することになった。うちに予備のパソコンはないし、アナログの絵でもスキャナでとりこんでしまえば問題ないだろう。
 念のため、連絡先を交換して一度別れることにした。
 そして彼女の携帯番号が自分のものとは1桁ちがいで、8と6の文字はかすれたペンで書くと間違えそうだなとこの時になって思い当たった……。











 ここで読者の皆様にサプライズクイズです。
 この後の展開はどうすれば良いと思いますか?
Hiro

2023年08月11日 13時24分55秒 公開
■この作品の著作権は Hiro さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:驚きの問題
◆作者コメント:サプライズしていただけましたか?

2023年09月08日 04時47分28秒
作者レス
2023年08月26日 23時33分58秒
Re: 2023年09月08日 04時58分56秒
2023年08月26日 16時11分41秒
+10点
Re: 2023年09月08日 04時57分39秒
2023年08月26日 15時54分08秒
+10点
Re: 2023年09月08日 04時56分32秒
2023年08月25日 18時18分46秒
+10点
Re: 2023年09月08日 04時50分52秒
2023年08月25日 10時37分11秒
+20点
Re: 2023年09月08日 04時50分25秒
2023年08月24日 13時41分28秒
Re: 2023年09月08日 04時49分31秒
2023年08月17日 18時58分54秒
Re: 2023年09月08日 04時48分06秒
合計 7人 50点

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