バニーガール姿のおじさんが春を探して旅するお話 |
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ここ、いいかな? 失礼するよ。 すまないね、こんな格好で。 きっと君は驚いたはずだ。もしかしたら、私のことを変態だと思ったかもしれない。 いや、いいんだ。そんなに全力で否定しなくても。変な目で見られることには馴れている。気を遣わなくても結構だよ。 この姿で旅に出て、もうすぐ一年だ。初めは恥ずかしくて仕方なかったけれど、今ではもうすっかり体に馴染んでいる。この服装でないと落ち着かないぐらいだ。 ほら、見てごらん。バニーガールの衣装もなかなかに良いものだよ。この付け耳は実にキュートだろう? いささか寂しくなった私の頭を可愛く見せてくれる、素敵なアクセサリーさ。 レザーのボディスーツは、ワイヤーが入った本格派だ。これならだらしなくなった私のお腹を、コルセットみたいに引き締めてくれる。おかげでスリムな体が手に入った。ただ、股間がちょっと窮屈なのが難点かな。後で調べて分かったことだけど、男性用のバニースーツもあるそうだね。いやはや参ったよ、ははは。 カフスと襟は真っ白。ちゃんと洗濯してあるんだ。清潔感は重要だからね。清潔感といえば、無駄な毛は処理するのがマナーだ。見ている人を不快にさせてはいけないからね。 ほら、どうだい? 脚もツルツルだろう? 自分でやったんだよ。ここに毛があると、網タイツが絡んで痛いんだ。自分の為にも、毛の処理は大切なのさ。 一番苦労したのがハイヒールだ。初めて履いた時は驚いたよ。どうして女性は、こんなにも不安定なものを履いて歩くのかって。会社勤めしていた頃は全然気にしていなかったけど、女性職員がいかに凄かったかよく解る。きっと彼女らは、普段の仕事の中でもお洒落を忘れない、探求者なんだろうね。尊敬するよ。 会社? ああそうだよ。私は元々ビジネスマンだった。なあに、しがない平社員さ。代わりはいくらでもいる。辞めたことは後悔していない。旅に出る為には必要なことだったんだ。 旅の目的か……そうだな、私は『春』を探しているとでも言っておこうか。心温まる安息の地を求め、彷徨うバニーおじさん。それが私なのさ。 君のことを聞いても? ――うん、うん、ああなるほど。 話してくれてありがとう。 君、学生さんだったのか。ゴールデンウィークに一人旅、いいと思うよ。人生何があるかわからない。今回の旅行もきっと、生きていく上で良い経験になるはずだ。まさか、こんな格好のおじさんに話しかけられるとは思いもしなかっただろうけどね。 どうして君に話しかけたかというと、君が娘によく似た雰囲気を持っているからなんだ。君は男の子だけど、なんとなく、ね。 そう、私には娘がいるんだ。妻に似て美人な、自慢の一人娘だ。歳は君より下で、高校生だった。アニメや漫画が大好きでね、よくキャラクターの服装を真似していた。ああいうのをコスプレと言うのかな? 時々かなり際どいものもあったけど、本人なりに楽しんでいたんだろうね。 恥ずかしながら、私はそういうものに疎くてね。正直言えば、あられもない格好で自撮りする娘が理解できなかった。聞けば「この格好で撮った写真をアップすると、みんなが『いいね』くれるから」と。どうやら彼女はSNSでチヤホヤされるのが嬉しかったようだ。 ああそうさ。私は内心穏やかじゃなかった。顔も知らない相手に求められるまま、自分の恥ずかしい姿を晒すだなんて。しかも一部隠していたとはいえ、顔も出していた。こんなことが会社やご近所に知れ渡ったら――そう思ったら黙っていられなかったんだ。 当然、娘とは言い合いになる。結局、それ以来口をきいてくれなくなった。 きっと、どこの家庭にでもある他愛ない親子喧嘩なのだろうけど、私たちの仲が修復されることはなかった。 ……失礼、眼鏡が濡れてしまったので拭かせて欲しい。 この話をするといつも涙が出てしまう。 自分の中では気持ちの整理が済んだつもりだったのに、吹っ切れるまでにはまだ時間がかかるようだ。 さて、話を続けよう。 ここまで聞いて、君もある程度は察したんじゃないかな。 そうなんだ。娘は、もうこの世にいない。 昨年の春、交通事故でね。注文していた衣装を受け取りに行った、帰りの出来事だ。彼女が自転車で、相手はお年寄りの運転する車。信号のない交差点で出会い頭の事故だったと警察の方から聞いている。 実にあっけないものだった。病院に運び込まれた頃には、もう手遅れだったそうだよ。職場にその一報が届いた時は全く現実感が無くてね。まるで他人事だった。 ふわふわした感覚のまま病院へ行くと、霊安室に通されたよ。そこで初めて、娘の死が現実だと思い知らされた。ベッドに仰向けに寝かされて、顔には白い布。めくってみたら綺麗な顔をしていたよ。事故に遭ったのが嘘なんじゃないかと思えるぐらいに。 ベッドの傍らでは、妻が泣き崩れていた。それを見ていたら私も堪えきれなくなってね。あとはもう、二人して号泣だよ。この先、あんなに泣くことはもう無いだろうね。 それからというもの、私たち夫婦の胸にはぽっかりと穴が空いたようだった。かと思えば、急に感情の波が来て互いを責めたりなんかしてね。 あなたがあの子を見ていなかったから、いや行かせたのはお前だろう――てなもんさ。きっと私たちは誰かのせいにすることで、自責の念を和らげようとしていたんだろうね。 娘を撥ねたお年寄りは、それはもう憔悴しきった様子で。私たち夫婦に激しく罵られても、何度も何度も謝りに来た。心から反省していたのだろうけど、あの時の私たちは受け入れてあげられるだけの余裕がなかった。 ほどなくして、そのお年寄りは亡くなったよ。心身ともに疲れて果ててしまったんだと思う。だってあんなに痩せこけていたんだもの。今にして思えば、気の毒なことをしたかもしれない。 怒りのぶつけどころを失って、私たち夫婦は脱け殻のようになってしまった。夫婦でい続けることも無意味に思えてきて、とうとう離婚してしまったよ。 離婚届を役所まで出しに行った時、私ももう長くはないだろうなと感じていた。だってもう、生きる気力が無くなっていたから。 暮らせど暮らせど、押し寄せてくるのは後悔ばかり。娘と仲違いしたまま別れることになるなんて。もっと彼女に歩み寄ればよかった。彼女の趣味を、もっと理解してあげるべきだった。私は娘への愛情よりも、世間体を優先させてしまっていたんだ。 そう気付いた時、私は自分が酷くつまらない人間に思えてきてね。生きてる価値もない、なんて考えもした。 いよいよ生きていくのが嫌になった頃、ふと娘の部屋を訪れたんだ。きっと最後に見ておきたかったんだろうね。 その時さ。 娘の衣装が、目に入ったんだ。事故に遭った日、仕立屋まで受け取りに行っていた新品の一式。 それがバニーガールの衣装だったのさ。後で分かったことだけど、娘が好きだったアニメのキャラクターが着ていたものらしい。 それを買う為に、娘はアルバイトをして。親に文句を言われないよう勉強もしっかりやって。そして何より、多くの人々を楽しませようとしていた。娘が遺したバニーガールの衣装は、彼女の青春そのものだったんだ。 そのことに気付いた時、私は閃いたのさ。 ああそうだ、もう解ってるね。 いま着ているのが、娘の遺したバニーガールの衣装だよ。 これを着て旅をすれば、多くの人に見て貰える。娘が生きていた証を、示し続けることができる。そうすることが私の贖罪であり、かつて出来なかった娘の趣味に向き合うことに他ならないんだ。 旅はまだ始まったばかり。私の心はまだ冬を脱しきれていない。春には程遠いよ。だけどいつか、私にも安息の時がやってくる。そう信じているんだ。 ――なんだい、ちょうどいいところだったのに。いきなり後ろから来て怒鳴らないでくれ。 すまない、君をびっくりさせてしまったようだね。 紹介しよう、 娘だ。 え? 娘は亡くなったんじゃないのかって? 申し訳ない、実は作り話なんだ。 ――わかった、わかった。そんなに怒らないでくれ。後でお母さんにも謝っておくから。 失礼、多感な年頃の娘がいると大変だ。私はただ、娘が丹精込めて作り上げた衣装を世間にお披露目したいだけなのに。 ああそうだ、股間はもう少し余裕があったほうがいいかもしれない。これだと動いているうちに食い込んでしまう。私もそろそろ限界だ。 さて、私はそろそろおいとまするよ。 どうだったかな? 私の創作した物語は。もし私の作品に興味が湧いたら、こちらのサイトを見てくれ。今はコンテストの最中なんだ。面白かったら是非、高評価を。楽しみに待っているよ。 長居してすまなかったね。 では、よき一人旅を。 アデュー。 ■ ■ ■ ※○○県警の防犯情報から抜粋 〈不審者情報 4月30日午後3時20分頃、▲▲市▲▲町付近の公園において、ベンチに腰掛けていた大学生が、いずれかから現れた男に「春を探している。股間がそろそろ限界だ。アデュー」等と話しかけられる事案が発生しました。 男は年齢50歳から60歳位、頭髪薄毛、眼鏡を掛け、バニーガールの衣装を着用。徒歩にていずれかへ逃走しました。 昼夜問わず、不審者の接近には注意を払いましょう。見かけたら110番通報して下さい。 ▼地図を表示するにはこちらから。 (URL省略) 発信:▲▲警察署〉 [おわり] |
庵(いおり) 2023年04月30日 20時59分28秒 公開 ■この作品の著作権は 庵(いおり) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2023年05月15日 21時13分26秒 | |||
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Re: | 2023年05月15日 11時29分39秒 | |||
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Re: | 2023年05月15日 11時19分47秒 | |||
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