うさぎ旅 |
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春になったので、うさぎ旅に出た。 キーボードで打ち込んだ文字をしばし眺める。 今回の競作企画のお題が『春』、『旅』、『うさぎ』。与えられたお題を織り込んだ自作小説を執筆し、点数を点け合って順位をつけるアマチュア作家のお祭りが競作企画なわけだけど、この「お題を織り込む」ってーのがなかなに難しい。 毎回頭を悩ませて、やっとこ捻り出したときには締切直前で執筆が間に合わなくて不参加ってこともあったっけ。 でも、今回は出だしで三つのお題全てをクリアした! たったの一行で!!! ひょっとして俺って天才じゃね? なんて、ひとりで悦に入っていると、 「なーにぼっちでニマついてんの、バカ兄貴。キモイ」 これこれ、『瞬光』と書いて『キラリ』ちゃん。JC(女子中学生)の妹がお兄ちゃんのことをバカとかキモイとか言っちゃダメなんだぜ! と、両手でイブサンローランのロゴポーズを決める俺。 「なにそれ。バカなの? 死ぬの? てか死んで。頼むから」 おいおい、お兄ちゃんは孝行息子だから逆縁なんて親不孝しないぞ。 「そもそも、なんなの。『うさぎ旅』って」 しょうがないなぁ、キラリちゃんは。まあ、無知なのは悪いことじゃない。知ろうとしないことが悪なんだ。その点、キラリちゃんは疑問に思って知ろうとしてるんだから見込みがある。 「てか、ググッても出てこないんですけど」 なんでもスマホに頼るのって、良くない風潮だと思うの。 「ゴタクはいいから、さっさと教えろよ。キモ兄」 ちょっと待って、今、考えるから。 「はあ?」 うさぎ旅っていうのはだな、 「オマエ『今、考えるから』って言ったよね?」 そもそもの語源は、うさぎの生態から来ているもので、 「無視かよ。クズが」 春になると発情期に入ったうさぎが、伴侶を求めて今までの生活圏から離れて遠くまで移動することを言うんだ。 「都合が悪いことは聞こえないとか、いい耳してんな。おい」 キツネの子別れとかと同じで、近親婚を防ぐための自然の摂理だな。 「近親婚とか、マジキモイんですけど」 春の季語にもなってるんだぜ。この間、プ○バトでやってたの一緒に観てたろ? 「あんたとテレビ観たのなんて、小学校卒業してからこっちねーよ」 おっちゃんの句、俺は好きだったんだけどね。あの句がシュレッダー行きとか、ホントに句集が出来るのか心配だよ。 「私は、息をするように嘘をつくあんたの将来の方が心配だよ」 心配してくれてありがとう。でも、俺、将来は売れっ子ラノベ作家になるって決めてるから!(キリッ) 「あー、そーですかー(棒読み)」 その言い方、お兄様の実力を信じてないな? 「自分のことを『お兄様』とかほざくヤツのどこを信じろと?」 ならば実力の片鱗を見せてやろう! (『瞬光』と書いて)キラリちゃん!!! 便所コオロギを見るような妹の視線を背中に感じつつ、キーボードをかちゃかちゃ鳴らすこと約十分、俺は光の音速で一気に書き上げた物語を、キラリちゃんに見せた。 ※ ※ ※ 病室の窓から射す陽はついこの間までの弱々しく寒々とした光よりも、幾分かの温もりを感じた。 冬が終わろうとしている。 しかし、ベッドの上から窓の外を眺める妹の顔は、春めくどころか真冬の最中のように重く沈んでいた。 「お兄ちゃん」 妹の白い唇が俺を呼ぶ。 「どうしたんだ? 瞬光(キラリ)」 弱々しい妹の声に、ありったけの優しさを込めて応える。 「もうすぐ春だね」 「そうだな」 妹が紡ぐ『春』という言の葉が、なんとなく寒々しく聞こえた。 「私ね、春になったら、うさぎ旅に出るんだ」 「うさぎ旅?」 「うん」 「普通の旅行じゃなくて、うさぎ旅?」 「そう。うさぎ旅」 思いもかけない単語が妹の口から出て俺は戸惑った。 うさぎ旅とは、春になって発情期になったうさぎが伴侶を求めて生活圏(テリトリー)を離れて行くことから来ている。 俳句の季語にもなっていて、恋人に逢いに行く旅の意味だったんだけど、本来のロマンチックな意味から転じて、Z世代の間ではワンナイトラブを求める旅行のことを『うさぎ旅』と言う。 まだ中学生の瞬光(キラリ)には似つかわしくない、縁遠い言葉だ。そう思っていた。 きっと妹は意味もわからず流行りの単語を使ってみたくて『うさぎ旅』なんて言ってみたのだろう。 きっとそうに違いない。 きっと、きっと。 「うさぎ旅に出たら、いろんな男の子に声かけられると思うんだ。ほら、私、可愛いから」 どうやらうさぎ旅が男女の出会いに関係することは認識しているらしい。でも、それだけで、本当の目的が性交なのまではわかっていないに違いない。 ちょっと背伸びした中学生らしい。 「それで、男の子に声かけられたら瞬光(キラリ)はどうするんだ?」 「そんなの相手にしないよ。決まってるじゃない」 うさぎ旅が性交目的の旅だなんて知っているはずがない。そう高を括ってはいたものの、瞬光(キラリ)の返事にホッと胸を撫でおろす。 でも。 「だって、私の相手はお兄ちゃんだもん」 「え?」 「私のうさぎ旅の相手はお兄ちゃんって決めてるんだもん!」 「瞬光(キラリ)、おまえ……」 思いもしなかった妹の言葉に狼狽える俺。 「私、ちゃんと知ってるよ。うさぎ旅ってエッチの相手を探す旅のことなんでしょ」 「瞬光(キラリ)……」 「春になったら、うさぎ旅に出て、お兄ちゃんとエッチするんだもん」 「ちょっと待て」 「春になったら、うさぎ旅するんだもん!」 「落ち着け、瞬光(キラリ)」 「お兄ちゃんとエッチするって決めたんだもん!」 「落ち着け!」 「お兄ちゃんのこと好きだから!」 「瞬光(キラリ)!」 「私、お兄ちゃんのこと愛してるから!」 「瞬光(キラリ)……」 自分に対する妹の気持ちは気づいていた。気づいてはいたが見て見ぬふりをして誤魔化していた。 だって、瞬光(キラリ)は血を分けた実の妹で、俺は瞬光(キラリ)の兄なのだから。 妹とエッチなんてできるはずない。俺とエッチするためのうさぎ旅なんて認められるはずない。 「ダメだよ瞬光(キラリ)」 「なんでよ」 「そんなの認められない」 「私、お兄ちゃんのこと好きなの」 「うさぎ旅なんて、ダメだ」 「お兄ちゃんのこと愛してるの」 「そんなの妹と出来るはずないだろ」 「春になったらうさぎ旅してお兄ちゃんと」 「ダメったらダメだ!」 「なんでダメなの!」 「わかってるだろ! おまえは――」 「わかってるよ! 私、春まで生きられないんでしょ!」 「瞬光(キラリ)……」 「私、わかってるよ。自分の身体だもん」 「…………」 この場の沈黙が肯定を意味することはわかっていた。わかっていてもなお、俺は何も言えないでいた。 「春になる前に死んじゃうんだもん。うさぎ旅なんて、無理だってわかってる」 妹の頬を大粒の涙がぽろぽろと滑り落ちる。 それを拭ってやろうと伸ばした手の甲にポツリとひと粒の雫が落ちた。驚いて慌てて引っ込め、そこでようやく自分が泣いていたのに気づく。 手の甲を濡らした雫は頬を伝って落ちた俺の涙だった。 「お兄ちゃん」 泣いている俺を泣き顔の瞬光(キラリ)が見る。 「うさぎ旅が無理だったら、せめて手を握って」 布団から伸ばした細い手を、俺は両の手でしっかりと握った。 「お兄ちゃん、大好き」 しっかりと握った俺の手に、幾粒もの雫がぽつぽつと落ちた。 それは妹のか、俺のか、或いは両方の涙だっ ちょっ、ちょっと待って! キラリちゃん! 【BS】キーを長押ししたら俺の傑作が消えちゃう! 「この妄想垂れ流しの便所の落書きが傑作なワケあるか!」 うん、まあ、少なからず自覚はあるよ。そもそも小説なんて妄想を文章化したもんだからね。 「あと、私をモデルにしてキモイ台詞書くのをやめろ!」 やだなあ、キラリちゃんのことモデルになんかしてないよ。 「瞬光(キラリ)ってまんま私の名前じゃないか!」 それはたまたま同じ名前だったってだけで、別にキラリちゃんのことじゃなくて―― 「たまたま同じって、こんなキラキラネームつける親がうちの親以外に二人といるか!」 いや、親って父さんと母さんの二人だから最初から二人はいるわけで。 「口ごたえするな!」 は、はい!(キラリちゃん、マジ切れてらっしゃる) 「そもそも、『うさぎ旅』ってなんだよ!」 えっと、うさぎ旅っていうのは―― 了 |
へろりん 2023年04月30日 01時26分38秒 公開 ■この作品の著作権は へろりん さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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合計 | 12人 | 80点 |
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