退魔王子佐伯ラムネ |
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「やぁ、子猫ちゃんたち。君たちも暇なんだねぇ」 放課後の教室。そこで机の上に片膝建てて座る女の子。180センチ近い長身のモデル体型に小さな整った顔。ブレザーの上下にスカートの下にスパッツを穿いている。こいつはあたしの幼馴染、佐伯ラムネ。その周りには取り巻きの女の子、多数。あたしはそれらをバカにしたように見ていた。 「ラムネ様!」 「きゃー!」 黄色い歓声を浴びているラムネ。 「今日は君たちに何を話そうか。邪悪な吸血鬼と僕が華麗に戦った話に儚く散った少女の幽霊を成仏させた話、どんな話でもござれだ」 こいつは対魔師を自称してて、経験談とやらをこうやって同級生や下級生相手に大げさに話して人気をとっている。ショートカットに171センチもの長身、すらりとしたスリムなモデル体型に美形と女にもてないわけがない恵まれたモノを持っている。あたしとは比べ物にならない。 「ではラムネ様、今の世の中っぽい話をお願いします!」 取り巻きの女の子からリクエストがかかる。 「ではとっておきの話をしよう。これはとある孤島に作られた学校で起きた話で、僕はそこで大活躍をしたんだ……」 おいラムネ。それ幸奈先輩の話だろうが。あたしはその話に聞き覚えがあった。 「その子は学校に違反占いアプリを持ち込んで、亡霊に未来を占わせようとしたんだ。ところがその亡霊が悪霊になって女の子に襲い掛かったんだ。たまたま僕はそこに居合わせたんだけど、僕はその悪霊と対決してね。必殺破邪の『不動明王火炎呪』や『孔雀明王秘法』、『白衣観音秘法』を駆使して、どうにか倒したんだ。 「きゃー!!」 「らむね様ー!!」 あいつらの脳内では、きっとラムネがかっこよく印を切って魔法を発生させてると思っているに違いない。間違ってはないけど、今の退魔忍や退魔師はもっと洗練されてるぞ。 「悪霊の正体はなんと江戸時代の彰義隊という武士で、襲われた女の子がたまたま高知出身だったから襲われたんだ」 ラムネが説明する。 「そっかぁ、明治維新、上野戦争の恨みかぁ」 取り巻きの女の子に歴史に詳しい子がいたようだ。そうだね、あたしが幸奈先輩から効いた話でもそうだ。 「歴史に取り残された音量が巻き起こした悲劇だったのさ。僕はつらかったよ……」 役者のように泣く真似をするラムネ。確かに宝塚っぽいけどよ、お前は。 「らむね様、可哀そう……」 「らむね様、お気持ち、お察しします……」 つられてなく子たち。あんたらー!! 「はいはい、話し終わったぁ?!」 厭味ったらしく出て行くあたし。 「あ、ここあっち」 取り巻きの一人があたしに声をかける。 「あんたら、こいつの胡散臭い話よく真に受けるわねぇ」 あたしは苦笑いしながら声をかけてくれた子―同じクラスの香風さんだ、に尋ねる。 「だってラムネ様話うまいもん」 「そっかぁ?」 あたしは幼馴染のこいつの話に慣れてるから気にしたことないが。 「あとここあっち、今回は嘘だって知ってた」 「ぶう!!」 あ、ラムネが吹いた。 「今回の話はスマホアプリでの呪術使用に規制がかかった『螺子ヶ島アプリ暴走事件』ですよね」 さすがにこの話は有名かぁ。 「ですけど確か、あれを対処した荒井幸奈さんって有名な退魔忍ですよね」 「……知り合いというか先輩さ」 ラムネが優雅にハンカチを取り出し額にかいた汗を拭きながら説明する。その話は間違ってない。あたしらの先輩だ。 「あの人全然忍んでないけどね。忍者のくせに」 「有名人ですよね」 香風さんじゃない別の女の子がそう言って笑う。幸奈さん、笑われてますよ。 「ま、ま、まぁ、幸奈さんはボクの師匠だし、機械があれば紹介するよ」 「「「きゃー!!」」」 てな感じでこいつの自慢話は終了し……。 「ふん、邪教徒が!!」 あたしたちがだべっていた教室の入り口に、眼鏡をかけた根暗そうな女の子が現れる。誰じゃこいつ。 「あ、百喰(ももばみ)さん」 荷風さんは彼女を知っているようだった、というか、百喰……? 聞いたことあるな 「ここあ、あれ、例の百喰綾巴(ももばみ・りょうは)」 ラムネがこそっと教えてくれる。あれがか。 「わが神、ンジャボボス様の前には無力!」 「……あっそ」 あたしはそっけなく言ってやった。 「中二病なんて大人になったら黒歴史一直線よ、恥ずかしい」 「なんだと! 呪われるがいい!!」 彼女は数珠、なんでそんなもん持ってるんだあたしらじゃあるまいし、を右手に持つとそれをあたしたちに突き付けた。 「んじゃぼぼす様は穢れたこの学園の状況をお嘆きだ。呪われるがいい!!」 そう言い捨て、彼女は教室から離れていった。なんじゃありゃ。 「ふふっ」 そう言うとラムネは右手で髪を軽く掻きあげる。絵になるなぁ。 「ンジャボボスなんて聞いたことない、彼女の妄想の産物だろう。かわいそうに、友達がいないから妄想に捕らわれてしまった」 おまいも言うねぇ。 「彼女を救うのは僕しかいない、そう思わないかい?」 「「「……うーん!!」」」 流し目で取り巻きを一瞥するラムネだったが、帰ってきたのはやんわりとした否定であった。 「ラムネ様は本物の妖怪とかを退治されるべきですわ」 「ああいうのは無視に限りますわ」 「それこそ三輪さんも言うように中二病なのですから、勝手に治りますわ」 「……だって、ここあ」 ラムネは救いを求めるようにあたしに振る。しかし。 「香風さんの言うとおり、あんなんにかかわらないが正解よ」 あたしは言ってやった。 ********** 「……次のニュースです。久しぶりに上忍免許こと忍者管理者試験が行われ、機導衆の鳥栖火乃兄さん(49)が挑み無事合格しました。機導衆の発表では……」 「あ、鳥栖総支配合格してる」 あたしはテレビでニュースを見ていた。鳥栖さんというのは幸奈さんの直接の上司で、だいぶ前から上忍である総支配の地位にいた方のはずだ。 「あんたも中忍免許取りなさいよ」 「人類卒業試験なんか受けなくないね」 ラムネは冗談じゃないといった風に答えた。 あたしはラムネの下宿の部屋に上がり込んでくつろいでいる。と言ってもあたしの部屋はここの隣だ。 「全権代行者になったら給料十倍だよ?」 「中忍免許で化け物と戦闘、昇格試験で人間やめた方々とお相手。冗談じゃない」 ぬう、拒否られた。 中忍免許こと国家忍者検定試験上級は、とれば殺人許可証をもらえる人気資格。国からの依頼で犯罪者の暗殺を請け負える、のはいいが筆記はともかく実技試験では強力なモンスターと戦わされ死んでも文句が言えない。毎年何人も死んでいるやっべー資格だ。なお先ほどの上忍試験では中忍試験よりまだ強いモンスターと戦わされるらしいが、うちのお偉方の免許持ちは全員その強いモンスターとやらを秒殺してるらしい。あの人らの強さは笑えねぇ。 「ここあ、君こそさっさと下忍免許取りたまえ」 ラムネはパジャマ姿であたしにジュースを進めてきた。あたしはジャージ上下姿だ。 「別にせっかく女子高いるんだし、卒業後にとってもいいかな。あたしはもう就職してるようなもんだし、急がないよ」 「そりゃそうだけど」 あたしたちは炬燵に入っている。こいつの部屋は夏でもこたつだ。下宿は六畳一間。壁には制服、お坊さんの着るような僧衣、そして対魔忍の象徴、ボデースーツが吊るされている。 「あのさ」 「言いたいことはわかる」 こたつに入ったラムネは自分のタブレットを操作し、テレビにタブレットの画面が表示された。そこに映ってるのは、眼鏡をかけたかにも陰キャ風な女の子。 「百喰綾巴。踊音高等学校二年。ボクたちの同級生だね。クラス違うけど」 「うん」 あたしは放課後に会った百喰さんを思い出す。 「一か月ほど前から邪神『ンジャボボス』なるものの存在を唱え、同調者2~3人と行動……」 「全然気が付かなかったよね」 そう言ってあたしはアハハと力なく笑う。 ぶっちゃけた話、あたしたちは『忍者』だ。いろいろなところに雇われ、情報収集・破壊工作・暗殺、なんでもござれの闇の住人だ。あたしたちは親の代から忍者……、あ、ラムネは先祖代々退魔師の家系だな、で、小学校のころから忍者の修行をしている。今この国だとあたしたちのいる『機導衆』のほかに『両賀忍軍』『風間忍軍』『金堀衆』『影高野』などの大手忍者組織のほか小さな忍群を含め数十の忍者組織、忍群がいる。ああ、影高野は退魔師の集団だけどやってることが忍者と変わらないので忍者扱いされてるんだっけ。退魔『師』は影高野の商標とかで、あたしたち他の組織は退魔忍と名乗っている。 「んで、百喰さんがネットで書き込んだ発言、こいつが『諜報』に引っ掛かった、と」 諜報とは機導衆の部署、第六集団の別名だ。情報収集・分析を専門に行う、うちの内部でも最も忍者らしいところだ。ちなみにあたしたちは第八集団、通称『魔導』所属。 「何を気にしてるんだろうね、諜報は」 「ここあ、君は実に馬鹿だな」 ぬう、男女に馬鹿にされた。 「『鰯の頭も信心』。諜報はそれを心配している」 「……実体化?」 人間の想いは、時にとんでもないことを起こす。最初はなんでもない妄想が、それを集団で共有することで妄想が具現化することがある。中学時代呪術の先生だった影高野のお坊さんが言うには、本来『鬼』とはそういう存在のことらしい、って習ったな。習ったけどよ! 「そんな、チョーレアケースないわー」 「……ここあ、まずい」 ポーンとラムネのタブレットにメール着信音が鳴る。 「誰から?」 「幸奈パイセン……」 ラムネがぽつりと言う。 「なんだって?」 「『百喰綾巴は葬科学会の関係者の疑いが濃厚、注意しなさい』だって」 ラムネの言葉にあたしの顔色は引いた。 「マジかよ……」 ********** 「我が神ンジャポポスは君たちの願いをかなえる! 信じる者は救われる!」 外では百喰さんが拡声器もってアジっている。先公ども止めろよー。 「止めないね。『止めない』」 そういいながらラムネがあたしの代わりにパシリになってジュース買ってきてくれた。あたしたちは二人で窓枠に腰かけ百喰さんのアジを眺める、そんな次の日の放課後。 「『止めない』。変な言い回しですね」 おっと、香風さんだ。 「そう、『止めない』」 窓際でけだるそうに言うラムネ。ひっじょーに、絵になるなこいつは。 「二人の会話からすると、先生は買収なり洗脳なりされている、と」 「ずいぶんな発想の飛躍ね」 香風さんにあたしはやれやれと言った風に答える。 「どこから、『止めない』のたった四文字からそこまで発想が飛ぶのやら」 「だっておふたりは」 そう言って香風さんは一歩引いた。表情は楽しそうだ、というか、あたしたちをからかっているような、そんな感じ。 「機導衆第八集団の退魔忍でしょ? あんなものを見たら普通止めるでしょ」 「止めないわよ。中二病患者の妄想には付き合ってられない」 あたしは香風さんに言ってやった。 「『鰯の頭も信心』、と申しますわよ」 いたずらっぽく微笑む香風さんに、ラムネがキッと滅多に見せない鋭い視線を送る。バカ! 「あら、王子様。そんな目もできるのですね」 「笑えない冗談は、ボクは嫌いだね」 いつもの他人向け笑顔ではないマジな表情―この子の本来の表情が香風さんに牙をむく。 「見たまえ」 ラムネは首を外に向ける。大声で呼びかける百喰さんに耳を傾ける子はいない。みんなフツーに帰宅のため帰っていく。 「数百、数千の信心が怨霊になることは稀にある。だから今の彼女の状況では、中二病の範囲を出ない」 こらラムネ。昨日あたしに窘めたことと反対のことを言うな。 「なるほど、今は安全ということね」 香風さんはほっとしたように言った。 「対魔忍さんは動かない、と」 「そういうこと」 「ありがとう……」 「あ、王子様ぁ!」 「ラムネ様ぁ!」 あ、ラムネの取り巻きが現れた。 「いつもお美しゅうございます」 歯の浮いたお世辞よく言うなぁ。 「かなわないな」 そう言ってラムネは頭を右の中指で叩く。それ…… 「不思議なことにね、後ろめたいとか、さんざん言われてたけど」 ラムネはわざとらしく区切って言う。 「見つかったからには、派手な話でも、霊が出てくる奴」 日本語が変ですよー、ラムネさーん。あたしは黙って苦笑いする。 「香風さんも聞いていけばいい」 「あたしは帰るわ」 そう言って手をひらひらさせながら、香風さんは去っていった。あたしは教室を見回し、確認してからラムネのウソ大げさ紛らわしい話に付き合うことにした。 ********** 次の日は電話から始まった。 「ふわい……、なんじゃろ」 下宿の寝床で着信音でたたき起こされたあたしは、スマホの画面を見る。……登録されてない番号、そして末尾に0110の数字。 「警察?」 一気に目が覚めたあたしは電話に出る。 「お待たせしました。三輪です」 「機導衆所属の三輪さんですか」 中年の男の人の声だ。 「私、※※警察署、刑事課の後藤と申します。君たちが通っている踊音高校で殺人事件が発生しましてね。しかも呪術がらみの。魔法庁に問い合わせると、君ともう一人が呪術師免許を持ってると聞きましてね。魔術取締法に基づき協力いただきたい」 「畏まりました。同僚の佐伯とすぐに向かいます」 (百喰さん絡みじゃないでしょうね) あたしは電話を切ると、すぐにあたしの部屋のドアが開き、ラムネが現れる。ラムネは既にボデースーツ……機導衆第八集団正式採用の最新式抗呪術仕様戦闘着を着こんでいた。 「ここあ。倉田総支配直々の指示だ。もう警察から聞いたね」 「うん」 あたしは頷く。 「残念ながら百喰さん絡みっぽい。君も服着てくれ」 「わかった」 あたしはそう言って立ち上がり、壁にかけられたボデースーツの方を向く。 「装着!」 あたしの声に反応したボデースーツは変形し、どろりとしたスライム状になってあたしの体にまとわりつく。これ便利なんだよね、勝手に着換えしてくれる。すぐにポイって着ていたパジャマや下着やらが外に排出され、スライムはあたしの体にぴったりと張り付いたボデースーツになる。この服は服の形をした金属生命体。疑似多合金細胞(ニアメガアロイセル)で織られ、細胞内の量子相転移炉(クァンタムフェイズシフトリアクター・QPSR)は一個当たり2マイクロワットと電卓の太陽電池もびっくり出力。だけど細胞ひとつ当たり二百個あるQPSRが数十億個、直列並列組み合わせて最大出力5メガワットの電力を供給し、数千馬力もの力を着ている人間に与える。これが宇宙人やら敵対組織やら古代文明の遺産やらを組み合わせた機導衆の技術の結晶、二〇式抗呪術仕様戦闘服『浅葱』だ。 「いこっか」 「うん」 あたしたちは外に出ると一気に屋根の上に飛び上がり、まさに忍者よろしく屋根の上を駆けだした。そうしてあっという間に学校。学校の校庭には既に白黒パンダのパトカーと白い平凡なセダン、刑事さんの乗る機動車が止まっていた。 「すまないね」 背広姿のいかにも刑事さんがあたしたちを出迎えてくれる。 「グロいのは平気?」 「一応、仕事で何回かは」 「同じく」 あたしたちは大体何が起きたか察しながら答える。呪殺かぁ……。 連れていかれたのは口から赤黒いゴニョゴニョを吐き出して倒れた死体。しかも顔を知っている人だった。 「赤坂先生……」 学校の現代文の先生だった。 「典型的な尸鬼(しき)による呪殺ですね」 先生の遺体を一瞥したラムネがそう断定する。 「しき?」 「道教系の術者が使う使い魔ですね。まぁ暗殺がお仕事ですが」 あたしは腕時計(スマートウォッチ)のアプリを起動する。腕時計に小さく小さく映る金剛界曼荼羅。そして両手の親指と人差し指でおにぎりのような形の輪を作り、先生だったものにかざす。起動! 「Om,Avira-Umkem Vasara-tankan! 大日如来よ、このものの呪いの正体を晒せ!」 「「おおっ!」」 あたしの唱えた真言で赤坂先生の体に巻き付いた蛇のようなものの跡が浮かび上がる。 「これが尸鬼です。今回は巻き付いて圧死の要領で殺してますが、小さな尸鬼を胃の中に入れて食い破って殺すとかの方法もあります。どちらもあらかじめ仕込んで裏切りを防ぐとか、そういう用途です」 ラムネが刑事さんに説明する。 「かなり悪質な魔法犯罪です。ただの殺人だけでなく魔術取締法違反もつくと思います」 「ぬぅ……」 刑事さんが呻いている。 「県警の魔法科が手いっぱいでなぁ。頼むわ」 警察も一応専門の魔法犯罪専門部署を構えてはいるが、県警レベルで配備されてるだけ。普通はあたしたちのような魔法の専門家―あたしらの専門は『呪術』だけど、に丸投げする。警察は初動と逮捕のみ。捜査とかは最近は探偵や忍者に投げているのが今のこの世界だ。 「ラムネ。準備は」 「いいよ」 いつの間にか、ラムネはビー玉サイズの水晶玉を死体の周りに置いていた。 「始める」 あたしは右人差し指を左手で掴む。九字印の『破』、知慧印を組み、再び真言を唱える。 「Om,araha-syanoh,sovaka! 文殊菩薩よ、その知慧をもちてこのものを呪い殺したるものを教えたまえ!」 「「「おおお!」」」 光る先生の死体から一話の光る鳥が現れ、空に浮かび上がる。 「追おう!」 「うん! すいません、光がやんだら片づけを願います」 あたしたちはそう言い置き、飛んでいく光る鳥を追った……、って、学校の中に犯人がいる? 鳥は校舎の中、非常口から中に入っていった。あたしたちはそのまま追う。本当なら鍵がかかってないといけない非常口はなぜか開いていた。あたしたちは罠かと勘繰りつつも中に飛び込んだ。 ********** 「……一年の教室か」 薄暗い早朝の校舎なんて、普通は学園祭の当日朝でもない限り迎えることもないだろう。右手には教室、左手に窓。文殊菩薩の眷属である鳥さんは少し前で泊まり、あたしたちが来るのを待ってくれている。 「鳥は奥に。呪術担当、式神を」 「おっけー、出番ですよ、文殊ばあちゃん!」 あたしが腕時計に叫ぶと、右腕についているプリンターがレシート状の紙を吐き出す。呪符を印刷してくれるウェアラブルプリンター、筆でいちいち描いていたころとは違う、近代退魔師の標準装備だ。あたしはそれをちぎるとそれを放り投げ、知慧印を組む。 「Om,araha-syanoh,sovaka!」 ぽん! 紙が爆発し、昔の農家のおばあちゃんの姿をしたものが出てきた。式神、貴人。酉、西の方角の守護神たる陰陽道の十二天将の一人。密教の西の守護仏、波夷羅大将に対応し、あたしの守護仏でもある文殊菩薩様の化身でもある。 「ほいほい。おしごとですな」 ばあちゃんはあたしたちににっこり笑うと忍者さながらの俊敏さで鳥を追った。そしてあたしたちはさらにそれを追う。 「待ちな」 階段の手前、ばあちゃんが静止する。 「罠だね」 その言葉にあたしたちの足が止まる。 「君ならどうする」 「吹っ飛ばす」 あたしは腕時計を操作すると再びプリンターが紙を吐き出す。複雑な幾何学模様、そして漢字。必殺の爆破符だ! 「Om,Abira-unken,sovaka! 不動明王よ、我が前に害成すものを吹き飛ばしたまえ!」 あたしは札をシュッと投げると地面に突き刺さり、どがぁん! と階段が吹っ飛ぶ。そして。 「Gyeeeeeee!」 絶叫とともになんかが上向いて飛んでいった。 「死霊練り込んだ式神かい、しょーもな」 あたしは呆れながら崩れた階段を見上げた。 「そしてわしらは関係ない、じゃな」 ばあちゃんは崩れた階段の踊り場までぴょんと飛び越える。もちろん筋力を強化されたあたしたちも障害にならない。……修理代は機導衆なり葬科学会なりにつけといて。 あたしたちはくだらないブービートラップを突破したどり着いたのは三階、音楽室。 「……おかしいわね」 あたしは訝しむ。というのも。 「百喰さんって、音楽室となんか関係あったっけ?」 そう。普通学校で仕掛けてきて逃げ回る術者の場合、『自分が一番縁の深い部屋』に小さな祭壇なり呪術の道具なりおいてるものだ。しかし百喰さんという人はたしか帰宅部だし、ンジャボボス騒ぎまでは全く目立たない、失礼な言い方をすればモブの子だったはずだ。あたしはその風変わりな名前で憶えてたけど。 ……さて、入るか。どちらさんですかな? 「どっする? 爆破符で吹き飛ばす?」 「君は実に馬鹿だな」 あきれ顔のラムネに言われる。 「階段吹き飛ばす威力の爆破符を扉なんかで使ったらボクたちまで吹っ飛ぶじゃないか」 「はいはい、あけますよ。罠はないようじゃし」 そう言ってガラッと引き戸を開けるばあちゃん。あたしが生んだ式神とはいえ度胸あるな。 「たのもー!」 ばあちゃんの声に反応するものはいない。朝焼けの光を浴びた音楽室はオレンジ色に染まり、神秘的な雰囲気を醸し出していた。 「誰かいるかな?」 ちゃきん、とラムネが忍者刀を抜く。機導衆の制式忍者刀では一番の安物だ。あたしたちの第8集団、予算が取れなくてこの服も高価で忍者刀は安物をあてがわれてる。悲惨なのは第1集団の人らで、昔当時の総支配がやらかしたせいでまともな装備が支給されないって問題になってる。未だに鎖かたぴらとか笑えないよ! 「ひ、ひ、ひぃ!!」 よく見ると、教室の住むに体育すわりになって頭を抱えている女の子がいた。 「……きみは?」 「い、いちねんの、池阪ですぅ……」 池阪さん、眼鏡かけた暗そうな女の子だ。 「なんでここにいるの?」 「こ、これ」 そう言って池阪さんが取り出したのは水晶玉であった。 「これ、とある人に頼まれて音楽室に持って行ったらいいと言われて、持って行ったら、この部屋に閉じ込められて」 「そっか」 安心したのかラムネは忍者刀をしまった、ああ?! 「ばかぁ!」 あたしは叫ぶ。そしてばあちゃんはあたしたちの前に立ち光の壁を作る。 がこぉん! 間一髪、池阪さんの口から肉の槍が飛び出し、あと少しのところでラムネの喉に刺さるところだった。もちろん光の壁がそれを阻止。 「さすがは対魔王子の相方、三輪ここあ。第9に誘われているという噂は本当のようだな」 池阪さんは立ち上がると眼鏡を直し、あたしたちに対峙する。 「ずいぶんあたしたちの内情に詳しいようだけど、あんた、何者?」 「葬科学会、呪術研究会直属呪術師、池阪くれは。お命頂戴!」 ごぱぁ! 口から先ほどの肉の槍が今度はあたしに来る。それを切り飛ばすラムネの忍者刀。 「なかなか芸達者だな、葬科学会!」 ラムネは忍者刀片手に印を組む。 「Om,kiri-kiri-basara,Um-hatta!」 ぼぉっ! 刀を持ったまま器用に三鈷印を組むラムネ。破邪の仏様、軍荼利明王の象徴だ。刀に仏敵を切り裂く聖なる光がともる。 「おらぁ!」 袈裟懸けに池阪さんに切りかかるラムネ。しかし。 カチン! 嫌な音がしてラムネの刀が池阪さんの胴体からはじかれる。 「ど、どういうこと?」 狼狽するラムネはほっといて、あたしは懐からビー玉サイズの水晶玉を指弾の要領ではじく。池阪さんに当たって爆発するが、池阪さんの服を焼くだけだった。肩口からはだけた素肌に見える梵字。おそらく入れ墨だ。お前は耳なし芳一か! って、あたしたちの浅葱も同じ原理で呪的防御増してるわ、そういや。 「葬科学会の誇る呪術強化人間、『恕雷仙(ドライセン)』の一人があたしよ。機導衆の対魔忍や対魔機忍、闇荒野の退魔師には負けない!」 「負けるさ。破邪の明王は他にもいるからな! Om,marisyei-sovaka!」 ラムネは再び者の指印を組む。すると光り輝く鳥が池阪さんに体当たりした。 「ぎやぁぁぁぁぁぁ!」 「破邪だけならこいつに勝てないさ、孔雀明王秘法!」 孔雀は池阪さんの腹に刺さる。そこの部分が体を守る結界が解ける。ならば! 「食らえ、Om,abira-unken-sovaka!」 あたしはビー玉指弾を孔雀のくちばしが刺さったところに叩き込む。もちろん爆発して池阪さんは……。うん、砕け散っちゃった。 「……殺しちゃったね……」 ラムネが刀を鞘に納め、ぽつりと言う。しょうがないとはいえ、首だけになってしまった池阪さんが無念そうにあたしたちを見る。 「だ、大丈夫かね、君たち!」 おっとり刀で後藤さん以下警察の人らがわらわらとやってくる。 「はい、大丈夫です」 あたしは息を整えて言う。悔しかった。仕事柄、人殺しは初めてではないとはいえまさか下級生を殺すことになるとは思わなかった。……葬科学会、やってくれたな! 絶対に潰す!! 太陽が昇り切った空に向かい、あたしは誓った。 ********** 『本日、樹ヶ江市の踊音高校で殺人事件があり、犯人は死亡という最悪の結果に終わりました。被害者は踊音高校教師の赤坂すみれさん(38)で、死体の状況から呪殺と思われたため、踊音高校に通学されている機導衆の退魔忍、佐伯羅夢音さん(16)と三輪ここあさん(同)の両名に初動調査を警察が依頼。調査中に二人は同じ高校の池阪みと容疑者(15)の襲撃を受け正当防衛で殺害したとのことです。池阪容疑者は最近活動を活発化させている反政府呪術結社『葬科学会』のメンバーと名乗り……』 「たまらなかったよ」 「「「「きゃー♪」」」」 学校は当然休校。あたしたちは警察署に出向き事件の経緯を説明。その日のうちに釈放になった。池阪さんは警察のブラックリストに載っている葬科学会のやり手呪術師だったとのことで、警察から報奨金が出た。 あたしたちは夕方下宿に帰ってきたのだけど、なぜかそこにラムネのファンたちが5人ぐらい待ち構えていて、あたしたちはみんなに今日のことを説明する羽目になった。おや、香風さんも来ている。 「恐ろしかったですか、やはり」 「慣れないわよ。もっとも、あたしたちの上司の話だと、慣れない方が良いっていうけどね」 ラムネの代わりにあたしが言ってやる。 「しかし見てくれ。僕の代わりに折れてしまった忍者刀『反魔』。長い間僕のために尽くして」 「あんたそれ三本目でしょうが」 かっこよさげに言おうとしたラムネにすかさずあたしは突っ込む。爆笑する取り巻きズ。 「ラムネ様、折り過ぎです」 香風さんが口を押えて笑いをこらえながら言う。 「ここあっち、実際忍者刀っておれるものなの?」 「結構。支給品は厳しいわー」 取り巻きズの一人の質問にあたしは答える。 「支給品と言ってもピンキリでね。機導衆でも組織の施設警備してる第1とか第7とか第13とかの下忍には大量生産の安物が与えられるわよ。第8もそこらへん変わらないわね」 「忍者業界最大手の機導衆でも、そんなもんかー」 取り巻きズの一人が言う。あ、この子……。 「ここあっち達がキリとして、ピンは?」 「そら第9の前衛の人らよ」 別の取り巻きにあたしは答える。昨日ニュースに出ていた鳥栖さん率いる第9集団は機導衆の緊急展開部隊だ。やばい現場に真っ先に投入される人らで最新かつ強力な装備が支給されるけど、あんなとこ、命がいくつあっても足りない足りない。絶対転属したくない。 「幸奈先輩、あそこで良く生きてるわーっていつも思うもん」 あたしは苦笑いした。 「んで、あんた、何してるの」 気が付いたらニュースを映してたテレビはインターネットの画面になってた。おお、職業忍者ご用達通販サイト、『ニンタロウ』じゃまいか。 「あんた忍者刀買うの? どーせただでまた支給……」 「ここあ、気が付かなかったのかい?」 ラムネは真剣な顔をしてあたしを見つめる。まて、流し目で見るな! 「きゃー!!」 「かっこいい!」 「ラム×ここ! キマシタワー!!」 「誰だカプ厨は! 自重しろ!!」 ホントにも―取り巻きどもめ、あたしはそっちの趣味はないわ! 「支給品じゃ勝てない。死にたくないから報奨金と貯金崩してババソーヤー買う」 「買うのかよ」 あたしは呆れて突っ込んだ。銘刀ババソーヤー、ホラー映画主人公の名前を冠した機導衆謹製電動チェーンブレード。退魔忍用装備としては一番強力な白兵戦用装備だがクッソ高い。というか。 「あんた、足りる? アレくっそ高いよ?」 「見たまえ。新モデル『銘刀ババソーヤーMkⅡFE』だって」 画面に映っていたのはアイボリーホワイトに塗装されたチェーンソーだった。浅黄についている給電ケーブル二本で稼働するようだ。 「……それ確か安物」 あたしは相棒が大丈夫か心配になった。あたしの知っている本来のババソーヤー、現行品はMkⅡMHっていうはずだけど、こいつは給電ケーブル三本で供給するはず。 「あれ、こんなのあるんですね」 香風さんが何か見つけた。 「KIMOI製退魔チェーンソー『キョンシー286VA』ですって。FEの三分の二の値段じゃないですか」 「KIMOIは中国の忍者軍団、紅忍団の装備さ。安いけど経戦時間が短いんだ」 まーKIMOIに手を出さない理性があっただけましか。 「けいせんじかん?」 「KIMOIは稼働時間が10分しかない。それ以上動かすとモーターが焼きつくので有名なんだよ」 安い安い言われてるけど、言っとくがキョンシーですらラムネが折っちゃった忍者刀のお値段の10倍はする高価な奴だ。 「KIMOIでもほら、キョンシー586VだとMH並なんだけど、お値段もそれなりだからな―」 ラムネはKIMOIのコーナーから退魔チェーンソーの最高級モデル、『キョンシー586V』を表示する。チェンソーのガイドに金色の龍が彫られた、いかにも高級そうなチェーンソーだ。 「キョンシーシリーズは安い286で退魔忍が結構死んでるからねぇ、信用がない」 あたしたちは苦笑いするしかなかった。 「よし、ポチるか。在庫ありだから本部から明日には届く……、ん?」 ラムネはテレビのリモコンを操作してババソーヤーを購入(ポチ)ろうとしたが、決済画面で変な表示が出た。 『佐伯羅夢音様 機導衆合集会指令に基づき貴殿への該当商品の購入はできなくなっております』 「「まてまてまてまて!!」」 「合集会指令?!」 あたしとその意味を知っている子が驚きの声を発する。 「僕、何かやったっけ……」 青ざめるラムネ。当然である。合集会とは機導衆の最高決議機関。よほどのことがない限り出てこない人たちだ。そこの直接指示ってことは……。 「これあたしだな絶対。池阪さん殺した件か」 「それぐらいで動く人たちだろうか? それだったらせいぜい倉田総支配が来るぐらいだろう」 あたしたちがひそひそと話し合っていると。 「佐伯ちゃん! 三輪ちゃん!」 下宿のおばちゃんがドアを開けて入ってきた。 「お客さんだよ、食堂に降りておいで」 「「「「「はーい」」」」」 ということでどやどやと降りていくあたしたち、総勢7名。階段を下りて食堂に行くと、そこにいたのは。 「やっほー」 そう言って手を振る、僧衣姿の女の人。あたしたちの先輩、荒井幸奈さんだった。機導衆第9集団第8階位にして機導衆最強の戦闘部隊の一つ、『前衛代行者群』のメンバー。何かゴルフバッグを抱えている。本業は本物のお坊さんだし、檀家の方とゴルフにでも行った帰りだろうか? 「どうされたんですか? 直接下宿に」 「届け物」 短く言うと幸奈さんはゴルフバッグを開け、中身を引っ張り出す。それはなんと。 「ば、ババソーヤー!」 つい先ほどラムネが買おうとした『銘刀ババソーヤーMkⅡFE』そのものだった。 「ど、どうしたんですか?」 「ラムネ。あなたがまた刀折ったというんで持ってきたのよ」 幸奈先輩はそう言ってほほ笑んでくれる。しかし。 「これ支給品じゃないですよね。どこから湧いて出てたんですか?」 あたしの言葉に、笑みを消した先輩が答える。 「葬科学会の恕雷仙には組織支給の忍者刀が通用しないというのが今日の合集会で議題に上がったのよ。とりあえずFEは本数あるから現在ドライセンと対峙しているエージェントに支給という話になったの」 「「おおー!!」」 あたしたちは二人で拍手する。 「あと、ここあ。貴方にはこれ」 先輩が渡してくれたのはウェアラブルコンピューター。腕に巻くタイプのものでプリンターと指輪サイズのレーザーポインターがついている。 「スマートウォッチ連動型じゃなくこれで完結するんですね」 今までは右腕のスマートウォッチを操作して左腕のウェアラブルプリンターから呪符をちぎっていたが、これだと左腕のみで完結するし、場所次第ではレーザーポインターで曼荼羅や魔法陣を描くこともできる。あたしは恐る恐る尋ねる。 「これも支給ですか?」 「もちろん。合集会に掛け合って手に入れてきました!」 「「ははー!!」」 胸張って宣言する幸奈さんに土下座するあたしたち。 「ではすみません、皆様。これから私たちはこれからについて会議を行いたいと思います。ですので皆様は」今日はこの辺でおかえりいただければと思います」 「「「「「はーい」」」」」 そうしてラムネの取り巻きズは帰っていった……、ただ一人を除いて。残ったのはラムネの取り巻きの中で一番影が薄い子。たぶん誰もこの子が残ったなんて気が付いてないはずだ。 「でさー。儚(はかない)さん」 あたしはその子に尋ねる。 「気持ちはわかるけど合集会で驚くのはやめようね。貴方が目立ったら意味ないからね」 そう、合集会という単語で一緒に驚いた子。儚月夜(はかない・つきよ)、機導衆第6集団第5階位。私たちの活動の裏で情報収集を専門に行う、まさに忍者。影が薄い儚さんはすまなさそうに微笑んだ。あたしは尋ねる。 「では、この前頼んだ件、聞かせてもらえますか?」 ********** 「……佐伯羅夢音と三輪ここあは池阪みとを倒し、新装備を受領した、か」 「会頭はお怒りです」 「それはそうよ。信濃町の本部から回してもらった池阪さんが倒されるのは計算外。想像以上に強いわね、佐伯さんと三輪さんは」 「手を引きますか?」 「それこそ会頭に殺されるわ。ンジャボボスがせっかくここまで育ったというのに」 「「そこまでよ!!」」 「なに!!」 あたしたちが来たのは学校の温室、その地下の本来は倉庫になってるはずの区画だった。本来なら一坪、畳二畳分しかないはずの小さな倉庫はいったいどうやったのか、体育館もびっくりの巨大な地下室に代わっており、高さ4メートルはありそうな牛の頭が付いた巨人が透明の玉の中で体育座りで浮いていた。これがンジャボボスか。 「ここがなぜわかった! つけられたか!!」 「残念だったわね、機導衆はあたしたちだけじゃないのよ」 「草!」 百喰さんとその取り巻きはようやくあたしたちがここに来た理由を理解したようだった。 「君たちを許すわけにはいかない」 かっこよくラムネがババソーヤーを構えて決める。 「機導衆第8集団第6階位、佐伯羅夢音、推参」 「同じく三輪ここあ、推参!」 あたしもかっこよく決めたつもり。 「何アンタら、プ〇キュア気取り? 正義の味方ごっこなんてその歳で恥ずかしいわね」 「厨二病はあなたたちじゃないの、そんな恥ずかしいカッコして」 百喰さんの取り巻きに思いっきり笑われるあたしたち。たしかぴっちりな体のラインが出たボデースーツはいかにも破ってくれと言わんばかりだけどね。 「減らず口はそこまでさ。抵抗するなら」 そう言うとラムネはぽいッと何かを投げ……、おい、それ光衝撃擲弾(スタングレネード)! びかぁ! 閃光と轟音。たじろぐ百喰さんたち。敵は百喰さん含め四人! 「行くよ、ここあ!」 「もー! Om,kiri-kiri-basara,Um-hatta! このものを仏敵から守りたまえ!」 あたしは両手の指を三本立てて手首で重ね合わせ仏具『三鈷杵』に見立てた三鈷印を結び、軍荼利明王真言をとなえてラムネに軍荼利明王の加護を与える。いわゆるス〇ルトとかフバー〇とかそんな感じの呪文。 「吠えろババソーヤー! Om,marisyei-sovaka、孔雀明王よ、仏敵を倒したまえ!」 ババソーヤーのチェーンブレードが虹色の光をまき散らしながら回転し、取り巻きの一人を袈裟懸けに一刀両断する。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」 切り裂かれた取り巻きはそのまま光の粒になり、やがて切り裂かれた紙になった。え? てことは……。 「あんたの取り巻きって式神? ホントにぼっちなのね、あんた」 「うっさい、いけぇ!」 あたしの言葉に頭に血が上った百喰さんは取り巻き二人にあたしを襲わせるけど。 「ほい、一人は受け持つぞえ」 ばあちゃんが一人を受け持ってくれた。あたしはもう一人を相手にする。 「あんたなんかこれで上等よ、Nohmak、sammammda.Vasara-tann.Kahn!」 あたしは不動明王真言を唱えビー玉水晶を投げつける。もちろん爆発して取り巻きは吹っ飛んで紙になった。ばあちゃんは、とみるとばあちゃんは三鈷杵を手に取り巻きの三鈷杵とたたき合いをしていた。 「何してんのばあちゃん!」 「こいつ、手ごわい!」 ばあちゃんはもちろん人間ではなく式神だ。付与された魔力が尽きるまで動き続ける。 「だったら! 文殊菩薩よ、真実を照らしたまえ。Om,Araha-syanoh!」 あたしは呪文とともにプリンターから吐き出された呪符をかざすと、呪符から発された光が取り巻きにあたった。取り巻きは光の中に消え、取り巻きだった紙だけがひらひらと舞った。 「よ、よくも友達を!」 「式神が友達か。さみしい子だな」 ラムネがババソーヤーを下げ、百喰さんに近づく。 「そっ、そこまで!」 「きゃー!!」 「「へ?」」 一体どこにいたのか、香風さんが百喰さんに首を羽交い絞めにされていた。反対の手には短刀。それで香風さんに今にも刺そうとしていた 「こ、こいつの命が惜しければ、武器を置け!」 「……ふーん、君の勝ちだ」 そう言うとラムネはババソーヤーをそっと地面に置いた。 「み、三輪ここあ。おまえもだ!」 「はいはい、わかったわよ」 あたしも左腕のウエアラブルコンピュータを外して地面にそっと置く。 「そ、そして……、服を脱げ。副そのものが術具だってわかってるんだからぁ!」 「……解除(パージ)」 あたしは萌葱に解除命令を下し、一糸まとわぬ姿になる。ラムネもだ。 「と、友達の仇、討たせてもらうんだからぁ!」 一歩。一歩。百喰さんが香風さんを羽交い絞めにしたまま近づく。 「た、ただでは殺さない」 血走った目の百喰さんがラムネに迫る。 「か、皮、一枚一枚剝いでやる」 百喰さんはそう言ってラムネの頬に短刀の刃を当てる。少し血がにじむラムネの頬。 「香風さんの命が惜しければ」 「……残念ながら惜しくないんだな」 「「な?!」」 そう言うとラムネは一気に後ろに飛んだ。そして。 「装着(ウェアリング)!」 ラムネの萌葱は本来の用途を思い出したようにラムネの体を覆う。そしてご丁寧にババソーヤーも服が変形してアメーバーの触手のように伸びて掴み、ラムネの手に渡す。そして。 「死ねぇ!」 「きゃああああああ!」 ラムネのババソーヤーは香風さんを切り付けようとして振り上げるが、なんと香風さんは百喰さんと体を入れ替え、百喰さんを盾にしてしまった! 当然百喰さんの体が真っ二つになり……、彼女も呪符になってしまった。 「ええっ!」 あたしもさすがに予想外の展開に驚きを隠せなかった。 「……こわかったぁ~」 そう言ってペタンと地べたに女の子座りする香風さん。 「さて。お芝居はここまでにしようか、葬科学会踊音高校担当、香風詩織君」 「……ちっ」 香風さんは舌打ちすると立ち上がる。 「いつから気が付いてたの?」 「一昨日だね」 ラムネが種明かしする。 「中二病の話をしたとき、覚えてるかな」 「ああ、あの変な日本語。あれ、お仲間にあたしを調べるよう指示してたんだ」 「『止めない』と言っただけであの発想の飛躍はまずかったね。あの時、君は僕たちにどこまで調べを付けているか聞きたくて、あんなことを言ったんだろう?」 「……いない藪つついて蛇出しちゃったか」 「そういうこと」 情けないねと言いたげなラムネと悔しそうな香風さんが対照的だった。 「あたしの負けね」 両手でやれやれのポースをとる香風さん。 「だけど、ただで負けてやらない。ンジャボボス、起きなさい!」 「「なにッ!!」」 ぱぁん、とガラス製らしい球が破裂。どさっとンジャボボスが地面に液体をまき散らしながら地面に落ち、そしてゆっくりと立ち上がる。 「もう少し育ってから解き放ちたかったけどね、せめてあなたたちの命だけはもらう!」 立ち上がるンジャボボスに駆け寄ったかと思うと、その牛の頭によじ登り。 「Pay、rudah. Ohmn!」 指で印を組むと下半身が牛の頭と一体化してしまった。牛の頭のさらに上に香風さんの上半身が出てるという姿で、ンジャボボスは『顕現』した。 「さあ、神罰を食らえい!」 ぶぅん! 身長4メートルの自称神様が拳をふるう。が、大ぶりの一撃をあたしたちは軽くかわす。 「あったんないよーん、Kahn!」 あたしはビー玉指弾をンジャボボスに叩き込む。それは爆発しないでンジャボボスの肉体にめり込んだ。 「片腹痛し。Rocketto,Pan-chyi!」 ンジャボボス、なんと手を切り離しあたしに飛ばしてきた。 「きゃああああ!」 「何やってんだい、Om,Araha-syanoh!」 ばあちゃんが拳とあたしの間に割り込み、文殊菩薩真言を唱えると三鈷杵を拳にぶっ刺す。たまらないとばかりに元の手首に戻るンジャボボスの右手。 「やるねぇ! Ai-am,katta!」 香風さんが呪文を唱えると、今度は金属でできた斧が突然現れ、ンジャボボスの右手に握られる。 「サヨナラ!」 「冗談じゃない!」 ンジャボボスは今度は横薙ぎにラムネに斧で切りかかるが、それをラムネはババソーヤーで受け止める。火花を散らすババソーヤーのチェーンブレード。 「Om,kiri-kiri-basara,Um-hatta! 軍荼利明王、我を守りたまえぇ!」 吠えるババソーヤー。そのチェーンブレードは、なんと斧迄切り裂いた! うっそーん。 「なんだとぉ!」 「もういっちょぉ!」 びしっ。斧を破壊されてたじろいでいるンジャボボスへ、あたしは再びビー玉指弾をたたき込む。 「だから効かんと言ってるでしょうがぁ!」 びしっ。びしっ。びしっ。あたしは立て続けに指弾を当て、ンジャボボスにめり込ませる。 「爆発しない指弾。もう法力、尽きたんじゃなぁい?」 爆発せずに体にめり込むだけのビー玉をせせら笑う香風さん。見ると、手にした斧も復活を始めていた。 「んなわけあるかい。Om,Araha-syanoh,sovaka!」 「な?!」 あたしの真言に反応し、ンジャボボスの体にめり込んだ指弾が光りだす。 「こ、この形は!」 「五芒星」 ンジャボボスの腹に、頂点が五つの星型、いわゆる五芒星が光って描かれる。あたしは指弾を五芒星が描けるようにあててやったのだ。あたしは言ってやる。 「五芒星というのはね、陰陽道の技が有名だけど、あたしの守護仏、文殊菩薩様の聖なる数字でもあるのよ」 中国の奥地には五台山という文殊菩薩様の聖地がある。五つの山の山頂を線で結んだら五芒星が描けるという摩訶不思議な地形があって、そこに何十ものお寺があるんだって。 「う、動けん!」 「文殊菩薩の導きに寄りて、下れ帝釈天、仏罰の轟雷を降らせ賜え! Om,imdraya,sovaka!」 どごぉぉぉぉん!ンジャボボスの腹に描かれた五芒星が大爆発を起こした。 「……まだだ、まだ死なんよぉ!」 ンジャボボス、腹に大穴空けてまだ生きてやがる。根性あるな。けど。 「おしまいだよ、香風さん。Om,mariciey-sovaka!」 ぐしゃぁ! ぐしゃぁ! 孔雀明王の加護を受けたババソーヤがンジャボボスを切り刻み、消滅させていく。 「く、くそう……」 頭だけが残った香風さんが、上半身だけで這いずりながら外に出ようとしている。なんか飛行能力を失ったVRバル・バス・バ〇みたいだ。 「逃がさない。Om,mariciey-sovaka」 あたしは呪符を印刷し、香風さんに投げつける。孔雀明王の護符は孔雀そのものになり、荷風さんに体当たりした。そして、彼女も光になって消えていった。 ********** 「とまぁ、そんな顛末になったのさ」 相変わらずかっこつけて机に座りラムネが自慢話している。百喰さんや荷風さんと戦った一週間後、ようやく休校も終わりあたしたちは学校に出てきた。その放課後である。 「結局、百喰さんは式神だったんですか?」 「自身の魂を式神に憑依させてた存在だったらしいわ。病院の入院記録に百喰さんの名前があった。ご本人は2年程前、突然元気になって退院したことになってる。あまりにその時の治療記録が異常なんで式神憑きが疑われていた案件だったんだ」 百喰さんのご両親はそれなりに能力がある拝み屋さんだったけど、百喰さんが不治の病にかかってしまい葬科学会の協力を得て娘を式神にしてしまったのだという。式神を使った転生はゾンビ作成と同じ扱いになって呪術取締法違反だ。警察にはカルテから不審な点を洗い出し調査を依頼する部署があり、この子も警察の網にかかりずっと影高野やうちが追い続けていた案件だった。 「しっかし、怖いですわ、ラムネ様。この学校に三人ものそうかがっかい? の人がいたなんて」 「『そう・かがくかい』だね。そう呼んじゃだめだよ」 ラムネが思いっきり苦笑いしている。 「だけど怖いですね。毎日おしゃべりしている人が実は式神、作られた存在だったとしたら」 「実はラムネ様も式神とか……」 「えいっ」 あたしは懐にもってた独鈷杵をラムネにぶすっとさすと、ラムネが服だけを残して消えてしまい、あとには大きめの呪符がひらひらと舞い……。 「「「「「きゃー!!!!!」」」」」 大騒ぎになる取り巻きズ。くくくっ。 「はーいみなさーん。上を見ろ!」 あたしの声に、恐る恐るみんなが見上げると、浅葱を着たラムネが天井に張り付いていた。 「あはははは! 種明かし早いよ、ここあ」 「あんたが笑えない冗談でみんなをびっくりさせるからでしょう」 あたしは呆れながら答えた。 「あー、よかったー」 「あははははは!!!」 笑うみんなを眺めながら、もう今回みたいな学校の仲間と殺しあうのはごめんだな、と思った。多分また起きるんだろうけど、ね。 |
桝多部とある 2022年12月25日 20時03分09秒 公開 ■この作品の著作権は 桝多部とある さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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