少年兵 |
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警告:本作には人権を無視した発言や行動、人肉屍食が行われる状況が描かれています。 かつて、この地には巨大な都市が存在していた。斬新なデザインの超高層ビルが無数に立ち並び、多様な人々がそこに居住していた。その後に起きた人口爆発によって、ビルとビルの間にも足場が組まれ、巨大都市は一つの建造物へと変貌していった。やがて破局がおとずれた。巨大都市は機能を失って廃都となった。かつての超高層ビルの屋上には密林が形成された。陽光の射さないビルの底部にはキノコなどの菌糸類からなる特異な生態系が形成された。生活の基盤を根底から失った人々は、わずかな食料と生活物資をもとめて、いくつもの集団に分かれて激しく争うようになった。 子供たちも例外ではなかった。 戦闘で親を失った子供達の大多数は生き延びることができなかった。かろうじて生存する手段と機会を得た子供たちは、小グループを形成して生存競争に加わった。子供たちは、ときには大人たちに使い捨てられる傭兵として、ときには独自に、生存をかけた戦いに身を投じた。 廃墟となった超高層ビルの上層階に、屋上部分が大きく崩れ落ちたために広場となっている所があった。その中央あたりに、オレたち三人はようやくたどりついていた。 リーダーのマットがオレに声をかける。 「ジィー(G)、お前がやってやれよ」 オレは、床に横たわったチビスケを見つめた。 下半身から血便を絶え間なく垂れ流し、口からも血がしたたっている。ナメクジが肌の裏側を群れをなして這っているのが見える。 都市の下層に降りたとき、チビスケは空腹に耐えかねてナメクジを食ったのだった。 「よく噛み潰したよ」 そうチビスケは言ったが、ナメクジは体内で生き延びていた。あるいは、孕んでいた卵が孵ったのかもしれない。 チビスケの腹は激しく痛むようになり、やがてナメクジだらけの血便を垂れ流すようになった。たびたび血を吐くようになって、リーダーのマットはチビスケを葬ると決めた。 陽光の届く場所で、オレたちはチビスケの葬儀を始める。サバイバルナイフを手に持ち、チビスケに声をかける。 「いま楽にしてやる」 とうに意識を無くしているはずのチビスケの唇が「ありがとう」と言うように動いた気がした。 オレはチビスケの首を真横に切り裂いた。コンクリートの床に広がってゆく真っ赤な血の中にも、小さなナメクジが蠢いていた。 リーダーのマットが送る言葉を述べる。 「ここなら太陽の光に照らされて過ごすことができる。鳥に運ばれて別の場所に行けるかもしれない。つぎは、もっと良い所に生まれてこいよ」 そのあと、オレたちはチビスケの持ち物をあさった。チビスケの頭にコンクリートの破片をマクラがわりにあてがってから、広場を後にした。 多いときには七名いた仲間が、いまは二人だけになってしまった。リーダーのマットには、それがひどく辛いようだった。フラフラとした足取りで影の中へと進んでゆく。周囲への注意がおろそかになっている。 あとを追いかけようとして、かすかな殺気を背後に感じた。かすかだが、鋭い。 オレはその場で歩みを止めた。振り向いたら命がない。そう感じ取れた。 しばらく立ったままでいると、声を掛けられた。まだ声変わりしていない高い声だった。 「あなたとバディを組みたい」 思いもかけない申し出だった。 「……バディと言うと、オレは君に命をあずけ、君はオレに命をあずける……ということで、間違いないか?」 「ええ、そのとおりよ」 「……うしろを向いてもいいか?」 「ええ、構わないわよ」 闇の中に小柄な人影が立っていた。 「ただし、質問に答えていただくわ」 「分かった」 人影は、一呼吸おいて言葉を発した。 「あなたは、人生を楽しみたいの? それとも、ただ生き延びたいだけなの?」 「生き延びたい!」 考えるより早く、言葉が口をついて出た。 人影は、武器を降ろした。それまでは、武器を構えているように見えてはいなかった。たぶん、いや、間違いなく、オレよりも戦闘に慣れているだろう。 「それじゃあ、バディは成立ね。私の通り名はティカ。真の名は、ルナ」 ルナ・ティカか。 「オレの通り名は、ジィー。アルファベットのGだ。真の名はクレイ」 「クレイ・Gね。胸に刻んでおくわ」 そう言って少女はやわらかく微笑んだ。オレが周囲に向けていた注意をすべて引きつけてしまうような、ひどく危険な笑みだった。 その時、遠くで銃声が聞こえた。ビルの壁に反射して、嘆き悲しむような木霊があちらこちらから響いてくる。 リーダーのマットが撃たれたと直感した。歩く速さと過ぎた時間から、銃声がしたのはマットがたどり着いた場所で間違いなさそうだった。 ほどなくして周囲から人の気配が近づいてきた。忍び寄る様子が少しもない。やがて、オレたちを取り囲むようにコンクリートの壁のかげから四人の少年が姿を現わした。 年齢は十二歳から十四歳くらい。オレたちよりも少し年上に見えた。全員がライフルと拳銃で武装している。 「お前がジィーか」 少年の一人が声をかけてきた。声変わりしはじめた、少しかすれた声だ。疑問ではなく、断定だった。 「そうだ」 「マットに頼まれた。お前は今日から俺たちの仲間だ」 そう言って、いちばん年上の少年がオレの小銃に使える弾丸を二十発ほど手渡してくれた。 ここでは、破格の歓迎だった。しかし、まわりでそれを見守る少年たちは、ひどく嫌な笑顔を浮かべていた。 その日の夕暮前に戦闘があった。オレたちのグループは、定住している大人の居住区を襲撃した。全員を殺害して、食料や装備を手に入れた。 十三歳ほどの少年が、死体のころがる広場で、食事をむさぼり酒を飲みながら、オレたちにべらべらと話しかけてくる。 「兵士として訓練しても、実戦になると、敵兵相手に銃を撃てるのは四割くらいのものだそうだ。残りの六割は自分が殺されても人間を殺すことをためらうものだ。社会常識というヤツが戦うことを邪魔するわけさ」 オレたちに構わずしゃべり続ける。 「ところが、アメリカ軍は訓練によって兵士の九割に銃を撃たせることに成功した。だから、アメリカ軍は世界最強になれた。半数の兵士で、四割しか銃を撃てない倍の軍隊を打ち破ることができるからな!」 そうなのか? 「そうなのだ! だが、世界最強のアメリカ兵を上回る兵士が存在する」 少年は得意そうにオレたちを見わたして言った。 「それが俺たち少年兵だ。お互いが同時に銃を向けても、大人は相手が子供だと知ると、一瞬ためらう。しかし、少年兵はためらわずに銃を撃つからな」 なるほど。 「今日の集落も、こちらは五人で十七人の大人どもをぶち殺したぜ。ハッハッハァー」 遠くで十四歳ほどの少年が叫んだ。 「獲物だ。狩るぞ!」 少年たちは色めきたった。軽装に着替えると、次々に走り去ってゆく。 ティカがオレにささやいた。 「私たちは、離れた所で休みましょう」 ひどく浮かない表情をしている。 その夜の居住区は、ひどくうるさかった。 遠く離れたオレたちのねぐらにまで、声が響いてきていた。 「やめなさい! こんなことが許されると思っているの?」 大人の声だった。 少年たちが一斉に笑う。 声はやがて哀願に変わっていった。 「やめて、やめて、お願い。止めてください! お願い、やめて~!」 それに応えるのは少年たちの嘲笑だった。 ティカがオレにささやいた。 「以前、リーダーが言ってた。チンポに毛が生えてマスターベーションを覚えたばかりのガキが、銃でおどせば民間人の女をいくらでも姦れる。それに気づかれたら、もう誰にも止められない、って」 ティカは、しばらくオレを見つめて言った。 「私には何のことか、さっぱり分からないけどね」 遠くから聞こえる声は、泣き声と悲鳴にかわっていた。ときおり、少年たちの歓声が響く。夜明け近くになっても、か細い悲鳴は続いていた。 ティカが寝返りをうった。すり寄ってくる。オレの胸の上に肘をつき、顔をのぞきこんできた。 「クレイ、あなたはまだ生き延びたいだけなの? 人生を楽しみたいとは思わない?」 いたずらっぽい口調だったが、どこか不安そうに感じられた。 「生き延びたい! わるいがあまりそばに来ないでくれ。まわりの気配がつかめなくなるから」 ティカは、オレの顔をつつみこむように両手をそえた。それから、なごり惜しそうにオレから離れていった。 遠くから、悲鳴のような泣き声が聞こえる。 「殺して、殺して、いっそ殺して!」 唐突に声はとぎれた。 夜が明けてゆく。 居住地の方から盛大に肉を焼く臭いがただよってくる。 ティカがつぶやく。 「あの女の人ね。あいつらは人喰いだから。たぶん、私たちは非常食よ」 なんとなく分かってはいたが、あらためて言われると辛いな。 午前中は、居留地の中をさがして装備を整えた。小銃の手入れをしていると、だれかの叫び声が聞こえた。 「とびっきりの獲物だ! 今日はついてるぞ」 皆は一斉に声のした方向に走りさった。 ティカが口をひらいた。 「私たちは、どうする?」 「このままここにいよう」 「なぜ?」 「いやだから。なんとなく、だけど」 獲物を追う少年たちの足音が突然に聞こえなくなった。 どうしたのだろう? 立ち上がったオレの右腕に衝撃があった。 麻酔弾が突き刺さっている。 油断なく周囲に気を配っていたのに、近づく気配をまったく感じなかった。とんでもなく腕の立つ相手にちがいない。 ティカが叫ぶ。 「ジィー!」 オレは、走り寄ってくるティカに向かってどなった。 「隠れろ! 来るな!」 ティカの左腕に麻酔弾が突き刺さるのが見えた。それを最後に、オレの意識は闇につつまれた。 目覚めたのは天井も壁も真っ白な部屋の中だった。割れ目のないカバーにおおわれて白っぽい明かりが部屋の中を照らしている。小さな窓が壁の高いところに一つだけあった。外は見えない。 ドアのある方向に、大人がいる気配があった。ここにいるぞと、オレに知らせているような感じだった。 「ここは、どこですか?」 おだやかな大人の声が応えた。 「その前に、どこか痛むところや具合の悪い所は無いかい?」 「少し頭が痛いです。なんだかぼんやりしてます」 「すまないね、麻酔弾の副作用だと思う。すぐに消えるはずだよ」 「ここは、どこですか?」 「ああ、そうだったね。君たちがいた所からずっと離れた場所だ。別の大陸だよ」 ドアをノックする音がした。 「なんだね?」 きしむ音をまったくたてずに、ドアが開いた。 車イスに乗ったティカがいた。ガウンに似た白い服を着ている。心臓を握りしめられるような衝撃があった。身なりを整えたティカは、とてつもなく凄い美少女だった。 車イスをおす大柄な女の人が言った。 「ジィーに会わせろといって聞かないのですよ」 「……まあ、いいだろう。ここにいなさい。説明の手間が半分ですむ。さてと、……」 男の人はしゃべり始めた。 「まず、自己紹介が必要だな。私の名はジェイムス。退役軍人だ。国連の少年兵更生企画に参加している」 オレは勝手にジェイムスを大佐だと決めた。ジェイムス大佐は、ふくよかな女の人を紹介してくれた。 「彼女は、保健室担当のキャサリン先生だ。ケガをしたり、体調が悪かったりしたら、世話になるといい」 オレたちは、それぞれジィー、ティカと名乗った。 「これから君たちは、滅亡した国から来た避難民としてあつかわれる。我が国の国民となるための訓練を受けることになる」 一息いれて、交互にオレたちを見る。 「君たちは、六歳から十五歳の子供が通う学園に入学してもらう。君たちには、まだ引き取り手がいないから、寮に入ってもらうことになるだろう」 ティカが口をはさんだ。 「ジィーと同じ部屋に入れるのだろうな」 キャサリン先生が困ったように言った。 「それは、ちょっと……。男と女が同室なのは……」 「オレたちは、バディだ。夜はどちらかが起きていて見張りをする必要がある」 キャサリン先生は、息をのんだ。 ジェイムス大佐が言った。 「二人一緒でなければ、どちらも怖くて眠れない。だから特例として認めて欲しい、と申告すれば、たぶん認められるだろうな」 ひどく子ども扱いされてるような気がしたが、ここは妥協することにした。 最後に、オレは質問した。 「オレたちを捕獲したのは、ジェイムス大佐の率いる部隊ですね」 大佐は笑って答えなかった。 こうして、オレたちの学園生活が始まった。 休み時間になるたびに、同級生たちはこの国の言葉を教えてくれた。同時に、同級生たちは、オレたちの言葉を覚えようと努力してくれた。 なぜか、オレは下級生の女の子たちにしたわれた。学園内を歩くと、小さな女の子たちが群れを成してオレのあとをついてくる。 なぜだ。オレは珍獣ではないぞ。 ティカは、上級生に人気があるようだった。休み時間になると、上級生が何人も何人も、オレたちの教室に入ってくる。学園高等部からもやってくる。オレの机の上にでかいケツをのせて、隣のティカに話しかける。 ひどく迷惑だった。 すぐに、上級生が教室内に入ることは禁止された。それでも上級生たちは、教室の入り口に集まって、教室の中をのぞき込もうとした。 三週間ほどがたち、オレたちは学園に慣れてきた。 放課後になってティカとオレが校舎から出ると、高等部の上級生が広場で待っていた。五人いた。ブタのように太った上級生がポケットからナイフを取り出してオレに突きつけてきた。 「お前には用がない。消えな」 「バディ? (手伝うか)」 ティカは即答した。 「ディスミスト(必要ない)」 オレは黙ってその場を離れた。携帯用の通信機を起動させ、録画モードを選ぶ。集音の感度をあげる。それから録画に適した場所に移動したが、上級生はだれもそれに気付いていないようだった。 あいつらは、戦闘訓練をまったく受けていない民間人だ。これならティカに任せておいて大丈夫だろう。 太った上級生が、ナイフをちらつかせながら言った。 「おまえの相棒は逃げちまったようだな。学園の中は物騒だ。俺の女になるなら守ってやるぜ」 ティカは、身動きもしないでいる。 「まずは、そのブラウスの前をあけて見せろ。どんな体をしてるか、確かめてやる」 いやらしい笑いを浮かべて、ナイフを突きつけ、服を引き裂こうとする。 ティカの体が、一瞬ブレた。 キンタマにつま先蹴りをぶち込み、アゴに下から頭突きをかまして、胃袋に強烈なひじ打ちを叩きこむ。 上級生は、地面に倒れ込んで悶絶した。 「この野郎!」 四方から残る四人の上級生が襲い掛かる。 ティカは、つむじ風のように回転した。 上級生たちが弾き飛ばされる。 二人は完全に失神している。一人は股間を押さえてうめき声をあげ、もう一人は真っ青な顔をして腹を押さえている。 全員が完全に戦意を喪失していた。 キャサリン先生が駆けよってきた。 「あなたたち、大丈夫? ……みたいね」 紺色のワンピースを着た同級生の女の子が、心配そうに物陰からこちらを見ている。これまでもティカの世話をいろいろやいてくれた、たしかナタリーという名前の女の子だった。 キャサリン先生に知らせてくれたのだろう。 「ありがとう!」 オレは笑顔で手を振った。 オレが撮った記録によって、学園側はティカの行動を正当防衛であると認めた。 オレたちに、おとがめは無かった。 だが、これは事件のきっかけにすぎなかった。 ここからは、あとでジェイムス大佐に聞いた話だ。 太った上級生の父親は、市会議員だった。 父親は、息子が自分の体重の半分もない少年兵に叩きのめされたと知って激怒した。 少年兵には、少年兵を! この町はかなり大きかったから、市会議員でもかなりの権力を振るうことができた。 父親は、市会議員の権力を使って、収監されている七人の少年兵と面会した。 「お前たちを傭兵として雇ってやる。息子の命令を聞いて、生意気なガキに秩序というものを思い知らせてやれ!」 少年兵のリーダーは、凄みのある笑みを浮かべて言った。 「傭兵には、雇われ先と報酬を選ぶ権利があるはずだったよな」 七人の少年兵は、市会議員とその息子を人質にとり、警備員を殺害して武器を手に入れ、学園に向かった。人質としての価値をなくした時点で、市会議員もその息子も殺された。 「腐敗した権力も、結局は社会常識のうえに存在しているということだな」 ジェイムス大佐は、両手の指をからめながら、そう締めくくった。 数日後、オレはジェイムス大佐が報告を受けている現場に居合わせた。 「七人の少年兵が収監所から脱走しました。警備員を殺害して武装している模様です。学園に潜入する可能性があるので、充分に警戒してください」 それが事件の始まりを告げた。 学園なら、少年たちが紛れ込むのに最適だ。 しかもまわりには、いくらでもエサがいる。 とくに、すこしぽっちゃりしたキャサリン先生は、あいつらの好みだろう。 オレは、あの人喰いたちが学園を目指すと確信していた。 ティカと武器を探した。 職員室の壁に、『緊急の場合』と書かれた箱があった。中には、防弾ベストが五組、ライフルと実弾が五発、拳銃と実弾が七発、それに手斧が入っていた。 オレがライフルを持ち、ティカが拳銃を持った。二人で防弾ベストを着こんだ。大きすぎて、動きにくかった。 「やつらが侵入するなら、最初は入り口に近い初等部だろう。オレは屋上から見張る」 「私は建物の中にいるわね」 オレとティカは、二手に別れて初等部の防衛に入った。 屋上の陽射しは強かった。オレは防弾ベストを脱いで、その上に横たわって警戒を続けた。 ヤツラは、警備員の制服を着て小銃を肩に掛け、隊列を組んで入り口から入ってきた。防弾ジャケットとヘルメットで防備を固めている。警備を強化するため、とでも言ったのだろう。 だが、こちらはヤツラの顔を知っている。オレはヤツラが射程距離に充分に入るのをまってから、狙撃を始めた。 ライフルは、とんでもなく高性能だった。弾丸は、スコープの交点の真ん中に命中した。頭の横に小さな穴があき、反対側から血が飛び散った。すぐに薬莢を捨てて、次の弾を装填する。 ヤツラは建物に向かって走り出していた。 上からでは狙える急所がない。少し迷ったが、ヘルメットの真ん中を狙った。撃ち下ろしのライフル弾は、ヘルメットを撃ち抜いた。 急いで弾丸を詰め直して、もう一人を倒した。 四人が建物に侵入した。屋上から狙撃されたことは気づかれているから、ヤツラはここを目指すだろう。 出入り口からくるか、四方向から同時に屋上へとよじ登ってくるか。 弾は五発しかなかった。残りは二発。あと一人を倒すのが限界だろう。でも、あいつらを一人でも残せば、学園にいる先生や生徒の全てが殺されかねない。 オレは自分に言い聞かせた。 集中しろ! いまは目の前にいる一人を倒すことに集中するときだ。 屋上入口の鉄扉が開かれた。なだれこんできたのは、低学年の女の子たちだった。つづいて、紺色のワンピースを着て、おどおどとした足取りで屋上に入ってきたのは、ナタリー、だよな? 女の子たちを盾にして、ヤツラの一人が屋上に転がり込んできた。ライフルは正確にヤツの頭を撃ち抜いた。急いで次の弾丸を装填しようとする。 ライフルのカバーを引きあける。 薬莢を排出する。 ヤツラは、三人が一度に屋上に入ってきた。 オレが次の弾丸を込めようとしているのを見てニヤリと嗤った。銃を構えたまま近づいてくる。オレが弾丸を込めた瞬間に撃つ気だ。 せめて、もう一人倒せないのか。 パン! と乾いた音がした。 リーダーが崩れ落ちるように倒れる。 パン! もう一人は、横を向きかけたところで、ビクリとケイレンした。頭を撃たれたようだった。 残りの一人は、振り向いてから一瞬ためらった。そこにいるのは、わけも分からずに立ちすくんでいる女の子だけだったからだ。 パン! 女の子の持っているポシェットが光った。 最後の一人も、床に膝をつき、前かがみに倒れた。 あれは、ナタリーじゃないのか? ナタリーだった女の子の顔が劇的に変化した。いたずらっぽい笑みを浮かべているのは、間違いなくティカだった。 「ナタリーに服を交換してもらったの。硝煙の臭いがすごく服に移ってしまったし、銃を撃てるようにポシェットも壊してしまって本当に申し訳なかったわ。しっかり謝らなくちゃね」 事件が終わったあとで、何が起きたのかをジェイムス大佐に報告することになった。 「大人が対処していたら、もっと犠牲者が増えていただろうな。少年兵には、少年兵を、か」 つぶやくように、ジェイムス大佐は言った。 「おかげで助かったよ。お礼はどうすればいいだろう?」 「今回の事件は、専属の特殊部隊が解決したことにしてください」 ジェイムス大佐は、意外そうな表情を見せた。 「ほほう。理由を聞いてもいいかね?」 「確実に生き延びれると分かったら、少しは人生を楽しみたくなりました。できたらティカと一緒に、この学園で」 「ええ、そうしましょう、バディ!」 ティカは、情熱的にオレに抱きついてきた。 これまでずっと封じ込めてきた感情が湧き上がってくる。もう押し殺さなくてもいいのだよな。 全身に満ちあふれるこの感情が、たぶん『うれしい!』なのだろう。 |
朱鷺(とき) 2022年08月14日 19時26分26秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2022年09月12日 19時12分24秒 | |||
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Re: | 2022年09月12日 19時11分54秒 | |||
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Re: | 2022年09月12日 19時11分23秒 | |||
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Re: | 2022年09月12日 19時10分54秒 | |||
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