ぼくらのスイッチ

Rev.01 枚数: 94 枚( 37,561 文字)

<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
 プロローグ  僕の終わり



 ――ああ、終わったな僕の人生――

 全ての状況を理解した結果、僕はそう思い至った。
「た、たかし? お、おおお落ち着こうな? 落ち着いて、父さんの言う事を少しだけ聞こうな?」
「そうよ、たかし。大丈夫、思春期の男の子がこういう事するの、お母さんもちゃんと知ってるから」
「お、お兄ちゃん……私、ぜ~んぜん気にしてないからね? あ、なんならそのニーソ、お兄ちゃんにあげるから、うん、す、好きに使って良いよ? だから、ね?」
 僕に掛けられる家族からの優しく暖かい言葉。しかし、それが優しければ優しい程。暖かければ暖かい程。それは鋭利な刃物となって僕の心を切り刻む。いっそ罵倒してくれた方がまだいくらかマシだったかも知れない。
 ああそうさ、僕にはこんな嬲り殺しみたいな優しさ、耐える事などできないんだ。
 だから。

「もう、いいんだ……父さん、母さん、亜美……みんな……ごめん……さようなら」

 全てを受け入れた瞬間。全身の穴という穴から光が溢れ、僕の身体が眩く輝いて――

 僕の額のスイッチが『自爆』に変わった。



 1 あなたにはどんなスイッチが付いている?



 僕達人類の額に生まれつきスイッチが付いている事は、今さら説明するまでも無いだろう。
 神の恩寵とも悪魔からのギフトとも言われているこのスイッチを、あなたは押した事があるだろうか?
 まあ、きっと人類の大半は怖くて押せないだろう事は僕も知っている。何せこのスイッチは、とんでもなく質の悪いものだから。
 一応、スイッチの上には名称が現れる。今の僕に付いている『自爆』みたいに。でも、殆どのスイッチはそれがどんな結果を招くか判らない。だからみんな怖くて押せないんだ。
 例えば『空を飛ぶ』スイッチを持っている人。もしかしたら普通に特撮ヒーローみたいな感じで飛べるのかも知れないし、押した瞬間大気圏外まで飛び上がってしまうかも知れない。実際『ロケットパンチ』のスイッチを持っていた友達が、子供の頃ケンカでそれを使ったら腕がぶちって千切れて鮮血を撒き散らしながら飛んで行ったのを見た事がある。それくらいこのスイッチは効果がアバウトで意味が判らない。悪魔のギフトといわれるのも、仕方の無い事だろう。
 でも、僕はこれまで自分のスイッチを使い続けてきた。そりゃもう使いまくった。今までの僕が在ったのは、このスイッチのお陰だったと言っても決して過言では無い。
 僕がさっきまで持っていたのは、『やる気』スイッチ。僕にとってはまさに神の加護だった。
 これを使うと勉強でも運動でも何でもやる気に満ち溢れ、僕は常に実力以上の力を発揮する事ができていたんだ。だからテストでは常に学年トップだったし中学までやっていた野球ではずっとエースで四番、囲碁も将棋も有段だしフリースタイルのラップバトルで負けた事も無い。この『やる気』スイッチは僕を完璧超人にしてくれていたんだ。
 ……なので、僕はいつしか何事にもスイッチに頼るようになり、日常生活のあらゆる場面においてスイッチを押すようになってしまっていた。
 今日この日、家族が出かけた日曜日の昼下がりにも。
 当初家族全員で出かけようと僕も誘われていたのだけれど、でも「勉強したいから」と僕は断った。模試で全国一位を取りたいからと言ったらみんな納得してくれて父さんは「頑張れよ、でも無理はするなよ」って言ってくれたし、妹の亜美も「お兄ちゃんすごい」って言ってくれたので僕はとても誇らしい気持ちになった。
 なのでついさっきまで『やる気』スイッチを押して勉強に励んでいたのだけれど、しかし僕も健全な男子高校生。発作の如く突然湧き上がるリビドーには当然抗う事などできる筈も無い。
 うん、家族も居ない事だし……
「よし、今の内にしちゃおうか」
 目的の為に、再びスイッチを押すと瞬時に着ている服が全てパージされ、僕は産まれたままの姿になった。
 そのまま部屋を出て、家の中を歩き回る。
 玄関。リビング。台所。風呂場。両親の寝室。妹の部屋。普段だったら絶対にやってはいけない事を行う程に、僕はとてつもない興奮と快楽に襲われる。当然股間の御立派様は大層御立派になられ、今や痛みすら感じる程に御立派だ。
 そう。僕はいわゆる『露出系』のセクシー画像が大好きなのだ。
 でもさすがに自分でそれを行う程本格的にはなれないので、こうやって誰も居ない時を狙って家の中で露出ごっこを愉しんでいる。普通だったらこんな事も絶対にできないけれど、『やる気』スイッチの力を借りる事により、こうやって全力で快楽を貪る事ができるのだ。
 更に――
 僕は妹の部屋に入り込むと、彼女のニーソックスを引っ張り出して身に着ける。さすがにちょっとキツいけれど、日々のフィットネスで鍛えている僕は体脂肪率も一桁なのでどうにか着用できる。本来男が履かないニーソックスを敢えて着用し、それ以外は丸見えというこの倒錯したスタイルこそが僕を極限まで興奮させる。そのまま僕は階段を降り、リビングの中央に置かれているテーブルの上によじ登り、ブリッジの恰好で御立派様を天高く屹立させて、

「見て! みんな見て! 僕の無様な恰好を! 見て!」

『やる気』スイッチを持ってしてもさすがに実行する事ができない最低な公開露出。そのロールプレイをするのが目下僕に取って最高の快楽を得られるセルフバーニングなのだ。
 想像の中の僕は、地下劇場の薄暗いステージの真ん中で痴態を晒している。そして居ない筈の観客達からの蔑む視線と嘲る声に更なる興奮を掻き立てられる。ああ、なんて変態なんだこの僕は。
 きっとこれは『やる気』スイッチの副作用と言えるだろう。
 自慢じゃ無いが、僕は普段完璧超人とまで言われている。そんな僕が無様な姿を衆目に晒す、そんな想像をする事に言い様の無い興奮を覚えてしまうのだ。
 御立派様はますます御立派になり、僕はそれを片手ブリッジでお慰めしながらまさにフィニッシュを迎えようとした、その時――

 逆さになった視線の先に、居ない筈の家族の姿。

「え……………………どうし……て……」

 そのまま力なくへたり込む。もちろん御立派様はお粗末さんになり下がり、先程までの覇気は微塵も感じる事はできなくなっていた。
「た、たかし? お、おおお落ち着こうな? 落ち着いて、父さんの言う事を少しだけ聞こうな?」
「そうよ、たかし。大丈夫、思春期の男の子がこういう事するの、お母さんもちゃんと知ってるから」
「お、お兄ちゃん……私、ぜ~んぜん気にしてないからね? あ、なんならそのニーソ、お兄ちゃんにあげるから、うん、す、好きに使って良いよ? だから、ね?」

 見れば、父さんの手には寿司の折詰め。きっと勉強を頑張っている僕の為にと買ってきてくれたんだろう。優しいな、父さん。
 でもそんな優しさが、今は辛い。
 どうにかその場を取り繕うとしている家族の、引きつった笑顔を見て僕は確信した。

 ――ああ、終わったな僕の人生――



 2 僕達は決して恥ずかしい存在じゃ無いって言うけれど



 あの後、家族に必死に取り押さえられた僕は国の隔離施設に送られた。
『自爆』スイッチを宿した者は、国に厳重に管理されるのだ。
 誰もが知っている通り、スイッチの効果は時々変わる事がある。詳しい事は未だ解明されていないけど、主に精神的な衝撃を受けた時なんかにスイッチは変わると言われている。しかし、この『自爆』スイッチの発生条件だけは解明されていた。
 人は、深い絶望を味わった時にスイッチを『自爆』に変えてしまうのだ。そして『自爆』になってしまうのは、その殆どが青少年。まだ心身の成長が未熟で精神的に不安定なこの年代が、一番『自爆』スイッチを宿してしまう。そして、その事こそが何よりも『自爆』スイッチが恐れられる理由なのだ。
 何故なら『自爆』スイッチの威力は使う者が深く絶望すればする程、また大勢で使えば使う程、大きくなるからだ。
 更に、まだ心の未成熟な青少年は些細な事で傷付き、簡単に絶望してしまう。そしてその絶望はともすれば歪んだ怒りや憎しみに変換され、テロリズムに至る事すら有る。
 あの有名な『トキオ壊滅事件』が、まさにそれだ。
 当時は、政府の行き過ぎた表現規制や何にでも噛みつく自称フェミニストやプロ市民のせいで、漫画やアニメ、ゲーム等の表現の自由が著しく制限されていた。
 それがどの様なものであったかというと、例えばアニメの主人公の女の子がちょっとした交通違反をして二人乗りをしたというだけでテレビのワイドショーが大々的に非難したり、献血のポスターに巨乳の女性キャラを使用しただけでフェミニスト団体が騒いでその結果献血者自体を減らしたりという酷いもの。これは今では中世の魔女狩りや近代の禁酒法と並ぶ、世紀の愚行だったと歴史の授業で教えられている。
 話を戻そう。
 そうした規制や非難によって大好きなゲームやアニメ等の表現の自由を殺され、絶望した若者達が当時の国会議事堂前に集まり、一斉に自爆したのだ。この時の破壊力はTNT爆薬に換算して実に29㌔t。核兵器並みの大爆発を引き起こし、当時の皇都だったトキオは壊滅した。
 こうしてあまりにも大きな犠牲を払った結果、この国はようやく表現の自由を手にしたが、しかし青少年が心に傷を負いやすい事に関しては何も解決していない。
 なので、次善の策として国は道徳や情操教育を徹底し、青少年の健全育成を重視する様になった。
 そして不幸にも『自爆』スイッチを保持してしまった者に関しては保護して徹底的にケアし、安易な自爆を行わない様にする為に『自爆スイッチ保持者保護法』を制定し、そして現在に至っている。
 僕が連れてこられたのは、その為に作られた施設だ。
 カントウ州の北部、ナス天領に作られたこの『希望院』というこの施設には、僕と同じ様になんらかの原因でスイッチを『自爆』にしてしまった者達が集められ、心のケアを受けている。

「たかし君、。君はその身に『自爆』スイッチを宿してしまったが、それは特別な事でも恥ずかしい事でもなんでもない事なんだ。君達の年代に起きやすい、不幸な事故にたまたま巻き込まれてしまっただけなんだよ」
 本業はお坊さんだと言う、老齢の院長さんはいかにも徳の高そうな優しい笑顔でそう言った。でも、その禿頭の額には『命の輝き』という胡散臭いスイッチが付いていて、良い人そうでありつつもどこか油断の出来ない爺さんだ。
 そして、あんな恥ずかしい真似をしてスイッチが『自爆』になった僕が、恥ずかしくない訳無いじゃんか。
「いいんです……僕の事は放っといてください。どこか迷惑にならない、広い所ですぐに自爆しますから」
 泣きながら答える僕に、しかし院長さんはきっぱりと言い放った。
「そうか。しかし、たかし君。君はまだ本気で死のうとは思っていないよね?」
「……は?」
 殺意すら籠めた視線で睨んだ僕の、額のスイッチに院長さんは指を突いて――
「ちょ!? ま…………て、あれ?」
「ほら、君の『自爆』スイッチにはまだロックが掛かっている。このスイッチはね、本当に自爆する覚悟がないと押せない。そういうスイッチなんだよ」
「そんな……僕には、自爆する覚悟が……無い?」
 両親はおろか、妹にまであんな恰好を見られた、僕が?
「そう。君は本当は自爆なんかしたいと思っていない。心の奥底では生きたいと願っているんだよ」
「なぜ……そんな事が言えるんです?」
 恨み言めいた僕の言葉に、しかし院長さんは穏やかな声で答える。
「それはね、何人も見てきたからだよ。『自爆』状態から立ち直った子も、本当に自爆してしまった子も」
「…………」
「とにかく、君はこの施設で当面ゆっくりと過ごして自分と向き合いなさい。困った事があったらいつでも相談に乗るからね」
 こうして僕の、更生施設での生活が始まった。
 
 広大な敷地の施設内に、一定の間を置いて立てられているコテージ。それが僕達隔離者の住まいだ。一人で住むには広すぎる位の大きさで、室内には各種家電はもちろん最新機種のゲームやパソコンも完備されていてもちろんWi-Fiも通っている。
 その快適なコテージで、しかし僕は何もする気にはなれず只一日中寝転がっていた。今まで僕を支えてくれていた『やる気』スイッチを失ってしまった反動なのか、何もやる気が起きない。食事を取る事すら億劫になってしまい、ここに来てから三日になるけどまだ何も食べていない。
 家族にあんな姿を見られ、『やる気』スイッチを失って何もできない。そんな僕に、生きる価値なんかあるのか? 無いだろう。なのに、僕は心の奥では生きたいと願っている?
「死にたいのに死ねないとか、地獄かよ」
 本当はちゃっちゃと自爆したいのに、スイッチはロックされたままで死ぬ事すらできない。そして死ねないという事は生きているという事であり、そうなると当然生き物として食と睡眠を欲する。つまりなにが言いたいかというと、さすがにお腹が空いて耐えられなくなってきた。
「仕方ない……行くか」
 重たい身体をどうにか起こし、僕はコテージを出て敷地の中央にある管理棟に向かった。
 ここには二十四時間いつでも食べる事のできる食堂があって、もちろん無料で利用する事ができる。空腹と面倒臭さに苛まれながら食堂のドアを開けると、中には4~5人の隔離者達が居て、皆一斉に僕を見た。
「…………どうも」
 ここで無視するのもなんだか感じが悪いので、最低限の挨拶だけをしてカウンターに向かう。ショッピングモールのフードコートみたいな食堂には色んなメニューが有り、取りあえず僕は素うどんを頼んでそれを受け取ると一番近い席に座って啜り始めた。
 ああ、なんだか味も感じないや……
 それでも身体の求めるままにうどんを流し込んでいた、その時。
「お……お手前は、一体どのような理由で『自爆』になってしまったのでござるか?」
 突然背後から声を掛けられた。
 振り返ってみると、そこに居たのはいかにもヲタヲタしいむさ苦しさ満載の男。
 背は高いけど猫背で姿勢が悪く、緑色の髪の毛もボサボサでギトっと脂っぽい。よく見れば目鼻立ちは悪くないからきっと磨けば光るタイプだろうに、残念な奴だ。
「あ、自己紹介がまだでござったな。拙者は慎太郎と申す」
 しかも喋り方まで気持ち悪い。
「……そういうの聞きたいなら、まずは自分から言うもんじゃない?」
 なので冷たくあしらうと、慎太郎と名乗ったキモヲタは突然泣き出した。
「うっ……えぐっ……しほりちゃん……しほりちゃああああん!」
 どうやらこいつの心の傷を抉ってしまったのだろうか。慎太郎は気持ち悪く泣きながらスマホを取り出し、画面を見つめる。振られた女の写真かなんかだろうか? 
「お……お手前は……しほりちゃんを御存知であろう……」
「えーと、誰?」
 素で僕が答えると、慎太郎は突然憤怒の形相になって僕を睨む。
「お手前……まさか、あの傑作ギャルゲー『どぎまぎメモリフル』を知らぬとは言うまいな……」
「え? どぎメモ? ……ああ、そういえばあれのメインヒロインがそんな名前だったっけ?」
「しかり! 拙者は、愛してやまないしほりちゃんが、どうしても画面から出てきてくれず……それで世を儚み……ぶひぃ……」
 うん、只のキモヲタだった。
 気持ち悪いからどっか行ってくれないかな。そう思って追い返そうとした、しかしその時。
「慎太郎、あんたはまだマシよ……たとえ画面から出なくても、しほりはちゃんと存在しているのだから」
 その声に振り向くと、そこに居たのは全身真っ黒のゴスロリ服に身を包んだ少女。喪に服しているのか、顔は黒いヴェールで覆われている。
「私は都……私はね……大切な人を失ったの……」
「そ、そうなんだ……それは、その……辛かったろうね……」
 僕の言葉にさめざめと涙を零す都。うん、そうだよね……普通だったら、こういった深刻な理由で『自爆』を宿すものだよね……家族にオナバレが原因なんて、僕も信太郎と同レベルなんだよね……
 なんて事を思っていたら。
「セルジュさま……嗚呼、セルジュ様……あなたはどうして私を置いて逝ってしまわれたのでしょう……セルジュさまぁ」
 彼女が手にしていた遺影には、週刊少年ステップで絶賛連載中の大人気漫画に出てくる登場人物がモノクロで嵌められている。ええと、このキャラ確か、ちょっと前の話で好きな女庇って死んだ筈……って……
「しかも、あんなクソアマを庇ってだなんて……私という女がありながら……あぁ……あ……ああぁ……い”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~~~っ!」
 え……あれ? 何これ? あれかな、いわゆる夢女ってやつ!?
 室内に居る、残りの何人かに視線を送る。そいつらは僕と目が合うと、皆ばつが悪そうに顔を逸らして食事を続ける。うんわかるよ、きっとお前らも大差無いんだね。

 ……ねえ院長さん。あなたは僕達の事を『恥ずかしくも何ともない』って言ってたけど、これでも僕達は恥ずかしくないの?



 3 共鳴する魂



 慎太郎や都といった残念な連中と出会って、僕は少しだけ心が軽くなった。そう、最低野郎は僕だけじゃ無かったんだ。
 なので、少しだけ心に余裕ができた僕はここ数日は施設の中を色々と散策している。この広大な敷地内には管理棟や僕達の住むコテージの他にも、温水プールも備えたジムや各種スポーツのコートなんかの運動施設に加え、菜園とか牧場とか、色んなものがある。そういったものに触れる事で心のケアに役立てるとかなんとか言ってたけど、まだそこまで積極的にはなれない。そして他の隔離者と慣れ合う気にもなれなかったので、食堂以外の場所で一緒に居たいとも思えない。だから僕はこの日もひとりであてどもなく敷地内を彷徨っていた。
 歩き回った挙句たどり着いたのは、敷地の最西端にある湖。ここでは釣りとかボートとかを楽しめるらしいけど、今は僕の他にはひとりだけ。
 しかし。ここで僕は、運命の人と出会ってしまった。

 踝くらいまで湖面に浸した、ひとりの少女。腰まである水色の髪が風にたなびく様は、まるで水の妖精の様だった。細面の輪郭で、瞳はアニメキャラみたいに大きくて、目元の泣き黒子がどこか儚げな彼女が身に着けているのは清楚な白いワンピース。
 だが、僕は見てしまった。見えてしまった。
 水に濡れたワンピースがくっきりと浮かび上がらせた身体のラインを。
 胸にはんなりと透ける、ピンク色のさくらんぼを。
 足の付け根に潜む、若草の茂みを。
「……………………ああ」
 僕はいっそ感涙すら零しながら、彼女を鑑賞した。
 そして、僕の存在と視線に気付いた彼女は。
「み……みられた……みられちゃった……死ななきゃ……死ななきゃ……」
 凄惨な色気すら漂う泣き笑いの表情になり、右手を額の『自爆』スイッチに伸ばし――
「……インナーアウト」
「えっ?」
 僕の発した言葉に、その動きを止めた。
 そして、今度は驚愕に満ちた顔を僕に向ける。
「あ、あなた……いま……インナーアウトと言ったの?」
「はい。とても素敵なインナーアウトです。ここまで見事なものは今まで見た事ありません」
 敢えて下着を付けずに外に出て開放感を味わうインナーアウト。僕達露出趣味者だったら知っていて当然の基本的プレイを、しかし目の前の彼女はとてつもない技術で行っていた。
「凄いです! 服を濡らす事により間接的に見えてはいけないものの存在を表し、しかもインナーアウトの範疇を離れていない上法的にもギリギリ問題無い! ここまでセウトで高度なプレイは初めてです!」
 彼女に敬意を表すためにこの国の最敬礼である九十度の十五秒会釈を行う。
 僕の気持ちが伝わったのか、彼女はそれでようやくスイッチに向けていた手を下す。
「ところで、脱いだ下着はどうされましたか?」
「それなら、あそこに」
 彼女が指差した所を見ると、湖面から近い順に靴下、靴、パンティ、ブラジャーが点々と置かれている。
「完璧だ……」
「あなた、解るの? この意図が」
「はい。これらの配置をする事で、プレイにストーリーが産まれます。彼女は何をしたいのか? 何を欲しているのか? そういった想像を観る者に与える為の配置だと、お見受けしました」
「あぁ……ああ…………」
 僕の返答に、彼女は口元を抑えてさめざめと涙を流す。
 でも、それは哀しい涙なんかじゃ無くて、自分と同じ者を見つける事ができたという悦びの涙。
 何故それが分かるかとかと言えば――
 僕もまったく同じ涙を流しているからだ。
 
「そう……たかしはオナバレでスイッチが『自爆』に……辛かったでしょうね」
「そういう操も、辛かったね。せっかく勇気を出して告白したというのに」
 運命の出会いから程なく。瞬時に意気投合した僕達は湖畔の東屋で語らっていた。
 彼女の名前は操。聞けば同い年らしい。そんな彼女が持っていたのは、『覚悟』スイッチだったという。
「私は『覚悟』スイッチのお陰で、露出行為を行う覚悟を持つ事ができたわ。それで様々なプレイを楽しんでいたんだけど、どうしてもこの悦びを誰かと共有したくて……」
 それで昔から大好きだった、兄妹同様に育ってきた幼馴染に自分の趣味を告白。
 しかし――
「せっかく『覚悟』スイッチを押して露出趣味の事を告白したのに、あの人は『え……あぁ、そうなんだ……うん、い、いいんじゃない?』って言ったきり、二度と私に話し掛けなくなったの……」
 自虐的な笑みを浮かべる操。しかし僕は彼女の生き様には感動すら覚えている。
 この目の前の、まるで日陰に咲く花みたいに儚げな雰囲気の彼女は、いくらスイッチの力を借りていたとは言え実際に露出行為を行うだけの行動力が有ったのだ。『やる気』スイッチの力を借りてすら、実行できなかった僕と違って。
 そんな事を操に話したら、彼女は初めて嬉しそうに微笑んでくれた。
 実際にプレイする勇気が無くて家で疑似プレイをしていたら家族バレした僕と、プレイをより楽しみたいが故に大好きな幼馴染に告白して、そしてセンシティブに拒否された操。
 やはり僕達は院長さんの言う様な『恥ずかしくない存在』じゃ無い。僕も、操も、あと慎太郎や都や、その他の連中もきっとみんな恥ずかしい奴らなんだ。
 でも、実は人間なんて多かれ少なかれ皆そんなもんなんじゃないかって気が、ちょっとだけしてきた。
 そしてこの施設に来た事により、僕は操と運命の出会いを得る事ができた。それはもしかしたら僕に取って幸運だったのではないだろうか?
 もちろん、あの時の家族の顔は今でも忘れる事はできないし、思い出す度に死にたくなるけれど。でも、もしかしたらここで彼女と過ごす内に、自分の心に折り合いをつける事ができるんじゃないだろうか? いつかスイッチを『自爆』から変える事ができるんじゃないだろうか?
 ……って、あれ?
「はは、何考えてんだ僕」
 もしも自爆スイッチが外れたって、僕のやらかした事は消えやしない。一生僕を苛み続ける。なのでやっぱり僕は自爆しなきゃいけないんだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもないんだ」
 操は不思議そうな瞳で僕の顔を覗き込んでいる。
 僕の中で、どうせならこの子と一緒に自爆したいという思いと、この子には死んで欲しくないというふたつの相反する思いが共に湧き上がった。


 

 4 災厄の少女



「あなた達、こんな所で只飼われていて悔しくないの?」

 突然食堂に入り込んできたその少女は、開口一番そう言い放った。
「でもまあ、それも仕方の無い事かしらね。せっかく『自爆』スイッチを身に宿したというのに、ロックも解けない意気地無しさん達ばかりですものね」
 唖然としている僕達の顔を見回して、溜息混じりにやれやれと小さく首を振る。そんな彼女の額に付いているスイッチは――僕達のと違い、赤い光を発していた。
「良い? 私達はこの世のはみ出し者なんかじゃ無い。選ばれし者よ。この歪んだ世界を質し、正す事の出来る唯一の存在に、私達はなれたのよ」
 朗々と話す彼女。その言葉には不穏なものしか感じないけど、しかし耳を逸らす事もまたできない。なんていうか、こう、聞くものの心に訴える力を持った不思議な少女だ。
「そもそもあなた達、この世界はおかしいとは思わない? 大体何なのこのスイッチ。殆どの人のスイッチは得体の知れないものばかりでロクに使う事もできず、そして極一部の有能なスイッチを宿した者のみが勝ち組として君臨できる。こんな歪んだ世界は間違っているって、あなた達は思わないの?」
 それは僕も、思わないでは無い。ていうか以前の『やる気』スイッチを持っていた僕は正にその勝ち組だったのだから、彼女の言う事は理解できなくも無い。でも。
「そんな歪んだ世界を、私達なら変える事ができる。あなた達も、あのトキオ壊滅事件がどれだけこの国を変えたか知っているでしょう? それと同じ事を起こす力を、私達は得る事ができたのよ?」
 それはすなわち、僕達皆で自爆をしよう。彼女が言っているのは、そういう事じゃあないのか?
「ここまで言っても、きっとあなた達には伝わらないでしょうね。でも、敢えて言うわ。私の言葉を聞きなさい。そして自ら考えるといいわ。きっと何ものにもなれないあなた達を、この千理が導いてあげる」
 何だか背筋をぞわりと逆撫でされた様な感覚。額から冷たい汗が流れる。それ程に、彼女の言葉と態度には異様な力を感じて僕は戦いた。
 ――ていうか。
「誰?」
 向かいで食べている操に聞いてみたけど、彼女も首を横に振るばかり。
「確か今日、またひとり新しいのが入って来るって誰か言ってたわよ。それじゃない?」
 少し離れた席で都が言った。彼女の前には超大盛のチャーハンが置かれている。
「それ、全部食べれるの?」
「いいえ。これはセルジュ様への供物。どうぞセルジュ様、あなたの大好物ですよ」
 胸に抱いた遺影に、虚ろな目でチャーハンをスプーンで運ぶ都。こいつはもう駄目かもしれない。
 そしてその隣で、しほりの等身大パネルと並んで泣きながらカレーを食べていた慎太郎は。
「し……しほり、ちゃん……つ、ついに、受肉したで……ござるか?」
 突然ガタンと立ち上がって、彼女に向かって呟いた。
 なるほど。確かに見れば彼女はしほりに似ている。胸くらいまであるやや癖っ毛のピンク髪と言い、きつ目でどこか少し病んでそうな瞳と言い、スレンダーだけど出る所はちゃんと出ているスタイルと言い、確かにどぎメモのしほりを実写化したとしか思えない様相だ。
 その千理と名乗った少女は、慎太郎の姿を見ると一瞬だけ汚物を見る目になったものの、しかしすぐさま今度は菩薩めいた優しい表情になって。
「私は千理であってしほりちゃんでは無いわよ。でも、あなたが苦しんでいる事だけは伝わったわ。そして私はきっと、あなたを救う事ができる」
「ぶひぃ……し……しほりちゃぁぁぁぁ……」
「だから私はしほりじゃないのよ? でも、救いを求めているのなら私に付いて来なさい。そしてあなたのお話を聞かせて」
「はひぃ……」
 あれよという間に慎太郎を手懐けて、連れて行ってしまった。
「あれ、大丈夫なのかな?」
「さあ……」
 ふたりの後姿を見ながら操に再び問い掛けてみたけど、もちろん彼女にもそんな事は分かる訳無い。分かるのは、あの千理という女は相当にヤバいという事だけだ。
 
 よし、あれとは関わらないにしよう。

 心に強く誓ったしかし、その時。
「たかし君、操さん。少し良いかね」
 いつの間にか来ていた院長さんに、そう声を掛けられた。
「僕達に一体何の用です?」
 塩対応の僕に、相変わらず徳の高そうな微笑みを浮かべたつるっぱげの爺さんは、やはり去り行くふたりに視線を送って。
「あの子をどう思う?」
 尋ねてきた。
「ひとことで言えばヤバい女ですね。関わりたくないです」
 なので素直に答える。僕は知っているんだ。こういった展開の時は、きっとロクなことにならないって。
 だから、院長さんが言いそうな事も、大体予想できる。
「もしかしたら院長さんは『あの子を救って欲しい』とか言うんじゃないですか? 無理ですよ僕には」
「どうしてやってもいない事を、無理だと断じる事ができるのかね?」
「それは僕にそんな余裕が無いからです」
 当然だ。僕達だって『自爆』スイッチ持ちだぞ。今は自分の事で手一杯だ。それにもし自分の心に余裕があったとしても、やはりあんな女に関わりたくは無い。
 ところが。
「そうかね? 今、この希望院で最も『自爆』から遠のいているのは、きっと君達だと私は思っているのだけどねえ」
 院長さんは呑気な顔で、そんな事を言った。
「意味分かりませんよ、そんなの。ていうか院長さん、僕凄い事に気付いちゃったんですけど」
「何かね?」
「この施設って、とんでもない欠陥がありませんか?」
 僕が気付いた施設の欠陥。それは『自爆』スイッチを宿した僕達を隔離もせずに皆一緒くたに居させているという事だ。
「きっとあの千理って奴は、ここでトキオ壊滅事件を再現させようと考えているんです。じゃなければとっくに自爆している筈ですよ。たぶん、彼女のスイッチはロックが外れているんでしょうから」
 あの千理って奴のスイッチは、僕達のと違って赤く光っていた。きっとそれがロックの外れた証なんだろう。
「ふむ。やはり君は聡明だね。でも、この施設で集団自爆はまだ一度も起こっていないよ?」
「彼女が記念すべき第一号かもしれません。正直そんな奴に関わりたくないですよ」
「ほう……それはどうしてだろうね? 確か君はすぐにでも自爆したい、そう言っていたように記憶しているのだけれど」
「あ……」
 院長さんの放った言葉が僕の心に突き刺さる。
 僕……我知らずに、生に執着していた?
 い、いやそんな事は無い。無いんだ。僕はただ、ちゃんと自分の意思で自爆したいだけなんだ。あんな訳の分からない女の口車に乗って自爆なんてしたくない。ただそれだけなんだ。



 5 露出デビューと教祖様誕生



「もっと堂々とした方が良いわ。そうよ、堂々とした方が気持ちが乗るの」
「う、うん。わかった」
「そう、背筋を伸ばして。そして……こう!」
 僕にアドバイスをしながら、操は着ていたトレンチコートをがばっと開いた。その中には下着と靴下以外何も着けておらず、彼女の美しい肢体とミントブルーの清楚な上下のランジェリーが白日の下に晒される。
「おお……美しい……」
「さあ、たかし。あなたも」
「わ、わかった……うりゃあっ!」
 彼女に倣い、僕もトレンチコートをオープン。ここ数日怠けていたけれど、それでも今までのフィットネスで鍛えた僕の大胸筋とシックスパックを操の眼前に晒し出す。もちろんその下の、ボクサーパンツとその中で荒ぶっている理性無き正直者も。
「まあ……素敵……」
 操はうっとりとした表情で、僕の半裸姿を鑑賞していた。
「操の下着姿も綺麗だよ」
「ありがとう……嬉しいわ」
 僕達は互いに差し向かい、コートの中身を見せあう。これはもちろん、代表的な露出行為のひとつであるオープン・ザ・コートである事は今さら説明するまでも無い。
 そのプレイを、僕達はふたりで楽しんでいた。
 数日前、僕が勇気を振り絞って操に「露出をやってみたい」と相談した所、彼女は満面の笑みを浮かべて指導をしてくれると言ってくれて。
 そして、現在に至っている。
「どう? 自分を曝け出した感想は」
「なんて言うか……こう……開放感?」
「ええ、そうね。こうやって自分を曝け出す行為は、得も言えない開放感と、そう……まるで宇宙と一体化したみたいな万能感すら、私は感じるの」
「うん、解るよ」
 互いに肌を見せ合いながら、僕達は微笑み合った。
 ここは人気の無い牧場の一角で、僕達の姿を見ているのは牛達だけ。さすがに衆目の前で行える程の度胸は僕達にはまだ無い。でもこうしてふたりで露出プレイを行っているだけで、今まで得た事の無い満足感を僕は覚える。僕は確実に露出プレイの経験値を積む事ができていた。もちろんそれは、操という頼れる同志にして指導者あればこそなのだけど。
「たかしもそろそろ慣れてきたみたいだから、明日からはフルオープンを試してみる?」
 熱っぽい視線になって、熱い吐息と共にそう零す操。
「う……うん……」
 僕も硬い唾を飲み込んで、頷いた。
 この下着をつけたセミオープンでは無く、コートと靴下以外を全て脱いで行うフルオープン。それはすなわち、僕の全てを彼女に晒し、彼女の全てを目にするという事に他ならない。
「さ、さすがにすこし緊張するね……」
「そうでしょうね。でも……その緊張や羞恥心こそが、極上のスパイスになる事を……」
「うん。今の僕には解るよ」
 まるで性的な行為を終えた直後みたいな表情の操に、僕は視線を返す。きっと僕も同じ様な顔になっているに違い無い。
 ああ、世の中にはこの様な悦びが存在していたのか……
 感慨に浸りながら、僕達は見つめ合っていた。
 なので。

「ちょっとそこの恥ずかしいふたり。話があるんだけど」

 少し前から僕らを見ていたらしい、都の存在にまったく気付いていなかったのだった。
「うわあっ!?」
「きゃっ!」
 思わず驚いてしまったが、コートはクローズしない。以前の僕ならきっと耐えられなかっただろうけど、もう僕は露出者としてデビューをしたんだ。覚悟は完了している。だから。
「恥ずかしくなんて無い!」
 虚勢でもそう、言い切る事ができた。隣では操も強く頷いている。きっと彼女も僕との出会いで何かが変わったのだろう。
「いや普通に恥ずかしいわよその恰好」
「恥ずかしいと言ったら都のやってる事だって充分恥ずかしいじゃないか」
「何言ってるの? 私は純愛故に苦しんでいるのよ。あんた達みたいな露出魔と一緒にしないで。て言うかそれ普通に軽犯罪よ?」
 言い合う僕らを仲裁する様に、操が言った。
「それで、話って何ですか」
「ああ、そうだったわね。話っていうのは千理の事よ」
「千理か……僕はあいつには関わりたくないよ。絶体にロクな事にならないから」
 ここは断固拒否するべきと瞬時に考えた僕は、敢えて冷たい声を返す。すると都は大きな溜息を吐いて、蔑んだ目で僕を見て言った。
「まったく、これだから変態はだめなのよ。あんた達、この施設であいつの手に掛かっていないのはもう私達三人だけだって気付いていないの?」
「え? 今、なんて?」
「だから、私達三人以外全ての隔離者はもうあの女の言いなりよ」
「どうして?」
「あいつ、元はどっかの宗教の巫女かなんかだったらしくてね、上手いのよ口が。それで他の連中はまるであいつを教祖様みたいに持ち上げてる。今じゃあ『千理様』なんて呼ばれてるわ」
 吐き捨てる様に言う都。その横顔は苦り切っていた。
「あんた達も私も、ここの連中は全員世の中に絶望しきっている。その弱った心に、あいつは嫌らしくつけ込んで口車に乗せて。あれはもうマインドコントロールの域ね。見てるとぞっとするわよ」
「そう言う都は大丈夫だったの?」
「私はセルジュ様の為に死ぬって決めているから、あんな女の言う事なんか知らないわ」
 うわあ、こいつ本当に終わってるな……でも、これだけキマっちゃってるからこそ、都は千理の口車が効かなかったんだろう。夢女恐るべし。
 それにしても、たった数日でそこまでの事をしてのけるとはあの千理という奴は本当に厄介だな。僕達は他の連中とはつるまずにひたすら露出プレイをしていたから気付かなかったけど、まさかこんな事になっていたとは。
「て言うかあんた達、よく平気だったわね。食堂で毎回垂れ流してるあいつの演説、全然聞いていなかったの? それとも聞いてた上で、その変態力で耐えてたの?」
「え? いや、毎回食堂行く時はインナーアウトしてドキドキしてたから、そんなの全然聞いてなかったし」
「ねえ」
 頷き合う僕達に、まるで可哀想な子でも見る様な視線を送りながら都は「まあいいわ」と吐き捨てる。
 そして改めて僕達に向かうと、頭を下げて。
「だから、あんた達にしか頼めない。お願い、慎太郎を助けて」
 そう、声を絞り出した。
「ん? 慎太郎? 一体どうして?」
 あのキモヲタの慎太郎を、何故に都は助けて欲しいと? まさか……
「まさか、都は慎太郎の事を」
 好きなの? と言い終わる前に彼女は殺意に満ちた視線を投げてきた。
「勘違いしないで。私はセルジュ様以外を愛する事など 絶対に無いわ。ましてやあんなキモい奴」
「じゃあ、どうして?」
「あんなのでも仲間だからよ」
「仲間?」
 首をかしげる僕達に、都は目に涙すら浮かべて。
「私も慎太郎も、心より二次元を愛する同志だから。ええ、解っているわよ? それが異常な事くらい。でも、そんなのみんな一つ位あるでしょ? あんた達の露出行為みたいに」
 一瞬だけ「一緒にすんな」と言いかけたけど、でも都の言う事はそう間違ってはいない。彼女が露出プレイを理解できない様に、僕も二次元キャラにガチ恋する事を理解できはしない。でも、それで良いんだとも、ここに来て感じる様になった。自分が理解できない事と、それが間違った事だというのは全く別の問題なんだ。
 そして二次元云々は理解できないけど、仲間を失いかけている都の気持ちは僕にも解る。きっと彼女は悔しくてたまらないのだろう。
「それにね……気に入らないのよ、千理も、慎太郎も! 確かに千理はしほりに似てるわよ。そりゃあもう実写ドラマ撮るなら絶体に抜擢したいくらいに。でもね、所詮は三次元よ? なのに慎太郎の奴、二次元を捨ててリアルに尻尾振りやがって! 自分だけリア充になろうだなんて、そんなの絶対に許さない!」
 前言撤回。やっぱこいつよく解らないや。
「まあそれは八割くらいの本音だけど、取りあえず置いといて……さすがに不憫でならないのよ、今の慎太郎が」
「不憫?」
「あいつの扱いよ。あんた達、今夜はちゃんと普通の恰好で食堂に来なさい。そうしたら解るから、今この施設がどんな事になっているかが」



 6 キモヲタ奴隷慎太郎



 その日の夜。
 都にしつこく言われた僕達は、仕方なくインナーアウトせずに食堂まで赴いた。最近はプレイ中以外では逆に下着をつけていないので、少し窮屈に感じるけれど我慢する。そしてやはり少し歩き辛そうにしている操と共に食堂に入った時、僕達は都が言いたかった事を理解した。

「皆さん、今宵も我々の存在意義について語り合いましょう……慎太郎さん、皆さんの食事の準備を」
「は、はぃ」
「おい慎太郎、早くしろよ。千理様をお待たせするな」
「はひぃ」
「慎太郎、グズグズしてっから味噌汁冷めちまったじゃねえか。取り替えて来い」
「ぶ、ぶひぃ……」
「揃いましたね、みなさん。では頂きましょう……慎太郎さん、もう用事は済んだわ。あなたは戻って良いわよ」
「俺たちが食い終わったらちゃんと後片付けしとけよ」
「ひぎぃ……」

「ね? 酷いもんでしょ。あんなの奴隷じゃない」
 ヲタヲタと無様に働く慎太郎に、しかし千理は目もくれずに他の隔離者達と語らう。時折こっちにも視線を送ってきたけれど、それを徹底的に無視したらその内やらなくなった。きっと僕らは手駒にしづらいとでも考えたのだろう。
 そして慎太郎の扱いは予想以上に酷かった。この時代に、あんな前世紀の苛めみたいな行為が平然と行われていたとは。普通のスイッチ持ちが、もしもあんな目に遭ったら絶対に『自爆』を宿してしまうに違いない。そう思える程に千理達の慎太郎に対する扱いは酷かった。
「問題は慎太郎がそれに従っちゃう事よ。あいつ、千理に全然相手にされていないって解っている筈なのに」
 悔し気に眉をひそめながら、千理達のテーブルから少し離れた席で寂しそうに背中を丸めてカレーを食べている慎太郎を睨む都。彼女の心境を全部理解する事はできないが、それでも慎太郎を心配している事は伝わってくる。
「わかったよ、都。僕に何ができるかわからないけど、取りあえず後で慎太郎と話そう。どうするかはそれからだ」
「……ありがとう」

 僕達は食事を終えた後も、片付けをする慎太郎を待つ為に居残った。その間操は胸の辺りをしきりに気にしながら居心地悪そうにしている。きっとブラジャーが邪魔で仕方が無いのだろう。
 そして作業を終えた慎太郎を捕まえ、食堂から出て僕のコテージに拉致する。
「い、一体何でござるか。せ、拙者は今宵もしほり様の有難いお言葉を、聞かねばならぬのですぞ」
 ヲタヲタと文句を言う慎太郎に、しかし都はその襟首を掴んで睨みつける。
「何が有難いよ。慎太郎、あんた解ってんでしょ? あの女、あんたの事なんか全っ然相手にしてないわ。都合良く奴隷みたいに使ってるだけじゃない。あんたそんなんで悔しくないの?」
 凄む都に、慎太郎は泣きそうな顔になって。
「そんなの、言われるまでも無い事でござる……でも仕方の無い事でござるよ……拙者は見ての通り、何もできない無力でブサイクなキモヲタでござるから……だから、せめて雑用だけでもさせて頂いて、しほり様のお役に立てれば……拙者は、それだけで満足なんでござるよ……」
 哀し気に笑いながら、そう零す慎太郎。その言葉に、僕は耐えがたい怒りを覚えた。
「おい、お前いい加減にしろよ」
 突然強い声を出した僕に、慎太郎はおろか操や都も驚いた顔で僕を見る。そして僕は都から慎太郎の襟首を奪うと、奴の眼前まで顔を寄せて睨んだ。
「黙って聞いていれば、ふざけやがって。何が『何もできない無力でブサイクなキモヲタ』だよ。お前は何もできないんじゃ無い。何もしてこなかっただけだ!」
 こいつは何故か初めて会った時から気に入らなかったけど、今その理由がはっきりした。こいつは何一つ努力をしていない。ロクに自分を磨く事もせず、二次元に逃げ、その二次元が結局二次元に過ぎない事に勝手に絶望し、『自爆』スイッチを身に宿す。更にはきっと三日位は風呂に入っていないだろうから何だか臭い。気に入らない。ああ、本当に気に入らない。
 しかしそんな僕に、さすがに腹が立ったのか慎太郎は僕を睨み返して答える。
「そ、それはたかし殿が勝ち組だったから言える事でござる。聞けば、そこもと以前は『やる気』スイッチを持っていたらしいでござるな。そんな凄いスイッチを持っていたならきっと何でもできたでござろうよ……只でさえイケメンで細マッチョで頭も良いハイスペックのお前に、おお俺の気持ちなんか解る訳無いだろう!」
 無様に涙も鼻水も流しながら。しかしこいつはおそらく、今初めて素の自分を曝け出したに違いない。それは慎太郎を見つめている都の表情で良く解る。何せ最後の方は普段のキャラ付けすら忘れて普通に『お前』や『俺』とまで言っていた。
 でも、まだこの程度で許してなんかやらない。
「だからお前は駄目なんだよ! 僕がイケメンで細マッチョで頭も良いハイスペック? それは全部努力したからだ! 特に顔なんてイケメンでも何でもないぞ! せいぜい中の中位だ!」
「そ、そんな訳無かろう……それに、その努力だって『やる気』スイッチを使えばいくらでも」
「ふざけんな! いくら『やる気』スイッチを使ったって出るのはやる気だけだよ! そこからの努力は全部僕がしたんだよ! いいか慎太郎、それを僕が今から見せてやる。まずはお前が言う『ブサイク』を消し飛ばす。だからとにかく黙って風呂に入れ!」
 尚もグダグダぬかす慎太郎をコテージのバスルームに叩き込む。そして茫然と僕を見ている都に向かって、
「悪いけど都、ちょっと管理棟行って慎太郎の服を貰ってきてもらえる? 取りあえず白Tシャツとジーンズだけでいいから」
 そうお使いを頼むと、
「わ、わかった」
 素直に行ってくれた。
「たかし君、どうするつもりなの?」
 操も不思議そうに首をかしげて僕に声を掛ける。その手には昼間見たミントブルーのブラとショーツが握られている。どうやらいつの間にかインナーアウトをしていた様だ。

 

 7 メタモルフォーゼ慎太郎



「い、言われた通り、風呂入ったけど……」
 風呂上がりの慎太郎は、だらしなく伸ばしたボサボサ髪から水を滴らせたまま腰にタオル一枚の恰好で僕の前に居る。それをまるで審査する様な瞳で見ている操を取りあえず無視して、姿見の前に座らせる。
「今から髪を切る」
「髪を? そこもと、できるんでござるか?」
「ああ、練習して自分の髪は自分で切ってたからね」
 自前のシザーやレザー、コームなんかを取り出してカットを開始する。慎太郎は髪の量が多くて髪質も硬く、そのままだと重たく見えるのでシャギーを入れて軽くしつつ、何より清潔感を出す為短めのツーブロック。そしてこいつは絶対に難しいセットなんてできないだろうから、ワックスで適当に流すだけでそれっぽく見えるナチュラルな無造作カットにして……おお! たったこれだけでかなり良くなったじゃないか。
「こ……これが、拙者……」
 さすがにこれだけ見た目が変わると驚いただろう。慎太郎はまるで幽霊でも見た様な目で鏡を見つめている。
「まだまだこれからだ。次は眉毛を整えるぞ」
 一切手入れをしていない慎太郎の眉は、もちろんだらしなく乱雑に伸びて形も悪く、何なら少し繋がっている。それを適度にカットして若干細めの上がり眉に整えて。
「最後は髭だ。これは新しい髭剃りをやるから自分で剃れ。無精髭でカッコいいのは人類でも極僅かだ。とにかく清潔感を忘れるな」
 髭剃りとシェービングフォームを手渡し、剃らせる。
「よし。さあ立ってみろ。背筋を伸ばせ。胸を張って堂々と前を見ろ」
「こ、こうで、ござるか」
 慎太郎は僕の言う通りに立ち上がり、猫背を治して胸を張る。
 すると――

 目の前に現れたのは、ショート目の緑髪がすこしやんちゃな印象を与える、爽やか系の高身長。まさにイケメンと言って良い青年に慎太郎は生まれ変わっていた。まあ体付きはだらしないが、こればっかりはどうしようもない。取りあえず明日から筋トレさせよう。

 ちょうどそこに、新しい服を貰って来た都が戻ってきた。
「言われた通りに貰って来たわよ、これでいいの……って誰だお前!?」
 そして予想通りに、生まれ変わった慎太郎に驚きを隠せないでいる。
「どうだ。誰でも努力すればちゃんとそれなりになれる。ましてや慎太郎の基本スペックはむしろ俺より高い。だからカットと眉と、あと清潔感を出して姿勢を正すだけでここまで化ける事ができたんだ」
 都が持ってきてくれた白Tとジーンズを身に着ければ、そこには涼やかな夏仕様のイケメンが爆誕。ていうか僕より見た目は遥かに良くなっているのがちょっとムカつく。
「せ、拙者が……まさか、そんな……」
「あとその気持ち悪い喋り方やめろ。どうせ自分を守る為にそんなキャラ付けしてるんだろうけど、これからは普通に、堂々と喋れ。それだけでもうお前をバカにする奴なんか居なくなる」
「で、でも、急には難しいでござるよ」
「さっきは怒りに任せて『俺』って言ってたじゃん」
「し、しかし……」
「とにかくやめろ。あと清潔感の維持だ。毎日ちゃんと風呂入って髭も剃れ。髪もセットしろ。あと筋トレもしろ。それだけできればお前はもう今までのお前じゃ無い。キモヲタ慎太郎と今日で決別するんだ。そうすればきっと千理も対応を変えるに違いない」
「ほ、本当でござ……本当か?」
「ああ」
 僕の言葉に、現金にも慎太郎は頑張って言葉使いを治そうとする。まあこれだけビジュアルが変われば気持ちも変わるとは思うが、しかし――
「ところで慎太郎君。ちゃんとすればこんなにかっこいいのに、どうしてあなたはあんな風になっちゃってたの?」
 今まさに僕が考えていた事を、操が口にした。ていうか服着たからって急につまらなそうな顔になるのやめようね?
「確かに、せ、お、俺も、小さい頃は普通の子供だったで……だったよ。でも、ある時ちょっとした事で苛めに遭って……それ以来、ずっと家に引き籠っていたでござる、よ」
「そうなのね」
「解るわ。私も似た様なものだったから。ちょっと二次元が好きってだけで、心無い言葉を投げてくる奴はたくさん居た」
「いや……俺の場合、三次元の苛められてる女の子助けたら、今度は俺が苛められる様になって……そしてその女の子はどこかに引っ越しちゃって……ぶひぃ……」 
「ちっ」
「舌打ちをするな都。まったくお前ほんとブレないな。あと慎太郎ぶひぃとか言うな」
「それで、引き籠った俺はゲームに逃げて……そこで出会ったんでござ……出会ったんだ、しほりちゃんに」
 なるほど。それでこいつはあんなにもしほりに執着する様になったんだな。 
 しかし、今ので何となく慎太郎がどうしてこうなってしまったのかは理解できた気がする。きっと子供ならではのどうでも良い様なきっかけで苛められていたのだろうけど、奴は持ち前の弱い心でそれに耐え切れず引き籠ってしまったんだろう。だから自分の本来のスペックに気付かないまま、ここまで来てしまったに違いない。
 まったく、昔の慎太郎は苛められている女の子を助ける事ができる位にはちゃんとしていたらしいのに、嘆かわしい。
 まあそれはともかく。こいつの見た目を大幅に良くする事には成功した。後はあの連中にしっかりと意見を言わせる事と、何より千理にちゃんと人間扱いさせる事だ。それに成功して初めてこいつを助ける事ができたと言えるだろう。
 そして、もしも。
 もしも慎太郎と千理が良い感じになったとしたら。
 多分それは無いと思うけど、もしもそんな事になったらこいつらの『自爆』スイッチに変化が起きるかも知れない。なんか割と考え無しに行動してしまったけど、これもしかしたら結果的に院長さんの願いを叶える事になるのかも知れないな。まあきっと無いだろうけど。
 相変わらずスマホの画面を見ながら気持ち悪くニヤニヤしている慎太郎に視線を戻して、改めてそう思う。
「ああ、そう言えば……どことなくあの子に似ていたのがきっかけだったんでござったなあ……しほりちゃん……」

 翌朝。
 慎太郎のコテージを襲撃し、やはり奴にはまだ無理だったヘアセットや身だしなみを整えさせて、僕達は食堂に向かった。
「いいな慎太郎。生まれ変わったお前をあいつらに見せつけてやれ」
「わ、わかった」
 僕らは敢えていつもより少し遅めに食堂に入る。すると千理の取り巻き共が一斉にこっちを睨んで口汚く罵り始め――

「おい遅せえぞ慎太郎! 千理様がお待ち……に……」
「何やってんだ慎太郎! 早く飯のし……た、くを……」

 どいつもこいつも、彼の変貌に言葉を失った。
 そしてそいつらに、慎太郎はおそらく内心怯えながらも、胸を張って堂々と言い返す。
「お腹が空いたなら……自分で、取りに行けば、良い、じゃない」
 良く見れば身体は小さく震え、吐いた言葉もちょっとアントワネットぽいだけで強いものでは無い。だが、それでも慎太郎はちゃんと言い返した。そして昨日散々説教した甲斐もあり、今の奴は背筋を伸ばして胸を張っている。そうすれば180㎝にも達する高身長だ、威圧感も半端では無い。
 なので当然、取り巻き共はそれ以上何も言えず、黙ってしまった。
 よし勝った。
 そう内心思いつつ、肝心な千理に視線を移す。すると、最初こそ驚愕に目を見開いていた彼女は今や何と……もの凄く怖い目で慎太郎を睨んでいるではないか。

「慎君……いえ、慎太郎……今さらどうしてそんな格好になって、のこのこと……あの時助けてもくれなかったくせに!」

 今までとの、あまりの豹変ぶりに慎太郎はおろか取り巻き達も驚きを隠せない。
「し、しほり様……拙し……俺は……ええと、何を言っているのか、一体」
「黙りなさい! 何がしほり様よ! 私は千理よ!? ええ、どうせあなたはそんな事はどうでも良いみたいですけどね! 失礼するわ!」
 千理は慎太郎に一通り怒鳴ると、朝食も取らずに食堂を出る。それを当然の様に取り巻きも追いかけ、残ったのは僕達だけ。

「しほり様……一体、何を……」

 慎太郎は千理の出て行った扉を只々見つめるばかりだった。 



 8 千里眼の巫女 千理



 結局僕達もそのまま帰り、再び僕のコテージに集まっている。
 慎太郎はあの後塞ぎ込んだまま猫背に戻り、ぶひぃの一言も発しない。
 そんな慎太郎を操は心配そうに見つめているけど、良く見るとワンピース胸部にほんのりとぽっちが見えるので通常営業なのだろう。
 そして自前のタブレットで黙々と作業をしていた都は――

「見つけた。これね」

 画面を僕達に見せてきた。
 そこには過去のカルトな事件等を扱っているサイトが開かれていて、その一覧の中のひとつが映し出されている。
「なになに、『紅玉教瓦解の真相』? これが千理の居た教団なの?」
「ええ。続きを読んでみて」
 促されるままページを開いていくと、その紅玉教とやらのいきさつが詳細に書かれている。そこには確かに千理の写真も載っていた。
「ええと、『千の理を見る神の子 千里眼の巫女 千理』か、なるほど確かにあいつだ」
 そのあらましはこうだった。
 幼い頃から千理には『千里眼』というスイッチが付いていたらしい。それが具体的にどの様なものかはよく解らないけど、これを読む限りどうやら未来とかが見えたらしい。その『千里眼』スイッチに目を付けて彼女の両親が興したのが紅玉教。千理の千里眼の力は凄かったらしく、一時は結構な数の信者が居たらしい。ところがある日、知里の『千里眼』スイッチは唐突に変わってしまった。そしてスイッチの力のみに頼りきっていた教団は瞬く間に瓦解、しかも教団が立ちいかなくなった事を察知した時点で千里の両親は金目の物を全て持って夜逃げした。あろう事か、『千里眼』スイッチを失った娘の千里を置き去りにして。
「何だこれ……こんな事が有って良いのか……」
 これにはさすがに僕も千里に同情せざるを得ない。記事によれば残された千里は全ての責任を押しつけられ、元信者達から相当酷い言葉も浴びたみたいだし、その後も親戚中を点々とたらい回しにされていた様だ。
「酷い……こんな事になったら、誰だって『自爆』スイッチ付いちゃうよ」
 露出プレイ以外には殆ど興味を示さない操ですらも、目を伏せて小さく頭を振る。それ程に書かれている記事は凄惨なものだった。
「とにかく、これで千理の事は少し解ってきたわ。解らないのは、どうして慎太郎にあそこまでキレたのか、ね」
 タブレットを見降ろして都が言う。しかし僕はもうそこには目星が付いている。
「それはあれだよ。昔慎太郎が苛めから助けた女の子が千理なんだろ、きっと」
 言葉と共に、視線を慎太郎に送る。
「そうなんで、ござろうね……いや、そうに違い無いでござる」
 虚ろな瞳で虚空を見ながら、蚊の鳴くような声で答える。口調も元に戻っていた。
「そんなになっているって事は、心当たりがあるんだな?」
 促してみると、慎太郎は僕達の顔をぐるっと見まわして。
「聞いて欲しいでござる……拙者の過去を……」
 まるで縋る様な瞳になって話し出した。

「昨日話した通り、拙者も最初からこんな腑抜けではござりませなんだ。小学校の三回生位までは普通の子供でござった。そんな拙者が四回生に上がって暫くした頃、当時良く遊びに行っていた公園で、とても美しい少女と出会ったのでござる」
「それが千理だった、と」
「今にして思えば、そうだったのでござるな。しかしその頃の彼女は『ちさと』と名乗っていたでござる」
「ふむ」
 ならばきっと、千理という名前は教団を興した時に変えられたものなんだろう。
「当時の彼女は他の子達に気味悪がられて、苛められていたでござる。『きもちわるい』とか、『こわい』とか言われて、仲間外れにされてたでござるよ……それを見た拙者は幼い正義感に駆られ、苛めていた子供達から彼女を助け申した。それがきっかけで我らは仲良くなり、その後はふたりで遊ぶようになった次第」
 とても今の慎太郎からは想像出来ない立派なその行為に、僕は思わず感心してしまう。しかし、そこからどうなっていったかは、簡単に想像できる。子供の世界というのは残酷なものだ。苛めの温床なんてどこにでもある。いくら国が道徳や情操教育に力を入れようと、ガキのやる事全てを管理する事なんて出来ないのだ。
「拙者はちさとちゃんと出会えて幸せでござった。ちさとちゃんも拙者の事を気に入ってくれたらしく、毎日ふたりで遊んでいたでござるよ……でも、とある日に」
「突然居なくなった、と」
「左様。そしてそれまでちさとちゃんを苛めていた連中は、拙者を次の獲物にしたのでござる。そこから苛めを受け、拙者は引き籠る様になったでござる」
 話している内に色々と嫌な事を思い出したのだろう。慎太郎はぼろぼろと涙を零し、ぶひぶひと泣いている。
「でも、おかしいわね。その話が本当だと、千理の奴は慎太郎に感謝こそすれキレるいわれは無いんじゃないの?」
「うん、僕もそこが気になっているんだよ。さっき千理は『あの時助けてくれなかった』とか言ってたよね?」
 慎太郎の話が嘘でなければ、都の言う通りあそこでキレられるのはおかしい。かと言って、慎太郎が嘘を言っているとも思えない。
「何にしても、千理についてもっと知る必要があるか……」
 ああもう、結局こうなっちゃったよ。僕はあんなのとは関わりたく無かったのに。

 結局何の解決も出来なかった我々は一旦解散した。
 そして僕は今、単身千理のコテージの前に居る。こうなったらもう、本人に聞いてみるしか無い。一体どうしてあんなキモヲタの為にこんな事までやってるのか自分でもよく解らないけど、これも乗りかかった船というやつだろう。それにここまでやっておいて投げ出すのもなんか面白く無い。
「でも、問題は千理が会ってくれるかなんだよな」
 さっきあれだけぶちキレていた彼女が、そう簡単に機嫌を治しているか怪しい所だし、そもそも僕に会う事にメリットを感じるかどうかは解らない。
「まあ、なるようになるか」
 そう開き直り、チャイムを鳴らす。
「どなたかしら?」
 出てきた千理は、僕の顔を見るや意外そうな表情になって目をスッと細める。
「まさかあなたが来るとは思わなかったわ。私はあなたに嫌われていると思っていたから」
「嫌っている訳じゃ無いよ。なんかヤバそうだと思ったから関わらない様にしてたんだ」
「正直は必ずしも美徳とは限らないわよ?」
「そうだね。僕もそう思うよ」
 暫く僕らは無言で見つめ合う。
「まあ、いいわ。入りなさい」
 そして意外な事に、千理はあっさりと僕を部屋に招いた。

「それでどうしたの? まあ、大方慎太郎に泣きつかれて来たのでしょうけど」
「いや、どちらかと言えば自主的に、かな。中途半端なのは嫌いなんだ」
「ふぅん?」
 千理はまるで心の中まで覗き込む様な、強い目で僕の瞳を捉え続ける。その視線だけでなんだか気圧されてしまいそうになって、僕はここに来た事を軽く後悔した。やっぱりこの女ヤバい。
「で、たかしさんは何がしたいの? この私に、慎太郎と仲良くしてとでも言いに来たというの?」
「んー、それはそれで何かムカつくし実際どうでも良いかな。ただ」
「ただ?」
「僕は真相が知りたいだけなんだ。慎太郎の話が本当なら、君は奴から助けらている筈。感謝こそすれ、恨む筋合いは無いんじゃないのか?」
 僕の放った言葉に、千理が一瞬で表情を変えた。



9 千理は目的の為なら何でもする女



「助けられた、ですって?」
「ああ。君が苛められているのを助けたのは慎太郎じゃないのか?」
「……ああ、そういう事ね。ええ、確かに小学校で苛められていた時、彼は私を助けてくれたわ。それは事実よ。でも、彼は肝心な時に私を助けてはくれなかった」
「肝心な時……紅玉教の巫女にされてからの事?」
 またしても僕の言葉に反応する千理。ああ、きっとこの辺りが彼女の地雷なんだろう。
「まさかそこまで知っているとはね。手強そうだとは思っていたけど……そうよ、私はクズ親のせいで紅玉教の巫女として働かされたわ。それはもう、酷かった。理不尽な事を沢山させられたし、見たくないモノも沢山見せられた。詐欺の片棒を担ぐ様な事までやらされて、本当に嫌だった……でも、誰も助けてくれなくて……慎太郎も……」
「いやそりゃいくら何でも無理ってもんだろう? 聞けば千理はある時急に引っ越して居なくなったって話じゃないか」
「何度も手紙を出したわ! でも、返事は一度も無かった!」
「手紙?」
「ええそうよ! 突然引っ越した事への償いの手紙を! 変な教団の巫女にされた苦しみを綴った手紙を! 信者を騙してお金も貰う事への悲しみを綴った手紙を! そして助けて欲しいっていう願いを籠めた手紙を! でも、只の一通も返事はこなかった!」
 今までのクールな仮面を外して感情のままに叫ぶ千理。やはりこいつに取って例の巫女は相当なトラウマなのだろう。
「…………だから、無様に変わり果てた姿になったあいつとここで再会したのは私にとっては僥倖。目的を遂げるその直前まで徹底的に苦しめてやるって、心に決めたの」
 憤怒の形相で千理はそう言った。なるほど、そういう事だったのか。
「じゃあ、君は慎太郎が君と離れた後どうなったのかは知らないのか」
「知る事ができたと思う? 手紙の返事も来ないのに」
「君は『千里眼』スイッチを持ってたんだろ? 見る事もできた筈だ」
「あのスイッチはね……自分の為には使えなかったのよ。だから私に取って何の役にも立たなかったし、クズ親に良い様に使われた。本当にロクなスイッチじゃあ無かったわ」
「そうなんだ……」
 僕は内心叫びたい気持ちになった。
 慎太郎が返事を書かなかった理由は、おそらく引き籠ったから。外界全てをシャットアウトして自分の殻に閉じこもったあいつはきっと、他の友達とかそういったものまでも信じる事ができなくなって彼女からの手紙にも触れようとしなかったのだろう。それどころか手紙の存在すらも知らなかったかも知れない。
 でも、だからと言って千理が悪いかと言えば、それも違う。彼女は彼女で必死だったのだろうから。たかだか小学生でエセ宗教の巫女などやらされていたら、それは心も痩せ細るだろう。そして唯一自分を助けてくれそうな慎太郎にまで無視されたとなったら、彼女が奴を恨むのも仕方の無い事かも知れない。
 ……ん? 待てよ?
 つい考え込んでスルーしかけたけど、今こいつ、サラっと重要な事言ってなかった?
「今……『目的を遂げる』って言った?」
 探る視線の僕に、千理は瞬時に教祖の顔に戻る。
「言ったわ。賢いあなたなら、私の目的くらい解っているんでしょ?」
「そうでも無いよ。君が集団自爆を企てているくらいは解る。でも、その意図までは解らないってのが正直な所だ」
 そう。僕が不審に思っているのは、集団自爆の意図だ。
 トキオの事件みたいに特定の場所なりを狙って自爆するなら、それは明白な意図を感じる事ができる。
 でも、例えばここで大爆発を起こした所で一体何になるというんだ? せいぜいこの施設と、近隣を破壊する位の事しか……って、まさか!?
「あら? その顔は、気付いたのかしら?」
「皇陛下の御用邸……かよ」
 このナス天領に作られた希望院は、皇陛下の指示で建てられたと聞いている。
 あのトキオ壊滅事件の時に公務で地方に行っていた為難を逃れた当時の皇子殿下は、新たな皇陛下となった後事件を悼むと共に、再びああいった惨事を起こさない様に自ら指揮を執り『自爆スイッチ保持者保護法』の制定や各施設の建造に尽力された。そしてメイン施設であるこの希望院を、皇家が持つ御用邸の土地を削ってまでお作りになられたという話だけど……
「正解。皇陛下御本人に恨みは無いけれど、私達の目的の為に尊い犠牲となって頂くつもりよ」
 毎年、皇室の方々は夏になると避暑の為このナス御用邸に来られる。千理はそれを狙っているのか。
「ねえ、ここまで話したのだから今度は私の話を聞いてくれないかしら」
 愕然としている僕に、今度は千理が話し掛けてきた。
「単刀直入に言うわよ。私の同志になりなさい」
「本当に直球だな。そもそもどうして皇陛下を狙うんだ?」
「人間の愚かさとスイッチの持つおぞましい力を知らしめる為よ」
「そんなの僕達皇国人は知り尽くしているだろう」
「どうかしらね? スイッチの事をちゃんと理解していたら、例え優秀なスイッチだとしても使わない筈よ」
 忌々し気に顔を歪める千理。
 きっとこいつはスイッチの存在自体を憎んでいるのだろうな。自分を不幸にしたスイッチを。
 そして世間にスイッチの、負の力を見せつける為に集団自爆を行おうとしている。更に千理はより大きいインパクトを与える為に、『自爆』スイッチ対策に尽力された皇陛下を狙おうとすらしているのだ。
 複雑な思いを抱いている僕に、突然千理は席を立って僕の隣にしな垂れる様に座った。腕に柔らかい感触。
「当たってるよ」
「当ててるのよ」
 お約束の応酬をした後、知里は今度はまるで娼婦の表情になって僕の顔を覗き込む。
「もちろんタダとは言わない。同志になるなら決行の日まで、私の身体を好きにして良いわ」
「他のみんなにもこういう事してるの?」
「まさか。彼等は単純だから口先だけでどうにもできるわ。そして手強いあなたにはこれくらいやらなきゃ無理」
「それでも意外だけどね」
「別に清い身体のまま死にたいなんて思ってないわ。そんな事よりは少しでも成功確率を上げたいの」
 今やねっとりと抱き着いて、全身で僕を篭絡に掛かる千理。
 うん、ここに来る前の僕なら耐えられなかっただろう。操と出会い、露出プレイの真の素晴らしさを知る前の僕だったら。
 だから。
「ごめん、僕には大切な人がいるんだ」
 僕は辛うじて彼女を押し退ける事ができた。



 10 施設の秘密と院長さんの苦悩



「そうか……千理さんはそんな事を考えていたのかね」
 院長さんはさすがに普段の柔和な顔を崩し、深刻な目になって僕を見詰める。
「これはいよいよたかし君達の力を借りねばねらないな」
 ご覧の通り、僕は千理のコテージから這う這うの体で逃げ出した後すぐに院長さんを訪れていた。理由はもちろん千理の目的を伝える為だ。
 皇陛下を爆殺しようだなんて、そんなテロ行為を企んでいる様な奴を放って置く事なんてできない。だから僕は院長さんに全てを話して何とかしてもらおうと考えたんだ。なのに――
「何でそうなるんです? あんな大それた事考えているんですよ? もうあいつ一人だけ別の所で隔離とかすれば良いじゃないですか」
 あくまでも院長さんは僕達にどうにかしろと言う。そんな悠長な事言ってる場合じゃ無いだろうに。
「もしもあいつらが集団自爆を成功させたらどうなると思っているんです? あなた達も全員死んじゃうし、皇室の方々も」
「それは心配してはいないよ。そんな事は絶対にできないのだから」
「え?」
 事も無げにそう言い切る院長さん。しかしその瞳はどこか悲し気だった。
「どういう事です?」
「以前、君は『この施設には欠陥がある』と言っていたね。『自爆』スイッチを持った人間を一か所に集めているのは間違いだと」
「はい」
「では何故、一か所に集めているか解るかね?」
「そりゃあ一緒にしとけば管理は楽でしょうけど、それこそが問題だって僕は言ってますよね」
「うむ。理由のひとつはまさに君が言う通り、一か所に集めた方が管理がしやすいからだ。そして……」
 小さく息を吐き、改めて僕を見つめる院長さん。その表情はどこか、悪い事をして叱られている子供の様にも見えた。
「君達が考えているよりも、遥かに高度に『管理』されているのだよ、君達は」
「…………管理」
「そう。管理。こうなった以上、君には話しておかなければいけないだろうね。君達は常に監視されている。この施設内の、どこに居ようとも。そして、いざとなったら瞬時に『処分』する事もできるのだよ。方法は言えないがね」
 院長さんの放った言葉に、僕は鳥肌が立つと共にどこか納得してしまった。確かに考えてみれば、僕達みたいに危険な存在をいくら施設内とはいえ自由にさせているのはおかしい。それ位のセキュリティが施されているのはむしろ当然と言って良いだろう。
「おや……あまり驚いていないみたいだね?」
「驚くよりも納得の方が大きいですね。あと、同時に幾つか疑問が浮かびました」
「ほう。私に答えられる事なら答えよう」
「じゃあ、まずはどうしてこんなまどろっこしい事するんですか? 僕達『自爆』スイッチ持ちが危険だって解っているのならもっと、それこそ刑務所みたいにした方がより管理しやすいでしょうに」
「それに答えるのは簡単だよ。ここは『自爆』スイッチ保持者の為の更生施設だから。我々は君達に精神的に安定して貰い、『自爆』スイッチを失くして貰う事こそを一番重視しているからだよ。それは刑務所の様な施設では不可能だ」
「では、もうひとつ。どうして院長さんは、あくまでも僕達に千理の事をやらせようとするんです? こうなったら彼女を監禁した方が良いと思うんですが」
「それの答えも簡単だね。彼女や、彼女に同調した子達に死んで欲しくないからだよ。いいや、この希望院全ての子供達に、私は死んで欲しく無いと思っている」
「死なせたくないなら、それこそスイッチ押せない様に監禁するべきでは?」
「それでは根本的な解決にならないよ。そしてああいった子は力で抑えつけたら余計に自爆欲求が高まるものだし……このまま放っておいたら集団自爆しようとして処分されてしまう。全てを丸く収め得る存在はたかし君、君だけなんだ」
 ああ、どうしてこの人はこうも僕に全てを押し付けようとするのだろう? 僕だって無力な『自爆』スイッチ保持者なのに。
「大体『全てを丸く収める』ってどういう状態を言ってるんです? もしも千理の『自爆』スイッチが無くなる事を指しているのなら、それこそ僕には不可能ですよ? ていうかそもそも『自爆』スイッチって本当に無くなるもんなんですか?」
「もちろん『自爆』スイッチを変える事は可能だ。毎年何人もこの施設から解除者が出ているし、私自身かつて『自爆』スイッチを宿した身だ」
「えっ!? 院長さんも……」
「ああ。私も君くらいの頃に些細な理由で『自爆』スイッチをこの身に宿してしまってね……当時はこういった施設は無く、とある寺に預けられた。そこで私は仏の教えと出会い、修行を重ねる内に今の『命の輝き』スイッチに変える事ができたのだよ」
 遠くを見る目になって語る院長さん。なるほど、『自爆』スイッチを変える事は可能なのか。そして今の話を聞くと、彼の『命の輝き』というスイッチは何だかもの凄く尊いものに思えて来るな。どんな効果があるのかさっぱり見当が付かないけれど。
「そして話を戻すとたかし君、私の見立てでは君の『自爆』スイッチは変わり掛かっている。そして君の行動はきっと千理さんや他の隔離者達に良い影響を与えると見ている。だからこそ、君に頼みたいんだ」
「僕のスイッチが? どうして?」
「それに答える事は、私にはできない。スイッチの変更はあくまでも宿した者の心が決める事だからね。そして、そういった変化というものは周りの者に必ず良い影響を与える。これも君達隔離者が集められている理由の一つだ」
 真剣な瞳で僕をまっすぐに見て、院長さんは言う。
 ……でもね、院長さん。
 僕の行動が良い影響与えるってあなたは言うけど。
 最近の僕の行動って露出プレイがほとんどだよ? 本当にそれで良いの?




 11 都、愛ゆえに
   



 あれから数日が過ぎた。
 せっかくイケメン化してやったにも関わらず慎太郎はその維持をしようともせず、だらしない姿のまま今日も猫背になってカレーを食べている。それを他の連中が揶揄したりして苛めているが、きっと千理の仕業に違い無い。
 その千理は今では集団自爆構想を隠そうともしなくなり、配下の者達に日々熱心なスピーチを行っている。そのせいで既に何人もの隔離者のスイッチが赤く輝いていて、決行の日が近い事を物語っている。どうせそんな事やろうとしても、処分されるだけなのに。
 もちろんこんな事言っても奴らは信じようとしないだろうし、そもそも言ってやる必要性も感じない。はっきり言ってもうあんな連中と関わるのはまっぴらだ。
 そして最近の僕はもう全てがなんだかどうでも良くなって、只操と露出プレイを楽しんでいる。院長さんは僕にやたらと期待しているみたいだけれど、申し訳無いが力にはなれない。それどころか僕はこのモラトリアムな施設内で操とふたり、一生露出プレイをして楽しもう。そんな事まで考え始めていた。
 そんな、とある日――

「お前達! これを見なさい!」

 朝、例によってインナーアウトで周囲の雑踏を無視して高度な朝食を楽しんでいた僕達の元に、大声ではしゃぎながら躍る様に都がやってきた。驚いた事に今日の都は今まで着ていた喪服の様な全身真っ黒のゴスロリ服では無く、華やかなピンクでフリフリにフリルの付きまくったド派手なロリータ服を着ている。
「一体どうした朝っぱらから」
 訝しむ僕に、都は「ふふん」と勝ち誇った笑顔で手に持っていた週刊ステップの最新号をがばっと開く。
「セルジュ様が生き返ったの!」
 都が開いたページには少し前に死んだ筈の人気キャラ、セルジュが実は生きていたというやや強引なエピソードが描かれている。
「見た? これが愛の力よ! 全国から送られた数万通の助命歎願の葉書が創造主様の心を動かしたのよ! その手紙の八割くらいは私だけどね!」
 例によって「い”あ”あ”あ”あ”あ”」と絶叫しながら都は食堂中を回り、復活したセルジュを他の隔離者達に見せびらかしている。もちろん僕達はそれを冷ややかに眺めていた。本当にあいつはブレない。きっとああいう人生を送れれば幸せなんだろう。
 とは言えあんな風にはなりたくないし、もうあいつも放っておこう。
 と、そこまで考えて食事を再会した時。
「あ、あと私の『自爆』スイッチ消えたから」
 何となく思い出したかの様に、都がさらりと言った。

「な、何だってぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 瞬時に食堂に居た、千理と慎太郎以外の全てが立ち上がり都を凝視する。
 そういえば初めて目にした、黒いヴェールを外した彼女の素顔。その額にあるスイッチに記されていた『自爆』の文字は消えて、空白になっていた。
 驚愕する僕達に、しかし都は涼しい顔。
「あんた達一体何を驚いているの? 私はセルジュ様の為に生き、セルジュ様の為に死ぬと決めた女よ。一時はあんな事になって絶望してしまったけれどセルジュ様が実は生きていらしたと知った今、こうなるのはむしろ必然」
 そんなちょっとだけカッコいい事を言った都は、「セルジュさま、ああセルジュさま、セルジュさま」と俳句にもなっていない謎の五七五を詠いながら躍る足取りでカウンターに朝食を取りに行く。
 ……本当に、この『自爆』スイッチって変わるんだな。
 ていうか、院長さん俺に『私の見立てでは君の『自爆』スイッチは変わり掛かっている』とか言ってたけど、何気に都に先を越された? あんな奴に?
 何故か不思議な敗北感に打ちひしがれる僕。しかし他の連中はどうやらそれどころでは無いみたいだ。
 千理の手下になりさがった他の隔離者連中は、『自爆』スイッチを消し去った都を見て明らかに動揺している。

「スイッチ……本当に変わるんだ……」
「もしかしたら、私も……」
「あの都ですら……」

 連中の赤く輝いていたスイッチが次々と消えていく。
「あ、あなた達?」
 それを目にした千理に焦りの色が浮かぶ。それはそうだろう。目的完遂まであと一歩という所まで来ていたのに、こんな思いもよらない形でそれを邪魔されてしまったのだから。なので千理は今まで見せた事の無い焦った表情になって手下共に何か言っているけどあまり効果は無い様だ。
「あらあらどうしたのかしら教祖様? いつものお澄まし顔はどこへ行ったの?」
 更にそこに追い打ちを掛ける様に、ハンバーガーを手にした都が煽る。
「あなた……」
 ぞっとする程に鋭い目で睨む千理に、それでも都は薄ら笑いを隠さずに続ける。
「どう? 人にバカにされる気持ちは。少しは慎太郎の苦しみが解った?」
「あなたには関係無い話でしょう」
「関係無ぇ訳無ぇだろこの陰険女! 自分の仲間苛められてんだぞこっちは! ああん?」
 都も凄んだ顔になって千理に睨み返す。この突然始まったキャットファイトに僕のみならず食堂に居た全てが固唾を飲んだ。
「私は積年の恨みを晴らしているだけよ。事情も知らずに首を突っ込まないでくれる?」
「はっ! 事情を知らないのはどっちよ! あんたが居なくなったせいで慎太郎は代わりに苛められて! そして引き籠ったんだよ! あんたのせいで!」
 ヒートアップした都は、千理の襟首を掴んで立ち上がらせる。そして鼻が当たる寸前まで顔を寄せて。
「何自分だけ被害者面してんだよ! あんたの知らねえ所であいつがどんだけ苦しんでたか、考えた事も無ぇだろう!」
 しかし相手は千理である。そう簡単には屈しない。
「だ、だからと言って彼が助けてくれなかった事には変わらないわ! それに私の名前も彼は呼んでくれない! 私はしほりなんかじゃない! 千理よ!」
「お前、引き籠りがどんなもんか知らねえだろう! 一回引き籠っちまった奴はなあ! 簡単には外に出れねえんだよ! 怖くて外と関われなくなっちまうんだよ! そんな奴に他人を助ける事なんか出来ると思うか? そして慎太郎をそうしたのは他ならぬおめえなんだよ! あとしほり呼びだけはさすがに私もキモいって思うよ!」
 ふたりは互いに睨み合い、罵り合う。その凄惨な姿に、千理の信者達ですら近寄ろうとしない。むしろ、まるで急激に洗脳が解けたみたいに彼女から距離すら取っている。
 そんな中で唯一動いたのは――

「都殿。そのくらいにして欲しいでござるよ」

 慎太郎だけだった。
 都の肩に手を添え、視線で離す様に促す。
「ちっ」
 ガラ悪く舌打ちをしてから都は千理の襟首から手を離す。そしてまだ何か言い足りなそうな顔をしていたけど、やはり視線で宥められて渋々引っ込んだ。
「し……千理殿……許して欲しいとは言わぬ……全ては拙者の不徳が招いた事。そこもとを救えなかった事、心よりお詫びいたす」
「ちょっと慎太郎! あんたが謝る必要なんて無いでしょ!」
 再び吠えた都に、しかし慎太郎は首を横に振る。
「理由はどうあれ、拙者が千理殿からの手紙を受け取る事ができなかったのは事実でござるよ」
 千理に頭を下げる慎太郎。それを正面から睨む千理は、今までのクールな彼女がまるで幻だったかの様にボロボロと泣き崩れている。
「何よ……何なのよ……」
 きっと彼女は悔しくてたまらないのだろう。自分がやっている事が本当は只の八つ当たりだという事に気付いてて。
 でも酷い目に遭った事はまぎれも無い事実で、慎太郎は彼女に取って唯一縋れる存在だったこともまた事実で。
 そして何より、自分を苦しめ続けてきたスイッチが憎くてたまらなくて。
 なまじ聡明なだけに、彼女は余計に苦しんでしまうのだろう。傲慢かもしれないけど、その気持ちは僕には解る。
 だから。

「もういい。死ぬわ」

 虚ろな目になって『自爆』スイッチを押そうとした千理を、僕は咄嗟に押さえる事ができていた。
 


 12 輝け! 命



「離しなさいよ! 死ねないじゃない!」
「だから離さないんだよ! おいみんな手伝ってくれ!」
 急展開に追いつけなくて固まっている周りの連中に声を掛けると、応じてくれた都や慎太郎、そして操が一緒になって千理を取り押さえてくれた。
「離しなさい! 離しなさいってば! 私にスイッチを押させなさい!」
 半狂乱となった千理は、常人離れした力を発揮して四人掛かりの僕達をも引き剝がそうとする。
「おいお前ら何ぼさっと見てんだ! 手伝えよ! 人呼んでこいよ!」
 右往左往している他の連中に怒鳴りながら、千理を押さえる。
「千理! お前だって解ってるんだろう? 本当は集団自爆なんかしたって無駄だって! 自爆は単なる逃げだって!」
「逃げたいのよ! 私はこんな世界から! こんなスイッチなんかのある世界から!」
 今や子供の様に泣き叫ぶ千理。もしかしたらこいつは今、初めて素の自分を曝け出しているのかも知れない。いつぞやの慎太郎の様に。
 もしもそうだとしたら、これは逆に好機かも知れない。今の、無防備な千理の心に何か響くものがあったなら、彼女のスイッチを変える事ができるのかも知れない。
 でも、そんなもん一体どこに……

「千理さん、まずは落ち着きなさい」

 ここにあったかも!?
 僕が抱いた一縷の望み。それはようやく現れた院長さんだ。
 かつて『自爆』スイッチを宿し、そして自力で変える事のできたというこの人なら、千理の心に何かを訴えてくれるかも知れない。
「話は聞かせてもらったよ。千理さん、君はどうやら心の底から憎んでいる様だね。スイッチという存在自体を」
 例によって穏やかな口調とアルカイックスマイルで語り掛ける院長さん。ああ、なんだか初めてこの人が心強く見えるよ。
 しかしそんな院長さんにも、千理は凄い眼力のまま叫ぶ。
「当たり前じゃない! 小さい頃は『千里眼』スイッチに散々苦しめられて! 誰も助けてくれない悲しみから『悲哀』スイッチに変わったら途端に捨てられて! 親戚中から厄介者扱いされた挙句遂に『自爆』スイッチになってこんな所に閉じ込められて! こんなスイッチのせいで! スイッチのせいで!」
 ひたすら恨みの言葉を吐く千理。よくよく考えてみると、彼女は僕が知っている中で一番切実な理由で『自爆』スイッチを宿した奴だ。僕や操みたいに恥ずかしい真似で付いた訳でも無く、慎太郎や都みたいに我欲をこじらせたものでも無く。壮絶なまでに悲惨な環境が彼女に『自爆』を宿らせた。そしてその原因は全てスイッチ。彼女がこうも憎むのは当然の事だろう。
 しかしそんな彼女に、院長さんは穏やかに渋いバリトンヴォイスで語り続ける。
「確かにこのスイッチというものは、不可思議なものだ。今君達が宿している『自爆』の様に恐ろしいものもあるし、かつての千理君が宿したものの様に保持者を不幸にするものも決して少なく無い。でもね、それでも我々人類はスイッチと向き合っていかなければならないんだ。このスイッチは天からの加護でもあり、また試練でもある。かつて『自爆』スイッチを宿した事のある私には、そう思えてならないのだよ」
 院長さんのカミングアウトは、さすがに千理も驚いたらしい。そしてやはりこれが年の功というものだろう。相手に圧を掛けて強引に話を聞かせる千理のそれと違い、院長さんの話はこう、懐に自然にスルッと入り込んで来る様な柔らかい感じがある。気付けば千理のみならず、その場に居た僕達全員が聞き入っていた。
「…………院長も、『自爆』を?」
「ああ。しかし私は仏の道に入り、修行の末に悟りを開きこの『命の輝き』スイッチに変える事が叶った。この様にスイッチは変えられる。失った過去を変える事はできないが、未来を変える事はできるんだよ」
 額にいっそ堂々と鎮座する『命の輝き』スイッチ。そのスイッチに指を添えて、院長が言う。
「私は今までこの『命の輝き』スイッチを押した事は無い。出家したその日から、スイッチに頼る事を止めると心に決めたから……しかし今日、私は敢えてこのスイッチを押そう。それがどんな効果であれ、きっと君達の励みになる。私はそう、信じている」
 いつも通りの穏やかな声。しかし院長さんの表情は今まで見た事も無い程に真剣だ。うん、効果の解らないスイッチを押すという事がどれ程恐ろしい事かはこの世界に住む者なら誰もが知っている。それでもその恐怖を乗り越えて、院長さんはスイッチを押そうとしてくれているんだ。千理の為に。僕達の為に。

「では、押すよ……見たまえ諸君、これが『命の輝き』だ」

 僕達全てが固唾を飲んで見守る中、遂に院長さんは額のスイッチを押した。
 刹那――
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
「眩しい!」
 周囲が眩く輝き出した。
 これは一体どういう事だ? 僕は最初院長さんのつるっぱげ頭が輝いたのかと考えたがどうやら違う。いや確かに院長さんも輝いているけど、それは頭では無かった。
 そして輝いているのは僕達みんな。この部屋に居る者全てが眩く光り輝いていた。
 この部屋に居る者全ての、両乳首と股間の辺りが……
「こ、これが……命の……かがや……き?」
 あまりにもなその効果に、さすがに千理も茫然とする。もちろん、他の連中も。
「わ、私が……厳しい修行の末に宿したスイッチが……え? ……これ?」
 押した張本人である院長さんも、愕然と立ち尽くす。まあその気持ちは解らないでも無い。
 そんな中。
「たかし! これって!」
 只一人、操だけが歓喜に満ちた顔になって叫んだ。
「これって? ……ああ!? これはまさか!」
 そして僕も操が言いたかった事に気付く。次の瞬間、僕達は互いに頷き合うと着ている服に手を掛けた。
 
「クロスアウト!」
 
 僕は着ていたTシャツとカーゴパンツを、操はお気に入りの白いワンピースを瞬時に脱ぎ捨てる。もちろんインナーアウトでここに来た僕達は、これで一糸まとわぬ産まれたままの姿。見よ、これが露出行為のアルファにしてオメガであるクロスアウトだ。
 するとどうだろう。
 全裸になった僕達の、しかし両乳首と股間から発する不自然な光で肝心な所はしっかりと隠されているではないか!
「こ、これは『謎の光』ではござらぬか!?」
「確かに! あの地上波じゃあ思いっきり邪魔してくれるけどけどOVAやブルーレイ&DVDでは無くなってたりギリギリまで細くなってたりするあの『謎の光』だわ!?」
 慎太郎と都が気付いた通り、これは紛れもなくあの『謎の光』
 なので法的に引っかかる事無く堂々と露出プレイを堪能する事ができる、これは僕達に取って最高なスイッチではないか!
「凄いです院長さん! 教えてください! 一体どんな修行をしたらこんなスイッチが貰えるのですか!?」
 茫然とする院長さんに、なんか操が弟子入りを願っている。そういやこの子も全くブレないな。
「これは、何なの……一体、何なのよ……」
 そして茫然としているもう一人、千理に僕は視線を移す。彼女はボロボロと涙を流しながら、混沌と化した食堂を見回して……あ、僕と目が合った瞬間に逸らしやがった!?
「ばかばかしい……付き合ってられないわ」
 吐き捨てる様に呟いて再びスイッチを押そうとしたその手を、そっと優しく握ったのは何とキモヲタ残念イケメン慎太郎ではないか。
「千理殿……いや……ち、ちさと、ちゃん」
 慎太郎が放ったその言葉に、千理はビクッと身を震わせて彼に視線を合わせる。
「ねえ、ちさとちゃん……あの院長さんのスイッチ……どう思う?」
「どうもこうも……何の意味も無いじゃない。何が『命の輝き』よ……やっぱりスイッチなんてロクなもんじゃ無いわ」
「そうでござ……そうだね。でもさ、あれを見るで、見て」
 慎太郎は僕と、尚も院長さんに絡んでいる操に視線を向けて。
「僕達には何の意味も無いスイッチを、あのふたりはあんなに喜んでる」
「それは……単にあいつらが変態なだけじゃない」
「うん、そうだね。確かにあのふたりの変態露出趣味はせ、俺には理解できないけど、それでも喜んでいる事だけは解る。役に立ったんだよ、あのスイッチ」
「…………」
 おい黙って聞いてりゃ言いたい放題だな、お前だって残念極まりないキモヲタの癖に。
 ……などと文句を言いたい気持ちをぐっと押さえて、僕は慎太郎に全てを託した。きっと今ここで千理をどうにかできるのは奴しか居ないのだろうから。
「こんな、乳首と局部がただ光るだけのアホらし過ぎるダメダメなスイッチでも、誰かを喜ばせる事ができたんだ。俺は、ちさとちゃんを苦しめていた『千里眼』スイッチもきっと、誰かの役に立ったことがあるって思う、でござるよ」
 今までのへたれっぷりがまるで幻であったが如く、慎太郎はまっすぐに千理を見て、そう言い切った。なんだよお前やればできる子じゃないか。あと『命の輝き』スイッチをディスるのはその辺にしとけ、あっちで院長さん膝抱えて泣いてるからな。
「……………………ふん、ばかばかしい。それよりも慎君、一体いつまで私の手を握ってるつもり?」
「あ、ごごごごめん!」
 上目遣いに睨む千理に、慎太郎はやはり鶏の如き脆弱な心で慌てふためき思わず手を離す。
「まったくもう、やってられないわ」
 呆れた声でそう呟く千理。その額の『自爆』スイッチに輝いていた赤い光はいつの間にか消えていた。
 


 エピローグ  僕らのスイッチ



 あの混沌に満ちた『命の輝き』の一件から数日後。僕達がこの希望院を去る日がついに訪れた。
 うん、あの日に僕と操に付いていた『自爆』スイッチは消えて、今僕のスイッチは空白のままだ。
 因みに、僕達より一足先に施設を出た都には『諦観』というスイッチが付いた。どんな効果があるのか知らないが、字面から察するにあいつに一番付いてはいけない様にも思える。使ったらあいつ消えちゃうんじゃなかろうか? 千理ならずともスイッチの理不尽を感じてしまう。
 その千理の『自爆』スイッチにはロックが掛かり、自爆ができなくなっていた。まったくあの慎太郎がここまで役に立つとは全く思っていなかったが、世の中は解らないものだ。
 そして今やあいつらは幼かった頃を取り返すかの如く、常に一緒に居る。お陰で慎太郎も身だしなみを気遣う様になって見た目だけは爽やか系イケメンに成り上がっているが、尻には敷かれているみたい。まあ、あの調子ならあいつらも近い内に『自爆』スイッチを失くす事ができるだろう。

「たかし、そろそろ時間よ」
「わかった」
 操に促され、正門に向かう。
 最後に振り返り、色々と濃い思い出に満ちた希望院を目に焼き付ける。ここで過ごした長いようで短い期間はそれでも僕の人生に大きな影響と、何より生きる希望を与えてくれた。
「たかし殿ー! お世話になり申したー! 公然猥褻罪で逮捕されぬ様、気をつけるでござるよー!」」
「やかましいわ! その喋り方直せって言っただろうが! 元気でな!」
 見送りに来てくれたのだろう。慎太郎は泣きながら大きく手を振ってくれた。結局最後まで言葉使いは治らなかったけど、それでもあいつはあいつなりに頑張って自分を変えた。まあ慎太郎にしては頑張った方だろう。
 そして慎太郎の隣に立つ千理は、最後まで手も振らずにむっすりとしたままだったけど、それでも見送りに来てくれる位には心を開いてくれたみたいだ。まったく黙って立っていれば本当に美少女なのに残念な奴だ。ある意味似た者同士だな。
「これからが楽しみね」
「ああ」
 僕達はここを出たら一緒に暮らそうと約束をした。まだ学生の僕らには、それを成し遂げるまでにはきっと色々と大変な事があるだろうけれど、彼女と一緒なら大丈夫だと僕は信じている。何故なら彼女は執念で『命の輝き』スイッチを宿してしまう程の凄い子なのだから。
 そして僕も変わらなきゃいけない。
 未だにあの時の家族の顔は目に焼き付いているし、トラウマとなって今も僕を苛む。でも、そんな僕を受け入れてくれた操と一緒なら、いつか乗り越える事もできるのではないだろうか? 今は只、それを信じたい。
「たかしには一体どんなスイッチが付くんだろうね?」
 僕の、空白のスイッチを見ながら操が言う。
「やっぱりたかしはまた『やる気』スイッチが欲しいの? だったら強く願うと良いよ、私みたいに」
 屈託無い笑顔を向けてくれる操に、僕も笑顔で応える。
「んー。正直言うと、何でも良いかなって今は思う。確かにあの『やる気』スイッチは凄かったけど、よく考えてみるとさ、やる気なんてスイッチの力借りなくても出せるんだよ。あの時の慎太郎みたいに」
 それに――
「それにさ、僕は今まで『やる気』スイッチに頼り過ぎていたけど、失くして分かった事がある。確かにスイッチの力を借りてはいたけど、その時にした努力は本物だった。あのスイッチはきっかけに過ぎなかったんだ」
 そして例えどんなに凄いスイッチを持っていても、使う者次第でそれは害悪にもなり得る。かつての僕が正にそれだ。あの時の僕はスイッチに頼り切り、乱用したからあんな目に遭った。全ては使う者の心持ちひとつなんだ。
「そうなのね。でも、きっとたかしにも素晴らしいスイッチが付くと思うよ」
 柔らかい笑顔で操は僕に手を差し伸ばす。その手を取って歩き出したその時、不意に額のスイッチが輝き出して――

 僕の新しい人生が始まった。 
 
黒川いさお

2022年08月14日 19時09分26秒 公開
■この作品の著作権は 黒川いさお さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆テーマ:『喜』『怒』『哀』『楽』
◆キャッチコピー:僕のやる気スイッチが自爆スイッチに変わってしまった
◆作者コメント:どうにか参加する事が叶いました。
拙い小説ですが、少しでも楽しんで貰えれば嬉しいです。

2022年08月28日 00時22分04秒
+30点
Re: 2022年08月28日 20時13分05秒
2022年08月27日 21時26分13秒
+30点
Re: 2022年08月28日 20時12分09秒
2022年08月27日 20時53分41秒
+20点
Re: 2022年08月28日 20時10分56秒
2022年08月27日 18時31分03秒
+30点
Re: 2022年08月28日 20時10分06秒
2022年08月27日 17時13分32秒
+20点
Re: 2022年08月28日 20時09分28秒
2022年08月25日 20時07分14秒
+20点
Re: 2022年08月28日 20時08分13秒
2022年08月24日 22時05分29秒
+30点
Re: 2022年08月28日 20時07分28秒
2022年08月22日 23時52分05秒
+20点
Re: 2022年08月28日 20時06分22秒
2022年08月21日 20時46分17秒
+20点
Re: 2022年08月28日 20時04分56秒
2022年08月18日 03時27分11秒
+10点
Re: 2022年08月28日 20時04分09秒
Re:Re: 2022年08月29日 00時54分08秒
2022年08月17日 10時40分40秒
+30点
Re: 2022年08月28日 20時03分03秒
2022年08月15日 21時29分54秒
+20点
Re: 2022年08月28日 20時01分55秒
合計 12人 280点

お名前(必須) 
E-Mail (必須) 
-- メッセージ --

作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)   トリップ  

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
E-Mail pass