蛆虫の王の栄光

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   1


 僕と、一歳年下のタカは小学校の頃から一緒の施設で育った。いわゆる、幼なじみというやつだ。
 似たような境遇だったこともあって、ほとんど兄弟のように育った僕らは、大人になった今も、その後に出会ったヤマちゃん共々仕事をしていて、それなりに上手くやっていると思っていた。
 そんなタカが、二ヶ月ほど前から音信不通になった。
 サツにパクられた、同業者にこっそり消された。
 というのが真っ先に思い浮かぶ理由だったけど、どうやらそのどちらでもないらしく、タカは自らの意思で僕らの前から姿を消したようだった。色々と連絡を取ってみたものの、あいつは全く応じることなく、本当に忽然と、タカはいなくなった。
 調整も何もしないまま、あいつが残した仕事に怒り、突然のことに心配しつつも、僕とヤマちゃんが目の前の仕事に忙殺される日々を送っていたある日のこと、タカが突然、連絡をしてきた。
 人を殺した。来て欲しい、と。
 どういうことだ、とこちらがいくら聞いても、タカはただ来て欲しい、事情は直接話す、と言うだけだった。
 色々と怪しいところはあったけど、相手はタカだ。とにもかくにも行ってみよう、とあいつの言ってきた住所に向かい、そのアパートの一室に僕とヤマちゃんが入ると、そこにはタカがいて、そしてあいつが言ったとおり、女が死んでいた。
 まず間違いなく、ジャンキーだろう女は、馬鹿みたいに赤いワンピースを着ていた。肌が白く、髪の長い女の死に顔は穏やかで、左肘の辺りに無数に刻まれた注射跡と対照的に見えた。部屋に上がり込んであいつの隣に僕らが立つと、タカは「俺が殺した」と電話で話したとおりのことを言う。
 いやお前、何やってんの。
 と僕は言おうとしたけど、視界に入ってきたヤマちゃんの顔を見て口から出かかった言葉を飲み込んだ。
 身長一九〇センチ、体重一〇〇キロ。全身が筋肉で出来ているようなヤマちゃんの顔は、今まで見てきたどんなヤクザや半グレでも敵わないぐらいに恐ろしい形に歪んでいた。東大寺の仁王像を百体くらい集めて煮出したようなヤマちゃんの怒りの形相がちょっと視界に入ってきただけで僕は息を飲んでしまったけど、それを向けられている当のタカはといえば動じた様子はなく、ただすまなさそうな顔をして、床に倒れた女を見ていた。
「どうして殺した」
 地獄の底から響くような声で、ヤマちゃんは言う。
「この子が望んだんだ」
 僕とヤマちゃんは、ため息をついた。
「俺達をどうして呼んだ」
 ヤマちゃんの問いかけに、タカは簡潔に答える。
「この子を、骨にして欲しくて」
 ごす、という音と共に、タカの体が飛ぶ。
 ヤマちゃんのハンマーのような拳をもろに受けたタカの体は狭い廊下を二、三メートル飛び、玄関のすぐ傍で倒れた。死んだか、と一瞬僕は思ったものの、タカが鼻血が出た顔をすぐに上げたので僕はほっと息を吐く。
 仮に、ヤマちゃんが本気だったらタカの首は問答無用で折れていたので、どうやら手加減はしてくれていたようだったものの、それはタカを殺さないため、なのかどうかは微妙だった。後ろ姿からでも怒り狂っているのが分かるヤマちゃんは倒れたタカに向かい、その襟を締め上げる……その様子を見る限り、散々痛めつけてからぶっ殺すつもりなのかもしれなかった。
「タカ、お前自分が何言ってるか分かってんのか?
 突然連絡してこなかったと思えば、何だ、女を殺したんでそいつを骨にして下さいだ? どれだけ勝手なことしてんだこの野郎」
「身勝手なお願いなのは分かってる」
 ぎりぎり、と。ヤマちゃんに首を締め上げられながらも、タカはヤマちゃんを真っ直ぐに見返し、言う。
「それでも、お願いだ。こんなことお願いできるの、ヤマちゃんやアイちゃんしかいないんだ」
「俺は嫌だね。仲間放ったやつのお願いなんて聞きたくない。サツ呼んであいつらにお願いしたらどうだ? ああ、その時俺らのことを話したら殺すけど」
「それは、出来ない」
「パクられるのが恐いか?」
「違う!」
 そんな二人のやりとりを見ていた僕は、一つため息をついてから、廊下の壁をどかん、と蹴った。ウィークリーマンションの薄い壁はべっこり穴が開く。タカとヤマちゃんの視線が僕の方に向いているのには気付きながら、僕は壁をさらに三度、蹴りつける。
 よく分からない事態。
 そしてヤマちゃんの言うように酷い勝手をやらかしたタカ。
 そして怒るヤマちゃん。
 そうしたものへの八つ当たりを、思うさま壁にかましてから、僕はまた大きくため息を吐き、そして僕を見る二人に向き直った。
「よし、お前の言うとおりにしよう、タカ」
「でも、アイちゃん」
「確かに、タカの言うとおりにするのは業腹だけどさ、ジャンキー女が死んだ部屋に俺ら思いっきり入っちゃってるんだよ。部屋の中の痕跡はまあ消せるとしても、道中の監視カメラには俺らの車はばっちり映ってる。タカを警察に自首させたとしても、捜査の中で俺らの存在は連中に知られる……そうならないために、この女の死の痕跡は消さなきゃならない」
「……野崎さんか」
 そう言ったヤマちゃんに、僕は頷く。
 自衛隊の電子線部隊や、CIAにいたという噂のある野崎さんはプロの掃除屋で、何でも綺麗に消してくれる。
 道中の監視カメラの映像から、多分、部屋中にあるだろう覚醒剤の痕跡、そして惨めな死に様の女の肉体まで。それこそ何でも、野崎さんの手にかかれば綺麗に消えてしまうのだ。
「ただし、タカ、女を骨にしてくれ、とか抜かしたけど、それは無理だ。処理の方法は野崎さんと相談するけど、ジャンキー女は溶かして森に撒くか、細かく刻んでブタのエサにするかのどっちかだ。骨にするのは手間がかかるし、足がつく」
「それは、ダメだ」
 そう、タカは言う。
 収めかけた怒りがまた湧き上がるのを、僕は感じる。
「無理だ」
「お願いだ」
「殺すぞ」
「殺されても良い。何もかも済んだら、殺して良い。だから、お願いだよ」
「お前馬鹿か、馬鹿だろ。お前殺しても何にもメリットないじゃん、女の手間かかる処理させて、お前を俺に殺させろって? 馬鹿だろ死ねよ」
「自殺しろ、っていうんならそうする」
 もうブチ切れようと気持ちを固めかけた僕の前で、タカはガン、と床に頭を付けた。渾身の土下座を決めたタカは、床に頭をすりつけながら、なおも、僕に言う。
「でもどうか、お願いだ。彼女は骨にして、ちゃんと弔ってやりたいんだ。お願いだよ、アイちゃん……」
 タカの横に立つヤマちゃんは、今も怒っていたけど、ちょっと困った顔になって僕を見てきた。
 このままタカの後頭部に蹴りをかまし、骨が折れ、脳みそが出るまで蹴り続けたい、という欲望に駆られる……でもそれを実行に移すには、タカはあんまりにも必死過ぎたし、僕達とタカの付き合いは、浅いものでもなかった。
 僕は土下座するタカに近付くと、その肩に手を置いた。
「とりあえず、野崎さんに相談しよう。野崎さんが無理だ、って言ったらそこまでだ。良いな?」
「ありがとう、アイちゃん」
 そう言って顔を上げたタカは泣いていて、僕はその汚らしい顔から目を逸らした。


   2


 僕らの仕事はシャブ、つまりは覚せい剤の卸で、そして死んでる彼女は仲卸であるタカの客、つまりは売人の一人だったそうだ。
 彼女のことを話し始めたのは、妙な依頼に苛立ちを隠さない野崎さんがそれでもプロらしくきっちりと仕事を終えて去り、彼女やヤク、そしてタカの生活の痕跡すらも綺麗に消えたアパートから出た僕らが乗り込んだ車内のことだった。
 彼女の遺体は細かく切り分けられ、野崎さんがどこかへと運んでいった。何日かすればタカの望みどおり、骨となった彼女が、埋葬に必要な公的書類(偽造)と一緒に届くことになる。
 ついさっきまで、野崎さんを手伝っていた僕達は結構な虚脱感の中にあった。僕らにとっては死んでしまえば人はただの肉で、それを細かく切る作業はまあ面倒ではあるけど心痛むものではないはずだった……それが見ず知らずの人であれば、という条件が付くけど。
 タカは自分の彼女だというその女の肉体を、野崎さんの指示に従って切り分けた。
 そんなタカを見て、僕は今までの人生で付き合ってきた何人かの女の子の顔を思い浮かべてしまった。今となってはさして思い入れもない子達ばかりだけど、仮に今ノコギリを入れているこの骨があの子達の内の誰かだったら、と思ってしまうとぞっとして、何時間か前に食べた夕飯を吐きそうになる。
 そんな僕とは対照的に、タカは彼女の遺体を切り分ける作業を黙々としてのけた。慎重に肌にナイフを当て、余計な傷を付けないよう、ゆっくりと骨にノコギリを当てる。何か神聖な儀式であるかのような手つきのタカを見ていた僕は、戸惑いがどんどん大きくなるのを感じざるを得なかった。


 売人だった彼女は、多くの売人がそうであるように自身も薬物中毒で、最近になって依存がよりひどくなっていたそうだ。
 タカが渡したクスリも、客に売るよりも自分で使う量の方が多いくらいになっていて、金もないのにクスリをせびる、なんてこともあったそうだ。
「でも案外、優しいところもある女でさ」
 ジープの後部座席で揺られながら、タカは隣の僕にそう言う。
「一度、クスリ渡す時に俺が風邪引いてたときがあって、その時にあいつ、おかゆ作ってくれたんだ。料理結構得意なんですよ、とか言って。しょっぱくてあんまり旨くなかったし、作ってくれたのもクスリが貰えて上機嫌だっただけなのかもしれないけど……でも、俺は、結構優しい奴なんだな、って思ってた」
「そんな奴が、クスリのことしか考えられなくなっていくのが、ショックだった?」
 僕は先回りしてそう言うけど、タカは何も答えなかった。ちょっとした沈黙のあと、タカはゆっくりと話を続けた。
「一定のライン超えたヤク中って、独特の感じになるじゃん。いっつもおどおど、怯えたような顔して、妙に焦って常に脂汗浮いてんの。あいつがそうなってるの見たとき、俺、妙にショック受けたんだ。今まで同じようになった売人とかシャブ中はたくさん見てきた。だけど、あんなことを感じたのは初めてだった。
 気付いたら俺、あいつにシャブを辞めよう、って言った。これ以上続けたらお前はもう戻れなくなる。人生が終わる。そうなる前に辞めよう……って」
 その提案を受けた彼女は案の定、何言ってんだこいつ、という顔をした。
 確かに、タカの言った台詞はこれまで人間を山ほどシャブ中にしてきた中卸の言うものではない。何か裏があるんじゃないか、と思っていたらしい女は最初、タカの話を真に受けることはなかった。
 でも、自分自身、よく分からない理由から本気だったタカが根気よく説得を続けたところ、彼女はその提案を受け入れた。タカが本気だということが分かったのかもしれないし、彼女自身、心のどこかで、このままでは不味いと思っていたのかもしれない。
 そしてタカは唐突に僕達との連絡を断ち、東京から離れたウィークリーマンションで彼女とクスリ断ちを始めた。
 クスリは精神、身体両面で人間に依存を作る。しばらくしないでいると、キメたくてしょうがない、という気持ちになるのと同時に、悪寒、異常な発汗、めまい、幻覚といった離脱症状に襲われる。そこから逃れるためには症状が抜けるまで我慢するか、シャブをキメるしかなく、苦しんだ彼女は案の定、クスリをタカに求めた。
 そんな彼女を、タカは励ました。頑張れ、お前なら出来る、大丈夫だ、耐えられる、と。暴れ、騒ぎ、暴言をぶつけてくる彼女に、タカ自身、どうしてこうも出来るのかと思うくらいに根気強く、向き合った。
 そして、彼女の離脱症状が終わるまで付き合いきったタカは、彼女と海に出かけた。
 白い雲以外何もない空の下、タカは彼女とはしゃぎ回った。体が軽い、ヤクが抜けたせいなのかしばらくまともに飯を食っていなかったせいか分からないけど、なんて言いながら笑う彼女は物凄く楽しそうで、そんな彼女が転びでもしないか心配しながらタカもはしゃぎ回った。
 やった、やってやった。
 自分が何を果たしたのか、どうしてこうも精神的な充足感を覚えてるのか分からないまま、タカは彼女と砂浜の上ではしゃぎ回った。
 ひとしきり騒いだ後は海の傍のハンバーガー屋で思うさまバーガーとポテトを貪り、それが終わると車を走らせてショッピングモールで馬鹿みたいに赤いワンピースを買った。
 心と体を満たした二人はウィークリーマンションに帰ると、セックスをした。
 一日遊んだあと、特に彼女はヤク抜きと、まともに食事をとらなかったことで消耗しきっているにも関わらず、二人は何度も、何度もした。お互いが愛しくてたまらなかったし、これから俺達は途方もなく幸せになるんだと、タカは痩せ細った彼女に入りながら、思ったそうだ。
 そして、当然のごとく、そう思えたのはその夜だけだった。何日かすると、彼女はまたクスリを求めるようになった。


 離脱症状を抜けた後も、ヤク中にはクスリの快感がふとした時に蘇る。僕達がふとしたときに酒を飲みたくなったり、マックを食べたくなったりするのと同じで、一度覚えた強烈な快感を脳は忘れることは決して無く、ふとした時にこう呟く。ああ、またあの快楽を、気持ちいいのを味わいたい、と。
 薬物依存から抜け出すためには、そうしてやってくる脳の渇望を耐え続けるしかないのだけど、そこまで彼女は強くなく、タカはそんな彼女を止められなかった。
 タカの目を盗んでマンションから抜け出した彼女は知り合いの売人に連絡を取り、路上でトリップに入っていたところをタカに見つけられた。警察の目に止まる前になんとかマンションに戻したタカは、じっと彼女が再び目覚めるのを待った。
 快楽の混濁から意識を戻した彼女は、タカに気付くとまずごめん、と言った。
 そして、死にたい、と言った。
 もう私はダメだ。クスリに捕らわれたまま、これからもキメるために何でもしてしまう。そうなる前に、もう止めたい。色々な苦しみから逃れたい、と。
 そんなことはない、お前は必ず抜け出せる、俺も一緒に頑張るから。
 そうタカは言い、二人は再びヤク抜きに入り、そして彼女はまた、クスリを求めた。
 再びヤクの快楽に沈んだあと、やはり彼女は言った。死にたい、と。
 そしてタカは同じことをもう一度言うことは出来なかった。
 彼は彼女の望みを叶えることにした。


 彼女の実家には、両親と弟がいたらしい。私なんかよりずっと出来が良い弟、と彼女はしきりに、タカに言っていた。
 家出して、音信不通になってもう何年にもなるけど、あいつらに自分がヤク中として死んだとは、知られたくない。どうか、お願い、と、彼女はタカに高濃度の睡眠薬を注射される前に、頼んだそうだ。
 そしてタカは、彼女をちゃんと供養してやりたかった。だから、
「よく分かった。分かったからもう何も言うな」
 運転席に座ったヤマちゃんは、タカにそう言った。
「ところでよ、お前自分がどれだけ自分勝手なことしでかしたか自覚してるか? 自分が今までどれだけの人間シャブ中にしてきたか分かってるか? その女にお前が入れ込んだのも、女の処理を俺らに押しつけたのも、全部お前の勝手だよな。それに」
 ヤマちゃんは、言葉を続けるために息を飲み込んだ。
「何より、俺が許せないのは、お前は俺ら仲間よりもそんな自分の勝手を優先しやがったことだ」
「うん」
 タカは目を伏せ、そして懐に手を突っ込んだ。
「俺は、ヤマちゃんもアイちゃんも仲間だと思ってる。二人のことを大切にしなきゃとも、思ってた。でも結局、二人にどうしようも出来ないことをした。そのツケは、払わなきゃならないと思ってる」
 余談ではあるけれど、銃規制の厳しい日本でも探せば銃は手に入る。一昔前の米兵がヤクザに流したものもあれば、外国船の船員が部品単位にバラして持ち込んだ銃もある。多少のコストをかければ、拳銃と弾の一式は手に入らないことはない。
 僕らの仕事ではまずそういうものを使うことはないし、使えば大変面倒なことになるのだけど、それでも万が一に備えて銃は仕入れていて、タカが懐から取り出したのはそれだった。
「俺なら、素手でお前を殺せるぞ」
「そうしたら、ヤマちゃんの目覚めが悪いだろ?」
「そうだな、ありがとう、タカ」
 タカが差し出した、回転式のそれをヤマちゃんはゴツい手で握る。
 そしてヤマちゃんは銃口をタカに向けて撃鉄を起こす。そこで僕は限界を迎えた。 
「二人とも止めろ」
 そう言って、僕はヤマちゃんが握った銃をシリンダーの辺りで掴む。そしてそれを下げさせようとするものの、ヤマちゃんは力を込めてそれをさせない。
「離せよアイちゃん、タカだって覚悟決めてるんだ」
 これもまた余談ではあるけれど。
 三人の中で一番キレたら何するか分からないのが実は僕だ。
「うるせえ! 覚悟がなんだ馬鹿! もうこれ以上馬鹿するんじゃねえぞこのクソ野郎!! タカもだ! 馬鹿した上にさらに馬鹿を重ねるんじゃねえこのイカれ野郎! これ以上何かしたらお前らぶっ殺して俺も死ぬからな! ああ、そうだ、それが良い! そうしてやるよこの野郎!」
 そして僕はジープの荷台に体を滑り込ませ、その床下に隠してあったナイフを取り出した。
 それを握って後部座席に戻ろうとした時にはヤマちゃんは拳銃の撃鉄を戻して銃口を下げ、僕に向かってデカい掌を向けた。
「アイちゃん、悪かった、俺が悪かったから……」
「だったら最初からするんじゃねえぞこのクソ! もう手遅れだからなこの野郎オラァ!!」
「アイちゃん、悪いのは俺だ。殺すのは俺だけで良いから、アイちゃんまで死ぬなんて」
「うるせえぞタカ! お前如き殺したところで僕の気が済むと思ってんのかこの馬鹿!!」
「分かった、もう言わない。殺しても良いなんて言わないから」
「俺もだ、俺もタカを殺さない、だから……」
「だったらッ最初からそうしろ馬鹿共が!!!」
 僕はナイフを後部座席に突き立てる。レザーとクッションを貫通し、その下の金具に突き立ったナイフの切っ先が折れたらしいのを、僕は感じる。
 あぁあああああああああくそが、と、ため息を吐き、僕はタカを睨み付ける。
「タカ、お前がどれだけあのジャンキー女に入れ込んでいたかはさっきの長ーい話でよおーく分かったよ。僕もヤマちゃんと同じで、仲間より女を優先したお前は許せない。
 失せろ。野崎さんが骨にした女を持ってきたらそれ持って失せろ。もう二度と僕達の前に顔を出すな。もうお前とは金輪際関わり合いたくない。それでヤマちゃんも良いな?」
 タカは神妙に頷き、そしてヤマちゃんもああ、と僕に応じた。僕は運転席を蹴り上げ、さっさと帰るぞ、とヤマちゃんに言った。


   3


 群青の空に没しかけた夕日が、1Kの部屋を微かに照らしていた。
 灯りの灯されていない部屋は、人の住む場所とは到底思えない。洗っていない食器、腐った弁当、汗と汚れにまみれた衣服、奇怪な色に染まった布団。無節操に散らばったそれらの中で、その人は静かに眠っていた。
 遊び疲れた子供が眠りを貪っているようにも、その寝顔は見えた。目尻には皺が寄り、青白い肌にはシミがいくつも浮いていて、その人を子供に見間違えることはどう頑張っても出来ないのだけど、その寝顔は苦しみや悲しみや怒り、そうした不快なものから完全に解き放たれた穏やかなもので、思わずほっと息をついてしまいそうになるほどだった……その左腕に例のごとくチューブがまかれ、傍らに注射針が転がっていても、日頃から僕が受けてきた理不尽な仕打ちを思い返しても、全てが仕方ないことなのだ、と思えてしまうくらいに。
 部屋の入り口で立ち尽くすしかない僕に気付きもせず、彼女は眠り続ける。
 もしかしたら死んでいるかも、と、ふと思う。
 しかし、焼き肉のタレや唾液や血といった様々なもので汚れたTシャツの下の胸は、静かに上下を繰り返していて、期待と不安の入り交じった何かを感じていた僕は、肩すかしを喰らったような、安心したような、複雑な何かを味わうことになる。
 そして、彼女は不意に目を開ける。
 心臓が跳ねる。
 さっきまで自分が考えていたことを、彼女が察したら。そんな非現実的な恐怖感に、僕は体を固くする。それに、僕の考えが読み取られなくても、彼女の寝起きの気分によっては、思い切りはたかれたりするかもしれない。
 ただいま、とか細い声で言った僕を、醜く惨めで愚かな僕の母親はしばらくの間、じっと見つめてきた。そして不意に起き上がり、真っ直ぐに向かってくる。殴られると思って目を閉じた僕だったけど、彼女はそうしなかった。
 汗や、尿や、食事といった様々なものの臭いが交じった母親の体が、僕を包んだ。途方もなく臭かったくせにその体は温かく、僕ははねのけることもせずその抱擁を受け入れた。
「ごめんね」
 母親は言う。
「こんなママで、ごめんね」


 そこで、ようやくこれが夢だということに気付いた。
 自分の意識をそこから無理矢理に引っ張り上げる。
 みちみちと、脳が裂けるような錯覚を覚えながらの目覚めは、言うまでもなく最悪だ。
 荒い息を吐きながら視線を窓に向けると、遮光カーテンの合間から淡い光が差し込んでいた。
 初夏という時期を考えればまだかなり早く、壁掛け時計を見るとまだ五時にもなっていなかった。悪態をついてから目を閉じるものの、意識は完全に醒めてしまっていたし、仮に眠れたとしても、あの夢の続きを見させられるかもしれなかった。
 一つ息を吸う。
 肺の隅々に息を満たしてから、僕は叫んだ。
 部屋は防音だったけど、もしかしたら開けた窓から隣の部屋に聞こえてしまうかもしれない、それくらいに遠慮ない叫び声だった。でも僕は構わず、叫び続ける。先ほどまで見ていたクソのような夢に。
 長い、長い叫びは僕自身終わりのないように思えたけど、隣の部屋で寝ていたヤマちゃんがやってきたところで、それは止まる。
「大丈夫か」
 と言ってきたヤマちゃんに、僕は即座に大丈夫、と答える。
「ちょっとイラついてた」
 そうか、とだけ言うと、ヤマちゃんは部屋の外へ出て行った。


 まるで戦車のように巨大なジープの運転席でも、ヤマちゃんにかかるとさして大きなものに見えない。
 これまた広い助手席に座った僕は駅に着くまでの間、無言のヤマちゃんがごく普通の乗用車のそれとしか思えない運転席で、シフトレバーを手際よく操作する様を時々眺めていた。
 そこにいるだけで周囲を圧するヤマちゃんだったけど、その運転は結構、いや、かなり安全運転だ。クラッチ操作は慎重で、急加速は絶対にしないし、カーブでは必ず徐行する。内面も外見も、三国志辺りに出てくる乱暴者みたいなヤマちゃんが、そんな印象とは正反対の繊細な運転をしている理由はよく知らない。一度、何かの拍子に彼の両親はアル中で、飲酒運転で事故を起こして死んだ、とかいう話を聞いたことがあるので、もしかしたらそのことが関わっているのかもしれないけど、詳しく尋ねたことはない。そんなことを聞いても、何にもならない。
 とかいうことを考えていたら、いつの間にか駅に着いていた。ヤマちゃんがぎ、とサイドブレーキをかけた音でそのことに気付く。
 僕らは無言で、人混みでごった返す駅を睨んだ。いつまで経ってもどかないジープを苛立たしげに見てくるタクシーの運転手にガンを飛ばしたり、道行く巨乳の女に遠慮ない視線を向けたりして、一時間くらい経ったところでそいつは現れた。
 ヤマちゃんに殴られた痕を隠すために、帽子を目深に被ったそいつは、タクシーの一台に乗って駅にやってきた。
 女の骨が収まっているだろうデカいリュックサックを背負い直してから、タカは周りをぐるりと見まわし、すぐに僕らに気付いた。
 驚いたような、ほっとしたような、嬉しいような。
 そんな表情を浮かべたタカだったけど、僕らは険しい表情のまま、あいつを睨む。それでもタカの馬鹿は泣きそうな顔で笑い、そして僕らに手を振った。
 ばいばい、と言ったのが口の形で分かる。
 そしてタカは改札の方に向き直るともうふり向くことなく、乗り口の方へ向かっていった。
 あいつの姿が見えなくなった後も、僕らはしばらく、あいつの消えた雑踏をじっと睨んでいた。
 しばらく経つと、ヤマちゃんは黙って車を発進させる。僕もしばらく、何も言わない。
 ジープの荒っぽいエンジン音を体に感じたり、視界を次々と通っていくビル達をぼんやりと眺めたりしていく内に、心の中に乱雑に転がった諸々の感情が当初持っていた強さは徐々に薄れていく。ただ、それですっきりしたとか、気が落ち着いた、なんてことはなく、強さが薄れる代わりに輪郭を失った諸々の感情や思考は妙な具合に混ざり合い、僕の苛立ちをより深くしていくようだった。
 くそが、と小さく呟く。それが聞こえたのか分からなかったけど、ヤマちゃんはぼそり、と話しかけてきた。
「アイちゃんとタカは、一緒の施設だったよな」
「うん」
「二人とも、親がシャブ中だったんだよな」
「そうだよ」
「あいつが女に入れ込んだのって、何でなんだろうな」
「知らないよ」
 ヤマちゃんは、そうか、と応じることも、頷くこともなく、無言のまま、時速六〇キロでジープを走らせる。
 そのまま互いに何も言わないまま、一時間くらい、一般道を走り続けてからヤマちゃんはふと言った。
「ソープ行くか」
「そだね」
 そして僕らはとある超高級ソープに車を乗り入れるとフリーだった子を選んで部屋に入ると思う存分やった。
 超高級なそこは二〇〇分二〇万の代わりに女の子になんでもやってもOKで、お尻を使うもよし、鞭使うのもよし、ウンコ食わせるのも食うのもよし、だったんだけど、スカトロとかの気はない僕は首絞めとお尻までにした。
 最初は演技でひーひー言ってる感じだった女の子は途中からガチで苦しそうな様子をしだし、それに嗜虐心をそそられた僕は少しだけ、このまま殺してしまおうか、と思った。
 ただ、まあ、ギリギリのところで現実的な判断が勝って僕は女の子の首から手を離し、代わりに華奢な彼女を別の方法で思う存分いたぶって二〇〇分を終えた。
 店を出る際にボーイから言われた、あんまりやり過ぎないで下さいよ、というクギ射しを聞き逃し、多分僕と似たようなことをやらかしたヤマちゃんと一緒にそこを出た。


「大丈夫か、アイちゃん」
 唐突に、ヤマちゃんはそう僕に言ってきた。
 ソープを出た僕らはやはり車をしばらく走らせ、そして海沿いの海岸で停まって二人して缶コーヒーを飲んでいたところだった。
「大丈夫だよ。ありがとうヤマちゃん」
 僕は、そう返すけど、でもまだ自分の中に苛立ちが転がっていることを自覚せざるをえなかった。
 女の子に酷いことをして、すっきりすることはしたけど、まだフラストレーションは残っている。何せ、この苛立ちを本来向けるべき相手に、向けられていないからだ。でもヤマちゃんにこれ以上心配かけたくなかった僕は彼に笑ってみせる。
 上手く笑えたかは、微妙なところだ。ヤマちゃんは僕を少し見てから、そうか、と呟いて視線を窓の外に向けた。ステレオからは、FMのラジオがかけている一昔前の洋楽が流れていた、
「仕事、やめたくなった?」
 意味の分からない英語の歌詞の合間に、ヤマちゃんがそう言ってくる。一瞬、彼が何を言ったのかよく分からなかった。その意味が分かると、僕はちょっとイラついた。
「どうしてそう思ったの?」
「なんとなく」
 ヤマちゃんはそう言って、コーヒーを飲み干した。
「タカのことでアイちゃん、結構、揺さぶられたように見えたから」
「やめないよ、こんな美味しい仕事、やめるわけがない」
 怒りだしたくなるのを堪えて、僕は言う。
「僕はヤク中から絞るだけ絞り上げる。それが生きがいなんだ」
「だよな」
「ヤマちゃんこそ、タカがあんなことしてショック受けてるんじゃないの?」
「かもしれない」
 それだけ言うと、ヤマちゃんは空になったコーヒーを窓の外へ放った。僕も同じようにコーヒーを外へ放ると、ヤマちゃんは何も言わないまま、ジープを発進させた。


   4


 施設に入ったばかりのタカは、周りから酷くいじめられていた。
 どこからか、あいつが施設に入った事情はバレていて、そしてあいつは周りの人間、施設の大人や子供達に、決して心を許さず、壁を作っていた。そのせいであいつは施設の子供達からいじめられた。でも決して涙を見せることは無かった。
 ただ、人に涙を見せなかっただけで、周りからの迫害はタカにとって十分に辛く、あいつはどうしようもなくなって泣きたくなると、僕らの寝床のある建物と、勉強部屋とかが収まったプレハブの隙間の空間に行くのだ。
 その日、僕が行くと、やはりあいつは泣いていた。
 ただでさえ小さいあいつは、体育座りをすると余計に小さく見える。僕が目の前に立つとあいつはすぐに気付き、驚いた顔で僕を見上げる。そして涙を拭って咳払いをする。さっきまで漏らしていた嗚咽は風邪か何かのせいなんだ、とでも言うように。
「おやつ、食べなよ」
 僕は持っていたパンをあいつに渡す。でもタカは顔を足の間に埋めたまま、応じない。
「親が、ヤク中だったんだって?」
 そう言うと、あいつは顔を上げ、僕を睨む。その目に子供でも分かるくらいの憎しみと怒りが宿っているのを見た僕は、あいつが飛びかかってくる前に言葉を続けた。
「僕もそうだ」
 怒りが徐々に引き、代わりに疑いがあいつの目に宿る。本当だよ、と言って僕はシャツの袖をまくった。
 上腕の、脇の下近くに、皮膚がひきつれた、一円玉にも満たない大きさの痕がいくつも刻まれている様を、あいつに見せながら、僕は言う。
「これ、僕の母親がタバコ押しつけたんだ。うつ病とか、パニック障害とか、人格障害だったらしい。気持ちの整理がつかなくなると、母親は僕をいじめたんだ。
 だけど、ヤクをすると、気分が落ち着くみたいでさ、決まって僕に謝るんだ。ごめん、こんなことしてごめんなさい、馬鹿なママでごめんなさいって」
 あいつは僕の腕に刻まれた根性焼きの痕を、何も言わないままじっと見つめる。そして不意に視線を逸らすと、ぽつり、と言った。
「それじゃ、証拠にならない」
 確かに、と僕は笑う。
「確かに、これは母親がクソ親だって証拠にはなるかもしれないけど、そいつがヤク中だったって証拠にはならないよな。でも、本当だよ」
 そう言って、僕はあいつの隣に同じように腰かける。
「お前の親は、どうだった?」
 僕の問いかけに、あいつはしばらく何も言わなかった。僕みたいな妙な奴に言って良いのか、どう言うべきなのか、そうしたことを逡巡したあと、あいつはゆっくりと言う。
「パパは、会社の経営が上手くいかなくなってから、おかしくなった……それまでも、そこそこおかしかったけど、ヤクをやってから、余計におかしくなった。
 ママは、そんなパパにつきっきりだった。パパが薬のやり過ぎで死んだら、ママも、パパを追って」
 そしてあいつの目から、大粒の涙が溢れた。
「どうしたら、良かったんだろう。これからどうしたら、良いんだろう」
「憎むしかないよ」
 僕はあいつに言う。
「お前は悪くない。悪いのはヤクに溺れた親たちだし、そんな親から僕らを助けなかった大人達だ。そいつら皆を、僕らは憎んで憎んで憎みまくるしかないんだ。じゃないと僕らは、潰れてしまう」


 これが僕の記憶に残っているタカとの出会いなのだけど、まあ大分改変は入ってるだろう。
 当時、僕は小五、タカは小四。そのくらいのガキの脳みそでは自分を取り巻く事態を十分に把握することは出来なかったろうし、それに対してああも考えをこねくり回すことも出来ない。
 ただ間違いないのは、僕は親を憎み、周囲を憎み、怒っていて、それをタカにも刷り込もうとしていた。
 その感情こそが、僕らみたいな奴が生きていく上で必要なものなのだ、と。
 ……多分、僕は結局、よすがに出来る人を求めていて、同じ境遇であるタカにそうなってくれるように求めた。そしてタカも、多分僕と同じようなことを、思っていたんじゃ、ないだろうか。
 そしてそれは、ヤマちゃんも同じだったんだろう。
 中学卒業後、高校にも行かず、暴れ回っていた僕らにヤマちゃんは絡んできて、その理由を彼は面白そうだから、と言った。
 ただ、確かにきっかけはそうだったとしても、彼と僕達の付き合いがこうも長くなったのは、それだけが理由ではない。
 ヤマちゃんも多分、同じものを抱えていた。周囲への不満、怒り……僕らみたいなアウトローやヤンキーは多かれ少なかれ、それを抱えているのだけど、僕らのそれの強烈さは、他人と比較出来るものではなかったのだ、と僕は思う。
 だから僕らの結束は硬く、暴走族や、時にヤクザ、半グレにまで喧嘩を売り、そして自分達で半グレグループを作る、なんてことまですることが出来た。


 グループを作るに当たって、メインの仕事はシャブにしようと思う。
 と僕が言ったとき、ヤマちゃんは笑った。
「普通さ、クスリで親死んだら、クスリやそれ卸した奴を憎むんじゃね?」
「クスリやるような奴は、クスリやる前からクソなんだよ」
 ヤマちゃんの横にいたタカは、僕の言葉を次いでヤマちゃんにそう言った。
「クスリなんて、吸ったり注射したりしなきゃただの白い粉さ。悪いのは、それがどんだけヤバいものか知りながら、それでも手を出すバカなんだよ」
「そしてそういうバカに、僕達は苦しめられてきた」
 タカの後を次いでそう言いながら、僕はグラスにウイスキーを満たす。門出に酒を酌み交わすなんて、若干厨二病が入ってるかな、とか思いつつ、でもまあいいや、と僕は琥珀色の液体の満ちた三つのグラスを並べた。
「そいつらから搾り取る権利は、僕らにはある。そして、あいつらも僕らからクスリをもらうことを望む。なら良いじゃないか。何の呵責もなく、僕らはあいつらを薬漬けにしようじゃないか」
 タカはグラスを取ると、ヤマちゃんを見た。
「ヤマちゃんは、そういうの嫌か?」
 そのタカの言葉に、ヤマちゃんはにやり、と笑った。
「いいや、面白そうだ」
 そしてヤマちゃんもグラスを取り、僕らはそれを、かちりと合わせた。

   *

 僕と考えを同じくしていたはずのタカが、よりにもよってシャブ中に惹かれ、それを救うために僕らから離れ、さらにはそいつの今際の願いを叶えるために僕らを捨てた。
 あいつが事情を話し、僕らに詫びたあの車中で、僕はあいつが何を考えていたのか、理解したくもなかった。
 認めるのは癪だけど、僕はあいつが裏切ったことが、酷くショックだったのだ。
 ……タカを追放してから一月ほど経ったある日、あいつから長い手紙が届いた。
 手紙の中でタカはあらためて今回のことを僕に詫び、そして、現状をつらつらと書いてきた。
 埋葬に必要な書類を用意してくれたおかげで、彼女の骨は寺に永代供養することが出来た。その寺のある街に今は住んでいて、土方で生計を立てている。これからどうするか考えながら、ここでしばらく生活するつもりだ、と。
 そして、警察に僕らのことをたれ込むつもりは全くない、と前置きした上で、タカはこうも書いていた。


 他にやりようがあったんじゃないか、と今は思います。
 彼女と短いながらも生活し、苦しみを間近で見る中で、僕の父親、母親、そしてアイちゃんの母親もまた、子供だった僕らには理解しえない苦しみを抱えていたのではないか、と考えるようになりました。
 以前にも話したかもしれませんが、僕が殺した彼女は、家族と上手くいっていませんでした。家出し、今までの自分を捨て、新しい生活を夢見て都会に出てきたところを、たくさんの大人達に騙され、裏切られ、その末にクスリに手を出したのです。
 アイちゃんには信じられないかもしれませんが、僕には彼女が彼女なりに、誠実に人生を生きようとしてきたように見えたのです。でもだからこそ行き詰まり、苦しみの渦中にいる中でクスリが眼前に現れてしまったのです……そして、僕らの親もまた、同じような過程を経たかもしれない、と、今の僕は考えるようになりました。僕らが彼らに怒りを抱いたのはやむを得ないにしても、一方で彼らがクスリに手を出したこともまたやむを得ないことだったのだと考えるべきだったのではないのか、とも思うのです。
 そう考えたとき、僕達がやってきたことは、もしかしたら取り返しのつかないことだったんじゃないかと今の僕は


 その後も手紙は続いていたけれど、僕はそれ以上読む気にはなれなかった。
 几帳面な字の書かれた原稿用紙を丸めてキッチンに持っていくと、僕はそれに火を点けた。煙を感知した警報器がじりじりと鳴ると、それに箒をぶつけてプラスチック製のそれを砕いた。
 今更だ、と僕はタカに言う。
 今更お前が罪の意識に目覚め、改心したところで、お前が僕達と一緒にしでかしたことが帳消しになると思うのか。
 手紙に書いたことにお前が気付いたことは、もしかしたら良かったのかもしれない。でもそれはもっと早くにするべきだった。それが出来なかったのなら、お前は何にも気付かず、クスリを売り続け、多くのシャブ中を破滅させ続けるべきだったのだ。
 お前は僕に、同じ事に気付けと言いたかったのか。今からでも遅くないからシャブから手を引け、と。
 タカ、それは出来ない。シャブ中は間違いなくクソだし、そして、ここから抜け出すことは僕には出来ない。
 そして、お前もだ、タカ。
 お前が今まで売ってきたシャブが、破滅に至ったシャブ中達が、お前が抜け出すことを、決して許さない。


「なんすか相田さん、めっちゃ顔色悪いっすね?」
 カラオケルームで、そんな遠慮ないことを言ってきた部下を、僕は睨み付けた。
「お前に関係ある?」
「いや、ちょっと心配になって……」
「僕よりも自分のことを心配しろよ。
 で、事情を話せよ。半金だけでシャブを売ったって?」
 たしか山田、という名前の僕の部下は、あろうことか売人に半額でシャブを渡し、残りをツケにしやがったのだ。
 他のところはどうか知らないけど、僕のグループではツケは絶対に受け付けない。相手は社会のクズで金を払わずクスリだけ持ち逃げ、なんてことも平気でしでかす連中だからだ。
 それに、連中はヤクを手に入れるためには何でもする。渡さずに待っていれば金は必ず入ってくる。だから僕は現生で金をもらうまでシャブは渡すな、と常日頃から言ってきたのだけど、それにこいつは逆らったのだ。
 事情を説明しろ、という僕に、電話で話せば良いものを、こいつはこのカラオケに僕を呼んだ。電話口でブチ切れる僕にも、こいつはまあまあそんなこと言わずに、とかなんとかぬかし、怒るのにも疲れた僕は仕方なく、ここに赴いたのだった。
「もう来ると思うんで……あ、来ました来ました」
 そう山田が言うと、カラオケルームに四〇くらいの女が入ってきた。肌には厚い化粧を塗りたくり、キツい臭いの香水を身に着けている女は、例のツケでクスリを渡した売人らしい。
 顔に貼り付いた強ばった表情、じっとりとした汗が、溶けたチークと一緒に流れている肌。
 詳しい話は聞いていなかったけど、ヤク中でもおかしくない感じだった。
「よお」
 僕に対したときとは打って変わった、ドスの利いた声で山田は女に話しかけた。あ、どうも、お世話になってます、と女は甲高い声で応じ、そして怯えた顔で僕を見た。
「えっと、こちらの人は……」
「お前には関係ないだろ?」
「あ、はい、そうですね……」
「でさ、覚悟は決まったんだよね?」
「えっと……」
「どうなのよ。散々やらかして他の卸しから見放されたお前にさ、出血大サービスでツケでクスリ渡してあげたんだよ? そのときちゃんと約束したよね……それとも、ツケを利子付きで持ってきたの?」
「お金は、ないです」
「だったらどうするんだよ」
「それは大丈夫です」
「何が大丈夫なの?」
 険しかった山田の声が、少し猫なで声っぽくなった。女は引きつった笑顔で山田に答えた。
「山田さんが、言ったとおりにします」
「じゃ、娘さん、店に行かせるってことで話ついたんだな?」
「はい」
「俺達の知り合いの店にな?」
 僕に聞かせるように、山田は言う。
 いちいち説明されなくても、話の要旨は分かった。要は僕達の知り合い、そういう商売に手を出してる半グレの店で娘を働かせるということで、そして店と言っても飲食店とか居酒屋とか、キャバクラでもない。ちょっと前に僕とヤマちゃんが好き勝手やった、ああいうもののことだ。
「はい」
 山田の満足した様子に安心したのか、女はにっこりと笑った。
「ちょっとさ、娘の写真見せてよ」
 女はポケットからスマホを取り出すと、娘だという写真を表示させた。それを女から受けとった山田は、僕に見せてくる。なかなか整った顔立ちの子だったけど、頑張っても高校生にしか見えない。
「いくつだっけ?」
「この間一七になりました」
「年齢はいくらでも誤魔化せるし、結構おっぱい大きいよな? それに大人しくて、良い子だよな?」
「ええ、良い子です。私が困ってるって言ったら、応じてくれたんです。ええ、良い子です」
「体が良くても、接客もちゃんとしてないとダメだからな。本当に良い子だよ。で、娘ちゃん、これから行ける?」
「外の車で待ってます」
 山田は女に親指を立てた。
「よし、早速店行こう。そこで店長と面接だ」
「あの、クスリは……」
「新しいクスリ? それはダメ。それにツケの解消も、娘ちゃんが仕事をちゃんとやるのが確認出来てからだ。新しいクスリは娘ちゃんが稼いだお金で買うんだな」
「そんな……」
「え? 俺何か間違ってること言ってる? お金払わないで物が貰えるとかどこの国の話だよ、え?」
「すみません……」
 そう脂ぎった顔で女が言うと、山田は、こういうことですよ、とでも言うように僕に笑ってみせた。
 色々とやらかして卸から見放された女に、顔立ちが整って体も良い感じの娘がいる、と知った山田は、ツケ払いを使ってその娘を差し出させたのだ。女が逃げるリスクはあったけど、女にクスリを卸す奴は彼くらいしかいない、と踏んだ山田は、そのリスクを許容した。結果、こいつは店への紹介料や、娘の稼いだ金の一部を受けとる権利を得たという訳だ。
 まあまあ頭が回ったね、と言うことは出来るだろう。この頭の悪そうな女をこの後も上手くだまくらかせば、ツケをしなかった場合よりも大きな利益が僕らに入ってくることになるだろう。
 そして、こういうことを僕はたくさん見てきたし、聞いてきた。クスリを得るために自分の内臓や、時に子供や嫁や親すらも売るような奴は、それこそたくさん、見てきた。
 ただ、今日の僕は少々、機嫌が悪かった。
 僕はブチ切れる。
「ダメだ」
「え?」
「ウチはツケは認めない、って言ったよな?」
 そう言って、僕は山田の腹にパンチを喰らわし、体勢が崩れたところを股間を蹴り上げ、倒れた馬鹿をめためたに蹴った。
 山田が動かなくなると、僕は何が起こったのか怯え、震える女に蹴りをかました。実際に当てることはせず、僕の足は女のすぐ傍の壁にぶち当たり、その薄い壁にめり込んだ。
「ツケは金で払え。今すぐに」
「すぐには無理です。お金は無いんです」
「知りあいに医者がいる。そいつにじん臓一個切って貰おう。それで払え」
「いや、だから」
「良いからそれで払えこのブタが!!」
 女の髪をひっつかみ、僕は部屋から出る。
 何事か、と見てきた店員に財布から万札を何枚か抜き、投げつけてから僕は店の外に出る。
 僕は自分の車に女を乗せようとする。レクサスに入る前に女は地べたに尻餅をつき、泣きわめき、抵抗する。女の顔に靴底をかまそうと足を上げたところで、「お母さん!」と誰かが言った。
 駐車場に止まった白い、古くさい軽自動車から、女の子が出てきた。クスリを求める母のために、体を売ることを決心したという、けなげな娘だ。
 女の子は母親に駆け寄ると、僕からかばうように彼女を抱きしめる。
「ごめんなさい、許して下さい」
「いや、お前、すげえな」
 僕は娘に笑う。
「お前の母親、クスリのためにお前売るっていうのよ? そんな女をお前かばうの? すげえな、バカじゃねえか?」
「クスリのこと抜いても、ウチは貧しいんだからしょうがないじゃない」
「そんなお前が体売らなくても済むように、俺はこれからお前の母親の臓器をいくつか売りに行くんだ。どけ」
「やだ」
 僕を睨みながら、きっぱりと女の子は言った。
 いやマジでバカじゃねえの??? と思い、そして実際に口にしようとした僕だったけど、その前に、女の子が言い放つ。
「こいつは確かにクソだけど、クソからクスリで金を絞るようなお前の方が、よっぽどのクソだ! そんなお前の言いなりに、なるもんか!」
 僕は女の子を蹴り殺そうと、足を上げる。
 母親を抱きしめ、目を閉じた女の子に、でも僕は結局、足を下ろすことが出来なかった。
「失せろ!」
 そう言って、僕は運転席に乗り込むと、レクサスを急発進させた。
 駐車場を出た僕は、車を飛ばす。これ以上、サツの目に止まるようなことは不味い、と分かっていたものの、そんなことよりも、自分の中に渦巻く強烈な感情が勝り、僕は赤信号をすっ飛ばして車を走らせる。
 俺は違う。
 そんなことを、車内で僕は叫ぶ。
 俺はクソだが、ヤク中よりもクソじゃない。
 ただひたすらに、そんなことを叫びながら、僕は車を走らせた。


 ヤマちゃんからの着信が大量に入ってることに気付いたのは、頭が多少落ち着くまで車を走らせたあとのことだった。
 スマホをどういう訳か、マナーにしていたせいもあった。僕は車を路肩に止め、ため息をついてからヤマちゃんに電話する。
「山田生きてる?」
「生きてるよ。三カ所骨折してるけど。やらかしたなアイちゃん」
「ごめん」
 息を吸って、僕はヤマちゃんからのさらなる叱責に備える。でもヤマちゃんは沈んだ声のまま、こう続けた。
「山田の件は大丈夫。山田は黙らせたし、カラオケの方にも話はつけた。電話したのはそのことじゃない」
「じゃあ何のこと」
「タカだ」
 はあ? と僕が言う前に、ヤマちゃんは言う。
「死んだ」
 ふ、と思わず笑ってしまう。
 冗談だろ、と言った僕に、電話の向こう側でヤマちゃんがかぶりを振ったのが分かった。
「冗談じゃないんだ。さっき警察から電話があった。あいつが死んだ、生前の関係者の俺から話を聞きたい、って。知らねえ、で通して終わったけど、アイちゃんにも電話が行くだろうから事前に言っておこうと」
「いや、何で死んだのよ」
「知らない。でも、サツは汚くても、こういう時に嘘は言わない」
「何で死んだか何で聞かないんだよ、バカじゃねえかヤマちゃん」
「聞ける訳ねえだろバカはお前だ」
「うるせえお前がバカだクソ野郎!!」
 そう言ってスマホを空いた助手席に投げつけた。窓に当たって席の下に落ちたアイフォンは、しばらく画面が点いていたけどしばらくして消えた。その様をじっと見ていた僕は、自分の呼吸がどんどん荒くなっていくのを、どこか他人事のように認識していた。


   5


 タカは、海辺の街で海に落ちて死んだ。
 自殺の可能性も高いらしいと、方々調べてからヤマちゃんは僕に言った。ただ遺書も何も残されておらず、彼がどうして死んだのかは定かではない。もしかしたら、タカが僕にくれた手紙の中にそのことが書いてあったのかもしれないけれど、今となっては煙になって消えてしまっている。
 どれだけ悔いても逃れられない。
 あいつからの手紙を燃やしながら、僕はあいつをそう罵った。
 ただ、タカは、そんなことは分かっていたのかもしれない。罪の意識から逃れるため、あるいは今まで犯してきた罪を償うために、自ら命を絶ったというのだろうか。
 ……今となっては分からない。
 分からないからこそ、気持ち悪い。


 タカの死を知ってから、悪夢のレパートリーが増えた。
 タカの夢だ。
 あいつは僕らがいた施設にいる。
 ただ、あいつは子供ではなく僕が最後に見た大人の姿になっていて、そして子供の頃とは違ってあいつから僕に話しかけてくる。
「アイちゃん、僕らのしていることは、いくら言葉を繕っても否定出来ないくらいに、酷いことなんだよ」
 うるさい黙れ、と叫ぶことも僕は出来ない。
 体も、声帯も、毒にでも犯されたかのようにぴくりとも動かず、僕はタカの亡霊が話すのをただ聞くことしか出来ない。
 施設の建物の間の、ごく狭い空間。ほの暗い小さな空間に立ったあいつの口が、まるでそこだけが別の生き物であるかのように動く。
「ヤク中は、君の言うとおり、クソなところもあるかもしれない。やつらのしていることは、君が見たあの娘を売った母親のように、まるでウジ虫のように卑しいかもしれない。
 ただ、そうした行動に彼らをかき立てているのは、果たしてクスリだけなのか。彼らのどうしようもない性根のせいだけなのか」
 タカの口が、赤い舌が蠢く。僕の視線はその様に縫い付けられる。見ている内に、それは舌で無くなる。
 赤く、気色の悪い、一匹の蟲になっている。
「僕らのせいでもあるんだ。僕らが彼らの欲望を駆り立てるせいで、彼らはクスリに狂う。彼らがウジ虫だとしたら、僕らは何だろう。同じだ。ウジ虫から体液を絞り取るウジ虫の王、それが僕らなんだ。奴隷として奴等を従える代わりに、甘い甘いシャブを与える暴君、それが僕らなんだ」
 そこで僕の視界は闇に閉ざされる。
 ようやく、瞼だけ、動くようになったのだ。ただ、目を閉じてもなお夢は覚めず、口の中に赤いウジ虫を飼ったタカの気配はまだ正面にある。
 早く失せろ、と僕は思う。ただ、眼前のタカの気配は徐々に僕に近付き、そして、僕を抱きすくめる。
 それは、汗や、尿や、食事、そんなものが交じった臭いがした。
「でも、まだ間に合う」
 それはかすれた女の声で言う。
「まだ遅くない。あなたはまだ生きている。罪を悔い、償うことは出来る」
 絶叫しながら、僕は目覚める。

   *

「アイちゃん、大丈夫か」
 タカの死を知ってから、口数がさらに少なくなったヤマちゃんが、久々に言った台詞がこれだった。
 昼近くになってからのそのそ起き出してきたヤマちゃんは、牛乳を飲みながら、ソファで寝た僕に話しかけてきた。悪夢に何日もさらされた僕は、さぞ酷い顔をしていることだろう。
「シャブ中の気持ちが、初めて分かった気がする」
 僕がそう言うと、ヤマちゃんは少し、驚いた顔をした。
「こんなクソみたいな気分が、ぱっと明るくなるなら、たとえ残りの人生がクソになっても、キメたいと思うかもしれない」
 しばらく僕をじっと眺めてから、ヤマちゃんは真顔のまま、言う。
「やるか?」
 僕らはじっと、見つめ合う。
 ごつごつしたヤマちゃんの顔が笑みに崩れるのと、僕が笑い出すのはほとんど同時だった。本当に久しぶりの心の底からの笑い。それを思うさま楽しんだ後、僕はヤマちゃんに言う。
「クスリでクソがさらにクソになるのを腐るほど見てきて、やる訳ねえじゃん」
「だよな」
「いや、最近聞いた冗談で一番面白い冗談だ」
「ははは……」
 そして、笑いの残り滓を消してから、ヤマちゃんは言った。
「足、洗う?」
 僕はまた笑い返そうとするけれど、ヤマちゃんはマジな顔を崩さなかった。
「これはマジの話」
 僕はヤマちゃんの顔をじっと見て、しかし言葉は返さずに視線を逸らす。
「そうだな、僕は」
 と、言いかけたとき、部屋のドアベルが鳴らされた。ヤマちゃんはそちらをじろり、と睨んでから、おもむろにそちらに向かおうとした。でもそうしようとした次の瞬間にもドアベルは何度も鳴らされ、さらにはドアがガンガンガンと力任せに叩かれる。
 ヤマちゃんはそこで、ドアに向かうのをやめる。
 そして僕は、部屋にあるクスリの方へ走り出す。
 ドアの前にいるのは、まず間違いなくサツで、ならばクスリの痕跡は消さなければならない。錠剤と袋詰めした粉を掴んだ僕はトイレに駆け込んでそれを流そうとしたけど、その直前で手を止める。
 僕は錠剤の一つをつまむと、それを口に放り込んだ。
 ミントの香りが口中に広がった。
「アイちゃん、何してる!?」
 クスリを流そうとしない僕に、ヤマちゃんはそう叫ぶ。僕は手にしていた錠剤と粉を床に撒く。
「クリーンコントロールドデリバリーだ」
 何してるんだ、という顔のヤマちゃんに僕は言う。
「僕らが仕入れた覚醒剤が、輸送途中で連中にバレたんだ。で、中身を無害なミントキャンディーと小麦粉に入れ替えて、僕らの元に届けた。それを証拠にサツは僕らを摘発するんだ」
「でも捨てれば……」
「捨てても汚水桝をさらうなり、配送業者の記録を調べるなりして立件するだろうさ」
 ヤマちゃんの巨体から、巨大なため息が漏れる。
 その間にも、部屋のドアはがんがんがんと、捜査員の遠慮の無いノックにさらされる。
「良い機会、か?」
「え?」
「足を洗う、良い機会って思ってるんじゃないか?」
 赤いウジ虫を口に飼ったタカ、そして死ぬほど臭い母親の抱擁を思い出す。
 あんなものを見たということは、僕の中にもタカと同じような罪悪感が巣くっている、ということなんだろう。そして、今まで無数のヤク中を破滅させてきたという事実は、どう頑張っても逃れられそうにない。ただ少なくとも、罪を認め、罰を受ければ、罪悪感から多少なりとも逃げることは出来るかもしれない。タカのように死を選ばなくても。
 でも。
 ヤマちゃんに、僕は笑う。
 トイレを出た僕は、玄関とは反対方向に向かう。
 寝室に入った僕は、引き出しの一つを開ける。
 黒光りする自動拳銃が、顔を覗かせる。
 それを握り、遊底を引いた僕は、玄関に向かう。そして、驚いた顔のヤマちゃんに言う。
「そんなこと、するわけがないだろう?」
 罪悪感よりも何よりも、僕はまだ、怒っている。
 クソのようなヤク中共に。
 僕の人生に。
 そしてこの世界に。
 そうしたものへの僕の怒りはまだまだ尽きない。それが燃え尽きるまで、僕は暴れ続ける。
 僕の宣言に驚いていたヤマちゃんだったけど、すぐその顔に、笑みが戻る。
 獰猛な喜悦に顔を歪ませたヤマちゃんは、一九〇センチ一〇〇キロの体を立ち上がらせ、指を鳴らす。その間にも、ドアはがんがんがんと鳴らされる。
「まだまだシャブを売りまくってやる。快楽を得たくてたまらない連中に、美味しい美味しいシャブを与えてやる」
 僕はドアに手をかける。ドアに伸ばした方とは反対側の手の指は、拳銃の引き金に。
 そしてドアを開けながら、僕は言う。
「何しろ僕は、王様だからな」
赤木

2022年08月14日 10時30分36秒 公開
■この作品の著作権は 赤木 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆テーマ:『怒』『楽』
◆キャッチコピー:虫の王の栄光と怒り
◆作者コメント:
犯罪を題材にしてますが作者には犯罪を肯定、礼賛する意図は全くありません。リアル世界を舞台にしてますが、ある種のファンタジーとして、バカなバイオレンスとして読んで頂けると幸いです。
正直、出来に満足はしてませんがせっかく書いたので投稿いたします。

2022年09月04日 11時43分07秒
作者レス
2022年08月28日 00時22分00秒
+20点
Re: 2022年09月17日 16時53分04秒
2022年08月27日 23時50分50秒
Re: 2022年09月17日 16時50分07秒
2022年08月27日 23時10分37秒
+40点
Re: 2022年09月17日 16時28分20秒
2022年08月27日 18時30分15秒
+30点
Re: 2022年09月17日 16時24分47秒
2022年08月24日 22時55分56秒
+20点
Re: 2022年09月17日 16時14分41秒
2022年08月24日 12時46分44秒
Re: 2022年09月17日 15時57分48秒
2022年08月22日 22時35分15秒
+20点
Re: 2022年09月17日 15時37分02秒
2022年08月22日 18時58分38秒
+20点
Re: 2022年09月17日 15時04分46秒
2022年08月18日 03時45分14秒
+20点
Re: 2022年09月04日 12時05分59秒
2022年08月17日 08時59分54秒
+20点
Re: 2022年09月04日 11時53分45秒
合計 10人 190点

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