攻撃は最大の防御 |
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『好きだったら探して。29371710572940303710。10時までに来なかったら離婚します。』 朝。久しぶりの休日。目が覚めたら。妻が我が家から姿を消していた。俺のスマホのいわゆる『緑色のSNS』にメッセージを残して。 幸い朝ごはんだけは作ってくれていた。 「いただきます」 と両手で拝んで納豆とみそ汁、でっかい焼き鮭、小さなサラダを胃に流し込む。テレビでやってるのは『変な経営者がわが社自慢をして月曜日にそれをがっちりまねましょう』って番組。 「いつもなら、あいつと突っ込みながら笑って観てたのになぁ……」 確かに、最近忙しかった。この番組も昼過ぎに起きてから録画したものを見ていた。あんなメッセージを残すのも無理なかった。なにせ、先月長期出張で銀婚式(※結婚25周年)をブッチしたのである。しかも俺はこの日を完全に忘れていたのである。出張先、電話口で泣いていた妻を俺は一生忘れない。だから、今日、俺はせめてあいつと仲直りしようと準備をしていたのだ。しかし、計画はもろくも崩れ去ってしまった。 「お、CM2のあとで!といったぞ。もうすぐ八時か」 CMの今のうちにと食器を台所に持っていき、プレゼントがあるのでスマホでしっかり応募。すぐに『年寄りがスポーツ選手に昔の倫理観を押し付ける自称報道番組』が始まるのでチャンネルを変える。 「ニチアサまであと30分……、じゃねぇぇぇぇぇぇ!!」 俺は読もうとした新聞を放り投げた。 「この数字、なんじゃ?」 俺はスマホの画面を見て考える。20文字の数字。携帯電話なら10桁だ。大体電話番号なら頭に0が来る。 「なんじゃこりゃ。114100なら『アイシテル』だけどなー」 俺は昔を懐かしがった、 「そう言えば、あいつと会った頃はポケベルだったんだよな」 ポケベルことポケットベル。電話番号のボタンでメッセージを打ち込んで相手に伝えるやつ。そうそう、114110、5963(ご苦労さん)、49(至急)から何回電話しても出なくて喧嘩したこともあった……。 「なぁ?!」 ポケベル暗号か! 俺は急速に思い出しいた。俺はスマホで検索してそのページを探り出す。 ポケベル暗号。ポケベルにメッセージを送るには相手のポケベルに電話した後、1文字当たり2桁の数字を打ち込む。1桁目があかさたなの順番、2桁目があいうえお順。二桁目の6から0はアルファベットや記号が割り振られていた。 俺は出てきたサイトの暗号対応表をもとに、メモに走り書きで暗号を解く。 「29ならI、37ならL、17はB、10はE、57はV、29、またか、I、40はT、30はO、全部アルファベットだな。48がR、10がE。『ILBEVITORE』、いるべびとあ……、じゃねー!」 俺は暗号の意味を悟る。 「忘れてたまるか、『イル・ベヴィトーレ』! 俺が結婚を申し込んだイタ飯屋じゃねぇか!」 俺は急いで着換え、外に出られる格好にすると車のキーと『準備物』をエコバッグに押し込んだ。あの店ならここから車で一時間。早くいかないと離婚届を出されてしまう。 「はやまるな、はやまるなぁぁぁぁぁぁ!!」 俺は愛車のステーション・ワゴンに乗り店に向かった。 郊外のこじゃれたリストランテ、イル・ベヴィトーレの開店は11時30分だった。広い駐車場には一台も止まってなかった。俺は車の中で待つ。すると、赤いイタ車―、痛車ではない、イタリア製の車だ、が現れた。店の人だろうか。ほどなく止めた車から壮年の男性が降りてくる。妻が持ってたミニコミ誌でよく見る顔。この店の2代目オーナーシェフの人だ。オーナーシェフはこちらに歩いてくる。やべえ、怪しまれたか。すぐに車に着て窓ガラスをノックされる。俺は窓を開ける。 「すいません、人待ちで使わせてもらって……」 「獅童健太郎様ですね。お久しぶりです」 最後に使ったのは去年の結婚記念日だったか。オーナーは俺のことを覚えてくれていた。 「奥様のヒカル様から伝言です。『あなたへの反撃』」 「あなたへの、反撃……」 俺はオーナーの言っていることがよくわからなかった。復讐とかならわかるが、反撃ってなんだよ。そう言ってるうちにスマホが鳴る。妻からだ。 「奥様から、次の場所の指示ですよ」 そう言ってオーナーは去っていった。 「くそ、ヒカルの奴、何考えてやがる」 俺はそう毒づいてメッセージを覗いた。 「わたしはそう、いつだってわたしのもの。49304816」 「ふん、S、O、R、A。空……、違う!」 俺は思い出す。 「懐かしいな、大学であいつとよく買い食いしてた店じゃねぇか。パン屋『sora』! 」 あの店まだやってるのか。俺はイル・ベヴィトーレから出て、昔に通っていた大学を目指す。 街のど真ん中、昔の城跡である小高い山のふもとに大学はある。近くの100円パーキングに駐車して、店の中に入ると店の親父がいらっしゃい、と声をかけてきた。 「兄ちゃん、でかくなったな。俺を覚えてるかい?」 「ん?」 この店は大学時代、ヒカルのやつに教えてもらった店だった。あの時は……。 「店の二代目?」 「おう! 覚えてたか!」 俺が通ってた頃、同い年で高卒後親父さんの元で修行していた。よく店番で今のように立ってて、俺たちとだべっていた。ヒカルに気があったらしいが、最後にこいつに出会ったのは結婚式が最後だと思う。 「奥さんはよく買い物に来てくれるんだけどなぁ」 「浮気か?!」 「浮気するような女が今回のようなことをすると思ってんのか?」 怒って言う俺に対し、やれやれと言った調子の二代目。 「お前、何を知っている?」 「奥様はお怒りです」 二代目はニヤリと返す。 「なんだとぉ?!」 「好きだったら探して、とのことです。あと、意味が分かってないならばヒントを言え、とも言われている。1995年」 「1995年」 もう27年前の話だ。俺とヒカルが初めて会った年。阪神・淡路大震災や宗教団体が毒ガス作ったとか、まともなニュースが無かった年、俺たちは出会った。 「会った年か。そうだ。27年前の今日、俺たちは出会った」 「わかってんのに、わかんないのか?!」 俺は二代目に呆れられた。 「どういう意味だ?」 「あんた、愛を試されるぜ?」 「もう、駆けずり回ってるよ」 俺はやれやれと言った調子で言う。 「最後はノーヒント、とのことだ」 「なぬ?!」 携帯が鳴る。ヒカルからのメッセ―ジ。 「行ってやりな」 渡されたパンを片手に、俺は店を飛び出した。そして。 「おわぁぁぁぁぁぁ!!」 『大平和塔、五分で登れ』 ポケベルではないメッセージであったが、俺は塔の階段を駆け上っていた。大平和塔。とある宗教団体が寄進した変な形の塔である。無料で入れるので手軽なデートスポットで人気があった。 「あー畜生! ポケベルに暗号で店の名前どんどん入れて、次はタワーの……、上に?!」 俺は駆け上って、展望台から外を見入る。 「眼下に街並みを望む、いい眺めだな。そうか。二人で階段を上ったっけ」 大学時代、時間ばっかりはあった。二人で金がないなりに歩き回った日々。それは青春の一ページだったのだろう。というか。 「正しく、青かったな。自分」 そして、大人になって、俺は何か大切なものをなくしたのだろうか。そう、なくしたのはあの頃のときめき、そして余裕。 俺はヒカルにメッセージを送る。 ”4810494629481640293039” 俺はしばらくこの風景を眺めながら待つ。そして返事は帰ってきた。 ”ゴールインさせてあげる” 暗号はなかった。必要なかった。俺は最後はどこに行けばいいのか、わかっていたから。 小高い丘の上に建てられた、中世の西洋の城郭を模した石造りの建物、というか小さな西洋の城。ドイツのとある町と俺たちの住んでいる街が姉妹都市協定を結んだときに建てられた、通称『騎士団城』。その城に5つある塔のうち一つ、通称『朝日の塔』―ここから見る朝日が一番きれいだという、についた。あいつはまだ来てなかった。俺はほっとしてベンチに腰掛けると、すぐに下からあいつが現れた。 「あら、早かったじゃない」 「『恋の第一原則、攻撃は最大の防御』っていうじゃないか」 「んもう、思い出しましたか?」 そう言って拗ねて見せるヒカル。もう50が近いというのに、相変わらずきれいだった。出会ったあの頃の……、とまで言うと本人が嫌味か、と言いそうなので黙っておこう。ヒカルは俺の横に座る。 「懐かしいなおい。よりにもよって椎名へきる引っ張り出すなよ」 「何言ってるんですか、私たちを出会わせたのが、へきるちゃんでしょ」 『RESPIRATION』。歌手・声優の椎名へきるが1995年に発売したセカンドアルバム。その2曲目にラインナップされてた曲のタイトルが『攻撃は最大の防御』であった。付き合って半年の彼氏が仕事でかまってくれないので、彼女は彼のポケベルに暗号を打ち込み、あっちこっちに行かせる。最後に、最初に出会った場所で再び出会う、というストーリーの歌詞である。 「俺がこの曲を聴いてて、ヘッドホンから漏れてた曲を聞きつけて声をかけてくれたのが今日だったな」 「半年目の恋人どころか、出会って28年目、結婚25年目です。うふふふ」 楽しそうに笑うヒカルに対し、俺は苦笑いだ。 「もう、勘弁してくれ」 「勘弁してあげます。銀婚式忘れていた件もね」 「おまえ、棺桶に入るまで言う気マンマンだろ」 「うふふふふふ!!」 ごめん。本当にごめん。 「今日という日はちゃんと覚えていたから! ほら!」 俺はエコバッグから『それ』を取り出す。 「まぁ、宝石?!」 「違う、すまん」 確かに宝石の入った小さな箱っぽいものであった。その中は。 「……まぁ、ペアウォッチ」 「仲直りの印として、受け取ってくれますか?」 青い文字盤のペアウォッチ。文字盤の部分はきれいな青であった。ラピスラズリという石らしい。 「高かったでしょ?」 「……ちょっとな」 いやらしそうな笑みを浮かべ覗き込むヒカルに、俺は視線を逸らす。 「許して……、上げません」 ヒカルの声に、俺は、えってなる。 「なんでだよ!」 思わず怒鳴る俺。 「恋の第一原則、攻撃は最大の防御♪ 手を抜いてごまかしたら、どこかすぐ、いっちゃうから」 ヒカルは俺を無視して、『攻撃は最大の防御』のサビを歌う。 「その続きは歌えるぞ。私でなくていいなら、そばになんかいてあげない……よ……」 ヒカルの奴は、いやらしい笑みを浮かべている。気が付くと、なんか塔の屋上に人だかりができて俺たちを見ている。 「ええッと……、ヒカルさん、今ここで……」 「私でなくていいなら、そばになんかいてあげないよ♪」 俺は覚悟を決めた。 「抱きしめて、くれるまでは、許してあげない……わぁ!」 がしっ。俺はヒカルを抱きしめる。ついでだ、お前も恥をかけ。 「『もしも本気だったら、汗かいて走りなさい。KISSしてあげるから』なんだろぉ?!」 ぶちゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 思いっきりヒカルの唇を奪ってやった。 「ヒューヒュー!」 「やったー!」 「おめでとー!!」 30秒ぐらいディープキスを決めてやった後(息苦しかったー!)、俺はやけくそでギャラリーにどーも、どーもと挨拶する。 「んもう! 恥ずかしい!」 滅茶苦茶顔を真っ赤にして恥ずかしがるヒカル。かわいい。うん、もう一度惚れた。 「これも俺からの愛情だ! 『恋の最終原則!』」 「結局は愛!」 そう言ってヒカルは俺を抱き寄せ、もう一回、今度は自分からキスをする。 「「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」 観客はすごくヒートアップしてた。おっかしい話だった。 「ぷはっ」 俺たちは口を離す。 「帰ろうか」 「ええ」 俺たちは立ち上がった。 「最後に一つ、いいかな」 ヒカルは俺に言う。 「二人は、KISSが足りない」 「それは次のアルバム」 俺たちは塔を降りる前に、最後にちょっとだけキスをした。 |
桝多部とある 2022年05月01日 19時40分26秒 公開 ■この作品の著作権は 桝多部とある さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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