青い手を壊したのは誰かにゃあ |
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※このお話は架空の高校を舞台にしたユルい感じのミステリーです。 【登場する人】 馬場幸子……美術部部長。3年生 赤鳥 恋……美術部員。2年生 青木ヶ原美兎……美術部員。2年生 犬飼 鳴……美術部員。1年生 猫村ひなた……謎解き系VTuber志望。2年生 白子魚太郎……天然。2年生 【超絶大ヒント】 犯人はこの中にいるよ。 ■ 春は何かにつけて眠くなる。今日はぽかぽか陽気に恵まれていたから、昼休みになると無性に学校の中庭が恋しくなった。 青々とした芝生に寝転がり、しばし目を瞑ればあら不思議。あっという間に放課後へとワープしていた。何でいつも時間を飛び越えてしまうんだろう。もしかして中庭はミステリースポットなんだろうか? てことを考えてたら、 「ぶえっくし!」 というくしゃみが聞こえた。花粉症かな? 「やあ、魚ちゃん。今日も午後の授業連続ブッチ記録更新だにゃあ」 指で鼻の下をこすりこすり、頭の付け耳はピコピコ。どういう仕組なのか分からないけど、猫村さんの猫耳は彼女の感情に合わせて動くようになっている。 「猫村さんは何してたの?」 「あの子達とお近づきになろうと」 彼女が指差す先には猫の親子。そういや猫村さんは猫が好きだった。 「ぶえっくし! えーいちきしょー」 「威嚇されたから哀しいんだね」 そりゃ畜生とも言いたくなるよね。猫は獣だしね。 「すん。……哀しいといえばさ」 猫村さんが語尾を忘れている。猫耳つけた謎解き系VTuberを目指しているそうだけど、時々、素になっちゃうらしい。大きな目をした愛らしい顔立ちなので、2Dじゃなくても人気が出そうだけど、彼女はどうしてもバーチャルの世界で活躍したいそうだ。 彼女はスマホをポチポチ操作する。今どき珍しいトグル入力。ちなみにぼくはフリック入力派。 「試写会の抽選、外れちゃってにゃあ」 猫村さんはスマホの画面を見せる。映画のタイトルから公式サイトを検索してたらしい。タイトルは〈犯人を何人でボコりますか?〉。一人の犯人に対して探偵が五十人も出てくるそうで。なかなかにオーバーキルな内容だね。 「それは残念だったね」 猫村さんの猫耳がしゅんと下を向いた。 「だからさ、何か面白いことないかなーって思うわけだにゃよ」 「面白いこと、か……」 猫村さんの為に少し考えてみた。 彼女が好きなことといえば、謎解きだ。よく読む本はミステリーやミステリー要素のあるホラー。大掛かりなトリックは無くてもいいから、謎を解き明かす過程が楽しめればいいんだそうだ。 かくいうぼくも日常系ミステリーは好きなので、暇な時は猫村さんと一緒に、日常に潜む小さな謎を探している。 校舎の時計を見たら、午後四時四十五分。部活はそろそろ終わりだけど、帰宅部のぼく達にはあんまり関係ない。邪魔にならない程度に、少しだけ覗いてみようか。 「部活めぐりしようよ」 「にゃあ!」 お目々キラキラ猫村さん。ぼくの意図を察してくれたらしい。 部活にはトラブルが付きもの。これは学園ミステリーの鉄則だ。きっと今日もどこかの部で、何かややこしいことが起きてるに違いない。 「楽しみだにゃあ」 謎を求めて弾むように歩く猫村さん。 「ぶえっくし!」 だけどやっぱり、くしゃみは少しだけおっさんくさかった。 放送部、異常なし。茶道部、静か。本命の演劇部はアメンボ赤いなあいうえお、つまりいつも通りってこと。 次は二階の美術室に行ってみた。ここは美術部の活動部屋でもある。その部屋の窓際で、一人の女子生徒がせっせと床掃除していた。 「こんにちは」 ぼくが声をかけると、彼女はびっくりしたみたいに飛び跳ねた。 「ひゃいっ⁉」 ブレザーの左胸には名札。犬飼さんというらしい。名札に緑の線が入ってるから一年生だ。 「ごめんね。『こんばんは』のほうが良かったかな」 この時間帯は何と挨拶したらいいか迷う。人間関係は難しいね。 「あ、いえ……」 犬飼さんは苦笑いで箒を握りしめていた。 「何してたの?」 「部屋の掃除です」 そりゃそうだよね。お料理してるようには見えないしね。猫村さんなら一発で見抜けるだろうけど、ぼくはぼんやりしてるから中々気付けない。 あれ、そういや猫村さんはどこ行ったんだろう? さっきは放送部でネット配信のやり方を熱心に聞いてたみたいだけど。 まあいいや。 「手伝うよ」 びっくりさせたお詫びにね。 窓際には乾いた粘土の破片が散らばっていた。犬飼さんはこれを集めてたみたいだ。 破片を拾い上げる。青く塗ってあるのが表側だろうか。破片の形からして食器じゃないのは判るけど、これは何だろう? しゃがんだ姿勢から見上げると、犬飼さんは首を横に振る。 「わ、私じゃありません!」 どうやら疑いの目を向けられたように感じたみたいだ。 「私たちが来た時にはもう、壊れてて……」 おや、これはもしかすると。 「誰が壊したか分からないの?」 「は、はい」 猫村さーん、出番だよー。 「これはね、私が作ったのよ……うふふふ」 猫村さんの代わりに来たのは、前髪で目を隠した女子生徒。ぼくと同じクラスの青木ヶ原さんだった。 「作品名は〈青い手〉っていってね……ほら、こんな感じだったの」 青木ヶ原さんはスマホの画面を見せた。在りし日の作品を写真に収めていたそうだ。 作品はその名の通り、真っ青に塗られた手だった。展示台からニュッと伸びた手が、何かを掴もうともがいている感じがする。 「どう? 古井戸に沈んでいく感じがよく出てるでしょ……ふふ」 青木ヶ原さんは誇らしげだ。 うん、これは凄い迫力だね。本物かと思ったよ。 「この作品、コンクールで最優秀賞を取ったものだったんです。部屋を空けたのが良くなかったのかな……」 犬飼さん、汗びっしょりだよ。それだけ責任を感じてるのかな。 「部屋を空けたのはどれくらい?」 「十五分ぐらいです」 「うん、それくらいよ……。この子と来た時は何ともなくて」 「途中で抜けた?」 と、これはぼく。 「はい。備品で足りないものがあったので、職員室まで」 「鍵は?」 「掛けてませんでした」 「で、二人で帰ってきたら壊れてた、と」 「はい」 その後は青木ヶ原さんが先生に言いに行って、犬飼さんは片付けしてたと。 「部屋には他に誰もいなかったの?」 「多分……」 室内を見回してみる。窓は全部閉まってるから、風のイタズラじゃなさそう。窓には鍵がかかってるし、窓から中に入るのも無理っぽい。 「誰かが部屋に隠れていたとしたらどうかしら……」 青木ヶ原さんの鋭い推理! もしかしたら今も犯人はこの部屋に? 「ど、どこに……?」 犬飼さんが不安げに周りを見る。 入口から見て左手前にデッサン用の胸像が置いてある棚、その奥には絵画や製作で使う道具を仕舞うスチールキャビネット。隠れられそうな場所はこれくらいかな。 試しに開けてみたけど、誰もいなかった。 「い、意外に度胸あるんですね」 犬飼さんがまた冷や汗を垂らしている。 あ、そっか。犯人がいたら殺られてたかもしれなかったんだ。ぼく何も考えてなかったよ。ああ怖いなぁ。 「この箱は?」 スチールキャビネットの前に置いてある箱が気になった。みかん箱ぐらいの大きさだけど、小柄な人なら入れるかも。その昔、スポーツバッグに入れる自称エスパーのおじさんがいたそうだけど。あの人、今はどうしてるんだろう。 「それは私が運んできました。絵の具の補充をしようと思って」 「先生に言って、倉庫から出して貰ったの……文化祭で使うから」 大容量の容器が1ダースほど箱の上に載せてある。補充の途中らしい。 「補充ありがとう……」 青木ヶ原さんが犬飼さんにお礼を言う。 「い、いえ。片付けのついでですから」 犬飼さん、いい子だなぁ。 「そっかぁ。じゃあ誰かが入ってきて壊したのかも」 十五分もあれば誰にでもチャンスはありそうだ。 「いいや、誰も入ってこなかったぜ!」 張りのある声が出入口の方から聞こえた。 「アタシが見てたからな!」 ドパーンとドアが開く。 あれ? さっまでドア開いてたような。一回閉めてまた開けたのかな。どうしてもドアを勢いよく開きたかったのかも。元気そうな子だし。 隣のクラスの……赤鳥さんか。名札見て名前を思い出した。 「どういうこと?」 「廊下の端から、ずっと監視してたんだ」 「監視?」 前々から美術室に怪しい人が出入りしてたとか? だったらその人が犯人かも。 「ああそうさ。いつこの部屋に、アタシの王子様が来るか分からないからな!」 王子様を待ってたのかぁ。そりゃあ血眼になるわけだよね。 「あんたはアタシの王子様……じゃないな。くそっ、どこだー」 赤鳥さんは窓を開けて青春の叫び。 「王子様ー、早く来てくれー!」 窓の向こうにある木がバッサバッサ揺れるぐらいだった。 「ふふ……王子様は今ごろ古井戸の中よ……」 青木ヶ原さんがくすくす笑いながら言う。 「何だって! まさかお前が⁉ うわあああん‼」 赤鳥さんは泣きながら部屋を飛び出していった。よっぽどショックだったんだね。 「……もう、あなた達ときたら」 入れ代わりに現れたのは、三年生の先輩で名前は馬場さん。名札に青い線が入っている。 馬場さんはぼくたちの前で立ち止まるなり、大きな溜め息をついた。 「また喧嘩したの?」 「……いいえ。私は何も」 青木ヶ原さんはすました様子で。犬飼さんはまた冷や汗を垂らしている。そろそろ干からびてしまわないか心配だ。 「これじゃあ安心して卒業できないじゃない。同じ部員同士、争っても仕方ないのに……」 馬場さんはお困りの様子。制服を着てなかったら、苦労性のお母さんと間違えてしまいそうだ。 「あ、ごめんなさいね。私、美術部の部長で馬場といいます」 「あ、どうも。通りすがりの帰宅部員、白子魚太郎です」 「……個性的な名前ね」 「はい。お父さんが魚大好きだったみたいで」 「そう。個性的なご両親なのね」 お母さんに言わせれば、お父さんと付き合えるのはお母さんぐらいなものらしい。 「個性的といえば、うちの部員もそうでしょう?」 馬場さんは苦笑い。悩み事は部員同士の人間関係なのかな。 「芸術を志す者なら、個性はあってもいいと思うの。赤鳥さんも、青木ヶ原さんも、才能に溢れているしね」 「赤鳥さんは、理想の王子様を描いた油絵で県知事賞を取ったことがあるんです」 犬飼さんが補足説明を入れる。 「でもね……そりが合わないみたいで。お互いをライバル視するのはいいんだけど、争い事はちょっとね」 そうだったんだ。青木ヶ原さんは赤鳥さんを疑ってるのかな? 「うちの部、二年生は二人しかいないの。だから次期部長をどちらかに任せることになるんだけど……あとはお察しの通りよ」 はい、解りました。このままだと馬場さんが卒業できずに留年確定ってことですね。 「ところで、何があったの?」 「実は……」 犬飼さんが馬場さんに状況説明。みるみるうちに馬場さんの顔が青ざめていく。 「ああ……何てこと……」 床に座り込む。ハンカチを口に咥えて、涙をぽろり。 「今まで何とか問題を起こさずにやってきたのに! ああっ、神様!! なぜ私にこのような試練をお与えになったのですか!?」 あれ? ここ演劇部だったかな? 馬場さんにスポットライトが当たってるような。 「そう、これは試練。挫けてはいけないのよ! 赤鳥さーん」 馬場さんは美術室を飛び出していった。仲違いの結果、赤鳥さんが青木ヶ原さんの作品を壊したと考えたみたいだ。 「さ、新しいのを……」 青木ヶ原さんは自分の作品を壊されても、そんなにショックじゃないらしい。 「今度は列車事故よ……ふふふ」 そう言って彼女は美術室から出ていった。早くも新作の構想があるみたい。 部屋に残ったのは、ぼくと犬飼さんだけになった。 「じゃ、片付けの続きを」 やり始めたら最後まで。毒を喰らわばサラダまで。ドレッシングは和風でお願いします。 「あ、いや。後は私がやりますから……」 犬飼さんから丁重に断わられた。もしかしてお邪魔だったかな? 「そっか。何かお手伝いできることがあったら、また教えてね」 「……はい」 ぼくが美術室を出ようとしたら、廊下の向こうから声が聞こえた。 「名探偵は〜遅れてやってくるぅ〜♪」 猫村さんだ。放送部でいい情報を聞けたのか、やけに機嫌がいい。 「やあ魚ちゃん、ボクはぶえっくし!」 猫村さんがぶえっくしみたいになってるよ。今日は花粉症の薬を飲み忘れたのかな? 「すん。……ボクはまた一歩前進したよ。VTuberたるもの一方通行じゃダメなんだにゃあ」 それは大発見だ。意味は解らないけど。 「配信者はリスナーとのキャッチボールが大切なんだにゃあ」 へぇ、そうなんだ。画面ごしにどうやってボールを投げ合うんだろう? 「あ、あの……こちらは?」 犬飼さんの表情がぎこちない。 「ああ、ごめんね。紹介するよ、友達の猫村さんです」 「よろしくにゃん♪」 「ど、どうも……」 猫村さんが猫の手ポーズしたのに合わせて、恥ずかしそうにしながらも同じ動作をしてくれたから、やっぱり犬飼さんはいい子だ。 「何か問題が起きたみたいだにゃあ。ボクに話してくれたら、まるっと解決してみせりゅ……」 大事なところで台詞を噛んでしまうのはご愛嬌。気を取り直して、猫村さんは犬飼さんに耳を傾けるのだった。 犬飼さんは律儀に最初から話してくれる。猫村さんは時々くしゃみを挟みながら、熱心に聞き入っていた。 「ふむ。美術室が無人になったほんの十五分間に、作品が壊されたってことだにゃ。で、犯人が誰か分からにゃいと」 さすがは猫村さん、状況を理解するのが早い。 「いま聞いた話で、確かなことが一つあるにゃあ」 え、もう何か解ったの? 猫村さんは犬飼さんの目を見る。 「君と青木ヶ原ちゃんは犯人じゃない。お互いにアリバイを証明できるからにゃ」 あ、そっか。二人とも一緒に美術室から離れて、二人して戻ってきた時に作品が壊されていたんだっけ。 「となると、他に犯人がいるのにゃけど……お馬場ちゃんと赤鳥ちゃんには犯行が可能っぽいにゃね」 「他の生徒とか先生はどうかな?」 「赤鳥ちゃんの証言が嘘なら可能性はあるにゃあ。逆に本当なら、犯人はいないか……それとも」 そこまで言いかけて、猫村さんの鼻がひくひく動いた。 「ぶえっくし!」 くしゃみ助かる、でいいのかな。こういう場合は。 「うーん、どうやらこの」 その時、猫村さんの頭の上に電球が見えた気がした。何かを閃いたらしい。 彼女は集められた破片を見ながら笑顔になる。 「ふーん、ふんふん、なるほど……」 嬉しいことでもあったのか、猫耳がピコピコ動いていた。 「君たち、ちょっと部屋を出ててくれないかにゃあ。ボク一人で確かめたいことがある」 「ど、どういうことですか?」 犬飼さんが何故か食い下がる。 「まあまあ、ボクに任せてくれたまえにゃよ」 そう言って猫村さんは、ぼく達を締め出したのだった。 ドアが閉まってから待つこと数分。 どたん、ばたん。 「にゃああああああっ⁉」 悲鳴が聞こえた。猫村さんだ。 ぼくよりも早く、犬飼さんがドアを開いた。 中に入ると、うつぶせに倒れた猫村さんが。右手を伸ばし、その先にはスマホが落ちている。 今、美術室の中には誰もいなかったんじゃ? 猫村さんは幽霊にやられたんだろうか。 「先輩っ⁉」 犬飼さんが猫村さんを揺すると、少しだけ反応があった。猫村さんは床に落ちたスマホを指さしていた。 「これを見たらいいの?」 猫村さんは頷く。 スマホの画面にはテキストファイルが開かれていて、こう打ち込んであった。 犯人はこのなかに 「猫村さん、犯人が分かったんだね?」 こくこく頷く猫村さん。目が全然開いていない。 「でもこれじゃ分からないよ。誰なの?」 答えはなかった。猫村さんはぐったりしてしまった。 結局、猫村さんは気を失っていただけみたいで。念には念を入れてということで、先生が救急車を呼んでくれた。 まいったな……。作品が壊されただけじゃなくて、犠牲者まで出てしまった。名探偵のはずの猫村さんが倒れてしまったら、誰が事件を解決するんだろう。 あ、もしかしてこれはぼくがやらなきゃダメ? ――ダメだろうね。猫村さんの仇を取るのは友達の役目だから。 考えることは苦手だけど、やれるところまでやってみよう。 まず、猫村さんに手を出した犯人は誰か。 犯人に直結する情報として、猫村さんのメッセージがある。これはミステリーでよく見るダイイングメッセージというやつだ。猫村さんは死んでないから、『ダイイングメッセージっぽいもの』ってことになるけど。 打ちかけのメッセージは「犯人はこのなかに」。これは多分「犯人はこの中にいる」と打ち込みたかったんだろう。 もしそうだとして、犯人がいるっていうグループはどこまでの範囲をいうんだろうか。学校全体か、登場人物の中か、美術部の中か。限られた範囲の中に犯人がいることを猫村さんは伝えたかったのかもしれない。 もしかして犯人をある程度絞り込めたけど、特定まではできなかったとか? ――いや、猫村さんは「犯人が分かった」を肯定していた。犯人の名前を明らかにできなかった理由があるんだ。 理由はちょっと考えたら解った。ダイイングメッセージの中で、自分が名指しされていたら犯人はそのメッセージを消すはず。あるいは、スマホを持ち去っていたかも。それをしなかったのは、猫村さんのメッセージが犯人にとって、自分を特定できるだけの情報だと解釈されなかったからだ。あの時は、悲鳴が聞こえてからぼくたちが部屋の中に入るまで数秒しかなかった。その僅かな間にメッセージを消すのは骨だし、犯人は「まあ大丈夫だろう」ぐらいのつもりでメッセージをそのままにしたんじゃないかな。 どうだろ、これで合ってるかな。自信ないや。 次の疑問は、誰が青木ヶ原さんの作品を壊したのかってこと。 赤鳥さんの証言が本当なら、美術室が無人になった十五分間に、別の誰かが出入りした可能性は無い。赤鳥さんが嘘を言っていたらそうじゃなくなるけど……多分、それはないと思う。廊下の端で美術室を監視してたら、他の生徒に見られているはずだし、他の生徒に聞いて回ればいずれ嘘か本当かハッキリする。そんな状況であえてバレる嘘をついてもしょうがない。 だから赤鳥さんの証言は本当のこととして考えたほうがいいだろう。 となると、犬飼さんと青木ヶ原さんが美術室を出て以降、部屋を出入りした人はいないってことになる。部屋を出入りした人がいないんだから、犯人はやっぱり最初から部屋の中にいたとしか考えられない。 じゃあどこに? 人が隠れられそうな場所は限られているし、実際に見たけど誰も隠れていなかった。もしかして何かを見落としている? それならもう一度、美術室を見てみようか。 そう思って美術室まで来てみたら、馬場さん、赤鳥さん、青木ヶ原さん、犬飼さんの四人がお通夜状態になっていた。 「あら、さっきの」 馬場さんは神妙そうな面持ちで、ぼくに頭を下げた。 「お友達を巻き込んでしまってごめんなさい。何と言ったらいいか……」 十年は歳を取ったような顔で言う。 「いえ、猫村さんは名探偵なので」 こういう事態に巻き込まれることは覚悟の上だと思う。それはそうと、ぼくは馬場さんにお願いがあった。 「作品の破片、見せて貰えませんか」 「どういうことかしら……?」 答えたのは青木ヶ原さんだった。 「猫村さんが、集めた破片を見て何かに気づいたみたいなんです。それが何なのか知りたくて」 「それならゴミ箱の中だぜ」 赤鳥さんが教えてくれた。 「ありがとう」 ゴミ箱の中を覗いてみた。表面が青く塗られた破片と一緒に、部屋の塵や砂も一緒に入っている。箒で集めて、ちりとりですくい上げてから捨てたんだろう。 「んー」 猫村さんはこれを見て、何が解ったんだろうか。ぼくみたいな凡人にはきっと分からないような―― 「ぶえっくし!」 猫村さんのことを考えてたから、くしゃみが伝染(うつ)ってしまったみたい。鼻水をすすりながらふと見ると、塵や砂の中に別なものが紛れ込んでいることに気づいた。 これって、もしかして。 ぼくの頭に稲妻が落ちた、ら死んじゃうね。そうじゃなくて稲妻みたいな電流が走った。 そういえばあそこの窓が開いていた。赤鳥さんが叫ぶ為に開いた窓が。あそこはスチールキャビネットのすぐ近くだ。 窓の桟(さん)を見てみる。この窓から誰かが侵入したり、脱出したりしたら、桟に汚れが付いているはず。しかしてそこには、ちょびっとだけ汚れが付いていた。 ――なあんだ、そういうことだったのか。 ぼくは『ある場所』を開いた。 そこには思った通りの答えが用意されていた。 「まさか猫村さんが『猫アレルギー』だったとは」 「うん、実はそうなのにゃよ。猫は好きなんだけどにゃあ」 ここは猫村さんの自宅。病院に運ばれた後は適切に処置してもらえたみたいで、今は自宅療養中。彼女は自室のベッドに腰掛けて、元気そうな顔を見せている。 「あの時は突然、母猫が窓から飛び込んできてねー。噛みつかれたからアナフィラキシーショックを起こしちゃって」 と言って猫村さんは包帯を巻いた左手を見せる。左手を噛まれたのは、その腕に仔猫を抱いていたからだそうだ。 「母猫ってのは凄いにゃあ。ボクを恐れもせず、仔猫を奪い返して窓から木に飛び移るんだから」 「そうだね。『母はツヨシくん』って言うぐらいだしね」 「いやはや、今回はボクも自分の考えの甘さを悔やんだにゃよ。仔猫に触るぐらいならギリ大丈夫ーとか思ってたのがいけなかったにゃあ」 猫村さんは反省したように下がり眉の顔をする。 「しかし魚ちゃん、よく解ったね。ボクのメッセージが何を意味するか」 キラキラ輝く瞳でぼくを見る。ダイイングメッセージなんて、一生のうちそうそうやれる機会なんてない。それが上手くいって、喜色満面といったご様子。ぼくがどうやって正解にたどり着いたか、知りたくて仕方がないんだろう。 「うん。集められた破片を見たら、すぐに解ったよ。破片に混じって、何かの毛が入ってたんだもん。あれって、猫の毛だよね?」 よくよく考えてみれば、破片を集めるのに箒を使わなくてもよかったんじゃないかと。あのとき犬飼さんは、破片と一緒に、床に落ちた猫の毛を集めたかったんだろう。 「そう。あの仔猫、犬飼ちゃんが連れ込んだそうだにゃあ」 作品が壊れているのを見つけた時は、さぞや肝を冷やしたことだろう。仔猫に気付かれる前に青木ヶ原さんには職員室へ行って貰って、自分はその隙に証拠隠滅。彼女が汗びっしょりだったのもこれで納得がいく。 つまり、青木ヶ原さんの作品を壊したのは人じゃなくて、仔猫だったってことだ。 「仔猫を匿ったのも犬飼さんだね」 隠れさせた場所は、スチールキャビネットの前に置いてあった箱。あの大きさじゃ人間は入れないけど、仔猫なら余裕だもんね。箱の中に入ってたはずの絵の具の容器が、箱の上に置いてあったことに気づいた時点で解ればよかったのにと今更ながらに思う。実際、箱を開いてみたら、猫の毛がいっぱい落ちていた。 ここまで来れば、猫村さんがメッセージで何を伝えたかったかは明白。 彼女は「犯人は、この中にいる」と言いたかったんじゃない。 「犯人、箱の中にいる」 と言いたかったんだ。 「ボク、スマホはトグル入力だからにゃあ。『犯人』は予測変換で出たけど、その後がにゃあ」 事前に映画のタイトルで『犯人』と打ち込んでいたから、それは予測変換ですぐに出た。けど、『は』の後に『はこ』と入力しようと思ったら、『は』と入力した後に少し待つかエンターを押すかしないといけない。猫村さんはその手間を惜しんだのだと言う。 「というか、『犯人は猫』でよかったんじゃ?」 「それだと面白くないって思ったにゃあ。VTuberたるもの、一方通行じゃなくてキャッチボールが大事だと教えて貰ったからにゃ。謎解きばかりじゃなくて、謎を提供するのもいいなって」 猫村さんはどうやら謎解き系VTuberじゃなくて、ミステリー系VTuberを目指すことにしたみたいだ。 「よくあの状況で出題を思いついたね」 「ボクは名探偵だから、不可能は無いのにゃよ」 うん、それもそうだね。 「そういえばさっき、犬飼ちゃんから連絡があったにゃあ。もの凄い勢いで謝られたけど、猫好き仲間としてこれからも仲良くしよーって言っておいたにゃよ」 「また友達が増えたね」 「嬉しいことだにゃあ」 猫村さんはニッコリ笑顔。猫耳がピコピコ動いている。 そんな彼女は今日も可愛い。ネットでデビューしたら、最初のファンになろうと決めたぼくなのだった。 [了] |
庵(いおり) 2022年05月01日 19時15分38秒 公開 ■この作品の著作権は 庵(いおり) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2022年05月22日 22時18分47秒 | |||
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