くらいシアンとあかるいナデシコ

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 † 01 †

「ねぇシアン、“青春”ってどうかな?」
 コンロの前でフライパンを振る私に、そうナデシコがたずねた。
 私は「なんの話?」と振り返る。

 瑞々しさが色濃い制服のナデシコは高校生。
 和風な名前に反した淡い茶髪の女子である。名前に準じているのは頬と唇の色くらいだ。

「実はね、あたし小説を書こうかなって思ってるんよ」
 そう言って手にしたスマホを操作し、古めかしいタイプの掲示板サイトを私に見せてくれた。
 そこではアマチュア作家たちが切磋琢磨するコンテストが、定期的に開催されているという。そのお題が“青”ということらしい。

「それで“青春”に関する話を執筆しようっていうのね」
「ジャストミート!」
 正答を引き当てた私にナデシコは親指を立てる。

「でもお題が“青”で“青春”なんて誰でも思いつきそうじゃない?」
「そこはそれ、“シェイクスピアの微睡み”ってヤツなんよ」
 それっぽい言い回しをしているけれど、ノリで適当な言葉を繋げているだけなので、たぶん意味はない。

「いーいシアン。青春なんてものはね、人それぞれなの。
 だから、お題がおなじになったって、おなじ話にはならないんだぞ」

「確かにそうね」
 感性が一般的な人間と異なるナデシコにかかれば、おなじ“青春”を題材にした話でも、他の参加者らとだいぶちがった毛色に仕上がるにちがいない。
 それをちゃんと“青春”と認める人がいるか、怪しいくらいに……。

「それともシアンを題材に書いて欲しい?」
 私の疑念が通じたのか、彼女は別のアプローチを提案するが……それはそれでどうなのかしら。

「シアンってインクで青じゃん。ん~、そっちのが面白いかも?」

「シアンは青っていうか、濃い目の水色? あるいは青緑って感じだから、いうほど青じゃないわよ。
 それに私自身が、シアンの名にふさわしいほど鮮やかな性格じゃないわけだし」

「え~、別にシアンは根暗じゃないよ~」
「根暗とまでは言ってないから。
 それより出来たからお皿出して。中段の白いヤツ。あと小皿も」
 ナデシコは指示された通りのお皿を、一枚ずつテーブルへと並べた。


 † 02 †

「本日のメニューは青物野菜たっぷりの野菜炒めよ」
 火の通されたホカホカの野菜たちをフライパンから皿へと移す。
 それが済むとゴマと生姜、唐辛子とともに酢漬けにされた小魚を数匹、小皿に取り分ける。

「こっちは裏のおばあさんから頂いたセグロ。捨てるのも悪いからいっぱい食べてね」
 どういう訳かこのあたりの郷土料理は、材料名そのままであることが多い。

「セグロ……背が黒くても青魚?」
 「そうね」と同意すると「青たっぷりだね」とケラケラと笑う。

「そんなに欲しいなら納豆も出す? 青ノリついてるわよ」
「納豆はイヤなのじゃ~」

「知ってる。でもナデシコ、好き嫌いは良くないわ」
 お姉さん風を吹かせて忠告すると、すぐさま斬って返される。

「シアンだって好き嫌いするクセに~」
「仕方ないわよ。ナデシコが魅力的すぎるんだもん」
 ニッコリと微笑んで伝えると、可愛らしさ満載の彼女は「それは仕方ないのう」と平然を装いつつ視線を泳がせている。

「それと、お味噌汁もどうぞ」
「あっ、あおさが入ってるね」
 お椀に漂う“青”を楽し気にかき回す。

「んじゃね、あたしはブルーベリー」
「名前は青(ブルー)だけど、ほぼ紫じゃない」
 発言の意図がつかめないまま会話を続ける。

「いいのいいの、それよりシアンの番だよ」
 いつの間にか青い食べ物限定で、山手線ゲームが始まったらしい。
 ナデシコといるとよくあることなので、当たり前のように脳内から青い食べ物を掘り起こす。

「青リンゴ」
「青唐辛子」
 日本語で青と言われるものは、いうほど青くないものが多いな。信号も青緑だし。

「ブルーハワイ」
「かき氷の?」
「ええ」
「じゃ、あたしはガリガリくん」
 あれも青というより水色じゃ?

「ブルーマウンテン」
「“ん”がついた♪」

「シリトリじゃないんでしょ。
 そもそもガリガリくんだって“ん”で終わってるじゃない」

「それは盲点。じゃ……“青の●魔師”」
「それ漫画じゃない。食べ物縛りじゃないの?」
 女子高生っぽくないチョイスだなと思いつつ確認する。

「縛るの、好き?」
 意味ありげに小首をかしげる仕草を気にしないフリをする。
「ある程度縛らないといつまでも終わらないわよ?」

「そんなにあるかな?」
 疑問符を浮かべるナデシコを納得させるように青に関連するものをあげていく。

「青い鳥」
「チルチルとミチルだね」
 私の出した単語にナデシコがざっくりと反応する。

「青い地球」
「宇宙の青いエメラルドってヤツだ」
 地球に悪の手が伸びちゃうわよ。

「青色申告」
「よくわかんない」
 実は私も……。

「青い海」
「ブルーオーシャン」
 お絵描きで海を青で塗る子どもは多いけど、実際に青い海を見たことのある子どもってどのくらいいるんだろ。

「青海原、青海(あおみ)なんて地名もあったかしら?」
「ビックサイトの手前だね」
 青梅(おうめ)とごっちゃになりやすいわ。

「青色吐息」
「桃色の方が好きかな~?」
 意味ありげな視線はいまは無視。

「青空、青空教室、青空駐車、青空コンサート……」
「多いからスキップ!」
 屋外ものに青が付くのは、やっぱり空の色とかけてるのよね。

「青天」
「晴天?」
 まぎらわしいけど、意味はだいたい一緒。

「青田」
「青田刈り」
 青田買いの誤用じゃないかな?
 ちなみに「青田買い」は「水稲の成熟前にその田の収穫量を見越して先買いすること」 で、「青田刈り」は「収穫を急ぐあまりまだ穂の出ないうちに稲を刈り取ってしまうこと」。

「青大将」
「蛇だ」
 わざわざジャスチャーしなくてもいいわよ?

「ブルーレイディスク」
「あ~?」
 よく分かってなさそう。
 アプリのダウンロードが主流になってから、マルチドライブのないパソコンも増えたしね。

「そうだ青色発光ダイオード」
「??」
 こちらはまるで通じないらしい。
 いろんなところに応用されている革命的発明なのに……。

「青葉」
「戦艦?」
 重巡洋艦よ。

「次は青竜刀」
「かっこいい」

「青龍」
「口頭だとまぎらわしいね」
 清流、整流、西流、精留、清柳……いろいろあるわね。

「青びょうたん」
「なまっちょろい?」

「青っぱな」
「んん?」
 膿性鼻汁って言い換えたら余計わかり難いかしら?

「青酸カリ」
「ミステリの必須アイテムだね」
 いまどきは出てこないって。

「青少年」
「性少年?」
 字がちがってない?

「青果店」
「八百屋さん」

「青春時代」
「青春時代が~夢なんて~♪」
 キミいくつだい?

「青少年問題」
「盗んだバイクで走り出す~♪」
 それはあっているの?

「青椒肉絲(チンジャオロース)」
「一週間後に、究極の青椒肉絲を食べさせてやるぜい」
 私は食べないけどね。

「青銅器」
「初期装備?」
 いつの時代よ。

「青年団」
「ビービーセブン、ビービーセブン♪」
 それは少年探偵団。

「青天霹靂、青青天白日、郁々青々、白眼青眼、万古長青……」
「四文字熟語は難しいよ!」

「青とつく単語はたくさんあるけれど、そのうちの大半が緑なのは日本語の不思議ね」
 ずいぶんあげたし、ここいらで区切りにしよう。

「それにしてもシアンは物知りさんだね」
「長生きしてるからね」
 感心するナデシコにそう答える。

「バンコチョウセイ?」
「失礼な、そこまで長生きじゃないわよ」
 年甲斐もなく、頬を膨らませてみせるけど、確かにナデシコと比べればだいぶ年上である。

「そういえば、青って“未発育”なイメージもあるわね」
「ハイ、未発育です」
 彼女は手をあげて主張する。

「いや、十分育ってるでしょ。
 いまどきの子はホント成長が早いわよね。やっぱり栄養状況がいいのかしら」
「そそりますかな?」
 ドヤ顔で聞いてくるので「そそるわね」と肯定したら赤面されてしまった。
 そんな反応されると、こっちまで照れてしまう。

「それより、箸がとまったままよ」
 誤魔化すように指摘すると、ナデシコは皿を持ち上げると口につけ、一気に流し込んだ。

「こら、行儀が悪いよ」
「あたしが食べ終わらなきゃ、シアンが“おあずけ”されたままじゃん」

「別に食事の時間が待てないほど飢えてはいないわよ」
「ウソ。目が“早くしたい”って言ってるゾ」
 汚れた口を袖で拭うと、「そんなことない」という私の反論を無視して手を引く。
 そしてナデシコは、薄暗いままの寝室へと私を連れ込んだ。


 † 03 †

 ナデシコは寝室に置かれた椅子に私を座らせると、無作法に上着を脱ぎ捨てた。
 続いてリボンを解くとブラウスのボタンを外し、私にまたがるように座る。

「前から言ってるけど、正面からって……その、やりづらいんだけど?」
 満月に良く似た色の首すじに目を奪われながらも、反対を向いて欲しいと頼む。
 けれど、その願いは今回も受け入れられなかった。

「あたしは向き合ってるほうが好き。こっちのがいっぱいシアンを感じられるし」
 そういってハグするように身体を密着させる。

 これでは私のほうが捕まったみたいだ。
 あるいはソレで間違ってないのかもしれない。

 口内からあふれる唾液を、舌と唇を使い彼女の肌へと浸食させる。
 肌が柔らかくふやけたのを確認すると、「いくよ」とナデシコに囁きかける。
 そして私は、微かにうなずく彼女に押し当てた“牙”を突き立てた。

 その瞬間、小さな身体がピクリと震える。
 私の唾液には麻酔効果がある。
 痛みはないハズだ。
 それでも傷を最小限に押しとどめようと、細心の注意を払う。

「ん……」
 声を押し殺すナデシコの喉から、わずかな音が染み出てくる。

 私は吸血鬼としての本能を制御しながら、彼女の生き血を自らに巡らせる。

「あっ、ああ……」
 血を吸われるに従い、ナデシコの声が淫らに色づいていく。

 吸血鬼たる私の唾液には、麻酔効果の他に、獲物を逃さぬよう快楽も与える効果がある。
 効果の高いソレを注入しすぎれば、精神への悪影響は避けられない。
 私は彼女を狂人に貶めぬよう、しかしそんな彼女もみてみたいと期待しながらも、理性の鎖を強める。

 恥知らずな喉は“ゴクリ”と大きく鳴り、私(シアン)が野蛮で淫奔な動物にすぎないと喧伝する。
 それがナデシコに検知されないことを祈りながらも、渇きを癒やすのは止められない。

 彼女に浅ましい自分の本性を気づかれたくないのに、そのための制御が崩れ消えてしまう。

 その時、耳元に唇を近づけたナデシコが血よりも甘い声で囁く。

「あたしも吸血鬼にしてよ」
 その言葉で冷静さを取り戻すと、「それはできないわ」と彼女から牙を抜いた。
 双穴からわずかに溢れた血を舌でぬぐい告げる。

「前にも教えたわよね。吸血鬼は感染なんてしないの。
 血族として体質が受け継がれるだけ」
 老化の遅い身体は強靭な力を有し、治癒力も高い。
 消化器系の不具合で、人間の血液からしか栄養を摂取できない進化の失敗作。
 透けるような肌は色素が極端に少なく強い日差しに弱い。

 それらの体質は世界各地で伝わる吸血鬼伝説と類似している。
 ただし、血を吸った対象までも吸血鬼になるということは決してない。

「でも……」
「物語(フィクション)は物語(フィクション)、現実とはちがうのよ」
 なおも望む彼女に言って聞かせる。

 吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼となるという伝説は、唾液の麻酔効果が影響していのではないかと思う。
 我々の唾液に含まれる成分は、精神の高揚と疲労感の排除、それによる運動能力の向上と強い麻薬のような効果を人間に及ぼす。
 それは被害者を人間以上の存在に進化したのだと錯覚させる。

 おそらくは、その変化を見た者が“吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼になる”と勘違いしたのではないだろうか。
 それの誤解がホラー小説で怪物としての属性を強めるために脚色されたのが、伝説の正体だろうと私は考えている。

「だからあなたを吸血鬼にすることはできないのよ」
 再び牙を沈める私に「だったら……」となおも願う。

「あたしを殺して」と。

 いずれナデシコ(自分)はシアン(私)の最高の存在ではなくなってしまうと彼女は言う。
 そうなれば私はナデシコの元を去るだろう。
 そんな日が訪れるくらいなら、いっそ死んでしまいたいと訴え願う。

 彼女ほど美味な人間に出会ったことこそないが、私はこれまで吸血鬼として無数の出会いと別れを繰り返してきた。
 先の話ではあるが、ナデシコが老化して血が濁れば、私は別の人間を探すことだろう。
 そんな日が来ることに、彼女は耐えられないと言う。

 ナデシコの推測はまちがっていない。
 しかし、いまの彼女を手に掛けることも“まだ”できない。
 だから私はいずれ訪れる死を嘆く子どもをあやすように、彼女の心を繕った。

「それも駄目。
 私はあなたに魅入ってしまったんだもの。こんなにも美味しい血の子を手放せないわ」
 そう青い真実で彼女を慰める。

「だったら、せめて、もっと無茶苦茶に……お願い」
 そう少女に請われなお、浅ましい怪物は己の欲だけを満たし続けた。


 † 04 †

「あたし、やっぱりシアンのことを書こうかな」
 乱れた着衣を整えつつ、ナデシコがそう言った。

「ああ、小説の話? 冴えない吸血鬼の話なんて誰も読みたがらないわよ。
 名前がシアンってだけじゃ、お題としても微妙じゃない」

「そうかな?」
「そうだよ」

「だったらさ、その分、ナデシコ(あたし)を加えれば良いんだよ」
 彼女は唾液の副効果で塞がりつつある傷を指先でなでる。
 わずかに濡れた指先に自らの舌を這わせると、不快そうに眉をよせる。

「知ってる? ナデシコは桃色なんだ。
 だからシアンに混ぜればきっと綺麗な青になるよ」

 印刷ではシアン、マゼンダ、イエロー、ブラックの四色を組み合わせて多彩な色を表現する。
 その中で青はシアンにマゼンダを混ぜることで表現される。マゼンダは濃いピンクで、ナデシコの落ち着いた桃色とは色味がずいぶんちがう。

 それでも明るい彼女がわけてくれる桃色ならば、青はきっと形成されるだろう。
 だけれど……それでも吸血鬼と遭遇した女子高生の織りなす“青春”の色はきっと誰もが好む“青”とはほど遠いように思う。

 けれどそれを口にはしない。
 そんなことは彼女とてわかっているハズだ。

 それでも彼女は物語を書くという。
 コンテストのためだけれど、それ以外のために。

 そのなかにはひょっとしたら、私のためというのもいくらか混ざっているのかもしれない。

 私はその行く末を静かに見守ることにした。

〔了〕


注:万古長青(バンコチョウセイ)
 永久に変わらないこと。青々としていつまでも変わらないの意から。
“万古”とはいつまでも。永久に。“長青”とは松の葉がいつも青々としていて、とこしえに変わらないこと
Hiro

2022年05月01日 01時10分43秒 公開
■この作品の著作権は Hiro さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:変わり者の女子高生+1の日常

◆作者コメント:
 活版印刷ではシアン(水色)とマゼンダ(ピンク)を組み合わせて“青”を表現します。
 本作でシアンと合わせた色は、なでしこ(落ち着いた桃色)ですが、この組み合わせでどんな青を皆様にお届けできるか挑戦してみました。
 修行中の身ゆえ、多数の不手際があると思いますが、広い心で対応していただきたく存じ上げます。

執筆時BGM:DREAMS COME TRUE“雨の終わる場所”
https://www.nicovideo.jp/watch/sm17096886

2022年05月22日 01時45分09秒
作者レス
2022年05月14日 17時48分33秒
+20点
2022年05月14日 02時58分09秒
+20点
2022年05月13日 08時16分46秒
0点
2022年05月13日 06時34分01秒
+10点
2022年05月13日 01時49分26秒
+10点
2022年05月09日 21時05分03秒
-20点
2022年05月08日 10時23分46秒
+10点
2022年05月02日 07時54分22秒
+10点
合計 8人 60点

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