完全なる密室殺人

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「この部屋には、『何か』がありますね」
 そう口にしたのは、スキンヘッドの青二才だ。俺より十歳は若いだろうに、人生の何もかもを知り尽くしたような涼しい顔をしている。ミステリー小説の私立探偵みたいに、酷く気障りな野郎だった。
「『何か』って。この部屋はみんなで散々調べたんですよ? 警察も『部屋には何の仕掛けもない』と言ってました」
 反論したのは宮永という男だ。こいつは被害者の担当編集者。被害者である浦波航太の執筆に必要な資料を、午後一番でこのマンションまで届けに来たのだという。浦波が住む1LDKの玄関ドアを合鍵で開け、中に入ると、パソコンデスクの前で事切れた売れっ子作家様を発見したというわけだ。
「一体、誰がこんなことを……」
 宮永は途方に暮れた顔で呟く。犯人に心当たりは無いようだが、俺は誰が浦波を殺したのか知っている。
 犯人は、俺なのだ。
 死んだ浦波と俺との間には、深い因縁があった。
 元々は、大学のミステリー研究会で知り合った仲だ。お互いにトリック至上主義者で、ストーリー性よりも奇想天外なトリックを重視して小説を書いていた。ああでもない、こうでもないと二人で徹夜してアイデアを出し合ったのは今でも良い思い出だ。
 二人で切磋琢磨した甲斐あって、俺は大学卒業から五年後に新人賞を受賞。晴れて作家デビューを果たした。
 浦波は俺に遅れること二年、ミステリー系の雑誌が主催する公募で佳作入選した。こうして俺たちは、プロの世界で創作活動に励むことになったのだった。
 初めの頃は、俺のほうが売れていたと思う。何しろ新人賞受賞作家だ、佳作入選とは注目度が違う。書店では俺の受賞作が平積みにされ、あっという間に重版がかかった。雑誌でも紹介され、その年のミステリーランキング五位にランクインした。次も、その次も、俺が書いた作品は常に高評価だった。期待の若手としてもてはやされ、テレビの情報番組にも出演した。まさに『飛ぶ鳥を落とす勢い』というやつだ。
 かたや浦波はというと。
 しばらく売れない時期があったらしい。細々と作品を発表し続けていたようだが、書店では書棚の片隅で名前を見かける程度。やはり出だしが肝心というのは、この業界の鉄則なのだろう。
 低空飛行から抜け出せない浦波を、正直、俺は見下していた。いつの間にか疎遠になっていたから、書店で奴の名前を見かけなくなった時は、とうとう筆を折ったのかと憐れに思ったものだ。
 そんな俺たちの立場が逆転したのは一昨年のこと。
 浦波が、デビューから十年目にして直木賞を受賞したのだ。
 それを機に、奴は頭角を現し始めた。筆は早い方だったから、間を置かずに新作を発表し続け、幾つもの出版社から声がかかると、みるみるうちに発行部数を伸ばしていった。奴の地元じゃ、書店で専用コーナーまで作られて、絶版になっていたデビュー作の再販も決まったという。
 今では落ち目となった俺を尻目に、奴は引く手数多の一流作家にまで登り詰めた。もう何年も新作を出せないでいる俺を嘲笑って、さぞや気分が良かったことだろう。
 ――いや、立場が逆転したことを逆恨みしているんじゃない。奴は真に許されざることをしたんだ。
 トリックの盗用、つまりパクリだ。
 追い越された悔しさはあったものの、奴の作品には興味があったから、受賞作を書店で買って読んでみたんだ。
 学生の頃は荒削りだったストーリー性が改善され、エンタメ作品としても楽しめる内容になっていた。
 しかし俺が注目したのはやはりトリック。一見して誰にも犯行が不可能だと言えそうな状況が提示され、同じミステリー作家の俺でさえどんなトリックが使われたのか想像もつかなかった。
 そして真相解明の場面にさしかかり、俺の興奮は最高潮を迎えた。未知のトリックに期待が高まったんだ。
 ……だというのに。
 ネタバラシの部分を読んだ時は言葉を失った。その作品で使われたトリックは、俺が学生の頃、奴に話したトリックだったのだ。
 丸々そのままパクったわけじゃない。俺のアイデアをベースにして、より高い次元のものに昇華させていた。
 厳密にいえば盗用ではないのかもしれない。けれど、それでも俺は奴のしたことが許せなかった。
 俺たちミステリー作家にとって、トリックは命だ。もしかするとそれ以上かもしれない。だから普通は、他人のアイデアを使わない。それが暗黙のルールなのだ。
 それなのに浦波の野郎は、俺のアイデアを、さも自分が考えたかのように使いやがった。しかも無断でだ。それであんな大きな賞を取るなんて、厚顔無恥にも程がある。
 気付いた時には、奴の本を破り捨てていた。そして奴を殺してやろうと決意したのだった。
 とはいえ、俺もミステリー作家の端くれ。普通に殺したんじゃ面白くない。死ぬほど考え抜いた、一世一代のトリックを使ってやった。
 犯行現場は浦波の仕事部屋だ。この部屋には窓があるものの、当然ながら施錠されている。出入口のドアには鍵がかからないようになっているが、他の部屋の窓すべてに鍵がかかっているし、玄関ドアはオートロックなので同じことだ。
 つまり、浦波は『完全なる密室』の中で死んでいるのだ。
 おまけに、死体には目立った外傷もない。司法解剖に出したところで、どうやって死に至らしめたか解るはずもないだろう。
 ただそれだと、自然死だと思われかねないから、部屋の中を荒らして、犯人が部屋の中に居たことを判りやすくしてやった。この密室はいわば、『見せつける為に作った密室』なのだ。
 捜査陣はきっと悔しがるだろう。他殺に見えるのに、密室であるが故に他殺だと断定できない。俺が考えたトリックを解明しない限り、真相にたどり着くことは出来ないはずだ。
 目下のところ、誰もトリックには気付いていない。何という快感だろう。ミステリー作家冥利に尽きるというものだ。
 その時、若造が俺をちらりと見た。
「私にはわかります」
 ……何だと? こいつまさか、気付いたっていうのか?
 いや、そんなはずはない。
 おい、このつるっぱげ。いい加減なことを言うな。何の調査もしていないのに、解るはずがないだろう。
 さては口からでまかせだな。いいだろう、お前の推理を聞いてやる。
「近くを偶然通りかかったのが私で良かった。こういう不可解なものを相手にするのが、私の仕事なのです」
 若造は手荷物の中から何かを取り出した。
「この部屋に縛られた霊は、生前に相当な恨みを抱いていたようです。死してなお、人を呪い殺すほどに」
 そう言うと合掌した両手に数珠を掛け、念仏を唱え始めた。
 まずい。こいつは除霊師だったようだ。



[終]
庵(いおり)

2022年04月29日 21時08分18秒 公開
■この作品の著作権は 庵(いおり) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー
 ラスト数行でひっくり返るどんでん返し。
◆作者コメント
 運営の皆様、いつもありがとうございます。
 初めてのショートショートに挑戦してみました。
 お手柔らかにお願いします。

 尚、どんでん返しがテーマの作品ですので、感想を書く際には未読の方へのご配慮をお願いします。

 それでは初夏の連休を楽しみましょう。

2022年05月14日 23時38分49秒
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