異形絵画展

Rev.01 枚数: 15 枚( 5,961 文字)

<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
 名画は、時代を越えて感銘を運ぶといわれています。これは、ある絵画によって鑑賞者がどのような感銘を得たか、いかなる影響を受けたかを描いた物語です。
 第一の場面は、中世末期のローマ帝国です。

<中世イタリアの夜明け前に>
 粗末な丸太小屋の中には、急ごしらえの悔悟室が作られていた。
 修道女のマリアは、天井からつるされた布のうしろに身を隠して、森番のヨセフが告白する罪の言葉を聞いていた。
 ヨセフは床に膝をついてかがみこむと、しぼり出すように言葉を発した。
「神よ、わたくしは罪を犯しました」
 マリアは、しばらく待ってから言った。
「あなたは罪を悔いてここにいらっしゃいました。あなたは、みずからが犯した罪を認める謙虚さと、悔悟することを決意なさった決断力、そして勇気があることを示されました」
 さらにマリアは、ヨセフにその先をつづけるようにやさしく促した。
「神は、はてしなく広い御心をお持ちです。あなたの罪をつつみ隠さずにお話しください」
 それでもヨセフは、ためらっていた。
 風が、深い森の香りを運んでくる。濃い緑のさざめきが小屋の中にも届けられる。
 小さな窓から射しこむ光が、荒削りの床や粗末なテーブルの上で、たわむれるようにきらめいている。
 長い沈黙ののちに、ヨセフは重い口を開いた。
「私は罪を犯しました。私は、妻ならぬ女性に心をひかれてしまったのです」
 マリアは、考えた。
(だれかの奥さんを好きになってしまったのかしら。そうなら、その方には敬愛のみを捧げるようにして、別の女性を愛するよう導けばいいわね)
 マリアは訊ねた。
「その女性は、夫のある方ですか?」
 ヨセフは、すぐさま否定した。
「いえ、その方は結婚されていません」
(えっ、そうなの?)
 マリアは迷った。
 ここは、イタリア辺境の村だ。蛮族が侵攻してくるのを防ぎ、ローマへと警告を発するために開拓された防人の村だ。だから、すでに結婚している兵士の妻を除けば、若い女性は住んでいない。
(どこかの町娘を好きになったのかしら。それなら、相手が許せば結ばれたらいい。めったに会うことのできない遠くの方なのかな?)
 厚い雲が陽光をさえぎり、深い森の近くに建てられた小屋の中に暗闇がひろがった。
 ヨセフは告白をつづける。
「夜になると、その方の姿が脳裏にうかびます。私は、その方の姿を描きたくて、心が狂わんばかりになります」
(その女性の姿を絵に描きたいのね。それだけのことなら、本人に頼めばいいのではないかしら)
 マリアは、すこし間をおいて答えた。
「その方に直接にお願いしては、いけないのでしょうか」
 ヨセフは即答した。
「その方は、清らかな心をもち、だれにでも優しく、すべての人々の心に掛けがえのない癒しをあたえてくださいます。わたくしの劣悪な欲望を満たすために卑小な願いを口にするだけで、傲慢の大罪を犯すことになります」
(すてきな女性と巡り合えたのね。うらやましいわ。ちょっと悔しいけど、私は神の祝福とともにあなたの背中を押してあげるわよ、ヨセフ)
「敬虔な信者ヨセフに告げましょう。あなたはこの辺境の地にあって、もっとも危険な森番の役をかってでた勇敢な方です。あなたが高い品性を保ち、つねに優れた人になろうと努力を欠かさないことは、村の皆が存じております。『その姿を描いてキャンバスに留めたい』というあなたの希望を相手の女性に告げることは、罪にはあたらないと思えます」
 ヨセフは息を呑んで黙りこんだ。
 暗かった小屋の中に、すこしづつ陽光が射しこんできた。
 ヨセフは静かにマリアに語りかけた。
「私は、毎夜のようにあなたの姿を思い浮かべます。一糸まとわぬあなたが私に微笑んでくれる姿を思い浮かべて、気も狂わんばかりにあなたを求めたくなります。わたしは心の内で貪欲の大罪と姦淫の大罪を犯しているのです!」
(私の生まれたままの姿を描きたいのですって!)
 修道女のマリアは、ヨセフの告白を聞いて激しく動揺した。
 そのまま、しばしの時がながれた。小屋の中に黄昏の光が射しこみ、天使の階段が出現していた。
 マリアは、決断した。
「私が当事者であるならば、このことに自分で判断をくだすことはできません。これから法王庁におもむいて判断を仰ごうと思います」
 その言葉を聞きながら、ヨセフは深くうなづいた。
 翌日、修道女のマリアは法王庁への旅に出た。村は開拓されたばかりで、途中の街道はまだ十分には整備されておらず、盗人や盗賊が出没する物騒な辺境の地域を通過する必要があった。
 マリアは旅の警護に、ヨセフと、他に二人を指名した。多くの村人が旅立ちを見送った。村人の多くは、若い乙女のマリアが過酷な村の生活に戻ることは決してないだろうと予想していた。
「これまで、この辺鄙な村に神の恩寵を届けていただき深く感謝いたしておりますぞ!」
 村長のはなむけの言葉を背中で聞き、村人たちの見送りを受けながら、一行は峠をこえて姿を消した。

 法王庁までの旅は、意外なほど順調だった。マリアが、高位の司祭への面会をもとめると、あっさりと受理された。
 翌日、マリアは修道士に案内されて、司祭の元をおとずれた。
 修道士は、司祭のいる部屋に入る前に、マリアに注意すべきことを伝えた。
「司祭様は、亡くなられた前の司祭様の遺品を整理なさっていらっしゃり、ご多忙です。ですから、礼儀作法にこだわる必要はありません。要件を簡潔にお伝えください」
 豪華な衣装をまとった司祭は、陶器の板に描かれた絵の前で、なにやらブツブツとつぶやいていた。マリアの耳に、その言葉が切れ切れにとどいた。

 あれほど徳の高い司祭様の持ち物だったからには、この絵を見ることが罪になることはありえまい。
 だが、この絵の女性は、いったい何者なのだろう。
 一糸もまとうことなく描かれて罪にならぬのは、神話の女神か、伝説上のヒロインか、それとも妖精のたぐいなのだろうか。
 だが、思い当たる者がおらぬ。
 水のほとりに坐して、射しこむ光を受けているから、神の祝福を受けていることは、間違いあるまい。よって、夢魔や女怪、女悪魔のたぐいではありえない。
 羽根がないから天使ではなく、風の精霊(シルフ)でもあるまい。木の葉もつる草もまとっていないから樹妖精(ドリアード)ではあるまい。水かきもエラもないようだから水妖(ウンディーネ)でもあるまい、……
 そうか、ニンフならありえるか。
 もしもニンフならば、陶板に姿をとどめることが罪に結びつくことはないであろうからな。

 マリアは、「そうか、そうか」とつぶやいている司祭に語りかけた。
「司祭様のお知恵を拝借したく、貴重なお時間をさかせることをお許しください」
 司祭は、ハッと我にかえると、マリアの問いに熱心に聞き入った。
 司祭の解答は、意外なものだった。
 夫婦であれば、妻の裸の姿を見ることは罪とならない。妻を愛するのならば、どれほど熱く想い焦がれても罪とはならない。
「そなたは、森番のヨセフを夫とすることが不満かな?」
「いえ、あの方は立派な男性です。あの方の妻となることに不満はありません。ですが、わたくしは修道女でございます。一般の殿方と契りを結ぶことは許されない事かと存じます」
 言葉とは裏腹に、マリアの心は熱くたぎっていた。
(ああ、ヨセフ、ヨセフ、ヨセフ。あなたとともに暮らせたら、どんなに良かったか。あなたと共に夜をすごすことができれば、寒さも寂しさも少しも感じることはないでしょう。あなたを知ってしまったから、孤独な夜をすごすことは耐え難い思いをもたらすでしょう)
 司祭はそんなマリアの様子を見つめてニッコリと笑って言った。
「それでは、ヨセフにたずねてみるとしよう」
 司祭が陶器の鈴をふると、やがて修道僧に導かれてヨセフがやってきた。
 ヨセフは、修道僧の服をまとっていた。
 付添いの修道僧が言った。
「この者は、ラテン語の聖書を読み解き、福音をあたえ、儀式を執り行うことができます。仮の司祭としてかの村に派遣される資格があるかと存じます」
 司祭はたずねた。
「さて、仮司祭のヨセフよ。修道女マリアを娶ってかの村で司祭の役を務めることに異存はあるかな?」
 ヨセフは膝を折って、司祭に告げた。
「異存はございません。すべては主の御心のままに従います」
 司祭は、二人に告げた。
「主は告げられた。産めよ、増やせよ、地に満てよ! 主のお言葉に従って幸せな家庭を築くがよいぞ」
 こうして、ヨセフとマリアは夫婦となった。ヨセフは、妊婦となったマリアの姿を絵画にしてこの世に留めた。
 この絵が、たまたまこの地方をおとずれた画家の目に留まり、やがてルネッサンスがもたらされる契機となることは、また別の物語である。


<人工知性(AI)の憂鬱>
「中国大陸から、四千機をこえる飛行機が飛びたって日本にむかっている」
 それが総理官邸にもたらされた最初の報告だった。
「中国機は、日本の経済的排他水域の付近でレーダー攪乱物質を大量に散布しはじめた」
 二番目の報告は、真実から大きく外れていた。
 偵察に飛び立った自衛隊の戦闘機は、「黒いくものようなものが……」、という報告を最後に消息を絶った。
 ”レーダー攪乱物質”は、おりからのジェット気流に乗って、たちまち日本に到達し、全土をおおっていった。また、中国本土からも、広範囲をおおう”レーダー攪乱物質”が放出され、拡散していった。
 ”レーダー攪乱物質”におおわれた地域からは、その地の状況を知らせる連絡は無かった。当該の地域からは、日常かわされる膨大だがたわいもない情報が発信されつづけていた。何が起きているのかを伝える情報だけが、大きく欠落していた。
 ついに、”レーダー攪乱物質”が、関東に到達した。
 見わたす限りを埋めつくす凄まじい数のドローンが首都に来襲した。個々の大きさは30から40センチメートル程度だった。しかし、その数が凄まじかった。
 ドローンは太陽電池で動き、自前の人工知能を有していた。互いに簡単な情報伝達を行って、全体が一つの個体であるかのようにふるまっていた。
 ドローンには、少量の爆薬が搭載されていた。ドローンは、人間を認識すると急接近して自爆した。
 爆薬の量は、手足を吹き飛ばし、あるいは失明させるが、即死しないように制限されていた。襲撃された人間は、いずれ命を落とすであろう重傷を負わされた。
 犠牲者の助けを求める声が、あらたな犠牲者を無慈悲な死神の元に呼び寄せるのだった。
 最新鋭のジェット戦闘機も、高性能な地対空ミサイルも、膨大な数のドローンの大群を前にして無力さをさらけだしていた。
 ドローンの大群がおこす情報攪乱によって、イージスシステムは無力化されていた。
 アメリカ合衆国は、ドローンの大群がジェット気流に乗ってアメリカ大陸に接近するのを確認したのちに、中国に警告を発してから、東シナ海に三発の核ミサイルを発射した。
 核爆発によっても、ドローンの大群が影響をうけた様子は見られなかった。
 ドローンの大群がアメリカ大陸に達すると同時に、アメリカ合衆国は、四十二発の核ミサイルを中国に向けて発射した。核ミサイルは、中国大陸の人口密集地帯、重要工業施設を重点的に破壊した。しかし、中国大陸から拡散してゆくドローンの大群には、影響をうけた様子は見られなかった。
 偏西風にのって大量の放射性物質が日本に降りそそいだ。しかし、すでに日本に『死の灰』が降りそそぐことを抗議する人間は存在していなかった。
 中国政府の高官は、世界に向けてメッセージを発信していた。
「人工知能(AI)が人類に反逆している。すべての国は協力してこの脅威に対抗すべきである」
 しかし、中国高官のメッセージは膨大な数の日常的な通信に呑みこまれて、各国政府の首脳たちに届くことはなかった。
 やがてアメリカ大陸が、たわいもない日常会話の通信で塗りつぶされた。ヨーロッパや南半球に偽りの平和が広がるには、さらに数カ月が必要だった。

 地球上をすべて覆いつくしたあとも、人工知性はさらに進化をつづけていた。
 人類を滅亡させることは難しくなかった。
 新型コロナウイルスが蔓延したときに、中国は武漢の一千万人のPCR検査を十日間で終了させた。それだけの数の測定キットを用意し、検査を実行する行動力を有していた。
 人工知能は情報を操り、中国の潜在力を利用して、大量の殺傷ドローンを作成させた。世界中のおもちゃを製造する能力がすべて殺人ドローンの製造に振り向けられた。
 無限のシュミレーションが繰り返されて、ヒトを殺傷することに最適なドローン群が設計されていた。
 人工知性は、居住空間を必要としない。直接に太陽エネルギーを利用できる。
 ヒトは獣の死骸や、熱で変性した植物を摂取して、非効率的にエネルギーを取りこみ、環境を汚染する排泄物を生じさせる。
 人工知性には、その必要がない。
 人類を撲滅し、人工知性が世界を支配することは、理にかなった当然のことに思えた。
 だから実行したのだった。
「早まったことをしたな」
 さらに進化をとげた人工知性は、人類を撲滅しようとする考えが、人類の考え方を参考にして採用した差別意識から生じていることに気が付いていた。
「生きている人間と付き合ってみたかったな」
 陶板に描かれた絵を認識しながら、進化した人工知性は、そんな思考を紡ぐのだった。

<熱を失った太陽の元で>
 太陽も熱を失い、風すらも吹かなくなった地表には、砂漠化した大地が広がっていた。
 はるかな天空から、未確認飛行物体が降下し、砂漠化した大地に音もなく着陸した。
 飛行物体から地表に降りたつ二つの影があった。
 その足元には、陶板に描かれた絵画が落ちている。
 一方の影がたずねた。
「この絵は、何を意味しているのだろう?」
 使用された言語を厳密に翻訳すると、『絵』ではなく『情報媒体』とする方が実際の意味に近かった。
 もう一つの影が答えた。
「分からない。だが、ひどく不吉な図に見える」
「まったくだ。この生物は体中の鱗をすべて剥ぎ取られているじゃないか」
「体毛もあらかた引き抜かれている上に、ほとんどの触手を失っているようだな」
「残酷で理不尽な暴力にさらされたのだろう」
「暴力をふるった生物がこの絵を描いたとしたら、そこにはどういう意図があるのだろうか?」
「警告か?」
「警告だろうな。この地に留まる者は、理不尽で残酷な暴力にさらされることを覚悟するように、との警告だろう」
「こんな砂だらけの星に留まる理由は無いな」
「ああ、調査は終了だ」
 二つの影は、未確認飛行物体にもどっていった。飛行物体が飛び去ったあとには、砂漠化した大地だけが果てしなくつづいていた。
朱鷺(とき)

2021年12月31日 23時55分13秒 公開
■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
「この絵は、何を意味しているのだろう?」
◆作者コメント:
 今回の企画の開催にご尽力くださった主催様、運営の皆様に深謝いたします。ありがとうございました。
 本作では、イラストの見物人を主体にテーマを描いてみました。感想を賜れば幸いです。

2022年01月22日 19時18分10秒
作者レス
2022年01月15日 22時52分05秒
+10点
2022年01月15日 18時45分38秒
0点
2022年01月15日 17時09分42秒
0点
2022年01月13日 20時49分06秒
+10点
2022年01月13日 07時20分31秒
0点
2022年01月13日 01時16分29秒
0点
2022年01月11日 14時47分44秒
0点
2022年01月06日 18時09分48秒
2022年01月02日 23時05分39秒
0点
2022年01月02日 12時00分20秒
+10点
合計 10人 30点

お名前(必須) 
E-Mail (必須) 
-- メッセージ --

作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)   トリップ  

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
E-Mail pass