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湊の場合1 「やった! やっと見つけた!!」 湊(みなと)は嬉しさのあまり部屋の中でコントローラーを投げ上げた。 ゲーム画面には、彼が操る女性アバターが裸の状態で出現したからだ。 ――白亜大戦。 白亜紀に登場するような巨大生物を狩るハンティングアクションゲーム。 発売初日に購入した湊は、大学の勉強もそっちのけでプレイにいそしんできた。その甲斐があったと、頭の中を満足感で一杯にする。と同時に、心地よい疲労感がベッドの上に大の字になった彼の体をじわりじわりと包み込み始めた。 このまま眠ってしまっても―― 「いいわけない! 早速、造るぞ!!」 がばっと起き上がった湊は、ベッド脇に落ちたコントローラーに手を伸ばす。 彼は、あるものを手に入れたかった。 それは、普通にゲームをしているだけでは決して手に入らないもの。 いや、正しくは手に入れることはできる。似たようなものであれば。 ――DLC(ダウンロードコンテンツ)。 追加料金を支払えば、特別なアイテムをダウンロードできるシステムだ。いわば課金システムなのだが、それに投資することによって湊が欲するアイテム自体は入手可能だった。 でもそれではダメなのだ。 課金システムで得られるものは、そのリストが公開されている。つまり、いくら貢いだのかがあからさまになってしまう。 そんなものではない、彼が真に手に入れたいものは。 ――世界で自分だけが有するもの。 それを得るためだけに、何時間いや何ヶ月という労力を費やしてきた。 「森、木々の葉、木漏れ日、清らかな水、マイナスイオン、そして岩石……」 まずは女性アバターが出現した場所を注意深く観察する。その場で手に入れることができる素材も重要だからだ。 ――森の中の清らかな水の流れ、岩石が露出する渓流と水を湛えた淵。 つまり光、水、岩石、植物といった素材はいくらでも現地調達できるということだ。 次に手持ちのアイテムと、会得した魔法のリストを確認する。 「必要な試薬もある、そして魔法も会得済み、と……」 すべてを確認した湊は、すうっと深く深呼吸した。 いよいよだ。ついに長く待ち焦がれていた夢が実現するのだ。 メニューから水の魔法を選択し、必要となる素材と試薬を調合ボックスの中に入れる。そしてコントローラーのOKボタンに指を乗せた。 「ギフト、アクア!」 指に力を入れると同時に、女性アバターと湊の声がユニゾンで部屋にこだまする。 すると淵の水面がわずかに波立ち、白い湯気のようなものが立ち上がった。その気体は次第に渦を形成し、裸の女性アバターがその白き渦に飲み込まれていく。渦の動きが止まり、次第に空気が晴れてくると念願のものがそこに出現していた。 「やった! やったぞ!! ついに俺はやったんだ!!!」 それは――水色と白の縞々ぱんつだった。 美音の場合1 「なによ、もう。可愛くないわね!」 美音(みと)は不満をつのらせていた。 「せっかく可愛い装備を造ったっていうのに……」 彼女の不満は、あるものを自由に造れないことに起因しているのである。 確かに白亜大戦は面白い。 恐竜のような巨大生物を倒す時はドキドキするし、広大なマップを探検するのはワクワクする。 アクションとアドベンチャー。そのバランスがとても良いのだ。 時には仲間と共闘し、一緒に巨大生物を倒した達成感に酔いしれ、プレイヤー同士の友情が芽生えることだってある。 「でもね、装備がね……」 美音にとっては装備だって重要な要素だ。強さという意味ではなく、ビジュアル的にだが。 白亜大戦で作成できる装備は、基本的にはマップ内で取得した素材と魔法の組み合わせで構成される。 森の装備なら、葉や木などの植物素材と森の魔法が必要で、水の装備なら綺麗な水や渓流や滝で採取したマイナスイオンと水の魔法が必要となる。金属が手に入れば武器や防具を強化できるし、巨大生物から得られる素材も重要だ。 魔法は種類が限られているものの、素材は広大なマップに無数に存在する。だから装備も様々な種類を思いのまま自由に造ることができる。 が、造れるのは装備や武器、防具といった外側に纏うものだけ。その下のインナーは、デフォルト設定のまま変更することができない。 「これってボクサーショーツ? ていうか、ただの短パンだよね」 美音は一生懸命素材を集め、森の魔法も取得した。そして短めのスカートが魅力的な森の妖精風の可愛らしい装備を造り出した。 早速、その装備を身に着けて巨大生物を狩りに出掛けてみる。 彼女が操る女性アバターは双剣を駆使し、森の妖精ごとく軽やかに飛び回りながら巨大生物にダメージを入れていく。時には宙返りをしながら、時には高速スピンで手数を稼ぐ。 しかし、その時にひらめくスカートからチラリと見えるインナーに、どうしても興覚めしてしまうのだ。 設定としてはボクサーショーツのようなのだが、どう見ても短パン。それはまるで、とある有名アニメの少女――電気の力でコインを高速で飛ばす彼女のように。 「DLCも、可愛いの無いしね……」 ゲームの設定上、インナーを自由に造ることはできない。 それでもインナーを変更したいというプレイヤーのためには、DLCが用意されていた。 が、DLCで手に入るインナーはハイレグだったり、Tバックだったり、男性好みのものばかり。森の妖精風装備に合う可愛らしいインナーは見当たらない。 「まあ、ぱんつの可愛さを競うゲームじゃないし」 白亜大戦は面白い。 インナーが自由に造れなくても、それを忘れさせてくれる楽しさで溢れている。 それに短パンが気になるのは、スカート丈が短い装備を装着した時だけ。スカート丈が長かったり、パンツスタイルやごつい防具を身に付けた時は全く気にならない。 不満の種火を残しつつも、美音はそう割り切ってゲームを楽しんでいた。 ところがだ。 種火を再燃させるような出来事が起きた。 それは、巨大生物を倒すために何人かと共闘した時のこと。メンバーの中に一人、水色の装備で身を包んだ女性アバターがいた。レイピア使いの彼女は身のこなしが軽く、跳躍や宙返りを繰り返しながら攻撃を当てている。まるで美音のアバターのように。 その水色の彼女が宙返りをした時、チラリと露わになったインナーに美音の視線は釘付けになった。 「えっ、縞ぱん!?」 見間違いではない。それは確かに白と水色の縞々模様だった。 そしてそのインナーは、悔しいほどに彼女の水色装備に合っていたのだ。 刹那、インナーについての不満が心の底から溢れ出してくる。 「あれが欲しい! でも縞ぱんってDLCには無かったはず」 DLCのインナーリストを必死に思い出す。 一時期、毎日のようにリストを眺めていた美音は確信した。 あのプレイヤーのインナーはDLCではなく、魔法と素材で造られた一点ものだと。 「でも、どうやって!?」 それが謎だった。 というのも、魔法と素材でインナーを造るシーンがこのゲームには一切登場しないからだ。 ゲームにログインすると、自分が操るアバターは最後にセーブした場所で出現する。ほとんどの場合、セーブした時と同じ装備で。 その時も、インナーを変更するというメニューは登場しない。 「seaportさんか。覚えたわ」 美音は記憶に刻み付ける。水色装備の女性アバターに表示されているプレイヤー名を。 ――seaport。 そのプレイヤー名は、美音にとって別の意味で印象づけられていた。 「sp(縞ぱん)さん。必ずあなたのインナーの秘密を暴いてあげるから……」 こうして美音のsp(縞ぱん)探しが始まったのだ。 湊の場合2 湊が縞ぱんを手にするまで、苦労の連続だった。 まず白亜大戦には、インナーを無料で変更できる機会が全くない。 インナーについては別途DLCが用意されており、メーカーはそれを強く推している。 もしプレイヤーが無料で自由にインナーを変更できたら、誰もDLCを買ってくれなくなるからだ。 一方、白亜大戦はアイテムを自由に造れることをウリにしていた。 そのようなゲームは白亜大戦の他にも山ほどある。素材を集めてアイテムを造れるゲームであれば。 その場合、用いた素材と出来上がるアイテムは一対一に対応しており、同じ手順を踏めば必ず同じアイテムが生成されることが多い。 白亜大戦が他のゲームと違うのは、魔法という要素が追加されたことであった。不確定要素を組み合わせることにより、意外性のあるアイテムを造れるようになっているのだ。 ――唯一の武器で戦いに挑んでみませんか? これが白亜大戦のキャッチコピーである。その言葉通り、自分ならではの武器で戦いに挑めることがこのゲームの最大の魅力だった。 何でも造れるゲーム。 しかしインナーは自由に造れない。 そんな批判をかわすために、きっとメーカーは抜け道を用意しているに違いない。 湊がそう思い始めたのは、とある魔法を手にしたことがきっかけだった。 ある日、ティガサウルスという巨大生物を険しい山岳地帯で散々苦労しながら倒した時のこと。 洞窟内のその生物の巣の中で、湊はある魔法を手に入れた。 ――ギフト魔法。 何だこれ?と思う。 散々苦労して手に入れたのがプレゼントを貰えるだけの魔法なんてと、湊は最初がっかりした。 魔法の説明には、プレイヤーがその時点で一番役に立ちそうなものをAIが勝手に判断して造ってくれる魔法、と記されている。プレイヤーは必要な素材をボックスの中に入れて、魔法名と属性を詠唱するだけで発動するらしい。 しかしいざ使ってみると、なかなか奥の深い魔法であることに気が付いた。 例えば、火を操る巨大生物と対峙していた時にこの魔法を唱えると、水や氷属性のアイテムを造ってくれる。攻撃が手薄だと判断すれば武器を、体力が削られていると判断すれば防具を、という風に。つまり、何が現れるのかは分からないが、その場面で最適なものを届けてくれるという仕組みになっている。 このギフト魔法を使いこなせるようになってから、湊は白亜大戦をプレイするのがますます楽しみになっていた。必ず役に立つという安心感に加えて、何が造られるのかわからないドキドキがたまらない。 そしてある時、彼はふと思った。 もし裸で出現するような場所でこの魔法を唱えれば、インナーを造ってくれるのではないかと。裸の状況で一番役に立つのは、インナーであることは間違いない。 ――裸で出現する場所。 ゲーム内でそんな場所があるとしたら、セーブポイントしかありえないと湊は直観した。 というのも、裸になるという行動リストはこのゲームには存在しないからだ。 巨大生物に装備を剥がされるというイベントも想定してみたが、このゲームではそれは死を意味する。 一方、セーブポイントでは気の利いたエフェクトが用意されていた。 町の宿屋で目覚めるのが一般的なログイン方法だが、パン屋でセーブするとパン屋の格好で目覚め、教練所でセーブすると修行服で目覚めることもあった。 町の外ではその自由度が広がり、森の中では迷彩服で、山岳地帯では登山服で出現したりする。 このようなセーブポイントの傾向をつかんだ湊は考察する。もし裸で出現する場所があるとすれば、海か温泉か湖か川ではないか――と。 こうして湊は水辺ばかり探索するようになり、得られる素材も魔法も水に関係するものばかりになってしまう。 そしてついに発見したのだ。 森の中の淵にセーブポイントがあることを。 そしてそこからゲームを再開すると、裸で出現することを。 美音の場合2 「seaport、seaport、縞ぱん、縞ぱん……と」 白亜大戦で縞ぱんを目にした直後、美音のseaport探しは白熱した。 まずはSNS。 もし美音本人が縞ぱんの作成に成功したのであれば、嬉しさのあまりネットでつぶやくと思ったからだ。 しかしそんなアカウントは見当たらない。 あらゆるSNSを覗いて「seaport」と「白亜大戦」で検索してみても、それらしき情報は一つも出てこなかった。 「じゃあ、動画なのかな……」 seaportは動画配信者ということも考えられる。 白亜大戦で縞ぱんを造れるほどの達人なのだ。他にも裏技をたくさん知っているに違いない。 もし美音がそんな達人だったら――プレイ動画をネットにアップして閲覧数と広告料を稼ぐことだろう。 そう思った彼女は、今度は動画サイトを片っ端から調べ始めた。が、それらしき動画は一つも出てこない。 「ゲームの中で会えるのを待つしかないのかな……」 一週間探し続けた美音だが、一旦seaport探しをやめることにした。 せっかく白亜大戦という心休まる場所を見つけたのに、ぱんつごときに気持ちを荒立たせるのは馬鹿らしく感じたからだ。 白亜大戦にログインすると、そこには広大な森が自分を待ってくれている。 美音は自分のテリトリーに戻り、木の上に建てた家で横になる。木漏れ日が差し込むこのツリーハウスが彼女のお気に入りの城だった。 美音のプレイスタイルは独特だった。 ガツガツと狩りに出掛けるのではなく、森に迷い込んだ巨大生物だけを狩るというスタイル。いわゆる縄張りだ。 これなら攻撃スキルに乏しい部分は地の利でカバーすることができる。 実際、彼女がテリトリーとしている範囲の木々は、その間隔から大きさや高さまですべて熟知していた。 美音が身に付けている森の装備は軽く、機動性に優れ、しかも迷彩の役割も果たす。おまけに各所にトラップを仕掛けており、森は緑の要塞と化していた。森に迷い込んだら最後、木々の間を飛び回る彼女に襲われてどんな巨大生物もその餌食になってしまうのだ。 美音が縞ぱんのことを忘れかけていたある日のこと。 森のツリーハウスで装備の手入れをしていると、眼下の小路を歩いてくるプレイヤーが現れた。 この小路を歩くプレイヤーは少ない。一週間に一人か二人という程度だ。美音は息をひそめて、そのプレイヤーを観察する。 それは女性アバターだった。が、表示されるプレイヤー名に美音はハッとする。 「sp(縞ぱん)さん!?」 そう、それはいつかのseaportだった。 美音はとっさにツリーハウスの影に身を隠す。幸いなことに、seaportは美音には気づいていないようだった。 「どこに行くのかしら?」 seaportは迷うことなく、森の小路を進んでいく。 その先には渓流があり、泳ぐのにちょうど良い淵があった。 美音は音を立てないよう地上に降り立つと、大木に身を隠しながらseaportをつけていく。どうやらseaportは、森の淵を目指しているようだった。 「こんなところで何を?」 いつも森に居る美音だから分かる。 ここにはプレイヤーはあまりやって来ない。 が、その割には迷い込む巨大生物は多い。 だから彼女はここを縄張りとしているわけで、おいしい狩場となっているのだ。 「まさか、彼女もこの場所をテリトリーにしようとしてる……とか?」 seaportの水色装備は、見た目から判断して水の魔法で造られているようだ。 ということは、この先の森の淵あたりをテリトリーにしようとしているのかもしれない。 ――森の美音、水のseaport。 それならば棲み分けは可能で、競合することもないだろう。 そう思ったとたん、美音の中の警戒感は薄れ、新たな興味が湧いてくる。 seaportの近くにいれば、縞ぱんの秘密を教えてもらえるかもしれない――と。 そんなことを美音が考えていると、seaportは森の淵に出た。 淵の脇にたたずみ、水の流れを見つめている。 大木の影からその様子を観察していた美音は確信する。彼女の目的は、やはりこの場所だったのだと。 刹那、驚くことが起きた。 seaportの姿が消えたのだ。 「えっ、ここでログアウト!?」 まさかの展開に美音はうろたえる。 気づくと、彼女は森の淵へ歩き出していた。そして淵の中を覗き込む。 「一体、ここに何があるっていうの?」 ――森の中の清らかな水の流れ、岩石が露出する渓流と水を湛えた淵。 確かに水の要素にあふれている。 水の魔法を操るであろうseaportにはうってつけの場所に違いない。 「って、まさか!?」 その時、雷に打たれたように美音の頭にある予感が閃いた。 seaportはこの場所でログアウトするために、わざわざやって来たのではないかと。 もしそうであれば、その理由は一つしかない。この場所で出現するためだ。 「そんなの、やってみれば分かるわ」 早速、美音はログアウトする。 そして直後にログインしてみたのだ。 「思った通りだわ。やった! やっと見つけた!!」 森の淵で出現した美音のアバターは、素っ裸だった。 湊の場合3 縞ぱんを手にしてから、湊は短めのスカートが魅力的な水の妖精風装備で狩りに出掛けるようにしていた。 もちろん、縞ぱんを自慢するためだ。 巨大生物と対峙すると、彼が操る女性アバターは身の軽さを利用して宙返りを繰り返しながらレイピアの攻撃を当てていく。 すると面白いことに、共闘するプレイヤーの視線が湊に集中するのだ。 「むはははははは、縞ぱんの威力は絶大だな」 伝説のプレイヤーでも何でもないのに、こんなにも注目を浴びている。 それが面白くてたまらない。 ――宙返り、スピン、バク転、前転回避。 ここぞとばかり、湊は自慢の縞ぱんを他のプレイヤーに見せつけてやったのだ。 湊の振る舞いに目を奪われているプレイヤーの中に、森の妖精風装備を身に付けた女性アバターがいた。 彼女も短めのスカートが魅力的な防具を作成しており、湊と同様、身の軽さを活かした双剣攻撃が特徴的だった。 しかしだ。 ひらりひらりとひるがえるスカートから覗かせるのは短パン、いやデフォルトのインナーだ。それが目に入るたびに興醒めしてしまう。 「あんなに可愛い装備を造ったというのに……」 つくづく残念に思う。 縞ぱんだったら、どんなに可愛いことか――と。 と同時に、縞ぱんの造り方を教えてあげたい気持ちが芽生えそうになり、湊は慌てて右手で自分の頬を叩いた。 「いやいや、見かけに騙されちゃダメだ」 とても可愛らしい装備を纏っている女性アバターだが、きっと操っているのは男に違いない。 湊だって男なのに、女性アバターを操り、可愛らしい装備を装着しているのだ。 それにこの縞ぱんを造るのに散々苦労した。それを簡単に教えてあげるのはもったいない。 縞ぱんを造りたくて悶えるのは、今度は他のプレイヤーの番なのだ。それを高みで眺める権利を、湊は有していた。 最後に湊は、森の装備を身に付けた女性アバターを見る。 ――resonant。 プレイヤー名はそう記されている。 「共鳴か。いい名だな……」 まさか、このresonantが湊の人生に深く関わってくることになるとは、その時の彼は知らなかった。 美音の場合3 「やった! ついにやった!!」 森の淵で彼女のアバターが裸で出現した時、美音はコントローラーを投げ上げそうになった。 それをすんでのところで思い直し、改めてコントローラーを握り直す。 今の状態は裸だ。 局部はぼかされているけど、それは仕方がない。全年齢のゲームなんだし。 この状態で何か装備を造れば、インナーも新たに出来上がることだろう。 忌々しいあの短パン、いやデフォルトのインナーとはおさらばだ。 美音は素材を確認する。 森の素材は余るほど有している。 そして、一番適していると思われる森の魔法を唱えた。 「クリエイト、フォレスト!」 すると、周囲の森の葉がざわざわと音を立て始めた。と同時に、落ち葉を含んだ旋風が美音が操る女性アバターを包み込んでいく。そしてその風が晴れた時、現れたアバターが身に着けていたのは―― 「いつもの森の装備やん!」 そう、いつもの装備を身に付けた女性アバターが立っていたのだ。 試しに美音はその場で宙返りさせてみる。 ひらひらとひらめくスカートから覗き見えるのは、やっぱりいつもの短パン。 「マジか……」 がっくりと脱力する。 素材が足りなかったのか、それとも魔法が間違っていたのか。 気落ちするのはまだ早い。会得している魔法はまだ他にもある。 美音は詠唱可能なすべての魔法を試してみた。が、いずれも新たなインナーを造るには至らなかった。 「何が足りないの……?」 それは誰も教えてくれない。 ネットにも何も掲載されていない。 知っているのはあのseaportというプレイヤーだけ。 「それならば!」 美音はついに、非常手段に出ることにしたのだ。 湊の場合4 一ヶ月くらい縞ぱんを楽しんだ湊は、今度は違うインナーを造ろうと考えていた。 そのためには、またあの森の淵でログアウトして、再び出現する必要がある。 尾行されていないことを確認した湊は、こっそりと森に入り、あの淵へと小路を急いでいた。そして森の淵にたどり着く。 湊がこの場所を訪れるのは二回目だ。 改めて周囲を見渡してみるが、本当に素敵な場所だった。 ――森の中の清らかな水の流れ、岩石が露出する渓流と水を湛えた淵。 きっとこれほどまで自然にあふれた場所でなければ、縞ぱんは造れなかったのかもしれない。 例えば、どこかに温泉があって、その場所でもここと同様、裸で現れるセーブポイントだったと想定する。しかしそんな場所でギフト魔法を唱えたとしても、今穿いている縞ぱんのような清らかな水色は発色しなかったんじゃないだろうか。もしかしたらくすんだ灰色のぱんつが出現したかもしれないと、湊は考えていた。 周囲の環境、そしてアバターが置かれている状況によって発動するギフト魔法。 清らかな水の流れがあるからこそ完成した縞ぱんだった。そして縞々の白い部分も、この場所に深く関係している可能性がある。 「バイバイ、縞ぱん……」 気まぐれなギフト魔法。 次にここで出現した時にも縞ぱんが造れるとは限らない。 そもそも湊がここに来たのは、縞ぱん以外のインナーを造るためなのだ。 しばしの間、水面を見つめながら感傷に浸っていた彼は意を決してログアウトする。 今度出現した時に、違うインナーを造るために。 ゲームをログアウトした湊は、アパートのベッドに寝ころび天井を見上げながらもう一度手順を確認する。 次回ギフト魔法を唱える時、アイテムボックスに入れるのは清らかな水だけではなく、もう少しジェル化させた水を追加してアクセントを付けようと思っていた。 そのために巨大生物を倒した時に、皮に付いていた油分を積極的に採取していたのだ。 この油分を苦労して精製したのがゼラチン。これを試薬に用いることで水をジェル化させることができる。 「いよいよ明日だな……」 次の日。 目的のインナーを造るために森の淵に出現した湊に、悲劇が待ち受けていた。 最初に裸で出現して、次にギフト魔法を唱えたところまでは順調だったのだが。 お目当てのインナーが生成され、歓喜に身を躍らせようとした瞬間、彼が操るアバターは捕獲されてしまったのだ。森に仕組まれたトラップによって。 美音の場合4 「直接教えてもらうからね、seaportさん」 インナーの生成に失敗した美音だが、それでも不思議な高揚感に包まれていた。 なぜなら、ついにseaportの尻尾を掴んだからだ。 縞ぱんを穿くseaportはここでログアウトした。それは必ずここに現れることを意味している。 つまりこの森の淵で待ち伏せしていれば、必ずseaportに会える。 美音は早速、森の淵の周辺にトラップを仕掛ける。 一つではなく、二重、三重にと。 これはあくまでも予備的な措置だ。seaportからインナーの造り方を教えてもらえなかった時の備え。基本的には交渉に持ち込めればと思っていた。 彼女は次々と森の中にトラップを仕掛けていく。巨大生物を何体も捕らえた技術を駆使して。 準備を整えた美音は、大木の影に隠れて静かにseaportを待つ。 もしseaportが現れても、すぐにはトラップを発動させるつもりはない。なぜならseaportがインナーを造るところを見てみたいからだ。 ――どのように、そしてどんな魔法を使って? とにかくそれが知りたかった。 seaportは裸でこの場所に出現する。それならば、すぐにインナーを造るはず。 美音はその様子を見てから、交渉を持ちかけようと考えていた。 しかしその夜、seaportは現れなかった。 一晩中待ち続け徹夜となった彼女だが、眠い目をこすりながらさらに待った。 大学の授業もサボり、ひたすら森の淵に注目し続けている。 いつやめようかと何度も思う。が、頭を振って懸命にその迷いを吹き飛ばす。 せっかく掴んだseaportの尻尾なのだ。ここで離してしまっては一生後悔する。 seaportさえ出現すればすべてが終わる。彼女が出現すれば、縞ぱんの謎も教えてもらうことができる。 そしてその時はやってきた。 徹夜も二夜目かと覚悟した瞬間、青髪の女性アバターが地面に片足をひざまづいた状態で森の淵に出現したのだ。 表示されるプレイヤー名もseaport。間違いない。 すると彼女はひざまづいたまま魔法を唱えた。 「ギフト、アクア!」 ギフト?と美音が思う間もなく、淵の水面がわずかに波立ち、白い湯気のようなものが立ち上がった。その気体は次第にジェル状の塊となり、水玉となって渦を形成し裸の女性アバターの周囲を回りながら包み込んでいく。渦の動きが止まり、次第に空気が晴れてくるとアバターはなんとも可愛らしいインナーを纏っていた。 「水玉模様!?」 ブラとぱんつを身に着けた下着姿。 その模様はなんと、水色の水玉模様だったのだ。 美音の声、つまり彼女のアバターの声に反応してseaportが振り向いた。と同時にダッシュを開始しようとする。 すぐに交渉できるようにと、ボイスチャットをONにしていたのが裏目に出てしまったようだ。 「まずい!」 逃げられたらこれまでの苦労が水の泡になる。 そう思った美音は、瞬時にトラップを発動させる。 刹那、草のつるで造った縄がseaportの足を縛り上げ、彼女を逆さ吊りにした。 「ごめんね、seaportさん。私はただ、そのインナーの造り方を教えて欲しいだけなの」 美音のアバターは大木の影から姿を現し、逆さ吊りになった下着姿のseaportに話しかける。 が、彼女は予想外の反応を示す。逆さ吊りの状態のまま再び、魔法を唱えたのだ。 「ギフト、アクア!」 すると淵の水から剣が生成し、二人の方に飛んで来る。そしてseaportの足を縛っていたつるを切ったのだ。 地面に落ちた瞬間、再びダッシュを試みるseaport。 しかし美音は第二のトラップを発動させた。今度はつるで造られた巨大の網に包まれて、seaportは再び宙吊りになったのだ。 「トラップはまだまだあるから逃げられないわよ。だから観念して私の質問に答えて欲しい」 網の中のseaportは観念したようだ。 美音のアバターの方を見ると、静かにうなづいた。 それを確認した美音は、最初の疑問を彼女にぶつけてみる。 「ねえ、ギフトって何?」 湊の場合5 湊は忌々しく思う。 念願のインナーを造ることに成功したのだが、その直後にトラップに捕らえられてしまったからだ。 せっかく思い通りのインナーが完成したというのに。水の妖精風装備にぴったりの、可愛らしい水玉模様のインナーが。 湊は、吊り上げられた草のつるでできた大きな網の中からトラップを仕掛けたプレイヤーを見る。 ――resonant。 彼女は確か、一度だけ共闘したことがある。 短めのスカートが特徴的な森の装備も見覚えがあった。 それにしても、一体なんなのだろう。この連続トラップは。 最初のトラップはギフト魔法で解除できたが、まさかさらなるトラップが仕掛けられているとは思わなかった。 二回連続してギフト魔法を使ったおかげで、マジックポイントはほぼゼロになってしまっている。すぐにはもうどうすることもできない。 湊が観念すると、resonantはボイスチャットで訊いてくる。 「ねえ、ギフトって何?」 そうか、こいつはギフト魔法を知らないんだ。 ということは、山岳地帯のティガサウルスを倒していないということになる。 それにresonantは最初、インナーの造り方を教えてほしいと言っていた。 ギフト魔法が使えなければ、インナーが造れないのも当然だ。 さあ、どうしよう。 親切に教えてあげるか、それとも白を切るか? 湊が迷っていると、カシャリと写真を撮る音がした。どうやらresonantがゲーム画面の写真を撮ったらしい。 「教えてくれないと、下着で吊るされたこの恥ずかしい姿をネットで公開しちゃうから」 下着姿をネットで公開? それは大歓迎と湊は思う。 湊は男だから、アバターの下着姿をさらされてもちっとも恥ずかしくない。 それどころか水玉模様インナーの良い宣伝になるだろう。白亜大戦で水玉模様のインナーを身に着けているのは、現時点ではおそらく湊のアバターだけなのだから。 全く動じない湊に対し、resonantは動揺し始めた。 ネットに晒すという脅しが全く効かず、それどころか薄笑いさえ浮かべているのだから当前だ。 ついにはresonantは土下座を始めた。 「お願いだから教えて。そしたら開放してあげるから」 開放? その言葉に湊は違和感を覚える。 これはゲームなんだし、拘束されているのはアバターに過ぎない。こっそりアイテムでマジックポイントを回復させればギフト魔法を再び使えるようになるし、ログアウトするという脱出方法もある。ログインしても再びトラップの中という可能性は残っているが。 しかし、土下座というresonantの行動に湊は心を打たれていた。 やっぱりresonantの中の人は男なんだ。 何としてでもお気に入りのインナーを造って、ニヤニヤしながらプレイしたいんだ。 その気持ちは痛いほど分かる。なぜなら湊自信がそうだから。 そう思った瞬間、湊は急にresonantに親近感を抱き始めた。 かつて共闘した時にひらめくスカートから見えた短パン姿。あれは本当に興覚めだった。それをなんとかしたい。その願いは世界共通のはずだ。 「インナーの造り方を教えてあげたら、resonantさんは何をくれる?」 逆に、湊は質問してみる。 湊が歩み寄った形だが、その時のresonantの表情に彼ははっとした。 というのもアバターだというのに、本当に嬉しそうな表情をしたから。 中身が男でなければ、好きになってしまいそうな笑顔だった。 「私、森の素材や魔法を沢山持ってる。それと交換じゃダメ?」 森の素材や魔法か……。 森にはそんなに強い巨大生物はいないので、森の素材や魔法はレベル的には得やすい部類でそれほどレアではない。 だからそれほどまでの興味はないが、このトラップの技術には感銘を受けた。教えを受けることはステップアップに繋がる可能性がある。 「わかった。インナーを作成するにはまずギフト魔法が必要だ。それは会得してる?」 会得していないだろうと思いながら、湊はあえて訊いてみる。 resonantは最初、「ギフトって何?」と言っていた。 ギフト魔法を会得していれば、そんなことは言わないはずだ。 「会得してないけど……」 「ギフト魔法を会得するには山岳地帯にいるディノサウルスを倒す必要がある。一緒に行ってあげてもいいけど?」 resonantは喜ぶと思いきや、表情をだんだんと暗くさせていった。 おいおい、なんだよ。可愛らしいインナーを造ってニヤニヤしたいんだろ? 男だったら勇気を出して困難に挑んでみろよ。 resonantのことをほっとけなくなる自分を、湊は不思議に思い始めていた。 美音の場合5 その日の白亜大戦のプレイを終えコントローラーを置いた美音は、アパートの部屋のベッドに寝ころんで天井を見上げる。そして今でも心臓がバクバクしているのを感じていた。 やっとインナーの造り方が分かった。 しかしそのためには、山岳地帯のディノサウルスを倒して、ギフト魔法を会得しなければならない。 ずっと森に籠って、森にやってきた巨大生物だけを狩っていた美音にとって、出掛けてまで狩りをするというのはすごくハードルが高い冒険だった。 しかし今回は、seaportが同行してくれるという。 それを美音は、とても心強く感じていた。 もしかしたら、プレイヤーとしてのseaportは男性なんじゃないないだろうか。 ボイスチャットの時も、声は女性のものだったが、しゃべり方は男性っぽかった。 下着姿をネットで晒すと脅しても、全く動揺することがなかったし。 きっと可愛らしいアバターを造って、可愛らしいインナーを身に着け、ニヤニヤしながらプレイしているのだろう。男の人ってパンチラが大好きだから。 まあ、そんなことはどうでもいい。 要は可愛いインナーを造れる方法さえ分かればいいのだ。 それに手を貸してくれると言うのだから、seaportが男であれ女であれ、まずは協力を受け入れておいても損はない。 そこに立ちはだかるディノサウルス討伐という高い壁。 美音はseaportに、一週間の猶予をもらいたいと提案する。 seaportにとっては倒したことのある相手だが、美音にとっては初めてとなるラスボスクラスの巨大生物。その棲息地や習性、戦う環境などをじっくりと下調べしておきたかった。 行ってみて初めて知ったが、山岳地帯は森林限界を越えた高地にあった。 当然木々は生えておらず、岩石が露出する岩場ばかり。これでは美音が得意とする森の魔法は威力が半減してしまう。 しかし何も準備しないわけにはいかない。 美音は一週間の期間をフルに使い、山岳地帯を調べ上げ、自分の攻撃力の乏しさをカバーできるような作戦を考えていた。 ディノサウルス討伐の前夜、下準備の確認を済ませて美音はベッドに入る。 「いよいよ、明日なのね……」 ドキドキしてなかなか寝つけられない。 ディノサウルスって、どんな狂暴な巨大生物なのだろう? と同時に、何だかワクワクしている自分がいた。 それは、彼女が最初に白亜大戦にログインした時と同じ高揚感。このゲームの楽しさを再認識した瞬間だった。 湊の場合6 いよいよ、resonantと一緒にティガサウルスを討伐する夜がやってきた。 本当のことを言えば、他にも助っ人を呼んで大人数で倒したいところ。それほどティガサウルスは狂暴な巨大生物だった。 が、インナー作成という二人の共通の秘密を守るためには二人で討伐せざるを得なかったのだ。 ――二人だけで行く秘密のクエスト。 それってなんだかドキドキする。 まあ、resonantの中身は男なんだろうけど。 湊は予想する。 resonantの中の人は、彼と同じく若者なんじゃないかと。 インナーの秘密を知るために、森の淵で張り込みを続けるなんて年配者ができることじゃない。高校生以下の学生も無理だろう。昼間は学校がある。となれば、大学生か、フリーターなんじゃないだろうか。 白亜大戦にログインし、いつもの水の妖精風装備にセットアップして、ティガサウルスが生息する山岳地帯の入口で待つ。 resonantも、いつもの森の装備でやってきた。 二人はボイスチャットで会話を交わしながら、ティガサウルスが待つ山岳地帯の洞窟に向かった。 「今日の討伐の作戦を考えてみたんだけど、任せてもらってもいい?」 「うん。私はティガサウルスと戦うのは初めてだから、あなたに任せるわ」 湊はこの日のために作戦を考えていた。 二人の装備は似たような軽量タイプで、お互い軽やかに巨大生物の周りを舞ながら戦うスタイルだ。 そして武器も双剣とレイピアという、似たような接近戦用の武器。 それならば、攻撃係と陽動係に分かれて、その役割を入れ替えながら戦えばいい。 そのことをresonantに話すと、素直に納得してくれた。 いよいよ洞窟の中に入る。 ティガサウルスは横になっていびきをかいて寝ていた。その音の大きさから、怒った時の迫力が伺い知れる。 「じゃあ、いくぞ」 「うん」 湊が小声で合図すると、彼は尻尾へ、resonantはティガサウルスの鼻先に移動する。 そして「せーの」の掛け声と同時に、お互いがそれぞれの箇所を切りつけた。 驚いたティガサウルスは雄たけびと共に慌てて立ち上がる。体長はざっと二十メートルはあるだろう。 ティガサウルスの攻撃は、主に噛みつきと尻尾による薙ぎ払いの二つだ。 どちらの攻撃も強力で、一度喰らえばかなりのダメージを受けることになる。二人とも軽量タイプの防具だからなおさらだ。 そんな重量級の攻撃を二人はひらひらとかわし、ダメージを受けないように少しずつ攻撃を当てていく。 その際、鼻先担当は陽動が主で、無理に攻撃をする必要はないというのが二人のルールだった。あくまでも最初の目的は尻尾を切ること。両足と尻尾で体重を支えているティガサウルスは、尻尾が欠損すれば自由に動けなくなるからだ。尻尾の薙ぎ払い攻撃を封印するという意味もあった。 「チェンジ!」 「わかった」 ひらひらと尻尾の周辺を舞ながら、十回くらいレイピアの攻撃を当てた湊は、resonantに向けて役割交代の指示を出す。 さすがに切れ味が落ちてきた。一度レイピアを研磨しないと、効果的な攻撃は不可能だ。 湊はティガサウルスの鼻先に移動すると、攻撃を巧みによけながら少しずつレイピアを研磨する。一方resonantは尻尾に移動し、双剣で攻撃を開始した。 「あいつ、なかなかやるじゃないか」 レイピアの研磨が完了した湊は、resonantの攻撃を観察する余裕が生まれていた。 鼻先への攻撃は無理に当てる必要はない。噛みつかれないよう注意を払いながら、ティガサウルスの意識を分散させればいいのだ。 「ティガは初めてだって言ってたけど、ホントかな?」 湊がそう思ってしまうほど、resonantの攻撃は見事だった。 尻尾の薙ぎ払いをひらりひらりとよけながら、体を回転させて双剣で尻尾を切り裂いていく。時には宙返りで、時にはスピンを駆使して。 その芸術的な身のこなしに、湊はうっとりと見とれてしまう。ただし、チラリチラリと見える短パンは興覚めだったが。 「ぱんつか……」 思えばこうして二人を結びつけたのは、湊が造った縞ぱんだった。 この一か月間、彼は他のプレイヤーにどうやって縞ぱんを見せつけようか、そればかり考えてきた。 最初は注目されることが快感だったが、最近はそれもあまり感じなくなってしまう。 「ヤバい、めっちゃ楽しいんだけど」 しかし今の戦いはどうだろう。 久しぶりにぱんつのことを忘れて、巨大生物の討伐だけを考えている。 それは白亜大戦本来の楽しみ方。思いがけず湊は初心に戻り、湧き上がる高揚感を噛みしめていた。 五回は交代を繰り返しただろうか。 さすがのティガサウルスも弱ってきた。尻尾もボロボロになっている。 しかし、それは湊たちも同じこと。二人の間にも疲れが垣間見える。あと一回くらいの交代で尻尾が切れなければ、討伐はかなり難しくなるだろう。 「あと少しだぞ」 「うん。頑張る!」 お互い励まし合いながら湊が尻尾側に回った時、悲劇が起きた。 もうすぐ尻尾が切れるという油断もあったのだろう。薙ぎ払われた尻尾がちぎれるような予想外の動きをして、湊のアバターの体を直撃したのだ。 「ぐはっ、さすがにこれはヤバい」 空中で体勢を崩しながらも咄嗟にレイピアを投げる。 その最後の一撃で、ティガサウルスの尻尾は切断された。 が、湊が受けたダメージも相当なものだった。ちぎれそうになった尻尾の鞭のような動きは、薙ぎ払いの威力を倍増させていたからだ。 ゲージを見ると、体力はほとんどない。 このまま地上に落下してさらなるダメージを受ければ、湊はクエストリタイアになってしまう。 しかし尻尾を切断することに成功した。これでティガサウルスは動きも攻撃力も普段の三分の一以下に落ちるはず。あのresonantなら、最後までやってくれるに違いない。 「ゴメン、後は頼む……」 ひとこと言い残した湊のゲーム画面は、暗転した。 美音の場合6 「どうしよう、seaportさんがやられちゃった……」 もう少しでティガサウルスを倒せるというところで悲劇が起きた。 ちぎれかけた尻尾の薙ぎ払い攻撃を受けて、seaportが致命的なダメージを受けてしまったのだ。 地上に落ちて、さらにティガサウルスに踏みつけられたseaportはクエストリタイアで消えてしまう。 が、それと同時にティガサウルスの尻尾は切断されていた。 一気にバランスを失ったティガサウルス。 噛みつき攻撃も狙いが定まらなくなったし、動きも鈍くなった。当然だが、尻尾の薙ぎ払い攻撃も受けることはなくなった。 「これなら私だって……」 美音はティガサウルスの鼻先に立ち、噛みつき攻撃を受けないようにしながら後ずさりする。 そしてこの巨大生物を洞窟の外まで、引きずり出したのだ。 「山岳地帯さえ抜ければ、森にトラップが仕掛けてある」 今度は美音の事前準備が活かされる番だった。 ティガサウルスの鼻先に立ち、森へと誘導する彼女は、今日の戦いをしみじみと思い返す。 seaportとの共闘。これはめちゃくちゃ楽しかった。 可愛らしいインナーにこだわっていた自分が馬鹿らしくなるほどに。 また、seaportと一緒に狩りをしたい。これでギフト魔法を手に入れることができれば、お礼も言わなきゃいけないし。 そのためには決してミスは許されない。 美音はティガサウルスの攻撃を受けないよう、細心の注意を払いながら森まで誘導することに成功した。そして仕掛けてあった巨大トラップを発動させる。 「やったー! 捕獲に成功した!!」 クエストクリア! seaportの協力があったとはいえ、美音にとって初めてのラスボス級巨大生物の捕獲成功だ。 その後、ティガサウルスが生息していた洞窟の奥で、美音はついにギフト魔法を会得することに成功した。 エピローグ 「さあ、いよいよだ」 白亜大戦へのログアウトとログインを繰り返し、裸の状態で森の淵に登場した美音は、すうっと一つ深呼吸する。 素材も十分、試薬もある。そしてギフト魔法も会得したばかりだ。 あとは魔法を詠唱するのみ。 「ギフト、フォレスト!」 すると淵の水面がわずかに波立ち、白い湯気のようなものが立ち上がった。その気体は次第に渦を形成し、裸の女性アバターがその白き渦に飲み込まれていく。渦の動きが止まり、次第に空気が晴れてくると、インナー姿のアバターが現れた。 「やった! 成功だ。でも……」 確かに、オリジナルなインナーの生成に成功した。 が、その柄はモスグリーン一色。 seaportのような縞々模様を期待していた美音は喜び半分、失望半分の複雑な気持ちに包まれる。 「なんで縞ぱんにならないの……?」 その時だ。 美音のアバターの隣りに、裸の女性が現れる。 青いショートヘア。seaportだった。 そして湊は魔法を唱える。 「ギフト、アクア!」 すると先ほどの美音と同じく、湊のアバターは白い霧に包まれる。 霧が晴れると、そこにはインナー姿のアバターが現れた。その色は美音と同様、スモーキーブルー一色。 「ほら、俺だって縞ぱんは造れないんだ、今の時間帯はね」 今の時間帯?と美音は不思議に思う。 白亜大戦はの一日は、プレイ時間の三十分に相当する。つまり三十分プレイを続ければ、白亜大戦の朝から夜を体験できるということだ。 美音がログインした時、白亜大戦の時間帯は夕方だった。 「白いインナーを造るためには、あるものが必要なんだ。白いぱんつに欠かせないものが」 白いぱんつに必要なもの? それは一体何だろう? 美音は月並みな答えを口にした。 「純白の木綿……とか?」 「違うよ」 即座に否定する湊。 そして答えを口にした。 「resonantさんも男だったらわかるだろ? パンチラは希望の光なんだ。潤沢な陽の光がぱんつの白い部分には必要なんだよ」 「いやいや、パンチラってちっとも希望の光じゃないし。ていうか、そもそも私女だし」 「えっ?」 その時だ。 世界に異変が起きた。 轟音に驚いた二人が空を見上げると、巨大な隕石がまさに落下しようとしていたのだ。 分離した小さな隕石が次々と地上に落下する。爆音と共に森の木々がなぎ倒され、あちこちで火の手が上がっていた。 「ヤバい、ログアウトするぞ」 「うん。その方が良さそうね」 巨大隕石の落下。 白亜紀の恐竜絶滅は、これが原因と考えられている。 隕石落下の結果、地球表面は舞い上がった塵に覆われ、数年間は太陽光が透過しない闇の世界が続いたという。 ゲームとしての白亜大戦も突然終了した。 これは後で噂になったことだが、DLCの売上が思わしくなかったことで大幅な赤字となっており、運営側がゲームを強制終了させたらしい。 このアクシデントが原因で、白亜大戦における美音の可愛らしいインナー作成は、永遠に不可能となった―― 十年後。 まばゆい朝陽の中、洗濯物を干す美音に向かって息子が質問する。 「ねえ、ママ。なんでぼくのなまえは、はるとっていうの?」 「それはね、陽人はママとパパの希望の光だからだよ」 息子は本当に可愛い。 興味津々に質問してくるキラキラと光る瞳は、まるで宝石のようだ。 「じゃあなんで、ママはいつもしましまのぱんつをほしてるの?」 「それはね――」 白亜大戦が強制終了した後、湊は美音と連絡をとり合うようになった。他のゲームをオンラインで一緒に遊んだり、時には二人で出掛けたり。 そこで分かったのは、二人はよく似ているということ。白亜大戦で似たような装備を造っていた時から、美音は相性の良さをなんとなく感じていた。 そして出会いから一年後、湊は美音にプレゼントしたのだ。 白亜大戦で美音が造りたかった、念願のライトグリーンと白の縞ぱんを。 美音は可愛い息子に微笑みながら、十年前の湊の言葉を思い出す。 「希望の光だからよ。パパが言うにはね」 了 |
つとむュー 2021年12月31日 18時09分26秒 公開 ■この作品の著作権は つとむュー さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2022年04月20日 23時19分19秒 | |||
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