悪魔と六つの謎解き |
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※残酷描写あり。 〇 この作品では、読者であるあなたに、いくつかの『謎解き問題』に挑戦していただきます。 問題は全部で六問。いずれも、前提となる知識を必要としない、閃きや論理力が求められる問題です。 作中で出される問題には既存の問題を参考にしたものも多くあります。多少の『捻り』は入れてありますが、類問を知っていればそれだけ有利になることに違いありません。その場合は遠慮なく推理にお役立てください。経験値がそのまま力になるのは、卑怯でも何でもありません。 はたしてあなたは何問解くことができるでしょうか? 是非感想欄にてお知らせください。 〇 一日目 〇 途方もなく長く感じられた弟の葬式がようやく終了し、文(あや)は自室の勉強机でため息を吐いた。 厄介な時期に死んでくれたものだ。受験勉強のための時間を大幅に損失してしまった。十二月も終盤に差し掛かったこの時期において、通夜と葬式にかかった二日間という時間は、難関大学を志望する文にとって致命的なロスになりかねない。 問題集を解く手は止めないまま、文は弟の死因について思いを巡らせる。冬の川原で水泳を行ったことによる心臓麻痺。愚かだった。 優秀な文と違って、武は何かと家族に迷惑をかける子供だった。小学生の頃から悪い仲間とつるんで非行を繰り返し、何度も万引きをやって施設に行きかけた。中学に上がっても勉強など全くせずに悪さをしていた為、当然のように最底辺レベルの高校に進学。そこでもバカなことを繰り返していた。 極めつけが今回の寒中水泳による凍死である。数人の友達と川原ではしゃいでいたところ、脈絡もなく『泳ぐ』と言い出した挙句、本当に川へと潜って行った結果、生きて上がって来ることはなかったという。 どれほど考える力を欠いていたら、そのような愚かな結果を生めるのだろうか? 両親も文も、武の存在には手を焼いていた。十七歳の武は激しい反抗期で、意味のない怒鳴り声をまき散らし、時には手を出すことさえある。迷惑で、文にはとても理解不能な弟だったのだ。 それでも。 それでも……死ぬことはなかったのだ。 文は嘆いていた。あんなあっさりと、訳の分からない死に方で、何の意味もなく死んでいくことはなかったのだ。碌な人生は送らなかったかもしれないが、それでも確かにあったはずの弟の未来が閉ざされてしまったことは、悲しくて悲しくて仕方がなかったのだ。 開いたノートの上に涙の雫が垂れていることに、文は気付いた。 つい数時間前、火葬される直前の棺に眠る武の姿が思い出される。何が嬉しいのか鮮やかなブルーに染められた髪と、色白の肌。背の低い華奢な体。小さな頭と、いつまでも幼く見える顔立ち。 まだ中学生くらいの頃はあの顔をくしゃくしゃにして自分に甘えて来ることもあった。だが時が流れ成長する中で、自分達は姉弟であるという以外に何の接点も持たない人間同士だと、悟るようになった。そうして武は自分から冬の川原に飛び込んで凍死するバカな劣等生として死に、文は弟の葬儀の直後でもシャープペンを手放せない焦燥した受験生として今も生きている。 もっと弟と向き合うべきだった。そうすれば何か変わったかもしれない。願うことなら、時間を巻き戻して、弟と色んな話をしたかった。 考えている内に勉強にならなくなり、文はいったんペンを置くことにした。息を吐き出して、止めどなく涙の溢れる瞳を両手で抑えた。 その時。 文の勉強部屋の窓ガラスが砕け散り、一人の男が飛び込んできた。 絶句した文がそちらを振り向くころには、ガラスを割って侵入してきた男は、文の部屋の床に鮮やかに着地を決めている。 「お邪魔するーっす。こんちゃーっ」 長身の少年である。身の丈はおそらく百九十センチ近くあり、筋金のように引き締まった体格だ。髪の毛は鮮やかな紅色に染められており、良く整った精悍な顔立ちをしていたが、如何にも軽薄そうな表情の作り方がそのイケメンぶりを若干台無しにしていた。 「文さんの部屋……初めて入ったっすね。つかなんこれ。本ばっか! この変全部参考書っすかー? どんだけ真面目なんすかーマジウケる!」 言いながら不躾に文の部屋の本棚を漁る少年を前に、文はとにかく悲鳴を上げることにした。だが息を吸い込んだその瞬間、少年の長い腕が伸びて来て、文の口元を抑えた。 「静かにするっす。ご両親が起きだしたら大変っすから」 だからその為に大声を出すんだろうが! この不審者め! 「そんな目で睨まないでくださいよ。おれ、武のマブタチで、理(さとる)っていうっす。文さんと一緒に、武を救うためにやって来ました」 確かに、武がたまに家に連れ込む非行少年の中に、こんな背の高い奴がいた気がする。 「文さんと話がしたかったんすけど……真正面から入ろうとしてもお父さんが入れてくれなかったんで、直接部屋に来ました。お姉さんに危害加える気はホントないんで、とりあえず大声出そうとして暴れるの、やめてもらっていっすか? そしたらこっちも手を話すっすから」 などという理に、文はとりあえず頷くことにした。文の口元を抑えようとする理のバカ力が、大変痛く苦しかったからである。 〇 文が声を出そうとするのをやめるなり、理はあっさりと手を離した。 それで自由になった文だったが、それで声を発することはなかった。あっさりと拘束を解いた理が、文から十分な距離を取ってくれたからである。その上文のベッドに寝転んでくれもした。これなら文はいつでもこの部屋を逃げ出せる。 派手に不法侵入をして来ておいて、いつ通報されてもおかしくないというのに、理はリラックスしきった様子だった。人を舐めているというか、多分バカなのだろう。流石は武の友達と言ったところだ。 「いやあでも嬉しいなあ。今日ここに来たのは武を救う為っすけど、それとは無関係に、一回文さんとちゃんと話してみたかったんすよね」 と理。「何を言っているの?」と文は警戒を緩めずに問いかけた。 「いやぁ文さん、美人すから。狙ってなくもなかったんすけど……友達に自分の姉ちゃんと仲良くされるの武が嫌がってたから。遠慮してたんす。つかカレシいるんすか?」 確かに文は美人だった。黒い長髪に大きな垂れ目と、良く通った高い鼻を持ち、やや面長の小さな顔の輪郭は良く整っている。背は百六十センチを少し超える程で、スタイルも良く、バストも大きかった。 「いないわよ。わたしは慶應を目指してるのよ? こんな時期に男女交際なんて」 「そっすか。クッソ真面目ぇ。でもじゃあ、おれにもチャンスあるってことっすか?」 「ガラスを壊して不法侵入して来なかったらね。……っていうか何なの? 武を救う方法って。まさか、死人を生き返らせるとでも?」 「その通りっす」 真顔で言った理に、文は思わずため息を吐く。やっぱりこの子、バカだ。 「あのね理くん。武は君にとって友達だった訳だから、生き返って欲しい気持ちは分かるの。でもね、武はついさっき棺に入れられて、何時間もかけて骨になるまで焼かれたの。それを生き返らせる方法なんてこの世にある訳が……」 「『暗闇さん』って知ってるっすか?」 文の話をぶった切るようにして、理は口を挟んだ。 「『暗闇さん』? ああ……暗闇さんね。塾の子が話してたのを聞いたことがあるけど……」 『暗闇さん』とは、文達の住む地域に根付くオカルト染みた噂の一つである。何でも、そうした名前の悪魔がいるのだという。 その悪魔は時間を巻き戻す力を持っている。呼び出した人間に『試練』を科し、それを成し遂げた者が望む瞬間まで時間を遡行させてやるというのだ。 『暗闇さん』を名乗る悪魔に出会う為には、クリスマスの日にある儀式をしなければならない。おぞましくも悪趣味な、実行する者などまずいないだろう犯罪的な儀式だ。 儀式は二人一組で実行する。まずゼロ歳の子供をまず用意し、十二月二十四日から二十五日を跨ぐようにして、少しずつ血を抜いて殺害する。そうして手に入れた血液を二人が同時に飲み込むと、直後に両者は自然と意識を失い、夢の世界へと誘われる。 そこで待っているのが『暗闇さん』を名乗る悪魔だ。絶世の美女の姿をしているとも、幼い少年の姿をしているとも、様々な噂が存在する。 『試練』が行われるのはその夢の中だ。一晩で済むこともあれば、何日もかかってしまう場合もある。試練を乗り越えれば時間遡行に成功することができるが、失敗すれば魂を取られる。 「今日ってクリスマスっすよね。おれ、その『暗闇さん』を一緒に呼び出すパートナーを探してるんすけど……文さんならきっと協力してくれるかなと思って。なんせねーちゃんなんすから、弟は蘇らせたいっすよね」 へらへらとした口調でそういう理に、文は本気で頭を抱えそうになる。 そんな噂の現実性を僅かでも信じているというだけでもバカなのに、その誘いの為にわざわざ窓ガラスをぶち割って入って来るのはもっとバカげている。 何よりバカげているのは、その儀式を実行できるタイムリミットがすでに過ぎていることだ。文は壁掛け時計を指さしながらこう指摘した。 「何億積まれようと、第一志望に合格させてくれようともその儀式に参加するつもりはないけれど、そもそもそんなことは今更不可能なのよ。時間、見てよ」 時刻はすでに二十五日の午前零時二十分。儀式を行う為には、二十四日と二十五日を跨ぐようにして、ゼロ歳の赤ん坊を血を抜いて殺す必要がある。今から赤ん坊を用意しても間に合わない。 まさか時計の読み方も分からないということはないだろう。これでこの少年も諦めるはずだ。そうしたらすぐに父親のところに引っ張って行って、住所と電話番号を聞き出した上で家を追い出すのだ。 「ああ。赤ん坊の血のことなら」 しかし理は平気そうな顔で言いながら、持ち込んでいた鞄から何やらビニール袋を取り出した。 「もう手に入れてるっす」 真っ赤に汚れたその袋の中を見て、文は思わず絶句して尻餅を着いた。 透明なビニール袋の中に、虚ろな表情を浮かべて全身が真っ赤になった赤ん坊が入っていた。その袋の底にたっぷりと溜まっているどす黒い液体はどう見ても血液だ。この小さな体からどうしてここまでの血液を絞り出せたのかと思いたくなるような、おびただしい量の鮮血だった。 「昼間の内に通りすがりの女の人から浚っておいて、ここに来る直前に文さんの家の前で殺して来たっす」 「ひ、ひ、ひ、ひひひひひ……」文は震える指先を理へ突き付ける。「ひ、人殺し!」 「そっすよ。でも何の問題があるんすか?」 あっさりとした口調で、理はそう言ってのける。 「おれらはこれから時間を巻き戻そうっつーんすよ? 武の奴を生き返らす為に。つまり、この赤ん坊の死も取り消せる訳っすね。じゃ、何の問題もないじゃないっすか」 言いながら、理は床にそのビニール袋を放って見せる。そしておもむろに文の机に置いてあったシャープペンを取ると、ビニール袋に向けて突き立てた。 袋の裂け目から赤ん坊の血液が流れ出て、文の部屋の床を汚した。 「これを飲めば一緒に夢の世界に行けるっす」 言いながら、理は床の血液を一掬い持ち上げて、文の口元へと運んだ。 「もしこれを二人で飲んで夢の世界へ行けなかったら、噂がガセだったってことで諦めるっす。警察へ行って、死刑にでもなって来るっす。でももしそうでなかったら……その時は一緒に夢の世界で戦って欲しいんす。……武の奴を助けるために。時間を巻き戻してもらう為に」 文の頭の中を様々な思いを駆け巡る。 この少年は人殺しだ。こんなことをして人生を棒に振ることは確実だろう。そのことを理解していない訳ではないはずだ。 間違いなく理はおぞましい程の愚か者だし、赤子を浚って殺す鬼畜だった。だがしかし、彼が文の弟の為に行動したことも、また事実だった。 この少年は間違いなく捕まるだろう。だが同じ捕まるでも、儀式を試すのに付き合ってやり、納得させてやった後で、捕まらせてやりたかった。 そう思った文は理の掌から血液を飲んでいた。笑顔を浮かべ、理も同様に血液を飲み干す。 むせ返るような血の味に思わず顔をしかめると、文は自分が立っている場所も分からなくなった。気付いた時には仰向けに倒れていて、見慣れた天井を眺めながら、文の意識は少しずつほどけて消えていく。 徐々に瞼が下りていく。眠いな、と感じた次の瞬間には、文の魂は夢の世界へと誘われて行った。 〇 第一問:イングリットの沈黙 問題編 〇 暗い部屋だった。何の光源もないと言って差し支えないかもしれない。 にも拘らず、壁や天井の位置や色、部屋の大きさや形と言ったものが、明るい場所と大差ないくらいくっきりと視認できる。明らかに異常だと言える。そんな不思議な空間だった。 部屋の大きさはおそらく学校の教室程で、几帳面な正方形の形をしている。そして全体が真っ黒だ。壁も天井も床も、目に映るものすべてが恐ろしく純粋な黒色でできている。どんな素材を用いれば、これほどなめらかで不純物のない真っ黒な部屋ができあがるのか、文には甚だ疑問だった。 「成功したみたいっすね。文さん」 声がした。先に目を覚ましていたらしい理が、冷静な物腰でこちらを見下ろしている。明らかに異常な状況に置かれているのに、全く動じた気配がない。 「驚かないの?」 「無茶苦茶驚いてますよ!」 「そうは見えないんだけど」 「文さんが起きるまでに、一人で散々『すげーっ』って言いましたよ。文さんの方こそ、驚かないんすか?」 「驚きすぎて、声も出ないっていうだけよ」 眠ったかと思ったら、現実には存在しえないような場所に飛ばされていた。そんなことは夢でしかありえないが、しかしいつも見ている夢とこの空間はまったく異質だ。これが夢だとすると、今の文の視覚や感覚はあまりにも明瞭すぎるからだ。 この状況を説明できる仮説は一つ。 『理の実験が成功した』。これしかない。 「今回は私の主催する謎解きゲームにご参加いただき、本当にありがとうございます」 声がした。 文の背後からだった。部屋の隅にいつの間にか出現していた豪奢な椅子に、人間離れした美しい容姿を持つ女性が腰かけて、こちらを見つめている。 文は一目でその女性を悪魔と理解した。ただ美しすぎるというだけではない。その女性は羊のようなねじ曲がった大きな耳を持ち、その背中に蝙蝠のような被膜の翼を携えているのだ。 それ以外は二十歳前後の女性の容姿である。肌は白く髪は漆のように黒く、おだやかそうな瞳は血のように赤い。屈託のない微笑みの形に持ち上げられた唇は、赤ん坊のように柔らかそうだった。 「私、『暗闇』と申します。悪魔です」 名乗りを上げる女性に、理が「ひゅうっ」と口笛を吹いた。 「今回の謎解きゲームには、あなた方を含む十一組のペアが参加されています。一晩に二問ずつ問題を解いていただき、最後まで生き残った一組には、時間遡行という素敵なプレゼントを差し上げます。その一組になれるよう、どうかご自慢の頭脳を振ってくださいね」 柔らかな物腰と声でそう言って、『暗闇』を名乗る悪魔は、文達に向けて手のひらをかざして見せる。 「それでは、第一問です」 その発声と共に、文達の前に五人の女性が新たに出現した。 鍔の長い、大きな帽子を身に着けた、ローブをまとった若い女性である。一目見て、『魔女』という言葉が頭に思い浮かぶ。 「ここにいる五人の魔女……左の子から順に、名前を『カーレン』『クララ』『アリシア』『フローラ』『イングリット』と言います。彼女たちは極めて優秀な魔女であり、その力は世界に七つしかない『賢者の石』を、この五人で独占する程です」 五人の魔女は文達の前に行儀良く整列して、暗闇が喋り終えるのを待つように、じっとしている。 「『賢者の石』というのは、持っているだけでその魔力を増幅させる価値のある宝玉です。しかしその強力な効果と引き換えとなるリスクも存在しています。 賢者の石を一つ持っていると、話す時真実しか口にできなくなります。 賢者の石を二つ持っていると、話す時嘘しか口にできなくなります 賢者の石を三つ持ってしまうと、とうとう何も話せなくなってしまいます。 賢者の石を四つ以上持つことはできません。何故なら枯れ葉となって死んでしまうからです 真実も嘘も自由に話すことができるのは、石を一つも持っていない人だけです。 さて、ここで魔女達の話を聞いてみましょう」 暗闇がそう言うと、文達から見て左に立っていた『カーレン』から順に、魔女達は口を開いて話し始めた。 「アリシアの持つ石の数は一つ以下です」とカーレン。 「わたしの持つ賢者の石は一つではありません」とクララ。 「この中には少なくとも二人、石を持たない人がいます」とアリシア。 「クララは一つも賢者の石を持っていません」とフローラ 「…………」とイングリット。 「では問題です」 暗闇は言った。 「五人の魔女、『カーレン』『クララ』『アリシア』『フローラ』『イングリット』は、それぞれいくつの『賢者の石』を所持しているでしょうか? 解けなければ魂をもらいます。さあ、解答をどうぞ」 第一問:イングリットの沈黙 難易度:☆☆(三段階中) カーレン、クララ、アリシア、フローラ、イングリットの五人の魔女は、合わせて七つの賢者の石を持っている。 賢者の石を一つ持つ者が話す時は常に真実しか言えず、二つ持つ者が話す時は常に嘘しか言えない。三つ持つ者は常に沈黙する。一つも持たない者は嘘も真実も自由に話せる。四つ以上持つ者はいない。 魔女達の証言は以下のとおり。 カーレン:「アリシアの持つ石は一つ以下です」 クララ:「わたしの持つ賢者の石は一つではありません」 アリシア:「この中には少なくとも二人、石を持たない人がいます」 フローラ:「クララは一つも賢者の石を持っていません」 イングリット:「…………」 それぞれ、いくつの賢者の石を持っている? ※問題編はここまでです。さあ、謎解きに挑戦してみてください! 諦める場合は下記の文章へGO! 尚、今回は複雑な問題なので、『推理編』を付けていますが、それを読んだ時点で得点を得る権利はなくなるとします。 〇 推理編 〇 「本当に始まるのね」 文は頭を抱えながらそう口にした。 「こんな非現実的なことが起こるだなんて……。しかも十分以内に解かないと魂を取られるだなんて……。なんてことなの」 「そんなこと言ってもしょうがないんじゃないっすか? 文さん」 こともなげに、軽い口調で理は言った。 「嘆いたって何もならないっすよ。今はちゃんと、問題に向き合わないと」 自分をこんなことにまきこんだ張本人からそう言われ、文は思わずむっとした。 「分かってるわよ。わたしが考えるから、あなたは口を出さないで」 ものを考える能力は文の方が優れているはずだ。文はじっくりと問題と向き合い始めた。 まずは内容を整理しよう。この問題には四タイプの魔女が存在する。 石を一つしか持たない『正直者』。 石を二つ持っている『嘘吐き』 石を三つ持つ『喋れない者』 そして石を一つも持たない者は……仮に『気まぐれ』とでも呼称しておこう。 一分ほど考えて、文はある一つのことに気が付く。それは、クララは石の所持数が『ゼロ』の『気まぐれ』であることだ。 クララの証言はこうだ。『わたしの持つ賢者の石は一つではありません』 これは言い換えると、クララは自分を『正直者』でないと言っていることになる。正直者は自分を『正直者でない』とは言わない。よってクララの主張は真実である。 そして、真実を口にしている時点でクララは『嘘吐き』でもなく、何かを喋っている時点で『喋れない人』でもない。よってクララは『気まぐれ』でしかありえない。 となると、フローラが嘘を吐いていないことも明らかだ。「クララは一つも賢者の石を持っていません」がフローラの証言なのだから、これが真実であることは先ほど証明したばかりだ。 真実を言うのは正直者か気まぐれのどちらか。フローラの持つ石数は「0か1」となる。 ここで、残る三人の主張内容を確認してみよう。 カーレン:「アリシアの持つ石は一つ以下です」 アリシア:「この中には少なくとも二人、石を持たない人がいます」 イングリット:「…………」 もしカーレンの主張が真実なら、カーレン自身の石数もまた一つ以下だ。真実を口にする者の石数は二つ以上ではありえない。 だが先ほどの推理で、クララの持つ石は「0」、フローラは「0か1」だと判明したばかりだ。その上でカーレンとアリシアまでもが「0か1」なのだとすると、どう足し算しても石の数が足りなくなってしまう。石の総数が七つである以上、イングリットを除いた四人の石数が三つ以下ということはありえない。 上記により、アリシアとカーレンの少なくとも片方は嘘を吐いていることが発覚した。 では、どちらかが嘘を吐いているとして、どちらかは真実を口にしているのだろうか? それもあり得ない。 まず、カーレンの主張が真でアリシアの主張が嘘というのが成立しない。カーレンの主張が真ならアリシアは石数0で嘘を言っていることになる。だが石数が0の者にはアリシアの他にクララがいる。ならばアリシアの主張もまた真ということになってしまい、矛盾が生じてしまうのだ。 そして、カーレンの主張が嘘でアリシアの主張が真というのもない。カーレンの主張が嘘ならアリシアの石数は2以上だからだ。よって、カーレンとアリシアは共に嘘を吐いている。 カーレンが嘘を言っている以上アリシアの石数は2である。そして、カーレンの石数もまた2である。 アリシアの言い分は「石数0が二人以上いる」であり、これは嘘だから、石数0はクララの一人だけということになる。すると、嘘を吐いているカーレンの石数は、「0」でなく「2」だ。 ここまでですでに三人もの石の所持数が発覚した。あとは、もう一息のようにも思えるのだが……。 「……うーん。最後の詰めが分からない……。どうつじつまを合わせれば良いのか……」 正直、ここまで考えただけでも頭がパンク寸前なのだが……。ふと隣を見ると、理が口を半開きにして呆然とした表情を浮かべている。あまりの難しさに思考停止状態に陥っているのだろうか? まったく頼りにならない。 ますます自分がしっかりしなければならない。文が再び思考の世界に没頭しようと目を閉じた時に、理が漏らすようにして言葉を放った。 「あの、暗闇さん。ちょっと聞きたいんすけど、こいつらって喋る義務あるんすか?」 「ないですよ。喋ってる子は、義務はないのに、喋ってます」と暗闇。 「そうなんすか?」 「ええ。私が問題を説明している台詞とか、まとめの問題文とかも、そこに配慮した言い方になってるはずですよ?」 「……そうなんすよね。『話す時真実しか口にできず』とか、『話す時嘘しか言えず』、みたいな言い方になってるんすよね。これってやっぱ、大事な部分すよね」 そう言ってから、理は立ち上がった。そしていう。 「ねえ文さん。おれ、答え、分かったっす」 文は目を見開いて理の方を見る。理は少し照れたような表情を浮かべた後で、答えを口にした。 ※ここまでが推理編。あなたは文と理の推理内容を理解できましたか? この推理編を読んで答えが分かったというあなたは、それだけで十分スゴいです。謎を解く前にこれを読んでしまった時点で正当した扱いにはならず、得点は差し上げられませんが、しかし読解力としては十分でしょう。 それでは解答編へGO! 〇 解答編 〇 「カーレン2個、クララ0個、アリシア2個、フローラ1個、イングリット2個っすね!」 「正解です」 暗闇が言って、ぱちぱちと両手を打ち鳴らし始める。それに追従するように、五人の魔女達も拍手をして正解した理を称えた。 「……そうか」 理の答えを聞いて、文ははっとした表情でそう口にした。 「いくら沈黙しているからって、イングリットの持つ石の数が三つとは限らないんだ。イングリットの沈黙は、彼女が喋れないことを意味しないんだ」 イングリットの持つ石の数は2個だった。石を2個しか持たないのに喋らなかった。石を二つ持つ者は「話す時、嘘しか口にできない」。つまりイングリットは「嘘を話す」か「黙っている」の二択で沈黙を選んだ魔女なのだ。 「文さんは、そこで引っ掛かってたって訳っすか」 「う……うん。そうなの。イングリットの石数を3で考えちゃってたの。でも、それだとどうしても矛盾が生じちゃって……」 先ほどまでの文の推理でも、カーレンの石の数が2、クララの石の数が0、アリシアの石の数が2ということまでは判明していた。問題なのは、フローラ、そしてイングリットの石の所持数だ。 沈黙のイングリットの石の個数を、文は「3」として考えてしまっていた。だが、カーレン2、クララ0、アリシア2、そしてイングリットを3とした場合、残るフローラの石の個数は0ということになってしまう。だがこれでは、「この中には少なくとも二人、石を持たない人がいます」というアリシアの主張が嘘だということと、矛盾してしまう。 フローラの石数を1と考えなければ辻褄が合わない以上、イングリットの石数は「2」でしかあり得ない。イングリットの沈黙は、彼女の石数が「3」であることを意味しないのだ。 「沈黙は金て奴っすね。イングリットの沈黙の意味さえ分かってしまえば、最後の詰めは簡単っすよ」 カーレン:「アリシアの持つ石は一つ以下です」偽 石の数2 クララ:「わたしの持つ賢者の石は一つではありません」 真 石の数0 アリシア:「この中には少なくとも二人、石を持たない人がいます」 偽 石の数2 フローラ:「クララは一つも賢者の石を持っていません」 真 石の数1 イングリット:「…………」 沈黙 石の数2 暗闇は言う。 「お石の所持数がゼロでも、一つでも二つでも沈黙する可能性はありました。あくまでも『話す時』、嘘しか言えなかったり本当のことしか言えなかったりするだけですからね。第一問目は見事、正解です。第二問目を解いてもらいましょう。……次の部屋にどうぞ」 暗闇が指をぱちんと鳴らすと、部屋の隅に一枚の扉が出現する。 行くしかなさそうだ。 〇 第二問:渡るべからず 問題編 〇 部屋の外は切り立った大きな崖の上だった。 部屋の外と言っても野外と呼べるような空間ではない。先程の部屋とは比べものにならない程広いというだけで、先ほどと同じ黒い素材でできた天井や壁も備わっている。そして文達のいる崖の上も、崖のから見下ろせる数十メートル低い底面も、同じ黒い壁に繋がった黒い床から成っているのだ。 そしてその崖には、一本の大きな黒い橋が、向こう岸まで掛かっている。幅は数メートルあり、如何にも頑丈そうであり、長さは向こう岸がおぼろげにしか確認できない程だった。 「今回の問題は一問目よりもややシンプルです。ただ、シンプルというのは簡単ということを意味しません。人によってこちらの問題の方がてこずるかもしれません」 いつの間にか現れていた暗闇が、いつの間にか用意されていた豪奢な椅子に腰かけて、説明を始めた。 「この橋は、こちら側の『悪魔の世界』から、向こう側の『天使の世界』までを繋いでいます。とても長い橋なので、あなた方の足では向こう側まで一時間程かかることでしょう。 あなた方の目的は、この橋を渡って『天使の世界』へ行くことです。しかしそれには問題があります。この橋は本来、どちら側からも渡ることを禁じられているのです。 橋にはちょうど四十分に一回、見回りの天使が橋を見に来ます。その時にあなた方が天使の世界に向かって歩いていれば、天使はあなた方に反対側に戻るよう求めるでしょう」 「『言われる』だけなんすか? だったら、そんなの無視すりゃよくないすか? 四十分に一回しか来ないのなら、口だけ『帰る』っつといて向こうまで走れば……」と理。 「いいえ。天使は我々悪魔程頭が良くないのですが、その代わりとてもしつこいので、ちゃんと自分の言ったことを守るかどうか、後ろにぴったりついて監視することでしょう。その上で言いつけを無視し続ければ、あなた達は天使の矢に打たれて殺されてしまいます」 あの人達、本当に暇なんです。と暗闇は小さく肩を竦めて見せて。 「あなた達は天使の目を欺き、無事に天使の世界へとたどり着けるでしょうか?」 第二問:渡るべからず 難易度☆ 悪魔の世界と天使の世界を繋ぐ、片道一時間の橋がある。 悪魔の世界にいるあなたは橋を渡って天使の世界に行きたい。 しかし、その橋はどちら側からも渡ることが禁じられている。 橋には四十分に一度見回りの天使が現れる。もしあなたが天使の世界に向いて歩いていても、見付かれば反対側に戻されてしまう。 どのようにすれば、あなたは天使の世界にたどり着くことができるだろうか? ※問題編はここまでです。さあ、謎解きに挑戦してみてください! 諦める場合は下記の解答編へGO! 〇 解答編 〇 「なんだ簡単じゃないっすか」 開口一番、理はそう口にして文を驚かせた。 「え……? ちょっと、どういうこと?」 「歩きながら説明するんで、とりあえず一緒に橋を渡りましょう。……ちなみに次に天使が来るのっていつっすか? 暗闇さん?」 「たった今から三十九分後です」 「なら行きましょう」 理に手を引かれ、文は真っ黒い素材でできた不気味というより無機質な橋を渡り始める。男性と手を繋いで橋を渡るなどという体験を、こんな状況で、こんな意味不明な相手と初体験することになるとは、思ってもみなかった。 「……ねぇ、どんな勝算があるの?」 「とりあえず橋の真ん中までは普通にまっすぐ天使の世界の方へ歩きます。でも、真ん中をちょっと過ぎたら、悪魔の世界の方へと引き返すんです」 「……? どうしてそんなことを?」 「そうすれば天使の方からおれ達を天使の世界に行くように言ってくれるからっす」 「……? ……あ、ああ! なるほど!」 理の言う通り、文達二人は橋の中央を過ぎたあたりで反対側へと引き返した。そしてしばらく歩くと、悪魔の世界へと歩いている文達の前に、一柱の天使が現れる。 「ちょっとちょっと君達! この橋は渡っちゃいけないって知らないの?」 天使は如何にも天使の姿をしていた。背中に大きな翼を携えた半裸の美少年で、頭上には光の輪っかを、手には弓を帯びている。 「ほら、今すぐ引き返しなさい! 天使の世界へ帰るんだ! 悪魔の世界なんて危ないところに行っちゃあいけないよ! ほらほら」 そう言われるがまま、文達は悪魔の世界へ背を向けて天使の世界へと歩き始めた。 理はしてやったりと言った表情で文の方を見る。文は、感心した表情を返した。 人は見かけによらない。軽薄そうに見えて、この男はこれで知恵が働くらしい。 天使の世界へ向けて歩いていると反対側へ戻されるのなら、中央で引き返して悪魔の世界へ歩けば良い。そこで天使に見付かれば、天使は文達に悪魔の世界の反対側、天使の世界へ行くよう要求する。途中から監視に現れた天使からすると、文達がどちらから来たかというのは、どちらの方を向いているかでしか判断できないのだ。 無事に天使の世界へとたどり着いた文達を、「うむ」と満足げに見送ってから、天使はどこかへと消えて言った。 「……お疲れ様です。無事にこちら側へたどり着きましたね。これでクリアとします」 いつの間にか天使の世界側にいた暗闇は豪奢な椅子に腰かけて文達を迎えた。どんな方法を使ってここまで移動して来たのか。どうもこの悪魔は神出鬼没らしい。 「一晩に解く問題の数は二つです。よって今夜の試練はこれで合格です」 「じゃ、今夜はもう現実に戻れるんですか?」と理。 「いいえ。ここからは、参加者同士の感想会を企画しています」 「感想会?」 「はい。せっかく問題を解いてもらったのですから、参加者同士で感想を言い合ったりして欲しいのが、出題者の気持ちです。ですので、そういう場を設けました。今からその会場へ移動していただきます」 暗闇がそういうなり、文は途端に眠くなって来た。意識がほどけて立っていられなくなり、温度のない黒い床へとうつぶせてしまう。 そうして文は眠り、その肉体までもがその場から消えた。 〇 果てしなく続く暗闇の中に、球体を横に半分に切り取ったかのような真っ黒いステージが浮かんでいる。直径は十メートル程。 その上に、文達はいた。 意識を飛ばされて気が付いたら妙なところに移動させられるのも、二回目となるとそう慌てずに済む。前回同様、文よりも先に目を覚ましていた理が隣に立っているのを認めると、文は手を付いてその場を立ち上がった。 周囲には文達を除いて、二組のペアの存在があった。 一組目。染色した茶色のツインテールに赤いジャージといういで立ちの二十代程の女性と、よれよれのスーツを身に着け眼鏡を着用した、冴えない印象の三十代程の男性。 二組目。メンズ用の黒いコートに黒いジーンズといういで立ちの二十歳そこそこの長身の女性と、同じ歳くらいのピンクと白を基調にしたお姫様のような服装の中背の女性。 「お待たせいたしました。ここに残っていらっしゃるのは、今日の試練を突破された英知ある方々です」 その言葉と共に、何もない場所から一人の女性が出現する。暗闇だ。 「今回の謎解きには十一組という参加者がいましたが……二問とも正解したのはここの三組だけです。思ったより減りましたね」 「他のは八組はどうなるんだい?」 黒いコートと黒いジーンズの女性が鋭い声で言った。 「皆、魂をいただくことになります」 「最後に残るのは一組だと言っていたね? この三組からさらに絞っていくということなのかな?」 「その通りです。交流会の終了後、皆様には現実世界の日常に戻っていただきます。ただし、また夜の一時になったら強制的に眠っていただき、この夢の世界にお連れします。試練を突破すればまた次の日に行けますが、そうでない場合は失格です。現実世界からその存在は永久に失われ、魂は私のものとなります」 「それを最後の一組になるまで繰り返す訳だね? ちなみに、残っているペアの全てが同時に消えた場合はどうなるんだ?」 「その場合は勝者なしです。そうならないように頑張ってください」 そう言うと、暗闇を名乗る悪魔は参加者たちに悪戯っぽく微笑んで見せる。 「説明は済んじゃいましたね。では感想会を初めてください。退席は自由ですので出たくなったらいつでも出てください。方法は簡単で、退席したいと願えばそれで十分です。目を覚まします。参加者同士の交流を、是非楽しまれてください」 そう言って、暗闇は参加者たちを楽しそうに見つめ始めた。 「交流かと言っても、いったい何を話せば良いのか甚だ疑問だな」 黒いコートと黒いジーンズの女性が肩を竦めた。 「何も意味を見出せない。サリー、ぼくらはさっさとお暇することにしよう」 「そうねマリア。おいしい朝ご飯を作ってあげる」 お姫様のような恰好の女性がそう言って黒ずくめにしなだれかかった。 「おいちょっと待ちぃや。お互い自己紹介くらいしとかんかい」 茶髪のツインテールがそう言って二人に割り込んで言った。 「まずウチは春香や。で、こっちはウチの旦那の冬彦」そう言って、春香は隣に立っている冴えない風貌の男を手で指す。「あんたらは?」 「……ぼくはマリア。彼女はサリー」 黒ずくめはうっとうしそうな表情で答える。 「それ本名なん? ガイジンさんには見えへんけど」 「どうでも良いだろ? 仮に偽名だとしても、本名は絶対に教えない。こんな状況で教えられる訳がないからな」 「……ふうん。で、お二人の関係は?」 「恋人同士だ」 「は? 女同士にしか見えんけど」 「そんなのは個人の自由だ」 「まあそれはそうやろな。ほなお姉ちゃん、連絡先とか交換しとかん?」 「何故そんなことをする必要があるのかね?」 「実はウチらな、死んでしまった自分の子供を蘇らせるためにこのゲームに参加しとるねんけど……」 春香は一瞬だけ目を伏せて、すぐに人懐っこい笑顔に戻る。 「ただ、あんなムズい謎解きを最後の一組になるまで正解し続けられる保証はない。せやから、もしウチらでなくあんたらが勝ち残りになった時、あんたらにウチの子供のこと頼みたいねん。お互い込み入った事情があるから、ここで全部話し終えるのは無理があるやろうし、外で会って話そうや。なあ?」 「お断りする」 「なんでや!」 にべもなく言うマリアに、春香は嘆くように叫んだ。 「別に、一方的にお願いを聞いてもらおうっていうんじゃないんだ」 隣で冬彦がおだやかな口調でそう切り出す。 「君達の事情だって聞くし、もし我々が勝ち残って過去に戻れることになった時には、君達のお願いを聞いてあげても良い。君たちにだって、過去に戻って助けたい人がいるとか、色々な事情があるんだろう?」 「あなたの言いたいことは分かる。しかし第一にこちらにも警戒心と言うものがあるし、第二にぼくはこのゲームに負けるつもりはない。すまないね」 そう言うと、マリアはサリーと手を繋いでその場から消えていった。 春香はそんな二人をつまらなさそうな表情で見送った後、狙いを文の方に向けたようだった。人懐っこい表情でこちらににじり寄り、「なあなあ」と声をかけて来る。 「うちらは夫婦で、春香と冬彦っていうんや。あんたらは? カップルさん?」 「そうっすよ」 理はいけしゃあしゃあと口にする。 「……違いますよ。ただの知り合い。ほんの数十分前まで、話したことすらありません」 文は頭痛をこらえてそう答える。 「……は? そんな人間がなんで一緒に魂をかけてここに来るん? おかしない?」 「いろいろと事情があるんです」 「ふうん。……なあ、ウチらちょっと連絡先とか交換しとかん? お互い、過去に戻って助けたい人とか、そういうのがあるんやろ? 託しあっとこうや」 そう言われ、文は一瞬、逡巡した。 文達の目的は武を助けること。もし文達が敗北した場合、その使命を彼女らに託しておけるのは、心強いかもしれない。もし負ければ魂は取られてしまうが、武を助けるという本懐を遂げられれば救いにはなる。 「分かりました。交換しましょう。……理君もそれで良い?」 「一周まわって逆にアリっすね」 理が訳の分からないことを言った。 文&理ペアは、春香&冬彦ペアと連絡先を交換した。実際に会って話した方が良いということで、どこで会うかを決める為に互いの住所を話すと、驚く程近いことが判明した。 「そなら、明日の朝一番に、ウチらが文ちゃんの家に行くわ。それでいい?」 「ええ! おれらの愛の巣で待ってます!」 理が元気良くそう返事をしたので、文はその頭を叩きたくなった。 〇 二日目 〇 朝日と共に目を覚ました文が最初に感じたのは血の臭いだった。 理が殺して来た赤ん坊の鮮血が部屋の床に散乱し、腐った鉄のような臭気を放っている。窓ガラスは砕け散って周辺の床に散らばっていて、それらの惨状を齎した少年は、能天気な寝息を立てながら床に転がっている。 夢ならどれだけ良いのだろうと思いたくなるその光景に、文は思わず溜息を吐いた。 いつまでも嘆いていたかったが、どうにか気力を振り絞り、文は階段を下りて一階へと向かった。両親の姿はない。葬式の後処理の為に今朝も早く出掛けると言っていたから、文の部屋の様子に気付くこともなかっただろう。 もっとも、いつ帰って来るかを思えば憂鬱では済まされないが。 そんなことを考えながら顔を洗っていると、チャイムの音が鳴り響く。玄関に取り付けたカメラから来訪者を確認すると、春香&冬彦ペアの姿があった。ドアを開ける。 「来る前に電話しても良かったねんけどなー。教えてもらった電話番号、ウチら忘れてもうてなー。アホやわー。そういう訳で、お邪魔するでーっ!」 元気の良い声と共に春香が家の中へと入って来る。おずおずとした会釈と共に、冬彦が後に続く。 時計を見ると既に十時を回っている。学校は既に自由登校期間に入っているとは言え、平日にこんな時間まで眠っていることは酷く稀だ。眠りの中であれほど疲弊させられたことを考えると、早起きしてここまで来たのだろう春香と冬彦の二人の気骨には感心させられる。 「どうぞ、上がって行ってください。リビングに案内します」 溌溂とした主婦としょぼくれたサラリーマンと言ったこのペアのことを、文は好意的に認識している。我が子を救いたいというゲームへの参加動機も納得できるし、友好的な物腰も安心感を与える。 リビングの机に座ってもらい、適当に茶と菓子を与えていると、冬彦がおだやかな声で切り出した。 「君の相方……理くんと言ったかな? 彼も呼んでいるのかい?」 「実はもう家にいます。そろそろ起きて来ると思うんですけど……」 「宿泊させているのかい?」 「行きがかり上……」 「なんやお泊り? ホンマは付き合うとるんちゃうの、お二人?」 冷やかすような声で春香が言う。 文は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すしかない。下手に否定しても余計にからかわれそうな気配を春香から感じ取った文は、どうにか話題を変えようとこう切り出した。 「お二人は、息子さんを生き返らせる為に、このゲームに参加しているんですよね?」 「そのとおりさ」 冬彦が頷いた。 「だったら、息子さんがいつ、どうして亡くなったのを話しておいてくださいませんか? お約束した通り、もしわたし達がゲームの参加者となった際には、必ず息子さんが亡くなるより前の時間まで遡行して、息子さんを助けに行きますので……」 「息子が死んだのは今から一か月ほど前になる。だが、君達にはその時間まで遡行してさえくれれば、息子を助ける為に何かしてもらう必要はどこにもない」 冬彦は言った。 「……? どうしてですか?」 「なんということはない。息子の死の原因は僕にあるんだよ」 漏らすような口調で冬彦は言って、それからつらつらとした口調でこう述べる。 「『暗闇』を名乗る悪魔は『敗者はこの世から消える』と言っていた。つまり、もし君達が勝者となり、過去へと遡行した場合、遡行したその日時から僕等はいなくなるということなんじゃないかね? 僕さえいなくなれば、息子が死ぬことはない。だから、君達は息子が生きていたころまで時間を巻き戻してさえくれたら良いんだ」 そう言われ、文は少し考えてみる。暗闇の言う通りなら、時間を遡行させた後の世界からも、敗者となった人たちは消えていることになる。歴史的には、その人達は、時間を遡り文達が着地した過去のその瞬間まではその人達は生きていて、その瞬間に消えるという扱いになるのかもしれない。 「今も思い出すんだ。息子を殺してしまったあの時のことを。……あの、『不幸な事故』が起きた時のことを」 そういう冬彦の表情が、青ざめていることに文は気が付いた。もともと生気のない雰囲気をしているが、普段に増して目の焦点はぼやけていて、肩が震え、今にも崩れ落ちそうになっている。 「……何があったんですか?」 思わず、文は冬彦にそう尋ねた。それは致命的な誤りだったが、しかし文を責めることは誰にもできないだろう。ある種の人間のある種のスイッチを刺激する発言が何かだなんて、そうではない人間には絶対に分からない。 冬彦は目を大きく見開いて、蛇口を全開にしたかのように口火を切った。 「仕方がなかったんだよ。仕方がなかった。親が子供に負けるようなことがあってはならない。駄々をこねる子供に屈してはならない。それではしつけにならないからね。僕はこの通り押しの弱い冴えない男だ。毅然とした態度をとるのが苦手だから、会社では部下にも舐められている。でも子供に対して同じように接しては子供の為にならないから、だからあれは息子自身の為だったんだよ。叩かれたくないからと駄々をこねて泣きじゃくるんなら、泣くのをやめるまで叩き続けるよりどうしようもないじゃないか」 冬彦は頬を捻じ曲げて、血走った目で文の方を捉えた。その表情に心臓を掴まれたような心地になり、文は身震いする。 この人は、少しおかしい。 「宿題もせずにテレビばかり見ているのを、ちょっと注意しただけなんだ。口答えをしたから、叩いただけなんだ。叩かれて泣き出したから、泣き止めと言っただけなんだよ。泣き止まないからと言って叩くのをやめたらそれは子供に屈したことになるだろう? この先舐められ続けることになるだろう? それで躾になると思うか? 父の威厳が保てると思うか? 無理だ。泣いて喚いて駄々をこねればこちらが屈するという姿を見せたら最後、息子は僕の言うことなんか聞かなくなるんだ。僕を馬鹿にし続けることになるんだ。そうあってはならないから息子の為にならないからだからあれは仕方なくて僕は」 意味不明なことを早口でまくしたて続ける冬彦の声に混ざって、階段から足音が響いてきた。理だ。 理はリビングにいる文達三人の方に視線をやると、冬彦が悲壮な表情でしゃべり続けているのを気にする様子もなく、おもむろな足取りで台所に向かった。そして包丁を一本逆手に持って冬彦の背後に近づくと、躊躇のない手付きで背中からそれを突き入れた。 それがあまりにも自然な動作だったことと、周囲が我を失った冬彦に注目していたことから、理のその行動が咎められることはなかった。背中に包丁を突き立てられた冬彦は、そのまま背中から血を溢れさせながら、机に向かって突っ伏して倒れる。その返り血を浴びながら、理は引き抜いた包丁で冬彦をさらにめった刺しにした。 飛び交う血飛沫の中で、嫌に陽気な声で理は言う。 「おはようーっす文さん。いやー。寝坊してすんません。遅くなりました」 「な、な……何をしているの!」 文は絶叫する。理は目を丸くして小首を傾げ、心底その質問の意図が分からないとばかりに。 「何って? こいつ敵なんでしょ? だからこの家に招き寄せたんじゃないすか? 文さん、分かってなかったんすか?」 そう言うと、理は今度は春香の方に視線を向けた。絶句したまま立ち上がった春香は、顔を青くしてその場を逃げ出そうとする。 「やめてっ」 その制止の声を理が聞くことはなかった。 理の包丁は、あまりにもあっけなく春香に振るわれる。 包丁を腹に一発突き入れられた段階で、春香は悶絶して床に転がった。そこからさらに何発か包丁を刺した後、切れ味が落ちたのを感じたのか、理は悠然とした足取りで台所に戻り、新たな一本を調達する。そしておそらく既に絶命しているだろう春香に近づいて、ダメ押しとばかりに新しい包丁を胸に突き入れた。 包丁の付き立った春香の肉体を見下ろしながら、理は素っ頓狂な声でこう口にした。 「心臓ってこっちで合ってましたっけ? 文さん?」 〇 文は血塗れの机に伏して何も言わなくなった。 どうして良いか分からないと言った様子で、理はおろおろと机の周りをうろうろとしている。そして時々バツが悪そうな顔を浮かべては、動かない文の背中に声をかけ続ける。 「いやぁ。ちゃんと相談しなかったのはまずかったですって。てっきり最初っからそうするつもりで、家に来させたもんだとばかり思ってたっすから。こっちは」 文は沈黙を続ける。最早、理とは何一つ口を効きたくなどなかった。 「だいたい向こうも同じつもりだったんじゃないっすか? 向こうの荷物探ったらきっと凶器かなんか出て来るっすよ。……ほら。見てください」 言って、理は冬彦の持っていた鞄の中身を机にぶちまける。 アウトドア用らしき鋭そうなナイフと、護身用に売られているスタンガンが、そこにはあった。 「ほらぁっ。隙見てこっち殺すつもりだったんすよこいつら。でもなきゃ会うメリットなんかないんすから。ね? 先制攻撃で殺して正解だったっしょ? おれが正しかったってこれで納得してくれますよね、文さん?」 得意げな顔で言う理に、顔を伏せた文の答えは 「……出てって」 だった。 「……? 何でっすか?」 「君の言うことの何もかもが間違ってるとは思わない。でも今は君と話したくない。もう別行動しよう? ねえ」 そう言うと、理は頬を人差し指で搔いた後、拗ねたような声で 「……頭が冷えたらまた連絡してくださいよ」 そう口にして、文の家を出て行った。 顔を上げた文はリビングに転がる二つの死体を見て、嗚咽を漏らした。 確かにこの夫婦の荷物には武器が入っていた。だが仮に向こうに殺意があったのが確かだとしても、理のしたことを理解できることはないように思われた。 どんな理由があろうとも、あんな躊躇なく人をナイフで刺せるような人間が、自分と同じ赤い血を持つとは思えない。赤ん坊を殺して持ってきたことと言い、理には目的の為に暴力や殺意を行使することに躊躇がなさすぎるのだ。根底にある目的が武を救うことなのだとしても、理のことをおぞましく思う気持ちはこらえきれない。 そのまましばらく突っ伏していて……文はぼんやりと立ち上がった。 もうそろそろ両親が帰ってきてしまう。リビングのこの状況を見たら、彼らは自分を問い詰めるだろう。真実をいくら説明しても、分かってもらえるとは思えない。 何はともかく家を出て、外で隠れられるところを探すしかない。文は玄関を出てさまよい始めた。 〇 あてもなくふらついているとみじめな気持ちになって来る。冬の冷たい風をその身に浴びて耳凍えそうになり、全身に泥のようにまとわりついた疲れを拭う術はどこにもなかった。 文はとうとうその場に座り込んでしまった。そして冬の空を睨みつけながら、自分に降り注いだ運命を憎んだ。思わず、涙が出る。 そうやってめそめそとしている文の傍で、一台の自動車が停止する。 扉が開かれる。黒ずくめの恰好をした女性が降りて来た。 「君は参加者の一人だね」 黒い帽子と黒いコート、そして黒いジーンズといういで立ちの長身のその女性は、文の方を見下ろしながらいぶかしむような視線を向ける。 見覚えがある。『マリア』と名乗っていた参加者の一人だ。間違いなく女性そのものの容姿をしているが、醸し出す雰囲気はどこか中性的だ。 「いったいどうしてこんなところで座り込んでいるんだい? 君のような可憐な女性が無防備にこんなところにいたら、どんな悪漢が現れるかもわからない。敵だから放っておいてやっても良いんだが……」 「それは可哀そうよ、マリア。家まで送ってあげましょう」 助手席に腰かけた桃色のドレスの女性が言った。ファンタジーの世界のお姫様が着るようなその服装が、妙にしっくりと似合っている。それは、彼女自身の顔立ちが、異世界から抜け出して来たかのように、愛らしく整っているからだろう。 マリアのパートナーであるサリーは憂いを帯びた表情でそう言って、自身も助手席から出て来て文に手を差し伸べた。 「何か悲しいことでもあったの? 一緒にいた男の子と何かあったのかしら? あたしが話を聞いてあげましょうか?」 優し気なその表情に、弱っていた文は思わず気を許してしまった。細くすべらかなその手を、文は思わず掴んでしまう。 「では早速お家に送り届けましょう」 「……いえ。実はその、家には帰れなくなっていて……」 「あらそうなの? 何かあったの?」 「それが実は……」文は瘴気を吐くかのような声で言った。「死体があるんです。それも、三つ」 マリアが肩を竦め、ひゅうと口笛を吹いた。 「そいつは大事だ。時間を戻せるものなら、戻したいだろうね」 〇 文は後部座席に乗せられた。そして先程まで運転席にいたマリアが文の隣に座り、運転手はサリーが務めている。席順がそうなった理由としては 「彼女が悪意を持って暴れた場合、ぼくがいつでも取り押さえられるようにしておかなければね。サリー、君のことはぼくが守るよ」 「まあマリアったら。素敵」 などという恥ずかしくなるようなやり取りによって説明がなされた。 女性同士ではあるが、この二人は交際関係にあるらしい。今現在、一つのアパートで同棲しているとのこと。 先程宣言したとおり、サリーは文の話を熱心に聞いてくれた。自分たちがゲームに参加している理由。冬彦と春香の二人を理が刺殺したこと。理という人物がどうしても信用しきれなくなり、今は別行動をとっているということ。 「あらあら。それは本当に大変ね」 サリーは神妙に相槌を打った。 「別行動して正解よ、そんな男。いくら勝利の為と言っても、そんな野蛮な行動をとるのは品性下劣というものだわ。正々堂々と勝負しないと……。そうよね、マリア」 「ああサリー。君の言う通りだ。ぼくの頭脳なら、そんな卑怯な真似をするまでもないしね」 合気道の有段者であるというマリアに対抗する術が文にないと分かると、彼女達は文のことを一時的にかくまってくれることを約束してくれた。 「本当に良いんですか?」 「ああ。書斎の方で寝てもらえば良いだろう。一晩や二晩異物を介入させてもぼくらの愛の巣は少しも揺るがないからね。寝込みを襲ったりするつもりもないから安心して欲しい」 そういうマリアに、サリーは僅かに眉根を寄せながら。 「そんなことしたら、あたしが許さないんだからね」 「君の思うような意味じゃない。殺意の有無について説明したんだ。君の肌や唇の柔らかさを知りながら他の女性に手を出す気にはならないさ」 「ならいいわ」 「愛してるよサリー。ところで」マリアは文の方を見て、頬を僅かに冷笑的に捻じ曲げて言った。「君は自分のパートナーである三島理くんが警察に疑われていることは知っているかね?」 文は目を丸くしてマリアの方を見つめた。 「その様子だと知らされていないようだね。受験生である君に気遣ってご両親も伏せておいたのかな?」 「……どういうことですか? というか、どうしてそんなことを……」 「ぼくの職業は探偵、サリーの職業はその助手だ。そう言ったことを調べる伝手はいくらでもあるし、また得意でもある。自営の為にもライバル達の身辺について軽く調べておいたのさ」 マリアはやや得意そうな様子で語った。 「参加者は誰もがこの付近の地域に在住しているらしい。まあ『暗闇さん』の噂自体がこのあたり限定の噂だから当たり前だがね。君ら二人のこともすぐに調べられたよ」 マリアは文の方を慮るような表情で、躊躇いがちに口にする。 「武くんのことは残念だったね。だが、彼の死は本当に事故だったんだろうか?」 「どういうことですか?」 「武くんは自分から泳ぐと言って、冬の川で凍え死んだということになっている。橋などから飛び込んだ訳じゃない。普通に足からじゃぶじゃぶ川へ入って行ったんだ。もし凍死する程寒かったのなら、足を浸けた段階で飛び上がって陸に上がったんじゃないのか? それを死ぬまで我慢して冷たい水に身を浸し続けるだなんて、不自然だとは思わないかね?」 文自身、そのことを不審に思わなかった訳ではない。ただ、両親から『事故』と説明されたのを、なんとなく鵜呑みにしてしまっていた。あの愚かな弟なら、そんなこともありうるだろうと。 「もちろん武くんは一人で川に来ていた訳じゃない。数人の友達と一緒だった。彼らが何かを知っているかもしれないと、警察も話を詳しく聞いている最中らしい。そしてその中の一人が、君のパートナーである理くんなんだ」 「そうなんですか?」 「ああ。どうにも彼らの証言には不可解な点や矛盾が多く存在しているらしい。増して三島理に関しては、警察の目を盗んで逃走し、今現在行方不明中ということなのだからね。何か後ろ暗いところがあるんじゃないかと、推測するのは当然のことだ」 「……そんなこと、初めて聞きました。ですが、理くんは確かに武くんを生き返らせたいと願っていました。その為に赤ん坊を殺して悪魔に会いに行きさえした。その気持ちだけは、わたしにはどうしても疑えないんです」 「甘いと思うわ、文さん」 サリーが運転席から口を出した。 「たかだか一日や二日行動を共にしたくらいで、その人の何が分かるというの?」 その言葉がずしんと胸の奥にしみいるのを感じて、文は胃がしくしくと痛みだすのを感じた。 〇 第三問:守れない注意書き 問題編 〇 昨日目が覚めたのと同じ、真っ黒な不思議な部屋で目を覚ます。 謎解きが始まるのだ。 隣では理が同じように目を擦りながら起き上がっている。理は文の方を見つめると、いつも通りのへらへらとした笑顔を屈託なくこちらに向けて 「おはようっす」 と元気よく挨拶をした。 色々と言いたいこと、聞きたいことがある文だったが、今はそうも言ってられない状況だ。文は小さく頷いてそれに答えると、謎に向き合うべく部屋の様子を見渡した。 前回最初の謎解きでやって来た場所と同じに見えたが、しかし一か所だけはっきりと違う点があった。それは壁の一つに小さな扉が設置されていることだ。 扉の前には『暗闇』と名乗る悪魔が、前回と同じ豪奢な椅子に腰かけている。起き上がった二人がそちらの方を見ると、暗闇は目もくらむ程美しい笑みで応じた。 「ようこそいらっしゃいました。今日の二問は、昨日より少し難しくなっているので頑張ってください。では、第三問!」 暗闇は人差し指を立てて上機嫌に語り始めた。 「あなたの目的は、ここにある扉の先にある廊下を進んでもらい、次の部屋にたどり着くことです。 廊下は一本道で、途中の壁に一枚の張り紙が貼られています。張り紙に記された注意書きをしっかりと守っていれば、次の部屋の扉にたどり着くことができるでしょう。ただし、その注意書きに背いた場合は……永遠に廊下の中をさ迷い続けることになるでしょう」 屈託のない微笑みを浮かべたまま、悪魔は言う。 「ようは、その張り紙の注意書きっていうのに従えば良いのね?」 文は問う。暗闇は頷いて。 「その通りです。ただし、その注意書きには、『それを読んだ人には絶対に守れないこと』が記されているのです。ですので、注意して進んでください。……さあ、扉を開いて、廊下へお進みください!」 そう言って暗闇は扉の方を手で指し示した。 第三問:守れない注意書き 難易度☆ あなたはこれから、扉を開いて廊下を進み、次の扉へとたどり着かねばならない。 次の扉に進むには、廊下にある張り紙に書かれた注意書きを守らねばならない。 ただし、その注意書きには、それを読んだ者が絶対に守れないことが記されている。 あなたはどのようにしてその廊下を進めば良いのだろうか? ※問題編はここまでです。さあ、謎解きに挑戦してみてください! 諦める場合は下記の文章へGO! 〇 解答編 〇 「何はともかく、その注意書きっていうのを見てみないことには始まらないよね」 そう言って、文は扉に手を掛けようとした。すると 「待ってください文さん。それ、多分ダメっす」 そう言って、理が文の肩を掴んできた。 「……何? 何がダメな訳?」 「いやだって、その注意書きって、『それを見た人が絶対に守れないこと』なんすよね? だったら、その注意書きを見たらダメなんじゃないっすか?」 珍しく真剣な顔をする理。 「でも、何が書かれているのかも分からないのに、それをどうやって守れっていうの? まずその注意書きを見てから、何かトンチを閃かなくちゃいけないんじゃないの?」 「それじゃダメっすよ。多分、その注意書きを見ちゃったらその時点でアウトっす」 「じゃあどうするのよ?」 「多分……そうっすね…………『この張り紙を見るな』とかって書いてあるんす!」 若干の沈黙を挟み、理は勢い良くその答えを口にした。 「『この張り紙を見ずに次の扉まで進め』でもいっすけど。とにかく、そういうことが書いてあるんすよ! だから、その張り紙を見ないように、目を瞑って次の扉まで行けば良いんす!」 そう言われ、文はぽっかりと口を開ける。 確かに、その内容だったら、『それを見た者には絶対に守れない注意書き』に該当する。というより、これ以外にスマートな解があるようには思えない。 理の考えた文章がそのまま出て来るかはともかくとして、とにかく、『目を瞑って進む』が正解になる内容には違いないように思われた。 廊下は一本道。目を閉じていても壁伝いにまっすぐ進めばそれで済む。文達は扉を開け、さほど長くない廊下を目を閉じて進み、そして無事に次の扉へとたどり着いた。 扉を開けると、さっきまで違う部屋にいたはずの暗闇が豪奢な椅子に座って待ち受けていて、目を閉じた文達が現れるなり称えるような声でこう告げた。 「おめでとうございます。正解です」 〇 第四問:使い魔と九十九の扉 問題編 〇 暗闇のその声を聞いて、文はようやく緊張から解かれて目を開けた。 ほっとしてため息を吐く。すると、隣で理が少し冷やかすような声で言う。 「『この注意書きを見ずにコサックダンスを一曲踊れ』とかじゃなくて良かったっすね」 「……もしそうなら解答不可も良いところよ。これが解ける問題である以上、君が言ってたので間違いないって」 「その通りです」 と暗闇が口を挟んだ。 「と、いうより、『それを見た者が守れない注意書き』という文言との整合性のとれる推理をして、それに基づいた行動をとりさえすれば、どういったものであれ正解とするつもりでした」 「……? 『正解とするつもりでした』って……正解って一つじゃないの?」 「そんなことはないですよ? これはすべての問題に対して言えることですが、こちらで用意した解答と違っていても、論理的に矛盾のない解でさえあれば、それは別解として扱います。もっとも、今回の問題に関しては、どう考えてもあなた方がやったのが一番スマートですけどね」 「そりゃそうっすよね。……で、次の問題はどんなんすかね?」 今回の部屋は前の部屋と大分違っていた。と言っても壁や天井が真っ黒な素材でできていることは違いないのだが、どういう訳か横向きにやたらと長いのだ。 奥行きと高さは前の部屋と全く同じなのだが、横幅はいうに百メートル以上はある。部屋というより通路のようなものだろう。そしてその長い面の壁の一つに、等間隔に大量の扉が配置されている。 「見ての通り、この部屋には九十九個の扉が設置されています」 暗闇が大量の扉を手で指し示しながら口にした。 「この扉の奥にはそれぞれ小さな部屋があり、そのどれか一つに、私の使い魔が隠れています。その使い魔を捕まえてください」 「捕まえるって……どうやるの?」 「普通に扉を開けて飛び掛かるだけですよ? 使い魔と言っても大して素早くも強くもないので、普通にやれば子供でも捕まえることは容易でしょう」 「扉を開けて言って、その使い魔というのを見つけ出せば良いのね?」 「そのとおりです。ただし、その使い魔は、あなた達が扉を一つ閉めてから、次の扉を開けるまでの間に、壁抜けの魔法を使って両隣どちらかの部屋に移動します。 さらに、その使い魔は未来を予知する能力を持っています。あなた方が次にどの扉を開けるのかを完全に把握していて、あなた方に捕まえられないように行動します。 尚、扉を複数同時に開けることは許されず、一つ開けたら必ず閉めてから次の扉を開けなければいけません。 また、あなた方は最小の手順で使い魔を見つけ出さなければなりません。手順というのは、扉を開ける回数のことを言います。 ……説明は以上です。さあ、頑張ってみてください」 第四問:使い魔と九十九の扉 難易度☆☆ 横向きに並んだ九十九個の小部屋のいずれかに、悪魔の使い魔が潜んでいる。 使い魔は、あなたが扉を一つ閉める度に、壁をすり抜けて両隣どちらかの部屋に移動する。 また、使い魔は未来予知の力を持ち、それを用いてあなたに捕まらないような行動をとる。 最小の回数だけ扉を開けて、使い魔を捕まえるにはどういう手順を取れば良いだろうか? ※問題編はここまでです。さあ、謎解きに挑戦してみてください! ちなみに、この問題は非常に難しいです。なので今回だけ特別に、推理編を読んだ上での解答であっても、正当とみなし得点を差し上げます。 もちろんこの時点で解いてもらってもかまいません。ヒントが欲しい場合は次の文章へGO! 〇 推理編 〇 「わたし、これ、前に類問を見たことがあるわ」 文が言う。考え込んでいた理が、興味を持った表情で尋ねる。 「……? そうなんすか?」 「ええ。どこかの大きな企業の入試で出たっていう噂の論理パズルで……横に並んだ五つの箱のどれかに入った猫を、最小の手順で捕まえるのよ」 「猫が箱から箱へすり抜けて移動するんですか?」 「いや……普通に箱から出て移動してた気がするわ。その光景を、解答者は見ちゃいけないってルールだったと思う」 「九十九個の扉が五つの箱になる以外、まったく同じ問題なんすね?」 「そうね」 「で、正解の手順はどうだったかは、覚えてるんすか?」 「それは覚えてる。紙とペンがあれば説明できるんだけど……えっとね」 文が暗闇の方に視線をやると、暗闇は笑顔で紙とペンを差し出してくれた。 「……もらって良いの?」 「ええ。使っちゃダメなんて言ってないですし。そもそもこれは、紙とペンを使ってやる類の問題ですからね」 暗闇から受け取った紙に、文はペンを走らせた。 〇☆〇〇〇 ×〇☆〇〇 〇×〇☆〇 ×☆×〇× ××☆×〇 ×××☆× 「……っていう手順で捕まえられる」 『☆』は開いた箱の場所、『〇』は猫がいるかもしれない箱の場所、『×』は猫が存在しえない箱の場所を意味する。六回目に箱を開けた段階で、猫はもうその箱の中にしかいないことが分かるだろう。 「なんで、×つけたところに猫が存在しえないって分かるんすか?」 「左から順に1から5までの番号を箱に振ったとして、2番の箱を開けた次の手番では、1番に猫は存在しえないことは分かるでしょ? 2番の箱に猫がいなかった以上、次の手番で1番に猫が移動する方法はどこにもないんだから」 「なるほど。……『両隣どちらかの箱に移動する』って書き方がポイントなんすね。つまり、同じ場所に足踏みできないって訳だ」 「理解が早いね。あとは同じ要領。1番の箱に猫がいない手番に、3番の箱を開けて猫がいないのを確認しちゃえば、その次の手番では猫は2番の箱に存在しえない。……みたいに、猫のいられる場所を制限していけば、いつか追い込んで捕まえられるの」 「話聞いてると、やり方って他にもありそうっすよね?」 「あるよ。紙に書いた『234234』って手順以外にも、『234432』でも捕まる。今言った二つの手順を鏡写しにしても捕まる。だから四通りかな? 根気よく色々試して、正解にたどり着けるかどうかっていうのが試される問題だね」 「でも根気じゃ部屋の数九十九個は解けないっすよね?」 「そうだけど、でもやってみるしかないんじゃない?」 「いや、多分それじゃ無理っす。何かこう、根本的な理解が必要となるっていうか……」 言いながら、理は唇を結んでしばし腕を組んでうなり……そうして唐突に言った。 「分かったっす!」 「へ……? 分かったって、何? 答え?」 「そうっす答えっす。九十九個の扉の向こうの使い魔を捕まえる手順は……」 ※非常に難しい問題ですね。 先程申し上げた通り、この問題に限りこの推理編を読んだ上での解答でも正当とみなします。さあ、考えてみてください! 〇 解答編 〇 「扉に左から順に1から99までの番号を振って、2番から98番を開けた後、もう一回2番から98番を開けたら良いんすよ!」 理は胸を張ったような声でそう答えた。 「別に他の手順もあるんすけど。2から98の後98から2って感じに折り返しても良いっすし、今説明した二つの手順を鏡写しにしても良いっすし」 「……本当にそれで良いの? どうしてそれで捕まえられるのか教えてくれる?」 「良いっすか? 使い魔は必ず両隣どちらかの部屋に移動する訳っすよね? それって言い換えれば、使い魔が奇数番の部屋にいる手番の次は偶数番に、偶数番の部屋にいる次は奇数番に、必ずいるってことにならないっすか?」 「…………? そりゃ、そうなると思うけど」 「最初の手番で、つまり『手番1』に使い魔が奇数番にいる場合、その後も『手番数』が奇数の時絶対に使い魔は奇数にいることになるのは分かります? 逆もまた然りなんすけど」 「『手番数』て……新しい概念ね。でも、意味は分かるよ。『手番1』……つまり一回目の手番に使い魔が奇数番の部屋にいたら、三回目や五回目のような手番数が奇数の時には、必ず使い魔は奇数の部屋にいるでしょうね」 「この考え方を応用すれば……使い魔が奇数の部屋にいる時に奇数の部屋を、使い魔が偶数の部屋にいる時に偶数の部屋を開けるようにすることはできるはずなんす。そうやって左右どちらかから順番に扉を開けていけば、使い魔はすれ違うことができないから、絶対に捕まえられるってことが言えないっすか?」 「……? ごめんなさい、分からないわ。どういうこと?」 「具体的に言うと……使い魔が96番か98番の部屋にいる時に94番の部屋を開けるっすよね? 次に95番の部屋を開けた時、使い魔は97か99番目の部屋にいることになるっす。次96開けたら98番目、次97を開けたら99、次98で捕まえられるっすよね? これは分かります?」 「う、うん。それなら分かるわ」 「これはつまり、使い魔が『奇数→偶数→奇数』と移動するときに、こちらも『奇数→偶数→奇数』と扉を開けていたら、悪魔はすれ違うことができずに端に追いやられていくってことっす。これは良いっすか?」 「な、なんとか」 「なら後もう一歩っすよ! じゃ、使い魔が偶数の部屋に絶対にいるって状況の時に、2番の部屋を開けるとするっすね? その時点で使い魔は4以上の偶数の部屋のどれかにいることが分かるっすよね? そっから右方向に扉を順に開けていったら、さっき言った理屈で使い魔はすれ違えないから、どんどん右側の部屋に追い込まれていくっすよね? で、やがてさっき言ったような状況になって、98番目の部屋を開けた時に悪魔は絶対捕まるって訳っす」 「なるほど、理解できた。その『使い魔が偶数の部屋に絶対にいる状況』はどう作るの?」 「その為に2から98まで開けてくのを二回やるんすよ。一回目に2番から98番まで開けて、それで捕まらなかったってことは、その最初のターンで使い魔は奇数の部屋にいたってことっす。で、その次にまた2番の扉を開ける時、使い魔は必然的に偶数番目の部屋のどこかにいるっすよね?」 「……? ………………えと…………ああっ!」 目から鱗とはこのことだ。整理して考えれば、さほど難しくない。いや難しいには難しいのだが、しかし整然とした解法が確かに存在する問題にも、間違いはなかった。 「な……なるほど。なんとか分かったかも。つまりその理屈を応用すれば、部屋の総数が奇数である限り、部屋の数をどれだけ天文学的に増やしたところで捕まえられるって訳なのね」 「いや、別に部屋の総数が偶数でもそれは一緒っすよ?」 「え? どうして? それだと右端から二番目の扉を開けた後、また左端から二番目を開ける時、奇数と偶数が嚙み合わないよ?」 「左から数えればそうですけど、右から数えたら合うんで別に問題ないんす」 「???」 簡単な理屈のように語る理を前に、文は目を丸くして頭上に大量のクエスチョンマークを浮かばせる。そして目を回しながら「えっ、えっ」と視線をあちこちに散らした。 「あはは。なんかカワイイっすね、文さん」 「う……うるさいな。ちょっと理解が追い付かないだけじゃない! とにかくこの問題に関してはどう開ければ良いのかわかったんだから、さっさと開けていくわよ」 「了解っす!」 2番から98番目の扉に向かって開けていく、というのを二回繰り返すと、98番目の部屋で使い魔は捕まった。 蝙蝠のような、トカゲのような、奇妙な見た目をした化け物だったが、空を飛んで逃げようとするそいつを、理は情け容赦なく叩き落した。 〇 二つの問題を切り抜けた文達は、いつものように意識を失うと、『感想会』の会場である巨大な球体を横に切り取ったかのような足場へと移動させられる。 そこにはマリアとサリーの姿もあった。 「正解おめでとう……とは言えないかな? どうやったって、ぼくらは互いの失敗を望まざるを得ない立場にあるのだから」 マリアが皮肉がるような口調で言う。 「そういう割にはマリア。文さんのことは家に泊めておいて、何もしなかったじゃない?」 「か弱い女性の寝込みを襲うような真似はしないさ。それに、そんな下品な方法をぼくらは取らないだろう? 正々堂々と謎解きに勝利するだけさ」 「素敵よ、マリア」 「ちょっと待ってください。文さん、あんたらの家に泊まったんですか?」 理は言った。マリアはどこか挑発的な表情で応じる。 「そうだとも」 「それで、あんたらは文さんに手を出さなかった? 何故っすか?」 「だから言っているだろう。ぼくらは君のように卑怯な真似はしない。そうするまでもなく、ぼくが謎解きに失敗することはありえないのだからね」 「なんでそんな自信あるんすか?」 「ぼくにはサリーを守り、安心させ続ける義務と使命がある。だからぼくは自分の頭脳に絶対の自信を持たなければならないし、その自信が確かであることをサリーに示し続けなければならない」 「心配しなくても、あなたが負けるだなんて思っていないわ」 サリーはマリアにしなだれかかった。 「別におれも負ける気ないっすよ。武の為にも、負けられないっすからね。……そうっすよね文さん?」 理は言う。そして文の方を一瞥したが、文は俯いて沈黙するしかなかった。 その様子を見て、理はいぶかし気に小首を傾げる。そして、僅かに寂しそうな、拗ねたような表情を浮かべながら消えて行った。 〇 三日目 〇 四方を本と本棚に囲まれた部屋で、文は目を覚ました。 サリーとマリアの住居である。寝室で愛を営むという二人に追い出される形で、書斎に敷いてもらった布団の上で、昨日文は寝たのだ。 天井までの高い本棚の中には分厚い書籍がぎっちりと詰め込まれており、一部はあふれ出して本棚周辺の床に積まれている。壁際には木製のデスクが仲良く二つ並べられており、片方は綺麗に整頓され、もう片方は書類に埋もれてしまっていた。 「起きたかしら?」 サリーの声だった。二つのデスクの内整頓された方に腰かけていた彼女は、文が起床したのを認めると、書斎を出るなりティカップを持って戻って来た。そして文に差し出してくれる。 「あ、ありがとうございます」 「昨日はよく眠れた?」 「眠れなかったですが……時間が来たら勝手に瞼が降りました」 「そう」 「サリーさんは?」 「あたしは大丈夫。安眠出来たわ。マリアが失敗することは、ありえないから」 マリアを余程信頼しているらしい。それだけ同じ時間を二人で過ごして来たということだ。 そんな二人が暗闇に求めることとは、いったい何なのだろうか? 「あの。サリーさん達は、どうして儀式をして、暗闇さんを呼び出したんですか?」 「そういう依頼があったのよ。強盗で死んだ両親を蘇らせたいから、暗闇さんが実在するか調べてくれって」 サリーはそう言って物憂げに頬杖を着いた。 「あたし達が探偵とその助手だっていう話はしたかしら? マリアが探偵として特殊なのは、そうしたオカルト染みた依頼であっても、積極的に引き受けるところにある。そして引き受けた依頼は何をしてでも完遂する。だからマリアは、暗闇さんを呼び出すことに成功したのみならず、依頼人に代わって両親を蘇らせるべく戦っているって訳なのよ」 「だからって……赤ん坊を殺すなんてこと、良くできましたね」 「マリアには、暗闇さんという悪魔の実在とその時間遡行の力について、確信があったのよ。だから躊躇いもなく、用意した赤ん坊を殺してのけたわ。その赤ん坊も、後から生き返らせられることを、知っていたから」 「いくら確信があったって……」 「そうね。すごい胆力だと思うわ。冷徹でもある。でもそれは優秀だからこそ。今はまだあまり知られていないけど、マリアは世界一の探偵なのよ」 サリーがそう言った時、扉の鍵が回る音がして、マリアが玄関から家に帰って来た。 「ただいまサリー。おはよう文さん」 「おかえりマリア。早かったわね」 「三島理についてさらに詳しく調べて来たよ。そしてはっきりした」 そう言って、サリーは文の方を見て、憐憫を滲ませたような表情を浮かべる。そして僅かに躊躇った後、はっきりとした口調で口にした。 「君の弟さんを殺したのが三島理である可能性は、極めて高い」 〇 文が寝ている間にも、マリアは外に出て武の死の真相を調べてくれていたらしい。 寝ている間に命懸けの謎解きをやらされて疲弊する所為か、文が起きた今の時間は既に午前十一時。だとしても、午前中の短い時間だけで調査を成し遂げるのは、マリアの探偵としての能力の高さが伺える。 「武くんは学校で理くんにいじめられていたらしい。クラスメイトの多くがそう証言した」 マリアがそう言うと、文は息を飲み込んだ。 「武くんは三島理を中心とした、いわゆる不良グループにおける下っ端でね。グループの他のメンバーからは、使いっ走りにされたり、ちょっとした失敗で暴力を振るわれたりしていたようだ」 「確かに……武は突っ張ってはいたけれど、でも臆病なところもあって。不良グループの中でも、決して目立つポジションではないとは思ってました」 「その中でも、リーダーである理くんは、突拍子もない思い付きで、武君に様々な無茶な要求をして、面白がっていたようだ。二階の窓から飛び降りさせたり、裸で校舎中を走り回らせたりね。クラスメイトの多くがそうした様子を目の当たりにしている」 「でも……武は何度か家に理くんを上げてましたけど、いじめられてる様子とかは、なくって。対等な感じで」 「表面上、二人の仲は良いんだよ。平時ではむしろ、理くんは武くんのことを、舎弟として可愛がることも多かった。ただ、力関係には絶対的なものがあったということだ」 「だったら」 「そうした様子を見て来たクラスメイト達は、皆確信しているらしい。武くんが冬の川原で泳いで凍え死んだのなら、それは理くんの命令によるものに違いない、とね。そしてそれは、ぼく自身の見解でもある。つまり」 マリアは残酷な事実を告げた。 「君のパートナーは、君の弟に冬の川で泳ぐように命令し、死なせている」 がっくりと肩を落とし、泣き崩れる文の肩を、サリーが優しく抱きしめる。 共に命を賭けて戦うパートナーだった。どんなに無茶苦茶な人間でも、信頼できなくても、残酷な殺人者でも、それでも同じ目的に向けて力を合わせて戦っているつもりだった。 しかしそんな理は文の大切な弟を殺していた。そんな人間と手を組んでいたのだ。そのことが、文には悔しくて悔しくてたまらなかった。 「……もし君達がこのゲームに負けて、魂を取られたとしても、武くんのことはぼく達が必ず助ける」 マリアは言い聞かせるように文にそう言った。 「どの道ぼく達が時間遡行を望む日時は、武くんが死亡するよりも過去だからね。他のいじめっ子たちからも、問題なく武くんを助けられる。だから安心することだ」 そう聞いて、文は思わず顔を上げる。 マリアとサリーは、それぞれ意思の籠った表情で、静かに頷いたのだった。 〇 第五問:不可能なカード当て 問題編 〇 その日の晩、眠りについた文を待ち受けていたのは、いつも通りの黒い立方体の部屋だった。 そこには豪奢な椅子に腰かけた暗闇と、文と同じように部屋で目を覚ました理がいる。 理はまだ起きたばかりで本調子になっていないようで、けだるげに頭をぼりぼりと搔きむしっている。そんな理のことを無視して、文は暗闇の方に向き直って、言った。 「謎を出して」 「良いでしょう」 暗闇は一枚のカードを懐から取り出して、それをこちらに指し示しながら口にする。 「このカードの裏側には、天使、悪魔、龍、獣、人のいずれかの絵が描かれています。あなた達の質問にYESかNOで私が答えますので、二回の質問でカードの絵柄を当ててください」 「どんな質問にも、あなたは必ずYESかNOで答えるのね?」 「それはお約束します。ただしもちろん、あなた方が私の後ろに回ってカードを見たり、カードに触れたりすることは許されません」 第五問:不可能なカード当て 難易度:☆ 出題者が持つカードの裏には、天使、悪魔、龍、獣、人のいずれかの絵が描かれている。 出題者には二つだけ質問をすることができ、出題者は必ずYESかNOで必ず答える。 尚、あなたが出題者の後ろに回ってカードを見たり、カードに触れることは許されない。 ※問題編はここまでです。 分かったら、次の文章へGO 〇 解答編 〇 「『あなたは次の質問にYESと答えますか?』」 理が何か言う前に、文は先行してそう口にした。 「うーん。……YESかNOどちらか必ず言わなくちゃいけない訳ですが、ここはYESとしておきます」 「文さん? ちょっと……」 理は抗議するように文の方を見る。 「何を勝手に謎解きを初めてるんすか? っていうかちゃんと一緒に考えてから質問してくださいよ。ねぇ」 そんな理を無視して、文は暗闇の方に問いかけた。 「じゃあ二つ目の質問。『あなたはわたしにカードの裏側を見せてくれますね?』」 「……YES、と答えるしかありませんね。さっき約束しちゃいましたから」 そう言って、暗闇はカードの裏側を見せる。大きな角と細長い尻尾、そして翼を持った黒い人型の絵が描かれていた。 「答えは『悪魔』」 「はい。お見事正解です。次の問題へ進んでいただけます」 暗闇はニコニコして言った。 戸惑う様子の理を、文は強く睨み付けた。 「正解したから良いでしょ? これで絶対合ってると思ったし」 五つあるものを二択の質問二回で絞り込むことは不可能だ。二分の一ずつしか絞っていけないのなら、二回で絞り切れるのは四つまで。どこかで発想の飛躍……ズルのようなことが求められることは明らかだった。 そうすると、カードに触れることも、後ろに回ってみることもできないと明文化されていることが、逆にヒントになる。こちらからカードを見たり、触れたりすることができないのなら、相手から見せてもらえば良い。 最初の質問で相手が『NO』と言ったなら、その時は二回目の質問を『あなたはわたしにカードの裏側を見せてくれないですね?』とすれば良い。一回目の質問で『NO』と答えている以上、相手は見せるしかなくなるという理屈だ。 「だからって、まずはおれに話してくれないと。今までだって、ちゃんと相談しながらやって来たじゃないすか?」 「良いから次の問題に行くよ」 「今そんな状況じゃないでしょ? 暗闇さん、ちょっと待ってください。話があるんで」 理は文の方を向き直る。文は、その視線を全身で受け止めた。 〇 「……どういうつもりなんですか?」 理はいぶかし気な表情で文の方を見る。 「何のかんの今日まで協調してくれましたよね? なんで今日こんな険悪なんすかね? 言って下さい」 そういう理を文は睨みつけ、そして言う。 「武をいじめてたって本当?」 「いじめ? どこでそんなん聞いたんすか? そんなんじゃないっすよ? あれは」 理は心底遺憾だとばかりの態度で言う。 「確かに、おれは武の奴を使いっ走りにしたり、ヘマをしたらぶん殴ったりしてたっす。それは認めます。でも、普通グループに一人くらいそういう『キャラ』の奴がいるじゃないっすか? あいつも別に納得してたし、望んでおれらと一緒にいたと思うんすよ」 「……それで、冬の川で泳ぐように強要した」 「強要なんて……人聞きが悪いっすね」 「じゃあなんであの子はそんな馬鹿なことをしたの! 君はその場にいたんでしょう! 正直に答えて!」 そう怒鳴りつけると、理は唇を結んで軽く肩を竦めた。 「……まあ。ここで誤魔化しても不信感が増すばかりっすからね。一応、話しときます。どうせおれら協力しあうしかない関係なんですし」 そして、うんざりした口調で語り始める。 「あいつ、ヘマこいたんすよ。近所の個人商店で万引きして来るように言ったら、見付かっちゃって。それだけならまだしも……なんかおれらの名前言っちゃったみたいなんすよね」 ばつが悪そうに、理は頭を指先で搔く。 「まあ、それはでも分かるんすよ。あいつの気の弱さじゃあ大人に追及されたらゲロすんのも分かるんす。でも他の仲間は武のこと許さないし、だから落とし前だ、リンチだって。俺も別にかばっても良かったんすけど、まあぶっちゃけ、どうでも良くって。武リンチすんのも、別に楽しいし? みたいな。んで、寒中水泳させて遊ぶことにしたんす」 文は腹の底から吹き上がるような憤怒をこらえて、理に問いかける。 「……楽しい? 武を冬の川で泳がせることが?」 「ええまあ。どっちかってーと、楽しいっす」 「これまでも、同じようなことを繰り返して来たのよね? そんなことを続けていたら、いずれ自分が破滅することになるって、分からなかったの?」 「分かってたっすよ。でも、そんなのどうでも良いじゃないっすか?」 「どうでも良い? 自分の破滅が?」 「ええまあ。どうにもおれは。どうしてみんながみんな、自分の人生とか将来とかいうどうでも良いことにかずらえるのかが、本っ当にまったく、これっぽっちも分かんないんすよ」 自分の言っていることに少しの疑問も抱いていない者特融の、澄み渡った瞳がそこにはあった。 「おれって別に頭が悪い訳じゃない。やりゃあ勉強だってできるんすよ。中学までは神童だった。でもあんなつまんないこと一生懸命やるの嫌になって……だからバカ校に入ったんすよ。スポーツだって、やりゃあどんなことでも一番取れるけど、でも結果見えてるし、部活なんてダルいことありえねーって感じで」 何やってもつまんないんすよ。 漏らすように、嘆くように、理は口にする。 「だから生きるのが退屈で退屈でしょうがなくって……。でもそれって別に、糞真面目に色んなこと取り組んで誰かの為に何かして、人に好かれるように生きたとしても、同じことでしょ? 自分のことだから、分かるんす。だから、何もやる気が起きなくて……」 もう全部くだらない。世界滅ばねぇかなぁ。本当に。 そう言って見せて、理は小さく息を吐いて語り続ける。 「何をやってもつまんないし長続きしなくて。でも小さい頃から付きまとって来る武の奴は可愛かったから、連れまわして、何でもいうこと聞かして面白くて。その日も印をつけた石を川に放り込んで拾ってこさせる遊びしてて、楽しくて……。仲間皆退いてたっすけどね。『そこまでさせるのかよ』って。でも止めなかったんだからおまえらも同罪だろーって思いますよね。なのに皆が皆まるでおれが主犯みたいに警察に言うもんだからムカついて逃げて来て。どうしようかなって思ったら『暗闇さん』の噂思い出して。少年院行くのもだるいし武も助けたいから、赤ん坊浚ってきてそれで前から気になってた文さんのところに……」 文は理の頬を掌で強く殴った。 乾いた音がする。理は殴られたこともどうでも良さそうに、しかし 「痛いっすよ」 「……あなたは救えない」 文は暗闇の方を向き直った。 「ねぇ暗闇、一つ質問良い? マリアさんとサリーさんのペアが、今日の分の試練をもうクリアしてるかどうかって答えられる?」 「問題のヒントにならないので、別にかまいませんよ」 暗闇はニコニコとして答える。 「そのお二人は、別の異空間にて別の私の進行により試練を受けて、見事クリアしました。もっともその異空間には時間という概念もないので、『既にクリアした』のか『これからクリアすることになっている』のかは、どうとも言えないところですけど」 「そう」 文は頷いて、そして言う。 「分かったわ。じゃあ、次の問題へ行ってちょうだい」 〇 第六問:天使と悪魔 問題編 〇 「『翼の腐った天使』『翼の破れた悪魔』。この二つはどちらが速く動くでしょうか?」 暗闇はそう言ってそして悪戯っぽい表情を浮かべる。 「問題文は以上です。……考えてみてください」 「ねぇ理くん。勝負しましょう」 文は理に向けて言う。 「この問題は二択よね? だから、あてずっぽうで言っても半分の確率で当たってしまう。でもわたしはこの問題を、『確実に間違えたい』のよ。だから、わたしは確実に間違いだと言える解答を見つけたら即座に口にする。それより先に、あなたが正解にたどり着けるか、そういう勝負よ」 「ちょっとちょっと文さん。勝負って……わざと間違えるって、どういうことですか?」 理は目を丸くして言った。 「そんなことしたら、文さんの魂も取られちゃいますよ?」 「……わたしはそれで良い。自分の魂を犠牲にしてでも、あなたの邪悪な魂を滅する。そして……武を救う。マリアさんとサリーさんのこともね」 「意味が分かんないっすよ。フツーに問題を解いていって、あの二人に勝てば良いじゃないっすか? なんで自分の魂を犠牲にしてまで、あの二人を助けなきゃいけないんすか?」 「仕方ないじゃない! わたしに生き残る権利はないし、あなたが生きてたら誰かが必ず犠牲になるでしょう!?」 文は声を荒げて言った。 「仮に時間を巻き戻して武を救って、その後なんとかして武からあなたを遠ざけることができたとしても! あなたみたいな邪悪な人間、生かして置いたら絶対にどこかで誰かを破滅させる。命を奪う。あなたはここで死ぬべき人間なのよ!」 「……意味分かんないっす。じゃあ、おれが死ぬべき人間だとして、それって文さん自身の魂を犠牲にするほどのことなんすか?」 「……わたしは、同じ家にいながら、武がどういう目にあっているのか見抜けなかった」 文は嘆くようにして言う。それは魂を絞り出すかのような悲痛な言葉だった。 「血が繋がっているだけの、自分とは全く別の人間なんだと思っていた。見下していた。あんな奴どうなろうが構わないって、そうやって見捨てていて……」 「……文さんみたいな真面目系の人が、武みたいな奴にそういうこと思うのは、まあ、分からんでもないっすけど。でもだから何だっていうんですか?」 「そのことが武を殺しえたの。わたしはもっと武と向き合うべきだった。どうでも良い奴だって決めつけて、虫けらみたいに視界に入れないようにしてたから、わたしはあの子の危機に気付けなかった。あの子が死んだ時、自分がどんな気持ちになるのかも分からなかった」 いくら勉強ができたとしても、わたしは本当に馬鹿よ。……文は漏らすように言う。 「そんなわたしに生き残る権利があるの? あなたのような邪悪な人間を解き放ってまで、親切にしてくれたマリアさんやサリーさんを犠牲にしてまで、わたしに生きる権利が本当にあるの?」 「おれらが死んだら、武の奴はどうなるんすか?」 「マリアさん達が助けてくれるわ」 「死ぬのが怖くないんすか?」 「あなたを道連れにできるなら本望よ」 「……ねぇ文さん。本当に頭冷やした方が良いっすよ。色んなことがありすぎて、文さんは今パニックになってるだけっすよ。熱くなりすぎっす。いったんこの問題を二人で解いて、一日じっくり気持ちを落ち着けましょうよ」 「どんなことにも熱くなったことなんてあなたに、わたし気持ちは分からない。そうやってわたしを説得するくらいなら、わたしより先に問題を解いたらどう?」 「そりゃ、一日時間を置けっつーんなら、おれが文さんより先に問題を解けばそれで十分っすけどねぇ……」 「言っとくけど、わたしだって負ける気はないわよ? あなたは確かに人より賢いんだと思う。でもね、わたしだってあなたに決定的に劣る訳じゃないってことは、さっきの問題は示したばかりでしょう?」 昨日までのすべての問題で、文はことごとく理に一歩及ばなかった。すべての問題で先を行かれ、文が解いた問題というのは一つもなかった。 だがそれは、結果として問題を解いたのが理というだけで、文が惜しいところまで行っていた問題だってあったのだ。それに、問題を解き終えた後の理の解説で、文はその推理の過程や問題の意図を概ね理解し続けていた。結果が振るわなかっただけで、文だってただのぼんくらだった訳では決してない! 「考えてるっすよ! 考えてるんすよさっきからずっと! でもまったく思いつかないんす!」 理はそう言って頭を抱えた。 「何なんすかこの問題は? 明らかに問題を解くための条件が足りていない! こんなの分かる訳……」 「ではここにいるあなた達二人だけに、特別なヒントをあげましょう」 暗闇はそう言って、ささやくような声で言った。 「ここは『〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』です」 それを聞いて、一瞬の静寂の後……文ははっとして目を開けた。 「分かった。そうだったのね! これで答えが……ううん。『間違い』が分かった!」 第六問(最終問題):天使と悪魔 難易度:☆☆☆(最高) 『翼の腐った天使』『翼の破れた悪魔』。この二つはどちらが速く動くだろうか? ※問題編はここまでです。 難問です。そして、悪問です。ご容赦ください。 解答を終えたら次の文章へGO 〇 解答編 〇 「『翼の腐った天使』の方が『翼の敗れた悪魔』より速い! これがわたしの解答よ!」 「ブッブー! 間違いです」 暗闇は二本の指でバッテンマークを作って見せる。 「残念でした。あなた達は解答に失敗し、失格となります。その存在はこの世から消え失せ、その魂は私のものになります」 「バカなっ!」 理はそう言って床を蹴りつけた。 「なんで分かったんだ? どうやって解いたんだ? こんな意味不明な問題を……。本当にあてずっぽうじゃないのか?」 「違うのよ。違うのよ理くん。わたしは本当に答えが分かったの」 「じゃあどうして『翼の破れた悪魔』の方が『翼の腐った天使』より速く動くんすか!?」 「その二つの動く速さは『同時』なの。だから、どっちを答えても間違いなのよ」 「……はあ? 同時って……ああそうか! そういうことか!」 理はそう言いながら歯噛みして、拳を握りしめる。 「なんて問題だ! ありえねぇ! く、悔しい!」 「……悔しいって何? 魂を奪われるのが嫌なの?」 「違う! おれはおれみたいな奴がどうなろうがどうでも良いんだ! でも……だけど……問題を解けなかったのは、やっぱり悔しいんすよ」 そう言って、もう一度強く床を踏みつけて、そうすることで自分の気持ちを吐き出し切ったかのように、肩を落として息を吐いた。 「……これまでどんなことでも、やってできなかったことなんてないから。だから……やっぱり、ちょっと悔しいっすね」 「そう」 「でもま。しゃーないっすね。負けは負けっす。退屈だったなりに、今日まで好き放題やって来たんすから。魂取られても、悔いはないっすよ」 へらへらとした口調でそう言って、理は小さく微笑んだ。 「でも一つ心配っす。武の奴、嘆いたりしないっすかね。変な気を起こしたり、しないっすかねぇ?」 「あなたがいなくなって武が嘆く? 何言ってんのよ。あなた、武のこといじめてたんでしょ?」 「そうじゃなくて、文さんのことっすよ」 そう言われ、文は目をぱちくりさせた。 「あいつ、ただでさえずっと寂しがってたんすよ? 『最近姉ちゃんと疎遠になって寂しい』って。でもやっぱ思春期すから、なかなか話しかけたりもできなかったみたいっす」 「そう。……じゃあやっぱり、わたしがちゃんとお姉ちゃんらしくして、声をかけてあげるべきだったのね」 「おれももっと、武のこと、単なる家来扱いじゃなくて、もっと大事にしてやるべきでした。友達だと思ってたのは……マジなんすから」 「後悔先立たずってことよ。時間なんてそう簡単に巻き戻せない。……ううん。『そう簡単に』じゃないな。絶対に巻き戻せない。それこそ」 文は暗闇の方に視線を向ける。 「こんな悪魔のいる、『〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』でもない限りはね」 文と理は二人で笑いあった。 〇 物語はここでおしまいです。読了ありがとうございました。 あなたは全部で何問解けたでしょうか? 以下が正解数ごとの評価です。 0/6正解:謎解きに慣れていない人は、誰もがここだと思います。 1/6正解:一つでも解ければ、一定以上の頭脳があると言えます。 2/6正解:あなたはこの手の謎解きが得意です。自覚はありますでしょうか? 3/6正解:周囲からは、頭脳明晰と噂されているのでは? 4/6正解:ここまで来ると、人数は相当絞られるはず。胸を張ってください! 5/6正解:あなたはスーパーマン的頭脳の持ち主! 未曾有の天才です! 6/6正解:アン・ビリーバブル! こんな人がいるなんて、筆者には信じられません。 感想欄にて、あなたの得点を是非教えてください! 尚、以下に作中で語られなかった最終問題の解説を乗せておきますので、ご覧ください。 第六問の解説 『翼の腐った天使』『翼の破れた悪魔』 このページをスクロールした際、二つの言葉が上下に動く速度はまったく同じ。 横書きのネット小説の世界 だって、ここは『〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』なんですからね。 |
粘膜王女三世 2021年12月30日 03時44分28秒 公開 ■この作品の著作権は 粘膜王女三世 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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合計 | 7人 | 110点 |
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