Gの消失

Rev.01 枚数: 20 枚( 7,978 文字)

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 ※あの虫の気持ち悪い描写があるのでご注意ください。

 これは、私がまだ若かりしころの話である。
 いや、当時すでに二十代後半だったから大して若いとも言えまいが、まあ昔の話だ。
 初夏の、とある夜のことだった。
 実家の二階にある自室に、私はいた。およそ一万円で購入したプレジデントチェアに腰かけ、デスクトップパソコンを操作する。仕事などではなく、単なる暇つぶしである。
 すでに夕食は食べ終えており、深夜へと近づいている時間帯だ。世の中が静寂に満ちていく、そんな一時を私はまったり楽しんでいた。 
 その日は金曜日だったのだ。一週間の仕事を終えた開放感と、休日を前にした高揚感を得られる金曜の夜は、日常の中で最もリラックスできる時間だということに異論はあるまい。
 スナック菓子をつまみ、コーラを喉に流しながら、様々なサイトをブラウジングした。毒にも薬にもならないような記事を読みながら馬鹿笑いを上げる。取るに足らない日常の一コマだが、つまらぬ人生を送っている独身男性の私にとっては、至福の時であった。
 だがしかし、そんな平和な日常を崩壊させる闖入者が、突如として現れる。
 スナック菓子とコーラを食べ終え、私は立ち上がった。空になった菓子袋とペットボトルを手に取り、それらをゴミ箱に投入する。ついでにトイレに行っておくかと顔を上げた、その時。

 彼奴は其処にゐた。

 部屋の入り口から見て左側の壁の、私の目線よりもやや高い位置だ。白い壁紙の上にポツンと、黒い影があったのだ。
 見覚えのある、しかし決して目にしたくない、その姿。
 長い触覚。黒光りする扁平な体。細かい棘が無数に生えた六本の脚。薄気味悪い容姿と、数多の雑菌を有する不潔さから、嫌われ者として名を馳せているあの昆虫。
 Gである。
 正式名称を書くのも嫌なので、あの虫のことはすべてGと記述することをお許しいただきたい。
 彼奴は、体長三センチほどの立派なクロGであった。
 触覚を時折ピクピクと震わてはいるが、壁に張りついたまま移動はせず、じっとしている。
 私の全身に緊張が走った。蛇に睨まれた蛙のように、瞬時に身体が硬直してしまったのだ。
 それも無理からぬことであろう。Gを目前にして、たじろがない者はほとんどいまい。太古の昔より、Gは人類の敵であった。人間にはおそらく、Gに対する嫌悪感や恐怖心が遺伝子レベルで組み込まれているのだ。
 私とて例外ではなく、Gが大の苦手であった。
 もし彼奴がこちらに近づいて来たら、ヒイィと情けない声を上げて逃げ出してしまうであろう。
 この世で最も目にしたくない生物、それがGだ。
 そんな輩が無遠慮に人間の住処に侵入してくるのだから、たまったものではない。しかも、よりによって金曜の夜に出現するとは。仕事に追われるだけの空虚な人生の中で、小さな幸せを感じられる数少ない時間をぶち壊してくるとは。
 この悪魔め!
 私はギリリと下唇を噛んだ。腹の底から沸々と憎悪が湧き上がってくる。
 兎にも角にも、このGをどうにかせねばなるまい。
 この部屋は四畳半しかない。そんな狭い空間にGがいると知って、くつろげるはずがないのだ。
 殺るしかない。
 自らの手で眼前のGを葬り去って、平和な日常を、金曜の夜という至福の時を取り戻すのだ。
 だが、どうするか。Gを殺す方法として真っ先に思いつくのは、丸めた新聞紙で叩くというものであろう。だが、それはしたくなかった。彼奴の身体がブチュッと潰れる感触を想像しただけでも鳥肌が立つ。それに、壁にGの体液などが付着して部屋が汚染されてしまう。潰れたGの死骸を処分するのも嫌だ。
 潰すのは絶対に駄目だ。他の方法を考えなくては。
 壁に張りついているGを見つめたまま、私はしばし思案する。
 数瞬の後、閃いた。
 泡をスプレー噴射し、Gを泡で包み込んで殺す、そのような商品をテレビCMで見たことがある。それを使えば叩き潰す必要はないし、泡で包むことでGの姿が見えなくなるので、不快感も消える。死骸の処分も、固まった泡の部分を持てばGに触れずに可能という優れものだ。
 それだ。それを購入するしかない。
 思うが早いか、私は車のキーや運転免許証、財布が入ったバッグを手にして部屋から飛び出した。
 すでに午後十一時が近い。多くの店は閉店している時刻だが、隣の市まで行けば、午前零時まで営業している店がある。日用品も扱っているドラッグストアで、殺虫剤の類も販売しているはずだ。
 私は家を出ると、愛車のダイハツ・ムーヴを走らせて隣の市に向かったのであった。
 
 およそ二十分後、ドラッグストアにたどり着いた。
 煌々と光を放つ店舗は、天国のように見えた。私をGの魔の手から救ってくれる天使の住む場所だ。
 駐車場に車を停めて店内に入ると、まずまず賑わっていた。この時間帯でも営業しているこの店は、近隣住民にとってありがたい存在に違いない。
 私は店内を足早に進み、殺虫剤コーナーに向かった。
 これで、あの憎きGを屠る武器を入手できる。そう考えると大いなる希望が胸を打ち、体中にエネルギーが満ち溢れてきた。スキップでもしたいくらいだ。
 そんな気分でいられたのは、束の間だった。
 ないのである。
 殺虫剤コーナーにたどり着き、件のスプレーを探してみたが、見当たらないのだ。商品が並ぶ棚のどこを見ても、泡で包んでGを殺すスプレーは存在しない。
 すでに売られていない商品なのか。思えばテレビCMを見たのも数年前の話だ。売り上げが芳しくなく、この世から消えてしまったのであろうか。
 なんということだ。
 絶望が胸に渦巻く。天を仰いで咆哮しそうになったが、そんなことをしたら店員や他の客から白い目で見られることは必至なので、なんとか堪えた。
 落ち着け、と自分に言い聞かせて深呼吸をする。
 残念だが仕方がない。いずれにせよ、この場で彼奴を倒すアイテムを入手しない限り、家には戻れない。この際、他の商品でもいいだろう。
 オーソドックスな、毒でGを殺すスプレーであれば、棚に数種類並んでいる。その中からゴキジェットプロという製品を選択し、私はレジに向かった。

 購入したスプレーと共に、車に乗り込んだ。店の駐車場を出、自宅に向かってダイハツ・ムーヴを走らせる。
 当初予定していた泡スプレーこそ入手できなかったものの、ゴキジェットプロも即効性の殺虫スプレーである。死骸の処分に多少の不快感は伴うであろうが、Gを抹殺するという目的は問題なく果たせるはずだ。
 フハハハ、待っていろGめ、貴様の命もここまでだ。
 確かな満足感を抱えながら、夜の道を運転した。彼奴さえいなくなれば、再び平和な金曜の夜を過ごすことができるのだ。
 と、そこで私は俄然、戦慄した。
 最悪の可能性が脳裏をよぎったのだ。
 もし、あのGがいなくなっていたらどうする。先ほど張りついていた壁に見当たらず、部屋の中を見渡しても姿が見えなかったら。
 部屋の外に出て行ったのであればいいが、確信は持てまい。室内の見えにくい場所に隠れている可能性もある。いつまたあの黒い悪魔が出現するのかと、怯えながら過ごすはめになる。
 車内のデジタル時計に目をやると、午後十一時三十分だ。部屋を出てから三十分以上が経過している。彼奴は、すでにあの場からいなくなっている可能性が高いのではないか。
 しくじった、と奥歯を噛み締めた。なぜその可能性に思い至らなかったのだ。丸めた新聞紙でもなんでもいいから、速やかに始末しなくてはならなかったのだ。
 口惜しいが、こうなってしまった以上は仕方がない。彼奴がまだ部屋にいることを祈るほかなかった。本来見たくもないGの姿を見ることを願うとは、なんとも皮肉な話ではあるが。
 アクセルを踏む足の力を少しだけ強め、私は車を加速させた。

 果たして。
 彼奴はまだ、其処にゐた。
 自宅に帰りつき自室に入ると、Gは数十センチ位置を変えてはいたものの、まだ同じ壁に張りついたままだったのだ。
 安堵感が込み上げ、自然と頬が緩んだ。これで、彼奴を殺ることができる。
 私は左手に下げていたビニール袋から、ゴキジェットプロを取り出した。ビニール包装を破り捨て、スプレー缶を右手に握る。
 缶の最上部にキャップがついており、キャップには横向きのノズルと、トリガーが設置されていた。トリガーを引くことで、中の液体が噴出される仕組みだ。まるで拳銃のような恰好よさと頼もしさを感じた。
 これさえあれば、もうなにも怖くない。待っていろGめ、瞬殺してくれるわ! ゴキジェットプロを手にした私は自信が湧き、全能感に満ち溢れた。
 殺虫剤を振り撒くことを考慮し、足元に置かれている空気清浄機を稼働させることにした。たまに遊びにくる友人が煙草を吸うので購入したものだが、こんな形で役に立つとは。電源ボタンを押すと、かすかに作動音がする。これで準備万端だ。
 壁にいるGに視線を移す。彼奴は相変わらず我が物顔で、私の部屋の壁に居座っていた。細かく動く触覚は、こちらを煽っているかのようだ。
 トリガーに指をかけ、ノズルを彼奴の方に向けた。距離はおよそ一メートル。外さぬよう、慎重に狙いを定める。
 人間の生活を脅かす悪魔め。私の至福を崩壊させた鬼畜め。許すまじ!
 ここが貴様の墓場となるのだ!
 私は一思いにトリガーを引いた。ノズルから霧状の液体が噴出され、Gに襲いかかる。
 突如の襲撃を受けたGは壁から落下し、床の上でのた打ち回り始めた。私はすぐさまノズルを下方に向け、床に転がるGに追い打ちをかける。
 追撃を食らったGはさらに激しく、右から左、左から右へと暴れ回った。
 即座に絶命することを期待していたのだが、なかなか死ぬ気配を見せない。くそ、なんてしぶとい奴だ! 
 長い触覚と六本の脚をバタつかせながら動くGの姿は非常におぞましく、虫唾が走るものであった。
 地獄のような光景に発狂しそうになったが、私は耐えた。逃げ出すわけにはいかない。なんとしてでも、ここで仕留めなければならぬ。そのために、のた打ち回るGから目を離さず、毒を浴びせつづけた。 
 そのとき、それは起こった。

 突如、Gが消失したのである。

 消失。
 暴れ回るGの姿が、一瞬のうちに、跡形もなく消え去ってしまったのだ。
 信じられないかもしれないが、事実である。
 私は当初、Gがスプレーの風圧で吹き飛んだのだと思った。そこで、ベッドの下や空気清浄機の下などを探してみたが、Gを発見することはできなかった。
 本当に消えてしまったのか。まさかゴキジェットプロの効果によって、Gの身体が跡形もなく消滅したのか。このスプレーには、それほどまでの威力があったというのか。
 そんな馬鹿な。
 念のため、スプレー缶に記載されている説明文を読んでみたが、Gが消滅するとの記述はない。当然だ。そんなスプレーが発明されたらノーベル賞ものだろう。
 だったら、この現象はなんなのだ。
 私は確かに見たのだ。まるで手品のように、彼奴が私の目の前から消え去るのを。
 いや、現実的に考えれば消失などするはずがない。Gは必ずや、この部屋のどこかにいるはずだ。
 私はあらためてGの姿を探した。パソコンデスクの下やタンスの裏など、捜索範囲を広げてみる。四畳半の室内の至るところを丁寧に、時間をかけて探した。しかし、どこにもGの姿は見当たらない。
 どういうことだ。なぜGが見つからない。彼奴は一体、どこに行ってしまったのだ。
 いや待てよ。必死になって探す必要もないか。Gがいなくなったのであれば、喜ばしいことではないか。
 とはいえ、死体をこの目で確認しない限り安心はできない。もし生きていたら、またいつか私の前に姿を見せるかもしれないのだから。
 それ以上に、Gが消失するという常識的にありえない現象が、どうも釈然としない。
 果たして、彼奴はどこに行ったのか。
 いくつかの可能性を、すでに考えたものも含め、あらためて検証してみた。

 一、ゴキジェットプロの威力でGの身体が爆散した説。
 いくらなんでもありえない。まして、肉片の一つも見つけられないほど粉々になるなど、絶対にない。

 二、スプレーの風圧でGが吹き飛び、部屋のどこかに転がっている説。
 現実的な線だが、先ほど部屋の中を隈なく探してもGを発見できなかったではないか。そもそもスプレーの風圧は一定のはずなので、いきなり吹き飛ぶのもおかしい。

 三、Gが目にも止まらぬスピードで走り、逃げ出した説。
 可能性がなくはなさそうだが、そんな猛スピードで動くのは、さすがのGでも無理ではないかと思う。ゴキジェットプロの毒が効いていたのなら、なおさらだ。

 四、Gは私の幻覚だった説。
 いや、幻覚というには、あまりにもリアリティがあった。それとも、現実と幻の区別がつかないほど、私の頭がおかしくなっているのか。それはないと思いたい。

 どの説も決め手に欠ける。他の可能性はないものか。
 頭をひねってみたが、納得のいく説は出ない。
 そのうち、もういいやと思い始めた。結果としてGは私の前から消えたのだから、それでよいではないか。
 そもそも、現実的な答を出そうとするのが間違っているのかもしれない。Gが突如消失するなど、超常現象だと考えるほうが自然ではないか。世の中には、科学で解明できないこともあるのだ。
 どこかに瞬間移動したとか、時空の狭間に吸い込まれたとか。宇宙人にさらわれたとか。超常現象だとすれば、可能性は無限に広がる。
 たとえば、こんなことも考えられる。
 あのGは、異世界に転生したのだ。
 異世界でもGとして、人間の住処でこそこそ生活するのだろうか。いや、それでは面白くない。
 いっそ、人間に転生したことにしよう。
 あのGが、美少女となって異世界に出現する様子を私はイメージした。いや待てよ、あのGはメスだったのだろうか。まあ、メスでもオスでも構わない。転生するなら、美少女のほうがいいではないか。
 転生した美少女、G子と呼ぶことにしよう、彼女はもともとGだったので服を着ていない。つまり全裸である。すっぽんぽんの美少女が異世界に出現する。実に刺激的なシーンではないか。
 転生する場所は森がいいだろうか。深い森の中にある大きな泉の前、そこにG子は転生した。
 転生した目的はもちろん、魔王を倒して世界に平和をもたらすためだ。
 旅の途中で立ち寄った町で人々の注目を浴び、服を着なさいと口々に忠告されるものの、G子は聞く耳を持たない。服を着たことがない彼女は、まとわりつく衣服の感触が、どうにも肌に合わないのである。
 全裸であるせいで様々なトラブルに巻き込まれながらも、G子の旅はつづくのであった。
 なかなか面白いような気がしてきた。誰かこの設定で小説を書いてくれないかと思う。自分で書く気はないが。
 などと下らないことを考えていたら、大きなあくびが出た。時計を見ると、もう午前零時を過ぎている。金曜の夜を取り戻すために奮闘していたのだが、いつの間にか土曜日になっていた。
 一週間の仕事の疲れと、Gと戦ったことによる消耗が重なったせいか、急激に眠気が込み上げてくる。
 もう眠ろう、と思った。あのGは死んだのだ、間違いない。そう自分に言い聞かせる。
 死体を確認していないことに不安はあるが、たとえ生き延びていたとしても、無事ではいられまい。ゴキジェットプロをあれだけ浴びせたのだ。
 私はベッドに横たわり、瞼を閉じた。ほどなくして、夢の世界へと引きずり込まれる。
 巨大化したGが大量の仲間を引き連れて私に襲いかかってくる、などという悪夢を見ることもなく、気持ちのいい睡眠をとることができたのであった。
 
 その夜以降、私の部屋にGが出現することはなくなった。
 Gを見なくなったのは実に喜ばしいことだが、なぜかしら一抹の寂しさも感じるのである。
 あの夜の出来事は、Gが消失するという衝撃的な結末も相まって、マリアナ海溝のように深く私の心に刻まれている。
 大量のゴキジェットプロを浴びながらも、なかなか絶命せずに暴れつづけたあのGは、間違いなく強敵であった。必死に毒に耐える姿には、生に対する執着心が感じられた。
 彼奴は私にとって敵だったが、鎬を削り合った好敵手のようにも思えてくるのだ。 

 最後に。
 実際のところ、あのGはどこに行ってしまったのか。それについて語ろう。
 謎が解けたのは、あの夜から数か月が経過したころであった。
 その日、私は空気清浄機を清掃することにした。
 空気清浄機の仕組みは、前面のパネルから吸い込んだ空気を、内部に何層も設置されているフィルターで浄化し、後方から吐き出すというものである。
 しばらく使用するとフィルターが汚れるので、定期的に掃除をしなくてはならないのだ。
 前面のパネルを外し、内部のフィルターを取り出そうとすると、そこに張りついていたのである。

 潰れて平らになった、Gの死骸が。

 その瞬間、私はすべてを理解した。
 あの夜、私は空気清浄機を作動させた。空気清浄機にはセンサーがついており、周辺の汚れを感知すると、強く空気を吸引する仕組みになっている。
 Gが床でのた打ち回っている時、その傍に空気清浄機があった。私が噴出するゴキジェットプロの霧を感知し、空気清浄機は吸引力を強めたのだろう。結果、周囲の空気と共にGの身体をも吸引した。
 空気清浄機に吸い込まれたGは、パネルとフィルターの間に挟まれ圧死したのだ。
 なんという盲点、灯台下暗しである。
 あの時は暴れ転がるGを殺そうと必死で、空気清浄機の動きには気がつかなかった。
 それにしても、空気清浄機に虫を吸い込むほどの吸引力があるとは驚きである。あるいは、スプレーの風圧やGの身体の角度など絶妙な条件が重なり、奇跡的に吸い込んだのかもしれない。
 いずれにせよ、あの時突如として姿を消したGと、私は再会を果たしたのであった。
 あの夜の出来事が脳裏によみがる。
 結果として、私はこのGを殺めていたのだ。望み通りの結末のはずだが、憐憫の念を禁じ得ない。
 考えてみれば、Gとは不遇な生き物である。彼らは彼らで必死に生きているだけで、なんの罪もないのだ。だのに人間に忌み嫌われ、殺されていく。
 もっとも、人間にとってGが害虫であることは紛れもない事実であり、駆除することを責めるつもりはないが。
 ただ、Gの命とて一つの命であることに変わりはない。そこに、少しばかりの敬意を払ってもいいのではなかろうか。
 私はティッシュを三枚ほど手にした。ティッシュ越しに、平らになったGの遺体を、空気清浄機のフィルターから剥がし取る。
 それを持ったまま、玄関から家を出て庭に向かった。母が園芸で使用しているスコップを反対の手に持ち、庭の端まで来て身をかがめる。土を掘り、深さ五センチほどの穴ができると、そこにGの遺体を入れた。
 遺体の上に土を被せながら、私はG子のことを思い出していた。このGが異世界に転生した姿、全裸美少女勇者のことである。
 G子は、魔王を倒すことができたのであろうか。全裸であることを、人々に受け入れてもらうことができたのであろうか。きっとできたはずだ。異世界に転生した者は主人公なのだから。明るい未来が約束されているに違いないのだから。
 所詮は、私が考えた下らない空想にすぎない。ただ、事実であってほしいと私は思った。この世界で人間に忌み嫌われているGが、異世界では英雄として称えられる、そんなことがあってもいいではないか。そう願うことだけが、私にできる唯一の贖罪だ。
 遺体を埋め終え、私は立ち上がる。
 遠くの空に目をやり、ただただ、あのGの冥福を祈るのであった。
 合掌。
いりえミト

2021年12月29日 00時37分05秒 公開
■この作品の著作権は いりえミト さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:彼奴は其処にゐた。
◆作者コメント:祝・冬企画。賑やかしに投稿します。
 冬企画なのに夏の話です。そしてあの虫の話です。苦手な方はご注意ください。
 よろしくお願いします。 

2022年01月16日 11時19分21秒
作者レス
2022年01月15日 21時55分12秒
+10点
Re: 2022年01月16日 20時08分19秒
2022年01月15日 19時11分33秒
0点
Re: 2022年01月16日 20時07分22秒
2022年01月14日 18時31分50秒
+30点
Re: 2022年01月16日 20時06分17秒
2022年01月09日 21時14分25秒
+20点
Re: 2022年01月16日 20時03分11秒
2022年01月09日 20時24分29秒
+10点
Re: 2022年01月16日 20時01分29秒
2022年01月03日 02時23分43秒
+20点
Re: 2022年01月16日 19時59分02秒
2022年01月02日 23時21分53秒
0点
Re: 2022年01月16日 19時57分48秒
2022年01月01日 17時38分05秒
+20点
Re: 2022年01月16日 19時56分00秒
2022年01月01日 00時29分44秒
+10点
Re: 2022年01月16日 19時54分23秒
合計 9人 120点

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