音速で飛ぶゲイビデオ |
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最速の焼き芋はあたかもラグビーボールのパスのように、横回転しながら飛行した。 ○ 「ケーッ! このゲイビデオもハズレだ!」 田舎町にある八百屋の店主、佐藤めち男は怒りを堪えきれず、ビデオのリモコンを布団に叩きつけた。 めち男は五十四歳だが、すごく健康な男だ。病気だとか、腰や肩を悪くするという感覚自体を知らない。 そんな彼の趣味は、二十歳の時から続けているゲイビデオ収集だ。自室の一辺には、ニトリで本棚として売られていた家具があり、それにはこれまで買い集めたゲイビデオがパンパンに詰まっている。この趣味や棚の存在は、八百屋の三十年来のお得意様である奥さんも知らない。 「どんなに出来の悪いゲイビデオでも、一度見ればそれは唯一無二の思い出になる。捨てることはできっこない。しかし……」 めち男は、ゲイビデオ棚の前で立ったりしゃがんだりする。どうしても、これ以上ビデオを詰めることは出来そうにない。 「一体、どうすればいいんだ?」 その時、外から声が聞こえた。 めち男にはそれが客の呼ぶ声だということがわかった。八百屋は、二十四歳の時に親から継いで、ずっと続けている仕事だ。誇りがある。勤務時間中にする業務以外のことは、ゲイビデオ鑑賞ぐらいのものだ。 めち男は、店へ出る。 客が一人いて、買い物用のカゴには茄子やピーマンが沢山入っていた。これは、いずれも特売品だ。利益率の低い商品たちの底に、立派なカボチャも一つ見えて、安心する。 めち男は手早くレジを打った。 「えー、茄子が4点と、ピーマンが3点、それにカボチャが……」 カボチャは大きさによって値段が違う。これはめち男でも、よく見て確認しなければならない。 この時めち男は、客が初めて見る人物であることに初めて気づいた。 かなり立派な体格をしている。おそらく男性だ。身長はめち男の175cmよりも高い。おそらく、180cmよりあるはずだ。姿勢がよく、筋肉の多いのが長袖のセーター越しでもわかった。そういえば、今は真夏である。帽子とサングラスとマスクをしていて、顔はよくわからない。 「うっ!?」 と、めち男は一瞬にして動きを封じられた。 カボチャを見ようとして身を屈めたところに、男の右腕が、上からめち男の首に巻き付いたのだ。 それが、首を絞めようとしているのは分かった。咄嗟に顎を引いて、完全に絞まるのは防ぐ。 だが、すごい力だ。 「ぐぐぐうっ、き、さま、やおや、ごうとう、か……」 八百屋強盗、と言っておいて、それは何だろう、と思う。だがおそらく、この男は八百屋強盗だろう。 めち男は男が後ろに力をかけて、めち男を持ち上げようとしているのが分かった。おそらく、めち男の体重を利用して、締めあげる算段だ。 そこで、めち男は咄嗟に自らその方向へ飛ぶ。この動きは奏功したとみえ、虚を突かれた男はめち男を手放さざるをえなかったようだ。 「俺の目の白いうちは、この店に手出しはさせんぞおっ」 めち男が吠えると、強盗は恐れをなしてか、背を向けて逃げだした。 何も取らずに逃げてくれるのなら、それは有難い。だが問題は、一連の格闘の中で、めち男と強盗の位置関係は入れ替わっていた。彼が逃げる方向は、店の奥になる。 「お、おおいっ! 待て!」 男はあっという間に店から、めち男の居住スペースへ入り込んだ。めち男も慌ててサンダルを脱ぎ、そこにあった物を拾いあげて追いかける。 「そっちには、何もないぞおっ!」 強盗はめち男の部屋にいた。彼はゲイビデオの棚をしばし見た後、そこから、さっと一本のビデオを抜き取った。 気配に気づいて振り返ると、めち男がいた。二人が対峙する。 「目当ては、俺のビデオだったか。……それは箱だけだから、中身はないぞおっ」 そう言われ男は一瞬、めち男から注意を逸らした。その瞬間、めち男は持っていたものを投げた。 それは先ほど鑑賞し終わって、棚に入りきらなかったゲイビデオだ。間違って店へ持って出ていたのだ。それは素早く回転しながら飛び、強盗の頭にぶつかる。 「ぐあっ!」 初めて相手の声を聴いた。思ったよりも、高い声である。 「観念しろ!」 今度はめち男が相手に先制することができ、片足タックルに成功する。首尾よく寝ころばせて上に乗り、素早くサングラスをはぎ取った。 「なっ、お前は」 男の瞳は、まるでちいかわのようにつぶらだ。人間にしては極端に小さいとも言え、さらにそれには瞼がなかった。 「す、すまん。瞼がないから、サングラスで目を守っていたのか」 「ちがビー」 男は感情を感じさせない声色で話した。 「ぼくは、ゲイビデオの妖精だビー」 「なんだと!?」 めち男は驚いた。 この棚の存在は誰も知らないはずだ。男のこの部屋でのムーヴは妙だと考えていたが、妖精だったのならば納得がいく。 「ゲイビデオの妖精が、一体なぜ、こんな狼藉を?」 「……このビデオは、この世に存在していてはいけないのだビー」 「お前が盗もうとした、そのビデオが?」 めち男は、棚のビデオの位置は当たり前だが全て把握している。妖精が取ったタイトルももちろんわかる。この世に普通のゲイビデオなどというものは一つとしてないが、しかし、普通のゲイビデオのはずだ。 「ビー。……このゲイビデオは、暴力を背景に無理やり撮影された、悲しいビデオだビー。こういうものを流通させないようにチェックするのも、ゲイビデオ妖精の仕事だビー」 「な、なんだと!?」 めち男はショックを受けた。そのタイトルは、とても美しい恋愛をモチーフとした内容だったはずだ。あれが、無理やりだっただなんて。 「……わかったよ。そのビデオは、譲り渡そう」 「わかってくれてありがとビー」 めち男から解放されると、妖精はビデオを箱から取り出し、大きな口を開けてバリバリと食べ始めた。 すべてを食べ終え、ひと際大きなゴクンという音を立てると、その体はどんどん縮んでいった。ある程度小さくなると、宙に浮けるようになるようだ。 刹那、焼き芋が壁を貫通して飛来した。妖精は芋毛を素早く掴む。一瞬の出来事で、それらはめち男の視界から消えた。 おそらく、妖精の乗り物なのだろう。 「なんてことだ……」 めち男の感想は、一連のすべての出来事に対する思いを含んでいた。 ふと、棚にぽっかりと開いたビデオ一本分の空白を見ると、まるで自身の青春の一部を抜き取られたかのような空虚さを感じる。めち男は、これまでゲイビデオを手放したことが一度もない。 「……いや」 めち男は、そのスペースに、先ほど見終わった新しいゲイビデオを挿入した。 それはめち男の心の隙間に馴染んで、新しい思い出になるようだった。 「これで、いいんだな」 めち男は満足した。 ○ サツマイモは大地のエネルギーによって育つ。収穫されたサツマイモの一部は人々の糧となり、一部はゲイビデオ妖精の乗り物となった。 ゲイビデオ妖精はその階級によって権利が異なり、火を用いて本当の焼き芋をできる者はごく一部に限られ、大抵は電子レンジなどで吹かし芋をし、それを亜音速で飛ばして乗る。 つまり最速の焼き芋に乗ることが出来るとは、実務を担当する中では最上位のゲイビデオ妖精であることを意味した。 「ただいま、戻りました」 先ほどめち男のもとで任務を遂行した妖精は、ゲイビデオ王宮へ赴き、業務の報告をした。 「でかしたぞ、ゲオビー」 これはゲイビデオ国王。 「ははっ、勿体なきお言葉」 ゲイビデオ国王は、自身の座る玉座の横にある、ピンク色に輝くクリスタルに目を向ける。その内部では、ゲイビデオ王女が眠っている。 「また少し、このゲイビデオ妖精界にパワーが戻ってきたようだ。……このまま王女が解放され、我々が本来の力を取り戻したならば、いよいよ悪の組織との戦いが始まるだろう。そうなった時はゲオビーよ、お前は聖なる戦士『超元気ラー』を補佐する任務についてもらう」 「はっ!? 私が聖なる戦士『超元気ラー』の補佐を? そ、そのような大役を、しかし……!」 「ゲオビーよ、お前にはそれだけの力がある。それに知っての通り『超元気ラー』は人間の中で素質を持つ者が覚醒してなる姿。お前とその者は、既に知らぬ仲ではないことだしな」 「ま、まさかその人物とはっ!」 ○ 「ちょっと、佐藤さん! 一体、どうなってんのよ!」 「奥さん、どうしたんです?」 真夏の夜にシャッターを叩く音で起こされためち男は、眠そうにしながら出てきた。そこにいたのはお得意様の奥さんで、彼女がこんなにも激しく怒っているのは初めて見た。 「おたくで買った種無し葡萄から、こんなにもたくさんの種が出てきたのよ! これ、返金対象よね!? ぶっ殺すわよ!」 「そ、それは申し訳ないです」 言いながらも、めち男は驚いていた。確かに、そういう間違いがあり得ないとは言えない。しかしそれにしても、全部食べた上で、わざわざ出てきた種を全部持って来るだなんて、この奥さんがやるようなことではないような気がする。 「お金よ、お金! お金お金ですね、おかねねねね!」 「奥さん、なんか変だぞ!」 「……お、……ちお、……めち男! 今こそ、めち男の隠されたエネルギーを解放するのだビー!」 「えっ!?」 「四人の『超元気ラー』のうち『大地の力』を使う一人は、八百屋店主でありゲイビデオ収集家であるめち男だったのだビー! 言っておくがこれはめちゃめちゃ美しい伏線回収だビー! さぁ、ハートの熱さをすごく高めた上で、叫ぶのだビー! 『超変身! 大地の元気はイモの力! 最速の音速、あなたはこの呪文を、あなたがインスタントを唱えられるときならいつでも唱えてよい! 頑張ります!』と!」 「覚えきれん」 「『音速で飛ぶゲイビデオ』を使えるようになるビーよ」 |
点滅信号 2021年08月08日 23時59分18秒 公開 ■この作品の著作権は 点滅信号 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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合計 | 13人 | 120点 |
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