繋ぐ為に |
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ユンボと呼ばれる大型重機のショベルカーが地面を抉り、木々を薙ぎ倒して行く様を僕は図面を片手に眺めている。 うだる様な夏の暑さのなか、幼い頃の思い出を破壊する指示を僕は出す。 義兄と妻に出会った場所が僕によりあっけ無く破壊されて行くが悔は無い。 邪魔な木々を撤去し、広がる空の蒼さは僕にあの夏の日を思い出させる。 子供の頃、当時人気だった携帯ゲーム機用ソフトに夢中だった僕は、コンビニどころか街灯や自販機すら無い山間部の農村で人が生活する事など出来無いと思っていた。 現に田舎暮らしが耐えられなくなった母は2年後に父と離婚し、村を出て行ったのだから合わない人間には田舎暮らしの不便さはとことん合わないのだろう。 もっとも小学生だった僕がこの農村に引っ越したと知ったのは8月の末、夏休みが終わる頃だったが。 この村に来たばかりの頃の僕は何をする訳でなく、祖父の家の古すぎるアナログテレビはテレビゲーム機の接続方法がわからず、携帯用ゲーム機で遊んでいたが、クリア済みのゲームを2日も続けると流石に飽きた。 翌朝、祖父に家にいるくらいなら野良仕事を手伝う様に言われたが、家にいないのであれば手伝いをしなくても良い訳だと解釈した僕は土地勘もないのに散歩に出かけたのだが案の定、森で迷子になり、さまようばかり。 昼過ぎには喉が渇き腹は減る。 森の内に自販機が在る訳もなく、村にないコンビニが在るはずもない。 この空も満足に見えない薄暗い緑の迷宮は夏の日差しで蒸し暑く、子供だった僕の体力は限界に近づきつつあった。 「お兄ぃー、誰かおるよー」 「おるわけないだろ、こんなところって、おったわ」 渇きと飢え、蒸し暑く全身に粘りつく湿気に耐え切れず、木に背中を預けてへたりこんでいた僕を、2人に兄妹が|発見《みつけ》、川原まで運んでくれていなければ僕はこの時に死んでいただろう。 朦朧とした意識の僕を川原まで引き摺り運んだ兄妹は、信じられない事に意識のはっきりしない僕を川に放り入れたのだ。 その頃は熱中症と言う言葉が一般的ではない時代だったとは言えど「身体がすんごくあちかったから川で冷ましてみた」などと原因も解らずに滅茶苦茶な方法を実践した彼に当時は怒り呆れ、そして笑い合った物だ。 兄の方は溺れたり流されない場所に僕を放置し川で遊びだし、妹の方は何が楽しいのか解らないが僕の顔に川の水をかけたり、僕の身体をひっくり返したり、彼女の拷問《せめ》を数回受けた後に僕は意識を完全に取り戻し、彼女の拷問《せめ》に抵抗した事を覚えている。 僕と命の恩人たる兄妹の兄は同い歳で、妹の方は2つ下と言う事もあり、同い歳の兄の方とは直ぐに打ち解け仲良くなったが、妹の方とは彼女が独特過ぎて仲良くなったのか当時も今も解らない。 僕が朝から迷子で昼を食べていないと兄妹が知ると、妹の方は川原で枯木の枝を集め、兄の方は川から木製の筒を引き揚げてニカリと音が聴こえる様な笑顔を浮かべて僕に「いいもん食わせてやる」と告げ、枯木の枝を集めた妹の元へと走って行ったのだ。 恥ずかしながら当時の僕は食べられる魚は海にしかいないと思っており、兄妹が何をするのか全く解らなかった。 兄の方に木製の筒について尋ねると「翻筋斗《もんどり》、ちゃんと捕まえてたから心配すんな」と僕の知りたかった事は教えてはくれず、僕は後に翻筋斗はセルビンや筌《うけ》とも呼ばれる物で、ペットボトルを加工する事で簡単に同じ様な物が作れる仕掛けだと知った。 妹の方は何をしていたかと言うと、集めた枯木の枝を組上げ、両手にした小石をぶつけ合って火を起こしていた。 兄の方は小学生の癖に生意気にも十徳ナイフなど所持しており、翻筋斗で捕まえた小魚を捌き、木の枝を刺して火に当てたんだ。 アニメ位でしか見た事がなかった行為に僕は興奮し「川の魚って食べられるんだ」と呟いてしまい、兄妹に「アニメとかでもやってんだろ」などと笑われてしまったが、未体験の感動と興奮を前には何ら気にもならなかった。 澄んだ水面が日の光を反射し輝く川。 パチパチとはぜる音を立てか細い煙が立ち上る焚き火。 焚き火の熱に炙られ身が焼かれる小魚。 雲1つなく広がる青空の下で子供だけでの調理と食事。 当時の僕自身が何をした訳でも無いのだが、忘れる事の無い体験だった。 兄妹の心遣いで飢えを満たし、共に川で遊び山林を巡り、山菜が採れる場所、果実のなる木々、兄妹はそれらを僕に教えながら日の暮れる頃に村へと帰り着くと僕達は3人揃って村の人達に叱られる事になったのだがな。 何せ行方不明の僕を捜索する為に祖父が村中に頼んで回った事でちょっとした事件となったのだから。 その後も僕と兄妹はともに山林で遊ぶ内に僕は2人には両親おらず祖母と暮らしていると知ったのだが、当時の僕は自分が祖父のいる村に遊びに来ただけだと思っており、兄妹との時間を大切にしていた。 毎日山林で遊び、帰りが遅くなっては兄妹の祖母か僕の祖父に叱られ。 僕達以外の子供達によそ者と言われてケンカしたり、仲良くなったり。 妹の方が川で泳ぐ為に裸に成ろうとしたり、それを見て慌てる僕を兄の方がからかって笑ったり。 夏休みも後わずかとなったある日、僕が両親に家に帰らないのかと尋ねた事で、僕は自分がこの村に引っ越して来た事を知ったり。 兄妹にその事を伝えると2人に大層笑われはしたが、兄の太陽の様な明るく元気な笑顔と妹の月の様に優しげな笑顔で僕を受け入れてくれた事を今でも覚えている。 あの夏の日の出会いから僕達には様々な事があった。 25年の間に村は近隣との統廃合により消え、受け継ぐ者のいなかった農地は市に売却され土地開発の為にあらたな道路や住宅が出来た。 僕の祖父や兄妹の祖母は既に亡くなり、祖父の葡萄畑や兄妹の祖母がやっていた農地は今、会社を起こした兄の方が纏めて使用している。 僕と妹の方は高校生の頃に付き合い始めて10年前に結婚し、彼女は今僕の子を身に宿している。 すっかりとおじさんと呼ばれる歳になった僕は市役所勤めの役人として今は村の開発責任者をしている。 「広くなったわね」 「全く、大事な身体でこんなところに来て。何かあったらどうするんだい」 何処からか作業現場に入り込んだ身重の妻が僕の背後に現れ、ぼんやりとした表情で作業を眺めている。 僕としては家で安静にしていて欲しいのだが、独特の感性を持つ自由人の彼女が僕の小言で止まる|訳《はず》もなく、僕は優しく妻を迎え入れて工事作業の監視を続ける。 「失くなって行くね通り道が」 「そうだね」 短い妻の問いに僕も短く返すと、妻は下から覗き込む様に僕の顔を見つめる。 「さみしい?」 「少しね。でも|理解《わかって》るよ、整備しないとあの時の僕みたいな子が出るかも知れないしね」 「行き倒れる子供、笑える」 当時を思い出したのか妻がクスクスと笑い、僕も過去の自分に呆れて笑った。 新たにやって来る人達やこれから産まれる子供達へと僕は繋ぐ、見た目や姿が変わろうとも思い出を生み出すこの場所を。 |
野上 2021年08月07日 12時24分01秒 公開 ■この作品の著作権は 野上 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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