駄弁論部 |
Rev.19 枚数: 100 枚( 39,922 文字) |
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○ 1 ○ この物語は、ごく普通の女子高生である私の、平凡な日常を紡ぐものである。 ……と、いう冒頭の書き出しを見たあなたは、この作品が本当に面白いのかどうか、疑問を感じたことだろう。 まず、創作初心者がやりがちだし。 別に、玄人が『平凡な日常』を題材にしないとは言わない。 でもじゃあ玄人が今やったような書き出しを積極的に採用するかというと……それは多くの場合、否である。 まずこんな書き出し誰でも思い付く。誰にでも思い付くというだけならまだしも、作品を読み始めてもらう為の動機付けとして、こんな書き出しは決して効果的でも魅力的でもありはしない。 『平凡な日常』を謡う作品の中で高い評価を獲得するもののほとんどは、同じ日常モノでもその作品独特のコンセプトというか、特色のようなものを持っているものだ。設定とか舞台に個性があったり、キャラクター造形に新しい物があったり、そう言ったことである。 評価される作品を目指すのであれば、まずはそう言った特色の部分を押し出していくべきなのだ。それを、『普通の女子高生の平凡な日常の話なんだよ』なんて冒頭で初めてしまっては、作品に個性や魅力が備わっていないことを白状するようなものなのである。 よって、そのような冒頭に特段の興味を惹かれるはずもないし、そんなことも分からないような書き手の創作能力が優れているはずもない。 だから多分、この小説を書いているのはずぶの素人なんじゃないかと、読者であるあなたはそんな不安を抱いているのではないだろうか? その不安は正しい。 だって私、小説描くの初めてだし。 その所為で、どれだけアタマを捻っても、結局こんな書き出ししか思い付けなかった訳だし。 だから正直、普通の小説投稿サイトにアップロードしても、読んでもらえる自信はない。それでもせっかく描くんだから誰かに読んでもらいたくて、それでどんな駄作でも十件くらい感想付くって噂のこのミチル企画ってとこに応募することにした訳だ。 でもお題とかあるんだよね確か。夏+地水火風? なにそれ? かすりもしないし。 まあ書きながら上手くこじつけていけばなんとかなるでしょ。多分。 なんでそんないい加減に描かれたものを読まなくちゃいけないんだ! と憤っているそこのあなた。その不満は正しい。 ごめんなさい。 ただまあ、小説という体裁で何かを書くのが人生初だというだけで、ある理由から私は、同じ歳の高校生の中だと文章を書くのに慣れている方だ。それほど酷い文章にはならないように頑張って書くので、どうか最後まで読んでくれると本当に嬉しい。 そもそもなんでこんな小説書こうって思い立ったのか、という話もしておこう。 だいたいにおいて、この小説とは何なのか? それは、めでたくも『普通の女子高生』となることが出来た私の、幸福な日々を記録するものである。 私は自分自身のことを『普通』だと思っている。頑張って『普通』になったと思っている。そこに至るまでには本当に大変な苦労があった。耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、たくさんの時間をかけてようやく『普通の人間』になることが出来た。 それは本当に嬉しいことだ。私は今、幸福の絶頂にいる。 だが絶頂にあるということは、どこかで下り坂が訪れるという意味だ。やがて今ある幸福が薄らいで、馴れてしまう、ありがたみが分からなくなると言う可能性は必ずある。 平凡というのは幸福なことだと、今の私は理解している。晴れ渡る空の下を通学し、授業中に窓を眺めるのは心地良い。帰りにイオンに寄って、友達と駄弁りながらミスタードーナッツを食べるのはたまらなく楽しい。家に帰ったらクーラーなり暖房なりを入れた自分の部屋で、ベッドで横になりお気に入りのゲームソフトに夢中になりたい。 最高の日々だ。 でも、未来の私はそう考えなくなっているかもしれない。平凡に満足できなくなって、またよからぬことをやらかすかもしれない。せっかく手にした平凡を失ってしまうかもしれない。 そうなりそうな時に、何でもない日常への悦びを綴ったこの記録を読むことで、その時の私に少しでも良い影響を与えることを期待して、私はこの小説を執筆するのだ。 つまり、そう、この作品は小説という体裁を取った日記であり、私自身を主人公とした私小説であり、ノンフィクションなのだ。 登場人物を紹介しておこう。 まずは私……この小説の筆者であり主人公である私である。本名は記さない。個人情報だし。でも代わりに仲間からなんて呼ばれているかを書いておく。 『マジメ』だ。 いや、実際は真面目でもないんだが。 過去に『児童自立支援施設』という場所にいた際に、級長とか寮長とかをやっていた為、そう呼ばれるようになったというだけだ。 もちろんそれも本当に真面目だから選ばれた訳じゃなく、ただの消去法だ。周りの奴らがヤバすぎたのだ。私は授業中に自分の手首を食い破って全身血まみれになったりしなかったし、唐突に奇声を発して教官に殴りかかったりしなかった。それだけのことだ。 でも消去法とは言え、一番真面目だったのは私だということでもあるから、やっぱり私は『マジメ』なのかもしれない。 性格は普通。いやもう本当に、フツ~、って感じだ。 実際問題としては、数学よりは英語のが得意とか、団体競技よりは個人競技が好きだとか、ネットよりはゲームが好きだとか、漫画よりは小説のが好きだとか、テレビはあんまり見ないとか、背は百六十センチだとか髪は肩くらいまでだとか、入試の成績が良かった所為で一般の高校に通うようになってからも級長やらされてるとか、知り合いは多いけど友達は少ないとか、そのくらいの個性はあるっちゃある。 でもそんなことは『普通』っていう、とんでもなく懐が広い素敵な言葉に包み込んでしまえる範囲の、ささやか~な個性だ。少なくとも、これから紹介する二人の友人と比べると。 ま~そんな訳で、私は名・実、共に、普通人である。おそらくは、これを読んでるあなたと同じにね。 先述したが、私には友達が二人いる。彼らもまた、この物語の登場人物である。 こういうと、私には友達が二人しかいないのか、と思うかもしれないが、まあそうだ。 いや、クラスの人間とはだいたい仲良くしてるつもりだし、そいつらは私のことを『友達』って呼んでくる。何なら私もそいつらのことを『友達』って呼ぶ。でもそんなのは、なんというか軽薄で、雑で、必要に応じて誰でも良くて、成り行き任せ的な意味での『友達』に過ぎず、そんなものは口先でどれだけ『友達』『友達』と呼称しても、現実的にはただの都合の良い知人に過ぎない。 高校を卒業したら、どころか、クラスが変わったら多分話をすることもなくなる。そういうもんだ。そんな相手って、多分あなたにもたくさんいたか、いると思う。 だからそう言う、『同じ環境にいるからなんとなく友達』っていう相手じゃなくて、ちゃんと『その子だから友達』って感じの相手は、今から記述する二人だけなのである。 その内の一人は、『インキャ』と呼ばれている。 まあインキャである。大人しいし暗いし口数が少ないし気が弱い。物静かな割には決して温厚で優しかったりする訳ではないことも含めて、マジで『インキャ』としか言いようがない。 見た目の方も如何にもなナードだ。お洒落をするとかそういう習慣がなくて、いつもすっぴんで髪の毛は伸ばしっぱなし、寝癖付きっぱなし、スカートの丈は膝丈より長いまんまで、伏し目がちでちょっと猫背で……みたいな奴である。 その割に元々の顔立ちとかは無茶苦茶整っている。目がでかくて黒目がちで、肌が白くて綺麗で、背が低い割におっぱいがやたらでかい。たまにつるんでるオタクの男子グループ達には、姫って感じで丁重に扱われてるのをちょくちょく見かける。彼らの鼻筋はいつだって伸びきっている。 協調性もない。担任の先生に子供が生まれるから、クラスの皆でお金を出し合ってなんかプレゼントしよう、ってなった時、一人だけ一銭も出さなかった。 別に小遣いが少ないとかじゃない。つか親から甘やかされててムッチャお金持っている。その担任の先生が嫌い、とかでもない。ただ『皆でお金出し合ってプレゼント』って言うのが、本人的には『同調圧力を背景に人を強請ろうとする卑劣な行い』であり、『誰かが阻止せねばならない悪行』なのだそうだ。 だからって自分がお金出さないだけならまだしも、そのことをとうのその担任の先生に告げ口して、プレゼントを台無しにしたあたりは、本当に暗い奴だなって感じがする。 「だって。わたしはただ『それに五百円も出せません』って言ってるだけですもん。なのに、しつこく『ならいくらなら出せるの?』とか『感じ悪いんだけど』とか迫られなくちゃいけないのが、本当に理不尽なんですもん」 それで大袈裟にも『カツアゲにあっていて困っています』と、他でもない担任のその先生に訴えたという訳だ。 『他にも嫌がってる子が何人かいます』とも言ったらしい。オタグループの男子の何人かが『ウゼーことに五百円も集金されるの嫌だよなー』みたいに愚痴ってたから、まあ嘘は言ってない。 それで先生も集金してた子に事情を聴取しなくてはならなくなり、プレゼントの計画は頓挫。 もちろんプレゼントを計画していたクラスの中心派の女子には嫌われ、いじめに合いかけたりもしていた。それで結局、そいつの運転する原付に生身で当たり屋行為を働いて、校則違反&轢き逃げのコンボで退学に追いやるという手段で自衛(?)したらしい。 一応轢かれても大ケガしない(と本人は主張する多少モコモコとした)服装をしたらしく、全治十日で済んだらしい。だがそんな真似して病院に行くくらいなら、最初から五百円くらい素直に出すか、向こうが諦めるまで断り続ければ良かっただろうに。 正々堂々とディベートをする度胸はない癖に、我を通すことへの傲慢さだけは強く持っている。そこがインキャのインキャたる所以である。 変な奴だ。割と何するか分かんないところもある。だがそれでも、私やもう一人と同じに、『普通』という言葉の持つおおらかさに包み込んでしまえる範疇の人物ではあるのだろう。 もう一人の友達は『スケバン』と呼ばれてる。 死語とか言うな。 もっとも、別に番を張ってるからそう呼ばれている訳ではない。だいたい今時不良なんてあんまいないし。だから突っ張るのも一人だ。いや本人的には突っ張っているつもりじゃないんだろうけれど、ともかく一匹狼的に行動している。 とにかく手が早い。口が悪い。目付きが悪い。 切れ長の三白眼には、気の弱い者を一撃で昏倒させる眼力がある。実際、最初に相対した時、インキャは睨まれただけでスケバンに泣かされた。まあ弱い者いじめする奴じゃないから後から普通に友達になってたけれど。 髪はほとんど白みたいな金髪だ。でも元々の色素も薄くて、その瞳は赤茶けた色をしていて、肌も日焼けしがちだ。 で、鼻が高い。もう羨ましい程高い。ありていに言って物凄い美人だ。背はインキャより十センチ高い私(百六十センチ)よりさらに十センチ高く、腕も脚も長くてしなやかな筋肉を備えてて、見たまんま運動神経が良い。 体力をいつも持て余しているが、でも喧嘩は週に二回から四回程度に控えているので、暴力での発散もままならない。その為、運動部の助っ人を引き受けたりしているのもたまに見かける。 で、たいていは先輩と喧嘩して寄り付かなくなる。 敬語使えません頭下げられません雑用しません口答えしますちょっとしたことでキレます、っていうんじゃ、しょうがないっちゃしょうがない。 でも一回だけちょっと長く続いたことがあって、それはソフトボール部だった。 私とインキャは何度か彼女の試合を見に行った。スケバンは投手で、なんか百十キロを超える球を放ることが出来るらしくって、それがどうすごいのか分からないけど、まあ言っちゃえば『天才』なんだと。 で、夏の地区予選の決勝戦、最終回。平凡なピッチャーゴロを捕球したスケバンは、二塁に送球すればダブルプレーで試合終了になるところを、何を思ったか私達のいるスタンドまでボールを投げつけて来た。それはランナー二人を生還させる紛れもない敗退行為だった。 信じられない程の肩の強さで高く放り投げられた真っ白いボールが、一瞬太陽で見えなくなってから、インキャの胸元にすっと落ちて来る光景を、私は多分一生忘れない。 「急に全国行くのがダルくなってさ。それで『もう投げたくないからベンチで寝てるわ』っつったら監督がムッチャキレて。無理矢理マウンドに立つように言われたからムカついて。だから、相手チームにわざと点をやったんだよ。ざまぁ~みろ」 その後悠々とベンチに戻って横になり、腕枕でぐうすか眠り始めたスケバンに、監督は泣きそうな顔で何も言えずに崩れ落ちた。投打の要を失ったチームはもちろん試合にも負けた。元々スケバンがいなければ三回戦負けくらいのチームだったのだ。 自分達の代を台無しにされた先輩達が後からお礼参りに現れたらしいが、スケバンはその全員を病院送りにした。 それっきりスケバンはソフトボールをやめた。 なんか、元々チームメイトや監督との折り合いも悪く、いつそういうことをしてもおかしくはない状況ではあったらしい。監督は監督で機嫌の悪い日は水なしで選手に練習させるような時代錯誤さがあったし、弱い者いじめが大得意な先輩方のことも気に入らなかったんだとか。 そうだとしても、とにかくスケバンは迷惑な奴だ。危険な奴でもある。 だがそれでもやはり、『普通』と言う言葉の持つおおらかさに包み込んでしまえないレヴェルじゃない。……と思う。少なくとも、私達はそう信じて彼女を迎えている。 この小説の登場人物は、主に今挙げたこの三人である。他にも出ることはあるかもしれないが、そいつらは単なる脇役であってあんまり重要な人物ではない。 私の人生……というか日常に関わって来る人達の中で、重要と言えるのは今挙げた二人の友人の他には両親くらいだ。兄弟はいない。インキャには溺愛している弟が、スケバンには慕っている兄がいるそうだが、私は一人っ子だ。 ……ああでももう一人重要な人はいるか。友達っていうか『尊敬する先輩』と呼ぶべき人だけど。でもその人の紹介はここではしない。長くなるし。 私と二人の友人は東高校というところに通っている。ちなみに東高校っていうのはもちろん仮名。偏差値は良くも悪くもない。いやちょっとは良い方かもしれないけれど、それでも『普通』の範囲内の数値である。私もインキャもスケバンも、施設にいた頃に死ぬほど勉強したからもっと良いとこ入れたんだけど、色んな事情を加味してそこ。 クラスは皆別。でも週に最低一回、金曜日に近所のイオンモールのフードコートで、『駄弁論部』というのをやっている。活動内容は文字通り駄弁に耽ること。週末に行われる気の置けない仲間との語らいは格別である。この日記に記される内容も、主にその駄弁論部の活動の記録となるだろう。 前置きはこんなもんで良いか。 繰り返すが、これは普通の女子高生である私の、平凡な日常を描いた記録である。 日記であると同時に、小説としての体裁を保つことを目指してはいるが、ヤマとかオチとかテーマとかメッセージとか、そんなもんは期待するだけ無駄である。以上。 ○ 6/11 金曜日 晴れ とかなんとか、日記っぽくするために日付も記載してみたが、とにかく今日は金曜日である。 金曜日である、というか、これ書いてる時点では寝る前なので、金曜日で『あった』というのが正しい。何なら二分前に日付け変わったし。 なのだが、しかしこの記録は日記であると同時に小説と言う体裁を目指している為、金曜日『である』という体で、この小説に記述する出来事があった時間軸に視点を置いて執筆させてもらおうと思う。 金曜は駄弁論部のある日だ。 いや、別に三人の気分に応じて金曜日以外も開催されるんだけれど、その中でも金曜日は正規の開催日であり、よって私達はイオンのフードコートに向かった。 そして私はミスタードーナッツでダブルチョコレートを、インキャははなまるうどんでおでんの大根と卵だけを、スケバンはモスバーガーで買ったハンバーガーを三つとコーラのLサイズとポテトを注文し、席に着いた。 ちなみに三人とも、それぞれ金は結構持ってるので、このくらいの出費は大したことはない。私は一年の時にバイトした貯金があるし、インキャは小遣いの額面が多いし、スケバンはまあ他人に言えないようなことをして稼いでる。 で、くっちゃべりながらそれぞれ飲食していた最中に 「偽善」 と、スケバンが今日のテーマとなるキーワードを口にした。 「偽善?」 と小首を傾げたのはインキャである。 「……が、どうしたんですか?」 「募金」 「……が、どうしたんですか?」 「偽善だよな。募金って」 そう言って、スケバンは私の方を鋭い三白眼で睨み付けた。 ちなみに席順はスケバン対私とインキャだ。スケバンが一番でかいってのもあるが、両腕と両足を偉そうに放り出すようにして大きく座るこいつの隣には、誰も座りたがらない。 「財布の中にさ、何万円と入ってる訳だろ、金。で、その中のほんの十円とか百円とか、募金箱に入れてさ。そいつは実質、なーんにも失ってない訳。なーんも我慢してない訳。賭けてない訳。それなのにさ、まるで自分は善人だ、心が清らかだ、良いことした、そんな気持ちになろうとするのって、結局、偽善だよな」 「わたしの意見はそれとは異なりますが、あなたの気持ちは分かります」 インキャはそう言って、スケバンの台詞にあまり興味を抱いていないような様子で、両手で持ったコップから水を一口飲む。そして特に興味を持っていない様子でこう尋ねた。 「でも、なんでそんなことを言い出すんですか」 「してたんだよ、そいつが」 「募金をですか? そいつって?」 「おまえのことじゃなきゃ誰のことだと思う?」 「マジメさん?」 「そう。マジメが」 そう言って顎をしゃくられて、私は肩を竦めた。 「良いじゃない別に。たかが十円や百円で心清らかになれるんなら、安いものよ」 でもそれの何が悪いのか、と言いたいところである。 ダブルチョコレートは百三十円である。百円玉を二枚出して七十円のお釣り。私はこれを、ミスタードーナッツのレジのすぐ傍に置いてあった募金箱に、無造作に放り込んだのだ。 「何の募金かも知らなかったわ。発展途上国で疫病を治療するワクチンを待っている子供の為かもしれないし、人間が壊してるってことになってる自然の中で絶滅しかけてる畜生共の為かもしれない。ただ、何となくそれが善行と呼ばれうるものだと分かっていたから、募金したのよ」 「おまえ、そんな善人ぶった奴だったか?」 「私は普通人よ」 鼻息を一つ。 「別に普段から募金に興味がある訳じゃない。けれど、何となく気が向くことはある。普段黙殺している募金箱にささやかに罪悪感を覚えたとか、施す側の人間に回ることで優越感を得たくなったとか、そう言う理由でね。でもその程度のことに大したお金は使えない。財布を開けること自体面倒臭い。だから、テキトウにお釣りを放り込む。どう? なんとも普通人って感じしない?」 「……自分で言ってるけどさあ。おまえさあ」 スケバンは良く脱色された髪をがさがさとかきむしりながら、気だるげに。 「結局募金する奴の大半って、それが何のための募金だとか、誰を助けたいだとか、そのお金を具体的にどう使って欲しいとか、そういうのってまっっっったく考えてないんだよな。困ってる相手のことなんかまったく見えてなくて、善人になりたい自分を満足させてるだけなんだよ。それだけじゃん?」 「それを偽善者と呼ぶべきかどうかと言うと、まあ、思うだけなら良いんじゃない? 実際に募金してる人の前で口に出さなければ」 私は言った。 「バカにしたきゃすりゃ良い。バカにされる方も、面と向かって言われなきゃそんなムカ付かないわよ。大半の人間は、バカにされて怒る程信念持って募金してる訳じゃないんだから」 「バカにしたい訳じゃなく、ムカ付くんだよ」 「ムカ付かれる筋合いはないわよ。偽善とは言え、実際に募金したお金は有益に使われるんだから。……たいていの場合はね。良く言うでしょう。『やらない善より、やる偽善』……」 「わたしはその、『やらない善より、やる偽善』っていうの、あんまり好きじゃないですね」 と、インキャが言った。 「あら、どうして?」 「そもそも、偽善っていうのは、その行為がまったく役に立たなかったり、むしろ有害だったりする場合に、使う言葉だと思うんですよね。だったら、別にそんなの、やらない善と一緒じゃないかって思うんですよね」 「募金は役に立つでしょう?」 「そうですね。だから、動機はどうあれ、募金をすることは善行だとわたしは思うんですよ」 そう言うと、スケバンが眉を顰めてインキャに向き直る。 「だから、さっきも言っただろうが。何万円も持ち歩いてる奴がたかが十円や百円で……」 「善行なんて元々そんなものじゃないですか? 自分の懐が痛まない、損はしない、大した労も掛けない。そんな、行為と報酬の釣り合う範囲で行われるのが、すなわち善行なんじゃないですか?」 インキャはそう言って少し意地悪く笑った。 「『人の善意に縋る』っていうのは、そんな吹けば飛ぶようなちっぽけな気紛れに縋るってことです。縋られた方はものすごく偉そうな顔をして、自分を世界一清らかな心の持ち主だと思い込み、縋った人間を大っぴらに憐み、腹の底では蔑むんです」 「なんだよそれ。そんなもんが善意な訳ないだろうが」 「いいえ。それは善意ですし、善行ですよ。だって実際にその十円とか百円とかで喜ぶ人、助かる人がいるんですから。どんな動機であれ、何万円と入ってる財布の中の十円とか百円とかを放り込みさえすれば、それによって食事が出来たり命が救われたりする人や動物がいるんです。だからそれは素晴らしいことなんですよ」 「大分言い方が露悪的だけれど、インキャの言うことにも一理ある」 私は言った。 「スケバンの言ってることは、善意とは自分の身を削り、かつ見返りも求めない物でなければならないというような、傲慢な主張だと思う。こっちは『施してやってる側』で、相手は『施して欲しいと希ってる側』にも関わらず、金額が小さかったり少し気持ち良くなったりしただけで偽善者呼ばわりって言うのは、あまりにも不条理よ」 「別に今のあたし自身は希ってる側じゃないだろ。つかそれ、自分が施される側に回らざるを得なくなった時、同じこと言えるのか?」とスケバン。 「それが謙虚な姿勢というものよ。とは言え、できれば施される側には回りたくないから、そうならないように行動するものなんだけどね」 「まあ誰からも善意や施しを受けずに生きるなんて無理なんですけどね」とインキャ。 「『できれば』と言ったわ。誰だって弱い立場にはなりたくない。だからって弱い立場の人間の為に身を切る人なんてそうはいないし、あてにならないから、強くなるしかない。そういう姿勢は自立だと思う」 「それでも弱い立場になってしまったら?」 「強者に媚びるのも感謝するのも嫌だけど、そういう素振りを見せないと這いあがれないなら、表面上そう言う風に振る舞うと思う。もちろん逆襲の機会は常に伺うわ。恩を仇で返してやるの。わたしを見下して良い気になって施していた報いを受けさせてやるわ」 「姿勢としては間違いじゃないとは思いますが、そう簡単に行くかというと別ですよね」 「だからって何もしないで堕ちるところまで堕ちる訳?」 「堕ちるところまで堕ちて、助けてくれなかった人達を憎みながら、出来る限り多くの人に迷惑をかけながら生きて、出来る限り多くの人を地獄に突き落としてから死んでやります」 「最悪じゃん」 「あたしは大金を募金しろとも、気持ち良くなるなとも言ってない」 話が逸れていたのを指摘するように、スケバンは苛々とした口調で言った。 「ただ、募金する奴は嫌いだし、自分は絶対に募金はしないってことを言っているだけだ」 「まあそれは個人の自由ですし、気持ち自体は分かります」 と、インキャ。 「普段誰かの悪口を聞えよがしに言ったり、勝手にノートを写したり、他人の机で勝手に飲食したりしている癖に、募金箱の前に来るとこれ見せよがしに十円だか百円だか放り込んで善い人気分……。虫唾が走りますねぇ。もう死ねって感じです」 「何かあったののか?」 「ここで一つ、面白い思考実験があります」 インキャはやや興奮した様子で滑らかに話し始めた。日頃は物静かで、騒いでるパリピを蔑んでる癖、仲の良い相手と会話が弾むと周りの迷惑考えず饒舌にはしゃぐ。インキャのインキャたる所以である。 「なんだよ、その面白い思考実験って」 スケバンはそう言ってインキャの話を促してやった。ちなみにこいつ、対外的には粗暴かつ冷酷な割に、仲間内には付き合いも面倒見も良い。ヤンキーってそういうところあるよね。マイノリティぶって突っ張ってるけど、実は群れるのは大好き☆ 的なね~。 「『溺れる子供と道徳的義務』っていうんですけどね。内容はこうです。……十万円のおろしたてのスーツを着て歩いていた男が、川で今にも溺れ死にそうになっている子供を目にした。子供を助けるには男が川に飛び込む以外に方法はないが、スーツが犠牲になってしまう。男は子供を助けるべきか?」 「……助けるべきだ、と誘導されてるような気がするな」 スケバンは腕を組んで言った。 「それを分かって言うけど。まあ、あたしは助けると思うよ?」 「へ? 助けるんだ?」 私は目を丸くした。 「まあ、ヒーローになれて気分が良いからね。見捨てるのも気分が悪いし、末必の故意を問われる可能性も……」 「そんな不純な動機じゃないっつの」 「それって不純なんですか?」とインキャ。 「不純だよ。あたしはただ、子供に助かって欲しいだけだ」 そうあっけらかんとした口調で言ったスケバンに、私とインキャは顔を見合わせる。 こいつにはある種青臭い程潔癖なところがある。募金と言う何でもない行為に浅ましさを見出してしまうほどに。それでいて、心の底からこんなことを言ってのけるような純粋なところもある。 「で? ……あたしは助けるべきだと答えた。だからどうなんだ?」 「だったら、あなたは今すぐ十万円を募金するべきです」 「なんでそうなるんだよ?」 「十万円を募金することで、助かる命があるからです。ちょうどその金額のワクチンがあるんだそうで。目の前で溺れてる子供は十万円を犠牲にして助けるのに、遠くにいる子供は助けないのか、という欺瞞を表現したのがこの思考実験なんですね」 「……それ考えた奴、絶対性格悪いだろ」 「ピーター・シンガーは偉人ですよ?」 「さぞ偉そうな奴なんだろうな」 「なんせ偉人ですからね。偉いって描いてますもんね」 「…………あたしが言いたいのは、たかが十円や百円で善人ぶるのがムカつくってことで、十万円募金した奴がいたら、そりゃ称えるよ」 「矛盾はしないわね」と私。「で、あんたは今すぐ十万円を募金しないの?」 「そんな金ねーよ。バーカ」 そう言ってスケバンは舌を出した。 「でも何なのその話? 正直、何の例えにもなっていないような気がする。目の前で溺れている子供を助けられるのは、目の前にいるスーツの男だけだけど、遠くで募金を待っている病気の子供は別に誰でも助けられるじゃない?」 そう私が水を向けると、インキャは身内でいる時にのみ発揮される饒舌さで答える。 「シンガーはそうは考えていません。医療や食事に使うお金さえ足りていない人達は数多くいます。それを助けるかどうかの選択を迫られているのは、ここにいるわたし達を含む富める国の人々……スケバンさんのいうところの『財布に何万円も入っている奴ら』だというのです。誰だって目の前で死にかけている子供がいれば身を切ってでも助けますが、目に見えない遠くの子供を助けようとはしません。その『目に見える範囲』を如何に広げて、余剰な富を適切に分配するかを問うことが、この思考実験の意義である訳で……」 「偉人さんのいうことは良く分からないわね。まあでも私の場合、目の前に死にかけている子供がいようとも、飛び込んで助けたりしないと思うけどね」 「マジ?」 スケバンは目を丸くした。 「だってそうじゃない。逆に考えて見て? 余らせた十万円を募金せず遊行や贅沢に回したとして、それは当人の勝手であって責める人はいないでしょ? それによって救われなくなる命があるのだとしてもね。じゃあ同じ理屈で、十万円犠牲にしたくないって理由で川に飛び込まなくても、責められる謂れはないはずよ」 「いや責められるだろ普通に考えて」 「どうして? 感情論以外で説明できる?」 「出たよその『感情論以外で』って奴……。……つまりだな。結局人間って生き物は助け合わなくちゃやっていけない訳じゃん? だからせめて、目の前で死にかけてる子供は何があっても助ける、くらいの感覚はそれぞれが持っていないと世の中がどんどん冷たくなるっていうか……」 「だったら今すぐ財布の中身を全部募金箱にぶち込んできなさいよ。それで今飢餓や疫病で死にかけてる子供が幾ばくか助かるはずよ。それが出来ないのなら、あんたの言ってることはただの欺瞞に過ぎないわ」 「おまえの言うことこそただの極論なんだよ。確かに『遠くで飢えている子供に募金をしないのはクズ』という感情をあたしは持てない。だがせめて『目の前で溺れてる子供を助けないのはクズ』という感情なら持てるのなら、それは大事にした方が良いと思うし、それすら失うような奴は本物のクズなんじゃないのか?」 「身を切って子供を助けるのは善いことだわ。とても善いことよ。でも例えそれがどんな素晴らしい善行だからと言って、他人にそうするよう強要することは、本当の意味での『偽善』よね?」 「でもさぁマジメおまえ。自分で言ってたよなぁ? 子供を助けなかったら末必の故意に問われるって。つまりそれは悪なんじゃないのか?」 「私は『川に飛び込まない』と言っただけよ。ちゃんと119に電話して、レスキュー隊を呼ぶわ。通報の義務さえ果たしていれば、末必の故意に問われる心配はゼロに近いわ」 「電話でレスキュー隊から助けるよう指示されたらどうするんだ?」 「正直に服が惜しいという旨を伝えたとして、末必の故意に問う為には子供に対する殺意を証明する必要があったはずだから、有罪になる可能性は低い気がする。通報と言う行為がある以上、子供を助けたい意思自体は証明できるもの」 「……通報の有無に関わらず、例えば溺れ死ぬと分かっててあえて見守っていた場合であっても、このケースを末必の故意とは言わないと思うんですよね。だいたい、その『飛び込んで助けるよう指示される』こと自体ない気がします。素人が溺れてる人を助けるのは危険なんですし」 とインキャ。 「とは言えその思考実験だと、川に飛び込むことのリスクを『十万円のスーツが台無しになること』と定義付けていますから、危険性とかそういうのを問題にするのはおかしいんですけどね。また、その子供を助けられるのがスーツの男ただ一人だという前提もありますから、通報をしたところで、見捨てたと言う事実は揺るがないというのも確かではあります」 「そういうおまえはどっち派なんだよ?」 そう言うと、インキャは僅かにまつ毛をぴくりと動かし、それから考えるというよりはタメを作るかのように、数秒、沈黙する。そして、あっけない口調でこう言った。 「気分によって、助けたり助けなかったりします」 静寂が訪れた。 まじまじとインキャを見詰める私とスケバンを見て、インキャは僅かに頬を綻ばせる。そしてインキャの言ったことが空間に染みわたるのに十分な時間が通り過ぎた後、三人は唐突に、しかし示し合わせたようにまったく同じタイミングで 「キャハハハハハハ」 「ウフフフフフフフ」 「アハハハハハハハ」 腹を抱えてそのように笑い合った。 そりゃそうすぎたからだ。 ○ ……と、いうのが、本日六月十一日の、私達三人の『駄弁論部』の活動の様子だ。 オチはないよ? あらかじめ言ったじゃん。 特に変わったこともない。飲食に耽りながら駄弁り、その途中で降って湧いて来た何かしらのテーマについて、それぞれの立場で語り合う。だいたいいつもそんな感じだ。 討論と言う程本気じゃない。ただのじゃれ合いだ。たまについ熱が入ってムキになることもないではない、というところも含めて、実に茶番的だと言えるだろう。 かように私達は平和な週末を過ごした。ごく平和な、ごく普通の、幸福な週末だったと言える。 ただ一つ、びっくりするようなこともあった。 私達は事故に遭いかけたのだ。 帰りの道中だった。私達は先ほどまでの激論のことなどまったく忘れて、土日の予定を話し合ったり、それぞれのクラスの担任やクラスメイトの愚痴を言い合ったりしながら、帰途についていた。 インキャの家は二階建ての借家で、私とスケバンは同じマンションに住んでいる。インキャの家がある住宅街を、スマホゲームのガチャの確率について語らいながら歩いていた時……一台の自動車が向かいからやって来た。 道路は狭いが殊更一列になって隅に寄ったりはしない。ただ、すれ違い際に向こうが停まってくれるだろうから、その脇をテキトウに通り抜けるというつもりだった。実際、両者の距離は十分だったし、今から減速してくれれば向こうは十分な余裕を持って停車できるはずだった。 だがその自動車は速度を落とすどころかアクセルを踏み込んだかのように加速して来た。私達が慌てて隅によると、自動車は信じがたいことに私達のいる方に向きを変えて突っ込んで来た。 「やべぇぞっ」 スケバンが叫ぶと同時に、近くにあった住宅の門を蹴り開けて、インキャの髪を掴んで中の庭へと放り込んだ。そして私の肩を掴んで、一緒に転がるようにして庭へと逃げ込む。 自動車は住宅を覆うコンクリートの壁にぶつかった。かと思えばすぐにバックして、体勢を整え、逃げるようにして私達の前から走り去った。 「あぶねぇなあっ!」 スケバンが自動車に向けてそう吠えた。 インキャがナンバープレートを覚えていたので、一応、警察に通報しておくことにした。とは言え接触はなかったし、私達にもケガはなかったので、いわゆる轢き逃げというのに問えるかどうかはかなり微妙なところらしい。 単なる運転ミスであれば、特に捕まって欲しいとは思わない。だが、あの自動車の挙動は、まるで私達の命を狙っているかのようで、何とも言えず…… 「不気味だなぁ」 というのが、三人の共通した見解だった。 ○ 2 ○ 特に隠すつもりもないから白状してしまうと、私達三人は、誰もが中学時代に人を殺したことがある。 マジです。 信じられないと思うかもしれないし、どーせ書き物なんだから嘘でも描いて読み手の気を惹こうとか思っているんだろう、とか感じるかもしれないが、実際問題マジなのだからしょうがない。 私が児童自立支援施設に入ったのも、そこでスケバンとインキャと出会ったのも、窮屈で不自由で苦痛に満ちた施設暮らしの中で、『普通』であることのありがたみを噛みしめたのも、つまり中二の自分にしでかしたその殺人行為の所為なのである。 実に愚かだった。本当にバカなことをしたと思う。今は反省している。 まあなんせ、当時私は、中二だったのだ。 思春期と呼ばれる、人間が最も何をしでかすか分からない時分の内、もっとも愚かしくも浅はかなタイミングである。 やらかす奴はやらかすのである。 中二だった頃の私はまあ、平凡な日常の中で薄らぼんやり暮らしている自分が、どれだけ恵まれているかってことが分からなかったのだ。 なんかもう『普通とかくだらない。そもそも普通って何?』とか思ってた。 『それって権力者にとって都合の良い状態ってこと?』とか突っぱねてた。 『そもそもどうして私は毎日、皆と同じ服を着て、皆と同じ学校に行き、皆と同じ授業を受けているのか?』とか疑問を感じてた。 『こんな状態が続いていれば、私という人格は破壊されて、型に溶かし込んだような、世の中に都合に良い量産型のフツウのオトナにされてしまうんじゃないか?』とか怯えていた。 今にして思えばバカだよバカ。別に良いじゃないか世の中に都合の良いフツウのオトナでさ。それのどこが不満だよ。毎日座って授業受けれて、美味い飯食えて、ダラダラ出来て、ぬくい風呂入って分厚い布団で眠れるんだぞ? 運動場で朝から晩まで『右向け右!』をやらされたり、ちょっと間違えたら外周走らされて疲労で気を失う奴もちょいちょいいたり、同部屋の先輩にただでさえ貧しい食事をシャリアゲされたり、週に二回の風呂は秒単位で時間を測られながらだったり、こんな長い文章も平気で描けるようになるくらい反省文ばかりやらされたり、そういう目に合わずに済むんだぞ? ……まあそういうことに怯えて従順に普通に振る舞うこと自体、当時の自分に言わせれば『社会からの調教に怯えて洗脳を受け入れる意志薄弱の屑』ってことになるんだろうけど、良いじゃねぇかよ、屑でよ。 何千年と言う歴史の末に紡がれた人間社会って奴に反抗する程の力は当時の私になかったし、今の私にもない。世の中に比べれば、力ない子供である私達なんて単なる屑なのだ。それをまず受け入れなければならない。体制に従うにしろ反抗するにしろ、その現実と向き合うことは避けられないのだ。 勝てない相手に立ち向かってボコボコにされることは、誇り高いとは言わない。そんなことをしても屑であることから逃れられる訳もないし、そんなことをするような奴は屑である上にバカなのだ。 そもそも反抗するにしても、『中二の夏休みに(ここお題回収)、同級生を何人も山の中に誘い込んで、あらかじめ掘って置いた穴の側で殺して、土に埋める(ここお題回収)』っていうやり方は、どう考えても非合理的である。 意味がない。 私はそれを、表では真面目な優等生を装いながら、裏で猟奇殺人を繰り返すという、美学溢れる背徳的な行いだと勘違いしていた。自分をがんじがらめにして苦しめる『世の中の普通』という奴に報復出来ていると信じていた。だが実際にはそんなものは、『私こんな悪いことできるよすごいでしょ見て見て!』って感じで、社会や大人に甘ったれて見せる行為に過ぎなかった。 四人目くらいであっけなく捕まったし。 本当に世の中とか普通とか、そういうものに立ち向かいたいのなら、まずはちゃんと学校に行って勉強して世の中のこと良く知ってから、仕事とか頑張って地位とか権力とか富とか手に入れて、それを使って人を動かして、より具体的な方法で世の中にアプローチして行くべきなのだ。 そんな情熱あるか? ないじゃんぶっちゃけ? あんたはただ根拠もなく社会とか自分自身とかに夢を見て、それが叶えられないことにムカついて、それを目に映る色んなものを憎むことに転化して、八つ当たりがしたかっただけなんだよ。……と当時の自分に言ってやりたい。 世の中とか普通とかそういうのから距離を置きたいって気持ちに罪はない。でも人間社会から背を向けるっていうのはつまり、獣としての生き方を選ぶって言うことだ。無人島でバナナ食って生きるか? 嫌だろ? 世の中にムカつくことはあると思うけど、でも美味い飯とか素敵な娯楽とか、そういう良いところは良いところとして享受したいだろ? しようじゃん? 『普通』でいようよ? なろうよ? 幸いにして、犯行当時十三歳だったから、施設でちゃんと行儀良くしていたら、高校からはシャバに出て普通の女子高生をやれることになっていた。それは本当に幸運なことなのだ。それに気付いて、その為の行動を出来れば、ある程度の衣食住と自由を保障された幸福で普通の生活が手に入る。これを逃す手はないだろう? ……と、いうようなことを私達に繰り返し説いてくれた、時川先輩って言う人が過去にいて、その人のお陰もあって私は考えを改めることが出来た。 インキャもスケバンもそうだった。時川先輩がいなかったら、あのヤバ過ぎた二人は今頃精神病院とかそういうところにいたか、下手すりゃ自殺とかしてこの世にいなかったと思う。 インキャは自分をいじめて来た同級生の家に立て続けに火を点けて回り(ここお題回収)、三人を焼死させ五人に一生消えない程の障害を与えた。 スケバンは喧嘩で一人を、強盗目的に一人を、特に理由もなく一人を、風のような軽やかな体術で殺害し(ここお題回収)、他に十数名の老若男女様々な人にケガをさせた。 この二人は私のいた施設の中でも特別ブラックリスト入りさせられていた。今でも十分ヤバい奴らだが当時は本当にとんでもなかった。反省のハの字もなかったもんなマジで。どんなもん食ったらあんな歪んだ性根に成れるんだってドン退きしていた。 インキャはずっと、『そんなことをせざるを得なくなるまでわたしを追い込んだ社会が悪い』ってスタンスを崩さないまま、被害者の顔で自殺未遂を繰り返した。 スケバンはそもそも『自分が施設に入れられているのは反省と自立を促す為だ』という体裁事態を理解せず、外にいた頃とな~んにも態度を変えずに暴力行為を繰り返した。 でもまあ色々あってそれぞれが落ち着いてからは、同じ歳で、同じ殺人経験者で、同じ時川先輩に諭された者同士、私達には絆は芽生えた。つるんでいるのが楽しくて、施設を出た後で一緒に自由に遊べるようになる日が待ち遠しかった。私達は同じ罪と志と魂を持つ分身同士だった。 でもまさか同じ高校に通えることになるとは思えなかった。私とスケバンの家族は偶然にも同じマンションで暮らすことになり、インキャの引っ越し先の借家もそこから数百メートルの距離にあった。 偏差値には差があるようで意外と近かったし、そもそも私達を引き受けてくれる高校も限られていて、私達は同じ高校の同級生になった。ただ流石に問題児同士、同じクラスにはさせてもらえないようで、一年二年と三人バラバラにされてしまっていたのだけれど。 保護司の先生とかは、元殺人犯同士が施設を出た後もつるんでいることに悪影響がどうとか言っているが、そんなことで毎週末の『詭弁論部』はやめられない。 どんな浅ましい本心でも遠慮なく語らえる仲間とのくっちゃべりは、本当に楽しすぎるのだ。 ○ 6/18 金曜日 曇り後雨 鳶色の空は重苦しかった。分厚い雲はたっぷり孕んだ水分を今にも地上に滴らせんばかりだ。七月も近いというのに空気はどこか肌寒く、息を吸い込むと鼻腔内をひんやりとした感触が通り抜ける。 とかなんとか、ちょっと本格的な情景描写にも挑戦してみたが、ようは曇ってたのだ。もっと言えば途中で小雨も降り出した。イオンのフードコートの窓には風に乗ってやって来た水滴が張り付いていて(ここお題回収)、雨具持ってねぇ~とか思いながら空をぼんやり見上げていた。 ちなみに駄弁論部はどんな大雨だろうと断固とした覚悟で決行される。三人の気分や天候状況によって、学校の教室で行われたり、誰かの家で行われたりもするが、まあだいたいイオンだ。三人ともフードコートが割に好きなのだ。 そんな訳で、今日もそれぞれ思い思いの飲食物を調達した後に、窓際の定位置に腰を付けたところで、インキャがおもむろに口火を切った。 「海亀のスープをやりましょう」 私とスケバンは何も返事をしなかった。それは肯定を意味していた。それは私達が施設にいた頃の定番の遊びで、それは今でも変わらなかった。誰かが突発的に開催を宣言しても、断られるということはほとんどない。 知っている者もいるだろうが簡潔に説明しておくと、ルールは以下のようになる。 まず出題者が、何かしらのストーリーを回答者に提示する。提示するストーリーは何かしらの謎を孕んでいなければならない。ちなみに代表的なのは、ゲームの名前にもなっている『海亀のスープ』と言う問題で、その内容は 『レストランで海亀のスープを食べた男は、これは本当に海亀のスープなのかをシェフに問いただした。レストランを出た後、男は自殺した。それは何故か?』 というものだ。ちなみにこれ、マジで完成度高いよ? で、回答者はそれに対して、『YES/NO』で答えられる質問をする。『男は過去に海亀のスープを食べたことがありますか?』とかそう言う感じである。出題者がこれに答えることで、回答者は謎の答えに辿り着いて行くのである。 このゲームの良いところは何の道具も場所も必要とせず、ただ二人以上の人間がいればどこでもいつでも成立するということである。問題となるストーリーを考えるのが大変だというのなら、『昨日の私のおやつはなんでしょう?』とかでもそれなりに盛り上がる。 「出題者はインキャで良いのね?」と私。 「はい。ちょっと考えたのがあるので、披露させてもらえないかと」とインキャ。 「質問の回数は何回? 出題者の嘘の回数は?」とスケバン。 「質問は無制限で良いですよ。出題者が質問に嘘を答えるのもなしで」 「自信あるじゃねぇか。ならさっさと始めろや。瞬殺してやるから」 「分かりました。では……」 そう言って、インキャは少し空気を吸い込んで、やや張り切った様子で出題した。 「『二つの並びあう個室に、それぞれ一人ずつ人間が入っています。彼らはそれぞれ、隣の部屋の人間が出て行くのを待ち続けています。相手が先に出て行かない限り、自分から先に出ることが出来なくなっているのです。さて、それはどうしてでしょう?』」 私とスケバンはそれぞれ同時に腕を組んで、思考を始めた。 質問の回数が無限と言うことだし、問題文の補完から入ってみよう。 私は質問をした。 「相手が先に出ない限り、自分から先に出ることが出来ないとあるけれど、それは物理的な意味で?」 「NO。出ようと思えば出られますが、心理的な抵抗があったり、社会的なリスクがあると、彼らは考えています」 「その状況は、誰かが意図的に作り出した?」 「NOです」 「彼らはお互いの状況を知っている?」 「NOと言えるでしょう」 「彼らは互いに面識がある?」 「YESでも成立しますが、NOの方がより自然でしょうね」 「個室の扉は閉じている?」 「閉じています」 「外側から鍵はかかる?」 「外側からはかかりません」 「内側からはかかる?」 「YESです」 「中にいる人によって、鍵は掛けられている?」 「YESでしょうね」 「二つの部屋の条件や状況は、まったく同一?」 「YESとしておきます」 「その状況は一時間以上続いている?」 「NOでしょう。そこまで長く続くとは思えません」 「十分以上?」 「その前後くらいですかね」 「二人は自分の意思で個室に入った?」 「YES」 「出られなくなることを二人は想定していた?」 「NOでしょう」 「つまり閉じ込められたのは不本意なことなのね?」 「YES」 「あなたの主観で、二人の陥った状況は特殊だと言える?」 「滅多にないと言う意味では、YESでしょうね。少なくともわたしは遭遇したことがありません。ただ、これからも絶対にないとは言い切れません」 私とインキャが質問と回答を繰り返していると、両腕をアタマの後ろで組んで見守っていたスケバンが口を挟んだ。 「いつも思うんだけどさ。マジメって質問の仕方が下手だよな。誰にでも思い付くようなことばっかり言って、問題の外堀を埋めてはいるんだけれど、核心には絶対に至らないっていうか」 「なぁに? じゃああんたはどんな素晴らしい質問ができるっていうの?」 私は眉を顰めてこう言った、スケバンは小さく肩を竦めてから、したり顔で。 「この問題の核心は何だと思う? それは、その並びあう二つの部屋、っていうのがいったいどこなのか、どんな場所なのかってことだろう?」 「……まあそうなんだろうけど、それを知る為に私は質問をして言っている訳で……」 「だからその質問の仕方が下手だっつってる訳だ。まずはその『並びあう二つの部屋』の範囲を絞ることから始めりゃ良い話じゃん。日常的な場所なのかそうでないのか。広いのか狭いのか。そういうことを訊いて行けよ」 「そ……」 それも一つのやり方だけれど、私にだって考えが……と言おうとするのを無視して、スケバンは質問を開始した。 「問題にある二つの部屋と同じ条件を満たしうる場所が、あたしらを中心とした半径一キロメートル以内に存在する?」 そう言うと、インキャは一瞬目を丸くして、次に小さく微笑んでから。 「YES。良い質問ですね」 「ほらな?」 そう言ってスケバンは得意げな顔を私にぶつけた。ムカつく。 「じゃあ半径百メートル以内なら?」 「それもYESです。ただ、あくまでも『条件を満たしうる可能性のある場所』と言う意味です。問題文のような状況が実際に発生する確率は高くないと思います」 このように質問に答える際に、上手く補足を加えるのがインキャのやり方である。後から文句を言われないように誤解を生じる可能性は排除する、という慎重な姿勢が見て取れる。まあフェアーであろうと努力することは、キーパリングの基礎中の基礎ではあるんだけどね。 スケバンにやらせたりしたら最悪だよこの辺? 途中で面倒臭くなってテキトウに答えた所為で、回答者を混乱させたりとか平気でするし。 「……しかし百メートル以内か」 私は呟くように言った。 「ズバリ、このイオンモール内にあるっていう意味よね?」 「YES。『条件を満たしうる場所が』、という言い方になりますが、ありますよ」 インキャは慎重な言い方でそう答えた。 「……『満たしうる』っていうのがポイントなのかしら? 次の質問どうする? スケバン?」 そう言ってスケバンの方を見ると、スケバンはニヤニヤとした笑みを口元に浮かべて。 「マジメ、おまえ、アホか」 と心底憎たらしい顔で言った。 「は? アホじゃねぇし。つか何?」 「いや……もう質問とかしないでも答えたどり着けるだろ、ここまで来たら」 「いやなんでよ? まだこのイオンの中でも起こるかもしれないことだ、っていうのしか分かってないじゃん 「だから、それがもう答えみたいなもんなんだって」 「意味分かんない」 「『並びあう二つの部屋』だぞ? しかも内側から鍵のかかる場所だ。こんなショッピングモールにそんな場所、一つしかないに決まってるだろ?」 「いや……そんなのいくらでもあるでしょ? こんな広い建物なんだから」 「だからおまえはアホだというんだ。『二つの部屋の条件や状況は全く同じ?』という質問を、おまえはインキャにしてただろう。それを忘れたのか? 答えはYESだったはずだぞ? そんなの一か所しかないだろうがよ」 「…………条件や状況が同じってことは、広さや形、中の設備なんかも同じってことよね。そんな部屋が二つ並びあっている場所なんて……」 そう言って私は頭を捻って少し考えて、そして閃いた。 「……トイレか。トイレなのね? インキャ」 「YESです。まとめられます?」 「いや無理でしょ。トイレの個室に一人ずつ人が入っていて、隣の奴が出て行くのを待ってるってのは分かったけど。どうしてそんな状況になるのかが…………」 「紙がないんだろ?」 スケバンが言った。 私がはっとしてスケバンを見ると、スケバンは凄まじくウザい顔で首を振るった。 「従業員が紙の補充をサボってて、どっちの個室にも紙がないんだ。んで、隣の個室から紙を調達したいんだけれど、そこにも人が入っているから、自分の個室から出るに出られないんだ。第三の個室から紙を調達しようにも、ケツ丸出しで外に出たところで隣の個室の奴が出てきたら赤っ恥だから、それもできないという訳。違うか?」 「YES。お見事。正解ですね」 そう言ってインキャが手を叩いた。 「…………なるほどね。作問お疲れ様。まあまあの問題だったと思うわよ。……つかさぁ」 そう言って私はスケバンの方を見る。 「なんであんた、キーパリング能力はゼロに近い癖、質問者になるとそんな鋭い訳?」 スケバンは答える。 「あたしは実戦的に物事を考えるし、行動するけど、おまえの脳味噌は的外れなところで『空転』してる。だから訳分かんねぇこと思い付くし、訳分かんねぇ行動に出るんだ。でなきゃシリアルキラーになんかならんだろ?」 「は? 素手で人を殴り殺すような奴に言われたくないんだけど。何の証拠隠滅もしないで死体をそのまま放置してただ逃げるのが、実践的に物事考えた結果だっていうのならお笑いね。バカよ、バカ」 「じゃあおまえはバカな犯人じゃねぇってのか?」 「ちゃんと死体山に埋めてました~。カッとなって殺してるだけの人と違って、一応計画犯です~」 「だが中学生の掘った穴なんぞ大雨一つで掘り返された訳だろ? そんな程度のことに気付かなかった所為で、おまえは捕まったんだろうが。まだガソリンまいて火ぃ点けて逃げる、っていうシンプルな手口だったインキャのが賢いよ」 「……わたしが一番、犯行から捕まるまで、時間がかかったんですよねそう言えば」 インキャが僅かに眉を伏せてテーブルを見詰めながら言った。 「はっきりした証拠はなかったんですけど……動機面から疑われちゃって。取り調べを受けて、誘導尋問に引っかかっちゃって、家宅捜索でガソリン入れてた容器が見付かって、それで、お縄……」 「無差別放火事件だったなら、捕まらなかったんじゃないの? ひょっとして」 「もしかしたら……そうかもしれません。でも、そんなことしたいとは思いませんよ」 雨音は強まっている。風も出て来た。大量の水滴の打ち付ける窓の景色は随分とぼやけており、空を覆う雲は厚みを増して街全体に薄暗さを齎している。テラスには降り積もった水が薄い層を作り、雨粒が落ちる度に幾重にも波紋が重なった。 傘を買わなくちゃいけないかもしれない……などという牧歌的な思いに耽りながら、ふと訪れた沈黙をどうするでも無しに口を閉ざしていると 「……『普通』」 と、インキャが漏らすようにして、それを破った。 「『普通』って、いったい何のことなんでしょうね」 それは本日のテーマとなるキーワードだった。 いや、本日のテーマというか、ひょっとしたらこの小説全体のテーマかもしれない。 私達はそれを目指して、今そうなったことを悦び、謳歌しているのだし。 「……普通?」 スケバンが訝しむようにして言う。 「なんで急にそんなこと言い出すんだ?」 「いやその……わたし達って、昔は随分と普通じゃなかったじゃないですか?」 「そうだろうな。なんせ施設にいたんだから。人殺したし」 「で、じゃあ、今のわたし達は普通なんですよね?」 「そう言えるだろうな」 「でも別に、スケバンさんはそんな昔と変わりましたかね? 相変わらず喧嘩はするし、目上に逆らうし、反社会的で目付きも口も悪いじゃないですか? スケバンさんはじゃあ今普通なんですか?」 「あのなぁ……」 実はスケバンはインキャには優しいのだが、しかしこれにはやや気分を害した様子で。 「そういうおまえはどうなんだ? 相変わらずクラスでいじめられるし、いじめられたら復讐することばっかり考えてるだろ? こないだなんて、自分がカツアゲされてるところをネットにアップして、相手を炎上させてたじゃねぇか」 そうなのである。 インキャはyoutubeにチャンネルを持っている。内容はと言えば、妙に露出の多いアニメのコスプレをして、歌ったり踊ったりゲームをしたり雑談をしたりと言ったよくあるものだ。 トーク力はぶっちゃけかなりポンコツだし、歌も踊りもゲームも下手糞で、まーあはっきり言ってやって、私らからすると特に見所のないチャンネルだ。お友達のよしみでチャンネル登録してやってはいるものの、正直に言って、『動画をアップしたから見て『いいね』して』という旨の連絡が来る度憂鬱になる。 が、このチャンネルが実は一万人を超える登録者数を誇っているというのだから、まったく世の中というのは良く分からない。 いやまあ本当は分かるんだけどね。ようはインキャの顔が良いんでしょ? あと巨乳だし。声も可愛いし。それで現役JKってんだから、それだけで他がどんだけポンコツでも見る人はいるんだよ。 でもキモオタとおっさんに好かれて嬉しいか? 嬉しいんだろうなあ。普段は人前に立つの大嫌いな癖、承認欲求は人並み以上にあるもんだから、自身のホームグラウンドであるネットの世界では活き活きと自分を押し出していく。で、たまたま容姿が良かった所為で、輝いてしまう。 で、インキャはそのチャンネルをいじめの復讐に使うことを思い付き、実行した。 「日ごろカツアゲにあってる場所にカメラ仕掛けて置いて、その様子を自分のチャンネルで公開したんでしょう? それでインキャの過激なファンがいじめっ子達を炎上させて、リアルにまで嫌がらせ仕掛ける奴も出て来たっていう」 いじめっ子達のツイッターや何やらは瞬く間に炎上。もちろんインキャ自身肖像権の侵害という禁忌を犯していることには違いないし、そもそもやり方が陰湿過ぎるということで、インキャ自身結構燃えたらしい。 「そんな真似したら自分が一番火傷するって、分かんないもんかね」 スケバンは言う。インキャは指先同士をこすり合わせながら、「えへへぇ」とどこか暗い悦びを湛えた表情を浮かべた。 「でもどーせ今の状況が続いたところで、わたしが幸せな訳じゃないですよ。カツアゲに遭い続ける訳なんですからね。だったら相手を巻き込んで一緒に燃えて、一緒に地獄に堕ちた方が何倍もマシってものじゃないんですかぁ?」 「その神経が『普通』じゃねぇんだよなぁ、これが」 「でもでも……っ。スケバンさんだって暴力行為で停学になったじゃないですか? わたしをいじめてた人達を待ち伏せして、ボコボコにして、それで……」 そうなのだ。 スケバンはこう見えて友情には割と厚い奴であり、いじめられっ子体質のインキャのことも守ろうとする。カツアゲ犯達はスケバンとインキャが友人であることを知らなかった所為でインキャに手を出したが、本来それは自殺行為である。 「あたしの連れにちょっかい出すってことは、あたしの面子を潰すってことだ。それなりの報いを受けてもらったまでだよ」 スケバンはそう言って、やや格好つけた調子で肩を竦めて片手を振る。 「お気持ちは嬉しいんですけどねぇ……。ただやっぱり、あたしの為に家裁送致とかなったら悔やみきれないんで、そういうことは止めて欲しいんですけどね」 「バレなきゃ良いんだよ。チクったりできないようにきちんと地獄見せてるから、大丈夫だよ」 「それで本当に報いを受けずに済むと思ってるのなら、それはスケバンさんの神経が普通じゃないってことじゃないですか? 実際それで停学になった訳ですし……」 などと言い合う二人に、私は自分の見解を端的に述べた。 「二人とも、別に、『普通』じゃない?」 二人は眉をピクリと動かし、目を丸くして私の方を見た。 「そうですか?」 「そうか?」 「普通の人が誰かを度々病院送りにしたりしますか?」 「普通の奴がいじめの報復でツイッター炎上させるか?」 「病院送りにするし、炎上もさせるわよ。どっちもフツーの人間がフツーに思い付くことだし、やることよ。シャバにいて平凡な暮らしが出来ている内は、全然普通の範疇だと思う」 「じゃあおまえの考える『普通』ってなんだ?」とスケバン。 「分厚い布団で起きられて、好きなだけお風呂に入れて、食器を使って一日三回食事が出来て、家族と住めて、授業中よそ見をしても注意で済んで、帰りに友達とイオンのフードコートでミスタードーナッツが食べられること」 「それが犯されない範囲でなら、どんなトラブルを起こすような奴でも、『普通』だと?」 「そういうこと」 「でも正直、スケバンさんって、別に施設にいた頃からそんな反省して変わったとかないですよね」 とインキャ。 「殺したり大けがさせたら面倒なことになる、っていうのを学習しただけで、喧嘩や暴力はやめないじゃないですか? 学校で一番恐れられている不良ですし、先生だって匙を投げてます。施設で勉強してた分の貯金があるから成績とかは良いですけど……」 「それ言い出したらインキャ、おまえの性根も変わってなくね? おまえ、いじめっ子のツイッター炎上させて、個人情報拡散させたことどう思ってるんだよ?」 「そうせざるを得ない程わたしを追い詰めるその人達が全部悪いです」 インキャはあっけらかんとそう言った。 「だよな? それがおまえの性根だもんな? あくまでも自分は被害者だもんな? その考え方に対する反省文、二年間で合計一千枚くらいは描かされて、尚それだもんな?」 「別に『普通』かどうかだなんて、性格とか考え方が決めるんじゃないでしょ? その人が今社会的にどんな状況にあるかで、決まる物なんじゃない?」 私は持論を展開した。 「例え裏で何人殺していようとも、バレることなく普通の社会生活を送っていける内は、その人は『普通』と言えるんじゃないかしら?」 「おまえも変わってねぇな、マジメ」スケバンは呆れたように言った。 「施設にいた頃と、まったく同じ言い分です……」インキャが嘆くかのように言った。 何か間違ってる? 一体何をしでかそうとも、それを証明できないのなら、それは普通の人としか言えないはず。やってることがバレて、証明されて、逮捕されて初めてその人は『普通』を失うのだ。そうじゃない? 違う? 「だからってまたシリアルキラーに戻ろうとは、私も思わないわよ。そんなことをして、『普通』を失う恐怖に日々怯えながら生きなければならないだなんて、まっぴらごめんなんだからね。それを弁えるようになったのが、すなわち私が施設で得た教訓よ。どう? とっても『普通』な考え方だと思わない?」 「被害者については今どう考えてる?」とスケバン。 「不運だったわね。可哀そうに思うわ」 「殺したのはおまえだぞ?」 「そうね。でもそんなのはもう済んだ話よ」 私があっけらかんとそう言ってのけると、スケバンとインキャはそれぞれ困ったように薄ら笑って 「こいつを指導した教官が一番泣いてるだろうよ」 「本当ですねぇ」 などと言い合って顔を見合わせた。 ○ と、言うのが本日行われた『駄弁論部』の内容である。 相も変わらず、オチはない。 が、このヤマもオチもないくだらないやり取りが私達三人の悲願であり、叶えた夢であり、待ち望んでいた今日なのだ。 JKライフ最高。 ただまあ、どれだけ溌剌とした幸福な気持ちで日々を送っていようが、傍から見ている分にはまるで想像できなかろうが、私達は紛れもなく『人殺し』である訳だ。 罪悪感とかがゼロって訳じゃない。 殺した四人は皆友達だったし、その子達との良い思い出を想起する度、『別にアイツじゃなくて良かったよなあ』くらいのことは思わないでもない。 別に『人殺し』がイコール『普通じゃない』とは全く思わない。別に過去に人を殺したことがあろうとも、そこから頑張って禊を果たして平凡な日々を送れるようになったのであれば、それはもう立派な普通人として祝福されるべきである、と私は心の底から信じているのだが。 そうは思わない奴もいる訳だ。 代表的なのはもちろん被害者遺族って奴だよね。 施設の先輩とかの中には結構嫌がらせとか受けている人もいるらしい。引っ越しをして姿を眩ませても執拗に追いかけて来て、酷い場合だと『復讐』を動機とした殺人未遂事件に発展したりだとか。 だから……ひょっとしたらこれはその類のことなのかもしれない。 今日の帰り道、私は何者かに殺されかけた。 購入した傘を三つ並べて、他人の迷惑を考えずわざわざ横一列で帰宅するという、倫理観のなっていない若者の姿を体現した私達の前に、透明なレインコートを着用した女が現れた。 『現れた』と描いたが、実際にその女がどんな風に『現れたのか』のか、表現するのは難しい。 気が付いた時にはその女は私達の視界内に立ち尽くしていた。ずっとその場で待ち伏せをしていたという風でもなければ、どこかから歩くなり走るなりして現れたと言う風でもない。何もないところからふわりと現れた、と表現するのが私達の実感に近い。 そんなことは、現実にはあり得ないのだが。 だからそれは気の所為で、実際には待ち伏せしていたかどこかから歩いてやって来たんだけれど。とにかく私達はその女の方からどいてもらう魂胆で、くっちゃべりを続けながら横一列で道なりに歩いた。 女は一歩も動かなかった。必然的に私達と女との距離は縮まることになる。微動だにしない女に対する不信感はなかった。それだけお喋りに夢中だった。 で、気付いた時には、女はもう目と鼻の先の距離にいて……。 その女は持っていたナイフを突き出しながら、私の胸元に飛び込んで来た。 いやもう、マジでびっくりした。 女がナイフを持っていただなんてこと、私達は全く気付かなかった。ギリギリになって懐から出したのかもしれないし、三人ともがその女のことを良く見ていなかったのかもしれない。 それでも流石に喧嘩慣れしているスケバンは違った。胸に迫るナイフを、肌に触れるギリギリのところで叩き落してくれた。 ナイフを叩き落された女は私とぶつかってもつれ合うようにして転ぶと、すぐに立ちあがってその場から走り去って行った。 あまりのことに面食らって呆然とした私達はそれをただ見送ることしか出来ず……数秒が経過した後で、インキャもスケバンもその場でふらふらと尻餅をついていた。 腰が抜けた、と言う奴だ。 インキャがその女の服装を覚えていたのですぐに警察に通報して置いたのだが、ナイフに指紋は残されておらず、証拠と言えば足跡くらいで、その通り魔を捕まえられるかは微妙なところらしい。 私もスケバンもインキャも『通り魔』という存在にある程度の理解がある。ちょっとムシャクシャしたら誰ともなしに刺し殺したくなることはあるよね~、くらいのことは思える。 だから、それが本当にただの無差別通り魔であれば、もう一度自分が襲われる確率は高くないし、後のことはもうどうでも良いかな……、と、割り切ることは出来るかもしれない。 が……しかし、何分私は『人殺し』で、恨みを買っている。 奴が私個人を付け狙っていて、私のことを殺しにかかっているのかもしれないと考えると、身も凍るような心地がしてしまうのだ。 ○ 3 ○ 今日は私達の尊敬すべき先輩、時川先輩について話しておきたい。 『時川先輩』と呼称してはいるが、当然ながらこれは仮名である。 いやまあ時川先輩だって人殺しなんだから、まあ本名なんか書けんがな……って話である。 まずはその、『時川先輩』の外見について。 すごく綺麗な人だった。手足が信じられないくらいに細い。美術館に置いてる彫刻みたいに、肩も腰も華奢なのにすごく女性的で滑らかな曲線を描いていて、つんと尖がった鼻梁と綺麗な肌と、いつだって相手の目を真っ直ぐに見詰める宝石みたいな二つの眼を持っていた。 次に性格。 まーあ優しい。本当に神様みたいに優しい。他人から何をされても何を言われても、たおやかで上品な笑みをずーっと崩さない。そして自分にどんなちょっかいを掛けて来た相手でも、困っているのを見かけるとまず手を差し伸べる。その慈愛は留まるところを知らない。 アタマが良くて物知りで手先が器用なので、だいたいの問題はこの人が助けてくれれば解決する。で、誰のことも差別せず優しいので、後輩からは本当に慕われる、懐かれる、尊敬されるって感じで、ひねくれの極みにあった私・インキャ・スケバンの三人も時川先輩の人柄には平伏せざるを得なかった。 『信じても良い人』っていうのはいるんだな、と人生で初めて思った。 いやこれはもう本当にカルチャーショック。親でも兄弟でも親友でも信じたことなんて一度もなかった私達にとって、時川先輩は初めて出来た、自分の全部を曝け出し預けられる存在だった。どんな状況に陥っても、時川先輩だけは私達から何も奪わないし私達を見捨てないし私達を軽んじて嘲笑ったりしないと、心の底からそう思うことが出来た。 そんなんだったから……まーあ教官が百時間偉そうな説教を垂れたところで、時川先輩の一言の方がずーっと大切で、効果的だったりしたのだ。 時川先輩は私達に言った。 私達には他と比べて劣ったところなど一つもないのだと。 人を殺してしまったくらいの事こちとで、私達の人格や尊厳が貶められることはないのだと。 幸福に生きる権利も、以前と何も変わらず持っているのだと。 それらを保証した上で、先輩は私達に人を殺してはならないことを説いた。そしてその説き方も他とは一線を画していた。 施設の教官達は、私達が『どうして人を殺してしまったのか』ということを常に私達に考えさせた。そしてそうならないように私達がどう変わり、どのようにして『殺人をしない自分』になっていくのかを、言葉や文章で表現させた。そしてその言葉や文章に少しでも気に入らない点があると容赦なく私達を叱責し、厳しい罰を与えた。 時川先輩は違った。 人を殺すのがどういけないのかだとか、それなのになんで殺してしまったのかだとか、じゃあこれから殺さないようにする為にはどうすれば良いのかだとか、時川先輩はそういうプロセスを全部すっ飛ばした。わたし達に献身的な愛情のみを示した上で、『人を殺すのをやめようね』という結論だけを口にした。『それはできる』と信じてくれた。それだけで十分だと言うことを時川先輩は理解していたのだ。 私達には何の克己も反省も必要なかった。 ただ、私達を心の底から信じてくれる人から、『人を殺すのはやめようね』と言ってもらう、これだけで十分だったのだ。 だから私達がこうして普通人としてシャバに居られるのは時川先輩のお陰だし、時川先輩がいなければ私達は今頃どうなっていたか分からないのだ。 どれだけ感謝してもし足りない人生の師、世界で一番信頼できる、世界で唯一尊敬できる、神様のような人。 ……それが、私達にとっての時川先輩なのである。 ○ 6/25 金曜日 晴れ 「本当にここで良かったのか?」 イオンモールのいつものフードコートで、スケバンが腕を組みながら悩まし気にそう言った。 「『いつもあなた達が行くような場所が良い』と、時川先輩は仰ってましたよ」 インキャがやや迷いの見える表情でそう口にした。 「だからってさぁ……。せっかく遠くからはるばる足を運んでくれるのに、こんな場末のフードコートなんかじゃぁ……」 「場末って何? 別に場末って訳じゃないでしょ。出来てからまだ何年も経ってない建物なんだし。つか場末って言いたいだけじゃないの、あんたは?」と私。 「あたしが言いたいのは、もっとお洒落なカフェとかイカしたレストランとかを事前に予約しておくべきだった、という話なんだよ」 「それで勝手が分からなくなった時、困ったり恥をかくのは私達でしょ」 私は肩を竦める。スケバンの見栄っ張りにも困ったものだ。もっとも、久しぶりに時川先輩に会えるというのだから、いつもより気を張ってしまうのも無理はない。 ……そう。時川先輩が来るのである。 施設を出た後、時川先輩は私達がいる場所からは離れたところの親戚を頼った。色々あって、今は被服工場に勤めているらしい。 私達もせっかく施設を出たのだから時川先輩に会いたいという感情は常に持っていて、過去に長期休暇を利用してこちらから先輩を訪ねたことがあった。先輩は訪れる私達の為に時間を作り、笑顔を持って迎えてくれた。 それだけでも幸福なことなのだが……しかし先輩は今日、向こうから私達を訪ねて下さることになったのだ。ほとんど取得できないという連休を利用して……である。 是非とも楽しい時間を過ごしていただかなければならない。私達は張り切っていた。 「良い人でしたよねぇ。時川先輩」 インキャはうっとりするような顔で言う。 「あの人だけですよ。わたし達のことを本気で想ってくださったのは」 「だよなぁ。教官とか皆『あなた達の為に言ってるのよ』とか何かにつけ言って来たけど、全部仕事の為にあたし達を洗脳しようとしていただけで、本気で想いやってくれたのは時川先輩だけだ」とスケバン。 「あの人の良いところは、私達の過去の殺人については何も言わなかったところよね。私達が自分の未来に殺人をしないと決めたら、それだけで私達にはシャバで幸せになる権利が与えられるって保証してくれたんだもの」 私は時川先輩の優しい笑顔を思い出しながらそう言った。 「あれ目から鱗でしたよね。反省しろ過去と向き合え被害者と向き合え罪を背負って生きろ、そればっかり強要してくる教官の言うことより、百倍くらい説得力がありました」とインキャ。 「あたし、『どうして人を殺しちゃいけないの?』って質問をしたことがあったんだけれど、それすらあの人は答えなかったわね。『それをすると罰されるということだけを理解すれば十分だ』って、そういうスタンスで」 私は言った。 「ちょっと待て」 スケバンが目を丸くした。 「おまえ、時川先輩にそんなことを訊いていたのか?」 鋭い声で投げかけられ、私は小首を傾げながら返す。 「え、ええ……。良くある質問でしょう?」 「まあそうなんだけど……でもあたしそれ訊いたことなかったわ。なんて答えてた?」 「だから、『それをすると罰されるということだけを理解すれば十分だ』って……」 「あたしもそう思うし流石時川先輩って感じだけれど、でもその結論を口にする前に、何故人を殺すと罰されなければならないのかについて、先輩自身の考えを話してくれたりはしなかったのか?」 「だから、答えなかったのよ」 「一切?」 「一切。それを考える必要は全くない、みたいな論調だったわ。とにかく、バレると困るから、しちゃいけないのよ」 「それだとバレなきゃやっても良いってことにならないか?」 「なる訳ないでしょう。バレなきゃバレないで、いつバレるか心配で、不安で夜も眠れない気持ちになるんだから。そうなるくらいなら人なんて殺さない方が百倍マシよ。そもそも、バレずに済む可能性なんて、ほとんどないんだってことは私達が一番良く知っているでしょう?」 「先輩は、人を殺しちゃいけない理由について、考える必要はないと言うお考えなんですね」 インキャが漏らすような声で言った。 「ただ、考える必要がない、というのが真理だとして、理由自体が存在しない、ということにはならないんですよね」 「まあそうね」 「だったら、その理由自体は、知りたい、と言う風にもわたしは思うんですよね」 言われてみると……私はインキャの言うことに頷いた。 何をバカなことを考えているのだろう、と傍で聞いている人は思うかもしれない。 だがしかし、これは実際に殺人を経験した人間にとってかなり切実で、興味を惹かれる問題なのだ。 なんで殺したら駄目で、罰を受けなくちゃいけないのか。その理由を、私達はいつだって知りたくてしょうがないのだ。 「じゃあ……考えてみる? 殺人は何故禁忌なのか」 それが、本日のキーワードとなった。 「良いぞ。何か結論を出して、先輩が来たら答え合わせしよう」とスケバン。 「良いですね。先輩なら私達が出した結論なら何でも肯定する気はしますが」とインキャ。 「まあだとしても考えることに意味はあるわよ。じゃあ、まずは一番最初に思い付く一般論から考えて行きましょうか」 私はそう言って人差し指を立てる。 「『殺人を許容してしまうと社会が成り立たないから、社会は殺人者に罰を与える』……結局のところ、これだというところに着地してしまわない?」 「まあそれも理由の一つではあるんでしょうけど」とインキャが言った。 「殺人を許容してしまうと、いつどこで誰に殺されるか分からなくて、まともに暮らせなくなるからな」とスケバン。 「ただ、社会というものが何が何でも殺人行為を咎めたてているのかというと、そういう訳じゃないのよね。この国には正当防衛とか、死刑制度とか、人工妊娠中絶といったものがある訳なんだから」と私。 「そういうのは『理由がある』から良いんじゃないですか? 時と場合という奴ですよ」とインキャ。 「それはその通りよ。逆に言えば、大義名分さえあれば許されてしまう程度のことだとなのよね。殺人行為は絶対的な禁忌でも何でもない、時と場合によって控えたり控えなかったりすると言う点で、他の行動と何ら変わりない平凡な行いに過ぎないのよ」 私は分かり切ったことを確認するつもりでそう言った。 「殺人も暴行も略奪も強姦も戦争も、理由さえあればなんだって許される。だから結局『どうして人を殺しちゃいけないの?』の答えって、『別に殺しちゃいけないなんてことはない』っていうことになるんじゃないかしら? だからこそ先輩は……」 「いやどうだろう? そもそも……あたしはインキャの言う『正当防衛』『死刑制度』『人工妊娠中絶』だって、別に許されることだとは思わないんだけどな」 結論を口にしようとした私に、そう言ったのはスケバンである。 「別に正当防衛で殺人を犯した奴に罰則を与えるべきだとは言わないぞ? でもだとしてもだぞ? やむを得ず正当防衛で人を殺さなきゃいけなかった奴は、正当防衛なりに殺人という禁忌を犯した事実を、ずっと背負って生きるもんじゃないのか? 実際、正当防衛による殺人を経験した奴のほとんどはそうしてると思うぞ?」 「それは『許されない』と言うのとは少し違うんじゃないかしら?」 「いや違わないね。刑罰を免除されることと、倫理的に許されることは別だ。倫理的に間違ったことであれ、どうしてもせざるを得なくなる場合はあって、そういう際に、刑罰を与える意味はないというだけのことだ」 「まるで倫理的には無抵抗に殺されるのが正しいみたいな言い方ね」 「相手を殺さず自分も生きる方法を最後まで貫くことが倫理的には理想だろう。でもそれは凄まじく難しいことだから、例え無理だったとしても罰を与える訳にはいかない。許される訳じゃないぞ? 罰は与えられないというだけだ」 「じゃあ死刑については? 日本には死刑制度があるわよ?」 「あたしは死刑制度には反対している」 「マジで?」 「犯罪者の人権は制限されるものだが、それでも完全に無視される訳じゃない。罪を抑止する為ならどんな罰則でも与えて良いということにはならない。どこかにボーダーラインを設けなければならないはずだ。死刑というのは明らかにそれを超えている」 「そのボーダーラインってのはあなたの主観で引いた線でしょう? あなたの思うその線の正当性を説明してもらわないと話にならないわ」 「誰がどの位置に線を引いても死刑はやりすぎなんだよ。命を取るっていうのは究極の罰だろう? それを認めるっていうことは、そもそもどこにもラインを引いていないのと同じことなんだ」 「違うわね。現代日本の死刑囚たちは厳重に引かれたラインのもと、十二分に人権を慮られ、絞首刑という『ヌルい』処刑方法で殺されている。あなたは人間の歴史上どれほど残酷な処刑方法が存在したかご存知なくて?」 「そんな極端な例を持ち出すのはいくらなんでも詭弁だろ? わざわざ苦しめてから殺すようなむごいやり方は、そもそも考慮にも値しない。論外だ」 「じゃあ訊くけど受刑者一人養うのにどれほどのコストがかかると思っているの? 人殺しを死ぬまで刑務所で飼うのに私達の血税が使われることにあなたは我慢できる訳?」 「『金がもったいない』って理由で人を殺して良い訳ないだろう。だいたい日本の受刑者の内死刑囚の割合は決して多くないし、死刑囚に使われる金額の割合も決して多くない。それに金の話をするなら、あたしは自分の払った税金が死刑執行に使われる方が百倍嫌だね。死刑のある国に納税するっていうのは、殺人に加担するっていうことなんだからな」 「途中までは『まあそういう反論で来るだろうな』って言う予想の範疇だったけれど、後半部分は考え方が傲慢過ぎて呆れる程よ。マジで言ってる?」 「大マジだ。『国家による殺人』が許されない一番の理由はそれだ。国民全員を殺人に加担させることになってしまうんだからな」 「すごいことを言うわねあなた。じゃあ一番大きな問題……被害者遺族感情はどうなるの? あなたは自分のお兄さんやご両親を殺されて、犯人がのうのうと生きることに納得できる訳?」 「出来る訳ねぇだろ。八つ裂きにしなきゃ気が済まねぇに決まってる」 「ほらごらんなさい?」 「でもそれはそういう風に考えてしまうあたしの方が間違いなんだよ。殺されたから殺し返してやりたい? そんなバカげた報復衝動を刑法が尊重すること自体間違いだろうが。刑罰っていうのは抑止力の為にあるのであって、被害者の報復を代行するものじゃない」 「いいえ報復を代行するものよ。そもそも報復をされたくないという感情自体が、犯罪の抑止に役立つのだから」 「復讐心なんてみじめな感情を尊重したところで、誰も幸せになりはしないぞ?」 「そうかもね。被害者遺族っていうのはつらい気持ちを永遠に晴らせないまま、加害者の死を見届けて一生を泣き暮らすしかないの」 「死刑の可否については物凄く難しい問題なので、このくらいにしておきませんか?」 インキャが口を挟んだ。 「中絶について話すのも、どちらかと言うと気が進まないですね。強姦魔に孕まされた子供を産むべきか産まないべきかなんて話、一人の女としてなるべくなら想像したくもないですよ」 「そんなの堕ろすに決まってるじゃない」と私。 「いや自分のガキでもあるからやっぱ産むんじゃねぇの?」とスケバン。 「産まないわよ。言っとくけどね、これは善悪を超えた問題よ。例えそれが殺人行為とみなされて死刑になるのだとしても、私は堕ろすわ。自分の腹に奥義堕胎パンチをお見舞いしてやる」 「おまえは赤ん坊が可哀そうだとか思わないのか?」 「知ったこっちゃないわ」 「……お腹の中の赤ちゃんが人間かどうか、っていうところは議論しないんですか?」とそこで陰キャが口を挟む。 「いやそれは人間だろ」とスケバン。 「これについては感覚でしか語れないと思うけど、私もそれは人間だと思うわ。でもその上で、流石に堕胎認めてもらわなきゃ困るケースは女としてあります~、って話をしてるのよ。十月十日我慢して二十歳になるまで育てて……なんてことを望まないのにやらされるなんて、そっちの方がよっぽど人権侵害よ」と私。 「そういう状況に陥った妊婦に対する福祉を国がもっと充実させれば良いんじゃないか? 妊婦は出産までに十分な支援に受けられ、職場や学校にも円満に復帰できる、というような」 「産まれる子供の問題はどうなるのよ? レイパーの子供を二十歳まで育てろっていうの?」 「施設にでも預かって貰えよ」 「信頼できる施設が見付からなかったら? 望まぬ妊娠の場合、必ずしも子供が立派で幸福な大人に成長できる環境を、母親が用意したり見付けられるという保証はない。子供の為にも堕胎を選択せざるを得ないということはあると思うわ」 「そう言う考え方って傲慢だと思うんだよなあ。どんな境遇に産まれようとも幸福になれるかどうかは結局のところそいつ次第だろ? だいたいにおいて、どんな人生を送るとしても、産まれる前に殺されるより不幸なことがあるとも思えん」 「本当にそうかしら? まあ、例えそうなんだとしても、私はレイパーの子供で腹が膨れること自体御免蒙るわ。そんな苦痛ってない。増して十月十日もそれに耐えるの? そもそも出産って言うのは命の危険があることなのよ? それを回避するのは十分に正当防衛の範囲内よ」と私。 「……人工妊娠中絶が悪の技術とまではあたしも思わない。ただその上で、それが殺人行為であるという事実は揺るがないと思う。しない方が絶対に良い。だから、中絶を選択せざるを得ない妊婦を出来るだけなくす福祉を充実させること、中絶というのがどういう行いなのかをしっかりと妊婦が見詰めるように促すこと、この二つは必須だとあたしは思うぞ」とスケバン。 「そんなこととっくの昔に推進されてるわ。でもそれが簡単に達成出来ないから中絶があるんでしょ? あのね? あんたの意見はいちいちがあんた自身の理想でしかなくて、現実にそれが可能かどうかとか、今実際にそれをするとどうなるかっていうのが、一切含まれていないのよね」 「まずは理想を定義して何を目指すかはっきりさせないと、何をすべきかも見えて来ないぞ?」 「何をすべきかは見えてるし、実際に何かしてるわよ。世の中にはたくさん偉くて賢い人がいるんだから。それでも上手く行っていないから、正当防衛による殺人も死刑による殺人も中絶による殺人も、まだまだ存在しているんでしょ? だったらそれらは必要なことで、それはしょうがないし、今のところ禁忌でもないんじゃないかしら?」 そう言って、私は偽悪的に笑った上でこう言った。 「つまり結局、『理由があれば』殺人だってやって良いのよ、刑法の上でも、倫理の上でもね。だから『どうして人を殺しちゃいけないの?』と尋ねる私に、先輩は何も答えなかった。そうに違いないわ」 「おまえが思うんならそうなんだろう。おまえの中ではな」 と、禁じ手に近いその発言をぶちかましたスケバンに、私はむっとする。 そして言い返そうとした私を、制するようにインキャが柔らかな声を発した。 「あの、皆本当は分かっているはずだけれど、あえて今まで言わずにおいたこと、言っちゃって良いですか?」 「良いぞ」 私が何か言う前に、スケバンがぴしゃりとした言い方でそう促した。 インキャがそれに応える。 「結局わたし達って、どうして人を殺しちゃいけないのか知りたいんじゃなく、人を殺しちゃいけないということを受け入れたくないだけなんですよね。だって人殺しなんですから」 「違いない。ようするにあたし達は、自分たちが罰を受けなくちゃいけないことに、納得したくないだけなんだ。だから子供染みた、的外れで無理筋な、どうしようもない屁理屈を弄する訳だ。そういう時のあたし達は、普段に輪をかけてバカだよ。そりゃあもう、信じられないくらいに」 そう言って、スケバンは意地の悪い表情を私に向ける。 「理由さえあれば殺人行為も許される? おまえはそう言ったな。だが、仮にそれを認めたとして、あたし達にはその『理由』なんてものどこにもないだろうが。そんなこと、おまえだって最初から分かり切っているだろう?」 「結局のところ、わたし達は心から反省なんて何一つしていないからこそ、こんなくだらない議論をするんでしょうね。先輩はそれを知った上で、そんなわたし達のことを許してくれていたんでしょう。時川先輩は本当に優しくて、優しいだけの人なんです」 私は何も言えず、黙って俯くことしかできなかった。そしてその沈黙は二人によって許された。それは許されるべき沈黙だったはずだ。 沈黙の中で、インキャのスマートホンが鳴る。 画面を見て、インキャが言った。 「時川先輩、もう駐車場に着いたそうです。せっかくですし、三人で先輩を迎えに行きませんか? そっちの方が、歓迎の意思が伝わるはずですよ」 気遣うようにそう言ったインキャに、私は小さく頷いた。 三階にあるフードコート内にあるエスカレーターを二階で降りて折り返し、別のエスカレーターに乗って一階に着く。先輩が来るというモールの出入り口はすぐそこだ。 そして自動ドアを抜けたところで……私達は信じられない光景を目撃した。 モールの駐車場で、胸に大きなナイフの刺さった時川先輩が倒れていたのだ。 〇 時川先輩の胸から滲みだす血液が、灰色のアスファルトを濡らし、周囲を放射状に赤く染めている。出血量を見れば一目で分かる。時川先輩は死んでいた。 周囲はそんな先輩を遠巻きに見詰めているだけだった。先輩を中心に数メートルの空間が出来ている中で、返り血を浴びて震えている一人の女が立っている。 見覚えがあった。 先週の金曜日、雨の中レインコートを着て私を殺そうとした、例の女だった。 多分二十代くらいで特筆するところのない顔立ちと体付き。いや特筆するところのないと言っても、細かく言えば目が細いとか鼻が潰れてるとか、身体はどちらかというとやや肥満気味で背も高くはないとか、血で汚れているから良く分からないけどファッションはダサいとか、色々言うべきところはあるんだけれど、でもそんな印象、こいつが時川先輩を殺した人でもなければすぐに頭から消えてしまうような、そんな些細な物にしか過ぎなかった。 そう、彼女は『普通』なのだ。 どこからどう見ても『普通』の女だ。どこにでもいる、一人として同じ人はいないけれどでもそんなことに大した意味はない、いやまったくないと言っても良いような、そんな有象無象の内の一人に過ぎなかった。 そんな女に、時川先輩は殺された。 私達の時川先輩が……殺された。 「××××? それに×××、×××××も……」 女は私達の名前を順番に口にして、私達の方に悄然とした表情を向ける。 そんな女に、私は自分でもぞっとするほど冷たい声で語り掛ける。 「……あんた、何者なの?」 「この女に殺された男の娘だよ」 女は言った。 「お父さんは私を男手一人で育ててくれた。毎日忙しそうにしていたけれど、それでも時間をやりくりしながら、私に愛情を注いでくれた。何一つ不自由な思いをさせなかった。そんなお父さんはこいつに殺された」 そう喋り始めると、女はまるで自分の言葉に酔っているかのように、語気を強めながら私達を相手に『力説』する。 「当時高校三年生だった私はそれで天涯孤独になった。支援してくれる人がいなくなったから、予定していた海外留学も諦めて、大学にも結局行けずに希望したのと違う職種で働き始めた。結局そこにも馴染めずにすぐにやめたけどね。傷心の中、自分の人生が無茶苦茶になって、何もかもが失われていくのを日々感じていた。毎日この女の不幸を願っていたけど、でも犯行当時十三歳だったこいつは、瞬きするような時間でシャバに出た!」 そう言って、女はあろうことか時川先輩の遺体を蹴りつけるという暴挙に出た。 「殺してやりたいと思った! 殺さなくちゃいけないと思った! でも居場所も分からなかったし、何とか突き止めてもこの女は逃げ回り続けた。そうしている内に、この女が可愛がっていたという三人の殺人者について知るようになった」 先輩を踏みつけにしながら、女は私達の方を睨み付けた。 「それが……おまえ達だ。私が経験したのと同じような悲劇を数多く生み出し、今では何ごともなかったかのように、まるで『普通の人間』であるかのようにつるんで笑いながら生きている。許せる訳がないと思った! だから、この女を殺す前に、先におまえ達のことを殺してやろうと色々仕掛けたのさ!」 私は合点した。先々週、私達を車で轢こうとしたのも、先週レインコートを着て私を刺殺しようとしたのも、こいつであるに違いなかった。そしてその動機は、『殺人を犯してシャバに出て来た人間が憎い』という、なんともトチ狂った救いようのないアホな物だったのだ。 「おかしいだろう! 被害者は一つしかない命を奪われ、遺族たちは悲しみと共に数多くのものを失い……それが『小さな子供だったから』と言う理由でほんの数年で社会に復帰するなんて。普通に社会に居場所があって、普通に笑い、普通に幸せになる権利を持って普通に生きる……おまえ達にそんな権利があって良いはずがない。私が鉄槌を下してやる! そう思っていたら……こいつがぁっ!」 女は時川先輩の方を憎々し気な顔で見詰めた。 「こいつが……現れたんだ。いつものようにおまえ達を尾行して、チャンスを伺っていた私の前に。驚喜したさ! 逃げる暇も与えなかった! 今度こそ殺してやったんだ。あははっ、あはっ、あははははははっ。ざまあみろ! ざまあみろ! ざまあみろ! あははははははっ!」 女は高く笑う。とてもそれが本心からの笑い声だとは私には思えなかった。 こいつはただ、ルサンチマンに彩られた空想の中で、先輩や私達の命を狙っている振りをしていることで、自分の価値を確認していたんだろう。唯一の肉親を失い、立ち上がることが出来ないまま落ちぶれ続ける日々の中で、それがこいつのなけなしの生きる糧となったのだろう。 でも本当に殺す気なんてなかったのだ。 本当に殺す気のある奴は、大衆の面前でこんな無様な殺し方をしない。ナンバープレートの付いた車で突っ込んで来たりだとか、簡単に叩き落されてしまうような情けない刺突で襲い掛かって来たりだとか、そういうことをしない。 こいつが先輩を殺し得たのは、殺してしまったのは、『たまたま』だ。探してもいないのにたまたま先輩と遭遇し、たまたま持っていたナイフをとりあえず振り回すしかなくなって、引っ込みがつかないでる内に、偶然にも急所を貫いた。 そこに確かな殺意など微塵もない。 こいつの先輩への殺意が本物なら、いくら先輩に逃げ回られたからって、まったく無関係の私達に殺意の矛先を変えるだなんて、愚かな真似をする訳がないのだ。 くだらない復讐心や正義感で誰かを殺そうとしているという妄想の中でしか、この女は生きていられなかった。そんなまがい物の殺意だったのだ。そしてそのまがい物の殺意に先輩は殺された。 「くだらないわね」と私。 「くだらないな」とスケバン。 「くだらないですね」と陰キャ。 先輩は言った。『人を殺すと普通ではいられなくなる』と。 『普通であることは素晴らしい。だから、それを失うことは避けなければならない』と。 先輩は私達のことを深く愛してそう言ってくれた。私達はずっとそんな先輩の言う通りにして来た。捕まる前と今とで何も性格は変わらなかったけど、それでも人を殺すことだけは避けて来たのだ。 それは一年以上続いた。平穏な、平凡な、どこにでもいる女子高生の、ごく普通の日常だった。 それは本当に幸福だった。けれど……。 「もうおしまいね」 私達は女の目の前までたどり着いた。 そこでようやく、女は私達の殺意を察知したようだ。鈍い。こんなくだらない奴に先輩が殺されたのかと思うと虫唾が走る。 不格好な足取りで女は逃げようとするが……人垣に阻まれてそれもままならない。何ごとか察した有象無象が、緩慢に道を開けようとするが、間に合わない。私の手が速い。 私が女の腕を掴み足止めし、そこにスケバンが襲い掛かってその場に組み伏せる。インキャが女の胸のポケットをまさぐると、先輩を刺したのとは別の予備のナイフが飛び出して来た。 「殺す前に教えておいてあげる。あんたの父親はね、あんたが殺した女の子が通ってた中学校の先生だった。悪い先生でね。毎日女の子を自分の車の中に閉じ込めて凌辱したの」 「写真を撮って脅す、だなんてやっすいエロ漫画かエロゲーを教科書にしたみたいなことやってたんだよなー。オリジナリティのない奴だよ本当に」 「ある日、先輩がいつものように車の中で凌辱されていた時に……たまたま鞄の中に入っていたカッターナイフで抵抗したら、それが頸動脈を切ってしまったんですよね」 「それが私達の時川先輩がしでかした犯行のすべて。あんたはそれ、知ってる?」 「それは……知ってる。話は……聞いた」 スケバンに組み伏せられたまま、女は震えた声で言いながら、涙を流す。 「でも、だから何? だからってその女のしたことが許されるの? 正当防衛になるとでも? 違うじゃない? それに、動機がどうとかそんなこと、私には一切関係がないわ!」 「まあそうでしょうね。でもね、そんなのはここにいる私達も同じなの。あんたがどんな思いでこの数年間を生きて来たのか、どれほど先輩を憎かったのか、知らないけど、そんなことは私達には関係がないの」 私達三人は顔を見合わせて、これから警察が車での数分、十数分と言う時間で行うべきことを相談し始めた。 「ねぇ、どう殺す?」 「楽には殺さねぇだろ?」 「たっぷりと時間をかけましょう」 「頬をナイフで切り裂いて、口裂け女みたいにしてあげるのはどう?」 「目玉をほじく出したり、耳を切り取ったりするのはどうだ?」 「そうやって抉った体の一部を、全部喉に押し込んで食べさせてあげるのはどうでしょう?」 「じゃあそれ全部やろうか。産まれて来たことを絶対に後悔させる。地獄を見せるのよ」 「待ってよ! 何するの! やめて!」女は泣き叫んだ。「普通じゃないわ……あんた達!」 その言葉を聞いて、私達は揃って肩を竦める。そして、バカバカしくも楽しかった長い茶番が終わるのを肌で感じながら、寂寥と満足の入り混じったような声を三つ揃えて 「「「そうだよ」」」 私達はあっけなくそう答えた。 さて。そんなこんなで、私とインキャとスケバンの『何気ない普通の日常』は終わりを告げた。 最後にこの文章をアップロードするよう知人に頼んで、私はこれから少年院に行く。 きっといつか、再び『普通』に戻れる日が来ると、そう信じながら。 |
ああああ 2021年08月07日 02時12分35秒 公開 ■この作品の著作権は ああああ さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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