#RTした人の小説を読みにいく |
Rev.02 枚数: 13 枚( 5,127 文字) |
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「やれやれ、にぎやかなのはテレビの中だけだな」 ひとつため息をつくと早々に、閑古鳥の居着いた店内を出ることを決めた。 軽くメイクを直し、頭に白のウサ耳を乗せる。それに外出用の白衣をあわせれば準備は万端。あとは運次第だ。 いつもの垢抜けないバーに入ると、そこもまたガラガラ。どこも客足が遠のいているのは変わらないらしい。 ドアベルで私に気づいたバーテンダーは、軽い会釈で受け入れ、野暮なツッコミはしないでくれた。 カウンターで水割りを注文し、グラスに浮かんだ氷をぼんやり眺めていると再びドアベルが鳴る。 ――どうやら、本日もタダ酒にありさけそうだ。 開け放たれた扉の向こうには、ベソをかいたアラフォー男が見苦しい姿をさらしていた。 「滝えも~ん」 おっさんは奇装した私を発見すると、恥も外聞もなく抱きついてくる。 濃厚接触になるかなと思いつつも、あまりに哀れなので胸で受け止めて頭をヨシヨシとなでてやる。 そうしているうちに、おっさんも落ち着きを取りもどしてきた。 「で、のび太くん、今日はいったいなにがあったんだい?」 おっさんもそれを聞いてもらいたくてきたのだろう。『誰がのび太だ』と文句を言いつつも、なにがあったのか教えてくれた。 「ネットで俺の書いたもんを『クソ』だって……」 「作品の質が低ければ、そういうのも仕方ないんじゃないか?」 おっさんの小説を読んだことがあるわけじゃないけれど、たぶんデキが良くなかったのだろう。 言ってから、『気分を損ねてしまうかな』と心配したけれど、そんなことはなかった。むしろ嬉々として同意される。 「そうだよな。変なもん書いたら馬鹿にされたって仕方ないよな!」 「程度にもよるけれどね」 「実はさ、馬鹿にされたのは感想なんだ」 「感想? 読書感想文とかの?」 確認するとおっさんはうなずく。 「先月、暇をもてあましてた時期があってな。ちょっと俺もやってみたわけよ。 『#RTした人の小説を読みにいく』ってやつ」 「ああ、ハトッターの?」 「そうハトッターの」 ハトッターとは140文字以内のテキストを気軽にネット投稿できるSNS(ソーシャルネットワークサービス)の一種だ。 『#RTした人の小説を読みにいく』とは、ハトッター上にこの目印(タグ)を流すと、小説を読んでもらいたい希望者から連絡をもらえるシステムとなっている。 無料なので、一見、善意による活動にみえるが、他人にアドバイスもどきをして優越感に浸りたい輩とか、自分のネームバリューを広げたいがための宣伝活動だったりすることもあるので、トラブルに発展することもそう珍しくないらしい。 「で、そこでキミは口を滑らせたわけか」 確認するとおっさんは、気に入らない球を要求された投手(ピッチャー)のように首を振った。 「ちがう。ちゃんと作品を読んだんだ。変なとこがあったから、教えてやるのは当然だろ」 「それで火が点いちゃった?」 「別に炎上ってほどじゃねーし。 そいつの属するコミニュティの連中が集まってボコボコにされただけで……」 目尻に涙が浮かんだので、もっかいヨシヨシと抱き寄せてあげる。 赤子をあやしてるみたいだが、相手はアラフォーのおっさんであるだ。これでいいのかという気もしなくはない。 だがこのくらいで、飲み代が奢り(チャラ)になるのだからそう悪くもない。店だったらもっとすごいことを要求されるし。 「だいたい、他人様に読んでもらって、間違い指摘されたらキレるとかどういうことだよ! 間違えたおまえが悪りーんだろ、見て見ぬ振りしろってのか!」 「まぁ、相手によってはそれが正解なのかもね」 女子同士だと「あたし●●だし~」とか卑下してるのをそのまま肯定すると、村八分が始まるとか普通だ。 ああいう場所では嘘でも『そんなことない』とはげまさないといけないルールになっている。 まあ、かくいう私も過去にそれでやらかしたことがあるんだけれど……。 「相手が間違えてるのに気づいてるのに黙ってろっていうのかよ! スカートのファスナー開いてる美少女がいたら、それを教えてあげて『きゃ♪』とか言ってもらいたいだろ!?」 「その嗜好は理解できないけれど……そういう現場に居合わせたら逆ギレされないように、気づかないフリが世間のマナーとなりつつあるようだよ」 あるいは自衛策か。 「それでいいのか!? 相手のためを思ってのことで、糾弾されるなんて、絶対に間違ってるだろ!」 「それを相手が望んでいなければねぇ」 「『感想欲しい』って言われて、感想入れるのが望まれてないとか、どんな状況だよ!?」 「そこはアレじゃない。読書でいうところの『行間を読む』ってヤツ? 彼ら彼女らの欲しいのは、間違いの指摘なんかじゃなくて、自分をチヤホヤすることなんだろう。 ダメだよ? 女の子から『これ可愛い?』って聞かれて『あんまり』とか答えちゃ。嘘でも『可愛いよ』とか『最高です』とか答えておかないと。それもその時、その時にあわせた褒め言葉を使うんだ。可愛いだけで済まそうとすると逆効果になるからね」 「なかなかハードルが高いな」 「そもそも、最近の若者は打たれ弱いから、かな~り気を遣ってあげなきゃいけないんだよ。たぶんね」 「いや、これでもかってくらい反撃してくるんだから、打たれ弱いわけじゃないと思うゾ。 あいつらは怒られることに慣れてないんだ。そういう風に育てられたから」 確かにそういう風潮もあるかなと、同意しかけたところで、本人が自分の弁をさらに否定。 「いやもっと悪いな。『自分と同調しないヤツは敵』って感覚で襲ってきたぞ。 『あなたの言ったことなんかで、怒ってませんよ』とか前置きしつつ、血管ピクピクさせてんのが、文字越しでもわかるんだよ。でもって釘バット持ってきて、謝れって土下座を要求してくる感じ」 「古いね釘バットなんて」 「実際、古い漫画でくらいしかみないな。普通に衝撃大きくするならそのままのほうが打撃が大きいらしいぞ。釘バットで大きくなるのは絵面のインパクトだけだ」 金属バットのほうがお手軽だしね。 「そもそも作家志望と自称するなら、まともな文章を書けってんだ。 書けないなら書けないなりにちゃんと推敲しろ。せめて努力のあとを感じさせてくれ」 「たしかに雑な文章ってのは意味がわかんなくてイラッとするね。そういう配慮ってのは必要かも」 そこには時間や能力的な制約も絡んでいるのだろうけれど。 「そう、配慮。 ブームに乗っかっただけの連中ってのはその配慮ってないヤツがないから迷惑なんだ」 「それって老害発言になるんじゃ? それに新規参入を妨げちゃ業界が廃れるよ」 脅かすように言ってみるけれど、おっさんは気にもとめない。 「限度があるだろって話。 別に小説が好きでもないクセに、ブームのっかって、推敲もしないままの駄文をのせてるヤツは邪魔でしかない。 震災時の帰宅難民から派生した自転車ブームを思い出してみろ。にわか自転車乗りがトラブルおこしまくって、道路にブルーレーンなんて無駄なものを設置することになったじゃねーか。都内じゃ、それを守らせようと、警察も躍起になってたし、ホント面倒だったゾ、あの頃。 そのクセ路駐は放置してるし、ブームが終わると取り締まりもしなくなったし、ホント意味ないだろアレ」 ブルーゾーンはともかく、十年も前のことを話されても知らんがな。 「あとは……アレだ、なんちゃって完全菜食主義者(ビーガン)が『全人類は肉食を辞めるべき』とか、すごく浅いこと言い出したりな。 『肉食があるから飢える者が出てくる』、『畜産を辞めれば飢餓を撲滅できる』とか嘘臭いにもほどがあるだろ」 「もとから菜食主義者(ベジタリアン)だった人たちまで白い目でみられたりね。一時期は『ビーガン=過激な菜食主義者』だなんて誤認もでまわったよね」 「だいたい、牛は人間が栄養にできない草くってるんだぞ。なんで牛が食わなくなったからって、そのまま人間の食料につながると思っているんだろうな。ばっかじゃねーの! ばっかじゃねーの!」 「実現しちゃったら、それで食ってる人たちも失業しちゃうよね」 「あとはだな」 だいぶ落ち着いてきたようにみえるけれど、まだあるらしい。 「創作者を否定する感想を力一杯否定するクセに、どうーして感想者側は守ってやらねーんだよ! くれねーんだよ! 守ってくれよ! おまえらが一番相手の人格否定してんじゃねーか!」 「あー」 「『○○を否定しちゃ可愛そうだろ』って良いながら、自分たちが気にくわないもんを殴るのは許されるとか、思考ルーチン狂いすぎてんだろ!」 「結局、彼ら、蛇に食べられた鳥の卵に同情しても、エサを食べられなかった蛇には同情できないからね」 「自分が卵を食べていることも無視(スルー)するよな」 「自分にとって、気持ちよくないことは、誰でも嫌だからね」 おっさんは「そうか、やっぱり俺のような輩は世界に排除される運命なのか……」「だいたい、なんで拙い小説読まされた方が落ち込む羽目になんてんだよ……」とだいぶ滅入っている。 「なぁ、最後にひとつ聞いてもいいか?」 「なに?」 「こんなとこで叫んでる俺、どう思う? 業界の邪魔になるから、やっぱもう足洗ったほうがいい? 気分悪くなるくらいなら、新人の小説なんて読まなくていい?」 「まぁ腹に据えたものが、どうしても水に流せないっていうなら距離をとるのも良いかもね……でもさ」 そう言って彼に私は告げる。 「確かに老害の放置は新規参入の邪魔になるだろう。業界発達の妨げになる。それは間違いない。 でも、それまで業界を支えてきて、創作にも真摯に向き合ってきた人材をおないがしろにする業界もまた、廃れるんじゃないかな。 キミが言ったように、マナーを知らない新人が場を荒らせば、それを理由に業界から足を遠ざける人も一定数現れるだろう。 その分、彼らが支えてくれればいいけれど、実際のところ場をわきまえない連中が、業界の未来を支えてくれるのかな?」 『無理でしょ?』という本音は口にしなくても伝わるだろう。 「バランスの問題なのか? 自分じゃ気をつけてるつもりなんだけどな……」 「結局のところ、相手が自分とおなじことやってると思ってても、方や作品のクオリティをあげたい人間と、方やチヤホヤされたいだけの人間が混在しているのがいけないんじゃない? つまり失敗の理由は『互いになにを欲しているか分かっていない』。つまり意思疎通ができていなかったことにある。次からそのへんを明確にしてみたら?」 「なるほど、な」 おっさんのストレスはだいぶ緩和されたようだ。 これでなんちゃってカウンセリングは終了。遠慮なく美味い酒をたかれるというものだ。 私はそれを確認してから、バーテンダーに新しい酒を注文(オーダー)する。 「それで、キミ、これからどうすんの?」 「ちょっと執筆から距離をとるかな。しばらくゲームでもしながら頭を冷やす。田舎に帰って土いじりなんてのも悪くないか」 「ふ~ん。土いじりも悪くないだろうけどさ、イベントがあるんだけど、ちょっとそっちに顔だしてみない?」 「イベント? 創作関連のか?」 話の流れからそう判断したのだろう。私は確認にうなずく。 「そう、友人が小説のイベントを開催しててさ。知り合いに良い人がいたら誘って欲しいって頼まれてたんだ。一度筆を折る前に参加してみない?」 私自身は興味ないんだけれど、真面目に創作活動をしている彼なら楽しめるかもしれない。 そう思い、詳細のアップされた公式ページを彼にみせる。 「ふ~ん、夏企画ね。夏と四属性(火風水土)のどれかをお題に短編を書けばいいのか。 で、参加者同士で感想の送り合いをすると。さらには匿名投稿で、遠慮や仲間同士だけでツルむのを防止するのか」 「イベント終了後には、作者名を明かしてみんな大笑いするらしいよ」 「ふ~ん、そこ、土臭い話とかでも読んでもらえる?」 「さぁ? ジャンルはかなり混沌としているらしいよ」 「なら、やってみるのもアリかな。 でもいいのか? 俺、手加減しねーぞ」 「いいんじゃない? もちろん乱暴な感想は嫌がられるだろうけれど。丁寧な言葉遣いで、真摯に作品と向き合っているなら歓迎されるんじゃない?」 「まっ、そのへんはなんとかしてみよう」 「それより、キミこそいいのかい?」 「なにがだ?」 「こんどは感想じゃなくて、キミの投稿作品が真っ正面からボコボコにされることもあるってことさ。次は火傷じゃすまないかもよ?」 そんな挑発に、おっさんは笑顔を返した。どうやら自信があるらしい。 果たして、おっさんの運命やいかに? |
HiroSAMA 2021年08月06日 00時53分59秒 公開 ■この作品の著作権は HiroSAMA さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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