P.V.M~ファーマシー・ヴェンダー~ |
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街角に増えた、いわゆるプリクラのような機械。正式名称は〝ファーマシー・ヴェンダー・マシーン″といい、いうなれば処方箋薬の自動販売機である。この機械、今こそ機械に組み込まれたAIと患者がやり取り、問診することで処方箋薬を処方する病院もどきなものにまで進化しているが、出現初期は処方箋に書かれたバーコードを読み込んで薬を処方する機械であった。この機械は写真シール販売機、いわゆるプリクラに似ていることから〝プリクラファーマシー″、もしくは正式名称のアクロニムであるPVMと呼ばれている。 さて、とあるPVMに近づくのは異様な風体の女の子。髪は金髪、肌は日焼けか機械かで真っ黒な、お前はいつの時代から来たのか問い詰めたくなるようないわゆるコギャルであった。彼女は薄く細いサングラスをかけ、蛍光ピンクのTシャツに皮のジャケットを羽織り、ボトムズはミニスカとオーバーニー。その手には小さな紙袋を持っていた。 コギャルは機械に入るとしつらえた丸椅子に座り、カーテンを閉める。ここら辺はプリクラの機械そのままである。しかし画面の類はない。彼女のサングラスは瞳に投影するタイプのスマートデバイスであり、彼女の瞳にはプリクラを思わせる操作画面が見えていた。いわゆるAR、拡張現実である。彼女だけが見えている画面には『本日はどのような御用でしょうか』の文字が表示されている。 「あー、眠れないんでハルシオンちょーだい」 コギャルの声にプリクラの画面は一瞬真っ黒になり、しばらくすると回答を表示する。 『ハルシオン……、一般名トリアゾラムは依存症などの副作用があるためすぐに処方されません。ほしいのであれば今から問診を受けてください』 「えー、ちょーめんどー。今すぐぅ、くーれーよぉ、おわわわわわ!」 ぶしゅ! 機械から白い煙がコギャルに吹きつけられた。 『無害なドライアイスです。抵抗するなら警察もお呼びしますが』 画面が切り替わり、ずいぶん高圧的な文字が画面に踊る。 「機械のくせにー、ちょーえむえむぅー」 げほんげほんとせき込みながらコギャルは口をとがらせて言う。 『超マジむかつくと言われても仕方ありません。法律です』 律儀に画面で答えるPVMの画面。 「えむえすてぃー」 そう言って画面をじと目でにらむコギャル。 『はいはい、この機械はマジ最低ですね。いい加減問診を始めたいのですが』 機械は無情である。 「わーったよ!」 半ばやけっぱちにコギャルが答えた。 『では。寝つきは悪い方ですか?』 「だーかーらー、眠れないって言ってるだろー!」 画面の文字に怒るコギャル。 『今飲んでる薬はありますか?』 次に表示された文字を読んだコギャルが少し首をひねる。 「えーとー、それが効かないんだけどー」 『その薬を教えてください』 PVMの表示にコギャルは困ったような声を上げる。 「えー、マジけーえむあーるー」 『困る、とはもしかして飲んでいる薬がわからないのですか?』 PVMはコギャルに文字で尋ねる。 「あー……、わかんね。ブルース・リー、みたいな名前だった気がぁ」 上を向いたコギャルが思い出そうと努力するが、出てこない。 『ブルース・リーという時点で大体察したのですが……、念のため』 画面が切り替わり、この文字を表示して一度沈黙する。 「えー、どったの?」 『マイナンバーカードを挿入してください』 そう表示されると機械の下の方にあるカード挿入口が光る。 『マイナンバーに紐づけされたあなたの通院・処方薬歴から割り出します』 「んー、わかった」 ギャルは紙袋からきらきらとラメが光る大きな財布を取り出し、その中からさらにマイナンバーカードを取り出し機械に挿入する。 『あなたのサングラスにマイナンバーカードを紐づけしていれば、マイナンバーカードを挿入する手間などありませんのに』 「えー。紐づけしたらぁ、マイナンバーカードのぉ、情報が垂れ流しになるっていうしぃ」 『その話し方からは想像できないぐらい、メディアリテラシーが高い方ですね。尊敬します。ではしばらくお待ちください』 画面が変わり、この文字が表示される。 「ちょーちょーえむえむ!! 機械にぃ、馬鹿にされたぁ、気ーがーすーるー!」 コギャルは椅子を両手でつかんで、ぎっしぎっしと椅子を揺らして抗議する。 『データ確認しました。神辺まりりんさん、先月○○心療内科を受診、ゾルビテムを処方されてますね』 コギャルの抗議をスルーしたPVMはコギャルこと神辺に伝えた。 「……ゲル長官?」 『ショッ〇ーを知ってるとか、あなたはいったいおいくつですか。マイナンバーカード偽造してませんよね?』 「してねーよ!」 たまたま年の離れた弟と仮面な改造人間の映画を見て知っていただけのコギャルが失礼な機械に反論する。 『ちなみにゾルビテムとは一般名マイスリーといいます』 「あー、それそれ!」 機械が挙げた薬の名前にコギャルが頷く。 『マイスリーの効きが悪いということですね』 「だからそーいってるじゃね?」 コギャルは呆れたような口調で機械にこたえる。 『トリアゾラムは依存性が高いのでお勧めできません。とりあえず薬の量を増やしましょう』 画面はそう表示される。 「はーるーしーおーんーがーいーいー」 駄々をこねるギャル。 『まーいーすーりーのーほーおーがーいーいー』 機械も負けじと画面の文字で反論する。その字を見てコギャルがぷっと吹いた。 「さっきから気になってたんだけどぉ……。中に、人、いないよね」 コギャルは横に頭を傾けてずいと画面に近づける。すると画面は地味目なブレザーを着た高校生ぐらいの女の子の絵、なぜかその手に包丁らしきものを持っている、と一緒に、 『中に誰もいませんよ』 と表示した。 「ホントかよー」 『いーまーせーん』 「あはははは!」 笑うギャル。 『一か月分処方します。心を平静に、笑いが増えることはいいことです。薬になるべく頼らない睡眠を心がけてください』 画面はそう表示された。 『では、お金を投入してください。問診料と薬代で○○円です。お支払方法は?』 画面の下の紙幣投入口が光る。 「電子マネー」 コギャルが支払い方法を伝えると、PVMは彼女のサングラスに仕込まれた電子決済チップにアクセスし、金額を引き出す。 「だけどさー。あんた機械のくせにぃ、医者じゃないのにぃ、診察料とぉるぅ~?」 コギャルがもっともな抗議をするが。 『文句はそういう風に決まっている法律と決めた議員さんに言ってください。国民の権利としてちゃんと選挙に行きましょう』 「うっせー」 PVMの答えに彼女はそう毒づいて返した。やがてガコンと音がして機械の下から紙袋に入った薬が出てきた。 『あなたの診察は終了しました。お大事に』 画面は再び真っ白に戻り、こう文字を表示する。 「じゃーねー」 コギャルは機械に手の平を振ると立ち上がり、PVMから出ていった。 コギャルが外に出ると、外で順番待ちらしい若い男に出会った。 「やっと出てきたかよ」 男はコギャルをじろじろと眺める。 「なんだよ。今時サングラス型だし」 「うっせー」 男の嫌味にコギャルが抗議する。 「AR広告うるさいときはすぐ外せるじゃん。コンタクトや目薬じゃそうはいかないじゃん」 ふん。ギャルはそう言って男から離れる。 「そんなもんかね」 男はそう言うとそれ以上はギャルに興味をなくし、PVMの中に入っていった。 『本日はどのような御用でしょうか』 PVMの画面――男のコンタクトレンズ型スマートデバイスで目に直接投影されているAR上のお話だが――は最初の文字が躍っていた。 「処方箋を持ってきた。薬だけくれ」 『処方箋のQRコードをカメラにかざしてください』 画面の上部に上向き矢印が表示される。男は持ってきた封筒から紙を取り出し、画面の上にあるはずのカメラにかざす。 『○月〇日限定エクストラモード起動。処方:メタンフェタミン粉末』 画面に文字が躍る。 「お、ちゃんと認識した」 男は喜んだような声を上げる。 「オークションサイトで落札して画像だけダウンロードしたものをプリントしただけど、うまくいくもんだな」 男は椅子に腰かけ頭の後ろに手をやり、機械が薬を吐き出すのを待っていた。 PVMは機械内に原料があり調剤を行っている。薬ができるまで、画面は広告を流していた。健康食品、ダイエット用具、体温計に血圧計の宣伝。 「そういう宣伝は健康な奴にしろよ……、って、俺も健康か」 男は苦笑いする。やがて画面は警察からのお願いが表示された。 『インターネットのオークションやフリーマーケットアプリで処方箋の売買が行われていますが法律違反です。絶対にやめましょう』 「うっせぇ」 男は毒づく。 『あと五分です』 PVMがそう表示し、カウントダウンを始める。 「あー、薬できるのが長いのがあれだな」 男は再度毒づき、つま先で機械の床をタンタンと叩いた。 「まー、安全に薬買えるのがいいわな」 男はそう独り言ちて口をゆがませた。そして。 「薬ができました。ありがとうございました」 ごとん。電子音声とともにPVMの下にある取り出し口から紙袋に入った薬が出てきた。 男は紙袋に入った薬を手に取り、外に出……。 「ふぁ?!」 機械の外には白黒のツートーンに彩られた車が二台、止まっていた。 「な、なんでだよ?! AR壊れた?」 「残念ながら現実だよ」 目の前にいる背広姿の男、刑事が男に宣告する。 「真野一郎だな」 「え?」 刑事が警察手帳を見せる。 「なんで俺の名前を知ってるんだよ!」 「本名で覚せい剤購入取引するとか、お前、バカだろ」 心底あきれたように刑事は言い放つ。 「真野、お前を薬事法違反容疑と覚せい剤取締法違反及び電子取引詐欺の現行犯で逮捕する」 がちゃり。男に手錠がかけられる。 「な、なんで?」 「お前な、お上舐めてるだろ」 手錠についたひもを引っ張りながら刑事が説明する。 「覚せい剤ってのはな、患者に処方したら都道府県に届ける義務があるんだよ、法律でな」 刑事は説明する。 「このPVMだって一緒だ。覚せい剤を処方したら自動的に警察に通報するシステムになってる。そんなことも知らなかったのか?」 「嘘だろ……」 男はぼやくが自らの手にかけられた手錠がそれが真実だと物語る。 「その封筒の中身、PVMに覚せい剤を処方させるためのQRコードだな。そのコードを売ったやつも捕まえたよ。お前さんはその顧客リストに載ってたわけだ。もう少し知恵使えよ」 刑事はバカにしたように男に言う。制服姿の警官がパトカーの後部扉を開ける。 「ま、詳しいことは署の方で聞こうか」 刑事は男をパトカーに放り込む。二台のパトカーはやがてPVMの前を去っていった。 そして誰もいなくなったPVMは、次の患者を受け入れるべく佇んでいた。 『本日はどのような御用でしょうか』 |
桝多部とある DABbtUeK6E 2021年05月02日 22時16分05秒 公開 ■この作品の著作権は 桝多部とある DABbtUeK6E さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2021年05月24日 11時03分48秒 | |||
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Re: | 2021年05月23日 15時46分57秒 | |||
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Re: | 2021年05月22日 16時02分20秒 | |||
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Re: | 2021年05月22日 15時16分17秒 | |||
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Re: | 2021年05月20日 13時05分37秒 | |||
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Re: | 2021年05月20日 12時54分00秒 | |||
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Re: | 2021年05月19日 16時07分52秒 | |||
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Re: | 2021年05月19日 15時00分00秒 | |||
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Re: | 2021年05月17日 15時51分41秒 | |||
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Re: | 2021年05月17日 12時30分29秒 | |||
Re:Re: | 2021年05月19日 00時02分18秒 | |||
Re:Re:Re: | 2021年05月19日 06時28分06秒 | |||
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Re: | 2021年05月16日 13時02分56秒 | |||
合計 | 12人 | 140点 |
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