断罪と祝福の時 |
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注意:本作には、過激な暴力行為や、読まれた方を不愉快にさせる可能性の高い『悪意』が描かれています(R15 相当)。 この世に神などいない。 生贄の聖女アリアがそう思ったとき、大いなる意志の言葉があたりに響いた。 「我に呼びかけたのは、汝であるか。では、古の契約にもとづいて『断罪と祝福の時』を始めるとしよう」 アリアは平民の娘だった。 仕立て屋を営んでいた父は、胸を病み、若くしてこの世を去った。 母親は、その日暮らしで家計を切り盛りして幼いアリアを育てた。 アリアが八歳になったとき、修道院の門が開かれた。アリアは、修道尼僧として迎えられた。 神の慈愛を民にもたらすため、という名目が与えられていた。 修道院は、貴族の放蕩息子や素行の悪い子女のたまり場だった。 貴族たちは、跡継ぎを得るために複数の妻を娶ることが許されている。 しかし、跡継ぎとなれる者は一名のみと定められてもいた。実際に跡継ぎとなれるのは長男のみであり、せいぜい運の良い次男までだった。 三男以下にも名誉はあった。しかし戦時ともなれば、戦意高揚の名目で、真っ先に命を落とす最前線へと送られるのが常だった。 継承順位の低い兄弟貴族が危機に陥っても、長男や次男に仕える兵士たちは冷ややかにその最後を見届けるだけで、手助けする素振りすら見せないことが横行していた。 修道院に入る貴族の子弟は、使い捨てにされるだけの余計者であり、明るい将来など望むべくもなかったのである。 貴族の子女には、さらに過酷な将来が待ち受けていた。 見目麗しく聡明で、夫によく仕える妻を完璧に演じることのできる一握りの子女だけが、後継となる貴族の妻になることができた。 しかし、貴族の妻には、結ばれた瞬間から、とてつもない嫉妬やそねみ、やっかみ、ありもしないことでの中傷の嵐が、山が崩れ落ちるほどの勢いで、襲い掛かるのが常だった。 結婚できても、幸せな生活とは程遠かったのである。 後継の貴族と結ばれない娘の末路は、さらに悲惨だった。 あぶれた貴族の子女たちは、報償として部下に与えられたのである。 戦場で活躍した部下とは、つまるところ、粗野で暴力的で無駄に力ばかりが強い暴れ者たちだった。 『戦士の心得、その十七。戦士は食事を終えた後に、短刀で歯をせせってはならない』 その程度の作法すら、文書にして定める必要があった。 繊細な思いやりや、上品な礼儀などとは無縁の輩たちだった。 武功にたけた夫は、報償として手に入れた妻に、己の欲望をあるがままにぶちまけるのが常だった。 戦場での興奮をそのまま内に抱えた新郎は、夜の褥の中で、新妻を欲望のままに強姦した。 さらに、自分の思いのままになろうとしない高慢で生意気な女に、従順という美徳を教えこむために、一切の慈悲をすてて、力いっぱい殴りつけることが当然とされた。 この国の有能な戦士の妻は、鼻の骨を何度も骨折して、魔女のように歪んだ顔をしていることが常だった。 修道院に集う貴族の放蕩息子や素行の悪い子女たちには、修道士や修道尼僧の身分が与えられていた。しかし彼らは、神の教えや慈悲とはかけ離れた、重く鬱積した思いを抱いていたのである。 修道院では、彼らの身分がなまじ高かったために、悪行や放埓、犯罪とされる行為すらも、大目に見られていた。 とがめる者がいないと知って、彼らの悪行は際限なく過激になっていった。 貴族同士が互いに傷つけあっては修道院の名誉にもキズがつく。 そこで、生贄の羊に選ばれたのが、平民のアリアだった。 修道院は、人里から遠く離れた山のふもとの、暗い森の中にあった。 その日、太陽は雲間に隠れ、射しこむ陽光が天国に至る階段のように輝いていた。 修道院の前にある広場に全員が集められた。 修道院長は、おごそかに宣言した。 「この祝福された日に、私たちは新たな兄弟を、この修道院に迎えます」 修道院長は、アリアを手招きして言った。 「修道尼僧アリア、ここにいらっしゃい」 修道院長は、後ろからアリアの両肩に手を置いて言葉をつづけた。 「修道院に集う我らは、神の前に平等です。世俗での身分は、ここでは何の意味も持ちません。年長の者の教えに耳を傾け、年下の者を正しく導いて、神の慈愛を地上にもたらす。そのために私たちはここにいます。 アリアは、これから神の愛を知ることになります。皆さんはアリアを正しく導いてあげてください」 こうして、犠牲者の紹介が終わった。 八歳のアリアは、見るからにひ弱そうだった。ささいな暴力でも、あっけなくこの世を去るだろうと思われた。 修道院に集った貴族の息子や子女たちは、暗黙の了解のもとに、アリアに直接の暴力を振るうことを禁忌とした。 いったん失われれば、次が手に入るとは限らなかったからである。 直接的な暴力を求めるならば、ネズミを籠に詰めて溺れ死にさせたり、ウサギを棍棒で殴り殺したり、鳥を自らの手で絞め殺したり、子猫の四肢を引き裂く方が、後腐れがなかった。 この地では、刑罰は原則として公開された。 過酷な生活を営む村人たちにとって、公開処刑は、格好の娯楽となっていたのである。 十字架にかけられる罪人は、血を流しやすいようにワインを飲まされた。槍で突かれても、即座に致命傷をうけることは決してなかった。 串刺しの刑にあった者は、男なら尻に、女なら股間に、逆向きに地面に立てられた長い杭が差しこまれた。杭は、長い時間を掛けて徐々に体に突き刺さってゆき、心臓を貫き、やがて先端が口から突き出してくるのだった。 魔女と判明した女は、火あぶりにされた。高い柱に吊るされた魔女は、周囲から炎で焼かれた。衣類が燃え落ちるのをまって、いったん炎は退けられる。そして、即座に死ぬことがないように、弱火でゆっくりと、時間をかけて焼き殺されるのが常だった。 周囲で見物する村人たちは、罪人を罵倒し、興奮して歓声をあげ、罪人が命を落とすと、早過ぎる死をもたらした処刑人を口汚くののしるのだった。 修道院での刑罰は、ムチ打ちと決まっていた。 修道院長は、罪を犯した子供にズボンを降ろすように命じる。あるいは、スカートをたくしあげ、下着を降ろすように命じる。 修道院では、異性の裸を見ることは、厳しく禁止されている。 しかし、罪人ならば、話は別になる。 日頃の行いの正しい者から、刑罰が行われる場所の近くに並ぶことが慣例となっていた。 罪人は、贖罪の切株の上に上半身を乗せ、むき出しの尻を敬虔な修道僧や修道尼僧の方に向けて、刑罰の時を待つ。 修道院長は、その罪を読み上げ、神に許しを乞いながら、ゆっくりと時間をかけて、定められた数のムチ打ちを行うのだった。 アリアに直接の暴力を振るうことは禁忌となった。 そこで、修道院に集った貴族の息子や子女たちは、誰がアリアに罪を犯させるか、誰がいちばん近くでアリアのむき出しの尻がムチ打たれるのを目にするかで競い合ったのである。 アリアに、完遂することが困難な命令が、矢継ぎ早に与えられた。 枯れ枝集め、薬草畑の雑草取り、井戸からの水汲み、野菜畑への水やり、薪割り、修道院の全員分の洗濯、掃除、繕いもの。 当番制だったはずの料理作りも、いつしか全てアリアの仕事とされた。 父親を亡くしたアリアは、幼いころから家事全般をこなしていた。 アリアは、修道院の人たちが、本来は自分の身分では口をきくことすらできない高貴な方々であると理解していた。 アリアは、そのような尊い身分の方々からの命令に、全力で応えていった。 以前には、食うことにも事欠いていたアリアは、修道院で供される質素だが滋養のある食事によって、すくすくと成長した。 すばやく体を動かし、激務をこなしながら、アリアの肢体は、カモシカのような強靭さを備えていった。 徐々に女らしさを備えてゆくアリアを目にして、修道院にたむろする貴族の放蕩息子たちは方針を変えた。 貴族の子女が子を孕めば、さまざまな厄介事が持ち上がる。 しかし、平民の女が誰の子とも知れない子供を孕んだところで、その女の不品行ということで片が付く。 ある日の午後に、貴族の放蕩息子たちは、アリアを修道院の裏手にある森の広場に呼び出した。 その中の一人が、アリアを『生贄の聖女』に任命した。その後に、貴族の放蕩息子たちは、存分に本懐を遂げたのだった。 修道院で過ごしたアリアは、姦通が重罪であることを熟知していた。そして、自分が意に反して何度も重罪を犯させられていることに恐怖した。 アリアは、ほかの修道士たちに助けを求めた。 「俺は、ただ見ているだけさ。悪いことは一切してないぜ」 修道士たちは、凌辱されるアリアを取り巻いて、あからさまな欲望をたたえた目で、その有様を眺めるのだった。 自分を助けてくれる者は、誰もいない。 誰も助けようとしてくれない。 アリスは、深い絶望に捕らわれていった。 アリアは必死に神に祈った。 しかし、放蕩息子たちの放埓は、とどまることをしらなかった。 この世に神などいない。 ついに生贄の聖女アリアがそう確信したときに、大いなる意志の言葉があたりに響いた。 「我に呼びかけたのは汝であるか」 修道院長は、その荘厳な声を耳にして、ひざまずいた。 「おお、神が御降臨成されたぞ。 神よ、これまでに我らのなした慈愛と善行の数々をご照覧くだされ!」 大いなる意志が、それに応えた。 「汝らの行為を断罪するか、祝福となすか、それを定めるのは、汝ら自身である。 生贄の聖女よ。我に替わりて、その務めを果たすがよい」 アリアは進みでて、修道院長の前に立った。 こうして、古の契約にもとづいて『断罪と祝福の時』が始まった。 修道院長は必死に弁明した。 「あれは、迷える子羊たちを正しく導くために必要な懲罰でした。わが心の内には、一片のやましさも、罪深き欲望も、いっさい持ってはおりませんでした」 アリアは、ただ黙って修道院長の前に立っていた。 「迷える子羊たちの中には、教えに従おうとしない者もおります。正しく導くためには、ささやかな罰が必要となるときもございます」 アリアは、沈黙を守った。 「人前で罰を与えたのは、単調になりがちな修道院での生活におけるちょっとした娯楽だったからでございます」 アリアは、ゆっくりとうなずいた。 修道院長は、自分の主張がとおったと考えて、ゆがんだ笑みを浮かべた。そして、驚愕の表情となった。 アリアの質素な服は、徐々に黄金の輝きを放ち始めた。アリアの背が伸びて、たくましい男性の姿となった。 修道院長の服はみすぼらしく縮み、背丈も小さくなって、幼い少女の姿になった。 少女になった修道院長は、スカートをたくし上げ、下着を降ろして、その尻を突きだした。 たくましい男性は、鞭を振りあげて、修道院長の尻を力いっぱい打った。 そのたびに、か細い悲鳴があがったが、ムチ打ちは、いつまでも終わらなかった。 たくましい男性の影から、生贄の聖女アリアが姿を現わした。 アリアが自分に向かって歩むのを見て、そこにいる全員が、何か起きているかを理解した。 生贄の聖女は、かつての自分に成り変わって、自分がアリアに成した事、成そうとした事を、自分にたいして実行しようとしている、と…… アリアに成そうとしたことが罪深きことならば、それは自分に降りかかりる厳しい断罪となることを、絶望のうちに理解した。 最後に、聖女アリアは大人しそうな少年の前に立った。 少年は、アリアの前に跪いていった。 「助けてあげられなくてごめんなさい。僕は臆病ものでした。ふさわしい罰をお与えください」 それから少年は、小柄な少女に姿をかえた。 少年の姿になったアリアは、小柄な少女をやさしく抱き上げると、雲間から射しこむ陽光を、まるで階段のように登りはじめた。 あたりに、美しい歌声が響いた。 「今度は、私があなたを助けてあげるわ」 抱かれた少女は、後ろを振り返った。 修道院の中では、アリアの姿をした幼い少女たちが、かつての自分の姿をした存在によって、自分が成したことや、成そうとしたことをその身に受けながら、執拗に責められ続けているのが見てとれた。 そして、アリアの足元から、修道院が地獄の業火の中へと、ゆっくりと落下してゆくのがみえた。 |
朱鷺(とき) 2021年05月02日 15時09分55秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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