かわらないこと |
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そういえば、私はデビュー作で主人公に鉛筆で男を刺させたんだっけか。 執筆を始める前、鋭く研いだ鉛筆を原稿用紙の横に並べていると、時々私はそんなことを思い出す。 次いで、男の喉元が鉛筆で突かれたりする、一作目のシーンのいくつかが脳裏に浮かぶ……その後の作品でもそれなりに酷い描写があったけど、やはりデビュー作がワーストだった。でも売り上げ的にはあれが一番良いのだから、世の中というものは分からない。 今回の作品は、もうちょっと穏やかで、面白いものになりますように。鉛筆を握り、原稿用紙に向かう度に、私はこうも思うのだ。 そして今日も、原稿用紙に文字を刻む。 悪くない、という感触を感じつつ、私はあっという間に原稿用紙の一枚目を埋める。勢いに乗ったまま二枚目、三枚目と書き続けるけど、不意に、鉛筆を持った手が止まる。形容しがたい、違和感を感じた私は、文字で一杯になった原稿用紙を持ち上げ、書き上げた物語を読み直す。 悪くない、むしろ面白い、と感じていたはずのプロットは、読み直すと酷く陳腐で、つまらないものに感じた。単語の選び方が悪いんだ、と思って、鉛筆で二重線を引いたり、消しゴムで消したりした上で修正するけど、違和感……書くべきことを書いていない、書かなくて良いものが並べられている、そんな気持ちの悪い感触はなくなってくれなかった。 三〇分くらい、その不快な感覚を味わってから、私は原稿用紙をくしゃくしゃに丸めて、クズカゴへ放った。丸めた原稿用紙はクズカゴの中に見事に入って、私はガッツポーズをするけど、自分の拙い文章で感じた不快感が薄れたのはほんの一瞬のことだった。すぐに軽い自己嫌悪のぬかるみに脚を捕らわれた私は、そこからなんとか抜け出そうと、再びもがく。どうすれば違和感がなくなるか、良くなるのか。案はいくつか浮かんで再び原稿用紙に字を刻むけど、結局それも、くしゃくしゃ、ぽい、となる。 うがあ、と呻いてから、私は立ち上がり、大きく伸びをした。 深夜の私の部屋、そこに唯一灯った、卓上ライトの灯り。それに照らされた私の体が、天井にまで伸びる影を描く。それをしばらく眺め、そして小さくため息をついてから、私は歯を磨いて、布団を敷いて、寝た。 このコロナ禍での生活をテーマに、作品を書いていただきたいんです。 担当編集者の高橋女史からそう言われたのは、二週間ほど前の打ち合わせの時のことだった。 高橋との打ち合わせは、私にとって数少ない外食の機会となっている。自分で言うのも悲しいけど、売れない小説家である私のお財布事情は常に火の車。食事は自炊か、近所のスーパーの見切り品の惣菜がほとんどで、外食なんてぜいたくは人の財布でないと出来ないのだ。 読者を選ぶ作風の私だけど、高橋は目をかけてくれているらしく(もっとも、年齢は私の方が二つほど上だ)、打ち合わせでは結構いいところに連れてってくれる。 その日入ったのは都内のホテルに併設されている鉄板焼きのレストラン。温野菜から始まり、和牛のステーキ、バターライス、デザートのコースが終わり、食後のワインを楽しんでいるところに、高橋はその妙な依頼をしてきたのだ。 残り少なくなったグラスワインをとりあえず飲み干してから、既にウレタンマスクで顔を覆った高橋に、私は言う。 「何でまた、そんなの書けと?」 「コロナ禍の中で、皆、疲れを感じているんだと思うんです」 そうして、高橋はこの閉塞感に満ちた生活を書く意義を話し始める。 小説を始めとした芸術には、その疲れの中でも、よし明日を頑張ろう、と思えるものを作ることが求められている。そしてそれは、ああしろこうしろ、と指図するものではなく、未だ終わりの遠いこの生活の只中で感じることを描写した作品に他ならない。それこそが、読者の共感と感動を呼び起こすものだから……。 締め切り一週間前なのにプロットの半分も進んでなかった時とか、まだ一行も書けてないのに一人酒を楽しんでた時とかに、高橋は冷徹、とすら評せる顔を私に向ける(まあ当たり前か)。一見柔和なくせに基本冷静で厳しい彼女にしては珍しく、今の生活を書く意義を話す口調は、嫌に情熱的だった。 彼女の様子に、ちょっとばかり気圧されつつ、私はふん、と鼻息を吐く。 「無理だわ」 「どうしてですか?」 「私だけじゃなくてさ、物書きだったら皆難しいと言うと思うよ、多分。マスク付けてない人を寄ってたかっていじめたり、医療従事者が死ぬ気で頑張ってる一方で酒飲んで遊び回る奴がいたり、明日の生活も困る人がいるのに、前より金持ちになる人がいたり……書くネタには困らないけど、どれをどう取り上げるべきか、見つめるべきか。よく分からないもん」 「もし椎名先生が、戸惑いを感じてらっしゃるなら、その心象を描いて頂いても結構です。一度、検討してみていただけませんか?」 「そういうのは、もっと実力のある人に頼むべきじゃあないかな」 「先生なら出来る、と思ってお願いしてるところなんですが……」 「とかなんとか言って、上手く乗せようとしてるだけなんじゃないの?」 「仮にそうだとしたら、乏しい経費をやりくりしてごちそうしているのもその一環、と思って下さい」 そう言って笑う高橋に、私は思い切りため息をついてやる。 とりあえず、プロットを考えてみる、執筆に移るかどうかはその出来で相談しましょ。 そう私が言うと笑みを深めた高橋に、もう一度ため息をついてから、私はワインのおかわりを注文したのだった。 そうして始まったプロット作りだけれども、半ば予想した通り、全然順調には進まなかった。 今、私が思うこと。そこから思いつくシーンをいくつか書く。その中から面白そう、書いた方が好さそう、と感じたものをもとにプロットを作り始めたものの、結果として、昨日の晩はクズカゴが原稿用紙で埋まるだけに終わってしまった。 あまり質が良いとは癒えない睡眠から目覚めた私は、顔を洗い、グラノーラで軽く朝食を済ませてから再び原稿用紙に向かう。そして昨晩と同じことを繰り返した。 「んな変なテーマで書けるかっていうのよ」 原稿用紙を丸め、クズカゴへ放ってから、私はコーヒーを淹れることにした。 季節は四月の半ばを過ぎていた。ようやっと終わった二回目の緊急事態宣言の甲斐なく、東京ではコロナの感染者数が増え始め、また緊急事態宣言か、なんて言葉が新聞やネットニュースでは繰り返されている。 でも、緊急事態宣言があろうとなかろうと、私の生活は大きく変わらない。小説家としての仕事は外出が制限されようがされまいが変わりないし、しょっちゅう会うような友達もいない……いやそもそも、友達がいない、と言うべきか。収入の大方を占めるスーパーのパートは首になることもなく、むしろ職場の景気はコロナが始まる前よりもいいくらいだ。ゆっくりと心を浸食してくる不安感はあるものの、それはコロナが始まる前だって変わりない。 今、執筆に難渋してるのは、投げられたテーマの無茶さだけじゃなく、そんな私の生活にあるのかもしれない、とふと思う。 世間とずれた私は、幸か不幸か、今という時代に大きく心が揺さぶられることなく過ごせてしまっている。だから書けない。今という時間に大変な思い、苦しい思いを抱えてる人たちに寄り添う作品が書けない。 ……良くない思考パターンに入ってる。 そのことに気付いた私は、頬をぺちりと叩き、そしてスマホに指を滑らせてお気に入りの音楽を流す。 チック・コリア。情熱と哀愁、そして美しさを感じさせるピアノの調べ。それが憂鬱を押しのけ、私の心に慎ましい興奮と満足を満たす。大昔に収録されたジャズピアノを愛聴する二十八のオンナが他に何人いるんだろう、なんてことも考えつつ、私はコーヒーを淹れ、椅子に腰かけて飲み始める。 コーヒーの香り、チック・コリアのピアノ、そうしたものに包まれた私は、小さくため息をついた。 そして、脳裏に一人の男の顔が浮かぶ、 高橋の顔は、柔和だけれど、その下に忍ばされた神経質さを感じさせる。でも、その男の顔には穏やかさしか感じない。私の全てを包んでくれる、そんな温かさを、私はあの男に確かに感じた。 でも、私は知らなかった。あいつが温かく包む相手は私だけではない、ということに。私を自分のものにしつつ、他の女(ひと)を手に入れること、それが何の矛盾もなく両立してしまう人だということに、小娘だった私は、気付かなかった。気付いた後も受け入れられなかった。 大きく深呼吸をする。そして、意識を音楽に向け直す。コーヒーの匂いを胸いっぱいに吸い込む。それでも、一度高まった鼓動は、なかなか収まってくれなかった。 結局、私は執筆を諦めて、その日の残りは酒を飲んで過ごした。せっかく一日を執筆に当てられる、貴重な休みだというのに、とも思うけど、もうこれはどうしようもないことだった。今日はこれ以上書けない。それは太陽が昇って沈むのと同じく、自明の理だった。 上手く書けなかったことでそれなりに嫌な気分になっていたらしく、私は思いがけず深酒をかますことになってしまった。翌日はスーパーのパーートがあったのだけど、目覚めの気分は最悪だった。それでも休むことはしない。パートをさぼれるほどの収入の余裕は、売れない小説家にはない。水をがぶ飲みし、何十分かトイレにこもってから、私は元気に出勤した。 そして私は、彼に会うことになる。 シフトの終盤、夕食前の買い物客も落ち着いた午後八時。三千八百八十八円になりまーす、とお客さんに告げたのだけど、相手は財布に手を突っ込んだままじっと私を見つめるだけだった。その男の客は同世代らしかったけど、不織布マスクに覆われていて、どこの誰だかよく分からない。ついつい訝しく見返してしまった私だったけど、相手が「椎名?」と私の名前を読んだ途端、彼が大学の同級生だということに気がついた。 確か名前は、岡本くん。名前は判然としないままだったけど、私は懐かしさを感じる。久しぶり、と応じた声も仕事中だというのについつい弾む。彼も目元でにっこりと笑ってくる。 「うわー元気だった? 家この辺なの?」 「いや、仕事でたまたま来ただけだ」 「そっかー。いやー何年ぶりかねー」 「七年くらいじゃないか? それにしても、生きてて安心した」 「随分だなぁ」 「だってお前、学校止める前も後も何にも連絡しなかったろ。それに……」 そして、彼の言葉は穴の開いた風船のように急速にしぼんでしまう。 別に、私は彼の言ったことは気にしてない。でも、彼が気にせざるをえないのも無理はないと思った。 三年生で大学を中退した当時、生存が危ぶまれるくらいに酷い状態だったのは間違いない。 「ほら、ちゃんと脚も生えてるでしょ」 スーパーの制服のエプロンの下のチノパンを見せて、私は無理におどける。自分のしたことで、彼に気まずい思いをさせてしまった、そんな過剰なくらいの申し訳なさを感じたから。 そして、私のおふざけに彼も応じてくれて、マスクの上の瞳に、少し無理矢理な笑みが浮かんだ。 「悪かった、悪かった……仕事はまだ続くのか?」 「ううん。もうちょっとであがりだよ」 「良かったら、飯でもどうだ?」 「お客さん、ウチのお店はアフターとかは御法度なんですよ」 「バカ。ただ旧交を温めたいだけだよ」 「なーんだ」 「……ほんとに口説いて欲しかったのか」 「いや全然」 「ったく……」 「まあ冗談は置いといて、いいよ。ゆっくり旧交温めようよ」 苦笑いを浮かべた彼にそう応じると近くのセブンで待ち合わせをすることにして、彼は混み始めたレジからさっさと去って行った。 セブンでコーヒーを飲みながら私を待つ彼を見て、私は自分が取り残された気分になった。 湯気のくゆるコーヒーを片手に、もう片方の手に持ったスマホをじっと見つめる彼はよれ始めたスーツ姿。そして表情には、年季の入った古道具を思わせる……仕事とか、生活の諸々に揉まれ、乗り越えてきた人がまとうような、ある種の凄み、落ち着きがあるように見えた。 彼と同じような顔を、私は逆立ちしても出来ない、そんな気が、ついしてしまったのだ。 私が声をかけられないでいると、彼の方が先に顔を上げてきた。片手を上げた彼に応じつつ近付くと、彼は開口一番、ダメだ、と言ってきた。 「どの店も閉まってる」 「あー時短かぁ」 「なので路上飲みでも、どうだ?」 そう言って、彼は持っていたセブンのコーヒーを上げた。 「どうせおごってくれるなら、お酒が良いな」 「……ご時世的に、それは不味いだろ」 「真面目だなぁ」 「コロナを職場に持ち帰ったら、大変なんだよ」 「まあ、それもそっか」 そして私は彼のおごりでコーヒーをいただくことにする。コーヒーを持つと、まるで大学生に戻ったように、私たちは車止めに腰掛けた。一応ソーシャルディスタンス、ということで、お互いの間隔は一メートルほど空ける……本当にコロナにかかっていたら、まあ無駄だろうけど。 紙コップを合わせて乾杯してから、私たちはおしゃべりを始める。大学を中退してからというもの、当時の知り合いとは関わりを絶っていて、初めて聞く話ばかりだった。あいつはあそこに就職した、あいつとあいつがくっついた、とか。そういう話に自分が興味を持ったり、懐かしさを感じたりしていることを、私自身、意外に感じた。大学を辞め、実家にも帰らず、アパートでただ酒をあおり続けてた当時、関わっていた全て、自分を取り巻く全てのものが自分を害するものだと感じられていた。彼らに親しみや、懐かしさを感じられている、ということは、私の心も、大分持ち直してきた、ということなんだろうか。それとも単に、当時の記憶が薄れているだけなんだろうか。 彼との話を楽しく感じる一方で、そんな戸惑いも、私は覚える。 そして不意に、脳裏にあの顔が浮かぶ。 さして良い男とは言えない、でも当時の私が強く心惹かれていたあの男の顔。 あいつ、どうしてるの? そんな問いかけが頭の片隅に浮かんできたけど、私はそれを必死にかき消した。それは、今も出血を続ける傷だった。あれから七年も経った今では、傷の上に大きな、厚いかさぶたがあるけど、その下では今も血は流れ続けている。かさぶたをはがせば、血は一気に流れ出るだろう。 彼の話に意識を向け直し、笑い合う内に、あの男の顔はひっそりと沈んでいった。ただ、その存在は確かな熱を持って、心の片隅に、あリ続けた。 そうして話している内に、時間はあっという間に過ぎていき、ふと時計を見ると一〇時過ぎになっていた。回りには路上で酒を飲んだり、真っ赤な顔でマスクもせずに肩を組み合ったりしてる人もちらほらと見える。 そんな連中を、彼は酷く不愉快そうな目でみてから、そろそろ帰るか、と言ってきた。 私は、楽しかった、ありがとう、そう言おうと思ったものの、彼の顔を見て、止める。 帰ろうか、と自分から言ってきたくせに、彼は、車止めに腰掛け、地面をじっと見るばかりだった。 何かを考え込んでいる様子の彼に、私はちょっと戸惑う。 不意に、彼は意を決したように顔を上げ、そして、不吉な予感に捕らわれる私を真っ直ぐに見てくる。 「こうして、お前を連れ出したのは、言わなきゃならないと、思ったことがあったからなんだ」 「……何のこと」 「あいつのことだ」 あいつが誰を指すのかは、明らかすぎるほどに、明らかだった。聞きたいか、そう言葉を続けた彼に、私は応じることが出来ない。 首を横に振ろうと思うのだけど、どうしてか、それは出来なかった。何も言わず、みじろぎも出来ない私を、彼はしばらく、見ていた。 「すまん、言うべきじゃなかった」 「聞きたい」 私の顔を、彼は見る。自分がどんな顔をしているのか、分からないまま、私は彼を真っ直ぐに見つめ、そして繰り返した。 「聞かせて」 彼は、それでもしばらく躊躇うように私を見た後。 「死んだんだ」 そう言った。 「あいつ、死んだんだ」 その言葉を脳が認識するまでに、酷く長い時間がかかった。まるで、石を深い深い井戸に放ったように。 じれったくなるような時間をかけて、石は井戸の底に落ちる。その石は水底に落ちて高い音を響かせ、さざ波を広げた。 「コロナ?」 そう、私の口がかすれた声を出す。彼はそれに、かぶりを振った。 「若年性のガンだった、って聞いてる」 その言葉を聞いたきり、黙り込んでしまった私と同じように、彼もまた、沈黙に沈んだ。もしかしたら、言ったことを後悔しているのかもしれない。もっとも、そんな彼の心情は、今の私にとっては、どうでも良いことだった。 あいつが死んだ。現実味のない、そのことを、どう捉えれば良いのか、分からなかった。大笑いしたいような、泣き叫びたいような、混沌とした自分の感情を持て余したまま、私は回りを通る人たちの訝しげな視線にさらされたまま、立ち続けた。 彼もそれ以上何も言わず、私も何も聞けなかった。 「言わなきゃならない、と思ったんだ」 二人の間に滞留した重苦しい沈黙を破ったのは彼の方からだったけど、口にしたのは、さっきの繰り返し。そして、ただ気まずそうに、視線を地面に落とした。 すまない、そう呻くように彼は言う。私は顔を上げて横に振り、何故か笑みを作る。そして、ありがとう、と彼に言った。 私は家に帰ると、酒も飲まず、シャワーも浴びず、そのままふとんに潜り込んだ。目を閉じるけど、眠りは訪れない。ぼんやりと天井を眺めても、同じだった。そのまま一睡も出来ないまま夜は明け、カーテンの隙間から朝焼けが差し込む頃になって、私はむっくりと体を起こした。 台所に言って、コップで水を一杯だけ飲む。何も食べたくないし、何もしたくなかった。ぼんやりと椅子に腰掛け、スマホで音楽を聞いて過ごす内に、太陽はゆっくりと高度を上げていく。九時になった頃に、私は今日もパートがあることを思い出した。そしてあっさりと、休むことを決める。 体調が悪くて、熱も出てます、と言うと店長はあっさりと休みをくれた。病院に行け、と固い口調で言ってから電話を切った店長に、心の中でごめんなさいを言う。 コロナが始まって良かったことがあったとすれば、こうして休みを取りやすくなったことになるだろう。出勤再開してもしばらく人から遠ざけられることを覚悟しなければならないけど。 そして出来上がった時間を、私はぼんやりとして過ごす。手は自然と冷蔵庫に備蓄したビールに向かい、冷たいそれのプルタブを空ける。でも美味しいとは感じない。ただ苦い炭酸水、でも私はそれをちびちびと舐める。ほとんどオートマチックに飲み続け、空き缶が一本、もう一本と増えていき、アルコールの酩酊がゆっくりと頭を侵してきた。 醒めていた感情が、ぼんやりとした恍惚に染められる。でもどういう訳か、思考は飲めば飲むほどに、鋭さを増していくようだった。 自業自得だ、と思った。 私を含め、何人もの女を傷つけ、弄んできた奴にはお似合いの最後だ。神はいた。下すべきところに天罰を下す神はちゃんといたのだ。あいつはどれだけ苦しんだのだろう、そして、あいつが自分のみすぼらしい人生を思い返すとき、その傍には、誰かいたんだろうか。最期のその時、私の顔は、浮かんだのだろうか。 自分が泣いていることに、不意に気付く。頬に手を当てる。アルコールで火照った頬は熱いけど、頬を流れる涙は冷たく、さらさらしている。手を濡らしたそれを信じられない心持ちで眺めるけど、その間にも涙はまた一筋、一筋と流れていった。 そして私は笑う。そしてまた別のプルタブを開けた。 それから数日の間、私は飲み続けた。 飲み、そして気絶するように眠りに落ち、酷い頭痛を感じながら起きたら、水を飲んで、トイレにこもって、そしてまた飲み始める。外出は酒を買いに行くときだけで、仕事は当然、無断欠勤だ。スマホには店からの着信履歴と同僚のパートさんからのラインが溜まり続けたけど、電話も、返信も一際しなかった。いちいちスマホがぶーぶー鳴るのが耳障りになって、しまいには電源を切った。 窓に朝日が差し込んでから、夕日に染められるまで飲み続ける。そんな生活の四日目に、職場の人がアパートにやってきた。何度もチャイムが鳴らされるのに耐えかねて、寝ていた布団から起き出すと、外には仲良しのパートのおばさんと、店長がいた。のぞき穴越しに見てみると、二人はマスクに覆われた顔に不安そうな表情を浮かべ、電気メーターを覗いていた。 そんな二人の様子に、思わず笑ってしまう。どうやら私がコロナでぶっ倒れたか、死んだかしたと思っているらしい。密やかに笑いながら、そのまま居留守を決め込もうと思ったけど、はたと気付く。 もしかしたら、管理会社か警察にでも電話をかけるかもしれない。というか実際、二人はもうドアを離れ、神妙な面持ちでスマホに指を滑らせている。 慌てて、ドアを開ける。アルコールに火照った顔に感じる外の空気が、嫌に爽やかだった。 当然のことながら、二人にはめたくそ怒られた。 社会人としての自覚が足りない。どれだけ皆が心配したか分かっているのか。自分の体を大事にしなさい、などなど。 どのお叱りも、いちいちごもっともで、私は頭を下げるしかなかった。しまいには涙まで出てきて、それきり二人は怒るのを止める。 何かあったの。そう、おばちゃんは私に言ってくれる。 自分の情けない過去から何から全て、全てをぶちまけてしまいたい、という衝動に駆られるけど、結局私は、何でもないんです、とだけ言った。 てっきりクビを伝達されると思いきや、私がひとしきり謝った後、店長は、いつからこれそうだ、と言ってきた。 酔っ払ってサボるとしても、仕事に慣れた人材は貴重、そういうことらしい。 翌日は一日、ノンアルコールで過ごし、店長達の来訪から二日目に、私は職場に復帰した。まだ心には、感情や記憶の絡んだものが転がっていた。アルコールでもそれは取り払われることはなかったけど、いつまでも酒に逃げて良い訳ない、なんてことは私にも分かっていた。 ……でも、私はまたも酒に逃げることになった。 自分なりに、勇気を出して職場に復帰した訳だけど、でも以前のように淡々とレジ打ちや接客をすることは出来なくなっていた。レジの打ち間違いはしょっちゅうするし、客の些細な言葉にすぐ苛立ちもする。酒を飲んで不貞寝していたという話は既にパートの皆に知れ渡っているらしく、あからさまに嫌がらせをしてきたり、陰口を言ったりする奴も出てきた。 ……少なからず、自分のせいだったとはいえ、酷くつらいことだった。 仕事を終えた時には疲労困憊で、私は自分の部屋にやっとのことで帰り着く。 人気のない、暗い部屋に一人いることが、耐えがたく感じたのは久しぶりのことだった。その孤独を誤魔化せるものは、私には一つしかない。 靴を脱いだ私はすぐに冷蔵庫に向かい、そこに並んだ銀色の缶に手を伸ばした。 自分がかなり危ういところにいる、そんな感じがした。それでも私は冷たいそれに口をつけた。 慣れ親しんだ恍惚が、頭にゆっくりとやってくる。 それに浸される前、私の頭にぼんやりとした思考が浮かぶ。 あいつの死を、私はどう感じているのだろう。 ざまあみろ、と思う。憎しみを抱いているのは間違いがない。でも私は涙を流し、酒に逃げるほどに、あいつの死に揺さぶられている。 憎み、自分から関係を絶った癖に、私はあいつを引きずっている。あいつが死んだ今でも、いや、だからこそ。あいつの喪失は、私を深く揺さぶってる。 そのことを考えて、口に苦笑いが浮かぶ。苦い感慨を、勢いよくあおったスーパードライが流していった。 高橋がやってきたその日、私はパートを首になりかけていた。しょうもないミスをして、それを指摘してきた客に喧嘩を売り、店長に怒鳴られた。 もうあんたここは良いから、と同僚のおばちゃんに言われて帰らされた直後。またもビールに逃げていたとき、担当編集の高橋が部屋にやってきた。飲みかけのビールを片手にドアへ言ってのぞき窓を見ると、マスク姿の高橋が仏頂面を私に向けていた……穴越しに私が見ていることには、とっくの昔に気付いてる、そんな顔だった。 居留守を決め込もうと思ったけど、いつぞや締め切りをすっぽかした時に、彼女には部屋の合鍵を渡していることを思い出す。 ため息をついてからドアを開けた。 私のまとうアルコールの臭いにはすぐに気付いただろう。高橋は顔をしかめつつ、話し始める。話す直前、彼女がすう、と息を吸う音が、妙にはっきりと聞こえた。 「椎名先生、どういうつもりですか。携帯も電源が切られてるし……」 そう言ってきた高橋を、私は瞬間的に殴りたい、と思った。 この女に掴みかかって、ひっかいて、その律儀なマスクも引き千切ってやる……そんな調子のいいことを思った私が、実際にしたのは、全く正反対のことだった。 高橋の顔を見た途端、私の視界が滲む。そんなことは自分でも予想していなくて、止めようとするけど涙は一つ、また一つと頬を伝った。 生真面目で、少し冷徹な、この女の顔を見た途端、私の胸にいろいろなものが湧き上がって、私は玄関に立ち尽くしたまま、泣いてしまう。 そんな私を、高橋が戸惑いがちに見てくる。 「先生?」 依頼された仕事を放り投げて飲んでいたダメ女への苛立ちを忘れ、高橋は心配そうに私を見てくる。 こいつは、こういう奴なのだ。締め切りには厳しいし、だらしのないことは嫌いだけど、傷ついたり、泣き腫らしたりする人には手を差し伸べざるをえない、そんな人なのだ。 そんな彼女にすがる自分が、酷く浅ましく、情けなく感じた。 でも、涙を拭いて立ち上がろう、なんて気にはなれず、私は戸惑う高橋の前で、泣き続けた。 埃をかぶったお茶の道具を使って、高橋はほうじ茶を淹れてくれる。熱いお湯で、じっくり抽出したほうじ茶は、とても美味しかった。鼻水をすすりながらそれを飲んだ私に、高橋はため息をついた。 「落ち着きました?」 「……ごめんなさい」 泣くばかりの私を室内に促した高橋は、ビールの空き缶が散らばった部屋の惨状に顔を引きつらせつつ、私に水を飲ませ、部屋の片付けをし、私が吐き気を催したらそのお世話までしてくれた。そんな彼女に言わなきゃならないのは一つだけ。 「本当に、ありがとうございました」 深々と頭を下げた私に、高橋は苦笑いを浮かべる。 「介護はおばあちゃんで慣れてます」 ……そんな容赦ないコメントも、まさに仰る通りなので、神妙に聞くしかない。 「で、どうしたんですか?」 ため息交じりに、高橋はそう言ってくる。仕事の進捗状況を確認しに来たというのに、彼女はあくまで、私のことを心配してくれていた……まあ、私と部屋の状況を見れば、聞くまでもない、と思ったのかも知れないけど。 「何か落ち込むことがあったんですか? それにしては、ちょっと酷い乱れっぷりですけど」 ためらったのは、ほんの少しだけのこと。僅かな沈黙の後に、私は、多分初めて、自分の情けない過去を彼女に話していた。 パートのおばちゃんにも、親にも、多少の交流が続いていた知り合いにも、誰にも話してなかったというのに、どうして私は、担当編集という、時に殺伐とすることもある相手に、話そうと思ったんだろう。 彼女が本質的には優しい人、だということもあるだろう。 でもおそらく、一番大きいのは、彼女が私の小説を見いだした張本人だということだ。 だから私の話を理解してくれる。すがるような気持ちのまま、私は高橋に話し始めた。 あいつは私の、初めての男だった。というか、今のところ、唯一の男、と言って良いだろう。 魔女の釜のように混沌とした状況になった末にあいつと別れた後、私はどんな男とも深い関係になることはなかった。自分から相手に好感を持つ、相手が私を気に入ってくれる、なんてことは何度かあった。ただ、その度に、あいつとのことが脳裏によぎり、私はそれ以上進むことは出来なかった。 あの男が私に刻みつけたのは、そういう、呪いのようなものだった。 大学の同級生だったあいつとは、新入生のコンパで知り合い、そしてすぐに、付き合うことになった。中学、高校と文芸部だった私と、陽気で社交的、今ならパリピとでも言う人種のあいつが、どうして合ったのかはよく分からない。ただ付き合い始めの頃、私はあいつといることに楽しさと安心を感じ、そして、あいつは時にうっとおしいくらいに私を愛してくれた。あいつの私を見る瞳には、最初から最後まで本物を感じた。 そして、浮気が発覚する度に心から悔やむあいつの顔に、嘘を見つけることは出来なかった。 あいつの歪んだ雰囲気を、感じていなかった訳じゃない。それでも、私の中では怪しい、よりも、あいつが好き、という気持ちの方が大きかった。たとえあいつが浮気を繰り返したとしても、衝突が繰り返されたとしても、私とあいつの関係は時間を経るごとに深くなり、そして一生を遂げることになるんだろう。そんなことを、私は思っていた。 要するに、その時の私は、あいつの歪みように気付いてなかったのだ。 あいつが私を心底、それこそ、一生に一人の相手として見てくれていたのは間違いがないと思う。ただ、あいつは、ふとした時に、他の女のことも同じように想えてしまうのだ。 あいつが胸に抱いた愛情は変わりがない。ただその対象は時によって私だったり、他の女だったりして、そして私に戻ってくることが多い、ということだった。そうしていることにあいつは気づいておらず、まるで一時的な記憶喪失になったかのように、愛情の対象は揺れ動いた。 自己愛性人格障害、解離性障害……あとになって臨床心理学の本を読んだときに、そうした言葉を知ることになったけど、あいつの状態を示すには、どの言葉もそぐわない。あいつの抱えた歪みは、病ではなく、あいつという存在そのものだった。 あいつの私への気持ちの嘘のなさと、それが容易に他の女へ動くことに、次第に耐えがたいものを感じるようになる。 今になれば、あいつはそういう存在なんだ、というなんでもない答えに行き着くことが出来るけど、二十歳くらいの私にそんなことは分からず、ただあいつの浮気に傷つき、そしてあいつが戻ってくることに心から安心する、そんなことを繰り返すだけだった。 これが世の男共のように、口先だけ私への愛を語るだけなら、もっと楽だったと思う。ただあいつの語る私への愛は、否定しようが無いほどに、本当だった。自分の無意識の内の浮気を詫び、二人の今後を誓い合ったその直後に、あいつは別の女とホテルに入る、そんなことが、何度も、何度も繰り返された。 辛さを感じていたはずの私の心は、その繰り返しの中でだんだんと麻痺していくようだった。嬉しさも、辛さも、何も感じなくなる、そんな境地に辿り着く、と思ったこともあったけど、そうなることはなかった。 ふと気付くと、刃を出したカッターを手にしている、そんなことから始まった。 何時間も暗くした部屋でぼーっとしている、無意識のうちに建物の屋上の縁に立つ。そんな私の変化に気付いた同級生に無理矢理連れられ、精神科に通うようになった。色々な薬を飲んでも、私の奇行はおさまることなく、医者は薬をどんどん増やした。ゆっくりと損なわれていく私を、あいつは心底心配したようだった。大学に行けなくなった私を、あいつは毎日のように見舞いに訪れ、私はそれを拒まなかった。おそらく別の女とまた寝るんだろう、と分かりながら、あいつが心配してくれることが、私は嬉しかったのだ。 そんなことが続いていたある日、私はあいつとの全てを断つしかない、という結論に行き着いた。 その前の晩に私は酒を飲んだ後に精神薬を飲むなんていうバカをやって、その日は朝から酷い喉の渇きと不快感に苦しんだ。たまたまあいつは見舞いにこなくて、私は死んだ方がましと思える不快感を一人で耐えるしかなかった。いくら水を飲んでも癒えることのない渇きの中、ドラマのように、あいつの名前を呼ぶけど、あいつが現れることはなかった。 その不快感からようやく抜け出した翌日の朝、ずっと前からそこにあったかのように、あの結論は私の頭にしっかりとした根を張っていた。 どういう順序を辿ってそうなったのか、今でも分からないけど、私は、その日の内に学校に退学届を出し、バイト代や親からの仕送りの全てを引き出し、誰にも何も言わないまま部屋を引き払った。 もとのアパートから離れ、居を移した私は、精神薬を止め、ただひたすらに、酒を飲んだ。あいつから逃げられないかもしれない恐怖とか、将来への不安とか。そういうものから逃げるために、ただただ酔いに自分を浸した。 転居から一月経っても、あいつに私が見つかることはなかった。 もう大丈夫、という安心と、どこか空しいような気持ちになり、酒にも飽いた私は、ふらふらと外に出る。そしてふと目に付いた本屋に入ると、一冊のノートを買い、それに物語を書き付け始めた。読み返すと、支離滅裂でしかない、ただし間違いなく異様なエネルギーに満ちた物語を。 最初の作品を書いた後、私は、少しだけ解放された気がした。 今の私にとって、小説を書くことは人に見せることが第一義だけど、当時のそれは純粋に自分のためのものだった。 あいつへの気持ち、未だ自分の中でうねり続けている怒り、憎しみ、妬み、後悔。そうしたものが直接的、間接的に反映された作品を書き続けるのと期を同じくして、私はゆっくりと、現実へ復帰していった。アルバイトを始めたり、親に連絡をしたり。 私が再び立ち上がる上で、小説を書くことは必要なことだった。多分、ふとした気まぐれで作品をとある小さな文学賞に送り、見事に落選したそれを物好きな編集者が拾わなかったとしても、私は小説を書き続けていたと思う。私が立ち続けるために、小説を書くことは、必要なことなのだ。あいつの付けた傷を抱えた私は、そうしないことには生きていけなかった。 そんなあいつが、死んだのだ。 私を過去に縛り付け、小説を書かせることになった張本人が、ガン、なんていう、ありきたりなことで死んだのだ。 高いワインでも買って祝えば良いのに、私は、ひどく乱されてしまっている。 まとまりを欠いた私の独白を、高橋はじっと聞いてくれた。二人の間に置かれちゃぶ台に目を落としていた彼女は、私の口から言葉が途切れると、視線を天井へ向けた。 白くて、安っぽいそこをしばし見上げてから、高橋は私に尋ねてきた。 「その人を、今も愛してるんですか」 その問いかけに、私は苦笑いを浮かべるしかない。小説を書くときいつもそうしている通り、私は、自分の心を覗く。雑然としたその中から、いくつかの言葉を見つけて、不器用につなぎ合わせる。 「そうじゃないんだ。私は私に傷を残したあいつのことを憎く思ってる」 「でも、その人の死にとても深く揺さぶられてるんですよね?」 「確かにまだ、あいつの存在はひっかかってる」 頭を覆っていた酔いは、いつの間にかどこかへ行ってしまい、変わりに頭に降りてきたのは、酷く苦い感慨。それを味わいつつ、私は言う。 「あいつを、一時とはいえ、愛していたことは間違いがないことだから。そんなあいつが死んだことが、堪えていることもある……そして、もしかしたら、あいつにとって、私が数多くいた女の一人でしかないかもしれない、っていう可能性に、落ち込んでもいる。全く別のところに移ったと言っても、私は同じ都内にいたのに、あいつは結局、あたしを見つけなかった……あいつに見つかる不安を抱えておきながら、私はこんなことも、考えてる。 ……結局、これだけ気分が落ち着かない理由は、私でもよく分からない」 ごめんなさい、話に付き合わせて。散々迷惑かけて。ほうじ茶、美味しかった。 そうぽつぽつと行った私に、高橋は苦笑いで答えた。これも担当者の仕事の一つです、そんな感じの笑みだった。そんな彼女の苦笑いに促されたのか、また泣き言が、口から漏れる。 「世の中がコロナで大変な今でも、私はそんなことばかり、気にしちゃってるんだ……ごめん、お願いされた作品だけど、やっぱり書けそうにない。自分のことで手一杯の私が書いても、読者の胸には響かないと思う」 「そんなことはないです」 そう、高橋は言った。なんでだよ、と苦笑い半分に言おうとしたけど彼女の顔が予想以上に真剣で、つい口をつぐむ。 「それで良いんです。コロナで不幸が上塗りされてても、人が悩むこと、苦しむことは変わりません。不器用に、でも誠実に生きようとする先生の小説は、人の心を揺さぶると思います。だからどうか、依頼した作品もどうか、お願いします。これは編集者としてだけじゃなく、一人の読者としても、お願いします」 「……高橋は趣味が悪いなぁ」 鉛筆を男の喉元に刺す女の姿を浮かばせながら、私はそう言う。 でも高橋は、生真面目な顔を崩すことは、なかった。 闇に落ちた私の部屋、そこに唯一灯った卓上ライトのもとに、原稿用紙と尖らせた鉛筆が並んでいる。 私は大きくため息をつく。連日の酒で弱った頭で、果たして小説が書けるのかどうか、自信はない……仮に体調が万全だったとしても、こんなに情けない自分が良いものを書ける自信はない。 まあ、後者に関しては、いつもと変わらない悩みではあった。 結局、私はいつもと変わらない。コロナで世の中が行き詰まっても、昔の恋人が死んでも、物事に動じ、嘆き、周りに迷惑をかけるわたしという人間の本質は変わらない。書くものがしょうもないのもまた、変わりないのだ。 ただ、そんな私の作品を待っている、そう言ってくれる人がいる。ならば書くしか、ないじゃないか。 そして私は鉛筆を握り、ふと気づいて、それを置く。その前にやらなければならないことがあった。 ポケットからスマホを取り出し、指を滑らせ、その奥底に眠る一枚の写真を開く。大していい男とも言えない、ただ一時、私の人生に陰と光を差した男の写真。それに手を合わせてから、私はそのデータを消去する。そして鉛筆を握り、原稿用紙に物語を書き付ける。今の私だからこそ、書ける物語を。 どうか、読む人が勇気づけられますように。 そんなことを願いながら。 |
赤城 2021年05月01日 22時45分58秒 公開 ■この作品の著作権は 赤城 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2021年07月24日 20時29分30秒 | |||
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Re: | 2021年05月23日 21時11分57秒 | |||
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Re: | 2021年05月23日 21時09分36秒 | |||
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