今☆Chu♡Shock! |
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(※ 不快に思われる方はすいません、今作品は『昆虫食』を扱った作品です。軽快に読めるよう配慮したつもりではありますが、実際に食べるシーンも出てきますので読まれる際は心の準備をよろしくお願いします) (※ タイトルで期待された方すいません。意図的なタイトル詐欺です。チューとかしません。『今』は『こん』と読みます。続けて読むと……) (※ 今作はどうしても書きたくなったネタなので書きましたが、虫が特に苦手な方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。その場合は無理なさらなずに、他の方々の作品をお楽しみください。なーに、それぐらい良いハンデですよ、あははー(乾いた笑い声) 【はしはじめっ! お小遣いを受け取ったら罠だった件】 それは、むか~しむかしのことじゃなくて今。 休日の昼下がり、現代日本のあるところに、私がいた。 名前は虫田部流禍(むたべるか)。それはそれはどこにでもいそうな、平凡極まりない女子高生じゃった……。 「――ちょっと流禍、お小遣いあげるから流乃と一緒に食事に行ってきてくれない?」 そう言っておばあさんはきびだんご……じゃねぇや、お母様が二千円を私に手渡してきた。 それを、「ははーっ、ありがたき幸せ!」と受け取るのが我が家流。 「それで、流乃と一緒にどこに行けばいいの?」 「えっーと、ね。流乃がなんか行きたいお店がある、って言ってるんだけど。あら? なんだったかしら……」 「――むしむしQuu(くー)!やじっ!」 そう声を上げたのは、今年小五になったばかりの妹、流乃。 流乃はお子様っぽさの抜けきらないツインテールにまとめた髪を揺らして、そう主張する。 「流乃ね流乃ね! そのお店に『どーしてもっ!』、行きたいげんよっ!」 流乃は『どーしてもっ!』にやたらと力を込めて言う。 こういう時の子供って、どーしてオーバーアクションなんだろうね? 「まあ別に良いんだけどさ、そこって何のお店?」 私が尋ねると、流乃は一言「むし料理」と言った。 「えっと、『蒸し』料理専門店? 小籠包とか、蒸しパンとかのあれ?」 「違うげん! その蒸しじゃないじ! 虫! 昆虫の虫ぞいね!」 「あー、虫、昆虫の……」 想像して、ぞっとした。私のもち肌が、鳥肌にバードチェンジ。 「えっと、それなんの冗談? 頭大丈夫?」 「流乃は正気やじ」 「ごめん、むしろ正気なのに虫食べたいって方が狂気を感じるんだけど?」 「それはそうかもやけど……ほら! 蠱滅の灸(こめつのやいと)のグレーテちゃんも食べてたじ! だから流乃も食べてみたいげんよ!」 「あー、蠱滅の灸か」 蠱滅の灸、とは。 雑誌週刊美少年シャンプーで連載していた、大腿敦照(だいたいあつてる)の人気漫画だ。 ある朝唐突に『蟲』と呼ばれる存在。毒虫かつ糞虫で塵虫(ごみむし)、そればかりか寄生虫(パラサイト)になってしまった兄グレーゴルを(真)人間に戻すため、妹のグレーテ・ザ・ムザンが日銀砲を片手に駆蟲業者になる。そんな話だ。 特にアニメ化においてその人気が爆発し、去年映画化された『百足(むかで)人間列車編』は歴史的な大ヒット。今年はさらにアニメ二期において、続編である陰間茶屋編の放送も予定されているという状況だ。 その影響もあって小中学校はもとより、高校であるうちのクラスの男子達や教師達までもが蠱滅に熱狂している。特に遅刻や忘れ物をした際『禅集中のお灸(きゅう)!』と自ら、または生徒に灸をすえ、座禅を組む、または組ませる姿を見ない日はないほどである――。 そして確かに流乃の言うように、その蠱滅の灸において主人公グレーテが虫を食べるシーンがあるにはあるのだけど。 「いやあれ確か、蟲化した馬鹿兄に貯金を使い込まれて仕方なく虫喰ってただけじゃなかったっけ?」 しかも悔しそうに、涙目で。畜生! 畜生! と叫びながら。 とてもあれを見て、私も食べたい! にはならんと私は思うのだけど。 「そうでも流乃は食べたいげんよ!」 ぷぅ、と流乃は小五らしく丸みの帯びた頬を一層丸く膨らませる。 「あんねー、駅のそばに最近虫料理出すお店出来たんやじー。そこ連れてって欲しいんやじー。じーじー!」 「行かんわっ。だいたい私が虫とか嫌いなの、知ってるでしょ? だからそういうのはお母さんと行けばいいじゃん」 「もう言ったぞいね! ほならお母さん、そういうのはお姉ちゃんと行きなさいねー、って」 そういうことかい! 「ちょっとお母さん! 私、行かないからね! そんなとこ、お母さんが一緒に行ってあげ……て?」 振り返った視線の先には、お母さんの姿はどこにもなくて。 ただ、テーブルの上に書き置きが一枚。 『――まかせたっ♪ 母より』 音符がうざかった。 「あ、あんの鬼婆ぁあああああっ!」 こうして可哀想なわた……少女流禍は鬼婆の陰謀により、嫌々ながら妹流乃をお供に、虫料理店へ虫退治に行くことになったのじゃっ。 【いっぴきめっ! 虫を食ってんぜい!】 やだなー怖いなーと思いながら、駅への道を歩いてたんですけどね? そしたらあなた、あったんですよ。そこに。 ええ、そのお店『むしむしQuu!』が。 それがあなたそのお店、イメージしていたよりも遥かにオシャレじゃないですか。 街カフェ……っていうんですかね? テラスまで備えてるんですよ、これが。 嫌ですね〜、怖いですね〜。こういう場所って、今にも物陰からいきなり、優雅に紅茶をすすり飲むマダムが躍り出てきそうじゃないですか。 「こんな綺麗なお店が虫なんか料理して出してくるっていうんだから、ほんと人間裏で何やってるかわかんないよね……」 「かーちゃん、さっきからブツブツうるさいげん。ちょっと静かにしまっし」 「かーちゃんじゃない、ねーちゃんだ。その呼び方紛らわしいからやめてっていつも言ってるでしょ」 流乃曰く、流禍だからかーちゃんだそうで。紛らわしいし、実際に間違えられることをもあるから私としてはやめて欲しいんだけど、完全に楽しんでやがる子供って絶対にやめてくんないよね(涙。 「あとかーちゃん、もうちょっと綺麗な服なかったん?」 「ねーちゃんだっての。服は、なんか汚れそうだと思ったから地味なのにしたんだけど……なんかまずかった? もしかして、ドレスコードとかあるお店?」 「そーやないげんけど……ま、いいじ。もう来たんやし」 「……?」 どこか様子のおかしい流乃を訝しく思いつつも、私はお店のドアをくぐり抜けた。 「いらっしゃいませ! お客様、お二人でよろしいですか?」 私達の応対に現れたのは、ごく普通のウェイ卜レスさんだった。 「は……」 「よろしいじ!」 「では、どなたか甲殻類アレルギーなどお持ちの方はいらっしゃいますでしょうか?」 「えっと……?」 「大丈夫やじ!」 ウェイトレスさんの質問に私が答えるより早く流乃が答える。 私が来た意味とは……? それはそれとして、私は案内してくれるウェイトレスさんの後ろ姿を追いかける。店内は意外にお客さんが入っているらしくそこかしこから楽しげな声や悲鳴が聞こえてくるんだけど、私は薄目を開けるに留めてあまり見ないようにする。何見ちゃうかわかったもんじゃないからね! 「あのさ、流乃。ちょっと気になったんだけど」 「なんやじ?」 「なんでさっき、甲殻類アレルギーかどうか聞かれたのかな」 「ああ、それは昆虫の成分にエビやカニに似た成分が含まれてるからやじ」 「ふーん……ん?」 なんでこいつ、そんなこと知ってるんだ? 私はそんな違和感を感じたんだけど、丁度席に到着したらしくウェイトレスさんが立ち止まる。引き続き薄目で見ると、どうやら窓際のテーブル席っぽい。私は手探り足探り気味に、なんとか席に腰掛けた。 あー、ようやく一息つけた。……あれ? 私、さっき何か考えてたような……ま、いっか。 「それではご注文はお手元のタッチパネルで承ります。操作でわからないことなどありましたら、遠慮無くお聞きください。それでは、ごゆっくりどうぞ〜♪」 ウェイトレスさんはそう告げると、軽くお辞儀をして去っていった。 えー、ごゆっくり? いやいや、全然ゆっくりしたくないんですけど。むしろ今すぐマッハで帰りたいんですけどー。 私は手元だけを見て、他のお客さんの、特にテーブル上には目を向けないようにする。 全力で、私は目をそらす。 そらして、そらして、そらし続ける。そらしまくった結果、ついに天井なんか見つめてみたりしてねっ。 よーし、おねえちゃんちょっと天井のシミ数えちゃうぞー? 上を向いたまんま、私は流乃に声をかける。 「ほれ、さっさと食べてさっさと帰ろ? 私が天井さんと見つめ合いすぎて恋に落ちる前にね」 知らない天井? そんなの、これから知っていけばいいんですよ。お互いにね。 ところが流乃はと言えば、キョロキョロと何かを探しているご様子。視界の端で、ツインテールがせわしなく左右に揺れていた。 「ちょい、何してんの? 虫食べに来たんじゃないの?」 「え?! あー、うん! そーやったじっ」 「……?」 なんなんだろう、なーんかさっきからおかしいなこいつ……。 「それよりかーちゃんかーちゃん! どれがええ思う?」 「いや、私に聞かれてもわからんし。食べんし、そもそも見たくも、聞きたくもない。あと、ねーちゃんな!」 「んー、んー、流乃もどれにすればいいかわからんげん、かーちゃんも見て欲しいじ!」 「えー?」 そう言われてもなーと思いつつも、ほっといても帰るのが遅くなるだけなので、私も薄目でメニュー……タッチパッドに恐る恐る目を落とす。 どうやらいきなり現物が見えるようにはなってないみたいで、料理の写真なんかは画面をタッチしない限り出てこないらしい。その仕様にほっとしつつ、メニューに目を通して、 『コオロギの――』 いくと思った? うーん、残念! メニュー名からして無理っぽかったので、私は春風よりもふっと軽く微笑み、パタンとメニューを閉じようとしたんだけど、そーいやタッチパッドは閉じねぇわ。なんか軽くメキッて音したからソッコーやめた。 ……これ、無理じゃん。メニューからして見たくない状態じゃ、手も足も出ないじゃん。何選べばいいかなんてわかんないじゃん。 それはまさに、絵に書いたような絶望だった。 「ど、どうすれば……ん?」 ふと私は、メニュー欄の斜め上に『週間人気メニューランキング!』の文字を見つけた。 なんだ、こんな便利なのあるなら早く言ってよね! 「流乃流乃! ほら、このランキングから選べば良いんじゃない? なんか上の方から適当に!」 「あー、ホントやじ! なら見てみるげん!」 『 一位! ミールワーム(サナギ)のソテー 』 そてーっ! はい、無理ー。ミーなんとかはともかく、サナギって時点で無理ー。何に対してか自分でもよくわからないけど、もう死ねよ、と思うレベル。品名の時点でダメでしょ、これは。全然食べたい気持ちにならないんだもんよ。これはあかん。 どんよりとした気持ちで目をそらすと、そのメニューの下に『お客様の声!』というアイコンがあるのに気づいた。なんだこれ? 私はとりあえず、それをタッチしてみる。 すると、画面にポップアップが浮かび上がった。 『エビ風味……かな? 初めて食べたけど、意外と美味しい! ?歳 女性』 『嫌々食べたけど、何気に癖になる味わいだった。個人的にはオススメ 一九歳 男性』 『コレ、多分初めての人でも食べやすいと思う! ?歳 ?性』 なるほど。どうやら、今まで食べた人がコメントを残していけるようになっているらしい。 でも。 あははっ、ないない。虫が美味しいとかないから。 これ絶対、お店の人が書き込んでるでしょ? そういうの? 私騙されませんから。まーったく、姑息な手を使いおって……。 「旨っ! ……え? 旨っ!」 「えー? いやいや、そんなわけが……ホントだっ?!」 そんな声が不意に、近くの席から聞こえてきた。 つい気になって振り返ると、背後の席に女の人二人が座り、何かを食べていた。何かはわかんない。見たくないから。とにかくそれがどうやら美味しいようだということは、二人の様子から見て取れた。 「あれ、美味しそうやね」 「うん、でも何食べてるのかわかんないし……」 そう言いかけたところで流乃が席を立ち、たたっと駆け寄って行くなり。 「なーなー、それなんて料理なん?」 「え? えっと……」 急な質問に困惑するお姉さん達。 「すっ、すいません! うちの妹が! あははは!」 子供の行動力って、ほんと侮れないよねっ。 私は慌てて謝罪アンド流乃へ退去命令。 「ほらっ、戻りなさい流乃! 迷惑になるでしょ!」 「えー、でも……はーい」 渋々と、流乃が戻ってくる。 と。 「ミールワーム(サナギ)のソテーだよっ!」 声。お姉さん達の声だった。 お姉さん達は振り返り、笑顔でこちらに手を振っていた。 「あ、ありがとうございますっ」 「ありがとう! お姉ちゃん!」 私達は二人に感謝した。 何て偶然、丁度今迷ってたやつだった! 「じゃあ流乃、注文する! これ、食べる!」 流乃はそう言うと、ささっとタッチパッドを操作して、注文確定。画面には、『ご注文承りました!』の文字が表示された。 流乃はすごく嬉しそうだったけど、私はついに注文しちゃったんだな、と戦々恐々で到着を待つことになった。 それから十分ぐらいして、料理が来た。 現物を目にした私達は。 「わぁ……」 流乃は多分、感嘆の声を上げて。 「うっわ……」 声につられ、つい見てしまった私は軽く引いた。 それは一応というか当然のように料理なので、ミーなんとかはレタスの上に綺麗に盛り付けられていた。 そのミーなんとかさんはだいたい、綿棒の先よりちょっと大きいぐらいサイズなんだけど。それがいくつも積み重なって、丸い小山の形に盛られていた。出来たての証のように、その小山からは軽く湯気が立ち上っている。当然だけど、その小山を形作るミー以下略の数は一匹や二匹じゃ効かない。十? 二十? まあ、とにかくたくさんだ。 パッと見、それは白一色、もしくはベージュ一色で。 普段目にするような黒系じゃないもんだから、ひと目で、虫だー! って感じはしないんだけど、よくよく見てみるとやっぱ足っぽい部分とかあるし、これって虫……じゃね? と言うぐらいにはそれらしさがある。 そのあちこちには透明で小さな結晶がまばらに散りばめられていて。それと香りから察するに味付けには多分塩コショウ、それとオリーブオイルが使われているみたいだった。 ってのも、ウチではオリーブオイルオリーブオイルうるさい鬼婆が料理によく使うからそれは馴染みのある香りで。なおかつ密かに食欲をそそられる香りでもあった。 そのおかげなのかせいなのか、脳が「ん? これ食べ物?」ってなりかけたもんだから、私は若干混乱してしまう。これって虫? それとも食べ物? 結局どっちだよ! と。 そんなわけで普段感じるほどの嫌悪感はなかったものの、かと言って抵抗感が全くないわけじゃないので、色々入り混じっての「うっわ」だった。 それは抵抗感薄いとかありえないわの「うっわ」でもある。 「ねぇ、流乃。これ、ほんとに食べんの?」 「もちろん! それじゃあ、いただくじ!」 私がミーさんらにおっかなびっくりしている間に、流乃は次の行動へ。スプーンを手に取り、ついに初の虫料理に挑む。その姿は私からしてみれば、伝説の剣を手に魔王へ挑まんとする勇者のそれだ。 「い、いただきます!」 伝説のスプーンは一匹のミーさんをすくい上げ、そのまま流乃の口元へ運ぶ。 その姿を私はただ見守ることしか出来ない。というかもう、張り付いたみたいに目が離せなくなっていた。 そしてついに、口の中にミーが吸い込まれて。 流乃は目を閉じ、噛み締めた。 それを目にして思わず私は、自分が食べてしまったかのように、うっ、と唸ってしまう。 「ど、どう? 大丈夫、流乃?」 流乃はしばしもぐもぐしてから、ふっ、と。かすかに目を見開いたと思ったら、続けて二匹目にスプーンを伸ばし。三匹目を口にし、間を空けず四匹目を頬張り、さらに五匹目……と、止まらない!? 流乃は無言で! 機械的に口へと運んでいく! あれを! ためらいもせずにカツカツと片付けていく! もう、完全にスナック感覚で! 「ちょ、ちょっと流乃! それって結局美味しいの? どうなの? なんとか言ってよっ!」 私が問いかけると、流乃は『ふふんっ♪』とでも言いたそうに不敵に微笑んだ。それだけだった。 「くっ、意地悪! そういうとこ、お母さんにそっくりっ!」 私が文句を言ってもどこ吹く風と、流乃はすました顔で食べ続ける。止まる気配は全くない。 その姿をじっと見ていて、ふっと私の中に浮かんできたのは、一つの思いだった。 ――もしかすると、これって本当に美味しいのでは? と。 流乃の様子を見る限り、不味いというのはありえなさそうだ。 そこまで我慢強い子じゃないから、嫌なものや不味いものをここまで口に出来るとは思えない。 さらに私の脳裏で、さっきの女の人達の声が再生された。 『旨っ! え? 旨っ!』 『えー? いやいや、そんなわけが……ホントだっ?!』 え? 何、美味いのコレ? マジで? ……マジで? そんなわけ無いでしょ、だってそれ虫だよ? うぞうぞってするあれでしょ? 美味しい、わけが……わけが……。 まさか、ほんとに、美味しい、の? ふつふつと、私の中に確かに湧き上がるもの。 好奇心、としか言いようのないもの。そいつが囁いてくる。ちょっとだけ試してみねぇ? と、さながら悪魔のように。 対する私の中の天使は言う。 『いやいや、それ結局虫でしょ? キモーイあれでしょ? ねーわ』と。 だけど悪魔はさらに言う。 『んじゃ、美味かったら? ほんとに美味かったら、その美味いもんをあいつに独り占めされるぞ?』 その声に。うぅ! とたじろぐ天使。 まあ、これは仕方がない。兄弟姉妹がいると、おやつ争奪戦はどうしたって起こるものだから。美味いものを独り占めされるのは、地味に辛いのだ。だからなのか、何なのか。私の中の天使がついに告げた。 『ほ、ほんとに美味いかどうかぐらいは確かめなさいよねっ!』と。 その時にはもう、半ば使命感のようなものが私の中に産まれていた。 私は覚悟を決めて、ミーさんを一匹ひょいっとつまんだ。 フライドポテトみたいに、指でちょちょいっと。 白くて小さいそれはまだ温かくて、変わった形のパスタに見えなくもない。 そう、これはパスタこれはパスタこれはパスタ……。 自分にそう言い聞かせて、私は目を閉じ、恐る恐る白いそいつを口の中へ、えいっ! と放り込む。即座に噛む! 噛む! 噛みしめる! 『こういうのはな、ビビったら負けなんだよ!』って、映画か何かのセリフを思い浮かべながら。やられる前にやれ! の精神で、私はムッシーを噛み締めて。 「……へ?」 思わず、私はそんな声を漏らし、もっかい噛んだった。 「……」 ふむ、と私は口中の感覚に集中、なんとかさんをじっくりと味わう。 まず、食感。これは小エビにそっくりだった。パリッとしてて、ちょっとチクチクしてる。 次に味。これは、想像していたみたいなえぐ味や苦味は無くて、その代わりにやってくるのは塩コショウとオリーブオイルの香り。それとなんと言ったら良いのかわかんないけど、香ばしくてナッツにも似た味わいが口の中に広がって……それは総合的に言えば、美味しかった。 ……え? 美味しかったっ?! 私はたった今、自らが下した結論に驚かされた。 だって、その、虫だ! 美味しいわけがない! なのに、美味しい! 不思議だ。それでもすでにその美味しさを体験してしまった私は、その事実を認めざる得ない。 そして私は同時に、驚きの現象を目にしていた。 食べたはずのムッシーが、何故かまだ指先に存在していることに! ……馬鹿なっ! 私は確かに食べたっ、それは間違いないはずなのに、どうしてそこにムッシーがっ!? どういうこと?! と思いつつも、私はそれを反射的に口へ運ぶ。 うん、旨い! 「って、あれ?」 それでもなお私の指先には、ムッシーが鎮座していた。 え? もしかして、実は食べてなかった? 虫を嫌がるあまり、無意識に食べなかった? いやいや、そんなはずはない。 だってもう、私は何故かお皿に乗ったムッシーのことを嫌いじゃなくなっていたからだ。それどころか、もはやそれは私にとって『食べ物である』という認識になっていた。 つまり真実は一つ! 無意識に私は、三匹目をつまんでいたということだ! ポテチを食べていたら、いつの間にか空になってしまっているあの現象と同じことが、ムッシーに対しても起きたのだ、って……ああ、手が止まんない! ついさっきまで嫌悪感しか感じなかったはずなのに! 食べられるって思った途端にもう、食べ物にしか見えなくなった?! 見た目もなんか気にならない! 意味分かんない! でも……事実っ! 悪魔的事実! 食える! どこまでも! 食欲の赴くままに! 食べ尽くすまで! 気づけば、皿の上はあっという間に空になっていた。 それはつまり、なんちゃらのソテーを完食したということで。 そうなってから、ようやく私達は言葉をかわした。 「これ、美味かったね」 「流乃もそう思うじ!」 流乃がにっこり笑う。 そして多分、私も。 くぅ、やるなミールワーム!(そう、ミールワームだった。 【にひきめっ! 虫食い(エントモファジー)美少年はエコロジカルな昆虫料理の夢を見ない】 「あっ! もしかして、虫田部さん?」 食事を終えて会計をしている時のことだった。 そんな声と共に現れたのは、半ズボンサスペンダーが実によくグレート似合う美少年だった。 そう――――『美少年』。 そう評する以外にない顔立ちの少年だった。 形の良い眉と穏やかな瞳はどこまでも柔らかく、鼻筋は定規で測ったかのようにまっすぐかつすっきりと通っている。髪色は明るく、そしてゆるくカール。もしかするとハーフかも? と思わせるほどの造形は骨格にも及び、シャツから覗く白い首筋は目に眩しい。そこに連なる鎖骨の稜線は思わず指でなぞってあげたくなるレベルだ。もちろんのようにそこから下の肉体にはおおよそ無駄と思われる贅肉なんてものは一切ない、無いに決まってる! シャツやズボンが邪魔してて見えやしないけど、絶対ない。私にはわかるのだ。何なら今すぐ引っ剥がして証明してあげたって良い。もし違っていた場合は、私が責任を持って痩身マッサージを施し、お詫びする覚悟だってある。しかしそれより何より注目すべきはサスペンダーに釣られた半ズボンから覗く御御足(おみあし)の素晴らしさだろう。すね毛が、ない。つるっつるっだ。この点から容易に想像出来るだろうけど、彼にはまだ第二次性徴は始まっていない。絶対だ。私にはわかるんだ。なんなら今すぐ引っ剥がして証明してあげたって良い。もし違っていた場合は私が責任を持って責任を取る所存であるるるるるるr――! なんてことを考えている間に、流乃がその美少年と言葉をかわしていた。 「来てくれたんだ? ありがとう、嬉しいよ!」 「た、たまたまやもん。たまたま近くに来たから来ただけやし?」 「そっか……でもありがとう! それでも嬉しいなっ!」 にこっ、と少年が微笑む。どこまでも青く澄んだ夏の空のような、そんな素敵な笑顔だった。 『――か、かわええ~っ!』 私と流乃は全く同時に咆哮した。 することに決まっていたのだ。きっと、三日ぐらい前から。なんかそんな気がする。 ともあれ、ここまでの過程で私は大まかな事情を理解した。 流乃が本当に気になっていたのは虫料理じゃなく、この男の子の方だったということ。そしてまだ仲良くなりきれていないために、誰かと来たかったこと。 ただし! それは同年代の女子なんか駄目で、保護者クラスが望ましかったこと。そう、彼の目を過剰に引き付けない程度の保護者が! 本来はお母さんが来るのがベストだったんだと思う。けど、それが通らなかったから、そこそこ地味な私で妥協した……こんなところか。なるほど、泣くぞ。 まあ、自分の恋愛は昔から諦めている私としては、それぐらいでへこたれない。それよりも妹がもうそんな年頃なんだなと思うと、少し感慨深いものがあった。うーん、なんとも可愛いらしい。猛烈に頭をぽんぽんしてあげたい気分だ。 流乃の微笑ましい恋心に和んでいると、美少年が私の方に向き直って会釈した。 「どうもはじめまして、流乃さんのお母さん!」 「お母さ……あー、ごめんねこの子が紛らわしい呼び方してるから……私は、『姉』の流禍です。よろしくね」 「なー? 流禍だから『かーちゃん』やげんな? て、いたたたたっ?!」 頭ぽんぽん? あれはやめだっ。代わりに頭グリグリの刑じゃっ! 「なー? じゃないよね、そこは。紛らわしいからやめなって、いつも言ってるでしょ?」 「かーちゃんごめん! かーちゃんごめんやじっ!」 「え~い、まだいうかこやつは! このこのっ!」 「あ、えっと……」 ちょっと美少年が困っていたので、はっとして私は手を止めた。 「あー……ごめんごめん。お店の中で騒いじゃって。えーっと……?」 「いえ、こちらこそ失礼しました流禍さん。あらためてはじめまして、僕は流乃さんのクラスメイト、武者王寺景朗(むしゃおうじかげろう)と言います。最近こちらに越してきましたので、以後よろしくお願いします」 そう自己紹介すると、景朗くんは深々とお辞儀した。 うーん、なんてよく出来た子! 「あの。せっかく来ていただきましたし、お二人共よろしければお茶でもご馳走したいと思うのですがいかがでしょう?」 「えー? うーん、それはちょっと」 流石に遠慮しておこうかなと思ったのだけど、唐突に流乃が「あ!」と声を張り上げた。 「そう言えば流乃めっちゃ喉渇いとるげんよ! かーちゃんもやなっ?!」 いきなり早口でまくしたてられて、私はそれが流乃からのサインだと気づいた。 「あ、あーそう言えば、ちょっと喉乾いたかもしんない……かなぁ?」 「そうですか。では、奥に案内しますのでついてきてくださいね」 そう言って景朗くんは、お店の奥を手で示した。 私は流乃に、これで良かった? と目で合図。 流乃からは、上出来! のサイン。 ははー、ありがたき幸せ! 厨房脇を通り抜け、景朗くんの可愛いお尻を目で撫でつつ階段を登る。そこから急に生活感のある部屋になった。どうやら一階は店舗、二階は居住空間という造りみたいだ。 私達が通されたのはそれほど広くない、客室兼台所といった感じの部屋だった。 「すいません、ちょっと狭いですけど。お好きな席にかけてください」 言われるまま適当な椅子に座って、くつろがせてもらう。 景朗くんは手慣れた様子でお茶とお菓子を出してきて私たちに振る舞ってくれた。うーむ、なんて出来たお子さんだろう。 テーブルを三人で囲んでところで、景朗くんがこんな話を切り出してきた。 「ところで流禍さん達は、うちのメニューどう思われましたか?」 私達は、一瞬顔を見合わせた。 流乃はどう答えたら良いかな? の顔をしていたので私は「素直に答えたほうが良いと思うよ」と助言する。 「美味しかったじ!」 「んー、私は正直最初は抵抗があったっていうか見たくもなかったんだけど、食べられる、美味しい、って思ったらなんか一気に食べちゃった。不思議だねー、あれ」 「ああ、そういう方は多いですね。……どうも人間って未知の食べ物ほど忌避感が強いみたいで。そういうのってきっと生存本能が働いて、危険かどうかを測ってるんだと思うんですね」 なるほど、確かにそうかも知れない。 食べたことがまったくないものほど手が伸びないもんね。 「だけどひとまず食べられることがわかると、脳がこれは食べ物だ、って言う風に認識が上書きされて急速に食が進むようになる……。ってことだと、僕は考えてるんですけどね」 「なるほどねー。あ! じゃあさ、食べられるってわかったら、みんなノートでも鉛筆でも食べちゃうのかな?」 「……あんな、かーちゃん。ノートや鉛筆は食べもんやないげんよ?」 流乃に、すごい呆れた目を向けられた。んなことは知っとるわっ。 「あのね! 例えばだよ、例えば!」 「ふふっ、でも食べられるノートや鉛筆があったら、確かにそうなるのかもしれませんね」 対象的に景朗くんは柔らかな笑みを浮かべてフォローしてくれた。うーん、良い子過ぎる。 「私からもちょっと聞いていいかな?」 「かまいませんよ、どうぞ」 「景朗くんのお店はどうして虫料理メインでやっていこうと思ったのかな? 私みたいな人間から見ると、なんでわざわざそんなゲテモノ料理を? って思うんだけど」 「なぜか、ですか……」 景朗くんが言い淀んだ、その時だ。 「――かーちゃんは、遅れとるげん!」 唐突に、流乃が立ち上がり叫んだ。 え。いきなり何が始まったの、これ? やれやれ、といった様子でため息をつく流乃を、私は呆然と眺める。 「昆虫食はなー、今世界的に流行しとるげんよ。知らんの? 牛さんや豚さんを育てんのに、どれだけの温室効果ガスが出るがか! どれだけの水を使うんか!」 「えっと、知りませんけど……る、流乃?」 ほんと、何が始まったの、これ。 「かーちゃんは遅れとるげん!」 あう、また遅れてるって言われた! 「牛さんの場合、利用可能なお肉になる部分は約四割! つまり、半分以上が食べられないんやじ! それに対して虫はなんと約八割以上やじ! やから、ほとんど無駄なく食べられるげんよ!」 流乃のその説明に、私は素直に驚かされた。 「……す、凄い」 うん、話の中身というか、すらすらとそういった数字が出てくるところがね。流乃って決して勉強ができるタイプじゃなかったはずなんだけど、どんだけ予習したんだろ、これ。その裏に垣間見える努力がほんとすごいんですけど。ちょっと引くぐらいにね。 ……あ、今見たよ! ちらっと景朗くんの反応見たよ! 「あとなあとなっ、牛さんのお肉一キロ作るんに必要なご飯は十キロなんやけど、コオロギさんの場合は二キロで済むげんて!」 な、なんですとっ!? 「五分の一でってことは……つまり、牛よりコオロギの方が太りやすい体質ってことっ?!」 私がそう言うと、二人はしばし顔を見合わせて。 『……ぶふっ』 なんか、吹き出した。 「え? 私変なこと言った? だってそういうことだよね? ね?」 「ふふっ、まあ、そうとも言えますね」 「景朗くん、その、ごめんな? かーちゃんはかーちゃんやから……」 「なんで流乃が謝るのかな?」 姉としては何とも心外である。 「でもそっか、すごいんだねコオロギって」 「はい。ちなみにですけど、コオロギはさらに成長速度の点でも優れてるんですよ。牛が食肉になるのにおおよそ三十ヶ月かかるんですが、コオロギの場合は種類や温度によりますがだいたい一ヶ月もあれば出荷可能になります。つまり、おおよそ三十倍の速度で育つ、ってことですね」 「成長速度三十倍? ……えっと、五倍太りやすくて、二倍の部分が食べられるってことだから……えっとそれじゃあ、三〇かける五かける二で、牛の三百倍のお肉が作れるってことかな?」 「その計算で合ってるかどうか分かりませんが、牛よりずっと収量が増えるのは間違いないみたいですね」 ほー、凄い! さっきからずっと凄い凄いばっかり言ってる気がするけど、凄いとしか言いようがないわ。 「どう? これでわかったやんな、かーちゃん。昆虫の食肉化は環境負荷が低い、つまりエコロジーってことなんやじー!」 と、誇らしげに胸を張る流乃と。 「すごいや、流禍さん! 僕びっくりしちゃった。まさか流禍さんがそこまで昆虫食のことを勉強してたなんて感激したよっ」 「えー? そう? こんぐらい一般常識や思うげんけど……てへへ……」 褒める景朗くんとのちょっとしたラブコメを私は楽しむ。うーん、尊いね! 「ただ僕は昆虫食をアピールする時、あんまりエコだとかそういう方向は強調したくないと思ってるんだよね」 「――そうげんね! 昆虫食はエコロジーっていう人はニワカやじ!」 早っ! 姉に対し遅れてる遅れてる言うだけあって変わり身早っ! 忍者もびっくりの見事な変わり身の術だった。 「景朗くん、やっぱ昆虫食のいいトコは高い生産性やげんね!」 「うーん。でも僕としては昆虫食において重要なのはそこもちょっと違うかなって思ってて――」 「ほんっとそれ! 流乃も『偶然』それ違うかも? って今考えてたげんよ!」 またもあっさりと意見を変える流乃。しかもかなり強引に『偶然』を強調する不自然さ。私は思わず口にしていたお茶を吹きそうになる。 お、面白いわー。流乃、今のあんたちょっと面白いわー。 そのまま流乃劇場を楽しんでも良かったけど、ボロが出てしまうのも可愛そうなので私は姉として助け舟を出すことにする。 「あ。それじゃあ、景朗くんとしては昆虫食? に、何が一番重要だって思ってるの?」 「そうですね、僕が一番大切だと考えてるのは――」 景朗くんが言いかけたところで、誰かが階段を昇ってくる音が聞こえてきた。 振り返ると丁度ドアが開くところで、調理服を着込んだ男の人がそこに立っていた。男の人は私達を見ると、キョドキョドと慌てた様子で目を泳がせた。 「あー、えっと、景朗くんのお友達……かな?」 一瞬景朗くんのお父さんかと思ったけど、全然似てるところはない。平凡な見た目で、気弱そうなおじさんだった。 ってことは、店員さんなのかもしれない。景朗くんのことを『景朗くん』と呼んでいるし。 その気弱そうなおじさんがペコリと頭を下げたので、私達も会釈した。 「あー、ごめん。実は新メニュー作ってきたんだけど、ちょっと試してもらっていい……かな?」 「うん、大丈夫だよ」 「良かった……」 おじさんはホッとした様子で歩み寄ってくると、手にしていたお皿を景朗くんの前に置いた。 お皿に乗っていたのは、白いハンバーグみたいなものだった。 「ミールワームのサナギで作ってみたハンバーグ……なんだけどさ」 「なるほど……」 景朗くんはそれをナイフで切り分けてフォークを突き立て、口元へ運び。 かぶりつく。 そして味覚に集中するためか目を閉じて、しばし咀嚼。 やや、あってから。 「これは……駄目だと思う。美味しくない」 景朗くんは厳しい面持ちでそう答えた。 「明らかにソテーに比べて雑味と言うか嫌な風味が出てるし、何よりボソボソしてて食感が良くないよ。普通のハンバーグみたいな柔らかさがないし、肉汁が出てくるわけでもない。これをハンバーグ、って銘打ってお店に出したらお客さんはきっとがっかりする、って僕は思う」 「そ、そっかー……」 がくり、と傍から見てわかるほどにおじさんは肩を落とした。 「でもさ、ボリューム感のある昆虫料理、って意味ではありだと思う。一品で満足感が得られる、ってのは売りになるんじゃないかな。そういう意味では、ジューシーさと柔らかさを出せそうなメンチカツの方向で試してみるのが良いかもしれない。もっとつなぎを加えたりしてさ」 「メンチカツ、か……な、なるほど、試してみるよ! ありがとう」 そう言って店員さんは、意気込んだ様子で部屋を出ていった。 「熱心な店員さんだね」 私がそう言うと、景朗くんは首を横に振って。 「いえ。今のは父で、うちのお店の店長をしています」 「え?! そ、そうなの?」 ど、どこにも店長オーラなかったし、顔とかもあんまり似てないんですけど。あと、言っちゃ悪いけどすんごい頼りなさそう……。 そう思っていると、流乃が説明してくれた。 「あんな、かーちゃん。このお店はほとんど景朗くんがアイディアを出してるげんよ」 「え、そうなの? すごいね! まだ小学生なのに」 ん? ちょっとまって。 「あのさ、じゃあ実質このお店の本当の店長さんって、景朗くんってこと?」 半ズボンサスペンダーで第二次性徴前の美少年でまだ小学生で店長で昆虫料理に詳しくてアドバイスまでしてて……なにそれ超人? それとも実は、人生二周目? 「まさか。僕はただアドバイスをするだけですよ、まだ小学生ですし。なにより……」 と、景朗くんはちょっと言いにくそうにして。 「ほら、児童福祉法ってあるじゃないですか? だから僕、まだ働けませんからっ」 なければ、今にも働きだしそうな口ぶりだった。 【はしやすめっ! 通常着衣が半ズボンで、サスペンダーの男の子は好きですっ!】 お店をあとにした私達は、帰り道を歩いていた。 行くときは憂鬱だったけど、今となっては良い時間を過ごせたと思えた。 まさか虫があんなに美味しいとは! まだちょっと怖いけど、『他にも色々食べてみたいかも?』と思い始めている自分に、私は驚きを隠せない。 まあ、それはそれとしてなんだけどさ。 「……景朗くん、かっこよかったなぁ?」 ちょっとからかってやろうと、私は流乃に声をかけた。 すると流乃は「じ、じー?」わざとらしく首を傾げてすっとぼける。うん、あのね? バレバレだからね? でも、流乃が彼に惹かれる気持ちは姉としてよく理解できた。 真剣でがんばり屋で、大人顔負けの知識を持っている。あんな子が近くにいたら、そりゃ好きにもなるだろう。 ……まあ、あの虫料理を乗り越えられるなら、だけど。 「で? 流乃はあの子のどこが好きなの?」 「はぁ? な、なんのことかわからんじーっ!」 おーおー、まだ強がってますなーかっわえーのー♪ 「そう? 私は好きだな〜、景朗くん」 「……か、かーちゃんも景朗くん好きなん?」 しどろもどろに、不安げに流乃は尋ねてくる。 「ごめんね流乃、でも私正直に言うね?」 「え……?」 軽く目を見開いた流乃に、私はまっすぐに、告げる。 「あのね、姉ちゃん実は……実はずっと弟が欲しかったの!」 「……じ?」 ぽかんと、流乃が呆けた顔をしていた。 ん? なんで? ここ、そんな驚くところ? はっ、そっか! 自分(妹)なんていらないって言われたと思ったんだ! いけないいけない、そこはフォローしとかないとだねっ。 「あー、もちろん流乃は流乃で可愛いと思ってるよ? でもそれはそれとしての話ね? 流乃の他に弟もいたら良いなーって、ずっと思っててね。実は昔、毎年クリスマスプレゼントには可愛い弟が欲しいです、ってサンタさんにお願いしてたんだけど、お母さんから直々に、『家計的に三人目は無理だからそのお願いはキャンセルしなさい』って言われちゃってさ。あの時は泣いたなー。だから景朗くん見た時、姉ちゃん『ちょっとだけ』興奮しちゃったんだよ。だって、景朗くんと流乃が付き合うことになったら、義理の弟になるでしょ。そしたら『義姉さん』って、呼ばれるでしょっ?! 私はあの時、その手があったか! って気づいちゃった。それなら合法的に弟が今すぐ手に入るじゃん! って。ね? そういう方法ありだと流乃も思わない?」 「あー、そういう……。どういう?」 ぼそりと流乃がつぶやいたみたいだけど、上手く聞き取れなかった。 あ。もしかして、まだ不安に思ってるのかな? 私は流乃の肩に手をおいて、はっきりと言ってあげる。 「安心しなよ、流乃」 「かーちゃん……?」 「お姉ちゃん、全力で協力するから。流乃が景朗くんとくっつくようにね!」 「あ。……ありがとう、かー……ねーちゃん!」 「どういたしましてっ」 ふふっ、ひさびさに『ねーちゃん』いただきましたっ! 良いことをした後は……あ、いや、正確には良いことをする予定だけど、気持ちが良いね。 私達は手をつないで、仲良く家路を歩いていく。 今までも、きっとこれからも。 ずっと、そうなのだ。 「ちなみになんやけど、ねーちゃんの好みのタイプは?」 「半ズボンサスペンダーが似合う男性、年下で美少年なら尚良で随時募集中かつ周辺地域でリサーチしつつファイリングしてるけどなに?」 ばっ、とつないでいた手を払われて、流乃が声高に叫んだ。 「――全っ然、安心出来んじーっ!」 あ、あれ? 安心出来ないって、どういう……はっ! 「……大丈夫だよ、流乃」 「じ?」 「お姉ちゃん、流乃のことも『同じぐらいっ!』好きだから!」 「むしろ不安が二倍やじっ!?」 「えっ?! あー……二倍! 流乃のこと、ほんとは男の子より二倍好きだった!」 「さらに四倍になったじっ!!」 「ん? どうしたの、流乃?」 「う……うわーん! お母さん! お母さーん!」 そう叫んで、走り出す流乃。 その後ろ姿を見つめ、私は思う。 おっ、ウチまでかけっこかなっ? よーし、お姉ちゃん負けないぞっー? 【さんびきめっ! 虫好きの結構苦情(が来るであろう行為)】 「ここ、だよね……?」 スマホに誘導され、私は到着したお店の前で立ち止まる。 『昆虫料理店 お虫はいかが?』と書かれた立て看板を確認するに、そこで間違いない。 お店の入口には赤い暖簾が下がっていて、もとは中華料理店かラーメン屋だったのかもしれないことをうかがわせる。そんなお店だった。 私は一度、あたりを見渡した。 周りに誰も知り合いがいないこと、特に流乃がついてきていないことの確認のために。 それが終わったら次は自分の身だしなみチェック。服装……ヨシ! ブレスケア……ヨシ! 爪……ヨシ! 顔……あー、うん、とりあえず、ヨシ! んじゃ、入ろう! 私は意を決し、暖簾をくぐり抜けた。 店内に入ると、まず料理の香りが鼻をくすぐった。中華系の料理特有の香ばしく濃密な、空腹を誘う香りだ。 まあ、このお店も昆虫料理店だから素材は虫なんだろうけど、二週間前の出来事もあって結構平気になった私は気にせずに足を踏み入れる。 「らっしゃーせぇ!」 威勢のいい店員さんの声に出迎えられつつ、私は店内を一瞥。 お店の内装はやっぱりラーメン屋さんを改装したものらしく、テーブル席がいくつかとカウンター席があるっていう作り。さして広くないその店内には、カウンターの中に店長さんらしき人が一人、それとテーブルの片付け中の店員さんと料理を運ぶ店員さん二名の計三名。対するお客さんは、私が待ち合わせしていた人を含めて三名、私を含めてようやく四名だ。ちなみに時刻はまだお昼を少し過ぎたところ。 その点を考えると、『むしむしQuu!』ほどにはあまり流行っていないのかな、と私はちょっと邪推してしまう。 待ち合わせの人物は、お店の一番奥のテーブル席にいた。 あの景朗くんである。 今日も半ズボンサスペンダー姿だったので、その濃密な気配は秒で感じ取ることが出来た。なんならお店に入る前から、おおよその位置ぐらいは把握出来ていたぐらいだ。 しかも今日はひと目を忍んでなのか、ハンチング帽を被り、黒縁メガネまでかけていた。……何この、完全体? うーん、これは鼻血案件! こちらに気づいた景朗くんが笑顔で手を振ってきたので、私も手を振り返す。 景朗くんは待っている間に何かの料理を注文していたようで、丁度料理が一皿やってきたところだった。 「ごめんねー、待った?」 「いえ、全然。それよりご足労かけてすいません、流禍さん」 「ううん、こっちこそ全然平気だよー?」 うーん、低姿勢美少年も良いなぁ、と思いつつ私もテーブルについた。 景朗くんの正面……ではなく、隣に座ることに決まっていた。というか前の晩からそう決めていた。正面じゃ美少年の香りが嗅げないから……あー、隣でも料理の匂いでよくわかんねーわ、畜生っ! 「それで話って何かな? しかも、流乃に秘密でって」 ひそひそ話をするみたいに小声で問う。 という演技で距離を詰め、こっそりと匂いを嗅ぐ作戦に変更……ヨシ! 「実はその……流禍さんに折り入ってお聞きしたいことがありまして、お呼びした次第なんですが」 「うんうん、それで何かなっ?」 私は景朗くんの香りを頂きつつ、運ばれてきたお冷を軽く口に含む。ふーむ、テイスティー。 すると景朗くんはやたらとかしこまった様子で、ちょっとまつげが目立つような上目遣いで、こう切り出してきた。 「その、今お付き合いしている人はいるんでしょうか?」 その質問に私は思わず、ごっくんこ、と口の中のお水を飲み干した。 な、なんですとっ?! 私に、電撃走る。心臓がドクンと脈打ち、体温が上昇する。息も荒くなってるかもしんな「はぁ〜、はぁ〜」ああ、なってたわ。 え? え? え? もしかして私、口説かれてる? 口説かれちゃってる?! 一目惚れされちゃった? 年下ハンチング帽黒縁メガネ半ズボンサスペンダー完全究極体グレート美少年にっ!? そんなのもちろんOK子供は三人男の子が産まれたらもろちん半ズボンサスペンダーで小高い丘の上に大きな白い家をおっ立てて犬を飼って暮らすんだよねっ! と、一瞬トリップしかけたところで、私はちょっと冷静になる。 あー、はいはい、これ誤解して喜びかけたところを「は? おめーじゃねぇよブス!」って叩き落されるやつだわ。 ええ、知ってますよ。私はどうせ、モテませんからね。……知ってる、私知ってるもん。ぐすっ。 ――そう、あれは二年前の(以下略)。 過去のなんやかんやをパンドラしかけて、私は現実に生還した。危ない危ない、死ぬところだった。精神的に。 「……それって流乃のこと、だよね?」 「えっと、その、はい……」 景朗くんはちょっとうつむいて、頬を赤らめた。 隣りに座っている私からは、その様子がよく観察出来た。漫画やアニメだったら、その頭上から湯気が立ち上る様子が見えたかもしんない。 どうやら景朗くんも密かに、流乃のことが気になっていたみたいだ。もはや甘酸っぱいを通り抜けてはっきり甘い状況に、私は胸中でひっそりと微笑んだ。 でもそれはそれとして、私は二人の祝福も兼ねてちょっとだけ意地悪な対応をすることにした。 「えっと、流乃が誰かと付き合ってるか? さぁー、どうだったかなぁ〜?」 「あ、流禍さんでも分かりませんか?」 「うん、ごめんね。でもそういうのって直接あの子に聞けばいいんじゃないかなー、って私は思うけど?」 「すいません、どうも僕そういうことに慣れていないと言いますか……」 景朗くんはそう言って、ちょっと気弱そうに髪の毛をいじると。 「実は僕、女の子とはあんまり話したことがないんです」 「へぇ? 意外だね」 「その、大抵の女の子って、虫苦手じゃないですか? なので、今まで避けられる事が多かったっていうか」 「あー、なるほど」 たしかに私もこの前までは虫嫌いで見るのも嫌だったけど、あれ以後何度か昆虫料理をいただくうちにかなり平気になった。もし、あの時みたいに意識が変わるような体験をしていなかったら、美少年とはいえ虫料理好きなこの子にどれだけ近づけたかというのはなんとも答えにくい問題だった。 虫が苦手なら近づきがたいし、ましてそれを食べるとなると苦手でなくとも近づきがたいだろう。 「えー? でもそれって、私は女の子じゃないってこと〜? わ〜、傷つく〜」 「え? ああっ! すいません、そんなつもりはなくて! えっと、その!」 私が揶揄するように言うと、景朗くんは途端に慌てふためく。 ……おっ、面白いな、もっとつついたれ。 「じゃあ、どんなつもりだったのかな〜?」 どさくさに紛れ、私はほっぺをつつく。 おー! す〜ぱ〜、ぷよぷよーっ! 「その! 流禍さんは女の子っていうか、女の人っていうか!」 おっ、女の人!? おー、私意識されてる?! されちゃってるの?! 「なんていうかその……お、」 お? 「――お母さんみたいだなって!」 「…………………………あ゛ぁぁ、そっちかぁぁぁぁっ」 いろんなアレコレを飲み込んで、とりあえず私はそれだけ返事した。 それしか、出来なかった。 「はい、お母さんみたいだなって!」 ごめん、二回言わないで? 二回傷つくから。傷ついちゃうから。 「ま、まあ、とにかくあれだよね! 私に女の子ことっていうか、流乃のことを教えて欲しいと」 「はい! よろしくお願いします!」 そうやって元気よく返事をされると、ちょっとだけ気持ちを持ち直せた。こんな良い子のために、そして妹、流乃のためにも仲を取り持ってあげようと、私は心を決めることが出来た。 「にしても、流乃のことか……どこから話そうかなー」 真面目にあの子の話をしてあげようと考え込んでいると、大真面目に景朗くんが挙手。 「あのー、その前に一つお聞きしてよろしいでしょうか?」 「よろしいけど、なにかな?」 「実は僕、そもそも哺乳類とはお付き合いしたことはないのですけど大丈夫でしょうか?」 『…………』 しばし私は天井を仰いだ。 胸中は……察して欲しいっ。 「えっと、哺乳類以外と付き合ったことあんの……?」 「実はツクツクボウシと付き合っていたことがありまして」 「ありましたのっ!?」 ツクツクボウシってあれだよね! えっと、なんか……セミっ! 「その、あれは三年前のことなんですけど」 「三年前……」 うむ、重めの言い回しにちょっと惑わされそうになるけどよーするに七歳ぐらい、小学二年生のまだちっちゃい時のことだよね? 「セミ取りに入った林の中で、僕は彼女に出会ったんです。ひと目見た瞬間、透けた羽越しに覗く彼女の肢体に僕の胸は高鳴りました」 「へぇ……」 すごい、全然理解出来ないって意味で。 「そして彼女に思いを伝えるために、僕は必死に叫びました」 「叫んだ? えっとその……セミ相手に? なんて?」 思わず問いかけると、景朗くんはふっと目を閉じ。 「……ジジジジ……」 なにやらつぶやき出した。 ……ん? 何始まった? そう思った時、景朗くんが鳴いた。 「――ツクツクボーシ!」 ……は? 「ツクツクツクボーシ! ツクツク――」 テンパる私。パニクる店長さん、思わず箸を落とすお客さん達。一気に店内が騒然とする。 ……まあ、そりゃそうなるわいな。って、そんな場合じゃないよね! これ! 「かっ、景朗くん! 景朗くんストップ! ちょっと、静かにした方が……」 「ツクツクイーニョ! ……はっ!」 正気に戻った景朗くんは、呆然とする店内の人達を見渡すと、深々と頭を下げた。 「お、お騒がせしてすいませんでした!」 景朗くんの丁寧な謝罪にみんな苦笑いしつつも許してくれたようで、何事もなく済ませる事が出来た。その様子に、私はほっと胸をなでおろした。 「すいません、僕どうも虫関係のことになると周りが見えなくなる所があるみたいで……」 「あ、あははー、そうみたいだね」 景朗くんの意外な一面発見! でもなんか喜べない……。 私は内心でドン引きしつつもとりあえず笑ってその場を取り繕い、お冷を口にして仕切り直すことに。 「え、えーと、それでその後はどうなったの? そのツクツクボウシさんとは」 「はい、僕の思いが伝わったのか、その後自ら胸に飛び込んで来てくれました。あの時は嬉しかったなぁ」 えへへ、と景朗くんは微笑む。 あー、まあなんか時々人間めがけて止まろうとかするよね、セミ。それかな? 「ですがやむにやまれぬ事情から、ほどなく僕らは別れることになりました。……あれは、楽しくも苦い、ひと夏の恋でした」 やむにやまれぬ? ……ああ、そーね。夏の間に死ぬもんね、セミ。 「ですが、彼女は今もここに僕と共にいるんです。だから僕はあの恋を後悔なんてしてません」 そう言ってしんみりと、彼は左胸に手を当てる。 そのアンニュイな彼の表情に、私は一瞬ぐらりと来たんだけど。 「――そう、今もここにいるんですよ、ほら」 その左胸のポケットから取り出されたセミの標本で台無しだった。 「彼女標本にしちゃ駄目だよっっっっ?!」 こっわ! ちょーこっわ! これもうちょっとしたサイコパスじゃないかなっ!? 「とりあえず言っとくね? 哺乳類の彼女は標本にしちゃ駄目だよ? 人間は特にっ! と・く・にっっっっ!!!!」 「……そんなことわかってますよっ」 そんなの当たり前じゃないですか、と言った風に景朗くんはほっぺたを膨らませ……可愛いかよ! ……って思ってる場合じゃねぇ! 「わかってると思ったけど一応ね、一応! ほら、犯罪者予備軍ているでしょ? ああいう人はね! まず自覚がない人がなるもんなの! 危ないの! ストーカーとか! 変質者とか! あと、ロリコンとか!」 私がそう言うと、景朗くんはハッとした表情を見せて。 「そう……ですよね、わかりました肝に銘じます」 しゅんと肩を落として、景朗くんはそっとほったらかしになっていた料理に手を伸ばし始めた。 「うんうん、わかればいいの。わかれば」 「あ、ところで流禍さんもなにか注文しましすか? 結構いい味なんですよ、ここのセミのフライ」 「この流れでどーしてその料理勧めちゃうかなっ!?」 今一番選んじゃいけない料理だよねっ、それ! なんかもう、色々と台無しだった。 と。 「あのー、お客さん?」 カウンター越しに頭にタオルを巻いた目つきの鋭いオジサン……多分、このお店の店長らしき男の人が声をかけてきた。 店長さんは軽くこめかみに血管を浮かせ、なおかつ頬を引きつらせているように見え……あー、怒ってらっしゃる? でしょうねぇ! 「あんね、さっきからちょっと騒がしいんで、店内での大声はやめてもらえませんかね?」 「すっ、すいません!」 「……ったく、お願いしますよお母さん」 「おっ?!」 お母さんじゃないよっ!? 私まだそんな年じゃねーよ! 高校生だよ! とは、さっきのこともあって状況的に言い返しにくかった。やむなく私は「すいませんでしたっ」と謝罪するに留める。 うーん、なんか今日は厄日だわ。せっかく景朗くんとちょっとしたデート気分で来たのに、散々だ。……ま、流石にこれ以上はもう何もないと思うけどね! 「……っと、らっしゃーせぇ!」 お客さんが入ってきたらしい、店長さんの声が店内に響き渡った。 私が何気なく入り口に目をやると。 流乃が、そこに、いた。 流乃と、目が合った。 そしてすぐさま、隣りにいる景朗くんにも気づかれた。 さっと青ざめた流乃が、ぼとりと手提げカバンを落とす。 今日はどうやらもう一波乱、あるっぽかった。 【よんひきめっ! 昆虫料理に美味しさを求めるのは間違っているだろうか?】 「大丈夫だって! 景朗くんとったりしないから!」 「ほ、ほんとやね? 嘘ついたら許さんげんよっ!?」 「……口止めされてたけど、どうやら景朗くん。あんたに気があるみたいで、その相談だった」 「じっ?!」 「あ、これ私が言ったとか内緒だから。OK?」 「OKやじ!」 ぐっと、固く握手する私達姉妹。 一波乱あると言ったな? あれは嘘だ。 もー、そんな少女漫画じゃあるまいし、ちょっとしたすれ違いから関係がこじれにこじれるとかそうそうないよ! 普段の交流と信頼関係がちゃんと築けてれば大丈夫なんだよ! 後は誠心誠意のこもった状況説明があれば――。 「……じゃあかーちゃん、普段より五割増しにお洒落してる件については、家に帰ってから詳しく聞かせてもらうことにするじ」 にっこりとほほえみつつも、まだ信じ切ってないぞ、と言わんばかりの通告に、私は「あっ、はい」と答えるしかなかった。 そっかー、一波乱はお家に帰ってからかー。 まだまだ尾を引きそうな事後処理を考えると、ちょっと頭が痛くなりそうだった。 よし、家帰ったらちょっとしたことで仲がこじれるけどあっさり後腐れなく仲直りする少女漫画読んで癒やされよう。そうしよう。 「いやーそれにしても『偶然っ』やじ。景朗くんも、昆虫料理のリサーチに来たん?」 「え? ……ええー、まあそんなところですっ。そう言う流乃さんもですか?」 「じ! 景朗くんのライバル店チェ……とかやないげん! 単に食べてみたい料理がここにあっただけなんやじ! それだけなんやじ!」 お〜やおや流乃さん、本音が漏れまくってるんだけど大丈夫ですかぁ〜? 思わず姉としてそこを心配してしまうけど、どうやら景朗くんが気になったのは別のことみたいだった。 「食べたい料理……と言いますと?」 景朗くんの問いかけに、流乃は勿体をつけるようにふっふっふっ、と不敵に笑って。 「すいませーん! このカイコのチリソース一つお願いするじ! 注文はそれだけやじ!」 店員さんにそう告げた。 「なるほど、カイコのチリソースがけですか……確かにウチのメニューにはない品ですね」 「じ。流乃はエビチリ好きやげんから、この料理を食べてみたいってずっと思ってたんやじ!」 何故か流乃は、そう言って誇らしげに胸を張る。 けどそれとは対象的に、景朗くんは調理場を見つめて妙に浮かない顔をしていた。 「どうかした、景朗くん?」 「あー、いえ、ちょっと気になることがあって。……大丈夫だと良いんですけどね」 景朗くんは言葉を濁し、それ以上は説明してくれそうになかった。 およそ五分ほどして、料理がやってきた。 「おまたせしました、こちらカイコのチリソースがけになりますっ」 そう言って店員さんが、流乃の前にお皿を運んできた。 甘辛い匂いが周囲に漂い、私は思わずゴクリとつばを飲み込む。もう匂いが美味しそうだ。 お皿の上には赤いソースのそこかしこに木の実のようなものがゴロゴロ転がっていて、どうやらそれがカイコみたいだった。 カイコ。まあ要するに、蛾の一種だね。 白いイモムシの吐く糸がシルクとして重宝されていて、昔は日本中で飼育されていたらしい。小学校の頃には理科の授業で飼育させられたし、度々近代日本史にも登場するからこのくらい私でも知っていることだ。 多分、今料理に入っているのはそのカイコのサナギだろう。飼育していた時は繭(まゆ)の中で蛹になるから、実物を見るのは密かにこれが初めてだったりする。 そしてその事実に、サナギであると言うことに、私はちょっとホッとしていた。 というのも実は私、蛾はすごく苦手で、その幼虫のイモムシは輪をかけて苦手だからだ。先日のミールワームで虫が多少平気になったとは言え、それらが出てきたら耐えられないぐらいに。でもサナギならぱっと見では虫だかなんだか分かんないし、全然平気だ。むしろミールワームの例を思い出して、興味をそそられるまであった。 「いっただっきまーすやじ♪」 そのカイコ料理を流乃は、喜び勇んでおもむろに口にして。 ひと噛みふた噛みして。 「んー……うっ?」 ものすごく、複雑そうに首を傾げた。 「え? なに、どうだったの? どんな味?」 私が質問すると、流乃は眉根を寄せて渋い顔をする。よく見れば、うっすら涙が浮いているような気も。 かと思えば、流乃は素早く水を手にし、一気にそれを飲み干した。 「あの……それ、僕も食べてみていいですか?」 一部始終を見ていた景朗くんが、動いた。 「別に、いいげんけど……」 「じゃあ私も食べていい?」 「うん……」 流乃はなにか言いたげではあったけど、こればっかりは食べてみないと分からない。流乃の様子からあまり美味しくはなかったみたいだから少しだけ。なるべく小さなカイコを選ぶことにしておいた。 「あーんっ……えっ!? な、何、これ……」 チリソースをつけたカイコの端っこををひと噛みして、私はびっくりした。 チリソース。これは良い。このソース自体は普通に美味しい。甘味と辛味が絡み合い、さらに数種の香辛料が混ざった味わい深いソースだった。 問題はカイコの方だ。 まず、歯ざわりが妙にボソボソとしている。味自体は、あるともないとも言い難い。それより気になるのが、妙な臭味だった。古い雑巾の匂いとでも言えばいいのか。その匂いが噛みしめると口の中に広がって、どんより漂う。それはまるで、舌の上でカイコが怨嗟の声をあげているかのようで。チリソースのおかげで幾分その匂いは和らげられているとは言え、それでもなお食欲をそそられない代物だった。 まあ、端的に言って。 「これ……美味しくない。ってか不味い、臭い」 特に臭みが辛かった。まあ、ギリ飲み込めなくもないんだけど、嫌だよ、と胃が拒否してきそうな感じがある。私は流乃に習い、水で流し込むことにした。 うーん、よくこれを吐かなかったな、流乃。 ……ああ、そっか。景朗くんの前だから吐き出せなかったんだね。 まだうっすらと涙が浮かべる流乃を、私はよしよしと撫でてあげる。 「よくこんなまっずい物食べれたね、流乃。よく頑張った。偉いよあんた!」 「うう、かーちゃん……!」 半泣きで流乃が私に抱きついてきた。どうやら精神的に、相当やられてしまったらしかった。 「――あ。不味い?」 咎(とが)めるような声が不意に、カウンター越しに聞こえてきた。見れば、店長さんがギョロリとこちらを睨んでいた。 やばっ、聞こえてたっ?! 一瞬私は怒られるかと思い、覚悟したんだけど。 「あーそれな! それはそういうもんだから。不味いっていうか、そういう味なんだよ」 はははっ、と笑い飛ばされただけだった。 「えっと……そうなんですか?」 「いや、俺も最初食った時はこりゃひどいなって思ったんだけどな、カイコの風味ってこんなもんなんだとよ。昔、製糸工場で働いてた人におやつ代わりに出されてたそうだけど、その匂いが嫌で食べなかった人もいたみたいだな」 「へー、そうなんだ……」 店長さんの話に、私はちょっとがっかりした。 ミールワームのおかげで、虫料理は美味しいというイメージがあったせいだ。その美味しさを基準に考えてしまったから、目の前のカイコ料理の落差は相当なものだった。 ……そっか、虫料理にも不味いものもあるんだ。 私がそう思いかけた、その時のことだ。 「――いえ、そんなことないですよ」 静かに、でもはっきりと景朗くんが異を唱えた。 「本当に美味しいカイコはこんな臭味なんてないんです」 「……お前、さっき騒いでた坊主か」 店長さんは、顔を歪めて不満そうに景朗くんを睨みつけた。 「先程は失礼しました。僕は『むしむしQuu!』の武者王寺景朗と言います」 そう言って景朗くんはポケットから名刺を取り出して歩いていくと、少し背伸びしてカウンター越しに店長さんに手渡した。 名刺を手に取った店長さんは、「ああ、あの店か」とつぶやく。 「もしよろしければ、先程ご迷惑をかけた謝罪も兼ねて美味しいカイコ料理を御馳走したいのですが、いかがでしょうか?」 景朗くんがそう提案すると、店長さんは眉根を寄せて。 「……はっ、行かねえよ」 吐き捨てるようにそう言った。 そしてそれから、名刺を破り捨てた。 一瞬、私は何が起きたのか分からない。 景朗くん達は余計にそうだろう。景朗くんも流乃も、呆然としていた。 「ちょっ……どうしてっ?!」 「あんな? 俺も暇じゃねぇの。バカバカしい。子供のお遊びなんかに付き合ってられるか」 「あのねぇ! だとしても、断り方ってもんが――」 「流禍さん!」 景朗くんが、叫んだ。 「けど!」 私は抗議の目を景朗くんに向けるも、彼は首を横に振るだけだった。 それから景朗くんは、店長に向かって深々と頭を下げた。 「お騒がせしてすいませんでした。でも、気が向いたらいつでもいらしてください。美味しいカイコ料理、ご用意しておきますから」 【ごひきめっ! このままは嫌なので、店長に一言言ってやろうと思います!】 「なんやげんあれ! ムっカつくじーっ!」 速やかに会計を済ませて、退店後いの一番に不満を漏らしたのは流乃だった。 「ホントはカイコってあんなじゃないげんね? もっとずっと美味しいげんね?」 「はい」 景朗くんはいつもどおりに涼しい顔で返事をするものの、その表情にはどこか落胆の色が見え隠れしていた。 「まあ、仕方ないですよ。まだまだ昆虫料理についての理解は広まってませんから。そういった誤解を解いていくのが僕の役目だと思ってますし」 「だとしても……景朗くんは悔しくないの? あいつ、子供の遊びとか言ったんだよっ?! あの人景朗くんがどれだけ真剣にやってるか知りもしないで、なのにあんな事言わせておいて――」 「そんなの、悔しくないわけ、ないじゃないですかっ!」 その声の大きさに、私は、流乃は、驚いた。 今日一番、誰よりも大きくて、そして感情のこもったその声に、びりびりと鼓膜を震わされた。 そして景朗くん自身も、自分の声に驚いたみたいだった。 「あ……すいません」 景朗くんは心の底から申し訳無さそうに頭を下げて。 「その、悔しいですけど、僕がまだ子供だってのは事実ですから。……それに、あそこで怒ってもしょうがないです。たとえ怒ったとしても来たくない人を連れて行くことなんて出来ませんし、そもそも料理は無理矢理食べさせるものじゃありませんから。だから…………あそこで頑張っても、しょうがないんです」 それは、私達を納得させるというよりは、彼が彼自身を納得させているみたいで。 その様子を見ていて、私は思った。 この子はどこまでも大人なんだと。この場にいる誰よりも大人なんだな、と。心の底から、そう思った。 「だから今の僕がやれることはこの辺りで一番の昆虫料理店にして、向こうから食べてみたいって気持ちにさせること、それぐらいなんです。それだけなんです」 「景朗くん……」 どこまでも前向きな言葉に、私は心を打たれる。 なん、だこれ……カッコ良すぎるでしょ、この子。って言うかカッコつけすぎでしょ、この子。 「気を取り直して、うちのお店で食べ直しましょう。とびっきり美味しいカイコをお出ししますよ」 景朗くんはそう言って、笑っていた。 でも、笑ってなかった。 笑顔じゃない笑顔だった。 ごめん、私は景朗くんほどじゃないど、年はちょっとだけ大人だからさ。子供が無理してるかどうかくらいわかるんだよ。 ホントはまだ悔しいってのが。 納得出来てない、ってのがさ。 私は、その場で踵を返した。 「あー、ごめん。私ちょっとさっきのお店に忘れ物したみたい。悪いけど、ちょっと取りに行ってくるね」 そう言って、飛び出す。駆け出す。走り出す。 走りながら、ごめんね、と私は胸中で景朗くんに謝っていた。 景朗くんは言っていた。 あそこで頑張ってもしょうがない、と。 でも。 頑張ってる子がいて、なのにそれを踏みにじる大人がいて。 それを目の当たりにしておいて。 それでも何もしない大人には、私はなれない。なりたくもない。 だからちょっとだけ、あなたのために頑張らせて欲しいんだ、と。 そんな思いを込めて、私は再びあのお店の前にやって来た。 息を切らせて、赤い暖簾を睨みやる。 どうやら丁度休憩に入ったのか、お店の前には準備中の札。私は構わず、そのまま暖簾をくぐる。 お店の中にいたのは、カウンター席に腰掛けてスマホをいじる店長さん一人だけだった。 「――あー、悪い、今休憩中なんで……って、あんたかよ」 こっちに気づくと、店長さんは渋い顔をした。 私はその顔に怒りをぶつけたくなる気持ちを抑えて、自制する。怒りを飲み込む。自分のやるべきこと、しに来たことをイメージして、冷静さを保つ。一つ、深呼吸。それから私は、ゆっくりと口を開いた。 「あの、一つお願いがあって来ました」 「……お願い? おいおい、なんだそりゃ」 店長さんは怪訝な表情を向けてきたけど、構わず続ける。 小声にならないように気をつけて、意思を込めて、真っ直ぐに目を見て、告げる。 「景朗くんのお店に来てください、とは言いません。でも、もし気が向いたらで良いんです。もし、気が向いたら彼のお店に行ってみて欲しいんです。……その、それだけです」 頭を下げて、お願いする。 私に出来るのはそれだけだった。 景朗くんの意思を最大限尊重しつつ、私の意思を反映し、店長さんの気持ちにも無理強いしない。もしかするとなんの意味もない、それぐらいちっぽけな行動だ。 それは何もしないままじゃいられなかった、私のワガママだった。それは頑張るというよりは、我を張る方の我ん張りだった。 けれど私の訴えに対する返事は、店長さんの小さなため息で。 「それだけ、って……あのな? 店で騒ぎ、挙げ句ケチをつけておいて、さらにお願い? あんたそりゃちょっと厚かましくねぇか」 「……その点は謝ります。けど、彼は、景朗くんは真剣です。遊びで言ったんじゃありません。その点は理解して欲しいんです!」 「真剣、ねぇ」 店長さんはしばらく苦々しい顔をしていたのだけど、不意に。 「……わかった」 「えっ?」 「あんたの熱意に心が打たれたよ。気が向いたら行かせてもらおう」 にっと、店長さんが笑みを浮かべる。 「あ、ありがとうございますっ!」 私はすぐさま、深々と頭を下げた。 けど、次の瞬間頭上からかけられた言葉は、そのことを後悔させるのに十分なものだった。 「ふっ、くくくっ!……なーんて、言うと思ったか? 行くかよ、バーカ!」 「……は?」 一瞬意味がわからなかった。ぐらりと地面が揺れたかのように、軽いめまいすら感じた。そんなバカなと顔を上げてみれば、そこにあったのは私を見下す歪んだ笑顔だった。 「あ、あなたって人は……!」 「おー怖っ。なぁ、あんたこそわかってる? 店ん中で坊主騒がせた上にうちの料理にケチつけてんだぞ? 営業妨害って知ってっか? こっちは訴えても良いんだがなぁ?」 「そ、それは……」 思わず私は言いよどむ。 明らかに、相手の方が上手だった。 私は景朗くんを助ける大人のつもりでここに来たけど、相手はさらに大人なのだ。営業妨害とか言われたら、それだけでもう私にはどうしようもなくなってしまう。 ごめん、景朗くん。カッコつけて来てみたけど、やっぱり私ダメだ……出来ることが、なんにも思いつかないよ。 「……その、お騒がせしてすいませんでした、さっきの話は忘れてください。失礼しました」 もう帰ろうと、私が話を切り上げようとした時だった。 「あー。まあ、ちょっと待てよあんた」 「……?」 何故か呼び止められて、私はその場で静止する。 店長はそのままこちらをジロジロと眺めて、ちょっと思案するような表情をしてから。 「ふむ、そうだな。まあ、俺も鬼じゃない。一つ提案なんだがこういうのはどうだ?」 「提案、ですか……?」 「ああ、どうせそんなに客が入ってるわけじゃないからな、いつと言わずに今すぐ行ってやっても良い。で、だ。もし坊主の言うように、その料理が美味かったらこっちから詫び入れようじゃないか。……けどもし、その料理が不味かったら」 店長は不敵な笑みを浮かべ、続けた。 「もし不味かったら、あんたにしばらくうちで働いてもらおう。もちろん、タダ働き……ってのはどうだ?」 「は、なにそれっ?!」 予想だにしてなかった条件に、私は思わず声を上ずらせた。 「あっれぇ? も〜しかして、自信ないのか? あんだけ啖呵切っといて?」 「……いえ、そういう……訳じゃ……」 そもそもが、景朗くんのうかがい知らないところでの話だ。勝手に勝負だの何だのにしてしまうことなんて出来ない。 仮に負けたとしても被害を被るのは私だから景朗くんに迷惑が及ぶことはないんだけど、それでも景朗くん抜きで話を進めてしまうのは礼を失する行為のように思えた。 「あのっ、すいませんけど、その話はちょっとすぐには決められ無いと言うか……」 「おいおい、そこで迷うのかよ? ……あー、まあそうだよなぁ、どうせあんなの坊主の『でまかせ』なんだし、そりゃ腰も引けるってもんか」 「は? でまかせ……?」 景朗くんの言葉が、『でまかせ』? その言葉に、私はぶちキレた。 「今、あんたなんつった?! でまかせやとっ?! あの子は! あの子はな! でまかせなんて言う子じゃないぞいね!」 「……へぇ? あれがでまかせじゃなかったら、大ボラふきか何かか? ははっ」 「お、大ぼらやと? こんだらぶちがっ!」 店長……いや、オッサンの嘲笑に、私は一層頭に血がのぼるのを感じた。 こっちの怒声にオッサンはちょっとたじろいだように見えたものの、私の怒りはそんなもんじゃ収まらない。 「えーよ、やるじ! その勝負受けたるげん! そんかわりあんたが負けたらこっちの店の床全部をその頭のタオルで拭いてもらうじっ!」 「へ、へえー? あんた、やる、って言ったな。それ、間違いないな? 言っとくが、今の録音しといたからあとで忘れたってのは無しだぜ?」 そう言ってオッサンが、したり顔でスマホを持ち上げた。 だけど。 だからなんで、それがどうした? 「はぁ?! 忘れんな? そりゃこっちのセリフぞいな! そっちこそ耳の穴から覚えたことが漏れていかんように耳栓でもしまっし!」 ぐっと距離を詰めて、私はオッサンを睨みつけてやる。 「なっ……」 オッサンは一瞬椅子から落ちそうになるほど引いたものの、負けじと腕組みして身を乗り出してきた。 「おーおー、言ってくれるじゃねぇかあんた! その威勢が負けたあとも続けば良いけどなぁ!」 「は! あんたは床の磨き過ぎでタオルが擦り切れない心配でもしとけ!」 「こんアマ……うちに来たらさんざんこき使ったるから覚悟しろや!」 互いに睨み合い、気炎を上げる。 こうして私達の戦いの火蓋は、切って落とされたのだった。 【ろっぴきめっ! カイコ料理の食べ直し】 私はオッサンを連れて景朗くんに合流し、『むしむしQuu!』にやって来た。 店内の一角。テーブル席に座って、私達は景朗くんがカイコ料理を持ってくるのを待つ。 なお事の経緯は景朗くんたちには内緒で、私が忘れ物を取りに戻ったらオッサンの気が変わっていたのだと説明してある。 図らずも挑発に乗って勝負を受けることになったけど、そもそもの原因は私の行動にある。だからなるべく景朗くんが責任を感じないための配慮だ。 そしてそんなことはありえないけど、もし万一オッサンに美味しいと言わせられなかった場合、私一人が泥をかぶればそれで済むように。景朗くんが自分も責任を取ると言い出さないように、だ。 「さーて、ホントに美味いカイコ料理なんてだしてくれるのかね?」 オッサンはどっかりと椅子に腰掛けて、皮肉たっぷりにそんなことを言う。 「黙ってればすぐに出てきますから、それまで大人らしく大人しくしててください」 私がたしなめると、それに流乃が便乗した。 「景朗くんがあるって言ったらあるげんよ? わからんおっちゃんやじ!」 「だ、誰がわからんおっちゃんだ、こんガキャー!」 「はいはい、店内では静かにしててくださいね、おっちゃんさん。お店の迷惑になって営業妨害になりますから」 「……ちっ、わーってるよ」 私が注意すると、オッサンは渋々と言った体で矛を収めた。 それはカフェには少々不釣り合いなガラの悪いオッサンに、店内の客が訝しげな目を向けていたせいもあるだろう。 「やーいやーい、おっちゃんが怒られたじーっ!」 「流乃……あんたも静かにしまっし」 「っ! はいっ、かーちゃん!」 私がひと睨みすると、流乃はすぐさま背筋を正して黙り込んだ。 まだ料理は来ない。店内の喧騒と、BGMとを聞きながら、私達はその時を待つ。 「……おい、約束忘れんなよ?」 ぼそりと、オッサンがつぶやいた。 「そっちこそ忘れないでくださいよ」 負けじと私は睨みつける。 その直後に、料理は到着した。 「――おまたせしましたっ」 トレイに乗った料理を、景朗くんが直々に運んできた。 テーブルのそばまでやって来た景朗くんは、普段やってるんじゃないかと思うぐらい丁寧な手付きでトレイから丸皿を降ろす。 そのお皿の上に、カイコのサナギは乗っていた。 一つ一つは人差し指の先ぐらいから、それよりちょっと大きいぐらいのサイズ。それがひとつかみ程度の数、お皿に盛られていた。 そのカイコはさっきのお店で出てきたチリソース炒めのようにソースが絡めてあるわけでもなく、焼色がついているわけでもなく、揚げてある様子もない。一応湯気こそ昇っているものの、味付けがしてある風には見えなかった。 え? 料理してあんの? これ。これが、美味しいカイコ料理? 急激に不安に襲われる私をよそに、景朗くんは落ち着いた口調で勧めてきた。 「では皆さん、冷めないうちにお召し上がりください。なおこちらは塩茹でしてありますのでそのままどうぞ」 何の含みも感じさせない景朗くんの説明を、オッサンはまず鼻で笑い飛ばした。 「塩茹で? はっ、やれやれ、どんな料理が出てくるのかと思って来てみればただの塩茹でとはね……」 ため息をつきながら、オッサンはなんとも疑わしそうに箸でカイコをつまむ。そのまま不満タラタラに口に運び。 「ったく、こんなもん美味いわけが……」 まず一つ口にしたオッサンは何も言わない。 そのままオッサン、二個目を口に。 特に変化は……ない? いや。 「う、美味い、わけが……」 心なしかぷるぷると震えつつ、噛み締めて。 「え”――――っ?! うんめぇ――――っ!?」 オッサンが、店内に響き渡るぐらいに絶叫した。 私は平静を装いつつ、心ん中で「うっしゃ!」と喜んだ。 「ちょ、なんだよこれ! おかしいだろ! うちのと全然違うじゃねぇかよっ!」 がつがつとオッサン、さらにカイコを口に運んでいく。その箸は、止まらない。 「わ、私も!」 オッサンのあまりの様子に、私は急いでカイコに箸を伸ばした。 流乃もタイミングを伺っていたのか、私達はほぼ同時にカイコを口に運んだ。 「ほふっ♪」「んじ〜っ!」 ――なにこれ凄いっ! 私が口の中のカイコをぷちりと噛みしめると、まずその中身がトロリと溢れ出した! 位置づけ的にはお肉になるはずのそれは、不思議なことに風味はまるで茹でたサヤエンドウ! しかもすごくクリーミーで、お豆を感じさせる濃厚な味わいが口の中に広がって、塩茹でによるほのかな塩味が絶妙に引き立ててくる! それだけじゃない! トロリとろける口当たりもとっても心地良くて! その食感は、まさに幸せの一言! この味と風味と食感の三重奏に、私は美味しさの繭に閉じ込められてしまいそうになる! これが……これがこれが本当のカイコの味っ?! 「うーん美味しいっ! さっきより断然! というか、比べ物になんない!」 「流乃、これなら『いっくらでもっ!』食べられるじっ!」 「畜生! 美味い! 畜生! うちみてぇな臭味はねぇどころかむしろ豆っぽい風味が心地良いだと?! くっ、こりゃ、一体どういうことなんだよっ?!」 私達は怒涛の勢いでカイコを口に運んでいく。見る見るうちにお皿の上のカイコが消えていく。 そしてその様子を密かに見ていた他のお客さんが、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえたかも知んない。「すいません! あれと同じのを!」「私も!」「俺も!」と店内がにわかに騒がしくなる中、あっという間に皿の上は空になっていた。 満足、としか言いようのない一品だった。 と。 食べ終えるなり、オッサンがすぐさま席から立ち上がった。 それから景朗くんに、向かって。 いきなり、土下座した。 「すまなかった! そして教えてくれ、坊主。……いや、景朗と言ったか。頼む、景朗くん、俺にこのカイコの秘密を教えてくれ!」 張りのある声で謝罪するオッサンに、景朗くんは慌てふためいた。 「ちょ、やめてください! そんなことぐらい教えますから! あー、ほら! 他の客様の迷惑になりますからすぐに席についてください!」 「あ。えーと、その、すまん……」 景朗くんに制止されて、オッサンは大人しく席に。 やれやれ、色んな意味で迷惑なオッサンだね、全く。 それから店内が落ち着きを取り戻しつつあるのを確認してから、景朗くんはゆっくりと話し始めた。 「今お出ししたカイコの話なんですけど、これには別に特別な秘密なんてありません」 「え? いや、でも現に……」 全然違ったよね? と私が問いかける。 「はい、特別な秘密はありませんが、ようするに全ての食材には鮮度があり、旬がある、ってことです」 「つまり……鮮度が違ったってことか?」 「そういうことですね」 景朗くんはうなずくと、少し神妙な面持ちで話し始めた。 「一般に、カイコの蛹は臭みがあって美味しくない、と言われることが結構あります。店長さんがおっしゃってたように、昔製紙工場で出されていたカイコは一様に臭味があったみたいですね。そのあたり、実は結構議論されてきたことで。原因は糸を引き出す際に茹でる、その時間が問題じゃないか、あるいは桑の葉の匂いが凝縮されたんじゃないか? って話が度々出てくるんですけど……」 景朗くんはそこでみんなの顔を眺めて、質問してきた。 「……みなさんは、繭の中のカイコがいつ死ぬか、ご存知ですか?」 「へ? いつってそりゃ……今言ってただろ? 糸取る時に茹でてんだしそん時に」 「うん、私も学校だと糸を取る前に茹でられるから死ぬって聞いたんだけど……」 「はい、僕もそう聞いていたんですが、ちょっと調べてみると事実はちょっと違いました」 「……そりゃ、どういうことだよ?」 「そもそもなんですが、大量に入荷してくる繭を糸を取るその都度全部その手順で出来ると思いますか? 大量に入ってきた時も? そんなの、出来るわけないですよね。じゃあ、処理しきれない繭はどう扱われるか? 使用されるまでの間、どうやって保管されるか?」 そこで少し間を空けて、景朗くんは続ける。 「実はカイコの繭は、乾繭(かんけん)と言って糸を取るよりもずっと前の工程で、熱して乾燥処理がほどこされてました。繭を長期間安定して保存するために」 「あっ……そうか! ほっとくと蛾になっちまうから!」 合点がいった、という風にオッサンが声をあげた。 「はい、カイコは外に出る際に分泌液で糸を緩めて出てくるのですが、そうなると生糸の品質が落ちるためにその防止のために乾繭が行われるんです。これにより乾燥した繭は一ヶ月から数年は保存出来るそうですね」 「じっ?! 一ヶ月から、数年もやじっ?!」 そ、それは……しょ、賞味期限とか大丈夫なもんなのっ? 「まあ、それは極端な例ですけど。元々食用として扱っているわけじゃないですから、そういった品の質は確実に落ちているでしょうね」 「けどよ。その乾燥したやつを糸を取るために茹でてるってことだよな? んなの、干物を水で戻してんのと同じじゃねえかよ!?」 「まあ、全ての仕入先がそうだとは思わないので、そういうところもあるんじゃないのかな、って程度の話ですけどね」 「だとしたら……そりゃ、んなもん美味いはずがないよな……」 話を聞き終えて、オッサンは傍目にわかるぐらいがっくりと肩を落とす。 「つまりあの匂いって、古くなったカイコの匂い、ってことやの?」 「……ええ、おそらくは。と言うかこれはなんの肉でもそうですけど、鮮度が落ちれば匂いは出てくるんですよ。魚は当然、鶏肉でも、豚肉でも」 なるほど確かにそうだ。 昔、かなりの日が経ったことに気づかずに、お母さんの手作りのミートソースを口にしたことがあるんだけど。ひき肉が妙に臭くなってて、あれはちょっと食べられないぐらいひどい風味だった。 「じゃあ、さっきのカイコはとびきり新鮮やげんな?」 「ええ、カイコが蛹化(ようか)……つまりサナギになることですが、それから二、三日以内のものをお出ししました。僕的にはこのあたりがベストです。サナギは十日もあれば羽化が始まってしまうので、お店に出す際はいつも気を使いますね」 そう言いつつもその苦労を語る景朗くんは、とても楽しそうだった。 「ちなみに、僕が初めてカイコのサナギを食べた時はどうも羽化間近なものだったみたいで……あれは臭味こそなかったものの、あまり美味しいものではなかったですね」 「へぇ、やっぱり鮮度が良いものが一番ってことか……。ん、待てよ? 確か、なんかの虫は羽化直前が一番美味いって聞いたことがあるんだが」 「ああ、それは多分クロスズメバチの話じゃないですか? あれは羽化直前が一番美味しいです」 「えっ、虫によって美味しいタイミング違うのっ?!」 「ええ、僕も全部知ってるわけではないですが、虫それぞれで微妙に違うはずですよ。だから同じ『虫』と言っても一言では片付けられないんです。魚の調理が一種類一種類違うように、虫の調理もそれぞれで変える必要があるんですよ」 「へぇ〜! 思ってた以上に奥深いんだね、昆虫料理って!」 「やじ!」 「やべぇ、俺まだ全然だわ……」 三者三様に、私達はため息をつくしかなかった。 そしてその場では、景朗くんただ一人が、活き活きとしていた。 ほんとに、本当に、凄いんだね景朗くんは。 「……ねぇ、どうして景朗くんはそんなに頑張れるの?」 私がそう尋ねると、景朗くんはふっと柔らかな笑みを浮かべた。 「流禍さんは、最初に僕に聞きましたよね? 昆虫料理において、僕が何を一番重要だと思ってるか、って」 「ああ! そう言えば聞いたね」 確か、最初に会った日だ。 景朗くんが、昆虫料理に関してエコロジーだって点を重視するのはちょっと違うかな、って言ってた時だ。 「今昆虫食は栄養価や目新しさやエコロジーな食物ってことで注目されてます。ですが僕は、昆虫料理を根付かせるには栄養があるとか、環境に良いとか、効率的だとかよりもまず、『美味しくないと広まらない』って思ってるんです。だって、誰だって美味しいものが食べたいじゃないですか? イロモノ、ゲテモノと見られがちな昆虫料理だからこそ、特に美味しい必要がある。みんな、エコだとか効率の話は大事だって感覚でわかってもらえるとは思うんですよ。でも、実際に食べてくれるかどうかって、やっぱり美味しいかどうかにかかってる、って僕はそう考えてますし、そう思ってます。だからなにより、物珍しさとかじゃなく、美味しさで注目して欲しい。この、『美味しい』ということ。それが、僕が昆虫料理において一番大切にしたいことで。そしてその美味しさを伝えることが僕の夢だから、どこまでも頑張れるんです」 そう言った景朗くんはどこまでも真っ直ぐに。 一直線に。 遠く遠くを、見つめる瞳をしていた。 きっと、君が見つめる先は、ずっとずっと未来なんだね。 なーんて、思っちゃったりなんかして。 ちょっと本気で恋しそうになる、私なのだった。 けどそんな感傷に浸る間もなく、良い雰囲気をぶち壊した人がいた。 オッサン、である。 「すげぇ、流石だ景朗くん! いや、師匠! 俺を弟子にしてくれ! 頼む! この通りだ!」 おもむろに立ち上がり、そう言って景朗くんの手を取るオッサン。なにそれ羨ましい! 「ええっ?! えっと……えっと?」 あー、ほら! さすがの景朗くんも面食らってるよ。戸惑ってるよ。 それでも。 「俺は……昆虫料理屋始めてから不味いだのキモいだの騒ぐだけの興味半分の奴らに嫌気が差してたが、師匠の話を聞いていて中途半端はむしろ自分だったと気付かされた! 俺は……俺はまだ、何も分かっちゃいなかったんだ! だから、頼む! 俺を弟子にしてくれ!」 オッサンも、真剣だった。 今までの、どこか腐った大人でしかない彼じゃなくて。 気持ちを入れ替えた、新しい彼だった。 その心意気を汲んだのか、景朗くんはコクリとうなずいた。 「……僕でよろしければ、いくらでもお教えします」 「ありがとう、景朗師匠!」 「あ、でも師匠は止めてください。その、ちょっと恥ずかしいので……」 と、頬を赤らめる景朗くんを前にして、流乃がぼそりとつぶやく。 「やっぱり景朗くんは最高やじ!」 「ホントだね……しっかり捕まえときなよ?」 「しっかり捕まえるじ!」 ぐっと、流乃は拳を握りしめた。 やれやれこれで万事解決か。 そう私がほっとしていると、オッサンがこちらに歩み寄ってきた。 そして私の目を見て、まっすぐに。 「申し訳有りませんでした!」 頭を、下げた。 「約束ですから、自分は店内の床を拭いて回ります!」 どうやらオッサンは、あの約束を本気で果たすつもりらしい。 意外に律儀なオッサンだった。 でも、私としては。 「あー、それならもう済んだじゃないですか?」 「え?」 「ほら、さっき土下座してましたよね?」 「あー……しました、けど?」 「あれでチャラですよ、チャラ。……私も、ちょっと熱くなってましたしね」 「いや、でも! それじゃあ、自分が納得出来ません!」 「じゃあ、約束を変更します。『納得』してください。あれでチャラって言ったらチャラなんです。でもも、しかしもなし!」 「あ……ありがとう、ございますっ!」 オッサンは、ううん、店長さんは。 今までが嘘だったみたいに、謙虚かつ低姿勢な態度で頭を下げた。 きっと彼も、根は良い人なのだ。ただちょっと、道を踏み外しかけていただけで。 悪い人なんかじゃ、なかったのだ。 その店長さんが、毒気の抜けた笑顔を私に向けて。 にこやかに言った。 「それにしても――本当に良い息子さんをお持ちですね、お母さん!」 「お母さんやねぇわっ‼」(パァン!) 【これでしめっ! イモムシですがナニか?】 これはその後の話なんだけども。 流乃と景朗くんの仲は順調みたいだ。まだ正式に告白したわけではないものの、度々二人きりでデートに行くようになってうちにも遊びに来るようになった。 しかも私の両親にもすでに挨拶していて、景朗くんのその子供らしからぬ物腰は二人ともに密かに気に入った様子。もしかすると、私に義弟が出来る日は、案外遠くないのかもしれない。 どうやらこっちにチャンスは無しか、ざんねーん! 人生二週目に期待しよう、と思いつつも、心の底から妹の幸せを願う私である。 あーちなみに。 あのド失礼なオッサンのお店も、最近は景朗くんの指導を受けてそれなりにお客が入るようになったらしい。……ちっ! そしてその後は、みんな仲良く末永く暮らしました。 めでたしめでたし……。 なーんて、あっさりと終わらないのが現実なわけで。 「――げ。なんであんたがいるんですか?」 『むしむしQuu!』の一角にて。 私は景朗くんに招待されてお店に向かったんだけども。そこにいたのは景朗くんと流乃と、そしていつものように頭にタオルを巻いているあのオッサンだった。 「よ、よー流禍ちゃん! 今日も可愛いね!」 「あー、はいはい。オッサンの見え透いたお世辞とかいらないんで。イラナインデー」 ったく、自分が可愛くないのなんて知ってるっつーの。うちのクラスの男子共みたいな嫌味とか、ホントやめて欲しい。心にもない言葉を毎日毎日言ってくるとか! 顔を合せる度に言うとか! お前ら暇かよっ。 「いや、これお世辞だけどお世辞じゃな……って待て。俺一応、まだ二十代だからな? だからオッサンは勘弁してくれ」 「は? スネ毛とヒゲが生えた瞬間から、男はオッサンになるんですよ。知りませんでした?」 「……ヒゲとスネ毛、嫌いなのか?」 「ええ、かなり」 この二つは、この世に要らないもののトップスリーに入るレベルだ。 ……あとあれって、なんで女にも生えんの? 要らないよね? 絶対いらないよね? 「流乃も嫌いやじ! お父さんがよくゴリゴリゴリラしてくるげんけどメチャ痛いんやじ!」 「悪い、そのゴリゴリゴリラがわからん」 どうもこのオッサン、あの日ひっぱたいてから、私のことを相当怖がっているみたいで。 ご機嫌取りに何度か、ちゃんと給料出すからうちで働かないか、とか。ちょっと映画でも見に行かないか、などとちょくちょく言ってくるぐらいだ。ホントはそんな気とか全然ないのにやめて欲しい。 なんでそんなところまで、うちのクラスの男子共と同じなんだか。 「なーなー、かーちゃん、ところでおっちゃんどう思うじ?」 「ごめん言ってる意味をわかりたくない! あーあー聞こえなーい!」 「おっちゃん、これ多分無理やじ? そもそもかーちゃんは年下が好み(オブラート)やじ」 「まじか……」 ん? 二人して何か喋ってる? 私耳塞いで喋ってるからほんと何も聞こえないんだけど。……まあ、大したことじゃないに決まってるよね。 そっちは無視することにして、私は景朗くんとお話だいっ。 「それで景朗くん、なんで今日は私達呼ばれたのかなっ?」 「ふふっ、実は今日なかなか手に入らない、貴重かつ美味な虫が手に入りましてっ。それをみなさんにご賞味頂きたくご招待したんですっ♪」 「へぇ、貴重かつ美味しい虫? それ楽しみ!」 いつになく上機嫌な景朗くんの様子に、私は否応なく期待感を煽られる。 なにせ景朗くんが美味と言って、そうでなかった例はない。ゆえにもう、景朗くんのおすすめにハズレ無し! と言っても過言じゃない。しかもここまで景朗くんを喜ばせるレベルとまでくれば……そんなの美味しすぎて、私悶絶してしまうかもしんないよっ! じゅるり。 「あ、どうやら来たみたいです!」 景朗くんの声に、わぁっと私達が目を向けると、丁度ウェイトレスさんがお皿の乗ったトレイを運んでくるところだった。 そのウェイトレスさんは私達の前にやってくると、ニッコリと微笑んで、テーブルに料理を置いた。 ……うん、置いたんだけどね? 私と流乃はそれを目にして、言葉を失った。 と言うのもお皿の上に乗ってるのは、どうみてもイモムシさんで。 ……イモムシさん、だねぇ、あ、あははは!(涙目。 うん、あのね? 繰り返しになるけど虫料理が平気になった、つっても私はまだまだ全てを食べられるわけじゃなくて、どーしてもっ食べらんないものもあるわけで。イモムシ系はその中の一つでね? 私はこっそりと流乃とアイコンタクトを取る。 『どーする、これ?』 『景朗くん、ガッカリする、良くない、だから、頑張れ、かーちゃん♪』 『が ん ば れ ま せ ん け ど ! ?』 私はなぁ! お芋はおジャガもサツマイモも好きだけど、イモムシは大の苦手なんじゃあああ! そりゃもう、今すぐ頭を抱えて絶叫したくなるレベルである。 「だ、だいたい、あんたもこれ系は苦手でしょ。いけるの?」 もはや直接に流乃へと問いかけると。 「あんな、かーちゃん? 女には、『どーしてもっ!』引けん時があるげんよ……?」 ふっ、と。子供っぽさの象徴のようなツインテールを揺らし、アンニュイな表情を浮かべる我が妹、小学五年生。 ……あのさ、姉より早く女を語んないでくれる? その、あれだ。悲しくなるからな! そんな我らとは対象的に、大人気なくハイテンションの子供風オッサンが約一名。 「オイオイオイ! これアレだろっ! アレなんだろっ?! くぅ〜、さすが師匠! 死ぬまでに一度は食べてみたかったんだよ、こいつをよぉ!」 「ほーん、じゃあこれ食べたらもういつ死んでも良いってことですよね?」 「いやそうかもだけどそうじゃねぇよっ!?」 「おっちゃん、グッバイフォーエバー! ……やじ?」 「グッバイはするかもだがフォーエバーする気はねぇよ!?」 「あの……死なないでくださいね? 僕、そんなことになったら凄く悲しいです」 「……ははっ、畜生! 師匠の優しさが目に沁みやがる!」 などと、一人騒いでるオッサンはさておいて、私はそのイモムシをおそるおそる眺める。 お、大きい。結構な大きさだ。指一本分ぐらいのサイズで、丸々と太っている。はっきり言って、グロい。グロすぎる! 全体にクリーム色してるのに、頭だか口だかわかんないけど先っちょだけ黒いのがまたグっロ! えっぐ! そのイモムシはソテーにしてあるのか、バターか何かでテカテカと光ってるんだけど、それがまた嫌悪感を煽る。もうそこまで来ると、良い匂いなのも、湯気が立ち上る様もなんか嫌だ! それはとにかく見れば見るほど、うわ〜、ってなってしまう代物だった。 「で、これってなんなの?」 「知らねーのかよ! あの、カミキリムシを!」 「はぁ……?」 いや、知らんし。 どの、だよ。 「昆虫食界のトロ! 生木を食って成長するから養殖が難しい上に数が取れないレア物! 言うなれば昆虫料理の王様なんだぜっっ!」 早口で興奮気味に説明するオッサンに、私は「へーそーなんだー」とだけ返す。 「さぁみなさん、冷めないうちにどうぞお召し上がりくださいっ」 景朗くんのススメで、各々がフォークを手に取る。 アンニュイな流乃に、子供みたいにはしゃぐオッサン。でもその最中、私だけがどうにも食指が動かない。 イモムシの形状を見ているだけで、ざわっ、と寒気すら感じてしまう。 無理っ……! いくら景朗くんの料理でも……。イモムシはアウツ! 所詮イモムシはイモムシ! ……ダメッ! 食べられるわけがない! 例え、景朗くんの料理したイモムシだとしても! ……イモ、ムシは。 「……はっ?!」 思わず目をそらしたくなる光景の狭間。 嫌悪と罪悪感の入り混じった感情の奔流に流されんとする私の脳裏に。刹那、一条の光が差し込む。 景朗くんの、料理したイモムシ……だと? それは重大な気づき、だった。 ふふっ、こんなの、私じゃなかったら見逃しちゃうね……。 思わず私は、笑みをこぼした。 そう。 これは景朗くんが料理したイモムシ! つまり! ――それもう、実質【景朗くんのイモムシ】だよねっ☆ 心が決まると書いて、決心! 私こと、虫田部流禍はフォークを手にし、誰よりも早くイモムシをぶっ刺す。トロリと流れ出した液体は、食欲をそそる肉汁か、はたまた私の唾液か。 「よ、良し! ……じゃ、じゃあ、みんなで、せーの! で食べようぜっ!」 などと、どこぞのオッサンがなぜかワクワクで音頭をとっているみたいだったけど、私は気にせずにイモムシを口に運ぶ。だからそのタイミングが一致したのは、あくまでただの偶然。 『――せーのっ!』 「人生初カミキリ!」 「さぁ流乃、やって見せるじ!」 「景朗くんのイモムシさんモグゥッ!」 そうして私達は、一斉にかぶりついた。 果たしてっ、そのお味はっ!? ……それは、あなた自身で、確かめてよねっ♪ 『堂々完食!』 |
ハイ 2021年04月30日 00時00分11秒 公開 ■この作品の著作権は ハイ さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2021年05月23日 20時31分00秒 | |||
Re:Re: | 2021年05月23日 23時17分05秒 | |||
Re:Re:Re: | 2021年05月24日 20時11分36秒 | |||
Re:Re:Re:Re: | 2021年05月25日 09時47分22秒 | |||
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Re: | 2021年05月22日 19時31分11秒 | |||
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Re: | 2021年05月21日 22時28分17秒 | |||
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Re: | 2021年05月20日 22時37分10秒 | |||
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Re: | 2021年05月20日 22時32分14秒 | |||
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Re: | 2021年05月18日 20時24分44秒 | |||
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Re: | 2021年05月17日 20時45分46秒 | |||
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Re: | 2021年05月17日 20時42分38秒 | |||
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Re: | 2021年05月17日 20時41分09秒 | |||
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Re: | 2021年05月16日 21時09分21秒 | |||
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Re: | 2021年05月16日 20時50分21秒 | |||
合計 | 11人 | 220点 |
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