手りゅう弾と文豪の金言と薔薇に挟まる女子

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※エロいシーンがあるのでR15とさせてもらいます。

 彼女は芝生の上に座ると、校舎の壁にもたれかかる。そして大きなバッグからいろいろ取り出し始めた。バッグの中から出てきたのは、大きな双眼鏡、男物らしき大きなランチジャー、そして水筒。彼女はランチジャーを開けご飯が入ったタッパーを取り出すと、重いはずの双眼鏡を片手で顔に近づけ、片手で器用に膝で抱えたタッパーからご飯を箸でつまみ上げ、むしゃむしゃと食べ始めた。いったい彼女は何を見ながら食べているのかというと……。

「ひどい本を読んだ……」
 頭は金髪、それを逆立てたすごいヘアスタイルの少年が傍らの少年に話しかける。彼はホットドックを片手にかじりながら話している。
「何だよ、それ」
 サンドイッチを手にした黒髪の少年が答える。彼は眼鏡をくいとあげると金髪の子に微笑む。
「昔の作品だろ、そんなひどいのはないと思うけど」
「武者小路実篤、お目出度き人」
 金髪から出た言葉に黒髪眼鏡はぷっと噴き出す。
「実篤はだめだよ。あの人、理想主義がひどくて現実の前に破綻するような作品書いてるし。大体お目出度き人ってそれの最北端だよ」
「そうなのか?」
 やっちまった、風の顔で金髪は黒髪を見つめる。
「あー、やっぱかっこいいよねー」
 彼らの近くには、そんな二人のやり取りを見つめる少女が二人同じく芝生に座っていた。
「堀川薫に野中ヒカル。美少年二人は絵になるねー」
「美少年って、面と向かって言うなよ」
「恥ずかしい」
 二人は同時に話しかけてきた少女たちの方に振り向き、言う。
「あんたら、自分のカッコよさをもっと自覚すべし」
 少女二人組の片方が金髪こと薫の方に向いて言う。
「そだよ」
 ちっちっちっ。人差し指を振りながらもう一人が言う。
「あんたらジャ〇ーズ受けても通るぐらいの顔を持ってるという自覚を持つべし」
「その割に俺ら、女の子らに声かけられないし」
 なぁ。薫はそう言ってヒカルの方を見る。ヒカルは苦笑いしながら、
「そりゃ声をかけてこないだろうよ」
 ヒカルは後ろに親指を突き出した。
「……またかよ」
 薫は頭をかきながらやれやれと言った風でヒカルが指さした方を向く。その先には、先ほどの双眼鏡片手に食事中の女子。
「あんたらねー。声かけずらいっていうのもあるんだけど」
 二人組は双眼鏡の方を見る。
「やっぱり潘(はん)さんのせいね。あんたら付き合ってるんでしょう?」
「「冗談はやめろ」」
 薫とヒカルは声をハモらせ心底迷惑そうに言った。
「大体あーゆーことする奴だぞ?!」
「潘さんってホントすごいよね」
 薫が望遠鏡の方を指さして言い、女の片割れが呆れるように言う。
「あの子の妄想ノート? 本人曰く創作ノートといって」
「そこから先はやめた方がいい」
 ヒカルは女がそこから先を喋ることを止める。
「言うと正気をなくすぞ」
 薫もヒカルのフォローに入る。
「というか、あのおぞましいものを見たことあるのかよ」
「一応レジストは成功したけど……」
 女の言葉に薫とヒカルはいっせいに立ち上がり女から数歩離れた。
「レジストって言葉を吐くということは、君たちも同類かい?」
 一応丁寧な言葉遣いであるが、ヒカルは汚物を見るような目で女二人組を見る。
「いいい、いやよ! あの子ほどじゃないわよ!」
「趣味的には近いのか」
 どすの利いた声で薫は言い、ヒカルとさらに女たちと距離を置く。
「いやいやいや! あたしらはさすがに身内でカップリングなんか考えないわよ!」
「……君たちも腐ってるのか」
 ヒカルはそう言うと肩を落とす。
「あ……、あたしたちはせいぜいゲームとかぁ、漫画のキャラでしか思わないわよ。あの子はちょっと行き過ぎてるけど……」
「でよ」
 薫は少し怒ったような口調で言う。
「オレとヒカルの関係もそう……、思ってるわけ、オタクら?」
 ぶんぶんぶん!
 女二人組は激しく首を横に振る。
「イヤデスネー、ホリカワ・ノナカノイケメンノオフタリガソウナンテミジントモ」
 女の片割れが抑揚のない声で答える。
「だけど男同士で付き合ってるって思ってる子ら、多いよ」
 小声でもう一人の女が答える。
「「……だろうなぁ」」
 薫とヒカル、二人仲良く肩を落とす。
「潘さんのせいもあるけど、たとえ潘さんがいなくても同じ結果になったとは思うなぁ」
「……僕たち、やっぱりそういう風に見える?」
「アタシらは知ってるから言えるけど、知らなかったら……」
 女の片割れはそう言うとそっぽを向いた。
「そっか」
 薫はそう言うと後ろを向いた。
「とりあえず、佐江の奴に文句言うか」
「そうだね。今この瞬間もどんな妄想にたぎらせてるかすごい気になる」
 ヒカルも薫に同意して校舎の袂にいる彼らの幼馴染のところに向かった。

********

「ん?」
 双眼鏡が真っ暗になった
「あれ、どうし、きゃぁ!」
 双眼鏡で二人をずっと観察しながら食事をしていた潘佐江(はん・さえ)はいきなり自分の手元から双眼鏡がなくなったことに気付いた。佐江が見上げるとそこには般若の顔をした彼女の幼馴染、堀川薫と野中ヒカルの姿があった。
「貴様は何をしている」
 双眼鏡を振り上げ薫が佐江を脅すが、佐江は何食わぬ顔でいけしゃあしゃあと言ってのける。
「二人の痴態でお・しょ・く・じ」
「「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
 佐江の言葉に二人は頭を抱える。そして二人の後ろについてきた先ほどの女二人組が両手を拳にして顔に近づけ『キャー』と小声で言う。薫とヒカルが後ろを向ききっとにらむと二人組は数歩下がって顔を両手で隠した。
「……柴田亜美みたいなマネはやめてくれ」
「一度やってみたかったのよ」
 呆れるようにヒカルが言い、フンといった様子で佐江が答える。彼女はランチジャーからかわいらしいおかずが入ったタッパを取り出し封を開けた。
「おかげで学校終わってからおやつで食べようと思ってたおかずに手を付けないといけないじゃない」
「違う。お前は間違ってる」
 ヒカルは泣きそうな顔で佐江に訴える。
「大体薫も薫よ。なんで武者小路実篤なんて地雷引いたのよ」
「なんで知ってんだよ! まさか服に盗聴器……」
 薫は慌てて体中をまさぐる。
「さすがにそこまでしないわよ」
 佐江は呆れながら言う。
「横向いて『おめでたきひと』と『ひどい』って言ってるのが唇で読めたから、あんたの趣味考えたら実篤の『お目出度き人』でも読んだのかなって検討つけたのよ」
「読唇術……、そういやお前それできるんだよな」
 ヒカルは呆れながら佐江を見る。
「あんな身勝手なスト-カー主人公の小説読んだら気が触れるわよ」
「リアルストーカーのてめぇに言われたくない」
「あと実篤ファンに謝れ」
 佐江の言葉に薫とヒカルが一斉に突っ込む。
「何言ってんのよ」
 眼鏡を指で上げ、二人を見上げて佐江は言う。
「その実篤がすごくいいこと言ってるじゃない。『君は君、我は我也。されど仲よき』って。他人を尊重しなきゃ」
「違うぞ、なんか違うぞ」
 薫が頭を抱えて言う。
「あたしはホモが好き!」
 キャー。黄色い声に佐江が腕を振り上げる。そして薫とヒカルを指さす。
「そしてあんたらはホモップル! そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」
「違うのだ!」
 キャー。佐江の言葉にヒカルが反論し、後ろの女二人組が歓声を上げる。お約束のように薫とヒカルがきっと後ろを向くと、女二人組は明後日の方向を向いて口笛を吹き始めた。
 キーン、コーン、カーン、コーン……
「あ、予鈴だ」
 校舎のチャイムが授業五分前を知らせた。
「ああ、こんなバカな話で昼休みが終わった……」
 憮然とした顔の薫と。
「まぁ、こんなもんだよね」
 涼しい顔のヒカル。
「あんたら、やっぱりお似合いよ」
「「どういう意味だ」」
 佐江の指摘に二人は同時に突っ込んだ。
 それを後ろで見やりながら。
「あの三人のどこに付け入るスキがあるっつーねん」
 女子二人はやれやれといった風でそれを見ていた。

********

 堀川薫、野中ヒカル、潘佐江の三人は幼馴染である。小学校、中学校、高校に至るまで十年以上同じクラスという、もはやこれは呪いではないかと三人も、三人を知るもの達も皆そう思っている。
 薫は髪を金髪に染めて逆立たせ、いかにもなヤンキーっぽい男である。なのに趣味は明治から戦前の文学を読むことである。そのギャップの激しさに初めて彼を知った人間はたいてい吹く。
 一方ヒカルは黒髪の七三分け、小学・中学と学年のトップの成績を走ってきた秀才でその柔らかい物腰から女子人気は極めて高い。しかし四六時中薫に付きまといそれを薫も拒否したりせず、また後述する佐江の存在のせいで女子たちからは一歩も二歩も離れた位置で見られている。なお二人とも小顔で細面の顔であり、ぶっちゃけ美少年というのが余計に女子を引かせていたりする。
 佐江は成績はヒカルに迫る(※薫は二人ほどではないが成績はいい方である)ものである)がその趣味というか嗜好が常軌を逸していて彼女を知るものは決して彼女に近づかない。
 彼女の趣味はいわゆる腐女子であるが、身近なものをカップリングにするといういわゆる「生もの」系が好きなのだ。カップリングされた人間の人権など気にしない。おかげで彼女に関するトラブルが絶えない。ということで本編の続きである。
「絞られたぁ~」
「バカだろ」
「アホですね」
 放課後。薫、ヒカル、佐江の三人はそろって下校の途中だった。
「いったいどこをどうしたら古文の爺と体育のゴリラのカップリングを考え付くんだ」
「いったいどこをどうしたらそれをネタに授業中にやおい小説書いてて先生に見つかるんだ」
 薫とヒカルが口々に佐江に突っ込みを入れる。
「そして職員室に呼び出されてゴリラと爺にこんこんと説教された潘佐江さんがいますよっと!」
「バカが」
 全然懲りてない風の佐江に、薫が吐き捨てるように言う。
「ま、『人生は楽ではない。そこが面白い』ってね」
「とりあえず実篤に謝ろうか」
 ヒカルが佐江に突っ込む。
「しかしまー」
 薫がひらひらとノートを振る。
「ネクロノミコンかドグラマグラか。この世の妄想の、もっとも見てはならないものを凝縮したノートか」
「人の創作ノートをそんな風に凌辱しないで」
「侮辱ではなく凌辱ときましたか」
 佐江にヒカルがやれやれといった風で言う。
「ああ、今日の経験はよかったわ。ゴリラと爺に皮のベッドで縛られて犯されるって妄想だけで小説一本書けるわ」
「「おい」」
 幼馴染の狂気じみた発言に二人が一斉に突っ込む。
「おまえ、あーゆー趣味あるのか?!」
 正気かよ、といった風で薫が佐江に尋ねる。
「別にぃー」
 しらっと佐江が答える。
「あたし、別に初めては白馬の王子様にあげるの、なんて柄じゃないしね」
(まぁ現実無視した美少年二人が幼馴染ってだけであたしゃ満足だしね)
 心の中で佐江は付け足す。
「お前はもう少し夢を持った方がいい」
 ヒカルがたしなめるように言う。
「じゃああんたらこそどうなのよ。理想の女の子、いるの?」
 ぐ。二人とも声を詰まらせる。
「しょ、しょりゃ、理想の彼女ぎゅらいは……」
「薫、舌噛みながら話さない」
 今度は佐江が薫に突っ込む。
「そっか。おばさんらにお願いしてあんたらの部屋入らしてもらって、家探ししてエロ本見たらいいんだ」
「「ヤメロー!!」」
 二人は思わず大声を出す。
「どんなのが好みかなー。金髪巨乳かなー、清楚系かなー、ギャルかなー」
「やめ、……ん?」
 人気のないはずだった通学路の路地。そこに三人に立ちはだかるように男たちが立っていた。三人は立ち止まる。
「ん? 古谷君か」
 ヒカルが頭一つ背が高いヤンキー風の男に声をかける。
「よう、今日も女連れか」
「おうよ、うらやましいか」
 古谷と呼ばれた男に、薫が挑発するように言う。
「けっ。相変わらずすました顔しやがって。今日という今日こそ決着つけてやる。俺が学校の一番ってことにな」
「五人で二人ボコにして一番? そんな恥ずかしいことしても勝ちたいんだ」
 佐江が火に油を注ぐようなことを言う。
「けっ。てめぇ、潘だっけ。てめぇはこの二人ボコにしてから可愛がってやるよ」
 けっけっけっ。古谷の取り巻き四人はゲスっぽい笑いをする。
「さて、佐江を守る義務はないけどな」
「まぁコケにされたことは変わりませんね」
 軽くこぶしを握り構える薫と、眼鏡を胸ポケットにしまうヒカル。そして。
「おらぁ!」
 佐江はいきなり、スカートがめくれ上がるのも気にせず上段の蹴り……というか足裏を相手の胸に叩きつけるヤクザキックを古谷の取り巻きに見舞う。
「ピンク……」
「見せパンじゃないけど、不意打ちのお代に取っといてよ」
 佐江に蹴られた取り巻きAはブロック塀に後頭部を叩きつけられ、下着の色を口走ってこと切れた。
「な、なんて女、げほぉ!」
 ごん。一瞬で薫は取り巻きの一人、以後取り巻きBにパチキ(※頭突きのこと)を炸裂させる。取り巻きB、こちらも一発で失神。
「よそ見してんじゃねえぜ、オラァ!」
 薫が残り三人に吠える。
「て、てめえら! 不意打ちとか卑怯じゃねえか!」
「五人で二人をボコって女輪姦(まわ)そうとか言ってたやつらが、よく言うわー」
 佐江はずり落ちた眼鏡を直しながら襲撃者の残り三人に言う。
「なぁ、お前ら。『輪姦す』とか平然と言い放つ女との付き合いは考えた方がいいぞ」
 取り巻きの一人、以後取り巻きCがひそひそ声で薫たちに言うが。
「ご意見は傾聴に値するが、自分たちはそれをしようとしていた時点で発言は却下です、」
 そう言うとヒカルは一気に取り巻きCとの距離を詰めた。
「ねっ!」
 どぉん! 哀れな取り巻きCの胸部にヒカルの掌底が入る。吹っ飛んだ取り巻きCは哀れにも縦に二回転してうつぶせに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「ひ、ひ、人殺しぃ!」
 最後に残った取り巻きDが逃げ出す。
「おい、待て、逃げるな!」
 そう言って古谷も逃走してしまった。
「あいつら、何だったの?」
「さぁ」
 佐江の問いかけにヒカルは両掌を上にしてわかんない、のしぐさを取った。
「こら、また貴様らか!」
「げ、警察とゴリラ先生!」
 彼らの後ろから声がして、振り向くと制服の警察官と学校の例のゴリラ先生が迫ってきていた。
「逃げ……、あ、前もかよぉ……」
 三人は前に逃げようとしたが、前からも警察官が二人、三人に迫っていた。
「どうする?」
「さて」
 佐江の問いに薫は腕を組んで考えた。
「どうやって弁明しますかねぇ……」
 ヒカルは外していた眼鏡をかけ直しながらぽつりと言った。

********

「意外にすぐに帰してくれたね」
「よかったよかった」
 もう夜もとっぷり暮れた警察署からの帰り道、三人は並んで帰っていた。
「よくあの状況で正当防衛成立したねえ」
「取り巻きA君に感謝感謝。パンツ見られたかいあったわ」
 あの三人が五人にいちゃもんつけられた時、すぐに先生に言いに行った生徒がいたということである。それでゴリラ先生と警察官が駆け付けたのである。ちなみにあのやり取りで『ボコにしてからかわいがる』という言葉を見物人が何人も聞いていたのと目が覚めた取り巻きAが白状したので三人の行為は正当防衛とみなされた。なお取り巻きDと古谷は警察が行方を追っているが不明とのことだった。
「見られたのかよ!」
 佐江の発言に薫が突っ込む。
「ほらほら、色気もくそもないボーイズショーツだけどー」
 そう言うと佐江は公の道だというのにぶわっとスカートをめくりあげショートパンツ風の下着を見せる。
「「見せるなぁっ!」」
 薫とヒカルは左右からスカートをひらひらさせている佐江の腕を抑える。
「お願いですので、わいせつ物陳列罪で警察に一八〇度回れ右なんてマネはやめてください」
 ヒカルは頼み込むように佐江に言う。
「見てもあたしはなんも減らないよ」
 平気な風で佐江が答える。それを窘めるヒカル。
「君の心のパラメーターには羞恥心というゲージはないのですか?」
「俺たちのSAN値が減るわ!」
「えー」
 薫の言葉に佐江が非難の声を上げる。
「あたしって、古き神々のように高尚な存在なのね、ぽっ」
 佐江は両手を頬にやり顔を赤らめる
「おぞましい何かに決まっとるわ! ラヴクラフトに謝れ!」
「くくくくく……」
 かみ合ってるようでかみ合ってない佐江と薫の会話にヒカルは含み笑いをする。
「そういやさぁ」
 佐江はそう言うと空を見上げる。
「あんたら、高校卒業してどうするの?」
「「ん?」」
 佐江の言葉に、二人は言葉を詰まらせる。
「俺は……、大学の文学部に入って大学院行ってから近代文学の研究したいな。なれなきゃ高校現代文の教師でもいいけど」
「めっちゃ具体的ねぇ」
 薫の言葉に佐江は驚きを隠せない。幼馴染で毎日話してる間柄ではあったが、ここまで具体的な話は初めてであった。
「佐江、お前は?」
「あたしも文学部よ」
 佐江はいつものようにしれっと答える。
「あたしは創作しながら文学部卒業してどっかの会社に潜り込んで創作するわぁ」
「「創作……」」
 二人はその意味を悟りドン引きした。
「ひかないでよ」
 そして当然のように突っ込む佐江。
「その……、さ」
 ヒカルが聞きにくそうに佐江に尋ねる。
「おまえはさ、け……、結婚とか、考えてるのか?」
「そうね」
 佐江はそう言うと立ち止まる。
「あんたらのどっちかなら考えてもいいけど」
 そして佐江は二人の方に振り向く。振り向いた先には、さらっといいよと言われてきょとんとする薫とヒカル。
「あんたらのカップルの間に割り込むとね。多分ファンに殺されるわね」
「「誰がカップルだ」」
 二人は同時に突っ込む。
「だって、あんたら別々に行動したことないじゃない」
「お前も……、あ」
 薫はそう言おうとして、つい先ほど自分らを遠目で観察していたことを思い出した。
「あれぐらいしたら、あんたら狙ってる子でも玉砕覚悟で告白するかなーって見てたけど。ああ、もちろんあんたらでもごちになったけど」
「おい」
 いけしゃあしゃあと言う佐江に薫は突っ込まざるを得なくなった。
「そういえばヒカルはどうすんのよ?」
 佐江に尋ねられ、ヒカルは頭をかく。
「まだ決まってないなあ。薫の進学の話は聞いてるけど、僕は薫の目指す大学よりいい大学を先生に勧められてる」
「……へぇ」
 ヒカルの話は佐江にとっては初耳であった。薫の驚いた顔を見ると、薫も初耳だったのだろう。薫の進学については残り二人はある程度把握していたが。
(三人で自分たちの未来についてちゃんと話し合ったのは初めてじゃないかな)
 佐江はそんなことを考えてた。
 学力的には現在三人の中で一番頭が悪い薫ですらあの髪型でも学年でも上の方、佐江は学年十位以内をキープ。ヒカルは学年トップを争う優等生である。
「このトリオも、下手したら高校で最後になるわけか」
 そう言うと薫も佐江のように空を見上げる。
「天に星、地に花、人に愛、か」
「それも実篤の言葉だね。この世で最も美しいもののたとえ」
 薫の言葉にヒカルが答える。
「あんたら、それ違う」
「「へ?」」
 佐江の言葉に男二人は間抜けな声を上げる。
「高山樗牛(たかやまちょぎゅう)って人が『天にありては星、地にありては花、人にありては情、是れ世に美しきものの最ならずや』って自分の論文に書いたのが初めてなんだって。ゲーテ云々というのは誰が言い出したか不明でそもそもゲーテ本人は言ってないらしいわよ」
「「へー」」
 佐江の雑学に感心する二人。
「んで、明治期の文芸評論家である樗牛を実篤が知らないわけがなく、アレンジして色紙に書き始めたのが『天に星』が実篤って話になるんだって」
「「へー」」
 歩きながら二人は佐江の講釈を聞いている。
「元々は『今戸心中と情死』という論文の引用だって」
「今戸心中って広津柳浪じゃないか」
 薫はその作品に聞き覚えがあった。
「広津柳浪って、黒蜥蜴ですか?」
「ヒカル、文豪ストレイドッグスじゃねぇぞ」
 ぷ。薫とヒカルのやり取りに佐江が吹く。
「広津柳浪って実在してたんだ……」
「あんたは広津柳浪に謝りなさい」
 佐江はとりあえずヒカルを窘める。
「話を戻すとね。樗牛は『今戸心中と情死』という今戸心中の書評で『天にありては~』といって美しいものを並べた上で死は美しい。特に情愛に苦しんで心中を図ることが最も美しい。道徳家や哲学者が何か言いたければ言わせておけ、とまで言ってるわね」
「ずいぶん極端だなおい」
 薫が率直に感想を述べる。
「実際当時の人も現代でもそりゃ極端だろと切り捨てられてるわね。樗牛って人は明治三十年代を代表する文芸批評家だけど、たった三十一歳で死んだことを差し引いても思想が浅い、現代で言う中二病やネット弁慶的な評価をされてるわね」
「なんか実篤と言い樗牛といい、ネット文学全盛の今と全然変わらない気がするな、おい」
「そんなもんよ。正岡子規がブルマ萌えだとか石川啄木がマザコンとか宮沢賢治がシスコンとか本当に文学知ったら滅茶苦茶親近感沸くわよ」
 そんな話をしているうちに彼らは自分たちが住んでいるマンションの入り口の前に出た。自動ドアに暗証番号を打ち込み、扉が開くとその奥に入りエレベーターに乗り込む。
「さてと、家に帰ったら親の説教」
「あー、鬱だ」
「鬱よねー」
 そんなことを言ってるうちにマンションのとある階にたどり着いた。十五階建ての建売マンション、一フロアに三部屋。彼らの家族は同じフロア、同じ時期に引っ越してきた。三人の家族はそれ以来家族ぐるみの付き合いである。
「じゃあね、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ」
 そう言って三人は別れた。

********

 翌日、三人が学校に行くと、教室でクラス中に囲まれた。
「おい、大丈夫だったのかよ!」
「怪我無い?」
「よく平気だったな」
 クラスの人間の反応はみな三人に好意的というか同情的だった。
 そもそも古谷というのはこの学校一のヤンキーというか嫌われ者で三人の同学年。カツアゲ、万引き、喧嘩、なんでもござれな男であった。特に喧嘩での陰湿さには定評があり。
「五対三で良く勝ったな、お前ら」
「そういや潘さんが一人倒したって」
「パンツ見られたけど、まぁ不意打ちくらわした代金ね」
 ひゅーひゅー。男どもが佐江の漢っぷりをはやし立てる。
「潘さん、今日のパンツはー?」
「残念、スパッツ」
 そういうといきなり佐江は自分のスカートをめくって股間を見せる。そこにあるのは確かにスポーツ選手が穿いてるようなスパッツだった。
「見せるなぁ!」
 ごぉん。鈍い音が響き佐江が蹲る。薫が少し本気でグーで佐江の後頭部を殴ったのである。
「痛いのぉ……」
「「「「ごちそうさんでした」」」
 なむなむ。男子全員合唱して佐江を拝む。
「お前ら。佐江のスパッツ見た代金はオレのぐーぱんな」
 わーい。男子が三々五々に散らばり、薫がそれをふざけながら追いかける。
「でさぁ」
 一方一人になったヒカルが女子たちに話しかける。
「古谷君はその後どうなったか、だれか知ってるかな?」
 その言葉に五、六人の女子が首を横に振った。
「古谷は行方不明だ。家にも帰ってないぞ」
 教室に大きな野太い声が聞こえた。全員が声の主の方角に向くと、教室の入り口に立つ担任のゴリラ先生だった。
「警察が今追ってる。あの馬鹿ども、校内でやればよかったのに外で堂々とやりやがって」
 そう言いながら教壇に立つとゴリラはため息をつく。
「堀川、野中、潘。今日、というか古谷が保護されるまでは必ず三人でいつも行動するんだぞ」
「「「はーい」」」
 三人は仕方ないなーといった風で答える。
「よーし、ホームルーム始めるぞ。起立!」
 こうして変わりない……、はずの一日が始まった。

********

「お前……、器用だよな」
「ママが二人に迷惑かけたんだから作っていけって」 
 昼休み。佐江は薫とヒカルの分の弁当を作ってきていた。三人で昨日と同じ芝生に座り食事をする。
「しかもキャラ弁だし」
「安直だけど」
「謙遜しなくてもいいですよ」
 なんと二人のご飯の上には板海苔を細かく切った切り絵の要領で『文豪ストレイドッグ』版の広津柳浪と森鴎外の顔が描かれていた。
「よーやる」
 感心することしきりの薫。
「しかし悪の総帥が森鴎外とか、なかなか文豪愚弄してるよね」
 一方苦笑いするのはヒカル。というのも本物の森鴎外は悪人どころか日本陸軍の軍医総監まで務めた滅茶苦茶権力側の人物である。
「潘さんって性格がアレでなければ女子力高いよね」
 昨日薫とヒカルたちに絡んだ女子二人組が今日も話しかけてきた。
「ちょっと、それを本人の前ではっきり言う?」
 不満そうな佐江。
「だってねー」
「ねー」
 女子二人は互いに顔を見あって言い合う。
「潘さんはうらやましいわよ。両手に花だしね」
「両手に薔薇ー」
「「「「やめい」」」」
 あからさまなやおい発言に佐江以外の四人が一斉に突っ込む。佐江は両手で薫たちを指さして言う。
「だけどこいつら、本当に余計な虫がつかなくて。佐江さんとしては残念なんですが」
「残念なのかよ」
 佐江の言葉に薫が呆れたような声を出す。
「あたしとしては、蜂や蟻に生まれたかったな。雄や働き蜂とか蟻に傅かれて生きたかったな」
「それは人としてどうかと思いますね」
 佐江の告白にヒカルは呆れたような返事をする。
「じゃあてめぇ」
 薫は佐江に向かって言う。
「今はネットの時代だぞ。俺が実はお前とは違う別の女とラ〇ン友とかしてたらどうするんだ?」
「薫にそんな甲斐性はないわね」
 佐江はしれっと言い放つ。
「もしあったとしたら、絶対ヒカルがあたしに相談するわよ。ヒカルも一緒。そんな甲斐性あったとしても薫があたしに相談……」
「「もし二人ともにそんな甲斐性あったらどうする?」」
 正直ここまで馬鹿にされてきた二人はついにハモって佐江を問い詰める。
「あったらあたしはとうにこの場にいないわよ」
 そういう佐江の顔はつまらなさそうでもあり、寂しそうでもあった。
「はいはい、男子の負け」
 おかしそうに取り巻き女子の片方が勝敗を宣告する。
「そっか。最初から潘さんは二人とも尻に敷いてたか。これじゃ二人に恋い焦がれてる女の子たちに勝ち目ないわぁ」
 暑い暑い。そんな風に手で顔を仰いでもう一人が言う。
「幼馴染って反則よね。チクショー!」
「太陽のバカヤロー!」
「はいはい、ごねないごねない」
 佐江は二人組をまぁまぁとなだめる。
「俺たち……、尻にひかれてたのか?」
「気づかなかった……」
 男二人は事実を前にうなだれて体育すわりで項垂れた。
「あたしも言われてああ、そうなるなと思ったぐらいだしねぇ」
 佐江はここに来て初めて自分の立ち位置に気が付いた。
「潘さん。この二人、あんまり甘やかすとダメ男になるわよ」
「今日の会話でよくわかった。潘さんいないとこの二人、だめだわ」
「「え?!」」
 女子二人組の宣告に男二人は驚きを隠せなかった。
「もっと厳しくね、オッケー」
「「いったいどうなるんだ?!」」
 弁当箱はいつしか空になっていた。そして男二人は頭を抱える。

 ばぁぁぁぁぁぁぁ……

「ん?」
「どうしました、薫」
 薫は遠くで爆音がしていることに気が付いた。
「バイクだな」
 薫は音を聞いてそれを確信する。
「族? いわゆる珍走団?」
「古谷かな」
 古谷はこの町で一番大きい暴走族『鬱泌威(うっぴい)』の総長であった。
「警察はまだ捕まえてないのかな……え?」
「どんどん近づいてくるぞ、音」

 どごぉん!

 爆発音。彼らが学校の門の方を向くと、閉まっているはずの門は無残に破壊され、そこにはサイドカー付きバイクが止まっていた。サイドカーに載った方はなんと銃らしきものを構えている。バイクの運転手はきょろきょろと学校内を見回すと、まっすぐ彼らの方に向かってくる。
「ふ、古谷!」
 そう。バイクに乗っていたのは昨日彼らとやりあった古谷であった。そして銃を構えてるのは一緒に逃げた古谷の取り巻きだった。
「いましたぜ、古谷さん!」
「死ねぇぇぇぇ!」
 古谷は芝生をかき分けサイドカーを五人に突っ込ませる。
「おわぁぁ!」
 五人は散り散りになって別れる。そしてここで三人組は致命的なミスを犯した。薫とヒカル、佐江は別方向に逃げてしまったのである。
「おらぁ!」
 サイドカーは佐江の方に向かい、取り巻きDが佐江をサイドカーに放り込む。
「きゃぁ!」
「だまれ!」
 がん!
 佐江の頭を取り巻きDが銃床で殴りつける。そんなもん食らったらさすがに一撃で昏倒してしまう。
「へっ。今夜、港の俺たちが拠点にしている倉庫に来な」
 バイクに乗った古谷がそう宣告する。
「たっぷりかわいがってやるぜ、なぁ」
 そう言うとサイドカーは風のように去っていった。
「……しかし彼らはバカですか? ここまで派手なことして警察怒らして、すぐ捕まりますよ」
 破壊された門を見やり、悔しさを噛み締めつつヒカルがつぶやいた。
「まぁ、古谷が捕まるのが先だろうな。俺たちが乗り込む前に」
 薫も同意見であった。
「あんたたち、潘さん見捨てる気?」
 我に返った女子二人組が薫たちをなじる。
「警察が夕方までにしくったら行くさ。今日まで生きてきたことを後悔させてやる」
 そう言って薫が残忍な笑みを浮かべる。
「そうですね。ここまでされて黙ってる筋合いもないし」
 温厚なヒカルもさすがに顔に青筋を立てながらつぶやいた。

 ********

 学校は午後から休校になった。薫とヒカルは職員室に来させられ、やってきた刑事に事情を説明した。その間中遠くで爆音が響いてた。
「刑事さん。あいつらが持ってる銃、本当に銃ですか?」
 事情を説明した後、ヒカルは刑事に尋ねた。
「古谷は」
 刑事は言いにくそうに話す。
「とあるやくざの武器庫の場所を知ってて、そこから拳銃一丁と手りゅう弾を五十個持ち出した」
「手りゅう弾!」
 高校生のすることか。さすがに薫もあっけにとられた。
「日本になんでそんなに手りゅう弾があるんだよ……」
「中国からの横流し品らしい。当局もマークしてて踏み込む直前にやつらに持ち出されて」
「最悪の展開ですか。修羅の国福岡とかシャレになってませんね」
 ヒカルが刑事をにらみつける。肩をすくめる刑事。
「ああ。拳銃はこちらは中国製でしかも粗悪品。撃ったってまず当たらないって話だが、手りゅう弾というのがなぁ」
 そう言うと刑事はため息をついた。
「お前ら。くれぐれもその港の倉庫なんか行くなよ」
 刑事は哀願するように二人に告げる。
「へぇへぇ」
 薫はわざとらしく答えた。
「で、どうするよ、ヒカル」
 学校から出た帰り道、薫はヒカルに話しかける。ドぉ……ん、と遠くで爆発音が聞こえる。
「警察、まだ捕まえてないのかよ」
「しかしまぁ極端ですねぇ。彼は何考えてるのでしょうか」
「部下三人秒殺、しかも一人は女にやられたとなりゃあいつというか『鬱泌威』のメンツが丸つぶれだな。『男の嫉妬の本当のギリギリのところは、体面を傷つけられた怒りだと断言してもよろしい』ってね」
「誰の言葉ですか」
「三島由紀夫」
「それもまた極端な人が出てきましたね」
 薫の言葉にヒカルが苦笑いする。
「自衛隊の駐屯地の屋上でクーデターしろと言って公開ハラキリ。だけど笛吹けど踊らず、クーデターは起きず死に損した文豪ですね」
「三島由紀夫に謝れ」
 ヒカルの言い草に今度は薫が苦笑する。
「佐江……」
 薫がぽつりと言う。
「さすがのあいつも、怖いだろうなぁ」
「レイプされても、『それで?』って言いそうな神経だとは思うが」
 ヒカルはそんなことを言うが。
「僕たちで助けなきゃ」
「オレたちの関係は今日までだろうな」
 薫とヒカルは互いに見やる。
「行きますか、薫」
「行くぞ相棒」
 二人は並んで駆け出した。

「○○市で発生した爆発事件ですが、学生が暴力団事務所から持ち出した手りゅう弾によるものとのことです。県は既に自衛隊に治安出動を国に申請しており、近傍の駐屯地は既に発信準備が整えられ首相の命令待ちとのことです。一方警察は県警本部の発表としてあくまでも警察による治安回復を目指すとし、近隣県警から続々と○○市へ増援を送っているとのことです。なお○○市ではすでに二〇台以上のパトカー、および警察署そのものが吹っ飛ばされており多数の死者・重軽傷者が出ている模様です……」
「警官殺したのかよ!」
 町中のとあるスナック。『鬱泌威』のOBが経営しているところで『鬱泌威』の集会所でもあった。学校では有名な話だったのだが、なぜか薫とヒカルの姿がそこにあった。二人はスナックのテレビを見ていた。
「お前らもえらい目にあったな」
 カウンターではひげ面のおやじ、この店のマスターが食事を作っていた。
「『鬱泌威』も二十代目を数えて、おっさんが五代目総長になるんだけどな」
 ふん。フライパンを振るおやじ。
「今の総長ぐらいのキチガイはいなかったな。歴史的にも」
 へー。二人は感心しながらおっさんの話を聞いている。
 二人は古谷のところに行く前に、先に集会所であるこのスナックを襲って増援が来ないようにしようとした。ところがそこはこのマスターのおっさんが一人だけで店の準備をしていた。
「まぁ、あいつが追い詰められてたのは事実さ」
 どさ。フライパンのものを二つのさらに移し替える。
「食いな、おっさんのおごりだ」
「「あざーす」」
 皿に山盛りの焼き飯が二つ。二人はスプーンで食べ始める。
「古谷、総長になったのはいいけど言うこと聞かなきゃぶん殴ればいいって考え方でな。ついていけないってやつが当代『鬱泌威』でも多かったんだ。で、お前らの話が出て、どっちが強いかという話になって」
「俺たちより弱いのに暴力振るうのかって話になった?」
「そういうことだ」
 マスターはミネラルウォーター(二リットル八十八円)をペットボトルからグラスに注ぐ。
「忘れてたわ、お冷」
「「あざーす」」
 ホカホカの焼き飯とお冷をいただきながら、二人はマスターの話を聞く。
「昨日のあれだ。ここで集会があってあいつら逃げちまっただろ? それが話題になってとうとう総長を下すって話になって……、古谷、なにしたと思う?」
 そういうとマスターは店内のとある方向を向く。そこには……。
「おい」
 薫がその方向を見て青ざめる。
「銃、撃っちゃったんですか?」
 壁に小さい、丸い穴が開いていた。
「立て続けに六人、仲間に向けて撃ちやがった」
 ごくり。二人の喉が鳴るのは焼き飯のせいだけではなかった。
「幸い当たったのが腹や足だったからな。『鬱泌威』ご用達病院に担ぎ込まれて全員命は助かったけどな。あいつらは飛び出して行って、現在も行方不明。なお警察にはこの件届けてない」
「正気じゃねぇな……」
「総長の椅子って、そんなに座り心地がいいんですかね……、あ、すいません」
 ヒカルは自分の目の前にいる人物も元総長ということを思い出し、謝罪した。
「いいってことよ。実際うちの歴史では総長首になって追い出された後新たに族を立ち上げて元祖とか本家とかやってたバカいるしな」
 そう言うとマスターはため息をつく。
「うちのOBのバカがあいつに銃与えやがって。『銀ダラ』ていう粗悪品だ。八発入りだ。多分武器庫で手りゅう弾と一緒に弾も補充してるはずだから、弾倉は満タン。最初は九発、そこで弾を補充するはずだからあとは八発ずつが一つの区切りと考えたらいい」
「あざっす」
 食事を終えて二人は立ち上がる。
「近くまで車で送ってやるよ」
「多分警察がいっぱいいるでしょうからね」
 二人はマスターに甘えることにした。

********

「おまえら、動画見てきたわけではないのか?」
「動画?」
 港に近づいたところで検問にあい、警察が二人に気付いて連れていかれたところはバスの中で、ここが臨時の本部のようであった。パソコンが何台も置いてあり事務所のようである。そこにいたのは先ほど学校にいた刑事であった。
「おまえら、動画サイトのこのアドレスに飛べ」
 刑事は二人に手帳の殴り書きされたアドレスのページを見せる。二人はめいめいのスマホを取り出し動画をダウンロードすると、そこは薄暗い倉庫であった。そこに映ってるのは古谷、取り巻きD、そして制服を切り裂かれた半裸の……。
「「佐江!!」」
「よう、堀川薫に野中ヒカル。見てるか?」
 画面に大写しに古谷が映る。
「午後六時に俺たちのいる倉庫に来い。出ないとこいつの体中跡が残るほど傷だらけにしながら犯してやるぜぇ」
「へっへっへっ」
「あの野郎!」
 薫がスマホを握りしめる。そのまま握りつぶしそうな勢いだ。
「安心しろ。大切な部分はまだとってあるぜ」
「古谷さ~ん、早く食っちまおうぜ?」
「……犯りたいなら、さっさとしなさいよ」
 あきらめ気味な佐江の声がする。
「だーかーらーよ」
 古谷が余裕ぶった声を出す。
「てめえは犯しても泣き叫びそうにねえからよ。あいつらが来たら首絞めながら犯してやるよ」
「……趣味悪いですね、全く」
 ヒカルはそう言ってスマホを持つ手を震わせる。
「ま、そういうことで」
「午後六時よりレイプ生中継予定、よろしくぅ!」
 そこで動画は終わった。
「つーかおっさんら、なんで飛び込まねえの?」
「あそこには二人しかいなかったが、実際はあの倉庫の中には何人もあいつらの仲間がいる」
 刑事が律義に質問に答える。
「厄介なことにあの倉庫、あいつらが手りゅう弾持ち出した武器庫そのものなんだ。小銃やロケットランチャーまであるってやくざが白状しやがった」
「「ろけっとらんちゃあ?」」
 別の刑事がやってきてタブレットを見せる。そこには上下にひっくり返ったパワーショベルと、その奥に穴が開いた倉庫の壁、さらに奥に機関銃を構えた男がいた。
「我々がいる倉庫のちょうど裏側で、つい先ほど撮れた写真だ」
「冗談だろ」
「この倉庫にしたやくざって、バカ?」
 刑事の言葉に二人はめまいを覚えそうになった。
「奥にいる男が構えている銃はM2重機関銃といってパトカーぐらいなら数秒でスクラップにできる」
 刑事が説明する。
「夜が明けるまでに解決できない場合は自衛隊を投入することになってるが」
「警察(おっさんら)は自分たちで解決したいわけだ」
 薫の言葉に刑事二人は首肯する。
「幸いにも……、ついてきたまえ」
 刑事たちはバスを降りる。二人はそれについていく。外には迷彩服に目出し帽、県警の名前が入った防弾ジャケットを着たいかにも特殊部隊な男たちが整列していた。
「ヘリで長駆駆け付けてくれたSATの方だ」
 一部の都道府県警察はこういう武器を持った犯罪者に対抗するための特殊部隊を持っており、SATは警視庁の持つ特殊部隊である。
「君たちが入った後、我々がついていく。君たちがマルタイと話しているうちにズドン、だ」
 目出し帽の男が指でピストルを撃つマネをしておどける。
「とはいえ正直、今回の仕事はやばい。こんな爆弾大量に抱えた犯人なんて犯罪史でも類を見ない。武器庫に閉じこもるとか、勘弁してほしいよ」
「あさま山荘の時も、機動隊の先輩方はそう思ったでしょうね」
 目出し帽の向こう側で男たちが苦笑いしているのが二人にも分かった。
「さて、君たち。状況は以下の通りだが、これでも中に入る勇気はあるかね?」
「あるに決まってるだろ」
 目出し帽の言葉に薫は即答する。
「逮捕されるか殺されるか、その前に一発ぶん殴らないと僕たちの気が済みません」
 ヒカルもさらりと答える。
「やってもらうぞ」
 目出し帽の言葉に二人は頷く。
「君たちも、彼女も、絶対死なせはしない。総員、時刻合わせ。君たちもスマホを見てくれ」
 目出し帽の一人に言われ、薫たちは自分たちのスマホの時計を見る。スマホはGPSからの時刻情報をもとに時刻を設定しているため自分から進めてでもない限りきわめて正確である。
「現在十七時二七分三十秒……三、二、一。状況開始は一七五五」
 目出し帽の六人と薫たちは頷く。
「おっさんらに頼みがあるんだ」
「なんだ?」
 薫が目出し帽に声をかける。
「俺たちがあきらかにやばくなるまで撃たないでほしいんだ」
「多分ですが」
 そう言うと二人は前後ろに重なるように立つ。前にいるヒカルが説明する。
「古谷は佐江を俺たちに見せつけるように犯す、と宣言しました。だからこんな風に佐江を盾にして古谷自身は後ろにいると思います」
「だろうな。合理的だ」
 目出し帽のおそらくはリーダーが頷く。
「ですので古谷よりも古谷の取り巻き、多分あの動画に映ってたDは一緒にいると思うんです。それ以外がいたら」
「『あからさまに目につくとこにそれ以外がいたら』そいつらを排除してほしいわけか」
「正解です」
 薫とヒカルはそろって頷く。
「お前ら、二対二なら絶対に負けないってことか」
「僕たちは佐江さえ無事に助け出せればあとはどうでもいいです」
 ヒカルは言い切る。
「あとは蜂の巣なりサンドバッグなりご随意に」
「怖いこと言うなぁ」
 目出し帽は苦笑いした。

********

「ふん。ヘタレ」
「なんとでも言え」
 広い倉庫の中では、半裸の佐江、古谷、取り巻きDの三人がいた。壁には段ボール箱が何個かと木箱。そのさらに奥、大きな穴が開いた壁のところに男が座って外に向けて機関銃を構えている。
「ヘタレじゃねえんだよ。女にそんなに飢えてねえってこった、よ!」
 げし。佐江の足を取り巻きDが蹴りつける。彼の右手にも銀色に輝く銃が握られていた。二人が持つのは『銀ダラ』と呼ばれるクロムメッキを施して立派そうに見せた粗悪品の拳銃であった。
「あんたら、どうすんのよ」
「ここまでやったんだ。殺されるだろうな」
 古谷はそう言うとにやりと笑う。
「古谷さん、地獄までお供しますぜ」
「頭おかしいじゃないの?」
 文学作品にもかなり頭がおかしい人物がいるが、彼らはそれに勝るとも劣らない。そんなことを佐江は考えてた。不思議と死ぬのが怖いとか犯されることへの恐怖はなかった。
「人生が生きるに値しないと考えることは容易いが、それだけにまた、生きるに値しないということを考えないでいることは、多少とも鋭敏な感受性をもった人には困難である」
「なんだそりゃ」
「三島由紀夫って作家の言葉」
 Dの質問に佐江が答える。
「あんたたちは、もう人生が生きるに値しないって思ったの?」
「……ねぇなぁ。そんな、こっから先、生きる、意味は」
 つまらなさそうに古谷が答える。
「あれから、力で何でも手に入れた。総長も、女も」
「女も?」
 あれから、という言葉も気になったが佐江は女の方を聞いてみた。
「いい女連れてる男がいたら片っ端からぶん殴って奪って、抱いてやった」
 ぷ。その言い草に佐江はおかしくなって吹いてしまう。
「古谷さん、かっこいいだろ」
 取り巻きDが自分のことのように言う。
「それで、とっかえひっかえしたんだ」
 Dを無視して佐江は再び古谷に尋ねる。
「飽きたら捨て、別の女を狩った」
 まるで獣の狩りのように古谷は言い放つ。
「意外にもな。俺は別に出ていきたければ出ていけばいいぐらいで思ってたけどな。案外みんな捨てるまでいてくれるもんさ」
「『男というものは、もし相手の女が、彼の肉体だけを求めていたのだとわかると、一等自尊心を鼓舞されて大得意になるという妙なケダモノであります』。あんた見たら、まさにその通りだわ」
「それも三島由紀夫ってやつの言葉か?」
「そうよ」
 佐江は古谷を睨み付けて言う。
「それに比べて、あいつらにはそんな甲斐性はないわね」
 佐江は残念そうに言う。
「そんなこたぁねぇ。お前にこだわるって点ではな」
 そう言うと古谷は佐江の髪をわしづかみにした。
「てめぇはいい女ってことだ。あいつらが来るぐらいにな」
「来るわけないじゃない」
 普通に考えて、銃や手りゅう弾で武装した奴に素手で一回の学生が助けに来るなんて思わなかった。
「来るさ」
 古谷は確信をもってそう言うと髪を引っ張り無理やり立たせた。
「きゃあ!」
 古谷はズボンのポケットからナイフを取り出すと、ブラとショーツを一気に切り裂いた。小ぶりの乳房と薄い恥毛があらわになる。それを両手で隠す佐江。
「おれのチ〇ポはびんびんだけどよお、まだ入れないでおいてやるぜ。奴らが来てからてめえの股間を血で染めてやる」
「そいつはいいや!」
 げへへ、と古谷とDは下品に笑った。
「ごめんくださーい」
 その時、声が響く。
「来てやったぜ」
 堀川薫と野中ヒカルであった。
「薫、ヒカル!」
 佐江が叫ぶ。
「なんで来てんのよ!」
「ようこそ」
 古谷は佐江の髪を引っ張り上げながらにやりと笑う。
「ちと早かったな。こいつの命が惜しければ、黙ってみてな、D!」
「へへへへへ!」
 そういうといったいどこから取り出したのか、両端に足枷が付いた棒を取り出した。Dは佐江の両足に足枷をつけ、股が開いた状態にする。
「いやー!」
「さぁて、お楽しみタイムだ」
 古谷は言うと佐江を盾にした状態で股間のファスナーを下ろす。Dはその場を離れる。その一連の行動を薫とヒカルはただ呆然と、そう、呆れるように見ていた。その表情を不思議に思った古谷が訪ねる。
「おい……、女がこんな状態だというのに、お前ら、何の反応もないのか?」
「いや……」
 ヒカルはそう言うとかけていた眼鏡をポイと後ろに投げる。
「君、バカだろ」
 それが合図であった。

 パンパンパンパン!

 銃声が四発。銃弾は正確にDの腹部に命中した。もんどりうって倒れるD。
「な、何!!」
「おまえ、警察連れてくるとか想像しなかったのかよ!」
 薫がそう叫ぶと二人はダッシュで古谷に近づく。
「ちっ!」
 古谷は佐江をつき離すと薫に向き合う。異常に気付いた、建物の裏で機関銃を構えていた男が拳銃片手に二人のところに駆け寄ってくるのが見えた。
「僕はあの男で我慢します。薫はあいつをヨロ」
「おっけー」
 薫はそう言うと古谷に軽く拳を放った。ピシッ。いくら軽く放ったとしてもその拳は古谷の頬をかすめ蚯蚓腫れが走る。
「ひゅう、これだよ。これが楽しみたかったんだよ!」
 古谷は嬉しそうに力まかせの一撃を薫の顔面目掛け放つ。
「ぐはっ!」
 薫は片手で受け止めようとして、手のひらごと顔をつぶされる。
「いい気味だな、色男!」
「何を!」
 一方、銃を持った男は銃を構え、ヒカルに一目散に向かってきた。
「撃たないのですか?」
「何~?!」
 ヒカルの挑発に男走ったまま引き金を引く。
 パン!
 銃がスライドし、銀ダラから鉛玉が発射される。しかし玉は明後日の方向に飛んでいき、カーンという高い音が響いた。鉄骨にでもあたったのだろう。
「銃がぶるぶる震えてるので当たらないとは思ってましたが、本当ですね」
「くそ!」
 だいぶ近づき、男は二発目を放つがヒカルはさっと避けてしまう。
「僕は卑怯者ですので、警察さんにお願いします」
「え」
 パンパンパンパン!
 再び四発の銃声。男の胴体に穴が開く。ところが。
「俺だけは防弾チョッキ着てるの……さ」
 男は立っていた。そこに。
 がぁん!
 側頭部にヒカルの拳が命中する。
「防弾チョッキ着ていても、体に貫通しないだけで殴られたぐらいのダメージはあるはずですよ?」
「よく知ってるな、坊主!」
 頭を振ると男はヒカルの方を向いた。

「ヤクザきーっく!」
「おっとぉ!」
 薫と古谷の格闘は続いていた。すでに二人とも顔を真っ赤に腫れ上がらせ、それでも戦闘意欲は旺盛であった。
「いい加減くたばれよ!」
 ゴン。薫の拳が古谷の顔に命中する。
「てめえもな!」
 ゴン! 古谷も負けじと拳で返す。そして二人は駆け寄り、同時に頭突きをかます。ゼロ距離での格闘。そのさなか。
「付き合ってくれてありがとうよ」
 古谷は薫にささやく。
「女は逃げたんだ。今、お前も逃げれば俺は蜂の巣になってジ・エンド。なのに、どうして付き合う?」
「それじゃダメだって」
 そう言うと薫は再び拳を固める。
「俺の拳が言っている!」
 どごぉ!
 渾身の右ストレートが古谷に命中する。
「いいだろう! とことん付き合ってやらぁ!」
 古谷は再び薫に殴りかかった。

 そして。
「はい、残念でした」
 ヒカルは銃を突きつけられていた。
 移動しながらの鬼ごっこ、男は徐々に後ろに下がりながらヒカルを薫から遠ざけていった。そして程よく離れたところで男は勝負に出た銃を下に構えると一気にヒカルに駆け寄ったのである。
「わ!」
 ヒカルは彼にしては珍しく狼狽し、駆け寄るか離れるかを逡巡した。それが命取りであった。
 パン!
「ぎゃ!」
 ヒカルの右太ももに熱い感触が伝わる。男の放った銃弾はヒカルの足を打ち抜いていた。転ぶヒカルに追いついた男は、ヒカルのこめかみに銃口を押し当てた。
「ゲームオーバーだ。坊主」
 男はヒカルに告げる。
「死ぬ前に何か言いたいことは」
 冷や汗を額から流しながらも、ヒカルはなるべく明るく答える。
「そうですね。佐江が無事でよかったということ。それともう一つ」
「なんだ?」
 青ざめながらも妙に自信たっぷりな顔をしたヒカルに男が訪ねる。それが男の命取りであった。
「やっぱり接近戦で銃を使っちゃだめですよ」
 え。男はその言葉に一瞬思考を放棄した。その瞬間をヒカルは見逃さなかった。ヒカルは両手で男の銃をつかむと上にひねったのである。
 パン!
 銃が暴発し。
「いてぇ!」
 スライドして戻ろうとした銃が男の手の甲を挟む。その隙にヒカルは男から離れた。
「畜生、え?」
 銃をもう片方の手で手動スライドさせて手の皮を銃から離した時には、すでに目の前には、短銃を構えた迷彩服の男たちがいた。
 パパパパパパン!
 銃声は六発。今度は頭とのどに正確に命中した。男は迷彩服の男たちに跪くように、ゆっくりと倒れた。

 そして薫と古谷の戦いも終わりを告げようとしていた。互いにフラフラの両者。六人の目出し帽たちのうち四人は遠巻きに銃を構え、一人はまだ息があった取り巻きDを拘束していた。残り一人は頭を打ちぬかれた男の死亡を確認すると、ヒカルと佐江のところに向かった。
 佐江は足かせを付けたままだったのでヒカルが外してやり、制服の上着を佐江にかぶせてやる。それを見て目出し帽の一人が通信機で外とやり取りをする。
「マーズシックスより本部。グニゴム(人質)確保、無事だが外傷あるうえ服を切り裂かれている。コートなどを用意されたし。ホシ(犯人)は一人射殺、一人重傷ながらも生存、確保。残り一人も間もなく確保。現在マルタイA(保護対象者、この場合Aが薫、Bがヒカルになる)と格闘中。終了後また報告する。オーバー」
「本部よりマーズシックス、マルタイの都合にかまうな、オーバー」
「それはマルタイ自身からも言われてるが取っ組み合ってて手出しできな……、すぐ終わる、オーバー」
「なぬ?」
 通信機から間抜けな声が聞こえたがマーズシックスは無視した。
「おおおおおお!」
 ふらふらになりながらも薫に殴りかかる古谷。しかし、大ぶりのそれは薫の思うつぼであった。
 ばごぉん!
 カウンターで薫のパンチが決まり、古谷はあおむけに吹っ飛び、ドウと倒れた。すぐさま目出し帽たちがぐるりと取り囲み、銃を向ける。
「殺せよ」
 観念したように古谷は告げる。
「もう動けねぇ。俺が吹っ飛ばした警官の敵を討てよ」
「お前の銃はどこだ?」
「ズボンの、右前ポケット」
 大の字に寝てる古谷にゆっくりと目出し帽の一人が近づき、ポケットから銃を取り出すと外に放り投げた。その間、足はピクピクしてはいたが膝が動くことはなかった。
「ころさ……、ねぇのかよ」
「無論、敵を討ちたいのは山々だ。お前が手りゅう弾で殺した人間は十二人になる」
「なら何で撃たねぇ」 
 目出し帽は銃をしまうと古谷に諭すように言う。
「ここでお前を敵と言って撃ったら、我々はお前の同類になる。我々はあくまでも法の使徒だ」
 目出し帽が古谷を見つめる目は、憐れむようであった。ほかの目出し帽も銃をしまう。
「普通に考えたら死刑だが、こんなところに武器を置いたやくざも馬鹿だし、お前自身の生い立ちも聞いた。お前がこうなったのは、大方大人のせいだ」
 目出し帽たちは二人がかりで古谷を起こす。
「殺してくれよ……」
「お前は生きて、罪を償え。死に逃げるな」
 そしてずりずりと足を引きずるかたちで古谷は外に連れ出されていった。
「はん……」
 ヒカルと佐江の横を通り過ぎるとき、古谷は力を振り絞って言う。
「そんなめにあわせて、わるかった」
「……ばーか」
「結構元気だね、佐江」
 気丈にも泣きもせず、佐江は悪態で古谷を見送った。
「マーズシックスより本部。最後のホシ、投降及び確保。これより撤収する。いいから早くコートよこせ、オーバー」
「いでぇ!」
「てめえ、ボディーアーマー着てて失神してただけかよ!」
 一方、後ろ手に手錠をかけられてはいるもののぴんぴんした様子の取り巻きDが目出し帽に蹴られていた。
「あー」
 佐江がその様子を見て言う。
「こいつね、あたしを刃物でひん剥いて怒らせたらいいって古谷に進言してた」
「ほう」
 ごん!
 そういうと銃を取り出しDを銃床でぶん殴った。
「マーズシックスより本部。ホシの一人が暴れてる。制圧まで時間が欲しい。なおホンボシ(本来は真犯人の意味だがここでは主犯という意味で使っている)は間もなくそちらに、オーバー」
「本部よりマーズシックス。グニゴムの声が聞こえた。十分くれてやる、オーバー」
「了解」
 そういうと指をパキパキ鳴らしながらDのところに向かった。

********

 学校は一週間の休校となった。そして休校明けの登校日。
「あー。ひどい目にあった」
 通学路で薫がぼやく。
 あの事件の後、薫は殴られ過ぎで熱を出し、佐江も純潔こそ守ったものの全身あざだらけ。ヒカルに至っては右足を銃で撃たれて太ももに穴が開いてしまった。ただし幸い弾は貫通しており、数針縫う程度で済んだ。それでも三人とも全治二週間のけがでありつい先日まで入院していたぐらいである。
「あのさ」
 佐江が二人に改まったような感じで声をかける。
「二人とも、助けに来てくれて、ありがと」
「まぁな」
 薫は恥ずかしそうに鼻を指でこする。
「どういたしまして」
 一方ヒカルはひょうひょうと答える。
「しかしすごい経験したわ」
「あんな目にあって、『すごい経験』で済ますな」
 ごん。薫が佐江の頭を殴りつける。
「いったーい」
 佐江は薫を非難する。
「この経験生かして一冊小説書けるわ。もちろん人質になって捕まるのは美少年、主人公二人が来た時には事後!」
「「うぉい!」」
 佐江の暴言に二人は同時に突っ込むしかなかった。
「相変わらず仲がいいわね、あんたら」
 いつもの女子二人が後ろから追いかけてきて、三人に絡んできた。
「何とか言ってやってください。佐江、全然懲りてないのですよ」
 ヒカルがあきらめがちに言う。
「無理じゃない?」
 女子の片方が残念そうに言い、ヒカルが肩を落とす。
「だけどあんたら見てたら人生謳歌してるって感じよね」
「そうですか?」
 ヒカルは女子の指摘に首をひねる。
「古谷に比べたらね」
「古谷君は……ね」
 そういわれるとなっとくしかないヒカルだった。
 古谷は小さいころから父親の暴力を受けて育ち、中学の時正当防衛ではあるが父親を殺したという過去があった。暴力による現状の開放。これが原風景になって、なんでも暴力で解決するようになったという。
「よくそれで高校入れたな」
「うち、内申書不問が売りの学校だし」
「あ……」
 薫はその話を聞いて絶句する。というのも中学当時、薫自身が荒れに荒れてた時期がありそのせいで公立高校に行けなくなったのである。三年の時ヒカルと佐江のおかげで更生し、どうにか今の高校に入れたという経緯があった。
「古谷、どうなるんだろうなぁ」
「人を殺し過ぎてますが、なんせ生い立ちが生い立ちですからねぇ」
 薫の疑問にヒカルは考え込む。
「死刑はないでしょうが、おそらくは暴力頼みの性格を強制するという理由で精神障碍者向けの刑務所に入れられ、死ぬまで出られないのではないでしょうか」
「悲しいね……」
 佐江はそう言ってうつむく。
「潘さん、あんたはそんなのが似合わないよ!」
「そうね!」
「復活、早!」
 幼馴染の豹変にあきれる薫。
「ま、死ぬのが一番美しいなんて結構。生きてなんぼよ!」
「そうだな」
「ええ」
 三人はそう言って笑いあった。
桝多部とある DABbtUeK6E

2020年12月27日 23時39分06秒 公開
■この作品の著作権は 桝多部とある DABbtUeK6E さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆テーマ:
 天に星【○】
 地に花【○】
 人に愛【○】

◆キャッチコピー:文学少年少女に振り注ぐ非日常!
◆作者コメント:間に合わすのに必死でした。誤字脱字設定の不備はご容赦。

2021年01月10日 23時57分16秒
+10点
Re: 2021年01月26日 10時21分46秒
2021年01月10日 23時21分54秒
+10点
Re: 2021年01月25日 15時58分39秒
2021年01月10日 17時01分59秒
+20点
Re: 2021年01月25日 15時57分24秒
2021年01月08日 20時44分30秒
0点
Re: 2021年01月24日 16時27分58秒
2021年01月05日 21時45分32秒
+10点
Re: 2021年01月24日 15時46分20秒
2021年01月04日 20時54分48秒
0点
Re: 2021年01月16日 16時45分07秒
2021年01月02日 02時44分20秒
+10点
Re: 2021年01月16日 15時56分07秒
2021年01月02日 02時39分31秒
+20点
Re: 2021年01月16日 12時45分03秒
2020年12月31日 23時29分16秒
+30点
Re: 2021年01月16日 12時18分19秒
2020年12月30日 14時27分54秒
+10点
Re: 2021年01月16日 12時02分17秒
合計 10人 120点

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