情死なるものの、甚だ美はしきものなるを想ふ |
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佐倉マリアは美しいものに目がない。むしろ、自分を「美」そのものに昇華させたいとすら思っている。 母親譲りの整った目鼻立ちとぷっくりと妖艶な唇と、月の光が向こうに透けて見えるような、細く長い漆黒の髪筋。長い脚で立てばパリコレモデルも斯くやという脚線美を描き、脚から肩にかけての直線的なラインは芸術ですらある。 彼女は「美」を追求する者である。それは容姿だけでなく立ち振る舞いにも及び、茶、花は勿論のこと、長刀をも修める才女でもある。 歩く「美」こと、佐倉マリア。しかし、彼女は自分の現状に満足していなかった。なぜなら、自分の可能性は無限大だと確信していたからである。彼女は自己肯定の塊であった。 自らの美しさをさらに引き立てるにはどうすればよいか。様々なことを試してきた彼女にとって、もはやオカルトじみた方法くらいしか残されてはいなかった。まだ見ぬ美の追求を目指して、今日も日課であるネットサーフィンに余念がない。 マウスのホイールで気になるサイトを流し見る。これでも彼女は分別があるので、怪しい民間療法のような、眉唾物に目を止めることはない。そんな折、とあるサイトのある記述が目に留まる。 「……これだわ!」 まだ見ぬ言葉に、マリアの心が躍る。瞬時にブラウザに新たなタブが立てられ、様々な角度から検証を始めた。 彼女、佐倉マリアの猪突猛進が始まる。 「で、今度は何に影響されたの?」 「よくぞ聞いてくれました!」 その耳障りな馬鹿でかい声とともに、佐倉マリアの、ただでさえ可憐なのにメイクをばっちり決めているものだから、意図せずに凝視してしまいそうになる顔が、私の眼前にアップで展開される。間近で見る彼女の顔立ちは、私がレズビアンなら惚れてしまいそうなほどだが、あいにく私はレズじゃない。 「またアンタの追求する『美』の話とやらを聞かされるわけ?」 「よくわかりましたね! その通りです!」 「……はぁ」 私は彼女に聞こえるくらいにわざとらしくため息を吐いたつもりだったが、おそらく自分に酔った彼女の耳には私の声の一音たりとも聞こえないのだろう。つくづく御目出度い女である。 佐倉マリアは、私こと汰木(ゆるき)ケイにとっては甚だ面倒な女である。 整った顔立ちとスラッとしたスタイルは、同じ女子としては羨望の対象であるが、それを女子特有の鼻にかけたような妙な謙遜をするわけではなく、むしろ当然のことだと思っている。自分の「美」こそが世界の真理なのだと信じて疑わないというのは、ある意味では羨ましいメンタリティだ。 「私が聞かなきゃダメなやつ?」 「当たり前でしょう!」 自信たっぷりに頷くマリアに、苦笑いを返すことしかできない。 私は彼女と比べて、というか比べなくとも、どこからどう見ても普通の人間だ。中肉中背、勉強も運動も並。しいて言えば文系科目が得意で理系科目が苦手な、本を読むのが趣味のどこにでもいる普通の女子。それがどうしてこんなぶっ飛んだ人物に懐かれているのだろうかと考えたとき、今では後悔しかない出来事が思い起こされる。 ある夏の日、図書室にいた彼女を興味本位で観察してみたのだ。そこに何か意味があったわけではない。カブトムシが木にとまっていたから近づいて見てみたくらいの、些細なものだ。同じクラスなのにまだ話したこともなかったころのことで、そのころから彼女は異質だった。 私たちの通う高校では、生徒の自主性が尊重されている。化粧はもちろん、イヤリングに茶髪やパーマ、挙句の果てにはリーゼントにだってして構わない。一応定められている制服を着ても着なくてもいいし、何なら制服を改造してもいい。そういう学校だ。自由が多い分入学するのに苦労はするのだが、それは関係ないので言及しない。 あの日も、彼女は自前の改造制服で図書室にいた。胸元には銀の糸で刺繍された白鳥――後で聞いた話だが、自分で縫ったらしい。流石マリアだ――があしらわれ、首元にスワロフスキーが飾り立てられていた。嫌味なくらいにきらびやかだが、しかし彼女にはそれがとても似合っていて、何より私の目を引いた。 当時から有名人だった彼女の斜め前の席に偶然を装って座り、適当に手に取った永井荷風の『墨東綺譚』(ぼくとうきたん)をパラパラと読みながら、彼女の様子を観察していた。どうやら夢野久作の『死後の恋』を読んでいるようだった。なんとまあ、物好きなことだ。 夢野久作の『死後の恋』、あんまりにもあんまりなので詳細は言及しないが、端的に言って「グロい」話だ。これを愛好して読んでいるというのは、相当な物好きだろう。 私の好みと被らないでもないが、ちょっとジャンルが違うかな、などと思っていると、物語を読み終わったらしい佐倉マリアは本を閉じてしばしぽかんと虚空を見つめた後、首をかしげて難しい顔をしている。そしてつい耳をそばだてると、彼女の小さなつぶやきが聞こえた。 「これは……恋、なんですか……?」 おいおい、と思った。彼女はもしかすると、きっと、「恋」という一文字に少し興味が沸いただけなのだ。そして本を手に取り、首をかしげている。そして、思わず声をかけてしまったのだ。 「あの」 「……何か?」 佐倉マリアはいぶかしんで答えた。 「それ、夢野久作の『死後の恋』ですよね?」 「は、はい」 「『死後の恋』は、起こった事件の顛末を明かしていくもので、恋の話ではないですよ」 「……!」 私の言葉を聞いて、彼女は一瞬呆けた後、大きな声を出そうとして、ここが図書室であることを思い出したのか、言葉を飲み込むように口を押えた。一見して姿かたちは素っ頓狂なのに、常識のある人間だったらしい。 彼女は小声で「ありがとうございます」と囁くように言って、さらに続けた。 「や、やっぱりそうですよね、わたしが間違っていたわけではないですよね……」 恥ずかしそうにする佐倉マリアに、この時はつい見とれてしまったのは事実だ。そこは認めよう。 さらにこの後、「あの……」なんて伏し目がちに言うものだから駄目だ。彼女は顔がいいのだ。 「わたし、文系科目は苦手で、あんまりよく分からないんです。これからも、いろいろ教えていただけませんか?」 彼女の提案に、文学好きの友達ができると思った私――絆されたわけではない。決してだ――は、一も二もなく頷いた。 後でなぜ夢野久作の『死後の恋』を読んでいたのか問うと、恋をする少女は美しいと、どこかで読んだかららしかった。それを聞いた私の、佐倉マリアが恋に恋する少女だと思った心のときめきを返せと、今は言いたい。今にして思うと、彼女は恋が読みたかったのではない。「美」が読みたかったのだ。 それ以来、西に美しい花があれば、共に出かけて日がな花畑を見て過ごし――私は飽きて昼寝していたが、マリアはずっと眺めていたらしい――、東に美しくなるためのフィットネスクラブがあると聞けば、共に体験入会してヨガの練習――マリアは苦も無くポーズをとっていたが、私は日頃の運動不足がたたって大変な目にあった――をした。 まあとにかく、あっちへこっちへ振り回され、私の平穏な放課後や休日を木っ端微塵に破壊する、怪獣のような存在なのである。 この辺で回想終わり。 「古来日本には美しい人物像として『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という言葉があります。けれど、こういう言葉もあります。世の美しいものの喩えとして、『天に星、地に花、人に愛』と。これはゲーテの言葉ともいわれていますが、実際は違う。正しくは『天にありては星、地にありては花、人にありては情、是れ世に美しきものの最ならずや』と。これは明治の著述家、高山樗牛の言葉です!」 それがどうしてこうなった。そのあとの何度かの邂逅で、すっかり彼女に懐かれてしまったらしく、聞いてもいないのに自分の「美」の価値観について熱く語ってくる。その熱量には火傷を通り越してドン引きだ。 本当に顔だけはいいのだが、それだけだ。 「聞いているのですか!?」 「聞いてる聞いてる」 半分は本当だ。半分は嘘だが。 「国語苦手じゃなかったっけ?」 「これまで化粧や繊維など、科学的なアプローチから美を追求してきましたけれど、それ以外にも必要だと最近感じたのです! って、そうではなく!」 私の反応に勝手に満足したらしいマリアが前のめりになり、そこだけが取り柄の顔がぐいっと近づけられ、唇と唇の間は数センチだ。やめろ、周りの女子がキャーキャー言ってる。やはりマリアは、そんなことには気づきもしないし気づこうともしないでまくしたてる。 「この『天に星、地に花、人に愛』という台詞自体は有名ですし、素晴らしいと思いますけれど、もっと素晴らしいと思いますのは、この続きの文章です! 樗牛曰く、『あらゆる死は美しきなり、されども吾れは、愛に忍び恋に憧れて自ら天命を裁する所謂情死なるものの甚だ美はしきものなるを想ふ』……これです! これですよ!」 つまりは、あらゆる死は美しいけれど、恋が上手くいかずに情死、すなわち恋する人を想って自殺をすることこそがいちばんに美しいと、そういうことか。高山樗牛も妙なことを考えていたのだな。 マリアの熱量は留まることを知らず、長台詞が続く。 「この文章は1896年の雑誌、『太陽』8月号に掲載された、高山樗牛の『『今戸心中』と情死』の一節です! 今戸心中というのは、広津柳浪(ひろづりゅうろう)という作家が書いた遊女と客が心中する物語のことで、愛した男とともに死んでいく主人公の遊女、吉里のなんという美しさ! わたしも高山樗牛に共感しますッ!!」 ……なんかはぁはぁ言ってるし。それに顔も赤い。興奮するといつもこうなるのだが、いい加減脳細胞が焼き切れるのではないかと心配になる。にしても愛した男と死んでいくって、無理心中か。マリアってば、ついにそんなところまで。 にしてもマリアの台詞、すごい引用しまくってて説明っぽかったなあ。 「今、説明台詞じゃないかと言いましたか?」 人の心を読むな。 「……そんな長台詞で疲れないって言ったの」 「いいえまったく!」 「……あっそ」 聞いているこっちが疲れたわ、と思ったが、何となく言うのはやめておいた。 しかし、国語が苦手なだけあって直接的な言い回しを好むマリアにしては、いささか回りくどい言い回しだ。私は問う。 「で、何が言いたいのさ」 「『今戸心中』では、主人公の吉里の非業の死の残酷さと、その心のなんという美しさ! 私はそんな美しさを持った女性になってみたい! いえ、なってみせますわ!」 わかりやすく胸の前で両手を握り、空を見上げる。こういうステレオタイプなことを、彼女はわりと好むことを少しだけ長い付き合いから私は知っている。 要するに、というか回りくどいからわかりにくいが、恋する女性は美しいと、そう言いたいのだろう。それで、そういう女性になりたいと。 『今戸心中』とやら、読んだことはないけれど、まあ確かに、自殺を選ぶほどに恋に焦がれた女性が美しいというのは、マリアの言う通りかもしれない。色々な勘違いで私を振り回すマリアにしては、そのあたりは理にかなっている。 しかし、しかしだ。マリアはこの論法の重大な可笑しさに気づいているのだろうか。あえて気づいていないことにしているということも考えられるが、おそらく素で考えていないだけだろう。それをまずは確かめる必要がある。 「マリアの言いたいことは分かった」 「流石ケイさん! そうとわかれば早速――」 「ステイステイ、落ち着いて。その情死ってさ、要するに心中ってことでしょ。それってつまり、心中したいほどに好きな人がいるってことでしょ」 「! ……そういうことになりますね」 今気づいたみたい表情をしないでほしい。時間の浪費に悲しくなってくるから。 本当に時間の浪費だったのかを確かめるために、私は質問をした。 「……聞きたいことが二つ。単純な疑問だから怒らないで聞いてほしいんだけどさ」 「なんでしょう?」 マリアは首をかしげる。その仕草がいちいち可愛い。私は気にせず聞く。 「マリアってさ、自殺願望があるの?」 「いえ、そういうわけではなく、その心意気が知りたいというだけです」 「そ、そうだよね」 私はほっとした。親友かどうかまではわからないが、こんな奴でも友達だ。友達に自殺なんかされちゃあ、寝覚めが悪いというものだ。その点では安心した。が、それに匹敵するくらいに根本的な疑問がまだある。 「もう一つ聞きたいんだけど」 「はい」 「マリアって恋とかしたことあんの?」 「ありませんけれど」 ガクッと来た。やっぱり彼女に恋バナはまだ早かった。彼女は「美」に対しての熱意は並々ならないものがあるが、こと恋に関してはからきしであった。 まさしく本末転倒である。女性は恋をするから美しいのであって、美しさから恋が生まれるわけではない。そこのところが理解できないほど、彼女は恋ではなく「美」に盲目だった。 「情死ってのは、誰かのことが好きで好きで仕方がなくて、何かの事情で自殺するんでしょ。だったら、恋してなきゃその境地にはたどり着けないよね?」 「確かにそうですね……」 今気づいたみたいな表情をしないでほしい。時間の浪費にむなしくなってくるから。 ここまで話を聞いてきた中で、私もツッコミを入れまくってきたわけで、ちょっとハイになってしまった部分があったと思う。と、後になってみると思うのだけれど、この時はそんなことは考えずに、ついつい口走ってしまったんだ。 「じゃあまずは、恋をするところから始めないといけないね」 「そ、そうですね!」 人類、ではなく佐倉マリアにとって偉大な一歩を踏み出した――みたいな感じですごいやる気になっているマリア。うんうんよかったよかった、特にアレな変わり者から、普通の変わり者にジョブチェンジすると時が来たんだね、私もアレな変わり者の同類と思われている白い目で見られなくて済むようになるね、と変に感慨深くなっていたら、綺麗な顔で私を見つめてくる。 これは何かを要求するときの顔だ。この顔で来られると私は弱く、いつもホイホイ承っては、あとで後悔しているのだ。交渉には毅然とした態度で臨まねばなるまい。 「な、なんですかな、マリアさん?」 「わたしにその『恋』とやらがどんなものか、教えてくださいまし!」 「……それわ、どおいうことで?」 「ですから、わたしを美しくするその『恋』とやら、具体的にどんなものなんですか?! わたしが美しくなるために、協力してください!」 マリアに襟元をつかまれてぶんぶん首を揺らされながら、自分の軽率な藪蛇が何度目なのかを数え始めたのだった。 ♡ 「一緒にいてさ、む、胸がどきどきするとか、それでも一緒にいたくなるとか、そういう感じ?」 「うーん……」 なんで私がこんなことをレクチャーせにゃならんのか。言ってるこっちがこっぱずかしい。 君子敵を知り己を知れば百選始からずとかなんとかで、まずは恋というものがどんなものなのか、そこから教えてほしいとマリアが言うので、小学生のガキんちょ相手に呆れながらするような話をしている。キャベツ畑とかコウノトリとかの話は流石にしたくないぞ私も。 というか、私も彼氏いない歴=年齢なので、私が教えてもいいんだろうか。そんなことをマリアにも言ったのだが、マリアは私がいいらしい。そのあたりはよく分からない。 私の少ない経験と拙い表現にマリアはピンとこないようで、さっきからずっとうんうん唸っている。 「心拍数がいくつ上昇したとか、体温が何度あがったとか、そういう普遍的な指標のようなものはないんですか?」 「あってたまるか」 「じゃあそんなものわかりませんよ!」 逆ギレされた。何故に。 まあただ、理系科目が得意なマリアなだけあって、ロジックを求めるあたりの反応も妙に納得するところではあった。がしかし、「恋」というあいまいな概念の前でそんなものがあるはずはないのだが、そこに疑問を持たないのが佐倉マリアという人物だということに、少しだけ長い付き合いから分かっている。 どうでもよくなってきた私は、投げやりにマリアに問いかける。 「じゃあさ、家族以外で一番一緒にいたいと思う人は誰なのさ」 「ケイさんですけれど」 「うっ……」 いきなり臆面もなく言われると、恥ずかしいを通り越し、自分の処理能力の限界を超えて固まる。しかもそれがさも当然というように、彼女の整った顔で言われると爆発力も倍プッシュだ。 信じられないことに、「そういう」噂をよく聞く。そういうと言うのは、あれだ、私とマリアが、その、めしべとめしべでぴったんことか、そういうやつだ。断じて私にそんな趣味はない。私はノーマル。決定的に確定的にノーマル。かくとうタイプには弱いのだ。 何を考えているか自分でもよく分からないが、思考が堂々巡りをしているということは、脳みそがそれだけ混乱しているということだ。たぶん感じている熱量から、顔もとんでもなく火照っているだろう。 私はそれを幾分か緩和するために、咳払いをしてから話題を変える。 「……いや、『恋』だっていうんだから、男子じゃなきゃダメでしょ」 「そ、そうでしたね……うーん……」 しばらく考えた後、マリアは想定通りの答えを返してきた。 「これと言っていませんねえ……男の方とはあまり話しませんし」 あんた友達あんまりいないもんな! とは思ったが言わなかった。同じ穴の狢なので。 マリアは少しだけ考えて、ある意味ありきたりな答えを出した。 「一番親しく話している男性というと、同じ生徒会の佐々木さんですけれど……これが恋かというと、そうではないと思いますけれど……」 そして、ごく当たり前な反応をした。マリアは生徒会のメンバーでもあり――こんなぶっ飛んだ彼女でも生徒会として活動できるのが、この高校のいいところでもあり、いい加減な所でもある――、佐々木というのは生徒会副会長の名前だ。言われてみると、確かにマリアが世間話をする程度には親しい唯一の男子かもしれない。 「彼と話していると楽しいですし、考えていることも立派です。一人の人間としてリスペクトしています。彼も私のことも馬鹿にしたりせず、きちんと話を聞いてくれます」 マリアが女子とも一緒に話していることを見ることはあまりないし、男子ならなおさらだ。マリア自身もそれを気にしている風でもないので、特に気に留めることはなかったが、こうやって恋をするしないという話になると、一気に反応に困るところだ。 そんな彼女がこうやって一人の男子を「リスペクトしている」とまで言っている。私は外見と少しの内面のことしか知らないが、立派な人間なのだろう。しかしそれが恋なのかと言うと、それは私にはわからない。第一、私だってそんなものを経験したことがないのだから。 「ケイさん」 「なにかな」 だから、マリアの私へのまっすぐな質問に、思わずたじろいでも仕方がないことなのだ。 「これは恋、なんでしょうか?」 おそらくは違うが、私はその疑問に答える術を持ってはいなかった。 ♡ 「というわけで、私なんかよりも経験豊富な人に教えてもらうのがいちばんだと思うのよ」 「どういうわけかはよく分かりませんけれど、本日はよろしくお願いいたしますね、安村さん」 「なんか調子狂うなあ。ま、いいけどね」 私が召喚したのは、私の数少ない友達の中で、その中でもさらに希少な彼氏持ちの、安村ちゃん。ショートカットで背が高く、肌も少し日焼けした快活な印象の女の子だ。私の知らないところで付き合い始め、それからもう数年経っている。率直に言って羨ましい。 「で、恋とは何ぞやを知りたいと」 「はい! わたし、恋をすればもっと美しくなれると思うのです。ですから、その恋というものが何なのかをご教授いただきたく、ご足労いただいたし次第なんです」 マリアの長台詞に、安村ちゃんからじとっとした視線がこちらに向けられる。わかってる、わかっているさ、それくらい。本末転倒だと言いたいんだろう。その通りだ。女の子は恋をしたから美しくなるのであって、美しくなるために恋をするのではない。わかっている。ただ、あの熱量で迫られたら、そういう本質的なツッコミはできなくなってしまったんだよぅ。 私の苦笑いがどこまで通じたかはわからないが、安村ちゃんは私の肩をぽんぽんと叩くと、あんたじゃ分かんないよねえ、とばかりに勝ち誇った笑みを浮かべ、マリアに向き直った。何でだろう、すごくイラっとした。 「じゃあ逆に質問なんだけど、マリアちゃん……あ、マリアちゃんでいい?」 「はい、もちろんです」 こういう、スッと相手の懐に入ってくるのが上手い安村ちゃんだからこそ、彼氏ができるのかなとぼんやりと思う。 「マリアちゃんは、家族以外で、ずっと一緒にいたいと思う人は誰なのかな?」 「ケイさんですけれど」 その話はこの前した。したが、やはり彼女の真顔でのクサい台詞を聞くと、どうしても彼女から顔をそらしてしまう。せめてもの抵抗として、安村に悪態をついてやった。 「『ずっと一緒にいたい』みたいな質問は私もした」 「彼氏なんてできたことないくせに、おませさんなんだから~」 「うるせぇ」 安村には私の部屋には上がらせないようにしよう。私の少女漫画がずらりと並んだ本棚を見た時の想像をして、うすら寒い思いをする。「はいはい」という全てわかったような諦めの笑みもムカつく。 「ケイ、やっぱり付き合う相手は男子じゃないんじゃない?」 「うるせぇ」 ちょっと噂になってるから、わかってるから。マリアと私、セットで見られてるから。 「まあそんなケイのことはどうでもいいとして」 「どうでもいいって言うな」 安村は小さな抵抗をする私を無視して、少し考え、照れくさそうにしながら話す。 「うーん、誰しもが考える恋ってなると難しいから、ちょっと恥ずかしいけど、私のことでもいいかな?」 「もちろんです」 「そっか。わかった」 そう安村ちゃんが言った瞬間に、雰囲気が深く、そして昏く変わった。 「私は彼氏の、こうくんの全部を手に入れたいんだ」 彼女は続ける。 「こうくんとの心のつながりはもちろん、一緒にいる時間、生活する場所、こうくんの体、声、感情、体液や体毛の一滴一本に至るまで、全部を手に入れたいんだ」 心底からほれ込んでいる相手に対しての執念と言うか、怨念のようなものさえ感じられた。 「ご、ごめんね、気持ち悪かったよね……」 こんなこと誰かに言うの初めてだから、失敗しちゃった、と安村ちゃんは照れ交じりの苦笑で言うが、私はそうは思わない。いつもサバサバしている性格の安村ちゃんの意外な一面に面食らって何も言えないでいるが、私はそれを汚らわしいとか、気持ち悪いとか、そういうものだとは絶対に思えないし、思いたくない。 「安村さん……」 「な、なんでしょう」 「これが、これが恋なんですね……」 「そ、そうだけど……」 「安村さん、美しいです……」 どうやらマリアも同じような感想を持ったようだった。マリアと同じというのは少し癪だったが、こればかりはしょうがない。安村ちゃんにぶつけられた感情には、それだけ感じるものがあったのだ。 マリアの最終目標は、美しくなることだ。その過程はどんなものでもよいが、マリアの見出した方向性について当初こそ頓珍漢なものだと思ったが、案外に間違ってはいないのではないかと、眼前の安村ちゃんをみてそう思った。 なおも恥ずかしそうにしている安村ちゃんに、マリアが聞く。 「安村さん、まずは何から始めればよいですか?」 「まだ全然、自分の恋について分からないんだよね?」 「はい」 「じゃあまずは、恋愛小説や恋愛マンガを読んでみるのがいいんじゃないかな?」 「なるほど」 マリアはふんふん大げさに頷いていて、流れるような黒髪がいちいち揺れて可憐だ。その様子をぼーっと見ていると、マリアが急にこちらに振り返った。 「ケイさん、では週末あたりに図書館にでも行きませんか?」 「まあいいけど」 私はマリアの申し出に、一も二もなく返事をした。図書館という空間は嫌いではないので、休日の過ごし方としては上等だ。それに、どうせ暇なのが分かりきっている。そこ、友達が少ないとか言わない。 「お二人さんはいつも一緒に行動してるけど、そっち方面に進んだほうが道のりとしては近道なんじゃないのかな?」 「うるせぇ」 安村が私のほうをニヤニヤしながら見つめてくるが、それを悪態をついてスルーする。そっち方面ってどっち方面だ。さんざんそういう目で見られてるっつーの。 「? どういうことです?」 「ほっとけほっとけ。ただの戯言だ。ほれ、さっさと帰るぞ。安村もありがとな」 「いえ、安村さんは何か意味のある事をおっしゃろうとしたのでは? ねえ、ちょっとケイさん!」 変な知識をつけられてあれこれ聞かれたりするのも面倒なので、マリアの疑問にはなるべく答えない方向性をとった。安村はその様子すらもニヤニヤ意地の悪い笑みで見つめているが、これにも取り合わない。藪蛇に自ら突っ込んでいくほどアホではない。 背中にマリアの好奇心を浴びながら、事態が悪化する前に私はその場を立ち去ることにした。 「でもマリアちゃんを置いていかないんだねえ、さすがケイ」 うるせえ。 ♡ というわけで今日は図書館デートである。当然私とマリアの二人で図書館に行くだけで、私はただ二人で遊んでいるだけだと思うのだが、マリアが頑なにデートと言っているのでこれはデートであるらしい。 図書館には恋愛マンガは扱っていないので、マリアは無難に恋愛小説から攻めるようだった。彼女が座る机の前には、新井素子の『結婚物語』シリーズが積まれている。それまでSF小説が多かった新井素子が珍しく純粋なラブコメディを書いたことで話題になったシリーズだ。テレビドラマにもなっていたはず。 読みながらふんふん頷いているマリアだが、その小説は婚約するしないの話になったあとからのラブコメディであり、付き合う前の真理にすらたどり着いていないマリアの助けにはならないと思うが、いいのだろうか。 まあ、マリアがどう考えようが知ったことではないので、私は自分で興味を持った本を持ってくることにした。ふらふらと本棚を徘徊していると、コバルト文庫の『マリア様がみてる』が目についたので、これにすることにした。目の前に座っている人物の名前と同じということもあるだろうが、ここいらでマリアと『そういう』関係であると言われるゆえんについても知っておきたかったのだ。 『マリア様がみてる』は、百合というジャンルを語る上で欠かせない作品だ。主人公の福沢祐巳と、憧れの先輩である小笠原祥子、後輩の松平瞳子の疑似的な姉妹関係を通して物語が進むわけだが、これがどうして、女性同士の恋愛関係ととらえられがちで、かくいう私もマリアとそういう関係だととらえられがちだ。 休日に二人で図書館デートなんぞをしているのは甚だそのイメージ形成に貢献しているのではと自分でも思うのだが、マリアといる時間は存外に悪くないので仕方ない。目を伏せて読書に没頭するマリアを覗き見る。瞼にかかった長いまつげが妖艶で、本当にコイツは顔だけはいいなと、ぼうっと見つめてしまった。 少し想像する。 廊下の向こうから歩いてくる、長身の彼女。漆黒の長髪をさらりとたなびかせて、私に優雅に近づいてくる。背後にユリの花束が見えるが、それは私の幻覚だろう。彼女を直視することができない。 少しずつ彼女が近づいてくる。彼女を見ずとも、さわやかな花の香り近づいてくるので、それとなく彼女がどこにいるのかわかる。 このまま通り過ぎてほしいと私は思った。なにせ、至近距離で彼女の顔を見てしまったら、私がどうなってしまうか分からないからだ。そう思っていたのに、彼女の気配は私の目の前で止まる。 しばしの沈黙。私が目を合わせないことで、彼女は立ち去ってくれるだろうか。いや、自分では立ち去ってほしいと思っているけれど、本心ではその鈴の鳴るような声で語りかけてほしいと願っている。自分の心が分からない。 嗚呼、それでもなお、私に声をかけないのはどうしてなの? いい加減はっきりしてほしい。いらいらと戸惑いがない交ぜになり、自分の心がぐちゃぐちゃになったところで、ふいに襟元に温度を感じた。そして―― 『汰木さん? タイが曲がっていてよ?』 『マリアお姉さま……』 …………。 うげえ、お姉さまはないわ……。 いかんいかん、読んでいる本が読んでいる本だけに、そういう気分にさせられがちだ。本に集中しなければ。と思ったところで、マリアが本を閉じた。 「飽きました」 私のほうをばっちり見据えてハッキリと言うその姿に一瞬心臓が跳ね上がったが、いろんなことに興味を持って手を出しては捨て、手を出しては捨てを繰り返しているマリアらしいなとも思った。 私も少し疲れてきてはいたので、本を閉じ、これに便乗する形で提案する。 「じゃあちょっと休憩する? 喫茶店とかで」 「いいですね。甘いものでも食べたい気分です」 「じゃあそうしよう」 「わかりました。あ、ちょっと借りるものがあるので、少し待っていていただけます?」 「わかった。入り口で待ってるよ」 そう言って私は入り口のほうを指さす。マリアは机の上に広げていた本の中から数冊を選び出し、貸出コーナーに持って行った。そのマリアの腕の中に、あの広津柳浪の『今戸心中』の名を冠した本があるのを確かに見た。あのくすんだ封筒のような色は岩波文庫だろうか、すでに読んでいてもう一度読み返すのか、あるいははじめて読むのかはわからないが、変にそれが印象に残った。 ♡ 「わたしも色々と本を読んで学習してきたんです」 「なるほど?」 私の眼前に展開されている状況が、また聞きかじった妙な知識で私を窮地に追い込んでいるのだと告げている。 今は図書館のすぐ近くの喫茶店にあるテラス席。そして現状の状況としては、こうだ。 「それによると、こういう場面ではあーん、というものをやるのではないですか? はい、あーん」 と言って、マリアのパフェからスプーンで掬った生クリームを私に差し出してくる。すげえ笑顔だ。惚れそう。 いやいやいかんと脳の中を空っぽにして、マリアに問いかける。 「……私と?」 「いけません?」 頬杖をついて不思議そうに首をかしげるマリアの様子がいちいち似合っている。やっぱり惚れそう。 まあ今どき、そんな食べさせあいくらいでやきもきしてもしょうがないかと開き直って、マリアの手に握られたスプーンにしゃぶりつこうとしたその時、 「まあそれはともかく」 マリアがスプーンをひっこめた。あのマリアにはしごを外されるとは思わなかった。何たる不覚。 そんな私の感情の機微に気づきもせず、マリアは得意気な顔でのたまう。 「本を読んで学習したというのは、先ほどの『結婚物語』もそうですけれど、どうにも安定した恋というのは盛り上がりに欠けますね。やはり恋というのは、燃え上がってこそで、燃え上がる恋こそが私を美しくするんです!」 よく分からないが、やはり何か間違ったことを本から学んでいるということは分かる。 「というわけでですね」 何がと言うわけなのかはわからないが、マリアは何か準備してきたらしく、自分のカバンをごそごそと何やら探している。 そしてドラえもんのひみつ道具が出てくるときのBGMが再生されているような気分にさせるほどのドヤ顔で、目薬ほどの大きさの小さな小瓶を取り出した。 「これは?」 私は思わず聞く。 「わたし、惚れ薬を作ってみたんです」 「ぶっ」 私は思わず噴き出した。だからか! だから分かりやすく瓶の色もピンクなのか! 形から入る奴なのは知っていたが、こういうところもやっぱり形から入るな! いや、ツッコミどころはそこじゃないだろう。私が少しだけ冷静になった頭で自分にツッコミを入れていると、マリアは頼まれてもいないのにペラペラと解説しだす。 「医学的に恋愛感情の源とされるフェニルエチルアミンを含有しているチョコレートをベースに、フェロモンが含まれるバニラと蜂蜜、それに催淫効果が期待されるコーヒーを――」 「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!」 解説を遮られたマリアは不満げな様子でこちらをにらんでくるが、ここはきっちり突っ込ませてもらわねばならない。なぜなら、ことは私に関わるからだ。 「それ、効果あるの?」 「当たり前です! 試しては無いですけれど」 「試せよ! 人間じゃなくて動物でもいいから!」 その私の主張に、なんとおぞましいみたいな反応をする。心底心外だ。 「動物実験なんてできるわけないじゃないですか。いいですか、チョコレートに含まれているデオブロミンという物質は動物にとってとても有害です。これをたとえば犬が摂取すると、脱水症状や心拍数の極度の増大などを招いて――」 「あーわかったわかった、動物には使えないのは分かった」 もうなんですか、とばかりに不満たらたらなマリア。まあいい、仮にそれが本当に効果があるとしよう。あったとしても、私がその惚れ薬とやらに拒否反応を示すのは当然だ。なぜなら、 「オーケーオーケー、じゃあその惚れ薬に効果があるとしよう」 「はぁ」 「それ、飲んだ人が惚れやすくなる薬なわけでしょ?」 「そうですけど」 「誰が飲むの?」 「わたしですけれど」 「いつ?」 「今です」 「いやいやいやいや」 やっぱりな! 新しく手に入れたおもちゃはすぐに遊びたい派のマリアが、今以外のいつそれを使うんだという話だよな! もうどれだけマリアの隣にいると思っているんだ。それくらいわかる。 そして、マリアは自分の興味のためなら平気で自分さえも実験材料にしてしまう、そんなアホみたいな女なんだよ! それも分かってたさ。だからこうやって押し問答を続けているんだ。 でも本当の問題はそこじゃない。マリアが惚れ薬をがぶ飲みしようと知ったことじゃない。それこそその辺の犬にでも尻を振ってればいい。大事なことは、マリアが惚れ薬を飲もうとしているのは「今」だということだ。 「私が身を焦がすような恋をすれば、美しくなれると思うのです! それをどうして止められますか! ひょっとして私を心配しているのですか? それはいらぬ心配というものです!」 マリアはいつものように自分に酔って嬉々として叫んでいるが、私がジト目でマリアを睨むのは、私に害が及ぶからだ。心配なんかしてねえ。私は根本的な問題をマリアに指摘する。 「じゃあ今マリアがその惚れ薬とやらを飲んだとしよう。して、目の前にいるのは誰だい?」 「ケイさんです」 「じゃあ惚れてしまうってのは誰に惚れてしまうんだい?」 「あ」 マリアのやつ、固まってしまった。今惚れ薬を飲んでしまったら、目の前にいる私に惚れてしまうだろう。それはそれで私にとってはオイシイ展開になるかどうかは分からないが、少なくともマリアがしたがっている「恋愛」とやらは『マリア様がみてる』の世界観ではないだろう。 そのことに気づいたのか、マリアはわざとらしい笑顔を作っている。私がどれだけマリアの表情を注視してきたと思っているんだ。そんなヘタクソな笑顔はお見通しだ。 さしものマリアも正論で突っ込まれるのは恥ずかしかったらしく、先ほどよりもパフェの食べるスピードを上げて、いかにも私はパフェがおいしくて夢中で食べているんです、というふうに装っている。 と、そこへ。 「おや」 「あれ、佐々木じゃない。どうしたのこんなところで」 マリアとともに生徒会で活躍している佐々木君、頭脳明晰運動神経抜群、おまけにハーフときたもんで、噂じゃファンクラブまであるなんて話も聞く。そんな学年中の羨望の的である佐々木だが、マリアは生徒会に入っているので面識があるし、いつもマリアと一緒にいる――腰ぎんちゃくとか言うな。金魚のフンもダメだ――私も、マリアほどではないが面識がある。 「図書館に本を返そうと思ってね。君たちもかい?」 「私たちは借りてきたところ。ね、マリア」 「お、おほん……え、ええ、そうね」 マリアがわざとらしく咳をして、場を取り繕うとする。 「聞いてよ佐々木、マリアったら惚れ薬なんてものを作ってさ」 「そんなものあるのかい?」 「マリアの話じゃ効くって話だけど、本当?」 「効きますとも! たぶん」 「やっぱり効かなそう」 「な、なんですって!」 あ、マリアが怒った。そして、マリアが怒ったところで、もう一つ。 「そんなに言うなら、じゃあ効果があるものだとして、この惚れ薬、今飲んだら佐々木に惚れるのかな?」 「やって見せましょうか」 ムキになってピンクの小瓶を取り出すマリア。こういうところは御しやすいので、こちらからある程度操縦できる。そうだ飲んで見せろ、と煽って見せようとしたそのとき、私たちのやり取りに沈黙を貫いていた佐々木が私たちの言い合いを制止した。 「やめなよ二人とも」 佐々木の学級委員的な態度に少しムカッとしたので、佐々木にも意地悪な質問をぶつけてやることに決めた。 「佐々木は欲しくないの? 惚れ薬」 「僕はそんなものに頼らずに女の子と仲良くしたいね。それに、そんなもの使ったら対等じゃないし」 呆れたように苦笑いする佐々木を見て、少し反省。 ファンクラブまである佐々木のことだから、やろうと思えば女子をとっかえひっかえできるだろうし、そんなゲスいことだけではなく、変な噂を全く聞かないというのも、私の器の小ささがあぶりだされてしまっている。 「やはり佐々木さんの度量の大きさの前では、ケイさんも形無しですね!」 「なんでマリアがそんな誇らしげなのさ」 「やはり佐々木さんは、次代の生徒会長になるお方です! ああ、そんな人と比較されて、哀しいケイさん!」 佐々木の度量の大きさとマリアの自分勝手さが関係ないのもそうだし、何より私を下に見ているのにイラっとする。まあ、その通りなんだけどさ。 そんな私たちの様子に楽しんでいるのか呆れたのか、苦い笑みを浮かべた後、佐々木は言った。 「僕はもう行くからね。お店の迷惑にならないように、ほどほどにね」 そんなことまで心配されてしまった。大きなお世話だと言いたかったが、実際テラス席とはいえ騒ぎすぎである。そちらも反省。 佐々木は「じゃあね」と言った後、マリアの耳元で「マリアさんも、ほどほどにね」と囁いて、去っていった。そのスマートなやり口に、さしもの私も唖然と見ているほかなく、マリアに至っては完全に赤面していた。そりゃあ、あれだけのイケメンにあんなことやられちゃあ、ああなるよなあと、他人事のように思っていた。まあ実際、他人事なんだけれど。 ♡ 佐々木が図書館のほうへ向かったあと、しばらく深呼吸して気を落ち着かせたマリアと、たわいもないお喋りをしながら、とりあえず目の前にある自分のパフェを消化していた。 そんな中で、ふと私は気になったことがあった。 「そういえば聞いたことなかったけど、マリアってなんでそんなに美しさに煩くなったの?」 「突然話し始めたと思ったら、煩いとは失礼な」 マリアが珍しくふくれっ面をする。 「ちょっと言いづらいことですが、ケイさんならいいでしょう」 「……言いづらい?」 「……あれはもう十五年も前、父母との思い出がきっかけです」 マリアはしんみり話し始めた。いや、遠くを見つめているし、ひょっとして聞いてはいけないことだったのでは? そういえばと思い出す。マリアの家に遊びに行ったとき、周りの住宅よりも一回りか二回りもデカい家で、使用人さんまで居たことにびっくりして気を取られていたが、何度か行ったけれども一度もマリアの両親と顔を合わせた記憶がない。平日だけではなく、土日でもだ。 いよいよこれは、私も聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。 「いや、言いづらいんだったら、無理に話さなくてもいいよ」 「いえ、いいのです。ここまで話したのですから、ぜひに聞いてほしい」 私はどんな話が来てもいいように身構えた。いつものマリアとの会話なら、どこかしらで茶化してツッコミを入れているが、そういうわけにはいかないだろう。 「……十五年前、父が外交官をしていましたから、その伝手でパーティーに招待されました」 しんみりとした口調でマリアが話し出す。 「そこでの会場の装飾、あるいはパーティードレス、食事に至るまで、すべてが美しかったものですから、それがとても印象に残っておりまして、きっかけとすればそれが大きいですね」 「…………は?」 まさしく渾身の「は?」だ。もちろん見る術はないが、今の私の顔を鏡で見ることができるとしたら、たいそう間抜けな顔をしていることだろう。 しばらくの沈黙ののち、詳細について問いただすためにまずは基本的な質問をする。 「あの、ご両親は今はどちらに?」 「はい?」 変なことを聞いてくるな? というようなマリアはいぶかしんだ顔のあと、彼女は続けた。 「父は今はポルトガルの日本大使館で働いていますけれど。母も父とともにポルトガルに」 深刻に感じて損した、というやつだろう。思わせぶりで思わず勘違いしてしまった。 「……じゃあ、単純にパーティーがとても素敵だったから、自分も美しくなりたいと?」 「ですから、そう言っているじゃないですか」 変な人ですね、とでも言いたげな顔を思わずぶん殴りたくなってきたが、これは私の早とちりも一割くらい悪い。我慢我慢。 考えているだけなので酷い言葉を彼女に当てはめても問題ないはずだが、こんな妙な人格になったのだから、何かしらの衝撃的な出来事があって、その影響でエキセントリックな人格になったのだと思い込んでいた。いや、今あらためて考えなおすと、一概にそうではないとは分かるのだが、そこには触れないようにしようという過剰な思い込みが、私の思考の柔軟さを奪っていた。 マリアはマリアだったのだ。そんなことも気づかなかったのか。 「……何か失礼なことを考えていませんか?」 やはりマリアは妙に鋭い。私は露骨に話題をそらした。 「……どんなご両親なの?」 その質問をぶつけたときのマリアの嬉しそうな顔と言ったらない。ポルトガルがどの方向かは知らないが、まるでマリアの向いている方向にポルトガルがあって、そちらの方向を崇拝しているかのような表情だ。 「私の両親は、今でこそ離れて暮らしていますが、一緒に食らいていたころは、私のやることをすべて肯定してくれました。今思うと頓珍漢なことをしていたこともあったと思いますが、大人の都合など考えずに、私を第一に考えてくれました。父と母には今でも感謝しております」 何かを思いついては振り回される私の身にもなってほしいと、ポルトガルにいるというマリアの両親を心の中で恨んだ。 ♡ 違う日の教室での一幕、本を熱心に読んでいるマリアがいた。その手には図書館で借りた岩波文庫の『今戸心中』があった。あれからそこそこ日が経っているが、あまり進んでいないらしく、めくっているページはまだ前半だ。 「わたしのペースで読んでいるんだからいいんです!」 あれ、なんでわかった? マリアにはモノローグを読む能力でもあるのか? 「……人の読んでいる本をじろじろと見ていれば、誰にだってわかります」 ということらしい。いやはや、一本取られたねこりゃ。 『今戸心中』を読むことで、登場人物の精神性に近づこうというマリア。『今戸心中』の主人公は、恋に狂って自殺をしてしまうが、あくまでその精神に近づきたいだけであって、自殺志願者と言うわけではないという。 私としては、そんな危うい方向で美を追求しなくてもいいと思うのだけど。と考えたところで、ふと疑問が浮かんだ。 「今話しかけてもいい?」 「いいですよ。ちょうど読むのに疲れてきたところですし」 「ほんのちょっとしか読んでないくせに」 「あら、どれだけ私のことを見ていれば、少ししか読んでいないと分かるのです?」 マリアもからかいに対して防御する術を学んでいるらしい。成長したな、うん。 この方向でからかっても情勢は不利と判断し、素直に気になったことを尋ねる。 「今は恋愛を頑張る方向で美しさを追求してるけどさ、ほかにはどんなことやってんの?」 「まあいろいろですね。化粧とか裁縫とか、あるいは掃除洗濯のような、女性のたしなみのようなものは一通りできるようにしていますけど」 今の自殺志願者の精神を模倣するよりも、よほどそちらのほうが美しさにつながるのではないかと思ったが、言うのはやめておいた。 「ああ、女性のたしなみで言えば、昔の女性の美しい姿にあこがれて忠実に再現しようと思ったことがありましたね」 「ああ、あったあった」 少し前、浮世絵か何かに魅了されたマリアがその立ち振る舞いを模倣すれば美しい自分になれるのではないかと、よく分からない努力をしていたことがあった。 私はどんな様子か思い出す。 「そうそう、白粉(おしろい)に鉄漿(おはぐろ)塗って、そんでもって和服で学校来たときは、いよいよ頭がおかしくなったかと思ったよ」 「あれは失敗でした。お昼ご飯が食べづらいったらありゃしないんですもの」 「そこかい」 「いや、わかっていますよ」 とマリアは付け加えた。やってみたはいいものの、おかしな格好であるとマリアも気づいたらしい。 「美しくなれると思ったんですが……」 「現代の感覚で言うところの美しさとは、ちょっとベクトルが違うよね。あれじゃあ、お笑い芸人か何かだよ」 和歌に詠われた平安の世では、白粉に鉄漿が美の象徴だったというのは歴史的に確かなことではあるのだが、しかし現代的な感覚で言えば、可笑しいものは可笑しいのだ。 お笑い芸人にも、おかしな格好をして笑わせる人が何人かいるが、それに近い。当然、そういう人たちは美しさなんて欠片も意識しているはずもない。 思い出していて、もう一度その滑稽な様子を見たくなった私は、スマホで写真を撮ったことを思い出して、カメラフォルダからそれを探した。 「えーと……あったあった。あー、やっぱりこれ、面白いわ」 「私は美しくなれると思ったんです! それをそんな笑わなくてもいいじゃないですか……」 マリアが珍しく駄々をこねるように反論した。まあ、可笑しいものは可笑しいのだ。これを笑うなと言うほうが無理だ。 何か文句でもあるのか、マリアはまだ私を睨んでいる。 「でも、佐々木さんはすばらしいとほめてくれましたよ?」 と、マリア。 「彼曰く、『古来の美について研究して、それを実践することは素晴らしいことだ』と。わかりましたかケイさん? ただ笑っているだけの貴方がどれだけ浅はかかを」 それって美しさについて褒められてるんじゃなくて、研究する者としての態度を褒められてるんではなかろうか? とも思ったが、佐々木も案外、彼女のことを理解していると思った。 マリアは調べものをするのが好きだ。自分の興味を持ったことに対して、先人はどんなアプローチをしていたのかを常に探している。広津柳浪を知ったのも、大正ロマンか何かについて調べていたからだろう。 女子としか、というか、私とばかり遊んでいたマリアだけど、恋愛に興味を持ったためか、佐々木と放課後や土日に遊ぶことも増えているようだった。私にいつまでもべったりというわけにはいかないだろうし、いいことなのだろうと思う。佐々木も佐々木で、彼女のいいところが分かっているようなので、単に興味本位で近づいている奴よりもよっぽどいい。 まあただ、ちょっと軽薄だとは思うけどね。こないだの様子なんて、女子の扱いにすごい慣れている感じがしたしね。というわけで、少し意地悪をしてみることにした。 「でもさあ、こないだ佐々木ってば、マリアの耳元でささやいてたじゃん? あんなこと誰にでもやってんの?」 「私は見たことはありませんけど……」 「ああいうのって、好きな女子にしかやらないんじゃないの?」 すんでのところで、「よくわからないけど」という言葉を飲み込んだ。安村ならともかく、私には男女の駆け引きなんて分からない。それが正直な所なのだが、現を抜かすマリアを見て面白がってやろうという魂胆もあった。 マリアは私の言葉を聞いて、ひどく動揺しているようだった。影響されやすい彼女のことだ、今まであったことを思い返して、どうであったか考えているのだろう。 同時に、私の中に少しだけ、嫌な感情があることにも気づく。マリアのその表情は私だけのもので、私以外には向けてほしくないなと思った。その感情の出どころがどこなのかはよくわからないけど、マリアが佐々木のことを考え込んでいるのを見て、ともかくほの昏い感情を抱いたのだった。 「佐々木さん、このわたしに、そんなことを……?」 「そうなんじゃないの?」 私が発したとは思えないその乾いた声音。あれだけマリアをいじって楽しもうと思っていたのが、かなり前のことのような気がしてくる。 「生徒会の仲間として、とても親しい間柄だとは思いますけれど、そ、そういう関係になるかと言われると、ちょっと」 髪の毛を弄ぶマリア。 「さ、佐々木さんの気持ちを聞いたほうがいいのかしら……」 見たこともないようなマリアの反応だが、言わずとも私にはわかる。少なからずお互いに意識はしているのだろう。 私はイライラしていた。声に出さないけれど、おそらくは「こんな」マリアにも好きになってもらえる人はいるという嫉妬心。自分でも「こんな」なんて考えに至って絶望するが、考えてしまったものは仕方ない。 「じゃあマリアは、誰か好きな人でもいるの?」 私の投げやりな言葉に、自分ではっとする。 「へっ!?」 驚いたマリアの表情。 「ま、まあ、いないわけでゃ、いないわけではないというか、そもそも自分の気持ちがわからないというか……」 髪をもてあそぶスピードが速まった。なぜだかわからないけど、私はその様子に、とてもイライラした。 このままでは自分の感情に飲まれてしまうと思った私は、強引に話題を変えることにした。 「そもそもさ、なんでそんなに『美』にこだわるの? いや、きっかけになった出来事は前に聞いたけどさ」 「……うーん、どうしてでしょうね。自分でもわからないです」 マリアは私の強引さに気づいていないか、あるいは気づいていないふりをした。そこを突っ込まれずに済んで安心した私は、さらにマリアに問う。 「例えば、男の気を引くため、とかじゃないわけじゃない。こうやって行動するまで、恋なんて微塵も考えたことなかったわけだから」 「そういうことになりますね」 「じゃあなんでそんなに、美しさにこだわるのさ」 私の問いに、うーん、とマリアは唸った。考えたこともなく、無意識でやっていることをいまさらなぜか聞かれたら、そんな反応になるのだろうか。 誠実なマリアはしばらく考えた後、私に考えた末の答えを言った。 「今考えたことなので合っているかどうかはわかりませんけど、私が私らしくあるため、でしょうか」 変に言葉を飾らず、自分が自分らしくあるためとマリアは言った。やはり、マリアはそうでなくてはいけない。他の人がとか、世間とかではなく、自分らしくあるために行動するのがマリアらしい。 そのためにも、やはり自分の気持ちを確かめてほしいと私は思った。 「やっぱり、恋か恋ではないのか、ちゃんと確かめたほうがいいよ」 唐突な私の言葉に、マリアは戸惑いを見せる。 「それは佐々木さんに直接確かめるということですか? そ、それは緊張しますね……」 「そうじゃなくてさ」 そうじゃない。佐々木のことではなく、マリア自身のことだ。 「自分が本当に恋してるのか、確かめないと。まずは相手より、自分でしょ」 マリアははっとした表情をしたあと、言葉を返すのに少し逡巡したようだったが、やがて納得したのか、目を閉じて深く頷いた。 「そうですね」 マリアはその肯定の言葉と腑に落ちたような表情をした後、自分のスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。 「あ、もしもし、佐々木さんですか? 今暇です? ちょっとこれから、お買い物に付き合っていただけませんか? ……はい、はい…………わかりました。では、生徒会室の前で、はい。それでは」 やはりそれでこそ、マリアらしい。迷っていないで突き進む。それでこそ佐倉マリアというものだ。 でも、マリアのことだから突然佐々木に事の次第を問いただすのかと思っていたけど、案外に常識と言うものを持っているのだと感心した。というか、私といるときにその常識力を発揮してほしいものだ。 そういった思いも含めて、まずは足元から、ということだろう。私もつとめて、口調を抑えて言った。 「まずは一緒に遊ぶところから、だね。焦って確かめることはないんだよ」 「わかっています。それでは、行ってきますね」 そう言って席を立ち、生徒会室へ向かおうとするマリアの背中に、私は思わず、何を言いたいのかもわからないままに声をかけた。 「マリア!」 マリアは振り返る。私は何が聞きたかったのか、自然に声が出ていた。 「自殺なんてしないよね?」 「しませんよ」 その言葉を聞いて、表情を見て、私は安心した。そう、私は安心したかったのだ。マリアの心がデッドエンドに向かわないかどうか、心配だったのだ。 しかし、私は安心した。そうであるならば、マリアを信じてあげねばなるまい。私はそう思うことにした。 私の心の軋みには、気づかないフリをした。 ♡ 思い返してみると、いつもマリアとは一緒にいた気がする。 あのバカやった時や、あのアホやったとき――あのバカやあのアホはすべてマリアにやらされた感があるが、まあそれは置いといて――も、とあれこれ思い出したが、何より向こうからバカやアホが望んでいないのに勝手にやってきた感が強い。 物事はすべてなくなってみて初めてそのありがたみが分かるというが、まったくもって遺憾ながら、そう感じざるを得ない状況に追い込まれている。自覚はしたくなかったが、自分の感情を客観的に考えてみたときに、果たしてそれ以外の説明はつかない。 あれからマリアは、生徒会の佐々木と放課後や休日を過ごすことが多くなった。マリアが言うには、佐々木の気持ちを確かめるためらしいが、こうやってそれが続いているのを見るに、彼女自身の心境についても変化があり続けているのではないだろうか。 そのことについて色々問うてみてもはぐらかされるだけで、何が起こっているのかいまいちよく分かっていないというのも、私の焦燥に輪をかけているような気がする。今までだったら過ごした時間と重ねた思い出によって、マリアのことであればなんでも分かったというのに、ほんの少しの切欠でそれが手を離れてしまうというのは、いやはや私ってこんな湿っぽい人間だっただろうかと自嘲する。 一つの切欠で、生活の何かが崩れてしまうというのはあることで、それによってこんなにも心がかき乱されるとは思わなかった。あらためてそれを、目の前の本の、古ぼけた封筒のような色の表紙を見ていると思う。 私は図書館のいつもの席に座り、本棚から取ってきた岩波文庫の広津柳浪、『今戸心中』をぱらぱらと読む。マリアが以前に借りていた本だが、いつの間にやら返却していたらしい。国語の苦手なマリアは、私がいるとき以外は図書館に行くことなんてなかったのに、と思い、そこで考えることをやめた。せっかく目の前に文学があるというのだから、その世界に没頭してしまおう。 広津柳浪の『今戸心中』、あらすじとしてはこうだ。 吉原の平凡な花魁だった吉里は、時折訪れる平田という男に惚れていたが、一方で足しげく通っていた善吉という中年の男を嫌っていた。平田は郷里に帰ることになり、吉里も見受けしてもらうつもりだったがそうはならず、彼女はたいそう悲しみ、そのあともずっと平田を想い続けた。その悲しみを埋めるように善吉が吉里のもとに通い続けていたが、やがて善吉も資金が尽き、妻子とも別れて「今日が最後だ」と告げに吉原の吉里のもとにやってきた。そんな善吉に吉里は情を抱き、最後に私財を投げうってもてなした。そのせいで吉里も金を使い果たしてしまい、吉里は平田との写真を世話係に託して、二人は入水自殺をする。少しして、永代橋のたもとに女の死体が上がった。 広津柳浪という作家は男女の悲劇を好んでよく書き、彼の書き上げる耽美性はその時代の批評家に激賞された。中でも物語の中で織りなされる男と女、そのうすら寒いまでの激情が冷酷な筆致で描写される。彼らは救われることはなく、ただ結末を迎えるだけだ。 「あらゆる死は美しきなり、されども吾れは、愛に忍び恋に憧れて自ら天命を裁する所謂情死なるものの甚だ美はしきものなるを想ふ」と高山樗牛は言った。確かに悲劇に見舞われる関係性は美しい。命を燃やして散っていくさまのなんという美しさか。それは疑うはずもなく本当だ。 しかし、ここで疑念が残る。『今戸心中』の吉里は果たして、「誰を想って」死んでいったのか? 『『今戸心中』では、主人公の吉里の非業の死の残酷さと、その心のなんという美しさ! 私はそんな美しさを持った女性になってみたい! いえ、なってみせますわ!』 あの時のマリアの台詞が頭の中でリフレインする。同時に、彼女の危うさに気づく。 「いや、まさかね……」 私はマリアの誤った解釈に、うすら寒い思いをした。ケイの『今戸心中』に対する読み込みと、マリアのあの話を重ねてみると、心臓が早鐘を打っているのが妙にうるさく聞こえてくる。 『今戸心中というのは、広津柳浪(ひろづりゅうろう)という作家が書いた遊女と客が心中する物語のことで、愛した男とともに死んでいく主人公の遊女、吉里のなんという美しさ! わたしも高山樗牛に共感しますッ!!』 さらに彼女の台詞が頭に怒号のように浮かんでくる。違う、違うんだマリア。吉里の精神性はそうじゃない、そうじゃないんだ。 私の胸が張り裂けそうになり、思わず胸の前に手をやって、熱い鼓動を抑えるように、ぐっと強く押さえつける。しかし、ほんの些細な疑念によって生まれた激しい衝動と困惑は、私の胸からいなくなってはくれない。私はどうしたらいい、どうしたらいいんだ。 ♡ 今日も放課後にはマリアとの約束はない。それはそれで精神的な安定はあるのだが、どうしても日々の生活が短調で、そこに色はない。ホームルームが終わるや否や、教室からマリアが飛んで出ていくのが見えた。 今日のマリアは放課後に生徒会に仕事があるとかで、私は先に帰ることになっている。そんな毎日だらだらと付き合うこともないかと、最近はそんな生活も慣れてきた。 放課後を告げるチャイムが教室に鳴り響くが、それは単に家に帰る時間を告げるだけで、そこに何か意味があるということはない。 家に帰っても特にやることはないので、しばらく教室の自席に座ってぼーっとしていることにした。ふと、マリアの席が気になって、そちらを見る。 彼女と一緒に行動する時間が少なくなって、別に寂しいというわけではない。ただ単に、日常がつまらなくなったなと思っただけだ。 そして、あの危うさを、いったいどれだけの人が理解しているというのだろう。思ったことに全力で取り組む素直さが彼女の美徳だが、同時にそれは、その先に壁や落とし穴が待っているのもわからずに、ただまっすぐ進んでしまうということでもある。 彼女は美しくなりたいと言った。そのために、恋を燃え上がらせて自殺をした女の精神すらも理解したいという。その精神性をおかしいと否定するのは簡単なことだ。しかし、それをしてはマリアの長所は生きない。彼女の魅力は、常人では思いもよらないことを平然とこなすことにあるからだ。 当然そこには危うさもある。その危うさが、私の手の届かないところで発現しているのではないだろうかという危惧が私にはある。自殺と言う、きわめて取り扱いがセンシティブにならざるを得ない問題から、なるべく遠ざけるように彼女の美しさへの欲が満たされるようにしてきたが、それも私の手を離れては意味はない。直接的な言葉で「自殺なんてしないよね?」という言葉にもしてみたが、それも届いたかどうか。 ずっとこうしていても、それこそ意味はない。そろそろ家に帰るかと廊下に出ると、マリアの長い黒髪がはためいて、階段の上階に消えていくのが見えた。 私は少し気になって、というか衝動的にマリアを追いかけていた。隣には件の佐々木もいて、二人で何か深刻そうに話をしている。 息が上がるのも忘れて階段を駆け上がる。手を伸ばせば届くような気がするのに、見上げる距離は思ったよりも遠い。 これ以上階段の上階に上がっても教室はないというところまで来た。それ以上先はデッドエンドだ。私は衝動的に彼女の名前を叫んでいた。 「マリア!」 私はマリアの背中に向けて叫んだ。 マリアは佐々木と一緒にいた。そしてこの先は、屋上へと続く階段しかない。佐々木が一緒に身を投げ出す理由が皆目わからないが、マリアにそそのかれでもしたのだろうか。 騒ぎを聞きつけて野次馬も続々とやってきたが、そんなことは今はどうでもいい。思い込みが激しいにもほどがあるマリアの心を翻意させるには労がいるだろう。これがラストチャンスだ。 「小説に影響されて自殺とか、私にはよくわかない――いや、そんな言葉じゃマリアには届かないよね」 チンケな言葉では今のマリアには私の言葉は届かないだろう。何かマリアは言いたげだったが、ここは私のターンだ。いつもマリアに聞かされっぱなしなんだから、今くらいはいいじゃないか。 私は数ある選択肢の中から、マリアの心を縛り付けてあるであろう一遍の小説の話題を持ち上げることにした。 「私も読んだよ、広津柳流の『今戸心中』」 男女の悲劇が好きすぎる広津柳流、彼の紡ぎ出す文章はたしかに美しいけれど、そこに囚われてはいけない。かつて芥川龍之介が自殺したときに後追い自殺する人間もいたというが、それも芥川という作家に囚われていたのだろう。文章に囚われるということは、それすなわち人間ではなく文章の一部になるということだ。それが美しいという人もいるかもしれないけれど、天上天下唯我独尊のマリアにそれは似つかわしくない。 私はマリアに届くように、慎重に言葉を選ぶ。マリアは黙ってそれを聞いていた。 「あれは確かに、主人公の吉里が男と一緒に心中する物語だけどさ、吉里が死ぬときに想っていたのは、一緒に死んだ善吉という男じゃなくて、平田という東北に帰った男だよ!」 『今戸心中』で吉里は善吉とともに川に身を投げるが、しかし彼女の生の最後まで想っていた男は善吉ではなく、平田である。それは、世話係の花魁に残した遺書や写真などからも明らかだ。 ということは、となりにいる佐々木とともに自ら消えても、『今戸心中』の吉里の姿には迫れないのだ。なぜかというと、吉里が身を投げるときに隣で同じように身投げした男は、吉里が本当に想った男ではない。つまり、佐々木を想って一緒に身を投げても、吉里の美しさはマリアには乗り移らないということだ。 マリアはこう言っていた。 『『今戸心中』では、主人公の吉里の非業の死の残酷さと、その心のなんという美しさ! 私はそんな美しさを持った女性になってみたい! いえ、なってみせますわ!』 このまま死んだのでは、吉里の美しさには及べない。そもそもアプローチが違うのだ。 マリアの目的は、美しく非業の死を遂げた吉里の姿に迫ることだったはずだ。それが物語の誤読をして、真の姿に迫れないままに死んでいくことほど、無駄死にすることはないと思う。 「だから、佐々木を想って死んでいくんじゃ、吉里にはなれないんだよ!」 私の心からの叫びが通じたのか通じていないのか、マリアは私の叫びをじっくりと聞いていた。そして、噛みしめるように言った。 「……なるほどそれで、得心が行きました。やはりわたしは、文系科目はあまり得意ではないようです」 やはりマリアは誤読をしていた。それは私の予想通りだった。しあしそれだけでは、それだけではマリアの心を私に持ってくることはできないだろう。もうひとつ、何かが必要だ。 マリアの表情は冴えない。誤読していたからといって、マリアの悲しみは癒えないからだ。 私は屋上へとつながる階段まで到着する間、考えていたことがあった。というか、覚悟が必要だった。覚悟というのは、自分自身をさらけ出すというか、今まで自分でも考えないようにしてきたことを、本人を前にして形にするということ。 「それと、それとさ……」 私はもう一言、 「楽しかったんだよ!」 私のマリアとの感情を、形にした。これまで私が見て見ぬふりをしてきた、マリアとの関係性。それがどんなものなのか、どんな形容を持って示せるのかはまだ私にもわからないけれど、少なくとも私の感情を言葉にして示すことはできる。 私はなおも続ける。 「面倒がっていたけど、私も楽しかったんだ。また面倒がったり、悪態ついちゃうかもしれないけど、でも、やっぱりマリアといるのは楽しいんだ! だから、死んでほしくないんだ」 涙声になっている自覚はあるが、私の言葉は届くだろうか、届かなくても二の矢、三の矢が必要だ。 「だから、だから……」 しかし、私にはそれ以上言葉に表すことはできなかった。マリアとの関係に「楽しかった」よりも優先すべき言葉なんてないからだ。しかしそれは、見ようによっては言葉に詰まっているようにも見える。私の言葉はマリアに届いただろうか。 「あの……」 今までだんまりだったマリアの口元が、薄く開いた。 マリアはその後少しの間話しづらそうにしたあと、こう言った。 「わたし、心中なんてするつもりはありませんけれど」 沈黙。 「………………は?」 あれだけどんな言葉をかければいいかと悩んでいた私の次の言葉は「は?」だけだった。 放心状態の私に、マリアが言いづらそうに、苦笑いをしながら言う。 「まだまだやりたいことはたくさんありますもの。死んではいられません」 「え?」 「それに、佐々木さんに直接お聞きしましたが、親愛の感情こそあれ、恋慕の心は私にはないそうですよ」 「え? え?」 確認するように佐々木の方を見ると、苦笑いして黙って頷いた。 「佐倉さんの相手は僕には務まらないよ。僕は女の人に引きずられる趣味はないからね」 「まあ、失礼ですね」 そう言って軽口をたたきあう二人。いや、私の勘違いで済ましてなるものか。二人のほうにも何か落ち度はなかったかと、私は百パーセント自己保身のために二人を追及する。 「二人でデートしたんじゃないの?」 「友人として遊びには行きましたけれど、特にそれ以外は」 「告白は?」 「してもいませんし、されてもいません」 「好きとか嫌いとか、そういう話にはならなかったの?」 「私、まどろっこしいのは嫌いなので直接聞きました。すると、親愛の情こそあれ、恋慕の情はないと」 「屋上に行こうとしたのは?」 「屋上の手すりのサビがひどいという話がありまして、その確認に。困ったものです」 ダメだ。答えが出てくるたびに私が悪い、私がただ妄想だけで空回っていたという事実だけが補強されていく。 「……じゃあ全部私の勘違いだったということ?」 「はい、そうです」 何もなくなった私に対して向けられた、にべもないマリアの言葉。私はうなだれて言った。 「いや、途中で止めてくれれば……」 「あまりにも鬼気に迫っていたものですから、言い出しづらくって……」 そこでそんな気を回さなくていい! 私のこっ恥ずかしい告白なんて遮ってもらってよかったのに! ほらみろ! 私の後ろにいる野次馬たちも拍子抜けした顔してるぞ! 呆けている私のことを気に求めず、マリアはその名前に似つかわしい、慈悲深い笑みを浮かべて私に話しかけてくる。今その声音はやめろ。心に響くから。 「……先ほどわたくしは得心がいったと申し上げましたけれど、それには二つの意味がありますの」 マリアは続ける。 「一つ目、わたしは知っての通り文系科目が苦手ですから、広津柳浪の『今戸心中』の解釈に確かに誤りがありました」 「得心がいった」もののうち、ひとつめの『今戸心中』の解釈違いについては、その通りだという。それだけでこんなにも重要ごとのように話すだろうか。そう思っていると、マリアはさらに続けた。 「とすると、わたしが真に想っていたのは、佐々木さんではなかったのですね」 「…………は?」 二度目の「は?」である。 「わたしは確かに『今戸心中』の主人公である吉里に心を重ねていました。しかし私が心を重ねていたのは、恋に焦がれるその精神だけ。でももし仮に、私が吉里の激しい感情さえも共感しているならば、善吉は佐々木さんでしょう。では、吉里が思いを寄せる平田は―― マリアは一瞬間を開ける。 ――ケイさん、あなたなのですね?」 もはや何も言えない。というか、そうなのか? もし吉里がマリアで、善吉が佐々木だとして、善吉は吉里のことを好いていたけれど、現実の佐々木はマリアに告白なんてしてないし、そもそもそういう感情はお互いに無いと言うし……。 私が混乱していると、マリアがすべてわかっていますよ、とばかりに笑顔を浮かべた。 「あなたがそうおっしゃったんじゃないですか」 「あ」 そうだ。吉里にマリアを重ねて、他に好きな人がいるから自殺したがってるなんて世迷言を考えたのも私だし、なんなら嫉妬だってした。すべては私の完全なる空回りだったということだ。 恥ずかしい、消えてしまいたい。私の心の動揺なぞ気にもせず、さらにマリアには言葉があるようだった。 「そして二つ目ですが」 二つ目。まだ私の精神状態を抉る何かがあるのだろうか。 「わたしを『今戸心中』の主人公の吉里と重ねた場合、善吉を佐々木さんとするならば…………あなたこそが平田ですね」 「………………は?」 三度目だ。三度目の渾身の「は?」だ。 「得心がいったというのは、まさにそこです」 混乱する私をよそに、マリアが勝手に喋りだす。 「私は常々不思議に思っておりました。佐々木さんが私に思いを寄せている……まあこれは勘違いだったのですけれど、仮にそうだとして、じゃあ、私が真に心を寄せているはずの平田は誰なのだろうと」 そこまでマリアが言って、マリアの透き通った瞳が私の目をまっすぐとらえた。 「わたしはあなたを、これほどまでに愛していたのですね」 …………どういうこと? 今度は「は?」すら言えなかった。 整理する。勘違いではあったけど、マリアは佐々木に思いを寄せられていると思っていた。でも、マリア自身には佐々木に対して恋愛感情はないし、むしろほかに気になっている存在がいるようなことも前に言っていた。その気になる存在こそが、『今戸心中』における平田であり、平田は私であると彼女は言った。 ……あー、そういうこと。完全に理解した。要するに、吉里の精神性を持ったマリアが、善吉である佐々木とともにいるマリアのもとに迎えに来ない平田のことを、その、好いていて、その、平田のことが、私であると。そして―― 「平田は吉里を迎えに来てはくれなかったけれど、あなたは迎えに来てくれた」 ぜんぶ勘違いの末にだけどな! あーそういうこと! 私とマリアの関係性についてすべて理解したとき、一気に羞恥心が襲ってきて、顔の温度がヤカンを沸かしたように熱くなっているのが自分でもわかった。 羞恥に苦しむ私に、マリアはさらになにか告げようとしている。やめろ、それ以上は死んでしまう! 恥ずか死だ! 「……そして、迎えに来てくれたあなたも、わたしを愛していたのですね」 うるせえうるせえうるせえ! と言いたかったが、「キャー!」という野次馬の黄色い声にかき消されるのがオチだ。何を言っても無駄だろう。 私はそれらが収まったあと、冷静を装ってマリアに訪ねた。 「ひとつ、つっこんでもいい?」 なぜかカタコトになってしまった。 「いいですよ? 今後のことですか? 式はどちらにいたします?」 「ちがわい!」 そんな未来の話、いやそんな未来は来ないのだけれど、じゃなくて、根本的なところをすっ飛ばしているだろう。私は努めて冷静を装ってマリアに聞く。 「……私、そういう趣味はないんですけれど」 「『マリア様がみてる』を熟読してらしたじゃないですか! 違うとは言わせませんよ!」 「……あれか」 確かに図書館では熟読してたけども! なんだ! 『マリア様がみてる』を読んでる女子はみんなレズか! おかしいだろ! 私がそんな抗議の声を上げるのを遮るように、マリアの演説が始まった。こういうときのマリアの声はよく通り、まるで総理大臣の演説のように、遠くまで届くのだ。嬉しくないことに。 「いいじゃありませんか、禁断の恋! 障害があるほど恋は燃え上がるといいます! そして恋が燃え上がれば上がるほど、美しくなれるのは自明の理! すなわち、自分の心にも素直に、そして私も美しく! いいことづくめです! ね、ケイさん! ……ケイさん!? ケイさん!? 聞いてますか!?」 そのバカでかい声で言われれば聞こえている。聞こえているが、返事はしたくないというだけの話だ。後ろの野次馬たちの声も大きくなるのを感じる。学生のこういうときの色恋の噂話が広がっていくスピードなど、考えたくもない。 マリアの声を聞き流しながら、羞恥で意識が手放せたらいいのにと、乾いた笑いを浮かべているのが自分でもわかった。 ♡ あの一件のあとの私のクラス内での評価は、「愛する人が自殺するものだと思い込んで暴走し、停学まで食らったクレイジーサイコレズ」だった。最悪だ。死にたい。 停学三日の理由は、「勘違いによって多くの学生を騒がせたから」だった。私としてもくっそ恥ずかしいこの精神状態で翌日も学校に来れるかどうかは自信がなかったので、大手を振って休めるというのは悪いこととは思えなかった。マリアからのLINEは無視した。 校門から昇降口までの道を歩いていると、ちらちらとこちらを見るような視線が刺さってくる。それも当然だ。なぜか。 マリアの改造制服ですら処分対象とならないうちの学校特有かもしれないが、停学者というのも十数年ぶりのことだったので、面白半分の新聞部に取材を受けた。本当は恥でしかないので受けたくなかったが、派手なことが好きなマリアに半ば拉致られて受けさせられた。これが視線を向けられる半分の理由。 そしてもう一つの理由は、これだ。 「ケイさん! ケイさん!」 「……なに?」 「ハァ、ハァ、そんな、あからさまに、早歩きしなくとも、よいのでは、ないですか?」 佐倉マリアだ。長くてさらさらな黒髪と改造制服をたなびかせて、今日も自分を目立たせながらやってきた。 停学明けでいきなり二人で登校したら騒がれるだろうと、こちらのありがたい配慮もむなしく、マリアは早くに登校して、私を待ち構えていたようだった。わざわざ時間をずらしたというのに。 「……何かな?」 私はすっとぼけて言った。 「『何かな?』 ではないです! LINEも無視して! 行きますよ!」 マリアはそう言うやいなや、強引に私の腕を取り、ずんずんと進んでいく。というか私が引きずられていく。 あの苛烈な告白――ということに世間的にはなっているらしい。そんな事実は個人的には全くないのだが――は彼女の中でも相当にインパクトがあったらしく、あれから妙にべたべたとしたスキンシップをされることが多い。 ずんずんと引きずられていく私の視線の先には、心外なことに生暖かい目で私達を見つめる見知ったクラスメイトの姿もあり、その中にはあの安村の姿もある。安村も安村で、底意地の悪い笑みを浮かべながら私達に手を振っている。 あの安村との話がなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。いや、きっとならなかっただろう。私は安村を恨みがましく睨みつけると、ひらひらと手を振って、そのあと唐突なサムズアップ。よくやったとでも言いたいのだろうか。私が盛大に空回っただけだが 校舎に入ると、やはり視線は生暖かいままだ。このままこれがずっと続くのだろうかと辟易とした気分でいると、昇降口の踊り場に差し掛かったその時、それまでずんずんと私を引きずっていたマリアの足がピタリと止まった。 私は強く抱き寄せられた。そして、学校の中すべてに届くのではないかと思えるような鋭く通る、それでいてカナリアが鳴くように美しい声で、言った。 「私達の関係に何か文句がお有りですか? 文句があるなら直接私に言いなさい! どれだけ私がケイさんを、どれだけケイさんが私を好き化をわからせてあげます!」 ああ、終わった。とりあえずこれで高校では彼氏できないの確定だな。 私がいけないのは、「そうですよね?」と言わんばかりのマリアのドヤ顔を、そんなに悪くないことのように思っていることだろう。それが顔にも出ているのだろう。だから周囲の人間にも表情から邪推されるのだ。まったく、やれやれだ。 了 |
すぎ eNccZfQ0kA 2020年12月27日 22時41分31秒 公開 ■この作品の著作権は すぎ eNccZfQ0kA さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2021年01月19日 01時08分30秒 | |||
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