魅せられて |
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満天の星空を見たように瞳を輝かせて、赤く頬を染め艶やかな花のよう、そして話す言葉は恋人に語る愛の調べに聞こえた。 お前をそんな風にした―― ならば、今のお前こそ――。 「そんなに退屈なら帰ったらどうです、柳君?」 ソシャゲをしていると、隣に座って小説を読んでいる女生徒―― 広津 楊子(ひろつ ようこ)に言われた。 「お前がチクるから、無理」 「まだ根に持ってるですか、もう半年以上前のことですよ?」 しょうがない人だというように溜息を吐く。 「あったりまえだろ、出席名簿に出席に丸をつけて嫌なら帰ったらどうですって勧めておいて、先生に柳はどうしたと聞かれてサボって帰ったって言う奴の何を信じろと」 おかげで今でも先生に目を付けられている。 「そんな、私一人で大丈夫だったから、帰るように勧めたのは親切心ですよ。 ただ、庇ってあげるほど、親しくなかっただけで」 「ほう、なら今なら先生に誤魔化してくれるのかよ?」 「まあ、一応それなりに。ただ先生がそれを信じるかどうかまでは知りませんけど」 うん、適当な言い訳して先生に追及されたら普通に白状するなこいつは。 「……はあ、どうせあとちょっとなんだから、ちゃんといるよ」 「そうですか、でも今日はちょっと作業がありますけど、いいんですか?」 「別に。今帰ったとこで、どうせ寄り道するし、帰り着く時間は結局のところたいした違いはないしな。 それに図書委員の仕事が何時間も掛かるわけでもないし」 まあ、流石に楊子一人に作業させるわけにもいかないし、バス通学のはずだから心配ないとはいえ、暗くなるのが早くなった帰り道を全く一人で行かせるのも、どうかと思うし。 「ならせめて、本ぐらい読んだらどうですか。ラノベとか」 「えー、漫画がいいー」 図書委員なので漫画が無いのを分かってる上で言う。 そんな俺を広津はこの男は……といった感じで冷めた目で見てくる。 これ以上の冗談は命取りだと、適当に本を取に行くことにする。 「そんなに渋々取に行くぐらいなら、これでも読んでて下さい」 少年漫画を目の前に取り出した。 「お、サンキュ」 内心驚きながら受け取る。 「広津って漫画読むんだな、こう難しそうな小説ばかりだと思ってた」 「読書狂でも活字中毒でもないから、面白そうなら媒体の分け隔てなく読みます。 自ら触れることが出来る世界を減らしても損でしかないもの」 「好きなジャンルって何?」 「何でもというと語弊があるかしら。 好き嫌いは勿論あるけど、手に取るのは興味の有る無しで決めてます。 興味が無ければ好きなジャンルでも読まないし、嫌いなジャンルでも興味が有れば読むかな」 「へぇ、そうなんだな」 折角貸してくれたので、ありがたく読むことにする。 読み始めて少しすると、ドサドサッとカウンターに本が置かれた。 「これ返却ね」 五冊重ねられた本をポンポンと叩いて女生徒―― 光好 ふみ(みつよし ふみ)が言った。 黒髪ストレートの美少女で、いわゆる大和撫子といった見た目なのだが、性格が明るく元気にといった感じなので、個人的には大正美人な印象がある。 聞いた話によると良家お嬢様らしいのだが、本人曰くただの成金の孫娘だと言っていた。 ただ母方の祖母の家が本物の良家だということなので、間違ってはいないのではと思うが、本人的には別物だということだ。 ちにみに祖母が通っていたお嬢様学校に入れられそうになったが、成績が良くなかったそうで、平均的な偏差値であるうちの公立学校に来たらしい。 「柳君これ返却処理お願いします」 そう言って広津は席を立った。 「いつも通りお願いねー、楊子」 手をヒラヒラとさせて光好は言った。 「お前も何でも読むよなぁ」 「突然何よ、柳くん」 「いや、さっきあいつに好きなジャンルを聞いたんだよ」 「ああ、楊子って色んなジャンル読むもんね。 私もそう見えるかもしれないけど、嫌いなジャンルは基本読まないわよ」 「そうなのか?」 返却された本を見てみると、ジャンルにばらつきがあって、嫌いなものは無いように見える。 「楊子に見繕ってもらってるからね、同じような物ばかりじゃ飽きるだろうからってバラけて選んでくれるんだけど、偶にわざと私の嫌いなジャンルを入れてくるのよね。 まあ、一応粗筋とか最初の数ページを読んでみるんだけど、殆ど読まずに終わるわね、稀にヒットすることはあるんだけどね」 「なるほどな」 「柳くんも漫画ばかりじゃなく小説を読んだら? 教養が付くわよ」 「教養ねぇ」 本を一冊持って眺めていると広津が数冊持って戻ってきた。 「本を読んだだけで教養が身につくわけが無いでしょう。もし教養を身に着けたいなら教科書を読み込んだ方がまだ身になりますよ」 そう言いながら貸し出しの為の手続きを始める。 「でも前に教養は知識量って言ってなかった?」 「確かに言ったけど、それはジャンルとかの枠を越えて、本当に分け隔てなく科学の論文や古典、神話はたまた文化風俗にいたるまで、広く深く覚えるってことよ。 まあ、手っ取り早く教養っぽいものを身に着けたいなら、聖書でも丸暗記してみたらいいんじゃないかしら」 そんなことを話していると、返却台の上に新しい本が置かれた。 「いやぁ、耳が痛いな」 そういう声を聞きながら顔を向けると、保健体育を担当している 吉冨 清志 (よしとみ きよし) 先生がいた。 確か三十代前半で見た目はさわやかイケメンなのだが、体育教師という。 その割りには物腰が柔らかくむさ苦しくなく人当たりがよい、そんな感じで女生徒に人気がある。 「あんまり脳筋と思われたくなくて、色々と読んでいるんだけど、読むだけじゃダメっていうのは、その通りだね、本当に耳が痛いなぁ」 恥ずかしそうにそう言う吉冨先生の横を会釈すらせず無視して無言で借りた本を持って光好が通り過ぎて行った。 そんな失礼な態度を吉冨先生は目を細めて見るだけだった。 吉富先生も新しく本を借りて図書室を去り、また広津と二人になる。 「なあ、前々から思っていたけど、なんで光好って吉富先生のことが嫌いなんだ? それもあからさまに態度に表すぐらいなんて、余っ程だぞ」 「やっぱり柳君にはそう見えてるんだ」 「そう見えるもなにも、十人中十人が俺と同じように見てると思うぞ」 「十人中九人だと思うわ。 先程の話ではないけど、柳君は小説を読むべきだと思うわよ」 どういうことか意味が分からず俺は頭を捻った。 夜中の学校を走っているなか、いつかの会話を思い出していた。 大分前だった気がするし最近だったような気もする。 そう思うと何故こんなことになったんだろかと考えてしまう。 広津からの連絡で、光好が消えたことを知った。 終業式が終わり、ホームルーム後からいつの間にか姿が見えなくなったそうだ。 そして、暗くなっても連絡すら無いことに心配した家族が学校に連絡して、光好が失踪したらしいということが分かった。 学校から光好と親しかった生徒に連絡が来て、広津もそれで知ったということだった。 俺は光好とは放課後の図書室でしか会うことがなかったから詳しいことは分からないが、広津には色々と思い当たる節があったようで、一緒に探して欲しいと頼まれた。 正直気にし過ぎだと思ったが、電話越しに聞こえてくる珍しく焦った声で協力を求めてくる様子に、何か取り返しがつかないことが起こっている気がして、探すことを手伝うことにした。 広津と合流してすぐに学校に向かうことになった。 何故学校? と思い、その理由を聞いてみると、勘と言われた。 一応、合流地点の駅から学校までにある光好が寄りそうな所を覗いてみるということだったが、広津の推測だと、学校が一番可能性が高いらしいということだった。 光好がいなくなったてかなりの時間は経っているし、学校はもう調べつくされているんじゃないかと言ったが、あそこにいるのが一番可能性が高いと広津は断言した。 「だって、今一番あの場所がふみ にとって大切な場所だから」 少し悲痛そうな表情で言った。 何を根拠に確信的に言っているか分からなかったが、元から手掛かりは全く無い状態だ、ならば付き合いの長い広津の言葉を信じることにして、バスに乗ったことですれ違ってしまう可能性を考えて、走って行くことにする。 幾つかの店の中を見たり、すれ違って行くバスやタクシーの中を横目に見たりしたが、ほとんど真っ直ぐに学校まで走ってきた。 「ぜぇぃ……、ぜぇぃ……」 二人して塀にもたれかかって肩で息をする。 「で、学校まで来たけど、門が閉まっているけど、どうするんだ?」 「勿論、浸入する」 生徒といえども不法侵入ではあるが、ぶっちゃけそれはどうでもいい。 ただ、入ったとしても校舎には入れないだろうから、捜索できる場所が限られてくる。 もし光好が学校にいるとしても、そんな見つかりそうな場所にいるのだろうか。 いや、いるとしたら警備システムに引っ掛かって、見つかっているはずだ。 やはりいないのではと思い始めていると、広津がふと指差した。 指先は疲労とは別の理由で微かに震えているようで、指された先を見ると普段なら入れないようになっている屋上に人影があった。 それもフェンスの上に、二つ分。 「ばっ! なんで!?」 こんな時間帯にあんな場所にいる理由なんて、俺には一つしか思い浮かばなかった。 「大声を出さないで、気が付かれたら、それだけでも二人が落ちるかもしれない。 とにかく警察に連絡しましょう」 「あ、ああ」 「その間に柳君は敷地内に入って校内に侵入出来そうな場所を探してください、場合によっては割りましょう」 「分かった」 広津が携帯を取り出したと同時に俺は塀をよじり登って敷地内に入った。 校舎の窓や扉を片っ端から開かないかと動かした。 ここから屋上まで音が聞こえるはずもないと思ったが、万が一を考えて音を出さないようにする。 一周する頃には、服を汚しながら登ってきたらしい広津と合流する。 「どうでした?」 「一箇所だけ開いてた」 「どこです?」 「それよりそっちはどうだった?」 「すぐに来てくれるそうですが、それでも二、三十分はかかるそうです」 「ちっ」 「あと、刺激を与えて飛び降りられたらいけないから、声を掛けたり近づいたりしないように言われましたが……」 広津は何かを言おうとしたが、口に出さなかった。 「警察とかが来るまでの間に飛び降りられたらいけないから、逆に刺激を与えることでそれに気を向かせて時間稼ぎをしたほうがいいと思っている?」 だから、俺が代わりに言う。 「はい、私はこのままじっとしていられない。でもそれで二人の決断を早めてしまうのが怖いです。柳君はどうしたらいいと思いますか?」 「俺に聞かれても分からねーよ。一番は警察の言うことを聞くことだけど、お前はどうしたい? 俺はそれに付き合ってやることぐらいしか出来ない」 「私は今すぐあの二人と話したいです。でも心細いので一緒に来てください」 「わかった」 「なら早く行きましょう、入れる場所はどこからですか?」 「教職員用出入り口」 「……そうですか」 二人して走り出す。 そうして今である。 屋上の扉まで辿り着いた。 普段は屋上の扉は鍵が掛かっているが今はどうなのだろうか、外から鍵を掛けられていたらどうしようもなくなる。 広津は話したいということだが、その前にフェンスの内側に来てもらわなければ、いつ落ちられるかと、焦燥感で上手く立ち回れるか分からなかった。 だから出来るだけ音を立てないで開けてこちら側に引っ張るしかない。 でも、もう落ち始めていたら、いやもう屋上には誰もいないとしたらと思うとドアノブに触れる手が震えた。 迷いで動けないでいると、そっと手が包まれる。 広津の手が重ねられていた。 俺の手と打って変わってしっかりとして、俺より色々と思うことがあるだろうにと、俺も覚悟を決める。 ドアノブを回すと、幸いにも鍵は掛けられておらず、音を出さないように極力注意しながら開けた。 そこには光好ともう一人―― 吉冨先生が 学校屋上のフェンスの上に寄り添って座っていた。 屋上に行くまでの間に、広津が知っていることを教えてもらっている。 俺が聞いたことは、実は光好は吉冨先生のことを愛しているということだった。 広津と光好が友達になったのも、光好が吉富先生のことが好きなことを気が付いて、ある時なんとなく聞いたのが切っ掛けだったそうだ。 そうして唯一気が付いた広津に光好は相談をしていたらしい、と言っても答えなど始めから出ているようなものだったそうだが。 しかし、ある問題があった、きちんと確認したことはなかったそうだが、広津は光好と吉富先生は両思いだった。 そのことは広津の勘のようなものだったらしいが、二人の態度を見ていると、どうも両人ともそのことに気付いているが、わからない振りをしているようだったと。 普通ならそれは願ってもないことだったろう、でも仮にも光好は良いとこのお嬢様だ立場的に厳しいものがあり、そもそも生徒と教師の関係であり、二人とも真面目な性格な為に一時の火遊びさえも憚られた。 叶わない恋だからこそ、今まであんな態度をとることで、想いを打ち殺していたらしい。 それが今更になってこんなことになっているのかは、分からないということだった。 そんな疑問もとりあえず強引に引っ張り降ろしてからだと、音を立てず近づいていたが、吉冨先生がこちらを振り向いた。 「柳君か、広津さんも。 夜の学校に浸入とは悪い生徒だね」 気をつけていたが近づく靴音で気付いたようだ。 「先生には言われたくないけどな。話がしたいんで、とにかくこっちに下りて来ませんか?」 「嫌よ」 光好が吉冨先生の代わりに答えた。 「お前……! 折角のクリスマスに心中なんて止めろよ!」 二人に叫んだ。 「柳君はちょっと黙って。 何がどうしてそんな選択をしたのか分かりませんが、浅慮が過ぎませんか? 確かに今は二人が交際するのは難しいですが、それは先生と生徒の関係だからでしょう? 後一年と少しすれば、そんなしがらみも無くなりますし、一年後に駆け落ちをすればいい、なんなら今からでもどうですか?」 「ちょっ、おまっ!」 広津の提案に俺は驚く。 「だってさ、ふみ どうする?」 「ちょっと前だったらそれでもよかったけど、判断が遅すぎたわ、だからノーよ」 「何故?」 「それはだね広津さん。簡単に言うとふみ の両親が俺のことを学校に生徒に手を出す人間だと訴えてね、急遽休職することになってしまったんだ。 一応学校側は根拠の無いことだと分かってくれているんだけど、何かしら対処しないとしかるべき所に訴えると言われて、学校側も面倒だし事なかれ主義でもあるから、休職中にそのまま新しい勤務先を見つけて転勤となったのさ。 それにもし駆け落ちをしよとするなら、誘拐として警察に届けられて捜索されるんじゃないかな」 「そして、私は転校することになったのよ。用心深過ぎと思わない? このことを言われた時に両親がなんて言ったと思う? あなたは洗脳されているからこうするしかないの、そうしないと隠れて会うだろうからって。 笑っちゃうわよね」 「だからと言って死ぬ必要は無いのでは? このネット社会、SNSなど使えば幾らでも連絡を取れるでしょう、直接に連絡が難しいというなら、私達が仲介しましょう」 「だそうだよ?」 「ええ、魅力的な話だわ。 だけど、転校の話の時に祖母も一緒に居てね、こんな話もされたのよ。 あなたが道を踏み外さないように卒業までに、いい相手を探してあげるって。 時代錯誤過ぎない?! 鳥肌が立ったわ!」 「ふみ、貴女から時代遅れという話は聞いていましたが、そこまでとは」 「私は清志さんと結ばれるなんて考えてなかった。 ただ初恋の記憶を大事にして生きていきたいって思ってただけ、それなのにあの人たちは私の想いを踏みにじった穢した! それだけにも飽き足らず、清志さんの経歴を汚したわ、本当に本当に許せなかった! この先も過保護と過干渉に我慢していける気がしなかった、そう思ったらもう耐え切れなくなってた……。 年老いて、あの時は理不尽だったけど今なら私のことを思って……なんて台詞は、きっと詭弁だわ」 そうか、この心中は自分の大切な物を護るためのものなのか。 「それでも、やっぱり死のうとすることは駄目だ! 吉富先生、アンタが死ぬ気で護れば」 「そういう考えも俺は好きだけどね、それだけじゃ生きて行けない。 駆け落ちをしたとして、実際に誘拐犯として指名手配されるかどうかは分からないけど、捜索はされるんだよ。 俺一人なら長く隠れることは出来るだろうけど、ふみ と一緒となるとそれは難しい、生きていくためにはお金が必要だからね。 当然貯金はあるけど、それでいつまでも暮らせるわけじゃないんだ。 さすがに日雇いじゃ二人分の生活費は厳しいし、ふみ に働いてもらうことになるけど、履歴書を提出しないで働ける場所なんて、良い所があるとは思えないな。 俺にはふみ を幸せには出来ない、だけど他の男には渡したくはなかったんだ、だから命を捨てることになっても、自分の感情に正直になろうと思ったんだ」 「それはアンタの我侭じゃないか!」 「そうだね。 でも一目見た瞬間、俺だけの一番星を見つけたと思った。 立てば~の諺があるように、その姿や立ち振る舞いは様々な花を連想した。 そして、ふみ から告白されて俺の中で彼女への愛が溢れかえってしまった。 今日までどうにか押さえ込んでいた、でも溢れかえってしまった想いはもう止められないんだ、その先の選択が共に死ぬことだとしてもね」 「それは考えるのを放棄しただけじゃないのか」 「柳くん、清志さんを責めないで、二人で死のうってお願いしたのは私なんだから。 清志さんは私に生きていくように言って、お互いに説得して、そして私のお願いに頷いてくれたの」 「……っ」 何か言わないと口を開こうとしたが、決意の前に何も言えなかった。 「……それにしては、私達が見つけるまでどこにいたのかしりませんが、わざわざ学校に戻ってきて、こんなに簡単に見つかり易い場所でのじょ―― 心中とは、本当は止めて欲しかったんじゃないんですか? 教職員専用の扉が開いていたのもわざとですよね?」 広津の指摘に確かにと思って二人を見ると、二人して残念そうな表情をした。 「どこにいたか、か……。 わざわざ戻ってきたというけど、ふみ はずっと学校にいたよ。 俺はふみ の両親のこともあって、少しだけ疑いの目があったからね、学校から離れたけどね。 実は合流してそんなに経ってないんだ。 扉はそうだね、わざと開けておいた、もし俺達を見付けるなら君だと思っていたからね。もし間に合うなら、少し話がしておきたいとふみ が言ってね、それでさ」 「学校の敷地内は全て探し回ったと聞いてますが?」 「なんだかんだで学校は狭い、でも探す場所は多いからね、効率よく探そうとすればどうすればいいか分かるかい?」 「多人数で探すですかね?」 「正解だけど、さらに時間を短縮するなら、普段鍵が掛かっている所を除外するだね。 鍵の保管数を確認すれば使用されているされていないが一目瞭然だからね、だけど、そこにある鍵が似たような鍵にすり替えられていたら?」 「なるほど、盗ることは簡単ですが騒ぎが起これば返すことは難しくなる、でも返すことを考えなければ、隠れる場所を確保しやすいということですね」 「でもそんなまどろっこしいことをするよりか、外に出たほうが見つかりにくいんじゃないのか?」 そこまでして、学校にいるメリットが俺には分からなかった。 「私と清志さんは、学校でしか会ったことがないの、お互いの立場を分かっていたから、生徒と先生の会話しかしたこと無いのよ。ここにしか私達の共通の思い出がないの。 勿論、スマフォの電話番号やSNSのアカウントなんて知らないわ」 「雑談すら?」 「当然、だって歯止めが利かなくなるのは分かっていたから。 皆が羨ましかったわー、好きな人と会話できるんだもの。 だから本当に失敗したと思うわ、学校で体調を崩して倒れて熱で頭がボウとしていたとはいえちょっと気を抜いてしまって、先生なんて呟いただけで、探偵やら興信所やら使って調べるとか考えもしなかったわ。そしてそのときの様子を見ていた生徒の言葉を信じてここまでのことをするなんて」 ああ、俺もその時のことを見ていた。 放課後の図書室でいつものように返却と広津に本を見繕ってもらいに来た光好が倒れて、俺と広津の二人で保健室に運んだ、その時にうわ言のように先生と呟いた。 その時はただ心細くなって現状で頼れる人に助けを求めているだけだなんて思ったが、あの時光好はどこかに向かって手を伸ばそうとしていた、よくよく思い返せば急いで来た様に息が荒い吉富先生がその先にいたはずだ。 「それ以外のボロは無かったはずだけど、まさかこんな強硬なやり方をするなんて、思ってもいなかった」 正直、心中を決意するほど愛した相手なのに、そこまでストイックなまでに愛し合うことに耐えていていたとに、戦慄した。 「だから、今日会えた時にしたファーストキスは嬉しかったわ。貴方の初めての相手じゃなかったのが残念だったけど。 でも、俺の一番星って言ってくれたのは、言い表せないほど嬉しい」 「俺は君の初めてに慣れて光栄だったよ」 そう言って抱き合い二人は口付けする。 「いつも思ってた、この熱い体温に包まれたいって」 「俺もいつも思っていたよこの温もりを抱きたいと。 あ、ハグのことだから、勘違いしないように」 一瞬、セクシャルな方を思い浮かべてしまって、それに気付いたのか吉富先生はそう注意した。 「心残りがあるとしてら、それね。 清志さんに女にしてもらいたかったけど、時間が無かったというのが一番の理由だけど、育ててもらった両親にはせめて身体を清く返してあげるぐらいはしないと」 「時間があっても、お断りさせて頂いたけど」 「ひどい。まあ、確かに、私もお願いしなかったと思うわ、だって生きたくなるもの。 それに一時の幸福に浸っていて、捕まっていたら台無しだし、もう死ぬことが出来なくなるわ。 死ぬことに価値があるんじゃない、あくまで清志さんと死ぬことが、一番大事なことなんだから」 二人の決意に呑まれて本当に止めていいのだろうかとか、そんなことが頭をよぎる。 「ふみ……」 吉富先生が視線をふいに外に向けて一言そう言うと、光好は目を閉じる。 「うん。はあ、楽しかったわ」 「柳君走って!」 広津が何かを感じ取ったのか叫んだと同時に、俺は走り出す。 立っていた場所からフェンスまでそんなに距離があるわけじゃない、フェンスは高いがどちらか一人だけなら服を掴めるはず。 跳ぶための踏み込みの力を解放しようとした瞬間、光好が俺の真上を通るように何かを放り投げた。 一瞬だがついソレを目で追ってしまう。 「それ、それぞれの家族に渡しておいて、声の記憶って一番早く忘れちゃうって話だから、清志さんはともかく、私はあの人たちに残すのも心の底から嫌なんだけどね。 けじめは必要だって清志さんが言うから。 ま、いるかどうか知らないけど。 じゃーね」 声が上から下へと落ちていく。 額を寄せ合いお互いの両手を重ねて祈るように、そして落ちる恐怖なんか無いかのように見つめ合いながら囁き合いながら、どこか素敵な場所に遊びに行くように微笑んで校舎の向こうに消えていった。 「ぁっ」 ジャンプし損ねた俺は、そのまま倒れてしまう。 何が起こったのか理解したくない、だがどうなったか見に行かないと。 見に、行く、のか……? 血に彩られた地面に横たわる二人を幻視して、震える。 そんなことを考えていると、広津が側まで来たことに気付いた。 とりあえず立ち上がって救急車を呼ばないといけない、だが足に力が入らずにいる。 「柳君、警察がもうすぐ来るから、無理しなくていいですよ」 だとしても意地で立ち上がる。 広津を見ると、俯いてて髪で目元が見えないが、涙が流れているのが見て取れる。 「そんなに経っていたのか。 くそっ! あと少しだったのに」 「少し違いますね。 あの二人が座って向いていた方向、校門があるじゃないですか、車のライトが見えたんだと思います。 最初からそう決めてたんでしょうね、自分達を探しに学校に来た車が見えたら逝こうって」 広津が来るだろうと予想していたみたいだし、その時にどういう行動をするかを推測することはできる。それに広津以外に学校に探しに来る人間がいた可能性もあった。 「だけどそれは、ここに誰かくるっていう前提のやり方だ。二人の予測通り広津が、誰かが来るとは限らないじゃないか。 なんでそんなやり方をしたんだ?」 「私がここに探しにこない時のことはもう誰にもわかりません。 ですが想像ですが、誰かを待っていたのは死体を長いこと放置したくなかったんじゃないでしょうか」 「なんだよそれ……」 「ああ、私達が来なかった場合の答えが見えましたよ。 あれは警備会社の人ですね、私達が呼んだ警察より早く来たということは多分先生とふみ はわざと警報を鳴らしていたんでしょう、でそれが来たんだと思います」 「ちゃんと織り込み済みかよ」 「あ、パトカーもきましたね。 出迎えてもいいですが、正直私もこの状況に錯乱してて、来るまで待ってましょう。 柳君に話しかけることで、どうにか冷静さを保ってるんですよね。 それに流石に友達の死体を見るのは、辛いです」 確かにそれは俺も同じだ。 広津が泣いていることで、少し冷静になたったので気に掛かっていることを聞いた。 「なぁ?」 「はい?」 「え、えーっと、そういえば、光好は何を投げたんだ?」 「お二人のスマフォです」 なるほど、声がどうこう言っていたから、肉声を録音しているんだろう。 が、俺は本当はそんなことを聞きたいわけではない。 正直聞くことを悩むが、今聞かなければ今後一生聞くことが出来ないだろうから、気力を振り絞る。 「なぁ?」 「はい?」 「どうしてお前、そんなに嬉しそうな顔をしてるんだ?」 「……何、言ってるんですか?」 「立ち上がる時、一瞬見えたんだよお前の顔が」 ああ、確かに見た。 実際は嬉しそうというよりも、もっと感情が昂っている表情だったが。 「そ、そんなこと、は……。 ―― いえ、いえ、いえいえいえいえ、ええ、ええ! あなたの言うとおり! あぁああ、あああ、あぁああーーっ! 流れる一条の刹那の煌き、鮮やかな色が散り行く儚さ、穢れなきたった一つの想いを護る為の覚悟―― あんな美しいものを見て表に出さずにいるなんて出来るわけがない!」 感情が溢れてしまったというように、広津の口から出たのかと耳を疑ってしまいそうな嬌声で、表情は恍惚としていた。 それを見て俺の感情が噴きあがりそうになった。 「あの二人が互いの幸せを祈るようにして座っていたフェンスから前に重心を傾けた瞬間から、見蕩れました、見惚れました、心を奪われました。 いえ、屋上に来て二人の背中を見た瞬間から、魅せられてました」 「そんなのは……」 「おかしいですか? おかしいですよね、ええ、分かってます、分かってますが、ロミオとジュリエットやタイタニックが好きな人は多いと思うんですよね? 私にはとても、とても美しく見えた。 あの二人が、どうして手を取り合いながら身を乗り出したか分かります?」 首を振って返す。 「人は上から落ちた時、それなりの高さでもクッションがあれば助かることがあるんですよ。 そうそれが人だとしても。 分かりますか? あの二人はお互いを助けない為に手を握り合ってたんですよ」 「助けないため? 訳がわからない……」 「ふみ も先生も分かってたんですよ、一人生き残っても不幸になるだけだって」 広津のそんな解釈に俺は違うということが出来なかった。 吉富先生は十中八九犯罪者にされるだろうし、光好は望まぬ相手と結婚させられるだろう、更には外界とどれだけ繋がりが残されるか分からない状態にもなりゆる可能性さえあった。 「まさに尊い想い」 酔いしれるかの様な広津を見て、俺は耐える為に拳を強く握る。 困惑しているように見えたのか一瞬だけ眉尻を落とした。 「やっぱり分かりませんよね。 実は私も分かってなかったんですよ」 どういう意味だと見る。 「天に星、地に花、人に愛」 視線だけで知っているかと問うて来た。 聞いたことがあった気もするが、はっきりしないので頭を横に振った。 「この世で最も美しい物がそれだと詩人が言ったそうです。 まあ、そう記された物は今のところ無いらしいですが。 ですが、別のある人はこう記してます。 天には星、地には花、人には愛が、この世で最も美しい――」 先ほどと同じことを言う。 「そうしてこう続きます、あらゆる死も美しいと……。 そして、死の中でもとても美しい物が」 「心中ってことか?」 「違います情死です! 心中だと無理心中って言葉が示すとおり同意が無い場合もあるので、ふみ達の場合は情死っていうんです。 隠さねばいけない愛、禁じられた恋、決して遂げられることがない想い、他人が見せる幸せへの憧憬、今生で無理なら来世を願って再び出会えるようにと希望を夢見て一緒に死ぬ。 でも私は死は美しいと思えるものとは思えなかった、だから情死がどうして美しいか、生涯解かることは無いと思っていました。 だって、幾ら言葉を並べようと実際に見ないと分からないと思っていたから、そしてそれを見ることなんて一生ないと思っていたから。 でも、見る機会を得てしまった! ああぁっ! あんなにも悲しく儚く終わりしかない行為なのに二人の絆をもっとも表現出来ている、そんな物が何故美しくないと思えるのかしら! 先ほどまでに話してくれたことなんてほんの一滴、本当は長い苦悩と葛藤もあったはず、それでもあの結論に至った全てを知ることが出来れば、もっと二人の想いが感情が分かれば、更に美しくなるのに、だからといってそれを私の推測や憶測で妄想しなんて駄目、それは二人への冒涜だから。 もし、機会があるのなら遺書を読ませて欲しい!」 ちなみに遺書だが、スマフォに遺言が録音されていたそうだが、それとは別にして遺体に、光好には吉富先生の字で、吉富先生には光好の字で、ごめんなさい、と書かれた紙が入った宛名の無い封筒を持っていたそうだ。 この謝罪は誰に当てたものなのか、どんな想いが込められたものなのか、それはもう誰にも分からないことだった。 「でも誤解しないでくださいね。 確かに二人の死に心を奪われましたけど、死んで欲しいとは思ってませんでしたから」 それは嘘偽りは無いんだろう、二人を説得する真剣さも流れる涙も本当だと思う。 ただそんな想いよりも、美しい物を見たということが勝ってしまったというだけで。 「ああ、それにしても今この時に柳君に私の感情がバレたのは、幸運だったかもしれない」 「どういうことだ?」 「一人で抱えていたら、感情が想いが昏く深くなって、再び見たいという渇望でヨくないモノになってたかもしれない」 「共有できなくても誰かに吐き出せる、それで発散出来るってことか?」 「ええ、そういうことです」 それだけで満足できないのではと思わなくもないが、人に言うだけでスッキリすることもあるのも確かだ。 ああ、ならやっぱりこの感情は見せるわけにはいかない。 今のお前を見て、心から美しいと思っているなんてことは。 立ち上がるほんの一瞬だったが一目見て虜になって打ち震えた。 俺が広津に尋ねたのも、見間違えかもしれない確認しなければだったが、一番の理由はもう一度見たいからだった。 話をしている間の姿を見て、跪きたいとすら思った。 さっき広津が美しい物を表す言葉を言った。 俺にはお前の、瞳が星に、表情が花に、声が愛に感じられる。 そして、そうしてくれた物が情死というのなら、俺の中で全てを兼ね備えた今のお前こそ――。 この世で一番に美しい。 この場所にいれた奇跡と、この姿を現してくれた二人の死に申し訳ないと心から思うが、それでも感謝する。 「駄目かな?」 無言でいる俺に不安になったのか、そう言ってきた。 そんなわけが無い、人は思い出すときにはその時の気持ちになるという、ならばこの話を聞く時この姿になるというとだ。 今のお前が見れるなら俺にとって願ってもないことだ。 むしろ、俺以外が見る機会があるかもしれないのは許さない。 「ちっ、まあ知り合いが人を陥れるような奴にはなって欲しくはないからな、話程度で良いなら聞いてやるよ、楊子」 俺の感情がバレているからの提案ではとの不安があるが、了承する。 やはり、この感情を知られるべきではない。 もし知られようならば、一緒に堕ちて楊子の美しさを見る為にどんなこともしてしまう、楊子がなりたくないモノに共になってしまう。 しかし、俺が話を聞いていれば、いつしか情死が美しいと思う楊子は居なくなってしまうだろう。 結局のところ、発散とは無くしていくということだ。 それに、いくらその時のことを思い出すといっても、人間の記憶や感情だ、思い出だけでは薄れてしまう。 更に言うと思春期といった感情が揺らめきやすい今だからこその感性かもしれない。 それがどのくらいの期間なのか俺にはわからない、まあだからこそ美しく思えるのかもしれない。 「感謝するわ、直人君」 そう言って見せる二人の死によって表された美しさに上乗せされた笑顔が眩しく見える。 俺の一目ぼれと言っても良いこの感情といつか失う楊子の美しさをもたらす感情を少しずつ沈めていこう薄めていこう。 ああ、これも見方を変えればある種の情死ではないか、もし楊子が知れば、どう思うだろうか。 「美しい物を (美しい物を 私は見た」 俺は見た) |
トウタカ 2020年12月27日 01時21分56秒 公開 ■この作品の著作権は トウタカ さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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