炎環中年(サークレットファート) |
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●1 天(そら)が灰色の幕(ヴェール)に閉ざされ、いったいどれほどの時が経ったであろう。 “炎獣”という名の怪物を引き連れ現れた“魔王”は、それまでの人類の文化(こうせき)を灰燼と化し、滅亡の淵へと追いやった。 太陽の恩恵を失い、天敵に脅かされる生活に誰もが己の未来をあきらめた。 だが、その歴史の多くを闘争に費やしてきた人類(かれら)はしぶとく、紋章(エンブレム)という新たな武器を生み出すと、反撃の狼煙をあげるのだった……。 ●2 ガズはひとり廃墟にいた。 栄華の象徴として建てられた建造物は半壊していたが、それでも丈夫に作られたそれは完全には朽ちてはいない。 されど、あたりに人気は残されておらず、樽のような身体の小男がひとりいるだ。すでに40歳を超えているが、戦いに明け暮れた肉体は衰えを感じさせない。 彼の目先数十メートル先には、獲物を食する炎獣の姿があった。炎毛をまといし虎は、猫科らしく獲物の内臓をその強力な顎で食い破り、赤い血をしたたらせていた。 それを冷静にみつめながら、ガズは左手の甲に刻まれた紋章(エンブレム)を起動させる。“消炎士”の証たる紋章は、ガズの要望に応えその手の内に輝かしい弓と矢を出現させた。 だが狡猾な炎獣は消炎士の存在を察知すると、食事を切り上げ、獲物の血で汚れた凶相を向ける。放たれた矢を機敏に回避し、300キロはあろう巨体で襲いかかった。 並の人間であったなら、それで終わっていただろう。だがガズはベテランの消炎士である。冷静に紋章を起動させると、弓を槍へと作り替える。 そして相手の中心部分(じゃくてん)を正確に見切ると、両手で構えた大槍でそこを貫くのだった。 見事、炎虎を討ち取ったガズは額に浮かんだ汗を拭う。結果だけみれば一撃であるが、それを外していれば窮地に陥っていたのは彼のほうだ。紋章の力で肉体の強化も行っているとはいえ、巨大な虎を相手に力比べになれば勝てる道理はない。 ガズは炎虎から抜き出した“炎の種”を拾いあげると、袋に包み懐へとしまう。炎の種とは、炎獣の力の源である。これが生物に寄生すると炎獣へと変化するのだ。今回は虎に寄生したことで、恐ろしい炎獣を生み出すこととなった。 回収が終わると、三度(みたび)紋章を起動させる。すると不可視の手とナイフが炎獣の身体を素材へと自動解体していく。その様子はまるでおとぎ話に出てくる魔法であるが、れっきとした技術の産物である。 紋章とは、人間の内側に秘められた力を解放する精神干渉プログラムでしかない。紋章はただのきっかけであり、力そのものは人間が生まれ持って取得しているものである。神経に電気を流せば、筋肉が反応するように、プログラムによってそれらを管理しているにすぎない。もっともすべての人間に力が宿っているわけではなく、使用可能な種類も大きさも個々人によって異なる。 解体の最中に、ガズは炎獣に襲われた哀れな獲物のもとに近づく。 それは若い女で、右手の甲には消炎士の証たる紋章が刻まれていた。己の力量を顧みず強敵に挑んで敗北したのか、あるいは不意の遭遇で逃げ出すことに失敗したのだろう。 どちらにしろガズには関係のない話だ。 ガズは血に汚れた死体から金目のものをあさるが、これといってめぼしいものはなかった。 舌打ちをし、それでも認識票(ドッグタグ)くらいは持ち帰ってやるかと、首に手を伸ばそうとする。だが突如起こった異常に彼は警戒の色を示した。 なんと腹を食われ死亡したハズの女の腹から炎がわき上がったのだ。驚愕するガズを尻目に、炎はまるで傷を燃料にするように燃え盛る。するとその傷口が癒やされ、止まっていた女の鼓動が復活するのだった。 ◇ しばらくすると女は目覚めた。 赤味のさした髪は邪魔にならぬようにショートにされている。女の消炎士は珍しいが、髪を邪魔にならぬよう短くするのは基本スタイルだ。 目覚めた女は、炎獣に蹂躙されボロボロとなった有様を恥じるが、ガズはそんなことを気にはとめなかった。 「おまえ何者だ?」 疑いのまなざしで相手の心中を探る。本来なら、やっかいごとに首をつっこむタチではないが、見過ごすには異常すぎる事態だった。 女はパンナと名乗ると、スイートの街にある消炎士ギルド(同業者組合)に所属する消炎士であることを告げるが、ガズはそれを虚偽であると心中で断じる。 ギルドのメンバーであるのなら、パーティー(集団から切り離された4~8名程度のグループ)を組むのが基本である。彼女のような若く、実力も伴わないような者が単独で、それもガズとおなじ狩り場にくることはありえない。 なにより先ほど目撃した、死に至った肉体が再生するなどいかなる紋章を利用したところで不可能である。にも関わらず、目の前の少女とも呼んでさしつかえない女はそれを実行してみせたのだ。まっとうな相手とは思えない。 とはいえ、それを言及すべきかまでは即断できずにいた。無頼な彼は面倒事に関わるのを嫌う。それでも彼の勘は“彼女を放置してはならない”と警告しているのだ。 「あの、あなたは?」 考え込むガズを余所に、パンナが問いかける。 ガズは己の紋章を見せ、自分もまた消炎士であることを告げた。 パンナはガズの紋章を確認すると目を見張る。 消炎士の紋章は大きく、複雑になるほど発動できる種類が増え効果もあがる。だからといって、闇雲に増やしたところで、本人に秘められし力があがるわけではないので、無駄になるケースも多い。それでも示威するために、自らの力量以上の紋章を刻む消炎士は後を絶たない。 ガズの紋章はこれまで彼女がみたどの消炎士よりも、力強く、それでいて精緻だった。 それも他の消炎士とおなじように周囲に力を誇示するものとはちがう、実用性を感じさせるものだ。 なにより、彼女がなすすべもなく敗れた炎獣をわずかな負傷もすることなく討伐した実力は本物に思えた。 パンナはガズの実力を信じ、ひとつの依頼をもちかける。 「お願いします。どうか魔王を討伐してください」と。 その依頼に、ガズは太い眉を歪ませるであった。 ●3 ガズが寝床とするカンミの街へとやってくる。 あとを着いてくるパンナを、途中杖追い払おうとしたが、結局街まで同行することとなった。 消炎士ギルドに着くと、荷物袋から討伐した炎獣の肉を取り出す。100キロを超える大荷物だが、紋章で筋力を増強できる消炎士としてはそれほどの量ではない。 現在、人類は慢性的な資源不足に悩まされている。ガズのとってきた肉にギルドの受付は大喜びだ。 「それとこいつだ」 大きな炎の種を袋から出すと、そのサイズに感嘆の声があがった。 炎獣の強さは炎の種の大きさに比例する。ガズのもってきたものは、消炎士ギルドでもめったにみられないほどの大物だ。それをソロで討伐し、報酬を独り占めできるというのであれば、羨望と嫉みを集めるのも無理はない。 さらに今日の彼はひとりではない。若い消炎士、それも女を連れていることが話題となった。 「はっ、元(・)勇者様は景気がいいな」 ギルドで酒をあおっていた消炎士が皮肉を言う。 その称号をパンナは気にしたが、イラだったガズの様子から聞くことははばかられる。 そしてガズが酔っ払いを相手に乱闘を始めたことで、その機会は完全に失せたのであった。 ◇ 「どこまでついてくるつもりだ」 ギルドでの用事を済まし、寝床へと向かうとするガズが、いつまでもついてくるパンナに問いかける。 「言ったでしょ、仕事を受けて欲しいの」 パンナの“魔王討伐”などという途方もない依頼を、当然のようにガズは拒否した。 彼女が提示した報酬は危険に見合うものではないし、そもそもとして魔王など個人で討伐できる相手ではない。それに失敗したからこそ、人類はかつての繁栄を手放すことになったのだから。 彼女もそれは承知しているのだが、それでも一縷の望みを繋ごうと必死なのだ。己が炎獣と化さぬためにも……。 パンナが魔王の討伐を依頼するのには理由がある。当然、彼女が腸を食らわれてなお生存していられることにもだ。 彼女は炎獣の討伐の最中、魔王に遭遇したという。仲間ともども捉えられ、“人体に炎の種を埋め込む”という実験を施されたのだ。 パンナ以外の者たちは、血を吐き、炎に焼かれ、気を狂わせ死亡したとのことだった。唯一生き残った彼女は、相手の隙をつき逃亡した。 しかし彼女に植えつけられた炎の種は取り除かれてはいない。それは徐々に彼女の精神と肉体を蝕み、彼女を人間以外に作り替えているという。 すでにそれを取り除くために多くの技術者に相談した。誰もが、彼女の症例に興味を示し、その除去に協力してはくれたが成果は得られなかった。 残された手段は、それを植えつけた魔王の殺害しかない。炎の種が魔王の生み出したものならば、その元を絶てば植え付けられたものも消える。それは希望的観測でしかなかったが、それでも彼女はそれにすがるしかなかった。 それに魔王が討伐され、炎獣がいなくなれば、人類はふたたび安全で広大な土地を得ることができる。農地を拡大できれば、飢えという病に囚われた人類を解放することも可能なのだ。パンナはそのことを強調するも、ガズはうなずこうとはしなかった。 ガズが依頼を受けぬことに不満を持つパンナであったが、依頼を断ったガズとて不満なのは変わらない。 人として最低限の善意で手をさしのべた相手に、こうもしつこくつきまとわれたのではたまったものではない。 普通の相手ならば、手足の一本でも折れば済む話であるが、彼女は炎獣に腸を食われなお甦るのだ。己の置かれた境遇からも、少々のことではあきらめないだろう。それにどこに人目があるかわからぬ街中でおこなっては、彼の立場を危うくさせかねない。 ガズは単独(ソロ)で炎獣を狩る勇者であるが、同時に儲けを独り占めする守銭奴でもある。無愛想なこともあり、彼の失墜を願う者は多い。彼がいなくなったあとの自分らの置かれる境遇を想像もせずに。 「ここから先は俺の住処だ。許可なく入ったら不法侵入で痛い目にあってもらう」 街の外れにある民家にたどりつくと、ガズはそう警告を放つ。警察組織はこの時代にも存在はしているが、少々の民事に顔を出すほどの余裕はない。よって、家主の名声(あくみょう)と実力がものを言うことのほうが多い。 ここがガズの住処であることは、近隣の者たちは迂闊に足を踏み入れようとはしない。 彼の発する圧にパンナは息を飲む。だが現在彼女が頼れる宛てはガズしかない。 決意を伝えるためにも、一戦交える覚悟を決めるが、その場に割り込んだ暢気な声がそれを阻んだ。 「おかえりなさい、ガズ」 杖を片手に顔を出したのは、少女とみまちがうほどに若々しい金髪の女だった。 ただし、その両目のまぶたは降ろされたままである。 ◇ 「リーム(・・・)、俺は家から出るなとなんども言ったハズだぞ」 「あら、私が一度でもそれを了承したことがあったかしら?」 渋面を作るガズとは裏腹に、リームと呼ばれた女はコロコロとした笑顔で返す。 そして、パンナに顔を向け「それで、そちらのお客様はなんと言うのかしら?」とたずねる。 パンナは狩りの最中にガズに救われたことをリームに打ち明け、彼の助力を請いたいのだと説明する。 それを聞いたリームは、渋面をつくるガズに気づかぬフリをして、彼女を自分らの住居へと招きいれるのだった。 外観は寂れた一軒家だったが、屋内の掃除はしっかりと行き届いていた。 パンナは当然のようにガズとリームの関係を疑問に思う。若く美少女然としたリームと、粗野で中年のガズでは美女と野獣どころか、姫と下男である。とくに炎獣狩りからもどったばかりのガズは薄汚れていて、とてもではないが釣り合わない。ふたりの醸す空気もチグハグで、夫を相手にするような気安さで接するリームと、嫌な相手と接するようにするガズ。 「あの、おふたりの関係は?」 たまらず確認してみた。 するとリームから「ご想像にお任せするわ」と告げられ、ガズはそれを聞いて渋面を深めるだけだ。 まずます謎が深まるが、ガズが相手の弱味につけこんで関係を強要しているわけではなさそうだ。 「それと、もうひとつ聞いてもいいですか?」 露骨に嫌そうな顔をするガズに、萎縮しながらもリームの左手の甲に刻まれた紋様をみつめる。 彼女の推測はただしく、リームは元消炎士であった。それも治癒の専門家で、多くの傷ついた消炎士たちを癒やしてきた。彼女が“聖女”のふたつ名をもつ英雄と呼ばれる存在である。 魔王討伐に王手をかけながらも、それに失敗した伝説の“聖女”の存在にパンナは驚きを隠せなかった。 それと見た目どおりの年齢ではないのだなと思った。 リームから夕食を誘われたパンナは、炎山羊の肉を美味しそうに頬張る。 炎獣の肉は、畜産の規模を縮小せざるおえなかった人類が口にできる貴重な栄養源だ。 いささかクセのある素材ではあるが、リームの調理した肉は、食肉用に育てられた家畜を上回る味わいを奏でている。 リームとパンナは無愛想なガズを尻目に、雑談の花を咲かせる。 彼女は目の怪我を理由に消炎士を引退し、いまではガズの保護下でゆっくりとした余生を送っているという。時に、重傷者の治療に駆り出されることもあるが、それはとても希な話であるという。 リームは余生を楽しんでいるようだった。 相手がガズであることをさっ引いても、その姿をパンナはうらやましいと思った。 身体に炎の種を宿した彼女には、約束された未来などない。だからといって、リームからガズを奪うことになりかねない望みを、このときになって初めて躊躇した。 “成功させねばあとはない”というのは彼女の事情でしかない。魔王討伐という大義はあっても、ロクな報酬もなく自分の事情に巻き込むことは悪と言っても差し支えない。 そんな心中を察したのか、リームは嫌がるガズを尻目に、今晩は泊まっていくように勧めるのだった。 ◇ 「くすくす、可愛らしい子ね」 「ああそうかい」 リームは寝室でガズとふたりきりになると口調を変える。そのことに関してガズは指摘しない。 「それにしても、魔王の討伐だなんて面白いじゃない。どうして引き受けてあげないの?」 着衣を床に落としながら気軽に言うリームにガズは苦々しい表情を浮かべる。眼前には麗しき裸体が晒されているが、それを楽しむことは彼にはできなかった。それでも、敏感な部分に触れられれば肉体は反応する。手慣れた仕草で着衣を乱していく。 それでも問いかけはとまらない。 「あなたならできるのではなくて、あたし(・・・)と共に魔王を追い詰めたあなたなら」 「俺に茶番に参加しろっていうのか」 「茶番、いいじゃない。楽しんでくれる人がいるのなら」 そう言って、リームはベッドに押し倒したガズのうえにまたがる。まぶたをひろげ白濁した瞳を晒す。 「案外、世界の行く末に関連してるかもしれないわよ。それに未来ある後進を救ってあげるのも先達の役目ではなくて?」 「ホインプ、テメーなにを考えてやがる」 「あらいやだ、長年連れ添った妻の名をまちがえないでちょうだい」 女は妖しげに微笑むと、自らの唇で男の口を塞ぐのであった。 ●4 ガズは仕事を求め消炎士ギルドへと顔を出す。 安い仕事に飛びつく気はないが、こまめに通うことで得られる情報というものもある。ガズのようなベテランには、些細な情報が己の生死を分けることもあることを熟知している。そもそも消炎士の平均活動年数は恐ろしく短い。どれほど念入りに石橋を叩いたとしても、叩きすぎるということはないくらいだ。 ガズの脇には、昨晩泊めてもらったパンナもいる。リームと出会ったことでガズへの固執は薄れている。盲目の彼女からこの男を奪い、死地へと送り込む覚悟ができないのだ。 そうなるとガズについていたとしても無駄ということになる。かといって、自分では魔王に敵うことなどないし、他に戦力の宛てもない。自然、彼のあとをついていくこととなる。 不意にギルドの外から大きな爆発音がした。 反射的に外へ出て音源を確認しようとするガズ。パンナもそれに続く。 すると家々の切れ間から赤い煙があがっているのが見えた。通常の煙の色ではない。その色は炎の種に影響されたものに間違いない。 ガズはリームの待つ家へと駆けた。 大きく倒壊した自宅と、それを食らいつくさんとする炎。そして一通の招待状を目撃する。 ――女は預かった。返してほしくば我が居城にくるがいい。 そして最後に“魔王”との署名が綴られていた。 それを見つけたガズは、奥歯を強くかみしめるのだった。 ●5 ガズは装備を整えると、相手の居城へと向かった。 場所はリームが知っている。 意図せぬ形でガズを巻き込めたことにその心中は複雑だった。 だが、ガズが一緒ならばチャンスはあるように思えた。いかに魔王とはいえ、無敵というわけではないのだから。あるいは無敵ではないと思い込みたかっただけなのかもしれない。 炎獣のはびこる森を抜けると、巨大な建造物が見える。人類が栄華を極めたころのテーマパークらしい。機能的とは言い難い形の建造物が立ち並んでいる。 「それでどこにその魔王ってヤツはいる?」 「おそらく中央のお城に」 言葉が曖昧なのは、夢中で逃げてきたために記憶が定かではないのだ。 城に向かう最中に何匹もの炎獣と遭遇するが、そのことごとくをガズは葬った。場合が場合だけに、炎の種だけを抜き取ってあとは放置する。 そしてリームをさらった魔王の居城へと足を踏み入れたのだった。 「良く来たな消炎士よ」 黒いスーツに身を包んだ色白な男。だが、その姿には貫禄はなかった。 「なんだ、やっぱり偽物じゃねーか」 ガズはつまらなそうに告げる。 「なんだと貴様、この魔王を愚弄するつもりか」 「愚弄でもなんでもねー。どうやって炎の種を生み出したのかは知らねーが、テメーは魔王なんて器じゃねぇな。あいつとおなじ称号を名乗るのなら、まばたきひとつで俺を殺せるようになっておけよ」 「貴様なにを言っている」 「生憎とすでに一回はやってるんだよ。魔王討伐ってやつをよ」 紋章を起動させたガズは、生み出した剣を片手に斬りかかる。 とっさに炎の剣で応戦しようとする魔王であったが、力量差は大きなものだった。 魔王が弱いのではないガズの技の冴えが鋭すぎるのだ。 離れているパンナで、なんとか追える程度。近距離でそれをさばいている魔王の動きすら把握できない。 魔王は決して弱い存在ではない。 内在する力は大きく、手にした炎剣で斬られればガズとてただではすまないだろう。 だがそういう状況に追い込まれないよう、絶え間なく斬りつけ続け、反撃の隙を与えない。それどころか少しずつスーツに包まれた肉体を刻まれていく。 やがてガズの剣は魔王の胸元を貫くのだった。 胸を地面に転がる魔王。 だがガズは油断なく、その身体をにらむと投撃ようの槍を投げつけた。 倒されたと思った魔王は、それをそつなく回避する。 実験体であるパンナが死亡しても甦るのだ。それを施した魔王がおなじことをしても不思議ではない。 「三下はやることが雑魚いな」 「貴様、いったい何者だ」 まるで魔王という肩書きと消炎士という肩書きが入れ替わったようだとパンナは思った。 「……勇者?」 ギルドで酔っ払いが口にした言葉を思い出す。勇者とはなんだろう。古の物語に出てくる主人公のことだ。それは魔王を討伐するための者に与えられると。 「別にそんなたいしたもんじゃないさ」 ふたたび剣を切り結んだガズは大したことなさそうに言う。 すでに魔王はタヌキ寝入りを強いられるほど消耗している。いまも切り結んではいるが、時間の問題に思えた。 「馬鹿な勇者などおらん」 パンナの言葉を魔王が否定する。 「それがいるのなら、私はこのような手段をとったりは……」 「言い訳は神様ってヤツにしな。あの世でな」 最後に首を斬り飛ばす。 首を失った魔王の身体に大量の油をかける。それを紋章で火をつけ火葬する。 「ホントに魔王を倒したの?」 「生憎と、こいつはそんなたいしたもんじゃねーよ。魔王の名声を騙っただけの偽物だ」 別室で捕らえられていたハズのリームがその場に現れる。どうやら自力で脱出の途中だったらしい。 「あら、ガズ、迎えに来てくれたの?」 「そんなんじゃねぇ。ケンカうってきたヤツをボコりにきただけだ」 「ふふっ、照れちゃって」 空気がなごやかになる。 そのときパンナが動いた。 手にしたナイフでガズの背中を貫く。 ●6 パンナは己のしたことが信じられなかった。だが、その口は勝手なことをしゃべる出す。 「ふははっ、油断したな勇者め」 「これはいったい」 「我から生まれた炎の種がおまえに埋まっている。それを経由して魂の一部を飛ばしたのだ。これがオマエを生かしておいた理由だ」 「そっ、そんな」 ガズはまだ死んではいない。 だが臓器を損傷している。紋章を起動させれば傷をふさげなくもないが、その意識は混濁していた。 「まったく、ガズってば仕方ないわねぇ」 まるで粗相をした子供をたしなめるようにリームがいう。 そして指先から小さな炎をとばすと、彼の傷に付着させた。 その炎は傷をエサに大きくなり、やがては消える。だがそこにあったガズの傷はふさがっていた。 「ばかな、どうして貴様が炎の種を使える」 「そんなの決まってるじゃない。アタシが十年前にガズに討たれた魔王だからよ」 そう告げると、大きな炎でパンナを包む。そして彼女にとって余分なものだけを焼き尽くすと、彼女を自由に解放するのだった。 ●7 目覚めるとガズは自宅にいた。 かつて魔王を倒しながらも、愛しき者の肉体を奪われとどめをさしそこねた。 魔王を消滅させれば、リームの肉体も完全に消滅する。 すでにその切り離しは魔王自身にも不可能であり、自分の目の前にいる相手がリームなのか、魔王なのか判別がつかない。 いっそ死ねば苦しまなくて済むかとも考えたが、こうして復活するしまつだ。 そしてガズは己の生き様を呪いつつも、消炎士としての活動を続けざるをえなかったのだ。 |
Hiro 2020年08月09日 23時53分07秒 公開 ■この作品の著作権は Hiro さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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合計 | 10人 | 140点 |
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