マヨラー聖女は、最強のおバカさんに振り回されています。

Rev.01 枚数: 47 枚( 18,644 文字)

<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
プロローグ

 この世界には高度な科学技術は存在しない。
 けれど、その文明は僕が元いた世界に、そう劣るものではなかった。
 魔物という脅威が存在し、科学技術が発展していなくても人類が版図を広げられたのには『炎術』という魔法のような力によるところが大きい。
 その力は、敵対者を撃退する力であり、金属を精製する道具であり、害ある菌を殺すための薬でもある。
 ただし、ソレによっておごる人々が思うほど万能でも無敵な力でもない。
 事実、十三年前に現れた『炎竜神』に人間の炎術はまるで通じなかった。
 炎竜神の使う圧倒的な炎に人類は抗えず、滅亡の淵へと立たされる。
 それでも異世界から転生した僕が、この世界で生きていけるのは『救世の六英雄』と呼ばれる英雄たちのおかげである。
 彼らが炎竜神の討伐を果たしたことにより、人類の平和は復活し、その発展もまた再開されたのだった……。


1.少年と少女の出会い

「嬢ちゃん可愛いね、どうだいオマケするよ」
 筋骨隆々な露店のおじさんから、炎術で焼き上げられたトカゲ肉の串焼きを勧められる。
 大きく切り別けられたトカゲ肉が、ネギみたいな野菜と一緒に焼かれていて、みためはかなり『ねぎま』っぽい。
 ちょうど小腹も空いていたので、小銀貨と交換でそれをいただくことにした。
「俺の炎術で焼いた肉はちょっとしたもんだぜ」
 自信満々のおじさんから受け取ると、僕はまだアツアツのそれに荷物からとりだした調味料をたっぷりと塗りつける。
 その名も『マヨネーズ』。
 前世の知識から編み出した最強の調味料だ。
 食用油にお酢と卵の黄身を加え、乳化するまでひたすら混ぜ合わせたソレは、焼きたての串焼きに酸味と旨味をぞんぶんに与えてくれた。
「美味しい」
 僕はその味を素直に褒めたのだけれど、なぜか露店のおじさんは微妙そうな顔をしていた。なんでだろう?
「あの、おたずねしたいことがあるんですけれど……」
 そう言って僕は、もっていた地図を手渡し、目的地までの道をたずねる。
 するとおじさんは苦笑いして、いま僕が来た方角を指さした。やっぱりまちがえていたらしい。
「こんなことは言いたくねーが、お嬢ちゃんみたいな子がひとりでいくようなとこじゃねーぞ」
「ご忠告ありがとうございます。でも、お嬢ちゃんではないので大丈夫です」
 相手の誤認をそれとなく指摘するけれど、おじさんは不思議そうな顔で首を傾げる。
 まぁその気持ちはわからなくもない。
 ふと、となりの露店に置かれた姿見が目に入る。
 そこに写るトカゲの串焼きを手にした子どもは細く、色白な少女といった趣だ。たしか可愛らしく、性別を誤るのも無理もないように思う。
 でも僕――アヨネスは御年十三になる立派な男なのだ。
 転生前の世界じゃ、まだ子どもとして扱われる年頃だけれど、この世界じゃ見習いとして働き始めているのが普通。
 それを女の子扱いするのは、ちょっとした侮辱じゃないかな……もう慣れたけれど。

 串焼きを食べ終えた僕は、おじさん説明を頼りに、来た道を引き返す。
 でも馬車(と言いつつ馬以外に引かれた車もけっこうある)の行き交う大通りを離れると、入り組んだ道でわからなくなってしまった。
「う~ん」
 手書きで記された地図と、あたりの様子を比べたまま頭を悩ます。
 おじさんの反応からして、地図がまちがっているわけではないんだろうけれど……仕方ない、もういちど大通りまでもどってみるか。
 地図に目を落としたまま、方向転換をすると身体に軽い衝撃が走る。
「ひゃっはー、いてーじゃねぇか」
「ごっ、ごめんなさい」
 慌てて謝罪して顔をあげる。
 相手は虹色に染め分けた髪を、中央だけ残してそり上げた独特の髪型にした男の人だった。
 ――モヒカン教の人だ。
 モヒカン教とは、『来るかわからぬ明日に期待せず、いまこの瞬間を最大限に楽しむ』といった思想を掲げている宗教集団だ。
 その刹那的な思想は、炎竜神降臨後に一気に拡大し、炎竜神が封印されたことでかつての勢力は失ったものの、こうして人気の少ない湿った場所などを好んで生息している……らしい。
「ひゃっはー、こりゃ骨が逝ったな。どうしてくれんだこら、こりゃ相当の治療費が必要になるずぅぇ~」
 モヒカンさんは、まるでテレビ(注:この世界にテレビはありません)の住人のようなベタな方法で僕から金銭を巻き上げようする。
「そんな、怪我なんかしてないのに治療費なんか必要ないじゃないですか」
「ひゃっはー、そういう態度はいけねーな」
 どうあっても、モヒカンさんはゆずる気はないらしい。
 あたりに助けてくれそうな人の気配はない。
 僕はあきらめて荷物から取り出したソレを渡す。
「なんだこりゃ?」
「マヨネーズです」
「ああん?」
「食材を美味しくする奇跡の調味料です」
 なるべく新鮮な材料をつかわないといけないので、材料費だけでもけっこうかかる。手放すのは惜しいのだけれど、この場をまるく収めるには仕方ない。
 でもモヒカンさんは、それで満足してくれなかった。
「そんなもんで許されるわけねーだろー!」
「なんで!?」
 怒鳴りあげたモヒカンさんは、僕の顔をみてなにか気づいたような表情をする。
「嬢ちゃん、可愛い顔してるじゃねーか。慰謝料は今晩つきあってくれよ」
「そっ、そんな……でも、僕、男なので」
 それを言ったら殴られるんじゃないかと思いつつも、視線の気持ち悪さを拭うためには仕方ない。
 するとモヒカンさんは、それを検分するように僕を凝視する。
「男……だと?」
「はい」
「ひゃっはー、だったら最高じゃねーかー!」
 やたらめったらテンションをあげたモヒカンさんは、僕の肩に手をまわし、どこかに連れ去ろうとする。
「えっ、えっ!?」
 混乱し連れさられようとする僕の頭上に何かが飛来した。
 逆光に隠されてソレの正体が、重力に肉体を引かれた人間であることに気づいて慌てて回避。されど気づくのに遅れたモヒカンさんは全身でそれを受け止めることになった。
 モヒカンさんをクッションにするように着地したソレは赤い髪の男の子だった。
 日に焼けた肌をぞんざいに隠す半袖とハーフパンツ。両腕には炎を模した入れ墨(タトゥー)が刻まれている。赤い髪は雑に切られ、額に金属っぽいワッカをはめているのがのぞけていた。年頃は僕とおなじ13、4といったところ。
 腕白な気配を漂わせているけれど、その目つきはモヒカンさんよりも悪くてまるで裏家業の人みたいだ。
「ちくしょう、師匠のヤツめ」
 かなりの高さから落ちてきたように見えたけれど、大きな怪我はなさそう。モヒカンさんのクッション性能が高かったのかな?
 その分、モヒカンさんは酷いことになっていて、腕が関節と逆方向に曲がっている。
 ――これは相当痛い。
 僕はあわててその怪我を己の術で癒やす。
 すると元気になったモヒカンさんは立ち上がり、赤毛の少年を怒鳴りつけた。
「ひゃっはー、なんてことしやがる小僧。俺じゃなければ即死してたぞ!」
 さすがに即死はなかったと思う。
「治療費だ。治療費よこしな」
「えっ、まだ治ってませんか?」
「いや、治ってるけど、そうじゃなくて……そもそもなんであの怪我が治ってるんだよ!?」
 驚きつつも自らの身体を確認するモヒカンさん。
 僕は「お大事に」と、少年を連れてその場を去ろうとする。大丈夫そうだけれど、念のため少年の身体も調べておきたいし。
 でもモヒカンさんは僕らを見逃してはくれなかった。
「まちな嬢ちゃん」
「僕、男の子です」
「それはなお良い」
「だから、よくないですってば」
「嬢ちゃんは見逃してやってもいい。だが人様をクッションにしくさった礼儀のなってねークソガキは大人として、教育してやらないといかん。お嬢ちゃんとニャンニャンするのはそのあとだ」
「僕は見逃してくれるんじゃ……?」
「ひゃっはー、やっぱりなしだー!」
「ひどい!」
 そんなやりとりをする僕とモヒカンさん。
 少年にはこの隙に逃げて欲しかったけれど、退屈そうにこちらを眺めている。
「なんだ、おめーら、さっきから。俺様に文句があるのか?」
 赤毛の少年はモヒカンさんに負けぬほど、いや、それ以上の凶相でにらみつける。
 本職のモヒカンさんは剃られた頭皮に汗を浮かべながらも引こうとはしない。
「クソガキが、世間の厳しさってヤツを教えてやんぜ」
 そういうと、彼の脇に炎で作られた槍を生み出した。
 大気を揺らす炎は触れなくても高温なのがわかる。
 意外にも洗練された炎術は、荒事に慣れ親しんでいるせいなのか。
「そんな、子ども相手になんてものを」
「俺は男も女も区別しねーで殴れる真の平等主義者だ、子どもと老人も手加減抜きで殴れるぜ! だが安心しな。命までは獲る気はねーその顔が涙でぐちゃぐちゃになるまでイジメ抜いてやるだけだ!」
 モヒカンさんの敵意とともに炎の槍が少年に襲いかかる。
 僕はすぐさま怪我を癒やせるように、術の準備をするけれど、それは必要なかった。
 少年は迫り来る炎を前に、入れ墨(タトゥー)の刻まれた腕を突き出す。そしてカラーボールでも受け止めるような気軽さで、恐ろしい炎の槍を受け止めてみせた。
「ばっ、馬鹿な。俺様の炎術を素手で止めただと!?」
「はっ、こんなちんけな炎で、いい気になってるんじゃねーよ。雑魚が」
 高くそびえる虹色のモヒカンをなびかせたモヒカンさんは、決して技量が低いわけじゃない。
 あれほどの威力なら、強力な魔物だって倒せる。それを術もなく、肉体の強さで防げる彼の方がおかしい。
「俺様が本物の炎ってヤツをみせてやる」
 少年はそう告げると己の体内に宿る魔力を高める。
 それは見ているだけで息苦しくなるほど強力だった。
「カーラム・カーラム・ベイブレイド……
 太古の秘に隠されし原初の火よ。我が前に立ち塞がる愚者を薙ぐため、その一端をよこせ……」
 炎術に呪文は必須ではない。
 それでも術への集中力を強くするために、好んで詠唱をする人もいる。
 その甲斐があってか、彼の魔力はモヒカンさんが炎の槍を撃ったときとは、比べものにならないほどに高まっていく。
 ――いけない、このままじゃ……。
 こんな術を放たれたらモヒカンさんだけじゃなく、街にまで被害がでる。
 僕は少年をとめるべく駆け出すけれど、それは一歩遅かった。
「炎獄招来! すべて焼き食われちまいな!」
 少年の叫びとともに、魔力が放出される。
 でもそれは炎に変換されることなく大気へと溶け、消えていった。
「…………え?」
 どういうことかと思えば、彼の術は不発だったらしい。
「ひゃっはー、だせぇ炎術失敗してやがんの」
 モヒカンさんが指をさして笑う。
「うるせぇ!」
 赤毛の少年は嘲る虹色モヒカンさんを拳の力で黙らせる。
 小柄なのに大人を一撃だなんて、かなりの腕っぷしだけれど……そんなに強いなら、最初から炎術を使う必要はなかったんじゃ?

   ◆

「あった、ここだ」
 空から振ってきた少年にノックアウトされたモヒカンさんの治療を終えた僕は、彼に道をたずねて、ようやく目的地へとたどりつけた。
 治安の悪さを反映しているのか、大きくな一軒家であるもいささかキレイとは言い難い。
「こんにちはー」
 壊れた扉から中をのぞき込みながら呼びかけてみたけれど、返事はなかった。
「お留守かな?」
 開けっ放しの扉が廃墟っぽかったので、本当にこの場所でまちがってないのか確認してみる。すると、ちょうどそこを歩く人の姿がみえた。
「あの、すみません!」
「おや、お客さん?」
 声を大きく呼びかけると、長身の男の人が振り返った。
 どことなく存在感が薄いけれど、落ち着いたたたずまいは大物感がある。
 僕はその人が目当ての人物だろうと目星をつけ、問いかける。
「あの、タロウさんですか?」
「そうだよ」
 肯定の言葉を聞いただけでなんだか嬉しくなってしまう。
 タロウさんは、かつて世界を窮地から救ったという『救世の六英雄』のひとり。そんな人とこうして会えたと思うと感激だ。
「僕、リオ先生の生徒でアヨネスと言います」
 そう言って先生に用意してもらった紹介状を渡す。タロウさんはそれに目を通す。
「ああ、キミが癒やしの聖女か」
「ちがいます、僕、男です」
 ここでもされている性別の誤認を否定する。
「噂は聞いてるけれど……聖女アヨネスってキミのことじゃないのかい?」
「それは……たぶん僕のことなんですけれど、僕は男です」
「だとすると、それはそれで……いや大丈夫かな? でも、このあたりは治安も良いとは言い難いよ」
 なにかを考えはじめるも、自己解決したらしい。それでもまだ許可は下りない。
「お願いします。掃除や洗濯もしますから」
「料理は?」
「大丈夫です!」
「ここに住むのは大変だよ?」
「問題ありません」
「だったら……仕方ないのかなぁ。でも……」
 なにやら奥歯にものが挟まった言い方をしている。
 ちょうどその時、あきっぱなしの入り口に人影が現れた。
 そこにはモヒカンさんと乱闘……というか、一方的にボコボコにした赤毛の腕白少年が立っていた。
「あっ、キミは……」
「おや、ノラオンと会ったのかい?」
 どうやらタロウさんの懸念はこの子にあったらしい。たしかにトラブルメーカーの気配をプンプンとさせている彼と同居には不安がよぎる。
「ええ、そこでちょっと」
 僕はそう言うけれど、向こうは覚えていなかったらしく「なんだおまえ?」とそっけない。
 彼が口走っていた師匠というのは、タロウさんのことだったのか。
 六英雄であるタロウさんのお弟子さんなら、あの魔力の高さも納得だ。炎術は失敗してたけれど。
「こちらアヨネスさん……いや、クンだ。私の古い友人の生徒さんでね、しばらくここに泊まりたいらしい」
 僕は慌てて同居予定者に頭をさげる。
「でもって、こっちのヤンチャなのがノラオンだ。みての通り乱暴者だから、トラブルには巻き込まれても希望を失わないようにしてね」
 彼がトラブルを起こすことはあきらめているらしい。
「でっ、こいつはツエーのか?」
 ノラオンくんがタロウさんにたずねる。
 タロウさんは僕にたずねる。
「どうなの?」
「からっきしです」
「へっ」
 馬鹿にしたような視線だ。
 腕力至上主義というのは、どこにでもいるもんだな。
 あまり良い感情はもってないけれど、これから同居するんだから仲良くしないと。
「へっ、どのみちおまえなんかじゃ、鍛えても意味ねーけどな」
 彼は握手を求める僕の手を無視する。
「世界最強は俺様だからな」
 頭は強くなさそうかなって思った。

「ところで……外が騒がしいようだけれど、なんだろう?」
 タロウさんが外を見るのに釣られて、僕も視線を向ける。
 そこには多くの人が集まっていた。独特のヘアスタイルの方々はモヒカン教の人たちでまちがいなさそうだ。
「変わった人たちが集まってるね」
 暢気なタロウさんに、モヒカン教の人たちであることを説明する。
「身もふたもないネーミングだ。でも、どうしてここに?」
 迷いながらもノラオンくんがモヒカン教の人とトラブルを起こしたことを告げる。すると当人は、僕が遭遇した以外にも3人ほど殴り飛ばしたと自慢気に報告する。
 外を見ると、僕が治療していない怪我人が4人はいるので、数えまちがいかもしれない。
「どどど、どうしましょう?」
 ここには六英雄であるタロウさんがいるから、大勢のモヒカン教の人が相手でもきっとなんとかしてくれる。そう願い、訴えかけるけれど、タロウさんの返事は淡々としたものでした。
「話して聞いてくれる連中でもなさそうだし、本人になんとかさせるしかないだろ」
「へっ、あんな連中ちょろいぜ」
 そう言ってノラオンくんは、壁に立てかけてあった武器らしきものを手に取る。
 白くて湾曲した棒状の武器だけれど、その両端が膨れあがっていて、巨大な骨を連想させる。
――骨だとしたらなんの骨だろう?
 ノラオンくんは小柄な体躯に不釣り合いな武器を軽々と担ぐと外へと出た。
 モヒカン教の人は二十人はいる。
 いかに腕っぷしが強くても、ひとりで対応できるとは思えない。
「心配は、相手の方にしてあげたほうがいい」
 僕の心配を余所に、悩ましげなタロウさんが告げる。
 それが本当かと確認する前に、ノラオンくんと大勢のモヒカンさんたちの戦いが始まった。

 それは僕が予想したケンカの延長ではなかった。
 モヒカンさんたちの動きには連携がとれていて、まるで軍隊みたいだった。
 タイミングを合わせて放たれた炎術が、個人では捻出しようがないほど強力な火力を生み出す。
 個人で出せない火力は、個人では防ぐこともできない。よほどの力量差がない限りは。
 でもそんな僕の常識は非常識な仕草で覆される。
 ノラオンくんは、その炎術を小さな虫でも追い払うように素手で簡単に払いのけたのだ。
「うそっ」
「ノラオンは炎に強いからね」
 家屋だって粉砕しそうな炎術を、素手で払いのけたのだ。強い程度の話じゃない。
 さらには骨武器をぶんまわして、近くのモヒカンさんたちを、周囲の壁もろとも吹き飛ばしていく。
 ひょっとして、露店のおじさんが警告した治安の悪さって彼が原因なんじゃないだろうか。
「あの子って、タロウさんが鍛えたんですか?」
「たまに稽古みたなことはするけれど、ほとんど才能だね」
 そうなんだ。僕とおなじくらいなのにすごい。
 炎術も使わずに、腕力だけで大人たちを蹴散らしていく姿は爽快というよりも、僕には恐ろしく思えた。
「彼、人間なんですか?」
「普通じゃないけどね。それでも一応は人間だから、頑張れば殺せるよ」
――頑張れば殺せるって……。
 その言い回しが気になった。
「それでも、あいつを殺すわけにはいかないから……まぁアヨネスくんも頑張ってくれ」
 ここに住む以上、彼を助けるのは義務になるらしい。
 この時「はい」と答えたことを僕は後々後悔することになる。
「それとひとつだけ訂正」
「なんです?」
「『彼』ではなく『彼女』だから」
「……誰がです?」
 僕がそう問いかけると、タロウさんはひとりでモヒカンさんたちを蹴散らす腕白少年を指さすのだった。


2.少年と少女の日常

 目覚めると、可愛い女の子の寝顔が側にあった……というとラノベチックな展開なのだろうか。
 まぶたを閉じたままの、その造形は整っていて物語の姫であると言っても通じるかもしれない。
 女として羽化するまえの身体は、奇跡的なバランスでどこか芸術的にも思える。
 ただし彼女がキレイにみえるのは寝ているだけ。
 起きればトラブルをまき散らす腕力馬鹿なので、このまま永遠に眠らせて起きたいって、ちょっと危ない欲求にもかられる。
「ノラオ~ン、また寝床まちがえてるよ」
 新規の住人である僕――アヨネスは、旧来の住人である彼女の間違いを指摘する。
 もともとは彼女が使っていた部屋を僕が借り受けたのだ。
 ここに越してきて早一週間。こうしてノラオンが、自分の寝床をちょいちょい間違えるのには理由がある。
 元々この部屋が彼女のもので、それを僕が譲り受けたからだ。そうなったのには理由があって、乱暴な彼女の振るまいが原因で正常な形を残した部屋が他に残ってなかったのだ。
 バツとして自室を取り上げられたのだけれど、本人はほとんど私物をもっておらず、どこでも寝られるので気にした様子はない。
 寝床に忍び込まれたほうがドキドキしてるなんて馬鹿みたいだ。
 ――でも、大人しくしてれば可愛いんだよな。
 両手で頬を叩いて、心に湧いた邪念を浄化させる。
 外はすでに明るくなり始めている。
 僕はそれ以上の安眠をあきらめると、朝食の準備に取りかかることにした。

 朝食の準備といってもたいしたことはしない。
 前日の残りもののスープを温めなおすのと、あとは野菜を洗って適当にならべるだけだ。
 それも食べるのは僕とノラオンだけで、食の細いタロウさんはめったに食事をとらない。
 それでも炎術を使えない僕には、普通の人よりも手間がかかるんだけれど。
 竈に残った火を、細い枝で大きくしていく。それを維持して鍋の中身が温まるのを待つ。
 その間に野菜を洗って切っておかないと。
 好き嫌いの多いノラオンは嫌がるけど、マヨネーズをかければ美味しいのにな。
 マヨネーズといったら、異世界チートの定番なのだけれど、酸味が苦手らしくノラオンには不評だ。人生なかなかラノベのようにはいかない。

「おい弱いヤツ、今日は土の日だな?」
「えっと、そうだよ」
 腕白少年ならぬ腕白少女なノラオンが曜日を確認する。
 それを肯定すると目を輝かせた。
「師匠、勝負だ!」
 タロウさんになんのことかと尋ねると、毎週、土の日に条件をみたしていれば、ノラオンに稽古をつける約束をしているらしい。
 稽古と言っているのはタロウさんだけで、ノラオンの方は真剣勝負(ころしあい)として挑んでいるらしいけれど。
「勝負の日って言っても、今週は良いことしてないだろ」
 どうやら稽古は善行をおこなった週だけ開催のようだ。
「そんなことねー、今週はしっかり働いたぜ」
「なにを?」
 僕の知っている限り、彼女は労働とは無縁の生活を送っている。部屋を壊すことはあっても、家事の手伝いもしない。
「愉快な頭の連中をボコボコにした」
 モヒカンさんたちのことか。
 でも彼ら道を教えてくれたし、そんなに悪い人でもなさそうなんだよな。
 そんな僕の考えに関係なく、タロウさんはOKを出す。
「緩くないですか?」
「子ども相手に締め付けすぎはよくないからね」
 なるほど。

 その日の午後、お弁当とマヨネーズを用意して、街の外へと出かける。
 二人の稽古に興味があった僕はそれについていくことにした。
 世界を窮地から救った六英雄だというタロウさんの実力を疑うわけじゃないけれど、大勢のモヒカンさんを腕力だけでなぎ払ってしまうノラオンも相当なものだ。
 それにどちらかが怪我をしたときにお役に立てるかもしれない。
 ふたりの稽古は、荒野のような場所で行われることとなった。
「師匠、今日こそはぶち殺してやるぜ」
「お手柔らかに頼むよ」
 殺気を存分にあふれさせるノラオンに、タロウさんはやる気がなさそうに応える。
 例の骨の様な武器を手に、ノラオンはタロウさんを猛襲する。
 勢いはあっても直線的な攻撃はタロウさんに触れることなく、荒野に大穴を開けた。
 いったいどれだけの力で殴れば、あんな穴が開けられるのか。
 タロウさんも気軽にかわしているけど、受けたらただじゃ済まない。ひとつ間違えば大事故に繋がりそうな戦いだ。
 それでもタロウさんは嬉々として襲いかかる弟子を容易くあしらっていく。
「クソッ、あいかわらず逃げ足だけは早ぇ!」
「女の子なんだから、クソはやめなさい。クソは」
 ノラオンはあたりの地形をボロボロにしていくが、両者に気負ったところはない。
 しばらくし、ノラオンの息が荒くなり始めたころにタロウさんが反撃に移る。
 モヒカンさんたちの合体炎術をものともしなかったノラオンが、見えない拳に殴られたように弾き飛ばされた。それも二発三発と連続で。
 どんな術かわからないけれど、炎術以外の術は、この世界では非情に珍しい。
 僕の治癒術もかなり珍しい部類に入る。それに前世での記憶を持っていることが関係しているのかは不明。
 ノラオンはタロウさんの攻撃を堪えようとするだけで、回避しようとはしない。回避ができないのか、肉体の頑健さに自信があるのか。
 でも、タロウさんが反撃に転じてからほどなくして決着はついた。
 圧倒的な力でタロウさんの勝利だ。
 タロウさんには疲れた様子すらなく、世界を救ったという英雄の貫禄をみせつけている。
 対するノラオンは解体された家屋みたいにボロボロで、地面にめり込んでいた。
「大丈夫?」
 地面にめり込んだ彼女を引き上げる。
「へっ、この程度なんでもねぇぜ」
 なおも強がりをいうノラオンは、どうしてか治療をしようとする僕を拒む。
「ノラオン、人の善意を袖にするもんじゃないよ」
「うっせ、指図すんな。だいたいおまえが勝ったのに俺を殺さないのがわりーんだろ。ぶっ殺すぞ!」
「だからキミを殺す気はないって言ってるだろ。学習しないなぁ」
 あきれ果てたタロウさんは魔力を高め、『グルグルグール』となにやら唱える。
 するとノラオンが頭を抱えて苦しみだした。
 どうやら呪文と連動して、孫悟空のワッカみたく絞まっているらしい。
「くっ、殺せ!」
「だから殺さないって何度も言ってるだろ」
 頭を抱えるノラオンにタロウさんがため息をつく。
「グルグルグール?」
 僕はさっきのタロウさんの呪文を真似てみる。するとノラオンが頭を抱えて苦しみだした。
 どうやら僕がやっても効果はあるらしい。
「うわっ、ごめん、大丈夫!?」
 慌てて謝る僕だけれど、彼女は「こんなん屁でもねーぜ」と強がっている。それが口先だけなのは顔色をみれば明らかである。
「アヨネスはすごいね。呪文を口にすればあの環は反応するけれど、相当な魔力がないとこの子を痛がらせることはできないんだ」
「うるせー余計なこと教えるな」
 タロウさんの言葉を遮ろうとするノラオンの口を、ふたたび『グルグルグール』ととなえて塞ぐ。
 僕は炎術が使えないけれど、魔力の量にはちょっと自信がある。
「なっ、軟弱野郎が調子にのんな、よ……」
「グルグルグール」
 僕がそう唱えるたびにノラオンは強がりを言う。普段の僕なら、あわてて止めたんだと思う。
 でも普段から横柄で、僕を軟弱者呼ばわりするノラオンには思うところがあった。
 そこから僕と彼女との根気比べとなる。
 魔力を高めれば高めるほど効果はあがるらしい。己の魔力を消費してノラオンの頭の環を締め付ける。
 戦いはタロウさんのときよりもずっと長くなった。
 魔力の消費も馬鹿にならない。
 それでも最終的には僕の勝利に終わり、彼女に名前を呼ぶよう約束させることに成功した。
 そんな僕をみていたタロウさんがなにやら愉しそうだったけれど、なにを考えていたのかは不明だ。


3.少年と少女のトラブル

「まずい、調子に乗りすぎたかもしれない」
 帰宅してから、僕は昼間の行為を反省する。
 素行はどうあれ、女の子に無理矢理約束をとりつけるとか男として恥ずかしいことだ。
 しかも、タロウさんとの稽古の直後だったから、公平な勝負の結果でもない。
 そのことを恥じて、約束の撤回を持ちかけたのだけれど、ノラオンは意外にも「ことの課程はどうあれ、約束は約束だ。俺は約束はたがえない」とそれを断った。
 その瞳には、普段の粗暴さが存分に含まれていたけれど、それでも真摯な言葉であるにはちがいなかった。
 彼女には嘘を吐かないなにか理由があるようだ。
 ただ……モヒカンさんたちとの乱闘を善行と言い張るあたり、一般的な感性とはおおきな隔たりがあるようにも思う。
 いったいどんな環境で育てばこんな性格になるんだろう?

「ノラオン、食事の買い出しに付き合って」
 僕は彼女を連れ、買い出しにでることにした。
 本当はタロウさんにお薦めなお店を聞きたかったのだけれど、どこにいったのか姿が見えなかった。
 あの人って、いつのまにかいなくなってるよな。
 ミステリアス属性完備だな。そういえば、おなじ六英雄のリオ先生も謎めいたところが多かったっけ。
 謎めいたといば……
「そういえばキミって、どうしてタロウさんと一緒に住んでるの?」
 となりであくびをしているノラオンにたずねる。
「俺が望んだんじゃねー。アイツに無理矢理言うこと聞かされてるんだ」
「無理矢理……」
 一瞬、怪しげな行動を想像しかけるけれど、頭のワッカのことを言ってるんだよね?
「それに最強になるには、あいつとやりあうのがてっとり早そうだしな」
「最強って……」
 たしかにタロウさんに教われば、強くなれそうだけれど、単純に殴りかかってるだけじゃ意味ないんじゃないかな。
 疑問に思ったので「それで成果は?」と尋ねたところ、ムスッとした表情になった。
「そういうおまえはどうなんだよ?」
「僕?」
「なんで自分からあそこに来た」
 タロウさんには紹介状で伝えてあるけれど、彼女には見せてないんだっけ。
「僕は……以前、お世話になってた人が、僕の面倒をみられなくなっちゃって……だから、タロウさんにお世話になりにきたんだ」
 口にしてみると、相手の好意を当てにしたひどい理由だ。
 それでも頼らないわけにはいかないんだけれど。
 そういえば最強を目指すわけじゃないけれど、僕も修行をしないといけないんだっけ。バタバタしていたせいですっかり失念していた。

 帰宅したところで異変に気づく。
「あれ、なんかウチの様子かわってない?」
 当社比10~15%増しくらいで汚れているような。
 でもノラオンは「こんなもんだろ」とちがいが気にならない様子だ。
 ただ、壁に立てかけてあったハズのソレがなくなっているのに気づくと凶相を深めた。
「おい、俺の骨どこやった!」
「僕が知るわけないだろ。持ち上げることもできないのに」
 ノラオンが易々と振り回しているのでそうはみえないけれど、あの骨っぽい武器はかなり重く、僕では持ち上げるのも難しいほどだ。
 それがないということは、タロウさんか、あるいは誰かが持ってでたのか。
「あれって高いの?」
「他人の価値観はどうでもいい。アイツは俺のもんだ」
 部屋が汚れている様子からすると、やっぱり泥棒だろうか。
 とにかく僕らは、犯人を捜しに外へ出ることとした。

「ひゃっはー、まちなそこゆく嬢ちゃんたち!」
 捜査中の僕らを呼び止めたのはモヒカン教の人だった。今日も中央に刈り残した虹色のトサカは風に揺らいでいる。
「あっ、こんにちは」
「はい、こんにちは……って、気さくに挨拶してんじゃねーよ」
 丁寧に返してから、そんなこと言われても。
「そっちのクソガキを今日こそぶっとばして、嬢ちゃんとのデートにこぎつけるんだ」
「いや、僕は男ですから」
「それは知ってる」
「だったら……」
「でも坊ちゃんじゃ、冴えないだろ?」
「そういうものなんですか? っていうか、女の子がいいならノラオン誘えば良いじゃないですか」
「こら、俺様を巻き込むな」
 むしろ巻き込まれてるのは僕の方な気がする。
「そのクソガキがなんだと?」
「だから女の子だと」
「ひゃっはー、そいつは良い冗談だ。嬢ちゃん、いくらガキとはいえ、そんなに胸のぺったんこなガキが女の子なわけねーだろ」
 大爆笑である。
 おなじくぺったんこな僕をデートに誘うのに、そこを区別する理由はあるんだろうか?
「ところで、この子の武器知りません? ほら先日振り回してた骨みたいな」
 いまにも殺しにかかりそうなノラオンを抑えつつたずねる。
「ん? いや見てないが……そういえば、おまえらんとこからなにやら大荷物を持ち出した連中をみかけたな」
「そういうことは最初に教えて!」
「だがソイツらを追わせるわけにはいかない。何故ならキミは俺様とデートする……」
 と言いかけたところで、ノラオンの拳が決まった。
 きっちり気絶させたあとに「おい、知ってることを教えろ」とすごんでる。
 僕は治癒術でモヒカンさんを回復させ、こんどこそ話を聞く。
 なんでも最近『灰燼(かいじん)教』という宗教の教徒たちが増えたという。
 灰燼教というのは、炎竜神が現れたときにできた宗教で、世界を炎で焼き尽くすことで人類に救いが訪れるという趣旨の宗教である。
 世界が焼かれ、人々も焼かれて、どこに救いがあるのかはわからない。
 世界を焼失させることで、魂が救われるなんて本当に信じているのかな?
 おなじ終末思想をかかげるモヒカン教でも、彼らのことは嫌いで対立しているらしい。
 モヒカン教からすると、灰燼教は苦しみから逃れたい自殺志願者で、自分たちは例え苦しい状況でも喜びと楽しみを見つけ出す挑戦者であると。
 その楽しみを見つけ出す課程で、他人に迷惑かけるのはよくないと思うんだけれど……。
 とにかく、犯人の目星はついた。
 僕らはモヒカンさんにお礼を告げると、古い遺跡を改築したという教団本部を目指した。

   ◆

「でも、僕らだけで大丈夫かな」
 教団本部を前に、気弱になってしまう。
 入り口の前には見張りがいて、中にも大勢の人が居そうだ。
 ノラオンが強いのは知ってるけれど、僕の方は全然。殴り込みのようなマネをしてただで済むとは思えない。
 かといって、彼女ひとりで突撃させ、うまくいくとも思えない。
 自分に『頑張れ』と応援しながら、相手の本拠地へと乗り込む。
「おい、ここに俺様の骨があるって聞いたぞ。返せ、でなきゃ殺す」
 先頭を行くノラオンが、みつけた信者の首をつかみ脅迫する。殺してはいけないと止めるけれど、彼女は聞いてはくれはしない。
「グルグルグール」
 口を割ろうとしない灰燼教徒さんに、本気で殺そうとする彼女を強制的に止める。あまり良い手じゃないけれど、いくら窃盗犯が相手でもいきなり殺しかかっていいわけがない。
 ノラオンから解放された教徒さんは、ゲホゲホと咳き込みながらも知っていることを吐いてくれる。
「幹部であられるセイクスィー様が、おもわぬ収穫があったとなにかを運び込んでいた」
 おおきな袋に入れられていたというから、モヒカンさんの目撃情報と一致している。
 それを聞いて奥を目指すノラオン。僕もあわててその背中を追いかけた。

4.少年と少女の敵対者

 遺跡を改築したという灰燼教本部には地下へと伸びる階段があった。
 どこか重苦しい石造りの構造は神殿を思わせる。
 もともと神殿だったところを改築したのかな。だとしたら元はなにを祭っていたんだろう。
「やっぱり、タロウさんを見つけてから来た方がよかったかも」
「はっ、あんなヤツ宛てにすんじゃねぇ」
「そんなこと言っても……」
 階段を降りきると広い空間にでた。 そこは祭壇らしく、大きな竜の彫像が飾られていた。
 どこから運び込まれたのか、その彫像だけが真新しく見える。
 そしてその前には、仮面で顔を隠した女の人が立っていた。
「おまえたちは何者だ。一般の信者の、ここへの立ち入りは禁止されている」
 女性はタイトなレザースーツに身を包んでいて、どこか悪の女幹部を思わせる出で立ちだ。
 女の人は自らを灰燼教幹部のセイクスィーと名乗る。
 僕らは盗まれた骨の返却を要求するけれど、セイクスィーは要求を断った。
 当然それを断り返すノラオン。
 己の主張を押し通すため、両者は暴力による交渉を開始する。
「燃え尽きなさい。世界とともに!」
 ひとりでモヒカンさん数人分に匹敵するほどの炎術を放つセイクスィー。
 想像以上の使い手だけれど、ノラオンには炎術が効かない。
 でも、その特性を見切ると、早くも対策を打ち出した。
 火炎とともに発生した衝撃がノラオンを押しつぶす。
「いくら炎に強い体質でも、副次的な爆発にまでは耐えられないのでしょう?」
 セイクスィーがとった戦法は、ノラオン相手にタロウさんがとったものとおなじものだ。
 武器を奪われ、腕のとどく範囲でしか攻撃できないノラオンは、ジリジリと体力を削られていく。
 僕は彼女を助けるべく治癒術を発動させようとする。けれど、いくら量が自慢の僕の魔力でも、無限に魔力を生み出せるわけじゃない。
 特にノラオンとの根比べで失った分が大きかった。
 ――それでも!
 僕はどれだけ攻撃を受けようともあきらめようとはしないノラオンに治癒術をたたき込む。
 魔力の枯渇が、身体に変調を生むけれど、必死に耐える。
「でかして、軟弱者!」
「軟弱者じゃない!」
 拳を握ったノラオンがセイクスィーに肉薄する。
 直線的な動きにカウンターの炎術が撃ち込まれる……が、力を使い果たしていたのは僕らだけじゃなかった。
 セイクスィーもまた、ノラオンを撃退するために己の限界まで魔力を使っていたのだ。
 彼女の撃ち出した炎術にこれまでの威力は再現されていなかった。
 相手の攻撃を堪えきったノラオンが凶悪な笑みを浮かべる。そして握り込んだ拳を相手にたたき込むと、勝利を収めるのだった。
「けっ、人間風情が手こずらせやがって」
「その言い方だと、キミは人間じゃないみたいだよ」
「あたりめーだろ。っていうかオマエさ……」
 僕の言葉を無視したノラオンがじっと僕を見つめる。
「なんか縮んでねぇ?」
「そっ、そんなことないよ」
 慌てて否定するけれど、ノラオンは華奢になった僕の身体を猫の子でも持つようにつまみ上げる。
 そして観察してからぽつりとつぶやく。
「丸くなったか?」
「そんなことはない!」
 否定した瞬間身体が床に落ちる。
 一瞬、彼女が手を離したのかとおもったけれどちがう。
 あまった服から、僕がすべりおちたのだ。
 極度な魔力不足による影響で、女体化してしまった身体が晒される。
「きゃっ!」
「なに弱々しい声だしてんだ」
「いっ、いやなんでもない! なんでもないから服返して!」
 どうやら他人はおろか自分の性別にも頓着していない彼女は、僕の性別が変化したことに興味がないようだ。
 そのことに安心する。
 その時背後で巨大な魔力の流れを感じた。
 振り返ると、瀕死だったハズのセイクスィーが、盗んだ武器を祭壇に掲げるところだった。
「てめぇ、俺の骨返しやがれ!」
 自らの武器をとりかえそうと、ノラオンが手を伸ばす。
 しかしあともう少しのところで、巨大な竜の像に飲み込まれてしまう。
 そしてソレを奉納された彫像は、まるで本物の竜のごとく動き出した。
 その姿は、かつて人類を死の淵においやった炎竜神のように僕にはみえた。


5.少女と少女の困難

「どどど、どうしてこんなことに!?」
 奪われたノラオンの武器を取り返しに来たはずの僕らなのに、ソレが鍵となり炎竜神が復活してしまう。
 僕もノラオンもボロボロだし、これは世界の危機ってヤツじゃないだろうか。
 世界を維持するための訓練をしにきたはずなのに、それを行うまえから世界は滅んでしまいそうだ。
「うおりゃー!」
 絶望的な状況に動いたのはノラオンだった。
 彼女はひるむことなく、炎竜神を殴りつける。
 するとすぐに再生したものの、一瞬傷ついたのが見えた。
「うそっ?」
「こんな石でできたヤツが竜なわけねーだろ」
 確かにそうだけれど、それが放出している魔力はただ事じゃない。
 少なくとも、魔力も体力も枯渇した僕らにどうこうできるはずが……と思ったけれど、ノラオンは彫像の竜を相手に奮戦している。
 それどころか、一発殴るごとに体力と魔力が回復していた。
 目を凝らせば、彫像とどつきあう彼女に、大量の魔力が流れていくのが見える。
 ――なんでノラオンに竜の魔力が?
 あの力の源って彼女の武器が原因だよね。
 その影響で持ち主に影響している?
 いや、そうじゃなくて、これは……。
「だいぶまずいことになってるね」
 疲れた声が背後から聞こえた。
 振り返れば、かつて竜炎神を封じた六人の勇者のうちのひとり――タロウさんがそこにいた。
 やる気がなさそうにみえても、さすがは救世の六英雄。この人さえいれば、竜が本物であれ、偽物であれ対処は可能なはず。
「期待してもらってるとこ悪いけれど、正直、ああなってしまったノラオンをもどせるかは、私でも五分五分といったところだ」
「えっ?」
 タロウさんは、ノラオンこそが脅威であると告げる。
 そしてそれがまちがっていないと証明するよう、彼女は変化していった。
 砕いた彫像の欠片を身体に付着させ、それを鎧のようにまとう。
 その姿は、先ほどまでの彫像とおなじ竜を形作っていく。
 まるで彼女こそが真の炎竜神であるかのように……。

   ◆

「私たち六人が炎竜神を滅ぼせなかったという話は知っているね」
 タロウさんの言葉に僕はうなずく。
「そもそも神というのは生物ではない。だから死という概念もないんだ」
「えっ?」
「だから、そこに宿った力を拡散させることで一時的に無力化した。そして力に方向性を持たせた思念を人間の内に封じたんだ」
 そうすることで力と、それを使おうとする意志を隔離したのだと。
「それじゃ、ノラオンは……」
「かつて炎竜神だったものの意識を宿した人間だ。記憶としては、かなり曖昧なところがあるらしいけれどね」
「じゃ、彼女が『俺の骨』と言ってたのは」
「炎竜神の骨だ。直接使っても影響がなさそうだからほうっておいたけれど、この神殿に蓄えられた力を呼び起こす鍵となってしまったようだ」
「それじゃどうすれば?」
「まぁ、以前とおなじだよ。相手が力尽きるまでボコボコにする。殺すことはない。竜の意識が解放されてしまえば、それこそ炎竜神が完全復活しかねない」
「あくまでもノラオンのまま、彼女にとりついた力を抜くと?」
「そういうこと」
 簡単に言うけれど、それが簡単だったら人類は滅亡寸前まで追い込まれいない。
 でも、炎竜神も、いまだ完全な力はとりもどしてはいない。
 いまのノラオンが脅威なのに変わりない。
 身体が震え、奥歯が噛み合わなくなる。
 いま自分が世界の命運を左右しかねない現場にいることに。そしてなんの役に立てないまま、世界の終わりを目撃しなければならないことを恐れ、ろくにうごくことすらできなくなってしまう。

 やがて彫像を破壊し尽くしたノラオンは、完全な竜の姿を得る。
 タロウさんは深いため息を吐き、それを開戦の合図とした。
 炎術の効かないノラオンに、タオルさんは昼間とおなじ衝撃派を主体とした攻撃を繰り返す。
 それでも昼間ほどの冴えはない。
 タロウさんが姿を消していたのは、大事に備えて魔力の回復に努めていたんだろう。
 このタイミングで事件が起こるだなんて。
 それでもタロウさんは引こうとはしなかった。人類の命運を背負ったまま、炎竜神になりかけたノラオンを圧倒する。
 やがて炎竜神は力尽き、石の鎧の内側からノラオンを放出するのだった。


6.少年の宿命

「やあ、なんだかんだと巻き込んでしまってわるかったね」
「そんな巻き込んだだなんて……」
 僕は役に立てなかった。
 むしろセイクスィーを相手にノラオンを勝利に導いたことで、かえって事態を悪化させた気もする。
 それに、
「人類存亡の危機に巻き込むもなにもないじゃないですか」
「まっ、そうなんだけどね」
 そう言って苦笑いをしてみせるけれど、すぐに真面目な表情にもどる。
「キミにこれからのことをお願いするのは、やっぱり負担なんじゃないかなってね」
「どういう意味です?」
 ノラオンは炎竜神復活の鍵。彼女を殺しては決していけない。
 だが本人は炎竜神としての復活を望んでいて、そのための手段を探している。
 最強を願うのは、かつて六英雄たちがほどこした封印を力尽くで突破することを企んでのことだ。
 それでいてタロウさんが、稽古につきあうのは彼女がストレスをため込むことでどんな弊害が起こるか予測できないからだという。
 少女の癇癪が原因で、人類が滅びたら洒落にならない。
「彼女は護るべき護衛対象でありながら、最大の敵でもある」
 それでも自殺という手段をとる気がなさそう……気づいてなさそうなのは救いであると。
「それじゃあとは任せたよ」
「へっ?」
 唐突な言葉に僕は目を点にする。
「実はすでにノラオンに負けてるんだ。命を失ってもなんとか騙し騙しやってたんだけれど、さすがに魔力を使いすぎた。もう霊体としての活動も限界だ」
 彼が食事をしないのは、すでに生身ではないから。
 外部と交流しようとしなかったのは、普通の人間には姿をみせることすらできないから。
 僕やノラオンは魔力に敏感なせいで、すでにタロウさんが故人であることに気づけなかった。
 あるいはノラオンのことだから、変化には気づいていても、肉体の有無に頓着していなかったのかもしれない。
「僕が彼女の手綱をにぎるんですか、ひとりで?」
「そう、私がいなくなったことに気づかれないようにね」
 それに失敗したら、ノラオンが暴走するのは止められないだろうと。
「このまま……このままタロウさんは消えちゃうんですか?」
「一年か二年、この世界に干渉できなくなるだけ……と思いたいけれど、僕もこの状態で魔力を失うのは初めてだからね。どうなることやら。ごめんね頼ってきて貰ったのに、面倒ごとを押しつけることとなってしまった」
 そうだ、僕のほうの問題は解決していない。
「それとね、キミの世界を護るための結界になる自信がないというものだけれどね、それはノラオンと一緒にいることで解決すると思うよ。すでに魔力については十分足りているしね」
 タロウさんの姿はどんどん薄くなっていく。それはまるで大気に溶けていくようだ。
 消えないで欲しいと訴え願おうとする僕に彼は告げる。
「ああそれとね、キミの失った味覚。たぶんだけど彼女と生活してれば治るよ。プレッシャーなんていちいち感じてる余裕なんか持てないからね。そうすればきっとマヨネーズ以外のものも美味しく食べられるようになるよ」


7.少年と少女と新しい日常

 骨を灰燼教から取り返し、タロウさんを失った翌日、ノラオンはご機嫌だった。
 取り返した骨をせっせと布で磨いている。
「ノラオンってホントに炎竜神なの?」
「ああそうだ。なんだ師匠から聞いたのか? あいつ自分じゃ人に教えるなとか言っといて勝手だな」
 当人の姿が見えないことはたいして気にならないようだ。元が神様なせいか頓着するところが人間の基準とはだいぶちがう。
 とりあえず、当面はタロウさんの不在は言及されずに済みそうだ。
 僕は世界を焼き尽くすという神様の魂を宿したという少女を、ひとりで護らなければならない。
 ことがことだけに、公に相談できるわけもなく、それでいて他の六英雄との面会も困難だ。
 それでいて護られるべき当人は、世界を滅ぼしたいと願っているんだからどうしようもない。
 そういえば、灰燼教の人はなんで世界を焼き尽くしたいんだろうな。
 考えてみたけれど、僕には上手く想像できなかった。
 ふと、家の外から騒がしい声が聞こえる。
 気がつけば、さっきまで骨を磨いていたノラオンが、モヒカンさんとケンカをしていた。
「とりあえず、新しいマヨネーズでもつくろうかな」
 僕は昼食の内容を考えつつ、まずは手を動かすことから始めた。
Hiro

2020年08月09日 22時16分02秒 公開
■この作品の著作権は Hiro さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:炎は破壊の象徴であると同時に再生の始まり(きっかけ)でもある。

◆作者コメント:粗探し不要。語彙の限り褒め尽くしなさい。

2020年08月22日 22時22分16秒
0点
2020年08月22日 20時34分03秒
+10点
2020年08月22日 20時08分49秒
+10点
2020年08月19日 22時39分40秒
+20点
2020年08月18日 13時25分15秒
+10点
2020年08月16日 18時43分05秒
+20点
2020年08月14日 12時46分20秒
+20点
2020年08月13日 16時40分35秒
0点
2020年08月11日 10時28分22秒
+10点
合計 9人 100点

お名前(必須) 
E-Mail (必須) 
-- メッセージ --

作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)   トリップ  

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
E-Mail pass