ゴールド・ワスプ&シルバー・フライ |
Rev.01 枚数: 13 枚( 4,995 文字) |
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部 |
「何でお前がスズメバチで、俺がハエなんだよっ!」 鏡に映るのは、シルバーのバトルスーツに身を包んだ自分の姿。首から上を覆うヘルメットはハエの頭の形をしていて、ミラー仕様のため顔は見えない。 「だって、先輩の名字『飛田』じゃないですかぁ。『飛ぶ』って英語で『fly』でしょ? で、『fly』は日本語でハエですよね」 「じゃあ、何でお前はスズメバチなんだよ。名字『環』じゃねーか」 「まぁ、それは私が決めたわけじゃないので。宇宙に選ばれちゃったので」 俺の隣でゴールドのバトルスーツに蜂のヘルメットを身につけた環が自慢げにポーズを決める。体にフィットしたスーツが彼女のスタイルの良さを一層際立たせている。 「あれ? 何で私が選ばれたのかって聞かないんですか?」 「どうせ『金持ちで天才で美少女だから』とか言うんだろ?」 「先輩、褒めても時給上がりませんよ?」 「……調子に乗るなよ」 悔しいが何も否定できない。資産家の親を持ち、自身も高校生でありながら会社を経営していて、科学者でもあり、おまけに美少女だ。そんな彼女はスーパーヒロイン〈ゴールド・ワスプ〉として、世界の愛を守るために、嫉妬の化身ジェラスと戦っているが、今まで一度も勝てたことがないらしい。 そこで俺が雇われた。時給三千円でゴールド・ワスプのサイドキック〈シルバー・フライ〉になった。 「ところで、俺はどうやって戦うんだ?」 「先輩は戦わなくて大丈夫です。ただ一緒にいてくれればいいので。あと、ピンチになったら応援してください」 「応援って……本当にそれだけでいいの?」 「先輩の応援が、私の力になります!」 「ふーん」 何もしないで時給三千円貰えるのなら、お安い御用だ。ハエのヘルメットでも文句は言うまい。 「ちなみに、もし負けたらどうなるの?」 「世の中に犯罪者が増え、それによる被害者も増えます」 何それ。責任重大じゃん。 あーもう、引き受けなきゃよかった! 「お前さぁ、何で俺なんかを雇ったんだよ」 「それは……まだ言えません」 「何だよ、それ」 環はヘルメットを外した。ロングの黒髪がサラリと肩に落ちる。 「前回、負けた時に、ジェラスに言われたんです。『愛も恋も知らないお前に勝ち目はない』って。だけど、もしかしたら……先輩とだったら、わかるかもしれないって予感がして」 「わかるって何が?」 「愛とか恋とか?」 「はぁ? 何言ってんの、お前! バーカ!」 「あっれー? 先輩、照れてます?」 「照れてねぇよ。バーカ」 あぶねー。ヘルメット外してなくて助かった。環はニヤニヤしているが、向こうからこっちの表情は見えないはず。 別に環をどうこう思っているわけではない……わけではないが、いきなりそういう話をされると、変に意識してしまう。 俺は慌てて話題を変えようとした。 「必殺技とかあんのかよ?」 「気持ちが高まったら出せます」 「ケツからビームとか?」 「ど、どうして知ってるんですかっ!」 適当に言っただけなんだけど、当たってしまったようだ。環は顔を真っ赤にしている。よし、これでおあいこだな。 「先輩、一緒に行きたいところがあるので、これに着替えてください」 俺に紙袋を手渡すと、目の前でバトルスーツを脱ぎ始める環。咄嗟に後ろを向く俺。 「ちょっとー! いきなり脱ぐとかナシだろ」 「はいはい。さっさと着替えてくださいね」 クソー。いつか翻弄してやるから覚えてろ! ✳︎ ✳︎ ✳︎ 「先輩、可愛いー!」 「ウルセー、こっち見んな!」 「私、女装デートって密かに憧れてたんですよねぇ。メイクもウィッグも似合うー!」 テーブルの向こうで、環が楽しそうに笑う。 環に連れられて、俺は〈占いカフェ〉という場所に来ていた。食事をしながら占いを楽しめる店だそうで、客は女性ばかりだ。 だからといって、女装までする必要はなかった気がするけど。 「変装は潜入捜査の基本ですよ。それに、これはお仕事ですから。お金が必要なんでしょ?」 そう、俺にはお金が必要なのだ。家賃の半額を支払わなければ、姉ちゃんのマンションから追い出されてしまう。俺は黙って苦いコーヒーを啜った。 「あれ、先輩のお姉様じゃないですか?」 環が指差す先には、店の入り口に立つ姉ちゃんの姿があった。店員に誘導され、俺たちのすぐ後ろの席に座ってしまった。 「ダメだ。帰ろう」 「大丈夫ですよ。絶対バレませんって」 「こんな格好しているところを家族に見られたら死ぬ」 「変装は完璧です。しかも、この店がジェラスのアジトだってことはわかってるんです。今さら帰れません」 そっと後ろを覗くと、姉ちゃんのテーブルに占い師がついていた。話に夢中で、こちらに気づく気配はなさそうだ。 環がテーブルの上に小型マイクとワイヤレスイヤホンを置いた。集音器だろう。マイクは姉ちゃんの方に向けられている。 「盗聴かよ」 「偵察です」 「俺はいい」 「お仕事ですから」 環が片耳にイヤホンをつけ、もう片方をこちらに転がした。俺は嫌々それを耳にねじ込む。 すぐに、馴染みのある声が聞こえてきた。 『私、好きな人ができて、いい感じになると、大抵、その人には彼女がいるんです。私はいつも二番目で。今、付き合っている人には奥さんがいて……』 おいおい、不倫かよ! もう無理。聞いていられない。 イヤホンを外そうとする手を環に抑えられ、仕方なく続きを聞くと、今度は占い師が話し出した。 『最初から好意を見せすぎですね。アピールのつもりでしょうけど、ハマってない相手に押しまくっても、単なる自己満足です。本命になるつもりがあるなら、友達のまま踏み止まる理性も必要です』 環がうなづきながら聞いている。 お前、自分の目的忘れてないか? 『それから、本命と二番目は別カテゴリーです。順位ではなく、仕分けです』 占い師め。そんなにハッキリ言わないでやってくれ。姉ちゃんが可哀想だ。 『私どうしたら……』 『解決策はあります。本命を消すのです。邪魔な物は消す、それが一番になる方法です』 『邪魔な物は消す……』 『そうです。あなたがこうして悩んでいる間も、愛されるのは本命の方。今こそ負の感情を解き放つのです!』 『キャーァァァ!』 悲鳴が聞こえ、振り返ると、姉ちゃんの頭から黒煙が舞い上がるのが見えた。みるみるうちに煙は立ち込め、客たちは店の外へと逃げ惑う。 「先輩、バトルスーツに着替えてください」 「ここでか?」 「早く!」 環の気迫に押され、俺はテーブルの下に隠れて、着ているワンピースを脱ぐ。この背徳感……いけない世界へ行っちゃいそう。 急いでバトルスーツを着た俺は、ヘルメットを被り、テーブルの外へと這い出た。 さっきまで居たはずの環の姿はなく、床の上にグッタリと横たわる姉ちゃんを見つける。 「姉ちゃん!」 抱き起こした瞬間、カッと目を見開いたが、そこに眼球は無く、眼孔の中には地獄のような炎の渦が広がっていた。 うわぁ、何なんだ、いったい……? 「離れて!」 ゴールド・ワスプと化した環が、俺と姉ちゃんを引き離す。すっかり腰を抜かしてしまった俺は、引きずられるようにその場を離れた。 黒煙の中から、ローブをまとった長身の女が近づいて来る。姉ちゃんの席にいた占い師だ。ローブを脱ぎ捨てると、ボンテージ姿の美女が現れた。但し、肌の色が青い。 「出たわね、ジェラス!」 「ゴールド・ワスプ、今日は連れがいるようだな」 ジェラスが切れ長の目で俺を睨む。俺はびびって一歩も動けない。 「今日は負けないんだから!」 「ハハハッ! それは楽しみだ。しばらく玩具になってもらうさ」 ジェラスは倒れている姉ちゃんの髪の毛を掴むと、そのまま持ち上げた。 「その人を離しなさい!」 「おい、新入り。面白いものを見せてやる」 ジェラスに捕らわれた姉ちゃんの姿が歪み始め、猛牛になってしまった。猛牛は鼻から煙を吐き、角を揺らして、今にも飛びかかろうとしている。 「行けー、 ブル嫉妬! 二番目女の怒りを本命女子にぶつけるのだ!」 「二ゴーオ!」 奇声を上げ、環に向かって突進する。環は闘牛士のように素早く身をかわすが、逃げるだけで精一杯なのか反撃に出ない。 「環! どうした、大丈夫か?」 「大丈夫です、先輩! お姉様は傷つけませんから安心してください」 姉ちゃんに遠慮して手を出さないってことか? でも、どうやってこの猛牛を止めるんだ。 環はどこからか取り出したロープの先に輪を作り、頭の上でブンブン振り回すと、猛牛目がけて投げつけた。ロープの輪は牛の頭を捉え、首に巻きついた。環はロープの端を握りしめ必死に抵抗するが、猛牛の力は強く、徐々に引っ張られる。 このままじゃ力負けする。 俺は黙って見ていられず、猛牛の上に飛び乗った。 「二ゴーォォォ」 俺を振り落とそうと、頭を上下に振って暴れまくる猛牛。振り回される環。しがみつく俺。 「せ、先輩……私、もう限界です」 「ダメだ! もう少し……クッ」 「あっ、激し……お願い、一緒に!」 「せーのっ!」 俺たちは力を合わせ猛牛の首をひねり、床に押し倒した。ロープの端を後ろ脚に括りつける。頭と脚を固定された猛牛は身動きが取れず、その場でのたうち回った。 「よくやった!」 「愛の勝利です!」 ハイタッチでお互いを称え合う。 「くそっ、鬱陶しい奴め。これでも喰らえ! 黒歴史トラップ!」 ジェラスの網タイツが投網のように広がって環に襲いかかる。あっさりと捕まってしまった環は、黒い網の中で足掻く。俺は環を助けようと網を引っ張るが、絡まっていて外れない。 「無駄だ。囚われた者は簡単には抜け出せない。それが黒歴史!」 「うう、過去に縛られて自由になれない」 環が苦しそうに身悶える。何とかして環を解放しないと。 「環、聞いて? 俺、お前の過去のこと、まだよく知らないから、わかってあげられなくて悪いけど。それでも、今のお前が好きだよ……たぶん、未来のお前は、もっと」 「先輩……」 「だから、見せてくれないかな? 未来のお前を、これからもずっと……できれば、一番近くで」 「愛の告白いただきましたー!」 環が力強く床を蹴ってジャンプすると、絡みついていた網は引きちぎられた。宙に浮いた環の全身を電光が走り、緑色の火花を散らす。 「スティンガー・ビーム!」 上体を折り曲げた環のケツからビームが発射され、ジェラスの脳天に命中。爆音と共に後頭部が破壊され、灰になったジェラスは消滅した。 「勝った……勝ちましたよ、先輩!」 「ああ、すごい必殺技だったな」 「先輩の愛の告白のおかげです」 「俺は何も言ってないけどな」 「はい?」 「自動音声だろ。俺の声そっくりだからびっくりした」 「バレました? 次は本当に言ってくれてもいいですよ」 「無理。まだ言わない」 「えっ? まだって」 「ほら、姉ちゃん助けるの手伝ってくれ」 猛牛の姿から元に戻った姉ちゃんのロープを外す。気を失っているが、無事なようだ。 環が迎えの車を呼んでくれている間に、着替えを済ませようとした時。 「やべぇ、服がねえ」 「ワンピースがあるじゃないですか」 「姉ちゃんが目覚ます前に帰るぞ」 俺はワンピースを着て車の助手席に乗り、ただただ祈り続ける。 どうか、姉ちゃんが家に着くまで目を覚ましませんように! しかし、神様は味方してくれなかった。 「何あんた、化粧してるの?」 「違っ! これには訳があって」 「女の服まで着て。まぁいいわ、母さんには黙っておいてあげる」 あーもう、最悪だ。平和の代償は大きい。 「環さん、迷惑かけてごめんなさいね。バカな弟だけど、どうぞ宜しくね。あ、そこで止めてください」 車はマンションの手前で止まった。運転手さんがドアを開けてくれて、姉ちゃんが降りる。 「あんたは来ないでよ。ご近所さんの目があるから。それじゃ」 そう言い放って、姉は一人でマンションに帰ってしまった。車内に弟と、微妙な空気を置き去りにして。 「あの……よかったら、今夜はうちに泊まります?」 「え、いいの?」 「部屋なら無駄にたくさんありますし」 「ありがとう。助かる」 「なんなら一緒に……はっ! 好意の見せすぎ禁止! 友達でいる理性大事!」 「何ぶつぶつ言ってんだよ?」 「な、何でもないです」 そっぽを向いた環の横顔を見て、もっと強くなろうって決めた。 自分のために。こいつのために。 そして、世界の愛のために。 |
半可万花 2020年05月03日 23時21分51秒 公開 ■この作品の著作権は 半可万花 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月23日 20時22分59秒 | |||
|
||||
Re: | 2020年05月23日 17時57分03秒 | |||
|
||||
Re: | 2020年05月23日 01時28分35秒 | |||
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月23日 00時24分57秒 | |||
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月22日 21時39分34秒 | |||
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月22日 20時16分54秒 | |||
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月22日 19時02分04秒 | |||
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月22日 01時31分42秒 | |||
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月21日 19時55分45秒 | |||
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月20日 21時36分24秒 | |||
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
Re: | 2020年05月20日 16時33分59秒 | |||
合計 | 11人 | 110点 |
作品の編集・削除 |