ゴールド・ワスプ&シルバー・フライ

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「何でお前がスズメバチで、俺がハエなんだよっ!」
 鏡に映るのは、シルバーのバトルスーツに身を包んだ自分の姿。首から上を覆うヘルメットはハエの頭の形をしていて、ミラー仕様のため顔は見えない。
「だって、先輩の名字『飛田』じゃないですかぁ。『飛ぶ』って英語で『fly』でしょ? で、『fly』は日本語でハエですよね」
「じゃあ、何でお前はスズメバチなんだよ。名字『環』じゃねーか」
「まぁ、それは私が決めたわけじゃないので。宇宙に選ばれちゃったので」
 俺の隣でゴールドのバトルスーツに蜂のヘルメットを身につけた環が自慢げにポーズを決める。体にフィットしたスーツが彼女のスタイルの良さを一層際立たせている。
「あれ? 何で私が選ばれたのかって聞かないんですか?」
「どうせ『金持ちで天才で美少女だから』とか言うんだろ?」
「先輩、褒めても時給上がりませんよ?」
「……調子に乗るなよ」
 悔しいが何も否定できない。資産家の親を持ち、自身も高校生でありながら会社を経営していて、科学者でもあり、おまけに美少女だ。そんな彼女はスーパーヒロイン〈ゴールド・ワスプ〉として、世界の愛を守るために、嫉妬の化身ジェラスと戦っているが、今まで一度も勝てたことがないらしい。
 そこで俺が雇われた。時給三千円でゴールド・ワスプのサイドキック〈シルバー・フライ〉になった。
「ところで、俺はどうやって戦うんだ?」
「先輩は戦わなくて大丈夫です。ただ一緒にいてくれればいいので。あと、ピンチになったら応援してください」
「応援って……本当にそれだけでいいの?」
「先輩の応援が、私の力になります!」
「ふーん」
 何もしないで時給三千円貰えるのなら、お安い御用だ。ハエのヘルメットでも文句は言うまい。
「ちなみに、もし負けたらどうなるの?」
「世の中に犯罪者が増え、それによる被害者も増えます」
 何それ。責任重大じゃん。
 あーもう、引き受けなきゃよかった!
「お前さぁ、何で俺なんかを雇ったんだよ」
「それは……まだ言えません」
「何だよ、それ」
 環はヘルメットを外した。ロングの黒髪がサラリと肩に落ちる。
「前回、負けた時に、ジェラスに言われたんです。『愛も恋も知らないお前に勝ち目はない』って。だけど、もしかしたら……先輩とだったら、わかるかもしれないって予感がして」
「わかるって何が?」
「愛とか恋とか?」
「はぁ? 何言ってんの、お前! バーカ!」
「あっれー? 先輩、照れてます?」
「照れてねぇよ。バーカ」
 あぶねー。ヘルメット外してなくて助かった。環はニヤニヤしているが、向こうからこっちの表情は見えないはず。
 別に環をどうこう思っているわけではない……わけではないが、いきなりそういう話をされると、変に意識してしまう。
 俺は慌てて話題を変えようとした。
「必殺技とかあんのかよ?」
「気持ちが高まったら出せます」
「ケツからビームとか?」
「ど、どうして知ってるんですかっ!」
 適当に言っただけなんだけど、当たってしまったようだ。環は顔を真っ赤にしている。よし、これでおあいこだな。
 「先輩、一緒に行きたいところがあるので、これに着替えてください」
 俺に紙袋を手渡すと、目の前でバトルスーツを脱ぎ始める環。咄嗟に後ろを向く俺。
「ちょっとー! いきなり脱ぐとかナシだろ」
「はいはい。さっさと着替えてくださいね」
 クソー。いつか翻弄してやるから覚えてろ!

  ✳︎ ✳︎ ✳︎

「先輩、可愛いー!」
「ウルセー、こっち見んな!」
「私、女装デートって密かに憧れてたんですよねぇ。メイクもウィッグも似合うー!」
 テーブルの向こうで、環が楽しそうに笑う。
 環に連れられて、俺は〈占いカフェ〉という場所に来ていた。食事をしながら占いを楽しめる店だそうで、客は女性ばかりだ。
 だからといって、女装までする必要はなかった気がするけど。
「変装は潜入捜査の基本ですよ。それに、これはお仕事ですから。お金が必要なんでしょ?」
 そう、俺にはお金が必要なのだ。家賃の半額を支払わなければ、姉ちゃんのマンションから追い出されてしまう。俺は黙って苦いコーヒーを啜った。
「あれ、先輩のお姉様じゃないですか?」
 環が指差す先には、店の入り口に立つ姉ちゃんの姿があった。店員に誘導され、俺たちのすぐ後ろの席に座ってしまった。
「ダメだ。帰ろう」
「大丈夫ですよ。絶対バレませんって」
「こんな格好しているところを家族に見られたら死ぬ」
「変装は完璧です。しかも、この店がジェラスのアジトだってことはわかってるんです。今さら帰れません」
 そっと後ろを覗くと、姉ちゃんのテーブルに占い師がついていた。話に夢中で、こちらに気づく気配はなさそうだ。
 環がテーブルの上に小型マイクとワイヤレスイヤホンを置いた。集音器だろう。マイクは姉ちゃんの方に向けられている。
「盗聴かよ」
「偵察です」
「俺はいい」
「お仕事ですから」
 環が片耳にイヤホンをつけ、もう片方をこちらに転がした。俺は嫌々それを耳にねじ込む。
 すぐに、馴染みのある声が聞こえてきた。
『私、好きな人ができて、いい感じになると、大抵、その人には彼女がいるんです。私はいつも二番目で。今、付き合っている人には奥さんがいて……』
 おいおい、不倫かよ!
 もう無理。聞いていられない。
 イヤホンを外そうとする手を環に抑えられ、仕方なく続きを聞くと、今度は占い師が話し出した。
『最初から好意を見せすぎですね。アピールのつもりでしょうけど、ハマってない相手に押しまくっても、単なる自己満足です。本命になるつもりがあるなら、友達のまま踏み止まる理性も必要です』
 環がうなづきながら聞いている。
 お前、自分の目的忘れてないか?
『それから、本命と二番目は別カテゴリーです。順位ではなく、仕分けです』
 占い師め。そんなにハッキリ言わないでやってくれ。姉ちゃんが可哀想だ。
『私どうしたら……』
『解決策はあります。本命を消すのです。邪魔な物は消す、それが一番になる方法です』
『邪魔な物は消す……』
『そうです。あなたがこうして悩んでいる間も、愛されるのは本命の方。今こそ負の感情を解き放つのです!』
『キャーァァァ!』
 悲鳴が聞こえ、振り返ると、姉ちゃんの頭から黒煙が舞い上がるのが見えた。みるみるうちに煙は立ち込め、客たちは店の外へと逃げ惑う。
「先輩、バトルスーツに着替えてください」
「ここでか?」
「早く!」
 環の気迫に押され、俺はテーブルの下に隠れて、着ているワンピースを脱ぐ。この背徳感……いけない世界へ行っちゃいそう。
 急いでバトルスーツを着た俺は、ヘルメットを被り、テーブルの外へと這い出た。
 さっきまで居たはずの環の姿はなく、床の上にグッタリと横たわる姉ちゃんを見つける。
「姉ちゃん!」
 抱き起こした瞬間、カッと目を見開いたが、そこに眼球は無く、眼孔の中には地獄のような炎の渦が広がっていた。
 うわぁ、何なんだ、いったい……?
「離れて!」
 ゴールド・ワスプと化した環が、俺と姉ちゃんを引き離す。すっかり腰を抜かしてしまった俺は、引きずられるようにその場を離れた。
 黒煙の中から、ローブをまとった長身の女が近づいて来る。姉ちゃんの席にいた占い師だ。ローブを脱ぎ捨てると、ボンテージ姿の美女が現れた。但し、肌の色が青い。
「出たわね、ジェラス!」
「ゴールド・ワスプ、今日は連れがいるようだな」
 ジェラスが切れ長の目で俺を睨む。俺はびびって一歩も動けない。
「今日は負けないんだから!」
「ハハハッ! それは楽しみだ。しばらく玩具になってもらうさ」
 ジェラスは倒れている姉ちゃんの髪の毛を掴むと、そのまま持ち上げた。
「その人を離しなさい!」
「おい、新入り。面白いものを見せてやる」
 ジェラスに捕らわれた姉ちゃんの姿が歪み始め、猛牛になってしまった。猛牛は鼻から煙を吐き、角を揺らして、今にも飛びかかろうとしている。
「行けー、 ブル嫉妬! 二番目女の怒りを本命女子にぶつけるのだ!」
「二ゴーオ!」
 奇声を上げ、環に向かって突進する。環は闘牛士のように素早く身をかわすが、逃げるだけで精一杯なのか反撃に出ない。
「環! どうした、大丈夫か?」
「大丈夫です、先輩! お姉様は傷つけませんから安心してください」
 姉ちゃんに遠慮して手を出さないってことか?
 でも、どうやってこの猛牛を止めるんだ。
 環はどこからか取り出したロープの先に輪を作り、頭の上でブンブン振り回すと、猛牛目がけて投げつけた。ロープの輪は牛の頭を捉え、首に巻きついた。環はロープの端を握りしめ必死に抵抗するが、猛牛の力は強く、徐々に引っ張られる。
 このままじゃ力負けする。
 俺は黙って見ていられず、猛牛の上に飛び乗った。
「二ゴーォォォ」
 俺を振り落とそうと、頭を上下に振って暴れまくる猛牛。振り回される環。しがみつく俺。
「せ、先輩……私、もう限界です」
「ダメだ! もう少し……クッ」
「あっ、激し……お願い、一緒に!」
「せーのっ!」
 俺たちは力を合わせ猛牛の首をひねり、床に押し倒した。ロープの端を後ろ脚に括りつける。頭と脚を固定された猛牛は身動きが取れず、その場でのたうち回った。
「よくやった!」
「愛の勝利です!」
 ハイタッチでお互いを称え合う。
「くそっ、鬱陶しい奴め。これでも喰らえ! 黒歴史トラップ!」
 ジェラスの網タイツが投網のように広がって環に襲いかかる。あっさりと捕まってしまった環は、黒い網の中で足掻く。俺は環を助けようと網を引っ張るが、絡まっていて外れない。
「無駄だ。囚われた者は簡単には抜け出せない。それが黒歴史!」
「うう、過去に縛られて自由になれない」
 環が苦しそうに身悶える。何とかして環を解放しないと。
「環、聞いて? 俺、お前の過去のこと、まだよく知らないから、わかってあげられなくて悪いけど。それでも、今のお前が好きだよ……たぶん、未来のお前は、もっと」
「先輩……」
「だから、見せてくれないかな? 未来のお前を、これからもずっと……できれば、一番近くで」
「愛の告白いただきましたー!」
 環が力強く床を蹴ってジャンプすると、絡みついていた網は引きちぎられた。宙に浮いた環の全身を電光が走り、緑色の火花を散らす。
「スティンガー・ビーム!」
 上体を折り曲げた環のケツからビームが発射され、ジェラスの脳天に命中。爆音と共に後頭部が破壊され、灰になったジェラスは消滅した。
「勝った……勝ちましたよ、先輩!」
「ああ、すごい必殺技だったな」
「先輩の愛の告白のおかげです」
「俺は何も言ってないけどな」
「はい?」
「自動音声だろ。俺の声そっくりだからびっくりした」
「バレました? 次は本当に言ってくれてもいいですよ」
「無理。まだ言わない」
「えっ? まだって」
「ほら、姉ちゃん助けるの手伝ってくれ」
 猛牛の姿から元に戻った姉ちゃんのロープを外す。気を失っているが、無事なようだ。
 環が迎えの車を呼んでくれている間に、着替えを済ませようとした時。
「やべぇ、服がねえ」
「ワンピースがあるじゃないですか」
「姉ちゃんが目覚ます前に帰るぞ」
 俺はワンピースを着て車の助手席に乗り、ただただ祈り続ける。
 どうか、姉ちゃんが家に着くまで目を覚ましませんように!
 しかし、神様は味方してくれなかった。
「何あんた、化粧してるの?」
「違っ! これには訳があって」
「女の服まで着て。まぁいいわ、母さんには黙っておいてあげる」
 あーもう、最悪だ。平和の代償は大きい。
 「環さん、迷惑かけてごめんなさいね。バカな弟だけど、どうぞ宜しくね。あ、そこで止めてください」
 車はマンションの手前で止まった。運転手さんがドアを開けてくれて、姉ちゃんが降りる。
「あんたは来ないでよ。ご近所さんの目があるから。それじゃ」
 そう言い放って、姉は一人でマンションに帰ってしまった。車内に弟と、微妙な空気を置き去りにして。
「あの……よかったら、今夜はうちに泊まります?」
「え、いいの?」
「部屋なら無駄にたくさんありますし」
「ありがとう。助かる」
「なんなら一緒に……はっ! 好意の見せすぎ禁止! 友達でいる理性大事!」
「何ぶつぶつ言ってんだよ?」
「な、何でもないです」
 そっぽを向いた環の横顔を見て、もっと強くなろうって決めた。
 自分のために。こいつのために。
 そして、世界の愛のために。
半可万花

2020年05月03日 23時21分51秒 公開
■この作品の著作権は 半可万花 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:時給三千円でサイドキックになりました。
◆作者コメント:ナンバー2はサイドキックと二番目女で使用しました。
いろんなお話が聞けたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

2020年05月18日 20時26分57秒
作者レス
2020年05月16日 23時53分10秒
+10点
Re: 2020年05月23日 20時22分59秒
2020年05月16日 23時34分12秒
Re: 2020年05月23日 17時57分03秒
2020年05月16日 12時37分12秒
Re: 2020年05月23日 01時28分35秒
2020年05月15日 22時25分49秒
+10点
Re: 2020年05月23日 00時24分57秒
2020年05月15日 07時28分26秒
+10点
Re: 2020年05月22日 21時39分34秒
2020年05月11日 10時12分31秒
+20点
Re: 2020年05月22日 20時16分54秒
2020年05月09日 23時57分13秒
+10点
Re: 2020年05月22日 19時02分04秒
2020年05月07日 21時06分54秒
+10点
Re: 2020年05月22日 01時31分42秒
2020年05月06日 18時58分15秒
+10点
Re: 2020年05月21日 19時55分45秒
2020年05月06日 14時45分27秒
+20点
Re: 2020年05月20日 21時36分24秒
2020年05月06日 12時49分42秒
+10点
Re: 2020年05月20日 16時33分59秒
合計 11人 110点

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