二番目に好きな人

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「あっ、ぺんたん」
 最初は、ペンギンか何かのキャラクターだと思った。
 レジを打ち終えたお客さんを『ありがとうございましたー』と平淡な声で見送り、店の半ばまで並んだ列の先頭へと目をやる。もう一度「ぺんたんだよね?」と重ねた相手の姿を見て、習慣で出かかった「いらっしゃいませ」が喉に詰まった。
『ぺんたん』がかつての自分のあだ名であることを思い出させた声の主は、俺に向かって屈託のない笑顔を浮かべていた。
「わたしわたし。わかる?」
 記憶の中の彼女よりもずっと大人びた声や姿には、かつての面影が色濃く残っていて。
 チクリと胸の中にさした一筋の痛みを隠し、ああ、とも、おお、ともつかない返事をした。
「あーうん、わかるわかる。秋山真理、だよ、な」
「ちょっと自信なさげなのが気になるけど……まあヨシ!」
 にかっと笑みを浮かべるときに人差し指を立てるのも、あのころと変わらない癖だった。
「へえ~、ここで働いてたんだ~。もっと早く来ればよかったな。長いの? ここ」
「一応オープンからいるから。そろそろ五年かな」
 コンビニのバイトで長くやってることなど自慢にならないが、彼女は本当に感心したように「へえ~」と嘆息した。
「まだ続く? そろそろ上がるなら久しぶりにちょっと話さない? それともこの後なんか用事あったりする?」
「いや、ないけど」
「よかった。何時まで?」
「一時まで」
「じゃああとで、ちょっと付き合ってもらっていいかな? 久しぶりに、いろいろ話したいし」
 待ってるから、と言い残して何も買わずに店を出ていこうとする。何しに来たんだろうという疑問に苦笑すると、自動ドアを開けたところで彼女が振り返った。
「あっそうだ。わたし、もう秋山真理じゃないよ?」
「えっ?」
「春樹真理。苗字、変わったんだ」
 まるで他人事のように言って、すぐに外へと出て行ってしまった。
 店の外に吹いていた風は思いのほか強く、コンビニの制服越しにも冷たく感じられた。
 




『ぺったん、にんじんたべてくれて、ありがとね!』
 まだ幼稚園に通っていた幼いころの記憶だ。ああ、このころは『ぺんたん』ではなく『ぺったん』だったんだっけと、今更ながら驚く。
 俺の名前は丹野筆吉(たんの ふでよし)。丹野という名前の響きがなんとなく『ぺったん』っぽかったという、子供ならではのよくわからない理由だが、当時は由来など気にしていなかった。
『えへへ、どういたしまして。きのう、ピーマンたべてくれたから、おあいこだよ』
『そっか、じゃあべつにおれいいわなくてもよかったね』
『え……』
 まあ理屈としてはそうかもしれないが、当時の俺にはおかしいと説明できる語彙力なんてなかったから、素直に受け入れるしかなかった。
 崩したばかりの積木を片手にギュッと握りしめ、『ま、まりちゃん』と名前を呼ぶ。
『なーに?』
『あの、あのね』
 全力で走っているときにみたいに、胸がドキドキする。
『あの、まりちゃん。おおきくなったら、ぼくとけっこんしてください!』
 言った、言い切った。目をつむって勢いよく唾を飲み込み、返事を待つ。
 ぽかんと口を開けたまりちゃんは、やがてあごに指をあててうーんとうなってから、えへへと嬉しそうに笑い、『ありがと、うれしい』と言った。
『じゃあ……!』
『でもごめんね?』
『え?』
『ぺったんも好きだよ? でも、わたし、ゆり組のさかもとくんのほうがもっと好きなの!』





 古い記憶だというのに、なぜだかその瞬間だけは忘れられる気がしなかった。
 久しぶりに会ったせいなのかもしれない。
 制服をロッカーにしまい、「おつかれさまです」と声をかけてコンビニを出る。お昼を過ぎたばかりの外は、太陽がまぶしく光っていた。まだ五月になったばかりだというのに、すでに少し暑く感じる。
「あ、ぺんたん、来た来た」
 かれこれ十年聞いていない自分のあだ名に、どこかくすぐったさを感じた。『ぺったん』がいつから『ぺんたん』になったか覚えていないが、筆吉の筆を英語の『ペン』に引っ掛けて作ったのだと、真理が話したことがある。
 大きな違いなど感じないが、彼女の中では重要らしかった。よくわからない。
「お待たせ」
「うん、待った」
 相変わらず、思ったことが素直に出る子だった。
 改めて彼女の姿をまじまじと見る。自然に背中まで流した長い髪は少し茶色が混じっていて、白のパーカーに歩きやすいスラっとしたパンツと相まってラフな感じだった。それでも、少し赤い唇や目の辺りのちょっとした化粧が、彼女を大人っぽく見せている。
 高校時代はあまりメイクをしている印象はなかったから、より時間の流れを感じさせた。
「どこ行こうか」
 胸の中の思い出を振り払い、こちらから声をかける。真理は「いつものとこ」と答えると、さも当然のような足取りで歩きだした。
 もう十年も会っていないのだ。「いつもの」でもないだろうにと、出かかったため息を飲み込む。
 まあ、「いつもの」でわかってしまう僕もそこそこ重症だけど、と今度こそため息が漏れた。
「でさ、お昼食べ終わったら映画見に行かない? 気になってるのがあるんだけどさ」
「……行かない」
「えー、なんか用事でもあるの?」
 不満げに唇を尖らせた真理に、「……まあ」と曖昧に応じる。
「でもさっきはないって」
「少し時間はあるけど、長いのは無理」
「じゃあ、連休中、どっか空いてる日にでもさ」
「お生憎様、ずっとバイト漬け。あき……いや、そっちはどうなのさ」
 一瞬、彼女のことをどう呼んでいいか迷ってしまった。今更『真理』とは呼び難いけど、かといって『秋山』とも呼べない。でも『春樹』とは呼びたくはなかった。
「わたし? 普通に休みだよ。有給挟んで十二連休」
「ゴールデンなウィークだね」
「ぺんたんだって一日くらい休みあるでしょ、ゴールデンウィークなんだし」
「コンビニ店員はいつだって平常運転」
「さいですか」
「さいです」
 正社員としてきちんと働いているであろう真理と、バイトとしてしがなく食いつなぐ自分との差を感じてしまい、思わず目をそらしてしまう。一度は就職できたが三年を過ぎたころにやめてしまい、今でも「もう少し我慢していれば」という親の小言を聞く自分が情けなかった。
「まっ、そういう人もいるよね、普通」
「いるね」
 あっけらからんとした声に、心のどこかでほっとしながら、極力気取られないように気を付ける。
「ね、ぺんたん」
「なに」
「今でもわたしのこと、好き?」
 少し前を歩いていた真理が、いたずらっぽく俺を振り返る。
 大人びた、今の俺と同じ28歳の春樹真理が、一瞬小学生時代の彼女の姿に重なって見えた。





『怖くない? ぺんたん』
『怖くないよ、全然』
 答えた声が震えているのはわかっていたが、虚勢と見透かされていてもなお虚勢を張らなければいけないときが男にはあった。
 中学三年、修学旅行の二日目自由行動の最中。班行動で遊園地を訪れた俺たちは、二人ずつに分かれてお化け屋敷へと足を踏み入れた。
 おどろおどろしい音楽に薄暗い照明。しばしばどこからともなく聞こえる悲鳴が背筋を凍らせる。
 行こう行こうと強情を張ったのは真理だったが、よくわからない意地で乗っかったことを今になって後悔していた。
『さ、さっさと終わらせちゃえばいいんだよ。ささっと行って、戻ってくればいいの。ゆっくり行くほうが、怖い時間がより長引くんだから。注射と一緒』
『やっぱり怖いんじゃん』
 ツッコミを入れた真理の声は、やっぱりいつも通りだった。いや、むしろ上げ足を取れて上機嫌ですらあるかもしれない。
『じゃあ、手、つなごっか』
『うん……』
 なんとなく答えてから、彼女が何を言ったかを理解する。
『うん?』
『だから、手、つなごっか? って』
『い、いや、そんな』
『嫌?』
『い、いやってわけじゃ……』
 しどろもどろになりながら、あたふたと両手を上に上げる。
 なんだ、からかわれているのか?
『嫌じゃないなら、いいんじゃん。ほら』
『わ、ちょ、待っ』
 言い終わる前に、大きな音がして天井から死体がずり落ちてきた。
『うわあ!?』
『きゃあ!?』
 力なくぶら下がった死体を合図に、周囲の壁からノロノロと血だらけのゾンビが現れる。
 真理の背中に手をやって、早く先に行けと促しながら慌てて前へと進んでいく。しばらく歩くとゾンビはそれ以上追ってこず、やがて元居た場所へと戻っていった。
『あ、あー……びっくりした。秋山……?』
 返事がないことに訝しむと、隣にいた彼女がぺたんと尻餅をついた。
『……あはは、こし、抜けちゃった』
『秋山……』
 笑ってはいるものの、その表情は頬が硬直した不自然なものだった。
 思い返してみれば、先に手を繋ごうと言い出したのは彼女だ。
 言い出しっぺのくせに、と思うとどこかおかしくて、かえって恐怖が薄らいでいく。
 平気そうに見せても女の子だ、怖かったのだろう。
『大丈夫。おれがついてるから』
 ぎゅっと手を握り返し、なんだかよくわからない使命感が勝手に言葉を喋る。
『秋山は、おれが守る』
 ぼんやりと浮かんだ彼女のシルエットに向かって、俺は告白した。
『秋山が好きだから』
 言い終わったとたんに心臓がバクバクと音を鳴らし始めた。じんわりと手に浮かんだ汗が気になるけど、気にしてなんていられない。
 秋山は少し黙ってから、やがてぎゅっと手を握り返し。
『わたしも、好きだよ、ぺんたんのこと』
『えっ』
 じゃあ、とわずかに期待が膨らんだ瞬間。
『でも、一番好きなのは三組の山崎くんなんだ。ごめんね?』
 どんな暗闇よりも暗いどん底に突き落とされた。
 




「今思うとさ、わたしって結構思わせぶりだったりした?」
 ドリンクバーから戻ってきて、開口一番の真理のセリフがこれだった。
「中学のときにもさ、告白してくれたじゃない? お化け屋敷の時に」
「ああ……」
 思い出すだけで鼻血が出そうなほど恥ずかしい黒歴史だった。振られたこともショックだが、何よりシチュエーションがありえない。よりによってお化け屋敷の中とは。相手の顔も見えない上、振られた後の落ち込み様たるや凄まじかったらしく、お化け役の人に本気で心配されてのはむしろ申し訳なささえあった。。
「いやー、怖いの苦手じゃないと思ってたんだけどね。相手がぺんたんだったからなおのこと。でも、いざ行ってみたら意外と怖くなっちゃってさ」
「頼りにされて嬉しいよ」
「うん。頼りにしてたし、好きだよ。ずっと」
 平然と、彼女は好きだと言い切った。
「……へえ」
「でも、やっぱりごめんだったんだよね」
「わかってる」
 わかってるさ、わかってるとも。
 真理は一番好きな人に一生懸命なだけで、二番目に好きだった俺に誠実だっただけだ。だから、正面から受け止めて、そして断った。それだけだ。
 決して嫌われてはいない、むしろ限りなく好意に近い感情を持ってくれている。いや、正確に言えば『持ってくれていた』か。なんせ十年ぶりの再会だから、今はどう思っているかわからない。
 まして、誰かと結婚した今となっては。
 血を吐くように、でもそれは決して表には出ないように、言った。
「いいよ、気にしてない。それに……」
 入口から、数人の中学生が楽しそうに入ってきた。彼らにかつての自分たちを重ね合わせ、懐かしさに思わず頬を緩ませる。
「それに、振られる辛さを知っているのはお互い様だろ」





 放課後の校舎裏という、絶好の告白ポイントが通っていた高校にはあった。木々と校舎で周りから見えにくく、春や秋になると色鮮やかな花が咲き、恋人同士の昼食場所としても知られている場所だった。
 そんな場所の角で、向こうからは見えないように、俺はじっと耳をそばだてていた。
 身を乗り出して見れば、秋山真理ともう一人、俺の知らない三年生の先輩が話しているのが見えるだろう。
『先輩、あなたのことが好きです』
 普段の明るい感じとは少し異なる、真剣な、それでいて緊張している彼女の声だった。
 悔しさに奥歯を噛みしめる。醜い嫉妬とわかっていても、抑えることができなかった。
 少しの沈黙の後、『……ごめん』と先輩が小さくつぶやく。
『俺、付き合っている子いるから。君とは付き合えない』
 見ていなくても、真理の肩が震えたのがわかる気がした。
 少し間が空いて、ずず、と鼻をすする音が聞こえる。
『……です、よね。はい、わかってます。わかってました』
 震えないようにと頑張って、それでも震える声が、聞いていて痛々しくすらあった。
『ありがとう、ございました』
 彼女がお礼を言うと、先輩はもう一度ごめんと謝ってから、俺が隠れているのとは反対方向に歩いて行った。
 真理と真剣に向き合って、一生懸命に断ってくれた。直接会ったことはないが、きっと良い人なんだろうと思う。
 完全に先輩がいなくなってから、彼女のそばに歩み寄った。
『おつかれさま』
 ぽんと頭を叩くと、真理が振り返った。
『……ぺんたん』
『どうした』
『……振られちゃった』
『そうだな』
 野球部の掛け声が、遠くから聞こえた。校舎の方からは、合唱部らしき声がかすかに届いてくる。
 二人の周囲だけが、空間ごと切り取られたように静かだった。
『……帰りに、ラーメンでも食べていこうか。おごるから』
『甘いものがいい。クレープ』
『ええ、俺、苦手なんだけど。男あんまりいないし』
『いいの。わたしが食べたいの。もう決定』
『さいですか』
『さいです』
 何の変哲もない、ありきたりな会話だった。クレープが良いと言いながら、彼女はその場から動こうとしない。俺も行こうとは言わず、彼女の背中に自分の背中を預けて、じっと待ち続けた。
 やがて、ずず、と鼻をすする音が後ろから聞こえた。
『……ぺんたん』
『なに?』
 二人同時に振り返る。いつもはいたずらっぽく笑う彼女の顔は、今は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
『……づらいね、ふられるっで』
『そうだね』
 荒っぽく涙を拭い、彼女は続けた。
『ごめんね、いづも、こんな思いさせて』
『いいよ、慣れてるから』
 好きだから告白するし、振られるからといって告白しない理由にはならない。
 断られれば辛いけど、それでも伝えずにはいられないのだ。
『だって、俺は君が好きだから』
 彼女の方は見ず、前の方だけを見つめて言った。
 これでも我慢していたのだろう、ついに涙腺が崩壊したらしい真理は、俺の胸に顔を押し付け、わんわんと泣き続けた。
 ぽんぽんと慰めるように肩を叩き、泣き止むまでじっと待つ。
 どれくらい経ったのかは覚えていない。でも、彼女が顔を上げたときには、夕日が地表に滲んでいた。
 彼女は俺から離れると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、それでも後ろに手を組みニッカと笑い。
 俺を振ったのだった。


 


 最後の告白も断られた俺は真理と違う大学へ進学し、それから約十年、今日まで一度も会わなかった。引っ越したという話も聞かなかったし、会おうと思えば会えたような気はする。
 無意識に避けていたのか、偶然会えないことにほっとしていたのか。どっちでもあるような気がするし、どっちでもないような気もする。
 会計を済ませてファミレスを出ると、すっかり陽が傾きつつあった。ずいぶん長く話し込んでしまったらしい。
「帰ろうか、送ってくよ」
「うん」
 後ろに手を組み、楽しそうに真理が答えた。こういう仕草は、あのころからずっと変わっていない。
「ぺんたんはさ、いないの?」
「何が」
「彼女」
 上手いこと避けてきた話題を、このタイミングで放り投げてきた。
「いないよ」
「じゃあ、好きな人は」
「……さてね」
 誤魔化すような言い方になってしまった。案の定、「あ、あやしい」と真理が食いついてくる。
「いないの? 本当に? 一緒に働いている人で可愛い子とかいないの?」
「パートさんはだいたいおばちゃんだし」
「学生もいるでしょ」
「高校生に手を出したらダメでしょ」
「大学生ならいいの?」
「……」
 むすっと口を真一文字にして黙る。へそを曲げたと気づいたのか、真理もこれ以上の追及は避けた。
「あーあ、ちょっと期待したんだけどなあ、ひょっとして今日告白されるんじゃないかって」
「誰に」
「ぺんたんに」
「俺?」
 なんで急に。
「するわけないだろ。常識的な道徳心くらい俺にだってある。」
「?」
 真理が不思議そうに首を傾げた。
 なんだろう、なにかがずれている気がする。
「別に告白くらい、よくない?」
「いやだって、結婚してるんでしょ」
「してないけど」
 一瞬意味を理解できなかった。
 軽い眩暈のような感覚のあと、状況を整理するため頭を押さえる。
「いや、え? だって、苗字変わったって」
「え? ああ。あ、そういうこと」
 合点がいった、とばかりに真理が手を叩く。
「お母さんがね、もう何年も前に再婚したの。で、わたしの名前も変わったってわけ。別にわたしが結婚したわけじゃないよ」
 たっぷり、感覚的には数十秒ほどぽかんと口開けたままだった俺は、通り過ぎていく人から見たらさぞ滑稽だったことだろう。
 親の再婚で苗字が変わっただけ。再会したときに苗字が変わった妙に他人事のようにあっさりと語っていたが、実際に他人事だったとしたら不自然ではない。いや親のことだから他人事というわけではないだろうが。
「あ……あー、そういうこと」
「そういうこと」
 安心したようながっかりしたような、魂が抜けていくような何とも言えない感覚だった。ちょっとでも力を抜けば、そのまま膝から崩れ落ちてしまいそうになる。
 ――――いやいや、そんな場合じゃないだろ。しっかりしろ、丹野筆吉。
「なあ秋山、ずっと気になってた映画が今やっているんだけど、これから見に行かないか?」
 期待を込めて、かつできるだけ自然体で誘ってみる。
 真理はジトッとした目で見返してきた。
「……さっきわたしが映画誘った時は、この後用事あるからって言ってなかった?」
「そうだっけ」
「そう。わたし覚えてる」
「じゃあそれは俺の勘違いだ。本当は空いてた」
「……ちなみに、どんな映画?」
「なんでもいい、行ってから決める」
「見たい映画があるんじゃないの?」
「見たい映画がいっぱいあるんだ」
 まあ早い話が何を見るかは大事ではないのだ。
 真理と一緒の時間を過ごして、そのままあわよくば良い雰囲気にしたいというだけだ。
 他人から見た俺は、ひょっとするとこのとき、まるで散歩前の飼い犬のようなキラキラした目をしていたのかもしれない。ジトっとしていた真理の目は呆れたよう変わり、そしてくすっと笑って頷いた。
「いいよ、行こ」
 その瞬間の喜びは、緩みそうになる頬を必死に歯を食いしばらなければデレデレになってしまいそうなほどだった。それでも、ニヤニヤする口端はごまかせそうにない。
 駅へ向かって並んで歩きだしてから、ふとあることに思い至る。
 結婚していないからと言って、特定の相手がいないとは限らないのでは?
 降って湧いた疑念は気になると止まらず、思い切って問いかけてみる。
「ところで、今、俺って何番目?」
「えっ?」
 きょとんと首を傾げた真理は、やがて意図を察したのか、細いあごに指をあてて、意地悪そうに笑みを浮かべた。
「そうだなあ……暫定一位、いや、一位(仮)かな」
 そう言って、少し恥ずかしくなったのか、真理は速足で先を行ってしまった。 
 暫定でも、(仮)でも。
 いつか誰かに割り込まれてしまうかもしれなくても、初めて入った一位の座。
 逃してなるものか。脈があるなら、映画の終わりにでも告白してやろうと、俺は跳ねるような足取りで彼女を追いかけた。



燕小太郎

2020年05月03日 21時08分39秒 公開
■この作品の著作権は 燕小太郎 さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:『好き』にも順番があるということ
◆作者コメント:2020年、GW企画開催おめでとうございます。
 こういう時期ということもあり、多くのイベントが中止・延期に追い込まれている中で、こうして無事開催できたことは、運営の皆様、そして参加された皆様のお力あってこそだと思います。
 さて、せっかく開催されたからには、少しでも盛り上がるよう、微力を尽くして頑張りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

2020年05月31日 14時39分57秒
作者レス
2020年05月24日 02時00分53秒
Re: 2020年05月25日 15時23分01秒
2020年05月19日 20時06分03秒
作者レス
2020年05月17日 14時34分22秒
作者レス
2020年05月16日 23時50分01秒
+20点
Re: 2020年05月23日 15時58分36秒
2020年05月16日 23時36分04秒
+20点
Re: 2020年05月23日 15時57分05秒
2020年05月16日 20時45分21秒
+20点
Re: 2020年05月23日 15時56分06秒
2020年05月16日 18時00分27秒
+10点
Re: 2020年05月23日 15時54分04秒
2020年05月16日 12時04分21秒
Re: 2020年05月23日 15時52分27秒
2020年05月15日 22時49分47秒
+30点
Re: 2020年05月23日 15時51分07秒
2020年05月10日 10時54分11秒
+30点
Re: 2020年05月23日 04時10分23秒
2020年05月09日 16時01分20秒
+20点
Re: 2020年05月23日 04時06分35秒
2020年05月09日 10時19分10秒
+20点
Re: 2020年05月23日 04時05分28秒
2020年05月07日 23時05分06秒
+10点
Re: 2020年05月23日 04時04分09秒
2020年05月06日 17時54分11秒
+20点
Re: 2020年05月23日 04時02分18秒
2020年05月06日 11時31分20秒
+20点
Re: 2020年05月23日 03時54分40秒
2020年05月06日 08時59分33秒
+50点
Re: 2020年05月23日 03時52分18秒
合計 14人 270点

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