コンビニ無法地帯(カオティック)

Rev.02 枚数: 26 枚( 10,034 文字)

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※本作はフィクションです。
 実際のコンビニエンスストアと同じであると感じられる部分があるかもしれませんが、創作物としてお楽しみいただければ幸いに存じます。

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 ――コンビニだ……。
 暗い道を歩き続け、ようやくみつけたその店は、あたし――フラワー・山田の心をわずかながらに安らがせてくれた。
 ただそれは気休めで、安らぎはそれほど大きくはない。
 コンビニには暖かい食べ物や甘い物、それにトイレだってある。場所によってはお薬だって売ってる。それらがあるだけで落命の脅威は著しく減退する。
 でも、それらの商品を買うにはお金が必要となるのだ。
 そしてあたしの所持金はい薄いアルミの硬貨が4枚あるだけ。これじゃ小さなチョコひとつ売ってもらえない。
 最後に食事をしたのはもうおとといの話だ。おっぱいも目減りしている。このままいけば餓死まっしぐら。そんな死に様は是非とも回避したい。
 ではなにをすればいいのか……。
 そんなのわかってる。
 万引きだ。
 いいや、これは窃盗?
 悪いことだ。
 捕まれば警察に連行されるかもしれない。
 ――警察は嫌だな。
 そう思う反面で、警察に行けば食事をもらえるんじゃないかって甘い考えがよぎる。
 そんなの絶対嫌だけど、空腹はあたしに決意を求める。
 ――やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがいい。
 虚ろな覚悟を決めると、あたしは深夜のコンビニに足を踏み入れるのだった……。
 
 自動ドアを抜けると、来客を知らせるベルが鳴る。電子音だけれど、客に配慮されたその音は、歓迎してくれているようでちょっとだけ嬉しくなった。お金をもってないあたしはお客さんじゃなくて、歓迎されるわけじゃないんだけど。
 店に入ってすぐ、ガラスの蒸し機が目につく。そこで蒸かされている肉まんはやけに美味しそうだ。
 でも、さすがにアレは無理すぎるか。
 犯罪(まんびき)を決意しても、それが物理的な不可能を可能にするわけじゃない。
 カウンターにはどデカい店員がいるし、蒸し器を開けるにはカウンター側に入る必要がある。
 それをするには店員を排除しないといけないけど、さすがにそれが成功するとは思えない。
 店員はデカくて、顔色が悪くてゾンビみたい。似合わない制服の上からは分厚い防弾のチョッキをつけ、近くの壁には威圧するようにショットガンが飾られている。
 ひょっとして、見つかったらアレで撃たれるの?
 そんなことないよね?
 早くも決意が揺らぐ。
 でも、店員の目には輝きがないし、動きもけっこう鈍く鈍くさそうだ。機をうかがえば、十分勝機はあると思う。あるといいなぁ。
 
 まずは店内の様子を確認してまわる
 深夜の静けさに感染したような空間にお客さんは三人だけ。ただし誰もがひとクセありそうな雰囲気だ。
 デメ金顔のスーツの魚人は、焦点のあわぬ瞳を虚空に彷徨わせ、口をパクパクさせている。
 パンツ一丁のカッパは、デカい甲羅を背負っていてすれちがうのにすごく邪魔。
 バニー姿のシワシワ老婆は、店内で電子タバコの煙をプカプカさせている。非常識な。
 あまりの無法っぷりに、店員が気の毒になる。
 まぁ、これから盗みを働こうってあたしが一番非常識なのかもしれないけど。
 
 店内を回って配置を確認。おにぎりやお弁当など要冷蔵のものはレジから近いので狙い難い。内側の島にあるお菓子や保存食あたりが狙い目か。
 まずは雑誌コーナーへと移動。ことを起こすのは店員が隙を見せた時。それまではここで様子をうかがう。
 腹の音をなだめつつ、雑誌に目を向けるけれど、不況の影響なのかスカスカでロクな雑誌が並んでない。あるのは今時、誰が読むのかわからないパチンコやファッションの雑誌だ。
 毎週入れ替わるマンガ雑誌は平折りの三種類だけ。
 仕方なく薄着のホルスタイン娘の写真がデカデカと載っている大衆誌へと目を向ける。
 世の中、性差別云々を声高らかに叫ぶ方々が多いわりに、こういうのは残っているから不思議だ。エロ雑誌の方は邪神ミチルが降臨するよりも前に撤去されていたのに。
 どれも立ち読み防止用のゴムが巻かれているので、火星日本語で書かれたタイトルだけを追っていく。
・メカAbe内閣の全貌
・宇宙世紀の箪笥貯蓄術
・100歳からはじめる蒙昧小説(ラノベ)作家生活
・童貞を殺すセーター・ザ・2040
 世相を反映しているのか、してないのかよくわからないラインナップだ。
 そんな風に表紙に書かれたタイトルをチェックしていくけれど、いつまでも店内に変化は訪れない。
 他の三人のお客さんは、店内をウロウロしながらも、商品に手を伸ばさずにいる。店員に警戒される前にことを終わらせたいのきっかけはこないままだ。
 不審に思っていると、最初に動いたのは、なんと顔色の悪い店員だった。
 壁に飾ってあったショットガンに手を伸ばすと、ポンプをスライドさせて散弾を放つ。
 銃声の直後に、「クパァ!」という悲鳴とともに、カッパの腕から血液があふれる。
 手にした商品がこぼれ落ちるが、それは開封されていて無数の『かっぱ●びせん』が濃緑色の返り血とともに飛び散った。
 カウンターから出てくる店員は、腕を押さえうずくまるカッパに油断なくショットガンを向けている。
「金払う前に開封するんじゃない」
「うちの子が材料にされたんです」
 意味不明なやりとりに混乱するも、そこでようやくカッパがお菓子を盗もうとしていたことに思い当たる。
「いくらなんでも、いきなり発砲するなんて」
 あたしはやりすぎだと口を挟んでから、自分の失態に気づく。ここはどさくさにまぎれるチャンスだったんじゃないか。でももう手遅れだ。店員の双眼はあたしをロックオンしている。
「犯罪者なら、警察に引き渡せば……いいんじゃないかなって」
 大きな身体と、死者みたいな瞳に威圧されつつも言葉をつなげる。
「お客様は初見様ですか? その前にホントに客?」
 購入の意思を示さないあたしを疑っている。実際その通りだから、言い訳の言葉もすぐには出せない。
 だけれどそんなの関係なしに、ショットガンの銃口がふたたび火を噴く。
「ひっ」
 けど、あたしに怪我はなかった。代わりに背後でなにかが倒れる音がする。
 振り返ると死角にいたデメ金魚人が仰向けに倒れていた。そのスーツの内側から、猫用の缶詰がいくつも転がりおちる。
「お客様、会計前の商品を懐に入れるのはやめてください」
 店員は淡々と忠告するけれど、魚人はそれに従わなかった。
 袖口に隠していた拳銃を取り出すと、店員に向かって撃ち放つ。弾丸は胸に着弾したものの、防弾のチョッキを貫通はできずに終わった。そして反撃の一発で魚人は完全に沈黙する。
 突然の惨劇に恐怖したのか、バニー老婆が店外へと走り出した。
 よく見れば、その手には小さな箱を握ったまま。どうやら店内にいた全員が客ではなかったらしい。そりゃ誰もレジに行こうとしないわけだ。
 店員は容赦なく発砲するけど、ショットガンの射程は短く、恐ろしいほどに俊敏な老婆はまんまと店外へと逃亡を果たす。
 しかし店員はそれであきらめはしなかった。
 「ちっ」と舌打ちをすると、非常用の消化器の後ろに隠してあった巨大なブーメランを取り出す。
「お客様、会計がまだですよっと」
 体中の筋肉を総動員するとそれを投げつける。
 ブーメランはアッというまにバニー老婆に追いつくと背中を直撃。一瞬まっぷたつになるんじゃないかと思ったけど、一応両断はされてはいない。
 店員は奪われた商品と、撃墜されたバニー老婆をひきずって店内に戻ってくる。
 バニー老婆に意識はなく、シワシワの片乳をこぼしていた。彼女が盗もうとしたのは、極薄のコンドームで、それが彼女に本当に必要なのかは疑問だった。
 
 三匹の犯罪者を撃退したゾンビ店員は、今度はあたしのもとにやってくる。
「それで、あんたはお客様か? それとも……」
 ブーメランを近接武器のように握りしめたままたずねてくる。
「えっと、えっとですね……」
 降伏の印として手をあげるけれど、店員の警戒はまったくゆるまない。
 そしてあたしの口から出たのは「バイトに雇ってもらえませんか?」という、ごまかしの言葉だった。
 
 
◆◆◆◆◆◆

 西暦2020年。東京オリンピックの最中、突如顕現した邪神ミチルの力により世界は崩壊した。
 正確に言うのなら、その顕現の影響で破壊されたのは、それまであった『太陽系で人類が生息しているのは地球だけ』という常識だった。
 実は火星にも木星にも人類は住んでいて、さらには地底人や月面星人までもが発見され、地球人類と交流をもつこととなった。
 それは大いなる混乱を産みつつも、新しい技術とシステムを産み、多大な犠牲を払いつつも、安定にむかっている。
 人が勝ち組と負け組に分けられるのは、世界が変革されても変わってなかったけど……。
 
◆◆◆◆◆◆
 
 
 大柄な店員はゴミを見る目で、本音を吐かされたあたしを見下ろしている。もともと死んだ目をしていたので、変化に乏しいとも言えた。
「それで、金もないのにうちに入ったのか」
 首肯すると深いため息をつかれた。
「いい年して、無職で恥ずかしくないのか? しかもそんなださいシャツきて」
「シャツのガラは関係ないでしょ」
 ●ニクロの商品は安くても、型が一般人に合わないので避けている。そしてスーパーのワゴン品に、センスの良い服など残っているわけがない。
「ポリシーって訳じゃないなら、これ貸してやるよ」
 そう言って渡してくれたのは、彼が着ているものとおなじコンビニの制服だった。
「えっ、これは……?」
「働く気、ないの?」
 どうやら、とっさに言ったことを本気にしてくれたらしい。あるいは、それに目をつぶるほど人手不足なのか。
「勝手にそんなことしていいんですか? 店長の許可とか」
「俺が店長だよ。代理だけどな」
 深夜のシフトなんて、他に仕事のない連中の勤め先かと思っていたけれど、店長代理ということは、そうでもないのかな。
 聞けば、店を経営するオーナー兼店長が、客に撃たれたせいで入院中なのだとか。それはそれで聞き捨てならない。
「ひょっとして、この職場ってブラックですか?」
「宇宙色だよ」
「それどんな環境ですか?」
「察してくれ」
「やっぱりあたし……」
 あまりに怪しすぎるバイト先にあたしは辞退を言い出す。けど、それを言いかけた矢先に鳴り響いた腹の音が、あたしの言葉を詰まらせた。
 店長代理は、表だってはそれを指摘せず、ただ遠回しに弱味をついてくる。
「そっか残念、地球産の米国和牛の弁当が廃棄されてたのにな」
 つまりは、バイトをすれば食べさせてくれるってこと?
 あたしは相手の手を両手でしっかり握ると、「よろしくおねがいします」と勤労の意志を明示する。
「俺は店長代理のザウルス・田中だ。よろしくな」
「フラワー・山田です。よろしくお願いします」
 こうして、あたしは不安にかられながらも宇宙色の労働環境を手に入れたのだった。
 
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
「それじゃ、死体(客)から金目のものを剥いで」
 支給された制服に袖を通したあたしに振られた最初の仕事は、なかなかに非人道的なものになった。
「……あの、警察とか呼ばなくていいんですか?」
「ただでさえロスが出てるのに、意味のないことしてどうすんだ?」
 確かに被害届なんか出したって、調書をとる時間と手間がかかるだけで、見舞金すら出してもらえないしな。
 店からしてみたら、万引き犯と大差ない鬱陶しいのかもしれない。
 あたしは両手を合わせてから、死んだデメ金顔の魚人の所持品を漁る。
 スーツの胸元に収められていた財布はなかなか高級品っぽく、お札もたくさんはいっていて、万引きをする必要性は感じられなかった。
 ――まぁ、盗みをする理由なんて人それぞれか。
 ちなみにバニー老婆とカッパは、購入額の三倍の料金を払って解放されていった。
 どうやら、食うに困って犯行に及ぼうとしたのはあたしだけだったらしい。
 社会の底辺と思われた彼らよりも、自分が低い位置にいるのだと思い知らされる。
「終わったら、ドブ川に捨ててこい」
「このへん、川なんてありました?」
「緑道があるだろ」
 確かにあった。手入れされた緑道は淡い光に照らされていて、いかにも公金でつくりましたって感じのものだった。隣には細い人工の川も流れている。
「あんな目立つとこに捨てたら、不法投棄で怒られるんじゃ?」
「もともとドブ川の景観をよくするために、上からフタをして無理矢理隠したんだ。フタを外せるところがあるから、そこに流してこい」
 店長代理でもあるザウルス先輩の命令には逆らえない。
 仕方なくあたしは出目金顔の死体を引きずって店を出た。
 言われたとおり、緑道にはフタの外れる場所があったけど……そこはすぐに使える状態にはなかった。
 前の利用者が詰まらせたまま放置したのか、ずんぶりとした魚人の下半身がそこから生えているのだ。
「困ったな、これじゃ流せないよ」
 あたしが苦慮していると、突然下半身が動き出す。
 どうやら自力で抜け出せないようだ。
 あたしはその手伝いをして、詰まっていた魚人を救出した。
「大丈夫ですか?」
「ペコペンペコポンダーレガタタイタ」
 しまった東北弁か。
 なにを言ってるのか、さっぱりわからないけど……なんとなく感謝しているんだろうというニュアンスは伝わってくる。
 あたしは目的を達するために、適当なところで会話を切り上げようとするけど、魚人の人はあたしの代わりに死体を処理してくれると言ってくれた……たぶん、そんな内容だと思う。
 相手の好意に甘えることにして、あたしは死体をあずけると店に戻った。
 
「おせーぞフラワー」
 店内を片付けたザウルスさん。
「すみません、ちょっと詰まってたもので」
「トイレかよ」
 いやちがうけど……似たようなものかな?
「そうだ、次はウンコ掃除も頼む」
「ウンコって……」
 客用トイレの便器にきっと、茶色いものがくっついてるんだろうな。うら若き乙女になんて仕事を振るんだ。きっとザウルス先輩はモテないにちがいない。
 嫌なだからって、ゴネててもしかたない。仕事なんだから、ちゃっちゃとすませますか。
 掃除用具を手にトイレに入るものの、それを観て絶句する。
 そしてすぐさま店長代理にクレームをぶちこんだ。
「ちょっとザウルス先輩、あれなんですか!」
「なにってウンコだろ?」
 ちょっとワイルドな犬面人間の購入した首輪をレジにとおしながら、平然と答える。
「たしかにウンコですけど、どうして小用のトイレにウンコが詰まってるんですか。それも大量に!」
 お小水用のトイレにウンコを詰まらせるなんて、人類の所行じゃない。
「客がしてったんだろ。そのまんまじゃ、俺が困るから片付けてくれ」
「どうしろっていうんです。あんなの!」
「食えとか無茶は言わねーよ」
「当然です」
「なんか上手いことやってくれ」
「新人には荷が重いです。代わってください。あたしがレジやりますから」
「アホか。いきなり新人にレジ任せられるか」
 冷静に考えれば、無一文で転がりこんだ相手に直接金を使わせるなんて危ないことはできないか。
「どうした辞めるか? これだから根性がないやつは」
「くそっ」
 さすが宇宙色の職場。業務内容が一々想定外すぎる。
 しかも一番想定外なのが、ザウルスさんがそんなにおどろいていないところだ。
 つまり、これが深夜コンビニでの日常……やっぱりここで働くのはやめた方がいいのかもしれない。
 でもあたしに次の職場のあてはない。そのまえに胸と背中がくっついて、女性としての尊厳をうしなってしまいそうだ。
 あたしが苦渋の決断を迫られた時、レジを済ませたばかりの犬面人の客が声をかけてきた。
「たいへんですね。よければ僕が代わりましょうかバウ?」
「いっ、いいんですか?」
 さすがに客にそんなことをさせるわけにはいかないと思ったけど……ザウルスさんの許可がおりたので代わってもらうことにした。
「それじゃ、お願いします」
 ただ、今後のことを考え、いちおう掃除の仕方は覚えておくことにした。次も代わってもらえるような幸運はないだろう。
 すると、犬面人間は男性用の便器に顔を近づけると、その突き出た口でむしゃむしゃとそれを咀嚼しだすのだった。

 ぎゃ――――――――っ!!!!
 
 
 トイレ掃除を終えたあたしは、ようやく食事休憩を与えられる。
 もうちょっとタイミングを計ってほしかったけれど、接客中の腹の音がやかましいほどだったので、仕方ないともいえる。
 雑然としたスタッフルームに入ると、手狭なテーブルの上で廃棄されたお弁当を手にする。
 すでにザウルス先輩は済ませているらしく、みっつあるお弁当を全部食べても良いということだった。けど、縮んでいる胃では残念ながらひとつしか食べられなかった。
 宇宙世紀のコンビニ弁当はたいへん美味で、最後に食べたファミレス料理よりも圧倒的に美味かった。
 お金を出して食べたものよりも、無料でいただいたものの方が美味しかったというのは、なかなか考えるものがある。
「それはともかく、米国和牛のお肉美味しい♪」
 品名の意味はよくわからないけど、お肉の酸味と甘みのコントラストは絶品だった。
 
「休憩終わりました~」
 食事から戻ると、またもザウルス先輩がショットガンを長身の蜥蜴人間に向けている所だった。
 蜥蜴人間は首に巻いた襟巻きを立たせてザウルス先輩を威圧する。
 しかし先輩は、それを脅威とも感じずに淡々とショットガンで打ち抜いて屈服させる。流血はしていたけれど、ちゃんと生きているので今度は捨てに行かなくて済みそうだ。
 それにしても、深夜のコンビニバイトがハードだとは聞いてたけど想像以上だったな。むしろ想定外?
 これはシフトを昼に変えてもらえば少しは楽になるのかな?
 散らかった店内を片付ける先輩に視線を向けつつもそんなことを考える。片付けをする先輩の手際は良く、それはあたしに疑問を産み付けた。
 ――この人何者なんだろう?
 軍属って感じじゃないけど、手際が良いし経験は豊富そうだ。
「ん、どうした?」
 視線を感じとったのか、先輩が手をとめて振り返る。
「いえ、先輩お強いなって」
「まぁ、この仕事長いからな」
「どのくらいやってるんです?」
「そろそろ三ヶ月は経つな」
 それ、邪神ミチルが降臨する前の世界だと、普通に試用期間だったんじゃ?
 まぁ、それを指摘すると年がバレるのやめておこう。
「そういえばフラワー、おまえは、ここに来る前はなにしてたんだ。まさかずっと無職だったわけじゃないんだろ?」
 世間話だったんだろう、ザウルス先輩はなにげなくたずねてきた。
「言わなきゃだめですか?」
「いや、別にいいけど」
 どうやらたいして興味はないらしい。
 答えないのもアリかなと思った。
 ただ、あたしは自分の中でくすぶっていたものを誰かに伝えたかったらしい。あたしがどうして無一文で放浪する羽目になったのか……その理由を話し出した。
「あたし警察署に務めてたんですよ。叔父さんの縁故で、たわいない事務をやってました」
「なるほどそこで戦闘訓練を受けてたんだな。動きが素人ではないと思った」
「まぁ、基礎だけですけど」
 謙遜で言った訳ではない。ザウルス先輩のほうがよっぽど強いのは明白だ。強がっても意味はない。
「実は叔父さんはそこの署長だったんです。普通なら縁故採用はないんですけど……いろいろと融通してもらって」
「へー……っておい、まさか?」
 なにやらザウルス先輩には思い当たる節があるらしい。
 テレビでも散々報道されていたし、たぶんそれでまちがってない。
「横領で捕まったツルっぱげ署長か」
「パゲは余計です」
 横領で私腹を肥やしていた叔父は、部下からの告発で捕まることとなった。
 そのことにあたしは何も知らなかったから罪に問われてはいない。
 ただ、縁故で雇われていたあたしの肩身は、それ以降とても狭くなった。
 不幸なことに、それまで署に顔を出すだけで高給をもらえ、署のみんなが媚びへつらう生活は終わりを迎えることになったのだ。あたしは署を逃げるように辞めることになった。
 しばらくは貯金と失業保険で暮らしていた。就職は条件の良いところがみつかったらするつもりでいた。でも、次の職場も決まらないうちから超銀河・東京カジノに足を向けたのが失敗だった。
 最初のうちは勝て、このまま博打打ちを本職として暮らしていくことを決め欠けていた。だが、それは勘違いだったらしく、しばらくするとまったく勝てなくなり、破産寸前まで追いやられたのだ。
 あたしもバカじゃないので、破産するまえに博打からは足を洗った。
 でもそれで貯金を溶かしたせいで、翌年の年金の積み立てを払うことができなかったのだ。税務署の取り立ては容赦なく、住処と口座を差し押さえられ、あたしはすべてを失ったのだ。
 このままいくと、年金をもらう前に餓死しかねない状態だったのに誰も助けてくれなかったのだ。
 あれは年金を払いたくない政府の経費削減のために行われた口減らしだったんじゃないだろうかと今でも怪しんでいる。
「そりゃまた、ずいぶんと落ちたもんだな」
「そうですよね」
 遊んでても、数十万火星円をもらえていたし、叔父さんのおかげで、あたしにちょっかい出してくるような不届き者もいなかったし。
 できることなら、あの生活にもどりたい。
 人は失ってから大事な者に気づくって本当だった。
「まぁ、ここだって慣れりゃそんなに悪くはないさ」
「意外と楽しいですしね」
 上っ面で接客しつつ、客のご機嫌取りなんかするよりも、手早くぶっぱなして駆逐でるのは案外ストレス解消になる。
 法に従っていては殴ることすらままならない連中を、その場で殴れると考えれば案外ホワイトな部分もある。むろん、殴り返されて怪我することも覚悟しなきゃだけれど。
「そういえば、ザウルス先輩、ひとつ聞き忘れていたことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「あたし、自給いくらになるんです?」
「廃棄弁当食い放題だろ?」
「いや、さすがにそれはブラックどころじゃないです。ブラックホール並みに宇宙の墓場です」
「光すらも抜け出せないか」
 誰が上手いこと言えと。
「……マジで、給料なしですか?」
 それって、雇われているうちに入るの?
「なぁフラワー、おまえ深夜営業でどのくらい利益が出るか知ってるか?」
「えっと……●●万火星円くらいですかね?」
 客の数と、売れた商品の単価から、おおざっぱに計算する。計算はそれほど外れていなかったらしく、半分だけ正解をもらえた。
「売り上げはそのくらいあるな。だが、仕入れ値や光熱費・人件費を引いた純利益は●万火星円になる。で、そっから本社にロイヤリティを半分もってかれるんだ」
「えっ、それ困るじゃないですか」
 ハッキリ言って深夜営業などやるメリットのない額だ。日によっては赤字になることもあるらしい。
「でも先輩、変な客からいろいろ摂取してるじゃないですか」
「そんなもん、弾代と店の修繕費で簡単にすっとんじまう」
 ちなみに、先輩の着用している防弾チョッキは私物だそうだ。だから、あたしには支給されてないのか。
「だから、深夜のシフトを増やすことはありえない。例え規定で二人以上が常勤することが義務づけられていてもだ」
「ひどい……っていうか、そんなんで、余所のお店どうしてるんです?」
「そりゃ決まってる。ここらにウチ以外あったか?」
「……なるほど」
 儲からないから全滅したのか。
 銃撃戦とかあるわりに、普通に買い物に来てるお客さんがいるので変だとは思っていた。
 確かに他に店がないのなら、ここに足を運ぶしかかない。ひとり勝ちの無双状態なのに、利益が出ないってのはおかしな話だけど。
 むぅだとしたら……。
 確かに、ここでザウルス先輩の手伝いをしていれば、とりあえず食べる物には困らないだろう。
 でも、それじゃ先がなさすぎる。
 あるいは、ほぼ無報酬でも実績を積むことで正規採用の道が開けるの?
 それも希望的観測にすぎない。
 ということは……。
「あっ、あのお客さん、なんかいま懐に入れませんでした?」
 最適解を導き出したあたしは、先輩にこっそりと耳打ちする。
 眠たげな視線が、濡れ衣を着せられたお客さんへと向けられる。
 あたしはその隙をついて、彼の背後へと回り込んだ。
 そして、背後から脇腹をさす。
「ぐへっ」
 そこで先輩は倒れた。
 先輩の体力なら死ぬことはないだろう……たぶん。
 あたしは救急車を呼んであげると、先輩を緊急病院へと搬送してもらった。
「これで良しっと」
 こうしてあたしはザウルス先輩の代わりにシフトに入ると、放浪生活を終えて新しい生活をはじめたのだった。
 ハッピーエンド♪
Hiro

2019年12月30日 21時41分29秒 公開
■この作品の著作権は Hiro さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:そこは宇宙色の職場だった。
◆作者コメント:作者コメントってなにをかけば良いのでしょう?

2020年01月13日 00時01分56秒
作者レス
2020年01月12日 22時37分25秒
+20点
Re: 2020年01月17日 00時50分00秒
2020年01月12日 21時28分09秒
+20点
Re: 2020年01月17日 00時49分19秒
2020年01月12日 21時07分23秒
+10点
Re: 2020年01月17日 00時45分31秒
2020年01月12日 09時59分25秒
+10点
Re: 2020年01月17日 00時43分19秒
2020年01月11日 23時12分27秒
+40点
Re: 2020年01月17日 00時39分07秒
2020年01月11日 11時21分23秒
+30点
Re: 2020年01月17日 00時37分17秒
2020年01月02日 18時23分39秒
+20点
Re: 2020年01月17日 00時35分40秒
2020年01月02日 04時46分58秒
Re: 2020年01月17日 00時33分08秒
2020年01月01日 23時52分49秒
+10点
Re: 2020年01月17日 00時31分50秒
2020年01月01日 23時12分53秒
+10点
Re: 2020年01月17日 00時30分44秒
2020年01月01日 18時56分32秒
+20点
Re: 2020年01月17日 00時30分10秒
合計 11人 190点

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