サニーサイドアップに最適の日 |
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希望という言葉を忘れてから、どれほどの日々が過ぎただろうか。いつ命を落としてもおかしくない、きわどい生活にもすっかり慣れてしまった。 今の俺には天国もない。地獄もない。明日もない。 あるのは永遠の煉獄のように続く、はてしない今日だけだ。 * * * 「まったく、人は見かけによらないというのは、お前さんのことだな」 初老の依頼人がラウールをしげしげと見やりながら言った。学者然とした風貌だが、油断なく執拗に相手を値踏みするような眼差しがこの男の素性を物語っているようだ。 「最初にお前さんに仕事を依頼してから、もう二年くらいか? こんな男に殺しができるのかと危ぶんだよ。何かのまちがいでボーイスカウトの小僧でも来たのかと思ったものだ」 「童顔とはよく言われるが、そこまでガキじゃないだろ?」 「ほう。気にしてるのか?」 「べつに。このツラは俺の大事な商売道具の一つだからな。おとなしくて空気みたいに印象が薄いから、どこにだってもぐりこめるんだ」 「そんなことが強みになるんだな。まあ、見かけ倒しのでくの坊よりはずっとましだ」 ラウールは、依頼人がデスクの上のシガレット・ケースに手を伸ばすのを見て顔をしかめた。この部屋に入ってきてから二本目だ。上等なしろものなのはわかるが、副流煙が癇にさわる。せっかくご立派な書斎なのに、蔵書がヤニ臭くなるのは意に介さないらしい。 「確かにお買い得だったよ、お前さんは。今回もよろしく頼む」 「もちろん引き受けるが、厄介な口を持ち込んだもんだな?」 ラウールは手にした写真に視線をおとした。 「こいつは悪党の世界じゃ、ちょっとしたレジェンドだ。《ジェルヴィエの赤い死神》か。二つ名持ちとは、ご大層なこった」 写真は少しぼやけていたが、被写体の波打つような赤毛がはっきりと見て取れる。くくっと口許にゆがんだ笑みが浮かんだ。 「依頼料はいつもの口座に頼む」 そう言って席を立ち、扉に向かった。契約は成立。もう用は何もないはずだったが、この時は依頼人がめずらしく背中に声をかけてきた。 「ハンサムボーイさんよ。一度聞こうと思っていたんだが、お前さん、女はいないのか?」 「なぜ、そんなことを聞く?」 「そろそろお前さんとは、もっと親しくなってもいい頃だと思ってな。アレクシスの店には上玉が多いぞ。私の名前を告げればどんなことだって言いなりになるだろう。なんなら、お前さんの専属にしてやってもいい。興味はないか?」 「ないね」 (俺をファミリーお抱えのヒットマンにでもするつもりか) この依頼人は大物だったから、そう持ちかけられれば渡りに船と飛びつくやつもいるだろう。しかしラウールは受ける気はなかった。二年前までは彼もある男に仕えていた。その老人は駆け出しの彼を鍛え上げた師匠でもあったから、逆らうことはできなかった。その老人ももうこの世にはいない。ラウールは今の一匹狼の身が性に合っていた。 しかし。ドアのノブに手をかけた時、ラウールはふと依頼人を振り返った。 「その店に、料理の上手な女はいるか?」 「料理? いや、知らんが。なんならアレクシスに聞いてみてやろうか?」 「目玉焼きを……」 ラウールはためらいながら呟いた。 「目玉焼きを焼くのがうまい女はいるか?」 「なんだそれは?」 依頼人がやや呆れたように苦笑する。 「目玉焼きなんて、誰でも焼けるだろう?」 「そうだな……いや、いいんだ」 そう言ってラウールは初老の依頼人との会話を打ち切り、部屋を出た。 * * * 初めての街。そして初めての店。しかし、十分調べてある。 ラウールは目星をつけていたその酒場に入ると、まっすぐに隅の方のテーブルに歩み寄り、椅子を引いて座った。 店の中の全員が、凍りつくのを感じる。横目でかるく見ると、皆、戸惑ったように無言でラウールに視線を向けている。と言っても、それほど警戒している様子はない。 いつだってそうだ。 髪を短く刈り上げた特徴のない優男。だからあの依頼人にもボーイスカウトみたいだと揶揄われる。服装もいたって平凡。地味なシャツに地味なジャケット。頭には地味なハンチング帽。こんな風采の彼を、怖れる者なんかいやしない。 だが、この席はやばいのだ。それは分かっている。 「……ちょっと、あんた、そこは」 カウンターの中からマスターらしい太った男が声をかけてくる。その言葉が途中でとぎれたのは、すっとマスターの前を横切ってラウールの前に足早に歩み寄ってきた姿があったからだ。 (美少年?) 一瞬そう思った。 色あせた男物の上着。しかし、それがちょっと大きすぎて体に合っていない。ボタンをかけず前が少し開いていて、白いシャツが覗く。 その胸元が、ふくらんでいることにラウールは気がついた。 (……女か) やわらかそうな栗色の髪。それを、うなじが見えるほどの長さに揃えている。いや、よく見るとあまりちゃんと揃っていない。無造作に自分で切ったような感じだった。年はたぶん十七~八くらいだろう。 少女は両手を腰にあてて、睨むようにラウールを見下ろす。 「あんたさあ、誰にことわってそこに座ってんのさ?」 高く澄んだ声音だった。 「好きな席に座るのに許可がいるのか? 予約の札はないようだが?」 「札なんてなくったって、その席に座る人は決まってんのっ。あんた、余所者だろ? 知らないんだろうから仕方ないけど、さっさと他の席に移ることね。だいたい、ごらんなさいよ」 片手を大きくぐるっとまわして店内を示してみせた。 「こ~んなに、がらがらで閑古鳥が鳴いてるんだから、どこだって座り放題じゃんっ」 「閑古鳥はないだろ?」 マスターが苦笑しながら口をはさむ。 「あら、ごめんなさい、ついホントのことを」 少女はにこっと愛嬌のある微笑みをマスターに向けた。それからすぐに、ラウールに視線を戻す。 「とにかく、これだけ空席があるのに、どうしてよりにもよって一直線にその席に座ったのよ?」 「いいじゃないか。店に入って見渡したら、この席が一番いい雰囲気を漂わせてて気に入ったんだよ。この隅っこの薄暗い風情がなんともね」 「あんた、若いくせに隅の老人? ったく性格暗くて、キモイって言われない?」 「ほう。この席の常連の誰かさんとやらも、性格暗くてキモイのか?」 少女はちょっと動揺したようだった。 「い……いえ、あの人はいいのよ。てか、何言わせんのよっ。いいから、さっさと他の席に行きなさいっ」 「いやだ」 「なんですって?」 「予約席じゃないのなら、俺にだってこの席に座る権利がある。俺はここが気に入ったんだ。梃子でも動かない」 「なに、へんなとこで意地はってんのよ?! 頭おかしくない? あんた、いつもこの席に座ってる人がどんな人か知らないんでしょ?」 「知らないな。どんなやつなんだ?」 「知ってたら、あんたなんかオシッコちびって、尻尾まいて逃げ出すわよっ」 「だが知らないから逃げない。それと女の子はもっと上品な言葉を使うもんだ」 少女は呆れかえったような顔で、腕組みして黙り込んでしまった。 「やれやれ、いつまで知ってたらとか知らないとか、子供みたいに言い合っているんだい?」 マスターが困ったような口調で、また割って入ってきた。 「なあ、あんた。悪いことは言わないから、その娘の言うとおりにした方がいいよ。あの人が来たらただじゃすまない。店だって困るんだよ」 「そうよ」 少女が気を取り直したように口を開いた。その時、マスターが入り口の方に視線を移したことには気づかなかったようだ。 「店にだって迷惑だし、何よりも、あんたのためを思って忠告してるの。だいたいね、あんたがそこまで意地をはる理由がさっぱりわからないわ。こんなことで無駄な時間費やしてると、ホントにあの人来ちゃうわよ。この時間はわりとあの人のゴールデンタイムだから」 「そうみたいだな」 ラウールが落ち着き払って言う。 「君の後ろにもう来てるみたいだぞ」 「おまえの後ろにもう来てるぞ」 「ひゃうっ!」 娘の背後に立った男が、彼女の頭をつかんでぐりぐり動かした。 (ほう。これは、なかなか) ラウールの心の中にかるい驚きの気持ちがうかんだ。男の風貌に目をみはったのだ。 引き締まった長身。目尻が鋭くやや切れ上がり、頬骨の高い顔立ちは鷹のような印象をあたえる。 そして。 何といっても、見事な赤毛だ。これは感嘆せざるを得なかった。普通赤毛というのは地毛ならば本当に赤いわけではなく、茶色にほんの少し赤味がかかっている程度だ。それが人によって暗かったり明るかったり、赤味が強かったり弱かったりする。 この男の場合は、明るい髪色で赤も強い方だった。それを誇示するかのように肩まで届く長髪にして、ゆるやかに波打たせているのだから目立つことこの上もない。燃えるような赤毛という言葉が、この男にかぎってはそれほど大袈裟とも感じられなかった。 (《ジェルヴィエの赤い死神》様のお出ましか) そう思いつつ、 「女の子をそんなふうに邪険にあつかうのは、どうなのかな?」 まだ少女の頭を弄んでいる赤毛の男に、とりあえずそう言ってみた。 「ふん。この娘はいいんだよ。俺がいなくちゃ生きていけない捨て猫だからな」 そう言って乱暴に突き離した。 「それより貴様だ。なぜそこに座っている?」 「この店は金をとって酒と席を提供するんだろう?」 「その通りだが、その席は特別なんだ。聞かなかったのか?」 「聞いた。ここはあんたがいつも座るんだそうだね」 「そうだ。で、この俺が誰だかは聞いたか?」 「それは聞かなかったが、聞かなくても知っているよ。バーゼラスで三十二人殺した伝説の殺人鬼。なんだろ?」 「ふうん」 赤毛の男はしばらく考え、それからにやりと凄みのある笑みをうかべた。 「それを知っていてまだそこに座ってるってことは、何か目的があるってわけだ。または、自殺志願者か?」 「まだ自殺はしたくないな。もちろん殺されるのもごめんだ」 「だとしたら目的があるんだな。聞こうか」 赤毛の男はラウールに向かい合って座った。 「実はね、あんたのボスに会いたいんだ。でも、この街ははじめてで右も左もわからないんでね。ここにいれば、あんたが現れるだろうと踏んだんだ」 この説明は、あらかじめ考えてあった。 「あなた、この人がどんな人か知っていたの? さっきは知らないって。嘘ついたのね」 少女が横から口を出した。 「わるい。君があんまりカリカリするから面白くて」 「要するにおまえが揶揄われたんだろ? いいから黙ってろ」 赤毛の男にどやされた少女は、首をすくめてしゅんとなった。 「で、ボスにどんな用があるんだ?」 「それはここでは言えない。俺の方のボスからの大事な用件を伝えに来たんだ」 「お前のボスって誰だ?」 ラウールが依頼人の名前を告げると、赤毛の男は合点がいったような表情になった。 「うちのボスのライバルだな」 「そういうわけなんで案内してもらえないかな?」 赤毛の男は束の間思案するようだった。 「まさかメッセンジャーがヒットマンに早変わりなんて事にはならないだろうな?」 「俺がそんな危険な男にみえるか?」 肩をすくめてみせるラウールを男はまだ疑わしそうに見つめていたが、 「まあ、いいだろう。連れて行ってやるからついて来な」 そう言って、立ち上がった。 店を出てしばらく歩いた。なぜか少女まで上着のポケットに両手をつっこんでついてくる。 三人は人気のない裏道のようなところに入った。 「あんたのボスは、こんな寂れたところに住んでるのか?」 「アホか。そんなわけないだろ?」 先頭を歩いていた赤毛の男が急に振り向いて、ラウールに拳銃をつきつけた。 「やはり、俺を信用しないのか?」 「じゃなくてな、貴様がメッセンジャーでもヒットマンでも、どっちでもいいんだ」 赤毛の男は少女の肩に手をかけて、荒々しく脇に引き寄せた。 「俺たちは、この街に見切りをつけたんだよ。この街のボスと貴様の主人とは世間じゃ互角と思われてるが、内実はそっちに縄張りをいくつも侵蝕されて青息吐息なんだ。俺はこの女と一緒に泥船からおさらばすることに決めたのさ。そんなところに貴様が飛び込んできた。それで、閃いたのよ」 男は得意げに言葉を続ける。 「貴様はそっちの主人を裏切って、この街のボスに寝返ろうとした。そういうストーリーだ」 「ちょっと待て。俺はそんなことは」 「わかってるって。今俺が思いついた作り話だ。それに、寝返るのは貴様じゃなくって俺の方だ。お前の首を手土産にそっちのボスにつこうって寸法よ。名案だろ?」 「どうだかな。で、俺をどうするんだ?」 「死んでもらうに決まってるだろ」 凄みを利かせるように声を低めたが、心なしか震えているようだった。 「えっ、この人を殺すの?」 少女が表情に驚きをうかべて、赤毛の男を見上げた。 「あたりまえだっ。こいつを生かしといたら、嘘がばれるだろうが」 「その前にっ。この人のボスとかって人に寝返るなんて話、聞いてないよ? もう、こんなことやめようよ。あんたには無理だよ。はったりで組織を騙すなんて無鉄砲なこと、長続きするはずない。だから二人で逃げて、どこかで静かに生きていこうって決めたんじゃない」 「それで、どうすんだよ?! 百姓か、どっかの下働きか、炭鉱の労働者にでもなって一生を送るのかよ?! そんなお先真っ暗な人生はまっぴらだぜ! これは浮かび上がる最後のチャンスかもしれねえんだ! 俺はそれに賭けたいんだよ!」 「百姓でも労働者でもいいじゃないっ。生きていれば、いいこともあると思うよ。あんたが組織を抜けて街を出るって言ったとき、私嬉しかったんだ。私、平凡で貧しくてもいいから、あんたと一緒にひっそりと生きていきたい。いえ、あんたがお金がほしいって言うなら、私この体を売ってあんたを支えてあげたっていい。それで、あんたが喜ぶのならいいよ。でも、危ないことだけはもうしてほしくない。人殺しになんかなってほしくない!」 「馬鹿野郎! おまえにそんなことさせねえために、俺は頑張ってきたんじゃねえかよ!」 言い争いながらも油断なくラウールに銃口を向けていた赤毛の男が、この一瞬、思わずだったのだろう。少女につめよって叫んだ。 その隙を見逃さず、ラウールはすっと距離をつめ、男の銃を握ぎっている方の手首をつかんだ。 人間の体の急所は知りつくしている。手首など、難なく折ることができる。 男が激痛に悲鳴をあげ、拳銃が地に落ちた。それを拾い上げる。 ラウールは赤毛の男から少し体を離し、冷静に観察した。体をかがめ、折られた手首を押さえて呻いている男は、もはや無力だ。 さて、どうするか? この男は酒場からこの人目のない裏通りにラウールをおびき出したつもりだった。ラウールを殺すためにだ。しかし、おびき出したのは実はラウールの方だった、この男を殺すためにだ。人の多い酒場で殺しをやるのは、さすがにまずい。 依頼者との契約は、この男の死をもってのみ終了する。ターゲットは会ってみたら大したこともないチンピラだった。いくらか可哀そうだが助けてやるわけにもいかない。 奪った銃を持ち主に向けようとした時。 「動かないでっ」 少女の押し殺した声音。ありったけの勇気を振りしぼった、本物の凄みをはらんだ声音を背後に聞いた。そして、背筋のあたりに固いものが押し付けられるのを感じた。 (――?!) 少しだけぎょっとした。まさかこんな小娘がと油断があったようだ。 少女が背後から手をまわし、ラウールから拳銃を奪った。 「手をあげなさい。撃たれたくなかったら」 生死を境にした修羅場には慣れている。すでに落ち着きを取り戻していたが、とりあえず従っておくことにした。 両手をゆっくりと上げて少女の方に体ごと向き直ると、彼女の左手には拳銃、そして右手には。 胡椒の壜が握られていた。 ラウールは声を立てて笑った。 「手癖の悪いお嬢さんだ。それ、さっきの店のテーブルからくすねてきたな」 「アパートの胡椒を切らしてたのを思い出してね。世の中には、こんなものを買うのも迷うほどお金に困ってる人間もいるのよ」 「それを咄嗟に使ったのか。君はあの兄さんよりよっぽど悪党の素質があるな。で、どうする? 俺を撃つか?」 「撃つわ! 私にはわかる。撃たなかったら、あなた、あの人を絶対殺すもの。そんなことさせない」 「そうか。じゃあ、撃て」 「撃つわよ……」 少女はガラス壜を投げ捨て、拳銃を左手から右手に持ち替えた。両手をそえて強く握りしめるが、目に見えて震えていた。 「撃たないのか?」 ラウールは両手をおろし、ゆっくりと少女に歩み寄る。 「近寄らないで! 撃つわよ!」 少女が絶叫する。 「だから、早く撃て」 ラウールは少女の目前に立ち、わなわな震えながら拳銃を握るか細い手に、そっと包むように手をそえた。そして銃口を自らの心臓に向けさせた。 「今、引き金を引けば、確実に俺を殺せるよ」 むしろ優しく、ささやくようにそう告げた。 しかし。銃声が響くことはなく、少女は力なく地に膝をおとし、すすり泣きはじめた。 ラウールは少女の指を丁寧に開かせて拳銃を取り上げ、上着のポケットにしまった。振り向くと、赤毛の男は脂汗を浮かべた顔を苦痛にゆがめながら、それでもラウールをじっと睨みつけていた。 「ほう。逃げなかったのか」 「逃げるかよ! 貴様は俺なんかよりはるかに人でなしの悪党だってわかったんだ。そんな貴様の前にそいつを残して、俺一人だけ逃げるなんてできるかよ!」 「バカめ」 ラウールは静かに言った。 「俺がこの娘を手にかけたとして、おまえは助けられたのか? 無力なくせに命を無駄に捨てる愚か者だな」 「お願い、その人を殺さないで!」 少女が血を吐くように叫んだ。 「どうしようもない人だけど、その人が拾ってくれたおかげで私は体を売らないですんだんだ。私には大切な恩人なのよ!」 「そうか。じゃあ、こんなやつでも天国に行けるかもしれないな」 ラウールは赤毛の男が後ずさりすると動きをはやめ、足をはらって苦も無く尻もちをつかせた。背後に回って頭と顎に手をかけた。 人間の体の急所は知りつくしている。静かに力をこめると、男の首があっけなく折れた。 長い赤毛を地に散らすように足元に横たわる男の死体を、ラウールはしばらく感情のない瞳で見下ろしていた。それから少女の方を振り返る。 少女は青ざめた顔で震えていた。それでも気丈に両の足で地面を踏みしめて立ち、ラウールを見返してきた。 「私も、殺すの……?」 ラウールは答えなかった。 すると少女は今度は、 「さっき、私に撃たれるって思わなかったの?」 そう問いかけてきた。 「十中八九、君は撃たない……いや、撃てないって思ってたよ。だけど、別に確信はなかった。撃たれたら撃たれたで、死ぬだけだ。誰だっていつかは死ぬんだから、大したことじゃない」 「あなたって、そういう人なのね」 ラウールはしばらく沈黙し、また問いかけた。 「あいつに助けられたって言っていたな」 「一年前、田舎から出稼ぎに出てきた。でも、雇い主は私を騙してたのよ。売春宿に売られそうになって逃げだした時に、あの人に出会った。あの人は我儘で乱暴だったけど、気まぐれに優しくしてくれることもあった。それだけよ」 「だけど、きみを捨てて逃げないって、やせ我慢をはってたな」 「そういうところはカッコつけだがる人なのよ」 「あいつを愛していたのか?」 「……わからない」 少女の返答の仕方は、もう何もかもどうでもいいと思っているような投げやりな感じだった。 ラウールはそんな少女を、しばらく無言で見つめた。やがて、また尋ねた。 「出稼ぎにきたって言ったな。故郷には家族が……?」 「弟と、母さんがいる」 「……父親は?」 「父さんは死んじゃった」 「弟がいるのか……」 ほとんど聞き取れないほどの呟きだった。 「弟は可愛いか?」 「しつこい人ね! くどくど、くどくど、どうしてそんなこと聞くのよ?!」 少女はかっとなったように、ラウールの頭からハンチング帽をはらいのけた。 ラウールは動かなかった。 「……あなたも赤毛なんだ」 ラウールは、ニヤリと笑った。確かに、その頭髪は赤かった。しかし刈り上げているため、帽子をかぶると目立たなかったのだ。 * * * 二年前までは、ラウールも赤毛を誇るように長くのばしていた。それで名を売り《ジェルヴィエの赤い死神》と呼ばれた。 彼を一人前の悪党に鍛え上げた師匠は、二年前に死んだ。母の日に車から降りてカーネーションを買っているところをハチの巣にされたのだ。それを機会にラウールは一匹狼の殺し屋となり、髪を切り、つとめて目立たないように仕事をこなすようになった。 ところが最近になって《赤い死神》が再び暗躍し始めたという噂が流れ、少し驚いた。調べると噂の活動範囲は彼とは重ならないし、大した悪事も働いていなかった。どうやら昔のラウールの盛名を利用して、こけおどしのハッタリを演じている者がいるようだった。今のラウールにとってはかえって目くらましになるから放っておいてもよかったのだが、皮肉にも偽物の赤い死神を殺せという依頼が、こともあろうに本物に舞い込んだのだ。 * * * 希望という言葉を忘れてから、どれほどの日々が過ぎただろうか。いつ命を落としてもおかしくない、きわどい生活にもすっかり慣れてしまった。 今の俺には天国もない。地獄もない。明日もない。 あるのは永遠の煉獄のように続く、はてしない今日だけだ。 そんな俺が、どうにも気になってしかたないことがある。 朝食の目玉焼き。それも片面焼きのサニーサイドアップじゃなくちゃだめだ。朝起きて余裕がある日には、俺は目玉焼きを焼く。しかし、どうもうまくいかないんだ。 あの味が、どうしても出せない。 * * * ややあってラウールは、ポケットから一枚の紙切れを取り出した。それを少女の手ににぎらせる。 少女が震えながらその紙とラウールの顔を見比べる。紙切れは、宝くじの券だった。 「俺にはけっこう大勢、面白い友人がいてね。合法的に大金を受け渡す方法を色々捻りだしてくれるんだ。宝くじってのは中々粋だろう? その紙切れは一週間後には君の家族が二~三年は暮らせる金に化けることになってる」 「それを、私に?」 「まあな」 「どうして?」 「さあ、どうしてかな?」 ためらうような束の間の沈黙ののち、ラウールは言った。 「俺も、子供のころ貧しい田舎から出稼ぎに出たんだよ」 * * * 十二年前。 初老の靴職人に怒声を浴びせられた少年の日を、ラウールは思い出す。 「とっとと出て行け、この赤毛のクソガキが! 貴様にはがっかりしたよ。裏切られたよ。俺の店に、ヤクの売人がいたなんてな。とんだ恥さらしだ!」 少年はうつむき、声もなく立ちつくす。ぎゅっと握りしめた両のこぶしが、ぶるぶるふるえている。 ややあって、喉の奥からしぼりだすような声がやっと少年の唇からもれた。 「俺…… どうかしてました。もう二度とこんなことしません」 親方は腕をくみ、仏頂面でラウールを見つめる。 ひどく怒っているのは一目瞭然だったが、その瞳にはかすかな悲しみも滲んでいるようだった。 それは彼が年若い弟子への情愛をまったく失ったわけではないことを示しているように思えた。ラウールは、一縷の望みにすがりつくように言葉を重ねた。 「ぜったい真面目に働きますから。神様に誓いますから。だから、追い出さないでください!」 しかし親方は、くびを横にふった。 「だめだ。警察につきださないのが、せめてのもの情けだと思ってもらわんとな」 「親父さん…… 俺」 「何も言うな」 親方は店の奥に入り、しばらくしてまた少年の前にもどってきた。 「これまでの給金だ。これを持って、どこへでもいけ」 何枚かの紙幣を紙くずのように掌で丸め、それをラウールの手にむりやり握らせる。 「もう、二度と俺の前に姿をあらわすな。もし戻ってきたら、容赦なく警察を呼ぶからな」 少年はなおも言いつのろうとした。しかし、親方の表情はどうあっても固かった。少年はよろめくように後ずさりし、不意にきびすを返した。 親方に背を向けて、がむしゃらに走り出した。 冷たい風の吹く中を一心に走る十三歳の赤毛の少年を、道ゆく人のうちの何人かは驚いたように見送る。ある者はあきれたような顔を向けた。しかし、ほとんどの者の表情には乾いた無関心がはりついていた。 街はずれの橋の上でラウールは荒い息をはきながら立ち止まった。ふと気がついて、握り締めた掌をひろげると。 親方に渡された紙幣が、汗にまみれてクシャクシャになっていた。ラウールは肩を落として暫くじっとそれを見つめていたが、やがて橋げたから身を乗り出して、紙幣を川に叩きつけるように投げ込んだ。 こんなはした金があっても。 こんなはした金があっても、何になると言うんだろう? 少年が何日か飢えをみたせば、それで消えてしまう。故郷に仕送りもできない。それでは何の意味もないのだ。 ずっと姉に助けられてきた。 今度こそ、自分が姉を助けるんだ。そう誓って故郷を旅立った日の想いを、ラウールは一日だって忘れたことはない。 ラウールの家は貧しかった。父と母は小さな畑を耕して、二人の子供――ラウールと四つ年上の姉を養ってくれた。ところが去年、父が事故で亡くなったのだ。残された母は、毎日一人で苦しい農作業に明け暮れなければならなくなった。 そんな三人家族の、たった一つの希望。 それは、姉だった。 姉は頭がよく、とても勉強ができた。 政府は西の国々より立ち遅れた科学技術を振興するために、人材の育成に熱心だった。家が貧しくても、女性でも、成績さえ優秀なら学位も取れるし、要職につくこともできると公表していた。 頑張って、頑張って、何とか姉を大学に行かせることができれば、母が身をけずって畑仕事をする何十倍もの収入が約束されるはずだった。 そんなわずかな望みにすがりついて、母は身を粉にして働いたし、ラウールも学校に行くのは諦めて一生懸命手伝った。 そんな母と弟を見かねて姉は自分も家事や農作業をすると言ったが、ラウールはそのたびに首を横にふった。姉には少しでも勉強してほしかったのだ。 しかし、母は体が丈夫ではなかったし、ラウールはまだ子供だった。狭い畑から得られる収入も少なかった。 ついにラウールは、街に出稼ぎに行く決心をした。 「ごめんなさい。みんな、あたしのために」 ラウールは、涙を流す姉をそっと抱いた。 姉を心から愛していた。でも、この時の気持ちはそれだけではなかった。 姉だけが一家の希望。姉を大学にやりさえすれば、母も自分もこの地獄から抜け出すことができる。本当にその一心だったのだ。姉だって痛いほどわかっていたはずだ。 わかっていたから、泣きながら弟を街に送り出したのだ。 公園のベンチで、夕日に染まる空を見あげた。あたりはしだいに暗くなり、街灯に明かりがともりはじめている。 遠くの教会からかすかに賛美歌が聞こえてくる。それに耳を傾けるうちに、知らず知らず頬に涙が流れていることにラウールは気づいた。 頼れる人もいないこの街で、懸命に職を探した。 しかし稼ぎのいい仕事には滅多にありつけなかったし、時には人に騙され、故郷への仕送りはままならなかった。 それだから。それだからつい悪に手を染めてしまったのだ。 怪しげなクスリの運び屋は実入りがよかった。やっと母と姉にわずかな金を送ることができた。 それでも。 やはり、そんなやり方は間違っていた。 ラウールは今、しみじみと思うのだ。 この腐りきった街には、道を踏みはずせば大金が手に入る方法はいくらでも転がっていた。しかし、そうして悪事に一つ手を染めるたびに、彼の胸のおくで何かが一つこわれる。しだいに心が腐っていく。 そんなふうにして幸せをつかんだとしても、それが何になるのだろう? 姉だって、母だって、けして喜びはしないだろう。 そのことに、ようやく気づいたのだ。 (明日、靴屋にもどろう) ラウールはそう思った。親方にもう一度、誠心誠意あやまってみよう。 故郷の寒村からこの街に出てきたころは、右も左もわからなかった。嘲られ、騙され、どこにも雇ってもらえずに途方にくれていた彼を、親方は拾ってくれた。親身になって、時にきびしく時にやさしく仕事を教えてくれた。 親方の店は貧乏だ。給金が安いのはしかたがない。たしかに、あの金額では故郷に仕送りはできない。姉を大学にやるための助けにはならない。 だけど。 ラウールは、何かがわかりかけてきた気がした。 貧困に苦しみ、打ちのめされつづけてきた。それだから、金がすべてだと思い込みすぎていたのではないだろうか? 考えてみれば、姉のこと家族のことを親方に話し相談したことは一度もなかった。相談しても無駄だと思い込んでいた。 無駄だなんて、どうして最初から決めつけていたのだろう? 金のことはままならなくても、親方はきっと真剣に耳を傾けてくれる。ラウールの家族がどうしたら苦境から抜け出すことができるか、一緒になって本気で考えてくれるはずだ。そういう人なのだ。 これまで親方を信頼しているつもりで、心のどこかでこちらから心を閉ざしていたのではないか? そんなことをはじめて思った。 今になって、ラウールは思う。悪に身をささげる前に、やらなくてはならないことがあったのではないか、と。 もっと素直になって、他人の親切を受け入れればよかったのだ。 これまでに、ずいぶん騙され虐げられてきた。 でも、思い返せばずいぶん人に助けられても来たのだ。そのことにやっと気がついた。 もっと人を信用しなければいけなかったんだ……。 ラウールが夜の公園のベンチで、涙を流しながらそんなことを考えていた時。 かたわらに、痩せた悪魔のような影がひっそりと佇んだ。 「おい、赤毛の小僧。何を泣いているんだ、みっともない」 少年はびくっとして、その男を見た。 「あんたは……」 妙な身なりをした男だっだ。黒い山高帽をかぶり、足首まで丈のある古びた灰色のコートを着ていた。老人というほどの年には見えないのに、その陰気な顔にはナイフできざんだような深いシワがいく筋もあった。 ラウールはこの男の顔を遠目に何度か見たことがあった。悪の道に迷い込むようになってから、その腐った世界の支配人のような男だと聞かされたことがある。 「おまえ、たしか近頃うちで働きはじめた小僧だな? 靴屋の見習いをしていたはずだが、店はどうした?」 「あんたらと係わったことが親方にばれて、お払い箱だ」 憎しみを込めて言ったつもりだったが、山高帽の男には通じないようだった。 「そうか。だが、かえってよかったじゃないか。そんな店でちまちま金を稼いでなんになる?」 「よしてくれ!」 ラウールははじけるようにベンチから立ち上がり、後ずさりした。 「オレは真面目に働くって決心したんだ。もう、オレにかかわらないでくれ」 「ほう。靴屋にもどるというのか?」 「そうだ。あんたらの汚い仕事の片棒をかつぐのは、もうごめんだ!」 男はじっと少年を見つめ、やがて口許をゆがめて笑いに似た表情をつくった。 「まあ、好きにするがいいさ。だが、親方がお前をゆるしてくれるかな? いったんこんな仕事に手を出したお前をな」 「ゆるしてもらうさ。何日かかったって、何週間かかったって、ゆるしてくれるまで店の前で土下座するさ」 「バカか、おまえは。そんなことをしたら、親方に迷惑がかかるだろうが。恩を仇で返すつもりか?」 「そんな…… だって…… じゃあ、どうしたら」 少年はうつむいて、言葉をつまらせた。 男は片手を少年の肩におき、少し体をかがめて涙にぬれた顔をのぞきこんだ。 「おまえは何をしにこの街に来たんだ? 金がほしかったのだろう? 金を稼いで故郷の家族を助けたいのだろう? 姉さんを大学に行かせたいのだろう? 立派な心がけじゃあないか。私はそんなおまえの願いをかなえてやろうとしているんだぞ」 「やめろ!」 ラウールは両手で男の胸をどんと押して、突き放した。 男は二~三歩後ずさり、ほっほっほと奇妙な笑い声をあげた。 「痩せっぽちのガキのくせに、なかなか力がある。活きがいいな、小僧」 少年が、声をふりしぼる。 「オレはわかったんだ! そんな汚れた金で、お袋や姉さんを助けることなんてできないってっ」 「バカめ。金にキレイも汚いもあるかよ」 男が嘲る。 「なあ、小僧。おまえ、うちの若い連中に自慢してたそうだな? 姉さんは美人だって。はっ。女ってのはな、美人で金があればいくらでも幸せになれる。だが美人だが、金がない女もいる。貧しくて食うや食わず。かわいそうに、ボロを着てちゃあ、美人もだいなしだよ。私は、そういう女を何人も見てきたぞ。そんな女の行き着くところは、結局一つだけだ。例外なんて、ありゃあしなかった。わかるだろう? 神様に与えられたたった一つの宝物を、切り売りして生きていくんだ。それでもな、若くてキレイなうちはまだいいさ。だがな、どんな女だって、いつかは容色も衰える。しまいには誰にも相手にされなくなる時がくる。それでも、からだを売りつづけるんだぞ。もう、それしか生きるすべがなくなっているからな。貴様も、そんなふうに成り果てた女を見たことがあるだろう? 寒風の吹く街はずれに半裸をさらして、必死に男の気を引こうとするんだ。一かけらのパンしか買えない値段で、体を売るんだ。それが貴様の姉さんの行く末さ」 「だまれ、このゴミ溜め野郎!」 赤毛の少年は、男の胸ぐらをつかんで激しくゆさぶった。 「それ以上姉さんを侮辱すると、その薄汚い口に犬のクソをぶち込んでやるぞ!」 「はっ」 男はぱっくりと大きな口を開けて、笑った。 「活きがいいぞ、活きがいいぞ。気に入った」 少年の燃えるような頭髪をわしづかみにして、ぐいと胸もとから引き剥がす。 「聞けよ、小僧。私が姉さんにそうさせるんじゃない。こんな世の中がそうさせるんだ。私の言うことをきいて、大金をつかめよ。姉さんを汚したくないなら、かわりに貴様が汚れろ。貴様には見所がある。私が貴様を、一人前の悪党に育ててやるよ」 男が手を離すと、少年はがっくりとその場にくずおれた。両手を地べたにつき、土をぎゅっと握りしめた。その口許から、嗚咽がもれた。それは、しばらく続いた。 「おまえの…… 言うとおりにすれば、姉さんやお袋は幸せになれるのか?」 「ああ。その通りだ」 ラウールは涙にぬれた頬をぬぐいもせず、男を見上げた。それは少年ではなく一匹の精悍な若者の顔だった。 「わかった…… 何をすればいいのか、教えろ」 * * * 夕暮れの公園で神と悪魔が交錯したその日から、三ヵ月後。山高帽の男から与えられた最初の大仕事を何とかこなした十三歳のラウールは、これまでに想像したこともない大金を手にして体がふるえた。やっと家族に仕送りができる、姉さんを幸せにしてあげられると思ったやさき、故郷の知り合いからの手紙を受けとった。 それには過労で倒れた母が息を引きとり、姉も後を追って自らの命を絶ったことが書かれていた。 一生分とも思えるほどの涙を残らず流しきり、みじめな赤毛のラウールはこの世から消えた。かわりに殺し屋《赤い死神》が生まれたのだ。 あの夜、ラウールは心も枯れはて、もう二度と涙を流すことはないと思ったものだ。 でも、そんなことはなかった。ラウールには今でも、心はある。ただ、今の彼には心の使い道がない。 * * * 「赤い死神さん」 歩きだそうとしたラウールを、また少女が呼びとめた。 「このクジがあなたの言うとおりだったら、家族には送金する。でも、家には帰れないよ。体こそ売らなかったけど、けっこう汚れてしまったし」 ラウールは振り向かず、薄汚れた建物の間に見える晴れた空に視線を向けた。いつのまにか少し雲が出ている。あの雲の流れる先は故郷の方だと、ふと思った。 そして、自分でも思いがけない言葉が口をついて出た。 「じゃあ、俺についてくるか?」 「ついて行っていいの?」 「好きにするといい」 「私、あの人を殺したあなたを、まだ許してないかもしれないよ」 「かもな」 「あなたについて行くのは、いつかあなたの寝首をかくためかもしれないよ」 「そうなったら、その時はその時だ」 希望という言葉を忘れてから、どれほどの日々が過ぎただろうか。姉の死を知らされたあの日、ラウールは自分の人生は終わったと思った。それからのラウールには天国も地獄もなく、明日もなかった。あるのは永遠の煉獄のように続く、はてしない今日だけだった。 しかし今ラウールは、明日の朝目覚めた時にこの少女はどんな表情をみせるだろうと、少しばかり思っている。それは微笑みだろうか? それとも憎しみの眼差しだろうか? 「それでも、あなたについて行ってもいい?」 ラウールはしばらく考えた。凄みをきかせる言葉ならいくらでも思いつくが、こんなときは何と答えたものだろう。 「料理はできるか?」 そんな言葉が口をついて出た。 「……少しぐらいなら」 「目玉焼きは得意か?」 「目玉焼き?」 少女が少し笑ったようだった。 「それくらいはできるよ」 「……ちっちゃいころ、姉がよく焼いてくれたんだよ。あの味がどうも出せなくってな」 「目玉焼きなんて、どう焼いたって同じだよ」 「そうかもな」 ラウールは振り向かず、流れる雲を見ながら何となく微笑していた。 「たぶん、それが思い出ってやつなんだろう」 (了) |
あまくさ 2019年12月30日 21時19分12秒 公開 ■この作品の著作権は あまくさ さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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