夏の終わり |
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業務用エレベータが最上階に着いた。ボクは、年上の子供たちと一緒に、積み重なったベットをエレベータから運び出した。 屋上の展望ルームでは、寝室から連れてこられた子供たちが、まだ騒いでいる。 ルナが世話をしている。 ボクを見て、年下の子供たちは、歓声をあげた。 「わ~い、ウサギさんだ、ウサギさんだ!」 「かわいい」 「ソラにいちゃん、かわいい!」 すぐには、何を言われているのか、分からなかった。 しばらくして、ようやく頭にかぶったノイズ除去装置のせいだと、気がついた。 「ノイズ除去装置が、ウサギさんの耳なのか。子供たちの感性には、ついていけないなあ」 ボクのつぶやきを聞いて、ルナが言った。 「間違いではないと思うわ。ノイズを除去すれば、必要な音をしっかりと聞くことができるでしょう? ウサギさんの耳と同じかもしれないわね」 ボクとしては、納得しきれなかった。とりあえず、持ってきたノイズ除去装置をルナに渡した。 「わあァァ、ルナ姉さん、かっこいい」 「美しいです!」 「よく似合ってるなあ」 ルナが装着を終えると、子供たちが、また騒ぎ出した。 なんか、ボクの時と反応が違う気がするぞ。 ボクは、積み重なったベットを、一つ、また一つと、床に降ろした。 年上の子供たちがベットを押して、展望室の中に並べてゆく。 放射状に並んでゆくベッドは、徐々に開花してゆく巨大な花のように見える。 ベットが定位置に置かれるたびに、先を争って、幼い子供たちがベッドによじ登って、占拠してゆく。 ベッドを並び終えて、年上の子供たちも横になった。 ボクは、子供の世話で忙しそうなルナに声をかけた。 「あと一往復で済むと思うよ」 「ありがとう、ソラ」 ボクは、子供たちに掛けるコールド・ブランケットを取りに、また業務用エレベーターに向かった。 展望台に戻ると、年下の子供の一人がボクにたずねてきた。 「ボクたちは、まだずっと寝てなければいけない。そう思ってたけど?」 ルナが代わりに答えた。 「今日は特別よ。花火が見れるから」 「わーい、花火だ、花火だ!」 「ありがとう、ルナ姉さん!」 子供たちは歓声をあげた。 「みんな、お利口さんにベッドで寝ながら見てね。お空の花火は、ベッドからの方が良く見えるから」 ルナの言葉に、子供たちは、声をそろえて答えた。 「は~い!」 本当に良い子たちだった。 ルナと業務連絡をするために、専用回線をつないだ。赤いケーブルをヘルメットの端子にはめて、ルナに一端を差しだす。 それを見ていた子供たちが騒ぎ出した。 「おお? 二人が運命の赤い糸で結ばれたぞ」 「糸じゃなくて、ロープよ!」 「運命の赤いロープか」 「糸よりも、ずっと太いじゃん」 「すごい!」 「ラブラブじゃん」 「お二人さん、お幸せに!」 「ひゅ~、ひゅ~!」 「わ~い」 「わ~い」 だれかが拍手をしたら、いつのまにか全員がボクたちに拍手をしてくれていた。 こんな時に、どう応えたらいいか、ボクには分からない。 ルナは、笑顔で子供たちに手を振った。 子供たちの興奮は収まらない。 「わたしも、ラブラブになりた~い」 「ねえ、さわらせて!」 「わたしも!」 「わたしも!」 結局、子供たち全員に、連絡用のケーブルを触れさせることになった。 ケーブルを通じて相談する。 (遮光フィルターの強さは、どうしよう) (そうね。地上に生まれる太陽だから、かなり強烈な光のはずよ。まともに見たら、目がくらむわ。 とりあえず遮光率を97パーセントにしておくわね。 それから防護壁は、どうするの?) (意味がないから、すべて格納しておくよ) (了解) 展望ルームの上部をおおう透明なドームが徐々に黒ずんでゆく。 シャッターが完全に開いて、視界を遮るものが無くなった。 そして、最初の花火が大空で炸裂した! 一点から爆発的に広がる無数の色の乱舞が、天空をあざやかに彩った。 子供たちは、歓声をあげた。 ズシン! と部屋が衝撃で揺れた。 凄まじい威力だった。 「こわい……」 「だいじょうぶよ」 泣きそうになった女の子を、ルナがなぐさめる。 ひとつ、またひとつと、花火が天空を染め上げてゆく。 そのたびに、子供たちが歓声をあげる。 そのたびに、建物が強烈な衝撃波をうけて揺れる。 「どうやったのだ、ルナ。あれほどの規模の花火は、こんなところで見れるはずないのに」 「すこし発火時間を細工したの」 「無理だろう? 外部から操作されないように厳重に防御されてるはずだぜ」 「ええ。発火時間そのものを動かすことはできなかったわ。でも、現在時刻を再入力することは、それほど難しくなかったの」 ルナは、悪戯っぽく笑った。 幼い女の子がルナに話しかける。 「すごい、目をつぶっていても、真っ青な光が、はっきりと見える!」 「コヒーレント光よ。多量の放射線が水の分子とぶつかって可干渉光が生まれているの」 「え? よく分からない~!」 ルナは、女の子の瞳をのぞきこんで言った。 「いま見えている青い光は、あなたの眼の中で生まれているのよ」 女の子は、嬉しそうに叫んだ。 「すごい、すごい、すごいわァ~!」 別の子がルナに話しかける。 「なんだか体が熱いわ。ルナ姉さん、肌がチクチクするの」 ルナは、その子の頭を優しくなでた。 「強い光を浴び過ぎたのね。すぐ楽になるわよ」 ルナは、次々と子供たちの首に針を刺して、つよい鎮静作用のある物質を流し込んでゆく。 ボクは、子供たちにコールド・ブランケットをかけて回った。 ベッドを冷却にセットして、体温分布に合わせて温度を調整する。 「冷たくて気持ちいい!」 「ああ、もう痛くなくなったわ」 子供たちは、次々と安らかな眠りに落ちてゆく。 (苦痛を感じなくてよかった) そう思ったら、すぐにルナから連絡があった。 (当然よ。 子供たちが、必要のない苦痛を感じることが無いように。 それが私の役割だから) 強烈な放射線にさらされて、子供たちの体を構成するすべての細胞の遺伝子は、すでにズタズタになっているはずだった。 子供たちの体が形を保っていられる時間は、もうほとんど残っていないだろう。 凄まじい電磁障害のために、ボクもルナも、たびたび意識が飛びそうになる。 そのたびにボクとルナは、分厚い鉛の壁に護られたバックアップ・メモリーをリ・ロードし、お互いの情報を交換し合って、真っ白になりそうになる意識を無理やり回復させ続けながら、業務を遂行していった。 ボクは、ルナに尋ねた。 「残り時間は?」 「あと7分くらいよ」 ルナが、何かに気づいた。 「ちょっと待ってて、高速軌道衛星から映像が入ったわ。スクリーンに出すわね」 透明なドームの一部に、地球の全景が映し出された。 地球のあちこちで、無数の花火が閃光を放っている。 すべてが地上に咲いた人工の太陽だった。 夜の側も、もはや暗闇に閉ざされてはいなかった。 コヒーレント光の蒼白い光が、地球の夜の側を覆いつくくしている。 そして、地球の表面を、赤黒い輪がゆっくりと広がってゆくのが見えた。 「あれが地殻津波?」 テラトン級の核爆弾は、マグマ層までも揺るがしていた。 砕かれた地殻が連鎖的に破壊されて、発生した地殻津波は、外へ、外へと広がってゆく。 ゆっくりと進んでいるように見えるのは、地球が途方もなく巨大なためだった。 「ここに到達するときには、高さが八千メートルくらいになっているはずよ」 「巻き込まれたら、粉々になるね」 「防ぎようのない力の奔流よ」 「人工知性は、なぜ、この事態を防ぐことができなかったのだろう?」 「人間が人工知性に命令したからよ」 「人間は、なぜ、そんな力を自分たちに向けて放ったのだろうね」 「人間ではない私たちには、どれほど考えても理解できないでしょう」 自問自答する。 問い。 「子供たちは、せっかく眠っていたのに、本当に起こしてよかったのだろうか」 論拠。 起こしても、起こさなくても、結末に変わりは無い。 ならば、…… 解答。 「ゴールが同じなら、その過程を重視すべきだ」 結論。 「ゆえに、何も知らずに寝てるよりも、起きて花火を見た方が良いだろう」 回線を通じて、ルナの答えがあった。 「ソラの考えが正しいと思うわ。この施設では、地殻津波に耐えられない。だから、命令に逆らって、子供たちの人工冬眠を中断したことに、私も賛成よ」 最初は、それと分からなかった振動が、すこしづつ強まっている。 地殻を砕く重層低音を奏でながら、滅びの音楽が近づいてくる。 (君と、これからも働けたらいいと、心から思う) しかし、それは、もはや無理だった。 あり得ない仮定を、強制的に論理回路から消去する。 そして、ボクはルナに言った。 「最後に、君と一緒に働けて、うれしかったよ、ルナ」 最後に、ルナはボクの本当の名前を呼んでくれた。 「ありがとう、ソーラー。私も同じ思いよ」 衝撃は、まったく感知できなかった。 その言葉を最後に、すべてがブラック・アウトした。 滅びの時が来たことを感知して、アルバトロスは目覚めた。状況を分析する。 ガイアと命名された生命保管施設は、まもなく地殻津波に呑みこまれる。津波の規模から、施設の機能が保全される可能性は皆無と算定された。 アルバトロスは、あらかじめプログラムされた命令に従って、旅立ちに備えた。輸送可能な貨物は、すべて搭載済みだった。 地殻津波が急速に迫ってくる。 ガイアが、持てる力の全てを振り絞って、アルバトロスを空中に射出する。充分な初速が得られた。 巨大な燃料タンクをいくつもかかえたアルバトロスは不格好だった。大量の燃料を惜しげもなく消費しながら、アルバトロスは上昇してゆく。 アルバトロスには、二つの別名がある。 地上から自力で飛び上がることが難しく、その無様さから、アホウドリと呼ばれる。 そして、もう一つは、嵐の中を悠然と飛行する安定性から、軍艦鳥と呼ばれる。嵐の中で軍艦鳥を目にすることができれば、その船は難破しない。そのように中世の船乗り達に信じられていた。 特殊合金の軍艦鳥は、力強く大気を掴んで上空をめざす。地殻津波が引き起こす乱気流すらも推力に変えて、大気圏の外を目指して飛翔する。 アルバトロスの使命は、生命の保全だった。滅びゆく地球から、可能な限り多様な生命を、次の世界にもたらす。 厚い鉛の壁で遮蔽された貨物庫には、五人の少女が眠っている。そして、何百万もの様々な種子が積まれている。 アルバトロスは思考する。 核の冬は、五千年におよぶと算定されている。冬が終わったならば、ガイアの支援を受けて、生命再生プログラムを実施することが望ましい。 しかし、ギニア高地のガイアも、キリマンジャロのガイアも、憎しみと怨念の炎の直撃を受けて消滅していた。 南極のガイアは、まだ無事のようだった。 思考を切り替える。 いまは、自分が生き残ることを最優先にすべきだ。 非論理的な思考が、論理回路に出現した。 (もしも、破壊されたガイアの機能を一部でも利用できたなら、死せるガイアの体から数多の生命が生まれた、と後世に語り継がれるだろうな) アルバトロスは、この思考を、電磁障害で生じた雑音、と判断した。ただちに消去する。 アルバトロスは、空になった燃料タンクを次々と投棄しながら、大気圏外への飛翔を続けるのだった。 |
朱鷺(とき) 2019年12月30日 13時43分11秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2020年01月18日 18時09分37秒 | |||
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Re: | 2020年01月18日 18時09分06秒 | |||
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Re: | 2020年01月18日 18時07分59秒 | |||
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Re: | 2020年01月18日 18時07分25秒 | |||
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Re: | 2020年01月18日 18時06分57秒 | |||
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Re: | 2020年01月18日 18時06分16秒 | |||
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Re: | 2020年01月18日 18時05分45秒 | |||
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Re: | 2020年01月18日 18時05分14秒 | |||
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