レイプから始まる恋があるとするならば……

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エスニッククレイジングをエキスにしていますので、気分を害される方もいるかもしれません。
 
ソフィア、サラ姉妹は歳が離れていて、一緒の孤児院で仲良く暮らしている。
 かつての修道院を作り変えた施設から朝一緒にバスに乗り込み登校する姉妹だが、妹は小学校、姉は高校と別々なのだ。
「あのサラっていうスーザニア人の娘また来ているぜ」
 窓から見える校門にポツリと立ち、姉のソフィアが帰ってくるのを待つ子供を見て、サルドニア人とセレニナ人の学ぶ教室から男子高校生が呟いた。
 その時間になると、職員室のだれかしらが、時には校長先生までもがその子を校門まで見守りに出、様子を見守るようになった、何しろ雨の日も風の日も、決して欠かされることの無い光景だったからである。
 6歳の小学一年生の遊び盛りの子供が、お姉ちゃんの帰りをじっと待ち続けるのである、二時間も三時間も……それはもう名物といっていいほどの光景で、サラはまさにお姉ちゃん子の鑑であった。
 冬が来て雪が降りつむようになってもそれは変わらない、見かねた先生は本当は規則違反を承知で、その娘を校舎に入れるようになった。が、頑なにサラは下駄箱いじょうには校舎の中には入ろうとしないのだ。
「せんせい、あとどのくらいでじゅぎょうおわるの?」
 うつむいたまま無表情でサラが校長先生に尋ねる。
「そうだね、後45分、あの時計の針が12時のところに来たときだよ」
「……そう」
 ソフィアの担任も用事がなければホームルームを長引かせられないし、そんなわけで彼女の教室は他の教室より終わるのが早い。
 姉のソフィアの足音が誰よりも早く下駄箱のあるエントランスに響くと、無表情だったサラにぱあっと笑顔が広がる、それを見て校長先生もほっとするのだ。
「ソフィアお姉ちゃん!」
「まあサラったら、施設で待っているように言ってるのに」
 サラを抱きあげ、冷えきった頬と自分の頬をすり合わせた。
「まったく仲がいいぜヴラトコヴィッチ姉妹はよ」
 後ろから見ていたソフィアの同級生のサルドニア人シカティックが言う。
「歳が離れているからでしょ、あたしの妹とは大違いね、まったくうらやましいったらありゃしない、妹はラサちゃんみたくこんな可愛くないもの」そう同調するのは同じく同級生のセレニナ人ブランカという女子高生だった。
 姉の通うこの高校は内戦後半数以上を占めるスーザニア人と、少数民族であるサルドニア人、セレニナ人を別々のクラスに分けていた、使う文字も異なれば、宗教も違う、他国からみれば言葉も微妙に違う程度だが、彼らからしてみれば別の民族なのである。しかしそれは大人の事情であって、この三人はけっして仲が悪いわけでもなかった。
「こんな時におめでとうって言うのは変だけど、お父さん見つかってよかったねシカティック」そういうブランカだ。
「ああ、おかげで殉教者の家庭ってことで母親を助けられるー、ってかお前も早くとーちゃんの遺体が見つかるといいな……」
 先日新たな虐殺現場が発見され、身元確認が行われたのだ、そこにブランカとシカティックが偶然に、それはもう本当に偶然に出会い、一人の白骨化した男性の遺体をめぐって口論が起こった。
「あー、あたしも本当に実のパパだとおもってさあ~、だって金歯の位置だってそっくしだったし、もう他人とは思えなかったわけよ、右腕の骨折の跡とか、着けていた時計の銘柄だって日本製ってとこまで一緒だなんてさ~、ふつ~ありえないっしょ」と奇妙に納得するブランカである。
「結局DNA鑑定まで行って、オレの父親だって分かったときはほっとしたぜ、ああこれでかーちゃんを楽させることができるって、へへへ、ああ死んでいてくれてありがとうみたいな」
 人の死を喜んではいけない的なことは修道院のシスターからきっつく言われてきたソフィアだが、彼の気持ちは理解できた、死んでいて欲しい人間はいるものだと。
「なんかシカティックのお父さんが他人におもえなくってさぁ、埋葬のとき一緒に参列しちゃって泣いちゃったわよね」
 実はそのときの葬列にブランカと一緒に混じってソフィアも参列していたのである、最もブランカとは違い、泣くことはなくって、羨ましさから、ねたましさから、シカティックと同じ気持ちを味わいたく参列した彼女だった、そうだ死んでいて欲しい奴はいるのだと……言えない言葉を彼の葬列に並び、勝手に共有したのだ、ソフィアの家族は複雑だから、私生児の妹の父が死んでいてくれると、どれだけ嬉しいかが分かるから、妹のどこが父に似ているのが誰よりもわかり過ぎる位わかってしまうから……。
「そういえばサラちゃんはいつから施設暮らしなんだ?」内戦からいっぱい、それはもういっぱいのたくさんの死を生産してきたのだ、親の顔をしらない子など珍しくもなかった。
「シカティック、そういうことは子供に聞くものじゃないわ」眉根を寄せるブランカだ。
「いいのよ、生まれてすぐ、施設暮らしなんだから、私さえいればいいの、この子の為なのよ、ね、サラ?」
 きれいさっぱり、親の顔など忘れたサラが姉の脚に抱きつき、意味が分からないというような表情をする、それはそうだっだ、生まれて血を分けたのはソフィ唯一人のお姉ちゃんだけ、父も母もいない、彼女がいなくなれば天涯孤独の身になるサラ、子供は本能的に知っているのだ、可愛いことが親から愛される全てで、子供にとっての可愛さは正義で、それはもう絶対に、絶対に正義であった。
 親の顔など知らなくていいのだ、姉であるあたしがいればいい、母娘では孤児院で暮せない、姉妹でなくてはならない、事実サラは妹で、姉である私は自分より妹が大切な存在で、だから姉妹は一緒に暮さなくてはいけないのだ。
「おねえちゃん、もうかえろうよ、おうちが待ってるよ」
 そういうとシカティックとブランカは複雑な表情を浮かべるが、妹はけっして可哀想な娘ではなかった、施設暮らしが始めからならそれを受け入れているから、見たことも無い親よりおねえちゃんが好きだったし、お姉ちゃんも何より妹を可愛がる、綺麗なもの、美味しいものは全て妹が優先された。ごほんの読み聞かせも、夜のトイレに付きそってあげるのも全て姉だけであった。
 内戦終結間際の国がバラバラになっていく最も苦しいときでさえ、施設は暮らしがしっかりしていた、眼帯をした名物シスターが守っていてくれたからだ、このシスターは血の繋がりの見えにくい施設暮らしで姉妹の繋がりをなにより重んじた、聖書の教えより自身の親兄弟がいない経験から血の絆を重視した女性だった、だから内戦前には三民族共存共栄してきたいわば兄弟姉妹同士が内戦で殺しあうのが許せずに、時に小銃や対戦車砲すら持ち出し修道院を守ってくれた女傑なのである。
「行方不明になった両親、見つかるといいね」
 月並みな慰みをかけてくれるブランカであったが、姉妹で暮らせるだけで、ソフィアは幸せだった。


 通常子供たちが施設にいられるのは高校生までで、高校一年生のソフィアが妹サラといっっしょに暮らせるのは二年とあと少しだけ、でも例外がある、名門フチグラード大学に合格することができれば、例外として21歳までは施設で暮らすことができる。
「あまり根つめすぎるな」
 消灯時間後、皆が寝静まった寝室から出て、一人勉強机に向かうソフィアを心配するヤドランカ・パニッチ修道女だった。
「完璧に、完璧にやってのけるのです、あの娘を私だけで面倒を見れるように、この施設から出してあげられるようになるためには、政府から補助が降りる医者になるしかない、そのために主席合格を目指す位でないと……
 シスターというか施設の、修道院の方針として血の絆を重んじるのはオキテだから仕方がない、でもこの孤児がこんなに妹に執着するようになるとは、この孤児院に対し憎しみという感情を抱かせてしまうとは、上手くやってきたつもりだったのにという誇りが頭にはあるのに、はらわたは締め上げられる想いだった。
「ハンス・ミクローシュが逮捕されたと連絡があったわ」
 ポキリッ
 思わず鉛筆の芯を折ってしまうソフィアだった、べっとりした汗が額に滲み、目に見える文字を追うのが辛い、当然だ、瞳孔が極端に開き、下腹部が熱くなってくる、あんなに憎んだ男の名前を聞いただけで、支配が蘇ってきてしまう。
「芯が折れたわね、削ってあげましょう」
 震えるソフィアの手から、指をほどくように、鉛筆を掌にとろうとする、
「わたしも同じよソフィー、恐いわ」
 内戦以前だったなら豊かだったバルベルタ半島はシャープペンシルがあったのに、それすらも戦後は鉛筆になってしまっていた、
「サラの父親が戦争犯罪人として捕まったという事ですね」とソフィー。
 固まった手のひらをゆっくり、優しく、ほどいていくシスター、
「私は、シスター・ヤドランカはシステマティックレイプに対し証言しようと思います、あなたはどうする? ご自分で選びなさい、私はそれを尊重します」
 JK1年生にとって重すぎる選択である、レイプされたことを国際法廷の証言台で証言しろと迫られているのだ。
 そんな彼女ソフィアのできることは選択を迫る大人ヤドランカの瞳、眼帯をした方の眼帯を睨みつけることだけ!
「戦争中じゃないんです、もう忘れさせてください」
 同じ男に強姦されたなら、悲しみも苦しみも全て分かち合いたい、レイプされなかった者には分かり合えないの、一緒に地獄に堕ちたい、同じ仲間が欲しいだけ、同情なんかしないで、地獄にいて欲しいだけ、苦しみを共有したい、そのためにもう一度レイプされてもいいくらいという歪んだ思い、そんなのもうこりごりだった。
「そうか……妹が、可愛いのね……」
 ソフィアの視線の先はやっぱり眼帯側で、
「貴女だって、それだったらいいと、納得してくれたじゃないですか、妹なら許せると、母娘ではなく姉妹としてならって」
 彼女を、シスターヤドランカをなじることで問題を先送りできた、傷と向き合うのを避けることが出来きた。
「妹サラも小学1年生ね、死んだ両親の事を聞いてきたらどうするつもり?」
 内戦前は母や父がいたから、どう愛情を注げばいいのかくらいわかっている、姉としてそれをマネすればいいだけで、
「妹のサラには、うちの親は外国の王様で、事情があって滅多にこの国には来られないからって、他の人には喋っちゃいけないんだよって、教えてます」
 そうしたら眼帯の修道女は、
「あきれた大ぼら吹きね!」
 神に仕える身でありながらも、そんな嘘を吐かせたのもシスター自身であり、また許しているのも彼女自身なのだ。
「もう終わった戦争です、もう終わりにしたいのです、妹との穏やかな暮らしが欲しいだけ、もうハンスのことなど話さないでください、あの男の名前すら口にしたくないの」
 ソフィアが蛇蝎のごとく憎み許せないのは、生み育ててくれたパパやママから教えられてきた『恥』の概念を狂わせたことだ、彼女の局部に彫った青瑠璃揚羽蝶のタトゥーを見せることは恥ではない、それを恥と思うことが恥だと刷り込ませたことが何より許せないことだった。
 内戦の混乱の中、女の子ばかりの施設に保護されたときにはもう臨月で、そこで局部に掘られた蝶を見せびらかすのをそのときには恥と感じない変な娘だった、今では消し去りたい黒い歴史だ、でももう消し去ることのできない入れ墨だった。
「民族浄化だとか言いながら、尼である私たちを変わりばんこに犯してきたことを証言するの、私のこの眼を奪ったあの男を……」
 シスターヤドランカは眼帯に指を添え、それでいて憎しみに突き動かされる様子はなく、毅然と言い切った。
 強い人だと思う、母になれず、姉にしかなれない自分と比べて、眩しいくらい強い女性だと、おぞましいレイプを受け、ハンス・ミクローシュの支配を受け入れ自分を騙し産まされたあたしと違い、どうしてレイプの証言台などに立てるのだろう? ソフィアにはできない、とてもとても怖いから、想像するだけで気が遠くなる、カタカタと身体が震えてしまう、文字すらかけなくなってしまうくらい。
「いいのよ、ソフィアはそれでいいのよ、まだあどけないコドモだった貴女をレイプしセレニナ人のあなたにスーザニア人の子供を産ませる、そんなことは忘れていいのよ」
 そうだった、忘れていい、振り返ってはいけないことなのだ、だからソフィアがサラを産んだとき、別々に分かれて暮らすべきだとヤドランカは主張したのに、一度だけということでソフィアがサラにお乳をあげ、それで別れようとしたのに……次の日になると『まだ子供のあたしに、こんなにも美しい命があることを教えてくれわ、どうかこの子を、どうかあたしから離さないで!』そういって泣きつくソフィーの腕から、どうしても赤子を取り上げることができなかったのだ、罪深いとは思いつつも、姉妹としてならという条件付きで、一緒に施設に暮らすことを許したヤドランカだった。
 ヤドランカ・パニッチ修道女には信念があった、内戦前の民族共存政策を掲げたカリスマ・クラウディウスがそうであったように、スーザニア、サルドニア、セレニナの三民族は共存できるという信念があった。
 ノルトフォン連邦の内戦を止めたのはA大国からの介入だったが、理由は民族浄化という蛮行を許さないという人道主義からきたもので、いまだ三民族がモザイク状に点在するセレニナにとっては灰色の戦争となってしまう、その意味するところは国がどの勢力によってもまとめられることがないということだ、ヤドランカの修道院を出た社会は、戦後復興に時間が掛かっている、それは時々三民族がいがみあうのを見せ付けさせるのであった。
 民族紛争というものは、……云々かんぬん、見方によっていろいろあるんだろうけど、小娘ソフィーにとって大人が始めた戦争で、子供がそこに加担しているの。例えばわたしソフィア・ブラトコヴィッチがセレニナ人だった頃に大人たちから『お前はセレニナ側なんだからスーザニア人と、サルドニア教を殺さなければいけないよ』などと言われ、同級生と殺し合いをさせられただろう、もっともそのころには故郷の村はスーザニアに征服されていて、サルドニアの文化と教会、その人々は丸ごと『浄化』されてさ、強制収容所でハンスというスーザニアの兵隊の情婦にされて、その見返りに生きながらえることができたの。他の人たちは知らない、生きているのか死んでしまったのか、あれ以来パパやママにも会ってない、親代わりにしてきたのは修道女ヤダランカ・パニッチくらいだ、それでも私たちが暮らせてきたのは武器の横流しと戦略物資の日本製覚せい剤を一手に商ってきたヤドランカの商才のおかげだ、私たち女の子の性を売り物にすることもできたのに、それらを拒否することが修道女の信仰だという、詰まるところここは暴力教会だといってよかった。
「ソフィーが小学校に復学して、サラが一歳半の時、サルドニアの虎、とか名乗る過激派がいたでしょう?」
 居たもなにも、ソフィーもうんざりするようだが、現在通わせてもらっている高校の同級生がその時の一人だった。
「奴ら過激派は民族共存を謳うこの修道院が許せないからって、この辺の不良や犯罪者を集めて、この教会を襲撃しに来たのよね」とソフィアが憎憎しげにいう。
 そのころようやく停戦合意がなされたにもかかわらず、末端にまでその意志が伝達しておらず、こんな事件が頻発していた。
「そのときのソフィーの戦いぶりったら、凄かったわ! 幼さと母性が同居しているのに、とてもとても綺麗だったの」懐かしいことを語るように、わが子の活躍ぶりを讃えるヤドランカだ。
 ノルトフォン連邦は山がちな地形で、深い森がいくつも点在していて、この修道院の周りも例外ではない、そんな深い森の中を自分の体重くらいある重装備を背負って、少女ソフィアは駆け回った、小川を跳ぶ、森を駆ける、泥んこの中だってへっちゃらだ、なぜならサラを背負って駆け抜けた毎日だったから、彼女の勝手知った庭のような地形だ、ゲリラを誘い出し、骨董品のような暗視装置の付いたくそ重いアサルトライフルで敵を仕留めた、お腹を痛めて産んだ愛娘、いや娘ではない、愛する妹を守るため。
 戦わざるを得ななかったし、妹を守る為だったし、大人を何人か仕留めた感覚だってあった。だいたいヤドランカだって尼なのに修道院に仇なす過激派を殺したくせに、よくゆーわ、あたしを守ると謳う為に過激派を楽しそうに狩るのは自分を見ているようで。
「でも同い年の少年兵をスコープ越しに見たあなたは、その兵隊を撃ち殺せなくって、結局生け捕りにしたわね……っしか両足と二の腕を撃ち抜いたかしら?」
 そーいう事もあった、そうして生かしておいたのにも関わらず、その少年兵はこともあろうに銃創を手当てするソフィアに向かって唾を吐き、「父のかたきのスーザニア人め! 呪われてしまえ!」などと呪詛までかけてきたのであった。
「あー、あったあった、っそーゆーのあったわ、てかアイツその晩寒いとか、ママとかゆって泣いていたわね、ガキだったわよね~~~」
 停戦合意が浸透してきてからは、そんな鉄砲を撃ちあった異民族同士だろうと、学校では毎日顔を合わさなくてはいけないのだ。

 その日は朝から快晴で、サラの通う小学校では子供たちが朝から校庭を走り回っていたのだ。山がちなこの地域では初冬のころから雪が降りつみ、校庭が一面銀世界に変わる、雪の校庭でもできるスポーツ、それはサッカーだ、サラの小学校でも盛んに取り入れられ、体育の授業では雪が止んでいれば決まってサッカーとなるのが習いだった。
 サラはお姉ちゃん子で、甘えん坊で、引っ込み思案な子だったが、授業である以上参加しなくてはいけない、まして小学一年生くらいだと男の子と混じって体育をするのは当たり前、むしろ女の子が活発なくらいなのだが……
 子供のフットボールに組織的な動きができるわけもなく、団子状態になるとボールを取り合うだけのものでしかなく、その中にボールを避けていたサラの足元にたまたまサッカーボールが転がってきたので、味方に球を転がそうとした彼女にサルドニア人の女の子が飛び出してきて、サラを転ばせてしまった。
 コンタクト競技のフットボールで選手が倒されることなど日常茶飯事だ、まして子供同士何の悪気があるわけでもない、だけど生まれて6年のサラの身体は回りより小さく、まだとてもやわらかく、もろくて、額の上から、顔をつたってぽたりぽたり、クラス中の視線がサラに集まり、ゲームが止まった。
 頭部から流れ顔をつたう血はとても派手に見える、まだ幼児のサラが大怪我をしたように見えたのだ。
「ヴラトコヴィッチさん! すぐ病院行かないと!」
 担任が青い顔をして駆け寄ってくる、
「ん、べつにそんな、いたくないわ」
 ことの重大性に気が付かないサラだ、周りがシーーンとなっても、自分の姿を見ることができない幼児は、あまり痛みがしないものだから、なんとなく答える。
「何を言っているの! さあつかまって!」
 担任はサラを抱きかかえ、校舎に駆け込んだのだ。
 跡に残されたサルドニア人の女の子は、かわいらしい幼児が頭から血を流し、運ばれていくシーンを目撃しショックで呆然となっていた、ましてその女の子は同じ施設で暮らす同級生なのだ。
 ことの一部始終は施設のシスターに伝えられ、動揺した担任は姉の学校にも連絡したのである。
 ことのいきさつを聞かされたソフィアは動揺する、どんな表情、態度、言葉にしていいのかわからなかったから、たった一人の妹だからといって、姉である自分自身が妹の為に高校を早退してまで迎えに行くなんて聞いたことも無い、ああこんなときに母がいてくれたらどんなに助かるだろう、頼りになるシスターはいる、彼女が母代わりだ、もちろんそのことは頭では理解しても、サラが自分の実の娘でありながら育ての親にはなれず姉として生きていくしかないことの口惜しさも正直な気持ちであった、サラの親のことはサラが知ってはいけないことなのだ、そのためにソフィアは姉でいるしかないのだ。
 ソフィーはことさら落ち着いているよう振舞った、心配をしつつも、姉としてドコまでも心配しすぎないよう、心配する振りをすることにしたのである。
「あれ~~~、今日はサラちゃん見ないな?」
 最初に異変に気が付いたのは意外にも元過激派の元少年兵、シカティックだった。
「サッカーで頭に怪我をしたって、もう施設にいるはずよ」
 シカティックのことが気に障るわけじゃない、幼い男の子なら気にならないし、コイツは幼いときにあたしが助けてやった弱い生き物のままのはずなのに、男性を感じさせる思春期になるとどうしてこんなにぞわぞわさせるのか、
「俺がこんなこというのもアレだけど、大した事ないといいな」
 優しい彼の言葉にありったけの罵声『たいしたこと? 大した事ないってどういう意味? 自分の娘が怪我した事が、穢されたことが大した事ないですって? あんたみたいな男が紳士面してあたしの上に乗ってきたんでしょ? 子供をレイプできるなら喜んで従軍するのよね、きっとアイツだってそう……』そういう想いを吐き気をこらえるように飲み込むのだ、その感情はきもち悪いのひと言、おしっこやウンチのような出したときの心地よさとは真逆の気持ち悪さ。
「そうね、サルドニアの貴方に言われたくないわ」視線をあわせず、冷たく何の感情も無い振りでシカティックに言い放つソフィアだ。
「お、俺が君に酷いことをしたのは認めるよ、だからって学校側がやるような異民族同士いがみあうのは俺たちだって、反対なんじゃないのかい?」
「サルドニアの女の子とぶつかったんだって、体育の授業中だというし、偶然の事故でしょ、そうよ偶然だったのよ、そうに決まっているわ……」
 時として魔法のように錯覚させられる、民族間の壁のようなもの、真横に座る親しい隣人の違いが許せなくなってしまう瞬間が、違いを認め合えなくなる、自分だけが正しく感じられてしまうのだ、妹が、妹が怪我をしたというだけで、暴れだしてしまいそうになる。
 シスターの方針で、施設の中であらゆる少数民族であろうと、仲良く暮らすことがオキテなのはいうまでもないことだが、どうしても妹のこととなると心がざわついてしまうのだ、自分のお腹を痛めた妹と二人で暮らすためには、嫌々でも施設で暮らすしか方法がないのである、内戦でずたずたにされたこの小国で生きていくにはそれが一番いい方法だった。
 でもママから愛された記憶はあるけど、少女時代の楽しい記憶は戦争中からはぷっつりとない、そんな欠陥人間のソフィアがどうしたら相手の女の子を許してあげられるだろうか、高校から施設に向かうバスの中で、同じ施設に通う女の子のことをつらつら想像し、そしてとあることを思いついたのである。
 施設の中での暮らしの中では姉妹の意味をサラと同じくらいの女の子は理解できているだろうか? 親から離された集団生活になじむにはもしかしたら離ればなれにしたほうがなじめるのかもしれないと考えたことがあり、それはそれはとても恐ろしく感じたものである、シスターがとても姉妹の絆を大事にされたから、武器を持って戦うのも受け入れられた。では、姉妹のいない子はどう思っているのか? 施設では姉妹の絆を大事にするから、きっとその子にとって姉妹は憧れの存在じゃないの、たぶん、きっと、間違いなくそうだ、そうに決まっている。
 施設に着くと頭に包帯を巻いた妹が駆け寄ってきて、姉のソフィアに抱きつく、よかった思ったより元気そうでほっとした。
「あのね、シスターがよんでいるよ、いっしょにきなさいって」
「それよりサラ傷は大丈夫なの? 血が流れたって、めまいはないかしら、吐き気は?」
 異民族の憎しみは消え、サラが無事なことが何よりだ。
「あのね、サラはだいじょうぶ、それよりあの子をあまりしからないで、ね?」
 この子はあたしよりずっと幼いのに、年上のあたしより賢い、わかっていたのだ。
「だいじょうぶ、マ、…… あたしにはわかっているから、きっとだいじょうぶ……」
 あわててボロを出しそうになり、ソフィアは動揺してしまう。
「? ヘンなおねえちゃん」
 おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん、なんて甘くかわいらしい響きだろう、姉のあたしがしっかりしなくてはいけないのだ。
 サラの手を引き、シスターのいる部屋の扉をノックすると、
「お入りなさい」
 落ち着いたトーンの声で中に招かれた。
 すぐに目に入ったのは同じ施設に暮らすオリガ・ワレンスキーだ、顔色が冴えない、沈んだような暗さを醸し出していた。
 オリガ・ワレンスキーはあたしの妹サラを偶然怪我させた女の子で、シスターヤドランカが言うとおりなら、あたしをレイプし妊娠させ、マンコに刺青を彫り、乳首とクリトリスにピアスを施した、スーザニアの英雄ハンス・ミクローシュという大戦争犯罪人その人のように見えた、その位あたしの妹に傷を負わした罪は重いのだ。
「サラちゃん、サラちゃんのおねえちゃん、ごめんなさい」
 きっとサラと同い年の女の子の精一杯の謝罪の言葉だろう。
 あたしはその子に近寄り、しゃがみこんでその娘に背丈を合わせ、手を取って、目線をあわせるとオリガはぎゅうっと眼を閉じ、身体を震わせるのだ。きっと怒られるとでも思ったのだろう、その位このホームでは血の絆を重んじていたから……
「オリガちゃんはサラと仲良くしてくれているものね、ありがとう、これからも仲良くしてね」
 そしてサラの手をオリガの手に重ねるのだ。
 そうしたら彼女の震えが収まり、その目をそうっと開けて、あたしの目を見てくれた。
「さあ、二人とも握手して仲直りよ」
 オリガはこわばった表情を緩めてくれた、そんな彼女をみると妹も少し笑ってくれた、妹が『あまり怒らないで』というようにでき、シスターもほっとしているようだったし、二人はお互いに仲良しに戻れたの。
 あたしには妹だけは大切な存在で、違う民族だから憎むわけではなく、彼女がまっとうに育ってくれればそれでよかった、憎みあうより、たった一人の家族さえいてくれればいい、人々の政治とかそーいったモノはどうでもいいのだ、早く過ぎ去ってくれればそれでいい、あたしはパンのみで生きていけてしまうのだ、妹さえいてくれればそれでいい、一卵性母妹であってほしいのだ、父は必要ない、知る必要など毛ほどもない、知らなくていい、母はお姉ちゃんのあたしだけでいい、足らないくらいでちょうどいいのだ。



 母未満妹以上の家族が嘘はあれども一つ屋根の下で暮らしている、しかしその傷と向き合うときが近づいていた、過去と向き合わなくてはならないときが……


 ノルトフォン国際戦犯法廷がパレルモで開廷されて一年半、戦犯ハンス・ミクローシュの罪を証言するため修道女ヤドランカ・パニッチは飛行機で現地に向かっていた、時より男によりえぐられた左目の眼帯に指をあて、何かを思案するように、これは復讐ではなく、戦争の清算なのだと、自らに言い聞かせるように、怖気をふるって勇気を搾り出していた、法廷に立つことすら恐い、ましてやそれを証言できるだろうか? しなくてはいけないのだ、レイプは銃と同じ暴力なのだということを証言しなくてはならない、ましてや子供たちを守るための銃ではなくて、戦争をするための大儀なき暴力を彼女は許せないのだ。
 その日はどんよりしたにび色の空だった、パレルモ海に面したこの島には珍しく、はっきりしない天気で、なんだか憂鬱になるヤドランカであった。
 法廷の開かれる裁判所は旧い建物ではあったが、説明によればセキュリティは最新式のものであるという。
「シスターわざわざご足労ありがとうございます」
 向かい入れてくれたのは物腰の柔らかそうな女性で、裁判の性質上気を使われたのだろう、少しだけ安心できた。
 ロビーの職員や報道陣の行きかうけん騒の中、二人はソファーに座り、一通りの裁判の流れの説明を受けた、証言のとき顔を隠し、声を変えて証言できること、証言している間、恐ろしくなったらいつでも証言を止めることができること、戦犯には身分がわからないよう証言することが保障されていること、などの説明をされた。
 できるだけ重苦しくないようにと、個室での面談などではなく、きっと人ごみの中をえらんだのだろうけど、病院の中の説明のようだとなんだかおかしくなって笑いそうになってしまうヤドランカであった、先進国であれば重要事項説明を個室で面談するようなこともあるだろうが、内戦後のセレニナ共和国では生死を分ける医師の重要事項だろうと、ごちゃごちゃした廊下での説明を受けることが当たり前だからだ、あたりまえだ、ヤドランカの国ではそんなこと当たり前の光景なのだ、いたずらに恐がることでもない、レイプされたときは死ぬほど恐かった、いやそうではなくてきっと私は殺されたのだ、そしてそれを証言するときも殺されることを思い出す、それだけのことなのだ、病院ではそれが日常でしょう? だから恐くて当然で、セレニナでは当たり前のことで、なんてことはないはずで……
「それでも、証言されますか?」
 その言葉はヤドランカが地元で証言台に立ったことを誰もが知ってしまう、ということをを意味していた。
「はい、それで構いません」
 こうして、証言台に立つことを宣言したヤドランカである。
 レイプは戦時下であろうがなかろうが、犯罪には何一つ変わりはしないという、それまでとは全く違う裁判になる、大国A国による主導の元という一方的な裁判であろうとも、正義がなされればそれでいいと彼女は思っていた。
 法廷に立つハンス・ミクローシュは彼女を犯した時より歳は取っていたが、街ですれ違えばどんな年齢の女性でも二度見するほどのハンサムさに変わりがなかった、年が歳なら銀幕の俳優として成り立ち、女性たちから熱い視線をさらうほどの美丈夫ぶりで、『お前のような年増に挿入はしない、ハリガタだけで十分だ』といい目をナイフで抉り、戦友に犯されているのを笑いながら見ていたのを思い出した。
 ヤドランカが証言しているなか、彼は微笑を絶やさず、彼は私が誰だかわかったのだろう、そしてその悪魔のような狡猾さでヤドランカがソフィアとの関係を見抜いたのだった。
「ソフィーとその娘は元気ですか?」
「は、85番、そそそそうう、それと67番ばんばんばん……、は私を呼びつけ、裸でテーブル、の、の、の、の、上でダンスををを、させ……」
 一体どうして? 姿は見えない、声も変えている、ソフィーが私の施設に保護されていることなど、どうしてこの男に知ることなどできよう!
「そのうろたえっぷり、答えてくれなくても結構、あの娘は僕の娘を産んで育ててくれているんですね」
 爽やかに笑う、犯罪者のくせに、この男は今自分が人道に対する罪で告発されていることをわかっているのだろうかと、立っている足元が揺らいでくるヤドランカである。
「内戦があって本当に良かった、おかげで年端もゆかないニンフェットを犯すことができたのだから、本当に良かった、民族浄化に参加できて本望ですよ」
 戦争に加担するのはこういう奴なのだ、平和なときにはできないことを戦時下では平気で行動に移せるのは、こういう奴なのだ。
「皆さん、よく聞いてください、このハンス・ミクローシュは戦争犯罪人などではない、ソフィア・ヴラトコヴィチとの性交渉は合意の上での行為でしかない、それを証拠に彼女は僕の子を生み育ててくれている、このような告発に強く抗議する!」
 証言台に立つ彼はそう言い放つと、右手に待つ錠剤のようなものを飲み下したのである。
 何が起こったのか、裁判官たちはざわつきだし、お互いに顔を見合って、何もできないでいた、何か良くないことが起きていたことは確かだ。
「そ、その男をスーザニアの英雄にしないで!」
 とっさに叫ぶヤドランカ、彼女にはハンスが覚悟を持って毒をあおったのが理解できた、何が高度なセキュリティだ、きっと協力者がいるのに違いなかった、民族紛争のねはこんなにも深い、
「静粛に……」
 ことの重大性を理解しない、のんびりした発言で、すぐに錠剤を吐かせなくてはならないというのに、モニター越しに何もできないでいたヤドランカは、男が気絶する映像を見せられたのである。
 間もなくして救急車が到達し、法廷から男がストレッチャーに乗せられ運び出されたとき、既に時遅く、心肺停止を確認されただけで、ハンス・ミクローシュはスーザニア民族の英雄としての神格化を成し遂げた後であった。
 このニュースはすぐに報道され、世界中に知れ渡ることとなる、もっとも旧ノルトフォン連邦という小さな世界の事件であって、関係のない近隣諸国にすら、すぐに忘れられただけである。
 大仰にも勇気を振り絞り、レイプは人道に反する罪で、それを告発に来たヤドランカ、彼女の想いは被疑者死亡という灰色の結末を迎える。
 その日の午後にニュースはセレニナ共和国にも流れ、同国内のスーザニア人たちはフチグラード広場に集まり、ロウソクを手に持ち、英雄ハンスを追悼する集会が行われたのであるが、それに反発するセレニナ人とサルドニア人との小競り合いが同じ日のニュースで流されたのである。
 ニュースをテレビで知ったヴラトコヴィチ姉妹の妹サラが不思議そうな顔をしてお姉ちゃんに尋ねる、
「この人たち(スーザニア人)が悲しんでいるのに別の人は怒っているの?」
 子供のこんな質問には困ってしまうソフィアだ、まして彼女たちは関係者なのだ、妹サラにはまだ理解できないだろうし、知られたくないことだった、困窮してしまうソフィア。
「あたしたちは元は同じ民族同士だったのよ、だから兄弟同士ってわけなんだけど、兄弟って成長するとうまくいかないときがあるの」
「ふーん、でもわたしは大きくなってもおねえちゃんをきらいになんかならないわ」
 この子が真実を知ったときにあたしを憎まないだろうか? 自分を嫌いにならないだろうか?
「サラはえらいねえ、みんながそうならいいねえ」
 この言葉には嘘がない、戦争の落とし子だというのに、なんて優しい子なんだろうと、生んでしまって申し訳ないと、それでもこんなすばらしい子に育ってくれてと思わずにはいられないと。

 ソフィアの通う高校には一箇所、壁に大きな穴があいている。内戦のさ中にスーザニア人勢力が砲撃であけたもので、いまだに塞がれずに残っている。生徒たちは迷惑しているが、スーザニア人が空けた穴なら彼らになおさせるべきだとサルドニアの生徒とセレニナ人の生徒は主張し、穴はいまだにふさがっていない、スーザニアの生徒からしてみればここはセレニナ共和国なのだからセレニナ人の生徒がなおすべきで、彼らが治してしまっては彼らの負けなので譲れない、サルドニア人にしても彼らとは関係ないのだから我々はなおさないと来る、セレニナ人からしてもスーザニア人があけた穴は断固として彼らがなおすべきでなおしたらとんでもないことだった、そんな穴であった。
「ソフィーおはよ!」
 登校時、ブランカに挨拶された、ソフィアは何だか顔色が冴えない、
「……うん、はよ……」
 それもそのはず、帰国したシスターからことの顛末をを聞かされたのだから。
「ブラトコヴィッチ、何だか顔色悪いな」
 シカティックが心配してくる。
「うん……まぁ、色々あったから……」
 そんな奴だとは思ってはいた、所詮死んでいい奴だったが、責任を逃れる様な死にざまを見せられて、やっぱりショックを受けていたソフィアで、一体どういう結末なら納得できたのだろうと……
「それよりさ、オレ達の手で例の穴塞いでみない、オレだけじゃなくて、三人の手で直してみたいんだ、ほら、吹雪とかはいってきて、寒いじゃん? 民族バラバラの俺たちが直せばいいって思ってさ、どうかな?」
「ええ~~~~~~~、あなた熱あるんじゃないの? 急にナニ言い出してるのよ!」
 そんなことをすれば、それぞれのレイスから白い目で見られかねないのに、何でシカティックはそんなことを、ブランカが驚くのも無理はない。
「いや~~~なんていうの、二人とも親父の葬式に顔出してくれたじゃん、だからその、いいんじゃないかって思っちゃって」
 全く勝手な奴だと、シカティックはソフィアに撃たれ、殺されかけたのに、子供の頃の話とはいえ、どうして許せるのだろう? いや許してなど居ないのかも知れないのに、どうして私に親しく出来るのと混乱する、もっとも彼を応急処置したのもソフィア自身でもあったが。
「ふーん、でもどうやって? 私そんな事したこと無いのに、やり方なんて知らないわ」とつっこむブランカ。
「校舎の裏に廃材とトタンがある、それを使おう、親父の仕事道具があるから、それも使う、先生に許可をもらえばいい」
 どうやら彼の中ではある程度プランがあるらしかった、シカティックのお父さんは設備工だとか言ってたっけ、でもそんなことに係わる気分でもない、だいたいシカティックのお葬式に顔出したのなんて死んでいて欲しい人がいるというソフィアの勝手な思い込みからきているのに、そこまで彼女を誘う意味などあるのかと、確かにレイスバラバラで協力するならいいのかもしれないけど、危険でもあるのだ。
「まあ確かにー、あそこ教室の移動の時とか、寒いものねえ、おまけに誰も直そうとしないしね、じゃあねえ……ソフィーもやるなら私もやる」
 どうせその手で来ると思っていた、やる気がないなら自分から断ればいいものを、誰かに決定権を預けたがる、私と一緒だ、主義主張が無くって、パンだけで生きていけるだけの人、ブランカとソフィアは同じ種類の人間なのだ。
「いやいやいやソフィアが一緒じゃなきゃ意味ねーし、一緒にやろうよ」とシカティック、何であたしなのと、めんどくさいソフィア。
「なにその、私はおまけみたいなの、気に入らなーい」
 プリプリ怒るブランカで、
「でも、あたし妹居るし、その……」
 妹と静かに暮らしていたいだけで、他は別にどうでもよくて、もうレイスとかに関わりたくなくって、
「お前ら仲いいのな」
 話を割って入って来たのはアルサムというスーザニアの生徒で、べとつくような視線が特徴の男だ。
「見たぜ動画、クククッ、ハンス・ミクローシュさんの最後な? 誰のことだかすぐわかったぜ」
 血の気が引いていき、息苦しく、目の前が暗くなりそう、肺に空気を取り込もうと懸命に吸い続け、どうやって息を吐いていいのかが分からない、死んでしまいたい、いやいっそのこと死ねばいいのに。
「英雄ハンスさんの言ってたソフィアって、君だろ? へへへっ、ソフィアの妹って誰が親になるんだ?」
 絵具で塗りたくったように青い顔をしているソフィアに気付き、
「あんたアルサムだっけ、何の用?」
 気分が悪いとでもいうように、しっしと手を振るブランカだった。
「くくくっ、ソフィアってカワイイよな、男子から人気あるのになんか避けてるなって、不思議に思ってたんだ、そしたらウンチもしませんなんて顔しているくせに、内戦中英雄殿の情婦やってたんだぜ、どう? シカティック、こんな幼いカワイイ少女が実は処女じゃないんだよ、クククッ」
 ドロッとして離れないアルサムの視線が怖い、胸から覗く胸毛がただただ気持ち悪かった。
「アルサム、いい加減にしろ!」
 両手でアルサムを突き飛ばすシカティック、
「うっ……気もち悪い……」
 右手で口を押さえ、あたしは吐きそうになり、怖気を振るってトイレを探して、倒れ込んだアルサムとシカティックの間を抜け、ふらふらした足取りでトイレに駆け込んだ。
「私ソフィーについていかなきゃ」
 そしてあたしはブランカに背中をさすられ、朝食べたヨーグルトをたっぷりと苦しみながら、全部、吐き出したのでした。
「ソフィア大丈夫?」
 食べ物を吐いた後に来る悪寒を心配して、ブランカが上着を貸してくれたので、それに包まり震えて、ウサギのように怯えた目で、彼女の心配そうな眼をじっと見た。
「………………大丈夫って、どーいう意味?」
 なじる様にいうのだ、一体いつまで被害者づらしているんだろうと、自分を険悪視しながら。
「別に、ただ単に友達として心配しているだけよ」
「そう、でも、これでバレちゃったね、あたしのこと軽蔑していいよ」
 私がそういうと、彼女は少し左上を見て、思案したようになり、
「それから先の事、ソフィーの口から話したいのなら私が聞くわ、お友達だと思っているから」
 もうすでに授業のチャイムが鳴り、彼女の遅刻を変に心配しながら、つらつらと、
「戦争が始まって、パパとママが連れらていって、あの授業の時間だけど……」
「それで」
「未成年は別に、スーザニアの兵隊に集められて、あのその、時間……」
「平気だから」
「きっと殺されるんだなって、でもハンスとかいうロリコンの兵隊に目を付けられてさ、その……遅れちゃってるね……授業」
「ふたり一緒だからへーき」
「彼に銃を突きつけられて、その……あの、やっぱり悪いよ」
「悪くなんか無いわ、私が聞きたいもの」
「……そう……、で、初めてされてさ、あたし、まだ11歳の女の娘だったのに、恐くて、怖ろしくて……あの時間大丈夫かな?」
「うん、二人してサボっちゃおう」
「……うん、で、そうだ、アイツ確かに見た目、見た目よ、見た目だけだけハンサムでさ、あたしが初めてのオンナとか言ってたっけ、キモくない? そんな事言わないでよねって、…………時間だいじょうぶ、かな?」
「OKよ」
「……その日から、毎日のようにされてね、他の女の人は別の施設で代わり番で犯されているのに、君はそうじゃないんだから幸せなんだぞって、あたしもそうなのかなって思うようになって、ただ心配したスーザニア軍医さんが、あたしに避妊薬を飲ませてくれていたんだけど、そのことハンスにバレちゃって、彼から代わりに排卵剤を無理やり飲まされてさ、あの、その、もうチャイムが鳴っちゃったわ、次の授業が……」
「始まっても別にいいわ」
「それで妊娠しちゃって、それからも毎日されて、あたしが他の女の人と一緒に雑居房に移りたいって言ったら、罰を与えるって、そんなものは自由じゃないって、彼とその戦友があたしのあそこに刺青を彫ってさ、酷いよね、もう一生消えないんだよ……あの授業時間が……」
「だいじょうぶだから」
「もし、もしだよ、ブランカがあたしの事友達だと思っているのなら、わたしの裸見てくれないかな? ……変かな、ヘンだよね、あたしナニ言い出してんだろ、可笑しいよね、アタシおかしいのよ、わかる? わらっていいわ……」
「……わらわないわ………………ソフィーの気が済むなら、友情の証として、裸を見せ合いっこしましょう」
「あの、……ありがとうといっていいのかしら、その、それだけじゃ無くて、あそこと乳首にピアスが残っていて、別に取れないわけじゃ、無いんだけど、、記憶が薄れる様な気がして怖いの、忘れ消し去りたい記憶なのに、消えてしまうのが怖いの、おかしいでしょう?」
「おかしくはないわ、貴女はそうされただけ、あなたは悪くないわ」
 内戦によって傷つけられたという、その傷だけがあたしたちを繋げていたのかもしれない、痛みをわかるもの同士、一緒に地獄に堕ち、苦痛を共にしたいのだ、慰めが欲しいのではない、地獄を分かち合いたいのだった。

 ソフィアとブランカの二人はトイレから出て使われていない視聴覚室に入ると約束通り、制服を脱ぎ、生まれたままの姿を見せ合ったのである。

「っていう事があってさ~~」
 部分部分ぼかして、かいつまみ話すブランカで、もちろんソフィーも一緒だ、まだ男の人は苦手だけど、医者を目指す以上どこかで乗り越えていかなくてはならない、傷と向き合わなくてはならない。
「あ~~~、シカティックったら乳首のピアスのコト聞いたらチンチンデカくなった、ソフィー見てみて、こいつエロ~い」
 食事を中断し、テーブルの下を覗きこむブランカだ。
「そ、そーいう事いうかぁ? 女の子の癖にって、だったら話すなよ!」
「ぷっ、馬鹿みたいシカティック」
 恥ずかしそうに股間を押さえるシカティックの姿に思わず吹き出してしまい、笑ってしまうソフィアだ、そんなに男の子って険悪すること無いかもと、この二人を見ていると、不思議とそう思えた。
「あ、ソフィアがうけたみたい、やったじゃんシカティック」
「……笑うとカワイイよな、ソフィア……」
「とかってさりげなく言ってるけど、こいつ勃起してるんだからね」
「し、仕方ねーだろ、ソ、ソフィアのこと、す、好きなんだから」
「あ、だからだったのね、砲撃の穴ふさごうよって言いだしたの、ソフィーちゃんとの共同作業っていうのしたかったんでしょ~~~、どうするソフィー、一緒にやってみる?」
 三民族でやるから意味があるのだ、誰かが欠けても非難されるだろう。
「ブランカも一緒なら……」
「マジで? だったらさっきブランカはソフィアが一緒ならヤルって言ったよな、覚えてるよな、いやオレは覚えてるぞ、これで決まりだ!」
 小躍りして親指を立てるシカティックだ。
「やるをヤルとかカタカナで言わないで、いやらしんだから、言って置きますけど、一緒に作業するだけでシカティックがソフィーとエッチなことできるわけじゃないんだからね」
 このサバサバしたブランカの言い方が面白かった、ああ彼女は本当に友達なんだなと、そう思わせてくれる。
「はいはい、わかっていますよ~~だ」
 とぼけた様にお調子者を演じ、逃げ口上を打つさまがあたしの罪悪感を和らげてくれる、妹を守るためとはいえ一時は射殺しようとしたあたしと仲良くしてくれる、友情と性欲をごちゃまぜにしながらも友達でいてくれるシカティックにありがとう、そんな陳腐なセリフなんていらないくらいだ。

「そんなことは認められない」
 職員室での先生方の主張されることはこれの一点張りである。
「だけど寒いでしょう、夏になれば暑いし、誰にとっても良いことのはずです」
 言い出しっぺのシカティックが食い下がる。
「そんな予算などないし、学校の方針でスーザニア人が直すべきで、生徒は関係ない、スーザニア人のブランカが言い出すならまだしもソフィアやシカティックまで、君たちはセレニナとサルドニアじゃないか、教室が別々に分けている意味がないじゃないか、ここはセレニナ共和国なんだぞ」
「だから学校の予算は借りませんって言ってるでしょう」
 高校の中も社会の中もその硬さときたら、どこも変わらないのだ、民族問題に行き着く、戦争前と後で何も変わっちゃいないのだ。
「ここはセレニナだ、セレニナ人の問題は自分たちで解決したい、政治家がスーザニア人に直させると言ったらそれでいいのだ、生徒風情が余計なことをしてくれるな」
 あきらめるように、自分たちを納得させるように言う先生だった。
「行こうよシカティック、埒があかないわ」
 あきれるように、糸のように目を細め先生に背を向けるブランカで、
「うーんどうしようか?」職員室を出て腕を組んでしまうシカティック。
 良いことなら人が賛成してくれるわけじゃない、でもそんなことであきらめるのは悔しい。
「勝手にやればいいのよ、あたしたちだけで勝手に直してしまえばいいの」
 変わらないのが、この世界だなんて思いたくないから、妹に大ぼらを吹くみたく、テキトーに言ってみただけ、妹の生きる世界が少しでも明るいものになれば、テキトーでも何でもいい。
「「えっ」」
「いっておきますけど、夜中に学校に忍び込んで勝手に直すとかいうちゃちなことするのじゃないわ」
 二人は顔を見合わせ、ソフィアが何を言っているのかと、
「シカティック、射撃は得意だった?」
 二人は内戦終了後、兵器にさわったことすらないのに、ソフィアは妹に対しての感情とは別のところに決意を置いたのである。
「はぁ? 内戦は終わっているんだぞ、なにいって……」
「シカティックには狙撃をしてもらうわ、上手かろうと、下手かろうとね、ブランカには車の運転をお願いしたいの、出来るなら戦車を動かしてね」
「えっ? 戦車って言った?」
 歴史上の経緯から、少年少女が消防団のように兵器を扱え、地域を防衛するドクトリン、だから小銃以下戦車すら扱いを教育された。
「概要を説明しましょう、現在この地域つまりリブリャナ村はスーザニア系2割、サルドニア系2割、セレニナ系6割弱のセレニナ共和国内にあるスーザニアの飛び地、与党指導者のシュシェリはスーザニア人で民族を分断し支配する方針よ、ここにくさびを打ち込むの、私たちの地域はたくさんの血を吸ってきたの、2割のスーザニア系が権力を握るのは力の理論からかけ離れている、そこを狙い撃ちにするのよ、私たちの歴史は力によって変わってきたじゃない? これって力が正義というのを実行してきたからで、つまり…………力は正義、そう、絶対に正義なのよ!」
 年端もゆかない美少女ソフィアをシステマティックレイプし、それを英雄視できるのはスーザニア系勢力に力があったからで、力こそが正義を真面目に行ってきた歴史があるからだった、戦争被害者になったからわかるソフィア、その経験が彼女を駆り立てた、思いどうりにならないものを変えるのは力だということを、権力の豚と犬を横たわらせてみせると誓う。
「ソフィーの概要っていうの、よくわからないけど、ついていけば穴をふさげるのね?」
「約束しましょう、権力の豚を屈服させることを、力によってね!」
「お、おいおい、戦争でも始めるつもりかよ」
 青くなるシカティック、
「覚悟を決めるのよ、貴方の望むものを手に入れるために」
 男というものはいざというときに思い切りが足らないもの、言い出しっぺだというのに、
「きっと大丈夫よ、どうせなら楽しみましょうよ」
 ノリが軽いブランカで、
「うまくいったらシカティックとセックスさせてあげてもいいかも、どう? 見てみたくない、クリットにピアスがしてあるアソコ、青瑠璃アゲハの彫ってあるアソコを見たくない?」
「え、やっばーい、そのこと二人だけの秘密っていっていたのに~、もうソフィーったらぁ~~~~~ってどうするシカティック? ヤルのそれともヤラないの?」
 しっかり下腹部を押さえるシカテックを見逃さないブランカで、
「……やる、っていうかやるをヤルってカタカナに変えんなよな……バカ」
 放課後から始まる、三人の進撃行動。
 妹サラたちが寝静まってから、ソフィアは教会の武器庫のカギを開け、二丁の突撃銃とマークスマンライフル『ザスタバ』を拝借させてもらった。まず狙う先はこの村の治安機関である警察とその装備品、二つ目は地元与党指導者シュシェリの邸宅兼事務所の通信、三つにその本人、都合のいいことにシュシェリと警察署は目と鼻の先だ、このことは制圧のアイコンとなる装輪装甲車を両者の肉眼に届くところの要所に配置できることにソフィアの狙いがあった、飛び地故に貧弱な準軍事施設しか置けないこの地域の脆弱性を突いてやる。
「ほんとに、ほんとに大丈夫だよなソフィー」
「こんな小さな村の警察署の深夜帯の警察の人員など高々十人程度、装備品は拳銃まで、ライフル銃で武装した三人なら無力化することぐらい難しくない、それよりNDに気をつけてよ」
 もし間違って何人か、いや一人でも殺してしまった場合、政権を奪取する側に変更となる、それは三人が今のままではいられなくなるということを意味していた。
「元少年兵シカティック君、銃の暴発には気をつけましょうね、お互い」
 安全装置をを解除し、怖いながらも笑って見せるブランカだった。
「じゃあ、状況開始、状況開始!」
 降雪の止まった薄闇のなか、警察署に小走りに突入する、堂々と正面玄関から、
「動くな! 警察署を制圧する、全員集まりなさい」
 煙草をくわえた髭の職員が三人、何事かとこちらを向く。
「ブランカ、裏口は向こう」
「うん」
 シカティックが指差し、それとは逆の窓際に歩き、デスクに座る二人の職員を追い立てる。
 と一人、腰の獲物に手をかけたので、御あつらえ向きに、タタンと天井に向け三発、ソフィアが威嚇射撃をした。
「君ら正気なのか」
「ええ、とっても、さあ全員手を挙げて、そのまま一列に並びなさい」
 目視で確認できたのは8人、事の起こりを認識できたのか、一人だけシカティックが裏口を抑える前に逃げ出す。
「あ、くそ! 逃がすかって」
 あけ放たれた裏口に走り、マークスマンライフルの照星を駆けていく警官に向けるシカティックに対し、
「撃つな! シカテック、撃つんじゃない」
 止めるソフィアだ。
「だけど、見られているのに……」
 ぼそっと口にする、ブランカで、
「まだスコープにはとらえているよ、ソフィー命令を、早くして……ああどんどん離れていくって……」
 してやったりと余裕の笑みを浮かべるソフィアだ。
「いいのよ、そのまま逃がしてしまっても」
 銃を下げ、裏口を閉め、捉えた職員にライフルを向けるシカテックは不安そうで、作戦が失敗したのじゃないかというような感じである、彼にはソフィアの作戦上部が見えていなかった。
 その後、捉えた職員から装輪装甲車の格納庫を鍵を奪い、職員全員を厳重な取調室に保護する。もちろん内戦時代の重火器も全て押えたことも論を待たない。
「なあソフィー、目撃者一人逃がしちまったぜ」
「援軍が来ないかしら……心配だわ」
 ソフィーら三人がやろうとしていることはクーデターで、それが元になって作戦が失敗してしまうよう心配するシカテックとブランカなのだ。
「心配ないわ、ふふん……それに一人逃がしたのはわざとでもあるのよ、それよりシカテックは屋上を、ブランカは装輪装甲車を動かして、主砲は警察署の方を向けるのよ、私はシュシェリの通信を抑えた後彼の事務所を制圧に行くわ」
 ことここに至って、元に戻れない地点に立っていることに気が付くとき、人は不安になるものだ、ソフィアもそうだった、愛娘を妹として育てていくと決めた時もそう、その時に思い知らされた、ひたむきさだけで世界なんか変わらないのだと。
 警察署から直線距離500メートルの地元与党指導者シュシェリの邸宅まで、女の子には糞重い軍用ライフルを担ぎながら、女子高生は妹サラのことを想う、彼女の生きる世界を少しでもましなものにしたい、そのためには『力』での解決が必要なのだと、自分たちのことは自分たちで決めたい、そのためには『力』が必要なのだ。
 邸宅ついた後、ぐるり一回り、すぐに電話回線を見つけ、腰のマチェティで切断、のちに寝室から最も近いガラス戸を破るとセキュリティが発報するが警察署は無力化したのだ、しかし彼自身が反撃してくることもある、侵入後即座にシュシェリの寝室に向かうソフィアだ。
『ソフィー、明かりのついた部屋がある、屋敷の二階、こちらからよく見渡せる、君の計算通り、南の角部屋だ』
『了解、指示どうり発砲してね』
『間違って殺したときは、ブランカは警察署に派手に主砲を撃ち込むのよ』
『そうしないでよ~~~ソフィー』
 廊下を駆けていき、ソフィアは警察署の屋上にいるシカティックにシュシェリに狙撃を命じる、とほぼ同時にその寝室に蹴り込む彼女。
「こんばんわ、シュシェリさん!」
 寝起きの部屋を狙撃され、護身用の拳銃を手にかける懸ける寸前だったのだろう、うつぶせになり床に伏せ、ピストルに手を伸ばしていた。
「何者だ賊め!」
 それには答えず、素早く、細心の注意を払い、彼を撃たずに、
 パンッ
 彼のピストルを弾く、と同時に、
『撃って』
 狙撃手にさらに弾丸を送り込ませるソフィー、窓が割れガラスが飛び散り、床と言わず壁と言わず二人を残してハチの巣にされる部屋だ、跳弾がどこから飛んでくるのかもわからないし、流れ弾が当たらない保証はない。
「くぅ、くそ、賊どもがーーー!!!」
 銃の恐怖から体を丸め、亀のようになり震える彼の周りに数発、跳弾に気を付け彼女は撃ち込んだ、スーザニア人にレイプされた恨みをここで晴らしてしまいたいという渇きを必死に抑え込みながら、酷く冴え冴え冷静に。
『撃ち方止め』
 窓はハチの巣のように穴だらけになり、壁にも数箇所穴が開いて、セレニナ特有の湿気を孕んだ冷気が部屋に侵入し、銃声のやんだ部屋に耳が痛いほどの静けさが戻るのだ。
「立って頂けるかしら、そう、そうゆっくりとね」
 銃口を向けられているのだ、逆らえるはずもない、かつて彼女が侵された時も銃口を向けられ、死の恐怖に怯えながらレイプされたのだ、今では立場が逆転したが、その時の恐怖は気を失ったほうがましなくらい、べったり心に焼き付けられたままで、体が震えてくる、と同時に暴力に酔うことの快感が何にもまして心地よくも感じられることに心底おぞましさを覚える彼女自身である、これならばハンス・ミクローシュがソフィアを銃口で脅し、情婦にしたのもうなずける、そうなのだ彼女の心を殺した瞬間を味わうためにはもう一度追体験するか、銃を手に逆に脅す側に立つかのどちらかなのだ、その共感を味わいたくて誰かを選ぶしかない、できることなら薬で自害したハンスをそうさせてみたかった、彼女の心を殺した彼には一緒に地獄に落ちてほしいという想いがあった、地獄を味わった彼女は一緒に憎しみも悲しみも2倍3倍になって一緒に地獄にいてくれる人が欲しいのだ。
「スナイパーよ、いつでもシュシェリさんを撃てるわ~、ってあらあら、怖かったのね~お漏らししちゃって~」
 その気持ちもよくわかる彼女で、
「記念撮影しちゃえ~ パシャリって」
「………………要求を言え…………」
 観念したシュシェリを見、暴力で人を支配することの喜びをたっぷり味わい、と同時に人の持つ彼女の持つ残酷性に吐き気すら感じていた。
「話が早いのね、これを使って警察署の前を見てくださるかしら」
 銃口を向けたまま双眼鏡を投げ渡し、不服ながら従う彼を憐れみながら、愉しみながら……
 渋々と、彼女の指差す方向に双眼鏡を向けると、
「こ、これは! バ、バカな! 貴様ら~やっていることの意味が分かっているのか、ガキめ~~!」
 双眼鏡を顔から離し、ソフィアを睨みつけ、そうしてもう一度ブランカの乗る装輪装甲車を見て驚愕を隠せないシュシェリだった。
「あらー理解が早くて助かります、念のためブランカ、顔を出してこっちに向かって手を振ってくださるかしら」
『了~~~解』
 それを見てさらに驚くシュシェリ、
「ま、まさか、女の子だと!」
「そうですよシュシェリさん、貴方にはこれからいくつかの選択肢があります、これから世界に向けてリブリャナ村はクーデターでセレニナ勢力に落とされたと発表して頂く……」
『ちょ、ちょっと待ってよ』驚くブランカで、
『それじゃ話が違うじゃないかって、三民族融和と真逆じゃないか、だいたいソフィアはスーザニア人じゃないのかよ』当惑するシカテック。
「……ほかには?」
「貴方にはここで死んで頂き、警察施設に砲弾を撃ち込み、我々が勝利宣言を出す、「我々スーザニア、サルドニア、セレニナ3民族はかつてのノルトフォン連邦のように民族融和の独立国家となる」と謳うのです」
『あ、それだったなら納得』
『もう~冗談きついわよソフィーったらぁ』
 呑気なシカティックとブランカである。
「そんなことは絶対に飲めん! この村はスーザニアの飛び地、周りはセレニナ勢力にポツンと浮かんだ場所なのだ、そんな場所で独立を宣言したらどうなると思う」
「ふふふ、まず領土を失うセレニナは激怒するでしょう、彼らは飛び地とセレニナを結び、自国の領土を広げる野望を隠しませんから」
 自分たちのことは自分たちで決めたい、ごく当然に見える欲求は裏返せば他民族を認めず全て自分だけのものにしたいということなのだ。
「ではぐるりを囲むセレニナ人はどうすると思う? ……そうだ、セレニナ人は……」
「数で圧倒する彼らは独立よりセレニナ人にセレニナに戻ろうというプロパガンダ戦を仕掛けてくるでしょう」
 冷静に笑いながら、もしそうなったなら、皆が不幸になるという想像を楽しみながら、嗤うように言うソフィアだった。
 忌々し気にソフィアから視線をそらし、吐き捨てるようにシュシェリは言うのだ。
「そうなれば少数民族のサルドニアの意向など無視され、彼らがジェノサイドの標的となる、内戦の再来になるかもしれん……」
 政治家としてそうなる事態だけは避けたいシュシェリだ、自身が殺されるとか、そんな問題だけで済まないのだから、そしてそれを感じ取ったソフィーは、
「ならば私たちの小さな要求を」
 平和など所詮は戦争していないだけの危うい状態で、その危うい状態であれ、彼は戦争を望んでいないというのが本音であるならば、
「一体なんだ、君の言う要求とは」
「……私たちの通う高校」
 そういい、彼女は無線を切断し、5分ほどシュシェリと話し、そして再び無線に「作戦は成功よ、戻りましょうブランカ、シカティック」にこやかに宣言するのだった。
 そしてこのクーデタ未遂事件は逃がした警察官が飛び地を越えてスーザニア側に伝えられたが、小さな要求と引き換えにスーザニアが握りつぶし、力の均衡が崩れることを望まないセレニナ側も飛び地に手を出さず、事件は明るみになることなく棚上げとなった。

 クーデター未遂から一週間後、キュルルというインパクトドライバの音と、チュィーーンという電動丸ノコの音が響き、職人さながらに材料を切り出し、ビスで穴を手際よくふさいでいくで行くシカティックの姿があった。
「シカティック~~~、買ってきたわよ~~」
 高校から許可が下り、更に断熱材までなら負担してくれるというサービスまでついた、その買い出しから戻るブランカで、ソフィアは外壁の塗装の途中でブランカの声を聴き、三人は一同集まるのだ。
「さっき金物屋から帰る途中にね、拘束した警察官に会っちゃってさ~、向こうは私たちが顔隠してたからわかんないんだろうけど、気まずいよね~」
 この話をされるとソフィアは正直つらい、されてきたことのつらさを相手に味わって欲しいという共感の後にくる後味の悪さ、本当に愚かしく、哀しく、やりきれないのに、やっぱりしてしまうのだ。
 内戦の後、多くは難民になって戻ってはこないし来れないのは、愚かにも傷つけた相手との難しいコミュニケーションをとらなければいけない難易度の高い行為を要求されるからだろう。
「もうすぐ聖タダイの日だよな……」
 タシケント教のシカティックは親を殺された正教徒の聖人のことを口にする。
「……そう……ね」
 それは同時にブランカにとっての、祝日でもあるが、近年では宗教とは疎遠になり、別段ただの平日でしかないのだけど……正教徒にとって特別な日に変わりはない。
「あたしも施設で蝋燭を灯すの、ラキアを飲める日でしょブランカ、おめでとう」
「そうだねブランカおめでとう」
 ソフィアとシカティックが祝福する、でもそれは気まずさが混じれば喜びは半分の半分で、『力』の副作用でもある。

 喜びは半分、苦しみは2倍、これが戦争の真実だった。苦しみの共有、とは不幸の連鎖なのだから。
 そして断熱材を詰め、内壁を張った三人は冷気が侵入せず、校舎が凍てつくような空気から守られたことを、しみじみと味わうのだ、たったこれだけのことなのに、憎しみにとらわれると、たったこれだけのこともできなくしてしまう大人たち、その大人たちにホンの僅かだけ抵抗したのだ、誰一人殺すことなくあたしたちは成し遂げた。
 でもそれを面白く思わない人もいて……
 その日の授業が終わり、いつものようにソフィーお姉ちゃんと一緒に施設に帰ろうと、サラが玄関で待っていると、べとつく目つきの胸毛男アルサムが近づいて、
「サラちゃんのお姉さんは実のお姉さんぢゃないの、教えてあげようか?」
 しゃがみ込みサラと目線の高さを同じくするアルサム、
「おねえちゃんはお姉ちゃんだよ」
 キョトンとするサラ、警戒心というものがまだないのだろう、
「お姉ちゃんから生まれた子は妹君とは呼ばないの知ってるかな、サラちゃんは施設暮らしだからまだわからないかもしれないけど、両親がいてそこから生まれた子がサラちゃんの親になるの、わかる?」
 無垢な子供は世界のことわりを知らないのに、それを教えてしまうアルサムだ、
「あたしの両親は外国の王様なのよ、お姉ちゃんはおねえちゃんでしょ?」
「くくく、そんな大ぼら話をされていたんだね、かわいそうに、サラちゃんの姉さんソフィア・ブラトコヴィッチは君の実の母親で、父親は君の知らないスーザニア人兵にレイプされて生まれた、君は私生児なんだよ、犬や猫と一緒の畜生なのさ、死ねばいいのに」
 小学一年生の少女に私生児とか、姉が生みの母親とかいうことの詳しい話は理解できない、小さい頭にこの国で起きた歴史なんかわからない、それでも伝わる言葉があった、『死ねばいいのに』、今まで敵意というものを感じさせない施設暮らしの中、殺気を孕んだ言葉なんか聞いたこともないのに、一方的に向けられる憎しみに触れたとき、どうしてこんなに憎まれなければいけないのだろうと、しとしと涙が流れるのだ。
「しくしく、どうしてそんなこと言うのぉ」
「スーザニア人にしてやったのに、他民族と仲良くしているのが気に入らないのさ、じゃあな」
 曇天の中、ぽろぽろ涙を流す少女をそのままにアルサムは校舎の中を戻っていく、途中修理された砲撃の穴を忌々しく目を逸らして、途中ソフィアとすれ違い、ふと自分の別れてしまった母親のことを思い出した、内戦前は両親仲良く暮らしていたのに、サルドニア人の父と、セレニナ人の母、内戦が始まって祖母祖父らから口出しされて別れてしまった、たったそれだけのことで母は彼を捨て、その後サルドニア系の収容所で死んだという。
「ソフィーもどうせ俺と似た者同士、一緒に苦しめ」
 ソフィアに母親の偶像を求め、そしてその彼女に復讐をする、カリスマ・クラウディウスになろうとしたソフィア・ブラトコヴィッチを許さないのだ。
 泣いている妹をみたソフィアは、何か良からぬことが起きているのが、なんとなくわかった、この子に何かが起こったことを、母性はかぎ取ったのだ。
「…………」
 なにも言わずにサラの前にしゃがみ、じっと彼女の表情を見守るように、そしてただ黙っていた、何を言ってもウソになってしまうのだから。
 ソフィアがしゃがみ込むとサラには花の甘い香りにつつまれる、その存在感は圧倒的で、もしあのことを聞いたら、お姉ちゃんに怒られる気がして、どうしていいのかわからなくなる。
「あれ、サラちゃん泣いている……わね」
 助け舟がでた、後ろでブランカとシカティックがサラが泣いているのを見つけ、声をかけてくれたのだ。
 ソフィアは泣きじゃくるサラの頬を両方の掌で包んで、
「泣かされたのね~、怖くなかった?」
 お姉ちゃんとしてはクールに、しかしそれでいて誰よりも心配して、この子が少しでも安心できるようウソを吐き続けることを決める。
「ぐす~~ん、お姉ちゃんって何? お姉ちゃんはあたしのママ……グス……ママなの?」
「えっちょっと、待ってよ、え? サラがソフィアの、え?」
 まだ事態が飲み込めないシカティックが驚いて、うろたえているが、誰もが内戦でしでかしたことを考えれば、こういうこともあるし、ただ彼が女の子がこうして泣いているのを見たのが初めてだった、女の子に泣かれるのはたまったものではない彼、法廷で女に泣かれるのが堪らないという男の心理だった。
「ママがお姉ちゃんだからって、何が悪いのよ、施設のみんながサラはあたしの妹って呼んでいるのだから、それでいいのよ、いい? 姉妹っていうのは周りが決めることなの、あたしたちが決めていいことなの、見ず知らずの誰に何言われようとも、サラがあたしが生んだ子だとしても、サラはあたしの妹なの、そう決めた以上貴方はあたしの妹なの」
 ママという女の子から生まれた子を妹とは呼ばないのに、それをおかしなままことにそのままソフィアはそれでいいと断言する、それは一緒に不幸になってもこの子と居たいという彼女自身の切なる願い、母娘では施設で一緒には暮らせない、だから二人は姉妹になったのに、そんなことが分かったくらいでおしまいにはできないのだ
「サラね、きょうシスターの前なのに、あのね、あの、その、お姉ちゃん、ぐす……グスっ、おこらないで、ぐす、きいてね」
「何があったの」
「お祈りで、で、でたらめな、あの、お祈りを、シスターにわからなければいいやって、……ごめんなさい」
 後ろで聞いていたブランカがサラのいうことに吹きだした。
「……おい、ブランカ、子供だからって、笑うとこじゃないだろ」
 生真面目に怒るシカティックだが、ソフィアもやっぱりちょっと釣られて笑いだしそうになる、だってレイプされて産まされた子供なのに、こんなにかわいいという、バカバカしいくらい彼女はサラがかわいくてかわいくて仕方がないのだ、それは病んでいるくらい、そうだ、もう病みかわいいのだ。
「あたし、サラって、わるい子だよね……きらいになった、おねえちゃん?」
 恥ずかしそうに、頬を上気させ、赤面するサラで、それは近しい仲だからこそ聞きづらいこと、好きだよとか愛してるよと言えても、その逆はサラにはむずかしいのだ、
「ううん、嫌いになんかならないよ、たとえサラが悪い子でも、ソフィア姉ちゃんはサラの味方だから、一番の味方だから」
 たったこれだけのこと、それだけのことの溝を埋められないのだ、愛情の上の世界観を埋めるのは本当に難しい。
「おうちにかえろう、ね、サラ」
 帰るべき場所のあやふやな娘に、かけてあげられる言葉の弱さを感じながら、姉は自分の立つ位置、地面の不確かさにため息を漏らすのだ、何故ならやっぱりお腹を痛めて産んだこの子がかわいいのだから……。
 校舎から離れていく二人の後ろ姿を見て、
「なんか、ソフィーとセックスできるって、いうのか、ヤル気っていうのか、なくなっちゃったな……」
「んーーーんん? どーいう心境の変化かな、シカティック君」
「だってさ、ソフィアのアソコのピアスとか入れ墨って内戦中の集団レイプで悪戯された跡だろ、それって洗脳がまだ解けてないってことじゃん、それなのに自分の子供を捨てなかったの、凄いなって、そんな母娘に性欲抱くのが耐えられないんだ」
「へ~~~へ~~、少年兵ゲリラだったシカティック君、ずいぶんと人らしくなったのね、ソフィーとやりてぇ~!とか言ってたらグーで殴っていたわよ、グーでね!」
「たははっ、ブランカって、なんかいいやつだよな、一緒に従軍できて楽しかったぜ」
 下校時刻しんしんと降り積む雪が辺りの雑音を消音する、ごく近くに来た男子生徒が一人、
「ありがとう、校舎が寒くなくなった、ありがとう、君らに感謝するよ」
 小声で聞き取れないくらいの、とおりすがりのなにか、
「う、うん」
 確か彼はスーザニア人の……誰か、名前も思い出せないまま、さっさと帰ってしまう。



 民族浄化の中の集団強姦から始まり、歪んでいびつなブラトコヴィッチ姉妹のお話はここで終わり、数年後、サラにボーイフレンドが出来るというのはまた別のお話。








かもめ

2019年12月29日 09時44分03秒 公開
■この作品の著作権は かもめ さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:タクティクスオウガの別の答えを示したかった
◆作者コメント:少女革命ではなく、暴力による、少女クーデターです、少女にクーデターのやり方を教えたのはハンス・ミクローシュです。なにかがスカッとするものではないのかもしれませんが、リアリティなんてって思います。

2020年01月13日 17時44分24秒
作者レス
2020年01月12日 21時17分41秒
+10点
Re: 2020年01月23日 05時07分51秒
2020年01月12日 02時14分29秒
+10点
Re: 2020年01月23日 05時06分11秒
2020年01月10日 17時38分38秒
+20点
Re: 2020年01月23日 05時05分24秒
2020年01月09日 20時52分13秒
-10点
Re: 2020年01月23日 05時03分02秒
2020年01月03日 21時15分47秒
+10点
Re: 2020年01月23日 05時01分23秒
2020年01月03日 09時25分09秒
+20点
Re: 2020年01月14日 15時53分58秒
2020年01月02日 23時49分01秒
Re: 2020年01月14日 15時52分24秒
2020年01月01日 16時26分16秒
-10点
Re: 2020年01月14日 15時50分58秒
合計 8人 50点

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