星の塔 |
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暗闇の竜であるウレルパは今日も夜空を飛んでいる。 常闇が地上を覆う世界があった。ウレルパの住む世界はそういう場所だ。 人々は光を求めて、星の塔に祈りを捧げる。そこには月に愛された星辰の少年たちが閉じ込められているのだ。星の欠片をその身に受けて生まれ持った少年たちは、光り輝く白い素肌を持っている。その輝きで地上を照らすために、彼らは塔に閉じ込められ、星辰の歌をうたい続けるのだ。 ウレルパは空を仰ぐ。 この広い世界を彼らが知ることはない。雪花の積もる大地は月神オロンの光を受けて、蒼く光り輝いている。その様は、まるで凪いだ海そのもの。ほうっとウレルパはその美しい月が作り出す光景を眺めていた。 ウレルパは丘の上に立つ星の塔を見つめる。水晶でできたそれは、星辰の少年の力によって輝きを宿していた。 妙なるアルトの旋律が、ウレルパの翼の皮膜を震わせる。心地よいそのリズムに、ウレルパは鳴き声をはっしていた。 ぐるぐるとウレルパは水晶の塔の周囲を巡る。するとどうだろう。その塔のテラスに一人の少年が姿を現した。 髪も目も、まるで夜空に浮かぶ星のように白い。そんな彼が、ウレルパを嬉しそうに見つめながら歌っている。 その歌を聴く、ウレルパの体に変化があった。ウレルパの漆黒の体が光に包まれる。その光が人の形をとり、竜の翼を生やした少女へと変わっていった。 少女は漆黒の翼を翻しながら、歌をうたう少年へと近づいていく。少年は両手を広げて、飛んでくる少女を抱きしめていた。 「久しぶり、ウレルパ!!」 少年の口から嬉しそうな声があがる。少女の姿をしたウレルパは漆黒の髪を翻して、そんな少年をぎゅっと抱きしめていた。 「レルパ! 南の大地を見てきたよ。凄い! 透明な海にたくさんの紅色の植物が生えていて、そこには極彩色の魚たちが泳いでいるんだ。人が住んでいるのは細切れに海に浮かぶ小さな島々でね、私たちと違って、みんな色が黒いんだ!!」 少年の名を呼びながら、ウレルパは嬉しそうに旅の話をする。 「ちょっとまって! ゆっくり……。まだ、時間はたっぷりあるから……」 レルパの声と共に、星辰の塔が輝きをなくす。『朝』が来たのだ。 月が空に輝く太陽を撃ち落して幾創生。 太陽の役目を負わされた星辰の少年たちによって大地に朝と夜はもたらされる。朝になると星の塔は輝くのをやめる。『朝』はかつて月神の敵であった太陽を讃える時刻でもあり、月が支配するこの世界においては忌避すべき時間でもあるからだ。その時間に人々は深い眠りにつき、月もまた空から姿を消す。その朝の時間に、ウレルパとレルパは会って話をするのだ。 生まれたときから星の塔に閉じ込められているレルパにとって、ウレルパの話は何よりの楽しみだった。身寄りのないウレルパにとっても、話を聴いてくれるレルパはかけがえのない存在だ。 「それでね! 南の国には美しい十字架の星座がかかってるんだ。きらきらきらきら輝いて、椰子の船に乗る人々を導くんだ。レルパの塔みたいに!!」 「星が、僕の塔みたいに人々を導いてるなんて!」 「そう、すっごくキラキラしてて、綺麗なの。レルパと一緒に見たい!!」 「それは、無理だよ。僕は、この塔を輝かせなきゃならないから。命が尽きる、その時まで……」 レルパの周囲を巡っていたウレルパは、頭を垂らすレルパを見て眼を伏せていた。レルパは星辰の少年。この世界を照らす役割を担った、特別な存在なのだ。 本来ならば、話しかけることすら憚られる存在に惹かれたのはいつだったろうか。塔の中で悲しげに歌うレルパの姿を、ウレルパは何度その銀の眼に映しただろう。 レルパは星辰の少年。それゆえにレルパに自由はない。夜の竜であるウレルパとは、住む世界が違うのだ。 「行けるよ。私が、連れて行ってあげる……」 それでも、ウレルパは笑顔を浮かべて、レルパを優しく抱きしめていた。 「ウレルパ……」 潤んだレルパの眼が、ウレルパを捉える。ウレルパは笑みを深めて、ひょいっと彼を横抱きにしていた。 「ちょ! ウレルパ!!」 少女の姿になったウレルパは細身の体をしている。それでも、その体はレルパを軽々と抱えることができるのだ。 漆黒の翼を翻し、ウレルパは綺羅星が輝く空へと舞い上がる。星の塔の周りをゆったりと巡ると、悲しげだったレルパの顔に笑みが浮かんだ。 その笑みを見て、ウレルパの心はぱっと明るくなる。 「笑って! 笑ってレルパ!!」 「ウレルパ! そろそろ降ろしてよ!」 そうは言いつつも、彼の口からは笑い声が漏れ続けている。そんな彼に応え、ウレルパはレルパをテラスへと降り立たせた。 そのときだ。床に足をつけたレルパが、ぐらりと膝をついたのは。 「レルパ!!」 ウレルパはしゃがみ込み、レルパの背中をなでていた。最近、彼はちょっとしたことで倒れそうになる。そして彼の星の塔の輝きも、弱まってきているのだ。 「レルパ……大丈夫……?」 「うん、僕も月神のもとへ赴く日が近いのかもね……」 星辰の少年たちは、そのほとんどが十代の前半で生を終える。彼らの命と引き換えに星の塔は輝いているのだ。 太陽を殺した月は、その代償として星辰の少年たちの命を世界に差し出した。そうして世界は均衡を保っている。 「そんなの、酷い……」 ウレルパの口から不満があがる。レルパはぎょっとして、ウレルパの顔を見つめていた。 「レルパが死んで成り立つ世界なんて、なくなっちゃえばいい……」 「ウレルパ……。この世界がなかったら、僕はウレルパに会えてないよ…… 」 レルパが微笑んで、ウレルパの頬をなでてくれる。そんなレルパの手を握りしめ、ウレルパは眼を伏せていた。 「レルパのいない世界なんて、考えられないよ……」 「大丈夫、僕はずっとここにいるよ。命が終わって、もずっと君の側に……」 「私の側に、レルパが?」 「うん、月神さまのところにはいかない。ずっと、ウレルパと一緒にいる……」 ぎゅっとレルパがウレルパを抱きしめてくる。ウレルパはびっくりして、思わずレルパを引き離していた。 「ごめん……びっくりしちゃった?」 「あ……その」 ウレルパは上手く答えることが出来ない。どうしてレルパを引き離してしまったのだろう。初めて会った頃は、こんなことはなかったのに。 それに、この胸の高鳴りは一体何なのだろうか。 「ごめん……。その、もう行くね……」 空を仰げば、蒼くて丸い月が東の空から昇ろうとしていた。周囲に点在する星の塔も、輝きを取り戻していく。少年たちの妙なる声を聞きながら、ウレルパは漆黒の竜へとその姿を変えていた。 「ウレルパっ!」 レルパがウレルパの首にしがみつく。ぐるると唸って、ウレルパはそんなレルパの体に優しく頭を擦りつけていた。 「また、来てくれる……?」 縋るような眼からウレルパは視線を逸らすことができない。ウレルパは優しく嘶いて、レルパの体を頭でなでていた。 彼から離れ、ウレルパは飛び立つ。玩具のように小さくなっていく星の塔をウレルパは見おろした。 星の塔たちが輝く様子は、まるで燭台の炎のようだ。その中で、レルパの塔だけが暗がりに佇んでいる。その塔のテラスからレルパがウレルパを見あげていた。 ウレルパは鳴く。レルパにまた来るよと、伝えるために。そんなウレルパの耳に、レルパの歌声が聴こえる。 美しく、けれどもどこか儚げな少年の歌声に、ウレルパは眼を細める。その歌に応えるようにウレルパは嘶いた。 竜の嘶きと、少年の歌声は一つのハーモニーとなって、闇の世界に轟くのだ。その美しい響きは、ウレルパが月の輝く空からいなくなるまで奏でられた。 遠く、レルパのために旅をする。そのたびに、ウレルパは彼に新しい物語を聴かせた。 炎を吹く山。氷に閉ざされた大地。四季のある極東の島。ウレルパはレルパに物語を届けるために様々な場所に行った。 そして物語を聴かせるたびに、レルパはだんだんと弱っていった。ウレルパが何度目かの旅を終えて帰ってきたとき、レルパはテラスに出ることすら出来なくなっていた。 ウレルパは人の形をとって、そんなレルパの寝そべる塔の中へと足を踏み入れる。 銀のビーズが連なった寝台のカーテンをあけると、そこに青白い顔をしたレルパがいる。塔を輝かせるために歌うことも叶わず、レルパは眼から涙を流していた。 「もうすぐだよ……。もうすぐ僕は月神さまのところに旅立つんだ……。もうすぐ僕の終わりが来る……」 ほろほろと真珠色の涙を流すレルパの手をとり、ウレルパはそっと首を振ってみせる。 「レルパはずっと私といてくれるんでしょ? だったら、私の側にずっといて……」 「ウレルパ……」 そっとレルパを抱きあげ、ウレルパは微笑む。だめだよという彼の言葉を無視して、テラスへとやってきたウレルパは空へと飛び立っていた。 薄い雲を抜けて、輝く星空へとウレルパは飛び立つ。その腕には、しっかりと愛しいレルパが抱かれている。 南へとウレルパは飛んだ。レルパが共にいてくれると約束してくれた日に、話した場所へ。十字架の星座、南十字星が輝く地へと。 「レルパ、見て」 「綺麗……。十字架が空で煌めいてる……」 空に輝く南十字星をウレルパとレルパは見つめる。まるで二人を導くように、空の十字架は優しく光り輝いていた。 レルパが笑顔を浮かべる。ウレルパはそんなレルパにそっと微笑みかける。 「始まりだよ。私たちの旅の。この南十字星が見える場所から、たくさん色んな所に飛んでいこう。火が噴き出る山にも、大地が凍りついた北の国にも、どこへだって連れて行ってあげる。ずっと、ずっと一緒だよ」 「僕たちの旅は、ここから始まるんだ……。ずっと、ウレルパと一緒にいられるんだ」 ほろりと、レルパの眼から涙が零れる。そんなレルパをウレルパは強く抱きしめていた。 「そう、私たちはずっと一緒。レルパはどこにも行かないし、私もレルパの側を離れない。ずっとずっと一緒なの」 「うん、ずっと一緒だ。ずっと、ウレルパと一緒にいる」 海原を照らし、丸い月が東の空から昇る。ウレルパはレルパを強く抱きしめた。ウレルパの腕の中でレルパの体は透け、月の光を浴びて消えていく。 「レルパっ!」 「大丈夫、ちょっと遠くに行くだけだから。すぐ、戻ってくる……」 ウレルパは消えていくレルパを強く抱きしめていた。そんなウレルパに彼は優しく微笑みかける。 月が昇り、レルパが消える。腕の中のぬくもりを失って、ウレルパはだらりと腕を垂らしていた。 「何が、ちょっと遠くに行くだよ……。いなくなっちゃ、意味がないじゃないか……」 ぎゅっと自身を抱きしめ、ウレルパは涙を堪える。止めようと思っても、それはウレルパの眼から零れだすのだ。 その涙を照らす、小さな星があった。その星は、ウレルパを慰めるように力強く輝き始める。潤んだ眼で、ウレルパはその星を見つめた。 「レルパ……」 弱々しく、ウレルパはレルパを呼んでいた。その声に応えるように、星が瞬く。 「レルパ!!」 強く、彼を呼ぶ。星はそんなウレルパを慰めるように瞬き続けるのだ。 レルパだ。あの星はレルパに違いない。ウレルパは涙に濡れた眼に笑みを浮かべる。 レルパが星になってウレルパのもとに戻ってきてくれた。その事実が嬉しくて、ウレルパは星に向かい飛ぶ。ウレルパの体を光が包み込み、ウレルパは竜の姿になる。 星に向かいながら、ウレルパは嘶く。歌うレルパとハーモニーを奏でたときのように。その嘶きに応えるように、レルパの星は力強く瞬く。 銀の眼にレルパの星を映しながら、ウレルパは弾んだ鳴き声をはっしていた。 歌をうたう。レルパの歌っていた星辰の歌を。その歌をうたうたび、瞬く星が一つある。 少女の姿をしたウレルパはその星を見つめ、微笑んでいた。レルパの星はその微笑みに応えるように瞬く。彼は旅をするウレルパを、ずっと見守ってくれているのだ。 レルパは星になり、新たな生きている。ウレルパの側にいるために。 だから、ウレルパは泣かない。空を仰げば、そこにレルパがいるから。レルパが輝いて、ウレルパを導いてくれるから。 レルパが輝く場所へと、ウレルパは赴く。レルパと旅をするために。 二人の旅はここから始まるのだ—— (了) |
猫目青 2019年12月27日 12時51分18秒 公開 ■この作品の著作権は 猫目青 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2020年01月13日 16時59分30秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時54分17秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時50分05秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時46分19秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時40分37秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時36分48秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時23分52秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時20分26秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時10分13秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 16時05分08秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 15時59分32秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 15時56分26秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 15時51分16秒 | |||
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Re: | 2020年01月13日 15時48分15秒 | |||
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