天気の子? |
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「--ふぅ……」 魔力を注ぎ込んだ祈祷をひとしきり終えた褐色少女が溜息を吐き出す。少女は疲労で額に汗を流しながらも空を見上げる。 「やはり駄目であったか……」 少女は眉にシワを寄せ、そんなことを呟いた。 見るからに不機嫌そうな少女の行動を側で見守っていた老人が頭を下げる。 「申し訳ありません。わざわざご足労いただいたのにも関わらず結果が振るわず……」 「村長よ、謝る必要はない。この状況は妾の力不足じゃ。そなたら村民が責任を感じる必要はない」 「で、ですが……」 「ふむ……まさか妾の力を持ってしても状況を打破出来ぬとは。どうやら思ったよりもこの異常事態は深刻らしいの」 少女は自身の不甲斐なさで奥歯を噛み締めながら、一切晴間の見えぬ曇天の空を睨みつけるのであった。 ▲ その村はある時期になると異常気象に見舞われる。それは『夏の時期になると空一面が雲に覆われ、陽の光が地上に降り注がない』というものであった。 その村は夏の間、太陽が全く顔を出さない為気温が上がりにくく過ごしやすいという利点があるのだが、晴れ模様には一切ならないという欠点もあった。 確かに夏の太陽はうだる様な暑さを与える鬱陶しい存在であるのだが、その反面夏特有の開放感が半減してしまうのもまた事実であった。 夏の太陽の元食べるアイス。夏の太陽の元泳ぐ海。夏の太陽の元歩く登山道……などなど、夏にしか体験出来ない感動や感覚をその村の住民は味わうことはできなかったのである。 正直な所、その村の現状は普通ではないので見過ごすわけにはいかない。なので、ある人物がその調査と解決に乗り出した。 その人物こそ、つい先程空に向かって祈祷を捧げていた少女--”太陽”を司る神……【太陽神】ラーその人であった。 ▲ 雲を払う祈祷を一時中断したラーは、休憩と状況分析を兼ねて一時村長の自宅に入った。 「ぐぬぬぅ……あの厚雲の原因はいったいなんなのじゃあ……。太陽を司る神の妾でも晴らせぬ天気など意味不明じゃ」 「【太陽神】様でも無理ならもう万策尽きてしまったかもしれませんね」 「何を言うか! 妾はまだ諦めてはおらぬぞ! だからいまこうして打開策を--」 「もうよいのです、ラー様」 村長はラーの若干食い気味なやる気を削ぐ様な発言をした。 「この村は今のままでいいのです。太陽が出ていないから作物が育たないという訳でもありませんし、逆に村の住人は熱中症を発症しませんから有り難いくらいですよ」 「それでもッ! それはあまりにも不憫じゃ! そなた等は知らぬのだろう? 熱い太陽を浴びながら楽しむ夏の醍醐味という奴を!」 ラーの力説を聞いた村長の口角が自然と緩む。 「ふふ……【神】が来ると聞いたので、どんな傲慢で高圧的な人だったらどうしようと身構えておりましたが、実際はとてもお優しいお方だったではありませんか」 「ふむ……あらぬ誤解を与えてしまったらしくて申し訳ないの。妾は【神】の中でも温厚だと評価されておるからそう緊張せぬで良いぞ?」 そう言ってラーはさして大きくもない胸を張る。 そんな彼女の姿を見た村長は安心する所か、逆に申し訳ない気持ちになった。 「--だからこそもうあなた様の手を煩わせるつもりは御座いません。ラー様は逆に優しすぎます。それもこの村の問題を解決するまで無理をなさろうとするくらいに」 遠回しに何もするなと言われたような気がしてラーの気分はすこぶる悪くなった。 「何を言うか! 妾は絶対に諦めるつもりはないぞ? 小さな雲一つ払えぬのでは【太陽神】の名が廃る。それは【神】として決して感化できぬ問題じゃ!」 「もういいんですよッ!」 「!?」 先程まで温厚だった村長の剣幕にラーは怯んだ。 「我々にはとてもとても無理です。出来もしないことであなた様を縛り、心労を与えることが」 「し、心労とは大袈裟じゃの。別に妾はそんなことちっとも……」 「時にその気遣いは私達を傷付けます。正直に申します。……もう見ていていたたまれないのですよ。【太陽神】の無駄な努力を見続けることが」 「…………」 ラーは村長の本心を聞いてとてもショックを受けた。彼女は顔を俯かせ、拳を強く握りしめる。 (確かに……確かに妾の行為は余計なお世話やもしれんの。村長の言う通りこの現象は誰も不幸にはさせておらん。なのに妾は自分のわがまま--いや【神】の一柱として失敗をしたくないというつまらぬプライドを持つせいで、無駄に突っかかって下界の民に迷惑をかけた。それは到底許されることではないの……) 暫しの間気持ちを整理したラーは、村長に頭を下げた。 「……どうやら妾は出しゃばり過ぎていた様じゃ。じゃが、これだけは言わせてくれ。雲を晴らせず申し訳なかったのじゃ」 ラーがそんな謝罪の言葉を述べた刹那であった。 いきなり背後の扉が開いたのである。 「ヨォ! チェケラア! 村長の気持ちを尊重したYouの気遣い、マジで最高♪ 俺のハートがハードに鼓動、Yeah!」 ラジカセを肩に担ぎ、髪を変な風に結わき、ダサいキャップを被り、分厚い黒のグラサンを身につけ、意味不明なリズムを刻む謎の人物の登場に、 「「…………」」 ラーと村長は驚きの余り目を見開き、硬直してしまうのであった。 ▲ 謎の男の登場にいち早く順応したのは村長の方であった。 「おや? もしやあなたは晴れ乞い師のDJKING様でおられますか?」 「おうおう! 俺が王! 音楽の帝王だ、チェケラァ!」 「…………」 男の返答が一々うざったいと感じたラーはあからさまに不機嫌な顔を見せる。彼女はDJKINGとやらをジト目で見つめる。 「お主よ、一体何者じゃ?」 「ないないない! 二度はない! 人の話をリッスンするための耳のレッスンを推奨♪」 ブチリ、とラーの血管が浮きだった。 「ふざけるのはその髪型だけにせい……ッ!」 「神だけに髪にご乱心! ふぅ〜ッ!」 「貴様!」 怒りが頂点に達し、ラーは魔力を込めるが、村長に制止させられる。 「ラー様、落ち着いてください! 彼は我々が呼んだのです。さっきも言ったでしょう? DJKING様は晴れ乞い師だと」 「晴れ乞い師?」 聞き慣れぬワードにラーは首を傾げるが、すぐにどんな意味かを理解した。 「まさか雨を呼び込む雨乞い師の逆verとでも言いたいのか?」 「正解、正解、大正解♪ 俺にかかればあんな雲、蜘蛛の子を散らす勢いで消し飛ばし、Yeah!」 「おい村長よ、あんなのに任せて良いのかの? 妾ですらできなかったことをあんなちゃらんぽらんができるとは到底思えんが……」 「噂では多大なる実績を持っているとか。彼が赴いた現場で、雲が晴れぬことはなかったらしいです」 「にわかに信じられんのぉ〜」 「ですが、やってもらう価値はあるかと」 「あれが問題を解決しようものなら、妾のメンツは丸潰れじゃの……」 もしかするとDJKINGにお株を奪われてしまうことを危惧したラーは、冷や汗を流しつつ彼が失敗することを内心願うのであった。 ▲ 善は急げと言わんばかりにDJKINGは仕事に取り掛かる。 ラーが数分前にやった時と同様、DJKINGの周囲には期待を込めた眼差しを持った村の住人が集まっていた。 DJKINGはその観衆達に手を振りつつ、気持ちを高めていた。 そんなDJKINGの準備の光景を横から見ていたラーは思わず不審がる。 「おい、DJKINGよ。これといった用意がなされておらんが、どうあの雲を晴らすつもりじゃ?」 「俺にはいらない、そんなもの! 用意がなくても容易に仕事は可能だヨォ!」 とても自信ありげな感じでそう豪語するDJKINGであったが、ラーの不信感は拭えない。 (ただ何も無しに天気を変えられる訳なかろうに。妾にせよ雨乞い師にせよ、何かしらの魔力やまじないが必要不可欠じゃ。にも関わらず、こ奴は何もこれといった事前準備をせんじゃと? そんなので効果がある訳ないじゃないか) ラーはDJKINGの行為を小馬鹿にする様に鼻で笑う。 「まぁ、ともかくお手並み拝見といこうかの」 ラーはそんなことを呟き、それ以降DJKINGに突っかかることを辞めた。 DJKINGはこれから声を出すからか、喉の調子を整える様に発声練習をする。ひとしきり声の微調整を終えた彼は、ウェ〜イと指を突き立てる。 「……ヨォ! 今日も今日とて絶好調! いつでも行けるぜ、イケてる俺は!」 DJKINGの宣言にラー、村長、村民の全員が息を呑む。 スゥーと深呼吸をするDJKING。その口から出た音は-- 「Hallelujah! Hallelujah!! Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah!」 「「「「「むう?」」」」」 違和感ありまくりで、その場にいた全員の頭に疑問符が浮かぶ。 なにせその音は海の様に澄んだ美しいソプラノの歌声だったからだ。 【太陽神】すらを怯ませた謎の歌声にラーはしかめっ面をする。 (これはもしや……。何故いきなり異国の惑星<チキュウ>の音楽--『ハレルヤ・コーラス』が歌われたのじゃ?) 【神】故、世界の情勢にある程度精通しているラーですら困惑していたのだから、周囲はもっと困っていたに違いない。 「For the Load God omnipotent reigneth Hallelujah!Hallelujah!」 そんな周りのざわつきを無視する様に、『ハレルヤ・コーラス』の演奏は続けられる。 (そもそもこの美しい歌声は誰が出しておる? さっきも言った通り『ハレルヤ・コーラス』は誰しもが知る歌ではない。この村に異惑星のことを知る者がおるのか?) ラーは視線だけを泳がせ、歌の音源を探す。そして思ったよりも早く、この美声の正体を突き止めた。 「おいおいおいぃ!? まさかこんなことがあるというのかの!? 素晴らしいちゃ素晴らしいが、そなた的にそれで良いのかえ……?」 全く以って予想外の展開に、ラーはこれまで以上に困り果て顔を引きつらせる。 ラーに続く形で、周りの人達も声の主に気付き始める。当然のことながらざわざわと観衆は騒ぎ始める。 「Hallelujah! Hallelujah!! Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah……」 よくわからない状況に言葉を失っていた内に、『ハレルヤ・コーラス』の演奏は終わりを告げた。 演奏が終わっても尚状況の整理がつかず放心状態で突っ立っていたラーはふとある違和感に駆られる。その違和感の正体は-- 「あつっ……」 さっきまで全くかいていなかった汗が額に走ったのである。いきなりの生理現象にラーは目を瞬かせる。 さらに視界の隅でギラギラと照り付ける物体に目線を送る。 「あ、あれは……たい……よう……?」 ラーだけでなくその場にいた全員の視界を集めた”それ”を天高く仰いだDJKINGが声高々にシャウトした。 「ほら見ろ、太陽が晴れた、イヨゥ〜!」 ▲ DJKINGの行いによって、その村に初めての夏が到来した。 村民は頭がクラクラする様な熱戦に驚きながらもすぐに慣れ、今は村にある川に人が大集結し、キャッキャッと初めての夏を満喫していた。 その川の脇には数多くの屋台が立ち並び、かき氷や焼きそば、りんご飴といった夏の定番屋台料理が振舞われており、食べた者は皆舌鼓を打っていた。 ラーはその一角にある屋台に足を運んでいた。 「--DJKINGよ、どうやら今回は妾の完敗の様じゃな。まさかあんな美声だけで雲を晴らしてしまうとはの」 「完敗? 神さんは俺と戦っていたのかい? 俺は神さんの完敗宣言を聞くよりも、乾杯をしたいぜ、イエ〜♪」 そう言ってDJKINGは屋台の商品である『たぴおかみるくてぃー』をラーに差し出す。 「……これも<チキュウ>の物産か。何故一般人であるそなたが異国の惑星の文化を把握しておる?」 「別にいいじゃないかよぉ! ただ足袋で旅をした時期があっただけなのさあ!」 「ふふ、足袋で旅などする筈なかろう。じゃがどうしてじゃ? そなたからしてみればその韻を踏むラップ?とやらの方が得意じゃたんじゃなかったのかえ?」 「ラップが得意? そんな事はねぇよ。俺のラップは特異なだけで全く上手くはねぇんだよ!」 『いや、全然上手いじゃろ?』と苦笑を漏らしたラーは『たぴおかみるくてぃー』を一口飲むと、恥ずかしそうに頭の後ろをかいた。 「正直な所、妾はとっても悔しいのじゃ。……そなたは妾が成し得なかったことを簡単に成し遂げおった。そんなそなたの功績を見て妾は無力感に駆られたのじゃ。結局妾は名ばかりの雑魚【神】なのかもしれぬの」 ラーの思いの丈を真摯に受け止めたDJKINGはこんなことを言う。 「神さんは少し勘違いしてるぜ?」 「えっ?」 「ぶっちゃけあの雲は狂的に強敵だったんだよぉ! きっと俺一人の力じゃ無理ゲーだったぜ、イェ〜」 「……それは……本当……かの?」 「ほんとだよぉ! 俺と神さんの共同共闘があの曇天を消し去ったんだ、ふぅ〜!」 テンションマックスでそんなことをのたまうDJKINGにラーは失笑を浮かべる。 「暑苦しいのは気温だけにせい。じゃが、今回ばかりは助かった。まさかソプラノ美声で天気を変える奇妙な者があるとはな。誠に世界は広いことを知らしめられる」 「その思考は至高だね! 応援するぜ、その試行!」 『たぴおかみるくてぃー』を飲み終えたラーはしっかりとゴミをゴミ箱に捨て、DJKINGに背を向ける。 「行くのかい?」 「うむ。妾は【神】じゃぞ? あまり下界に居座るわけにも行かぬ」 「おうそうかい。なら、またいつか爽快な仕事を一緒にできたら嬉しいヨォ♪」 「今度は妾だけでどうにかしてみせるぞ。そなたに負けっぱなしは癪に障るからの」 その言葉を最後にラーはその場を後にした。 【太陽神】が村から離れた後であっても、また雲が太陽を覆う事はなく、その村には熱狂的で心地良い日光が降り注ぎ続けることを上界から見下ろしたラーはふとある言葉を呟いた。 「そういえば、妾はDJKINGに【神】であると伝えら覚えはないのじゃ。にも関わらずあ奴は最初から妾のことを【神】と断定しおった。……<チキュウ>のことを知っていたといい、DJKINGはガチで何者なのじゃ……?」 ▲ 「……ゼウス様、あなたは相変わらずまどろっこしいことをなさいますね」 「いいではないか。あぁでもしないとラーの傲慢さを治す手段がなかったのだからな」 村長の言葉にDJKING--もとい【全能神】ゼウスは肩を竦める。 「ラーは前々から才能に満ち溢れていた。だからこそ何でもかんでも簡単にこなしておったから最近はダラけ気味であった。彼女には少し喝が必要だったのじゃよ」 「可愛い子には足袋で旅をさせよ……といった具合ですか?」 「アハハ! 足袋で旅をさせよと自分で言ったが、中々に上手かったじゃろ?」 「はい、私から見て韻は上手く踏めていたと思いますよ」 「ハッハッ! 『ゆーちゅーぶ』でラップバトルを見ていた成果が出たわい!」 ゼウスは自身で作った『たぴおかみるくてぃー』を一口含み、川で遊ぶ人々を見て微笑んだ。 「何はともかく、この村に初めての夏を与えられて我は満足じゃ。村長よ、また困ったことがあったら気兼ねなく相談するがよい」 ゼウスもラーと同じように飲み終わった『たぴおかみるくてぃー』を廃棄し、浮き輪を腕に抱えた。 「では、我も我で夏を楽しむこととしよう。暫しさらばじゃ!」 そう言ってゼウスはウキウキ気分でスキップをしていった。 その子供のような【神】の後ろ姿を見て、村長はただ微笑みを浮かべるのであった。 |
ガブガブ ABM5odHy/Q 2019年08月11日 23時56分24秒 公開 ■この作品の著作権は ガブガブ ABM5odHy/Q さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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