人狼ゲームの大会でドン引きされました

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(なろう基準のR15に触れていると思います。ご注意ください)

『レディース・アンド・ジェントルマン!
 忘れ去られた島、エバーアイランドにて、集いし9人の若者が知能と論理で競うインテリジェンス・アトラクション!
 みなさんも良く知る、人狼ゲーム!
 味方を見極め、敵をだませ!
 優勝チームには、なんと賞金1000万円を山分けだ!
 さあ、今この日の出とともに、戦いの開幕を宣言します!』



 1、8月31日

 一浪の夏休みが終わる。
 この夏休みは人生で初めて、教育で与えられる権利でなく、資本主義の圧力からの休みだった。簡単なことで、お金が無いから夏季講習を受けられない。
 住んでいる場所から見れば、明らかに都会の予備校に通っている。
 成績が足りずに、推薦ではなく一般受験をしたら、まともに通える範囲には合格しなかった。
 親はゴミを見るように、お前は底辺でも大学くらいは行っておけと。しかし、現役で合格した大学は遠すぎて住居費と授業料のすべては援助できないと。
 そう言われたところで、一人暮らしでお金を稼ぎながら単位を取る、なんてどうせ無理だろうから浪人になった。
 予備校は都会にはあっても大手でもない安物で、授業が良いのか悪いのかもわからない。一応、夏休み前に所在地もわからない第一志望校の判定はEからDにはなった。
 駅から予備校までの道のりを、都会の景色と思うこともなくなった。
 通勤ラッシュも関係ないと思っていたのが、いつのまにか日常になった。
 夏休みの最後くらい好きなものでもと、口寂しさに買い物に出ていると、駅前に耳障りなストリートミュージシャンがいる。
 マイク、スピーカー、プレーヤー、ギターと、丁寧にそろえている。ほとんど人も歩いていないし、誰も聴いていないが。
 駅まで行かないとまともに買い物すらできない場所で、あんなことをして何になるんだろう?
 高校の頃はバンドをやった。小中学校では、歌がうまいと褒められて天狗になっていたが、俺の音楽の才能は凡人と変わらなかった。
 うまいのは相対音感だけだった。ボーカルもギターもドラムも、どうしても他人にかなわない。キーボードは元からできない。
 勉強は、学校の成績こそ平均以上だったが、現役の時の模試はE判定の連発。一般受験もセンター試験も、意味の分からない大学の名前しか薦められなかった。
「……俺、生きてる必要なくね?」
 やべ、声に出た。
「お兄さん、ちょっと寄っていきませんか?」
 まさかの合いの手?
 声のほうを見ると、レンガ色のタイルの歩道に、駅前デパートに寄っかかった、いかにも安っぽい占いの露店。
 露店はデパートの壁に沿って、畳1つ分くらいのスペースをとっている。
 紫ベースの配色と、ローブと水晶玉という装備のセンスには恐れ入る。
 それだけなら怪しさ爆発だが、『よく当たる! あなたの手相を占います』という看板が、テレビで見る企画のような丁寧すぎるゴシック体だった。そういう企画か。
「お金かかるんすか?」
「少しだけなら無料です。あとはあなたの判断にお任せします」
 少しだけなら無料。
 よく考えたもんだ。無料だと言われたら怪しいし、有料だと言われたら客が来ない。占いってのはそういうものなのかもしれない。
「じゃあ、少しだけ、お願いします」
 間の取り方でお金を出さない意思を示しながら、占い師の対面に位置するパイプ椅子に座る。
「はいっ! それでは、まずお名前をうかがってよろしいですか?」
 座ると、急に声のトーンを変える占い屋。
 女だというのはわかっていたが、いまの声の調子は遊園地とか水族館とか、そういう娯楽っぽい場所で働いている人のような、よく通る良い感じのものだった。
「津原翔、です」
「つ……ば……ら……しょう……さんですね? 右手を見せていただけますか?」
 右手の平を見せる。
 しかしこの占い屋、教科書の文字と言えばいいのか、すごい対称的な字を書くな。ただ者じゃないだろ。
 占い屋は、いかにもという感じの、直径10センチ超、黒いプラスチックで縁取られた虫眼鏡で俺の右手のを平を見る。
「ふむふむ……。津原さんは、なかなか慎重な思考をするタイプですね」
 慎重な思考。性格じゃなくて。
 生きてる価値も微妙な人間は、慎重に思考を重ねて行動しない。70億分の1の雑音。
 そんなやつは慎重さが表に出ない。慎重にならなくても、失うものが無いから。
「……そこで、ご提案なのですが、ゲームなどにご興味はありませんか?」
 セールストークか。ずいぶん気が早い。
「私どものエンターテイメントの企画として、『人狼ゲーム』の参加者を募集しているのですが、ご興味はありませんか?」
「……はい?」
 人狼ゲーム? あの占いとか霊能とかの?
「あの……恐縮ですが、実は私こういうものでして」
 株式会社東テレビ、後藤麻衣。東テレビってことは、関東ローカルか。結構、有名どころだ。
 占い師の見た目は、若いアナウンサーがコスプレさせられている感じだ。チャンネルが何番かすら知らないけど。
「差し支えなければ、ご協力いただきたいのですが、どうお考えでしょうか?」
 人狼ゲームはやったことがある。
 インターネットで遊べるけど、ルールが固定されていると作業っぽくなってしまうので、しばらくやっていない。
「それに出ると、俺にメリットがあるんですか?」
「今回は優勝賞金1000万円……と言っても、山分けになるので減る可能性はありますが、その優勝賞金と、出演料の30万円程度をお支払いします」
 これは……かなりいい条件なんじゃないか?
 山分けということを含めても、人狼か市民かの2陣営しかないから、選択肢を間違えなければ優勝賞金は確率50%以上でもらえるはずだ。さらに30万円は確定か。
 うますぎて裏がありそうだ。
「人狼ゲームのルールはどうなりますか?」
「それは平等性の観点から、詳細は申し上げられません。申し訳ありません。概要としましては、密室で実際の時間を1日として扱うことで、『見せる人狼ゲーム』とする企画です」
 インターネットの人狼でも、そういうリアル時間との連携をするのはある。
 その場合、コミュニケーションが失敗して困ることもある。しかし、テレビでやるなら、編集ができるし、見せる部分が増えそうな気はする。
「ですので、おそらく報酬に見合うデメリットのことを懸念されていると思うのですが、人数次第では1週間かかるような場合も想定しますので、30万円の出演料はそこまで割高ではないと思います」
 それは関東ローカルとはいえ、正社員の発想だ。俺みたいのから見れば、30万稼ぐのに2か月以上は確実に必要。破格だ。
「参加する場合には、どうすればいいですか?」
 怪しすぎるが、小道具やセールストークの心地よさが、本当の企画であることを訴える。俺が金を稼ごうと思ったら、またとないチャンスだろう。
 失うものもないし、ヤバそうだったら逃げればいい。
「旅行用バスを手配いたしますので、こちらに24時、今日の8月31日から日付が9月1日に変わるときですが、ここでお待ちいただくことになります」
 今日? すでに太陽は沈みかけている。あまり時間はない。
「今から……6時間もしないで出発ですか?」
 今は18時8分で、6時間もしないという言い方は大げさかもしれないが。
「そうなります。不都合であれば、断っていただいて構いません」
 ずいぶん急ぐな。
「急ぐ必要があるんですか?」
「はい。最近はすぐに情報が出回ってしまうので、こういう企画はSNSの対策が必要になります。また、ゲームの性質上、事前に参加者同士のコミュニケーションがあると不正になってしまうのもあります。恐縮です」
 なるほど。あまり時間をかけて準備をすると、企画自体が外部に流出する可能性が上がると。
 それで随分謝礼をはずむのか。そうしないと、頭数集めるだけでも大変だ。
「わかりました。参加します」
「本当ですか!? ありがとうございます! 恐れ入りますが、連絡先など教えていただけますか?」
「メールでいいですか?」
「はい。ご協力、誠にありがとうございます!」



 2、9月1日

 昨日は24時に間に合うように占い屋がいた場所に向かうと、時間通りにバスが来て移動した。
 バスは締め切られて外は見えず、走り出したら東西南北すらわからない。ケータイも禁止。
 やばいやつかと少し疑ったが、目が覚めたらいかにもというような洋館の中に連れてこられた。その豪華な見た目はテレビっぽい。
 部屋の構成は雑で、縦横20メートルは超えている規模の大きな部屋。真ん中にポツンとあるテーブル。前後が壁で、左右は窓。前の壁にはいくつかドアがあるが、それ以外には何もない。
 照明はシャンデリアで、天井やじゅうたんには幾何学模様が施されている。なかなかの高級感だ。
『それでは、ルールを説明しますね。参加者9人の中に2人だけ、人狼の方が混ざっています。この2人を話術と推理であぶりだし、この館から追放してください。人狼を全員追放すると、人狼ではない市民の勝利となります。追放は1日1回1人、18時にみなさんの多数決で決めます』
 人狼ゲームの説明か。ソシャゲにもなっているのでチュートリアルなんかを見る機会はあるが、なかなか難しいものだ。
 広い部屋に響く占い屋の声は、聞き取りやすさではプロと思わせる。
 アナウンスの通りなら、他に8人いるんだよな?
 近くには誰もいないけど、部屋の真ん中のテーブルに人影がある。
『人狼は24時に人狼以外から1人追放できます。これは人狼だけの多数決で決めます。と言っても、人狼の方は2人なので、多数決というよりは話し合いです。市民の数が人狼の数と同じになるまで減ってしまうと、人狼の勝利となります』
 ここまでは大体普通だ。人狼側も多数決でターゲットを決めるようだが、一般的な人狼ゲームとさほど変わらない。
『ゲーム中は各自に用意された部屋で、食事と休憩をとってください。人狼の多数決のため、19時から24時は全員が個室に入る決まりとなります。この広間の北側に個室があります。人狼ゲームの性質上、2人以上同じ部屋に入室することはルール違反となりますので、ご注意ください』
 ずいぶん贅沢な設計だ。あの壁際のドアは個室か。
 時間がリアルタイムだから、寝食は必要だけど本気度がすごい。
『この部屋の真ん中にあるコンタクトレンズにARの投影機能がついています。全員が装着し終わると、それぞれの方が市民か人狼かが表示されます』
 ということは、あのテーブルまで行けば、参加者と顔合わせするわけだ。
 コンタクトレンズねぇ。使ったことがない。痛そう。
『それでは、お手数ですがコンタクトレンズの装着をお願い致します』
 テーブルに着くと参加者が集まってきた。
 木製の大きな円形のテーブルは、木目が見える落ち着いた雰囲気。
 このテーブルが丸いのは、平等さの配慮か。長方形だと声が聞こえづらい位置なんかがあるし。
 同じく木製であるイスは、テーブルに比べると細い感じがするが、実用性からごつくできないのかもしれない。
 女が……5人? 男にも1人、ずいぶんイケメンなやつがいる。リア充率高すぎだろ。俺、彼女無し歴が年齢のE判定浪人なんだが。
 他の参加者も手を動かしているので、言われたようにコンタクトレンズを手に取る。
 市販でよく見るものよりは、豪華なパッケージだ。医療目的でなくディスプレイなわけだから、販促も必要なんだろう。
 問題は、うまく付けられるか……と思ったが、コンタクトレンズを手に取ってそれを目に近づけると、思いもよらないほどスっと目に収まった。現代技術すげぇ。
 お、役職も決まったみたいだ。
『全員の装着が終わったようなので、市民か人狼かどちらの陣営なのかが表示されていると思います』
 これはすごい。目の前の景色に、ゲームのメッセージのように説明が表示される。
 最近の異世界転生系でありがちな、ウインドウ表示みたいだ。
『市民と人狼は先ほど説明した通りですが、市民には特別な能力を得る方が4人います。1人目は占い師です。占い師の方は、毎日19時から24時の間に、参加者の1人が人狼か市民かを知ることができます。初日だけは、ランダムに1人だけわかります』
 占い師は市民側のもっとも重要な役職だ。現実世界の、さらに賞金のかかった人狼ゲームでは、なおさらだろう。
『2人目は霊能者です。追放した人が人狼だったか市民だったかを、19時から24時の間に知ることができます』
 霊能者は能力の都合上、2日目以降でないと力を発揮しない。微妙ゆえに、素人ばかりだと存在しないことにもなりうる。
『3人目は狩人です。人狼の多数決に対して、狩人以外の参加者を1人だけ護衛でき、護衛された人は人狼の多数決の多数になっても追放されません』
 狩人は人狼への強い牽制となる。人狼にとっての最大の壁だろう。
『4人目は狂人です。狂人は市民扱いですが、勝利条件が人狼と同じになります。簡単に言えば、市民の中に潜む裏切り者です』
 人狼ゲームがゲームであるのは、狂人の存在が大きい。人狼ゲームのルール上、最も多い行動の選択肢がある役職だ。
『補足ですが、人狼の方は、自分以外の人狼が誰か、が表示されます。このルールを皆様が知ることも、ルールに含まれますので熟考ください』
 このコンタクトレンズのおかげで、他のプレーヤーに悟られずに情報を得るのも簡単なわけだ。きっと、人狼だと相手の名前とかがわかるんだろう。



 人狼ゲームの開始を告げるアナウンスは、随分ハイテンションだった。テレビ用のゲームマスターには、これぐらいが丁度いいんだろう。
「えっと……どうしましょうか? まずは自己紹介とかしたほうがいいかな?」
 ゲームも始まったばかり。テーブルを9人で囲んでいると、イケメンが口を開いた。
「オレは布井優紀。情報科の大学3年。趣味は料理で、割と自炊するほうです。よろしく!」
 あまりのリア充オーラに、某天空の大佐のごとく、ダメージを眼に受けそう。このイケメンが存在していることは、俺をディスっていることと等しい。
「じゃあ、時計回りで一言お願いします」
 イケメン布井が隣のいかにもなオタクに視線を投げる。
「私は冬木健人です。OSとCPUはコスパで選びますね。GPUとインターフェースは、使い心地に関わるので多少贅沢をしますが。宜しくお願いします」
 パソオタ冬木はオタクの模範解答。周りが見えていない、というより、こいつは見ていないタイプだ。
 人狼ゲームなら、こういう自分中心のようなのは楽な相手だ。
 吊り対象にするのに抵抗が少ない。イケ布井と比べれば、存在しないも同然だ。
 そのオタ冬木にびびりまくるのは隣の女。
「是津智恵……です。えっと……国文科の1年です。よろしくお願いしますっ」
 ゼッツ、なんて珍しい苗字だな。
 それはともかく、背丈の低さ、声の小ささ、引っ込み思案な様子、さらには肌の面積の少ない控えめな服装までがかみ合った可憐な感じだ。
 人狼ゲームにおいては要注意と言える。矛盾のないプラスの印象は、敵に回すと他の参加者まで敵に回してしまう、恐ろしい武器だからだ。
 ゼッツとイケ布井は強敵の部類だろう。
「陣七海。高校3年生してます! 狩人とかそういうの意味わからないでーす。よろしくー」
 テレビで見るテンプレ、とまで言わなくとも、現代の女子高生的な感じだ。もはや、そのテンプレに収束した感すらある。
 しかし、狩人とか口にするのはとんでもない馬鹿だ。人狼が即噛むだろ。
 初日は吊り回避が最優先だな。人狼の噛みは、何も情報が無ければこいつだろう。
「阿原莉緒でーす。私も高校3年生でーす。とりあえず、お金欲しいっす。よろしく~」
 阿原も陣と同様、本人が言う通り女子高生っぽい。
 ゼッツと比べれば、大分他人への影響は少なそうで、危険度は低い。
 ただ、陣と阿原が2人くっついて行動しそうなところが面倒くさい。単純に投票2人分の勢力になりうる。
 2人合わせてジンハラとしよう。人狼ハラスメント。狩人発言でおちょくっていくスタイル。
「の、野稲隼人です。ア、アルバイトしてます。よろしくお願いします」
 こいつはオタ冬木と違って、湯気の出ていそうな古き良きオタクだ。
 キモいとされるタイプで、実際に隣にいるジンハラのハラのほうは距離をとっている。
 吊り回避を優先するなら、このキモ野稲を陥れるのが手っ取り早いだろう。
「相沢光。勝つために最善の選択をするつもりです。よろしくお願いします」
 見た目ではキモ野稲は、ジンハラのハラより、相沢にビビっているように見える。俺も相沢が怖いのには同意だ。
 こいつは、ゼッツと違うタイプの強敵だろう。
 声は通っているし、見た目はチャラくなく、発言も筋が通っている。
 これが積み重なると、正しいことを言った時に信用されやすくなる。敵対しているとつらくなるタイプだ。
 そもそも、人狼ゲームなんだから、素性は明かすべきじゃないのは当然で、最善の選択だ。
 だが、それにもかかわらず名前は躊躇せず言った。『人狼がお互いを人狼だと認識できる』からだろう。
 コンタクトレンズのせいだ。『人狼がお互いを人狼だと認識できる』ということがなんなのか、人狼以外にわからない。
 だから、周りと同程度か少し足りないくらいの情報は共有しないと、疑いがかかったときに対応できない。
 ヤバいのは3人かと思ったが、こいつが1番ヤバいな。単純に人狼なだけかもしれないが。
 ……眼光がいいか。アイを日本語の眼にすると、当人の鋭さに合う。
「津原翔です。恥ずかしながら、一浪で勉強しています。よろしくお願いします」
 こんなところか。
 自分の学年を言う流れに逆らわず、敬語っぽく、時間をかけない紹介。
 自分のステータスまでに嘘を混ぜると、後が続かないかもしれないから伏せない。これがベストだろう。
「土井明日香です。英文科の1年生をしています。楽しいゲームにしたいと思っています。どうぞよろしくお願いします」
 紹介前の印象でヤバいやつ3トップの最後はこいつ。
 いかにもお嬢様風の風貌に、常に口角が下がらない立ち振る舞い。清潔感とか、才色兼備とか、そんなピュアワードの塊。
 自己紹介の言葉の使い方も、不自然さが微塵もない。イケ布井と同じくらい強敵だろう。
 土井嬢……ドジョウとイケ布井とゼッツが3トップで、眼光が裏ボス。残りは有象無象のキモオタとジンハラ、といった感じか。
「みんな一通り自己紹介したみたいだね。けど、どうやって多数決をすればいいんだろう?」
「それなら、俺は占い師だから、土井さんが市民だってわかります」
 素人っぽい発言をしたイケ布井だけでなく、全員がこっちを向く。
 占い結果をしゃべっただけなのに、どいつもこいつもずいぶんと物珍しげだ。
 ほぼ人狼初心者と思ったほうがいいな。
「つまり、占い師さんと土井さん以外から、多数決をすればいいのかな?」
「いえ。津原さんが占い師か、狂人で占い師のふりをしているかのどちらか、ということでしょう」
 イケ布井の雑な思考に対し、眼光が意見を補う。
「占い師のふり? どういうことなんだろう?」
「単純なことです。占い師が1人占って、1人追放。1人が人狼により追放。これだと、霊能者や狩人の助力もあり、大体は市民が勝つことになります」
 最初に人狼を追放する確率は、占いが人狼に当たる8分の2と、偶然追放する8分の2で、合わせて2分の1。2日目は2人減ってるから、3分の1。
 占い師のふりが無いと、人狼は2日目の終わりに高い確率で1人いなくなる。残りは市民3人に、狂人と人狼としてもゲームは終盤だ。
 占いが人狼に当たれば終わる。狩人が護衛しても終わる。霊能者が能力を示すことで、占いや護衛が当たりやすくなる。そもそも、狂人は残っていないかもしれない。
 ほぼ人狼側が負けることはわかっていて、これは一方的すぎでゲームにならない。
「狂人が占い師のふりをすれば、占いを妨害しつつ、人狼は『誰が狂人かのヒント』を得ることになります」
 眼光鋭いとはこのことか。
 もし、さっきのルール説明からここまで考えているなら、尋常じゃない思考力だ。人狼経験者か、と疑う方がまともだ。
 眼光は……英語でアイ……相沢だったか。
「はは。相沢さんの言う通りです。俺の言うことは、実際にはあまり意味がないですね」
「そうですか? 少なくとも私は、津原さんが人狼ゲームの知識を持っていると、確信できました」
 眼光はそう言って、口元だけを少しだけ緩めた。
 こいつ……。『確信できた』なんて心にもないくせに、そう言って、俺を人狼に詳しい、とレッテルを貼ってきた。俺が打算的だと。
 だからといって、確信なんてできないはずだ、と反論したところで、この超人的な考察力と敵対する様を晒すことになる……か。緩めた口元は挑発だな。
「いえ、少し知っているくらいです」
 うまく笑えたか? ここは合わせて流すしかない。発言をしても墓穴を掘るだけだろう。
「つまり、津原さんはいきなり嘘をついてる、ってこと?」
 何それ。イケ布井が言うと、それが真実になるからやめてほしい。
 すごい白い視線を感じる。ジンハラなんて、ドン引きという雰囲気丸出し。
「嘘をついているか、本当に占ったか半々、という言い方が正しいでしょう」
 眼光がフォローしてくれる。
 最悪の場合、占い師がいきなり吊られるかもしれないわけだから当然か。
 俺の印象はもう助からないがな。
「えっと、津原さんのいうことを鵜呑みにするのは危ない、ってことだね? 結局振り出しか」
 振り出しではないだろ。もう一人占い師が申告すればいいんだ。然るべきの役職のやつが。そこまで空気を読むのは初見だと難しいかもしれないが。
 眼光は霊能者でも占い師でもない、ってことくらいしか想定できないな。
「はーい。じゃああたしは、野稲さんが人狼だと思いまーす」
「あたしも~」
「ち、ち、違う! 僕は人狼じゃない!」
 ジンハラがターゲットをキモ野稲に絞ったようだ。それに慌てるキモ野稲。
 ジンハラは神だな。すばらしい動きだ。
 どうでもいいやつ同士で、潰しあってくれ。3トップあたりを巻き込んでくれるとよりうれしい。
「どうして野稲さんが人狼だと思うの?」
 イケ布井が議論に割って入る。信用ポイント稼ぎがうまい。巻き込まれはしなさそうだ。
「なんか不審者レベルで、こっちをチラチラ見てくんだよね。挙動不審ってやつ? 人狼だからかなー、って」
「しょ、証拠はあるのかよ!?」
「証拠って。めっちゃ挙動不審だし。証拠はこっちが聞きたいし」
 ハラは完全にキモ野稲をキモいことを理由に消そうとしている。
 キモ野稲の反応は、自分に鉾が向かうことを想定していなかったように見える。市民と思ったほうが良さそうだ。
 だからといって、助けに行ったら飛び火が来るのは想定できすぎて、割って入る気が起きない。
「お、おまえ、ふざけんなよ!」
「うわッ、キモ! こいつ、リアル人狼……っていうか、リアル狂人?」
 なんというか、予告ブーメラン乙。
 毎日1人吊るんだぞ? 3日も持たない理屈だろ。
「落ち着いてくれ! こうしよう。特定の人だけしゃべるのは平等じゃないから、みんな今考えてることをしゃべってもらうのはどうかな?」
 ふーん……平等ね。公平じゃなくて。使い分けているなら、したたかだな。
「オレはできるだけ証拠があったほうがいいと思う。でも、ルール的にそうではないことも起こるから、みんなの意見がまとまるなら、あまり邪魔はしたくない」
 まぁ、そういうようなこと言うしかないよな。
「時計回りで、冬木さん、お願いできますか?」
「私ですか? 私は……合理的な判断であれば、総意にまかせます」
 へぇ、意外だな。自己紹介の印象は違ったか。
「わ、私は……どうしたらいいのかがわかりません。すみません……」
 ゼッツはぶれないな。どうしたらいいのか、か。
「あたしは野稲さんが人狼だと思う」
「あたしも七海と同じ」
 ジンハラはいいや。
「ぼ、僕は、市民だから、人狼じゃない! 本当だ!」
 キモ野稲は助からないだろうな。
「私は議論した結果に従います。しかし、追放する相手は18時前に決めておくべきです。多数決がばらつくと人狼側に票を操作される可能性があります。これだけは気を付けるべきと思います」
 そらきた。眼光がこの隙を逃すわけがない。
 これで、キモ野稲を吊る流れは避けられないだろう。
「俺は特に言うことはありません。占い結果を申告してるわけで、狂人の疑いがあるからしゃべっても議論の邪魔、ということです。土井さんが市民と言うだけが良いと思っています」
 眼光のおかげで俺の信用はあまりない。これは強制された発言だ。
「私は布井さんと同じように、合理的なほうがいいですが、みなさまで決めた考えは尊重いたします」
 眼光とドジョウは微塵もボロを出さない。こいつらはヤバいな。
「うーん……陣さんと阿原さんは、野稲さんに多数決の投票をするつもり?」
「もちろん!」
「当然!」
 イケ布井がジンハラに投票の意思を確認する。もう狸だろう。
「じゃあ、いったんは野稲さんに投票することにしよう」
「は!? ふざけんな、お前!」
「17時30分にもう一度集まって、もし野稲さんから意見があるならみんなで聞く。野稲さんにはそれまで意見をしっかり考えてほしい。いいかな?」
「……そ、それは……まぁ」
 死の宣告か。
 17時30分は投票の30分前。今の状況からどんな意見が出ても、覆ることはない。イケ布井は、そのまま多数決に持ち込むつもりだろう。
 平等と言ったのはわざと、かもしれないな。深読みする奴が黙るから。
 しかし、隔離されて人狼ゲームが始まり、1時間も経たずにカーストみたいな上下関係が起こるのは、いい気分じゃない。俺は下側の存在だ。
 ま、ゲームなんだから、そんなに感情移入することもないか。
 今の状況が人狼ゲームのセオリーの沿わないことも、別に俺には問題ない。
「じゃあ、いったん解散にしようか。17時30分にみんな集まろう」
 イケ布井が言うと、何人かは個室のあるほうに歩いて行った。
 改めて周囲を見回すと、部屋は縦横30メートル、もしかしたらそれ以上でかなり広い。しかし、視界を遮るものもなく、窓から見える景色は片方は林で片方は海だとわかるし、壁にある個室のドアも普通に見える。
 暇だし、個室の中でも確認するか。
「津原さんはどう過ごすつもりですか?」
「俺は、さっきも言った通り、信用が微妙なんで、個室があるならゆっくりしていようかと思ってます」
「ああ、そうなっちゃいますよね。オレは基本はこのテーブルにいるつもりなので、何かあったら来てください」
「わかりました。では、失礼します」
 イケ布井と言葉を交わして、個室へ向かう。
 信用を失いたくないなら、役職のない市民はイケ布井のようにテーブルのそばにいるべきだろう。他の参加者と距離を置いていると、それが攻撃される理由になる。キモオタやジンハラは、速攻移動していたけど大丈夫なのか。
 ゼッツは……ここにいるんだな。ふーん……?
 眼光は察しているのか、何も言わずにテーブルに残っていて、時々こちらに視線をよこしている。
 学校だったら絶対に俺に好意があると勘違いするだろう。そんな気をまるで起こさせない。こいつだけは本当に読めない。
「津原さん、私も個室に行こうと思います」
 そう言って、ドジョウ……土井嬢が寄ってくる。
「構わないですけど、俺と一緒にいると、余計な疑いがかかりますよ?」
「ゲームのルールは、津原さんほどではないにしても、理解しているつもりです。布井さんがテーブルにいらっしゃる間に、個室を確認しておこうと思いまして。テーブルに誰もいないときは、私がいるようにしたほうがいいのかな、って」
 えへへ、と笑顔で答えるドジョウ。
 9月1日の割に肌の露出が少ないのはゼッツと同じだ。しかし、ドジョウは服装に、ふんわりした空気を含むような、フリルとかレースとかのポイントが多い。正直、これはヤバい。
 だからこそ、市民認定のターゲットにしたわけだが。
 ただ、どっちかといえばキモオタグループの俺には、こいつを直接相手にするのはつらい。ボロが出てしまいそうだ。
「そうですか。ゲームですし、そこまでピリピリするつもりもないですけど、ほどほどにしておくほうがいいと思いますよ」
「わかりました。今は口を動かすのをほどほどにしますね!」
 ……だから、鼻息をフンスってした? マジかよ……。
「……私、どこか変でしょうか?」
 あざとい!
 その質問の答えは本当にわからないのか!? そしてなぜ質問をするだけで、首の角度を変える必要がある!? 
 こんなにあざといのに、俺は体のほうがうまくいかない。心臓が悲鳴を上げる。
 ほんと素数を数えるくらいしかできないだろ、これ?
「……いえ……変だとは思いません」
「そう……ですか? 私が……津原さんに、何かご迷惑をおかけしたり……していませんか? その……先ほどの議論より……困っていらっしゃるような?」
 うん、合ってる。
「それは……失礼ながら、さっきの私の信用がない話があって、言葉を選ぶのがなかなか難しいです」
「あ……そうですね。気を付けないと……ですね。すみません、気遣いができなくて……」
 1000万円のせいでデレデレできねぇ!
 たまに聞く、表情がコロコロ変わるのがかわいい、というのは情緒不安定という意味かと思っていた。……こういうことか。ヤバいな。
 しゅんとしている様子も……なんというか……。
「こちらこそ、気を使わせてしまってすみません。なかなか経験しない状況で、慣れないのは仕方ないと思います」
「……津原さんって……優しい……です」
 ドジョウはそう言ってこちらを見る。
 その表情は、感謝していると伝えるのには十分、心を感じるものだった。
「……ありがと」
 個室の近くまで来ると、そう言って手を小さく振って、ドジョウはその名前の書いてある個室に入っていった。
 ……個室で頭冷やそ。
 俺の名前の書いてある個室に入る。
 外からはドアしか見えなかったが、部屋の広さは合計で50平方メートルくらいありそうなもので、バストイレに冷蔵庫と水道、ベッドも完備。さらにはディスプレイで商品を表示するタイプの自動販売機、お金はいらないので事実上の食べ物や飲み物のサーバーがある。すごい施設の充実度だ。
 でもインターネットは無いんだな。テレビや映画視聴なんかもできない。
 インターネットにつながると情報が洩れるからないのはわかるけど、録画した映画くらいは見たかった。
 残念に思ってベッドに座ると、その座り心地の良さに、一気に力が抜けた。
 体を横たえると……これはたまらないな。ベッドはやわらかさも触り心地も最高だ。
 これで1週間過ごして、負けても、出演料30万円もらえれば……それでいいか。
 あー……これは……寝れそう……。



「ぬわっ!?」
 目の前が急にすごく眩しくなった……?
 ここは俺が休んでいた個室で……なんか急に光った?
 なんだ、このウィンドウ? 布井……イケ布井が呼び出しをしている?
 個室にある時計を確認すると、17時30分。
 ああ、イケ布井が提案してた、キモ野稲の吊り決定ショーか。
 ……ってことは、さっきの眩しいやつは、このコンタクトレンズの機能なのか? 面倒くさいものをつけてしまった。
 トイレだけ行って、呼び出し先であろう、広間中央のテーブルに向かう。
 日が傾いて赤くなりつつ、昼間よりずいぶん上品に部屋の中を見せる。
 テーブルには……あー、みんな揃ってるっぽいな。役職申告してるの俺だけだからありうるんだけど、ちょっと疎外感はある。談合とかされてたら、俺終了。
「占い結果出してしまって、言うことがなく寝ていました」
 ……あれ? 俺の……声? 雑に寝て風邪でも引いたか。少し変かも。
「ルール上起こりえるのでかまいませんよ」
 うーん、相変わらずイケ布井イケメンすぎる。掘られてしまえ。
「津原さんがいらっしゃいましたから、これで全員ですね。では、多数決前の意見交換をしましょう。野稲さんは、何か伝えることはありますか?」
 爽やかな見た目と違って、息の根を止めにかかるイケ布井。これからキモ野稲が吊られる展開以外になるのかどうか。
「ぼ、僕が追放、されたら、霊能者が僕が市民だというはずだ! そうなったら、その2人を追放してくれ!」
「はぁ!?」
「何言ってんのこいつ! うざっ!」
 なるほど。キモ野稲なりに考えたんだろう。
 確かに、怪しい怪しいと追放した奴が結局市民だったら、怪しんでいたやつはホラ吹きで人狼、と考えるのは不自然ではない。
 だが、その考え方には道理が無い。結局、論理を追っていくと、初日に怪しいとかいう議論は意味がなく、後々残っていると困る参加者を吊るなどの方策が自然だ。
 そう考えると、キモ野稲が吊られて、ジンハラに疑いがかかるのは悪くはない。
「じゃあ、今日の追放は申し訳ないけど、野稲さんでいい?」
「おう。で、でもそこの女共は道連れだ!」
「キモ。さっさと死ねよ」
「まずは私らよりオタクから追放っしょ」
 ジンハラはオタ冬木のほうをチラチラ見ている。次の追放ターゲットにするつもりなんだろうか。
 こいつら2回狂人以外の市民吊ったらほぼ負けるってこと、わかってんのかな。人狼ゲームはゲームであって、合コンじゃないんだが。
『まだ18時まで時間がありますが、もしかして話し合いまとまりましたか? 返事はコンタクトレンズ越しに視線でお願いします』
 ゲームマスターのアナウンス通り、目の前に選択肢が出てきて、その選択肢に視線を置くと、意思をゲームマスターに送れるようだ。ハイテクだな。
『では、多数決までに少し時間があるので説明をいたしますね。多数決はこのテーブルに座ると現れる、コンタクトレンズ越しの選択肢を使って行います。一度選択しても、18時ちょうどまでは変更可能です』
 これで、声とかで悟られずに投票できるわけか。
『重要なことがありまして、票を有効にするには、18時に席に着いている必要があります。投票の処理だけでは多数決に参加できないので、くれぐれもご注意ください』
 それは10分前に伝えて大丈夫なのか。トイレ我慢してるかもしれないぞ。
『多数決で追放が起こった後、19時までに皆様には個室に移動していただきます。24時を過ぎるまで、個室にいてもらうのがルールとなります。守られない場合には、追放扱いとなりますので、ご注意をお願いします』
 ん? 追放の後に他の参加者と話せるんだ?
 リアル人狼だから、インターネットとは違うか。多数決の後に動く時間が存在しざるを得ない。
 どうやら全員席に着いたまま移動しないようだ。席を立つと無効票ならしかたない。
 この静かな暇は疲れるな。ボロが出るとまずいから、動くのも難しい。
 何日も続いたらつらい。30万円の出演料は、案外妥当かもしれない。
『お待たせしました! 午後18時! みなさまに投票結果をお知らせします!』
 野稲隼人、投票成功。
 アナウンスの途中にコンタクトレンズ越しに表示された。
 人狼ゲームが月で変身する狼男を元にしているからか、そのアナウンスで日没したようだ。海から見える太陽が無くなった。凝ってるな。
『今、みなさまが見ていらっしゃるように、投票が成功したか失敗したかが表示されます。失敗の場合にドキドキするシステム、というわけですね!』
 自分の投票が多数派だったか否かだけがわかる、ってことね。
『今回の投票は成立しました! 追放されるのは……この方です!』


 二つ隣から、聞いたこともないような音。
 赤い飛沫は生命への警告の色。
 本能的に視線をやった先。
 野稲隼人の椅子には、目から下しかなかった。


「いっ……いやああぁぁぁぁーー!」
「なにこれっ!? とれない! キモいっ! キモい!!」
『……あれ? テンション下がっちゃいましたか? えっと、人狼ゲームってこういうルールで合ってますよね……?』
「ルールってか、法律守れよ! なんなのこれ!? 血が付いたんだけど!」
「殺人じゃん!? 警察に通報するし!」
「てゆーか、ここどこ!? 元の場所に返せよ!?」
「ほんとマジそれ! こんなの監禁と変わんなくね!?」
『すみません。ちょっと想定と違って面倒なので、このゲームのルールについて、私に質問することを禁止、とさせていただきます』
「は!? 何言ってんの? 意味わかんないし!? ちゃんと答えろ」
 またさっきの音。
 さっきの色。
 さっきの形。
 ハラだった形は、重力で崩れ落ちる。
 現実とは思えないのに、ジンの悲鳴がリアルに耳に突き刺さる。
『……えっと? 不思議ですね。今のルールは効果がないでしょうか……?』
 こいつのしゃべり方……本気なのか?
 まともじゃない。意味が……分からない。
「いえ! ルールに関しては十分に理解しました! とっさのことだったので対応ができなかっただけです! 申し訳ありません!」
『……布井さんが言うのであれば、そうなんでしょうね。もしみなさまがご不明に思うことがあれば、布井さんからも対応していただけると助かります』
「了解しました!」
 イケ布井は……この場をしのいだのか。
 これ以上、余計な被害を受けないように。
『念のため繰り返しておきますが、19時までに個室にそれぞれ入っていただいて、24時に人狼の多数決による追放が終わると、次の多数決の18時まで行動できます。くれぐれも時間に間違いのないようお願い申し上げます』
 そのアナウンスを最後に、部屋は静まり返った。
 日が沈んだ部屋の中は、しゃれた照明の弱めの光だけになり、昼のようには明るくない。
 テーブルを囲む面々は、沈黙し……沈黙させられたモノもある。
 さっきの悲鳴のジンのほかに、ゼッツもドジョウもおびえた表情を変えない。
 どういうことだ? やりすぎじゃないか? これはテレビの企画じゃなかったのか?
 もし、そうだとするなら……。
「津原さん、それはおそらく無駄です。私も偽物ではないかと思ったのですが、とてもそうとは言えない状況です」
 眼光が、俺が野稲のいた位置に移動するとそう言った。
 眼光なら、すぐその可能性に対応し、検証しそうではある。声は、逆に前よりも大きい気がした。
 それでも、眼光が運営側という可能性も考えて野稲に触ってみたが、真偽はわからなかった。
 本物を知らないから断定できない。熱が粗く抜けた感じだった。弾力も不自然ではない。偽物と言うには、あまりにもうまくできていた。
「ゲームマスターが言う通りなら、オレたちは19時になる前に話し合う必要がある。今後のことだ」
 イケ布井が神妙に言う。
 コンタクトレンズ越しに映る時間は、18時23分。時間は少ないが、多少は話せるか。
「まず、人狼の多数決は、投票せずにやりすごす、としたい」
 死人を出さない、ということだろう。
 この状況ならまず間違いない判断だ。
「津原さんは人狼ゲームに詳しいんですよね? 単純な利害関係として、どこか無理のある提案だと思いますか?」
「利害関係というなら、明日の18時の多数決までに死人が出なければ、成り立つかと。逆に、全員が完全に無事なパターンは他にない、と思います」
「え? 多数決先を決めて、護衛するのはだめ……なんですか?」
 ジンハラのジンの口調が敬語になっている。この状況でチャラチャラしてたら、それこそリアル狂人だが。
 状況が状況だけに、少しでも情報を絞ったほうが良い。必要最低限はしゃべるべきだ。
「そのやり方の場合、『狩人が生存していることを確定する』必要があります。これは平等ではありません。命がかかっていて、参加者を助けるために狩人であることを宣言することは、俺はかまいませんが、本人には重圧でしょう」
 人狼がやる気だった場合に、噛み確定する。
 今の困ったような反応も、ジンが狩人と思えるが、この場面で推定で行動するのはおかしい。
「そして、多数決先が『狩人でない市民』である必要があります。これは、人狼陣営がこのあぶり出しをよしとしないでしょう。折衷案として、俺が多数決先になるパターンもありますが、死ぬかもしれないので、その折衷案に同意したくはないです。万が一、俺が人狼である場合には、結局、多数決をやりすごすのと変わらないです」
 実際、俺が人狼のパターンは、お金が欲しいならあり得ない。人狼ならもっと効率のいい手順がある。
 しかし、相手が素人であることを理解し、俺が人狼でも占い師を騙った、ということはありうる。
 無理な仮定でも、可能性に触れておかないのは信用を失う。
「では、人狼の多数決は投票しない。そして、24時に全員無事であるなら、明日の18時にも、多数決は投票しないこととしようと思います」
 それしかないだろう。投票があれば、追放が起こる。
「とにかく、今日は生き残らないと、議論をする時間すらないです。明日のためにも、今は時間を作る必要があると思います。必要なお話があれば、言ってもらえると助かります」
 イケ布井はイケメンな上に、頼れるかっこいいやつだ。それでも辛そうではある。
 テーブルを囲んでいるメンバーは、満身創痍。俺も例外ではない。休んだほうがいい。
 会話もほぼなかったが、ふとジンが手を上げる。
 位置的に、眼光とジンは血だらけ。
 誰もその事には触れない。触れる力も残っていない。
「陣さん。何かありますか?」
「その……人狼の人たちを……追放するのはだめなんです」
「だめだ……!」
 ジンが言い終わる前に、イケ布井が拒絶を示す。
「なんで……? 2人……追放すれば……みんな……助かる……」
 その嗚咽の混じった発言は、遮られなかった。
 ジンの考え自体は通常の思考だろう。
 それぞれの倫理的な考え方は、様々にあるかもしれない。
 しかし、ジンが言うことは、そもそも論理がだめだ。
 確かに、市民は『2人追放すれば助かる』状況。だが、人狼もすでに『3人追放すれば助かる』可能性がある状況だ。
 今夜の人狼の多数決、明日の多数決、明日の夜の人狼の多数決と、実質、明日の18時さえやりすごせば生き残るのに、自殺しようと思うやつはいないだろう。
 すでに人狼が1人追放されているなら、交渉できるかもしれないが、証拠がない。
「オレは、残りの人生をここで過ごしてもいいと思っている! 人を殺してまでお金を得て、今までの生活に戻ろうとは思わない! ここで、衣食住に困らなければ、この状態がずっと続けばいい!」
 イケ布井がいう考えは正しい。もう、それしかないだろう。
 リスクを考えれば当然だ。生きてさえいれば、その方針さえ調整できるのだから。
「みなさんにこのことを強要はできない。でも、オレのいう選択肢もあるということは、頭の片隅においてほしい。陣さんも、考えてほしい」
 イケ布井の言葉に、涙ながらにうなずくジン。
「ゲームマスターの言う通りに19時に個室にいないと、オレたちまで『追放』されるだろうから、今日はみんなゆっくり休んでほしい。午前9時頃にまた、みんなでテーブルに集まろう」
 18時42分。みんな早足に個室に向かう。19時前に個室にいないと追放、というのはあまりに納得がいく。
 個室まで1分もかからないのに、早く戻らないと危ないように感じる。
 さっきの議論で、イケ布井は最大限の努力をしただろう。
 24時に何が起こるかで、この先が決まる。



 3、9月2日

「ぬわっ!?」
 目の前が急にすごく眩しくなった……? ……パート2、という気分にはならないな。
 イケ布井が呼び出しをしている。2度目であっても慣れそうにない。
 目をつぶっているのに明るいのは結構ストレスだ。状況もあって、半端ない。
 個室の入り口のドアは、一部ガラス張りのようになっている。
 外からは陶器のように光を通さず、中は見えなかった。逆に中から外は見える。
 外が暗い。
 コンタクトレンズ越しの時間は、24時2分。
 こんな時間にイケ布井が俺を呼び出す理由は何か。
 もはや、誰が、ということを悩むしかない。
「津原さん。残念ながら……」
 個室を出ると、9個並んだ部屋の1つに人が集まっていた。
 その個室のドアを見ると、中は惨状だった。
 俺の部屋は、外からは見えなかったが、『追放』されればプライバシーなんかない、とでも言うのか。
 陶器のようにはなっていない、くもりのとれたガラス張りの部位から、赤く彩られた部屋の中が見える。
 服装から部屋の主がジンだということは、すぐにわかった。
 ドアの前にいたのは、イケ布井と眼光とドジョウ。
「ゼッツさんと冬木さんは?」
 自分でしゃべって気づいたが、やっぱちょっと声が変だ。高くなった気がする。風邪かな。今の状況なら体も壊れそうだが。
「今のところ、今いる3人に声を掛けました。是津さんと冬木さんは……こういうのは苦手そうなので」
 ゼッツはそんな気がするが、オタ冬木は……怖がるタイプだろうか?
「この呼び出しは2人の信頼を失いませんか?」
 そもそも、イケ布井ならこのことにすぐ気づきそうだ。
「それが……そうなんですが……オレの判断は間違っていたのかもしれません」
 わかってはいるが、あえて対応しなくてもいい、といったところか。
 眼光とドジョウはこの部屋を目の前にしても、常識を失うほど動揺はしない。対して、ゼッツとオタ冬木にそこまで要求できなさそうではある。
 動揺しない側に俺が含まれるのは変な感じだが、俺はしゃべり方が悟ってるとよく言われる。その辺が関係しているんだろう。
「あの……布井さんはお休みになられたほうが……。もちろん、みなさんそうだと思いますが、布井さんを頼ることは、まだたくさんありそうですので」
 ドジョウの言う通り、寝るだけ寝ておいたほうがいい。
「……そうですね。休んでおかないと、後が持たないですね。土井さん、ありがとうございます」
「そんな、私なんて大したお手伝いもできず、申し訳ありません。こちらこそ、ありがとうございます」
「じゃあ、今は話は済んだ、ということでいいですか? この状況で、睡眠不足だからパフォーマンスが落ちた、とあっては話になりませんから」
 精神的にはきついが、眼光の言う通り。むしろ、それこそ生き残りの要素だろう。
「では、ここは解散にしますね。みなさん、おやすみなさい」
 それぞれが、個室に戻っていった。
 個室のベッドは悪くない。心さえ落ち着けば、また眠れるかもしれない。
 イケ布井の狙いは、ほぼ間違いない。
 人狼にカマをかけるために、さっきの4人で集まった。
 俺は占い師を申告してるから、警戒を必要以上にさせないためだけの存在。
 ドジョウと眼光、いや、ドジョウか眼光を疑っているんだろう。2人とも違和感がまるでなかったが。
 ともかく、18時までは話し合いになる。暗いうちに体を……休めよう……。


「……ぬわっ」
 こう言わないと起きた気がしなくなりそうだ。イケ布井が起こす時間は9時。
 休憩が必要とはいえ、話し合いは必要だし、外に行かないわけには。
 外のテーブルに向かうと、ぬわった俺以外は席についているようだ。空席が4つもあるから遅刻してるやつがいるのかと、錯覚する。
 夜が明けて、追放された分の血痕もきれいになっていた。
「全員揃ったようですね」
 俺が席につくと、毎度のことながらイケ布井が進行する。
「みなさん、わかっていると思いますが、残念ながら、人狼の多数決で陣さんが『追放』されました。これは、人狼側は戦うつもりだと、解釈すべきでしょうか?」
「その表現は少しぼやけています。人狼側と戦うつもりでないといけない、となると思います。人狼は不本意な追放を行った可能性があります」
 イケ布井の言う事はわかる。それでも、人狼側の意図を正しく知っておくことは必要だろう。内容を詳細に言い直すことにした。
「どういうことでしょうか?」
「あくまでも可能性ですが、人狼の多数決が決まらない場合、ランダムな追放が起こる、のようなルールの存在の可能性です」
「……なるほど。質問ができなくなってしまったから、可能性とまでしか言えないと」
「そうです」
「布井さんと津原さんの言う可能性は、陣さんが狩人であることをほのめかしていたこともあって、人狼による意図的な選択かどうかはまるでわかりません」
 眼光の言葉を聞いて、イケ布井がうつむく。状況は悪化するのみ。殺しあうしかない。
「ルールというのであれば、多数決以外で追放された人は勝敗に対してどのように扱われるのかもわかりません」
 ほんとそれ。ルールにケチをつけると、わけのわからないことを言われて死ぬんじゃないかとなって、議論が進まない。
『おはようございます。みなさんの議論を聞かせていただきました』
 もう、こいつの声を聞くと、それだけで体がこわばる。
 心を保とうとしても、深層あたりは殺されているんだろう。
 それは俺だけではないようで、笑顔の参加者はいない。
 一体何の用だ。
『まず、人狼の多数決ですが、こちらは津原さんの言うように、多数が決まらない場合に、ランダム選択になります。一方で、18時の多数決は多数が決まらない場合には、追放は起こりません』
 市民はほぼ必ず1日に1人減るのか。談合をするには昨日のジンの言うように、狩人と市民の2人を確定しないといけない。
 普通の人狼ゲームであれば、問題が起こるわけもないが、命がかかっていれば、特に狩人はまともな心情ではないはずだ。
 人狼にかなり有利。市民は命がかかった状況での連携を強制される。
 それとも、日数が早く終わるように仕組まれたテレビの企画で、ドッキリということか? 本当にそうあってほしい。
『次に、多数決以外の追放も、追放として扱います。1名の方が、多数決以外で追放されていますが、この方は追放されたものとして勝利条件の判定を行います。ですので、18時と24時の多数決の時以外に勝利することもあります。意図しない追放が起こってもいいようにしておかないと、ルールを何度も直さないといけなくなって、運用コストも大変なんですよね~』
 世間話でもしているかのような楽しそうな口調。
 人命よりコストや効率が大切と? 狂っている。
『私に質問をするとペナルティを課されますが、議論をしていただければ、今回のように説明することもできるので、よく話し合っていただければと思います。では、失礼いたします』
 静まり返るテーブル。
 人狼の多数決による追放が強制執行されるのは厳しい。みんなで協力しようという雰囲気は失われるだろう。
 ゲームが終了するには、今いる6人から少なくとも1人は追放しなければならない。それは18時の、過半数の意思による多数決でなければならない。……あれ?
「誰が追放か決める、というのはどうですか? 18時の分だけでなく、24時の分も含めて」
 狂人と人狼2人が生きていれば、6人しか残っていないから、人狼側の3人が協力すると、多数決で人狼側に被害が出ないことが確定する。
 市民2人は誰が追放か。今、眼光がそう提案するのは、人狼が狂人を決めかねているから。さらに、狂人も人狼を決めかねているから。追放された参加者に狂人か人狼がいるかどうかが、論理的にはわからない。
 そして、死ぬ人数は1人より2人のほうが効果がある。1人しか選ばない場合、人狼が選ばれる確率は3分の1以下。でも、2人選ぶ場合、人狼が選ばれる確率が2倍近くになる。
 24時の分はほぼハッタリの議論だが、2人選んだ中に人狼がいるとあぶりだせる可能性がある。狂人と人狼2人が生きていれば助かるから、仲間に助けを求めるわけだ。
 この意見は反対すれば、人狼なのか? と疑いがかかるから、飲まざるを得ない。
 流石は眼光。人狼初見だとしたら、化け物のような考察力だ。
 それでも、同調する参加者は出てこない。眼光の提案は合理的だ。しかし、気分的に良いものではない。
「相沢さんの提案は、考えたほうが良い提案とは思います。念のために伺いますが、追放されてもいいという人がいれば最初にお願いします。議論の時間も限られるので……」
 イケ布井の言葉に反応はない。犠牲になってもいい、というのは無理な話だろう。
「この状況も仕方がないとは思いますが、話が進まないので、匿名の多数決をしたいと思います。紙を配りますので、名前の頭文字……オレと冬木さんはふい、ふゆまで書くことにして、多数決を取ろうと思います。よろしいですか?」
 他の参加者の特別な反応は見えないが、俺はイケ布井にうなずいて返事をした。
「では、紙を配るので、皆さん、ボールペンで書いてください」
 イケ布井はそういうと、メモをそれぞれに配り、ボールペンも配っている。
 状況がほぼわかっているから、個室にある筆記用具を持っていたんだろう。
 さて、誰を選ぶか……考えるまでもないな。
 ゼッツ以外はすぐ書き終えたようだ。選択肢は無いも同然。
 ゼッツが挙動不審に周りをみながら悩んでいるようだ。
「では、集めます」
 イケ布井が投票結果を集める。ゼッツが書き終わったらすぐに回収。
「書いてある内容を全員で見ながら、集計します」
 イケ布井が投票結果を1つ1つ開封しながら、その書かれた文字を見せる。多いのは、ふゆ、だ。
「土井さんが1票、オレが1票、冬木さんが4票です」
「は……? ふざけんなよ?」
 結果自体は完全に想定内。見た目からしてオタ冬木しかないだろう。声を荒げる必要はない。
 ドジョウの投票はおそらく眼光だ。俺が市民だと占ったから、情報で有利な可能性があるから潰す。消去法でイケ布井はオタ冬木の投票だろう。
 ドジョウ狙いが適切なのはわかっている。唯一の追放前の市民認定。論理だけで言えば、俺は対決すらまともにできない状態だ。
 狙われることを嫌って、よほどの精神力が無ければ占い結果は示せない。だから、既に占われている有利なドジョウを狙う。これは、眼光の俺とドジョウへの揺さぶりだ。
 でもそれは、人狼に詳しくない参加者が見た目を理由にオタ冬木を指定する仮定があってこそ。便乗するほうが角が立たない。俺には今の状況が最適解だろう。
「それでは、特に異論がなければ、18時の指定は冬木さんにしてください。24時は土井さんか布井さんで。こっちは人狼側で従うかどうか決めてください」
 眼光が淡々と話を進める。
 イケ布井とドジョウは、表情に余裕がない。
 なのに、オタ冬木の様子はおかしい。冷静すぎる。
 これは……助かったか? その助かり方は、人狼陣営が透けるから……気分はいまいちだが。
「私に投票するのを変更する気は、みなさん、無いんですね?」
 オタ冬木がそう言っても、誰も応えない。
 総意で得た安牌だから、誰も手放すわけがない。
 いや、ゼッツが距離をとって眼光側に寄ってきた。オタ冬木の不気味な冷静さは、恐怖を感じさせる。
 オタ冬木は黙ったまま、個室へと向かう。
「あの……冬木さんは……人狼なんでしょうか?」
 眼光と俺の間まで、イスごと移動してきたゼッツが言う。
 オタ冬木が人狼であることは、ほぼ間違いない。
 市民なら多数決から逃れる方法が限られるから、もっと抵抗するだろう。
 人狼なら人狼陣営3人の協力と、もう1つ現実的な逃げ道がある。
「人狼であっても不思議ではないですね。証明はできませんが」
 オタ冬木が人狼であることが明確にわかるのは、もう1人の人狼か、占い師が占った場合だけだ。他にわかるのはあいまいな推理しかない。
 それはいいとして、ゼッツはどういうつもりだ?
 眼光は市民的な発言が多いからまだいいとしても、俺が市民である証拠は一切ない……よな?
「私は……どうすればいいんでしょうか?」
 はい? ちょ、ちょっと、寄りすぎじゃないか?
 ゼッツは……色仕掛け? そばに来ているだけ? 今、こういうのは……流石に……状況がおかしくないか? ……震えている?
 怖がる理由は、それほど難しくもない。
 オタ冬木が個室から戻ってきて、手に包丁。何年か前の暴れるオタクの先入観をそのまま実体化したような見た目。
 市民は誰が人狼かがわからないから、抵抗が難しい。だが人狼なら、手当たり次第に他人を追放すればいい。理屈は簡単だ。
 個室は生活するための道具が一式揃っていて、料理の道具もある。
 あのゲームマスターは、道具をどう使おうが自由とか、わけのわからないことを言うだろう。この包丁の利用方法に問題ない、とか。
 しかし、やばいな。こうなったときに、部屋にあるのがテーブルだけだと、ここを周るか、個室しか逃げる選択肢がない。
 部屋の真ん中のテーブルしか障害物がないから、オタ冬木と点対称にみんな移動する。それぞれの歩幅のずれが、不規則に聞こえる。
「2人消せば、多数決はしなくてもいいんですよね?」
 こいつはチキンだ。おかしくなったように振舞って、脅すつもりだろう。
 人が死ぬのと、人を殺すのはまるで違う。
 人も当然物理法則に支配されるから、刺して血が出て痛がるだけじゃない。包丁を突き立てれば肉のような抵抗を受け、腕はちぎれても少しの間は動く。
 オタ冬木はそういうのを理解している顔だ。
 だとするなら、どういうつもりだ?
 テーブルを中心にする円運動。これを続けても、オタ冬木は助からない。
 ゼッツなんかはびびって動きもままならないが、眼光あたりは俺よりも察していそうだ。とにかく、オタ冬木に悟られないのがベストだろう。
「冬木さん、話し合いはできないですか? オレか土井さんに狙いを絞るとか、提案はできると思いますが?」
「……信用できませんね」
 オタ冬木はブレない。
 しかし、イケ布井は……24時の選択肢に狭めろ? そうならないと思っている、と言っているようなもんだ。面の皮がずいぶん薄くなっているな。余裕が無いか。
 イケ布井の発言に驚愕という感じのドジョウ。こっちもこっちだな。
 オタ冬木による点対称円運動は、狩られる側が多いから動きにばらつきが出てくる。
 円運動が個室側に来た時、眼光が走り出した。個室があるほうの壁にダッシュ。10秒くらいで着く。
 個室に入れば安全だ。この状況なら、当然そうなるだろう。
 それを見てか、その次の周。イケ布井が走る。やつれた顔をしていても、走りは眼光よりずいぶんきれいだ。
 オタ冬木はテーブルの周りから離れず、動きを見せない。
 チキンのオタ冬木だとするなら、狙いは俺ではない。そいつが逃げるように協力しよう。オタ冬木が何を考えているかはわからないが、歩き回るのも疲れるもんだ。
 歩幅のずれの音も、間隔がわかるようになった。
 2周して……個室のほうへ走る。
 俺が走ると、すぐに明らかに重い足音。これは!?
 振り向くと……ゼッツ?
 いや、音の原因はその向こうのオタ冬木のご乱心か。包丁を構えるより、走ったほうが怖い。
 狙いはゼッツだろう。オタ冬木でも走って追い付くだろうから。
「ゼッツさん! つかまって!」
 息も絶え絶えという風の、ゼッツの手を取る。……小さいな。さっきのテーブル周回も、辛そうだった。
 とにかく、このまま個室に行けばいい。18時までやりすごせば、俺は生き残れるだろう。
 運動会の50メートル走よりは全然短い距離で、走ること自体はそれほど苦しいわけでも……。
「ゼッツさん!? 部屋に逃げて!」
 俺がそう言っても、ゼッツが進む向きは変わらない。
 違う、こっちは俺の個室だ。個室は個人で使うルールだ。
 見た感じは息は上がっていて余裕がない。頭が回らないんだろう。
 仕方ない。とにかく、俺だけでも個室に逃げるしかないか?
 俺の個室のドアを開けると、後ろから押される感触。
 気が付いたら、ゼッツの向こう側に、予想より早くオタ冬木が動いていた。
 ドアを開けるためにブレーキをかけたから……やばい!?
 体を押される感覚。走っていた力も合わせて押したのか、個室に体が放り込まれる。
 そしてまた、あの音。


 簡単なことだった。
 オタ冬木の余裕は、追放のルールのお手軽さを逆手に取った。それだけだった。
 その結果、1人しか入れない個室に、俺とゼッツが力で押し込まれ、後者が追放された。
 俺の個室の中は、金属のような嗅ぎなれない臭い。
 頭が……おかしくなりそうだ。楽になりたい。
 追放されたゼッツは、目の部分が無いのに……穏やかそうにしている。
 それを見て、何度も見て。
 推測が1つできあがった。
 ゼッツは占い師だったんだろう。
 初日にテーブルに残っていたのは、そこの誰かを占っていたんだろう。1人でいるより心強いから。
 そして、ゼッツを侮って勘違いしていたであろうことは、俺は占われたんだ。
 考えてみれば当たり前のことだった。
 適当に誰かを占うと、人狼であることがわかると困る。誰かが人狼であることを訴えれば、間違いなくゼッツ自身が狙われる。いや、どっちかというと、誰かを狙うのを嫌がったんだ。
 でも俺なら、占い師を騙っていることが確定している。そしてそれは、狂人が騙ることが最適だ。そのことは眼光がしゃべっている。
 ほぼ狂人が市民確定になるのは、その結果を黙っていれば、大した影響にならない。
 正気か? 狂人の勝利条件は人狼の勝利条件と同じなんだぞ?
 本当に……ありえないだろ。人狼を潰せばいいだろ。
 もっと早く……ちゃんと……考えていれば。
 くそっ。


 ……呼び出しか。
 適当にやっておけば、どうでもいい。
 外は日が傾いてきて、17時50分。
 呼び出しは……オタ冬木?
 ドアのマジックミラーっぽくなっている場所から外を見る。
 オタ冬木はいない。人は近くにはいないようだ。
 なんとなく外に出ると、オタ冬木が走ってくる。笑顔で走る姿はリアル狂人にふさわしい。
「津原さん、投票が始まるので、早く席についてくれませんか?」
 なんだこいつ? リアル狂人なんだから殺されるぞ?
 まぁ、いいや。18時のところだけいれば、誰も文句も言わないだろう。
 テーブルに向かって歩いていると、まとわりついてくるオタ冬木がうざい。
 初日に座った場所に座る。座席の間隔がスカスカだ。4人減った。
「では、人狼と狂人で布井さんに投票をお願いします」
「はい? 冬木さん、何を言ってるんですか!?」
 あー、人狼陣営の協力投票ね。パワープレイと言ってくれるほうが、人狼ゲームだと馴染みがあるけど、普通の人は知らないだろう。
「命は惜しいので、申し訳ないですが、布井さんは追放させていただきます」
 ここでイケ布井に投票すれば、5人でパワープレイってことは3票入るわけか。残るのは人狼2人、狂人、市民。
 6人でなく5人でパワープレイをするのは、イケ布井に物理で勝てないと踏んで、多数決で消す、と。
 どっちにしろ、このクソみたいなゲームも終わるんだな。
「いや、ちょっと、おかしいでしょ? 今、生き残ってるのはみなさんで協力したからですよね?」
「そうですね。だから、協力して追放されてください」
「ちょっと、待って!? よく考えてください!」
 イケ布井が慌てている。最後に珍しいものを見れた。
「布井さん。この投票に意味なんてありませんよ」
「相沢さんもですか!?」
「私のことは関係ありません。冬木さんの言うことが本当なら……死にます」
 イケ布井は挙動不審だが……自分を抑えているようだ。
 眼光の言うことは間違いない。布井は追放される。
「ただ、今までの人の気持ちも考えて……冷静になるべきです」
 眼光が少し、こっちを見たような気がした。
 今までの人の気持ち。
 リアリティがあった。怒りも、叫びも、穏やかさも。
『それでは皆さんお待ちかね! 今日も18時に投票結果の発表です!』
 オタ冬木の余裕の笑み。
 取り乱した様子を隠しきれないイケ布井。
『今回の投票は成立しました!』


「……は?」


 オタ冬木の面食らった顔。
 目の前には、布井優紀、投票失敗、の文字。どういうことだ?
「津原!? お前、狂人じゃないのか!? ふざけんなよ、マジで!?」
 違う。本当に狂人だ。
 だから、イケ布井を選んだ。
 少しでも早く悪夢が終わるように。俺の出した答えだ。答えだった。
『追放されるのは……この方です!』


「オレは……助かった?」
「それは無いでしょう。あのゲームマスターのことです。ゲーム終了は盛大に演出するはずです」
 多数決の後の19時までの話し合い。
 日が沈んだあとの照明の弱い光。
 人狼ゲームが終わらなかった。
 俺は確かにイケ布井に投票し、投票失敗と表示された。
 オタ冬木の反応から、オタ冬木はイケ布井に投票し、他の全員がオタ冬木に投票したことになる。
 パワープレイが失敗? どこか推測がおかしいか?
「それは無い……と、言いきれてしまいますか?」
 イケ布井も、大分余裕が無い。敬語を絞り出すのもつらそうだ。
 俺も覚悟が要るな。
「厳密に言うなら、布井さんが追放される確率は50パーセント、私か土井さんが追放される確率は50パーセントです」
「そう……ですね」
 眼光は……わざと間違えたのか。
 イケ布井を残せば、次の投票は人狼陣営の協力投票の状態が確定する。
 流れとして、狂人の俺はイケ布井を市民と見なせるから。
 当然、そうなるべきだ。しかしそうすると、オタ冬木に多数決が決まった理由を説明できない。
 眼光がそう言うなら、やはり想定外があったんだろう。
 しかし、状況証拠はそろっている。
 24時に追放されるのが誰かは特定できない。
 その状況証拠は、間違いなく生き残る、最後の人狼を示すのみ。
 この状況でも、化けの皮を剥がさない。下手をしたら、未だにイケ布井は騙されているかもしれない。
「できるだけうまくいくように……しっかり話し合いましょう。私はもう、こんな状況は……たくさんです」


 4、9月3日

 ここに来て初めて呼び出し無しで目が覚めた。
 昨日の24時までは、恐怖で何もできなかった。
 体が震える。あごが振動して、徹夜明けのようにまどろんだ覚醒感。
 助かる確証がなく、人生が終わるかもしれないという可能性は、想像をはるかに超える重圧だった。
 そして、その24時を過ぎたら、少し落ち着いた。ベッドの心地よさに意識をまかせることが、かろうじてできた。
 自分ではなかったという安心感は、何物にも代えられない。
 他人を犠牲にしてでも助かりたい。その偽悪的な言葉を身に感じた。
 ゲームマスターはきれい好きらしく、昨日の多数決の後、俺の個室は片付いていた。本当にテレビで放送するんだろうか。
 呼び出し無しで目が覚めたなら、今から外に出てテーブルに行く必要はない。
 逆に、外出時に包丁で襲われることを懸念するべきだ。18時直前まで大人しくするしかない。戦力的にも、5分とかそのくらいなら包丁の襲撃も耐えられるだろう。
 結局、昨日の19時までに、人狼が誰かを全員口にしなかった。
 口にすると、リアル狂人と化したイケ布井を相手にする羽目になる、かもしれない。たぶん負ける。
 そのことを気にする必要はなさそうだ。追放された人間は、決して襲撃してこない。
 久しぶりに1人で考える時間ができた。
 いろいろと考察すべきことはある。不審点が多く、考えをタイムリミットまで練っておくべきだ。


「ぬわーーーーっ!!」
 呼び出しはされていないし、息子を人質に取られながら炎系の呪文も受けていない。
 ただ、ここで過ごす最後にはふさわしい叫び声だろう。
 部屋の中からマジックミラー越しに外を確認する。ドジョウと眼光が見える。
 テーブルにいるわけでなく、俺の部屋から見える位置にいて、お互いに距離をとっている。全員が状況を把握している。
「おはようございます」
「おはようございます、津原さん」
 眼光はあまり変わらない冷静な挨拶。しかし、少し目元が疲れたように見える。流石にこの状況はつらい。
 ドジョウも同じような雰囲気。見た目はそう見える。
「おはようございます」
 不自然にならないように声を出すことができた。証拠もこれ以上はないだろう。
 時間は17時50分。3人とも距離をとりながら、投票のためにテーブルに向かう。
 この木製のテーブルとイスも、これで最後だ。
 残っているのは、人狼、市民、狂人。
 ルール上、1人欠けたら必ずゲームは終了する。
 24時の人狼の多数決は必ず欠けるから、明日以降の続行は無い。
 3人が同じくらいの距離をとって、イスにすわる。
 日没も間近。煩わしいアナウンスを待つだけだ。
『日が沈み、最後の多数決の時間がやってまいりいました! 長い戦いだった3日間の終止符が打たれます! 多数決で勝敗が決まるのか!? はたまた、最後の1時間に託されるのか!?』
 その最後の1時間は、完全に殺し合いだろ。本当にろくでもないな、こいつ。
『今回は特別に、皆さんから一言ずつおねがいします! 相沢さん、一言どうぞ!』
「……もし勝ったら、福利厚生をお願いします」
『いやいや、福利厚生って! 面白いコメント、ありがとうございます!』
 眼光は思うところがあるんだな。
『津原さん、一言どうぞ!』
「俺は……帰ったら寝ます」
『3日間もお疲れ様です! 帰宅されたら、ゆっくりしていただきたいです!』
 俺に要求されるのは、他人と独立したように話す、ことだ。そうすれば、人狼と狂人の協力に問題が無いように見え、狂人の俺に合わせて、人狼が市民に投票すると予想できる。
『土井さん、一言どうぞ!』
「は……はい。生き残れたら……みなさんの分も、しっかり生きていきたいです」
 ドジョウは本当にぶれないな。
『はい! 勝利した方には、ぜひ、賞金も合わせて幸せに暮らしていただけたらと思います!』
 このゲームに参加したことが、すでに尋常じゃなく不幸な人生だが。
『それでは、泣いても笑ってもこれで最後! 多数決の結果について、発表いたします! 今回の投票は成立しました!』


「……は?」


 オタ冬木の反応と同じ調子の声が漏れている。
「うそ? 私?」
 ドジョウは今までと違う、トーンの低い、強い声になっていた。
 その表情は驚き。流石に化けの皮が剝がれたようだ。
 俺の視界には、土井明日香、投票成功、の表示。
 ただ、ドジョウの振る舞いは、死を意識している人間とは思えない。この状況でも、まだ余裕があるように見える。
「津原さんは……私に投票したんですか?」
「……はい」
「それだと、勝利はしないですが」
「はい」
 やはり、ドジョウには余裕を感じる。冷静に応えるべきだろう。
 この受け答えは、それ自体が、ゲームマスターを喜ばせるだろうから。
「先日、人狼であろう冬木さんが、あれだけ勝ちを確信していたのに追放されていたので、今日の投票結果が予想できました。土井さんは、市民である相沢さんではなく、狂人である私に投票していますよね? 賞金の取り分が増える、という理由で」
「そうですね。企画へずいぶん協力をしたので、お金くらいはもらってもいいかなって、思っちゃいました」
 ドジョウの表情は初日から変わらない素敵な笑顔。
「確かに今の投票結果だと、俺は負けます。ですが、おそらく死にません。『意図しない追放が起こっても、ルールの修正が不要』ということは『ゲーム終了時に追放されていなければ、追放されないまま』であると解釈できますから」
 これは解釈であって、論理ではない。
 それでも『ゲームマスターはルールの修正を面倒くさがるクソ野郎だ』という主張は、あまりに信憑性があるだろう。
「あー……気付いてました? うーん、ちょっと失敗しましたね」
 ドジョウは、てへっ、と頭を小突いて舌をだす。
「前回の24時に布井さんが追放されたので、狩人が存在しないことがほぼ確定していていました。ですので、人狼であろう土井さんは、この多数決を生き残りさえすれば、何をしても生き残る。だから、投票は賞金が増える俺になるだろうと予想できました」
「私が人狼は……冬木さんが強気だったからですね? 津原さんを狂人で確定できるのは、私も人狼であればいいから。欲張らなければよかったですね」
 欲張らなければ。
 つまり、1000万を俺とオタ冬木とドジョウで3等分は、よしとしなかったと。
 正直に告白しているんだろう。嘘なら、ゼッツと同じタイミングで、イケ布井が無理でも俺か眼光を追放してゲーム終了すればよかったんだから。
「ご自身の推理を信じて、命をかけて多数決を選択なさったのは、本当にすごいと思います」
 ドジョウは本当に笑顔で……怖い。
 しかしこれで、ゲームマスターにアピールする内容は尽きたと思う。
 終わりだ。
『いやぁ~、実に奥の深い読みあいが行われていたんですねぇ~。それでは改めまして! ゲーム終了の最後の追放です! 3! 2! 1!』


『相沢さんに津原さん、本当にお疲れさまでした。相沢さんには賞金をお渡ししたいのですが、これで合っていますか?』
 突然、テーブルの上に札束。たぶん、1000万。
「これ、番号が同じなんですが」
 テーブルの上の札束は2段で5個ならんでいるが、5個とも1番上の1万円の番号が同じだ。Aと0しかない。てか、眼光冷静すぎだろ。
『それは……もしかして、1万円というのは、集落の価値を示し、物々交換の指標となるもの、ということですか?』
「……それで合ってます」
 何の会話をしてるんだ?
『そういうことですか! だから、こんなよくわからない有機物が何個も製造されてるんですね。なるほど~。それでは、地球にある1万円のうち、製造済みで欠番になっているものと番号を変えておきますね!』
 ありがとうございます、とは言わない眼光。そりゃそうか。
 札束がいったん消えて、また現れる。今度は番号がバラバラだ。
 わけのわからない技術力。
『ほかに何かございますか?』
「俺もしゃべっていいですか?」
『あ、はい。えっと、一応、ルールに関する質問を禁止するのは解除しておきますが……たぶん違いますよね?』
「はい。あの、地球のバスに乗った場所あたりに返してもらう、って言うのはできますか?」
『できますけど……すごいですね!? ここが地球じゃないっていうのは、わかるものなんですか?』
 やっぱり。地球じゃなかったんだ。
「占い屋のときは18時過ぎでも太陽が沈んでいませんでしたが、ここでは毎日18時ちょうどに太陽が沈んでいましたので」
 初日だけ10分くらい急に日没が早くなって、それ以降変化が無いことになる。
「それと、俺の声が低くなっていました。ここはそんなに気温も低くないので、気圧が高いことが予想できます。日本の平地より気圧が高い場所はそんなにないはずです」
 実際には、部屋の中の自分の声より、部屋の外の自分の声が高く聞こえた。相対音感しかないから、部屋の中で反射する自分の声が普段より低かったと予測できる。骨伝導を含む自分の声は普段と変わらないはずだ。
『はー、すごいですね。あの地球の回転や楕円運動とかですよね? なるほど~』
 ゲームマスターは地球という単位で興味を持っているようだ。考え方が意味不明。
 それでも、機嫌を取らないと地球に帰れないかもしれないから質問に答えている。誘拐して宇宙に連れてくるとかおかしい、とは言いづらい。
『では、来た時に利用していただいた旅行用バスを手配しますので、そちらをご利用ください』


 旅行用バスで地球に帰れるとか、本当かよと思う。だが、逆らえない。
 俺の要求は受け入れられた。数分経つと、今まで部屋に個室のドアしかなかったが、反対側に両開きのドアができた。どうなっているのかわからない。
『今、旅行用バスの手配が終わりましたので、南側のドアを出てご利用ください』
 眼光を目で見て確認して、特に反応もないので、そのまま外へ向かう。
 外は日没直後の太陽の光、のようなものでいくらか明るく、アスファルト、のような道路に、旅行用バス、のようなものが駐車している。
 海、のようなものの波打つ音。暗い空、のようなものに混ざる星と雲。風、のようなものの季節に合う温さ。
 一見では完全に地球だ。
 バスのドアが開いているため、眼光を手で促して、その後に続く。
 バスの中は左右に2列ずつ座席があり、普通の観光バスだ。来た時と同じように、完全に外が見えない。
 眼光は前から2つ目に座り、補助席を挟んで反対側に座るように俺に手で示していた。
「津原さん、今回は助かりました。日没の時間をどうやってコントロールしているのかわからなかったのですが、流石に気圧までは。本当にありがとうございます」
 そう言った眼光は……初めての笑顔を見せた。この3日間で一度も見せなかった顔。
「いえいえ、俺なんか全然。相沢さんには本当に助けてもらいました。こちらこそありがとうございます」
 ここに来て、初めて本気のお礼を言えた気がする。
 あまりにも、失うものが多かった。生きていることの大切さ、とかは綺麗ごとと思っていたが、人生はよく考えて行動したほうがいいんだろう。
 お礼を言うと、少し眼光の顔が暗くなる。
「唐突で申し訳ないですが、私の名前はアインシュタイン博士からとったらしいんです」
 アインシュタイン? 相対性理論で光ってことか。相沢光だけに。
 そう言われると、ずいぶんインテリな名前だし、眼光の雰囲気に合っていると思う。
「あくまで予想ですが、このことを弄んだ規則があるかもしれません」
「……えっと、どういうことですか?」
「本当に予想という範疇ですが……もし、これから死ぬ人間が出る場合、その順番は津原さんの次に私、となる可能性が高いと思います」


 5、9月4日

 恒星第20系列第9象限調査報告書。
 該当区域の知的生命体に関する調査報告である。
 電磁波を基礎とする物理法則体系による、独自の生態系を確認。
 言語、自然法則の解明、疑似的に価値を定義して経済活動の効率化など、文明の概念が存在する生命体を確認。
 現地語で彼ら自身を太陽系と称する程度に、文明が一般化している。
 電磁波が空間と時間を合わせた4次元的な近接作用の物理法則であることに依存するであろう特性から、特殊な思考の偏重を有する。
 例えば、個体の生命活動自体に高い価値を認める、他者意識への直接の干渉手段を持たないなどの特徴は顕著に見られる。
 一方で、意思決定に対する推測の精度が極めて低い。
 これは、彼らが電磁波のみを基礎とする情報処理体系であるためと予想される。
 例えば、実験場から太陽系惑星への移動は、電磁波そのもの移動速度ではかなりの時間を要する長距離の移動であり、電磁波に依存する構造でできている彼らにとっての大規模な時間的錯誤を生ずる。
 この事実は多少なりとも彼らに困難をもたらすだろう。
 これは彼らの観測系からもわかる事実であるはずで、発言からは質量差が困難の大小となることを理解していた可能性が高い。
 しかし今となっては、彼らがその事実の上で太陽系への帰還を望んだ理由を確認することができない。
uni

2019年08月11日 14時13分02秒 公開
■この作品の著作権は uni さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆テーマ:
・太陽:○
・恐怖:○
・音楽:○
・はじめての夏:○
◆キャッチコピー:
人狼ゲームで女の子から罵ってもらえます
◆作者コメント:
リア狂CO!

ご覧いただき、ありがとうございます。
また、この場を用意してくださった運営様、ありがとうございます。
テーマとして「恐怖」を含むので、ちょっと気持ちの悪いところもあるかもしれません。
なろう基準のR15に触れていると思います。ご注意ください。

2019年12月14日 22時15分33秒
2019年08月26日 18時44分30秒
作者レス
2019年08月25日 23時49分35秒
+10点
Re: 2019年09月01日 22時33分34秒
2019年08月25日 22時19分51秒
+20点
Re: 2019年09月01日 22時31分09秒
2019年08月25日 20時26分27秒
+30点
Re: 2019年09月01日 22時30分47秒
2019年08月25日 11時36分08秒
-10点
Re: 2019年09月01日 22時29分15秒
Re:Re: 2019年09月01日 23時27分04秒
Re:Re:Re: 2019年09月02日 08時12分40秒
Re:Re:Re:Re: 2019年09月02日 08時13分14秒
Re:Re:Re:Re:Re: 2019年09月02日 23時50分31秒
Re:Re:Re:Re:Re:
Re:
2019年09月02日 23時52分18秒
Re:Re:Re:Re:Re:
Re:Re:
2019年09月02日 23時52分58秒
Re:Re:Re:Re:Re:
Re:Re:Re:
2019年09月07日 08時32分46秒
2019年08月25日 11時35分31秒
-20点
2019年08月19日 01時03分54秒
+20点
Re: 2019年09月01日 22時28分03秒
2019年08月18日 08時45分03秒
+10点
Re: 2019年09月01日 22時25分49秒
2019年08月17日 00時13分09秒
+10点
Re: 2019年09月01日 22時25分24秒
2019年08月12日 18時33分13秒
-10点
Re: 2019年09月01日 22時24分07秒
合計 9人 80点

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