二つの太陽 |
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ふたつめのたいようがあらわれた! どうしますか? たたかう にげる 「戦えるかちくしょおおおぉぉ!!」 私は鬼のように降り注ぐ紫外線の下、鉄板のごとく熱せられたアスファルトの上を全力疾走した。女学生としての恥じらいも外聞も気にしている余裕などない。体中から汗が噴き出すこと止まることを知らず、「あれ? 滝行でも修めてきた?」と聞かれそうなほどしとどに濡れそぼる。噴き出しているのが石油だったら私は億万長者だ。 二つの太陽から無慈悲に照りつける光は、路上に一片たりとも影という逃げ場を作らせない。 二○一九年二月某日。地球から数十億キロメートル彼方に、突如として二つ目の太陽が出現した。 それは、本当に何の予兆もなく、ぽっと降って湧いたかのように生まれたらしい。 専門家たちも寝耳に水、キツネにつままれたかのごとくだった。 太陽のような恒星が生まれるには種々の段階を経る必要があり、必ずその予兆は観測されるはずである。それも数十億キロメートル彼方という天文学的にあまりに近い距離ならば、地球に恒星誕生の余波が辿り着いてもおかしくない。 前代未聞の、常識を覆す恒星の誕生に、世界中が困惑した。 専門家たちがこぞって調査をしているが、半年近く経った今でも見解が定まらないようだ。 かように科学の常識を覆す事態が起こり専門家たちは大騒ぎしていたが、さて一般庶民の方はというと――いたって暢気なものだった。二つ目の太陽が現れたのが真冬だったこともあって――。 大多数の人は「暖かくなって快適になるじゃん」と喜んでいた。 専門家が地球の危機を叫んでも、何をそんな悲観的なことを、まあ何とかなるでしょう、今は過ごしやすいからもう少しこのままで……などと能天気なことをほざいていた。かくいう私もその一人だった。 そんなこんなでのほほんと過ごして、いざ二つ目の太陽が現れてから初めての夏真っ盛りを迎えた今日八月。 のほほんと過ごしていた過去の自分を助走つけて殴り飛ばしたいほど後悔していた。 暑い。暑すぎるのだ。人が生活できる環境ではない。 八月に入ってからは致命的な暑さが続いている。 七月終わりまで続いた長梅雨の影響で、七月中は温度が上がらず過ごしやすかったこともあり、テレビが叫ぶ危機は耳を素通りさせてしまっていた。あれ、これいけんじゃね? 太陽が二つの初めての夏とはいえ、そこまでひどい気温じゃなくない? とかふざけたことを思っていた。 二つ目の太陽の放つ光は、徐々に強まっているらしい。出現したばかりの一、二カ月は夜も空が白んで見える程度だったが、八月に入ったら完全に夜が無くなった。二つ目の太陽のせいで、夜になっても昼のように明るいままなのだ。 さすがにこうなってくると、他人ごとではいられない。 とはいえ、単なる一介の学生に過ぎない私に何ができるわけでもなく。今日も夏休みというのに学校で部活に励もうと、二つの太陽が織りなす灼熱地獄の中を走っているのである。 こんな危機的状況でも部活に精を出すなんて、何て感心な生徒なんでしょう。こりゃ十年後にはスター間違いなしだな。私は自分で自分を褒め称えながら地獄を渡る。 ようやく校門までたどり着いた私は、一目散に部室棟へ飛び込んだ。さすがに棟内は直射日光が当たらないため、少しは快適である。 私は冷房の効いたオアシスを求め、私達の部室――軽音楽部部室前によろよろと到達した。中から人の気配がするし、テレビの音も漏れ聞こえてくる。つまり、部員の誰かが先に来ている。ということは、冷房をガンガンに入れているはず……。私は切実な期待を込めて扉を開いた。 だが、期待していた涼やかな風は出迎えてくれず。 「んあ、ユッコ……」 出迎えてくれたのは、瀕死のセミのようにか細く、私を呼ぶ声だけだった。 私は絶望と不審を覚えながら、蒸し暑い部室内に一歩足を踏み入れる。つけっぱなしのテレビから流れる、もう聞き飽きた猛暑のニュースを伝えるキャスターの声以外に、部室内に音はしなかった。ガンガンに唸りを上げているべきエアコンは、今は貝のように沈黙している。 私は条件反射的に、部室中央に設置された座卓の上に視線を移し、エアコンのリモコンを探した。が、そこにあったのは、リモコンではなく、もっと別の奇妙な物体だった。 座卓には、小柄な美少女が、卓面に貼りつくように半身を突っ伏していた。 暑さのせいなのだろう、その美少女は卓面にぴったりとくっついてしまっていて、あたかも少し溶けかかっているように見えた。 「ちょ、どうしたのシエリ!? なんかダリの絵みたいになってるけど!?」 その美少女は、この軽音楽部部員の一人で、私の親友のシエリだった。いつもの切れ長で涼し気なまなざしはどこへやら、弱弱しい視線をこちらに向けている。クールビューティーも暑さには形無しである。 「なんで冷房つけてないの」 「エアコン、壊れた……。修理業者も多忙で、暫くは修理に来れない……」 絶望的なことをのたまうシエリ。私にはもう、あの殺人的な日射の下に出る力は残されていない。私もシエリ同様打ちひしがれ、座卓に突っ伏す。 ああ、卓面がほんの少し冷たくて気持ちいい。 私達は二人して座卓に貼りついて、つけっぱなしのテレビから垂れ流される音を聞き流していた。 シエリは小学校来の親友である。器用でそつがなく、学力も身体能力も非常に高い。冷静で冷めたところがあるが、そこもクールな印象を与え、密かな人気を与える要因となっている。ただ、甘いものに目がなく、いとも簡単にお菓子で釣られる。軽音楽部への入部を誘ったときも、初めは渋っていたが、お菓子で驚くほどあっさり釣れた。悪い人に騙されないか逆に心配してしまう。 軽音楽部に入れてみたら、持ち前の器用さを活かしてどんな楽器もすぐに弾きこなして大活躍している。その巧みなこと「指の数が二、三本多いんじゃ?」と疑うほどである。 この二つの太陽の初めての夏、暑さに弱いというシエリの新たな一面が見えた。そういえば夏はいつもアイスとかき氷を食べていたような。あれは甘いものが好きなだけでなく、避暑の役目もあったのか。 「ヘロー! 今日もいい天気だ!」 場違いな、暑苦しい挨拶とともに部室の扉が開かれた。私は重たい頭を何とか持ち上げて、入り口を見やると、長身でスタイルの整った美少女――トーカが、ドアを開け放った姿そのままで仁王立ちしていた。 トーカも我らが軽音楽部の一人である。昨年の冬にこの学校にやって来た転校生だが、明るく裏表のない性格と快活さから、瞬く間に受け入れられて馴染み、そのスタイル・美貌に男女問わず憧れを抱く生徒が多い。少し空気が読めないところがあり、不器用で嘘が苦手だったりするが、それが逆に皆に信頼される一因となっている。 分からないのが、不器用で楽器はからっきしなのに、軽音楽部への入部を熱望したことである。我が部は来るもの拒まずなので受け入れたが、途中入部で技術の差は甚だしく、活躍は絶望的か……と思われた。がしかし、予想に反して、トーカは技術の差を気迫と熱意だけでひっくり返して見せた。自信満々にアグレッシブに奏でるその演奏は、「こいつへたくそに聞こえるけど何かすげえやつなのかも……」的な空気を醸し出すため、一定のファンがついてしまった。かくいう私もその一人で、トーカの演奏は何かやらかしてくれる期待があり、一緒に演奏するのが楽しくて仕方がない。 ここのところトーカは、日光量に比例するかのごとく元気一杯である。私達と過ごす初めての夏が嬉しくて、はしゃいでいるのかもしれない。 とはいえ、この度ばかりはその明るさが疎ましい。この殺人的な日射をいい天気と表現するとはネジがぶっ飛んでるとしか思えない。シエリと二人して、黙って死んだ魚の目をくれてやる。 トーカはその目を意にも介さず、 「部屋に閉じこもってないで日光浴でもしないか」 「正気かよ」 運動部の活動だって全て休止してるんだぞ、積極的自殺行為じゃないか。 「じゃあ、野外ライブでもやろうか」 「わぁ、熱狂で失神者が続出しそう」 物理的に熱せられて、狂乱するね! 「なあ、こんな日に引き籠っているなんて体に毒だぞ、どこかへ行こう。なあ、なあ。うりうり」 トーカは、私とシエリの周りを元気に動きまわり、あまつさえつついたり小突いたりしてちょっかいを出してくる。 あの、私の堪忍袋の緒、そろそろ持たないんですけど……。 シエリも同じく臨界寸前らしく、座卓に突っ伏したままこめかみをぴくぴくさせていた。 「シエリ……」 私のつぶやきに、シエリは淀んだ目で応える。 トーカ、黙らせるか。 私とシエリはアイコンタクトで瞬時に意志をシンクロさせる。私達は同タイミングで立ち上がり、トーカをきっと睨みつけた。トーカはその勢いに少したじろいだが、すぐ復帰して、 「お、おう。やっとどこかに行く気になったか! さあ、どこに……」 私とシエリは、トーカを座椅子に押し倒し、手近なところにあった紐でぐるぐるに縛り付ける。 この部ではよくあることなので手慣れたものである。部員を緊縛するのが日常茶飯事とはいかがなものかとは自分でも思う。 「ちょっやめ、んぅっ」 軽めに縛ると暴れて脱出されるので、厳重に念入りに縛る。 最後に布を噛ませて黙らせればいっちょ上がりである。 「んむ、むー」 私とシエリは一仕事終えた感じに額の汗を拭い、手をぱんぱんと払う。 「ふぅ、やっと静かになった」 部室には、トーカの声にならない唸り声と、垂れ流されたテレビの音だけが鳴っていた。ほとぼりが冷めてトーカが十分反省したら解放してやろう。 さて、せっかく立ち上がったのだから何か活動するか、と思ってシエリに声をかけようとすると、シエリはテレビに注目していた。 「ん? 何か面白い番組やってる?」 最近のテレビは、この異常な暑気と、その諸影響に関するニュースばかりが四六時中放送されるので、見ていると気が滅入ってしまう。 私もシエリにならってテレビを注視するが、やはり案の定暑気に関するニュースが流れているだけである。テレビからは、全世界中で行方不明者が続出していること、この原因は暑気のせいによるものと見なす見解が流れていた。 「まさか、この暑さで本当に蒸発しちゃったのかね~」 私がぽつりとつぶやくと、シエリは悲しそうに切れ長の目を細めた。私達の知り合いで行方不明者は出ていないが、それも時間の問題かもしれない。私の友達――特にシエリやトーカが、ある日突然いなくなってしまったら……。そう考えたら、私も不安に押しつぶされそうになる。 「もう、この異常気象やんなっちゃうよね。このままだと本当、どうなることやら……」 政府・マスコミの注意喚起のおかげもあり、未だ大きな被害は出ていないが、取り返しがつかなくない事態に陥るのは時間の問題である。インフラの壊滅、畜産・農作物・漁業への影響、海面上昇、異常気象。直接・間接問わず、このままでは多大な悪影響を及ぼすことはほとんど確定的な事実となっている。皆表には出さないが、破滅への恐怖を抱いている。私だって例外ではない。茶化して誤魔化しているが、ふとした瞬間に恐怖が滲み出て、体から嫌な汗が溢れる。 「こんな状況だと、私の子供じみた将来の夢なんて、鼻で笑われちゃうね」 私は滲みだした恐怖を紛らすために出来るだけ明るく話す。シエリは私の言葉を聞いているのかいないのか、思いつめたように黙考している。 「もう――機を伺う時間は、残されていないようですね。……ユッコ」 シエリは自答するかのようによく解らないことを呟いた後、私の名を呼んだ。 「なぜ、二つの太陽が私達を苛んでいるのか、わかりますか?」 シエリは鋭い視線で私を見つめる。私は少したじろぎながらも答える。 「そ、そんなの、専門家にもわからないよ。こんなこと起こりえないって、テレビで騒いでた」 「そうですね。科学的な見解では、こんな近距離に突如太陽が自然発生するなんて絶対にありえない。起こりえないことなのです」 「でも、実際起きてる」 「ええ。その通りです。それなら、解釈は一つです。……あの太陽は、自然発生ではない、ということです。何らかの存在が、あの太陽を創り出したのです」 「あ、あんなものを、人工的に創り出したというの? 不可能でしょ」 「地球の科学力では、不可能でしょうね」 「え?」 「宇宙人なら、創れてももおかしくない。そうでしょう?」 拘束から逃れようともがいていたトーカが、その言葉を聞いてぴたりと動きを止める。シエリはトーカにちらりと視線を送る。 私は突飛な発想に混乱しつつも、シエリに反論する。 「まさか、宇宙人があの太陽をつくったというの? 何のために?」 シエリは飽くまで冷静に、淡々と語る。 「地球侵略ですよ。侵略に邪魔な地球人を一掃するため、人工太陽で滅ぼそうとしている。行方不明が続出しているのも、侵略宇宙人が拉致しているのかもしれません。既に侵略宇宙人は、地球にたくさんやってきていて、私達人間の中に紛れ込んでいる可能性がある」 「ネットやテレビでそういう説が提唱されてたけど、どれもトンデモでしょ。いや、侵略だけのために人工太陽なんてバカでかいものをつくるかな? 爆弾で十分だと思うけど」 「地球のテラフォーミングを兼ねているとしたら? その侵略宇宙人の住みやすいように、地球環境を改良しようとしているのだとしたら?」 「……」 私は反論が思いつかず沈黙する。暴れていたトーカも今や身じろぎもせず、静かに脂汗を流している。 「そう仮定すると、侵略宇宙人は暑さに強く、むしろ高温環境で活発に活動する性質があると思われる。その宇宙人は、既に地球人に紛れ込んで地球で生活し、侵略の機会を伺っているとすると……。さて、ここにこの激烈な暑さのなか、溌剌に活動する特異な人間がいる。……ねえ、トーカ」 ぞわりとした。私は座椅子に縛り付けられている美少女を見下ろす。この美少女――トーカが、実は宇宙人だというの? 私は考える。確かにトーカは、第二の太陽が現れるすぐ直前の時季、転校するにしてはおかしなタイミングでこの学校にやって来た。また日光の下で元気に駆け回ることソーラーカーのごとしだ。突飛な行動を取ることも多く、たしか転校生紹介の挨拶の時に、自分は宇宙人だとありきたりなボケをかましていた気がする。……あれ本当だったの? 確かに、トーカは宇宙人だと言われれば、ストンと腑に落ちるところがある。 だが、トーカが地球侵略を考え、私達を害しようとしているとは到底考えられない。そこまで大それたことはトーカに似つかわしくない。トーカに抱いていた、思いやりのある優しい人という感覚は、間違いとは思えないし、思いたくもなかった。 「ほ、本当なの、トーカ? 嘘よね?」 少し震える声で、私は尋ねる。 トーカは脂汗を流しながら、私の目を見つめてんぐうと唸った。 「首は動かせますよね、トーカ。猿轡されたままでも答えられるはずです」 シエリは冷徹に告げる。 「トーカ。あの太陽は、あなたたちがつくったの? あなたたちが私達を苦しめ、地球を滅茶苦茶にしているの?」 私の懇願するような問いに、トーカは長い逡巡の末、――顔を伏せるようにして小さくうなずいた。 私は絶望で頭が真っ白になる。 「……そんな。私達、友達だと思ってたのに。今までの私達の仲は、全部嘘だったの!? 私達と楽しく笑いあっていた時も、心の内では、私達を排除して、地球を侵略するチャンスを伺っていたというの!?」 私はよろよろと後ずさりして、トーカから距離をとる。 「んぐう! んぐぐぅ!」 トーカは、私の言葉を否定したいのか、大きな唸り声を上げながら髪を振り乱して大きく首を振る。 だが、トーカが私達を苦しめ、裏切っていたのは紛れもない事実なのだ。他でもない、トーカ自身が、そう答えたのだ。その事実があっては、もうどんな弁明も意味がない。 私はトーカを見るのが辛くなって顔を背ける。シエリは、鋭い視線でトーカをまっすぐに見下ろしていた。 「ユッコ 、ここから離れましょう。出来るだけ遠くへ」 シエリのその提案は願ってもないことだった。私も、トーカの近くにはいたくなかった。 私はシエリの提案に乗り、縛られたまま唸り続けるトーカを残して部室を後にした。 * 「あのトーカが、私達人類を苦しめている犯人だったなんて……」 部室から飛び出した私とシエリは、校庭の用具置き場の下で小休止していた。 本来は校舎までひとっ走りつするもりだったのだが、シエリが暑さで瞬く間にダウンしてしまったため、途中の用具置き場でしばし休憩をとる羽目になった。 シエリは噴き出す汗もそのままに、ぜいぜいと荒い息を息をついていた。 シエリが暑さに弱いのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。日光の下を数歩歩いたと思ったら、まるで溶け崩れるかのように地面に倒れこんでしまったのだ。その溶けっぷりはあたかも高級な牛脂のようだった。 私はびっくりしながらも、何とかシエリを用具置き場の下の日陰まで運び込んだ。シエリの体は筋肉に全く力が入っていないのか、ひどくぐにゃぐにゃしていた。 シエリが言うには、急に日光の下に出たので体がびっくりして力が入らなくなっただけとのことで、日陰で少し休めば元通りになるらしい。シエリもシエリで不思議な体質である。 「シエリは知ってたの? トーカが犯人だってこと」 シエリは苦しそうに呼吸しながらも、何とか応えた。 「確信はできないまでも、可能性はあると考えていました。糾弾するタイミングを見計らっていたのですが、このままでは甚大な影響が出ると思い、準備が整ってはいないながら問いただすことになりました」 「私は全く気付かなかったよ。ただ、愉快で気のいい、ちょっと空気の読めない人だと思ってた。それなのに、私達をこんなに脅かすことをしていたなんて」 「怖い?」 「ううん、どちらかというと悲しい、かな。裏切られたのが、すごくショックで、とっても悲しい」 今までの楽しかった思い出が踏みにじられたようだ。 冬に、部室のこたつに一緒に入って、くだらないことを延々と語り明かしたこと。トーカが無茶な演奏で観衆を沸かし、私達も笑ってしまって演奏にならなかったこと。 あの楽しかった毎日の裏でトーカは、私達を排除する計画を立てていたというのだろうか? 「……うん。私にはやっぱり、トーカが犯人だとは、どうしても思えない。あのトーカが、私達を苦しませることをするなんて、考えられないよ」 「何を甘いことを言ってるのですユッコ。トーカは自分ではっきりと証言しました。あの太陽は、地球を暖める目的で彼女たちがつくったのだと」 そう、それは疑いの余地もないようだ。トーカは宇宙人で、あの太陽もトーカたちが作ったのだ。でも。 「でも、もしかしたら誤解や勘違いがあるのかもしれない。一度部室に戻って、トーカによく話を聞いてみようよ」 「駄目です!」 強い口調で静止するシエリに、私は少したじろぐ。 「な、なんで」 「今、世界中で行方不明者が続出しています。その犯人も、トーカたち宇宙人に違いありません。彼女たちが手ごろな人間を拉致して、何らかの実験の材料に……」 「そんな! トーカがそんなことをしでかすなんて、それこそ信じられないよ」 「しかし、現状から判断するに、その可能性が最も高いのです。トーカに近づくのは危険です」 「で、でも……」 反論は出来なかったが、私は半信半疑だった。 私が納得しかねていると、シエリは私とまっすぐ向き合い、私の手を強く握る。 「ユッコ、私はあなたが大切なのです。もしあなたがひどい目にあったら、私は耐えられない。だから、危険のある行動は避けてほしい」 シエリの手は汗でびしょびしょにぬめっていた。暑さのせいであるのだろうが、私の身を案じる緊張のせいでもあるのだろう。シエリの必死さが伝わってきて、その手の感触は不快なものではなかった。 「わ、わかったよシエリ。トーカには近づかない」 シエリの熱意に負け、私は従うことにした。トーカが私達の敵だとは思えなかったが、シエリの想いを無下にすることはできない。 「で、これからどうするの?」 シエリが復調してきたようなので、私は今後の計画を尋ねる。 「とりあえず、職員室まで逃げ込みましょうか。証拠も皆無ですので話を信じてもらうことは出来そうにないですが、さすがにトーカは近づけないでしょう」 「……あれ、結構ノープラン!?」 案外ふわっとした計画で、私は少し驚いてしまった。 「……仕方ないでしょう、刻一刻と状況は悪くなる一方で、手を打つのが遅れたら致命的になると思ったのです」 シエリはきまりが悪そうに弁明する。 「まあ、まずは職員室へ向かいましょうか。そこから先は、出たとこ勝負で……。さあ、職員室までだと、またあの殺人的な日光の下を通らないといけないけど、シエリは大丈夫?」 「水分補給をしっかりしておけば大丈夫です。三歩で倒れるような失態を、私が続けてすると思いますか?」 そう自信ありげに言ってシエリはポケットから瓶を取り出して見せる。普通の人はそんな失態、一度だってしないんだけどな……。突っ込みは野暮なのでやめておく。 そしてシエリは、取り出した瓶のふたを開けて、中の透明な液体をおいしそうに喉を鳴らして飲み始める。 「ねぇ、私にも飲ませてくれない?」 見ている私も喉の渇きを覚えたので、シエリにねだる。 シエリは口を拭いながら私に瓶を差し出す。 「大事に飲んでくださいね、貴重な水飴なのですから」 「水飴!? え、水飴を喉を鳴らして飲んでたの!? そのまま!? 逆に喉が渇かない!?」 「ん? 水飴は水でしょう?」 「水飴は飴だよ! 『カレーは飲み物』よりも狂気的な発言しないでよ!」 これだから甘味ジャンキーは! そうこうしているうちに、部室棟から、いびつな人影が出て来るのが見えた。 「んぐーんぐぐー」 それは、座椅子を背負ったままのトーカだった。両腕はおろか、猿轡もそのままである。どうやって部室の扉を開けたのだろうか? ……想像すると笑える光景しか浮かばないので、考えるのは止める。 「来たな、人類を滅ぼそうとする邪悪な宇宙人め……」 「人類を滅ぼそうとしている邪悪な宇宙人にしては、見た目すごくかっこ悪いな……」 座椅子を背負って、猿轡を噛まされた宇宙人に滅ぼされようとしている私達って、なんなんだろう? 「さあ、職員室に向かいますよユッコ!」 意を決して日光の下に足を踏み出すユッコに、私も続く。 意志をくじきそうなほど強烈な太陽光線に、意識が眩みかける。さしもの水分補給と称して水飴を補給したユッコも参っているだろうと思いきや、 「なんと、水飴を十分に補給した私は、強い日差しの下でも、何と十数分もの長時間、固形を維持し続けることが出来るのです! これは快挙ですよ快挙!」 「何その体質!? 平気なのは十数分って短いよ!? それに十数分後はどうなるの!? 液化するの!?」 糖分補給したことで一時的にハイになっているようである。シエリにとって糖分は麻薬に等しいのだろうか。 トーカも必死で追いかけて来るが、両腕をきつく縛られて、さらに座椅子が背中にくっついた状態では、さすがに速くは走れないようだ。差はどんどん開いていく。 私とシエリは、息せき切って校舎に駆け込む。職員室は一階にあるため、後は目前の廊下を駆け抜けるだけで到着だ。廊下を走ってはいけないと常日頃から耳にタコができるほど注意されているが、この時ばかりは許してほしい。 廊下に走り込む前に、息を整えがてら後ろを振り返り、トーカの様子を確認する。 トーカは、私達から五十メートルくらい離れた距離にいた。私は一安心して足を止め、ほとばしる汗を拭った。 「ユッコ、早く! 相手は宇宙人です、何をするか分かりませんよ」 「大丈夫だよ、まだあんなに離れて――」 突然、私の真横を、何かが猛スピードで通り抜けて、校舎に飛び込んだ。直後、校舎内からクラッシュ音が起きた。 そして最前までトーカが立っていた場所から、トーカが跡形もなく消えていた。もうもうと土煙が立ち上っている。 するとさっきの轟音は……。私は振り返って校舎内を見る。 入り口突き当りの壁の下、砕けた座椅子の破片とほどけたロープの上に、トーカが不格好にひっくり返っていた。 「な、なに、一瞬で追い抜かれた……!?」 シエリが驚愕の声を上げる。座椅子から解放されたトーカは、よろつきながらも立ち上がり、 「んぐー! んぐぐー!」 「ごめん何言ってるかわからない」 両腕が自由になったのだから、猿轡取れよ。 「ど……どうだこの私達の最新科学技術を駆使した加速装置は。数十メートルの距離を一瞬で詰められるぞ。ブレーキが利かないのが欠点だが」 猿轡を外して言い直すトーカ。少しふらついているのは目を回しているからだろう。 「く、さすが宇宙人の最新装置、一筋縄ではいかないか……」 「思ったよりしょうもない装置だな……」 安全性を配慮した設計にしようよ。 「水平移動だと先回りされてしまうようですので、このまま職員室に逃げ込むことは難しそうですね。ユッコ、こっちへ。階段移動なら加速出来ないはずです」 「いきなり計画からはずれたね……」 「逃げることを第一に考えましょう。ユッコこっちへ」 ユッコに導かれ、反対側の階段を上る。 「なめるな、階段ごときいぃいぃうわあぁぁああぁ!」 「うわぁ!」 私達が身をかわすと、加速装置を使ったトーカが階段を転がり上がってきて私達を追い抜き、踊り場でぺちゃんこになった。……転がり落ちるとは聞くが、転がり上がる奴は初めて見た。 「う……ま、待て……ちょっと待って……」 さすがに痛いのだろう、トーカは涙目になって身悶えている。私は中国映画のエンディングのNGシーンを思い出した。 うーん、宇宙人って思ったよりバカなのか? 私達は立ち上がれなくなっているトーカの脇をすり抜けて、階段を駆け上がる。 * 私達は階段を駆け上がり続け、屋上に至る扉の前まで到達する。屋上には許可なく立ち入ってはいけないと常日頃から口酸っぱく注意されているが、この時ばかりは許してほしい。迷うことなく扉を開け放つ。 二つの太陽が照らし出す屋上はサウナのように暑く、開放的な空間には日光から身を隠す場所もない。周囲には転落防止用のフェンスが張り巡らされている。屋上なのだから当たり前だが、入り口も出口も今通ってきた扉しかない。 「……あれ、シエリ。私達、逃げ場を失ってないですか?」 「……」 無言で滝汗を流すシエリ。 「何か弁明してくださいよ! 無計画過ぎないですか!?」 「暑さで頭が働かなかった」 だいぶ頭をやられているらしい。何の疑問も持たず付き従った私も私なのだが。 「やっと追いついたぞ」 屋上の扉を開いて、ボロボロになったトーカが現れる。あたかも死闘を繰り広げたかのような風貌だが、何のことはない、すべてトーカの自滅によるものである。 私とシエリは、トーカから距離をとるため、屋上の端、転落防止フェンスの傍まで後ずさりする。 「頼む、私の話を聞いてくれ」 トーカは満身創痍でよろよろと近づいてくる。 「聞いてはダメです、ユッコ! ……仕方ない、ここから一緒に飛び降りましょう!」 「え、心中!? 愛が重い!」 シエリの常軌を逸した提案に驚いて突っ込みを入れる。 「たぶん無茶すれば何とか助かります! さあ飛び降りましょう!」 「無茶しても絶対助からないよ!? ここ五階建ての校舎の屋上だよ!?」 シエリの頭は、この暑さのせいで随分やられてしまっているらしい。私はシエリを諭すように言う。 「ねぇ、シエリ。やっぱりトーカの話を聞いてみようよ。もし私達を友達とも何とも思ってないのだとしたら、こんなに必死に追いかけてこないはずだもん」 シエリは反論したがっている様子だったが、結局は口をつぐんだ。 「トーカ、説明してくれる?」 トーカが話し始める。 「すべて話そう。……そう、私は宇宙人だ。 BBQ星からやってきた、BBQ星人だ」 ……・いや突っ込むのはまだ早い。偶然そうなっただけの可能性も……。 「私達BBQ星人は……呼び名が長いので略して、バーベキュー星人は……」 「やっぱりそうなんかい! それに略せてないし! ……いや略せてるのか?」 「真面目な話なんだ、静かに聞いてくれ」 「な、なんかごめん、ふざけてるようにしか聞こえなくて」 一応謝ったが、何だか腑に落ちない。 「……バーベキュー星人は、この地球の危機を救うため、宇宙連邦から派遣された特派員なのだ」 トーカは語る。 「この地球は、もう何十年も前から、宇宙人の侵略の危機に晒されているのだ。この地球を乗っ取ろうと虎視眈々と機を伺っている宇宙人がいて、その宇宙人は既に何十年も前から地球人の中に紛れ込んでいた」 「紛れ込んでいたのはあなたたちBBQ星人じゃなくて?」 「私達バーベキュー星人が地球に派遣されたのは、つい半年前のことだ。私達バーベキュー星人が来る以前から侵略を目的に地球に来ていた、別の宇宙人がいるのだ。私達バーベキュー星人の目的は、その侵略者を一掃することだ」 「そ、それが一体……」 「その宇宙人は熱に弱いことが分かった。一掃するには地球を限界まで温めればその宇宙人は生存できなくなり、地球を離れるだろうと考えた」 「だから第二の太陽をつくったの? だからって、地球にこんな悪影響を与えるなんて……」 「ほらユッコ、前に言っていただろう。『太陽が二つあったら暖かくていいのに』って」 そういえば真冬の滅茶苦茶寒い時期、トーカとこたつの中で語らった雑談の中で、そんなことを言った覚えがある。 「地球人の許可は取った」 「地球人代表としてもっとも不適切な人間の言質とっちゃった!? そんな他愛ない話を鵜呑みにしないで!」 「この作戦は功を奏し、もう地球に住めないと考えたその宇宙人の多くは、次々に地球を離脱していった。残っているのは僅かだ。今、世界中で行方不明者が続出しているだろう? あれは、地球を離脱した侵略宇宙人達なんだ。すべての宇宙人を一掃したら、第二の太陽は速やかに機能を停止する。……信じてくれユッコ。あの太陽は私達が創りだしたものであるのは確かだ。だが、地球人たちを苦しめるつもりはなかった。逆に、地球人を邪悪な宇宙人から助けだすために創ったんだ」 「それじゃあ、あなたたちとは別の宇宙人が、地球を侵略しようと紛れ込んでいるっていうの? そんな、どこに――」 「その宇宙人は、擬態が得意だが、高温環境に置かれると体が融解し、擬態が保てなくなる。例えば、日光が直接照射し、隠れるところのないこの屋上では、擬態は確実に崩れるだろう。――ほら」 トーカはシエリを指さす。 「え?」 つられてシエリに振り返ると、シエリの顔のあたりから湿った音とともに何かが落っこちて、私の足元に転がってきた。私が何の気なしにその何かを見下ろすと、――その何かから、こっちを見返された。足元に転がり落ちたそれは――眼球だった。 「ひっ」 私は腰を抜かしてシエリにしがみつき、彼女の顔を見上げると。 涼し気な右目のあった部分にはぽっかりと眼窩が空いており。その眼窩の奥で、蛆虫のような肉の塊が蠢いているのが見えた。 「きゃああああぁぁ!」 親友のあまりにおぞましい光景に、私は叫び声をあげて飛び引いた。背中に転落防止用フェンスがぶつかって、金属的な音を立てた。 「ああ、しまった――」 シエリは手で自分の右目があった場所を覆った。 「ほら、擬態が剥がれた。今のを見ただろう? シエリは宇宙人だ。それも、地球を侵略しようとやって来た、紛れもない人類の敵だ」 「そ、そんな――シエリが、私達地球を乗っ取ろうとしていたの? 嘘だよね?」 私は、フェンスの根元に座り込んだまま、シエリに尋ねる。 そんな、嘘に決まっている。まさかシエリがそんなことをしないだろう。疑うまでもない、シエリがそんなことするはず――。 シエリは顔の右側を手で覆ったまま――くつくつと笑い出した。 「ばれてしまっては仕方がないですね。そうです。私達こそが、地球を侵略しようとしている宇宙人なのですよ。トーカたちを悪者に仕立て上げ、あわよくば排除しようとしたのですが、失敗してしまいましたか」 「そんな――」 「地球侵略のあかつきには、地球人たちには、私達のために馬車馬のように働いてもらうつもりでしたよ。ユッコ、あなたのように人を信じやすい間抜けな人間は、いいカモフラージュになりました。ユッコ、あなたは騙されたのです」 「え――」 私は口をぽかんと開けて、シエリを見ていた。 シエリの言っていることが全く理解できなかった。言葉の意味は解るのだが、それが現実とどうやっても結びつかない。 シエリが本当は私達の敵で、今まで騙してきただって? じゃあ、シエリと過ごしたあの楽しい日々は何だったのか。今だって私のことを必死で守ろうと行動してくれているのに。それもこれも全部、カモフラージュのためだって? 解らない。分からないわからない! 「ユッコ、シエリの言葉を聞いただろう。人類の本当の敵は、シエリなんだよ。シエリの傍にいては危険だ、こっちへ来い」 トーカが私を呼ぶが、思考不能に陥った私の体は反応しない。私の脳は今までのシエリとの思い出を反芻し、楽しかった日々にひたすら浸っていた。 「シエリ、お前の野望は潰えた。お前の仲間たちも、ほとんどこの地球から逃げ出している。もう諦めるんだ」 「諦めてなるものか!」 トーカとシエリが言い争う中、私はただシエリとの思い出に浸る。おいしいかき氷屋を探して方々を探訪した去年の夏。楽器を操るシエリに指さばきに目を白黒させたこと。 やっぱり、シエリが敵だなんて、そんなの嘘っぱちだ。勘違いだ。間違いだ。 そう強く思い込むが、心の片隅では非情な現実を認識していた。シエリが私達の敵であることは、疑いようのない事実なのだと。だって、シエリ自身が、はっきりとそう言ったのだから。 現実認識を拒否した私を置いて、トーカとシエリの争論は白熱する。 「この状況でお前にどんな抵抗ができる? この場は私に有利だ。二つの太陽から降り注ぐ光線から逃れる場所はない。片や熱と日光に弱い宇宙人。こっちは熱に強い。勝ち目はない」 「それでも、私は諦めることはできない! 私達ゼラチン星人の悲願――」 ん? 今、何かおかしな単語が聞こえたぞ? そぐわない単語が耳に入ったことで、私の意識は現実に引き戻された。 「私達ゼラチン星人の悲願――地球をお菓子の一大生産地とし、ゼラチン星に安定供給するという!」 「そんなこと、させてたまるか! 私達は、絶対にお前たちの野望を阻止するぞ!」 まてまてまて。 「ちょっと待って。一旦止めよう。はいストップ」 私は頭に片手を当て、もう片方の手を掲げて二人を静止する。 「んー、ちょっとよく解らなかったから、詳しく話してもらえる? あ、あなたたちゼ、ゼラチン星人の悲願って、なに?」 シエリが答える。 「私達ゼラチン星人は、良質な糖分をエネルギー源としている。今ゼラチン星は、深刻な食糧不足に陥っており、食料源の確保急務だ。実地調査の結果、この地球で良質な糖分を含む食料――お菓子が大量生産されていることを知った。そこで、この豊かなお菓子生産地である地球を侵略し、私達のためにお菓子を作り続けさせれば、ゼラチン星は救われる」 「地球人は馬車馬のように働かされるって……」 「ああ、それは言葉の綾だ。生産性を上げるためには、労働者に働きやすい環境と、適度な休息と、適正な報酬が必須だからな。お菓子生産に従事させる地球人奴隷たちには、手厚い保障を約束する」 ……働き方改革の波は、宇宙まで広がっていたのか。 トーカが反論する。 「待て、気を許してはいけないぞユッコ。こいつらは、地球で大量のお菓子を買占めるという悪事を方々で繰り返していたんだぞ」 「食料に乏しい現地星に仕送りするためにやったことだ」 「いやただの太客じゃん! 全然悪事じゃないよ!」 「お菓子が買えずに泣いた子供たちがどれだけ出たと思う!? それにお菓子をゼラチン星人に独占されたら、地球人が食べる分がなくなってしまう!」 「馬鹿なことを。地球人に効率よく働いてもらうためには、お菓子による糖分補給は必須だ。無論、生産されたお菓子は地球人にも配分され、格安価格で提供される。独占などしない」 なんか、そこらの企業より待遇が良さそうだ。 「私はこの星を諦めることなど考えられない。 たとえただ一人になっても、この地球に残り続け、お菓子を仕送りし続ける! 実家の両親や兄弟たちのために!」 「あはは」 緊張が解けて、私は笑い出す。ああ。やっぱり、勘違いだった。シエリは敵じゃない。 だけど、トーカとシエリはまだ互いに譲らない。対立は続いている。 「地球人には悪いようにはしませんよ」 「仕事中心の世の中が幸せとは思えない! もっと仕事を忘れて遊びまわれる地球であるべきだ! 昨日だって原住民がこう言っていたぞ、『働きたくないでござる、一生遊んで暮らしたいでござる』と!」 「だから私の発言を地球人代表として扱わないで!」 「どうしても相容れないようですね。こうなったら最後の手段です」 シエリはどこからともなく水飴の入った瓶を数本取り出し、まとめて飲みくだす。 「その量は……」 トーカの顔が引きつる。 「学校から帰宅するエネルギーとして取っておいた水飴を、今この場ですべて消費しました。生きて帰るとかそんなやわな覚悟ではありません。不退転で挑みます!」 持ってた水飴を全部飲んだだけじゃん。 「ゼラチン星人は良質な糖分を十分に補給することで、身体修復および熱に対する耐性をもたらします。ほら、この右目もすぐ元通り」 確かに、右目が修復されていた。 「さらに、身体操作性能を飛躍的に向上し、軟質化させた腕を強靭な触手へと変える!」 シエリの両腕がどろりと溶けて、垂れ下がるように細長く伸びた。さらに腕を弾ませて引き延ばし、数メートルの無色透明な鞭と化した。 「さあトーカ、この攻撃が避けられますか」 シエリは触手を振るってトーカを攻撃する。 「ふん、こんなもの加速装置を使えば――あああぁぁ!」 触手を躱したトーカは、猛スピードでフェンスに衝突した。フェンスが衝撃で大きくたわみ、外側に傾げる。 「ぐぅぅ、な、なかなかやるな……」 「ほとんど自滅ですけど!? 避けたほうがダメージ食らうんじゃない!?」 トーカとシエリは油断なく対立していた。傍から見たらバカみたいな戦いだが、当の二人はいたって真剣だ。 さっさと二人を止めて、仲直りさせないと。 「二人とも、やめ――」 私はフェンスに縋って立ち上がろうとして、フェンスに体重を預けた。それがまずかった。 先ほどのトーカの衝突により、フェンスが壊れて脆くなっていたのだろう。フェンスは私の体重を支えきれず、きしんで外側に倒れた。 アッと思ったがもう手遅れだった。 私の体はフェンスと一緒に屋上の外側へ傾いて、フェンスと一緒に屋上の外へと倒れ込み、――転がるように中空へと放り出された。 浮遊感。 転落している。眼下の遥か下に地面が見え、それがぐんぐん近づいている。本能的な恐怖が溢れ出す。 ここで、こんなかっこ悪い死に方で私の人生は終わるのか。悪い宇宙人に殺されるとかならまだしも、うっかり転落死って。ああ、私の夢も叶わずじまいか。こんなことなら、もっと真面目に取り組んでたら良かったかな――。 諦めて人生を振り返りだしたその時。 急に、二つの太陽が陰った。空を見上げると――きりもみ回転する二つの人影が、太陽と重なっていた。一つは長身でスタイルが良く、一つは小柄で腕が異様に長くぐにゃぐにゃしていた。 「ユッコぉぉぉぉ!」 「うわあぁぁ!」 トーカとシエリの声が、頭上から降ってきた。どうやら、加速したトーカがシエリと衝突して巻き込み、そのまま止まり切れずフェンス外に放り出されたと見た。こんな危機的状況でも笑わせてくれる。というか、このままだとみんな落下しない? トーカは中空で何とか体制を立て直し、シエリの触手を掴み、 「シエリ、もう一度加速してユッコに追いつくぞ!」 「え、ちょっと待……ひゃぁぁぁ!」 校舎の壁を蹴って、もう一度下方向に加速した。シエリをひっつかんだトーカが、私に向かって猛スピードで迫ってきて、 「大丈夫か、ユッコぉぉぉ!」 「トーカ!?」 そして、私と衝突して絡まった。加速装置を使って私に追いついたのか。 「何してんの、このままじゃみんな墜落して死んじゃう」 私だけドジって死ぬならまだしも、二人を巻き込んでしまうなんて耐えられない。 「私達は死ぬ気なんてないよ。もちろんユッコも死なせない。さあ、後は任せた、頑張れシエリ!」 「あーもう、無茶するしかないでしょ!」 シエリはトーカの無茶ぶりに応え、両手の触手を伸ばし、校舎の脇に植えられた樹木と校舎壁面に取りつかせた。そして私とトーカを抱え込み、受け止めた。 「す、すごいシエリ!」 私はトーカとシエリにしがみつきながら讃嘆する。 「ごめん、やっぱ止まらない。さすがに二人は重すぎて無理」 「へ」 シエリが泣きごとを言ったが早いか、ゴムのように引き伸ばされた触手が重みに耐えきれずぶっちぎれた。 再落下。……なんか、私たちって、すっごい間抜け。 「ぎゃー」 私たちは三人仲良く抱き合ったまま、真下にあった植え込みに頭から突っ込んだ。 * それから十年後――。 「うわぁぁぁユッコーーーーー!!」 「シエリちゃーーーーーん!!!」 「トーカ様ーーーーーー!!!」 『宇宙の中心』と名高い宙域にある、何百万もの観衆を一度に収容できる宇宙武道館。その宇宙武道館には今、キャパシティ以上の観衆が詰め込まれていて、誰しもが熱狂的な声援をステージの上に飛ばしていた。 その観衆たちの視線の先のステージには、三つの人影があった。 一つは、モデルのようにスタイルの良い女性。独創的な演奏と、天才的なアドリブで、聴衆を魅了することで有名である。会場がヒートアップするに連れて演奏も火に油を注ぐがごとく激しくなるムードメーカー的存在だ。 一つは腕と指が異様にひょろ長い、小柄な女性。繊細な指使いで奏でられる音色は聴く者を虜にして止まない。加熱した激しい演奏や、アドリブアレンジを加えた演奏にも追従する、このバンドの要である。 そして最後の一つは、標準体形で演奏も平凡に見えるが、その実誰よりも情熱を秘めている。彼女がこのバンドの中心人物であることに、誰もが納得している。 彼女は、マイクを通して満員の観衆に向けて語りかける。 「皆、今日は、集まってくれてありがとう。こんな夢の舞台、いえ、夢に描いた以上に素晴らしい舞台に立つことが出来て、本当に嬉しい。ここまでたどり着くのに、苦難もあったし、不安と恐怖とも常に戦い続けてきた。私がそれらに打ち勝って、今ここに立っていられるのは、太陽のように大切な、かけがえのない二人が私を照らし、励ましてくれたからで。――そう、十年前の、二つの太陽が輝いた初めての夏。この体験があったからこそ、今の私達があるっていうか。――最後の曲は、その時の思いを歌にした、私達の原点となった曲です」 「――聴いてください。『二つの太陽』」 |
マナ 2019年08月11日 08時36分46秒 公開 ■この作品の著作権は マナ さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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