蘭樹(ランジュ) |
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まずい! まずい! まずい! 下着がどんどん股間に食い込んでくる。 いまは登校の途中で、通学路の先には学校が見えている。 すでに校門にかかった獣人学園という看板の文字がはっきりと読めている。 「どうかしたのか。なんだか歩きにくそうだな」 幼馴染みの黒豹のクロちゃんが声をかけてきた。 この鈍感! いくら恥知らずといわれる猫又でも、下着が股間に食いこんで歩きづらいなんて、可憐な乙女の口から言えるわけ無いじゃないの! そのとき、急に締め付けが緩んだ。 「よかった~」 しかし、ほっとしたのがいけなかった。 次の瞬間に、スルリと体の中に入りこまれてしまった。「まずい、まずい、まずい!」 ひどくあせったが、しばらくしても、それ以上のことは起こらない。 なんとか周囲の者に気が付かれないようにして、教室に着いた。 しかし、朝のホームルームが終わり、一時間目の授業が始まってしばらくすると、急に腹が張ってきた。下腹がひどく痛む。 なにか具合の悪いことが体の中で起きている。 ……私に取りついたのは、たぶん蘭樹(ランジュ)で間違いない。危険な植物系のモンスターだ。 都市伝説だとばかり思っていた。 自分が取りつかれたいま、これまでに聞いた話が思い出される。 蘭樹は、体液を吸って際限なく大きくなってゆく。 犠牲者は、内側から食われて、やがて体が破裂する。 そして、血を吸って真っ赤になった種が、体の中からあふれ出てくる。 種は、たちまち芽吹いてあたりに広がり、次々とまわりの女の子たちが蘭樹にとりつかれてゆく。 助かる方法は、たしか…… 自分に思いを寄せてくれる、異性の相手がいれば……? だったかな。 それにしても、下腹が痛い! クラス・メートの山猫が、私の顔をじっと見つめて言った。 「まさか、なんだけれど、ひょっとして蘭樹?」 たぶんそのとおりだから、しかたなく答えた。 「そうかも……」 山猫は、手をあげると、大きな声で言った。 「ジャガー先生、具合が悪いそうです!」 (そんなに大声をだすなよ) でも、山猫は構わずつづける。 「だれか一緒についていった方がよさそうですよ~」 それから山猫は、私に言った。 「誰がいい?」 私は、まだ猫又(仮)だ。 成人していないので、妖力は無い。 しっぽも、まだ二股に分かれきっていない。 しかし、周囲との付き合いは、すでに断ち始めている。 だから、頼める相手を、思いつけなかった。 前に座ったライオンは、王者の貫録を放ちながら、完全に無関心だった。 脇のベンガルトラは、眼を細めて、すらりとしたホワイト・タイガーの方を見つめてる。 猫又の私など、眼中にない。 少しでも親しい関係にあったのは、…… 「クロちゃん、お願い」 黒豹のクロちゃんは、幼いころに、よく私の家に遊びにきていた。一緒にお風呂に入ったこともある。 ほかに頼める相手はいない。 しかし、クロちゃんは、偉そうに言った。 「俺は、立派なブラック・パンサーだ。クロちゃんなんかじゃねえぞ」 (自分で、立派とか、言うな!) 私は言い返した。 「黒豹なのだから、クロちゃんでいいじゃないの……」 立ち上がったクロちゃんの身長は、二メートルに近かった。 ここ数年で、ずいぶんと成長したものだ。 引き締まった筋肉質の体は、まるで鍛え上げられたプロレスラーのようだった。 床まで届く豹がらのマントは、倒した相手の毛皮でできている。どれほどの相手を倒したかが、一目で分かる。 「ほかに頼める相手がいないの。悪いけど、保健室まで連れていってくれる?」 「しかたねえなァ」 クロちゃんは、ため息をつきながらも、私についてきてくれた。 なんとか教室をでたが、それが精一杯だった。 「ごめん、もう歩けない。肩を貸してくれない?」 「いいぜ」 クロちゃんは、そう言うと、軽々と私を背負ってくれた。 「本当に辛そうだな。いそぐから、振り落とされるなよ」 クロちゃんは、そう言うと、廊下を駆けはじめた。 「凄い!」 思わず、口に出ていた。 クロちゃんが疾走すると、真っ黒な毛皮の下で、鋼のような筋肉がバネのようにしなる。束になって律動する。 ブラック・パンサーの肉体が奏でるリズムが、私を翻弄する。私を、根底から揺さぶる。 「凄い、凄い、凄い!」 いつしか私の鼓動は、疾走する筋肉の律動と同期して、激しく喜びの歌を奏でていた。 とてつもない快感だった。 廊下が後ろへ後ろへと、凄まじい速さで流れてゆく。 (もっと乗っていたいな) そう思ったが、たちまち保健室に着いてしまった。 保健室では、ピューマ先生が待ちかまえていた。 「蘭樹に取りつかれたの? ここに寝なさい」 斜めに置かれた狭いベッドの上には、横木が置かれている。 その上に、うつぶせにされた。 腰を高く持ち上げられ、尻尾をあげさせられた。 両足を大きく広げられ、バンドで固定される。それから、スカートをまくり上げられた。 (いやだ、クロちゃんから下着が丸見えじゃないの!) ピューマ先生はクロちゃんに尋ねた。 「蘭樹って、聞いたことある?」 クロちゃんが答える。 「ああ、たしか植物系のモンスターだったな。かなり手ごわい、と聞いている」 私は、思わず叫んだ。 「先生、男の子には秘密のはずですよね!」 ピューマ先生は答えた。 「ええ、そうよ」 それから、すこし間があった。 「でも、あなたはブラック・パンサーを相手に選んだのでしょう? それなら教えてあげないと……」 それからピューマ先生は、蘭樹について説明を始めた。 蘭樹は、女の子に取りつく植物系のモンスターで、豪華な下着の形をしているの。 うっかりした女の子が蘭樹を身につけると、蘭樹は女の子の体の中に入りこむ。そして、内側から根を張り、花を咲かせて、種をつける。 「蘭樹が成長すると、女の子の体が内側から破裂させられることもある、とても危険なモンスターなのよ」 「分かった。それで俺はどうすればいいのだ?」 クロちゃんは、渋い声で言った。 ピューマ先生が、やり方を説明する。 「まず、猫又の後ろに立ってちょうだい」 (うわあァァァ、まるみえじゃないの!) クロちゃんがつぶやいた。 「それにしても、こいつは蘭樹について知ってたのだろう? なんで蘭樹なんかを身に着けたのだよ」 (ごもっとも) 言い訳にしかならないけど、一応、説明してみた。 「目が醒めたら、登校時間がせまっていて、まだ寝ぼけてたから気がつかずに、はいちゃったの……」 クロちゃんは、深くため息をついて、言った。 「昔から、そそっかしいのは変わってないか」 ピューマ先生が説明を続ける。 「蘭樹を体の外に引きずり出すのよ。蘭樹はちぎれやすい。本体が体の中に残ったら、命が危ない。だから、力を入れ過ぎないように、気をつけて引っ張る必要があるわ」 クロちゃんが、緊張するのが感じ取れた。 それから、私の大切な秘密の場所をはさんで、蘭樹の上と下に、クロちゃんの手が入ってくるのが分かった。 おもわず、腰を動かしてしまった。 「おい、おい、色っぽく腰を振るんじゃない。紳士的にふるまうために、お前の事を、まだ幼稚園児のままだと思いこもうとしてるのだからな」 (幼稚園児の下着に手を入れるのは、犯罪じゃないかしら) 「俺は、大人の女がいい。ガキなんかには、興味がないんだよ」 まるで私の考えを読んだかのように、クロちゃんが答えた。 「なぜ、分かったの……?」 「お前の考えることなんかは、全部お見通しなんだよ」 「な、な、な、何を言ってるのよ、クロちゃんのくせに。私は根性のひねくれた猫又だから、このごろは自分ですら自分の本当の気持ちが分からないでいるのよ。あんたなんかに分かるはず無いわ!」 「分かるんだなァ。付き合いが長いから」 クロちゃんの低い声は、私の下腹につよく響いた。 なんだか力が抜ける。 耐え難かった痛みが、少しやわらいだ。 「たしかに、あんたはガキのころには、いつも私の家にきて、遊んでたわね。でも……」 クロちゃんは、愉快そうに笑った。 「やっぱり、そう思ってたかァ」 それからクロちゃんは、深く息を吸い込んだ。 「それじゃ、たずねるぞ」 「ええ、どうぞ!」 「猫又は水が嫌いだよな」 「ええ」 「お前の家には風呂なんて無いよな」 「そういえば、無いわね」 「それじゃあ、質問だ。お前はいつも、だれの家の風呂に入ってたのだ?」 「え、ええ、えええ~?」 「お前は、俺の家を自分の家のつもりで、我が物顔して遊んでたのだぞ」 「えええ~?」 「だから俺は、股をおっぴろげたお前の姿なんか、昔から見慣れてるんだよ」 「ニャ、ニャ、ニャ~ァんだってェ~!」 「あはは、ひさしぶりに本性が出たな」 顔が真っ赤になるのが分かった。 体の芯が燃えるように熱い。 それから、私の体の深い奥で、何かが、ゴポリッと音をたてた。 はじめは、ズルリ、ズルリと、そして、ズゾゾゾゾッといった感じで、何かが体の中から引きだされてくる。 カチン、カチンと澄んだ音をさせて、何かが金属の容器の中に落ちる音がした。 ピューマ先生の声が聞こえた。 「よし、うまく引き出せたわ。まだそれほど根を張ってないから、あとは消毒しとけばいいでしょう」 ピューマ先生は、手際よく、私の体の中を清めてくれた。 「もう少し待っていてね。あ、それには触れないでね。種が芽を出すとやっかいだから」 それから、ピューマ先生は蘭樹の種の処理を始めた。 その様子は、まるで宝石細工をしている職人のように見えた。 ちょっと後ろを見てみたら、クロちゃんは腕をくみ、目をつぶったまま、哲学者が深い思索にふけるような顔をして、天井の方を向いていた。 「心配しなくても、見ちゃいないぜ」 いきなりクロちゃんに声をかけられて、私はビクリとした。 見ていなくとも、気配だけで私の事が分かるらしい。 先生は、種の処理をしながら、大人になった二人だけに伝える蘭樹の秘密を教えてくれた。 「蘭樹は滅ぼせない。滅ぼしても、かならずどこかで復活する。ただし活動を止めることなら出来るわ」 私は、保健室に置いてある女の子用の下着を身につけながら、ピューマ先生の話を聞いていた。 「蘭樹は、女の子が美しくなりたい、魅力的になりたいと願うと、それを感じ取って寄ってくるのよ」 私は無事に下着の装着を完了した。これなら、のぞかれても大丈夫そうだ。 (あれ? 聞き違えたかな。いま先生は、なんて説明していたっけ?) 「そして、想いをいだいた相手のいる女の子の体に宿るの」 (なんだってエエエ!) 「そんなことは、ニャああいィィィ!」 私は、叫んだ! 「私は、猫又よ。嫌われ者で、誰からも愛されず、誰も愛したりしない、孤高の妖怪なのよ!」 私の怒りに、全身がシッポまで、ブルブルと震えた。 シッポの先に耐えがたいかゆみが生じた。そこから、かゆみはシッポの根元まで広がってゆく。 私は、怒りを一気に爆発させた。 あたりが急速に暗くなってゆく。イナズマが走り、雷鳴がおどろおどろしく響いた。 気がつくと、私のシッポは、完全に二股に分かれていた。 (なんと、妖力が使えた? ならば、私は真の猫又になったのね) 私は、ピューマ先生に向かって言い放った。 「蘭樹を取り除いてくれたことには、お礼を言うわ。でも、猫又の心を、さも分かったように言うのは、お断りするわよ」 私は、全身の毛を逆立たせ、何倍にも伸びた爪をむき出し、牙を鳴らして、ピューマ先生を威嚇した。 「私は、孤高の妖怪よ。なんびとたりとも、私に触れることは、かなわないのよ!」 私は、ピューマ先生に飛びかかった。しかし、あっさりと空中で、後ろから抱きすくめられた。 「似合わない言葉を吐くのは、それくらいにしろや」 クロちゃんだった。 「お前が孤高の妖怪なら、おれは天性の狩人だ。なんびとたりとも、俺の牙から逃れることは、かなわねえんだよ!」 クロちゃんは、私のノドをベロりとなめると、やわらかな肉球で背中をさすりながら言った。 (き、気持ちいい! 体がとろけそうよ。こいつのテクニックは凄まじいわね) 「ああ、理性が吹き飛びそう……」 「最初っから、理性なんて持ち合わせてねえくせに……」 そう言うと、クロちゃんは私の体を裏返した。そして、ブラウスがはだけて、さらけだされたお腹とノドを、やわらかな肉球で優しくさすった。 「き、気持ちいい…… ゴロ、ゴロ、ゴロ、ゴロ、フニャァァァ~」 私は、思わずノドを鳴らしていた。 「これからは俺の牙で、たっぷりと甘噛みしてやるぜ」 私は、すっかり無防備になって、クロちゃんにされるがままになっていた。 ピューマ先生は、私が落ち着いたのを確かめてから、蘭樹についての説明を続けた。 「女の子と想いをいだいた相手、二人が深く愛し合い、二人の心が満たされると、蘭樹は活動を止めるの」 (そんなこと、どうでもいいわ。気持ちいい。夢みたい……) 「つまり、蘭樹の活動を封じるには、あなた達が相手を想い、ともに歩む必要がある。そうすれば蘭樹の種が芽吹くことはなく、蘭樹が女の子を害することもなくなるのよ」 (え? どうゆうこと? そうか、蘭樹を滅ぼすことはできないから、二人で封印するのかな?) 「あなた達にそれができるかしら?」 (え? え? ええエエエ? わたしたちが?) 話しているうちに、ピューマ先生の仕事が完了した。 「よし、できた! これで発芽をしばらく押さえられる」 ピューマ先生は、二つの指輪を私たちに差しだした。プラチナの指輪には、真紅の種が台座にしっかりとはまっていた。 「相手を思いやりながら、これからずっと一緒に歩み続ける覚悟があるなら、この指輪をはめなさい。ただし、一度はめたら、もう外すことはできないわよ」 クロちゃんは、ためらう様子を見せずに、指輪を左手の薬指にはめた。 はめた瞬間に、ちょっと顔をしかめた、ように見えた。 すこしためらってから、私も指輪を薬指にはめた。 グサリ、と何かが指に刺さる。骨まで貫かれたような痛みがあった。 涙目になりながらも、なんとか悲鳴をあげずに、がまんした。 クロちゃんは、感心したような表情で、私の顔をのぞきこんでいた。 真紅の種が、私たちの見ている前で、ゆっくりと透明に変わっていった。 まるで、ダイヤモンドの結晶のように見える。 ピューマ先生が、指輪をのぞきこんで言った。 「これはまた、見事に活動が止まったわねえ。凄いじゃないの。うらやましいわ」 それから、ピューマ先生はクロちゃんにたずねた。 「いまさらだけど、本当にこんなので良かったの? かなり面倒なヤツよ」 (先生! それって、ちょっと、ひどくないですか?) クロちゃんは私をチラリと見て、渋い声で答えた。 「こいつと付き合えるヤツは、俺以外には、たぶんいないだろう。それに、こいつと一緒にいると、退屈せずにすむからな」 私は、クロちゃんにたずねた。 「私なんかで、本当にいいの?」 クロちゃんは、笑みをうかべた。 凄みがあった。 さすがは、ブラック・パンサーだった。 「お前は猫又だから、俺が希望するとおりの女に化けるのは難しくないだろう。それに……」 精悍なブラック・パンサーは、ニヤリと笑って言った。 「猫をかぶるのは、得意だろう?」 (ランジュエリー 了) |
朱鷺(とき) 2019年08月09日 19時27分01秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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