冬の夏休み |
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彼等は冬の海に向かって立ちすくんでいた。 猿山は手元のメモを恨めしげに開く。 「海水浴」 「……さすがにこれは無理じゃないかな」 犬田も着込んだダウンジャケットを脱ごうともしない。本当にするのかと言いたそうな目が見てとれた。 「まぁ、これも思い出ってことで、頑張っていこうよ」 雉野は小さく、よしっと気合いを入れると、お揃いのダウンジャケットを脱ぎ放った。 そこには、曇った冬空に全く栄えない、眩しいばかりのビキニ姿が。 「雉野……お前、思い切ったな」 猿山は呆れ返っていたが、両目はしっかりとビキニを見ている。 「おい、猿山」 振り返ると犬田もダウンジャケットを脱いでいる。水泳部で鍛えた筋肉が薄暗い空に栄える。 「雉野だけ水着姿にする訳にはいかないからな。猿山、お前も諦めて脱げ」 「バカヤロウ、真打は最後に登場するんだよっ」 歯を食いしばり、ダウンジャケットを投げ捨てる。 「よし、お前ら、ついてこい」 半分ヤケになって大声を出すと、海に向かって駆け出す。 「馬鹿だ、あいつ馬鹿だ」 「さ、私達も行きましょ」 続いて二人も海に向かって走る。 三人の姿が波間に消えていく。 浜辺から言葉にならない声が聞こえてきたかと思うと、ものすごい勢いで三人が戻ってきた。 「馬鹿だろ、お前馬鹿だろ」 「お前が先に水をかけてきたんじゃないか」 「いいから、服着て、服」 三人でダウンジャケットに身を包むと、そばにつけておいた焚き火で体を温めた。 「雉野、お前、馬鹿だろ。何で『海水浴』なんて入れるんだよ」 「だって、夏って言ったら海水浴でしょ?」 「そうだけど、そうだけど、ちょっと考えろよ」 「ちゃんと夏休みっぽいこと考えたでしょ」 「いやいや、そういうことじゃなくてさ」 話し合って、夏っぽいことをやろうと決めた。 みんなで過ごす、最後の夏休み。 みんなでやりたいことを書いて、箱に入れ、順番に引いていく。 一つ目は犬田が書いた「虫取り」。 ……森の中を探し回るものの、セミがいるはずもなく。 とりあえずミノムシを捕まえ、ミノを剥ぎ、色紙を細かくちぎって虫かごに入れると、ミノムシが色とりどりのミノを着始める。 「俺はセミの抜け殻を三つ見つけた」 猿山の謎の自慢で、一つ目のミッションは幕を閉じた。 二つ目は「海水浴」。 雉野が何のために海水浴を入れたかは分からない。 ただ、夏の前に買っておいた可愛い水着を犬田に見せたかったのかもしれない。 「案外楽しかったよなぁ」 二人の和気あいあいとした雰囲気に気付くことなく、猿山は意地を張って強がっていたが、唇はしばらく紫のままだった。 三つ目、「バーベキュー」 犬田のお母さんが準備してくれた食材を焼き網に乗せる。 「猿山、野菜も食え」 「馬鹿言え、肉に決まってるだろ」 「はい、分かった分かった」 「こら、馬鹿、野菜を乗せるな、乗せるな……って乗せすぎだろ、こぼれる、こぼれるから」 雉野の猿山に対するからかいは、なかなかに雑だ。 いつも犬田と二人で遊ぶところを邪魔されているからかもしれない……少し怒っているのかもしれない。 四つ目、「花火」 「意外」 「まともだ」 「お前らが何も考えずに書いたことが、俺からすると驚きだよ」 三日目の夜。猿山は意外なことに花火も準備をしており、浜辺で花火を始めた。 「寒い中での花火も素敵だね、犬山くん」 「そだな、雉野」 「ドラゴン花火、点火するぞ」 二人の優しい時間をかき消すようなドラゴン花火が打ち上がる。 パチパチと燃えあがる火花を見つめる二人と、浮かれ踊る猿山。 見ていて涙が出そうになるほど滑稽で、あまりにもいつも通りの毎日だった。 これでみんなの願いが叶った。 私、桃園はにこりと微笑み返した。 この夏、私は緊急入院をした。 みんなで過ごすはずだった夏休み。その間ずっと私は病院の窓から海を眺める日々を送った。 三人もほとんど毎日私のお見舞いに来てくれた。 秋。 私の病名が確定した。大したことはない。今のままでは来年の夏は迎えられない。ただそれだけのことだ。 「みんなと夏休み、遊びたかった」 そう一言つぶやいたのを猿山が耳にして、今回の冬の夏休みイベントを考えてくれたのだ。口に酸素マスクを付けているので、聞き取りにくかったはずなのに、さすが幼なじみ、話が早い。 みんなで過ごす、最後の夏休み。 三人には感謝している。 明日の手術を前に病院に許可を取ってくれた。 やったことは本当に、いつもと同じように、どうでもいいような行き当たりばったりなことだったけれど。 みんなの気持ちは伝わった。 「桃園」 猿山は泣いている。 泣かないって約束だったのに。 「オレ、どうして気付いてやれなかったのかな、お前の病気のこと」 猿山の顏は、猿のように歪んでいたけれど、その表情が愛しくもあった。 『気付く訳ないでしょ、お医者さんでも調べてようやく分かったんだから。どっちにしても、みんな島から出ていくんだから。みんなで過ごす夏休みは今年で最後だった。今まで待たせてごめんね』 「桃園……」 雉野が手を握り締める。 「一緒に買った水着、着られなかったね」 「そうだね。あ、犬田。雉野のこと、お願いね、この子、強がってるけど泣き虫だから。猿山は……もう泣いてるから、どうしょうもないけど』 「猿山、泣くな。ひどい顏だぞ」 「泣いてない」 『とにかく、二人をお願いね』 私はもう、みんなと過ごせないんだから。 昨夜、私の病状は急変した。 みんなが病院に駆けつける前に、私は息を引き取った。 猿山は言った。 予定通りに私のための、夏休みをしようと。 私はそれをじっと見てた。 私がいる頃と同じように馬鹿やって。 私がいなくなったら、昔と同じようには過ごせないかもしれない。 ごめんね、犬田。スリーオンスリー、勝ち逃げしちゃったね。 ごめんね、雉野。一緒にライブに行くって言ってたのに。 ごめんね、猿山。告白してくれたのに。 一緒の大学に行こうって言ってたのに。 デートもできなくて。 ずっと一緒に居られなくてごめんね。 私はずっと待ってる。みんなが夏にこの島に戻ってきて、私のお墓の前で色んなことを報せてくれるのを待ってる。 そしたらまた、夏休みしよ。 私は夏休みに、みんなを待ってる。 |
魚住 mrnH.mzRco 2018年12月30日 23時30分52秒 公開 ■この作品の著作権は 魚住 mrnH.mzRco さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2019年01月19日 18時52分44秒 | |||
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Re: | 2019年01月16日 20時07分49秒 | |||
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Re: | 2019年01月14日 20時24分18秒 | |||
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Re: | 2019年01月14日 20時18分21秒 | |||
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Re: | 2019年01月14日 20時15分59秒 | |||
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