冬の英雄 |
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◆暴力描写あり。人によってはグロテスクと感じるかもしれません。苦手な方は閲覧を控えてください。 *** 黒い刃の大剣が、風を切る。 硬い皮膚をあっさりと破って、玉座に座っていた人間の頭部を切り離した。 刺繍入りの防寒幕に、黒い血が飛び散る。 声もなく崩れ落ちる主人の身体に驚いて、まどろんでいた子猫がひとつ鳴き、ひじ掛けの上から飛び降りる。 振り抜いたばかりの大剣を構え直したリェースト=アルノに、玉座の左右に控えていた護衛が飛びかかり、 ーー直後、白目を剥いて地面に転がった。 彼らの喉元にまっすぐ突き刺さっているのは、投擲用の短剣。 アルノの2本の前肢は、大剣を構えたまま微動だにしていない。 がーーそのすぐ下。革袋から次の短剣を取り出したのは、2本の『中肢』。 節足動物特有の節ばった腕が、さっと木製の鞘を払い、銀の刃を敵陣に向けた。 「返してもらうぞ。ーーお前ら人間が、俺たちから奪った、すべてを」 返り血のしたたる紫色の甲羅の下から、反響音混じりの声。 カタコトでくぐもっていたが、それは、だがハッキリと、人間たちの言語で。 数秒前まで賑やかな宴席を楽しんでいた支配階級の者たちと、侵入者たちを追って絢爛豪華なその広間に駆け込んできた兵士たちの足元に、じわりと流れてくる、同族の血液。 奇襲とはいえ、大将の首を一瞬で切り落とした劣等種の、猛獣のようなギラついた目に。 そして天井に開けた穴から、粉雪とともに次々と降ってくる、同じような目をした甲羅の兵士たちの、えもいわれぬ気迫と殺意に。 人間側から、小さな悲鳴と、生唾を飲み込む音がした。 *** 数十年にもおよぶ、長い、種族間の戦い。 被虐と隷属と抑圧の歴史を変えるべく、かつて持っていたものを取り戻すべく、劣等種たちはずっと戦ってきた。 五年前の春。 大陸東部の小国の首都で大規模な暴動を起こし、国全体を奪還した。 三年前の晩夏。 大陸各地で同時多発的に、大小の武装蜂起。いくつかの都市を解放。 昨年の秋。 ついに、大陸の東側にある主要都市を、すべて奪還。 それぞれの戦いには、彼らを先導し、勝利を決した功労者の存在があった。 『春の先鋒』。 『夏の英傑』。 『秋の名将』。 それぞれ、そう呼ばれている。 そして、今回。粉雪のちらつく初冬、四度目の大戦。 大陸西側の権威者に奇襲をかけることで、ついに、条約の締結にこぎつけた。多くの権利と自由を公式に勝ちとった。 『冬の英雄』と。 少年リェースト=アルノは、以後、没年まで、同族たちからそう呼ばれることになる。 彼が率いた部隊の活躍と功績は、またたく間に、大陸全土の同族たちに広まった。 曰くーー 何万人の人間の兵士を殺し、 何万戸の民家を燃やし、 何十万頭の騎馬を殺し、 何十万匹の犬猫を殺し、 何百もの人間の村を焼き、 幾人もの人間の大将を仕留め、 何千万人の同族を救った、と。 そして、何より。 沈黙を貫いていた敵の最高議決機関をついに動かし、彼ら種族にとって最も大切なものを取り戻したという。 長らく『劣等種』とだけ呼ばれ続けた彼らは、その吉報を受け取るなり、どの村も総員をあげて歓喜し、夜通し踊り続けたという。 彼らが何としても取り戻したかった、最も大切なもの。 それは。 かつて奪われた、彼らの種族の名だった。 *** わっと歓声があがる。 「我々はもう劣等種などではない!」 「我々こそがーー人間だ!」 広場の中央。 生まれ故郷の村に戻るなり、兵士たちはそう叫んで、一斉に甲羅を脱ぎ捨てた。そこへ駆け寄る親族、友人、知人たち。帰還を待ちわびていた彼らが抱き合い、労い、酒や料理を手渡すと、たちまち焚き火を囲んで勝利の祝宴が始まる。 あっという間に酒が回って大騒ぎを始める村人たちの中、 「ああ、うるせーうるせー。俺はそんなことどーでもいーんだって」 伸ばされるいくつもの手を面倒くさそうに振り払う少年が一人。 「ただいま!」 宴席を離脱した少年は息を切らして自宅に駆け込んだ。 屋内から、にゃあ、とタイミングよく、気のない返事をする生物。 少年はその背をみとめるなり、ゆっくりと相好を崩し、 「よいしょ、」 脇に抱えていた甲羅と大剣をテーブルの真ん中に置いた。甲羅に積もっていた雪がじわりと溶けて、ダイニングテーブルの天板に流れる。 現存する世界最大の節足動物、トードデュールの甲羅だ。元は淡い黄色だったはずのその外殻は、幾度も浴びた返り血のせいで、すっかり濃い紫色に染まっている。 その横に、前肢2本と中肢2本、計4本の『腕』を操作していたコントローラーを置く。 続いて、首元と両足の防具を外し、頭部の鉄帽を外す。蒸れた金髪を乱雑に掻き回しながら部屋の奥に向かう。 彼の背後、開け放ったままの扉の外で、祝宴から姿を消した英雄を探す、複数の声がする。少年はそれらを無視し、ストーブの前のラグにいそいそと膝をつく。 パチパチと薪の爆ぜる前、丸まっていた暖かい毛玉を、そうっと抱き上げた。 「聞いてくれ、ついに取り戻したんだぞ。お前らのーー」 するん、と少年の腕をすり抜けて、つれない仕草で去っていく四足歩行の愛玩動物。揺れるしっぽを見つつ、アルノはやはり相好を崩したまま、ひどく満足そうに呟いた。 「ああ、やっぱりお前らには、『猫』って名前がしっくりくるよ」 |
里崎 2018年12月30日 23時28分31秒 公開 ■この作品の著作権は 里崎 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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