グリーン |
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塾から一歩出ると、信じられないくらい寒かった。マフラーを巻いてきて良かったと内心思いながら、私は自分で自分の体を抱きしめるようにして歩いた。 大きな声でお喋りしながら帰って行く子たちの姿が何組か見える。男子同士でふざけあている子たちもいれば、女子同士で真面目に入試の話をしている子たちもいる。 もちろん、幸せそうに寄り添っているカップルもいる。二人は、お喋りしながら一緒に帰るのだろうか、カフェで仲良くコーヒーを飲むのだろうか。 少し前までの私なら、うらやましくてしょうがなかった。私には一緒に帰る友達も、カフェに行ってくれる友達もいなかったから。 でも、今は違う。 私はもっと大人の集まる場所に行くのだ。皆がお酒を飲んで、楽しくはしゃいでいるところに。そう思うだけで、嬉しくて嬉しくて、一人で帰ることなんてなんとも思わなかった。 「こんばんは」 ドアを開けて店に入った。今日も私は一番乗りだ。 表の看板には、「ショットバー グリーン」と書かれている。ここはお酒を飲む場所だ。 「あら、みどりちゃんいらっしゃい。今日も寒いわね」 「こんばんは」 マスターに挨拶をしてコートを脱ぐ。 お酒は飲めないので、ウーロン茶。タバコの匂いがつくとまずいので、カウンターの一番端っこ、換気扇の下。ここが私の場所。今の私が世界で一番好きな場所。 私の家から通っている高校までは電車で数駅ある。途中で乗り換えの駅があるのだけど、その乗り換えの駅に塾と「ショットバー グリーン」がある。 うちの辺りにしては、けっこう大きな駅で、商店街もあるし、ショッピングモールもある。駅の北側に向かって大通り沿いに数分歩けば塾があり、駅から南側に五分ほど歩き、裏路地に入ればショットバーがある。 ちょうど大手スーパーやファストフード店が入ったビルが近くにあるので、高校生がウロウロしていてもまず人目につかない。ショットバーの辺りは飲み屋が何軒かあるが、コートを着ている今の時期は、制服姿でもそうめだたない。 私の母はとても厳しい人だ。もともと、しつけにも教育にも熱心で、私の友人関係にまで口を出してくるようなところがあった。 三つ上の兄が今年の春から大学生になり、他県で一人暮らしを始めてからは、母の厳しさに拍車がかかるようになった。今の私は息苦しくてしょうがない。 そんな息苦しさから逃れたくて、でもどうすることもできなくて、鬱々としていたそんな時にこの店に出会った。 先月のことだ。 まっすぐ家に帰るのも嫌で、塾が終わったあと、近くをぶらぶらとしていた。ふと、路地裏に目が行ったのは、今思えばなにかの縁だったのか。なんとなく、という感覚で私は路地裏に入ってみた。何軒か居酒屋や飲み屋が並ぶ中、その店はあった。 「グリーン……?」 小さく声に出したつもりだったけど、突然後ろから声をかけられた。 「あれ、お姉さん、うちの店に興味あるの? うちのカクテル、なかなかよ。バーテンもカッコいいしね。良かったら入らない?」 振り向くとコンビニの袋を手にさげた大人の女の人がいた。茶色い髪ときちんとお化粧した顔。艶のある唇も、綺麗に塗った爪も輝いて見えた。私にないものばかりを持っている女性だった。うらやましかった。 「あら、もしかしてコートの下、制服? 高校生なの? 若いわねー」 「はあ……」 「私、ここの店の者なの。今、ちょっと買い物に出てたの」 女性はニコニコしながら言った。 「ねぇ、少しだけ中に入らない?」 「あの、私……」 「大丈夫よ、うちはお酒を飲むってだけの店で、そんな怪しい店じゃないから。ほら、おいで、おいで」 私は言われるままに店に入った。好奇心がわいてきたのだ。 お店はこじんまりとしていて、カウンターの席が大半を閉めていた。隅のほうにテーブル席も二つほどあるが、私はお酒を飲むお店に来たのは初めてで、キョロキョロするばかりだった。 「ショットバーが珍しい? 私はね、ここの店長。マスターって呼んでね」 「そうなんですね」 お店で働いている女の人かと思ったら、店長さんだった。 「あ、この子、弟なの。大学生だけど、全然学校に行ってないのよ」 マスターは、ニコニコしながら話を続ける。カウンターにはマスターと少し面立ちが似ている男の人がいた。マスターにも似ているけど、小学校のときに大好きだった歌手に似ていると思った。 「翔ちゃん、新しいお客さんよ。はいっ、拍手の準備。女子高生――!」 「……こんばんは」 どうリアクションしていいのか分からず、ペコリと頭を下げると、男の人はにこりと笑った。 「へぇ、女子高生なんだ。お酒飲める?」 「いえ、飲んだことありません……」 ドキドキしながら答えた。 「じゃあ、ウーロン茶にしとこうか。翔ちゃん、準備して」 男性はグラスを出して、氷を入れウーロン茶を注いだ。 「俺、翔太。えっと、なにちゃん? 下の名前」 「あ、みどりです」 お酒を飲む場所。そこで働く大学生。とても大人な世界だ。 「え? みどりちゃんっていうの? うちの店の名前と同じだね」 翔太さんは笑顔で返してくれた。そう、みどりって英語だとグリーン。私の名前と同じ。だから、お店の看板を見たとき足がとまったのだ。 それから、翔太さんとマスターと少しお話して、ウーロン茶のお金を払って帰ろうとした。 その時、若い男女四人組が騒ぎながら入ってきた。どうやら酔っているらしい。楽しそうに笑いあっている。タバコの匂いとお酒の匂いと香水の匂いが入り混じった。これがいつものグリーンの雰囲気なのだろうか。 彼らは、コートを手に持って制服の上に着ようとしている私を見て、一瞬黙った。 「えー、女子高生?」 「制服! 若ーい!」 大声が店中に響き、彼らは若い若いと言いながら、やはり楽しそうに笑っている。 「みどりちゃんは真面目な子だから、いじめないでね」 マスターは少し笑いながらやんわりといさめる。 「若いよねー、うらやましい」 「わぁ、髪の毛、黒――い」 「本物の女子高生かぁ」 口々に言われた。酔っているせいか、なにを話しても面白くてしょうがないのだろう。 楽しそうにしている人たちを見ていて、私も嫌な気はしなかった。 「あの、私帰ります。また来ます。お邪魔しました」 ペコリとお辞儀をした。 「やだー、かわいいー」 「みどりちゃーん、バイバーイ」 四人組の男女は上機嫌で手を振ってくれた。 翔太さんは店の前まで送ってくれた。 「寒いし、暗くなってるから気をつけてね」 そう言って、見送ってくれた。 それだけなんだけど、ものすごくドキドキした。頬が熱くなった。今まで会ったことない人たちにたくさん会って、うんと大人になったような気がした。 そんな大人な気分は十日も立たないうちにかき消されてしまった。 ある朝起きてきたら、母にどの大学を受けるか決めて、それに向かって、科目の勉強を強化していかないとと延々と話をされたのだ。 どうも、父が私の塾通いをかわいそうに思ったらしく、「まだ高校一年生なのに」と母に注意したようだ。それで、母は余計に意地になってしまったのだろう。 この前、高校に入学したばかりだというのに、「受験の準備は早いうちから」と母に予備校の塾コース通いをさせられている。私の通っている高校では、一年生からそこまで熱心な塾通いをしている生徒はほとんどいない。 母の願いは、私が公立大学の工学部に受かることらしい。 「私の時代はね、自由に進路なんて選ばせてもらえなかったのよ」 母の口癖だ。 母は大学で理系の勉強をしたかったらしいのだが、母の父――私にとっては祖父――が許さず、泣く泣く短大に進学したらしい。短大を卒業したあとは、企業に就職して会社員として働き、周囲からもそこそこ認められていたらしいのだが、このまま仕事を続けていきたいという母の希望は祖父によってやはりかなわず、お見合いで父と結婚したらしい。よほど不満がくすぶっているのか、「損するのは女ばかりよ」となにかにつけてつぶやいている。 「みどりちゃんは化学が得意だから、工学部に行くといいわ」 母はことあるごとに私に言ってくる。 家から通える公立大学の工学部で化学を専攻して欲しいのだろう。 母の考えでは、私の成績では国立の大学は無理だろうし、母の望む有名私大は家から通えるところにない。それなら実家から通える公立大学に進学すればいいということだ。 でも、私は本当は、英語の勉強がしたい。学生のうちに留学を経験したいとも思っている。できたら将来は通訳などの語学を活かした職業につきたい。それが無理だったら、中学校か高校の先生になって学校で英語を教えたいと思っている。 一度その話を母にしたが、まったくとりあってもらえなかった。 「学校の先生だったら、工学部を出てもなれるでしょう?」 けげんな顔でそう言われ、私はそれ以上言葉が続かず黙ってしまった。 私は英語の勉強がしたいのに。 「……ちゃん? みどりちゃん?」 「あ、ごめんなさい」 翔太さんがなにか話してくれていたみたいなのだが、ぼんやりとして聞いていなかった。 「どうしたの? なにか悩みでもあるの? 聞いてあげようか」 翔太さんは優しい。嬉しくなって、口を開きかけた私よりも先に、女性の声が割り込んだ。 「ねえ、翔ちゃん。会社説明会、いつ行くの?」 振りむくと斜めうしろに女性が立っていた。 「さあ、いつにしようかな……」 翔太さんは、おどけたような口調で言ったが、あまり話す気はないようだった。 「今、みどりちゃんと喋ってるから。あとでゆっくり喋ろうよ。ほら、こないだの話も聞きたいし」 そう言ったあと、私に目配せした。 女性客は明らかに不機嫌そうになった。 「また、翔ちゃんは口ばっかり」 そういうと唇をとがらせた。 テーブル席に座っていたマスターが、女性に向かって手招きした。 「ねえ、こっちこない? ちょっと聞いて欲しい話があるのよー」 「やだ、マスター、久しぶりですー。でも、今日バイトがあるんですよー」 女性客は、翔太さんへの不満そうな態度は嘘のように、マスターに笑顔で答えた。 そして、私のほうに射るような視線をむけた。 「ふうん、マメだよねえ?」 毒を含んだ声だった。知らない女の人に言われて、私は下をむいた。うちの兄と同じぐらいの人なのだろうけど、うんと大人に見えて怖かった。 「貴重な女子高生なんだから、少しは若い子と喋らせてよ」 「またくるわ」 翔太さんの言葉に、不機嫌そうな表情を見せて、女の人は出ていった。 私は怖くてドキドキしたまま下をむいていた。 「気にしないほうがいいよ。最近、就職活動の関係でピリピリしてるみたいだから」 大学三年生から就職についての準備があって、就職課の説明会に参加したり、インターンシップを体験するなど、いろいろと忙しくなると教えてくれた。さっきの女性は大学三年生で、ずっと機嫌が悪いらしいのだ。 そうなのか。私は安心した。たまたま虫の居所が悪くて、それで私にあんな言いかたをしただけなのだ。 グリーンのお客さんたちは、マスターと翔太さんと一緒に、夏にみんなで海水浴とバーベキューに行ったらしい。今はまだ冬だから、夏なんてまだまだ先の話。スノボ旅行に行くという話はあるけど、私は高校生なので、大人の人たちとの旅行は、家の人が心配するから、今回は無理。 お店のお客さんたちと、マスターと翔太さんは、よくみんなで写真を撮ってインスタに載せたり、ラインでメッセージをを送りあっている。休みの日にはよく何人かで遊びに行っているようだ。 私は高校生なので、勉強が忙しいから参加していない。 「ただいま」 「おかえりなさい。寒かったんじゃない?」 母の言葉に曖昧に返事をして、洗面所にむかった。 グリーンに行っていることを、母には予備校の自習ルームで勉強していると言っている。お小遣いもそんなにないので、一週間に一回行けるかどうかだけど、そのために、他の日は自習ルームで勉強して、なんとか成績を下げないようにしているつもりだ。 「みどりちゃん、最近はどうなの?」 夕食の配膳をしながら、母が聞いてくる。 「どうって……?」 「来年から塾のクラスも分かれるじゃない。国公立理系クラスに入れそう?」 私の通っている塾では、一年生のうちは、基礎コースという形で勉強していく。そして自分の進路について考えをまとめて、二年生からは、「国公立理系クラス」「国公立文系クラス」「私大理系クラス」「私大文系クラス」の四つに分かれる。 「ねえ、お母さん、私……」 「お兄ちゃんは、第一志望の国立大学はあと一歩でおしかったじゃない。なんとか第二志望の国立大学に入ってくれてお母さん本当にホッとしてるわ。あそこも充分良いところだものね。お兄ちゃんが高校でもバスケ部に入りたいって言ったとき、とめるべきだったわよね。中学の部活動で充分基礎体力はついたんだから。その点、みどりちゃんはクラブ活動もしていないし、一年生から真面目に勉強してるしね。次はみどりちゃんの番ね」 「……ねえ、今日、お父さんは?」 お母さんとこれ以上、進路の話をしたくなくて、私は話題を変えた。 「残業らしいわよ。メッセージがきてたわ」 さっきとは打って変わって、興味のなさそうな口調で、お母さんは台所に戻っていった。 お母さん、私、好きな人がいるの。お母さん、私、公立の大学で化学の勉強をしたいわけじゃないの。お母さん、私、私……。 学校の友達にメッセージを送ってみようかと思ったけど、やめた。学校では私を含めて四人でグループになっている。友達たちは、みんないい子で話しやすいけど、学校だけの友達という感じのつきあいなのだ。一応ラインでグループは作っているが、あいさつと世間話程度だ。どの子もあまり自分のことを話さないし、気になる男子の話もほとんどしたことがない。もちろん私もだ。 みんな電車通学なので、学校の最寄の駅までは四人で帰る。私だけ帰る方向が逆なので、私は一人、他の子たちは三人で一緒に帰っていく。三人は小学校からのつきあいなので、とても仲が良い。休みの日にも会っているようだ。 私は家が遠いので、休みの日に遊びに行ったことはない。また、家が厳しいので、むこうも遠慮してしまうと言っていた。家が遠いなら、親が厳しいなら、しょうがないんだろうなとは思う。 そんな空気の中、お母さんに進路のことを言われて悩んでいる、とか、ショットバーに気になる男の人がいる、とか急にメッセージを送られてもむこうも困るだろう。 それはある日突然に終わりを告げた。 年末年始と塾の通常の授業が休みになり、代わりに冬期講習が始まった。 冬期講習は昼間に終わってしまうので、夜に開店するグリーンに行けなくなってしまった。グリーンの開く時間まで塾の自習ルームで勉強して時間を潰すことも考えたが、この時期は追い込みの受験生でいっぱいで、並ばないと自習ルームが使えなかった。一度、並んで自習ルームに入ってみたが、待っている間はみな廊下に座って勉強するという暗黙のルールになっていた。私も習って、二時間近く床に座って勉強をした。やっと自習ルームに入れた頃には、かなり疲れてしまったし、廊下で冷えてしまったのか、その夜は風邪をひいてしまった。それ以降、両親からは家で勉強するようにと言われた。 家で勉強していても、グリーンのことを、いや翔太さんのことをよく思いだしていた。 翔太さんは、今日もグリーンで働いているんだろうか。 翔太さんは、他の女性客と親しかったりするんだろうか。翔太さんは、私のことをどう思ってるんだろう。 今の私は高校生だから、翔太さんと親しくなれない。でも、いつか大人になったら。大学生になったら、翔太さんも、親しくしてくれるかな。お店で会うだけじゃなくて、メールをしたり、休みの日に遊びに行ったり。 高校生になってから、夏に海もプールも行かなかった。勉強が忙しかったし、友達とも家が遠かったから。冬にスノボは、今まで一度も行ったことがない。スノボだと泊りがけになるから、友達もきっと許してもらえないだろうし、さらに私は勉強が遅れるからダメだって言われるだろう。 でも、グリーンの人たちは、みんなで出かけてる。車に乗って、バーベキューに行ったり、旅行に行ったり、ドライブに行ったり。私も早く大人になって参加したい。翔太さんと一緒に遊びに行ったら、きっと楽しい。いつも制服なので、私服で会うのもすごくドキドキする。 でも、その前にまずは冬休みが終わらないと。冬期講習が終了して、いつもの日常に戻らないと、グリーンに顔をだせない。早く冬休みが終わりますように、と願いながら、私はあまり乗り気じゃなく机にむかっていた。 久しぶりにグリーンに来たのは三週間ぶりぐらいだった。 嬉しくてしらずしらずのうちに急ぎ足になる。 「……え?」 私の足はピタリととまった。 そこにグリーンはなかった。「ショットバー グリーン」の看板は外されており、まだ外したあとがくっきりと残っていた。店のシャッターも降りたままで、店内の電気もまったくついていなかった。 私は店の前まで、小走りで駆けよった。意味が分からなかったし、目の前の光景を信じたくなかった。 店のシャッターには、「都合により十二月をもって閉店します。長らくのご愛顧ありがとうございました」と書かれた紙が貼ってあった。紙を数度見たが、文章以外には連絡先もなにも書いていなかった。 貼り紙を見ていると、悲しくなってきて、涙がでてきた。どうして、なくなっちゃったの。大好きな、大好きな、私の宝物みたいな場所だったのに。 むかいの立ち飲み屋から、店主の奥さんと思われる女性が日本酒の空き瓶を持って出てきた。 「あの……」 私は思い切って話しかけてみた。年齢は母よりも少し上ぐらいに見えた。 「なに、あんた?」 酔っているのか、面倒臭そうな喋りかただ。 「ここにあった『ショットバー グリーン』ですけど、なんでなくなったんですか?」 「さあねえ」 あまり興味がないような言いかたで、女性は続けた。 「ここらの店はみんなこんな感じだよ。いつの間にか店開けて、しばらくしたら店閉めて。またしばらくしたら、別の店が開くの。ここの店も多分、売上が悪かったんじゃないの?」 「そうですか……」 売り上げが悪い。 そんな話、聞いたことなかった。翔太さんからも、マスターからも。 女性は私のことをじっと見た。 「あんた、ひょっとして高校生?」 訝しげに聞いてきた。 「それ、制服だろ。高校生はこんなとこウロついてないで、さっさと家に帰んな」 一見がらっぱちな口調だが、心配して言っている雰囲気が漂っている。 「あっ、はい……」 ありがとうございました、と丁寧に頭を下げて、私は路地裏から抜け出た。 「翔太さん、どうしてるんだろう……」 歩きながらも、そのことばかり考えてしまう。マスターも翔太さんも、お店がなくなって、今どこにいるんだろう。来ていたお客さんたちもみんなどうしているんだろう。 駅の辺りまで戻ってきて、携帯をカバンから出して、触りかけたが、私の手は止まった。私はマスターも、翔太さんも、誰の連絡先も知らない。もちろんむこうも。 「まだ高校生だから」「お父さんやお母さんに怒られるよ」「勉強が忙しいみたいだし」「家が厳しいものね」 いろんな言葉で、マスターも翔太さんも、私と連絡先を交換しなかった。私もその度に、家が厳しいから。まだ高校生だから。だから、しょうがないと納得していた。 でも、本当はどこかで分かってた。 連絡先を交換しなかったのは、家が厳しくて、未成年で高校生だからじゃない。 例え私が一人暮らしで二十代の会社員だったとしても、今度は別の理由を言われて、やっぱり連絡先を交換してくれなかっただろう。 マスターにも、翔太さんにも、距離を置かれてるって認めたくなかっただけ。だから、考えないようにしていた。 ショットバーにきてた女の人に嫌味を言われたのも、どこかで分かってた。あの人は、就職活動でイライラしてたから嫌味を言ったんじゃない。私が翔太さんとばかり話しているのを見て、怒ったんだ。あの人も翔太さんのことが好きだから。 どこかで分かっていたのに、怖くて本当のことを見ようとしていなかった。私は自分に嘘をついて、平気だって思おうとしていたんだ。 お母さんに対しても同じ。お母さんとちゃんとむかいあって話してなかった。ただ黙って我慢していた。 学校の友達に対しても同じ。いい子たちなのに、私が心を開こうとしていなかった。もっと、いろんな話をして、ちゃんと仲良くならなきゃ。高校に入ってせっかくできた友達なんだから。 私は決心した。 家に帰ったら、お母さんと話をしてみよう。化学の勉強はしたくない。英語の勉強がしたいんだって。受験する大学は自分で決めたいって。 一回言っただけじゃ聞いてもらえないかもしれないけど、聞いてもらえるまで何度でも話そう。 お父さんが私の塾通いをかわいそうだって思っているみたいだから、お父さんの考えを聞いてみよう。なにか力になってくれるかもしれない。 進路のことも、こないだまで受験生だったお兄ちゃんに相談してみよう。お兄ちゃんなりの意見が聞けたら、それを参考にしよう。 だって、せっかくの家族なんだから。 それから、友達にも連絡をとろう。急に今までのこと、全部話すのは無理だけど、少しずつ話してみよう。塾通いのこと、グリーンのこと、いろいろと話して、むこうの考えも聞きたい。そうして、少しずつでいいから、いい関係を築いていこう。今は友達でも、少しずつ、親友になれるように。 そう決めて、私は駅にむかって歩き始めた。 もう涙はでなかった。 |
薄荷 TfvXOHrnn2 2018年12月30日 23時22分24秒 公開 ■この作品の著作権は 薄荷 TfvXOHrnn2 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2019年01月16日 23時31分25秒 | |||
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Re: | 2019年01月14日 22時33分53秒 | |||
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Re: | 2019年01月14日 22時32分37秒 | |||
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