蕾が開くとき |
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「春を待つ蕾のように」 「なにそれ」 化学の小テストがあることをうっかり忘れていたきみが、お昼休みに幼なじみの朝倉翔平からノートを借りて臨戦態勢を取ろうとしていたときのことだ。 翔平のポケットから見覚えのないストラップが垂れ下がっていることに気が付いた。 気だるげな表情で「働いたら負け」と呟いているパンダのストラップだ。 「ああ、これ。……スマホにつけてるやつ。……なんで僕の顔をじっと見てるの」 翔平が、左手を持ち上げて顎から頬の辺りを触り、口を覆ってから、肩をすくめた。 翔平の表情は変わっていない。涼しい目元を緩ませていつものように微笑みを浮かべているだけだ。口調も変わらない。 相変わらずうさんくさい笑顔だな、ときみは思うが、ミステリアスな笑顔がかえって女子心をくすぐるのだと友人が言っていたことを思い出した。 しかしきみが惑わされることはない。翔平の異変を見逃さなかった。 「嘘だ……。そんなストラップなんてさげるタイプじゃないだろ。翔平、何を隠してる。白状しろ」 あん?と胸元をつかんできみは不良よろしく尋問にかかる。 「……べ、別に、嘘なんてついてないし」 「宇宙にも匂いがあるって知ってた? 焼けたステーキと金属の匂いがするんだって」 いきなり話題を変えてきたきみに、顎を触っていた翔平は眉をひそめて頬を掻いた。 「……そもそも宇宙の匂いを嗅ぐってどうやるのさ」 「船外活動をして宇宙ステーションに戻ったときに、宇宙服や機材にそんな匂いが染み付いているという宇宙飛行士の証言があるんだってさ。知らなかったでしょ」 「それって宇宙の匂いなの? ただ単に太陽光に当たった宇宙服の匂いなんじゃあ……」 「ふふん、翔平の阿呆。翔平みたいにテストの点数は高くはないけれども、私はいつでもどこでも24時間営業体制で知識を蓄えようとしているのだ。昨日の夜中に何気なく見たかきの種の包装に書かれてあった豆知識を読んでしまうくらい、いつでもどこでも」 「……夜中にお菓子か、太るよ」 「べ、別に食べたとは一言も言ってないのに。で、なにそれ」 「な、なんでもないからって、なに、だからなんでそんなにじっと見るの、僕の顔になんかついてる?」 戸惑いながらきみから離れ、自分の表情を確かめるように翔平は左手を顎にそえた。嘘が確定した瞬間だった。そろそろ観念した方がいいだろう。翔平もきみに嘘を見抜かれているのはわかっている。こういう翔平とのやり取りはもはやきみとの会話パターンの一つになっているのだが、いつも勝つのはきみのほうだ。 「ばればれだよ。私に翔平の嘘が通用したことって今まであったか考えてみて」 「……っく。なんでなんだろ。別にそこまでして隠すことでもないからいいんだけどさ。わかったよ、正直に言うよ。彼女ができた。以上」 「彼女ができた? あんたに? 嘘でしょ?」 あっさりと打ち明けた翔平の言葉に、きみは戸惑った。 どうやら相手は一学年上の先輩らしい。演劇部に所属していて、声優を目指しているらしい。花岡杏奈という名前だ。翔平のくせに生意気だな、という気持ちと、素直に祝福したい気持ちがふつふつと浮き上がるが、心の底にある重たい「なにか」が、こびりついているような感じだった。やはりきみは自分の気持ちがわからず、それを振り払うように質問を立て続けにぶつけていたのだが。 ……そんなことをやっていたら、チャイムが鳴った。昼休みが終わったのだ。きみはあえなく化学の小テストで平均点を下回る結果をはじき出してしまうことになる。 テストが終わった後の休み時間を使って、翔平と付き合うなんてどんなもの好きな女だろうと二年生の教室まで花岡杏奈の顔を見にいった。 別に顔は綺麗ではなかった。むしろきみのほうが数倍綺麗だと周囲の人からは言われるだろう。なぜ翔平はあんな子を恋人にしたのだろうか。わからなかった。 放課後、帰り道に二人で登下校をしている翔平たちの姿を見て、自分が敗北者であるときみは感じた。 「私もあんなふうに人を好きになれるだろうか」 強い嫉妬がわきあがった。 校外学習の一環として、河原のゴミ拾いをすることになった。冬風が吹きつける中、参加した人たちが二人一組に散らばって、身を震わせながらゴミを拾う。どんな罰ゲームだ、と思いながら参加したきみの二人一組の相手は、なんと花岡杏奈だった。 「翔平くんの幼友達なんだよね。どんな人と組むのか心配だったから、よかった。話してみたいと思っていたんだ。よろしくね」 話をしているうちに、翔平の話題できみと花岡杏奈は意気投合した。 「あいつはねえ、嘘をつくとき、左手で顎をさわる癖があるんだよ」 翔平の悪口を言っていくきみを見て杏奈は羨ましそうな顔を浮かべた。 「いいなあ、翔平くんの色んなことを知ってて、ほんと言うとね、不安なんだ。なんで私なのかな、って。翔平くんが告白したとき、私信じられなくて。なんで私なんだろうってそんなことばかり、考えちゃう。真央ちゃんの方がかわいいし、性格もいいし」 杏奈は不安そうだ。 「心配しなくてもいいよ。翔平は、本当に好きだから杏奈ちゃんに告白したんだ。翔平はそういうところはまっすぐだよ。中途半端なことはしない男さ。私が保証する」 照れている杏奈を見ていたらまたもや嫉妬心がわいてくる。 「なんかいいなあ。私も翔平みたいに好きだって言える人ができたらなあ。翔平や杏奈ちゃんがうらやましいよ。私そこまで一人の人を愛せたことないから」 くすくすと杏奈は笑う。 「真央ちゃんって、可愛いなあ。私、翔平くんを通して真央ちゃんのこんな一面を見れるとはおもってなかった。とられちゃったらどうしようかって思ってた。ねえ、明日は一緒にどっか遊びにいかない?」 杏奈と仲良くなっていくにつれ、真央は新たな友達ができたことに気付いた。新たな出会い、というのはこういう繋がりによってできていくんだな、ときみは実感した。 朝起きると、杏奈からメールが来ていた。駅前に出来たあたらしいスイーツ店にいこうよ、というメールだった。 きみは窓を開け放ち、背伸びをした。窓から冬の透き通った風が入ってくる。私が好きになる人はどんな人なのかな。 期待にきみの胸はふくらんだ。 「ラジオ」 声優を目指す彼女とフリーマーケットをぶらぶらしていたら、ある店先で古いラジオを見つけた。 彼女はそれをなぜか愛おしく撫でたので、『買いたいの?』と聞くと、首を振った。 後日、僕はそれをこっそり買った。 遊びに来たときに、彼女に見せたら喜ぶだろうな。 そんなことを思って買ったわけだけど、ラジオを流したら、女の子の声が聞こえてきた。 ずっと一人でべらべらしゃべっていて、暗いことばかりで、面白くない番組だなと思い、チャンネルを変えてみたが、どの周波数でも女の子の声が聞こえた。 気味が悪いなと思っていると、不意に気付く。どこかで聞いたことがある声だ。そう、これは彼女の声だ。 それに気づいて、よく聞いてみると、彼女のこころの声が聞こえてきた。かつて父親に誓った夢をかなえたい。声優になるためにはなにが必要なんだろう。才能あるかな。お金が足りない。もっと努力しなければ。努力してもやっぱりだめかもしれない。声優になるため、もっともっと頑張ろう。 彼女のこころの声が聞こえてきた。 僕はそんな彼女の声を聞いて、彼女の夢を応援することにした。 寄り添っていたら、彼女がデビューすることになった。 でもそれは僕と言う存在が邪魔になることを意味した。余計なイメージをつけるわけにはいかない。付き合ったままであれば、彼女はきっと僕を切り捨てることはできない。僕を大切に思っていることは痛いほど伝わってきたから。 だから、僕は彼女に告げたんだ。『別れよう』と。 「あなたの嘘はすぐにばれるんだよ」と彼女は泣いて去った。 それからラジオを流しても、彼女のこころの声は聞こえなくなってしまった。 一年が経過したとき、不意に、ラジオから聞こえた。 「助けて」 こころの声。 なにがあったのかと、僕はあわてて、彼女がDJを務める番組の公開収録まで会いに行った。 だけど、傍目からは彼女はとても悩んでいるとは思えないくらいはつらつとしていた。気のせいだったのだろうか。 でも、確かにラジオから聞こえる。彼女の悲鳴が。 僕は彼女に会いたいと思った。 だけど、それはかなわないだろう。 彼女は有名人になっていた。ファンがたくさんいて、僕はそのファンの中の一人でしかない。この人込みで僕の事など気付くはずがない。 それでも。 彼女の名前を呼ぶ。 力の限り叫ぶ。 彼女に届くように。 彼女の力になれるように。 彼女の助けての理由を、知るために。 不意にラジオから流れた驚きの声。 戸惑い。 僕は叫ぶ。 会いにきたんだと。 ラジオから、彼女のこころの声が聞こえる。 彼女の、こころの声が、聞こえる。 |
雨音金木犀 O4h6qnpojs 2018年12月30日 22時33分14秒 公開 ■この作品の著作権は 雨音金木犀 O4h6qnpojs さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2020年05月07日 08時26分41秒 | |||
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Re: | 2020年05月07日 08時12分34秒 | |||
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Re: | 2020年05月07日 08時01分25秒 | |||
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Re: | 2020年05月07日 07時42分22秒 | |||
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Re: | 2020年05月07日 07時35分25秒 | |||
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Re: | 2019年02月05日 22時35分08秒 | |||
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Re: | 2019年01月23日 04時32分42秒 | |||
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Re: | 2019年01月16日 04時23分32秒 | |||
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