立ちション大魔王 |
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突然の尿意に襲われた。 家を出る前に、ちゃんと済ませてきたのに。 この異様なまでの寒さのせいなのか、それとも極度の緊張によるものなのか。 理由はともかく。 僕は今、とんでもない尿意に襲われていた。 ――駅まで我慢するか? 否。 ここから駅まではチャリの巡航速度で約十分。急いで漕いだとしても、六分の壁は破れまい。これでは駅に着く前に僕の膀胱が破れかねない。 何より、今はどんなに小さな不安要素も排除しておきたい。 今日は僕の人生の転換期になるかも知れない、とても重要な日。 そう。僕は今日、生まれて初めて女の子とデートをするのだ。 以前からずっと想いを抱いていた子に冬休みの前日決死の覚悟で告白をして、見事OKを貰って、そして今日が初のデート。この事案がもたらす凄まじいまでの緊張感も、寒さと共に僕の膀胱を容赦無く責めたてているのだろう。 しかし、だからと言って駅に着いた時に彼女が先に待っていて、 「遅くなってごめん。待った?」 「ううん、私も今来たところ」 などという全僕の憧れるシチュエーションにもしもなった時に、それをぶっちぎって 「ごめんトイレ!」 となっては恰好が付かない。最悪その場で振られかねない。 なので―― 「よし。その辺で済ますか」 僕は即座にチャリを止め、安全安心に立ちションを行えるスポットを探す事とした。 幸か不幸か我が町は田舎である。それもドの付く程の田舎である。ド田舎である。 なので、実を言えば立ちションをする場所には全く困らない。ロクに車も通らない県道の路肩にチャリを止めると鍵すら掛けず、手近な空き地に向かう。 そこはススキやらセイタカアワダチソウやらがもっさりと生えているばかりの、広大な荒れ地。こんなのが駅から車で五分以内にある時点で、ここがどれだけ田舎かお察しというものだ。 生い茂るススキにうっすらと刻まれた、獣道じみた隙間に身体を潜り込ませる。入ってものの数秒で、僕は完全に覆われた。おそらくはもう県道から僕の姿を視認する事はできまい。 そのまましばらく進むと、急に目の前が開けてちょっとした広場になっていた。うむ、絶好のスポットじゃないか。 早速ジッパーを下ろし、ひっぱり出す。 普段は日本人として平均的なサイズを保っている筈の僕の分身は、冬の寒さに打ちのめされてまるで幼子のそれの様に小さく、儚い。 このままだと出したのがズボンにひっ掛かってしまう恐れがあるので、ここ数日ずっと脳内でシミュレートしてきた『もしも彼女とのデートが完璧な程に上手く行った場合』を再び脳内に描く。 ――電車で県庁所在地まで出た僕達は以前から彼女が観たがっていた映画を観てそのあと手近なファーストフードの店で感想を語り合ったりこの辺には無い高級ブティックで実際には買えない金額の服とかを見て回ったり訳のわかんないもんばっかり売っているくせに本屋だって言い張っているあの店で面白いグッズ見つけて笑い合ったりゲーセンのクレーンゲームで乱獲したりしているうちに彼女が「ねえ……私、少し疲れちゃったな」なんて甘えた声で僕の袖をちょんと摘まんで気付いたらそこはもう夕暮れ迫るホテル街で―― よし、少し元気になった。 しかしこのまま完全におっきされるとそれはそれで排尿行為にも支障をきたすので、妄想はここで終了。ぶるりと身体を震わす本格的な尿意に掻き立てられるがままに手を添えていざ放水開始と思った矢先、ふと足元に佇む異物を目が捉えた。 それは、この寒々しい枯葉色の世界には似つかわしく無い程にショッキングなピンク色をした、不思議な形の壺だった。 誰かが意図的に置いたかの如く地面にちょこんと鎮座している変な壺は、まるで誘う様にその開口部を僕に見せつけている。 あたかも、ここに注げと言わんばかりに。 的があると、狙いたくなる。 これは代々農家の家系である僕ですら逃れる事のできない、獲物を狩る雄としての本能だ。古事記にも書いてある。 という訳で、本能の赴くままに僕は壺の口に狙いを定め、放水を開始した。 しょわぁぁぁっと軽やかな水音と共に膀胱の圧迫が緩み、安心感と解放感をまとわせた穏やかな快感が尿道を駆け巡る。三十六度五分の熱を持った僕のアップルサイダーめいたゴールデンウォーターはじょぼじょぼと小気味良い音を立てながら壺に注がれ、乾いた寒い空き地に盛大な湯気を立たせた。 濛々と。 それはもう、濛々と。 もうもうと……って、これ明らかにおかしいだろ! 「何なん? これ何なん!?」 あまりにも不自然な湯気の量に驚き、出る尿も引っ込んだその時―― 「呼ばれて飛び出てじょじょじょじょ~~~~ん!」 ぼわーんと安っぽい効果音と共に、そいつは現れた。 びしょ濡れで現れたそいつは、上半身裸でターバンみたいなのを頭に被り、工事現場のおじさんみたいなゆったりしたズボンを履いた小太りのおっさん。もちろん靴の爪先はニセウルトラマンみたいに反り上がっている。 「………………あんた誰?」 「吾輩は立ちション大魔王」 「……立ちション大魔王?」 「左様。立ちション大魔王でございます」 そうか立ちション大魔王か……うん、僕頭おかしくなっちゃったのかな。 「この壺に封じられてより数百年。あなた様の立ちションにて、ついに封印を解かれる事が叶いました。このうえはあなた様をご主人様と仰ぎ、お仕えさせて頂きたく思います」 「そうなんだ。良かったね。じゃあ僕急いでいるから。サヨナラ」 取りあえず踵を返し、現実に向けて歩き出す。そうだこれは夢なんだ。あまりの緊張にテンパった僕が見ている白昼夢なんだ。 そう自分に言い聞かせてこの場を去ろうとしたのだけれど。 「あっ!? ちょ、お待ちくださいご主人様!」 自称大魔王のそいつは妙に素早い動きで僕の前に回り込み、立ち塞がる。ちょっと雫が跳ねた。 「うわっ! 汚ねっ! 寄るな変態!」 「変態ではありません大魔王です。ご主人様、お解りか。吾輩は大魔王ですぞ? ご主人様がお望みになれば、吾輩の力でこの世を手にする事すら可能な程の、そりゃもう凄い大魔王なのですぞ?」 「僕が手にしたいのは平穏な日常だよ!」 「なんと無欲な……しかしご主人様の尿からはなんというか、そこはかとない欲望のエッセンスを感じたのですが?」 「僕のしっこからそんな事もわかるのかよ!」 「それはもう、吾輩は立ちション大魔王でございますゆえ。ああ、ちなみにご主人様のからは基準を上回る唐分も出ておりませんし尿酸値も規定値内。そして淋病やクラミジアにも感染しておりませんのでご安心くだされ」 「意外と有能だなおい!?」 ちょっとだけ「便利かも」って思った自分に自己嫌悪。 「それよりもご主人様。あなた様の尿から感じたあのうすらピンクぃフェロモンから察するに、これから女を求めにいくのですな?」 ニヤリと頬を緩ませながら、無駄にイイ声で囁く変態大魔王。ていうかその言い方やめてくれ。 「いやいや結構。英雄色を好むと古来より言われておりますれば。しかしご主人様、そんな事ならこの吾輩に一言申し付けて下されば、昨今流行りの異世界奴隷ハーレムなどとやらもチョチョイのチョイでご用意致しますぞ」 「だからそういうのはいいから。それより僕は急いでるの。これ以上邪魔しないで。あとそれ以上近寄らないでばっちいから」 腕時計に視線を落とす。 軽く立ちションするだけだったのに、この変態のお蔭で気が付けば結構な時間を取られている。こんな奴のせいで大事な初デートに遅刻して悪い印象なんか持たれたくないし、ましてや邪魔などされたくない。それ以前に大魔王だか何だか知らないけど、こんなションベンまみれの変態とは一秒でも早く離れたい。 「ほう。つまりご主人様はお急ぎなのですな? ではこの魔法の絨毯でお送り致しましょう。どこにでも瞬時に一っ跳びですぞ」 懐から何やらごそごそと派手な絨毯を引っ張り出す変態。もちろんそれも僕のしっこでびしょびしょに濡れている。 「乗れるかそんなもん! いいからどっか行ってくれよ! ああ、そうだこれが命令だ。頼むから今すぐどっか行ってくれ。僕に構わないでくれ」 「何ですと? 吾輩の力は要らぬとおっしゃるか。しかし吾輩も大魔王の端くれ。受けた恩義を返さぬとあらば沽券に係わります。こうなっては是非も無し、力づくでもお役に立たせて頂きますぞ」 「お前自分の言ってる事に疑問感じないのかよ。ああもうこれ以上邪魔しないで。僕これからデートなの。彼女居ない歴十七年目にしてようやく訪れた人生の一大事なの。これ以上変態と遊んでらんないの」 「デートですと? その様に面倒な事をせずとも、吾輩に一言命じて下さればションベンくさい小娘のひとりやふたり、便利な魔法で簡単にご主人様の虜にして差し上げますぞ?」 「ションベン臭いのはお前だよ! それに僕はそういうの認めないから! 初めてのデートを皮切りに、ゆっくりとひとつずつ恋愛イベントをこなしながら甘酸っぱく愛を育んでいきたいんだよ。ギャルゲーみたいに。ギャルゲーみたいに!」 「むふう、難しい事を仰いますな。しかしそれでは吾輩の力の見せどころが無いではありませぬか……おお、差し当たってひとつ、『皮切りに』との言葉にて思いつきましたぞ。ご主人様の余っている皮はぜひとも吾輩が取り除いて差し上げましょう。これでご主人様もひとつ上の男に」 「余計なお世話だよバカヤロウ! ああもう付き合ってられるか!」 再び踵を返し、今度こそ強い力で振り返らずにススキに飛び込んで一気に県道まで戻る。 このままチャリに乗り込んで一気に走り出せば…… 「うはははは逃がしませんぞご主人様! さあさあ今すぐタートルネックを脱ぎましょう!」 うわあこの変態さっきの絨毯に乗って追っかけてきた! 「いいからどっか行け! こっち来んな!」 全力でチャリを漕いで引き離そうとするものの、奴はわざと僕のスピードに合わせるかの如くピッタリと後ろについて離れない。 駄目だ。このままでは、この立ちション野郎のおかげで今日のデートはきっと滅茶苦茶にされてしまう。なんとかしなければ。 必死の思いでペダルをぶん回し、疾走する。 しかし背後からは相変わらず「うはははははは」とウゼぇ笑い声。 そうこうしているうちに、駅がどんどん迫る。 ああもう、これ一体彼女に何て言えばいいんだよ。 結局奴を巻くこともできないまま、ついに待ち合わせ場所の駅前ロータリーに到着してしまった。 ――嗚呼、もうだめだ―― 本来だったら、きっと先に着いている筈の彼女と例の甘々トークをする予定だった駅前の、郵便ポストの前。 絶望に打ちひしがれた僕が、しかしそこで見たものは。 「ご主人たま! わたくちのご主人たまぁ! どうぞごめーれーを!」 「いいかげんにしてください! お願いだから帰ってください! 今日は大切な日なの! 初めて出来た彼氏との初デートなの! 邪魔しないでください!」 びしょ濡れのアラビアンな娘に向って必死の形相で叫んでいる彼女の姿だった。 了 |
いさお 2018年12月29日 05時03分43秒 公開 ■この作品の著作権は いさお さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2019年01月18日 14時32分36秒 | |||
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Re: | 2019年01月18日 14時31分57秒 | |||
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