冷し豚しゃぶそーめんと中華風ぴり辛ごまきゅうり

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 今年の夏はえらい暑いみたい。
 テレビをつければどっかの場所で四十度を越えたとか。いやあすごい、まるで日本じゃないみたい。さすがに最近は多少ましになってきたけれど、越えちゃいけないラインをゆうゆう越えてるよ。あっついあっつい。まったくもう。
 とはいえ、それも日が出ているあいだのことで、夜になってしまえばそれほど暑くもない。もう八月だしね、いいかげん身体のほうも慣れちゃうってもんです。
 と、夏休みまんきつ中の小学四年生なわたしとしてはそんなものだけど、愛し麗しのお兄さまにとっては別。高校を卒業して、さっさと就職してしまったお兄さまは夏場が地獄の倉庫作業員。今日も日本銀行券を稼ぐために空調設備のないあちあち空間でお仕事をこなしてきたはず。
 賢くかわいく美しく、有能で気配り上手な小学生妹のわたしとしては、資本主義に屈して拝金主義者に媚びる社会の歯車なお兄さまをいたわりねぎらいたいところである。うーん、ねぎらう、いたわる。漢字で書くと労う、労る。いい言葉のはずなのに、労働の字が入っているところに闇の深さがかんじられないこともない。
 リビングの椅子にだらりと座って、ぼんやりテレビを眺めるわたし。ちらっと時計を見てみると、夜の七時半を過ぎてしまった。お兄ちゃん今日はちょっと遅いかな。 
 なんて思っていると、バイクのぶろろろという音が聞こえてきた。
 お兄ちゃんが帰ってきたぞ!
 玄関までどたどた~と走っていき、しゅっとたたずむわたし。
 玄関にある姿見でちらりと自分を確認する。
 うんうん、服もおかしいところはないし、ばっちりかわいい。目もぱっちりしてるし、肩くらいまである髪の毛はつやつやしてる。だいじょぶだ、もんだいない。
 とびらががちゃっと開かれる。
「おかえりなさいませ、ご主人さま!」
 元気よくお出迎えをするわたしを、へんな生き物を見るかのような目つきで眺めるお兄ちゃん。
 あちあちな倉庫で働いているだけあって、しゅっと引きしまった身体つきをしている。肌もこんがり小麦色で、すっかりやけてしまっている。細身の筋肉質はそそるぜ。
「な、なに、その格好」
 そんなお兄ちゃん、わたしを困惑顔でちらちら。
「幼妻妹メイドです!」
 おとーさんにおねだりして買ってもらったふりふりメイド服姿で、どん!
 くるっと一回転すると、スカートがふんわり広がっていく。
「いや、なんでメイド服きてるんだよ」
「お兄ちゃんの性癖にささると思って」
 ほーら、むらむらしてくるでしょ。
 おさないたいけな妹メイドを押し倒して、あふるる欲望をうちつけたいと思うでしょ。
 さあさあ、じゅーじゅんでおしとやかなわたしは、いつでもおっけーですよ。
「おふろにする? ごはんにする? それとも、わ・た・し?」
「めし」
「即答とかひどくない?」
 お兄ちゃんの腰にしがみついて、うるるん。
 こんなにかわいい妹を放置するとは、兄の風上にもおけぬ。おしおきじゃ。
 お兄ちゃんの服に、かみかみ、はぐはぐ。唾液まみれにしちゃる。
「ええ、めんどくせえ……」
「はぐぐ」
 おら~、わたしをえらべ~。
 お兄ちゃん、ひとつため息をついてから、わたしの肩をがしっとつかんで、つきとばす。
「きゃ」
 しりもちをついたわたしを、すごいゲスい顔で見下ろすお兄ちゃん。
「お前を選ぶとどうなるんだ?」
 ひゃああ、すごく冷たい声。びくんびくんっ。
 わたしは正座して、びしっと背筋をのばす。
「それはもう、お兄さまのご自由にお使いくださいませ。日頃の疲れやストレスを解消するためのサンドバックや、性欲処理用の肉袋など、想像できるおよそありとあらゆることに対応いたします」
「肉袋?」
「お兄ちゃんのおちんちんをじゅぶじゅぶじゅっぽじゅっぽするための肉便器生オナホとして使っていただいてもかまいません。いやん」
 ああ、物のようにあつかわれて、乱暴されちゃうなんて、そんな、はあはあ。
 えっちすぎて鼻血でそう。
「誰がお前みてえなガキを便器にするかよ」
 お兄ちゃん、そういってわたしのお腹を、ちょこんと蹴る。
 なんとなく意図を察したわたし。それを合図に、あおむけになったわんちゃんのような格好をしてみる。
 すると、お兄ちゃん、すかさずわたしの顔を踏む。
「ふぎゃ」
 重すぎるわけでもなく、軽すぎるわけでもない、絶妙な力加減でふみふみ。
 はへええ、一日働いてたお兄ちゃんのくっさいくっさい足のにおいがするよぅ。
「そうだな、お前はせいぜい足ふきマットだ。こうやって」
 ぐりぐりと、ねぶるようにわたしの顔を踏むお兄ちゃん。
 鬼畜すぎてびくんびくん。よだれだらだらでちゃうぅうう。
「きたねえ足の裏をぬぐうわけだ。わかったか」
「はい、はいぃい。足ふきマットになりましゅぅううう」
「なに口動かしてんだてめえ。足ふきマットは喋らねえだろ」
 ふひぃいいい、ひどすぎるよぉおお。はあはあ。
 肉便器や生オナホにすらしてもらえず、足ふきマットなんてぇええ。
 実の妹を足の裏をぬぐうための雑巾くらいにしか思ってないという、悪魔もびっくりの所業。
 こんなのされたら人生おわっちゃうよぅう。
 びくんびくん、はひ。
「おい」
 少し痙攣したあと、よだれだらだら顔でぱったりするわたし。
 その様子を確認してから、お兄ちゃん、そっと足をどかす。
 わたしのほっぺたを、ぺちぺち叩いて、しばらくすると、抱き抱えた。
「うーん、こいつはどこで道を間違えたのか」
 お兄ちゃんにいわれたくないです。ぷんぷん。



 いつものお遊びが一段落したので、ごはんの準備をする。
 お仕事がんばってるお兄ちゃんには、できたてのおいしい料理を食べてもらいたいからね。
 お兄ちゃんにお皿の準備とか手伝ってもらいつつ、リビングのテーブルに料理が並べられていく。
「いいかげんメイドの服ぬげよ」
「え、裸エプロン?」
「いやそういう意味じゃない」
 当然わかっているけど、いわずにはいられないやつ。
 裸エプロンもやってみたいけど、お兄ちゃんに問答無用でげんこつ落とされそうだから勇気がでない。
 こう、すこしずーつ、お兄ちゃんディフェンスを崩していって、決定的な瞬間になったらやろう。
 た、たぶんそうしたら本番まで、きゃ、はずかちい。
「で、なんで横に立ってるの?」
 は、意識飛んでた。
 こほん。軽く咳ばらいをして、きりっと顔をひきしめる。
「んふふ。今日はメイドなので、つきっきりで給仕いたします」
「ええ……」
「今日の夜ごはんは、冷し豚しゃぶそーめんと、中華風ぴり辛ごまきゅうりです!」
 だいたいいったとおりの料理が並んでいる。
 そーめんはガラスの大皿に、とりやすい大きさでくるんと丸められている。乳白色の麺に、赤や黄色や緑の麺がときどき混じっていて、色合いがすてき。
 冷し豚しゃぶ、というか茹でた豚バラ肉は、氷水で冷やしたあと、おかずのお皿にのせている。そーめんと一緒にめんつゆで食べてもおいしいし、こんぶぽん酢につけて食べてもいい。箸休めには、これまた茹でて冷やした水菜をそえている。しゃきっとした食感がすごくすき。
 そしてそして~、おいしくできあがったとわたしの中で評判の、本日の自信作。中華風ぴり辛ごまきゅうり。ほどほどの大きさに切ったきゅうりを、金ごま、ごま油、鶏ガラスープの素であえて、もみもみして、冷蔵庫で冷やす。食器によそうときに、糸とうがらしを上からちょこんとのせて、できあがり。
 豚しゃぶもそーめんも、茹でるだけだからね。まあそれだけでおいしいんだけど。
 さあさあ、お兄さま、おめしあがりくださいませ。
「おい」
「はい」
 お兄ちゃん、ちらっとこっちを見て、テーブルの対面をさす。
「俺が落ち着かないから、あっち座れ」
「もう、てれちゃって、んふ」
 まあ、ごはんのときくらいは、ふつうに食べますか。というかあっちにわたしのぶん並べてあるし。
 椅子にすわって、手をあわせ。
「いただきま~す」
 まずはそーめん。つるんとした麺をめんつゆにしずめて、ちゅるる。うん、この舌ざわりがいいね。
 こんどは豚しゃぶと一緒に、ぱくり。はあおいしい。豚とかいう煮ても焼いても茹でてもおいしい生き物。そしてえっちな同人ゲームでは雌豚として活躍する。ありがとう豚さん、あーめん。
 ごまきゅうりは、ぽりぽりしゃくしゃくして、鶏がらのうまみと、ごまのこうばしさ、そしてぴりっと辛い糸とうがらしがいいかんじ。暑い時期にはやっぱりきゅうり。ぶっちゃけ塩だけでもおいしいから、困るんだよなぁ。手間かけて料理する必要あるの、といわれると、悩んじゃう。
 というわけでいいかんじの夜ごはんができたと思ったけど、お兄ちゃんはどうだろう。
「おいしい?」
 お兄ちゃんはなにもいわず、ただもくもくと食べていた。
 パスタは五百グラムいけるとか、炊き立てごはんなら三合食えるとか、うそくさいことをいってたので、今日は容赦なく、そーめん五百グラムを茹でたんだけど、いやまってもう半分くらいしかないんだけど、まじかよ。一食百グラム計算なはずなんだけど。
 は、いけない。このままではすべて食べられてしまう。ええいっ。
 ちゅるるん、もぐもぐ、ぱりぽり、ごっくん。
「ごちそうさまでした」
 ふいー、お腹いっぱい。おいしかったぜ。
 お兄ちゃんもこの様子なら、満足したのかな。
 今日も今日とて、平和な夜ごはん。
 じじじ~と、セミはこんな時間になっても鳴いている。



 夜ごはんがおわって、お腹いっぱいになったお兄ちゃん。いまはお風呂に入っている。
 わたしは足音をたてないように、脱衣所に侵入して、服を脱いだ。ぬぎぬぎ。
 秘密兵器を装着して、よし。
 お風呂の扉を勢いよく開ける。
「とう!」
 ちょうど身体を洗っていたらしいお兄ちゃん、あわまみれのままこっちをむく。
「ええ……」
「お背中お流しいたしますわ、お兄さま!」
「今度はなんの格好だよ」
「スクール水着ですわ!」
 学校指定の紺色の水着姿でわたし参上。
「なんなんまじで」
「お兄ちゃんの性癖にささると思って」
「ささらねえよ。三次元女は帰れよ」
 三次元女て、ふつうはみんな三次元です。
 お兄ちゃんの言葉は無視して、お風呂に入る。
 そこそこ大きな一軒家なので、お風呂もなかなかの広さ。わたしとお兄ちゃん、ふたりで入ってもぜんぜん余裕がある。タイルの床をすべらないように歩いていき、お兄ちゃんのうしろへまわる。手に持っていた、身体を洗うためのふわふわスポンジをぶんどって、背中をやさしくこする。
「気持ちいいですか、お兄さま」
「あー、うーん、まー」
「むらむらいたしますか」
「しない」
 あれおかしいな、美少女と一緒のお風呂シチュはギャルゲーの定番のはずなのに。
 スキンシップが足りないと思ったので、わたしは自分の身体にあわをつける。
 そして、身体と身体をこすりあわせるように、洗ってあげる。
「むらむらする?」
「しない」
 ぐぬぬ、こいつロリコンの二次専変態オタクのくせに、いきがりやがって。
 でもこれ以上するとお風呂に沈められるので、このくらいで勘弁してやろう。
 あわをお湯でざばざば流して、おしまい。
「ふう」
「ちょっとちょっと、なにわたしをスルーして湯船いこうとしてるのさ」
「ええ……」
「さあさあ、ほらほら」
 お兄ちゃん、めっちゃめんどくさそうにしながらも、桶でお湯をすくって、わたしの頭にざばぁ。
 そして、シャンプーを泡立ててから、わたしの髪を洗っていく。
「うむ、くるしうない」
「そうか」
「続けるがよいぞ」
 頭皮をもむように、丁寧に洗っていって、お湯をざばざば。
 仕上げにリンスを髪になじませて、おわった。
「下もやんの?」
「当然です、んふ」
 お兄ちゃん、わたしのスク水をひんむく。
 きゃあえっち、変態、事案です事案。はあはあ。
 背中をあわあわスポンジで、こすりこすり。まずは背中からということか、ぐへへ。
 そしてさんざんじらしたあと、あんなところやこんなところを洗うにちがいない。
 ぜんぜん汚れがおちないなぁ、とかいって、ねちっこくこしこしされちゃったら、いやん。
「あとは自分でやれ」
 べちゃ。頭にスポンジをのせられる。
 ちょっと、リンスと混じるじゃん!
「ぶーぶー」
 まあしゃーない、童貞野郎にはこれくらいが限界か。
 わたしは自分でささっと身体を洗って、お湯で流して、湯船にざぶーん。
 ふいー、きもちいい。お兄ちゃんの股のあいだはおちつくぜ。
「二年前にもいったと思うけど、もうひとりで入れよ、お前」
 小学二年生のころですね。なつかしいぜ。
 小学四年生となったいまとなっては、当然自分ひとりでお風呂に入れます。
 でもでも、いやなものはいやなのです。がまんしてもらおうか。
「だいじょぶだいじょぶ、今年で最後だから」
「それ去年にもいってなかった?」
「来年にもいうから安心して」
「だめじゃねえか」
 背中を倒すと、お兄ちゃんの胸あたりに、後頭部がのっかる。
 特等席はごくらく気分。はへぇ。
「あ」
 ちょっと思いついたので、わたしはお兄ちゃんと向かいあう。
「な、なに」
 そして、お兄ちゃんのふともものうえにまたがって、首まで手をまわす。
「うっふん」
「なんだよ」
「対面座位ごっこ」
 お兄ちゃん、無言でわたしの頭を捕み、ぎりぎりと力を入れていく。
「ぎゃあ」
「お前まじで風呂にしずめんぞ」
 お兄ちゃんが鬼畜になったので、おとなしくひざからおりる。
 なにをするでもなく、ぼんやりとお湯につかる時間。
「ふう」
 お兄ちゃん、湯船のふちに手をつく。
「もう出るの?」
「そう」
「早いねぇ」
 お風呂、きもちいいから一時間くらいは平気で入っちゃうのになぁ。
 あ、そういえば、聞きたいことがあったのだった。
「ねえねえお兄ちゃん」
「なに」
「どうしてすぐ就職したの?」
 いまどき大学もいかずに、すぐ働くのはめずらしい。
 べつにうちはお金に困っているわけでもない。というよりお金もっているほうだろう。
 一軒家だし、お風呂も庭も広い。駐車場は車が二台入るくらいで、食べ物も服もそこそこいい。
 お父さんとお母さん、ふたりとも稼ぎがいいみたいで、ゆとりがあるのだ。
 ただ、まあ、そのかわり、あまり家にいないんだけど。
「うーん」
 少しうなって、考えて、そのまま湯船から出るお兄ちゃん。
 あれ、聞いちゃいけない系のやつだったかな。
 お兄ちゃん、こちらをむかずに、ぼそりと一言。
「金、金がほしかったからな」
 そして出ていってしまう。
 ひとり残されたわたしは、その、わかるようなわからないような言葉を、はんすうした。



 翌日。いいかげん外が明るくなってきたので、起きた。
 夏まっさかりの時期だけど、朝はまあまあすずしい。セミのやつも鳥のやつも元気なものです。
 ベットから起き上がり、お腹にかけていたタオルケットを畳んでから、部屋を出る。
 いまは六時を過ぎたくらい。お兄ちゃんは七時には起きて、ごはんを食べにくるから、時間には余裕がある。二階から一階に下りて、リビングのテレビをつけて、ぼけー。
 うーん、今年はみょーにあっちいし、台風も多くてあれだなぁ。去年と一昨年はけっこうすずしかった気がするんだけど。そういえば今年はまだ蚊に刺されてない気がする。暑さで絶滅したか。やったぜ。
 六時半になると、セットしてあった炊飯器から、ほかほかごはんができあがった音がする。よーし、そろそろ作っちゃいますか。
 冷蔵庫にあったあぶらあげをオーブントースターに入れて、じっくり焼く。そのあいだに、まな板のうえにラップを何枚かしいていく。高菜やうめぼしをラップごとにのせてから、ほかほかごはんをかぶせた。上からお塩をふりかけて、ちょっと冷めるまで放置。
 あぶらあげが焼けたっぽいけど、これもあちいからちょっと置いておく。そのあいだに、お味噌汁を作る。とはいっても朝から気合入った料理をする気になれないので、鍋にお湯を沸かして、出汁入りのお味噌をとかし、焼いてないあぶらあげと、小口ねぎを小さく刻んで入れて、完成。
 ほどほどにさめたごはんを、ラップごしに握って、おにぎりを作っていく。これは、わたしとお兄ちゃんのお昼ごはん。お兄ちゃんのは大きめに、わたしのは小さめに作る。
 階段から、のそのそおりてくる気配。お兄ちゃん、お目覚めのごようすです。だいたい、トイレにいっておしっこして、手と顔洗って、口をゆすいでから、キッチンの冷蔵庫までくるのが定番。
「おはよ」
「おはよー」
 お兄ちゃん、だるそうなかんじで冷蔵庫から麦茶をとりだし、コップにそそいで、ぐびぐび飲む。
 冷たいものを一気に飲むのは身体にわるいんだぞ。えっへん。
「すぐできるから座ってて」
「あー」
 リビングのテーブルに、料理を並べて、はい完成。
「なっとう、あぶらあげ、お味噌汁の、大豆三点セットです!」
「うん、まあ、いつもの朝飯だな」
 ほかほかごはんに、パックのなっとう、焼いて一口大に切ったあぶらあげ、あとはお味噌汁と、常備菜の小松菜のおひたし。和のかほりがするぜ。
 ごはん、なっとう、ごはん、お味噌汁、ときどきあぶらあげとおひたし。
 もぐもぐ。うん、このコンビネーションは永遠に不滅です。
「そいやお前、学校の宿題とかどうなってんの」
 口内調理された大地の滋養をごっくんして、返事する。
「だいたい七月中におわったかな。ちまいのは、少しだけあるけど」
「ほーん」
 お兄ちゃん、そういって、わたしの倍以上はありそうな朝ごはんをさっさと食べおえてしまう。
 ふう、と一息ついて、むぎ茶をごくごく。こいつほんとむぎ茶すきだな。水分とりすぎて内蔵わるくしそう。
 わたしも食べおわって、ごちそうさまをする。お兄ちゃんは食器をお盆にあつめて、台所へ。食器洗い機にぶちこんだことだろう。
 しばらくだらだらすると、お兄ちゃんが二階の部屋にいく。リビングに帰ってくると、だらしない部屋着姿から、作業着とウインドブレイカーをきた姿になっていた。
 そろそろお仕事かな。
 とてとて歩いて台所まで。ラップに包んだおにぎりは、巾着にいれて。大きな水筒には、氷とむぎ茶をどばどばいれる。
「はい」
「おう」
 お兄ちゃん、水筒と巾着を手さげの鞄に入れて、準備ばっちし。
「お兄ちゃん、おかずほしくならないの?」
 前から疑問に思っていた、おにぎりオンリーのお昼ごはん。だしまきたまごとウインナーくらいだったらそんな手間かかんないから、作ってもいいんだけどなぁ。
「ふー、やれやれ、お前はまるでわかってない」
「なにおぅ」
「いいか、おにぎりは、食べおわったあと、ラップしか残らない。ゴミ箱に捨てておわりだ。しかし、おかずはそうはいかない。弁当箱やタッパーが残る。おかずはかさばるんだ」
「ほうほう」
「だから、逆に、おにぎりだけのほうがいいんだ」
 な、なるほど。そんな合理的な理由があったとは。
 てっきりわたしの負担にならないようにという気づかいかと思っていたのに、完全にロジカルな解答があったとは。
 いや、まて、論理的考察をするならば、その理論には穴がある。
「でも水筒は?」
 そう、水筒があるじゃないか。これはつぶせないし、かさばるぞ。
「す、水筒は、別腹なんだよ」
「がばがばじゃん。ざっこ」
「じゃあいってくるわ。あばよ」
 あ、逃げた。
 やーいやーいざこかすー。はいつくばって足なめろー、うじむしー。
 は、ちょっとまって。
「まってまって、お兄ちゃん」
「な、なに」
「お兄ちゃん、まぜごはんってだいじょぶだっけ」
「ん?」
「ほら、ふりかけ苦手っていってたでしょ。まぜごはんはどうなのかなって」
 おにぎりのレパートリーを増やしたいんだけど、お兄ちゃんがあんま食べたくないものは避けたい。
 だいたいどんな料理もおいしく食べられる、ほぼ好き嫌いのないお兄ちゃんだけど、ふりかけごはんは、なんかいや、みたいなことをいってた記憶がうっすらある。
 てかふりかけ苦手ってあんま聞かないよね。変人だ、いや変態だ。
「あー、うーん。ふつうに食べられる」
「そっか。よかったよかった」
「あと、ふりかけもべつに、食えるからな」
「そうなの?」
「こう、茶碗に盛ったごはんに、ふりかけかけて食べるのがいやなだけだから」
「じゃあ、ふりかけおにぎりはおっけー?」
「おっけー」
 まじで意味わからへんなんだこいつ。
 まあいいや。ふりかけ使えるなら、ほぼ無限におにぎり作れる。
 高菜とうめぼし、こんぶとおかかのヘビーローテーションはちょっとかわいそうになってくるからね。
 お兄ちゃんは毎日同じでもいいっていってるけど、うん。
 作るこっちが飽きてくるのだ。なのだ。
「じゃあいってくる」
「いってらっしゃ~い」
 玄関から、お兄さまをお見送り。
 社会の歯車よ、金を稼いでくるのだ。



 さて、ささっと家事でもしますか。
 まず最初。脱衣所にいき、洗濯物を洗濯機にぽいぽいいれて、スイッチおん。洗濯洗剤をさらさらっといれて、ふたをしめる。まくらカバーとベットのシーツはどうしようかな、こないだ洗ったからまだいいかな、いやでも夏場だし汗かくよなぁ。ま、こいつがおわるまでは放置。
 洗面台がちょこっと汚れているので、戸棚からメラニンスポンジをとりだす。白くてふわふわとしたサイコロっぽいこいつを、水でたっぷりぬらしてから、洗面台をきゅっきゅ。かるーくこするだけで、ぴかぴかになる。メラニンスポンジ先生有能すぎ。
 お次はトイレ。トイレットペーパーを確認して、するするとまきとり、プラスチックの便座をふく。床におちてるほこりや髪の毛も、トイレットペーパーでとって、便器にぽいっ。水で流して、すっきり。便器の中は、ブラシでごしごし。うむ、ぴかぴか。
 お次はお風呂。湯船の水をぬいてるあいだに、床を水でぬらして、ふつうのスポンジの、ちょっとかたいほうでこしこし。シャンプーの容器の底なんかは、けっこうぬめりが残ってたりするので、そこもスポンジで洗う。
 浴槽の水がぬけたら、シャワーの水をざざーとふりかけて、スポンジのやわらかいほうで、こすこす。けっこうおおざっぱに洗ってから、またシャワーの水をかけて、おしまい。
 排水溝のところにたまってる、髪の毛のかたまりとかを、ビニールごしにつかんで回収。ごみ箱にぽいー。
 手を洗い、ひと息ついて、水まわりおしまい。
 洗濯機は、うーん、まだもうちょっとかかりそう。廊下や玄関も掃除しとこうかな。いや、あんま汚れてないし、べつにいいかな。
 時間つぶしのため、こそこそとお兄ちゃんの部屋に入ってみる。
 ベット、たんす、本棚、パソコン机。ごくふつうの男のひとの部屋ってかんじ。
 ベットにのっかり、まくらを持ち上げると、えっちな本を見つけた。
 いわゆるえろマンガ。ページをめくって中身を確認。
 おしりの大きな女の子が、四つんばいになって、おしりを叩かれてひんひんいっている内容。
 お、おしり叩かれるの、気持ちいいんだろうか。男のひとは楽しそうだけど、むぐぐ。
 えっちな本は、もとの場所にもどして、次はパソコン。しゅっとしたノートパソコンの電源を入れて、ちょい待つ。アカウントを入力する画面になったので、アカウント名のえろ同人作家先生の名前をアルファベットで入れる。
「あれ」
 どうやらアカウントが変わっていたらしい。
 むー、わたしがときどきチェックしてるのバレたのかな。おのれちょこざいなことを。
 少し考えて、机のひきだしをあける。ボールペンとかメモ帳とかが乱雑に入ってるひきだしを放置して、手をつっこみ、机の中の、上の部分をさわってみる。
 なにやら紙の感触があったので、やさしくとってみる。
 白い付箋には、スマホとパソコンのパスワードが書いてあった。
 ふふん、こっちの隠し場所を変えなきゃ、だめですよん。
 やはりえろ同人作家先生の名前であったので、そいつをパソコンに打ち込む。やったぜ。
 デスクトップの画面にいっぱいあるえろ同人ゲームから、最近ダウンロードしたであろうやつを起動させてみる。
「おお~、アクションはめずらしいなぁ」
 それは、格闘家っぽい女の子が戦っていく、横スクロール型のゲームであった。ドット絵の、やわらかいかんじの絵が、ぬるぬると動いている。これはまた作るのに手間かかりそうなやつだなぁ。
 最新のセーブデータをみると、ステータス画面で、女の子が何回えっちなことをされたのかが表示されている。
「むむ」
 主人公の女の子、またしても、おしりの大きなタイプの子である。ロリ顔のツインテールで、体型もそれっぽいのに、腰まわりは肉づきがいい。フェチをかんじる体型だ。
 さらにさらに、ステータスをみると、おしりでのプレイが多い。お口や胸、あそこもまあまあ多いので、なんともいえないけど、これはどうなんだ。
「お兄ちゃん、おしりフェチに目覚めた……?」
 よくわからないので、ゲームの回想ルームっぽいところにいってみる。
 ドット絵のアニメーションを再生してみると、女の子がモンスターなどに乱暴されていた。
 四つんばいになった女の子、ツインテールの髪をひっぱられながら、オークっぽいやつのおっきなちんちんでじゅぶじゅぶされている。
 別のアニメーションだと、おしりを勢いよく叩かれて、びくんびくんしている。
「これはなかなかハードだなぁ」
 だいたいぜんぶ見たので、ゲームをとじた。
 そして、お兄ちゃんのふとんにもぐりこむ。
 すんすん、お兄ちゃんのにおいがする。
「もっと叩いてぇ」
 おしりをつきだすかのような姿勢で、腰をふる。
 さっきのえっちなやつを思い出しながら、妄想してみる。
 おしりまるだしのわたしを、お兄ちゃんは冷たい目で見下ろし、力強く叩く。
「ひん」
 おしりの奥までじんじんしてきて、部屋の中ではおしりを叩く音が響く。
 ばしん、ばしん、ばしん。
 そしてお兄ちゃんは、汚ないものを見るかのような目付きで。
 尻を叩かれて感じてやがるのか、この変態。反省しろ雌豚。
「はあ、はあ、ごめんなさい、ごめんなさぃい」
 最後に、ひときわ強く、おしりを叩かれると、わたしは。
 びくんびくん。
「は、はひ」
 こ、こんなのだめだよ、えっちすぎるよぅ。
 はう、はううう。
 しばらく意識がぼんやりして、ほてった身体をおちつかせる。
 そこで、気がついた。
「あ」
 まくらがよだれでべちょべちょになっていた。
 やば、やば。これはティッシュじゃだめそう。
 まくらカバーをはがして、回収。
「また、洗濯機まわさないと」



 洗濯も一段落して、お昼になったのでごはんを食べよう。
 おにぎりとむぎ茶をもって、縁側へ。そこそこ広い庭が見渡せる。
 物干し竿にはさっき洗濯した衣類などが干されている。Tシャツなどは、ハンガーにかけてあり、タオルなどの布類は、洗濯ばさみにはさまれている。もちろんよだれまみれにしてしまったまくらカバーもお日さまの光をあびていた。
 天気がいいので、そこそこあったかくなってきた気がする。セミがじーじー鳴いているし、芝生のところには、ときどきバッタみたいな虫がみえる。ねこやはとのエサになる運命をもった虫に同情してやろう。
 容器に入った焼きのりをとりだして、おにぎりのラップをはがす。そっとのせて、つつんで、ぱくり。
 はあ、おいしい。炊き立てごはんもおいしいけど、常温のおにぎりもいいんだよねぇ。
 絶妙な塩加減と、ぱりっとしたのり、つぶのたったお米、噛めば噛むほどおいしくなる。
 高菜のやつは、こりっとした食感がよくて、うめぼしのやつは、酸っぱさがさわやか。
 ふぃい、ごちそうさまでした。
 むぎ茶を飲みながら、少しまったり。ときおり吹く風がきもちいい。
 消耗品は、どうだったかな。ラップやアルミホイル、ウエットティッシュはまだまだあったかな。調味料のたぐいは、黒こしょうとラー油が少なくなってきてたかも。ああ、トイレットペーパーとボックスティッシュがあんまりなかったかな。
 小物ならわたしが買ってきてもいいけど、かさばるのはちょっといやだなぁ。
 というわけで、スマホをもってきて、お兄ちゃんにおねだり。帰りに買ってきて。
 すぐに返信がくる。お兄ちゃんもちょうどお昼の休憩中なんかな。
 ええと、バイクで出勤したからいやだ、とのこと。ああたしかに。バイクじゃ運べないか。
 しまったなぁ、朝のときにいえばよかったかも。したらお兄ちゃん車使っていっただろうし、そうしたららくちんだったよね。
 む、またしてもお兄ちゃんからだ。
 ええと、うんうん。明日休みだから、車出す。とのこと。
 おお、夏休みだから曜日の感覚なくなってたけど、明日日曜日か。よし、そうしよう。
 一緒に買い物デート、ふひ。
 縁側からリビングにいき、スマホを置く。夜ごはんの買い物は夕方くらいにいくとして、それまでひまかも。テレビぼーっと見るのもいいけど、なんかしようかな。
 てけとーな映画を見る、お兄ちゃんの部屋でえっちな同人ゲームする、少年マンガを読む、いや、たまには本でも読んでみようかな。
 お父さんとお母さん、それにお兄ちゃんも、けっこう本を読む。しかしジャンルはばらばら。
 お父さんはファンタジー、空想科学、怪談とかのホラー、あと歴史系の本など。
 お母さんは文学系、古典、ビジネス系のやつとか、あとは料理やファッション関係。
 お兄ちゃんはラノベ、ミステリ系が中心で、たまに写真集や画集とか。
 本という共通点以外、なにも重なってないじゃないか。なんだこいつら。
 とはいえ、勝手に本を貸し借りしてるっぽいので、あえて買ってないのかもしれない。むかしお兄ちゃんがお父さんに「あれ買わないの?」いってたりしてた。ファンタジーだからお前が金出せよ、みたいな発想。
 よーし、じゃあまずはお母さんの部屋へ。
 お母さんの部屋、じゃっかんちらかっているもよう。疲れたおーえるさんみたいに、床に本や衣服、まるめたティッシュなどが置かれている。お母さん、ゴミくらいは捨てようよ。
 ティッシュをごみ箱に捨てつつ、本棚をぶっしょく。とりあえず料理関係を一、二冊。かんたん常備菜でらくらくごはん。うんうん常備菜はいいよねぇ。作り置きできるおかずはレパートリーあればあるだけ手間が減る。あと栄養バランスもばっちりだね。うんうん。
 あ、文学系はいらね。ぽい~。
 お次はお父さんの部屋。というかほぼ書斎。ここはきっちり片付いていて、部屋主の性格をあらわしてるかのよう。ぶっとい辞書やら百科事典、あと歴史関係の重たいやつはいらない。種類別にきれいにわけられていて、図書館を想像させる。
 うーん、イラストつきの軽いやつがいいなぁ。あ、なんかだまし絵の本がある。エッシャーさんか。絵に見覚えがある気がしないでもない。これはいい、借りてこう。
 お、なんだ、ヴィクトリア朝のイングランドの生活、わあすごいドラマや映画みたい。紅茶飲みながらスコーンでも食べたい。執事さんに給仕とかされないねぇ。絵もいっぱいあるしこれももらおう。
 お兄ちゃんの部屋は、まあいっか。ふひひ。
 リビングに戻り、ソファに本を置く。
 キッチンで紅茶を作り、戸棚からてけとーなおやつを拝借。プチシリーズのチョコラングドシャはレジェンド。
 アイスティーと焼き菓子で、シエスタだ!
 うほほーい!



 日が沈んでからしばらくして。
「おかえりお兄ちゃん!」
「ただいま」
 週に六回も働くお兄ちゃん。お盆休みもないけど、さすがに日曜くらいはお休みをもらえる。これで一日休めると、ひと息ついているもよう。
「今日はふつうの格好だな」
「まあね~。毎日だと飽きちゃうでしょ、たまにだからいいんです」
「そもそもいらねえという話」
「ひど」
 かるーく会話を楽しんでから、夜ごはんの準備をする。
 今日はパスタの予定なので、鍋にたっぷりのお湯をわかして、塩をぶちこみ、パスタどーん。
 てけとーにかき混ぜながら、となりのコンロにおっきなフライパンをおいて、オリーブ油をあたためる。そこに、刻んだにんにく、とうがらし、バジルを入れて、油でいじめる。
 とうがらしたちがくたばってきたら、たっぷりのあさりを、どーん。そして、パスタのゆで汁をほどほどにかけて、フライパンにふたをする。蒸し焼きや~。
 パスタが茹で上がってきたっぽいので、さえばしですくって、お皿においておく。
 あさりはそろそろかなぁ。ふたをぱかっと開けると、蒸気がもわもわと出てくる。
 うんうん、あさりちゃんもくぱぁしてて、ころあいですね。
 茹でたパスタをいれて、てけとーに炒めてやる。ちょいちょい味見して、塩加減を確認して、はい完成。
 うほほー、おいしそー。
 あとは、ちょちょいと副菜を作って、リビングに。
 飢えたわんちゃんのごとく、空腹お兄ちゃんが椅子にすわっている。
 ほらよ、えさだ!
「はい、おまたせしました。あさりのパスタと水切り豆腐のカプレーゼです!」
 テーブルの真ん中に、あさりのパスタをどーんと置く。副菜は、それぞれの前に置く。
 カプレーゼは、トマトとチーズを交互に挟んで並べた料理だけど、チーズの代わりにお豆腐を使ったのか、今日の献立。オリーブ油、バジル、黒こしょうで味つけしたこいつは、なかなかおいしそうにできた。
 あとは、ほうれん草とエリンギのバター炒めをそえている。うーん、バターの香りがいい、すごくいい。
「チーズ使わないんなら、カプレーゼとは違うのでは」
「じゃあ、カプレーゼ風、お豆腐とトマトのサラダで」
 さあ食べよう、よし食べよう。いただきまーす。
 大皿からパスタをすくって、くるくる、ぱく。
 うん。にんにくとあさりの風味がきいていて、バジルの豊かな香りと、あとからくるとうがらしのぴりっとしたかんじがいい。
 フォークであさりをぐりぐりして、びんかんなところをほじってやると、身がぽろりととれた。はむはむ。うん、まあまあおいしい。やっぱりあさりを蒸すときは、お酒を使ったほうがふっくらするかなぁ。まあ、水でもまずいことはない。じゅーぶんおいしい。
 お次はカプレーゼ。トマトとお豆腐をいっしょに、ぱく。
 やっぱり夏はトマトだよねー。ひんやりしたトマトの果肉と、お豆腐のなめらかな舌触り。ときどき黒こしょうがかりっとなって、いいアクセントになってる。こしょうはギャバのやつもいいけど、ペッパーミルからふりかけたほうがおいしいね。
 ほうれん草とエリンギのバター炒めは、うんうん、おいしい。とにかくバターの風味がいい。ほうれん草はしんなりと、エリンギはくにくにと、食感の差がたのしいかんじ。これに、厚切りベーコンとかを一緒に炒めてやれば、メインも任せられるぜ。
「おいしい?」
 お兄ちゃんは、やっぱり黙ってもぐもぐ食べてる。
 カプレーゼとバター炒めは、なんともうすでになく、ひたすらパスタを食べている。
 この食べっぷりなら、まずいことはないだろう。たぶんきっと。
「そういえば、ボンゴレっぽいあさりのパスタにしたけど、冷やしパスタと迷ってたんだよね」
「冷やしパスタ?」
「そう。冷たいパスタの上に、青魚の切り身を並べて、カルパッチョ風のパスタとか」
 お兄ちゃん、手がとまる。
「なにそれめっちゃうまそうじゃん」
「あー、そっか。二日続けて冷たいものはちょっとなぁ、と思って、こっちにしたんだけど」
 それに、カプレーゼと見た目がかぶってる気もしたから、やめておいたのであった。
「それぜったいうまいやつじゃん」
「食いつきすごい。え、そんなに?」
「魚、切り身、うまい、ぜったい」
「それ、お刺身が食べたいだけなんじゃ」
「ああ、そうかも」
 なにやら納得したのか、食事を再開する。
 大皿は、あさりの死骸だけを残してきれいになくなった。
 ごちそうさまでした~。
 お兄ちゃん、むぎ茶を飲みながら、さっきの続きっぽいのを喋る。
「刺身、うーん。しかし刺身でごはんはちょっとな」
「ふんふん」
「寿司、酢飯、そうか寿司か。明日は外食でもするか?」
「お、回る寿司?」
「そう。三十皿くらいは食える気がする」
 いやいや、さすがにそんなには食べられないでしょ。
「あ、手巻き寿司とかもいいんじゃない?」
「手巻きもいいな。てことは家で?」
「そうそう。酢飯いっぱい作って、のりでまいて」
「あれ、お前魚さばけたっけ」
 お魚は切り身で泳いでると思ってる世代のわたしなので、当然。
「さばけない」
「じゃあ無理じゃね?」
 と、思うでしょ、ふふふ、いけるんだなぁ。
「スーパーの鮮魚コーナーのひとにお願いすれば、魚きってくれるんだよ」
「へえ、そうなんだ」
 やれやれまったく、物を知らねえなこのガイジは。兄の風上にも置けねえぜ。
「米は四合炊きな」
「え、いや、さすがにそれは」
「酢飯ならいける気がする」
「残ったらどうするつもりなのさ~」
 みたいな会話をしつつ、今日の夜ごはんもおしまい。
 はあ、しあわせ。



 翌日、日曜日。
 うはうは気分で早起きしてしまったけれど、買い物は夕方くらいにいく予定。ま、待ちきれないよう。
 お兄ちゃん、お休みの日は昼くらいまで寝てるから、朝はコーンフレークでいいかな。
 牛乳かけて、もそもそ食べて、はいおしまい。
 いつもどおりの家事をして、時間をつぶしてそろそろお昼。お兄ちゃんが起きてきた。
「おはよ!」
「お、おう。元気いいな」
 お兄ちゃんにとっては朝ごはん、わたしにとっては昼ごはん。うーん、なにがいいかな。
「なんか食べたいものある?」
「刺身」
「それは夜まで待ってよ」
 なんかとくに希望はなさそうなので、てけとーに作るかな。
 まずはスープ。たまねぎのやつを千切りにして、準備完了。
 鍋にお湯をわかして、コンソメスープ、たまねぎをぼちゃ。ことことくつくつ。火をとめてから、黒こしょうをふりかけて、完成。
 お次はおかず。フライパンに油をしいて、ベーコンをべしゃり。親の仇のごとく炒めつけてやってから、たまごを落とす。わたしはひとつ、お兄ちゃんはみっつくらいかな。合計よっつのたまごがきれいに焼きあがる。塩と黒こしょうをふりかけて、完成。
 こしょうという万能調味料、便利すぎてこあい。同じ重さの金と同じ価値をもっていた時代があったのは伊達ではない。
 料理をリビングにもっていって、どーん。
「ベーコンエッグとオニオンコンソメスープです!」
「お、おう」
 かりかりのベーコンと、ふんわりなたまご焼き。ごはんもパンもおいしく食べられる。
 スープのほうは、まあ、うーん、ふつうかなぁ。寒い時期なら、もっとおいしくかんじるんだろうけど、夏だしね。たまねぎのサラダとかのほうがよかったかも。
 もぐもぐ、ごっくん。ふいー、ごちそうさまでした。
「夕方まで時間あるよね。お兄ちゃんなんかやりたいことある?」
「いや、べつに」
「じゃあ遊ぼう。将棋で勝負だ!」
「あー、じゃあ、やるか」
 わたしの相矢倉の研究成果を見せてやるぜ!



 夕方、お兄ちゃんの運転する車によって、スーパーへ。
 車がハイエースだったら、ハイエースされちゃう妄想ではあはあできたけど、残念ながらふつうのファミリーカーなのであった。
 ああでも、お兄ちゃんが働いてるところだと、ハイエースをけっこう使うみたい。これはわたしがハイエースされてしまうのも時間の問題か。はひ。
 ちなみに将棋はぼこぼこにされた。
 お、おかしい、なんで新鬼殺しとかのハメ手戦術まで研究してるんだお兄ちゃんは。
 脳内で棋譜をはんすうしながら、店内へ。冷房の空気がひんやりしてきもちいいぜ。
 お盆の時期だけど、ひとはそこそこ多い。お前ら、実家帰れよ。
 お兄ちゃんがカートに買い物カゴをのせて、ゆっくり歩く。
 まずはお野菜のコーナー。おお、小松菜が安いじゃないか。これはふた袋ほど買っておかねば。
 小松菜を興味なさそうな目でちらっとみるお兄ちゃん。だめだよ、お野菜もちゃんと食べなきゃ。
「で、なんだっけ。トイレットペーパーと、ボックスティッシュか」
「そうそう。でもあれはかさばるから、最後ね」
「刺身……」
「それも最後のほうね」
 とりあえず店内をじっくりまわってから、目的のものを回収するのだ。
 お野菜コーナーを抜けると、お肉のコーナーだ。なにやらソーセージの試食をやっているらしく、いいにおいをただよわせている。
「よし、食うか。お前いるし」
「ええ~、夜にがっつり食べるんでしょ~、だいじょうぶ?」
 あと、お前いるし、ってなんですの。
「食べたがる子どもにしぶしぶ付き合ってやる大人のていで、食う」
「汚い大人だ!」
 それに子どもあつかいとはまったくもう、レディにたいして失礼しちゃうわ。
 ちょっとした新妻気分で試食コーナーにいく。フレンドリィなおばちゃんが、つまようじにささったソーセージを「どうぞ~」と渡してくれた。
 もぐもぐ。うんおいしい。ソーセージは皮がぱりっとしてるのがいいよねぇ。
 お兄ちゃんも味わって食べている。たぶんおばちゃんがいなかったら、もう二、三本は食べてる。
 おばちゃん、にこにこしながら、ぼそり。
「かわいいですね、お子さまですか?」
 ぴしり、と心にひびが入っていく。
 お、お、お子さま。兄妹あつかいですらなく、子どもだと。
「あ、いえ。妹です。少し歳は離れていますけど」
「あら、ごめんなさいね。お兄さん、落ち着いてるから、勘違いしちゃった」
「そうですか。ではどうも、ごちそうさまです」
 ぐぬぬ~、子どもて~、家事だって料理だってしてるのに~、むぐー。
 みたいにすごいむくれてたら、お兄ちゃんが頭をぽんとなでてくれる。
「まあまあ」
「ぐぬぬ」
 このくらいでは懐柔されないぞ、ぜったいだ。
 ぜ、ぜったいに、はふぅ。
 お兄ちゃんには勝てなかったよ。ふひ。
 しかし、子どもかぁ、たしかに十歳も歳が離れてるのは、めずらしいのかも。
 まあ、そもそも、わたしの産まれの由来が、ちょっとあれだし。
 お兄ちゃんは、わたしが産まれる前の話をあまりしたがらないけど、むかし一度だけ、教えてくれたことがある。
 お兄ちゃんが、わたしと同じくらいの年齢のころだ。そのときお母さんは専業主婦をしていて、とくに不自由なく暮らせていたとか。
 だけど、お父さんが、家に帰らなくなった。
 いわゆる浮気である。不倫相手の家に入りびたり、お母さんにはお金も渡さなかったそうだ。
 そうなってくると、困るのは、お母さんと、お兄ちゃん。
 ないところからはお金をひねりだせないわけで、まず最初に困ったのが、食事。
 家にあるお米と、ふりかけ。一日にお茶碗一杯のごはんで、飢えをしのいだそうだ。
 近所のひとや、実家に助けをもとめることもせず、お父さんを待っていたとか。
 詳しい事情はわからないけれど、浮気をされたら、離婚だー、ってなるもんじゃないのかなぁ。
 まあ、男女の仲というのは、ふくざつらしいので、むずかしいのだろう。
 結果的に、お父さんは帰ってきて、お母さんと仲直りして、そのときにできたのが、わたしというわけだ。
 たまに帰ってくるお父さんは、わたしにすごく甘いし、お母さんとも仲がよさそう。むかし不倫をしていたといっても信じられないくらいだ。
 ただ、やっぱり、影響はあったのだろう。
 お兄ちゃんはそのときの記憶がつらいらしく、ふりかけごはんを食べたくないという。
 お母さんは、専業主婦という生き方が怖くなったのか、働くようになった。
 そうだ、お金。お兄ちゃんもお母さんも、お金がないというのは、すごく怖いことだという。
 ああ、だからお兄ちゃんは、大学へいかず、いつでも自立できるように、働きたがったのか。
 お金がない、食べるものがない、という状況。うまく想像ができない。産まれてこのかた、どちらも困ったことがない。毎日三食食べられるし、おこづかいももらっている。いまなんか、食事代として、けっこうな額を渡されている。
 お金は、大事なのだろう。けれど、お金がもっとも大事なものなのだろうか。
 お金を稼ぐため、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、家にそろっていることはほとんどない。
 愛されていないとか、そんなことは思わない。お父さんもお母さんもすごくやさしい。お兄ちゃんだってこうしてたまの休みに買い物に付き合ってくれる。
 けれど、ひとりぼっちで家にいるのは、少しさみしかったりする。
 ああ、そうか。さみしかったのかもしれない。だから、お兄ちゃんに甘えてしまうのかも。
 ぶたれたり、ののしられたり、乱暴にされたり、そんなのでも、放置されるよりはいい。
 むしろそれくらい極端なほうが、安心できる、のかもしれない。
「おい、おい」
「え?」
 お兄ちゃん、心配そうにわたしの顔をのぞく。
「なんかぼーっとしてないか、大丈夫か」
「なんでもない。ちょっと考え事してた」
 小学生になったくらいから、あんまりお母さんの料理を食べられなくなったなぁ。
 帰ってくるのも夜遅くだったり、そもそも帰ってこなかったりして。
 だから、比較的早くに帰ってくるお兄ちゃんが、ごはんを作ってくれたかな。
 お兄ちゃんは、お腹が一杯になれば、それでいい、みたいなところがあって。
 だから、てきとうにチャーハンとか、豚こま肉を焼いただけものもとか、だいたい炒めもので。
 正直、あんまり上手な料理じゃない。いまのわたしのほうが、よっぽどおいしい料理を作れるだろう。
 けれど、むしょうに食べたくなった。
 わたしのために、作られた料理を。
「うん、うん。ねえねえお兄ちゃん」
「そろそろ刺身か」
「ううん。お刺身、またこんどにしよう」
 お兄ちゃん、世の中に救いはないのか、みたいな絶望の表情をする。
 ごめんちょっとわらった。そんなにショックか。
「な、な、なんで?」
「ほら、わたしたちだけでおいしいもの食べるの、気まずいじゃん。たしかそろそろお父さんとお母さん帰ってくるよね。お盆だし」
「あ~、たしかそうだったな」
「だから、そのときに、みんなで食べよう」
「あー、うーん、そっかー、そうだよなぁ……はあ」
 ぐったりしてるお兄ちゃんの手を掴んで、ひっぱる。
「今日は、お兄ちゃんの料理が食べたいな」
「は? なんで?」
 お前が作ったほうがおいしいものできるだろ、とでもいいたそう。
 でも、ちがうんだなぁ。
「食べたくなったから。作って」
 首をこてんとかたむけて、かわいらしくおねがいしてみる。
 お兄ちゃん、まゆをひそめて、すっごくいやそうな顔。
 でも、それでも。
「わかった」
 お兄ちゃんはいってくれた。
 んふふ、たのしみ。



 家に帰って、買い物ふくろを床におろして、ふう。
 トイレットペーパーや野菜やお肉、スーパーで買ってきたものをしまってから、わたしはリビングのテーブルにすわった。
「さあさあ作れ~」
「まじで意味わからん。いや、まあ、いいけどね」
 エプロン姿のお兄ちゃんも、なかなかすてきじゃないですか。
 あれは、お父さんがまれに気がむいて料理をするときのエプロン。紺色で、すっごく地味なやつだけど、男のひとはこれくらいのほうがいい。落ち着いてて、かっこいい。
 リビングから、キッチンのお兄ちゃんの様子をうかがう。
 まずは、フライパンに油をしいて、ソーセージを炒めはじめた。てけとーにがっしゃがっしゃと揺らして、まんべんなく火をとおす。
 そして、たまごを中に落としていく。四個くらいぶちこんだ。
 ソーセージとたまごの炒め物かな、なんて思ったら、なんと、ごはんもぶちこんできた。
 ま、まさか、チャーハンなのか。ソーセージ皿によけてから炒めればいいのに、めんどくさがって、そのままじゃん。
 お兄ちゃんはそのままお米をかきまぜて、上から塩こしょうをふりかける。
 どうやら完成したらしい。大皿にどさりと盛って、こっちにもってきた。
「はい、チャーハン」
「う、うーん。これをチャーハンと認めていいのか」
 たまごは、うまく混ざらなかったのか、けっこう大きなかたまりが、ちょこちょこある。
 ソーセージにへばりついたたまごが、なんとなくシュールだ。
 鳥がらの出汁もなく、ねぎものっかっていない。豪快といえば言葉はいいけど、これはただ雑な料理だ。
 とりあえず、大皿からとりわけて、いただきます。
 もぐもぐ。うん、お米とたまごと塩こしょうの味がする。
 ソーセージをとって、ぱくり。うん、ソーセージの味がする。
 コメント、以上!
 お腹がいっぱいになればいい、というワイルド夜ごはんだった。
「やっぱり、てけとーだねぇ」
 お兄ちゃん、もぐもぐと食べながら、だからいっただろ、と目でいう。
 うんうん、わかっていたよ。ある意味予想どおり。
 べつに出汁をとれとまではいわないけど、鳥がらスープの素だってあるから、それをお湯でといて使ったり、上からふりかけたりすればいいのに。
 ソーセージだって、チャーハンにするなら薄くスライスしたほうが、お肉のうまみ成分のイノシン酸がよく出て、チャーハンになじむのになぁ。
 あとは、最初に刻みにんにくとおしょうゆを入れて、焦がしにんにくしょうゆとか。ねぎ、にんにく、そこらへんの、食欲をそそる香り成分がないんだよねー。
 いくらでも思いつく。ああしたら、こうしたら、もっとおいしくなる。
 でも。
「んふふ」
「なんだよ」
「おいしいよ、お兄ちゃん」
 これが食べたかった。
 わたしが作った、お兄ちゃんに食べてほしい料理じゃない。
 お兄ちゃんが作った、わたしのための料理。
 わたしは、この料理で育った。
 高校に通ってたお兄ちゃん、卒業して働きはじめたお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんが作ってくれたやつだ。
 家事も料理もめんどくさそうにしてたから、去年くらいから、わたしが手伝うようになって、いまでは、だいたいわたしがやるようになった。
 そんなわたしを、育ててくれた料理。
 まずいわけがない。
 食べれば食べるだけ、胸の奥のほうから、うれしくなってくる。
「はあ、しあわせ」
「え、え? なんなの、情緒不安定かお前」
「おいしいっていってんだから、すなおによろこべばいいのに」
「俺はまじでお前がわからねえわ」
「はー、まったくもう。なんでもないよー」
 お父さんとお母さん、帰ってきたらいっぱい甘えよう。
 そして、おいしいものを、みんなで食べよう。
 そうしてまた、働きにいってしまったら、お兄ちゃんにおいしいものを作ってあげよう。
 お兄ちゃんに料理を作ってもらって、こんなにもうれしくなるんだから、きっと、お兄ちゃんもうれしいはず。
 わたしは、しあわせをかみしめるように、お兄ちゃんの残念チャーハンをもぐもぐした。

   おしまい!
etunama

2018年08月12日 23時58分35秒 公開
■この作品の著作権は etunama さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:「おふろにする? ごはんにする? それとも、わ・た・し?」
◆作者コメント:ぁあああああああぁああ!

2018年09月03日 01時13分10秒
+20点
Re: 2019年01月08日 23時53分31秒
2018年08月27日 23時01分27秒
作者レス
2018年08月25日 22時26分40秒
+20点
Re: 2019年01月08日 23時08分15秒
2018年08月25日 18時57分56秒
+20点
Re: 2019年01月08日 22時57分12秒
2018年08月25日 15時45分20秒
+30点
Re: 2019年01月04日 22時48分36秒
2018年08月25日 11時55分50秒
+20点
Re: 2019年01月04日 22時20分31秒
2018年08月23日 04時20分11秒
+20点
Re: 2019年01月04日 21時56分54秒
Re:Re: 2019年01月05日 12時38分16秒
Re:Re:Re: 2019年01月08日 23時55分07秒
Re:Re:Re:Re: 2019年02月09日 21時39分49秒
2018年08月20日 21時44分04秒
+20点
Re: 2019年01月04日 21時44分25秒
2018年08月19日 21時26分59秒
0点
Re: 2018年09月12日 21時49分43秒
2018年08月18日 20時17分10秒
+10点
Re: 2018年09月09日 21時54分43秒
2018年08月16日 19時50分29秒
+20点
Re: 2018年08月31日 00時02分15秒
2018年08月15日 15時24分19秒
+10点
Re: 2018年08月29日 22時34分26秒
2018年08月13日 01時25分52秒
Re: 2018年08月29日 22時04分16秒
合計 12人 190点

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