キンタマフルエンザ |
Rev.01 枚数: 40 枚( 15,904 文字) |
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【メンテンスの予定】 8/10 メンテナンスなし……作品投稿期間初日 8/11-12 0:00-1:00……作品投稿期間 8/13 1:00-2:00……感想投稿期間初日 8/14-25 0:00-1:00……感想投稿期間 8/26 1:00-2:00……結果発表日 8/27-9/1 0:00-1:00……特別賞選考期間 9/2 1:00-2:00……特別賞発表日 ※メンテナンス中は漫画が表示されます。 【企画の簡単な流れ】 1.テーマと制限枚数に沿って執筆 今回のテーマは『金』です。枚数は2枚~100枚(800文字~40,000文字)です。 2.作品投稿期間に企画投稿室へ作品を投稿 8月10日~8月12日の期間のみ、作品を投稿できます。 作者名はご自身のペンネームをご使用ください。 作品投稿期間~感想投稿期間にかけては自動的にペンネームが伏せられ、 「競作企画」と表示されます。 結果発表時と同時に、伏せられたペンネームが開示されます。 3.感想投稿期間に企画投稿室へ感想を投稿 8月13日~25日の間に必ず1つ以上の感想を投稿してください。 感想投稿期間中に付けた感想の点数は非表示状態になり、結果発表時に公開されます。 4.結果発表&特別賞選考期間 8月26日にペンネームと点数が表示され、作者レスや返信ができるようになります。 同時に、結果が発表され、特別賞の選考期間となります。 結果には反映されませんが、引き続き感想をキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキン………… 「あーっ! やらかしたー!」 キンタマに覆われていくパソコンを目の前にして、頭を抱えて天を仰いだ。ラケンという小説サイトのとある企画のページを開いていたはずが、すでに画面の端から端までキンタマ一色、それが延々とスクロールしていく様子に愕然とするしかない。 最近噂になっているというコンピュータウイルスの話は聞いていたが、まさか自分のパソコンが感染するとは思わなかった。 新型コンピュータウイルス『GOLDEN BALL』。 感染力は弱く一気に広がって悪事を働くタイプではないが、一度感染すると全てのプログラムが破壊されて事実上使い物にならなくなる強力なコンピュータウイルス。画面いっぱいのキンタマが緊張感を無くさせるが、損失は計り知れない。 昨日開拓したエロサイトが地雷だったか。 はああ、と長い溜息を漏らし、電源を長押し、強制的にシャットダウン。キンタマだらけだった画面が真っ黒になり、薄暗く俺の顔が映り込む。丁度バイトの休みが繋がり剃り忘れた髭面に、寝不足が目立つ表情。そういえば尻も痛い。 これがエロサイト探していた結果か。夏休みとはいえ青春の高校二年生がこれでいいのか、遠藤夢黒。 自分の名前同様真っ黒な画面に語りかけてみたものの、だからどうなるものでもない。 ――――まあ、仕方ない。 人と会わないのに格好を気にする理由はないし、パソコンも長く使って動作が重くなってきたところだった。買い替え時かなとは思っていたのだ。 幸いスマホはあるからネットはできる。夏休みのバイトで金は溜まるだろうし……おっ? 手にしていたスマホが突如震える。珍しく電話だ。誰からだ? 「もしもし……ああ、なんだお前か」 電話の相手は、俺のよく知っている少女だった。 **** 連絡からしばらく経って、彼女はやってきた。 クラスメイトにして互いによく知っている幼馴染。ドイツの血が入ったクォーターで、金色の長い髪にエメラルド色の瞳はどんな画家でも絵画に残せない美しさだった。体が弱くあまり運動は得意ではないが、彼女が本を読む姿はあまり神々しく、周囲の男子があまりにも真剣に見つめてしまいしばしば熱中症で倒れるという事故が起きるほど。図書室に熱中症注意のポスターが張られているのも珍しいのではないか。 そんな少女が、季節外れのマスクをつけて俺の部屋にちょこんと座っていた。 「どうした? 何も言ってくれないと俺でもわからんぞ」 キンキンに冷えた麦茶を入れてやり、彼女の正面に座布団を敷いて座る。マスクで見えにくいが、どうも顔が赤いようだ。風邪でも引いたのだろうか。 「……、……っ」 何か言いかけて、またやめてしまう。さっきからこれの繰り返しだった。 「マリア。心配するな」 俯いてしまったマリアに、俺はできるだけ優しく話しかけた。 「言い辛いことなら、言わなくてもいい。でもな、話すだけでも楽になることってあるだろ。もちろん、俺にできることがあれば、できる限り力になってあげたいと思ってる。何より、どんなことだろうと、絶対に笑ったりしない」 マリアは小さく顔を上げると、上目遣いに俺の様子を盗み見た。パチンと似合わないウインクで応じると、彼女の目元に微かな笑みが浮かぶ。 マスク越しにもわかるくらいに唾を飲み込み、深呼吸を二回、三回と繰り返すと。 彼女はようやく、意を決したように、言った。 「……キンタマ!」 その場が水を打ったように静まる。目に見える全てがスローモーションになったような錯覚に陥りかけた、その一瞬の後。 「「ぶわっはははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」」 俺は大爆笑した。 「ぶわっはっはっは! ふふ、いただきましたー! マリアから、超絶美少女から『キンタマ』発言いただきましたー! やべー! 超貴重映像来たー! くくっ、ありえない瞬間来たわー!」 やべー、笑い過ぎてお腹痛い。立ち上がれないくらいだわホント。 ついに涙すら出そうになった目をこすると、真っ赤になったマリアが目端をジワリと滲ませてぷるぷると震えていた。 「……っ! っ!」 笑わないって言ったのに、と目が言っていた。それを口に出せないのは、言葉にできない理由があるのだろう。 「うひひ、わ、悪いとは、ハハ、思ってるけど、笑うってこんなん、なあ」 「んじゃんじゃ、いやいや」 俺が同意を求めたのは、この部屋に来ていたもう一人の少女だった。目を隠すように黒いハチマキを巻き、目の部分だけくりぬいて前が見えるようにしている不思議なファッションセンスの持ち主で、口調もまるでデタラメ、基本的に変人なもう一人の幼馴染。 「ウチは笑うとらんよ、ムクロだけじゃ」 「嘘つけ、俺と一緒に笑っただろ。二人分の笑い声だったぞ、ミクニ」 口元綻んでるぞ、しっかり笑ってるじゃねーか。 しかしマリアからは良く見えなかったのか、ミクニの後ろに隠れるとジロリと俺を睨みつける。可愛い顔で凄まれても怖くないが、話が進まないのでさっさと折れることにした。 「わかったわかった、俺が悪かったって。もうしないから、な?」 深く頭を下げると、不満たらたら感は出しつつも受け入れてくれた。 「まあそもそも『キンタマ』しか言えないのに説明とかできるわけないんだよな」 「ッッッ!?」 目を見開いたマリアに、「さっきミクニから電話で聞いたから」と答えると、「情報は先ん知っとった方が話が早いじゃんろ」と素知らぬ顔で応じるミクニ。 珍しく電話が来たと思ったら、『マリアちゃんがキンタマしか喋れんくなった。軽くイジッてから助けたげて』と頼まれていたのだ。マリアの驚きようから察するに、彼女には『相談しに行こうよ』くらいにしか言ってなかったのだろうが。 何の冗談かと思ったが、直接見ると本当なんだなと思うしかない。 「キン、キンタ……」 文句を言おうにも『キンタマ』としか言えないので、口をもごもごさせた後にむすーっと黙ってしまう。 さて、改めて二人の紹介でもしておこうか。 キンタマしか言えなくなったクォーター少女が香取・ノーティラス・テラ・マリア。イニシャルでK・N・T・Mと覚えると覚えやすい。外見はさっき言った通りの超絶美少女だ。 もう一人の変人が藤原美国。『ふじわら』ではなく平安時代っぽく『ふじわらの』と自称しているが、詳しいことはよくわからない。 マリアとは小学校から、ミクニとは物心ついたころからの付き合いである。 「で? マリアはなんでこんな面白いことになったんだ」 「キンタマ!」 面白くない! と言うつもりだったのだろう。マリアがうっかり喋ってしまった口を手で覆う間に、ミクニがスマホをいじる。 「うんむ、さっきちぃとばかし調べてみたら、多分これかんなって思うもん見つけたーよ」 「どんなだ」 「キンタマフルエンザ」 「それだな」 間違いないな。 ***マ ひとしきり笑った後、「さて」と話を切り出す。 「しかしどうすりゃいいんだろうな、キンタマフルエンザ」 「せやんねえ。そもそもこれじゃコミュニケーションもとれんじゃんのう」 ミクニと二人で頭を悩ませる。 「そもそも、本当にキンタマしか喋れんのんかんな? 頑張ったら一つ二つ出るかもしれんて」 「物は試しか、ひとまずやってみよう」 まずはミクニがチャレンジ。 「ほんじゃあマリアちゃん、ピザって十回言って?」 「キンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマ」 「じゃあここは?」 「キンタマ」 「ぶぶー、ウチにはついとらんよー」 ミクニが俺を誇らしげに振り返る。 「どうじゃった?」 「何の参考にもならなかったな」 選手交代。 「よし、今から俺が何か言うから、続く言葉を言ってくれ」 こくり。 「ある日、森の中、くまさんに」 「キンタマ」 「イナバならー、百人乗ってもだーい」 「きんたまー」 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列!」 「金! 玉!」 「どうだった?」 「キンタマしか言うとらん」 うーん、ノリとリズムでも思わず違う言葉がぽろりすると思ったんだが、当てが外れたか。 「ところでミクニ」 「んちゃ?」 「お前まったく躊躇うことなくキンタマって口にしてるけど恥ずかしくないのか?」 「ウチに少女的な羞恥心などない」 言い切ったよこの子。 「それじゃあ、徐々に広げていくってできないかな」 「ア○ル?」 「俺のじゃねえよ。いやそもそもア○ルでもねえよ」 「別に君のとは言ってなーよ」 ――――沈黙。 そして元に戻る。 「……それじゃあ、徐々に広げていくってできないかな」 「……うん、どういうことかな」 ミクニの声がいつもの倍くらい重くなっていた。間違いなくドン引きしているが、これ以上追及しようとしてこない気遣いに感謝して続ける。 「つまり現状キンタマしか発言できないけど、それに近い言葉なら言えるようにならないかって。そこから徐々に、使える単語を増やしていくとか」 「ふむふむ、例えば?」 再びマリアに向き直る。先ほどのア○ルの件で白い目を向けるマリアの視線を微妙に逸らし、質問をぶつけた。 「最近実写映画第二弾が話題の、ジャンプで連載している架空の江戸が舞台の漫画といえば」 「キンタマ」 「N○Kで放送されている、忍術学園の子どもたちが主役のアニメといえば、なに乱太郎?」 「キンタマ」 ダメか。キンタマ乱太郎とか絶対放送できねーよ。 がっくりと項垂れた俺に、ミクニがポンと肩を叩き、言った。 「諦めたらそこで試合終了だよ?」 「今言うな名台詞が汚れる」 むすっと言い返してから、「まあ、印象に残っているセリフとかならぽろって出たりするかもな」と考えを改める。 「俺はあれかな。『酒はダメなんで、オレンジジュースください』。やっぱ戸愚呂って格好良いわ」 「またマニアックなところを……。ウチはあれやんね、ドラゴンボールの最初の願い事」 「『ギャルのパンティおくれ』?」 「そうそうそれそれ……え?」 「どうしたミクニ。願い事はそれで合ってるぞ」 ミクニはポカンと口をあけたまま、よだれが垂れているのも気づかないようだった。訝しげに眉を顰めた俺に、彼女は幾分真面目になった声で、 「ウチ、今言うてない」 「はあ? 俺でもないぞ。じゃあ誰が……」 俺でもミクニでもなければ誰か。 そんなもの、答えは一つしかない。 ここにいるのは俺とミクニと、あと一人。 「……ギャルのパンティ、おくれ」 マリアだけ。香取・ノーティラス・テラ・マリアしかいない。K・N・T・Mしかありえない。 三人はゆっくりと互いを見返し、同じ言葉を繰り返す。 「ギャルのパンティおくれ」 「ギャルのパンティおくれ」 「ギャルのパンティおくれ」 三人の声が揃う。キンタマ以外の言葉を、マリアが口にしている。 「ギャルのパンティおくれ!」 「ギャルのパンティおくれ!」 「ギャルのパンティおくれ!」 まだキンタマフルエンザは何も解決していない。喜んでばかりもいられないのはわかっている。 それでも。 それでも、一歩進んだ。 マリアが久しぶりに、キンタマではない言葉を発することができたのだ。 今だけは、これを共に喜びたい。 「「「ギャルのパンティおくれ!」」」 きっと錯覚だとはわかっている。しかし俺には確かに、祝福するように降り注ぐギャルのパンティの雨が見えていたような気がした。 **タマ 名言作戦は功を奏し、「ギャルのパンティおくれ」以外にもう一つ、「それは私のおいなりさんだ」も喋れることが判明した。ありがとう変態仮面。 「しかし、この二つだけでは日常生活に支障をきたすのは変わらないよな」 「せやな」 遊ぼうっていうと、キンタマっていう。 バカっていうと、ギャルのパンティおくれっていう。 ごめんねっていうと、それは私のおいなりさんだっていう。 こだまでしょうか、いいえ変態です。 「間違いなく人間関係が崩壊するな」 見ろ、想像した未来に絶望してマリアが隅っこで体育座りしている。 「とりあえずコミュニケーションだけは成立させないとな。この三つの言葉を上手く使って」 「思いついたん」 挙手したミクニに「どうぞ」と促す。 「ギャルのパンティおくれをYES、それは私のおいなりさんだをNO、として使えば、少なくてもはい、いいえだけはコミュニケーションできるんじゃないかな」 「ほう」 なるほど、良い考えだ。試す価値はある。 「よし、やってみよう。ほらマリア、部屋の隅っこで一人ジャンケンしてないでこっち来て」 完全に俺らに背を向けていたマリアを呼び戻し、日常生活の1シーンを再現して本当に可能かを調べる。 「ショートコント、お昼ご飯」 「……っ! ……っ!」 ショートコントという言い方が気に入らなかったのか、マリアが顔を真っ赤にして何やら言いたげにしているけど、無視する。 「さーてお昼ご飯の時間だ」 「いただきまーす、あれ、マリアちゃん今日少なーね、ウチのからあげ分けたげよっか?」 「ギャルのパンティおくれ」 「仕方なーな」 「脱ぐな」 頭にチョップしてミクニを止める。 「マリアのハンバーグ美味しそうだな、一つもらっていいか?」 「それは私のおいなりさんだ」 「ほら、お前の好きな卵焼きと交換で良いから」 「ギャルのパンティおくれ」 「仕方なーな」 「脱ぐな」 頭にチョップして膝までずり下げたミクニを止める。 「ふむ、思ったより会話が進むね。キンタマだけだったときよりずっと良いんと違う?」 「そうだな」 からあげよりパンティを欲しがったりハンバーグをおいなりさんと認識しているような誤解を招きかねないリスクは孕んでいるが、概ね良好と言っていいだろう。 事態は徐々に改善に向かっている。 ふと、マリアが立ち上がりドアへと歩き出した。 「どこ行くんだ?」 「おしっこ」 そう答えて微妙に内股になったマリアが部屋を出て行く。 「おしっこは普通に出るんだな」 「膀胱に支障はないかんね」 「いやそうじゃなくて」 キンタマ以外にも喋れる言葉はあるんだなということだ。おそらくお手洗いとかトイレという単語がおしっこと変換されたのだろう。アドリブの効くキンタマフルエンザだ。 今喋れるとわかっているのはキンタマ、おしっこ、ギャルのパンティおくれ、それは私のおいなりさんだの四つ。そしてこれらの共通点として、物理的にキンタマに近い。 ならば。 「つまりキンタマに近い物なんら、喋ることができるかもしれんと?」 「可能性はある」 となると、真っ先に思いつくのは。 「オチ○チンやね」 「臆面もなく言い切ったな」 流石に女子としてどうだろう。 「しかしキンタマであれだけ恥ずかしがっていたマリアにそれを言わせるというのは、何というか」 セクハラだよな。 「大事なのはセクハラで君が捕まるかどうかよりも、マリアちゃんが喋れる言葉を一つでも多く見つけること、そして恥ずかしがるマリアちゃんを眺めて貴ぶことじゃないんの?」 「半分は合ってるけど最後のはおかしい」 気持ちはわかるけど。 「……まあ、そうだな。セクハラにならない範囲でやってみるか」 「よし、じゃあ早速オチ○チン見せて」 「何でだよ」 「見た方がより確実やんろ。大丈夫、ウチが見た君のオチ○チンなら犯罪にはならんから」 「お前が見たのは幼稚園くらいの頃のだろ。今はもう大きくなってる」 「興奮したん?」 「成長したんだ」 まったくどこまで変態なのか、とため息をついた、その時だった。 「キンタマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」 部屋の外から甲高い悲鳴のようなキンタマが聞こえた。 「マリア!?」 おそらく悲鳴がキンタマ化したのだろう、ただごとじゃない声に慌てて部屋を出ると、彼女がいると思われるトイレへと走る。 トイレには誰もいなかったが、向かいの洗面所のドアが開いていた。 そこには、ぺたんと床に座り込んだマリアと。 地を這う黒い異形の生物。 ゴキブリだ! 「にょわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」 俺は開けっ放しになっていたドアによじ上り、ゴキブリから三次元的に距離をとった。 幸いにして奴は飛行することなく、廊下に出るとすぐに見えなくなった。 やかましく鳴り続ける心臓が落ち着くのを待って、周囲を警戒しなからゆっくりと床に降りる。 「大丈夫か?」 未だ立ち上がれないマリアに手を差し出すも、立ち上がることができない。どうやら腰が抜けてしまったようだ。 「やれやれ、しょうがないな。ほら」 マリアの前でかがむと、おんぶを促す。 しばし躊躇っていたが、やがて諦めたように首に手を回すと、体重を預けてきた。 でかい。 「まあ、あれだ。夏だからな。奴も出る」 「……ギャルのパンティおくれ」 そうだね、という意味か。 決して間に合わなかったから新しい下着くださいという意味ではないだろう。 「そう言えば、前にもこんなことあったっけな」 あれは小学生のときの林間学校だったか。 キャンプ場回りの林を利用して肝試しが行われ、俺とマリアがペアになった。 所詮は小学生がほとんど即席で作った驚かしやギミックだったので大したものではなかったが、ミクニだけは恐ろしくリアルな物を作ったため、マリアが腰を抜かして立てなくなったのだ。 あのときはでかいだけじゃなく、背中の下の方に冷たい感触もしたが、あえて気づかないことにしたっけな。 あの頃とは随分違うだろうが、今はキンタマフルエンザで相当精神的に疲れているのだろう。年頃の女の子がキンタマを連呼せざるを得ない状況なのだ、無理もない。 「昔さ、クラスでアンケートやったろ? 一番運動神経が良い人とか、一番可愛い女の子、とか」 こくりと背中でマリアが頷く気配がした。 「そこでさ、いざというときに頼りになる男第五位が俺だったんだぜ。任せとけって」 「……キンタマ」 五位かよ、という小さな笑い声を聞いた気がした。少し温かくなった気配に、ほっと息をつく。 部屋に戻ると、「にょわああ」と大げさに驚く振りをするミクニが、明らかにバカにする目で俺を見ていた。 *ンタマ 「ある程度コミュニケーションがとれるとはいえ、根本的な解決にはなってないよな」 俺の問題提起に、二人の少女が頷く。 「やっぱりひとまず医者に見せたいところなんだけどな。薬でなんとかなるかもしれないし、ほら、インフルエンザでよく使うアレとか」 「タマフル」 「タミフルな」 「それ。調べてみたけんど、名前が似てるだけでインフルエンザとは完全に別物やき、かえって危ないかんもしれんよ」 ミクニがスマホをいじりながら言う。 「……ん?」 そのスマホにどこか違和感があった。 「そもそも体は健康そのものなんし、迂闊に薬に頼るんは余計に危ないかもしれんよ」 「だめか」 「そんに、マリアちゃんも今の状態を他人に見られるのは嫌なんじゃないかんな」 「そうなのかマリア」 「ギャルのパンティおくれ」 「そうか」 だとすると、できる限りはここで頑張るか。 「せめて感染源とかわかればな。誰からうつされたかわかるか?」 「それは私のおいなりさんだ」 「わからないか。うーん、ミクニ、ネットに何か良い情報ないか?」 「ないねえ、君もパソコン使って調べてよ」 「アレで? 無理。さっき壊れた」 うーん、いよいよ行き詰まってきたな。 まあ体調に影響がないのが救いといえば救いか。夏休み中だから人と会う機会は少なくできるし、対策を考えるのに時間は充分ある。 マリアもだんだんと慣れてきたのか、部屋に来たときは真っ赤だった顔は今はもうすっかり元の顔色を取り戻している。見ているだけで心奪われるような、白磁の陶器のような美しさ。 いや、むしろ青白いくらい……。 「マリア?」 様子がおかしいことに気づいて声をかけたのと、彼女は糸の切れた人形のように倒れ込んだのはほぼ同時だった。 倒れた拍子に、彼女のスマホが床へと滑り落ちる。 「マリア!」 弾かれたように駆け寄り、彼女の顔を覗き込む。相変わらず熱はないようだが、呼吸が弱く意識が朦朧としている感じだ。 なんでこんな急に。くそ、くそう。 体調に変化がないと聞いて油断した。もっと危機感を持つべきだった。急いで救急車を呼びスマホをきると、自分の不甲斐なさに奥歯をギリと噛みしめる。 「くそっ!」 ドンと床を叩くと、衝撃で落ちていたスマホが揺れた。マリアが倒れた時に落ちたスマホだ。 そういえば、彼女は部屋に来てから一度もスマホを触っていない。 ふと、最初に連絡してきたのも当事者のマリアではなくミクニだったことを思い出す。言葉ではキンタマしか言えなくても、ラインやメールなら普通に説明できたのではないか? ぞくりと湧いた嫌な予感に、ゆっくりとスマホを手に取る。ロックを解除するまでもなかった。 画面いっぱいに広がりスクロールし続けるキンタマ。見間違えようもない、新型コンピュータウイルス『GOLDEN BALL』だ。 「……パソコンやスマートフォンに感染後、感染した機器から特殊な電波を放ち、人体に感染する特殊なウイルス」 「ミクニ?」 「今ちょうど沸騰ワードで上がってて、張られてるリンクに飛んだらそんな文章があったんよ。はは、まいったんね、感染源はスマホとね」 いつもと違う、渇いた笑みを浮かべていた。嫌な予感をじわりと重みを増していく。 何故こういうときに、違和感の正体に気づくのか。 ミクニのスマホが、いつもと違うことに。 「……ウチのホントのスマホはこっち。これはお兄ちゃんから借りたん」 そう言って、見慣れたもう一つのスマホを俺に投げよこす。 ごくりと唾を飲み込み、スマホをタッチする。 案の定、画面はキンタマだらけになった。 「……ウチももうすぐ、キンタマ以外喋れんくなる。まあウチは元々こういう子ぉやし、別にかまわんけどな」 「ま、待て、俺だって、あれ」 机の上に置いてあるパソコンを指し示す。二人と会う少し前にウイルスに感染し、使い物にならなくなったものだ。 つまりここにいる三人、全員がキンタマフルエンザにかかっている。 「嘘……だろ」 足から力が抜けて、どすんと尻餅をついた。マリアは変わらず、起き上がる気配はない。 「……だからんさ、今のうちに、キンタマしか言えんくなる前に、言っときたいことがあるんよ」 「ミクニ?」 彼女はそっと俺に近づくと、声を小さくして言った。 「ウチはさ、こんなウチを受け入れてくれた二人が大好きなんよ。冗談得意じゃないんに、きちんと付き合ってくれて笑ってくれるマリアちゃんが大好き。あんまり顔に自信なかったウチに、少し隠せばミステリアスで美人に見えるて言ってくれた、ムクロが大好きなんよ」 目隠しの奥の瞳が、まっすぐに俺を見据える。俺は昔、この子にそんなことを言っていたのかと小さく驚いた。 マリアほどではないけれど、ミクニだって黙っていれば充分に可愛いのに。 「三人でずっと一緒にいたいから、もし君の傍に違う女がいるてなったら、うちはそいつ殺してしまうかもわからん」 怖いよ。 「だからんな、お願いなんよ。マリアちゃんを正妻にして、ウチを愛人にしてほしい。すれば、ずっと三人いられるやんか」 「……な、は? いや、おい」 「口約束でええんよ。ただ、キンタマキンタマで会話するしかなくなる前に、ロマンティックなことしたいやんか」 「……不倫二股前提の会話が、ロマンティックか?」 「真剣な愛なら純愛なんよ」 言ってることは滅茶苦茶だ。 でも、思いだけは本物だ。それだけはハッキリわかる。 だから俺も、真剣に答える。 「正直に言って、俺はまだ二人とそういう関係になろうと思ってなかった」 「……そっか」 「それは、俺自身の気持ちに整理がついてなかったからだ。二人ともなんて考え方は自分勝手でみんなを傷つけるものだと思ってたからだ」 「……え?」 「だから、実際これからどうなるかはわからない。でも、今のこの気持ちだけはハッキリしておきたい。そして本当にそうなれるなら、俺はそのために全力を尽くす」 ゴクリと唾を飲み込む。顔が熱いけど、これはキンタマフルエンザの症状じゃない。キンタマフルエンザに発熱の症状はないからだ。 ぐっと拳を握りしめ、叫ぶように言う。 「なぜなら、俺にとって二人は何より大切な存在だからだ。なぜなら、俺は、マリアもミクニも、両方とも大キンタマ!」 確かに言ったはずだった言葉が、全く異なる言葉に変わっていた。 発症した。あとほんの一瞬早ければ。後悔と落胆に天井を仰ぐ。小さく乾いた笑みが漏れた。 「キンタマ」 何を言ってもキンタマにしかならない。そしてミクニもまた、「キンタマ」としか言わなくなっていた。 遠くから救急車の音が聞こえてくる。ああ、もうすぐ終わる。 キンタマしか言えない未来は考えたくないが、まあなんとかなるだろう。 ただ、ちゃんと言葉で気持ちを伝えられなかったことだけが心残りだ。 同じ気持ちなのか、ミクニもニッと笑みを浮かべて、親指を立てる。 「キンタマ」 「キンタマ」 同じように親指を立てる。ああ、なんだか思考すらキンタマ化してきた気がする。走馬灯を見るように過去の記憶がよみがえり、そのたびにキンタマに塗りつぶされ考えることすらキンタマにキンタマがキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマギャルのパンティおくれキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマキンタマ…… キンタマ 三日後。 なんか普通に治ってた。 「まさか寝て起きたら治るとはな。心配することなかったのか」 「そうだね、あー普通に喋れるって幸せー!」 ぐーっと背筋を伸ばしてマリアが快晴の空に向かって叫ぶ。今日の彼女は麦わら帽子に白いワンピース、狙ったような衣装にはもう見惚れるしかない。 新型コンピュータウイルス『GOLDEN BALL』から端を発したキンタマフルエンザは、一晩経てば自然に治るものだった。コンピュータウイルス自体がマイナーなエロサイトさえ踏まなければ二次感染もないなので、発症者も少なかったという。すでにあのエロサイトも封鎖され、キンタマフルエンザそのものが都市伝説化しつつああった。 「今日はどこ行こっか? ピクニックもいいし、プールも行きたいな。暑さ考えると映画とかでもいいかも。あー楽しみ。やっと夏休みらしくなった気がする!」 「今日は随分よく喋るな」 「いつまたキン……しか言えなくなるかわかんないからね。後悔しないように、今のうちにもっといっぱい喋っとくって決めたんだ。もちろん独り言じゃ寂しいから、君にも付き合ってもらうからね」 「はいはい」 肩をすくめて応じる。「よろしい」と偉そうに笑う彼女に、でもどこか喜ばしいものを感じていた。 昔のマリアは、名前が長いことや容姿が他の子と違うことであまり輪の中に入れず、どちらかと言えば大人しい子だった。俺やミクニと一緒にいても、話し手はミクニか俺で、マリアは聞くことの方が多かった。 経緯はどうあれ、良く話すようになったこと、明るくなったことは、とてもうれしい。 そういえば、結局キンタマフルエンザの感染源が『GOLDEN BALL』で、それはあのエロサイトを見たから感染したんだよな。 つまり……。 いや、やめておこう。女の子でもそういう気分になることはあるし、からかわれたらマリアも嫌な気分になるだろうし。そっとしておこう。 「……なに? なんかすっごいニヤニヤしてるけど」 「そうかあ? 気のせいだろう?」 でもいつか絶対イジってやろ。 赤信号に足を止めると、「そういえばさ」と、少し緊張した様子でマリアが話しだした。 「君の部屋で倒れた時、実は少しだけ意識あったんだ」 「ふうん……はあ!?」 「おっ、そのリアクションはやはりやましいことがありますな?」 やましいというか、やらしいというか。いや、エロい話はしてないけど。 「ひょっとして私の夢の中だったなのかなと思ったけど、やっぱり実際あったんだね。正妻とか、愛人とか」 ジトッと睨まれると、恥ずかしさやら後ろめたさやらで嫌な汗が背中を伝う。 「あ、いや、あのな、あれはあくまで話の流れであって、もちろんすぐにそういう関係を二人となんて思ってはいない。断じて、思ってないぞ」 「思ってないんだ?」 「もちろん」 「なんで?」 なんでって。 「そりゃ、マリアは嫌がるだろ。ミクニはああいう感じだから別にいいんだろうけど」 「ふーん、私は嫌がると思うんだ」 な、なんだその反応は。 思わずたじろぐ俺に、マリアが一歩詰め寄る。 「本当に、嫌だと思う?」 「お、思う」 すでに信号は青に変わっている。いつまでも動き出さない二人に、道行く人の訝しげな視線を感じたが、マリアに気圧されて動けない。 「本当の本当に、私が嫌だーって、思うと思う?」 口の中が乾き、唾を飲み込むと、こくんと頷いた。 エメラルド色の瞳が間近にある。今日は薄く化粧をしていたのか、いつもより少しだけ紅い唇は、ちょっと頑張れば簡単にくっつきそうだった。 「正解は……」 彼女はそう言って、ゆっくりと唇を耳元に寄せる。 そして、そっと囁いた 「――――それは私のおいなりさんだ♪」 |
燕小太郎 2018年08月12日 20時41分36秒 公開 ■この作品の著作権は 燕小太郎 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2018年08月27日 18時45分37秒 | |||
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Re: | 2018年08月28日 20時01分09秒 | |||
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Re: | 2018年08月28日 19時57分58秒 | |||
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