とある大学生の日常 |
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A大学から最寄り駅を超えて少し行ったところにある寿司屋「緑月」。A大学の学生でその店のことを知らない人間はモグリといって差し支えない。 その事情は彼らも同様で、むしろ飽きるほど通っていた。 にもかかわらず二人の女の子は期待に満ちた目でそのすし屋を見ていた。 「今日は食べるぞ~」 らんらんと瞳を輝かせたそう言ったのはツインテールの活発そうな女の子。しっぽが生えていたらはち切れそうなほどぶんぶん降っているに違いないだろうテンションでそういう女の子に、もう一人の少女はたしなめるように言う。 「サユちゃん、あまり高いものばかり頼みすぎちゃだめですよ」 「え~なんでよ」 「なんでもです。おごられる側にも礼儀っていうものがありますから」 そう言ってサユを注意した少女、ユリは長い黒髪を揺らした。 ユリの態度は好感が持てる。ただそれも時によりけりだ。 「まあまあユリちゃん。いつもはそうだけどさ、今日ははめ外して高いもの頼んでもいいんだよ」 ユウタがそういってなだめると、ユリは不安そうに見返す。 「ですが……」 学生御用達のため安いネタや丼物も豊富にそろえている。とはいえ腐っても寿司屋。金を気にしないとなれば一体いくらになるか想像すらできない。 そんな心配をするユリに、サユは軽く肩をたたく。 「ほらユリはいつも硬いんだよ。先輩がこう言ってくれてるんだから甘えようよ。ね、先輩?」 近寄ってきて上目遣いで自然な感じで媚びるサユにユウタは苦笑する。 「もちろんどんどん甘えていいんだよ」 そんなことをされて気をよくしない男はいない。ユウタはユリを安心させるために続ける。 「競馬に大勝ちするなんてめったにないんだからさ」 「あはは」 ぎこちなく笑うユリ。 多少は緊張感がほぐれたかなと思っているとサユがぴょんと飛び出す。 「そんなことないですよ。先輩だから勝てたんです」 「そお? ま、そんなことあるけどね」 ユウタは調子に乗って笑う。 そんな気分に冷や水を浴びせるような声が飛び込んだ。 「俺もおごってもらってよかったのか?」 ユウタが後ろを向く。 そこにいたのは忌々しい、見慣れたイケメンだった。 二人の後輩に気づかれないようにユウタは笑顔を形作る。 「もちろんだって。遠慮するなよ」 器の大きい先輩というものを見せるためにもケンタだけ仲間はずれにするということはできない。 「でも俺お前と同期だし」 「いつも助けてもらっているからその礼だと思ってくれよ」 「そうか? じゃあ甘えさせてもらおうかな」 ケンタが照れながらそういうとサユがぴょんとケンタの方に向き直った。 「そうですよ。ケンタ先輩も遠慮してないでどんどん食べていいんですからね」 「なんでお前が威張ってんだよ」 「え~? ダメですか?」 サユとケンタの掛け合いを見てユリもかすかにほほ笑む。 またこれだ。 ケンタといるといつも味わうこの感じ。主役を一気に持っていかれるような喪失感。 この場で注目を集めるべきは三人におごるユウタのはずなのに、いつの間にか二人の後輩の注目はケンタに移っている。 だからケンタを誘うのは嫌だったんだ。 だがそれも今日までだ。今日俺は金の力で主役の座を奪い取ってみせる。 楽しそうに笑う同期と後輩を後ろから見ながら、ユウタはそんな格好の悪い決意を固めていた。 ユウタはトイレの鏡を見ながら考えていた。 「何か用か?」 後ろの扉が開いてケンタが入ってくる。 「ケンタ、お前に頼みがある」 「なんだよ改まって」 「俺に協力してほしい」 「何に?」 「俺はあの二人のどっちかと付き合いたいんだ」 ユウタの一世一代の告白を、ケンタは真顔で受け止めた。 そしてこてっと小首をかしげた。 「勝手に付き合えば?」 「あっさり言うなよ。俺はお前みたいに道を歩けば告白されるような人生送ってきてないんだ」 「え? 俺いつの間にお前の中でそんなハーレム漫画の主人公みたいな気持ち悪いやつになってたの?」 「おいおい。そんな自分を卑下するもんじゃないぜ」 「してねえよ。そんなうらやましい人生送ってないって言ってんの!」 「はっ! これだからリア充は! 知ってんだぜ。お前に彼女がいることくらい」 「彼女がいればモテモテなら世の男性のほとんどはハーレムみたいな生活送ってることになるだろ」 「そういうとこだよ! さらっと世のほとんどの男には彼女がいる前提で話すあたりがお前がモテモテな人生を送ってきてる証拠なんだろうが!」 「わ、わかったから落ち着けって」 激高するユウタをケンタはなだめるように言う。 「ケチなお前がおごるとか言い出すから何かと思えばそういうことだったのか」 「当然だ。下心なしにおごるわけないだろう」 「でもな、おごったからってモテるってわけじゃないんだぞ」 ケンタがそういうとユウタは馬鹿にするように鼻を鳴らした。 「何言ってんだよ。女なんてどんなにお高く留まっていても金についてくるもんだろ。金をばらまけばモテる。それが俺がお前に学んだ処世術だ」 「俺そんな下品なこと言ったことねえよ!」 思わず叫んだケンタは慌てて口を閉じてきょろきょろとあたりを見渡す。 近くにだれもいないのを確認してほっと息をつく。 「で、どっちと付き合いたいんだ?」 「それはどっちでもいい」 「どっちでもいいって、それはさすがにひどいんじゃないか」 「何言ってんだ! サユは甘え上手でどんな男もいちころな小悪魔的な可愛さがあるし、ユリは清楚な女子大生って感じで上品な魅力がある。どっちと付き合えても男冥利に尽きるだろ」 「じゃあどっちかが好きってわけじゃないんだな」 「何言ってんだ。どっちも好きなんだよ。好きじゃないのに付き合いたいわけないだろ」 悪びれもせずそういうユウタにケンタは頭を抱える。 「まあそういう気持ちもわからなくはないけどな。まあいいや。言いたいことは山ほどあるけどとりあえず置いといて、俺にどうしてほしいんだ?」 告白したいのなら勝手にすればいい。 だがわざわざ食事中に呼び出すということは今ここで何かしてほしいことがあるということだろう。それをケンタはユウタに訊ねた。 するとユウタはキリっと真面目な顔をした。 「俺を立ててほしい」 「立ててるじゃないか。みんな感謝してるぞ?」 「何言ってんだよ。店に入ってからずっとお前が話題の中心じゃないか。何だよお前の父親がテロの犠牲になりそうで間一髪だった話。初めて聞いたぞあんなドラマになりそうな話」 「たまたま思い出したんだよ」 「たまたまで後輩二人の注目を奪ったってのか。さすがにスポットライトが当たる人生しか生きていないやつは言うことが違うな」 「俺に当たるなよ。結局お前は何が言いたいんだ。」 「ここは俺のおごりなんだから俺が話題の中心がいい!」 子供のようなことをいうユウタに、ケンタはため息をつく。 「……わかったよ。お前を立てればいいんだな?」 「それで頼む」 二人は意思を統一すると席に戻る。 「あ、先輩たち遅~い」 ウニをおいしそうにほおばりながらサユが黄色い声を上げる。 「いや~ごめんごめん。友達の電話が長くてさ」 「俺はウンコが長くて」 「ユウタ先輩。食事の場でそういうこと言うのやめてもらえます?」 ユリにマジトーンで注意され、ユウタは落ち込む。 「そういえばユリちゃんまだ大トロ食べてないね」 空気を察したケンタが慌てて助け舟を出す。 「ほんとだ。いつも個々の中トロとか大トロをおなか一杯食べたいって言ってたじゃん」 「い、いえ、好きなもの十分食べてますし。しめさばとか」 「一番安いやつじゃ~ん。せっかくなんだから普段食べられないやつ食べようよ」 「で、ですが……」 「せっかくだから好きなもの食べてよ。遠慮されると俺悲しいな」 ユウタがかっこつけておどけた調子で言うとユリは「じゃあ……」とおずおずと中トロを頼みだした。 とはいえまだ硬さがみられる。 やはり遠慮しているのだろうか。 ならばとユウタはポッケに指を這わせる。 競馬に勝って手に入れた札束を見れば安心して食べてくれるだろう。 そんな思いが一瞬にして焦燥に変わる。 ない。ない? ない! 財布がどこにもなかった。 まさかどこかに落とした? あれにはまだほとんど札束が入ってる……いや、それどころじゃない。 そこまで考えてユウタは顔を真っ青にする。 ここの払いをどうするか。 いまさら払えないと言い出せばユウタの信用はがた落ち。二人のどっちかと付き合うという夢は藻屑と消える。 ユウタは助けを求めるようにケンタを見る。 (さ・い・ふ・が・な・い) 目が合うと口パクで事情を伝える。 するとケンタはわかっているとっばかりにうなづいた。 さすがは親友。まさかこれだけで意思が伝わるとは。 さりげなく二人に食事を抑えるよう誘導してくれるものと考えたユウタは次のケンタの一言を期待を込めて待った。 「二人ともじゃんじゃん食べちゃいなよ。ユリちゃんは大トロ? サユちゃんはまたウニ? 好きだね~」 そしてなぜかケンタはさらに高いものを食べさせようと誘導を始めた。 ドン、とユウタは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。 「ど、どうしたんですか?」 「いや、なんでもないよ」 心配そうにのぞき込んでくるユリに、ユウタは空笑いを返す。 考えてみれば当然のことだった。ユウタはさっきトイレで自分を立ててくれといったばかり。そのユウタが何か言いたそうにしているのならそっちに話をもっていこうと考えても不自然なことではない。 「あ、あの……大丈夫ですか? やっぱりここの払いが不安になったんじゃ……」 「そんなことあるわけないじゃないか。じゃんじゃん食べてくれよ」 心配してくれるユリに向かって虚勢を張ってそういう。 ユリはわかったようなわからないような顔をしてマグロを醤油に憑ける。 何とかユリはごまかせた。あとは個々の払いの対策を立てるだけだ。 部屋まで行けばキャッシュカードはあるからお金をおろすことはできる。そうすればここをしのぐことはできる。だがそれでは時間がかかりすぎる。とてもじゃないがばれないようにというのは無理だ。 そうだ。 こういうのも火事場の馬鹿力というのか、必死に開店したユウタの脳みそは妙案をひらめく。 このあたりはA大学の学生にとってのホーム。大通りまで行けばそこにはA大学の学生があふれているはず。誰かしら知り合いはいるだろう。とにかく頼み込んで金を貸してもらえばいい。 店を出るのも電話が来たふりをすればそれほどおかしくない。 土壇場で浮かんだ妙案にユウタはほくそ笑む。 あとはタイミングを見計らってスマホを耳にあてるだけ…… 「はい。よお、久しぶりだな」 サユは首をかしげる。 「先輩電話ですか?」 「邪魔しちゃだめですよサユちゃん。ごめんなさい先輩。お外でゆっくり話してきてください」 サユとユリの掛け合いのおかげで自然と店を出られた。 「そういえばユウタ先輩、さっきから全然食べてませんね」 「あはは、そんなことないよ」 残されたユウタはサユの言葉に愛想笑いをしてごまかした。 電話が来て店を出ていったのはケンタの方だった。 その様子をユウタはスマホを握りしめながら見つめることしかできていなかった。 ケンタが出ていく時、ちらりとこっちを見てウインクした。おそらくユウタと後輩二人だけにしようとしてくれたのだろう。 ありがたい、が状況を考えてほしかった。 俺店出られないじゃん。 そんなユウタの心の叫びは店の外でいいことをしたと思っているケンタには通じなかった。 食事が終わり、三人は先に店を出ていった。 ユウタは重い足取りでレジを目指す。 財布はない。だが勘定には一万円を超える大金が書かれていた。 もう土下座でもなんでもするしかない。学生証を預けてちょっと待ってくれるように頼めば何とかなるかも。 そんな淡い期待を抱いてレジに勘定を置く。 「あの……お会計を……」 蚊の鳴くような声でそういうユウタに、店員は意外そうな眼付きで見返す。 「お連れ様が払っていきましたよ?」 「へ?」 一瞬店員が何を言っているのかわからなかった。 ほかの客と間違っているのではとも考えたが、店員はしっかり番号を確認している。間違えではない。 まるでキツネにつままれたように店を出る。 お連れ様とはいったい誰だ? 「「ごちそうさまでした」」 疑心暗鬼になっていたユウタが店を出ると、後輩二人の声に出迎えられた。 「えっと、満足できた?」 「はい大満足です」 サユはいつもの満点の笑みで答える。 「今日はありがとうございました」 いつもは感情を抑えるユリがストレートに感謝をぶつけてくる。 二人ではない。ということは…… 「じゃあ帰ろうぜ」 ユウタはそう号令をかけたケンタを見る。 そういうことか。 ようやくユウタは理解した。 ケンタは恐らく気づいていたんだ。それで俺の株が下がらないようにこうやって…… ようやくユウタは大事なことに気づく。 お金に女はついてくるのではない。お金がついてくる男の器の大きさに、女はついてくるのだということを。 |
しらら 1svMXbaQ8M 2018年08月12日 11時45分56秒 公開 ■この作品の著作権は しらら 1svMXbaQ8M さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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